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阿武隈川水系荒川流域の歴史的治水砂防施設の文化財登録について

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(1)

.荒川流域における歴史的な治水・砂防システムの特徴とその価値

荒川流域における歴史的な治水・砂防システムの特徴は、以下の5点に集約することができる。 【複数種の施設が一体となって地域を守る治水・砂防システム】 荒川流域の歴史的治水・砂防の特徴は、上流の山間流路における砂防堰堤、扇状地内の霞堤や水防林、 床固工などの複数の施設が一群となって効果を発揮する複合的な治水・砂防システムにあり、その骨格 は昭和 20 年までにほぼ構築された。これらの施設は、全国的にみられる治水・砂防施設であるが、荒 川のようにひとつの治水・砂防システムとして、長い年月をかけて構築・維持され、現在もその機能を 発揮している例は、全国的にも稀有であり、希少的価値は極めて高いものであると、土木史が専門の知 野泰明先生(日本大学工学部准教授)から高い評価を頂いている。 【近世から受け継いできた治水・砂防施設】 荒川流域の治水・砂防の特徴は、近世から受け継いできた霞堤や水防林に加え、近代以降の新たな霞 堤、砂防堰堤や床固工、そして今日の樹林帯に至るまで、歴史的な施設とその考え方を綿々と受け継い できたことにある。そのため、かつての霞堤や水防林が現在でも堤内地に数多く残されているほか、築 後 50 年を経過した粗石コンクリート造の歴史的砂防堰堤群も現役施設として機能している。中でも、荒 川の治水砂防の記念碑的施設である地蔵原堰堤は、広く市民に親しまれ、クロスカントリー大会のコー スにも組み込まれている。荒川の治水砂防システムの特徴は、様々な年代の治水・砂防技術・施設が凝 縮し、同時に存在・機能していることである。このような事例は、全国的にも極めて希であり、その歴 史・文化的価値、学術的価値は非常に高いものであると考えられる。この点においても、知野泰明先生 から高い評価を頂いている。またこれらが県都福島市の中心部から近い場所に位置していることも大き な特徴のひとつである。 【沿川住民が参画する近世からの伝統ある治水・砂防システム】 沿川住民が参画する治水・砂防システムは、荒川の歴史的な治水・砂防システムの大きな特徴である。 江戸時代には、行政による一元的な治水が行われず、村々が主体となって堤防の築造、水防林の植栽を 実施してきた。沿川住民が治水・砂防に深く関わる体制は、その後明治、大正、昭和と続いている。ま た、このような地域住民の治水・砂防の足跡は、水天宮などとして、現在でも荒川沿川各地に残されて いる。 【我が国の治水・砂防の歴史を語る上でも貴重な施設群であること】 荒川流域の治水・砂防事業については、近世までは古文書、近代以降については各種行政資料等によ り、その治水・砂防の技術・思想の流れが、概ね明らかになっている。これらを概観すると、近世にお ける霞堤と水防林による各村単位の地先での治水に始まり、近代以降は、河道掘削と地蔵原堰堤の築造 による流路固定(大正期)、国の直轄事業による築堤(大正末期~昭和初期)、国の直轄事業による砂防堰 堤の築造(昭和初期~)、新たな樹林帯の育成をはじめとする環境整備(平成~)等に大きく区分すること ができる。また荒川流域における近代治水・砂防事業については、我が国の“近代砂防の父”ともいわ れる赤木正雄博士が関わっていることも、資料から明らかになっている。このように荒川流域では、そ の治水・砂防事業の思想・技術の流れが概ね把握されており、これらは、我が国の治水・砂防の歴史的 ・学術的研究対象としても極めて貴重であり、この点についても知野泰明先生から高い評価を頂いてい る。 ■荒川の治水砂防概略史 1.近世(明治以前): 霞堤と水防林による各村単位の地先治水時代 2.明治初期~明治 32 年: 近世型治水システムを踏襲した時代 3.明治 33 年~大正 7 年: 県による災害復旧工事中心の時代 4.明治 33 年~昭和 10 年: 山腹工事、水防林の保安林指定等を主とする砂防黎明期 5.大正 8 年~大正 13 年: 河道掘削と扇状地頂部における地蔵原堰堤工事による流路固 定時代(国の直轄河川事業) 6.大正 14 年~昭和 9 年: 国の直轄河川事業による築堤時代 7.昭和 11 年以降: 国の直轄砂防事業による砂防時代(砂防堰堤の築造が本格化) 8.平成 9 年以降: 新たな樹林帯の育成をはじめとする環境時代 ※詳細については、次頁を参照 【先人の知恵に学びつつ、最先端の技術を投入して、地域を災害から守ってきたこと】 荒川流域治水砂防システムの特徴のひとつは、先人の知恵に学びつつ、最先端の技術を投入して、地 域を災害から守ってきたことにある。砂防法(明治 30 年)、森林法(明治 30 年)の制定を受けて福島県で は、山腹工等の砂防工事を実施すると同時に、水防林の保安林指定を早期に実施し、荒川沿川の水防林 の保護にいち早く着手した。この遺産が現在の水防林に受け継がれているのは言うまでもない。 直轄河川化(大正 8 年)当初の事業は、長きにわたって培われてきた水防林と旧霞堤による治水システ ムを生かしつつ、扇頂部の地蔵原堰堤の築造と河道掘削とによって、流路の固定化を図ることであった。 また、直轄砂防化(昭和 11 年)直後の砂防堰堤では、当時最先端の型枠コンクリートを用いた施工を上流 側のり面において実施している。 そして、今日、平成9 年の河川法改正を受けた荒川沿川の樹林帯整備もまた、水防林という先人の知 恵に学びつつ、今日的な要請である環境形成にも対応する河川施設整備として位置づけられる。 今回の文化財登録は、先人の知恵に学びつつ、最先端の技術を投入して、地域を災害から守ってきた 先輩技術者の基本姿勢を継承し、文化財としての価値のある施設群を生かしながら、今後必要とされる 治水砂防施設整備を最先端の技術をもって対処していく端緒ともなる。 荒川流域の治水砂防施設の特徴を多面的な関係性の中で端的に捉えた図が次頁の図である。

(2)

各村による地先治水:近世~近代 県による治水:明治

エリア

霞堤と水防林による各村単 位の地先治水時代 (近世) 荒川と農民との戦いの歴史 荒川扇状地の支配が諸藩と 幕府とに分かれていたため 、行政による一元的な治水 が行われず、村々が主体と なった治水を展開 霞堤と水防林が主体 治 水 ・ 砂 防 の 担 い 手 霞 堤 群 水 防 林 樹 林 山 腹 工 ・ 山 間 工 地 蔵 原 堰 堤 床 固 工 群 帯 工 群 新 霞 堤 群 河 道 掘 削 近世型治水システム 踏襲時代 (明治初期-明治32年) 福島県は古来よりの慣行に 基づいて、緊急を要する復 旧工事等を実施 災害工事中心時代 (明治33年-大正7年) 統一的な考えのもとに県が 治水を遂行するものの、災 害工事が中心の時代 砂防黎明時代 (明治31年-昭和10年) ・砂防法制定(明治30年) ・県が荒川筋の砂防工事を実施  (山腹工等) ・水防林の保安林指定→保全の枠組 (明治36年、大正3、7、11年など) 流路固定時代 (大正8年-大正13年) 直轄河川化 流路の固定に全力 ・河道掘削 ・地蔵原堰堤 築堤時代 (大正14年-昭和9年) 国が新たな霞堤を築造 砂防時代 (昭和11年-) 直轄砂防化 砂防堰堤によって上 流土砂を制御 環境時代 (平成9年-)

治水・砂防施設

荒 川 流 域 に お け る 治 水 ・ 砂 防 の 特 徴 と 時 代 区 分

水防林を媒介とした組合による地域水防 県による砂防:明治~昭和 国直轄による治水(大正8年~) 国直轄による砂防(昭和11年~)

荒川流域における治水・砂防

の特徴と変遷

本 川 砂 防 堰 堤 群 支 川 砂 防 堰 堤 群 ・杉本倍吉による荒川の計画 (昭和4年~昭和7年福島赴任)

荒川の治水・砂防を取り巻く主要な人物

国による総合的な治水砂防の時代 ・野瀬正人による荒川の改修 延べ16年にも及ぶ  (大正9年~13年、 大正15年~昭和12年) 明治24年2月福岡県三井郡大堰村生 熊本第5高等学校卒業 大正8年九州帝国大学卒業 大正9年内務省仙台土木出張所 阿武隈川上流改修事務所技師 大正15年 阿武隈川上流改修事務所主任 昭和13年 雄物川改修事務所主任として転出 ・赤木正雄による荒川の調査  (昭和10年) 現代 現代 今日でも残されている 歴史的治水・砂防施設群 流域に残る水天宮などの史跡や河川地名 M33-36 T8-S14 第1次T8-T14 T14-S9 S25- S22- S11-霞堤は1600年代、水防林は 1700年代には存在していたこと が古文書に記述されている。 幕府も水除けのための植林を 奨励 荒川の治水・砂防 の記念碑的施設 水防林が村有から組合有へ 野瀬正人らの活躍

・複数種の施設が一体となって地域を守る治水・

砂防システム

・近世から綿々と受け継いできた治水・砂防施設

沿川住民が参画する近世からの伝統ある治水・砂 防システム

(3)

2.歴史的治水・砂防施設の特徴とその価値

(1)砂防堰堤

①地蔵原堰堤 地蔵原堰堤は阿武隈川が直轄河川指定されてまもなく着工されたものであり、その後、数次の改築・ 増補を経て、昭和 28 年にはほぼ現状の姿となった(平成 8 年に新規整備された副副堰堤を除く)。 赤木正雄(「砂防一路」、社団法人全国治水砂防協会、昭和 38 年)によれば、「福島市を流れる阿武隈川 支流荒川は、土湯温泉地内の東鳥川を初めその他の小渓を明治 32 年度より同 36 年度に県砂防として施 行し、荒川の河川改修の進むとともに河川改修費を以て地蔵堰堤を築造したが、昭和 11 年度から土湯 温泉地内の荒川本流及び東鳥川に直轄砂防工事を起した」と、ある(以上は原文のまま)ように、砂防 施設としての機能を有するものであった。 〈地蔵原堰堤の特徴〉 ・荒川治水・砂防の要の施設であり、荒川の直轄事業の中で最も早期に着手された堰堤である。 ・左右の袖部に用水用のアーチ型の水抜きがあり、左岸のものは現在も機能している。下流の農地を 潤してきた地域ときわめて関わりの深い施設である。 ・昭和 28 年の改修以前の下流面は全て布積みであったが、改修の際には谷積みで施工されたため、水 通し部とその左右の袖突き出し部の下流面は谷積みとなっている。 ・水通し天端は乱張りであるが、下流側角石は切石の斜張りである。 ・アクセスし易い場所にあり、市民に非常に親しまれている施設である。 ■左岸側袖部の用水のための水抜き アーチ形状である。 ■右岸上流より本堤水通しを望む 水通しが袖部より突き出した形状となっている。 ■左岸下流側より全景 本堤、副堤、副副堤により構成される。 ■右岸下流側より本堤を望む 現在は、イベント用に水叩き部が盛土され通行が可能である。 ■地蔵原堰堤出水状況 /昭和 18 年 10 月 3 日 (※) 第 2 次増補後の姿 ■第 1 次計画完成/大正 14 年 (※) ※出典:建設省福島工事事務所(1979)「60 年のあゆみ」 ■水通し天端下流側角石の斜め張り。

(4)

②砂防堰堤 荒川流域における歴史的砂防構造物の特徴を概観すると以下のことがいえる。 【水通し形状】 ・ 水通し形状はすべて台形で、本川堰堤 3 基(川上第一堰堤、荒川第三堰堤、荒川第二堰堤)につい ては台形水通しにカーブを導入している。昭和 15 年頃に施工のものに限られているが、デザイン 的要因が強いと考えられる。全国的にもこの頃にこのような形状の水通しが多く作られている。 【水通しのディテール】 ・ 水通し天端はすべて布石張りとなっている。これに対して荒川第五堰堤では最下流端の石のみ斜 め 45 度に傾けられ、ひし形に細工された切石が丁寧に張り付けられている。この形状は地蔵原堰 堤の水通し天端と同様である。ただし、地蔵原堰堤よりも施工が丁寧できれいである。これは、 洪水時により天端石が抜けないよう配慮したものと思われる。このような形状の水通し天端は全 国でも類例がない。 【袖部のディテール】 ・ 袖小口・天端はすべて布石積でできている。特に、東鴉川第四堰堤は施工が極めて丁寧で合羽が とてもきれいに仕上がっている。 【本体下流面のディテール】 ・ 本体の下流法面は昭和 28 年以前の堰堤はすべて布石積である。これだけ大規模な堰堤群がすべて 布石積で出来ているのは全国でも珍しいと考えられる。布石積の方が谷石積より余計に手がかか ることから、荒川砂防にかける当時の技術者の心意気が伝わるようである。 ■荒川第6堰堤:下流から施設全体への眺望 どっしりとした風格がある ■川上第1堰堤:下流側から施設を望む 袖小口にカーブが入っている 【本体上流面のディテールと時代背景との関連】 ・本体の上流法面については、戦前の施工堰堤はすべて型枠コンクリートである(荒川第一:昭和 12、 第二:昭和 16、第三:昭和 16)。昭和 11 年施工の京都府雲原川における砂防堰堤も型枠コンクー ト製なので、すでに石工の人件費が高騰し始めている背景が伺える。なお、雲原川は型枠コンクリ ートのみで構築された堰堤の最古との評価もあることから、荒川についても最新鋭の考え方が導入 されていた可能性がある。 ・これに対して戦中・戦後間もない頃に施工された砂防堰堤は谷石積で施工されている。これは、石 工の人件費よりもコンクリートの方が値段が高く、現地に存在する転石をより多く使うことにより 建設費の節約を図ったものと考えられる。なお、昭和 30 年以降の施工堰堤はまた型枠コンクリー トで製作されている。 ■荒川第5堰堤:水通し天端 端部の石材が斜めに組まれているのは全国的にも稀有 ■東鴉川第4堰堤:施工が丁寧で仕上がりが美しい ■工事後の状況/昭和 32 年 ■荒川第1堰堤:堤体上流法面の型枠コンクリート跡 の板目 【水抜き穴と銘版のディテール】 ・水抜き穴の形状は基本的にはアーチ形状だが、昭和 25 年以降のものについては長方形形状に変わ ってきている。大きさは 60cm程度のものが多い。 ・銘版は確認できたもののうち東鴉川第四堰堤のみが横書きだったが、他はすべて縦書きである。縦 書きの筆書きによる銘版には風格がある。

(5)

【完成後 50 年以上を経過し、土木遺産として特に価値が高いと考えられる砂防堰堤 一覧 (1/2)

着工年

竣工年

荒川

地蔵原堰堤(※)

石積粗石

コンクリート

T10.3.4

T14.5.17

8.7

74.4

荒川

荒川第1堰堤

粗石コンクリート造

表法割石積

S11.7.1

S12.7.31

10

57

1,510

23,800

荒川第2堰堤

(本堤)

粗石コンクリート造

表法割石積

S11.11.10

S13.6.30

13

54

2,734

73,500

荒川第2堰堤

(副堰堤)

粗石コンクリート造

表法割石積

S15.11.1

S16.625

6

40

-

-荒川

荒川第3堰堤

粗石コンクリート造

表法雑割石積

S12.7.1

S15.11.15

15

47

1,720

62,000

荒川

川上第1堰堤

粗石コンクリート造

表法割石積

S16.1.4

S21.5.31

9

70

2,808

35,000

荒川

荒川第5堰堤

粗石コンクリート造

表法割石積

裏法玉石積

S26.10.1

S29.3.31

12

150

7,096

371,000

荒川第6堰堤

(本堤)

粗石コンクリート造

表法割石積

裏法玉石積

S24.4.1

S25.12.29

12

54

2,430

128,000

荒川第6堰堤

(副堤)

S25.4.1

S25.12.29

4

44

-

-荒川

荒川第7堰堤

粗石コンクリート造

表法切石積

裏法玉石張

S25.4.1

S26.10.26

12

69

4,200

84,000

荒川

荒川第8堰堤

玉石コンクリート造

表法割石積

裏法玉石積

S26.4.2

S27.7.7

12

60

3,379

66,200

※管理区分上は河川施設(国の直轄河川区間の施設)ではあるが、機能・構造は砂防堰堤のため、砂防堰堤としている。

下流に広がる扇状地の扇頂部に位置し、荒川治

水・砂防の要の施設であること、荒川の直轄河川

事業の中で最も早期に着手された堰堤であるこ

と、水通し部が袖部よりも突き出た珍しい形状で

あることから、極めて貴重性が高く、重要な施設で

あると考えられる。

土木遺産としての特徴

施工年度が流域内で最も古く、堤体上流法面の

型枠コンクリート跡の板目も流域唯一であること

から、本堰堤の貴重性は高いと考えられる。

河川名

名称

構造

施工年

堤高

(m)

堤長

(m)

体積

(m3)

計画貯砂量

(m3)

荒川

施工当時から補強はされておらず現在でも当時

の姿を留めており、その風貌も非常にどっしりして

いるため、本堰堤の貴重性は高いと考えられる。

荒川

H14の補強により一部が改変されているが、施工

当時の面影をとどめている。

施工当時の面影が良く残されている。

施工当時の面影が良く残されている。

施工当時から補強はされておらず、現在でも当時

の姿を留めていると思われることから、本堰堤の

貴重性は高いと考えられる。

袖小口や水通し天端、堤体下流面に特徴的な曲

面構造が施されており、また流域唯一の戦時中施

工施設であることから、本堰堤の貴重性は高いと

考えられる。

水通し天端下流側の隅石(斜め布張)がとても珍し

く、また施設規模が流域内で一番大きいことから、

本堰堤の貴重性は高いと考えられる。

(6)

【完成後 50 年以上を経過し、土木遺産として特に価値が高いと考えられる砂防堰堤 一覧 (2/2)

着工年

竣工年

東鴉川

東鴉川第1堰堤

粗石コンクリート造

表法割石積

S22.12.20

S26.3.31

7.5

56

1,112

3,000

東鴉川

東鴉川第3堰堤

玉石コンクリート造

表法割石積

裏法玉石積

S27.7.1

S28.3.31

15

65.5

3,762

35,000

東鴉川

東鴉川第4堰堤

玉石コンクリート造

表法割石積

裏法玉石積

S29.6.1

S32.12.17

12

67

4,539

80,000

塩の川

塩の川第1堰堤

粗石コンクリート造

法面割石及び玉石

S28.4.1

S29.10.27

15

47

2,740

30,000

塩の川

塩の川第4堰堤

粗石コンクリート造

法面割石及び玉石

S30.1.7

S31.12.9

15.5

56

3,882

88,000

支川堰堤および戦後施工の1号であることから、

本堰堤の貴重性は高いと考えられる。

堤高

(m)

堤長

(m)

体積

(m3)

計画貯砂量

(m3)

土木遺産としての特徴

大きな補強が行われておらず、当時の姿を維持し

ており、堤高が15mと、歴史的砂防施設の中では

2番目に高い。

支川の中では最も堤長が長く(67m)、丁寧な施工

および、袖下流面に本堤とすり合った勾配(1:0.2)

がついている(鉛直が一般的)という構造的な特徴

があることから、本堰堤の貴重性は高いと考えら

れる。

施工当時の面影が良く残されている。

支川の中では最も堤高が高く(15.5m)、袖下流面

に本堤とすり合った勾配(1:0.2)がついている(鉛直

が一般的)という構造的な特徴があることから、本

堰堤の貴重性は高いと考えられる。

河川名

名称

構造

施工年

(7)

■砂防堰堤位置図

(8)

(2)床固工

床固工が施工されるのは、昭和 25 年の荒川第1床固工(小富士橋下流)からであり、当初はほぼ一年 に一基の割合で整備が進められた。荒川の床固工は、その整備順で番号が付与されている。築造後 50 年 を経た施設は、荒川第1床固工から昭和 30 年に竣工した荒川第5床固工までの 5 基である。床固工は、 砂防の分野で一般に用いられることから、荒川では河川区間においても砂防的な視点からの整備が当初な されていたことが伺える。 これらの床固工の特徴は、以下のとおりである。 ・構造は、すべて練石積粗石コンクリート造である。 ・水通し天端は全て、乱張り(下流側角部のみ斜め布張り)である。特に荒川第4床固工、荒川第5床 固工の下流側角部の斜め布張りは、きれいな仕上げである。 ・袖小口は全て、谷積み(下流側角部のみ布積み)である。 ・袖天端は全て、乱張り(下流側角部のみ布張り)である。 ・袖下流面は全て谷積みであり、袖上流面は全て型枠コンクリートである。 ■荒川第1床固工右岸袖部 本体構造は練石積粗石コンクリート。 ■荒川第1床固工左岸袖部下流側 本体構造は練石積粗石コンクリート。 ■荒川第4床固工水通し天端の石積み 天端部の石材が、斜めに組まれている。 ■荒川第5床固工 水通し天端端部は斜めに石が組まれている。

■床固工位置図

(赤塗が築後 50 年を経過するなど、土木遺産としての価値が特に高い5施設)

(9)

【完成後 50 年以上を経過し、土木遺産として特に価値が高いと考えられる床固工 一覧 】

床固高 (水通部) 床固高 (袖部) 床固長 (全長) 床固高 (水通部) 水叩工 (全長) 水叩工 (全幅) 護床工 (全長) 護床工 (全幅)

着工年

竣工年

(m) (m) (m) (m) (m) (m) (m) (m)

荒川

荒川第1床固工

練石積粗石

コンクリート

S25.4.1

S26.3.31

不明

不明

171.08

71.27

34.20

7.10

71.29

5.42

荒川

荒川第2床固工

練石積粗石

コンクリート

S26.4.1

S27.3.31

不明

不明

157.47

72.63

73.00

7.10

73.00

5.20

荒川

荒川第3床固工

練石積粗石

コンクリート

S27.4.1

S28.3.31

不明

不明

187.72

73.20

不明

7.50

94.00

8.00

荒川

荒川第4床固工

練石積粗石

コンクリート

S28.4.1

S29.3.31

不明

不明

184.13

73.70

63.20

10.70

94.00

11.00

荒川

荒川第5床固工

練石積粗石

コンクリート

S29.4.1

S31.1.31

2.50

4.43

167.20

73.20

不明

6.86

66.49

12.21

完成当時の状態が維持されていること、ま

た水通し天端部の石材が斜めに組まれて

いることから、貴重性は高いと考えられる。

完成当時の状態が維持されており、貴重

性は高いと考えられる。

維持修繕工事(H2)により根固めブロックの

護床工が整備されているが、本体は当初

の姿をよく残している。

完成当時の状況が比較的維持されてお

り、貴重性は高いと考えられる。

左岸袖部の一部においてコンクリート補修

の跡がみられるものの、完成当時の状態

がほぼ維持されており、歴史的施設として

の貴重性は高いと考えられる。

河川名

名称

構造

施工年

土木遺産としての特徴

(10)

(3)旧霞堤と水防林

①旧霞堤 荒川においては、現在の霞堤の堤内地側に江戸期、明治期、大正期と言われる古い霞堤が散在している。 現時点においては、右岸 37 基、左岸 30 基が旧霞堤ではないかとして、調査を実施しているところであ るが、石積みの形が明瞭なものから、上部に木が生い茂ってその形が判然としないものもあるが、いずれ も築造年代ははっきりとしていない。 現存する旧霞堤のうち、水林自然林(右岸)と福島民家園(左岸)の中にあるものは、規模も大きく、形が はっきりとしているため、その歴史的な価値は高いものと考えられる。 ②水防林 荒川沿川には、水防林が日の倉橋よりも上流に今もなお厚く分布しており、平均的な幅 は 60〜100m程度である。荒川の水防林はアカマツが主体であるが、その存在が歴史的に最 初に確認されるのは、安永 6 年(1778 年)の「下村・仁井田村・桜本村川筋地境透し口」 である。荒川沿いの水防林は、古くは村有であったが、大正 13 年の「庄野水害予防組合」 の設立を契機として組合有となり、その後各大字毎に水防組合が設立されたが、現在では 「庄野水防林組合」残っているのみである。 荒川流域の水防林の一部は水害防備保安林指定がなされている。 荒川の水防林のように、大規模な水防林が残され、また現在も機能している例は全 国的にも稀有であり、その歴史的価値は高いものである。 ■水林自然林の中の石積みの霞堤 延長 200m程度にわたり、玉石積みの霞堤が雁行して連続する。 高さは、一番高いところで 2.0m程度である。 ■堤防の脇に連続する地形の隆起があり、上部 には樹木が繁茂している。(下流端) 右岸 7.2Km 付近 ■左岸 9Km 付近の石積みの霞堤 延長数十m程度、玉石積みの霞堤が見られる。 高さは、1.0m程度である。

■旧霞堤群

(11)

荒 荒川橋 あづま総合運動 国道 115 左 右 日倉橋 水防林 水防林 ■空から見た水防林の分布の様子 近年、堤防から 20m堤内地側の範囲を荒川樹林帯として位置づけ、不足箇所の植樹等を行っている。

(12)

.文化財としての保存修復の基本的な考え方

登録対象となる施設のうち、砂防堰堤と床固工は現役施設であることから、被災後等に復旧を図る必 要があるが、文化財としての価値を損なわない復旧を行うことを基本とする。 そのために、本年度において「施設自体の価値を損なわないための補修・修復(材料・形態など)」 と「地域・土地との関係から生み出される価値を損なわないための補修・修復(周辺の地形・景観の保 存)」の2つの観点から検討を行い、施設の種類に応じた全体的な考え方を整理。 ① 保存修復という観点から、施設種類毎に現状と特徴を把握整理しておき、それぞれ課題と留意点を とらえる。 ②施設種類別に破損のタイプを類型化し、それらに応じた保存修復の考え方・対応策を取りまとめる。 なお、具体の保存修復方法については、補修・修復において同一の素材、同一の工法・構造(石積方 法等)を用いること等、文化財としての価値に留意した補修・修復方法を策定する。 またさらに、破損のタイプに応じて、個々の施設の破損の度合いをランク分けし、修復の優先度と して用いる。

4.登録申請の想定スケジュール

文化庁への登録申請については、平成 19 年 11 月に開催予定の文化審議会への諮問を第1段階とし て、その後数度にわたる申請を予定している。これは文化審議会において、一度に審議できる件数に 上限があるためである。 現時点では、以下のステップを想定している。 第一ステップ:地蔵原堰堤を含む荒川砂防堰堤14基(H19年度予定) 第二ステップ:荒川床固工5基(次年度以降) 第三ステップ:旧霞堤(基数未定) 第四ステップ:水防林 破 損 ・劣 化 部 位 補 修 方 法 基 礎 洗 掘 腹 付 石 積 (上 流 側 ・下 流 側 ) 水 叩 き工 の 新 設 、副 ダ ム 新 設 コンクリー ト充 填 など 漏 水 腹 付 石 積 (上 流 側 ・下 流 側 ) 堤 体 グ ラウ トな ど 石 積 み の 欠 落 石 の 積 み 直 しなど 堤 体 の 磨 耗 腹 付 石 積 (下 流 側 ) 同 一 素 材 の 石 の 積 み 替 え な ど 水 通 しの 侵 食 ・磨 耗 等 の 破 損 石 の 積 み 直 しなど 堤 体 の 変 形 ・亀 裂 等 腹 付 石 積 ・腹 付 コン クリートなど 水 叩 きの破 損 同 一 素 材 の 石 の 修 復 ・捨 石 な ど 石 積 み の 風 化 同 一 素 材 の 石 の 修 復 ・捨 石 腹 付 石 積 (上 流 側 ・下 流 側 )な ど 耐 震 補 強 グ ラウ ン ドア ンカー打 設 など 現 行 基 準 での 安 定 腹 付 コンクリー トな ど 破 損 劣 化 対 策 安 全 強 化 ■ 保 存 修 復 の 基 本 的 な方 法 の 例

参照

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