『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ はじめに 本 論 文は、 『 天 台 小 止 観』 の 「 第 八 覚 知 魔 事」 を、 天 台 止 観 成 立 史の 立 場から、 原 典 解 明していこうとするもの であ る。 本 研 究は、 平 成 十 二 年 度 後 期( 九 月~ 一 月) の 大 学 院 修 士 課 程の 「 演 習」 の 授 業の 研 究 成 果である 。 授 業の 受 講 者 は、 宗 教 学 仏 教 学 専 攻の 次の 諸 氏である 。 伊 藤 光 壽〔 研 究 生〕 、 鈴 木あゆ み ・ 瀬 田 啓 道・ 濱 島 徳 男・ 春 田 三 千 代・ 水 野 荘 平・ 和 田 知 見・ 今 井 勝 子・ 佐 藤 宗 弘〔 修 士 二 年〕 、 杉 浦 綾 子・ 濱 口 寛 朗・ 吉 見 典 生 〔 修 士 一 年〕 、 三 好 秀 範〔 聴 講 生〕 毎 週、 右の 担 当の 大 学 院 生 諸 氏にやって 頂いた も の を、 伊 藤 光 壽 氏が 文 章 化され、 詳 細な 「 注」 を 作 成して 頂き、 それ に 私が 手を 加えたもので あ る。 本 研 究に、 もし 研 究 成 果がある と す れ ば 、 全 面 的にご 尽 力を 頂いた 伊 藤 光 壽 氏、 実 際に 下 調べをし、 授 業を 担 当し てもらった 大 学 院 受 講 生 諸 氏の 功 績である 。 もし 非があ れば 、そ の 一 切の 責 任は、 授 業を 指 導した 私 にあることをお 断りしておきたい。
『
天
台
小
止
観
』
の
研
究
(
七
)
大
野
栄
人
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) 〔 原 文〕 修 止 観 法 門 覚 知 魔 事 第 八 魔 羅、 秦 言 殺 者、 奪 行 人 功 徳 之 財、 殺 智 慧 命 故。 云 何 名 魔 事。 如 仏、 以 功 徳 智 慧、 度 脱 衆 生、 入 涅 槃、 爲 事。 魔 亦 如 是。 常 以 破 壊、 衆 生 善 根、 令 流 転 生 死、 為 事。 若 能 安 心 道 門、 道 高 則 魔 盛、 故 須 善 識 魔 事。 但 魔 有 四 種。 一 煩 悩 魔、 二 陰 入 界 魔、 三 死 魔、 四 鬼 神 魔。 前 三 種 魔、 皆 是 世 之 常 事、 今 不 分 別。 鬼 神 魔 相、 此 事 須 知、 今 当 略 説。 鬼 神 魔、 凡 有 三 種、 一 精 鬼、 二 堆 惕 鬼、 三 魔 羅 鬼。 一、 精 者、 十 二 時 獣、 変 化 作 種 種 形 色、 或 作 少 男 少 女、 老 宿 之 形、 及 可 畏 身 相 等、 種 種 非 一、 以 悩 惑 行 者。 此 諸 精 、 欲 悩 行 者、 各 当 其 時 而 来、 善 須 別 識。 若 多 於 寅 時 来 者、 必 是 虎 豹 等、 若 多 於 卯 時 来 者、 必 是 菟 鹿 等、 若 多 於 辰 時 来 者、 必 是 竜 等、 若 多 於 巳 時 来 者、 必 是 蛇 蟒 等、 若 多 於 午 時 来 者、 必 是 馬 驢 駝 等、 若 多 於 未 時 来 者、 必 是 羊 等、 若 多 於 申 時 来 者、 必 是 猴 等、 若 多 於 酉 時 来 者、 必 是 鶏 鳥 等、 若 多 於 戌 時 来 者、 必 是 狗 狼 等、 若 多 於 亥 時 来 者、 必 是 豬 豕 等、 若 多 於 子 時 来 者、 必 是 鼠 等、 若 多 於 丑 時 来 者、 必 是 牛 犢 等。 行 者 若 能、 善 占 則 知、 恒 用 此 時 来 者、 即 是 其 獣 精 、 呼 其 名 字、 而 呵 責 之、 即 当 謝 滅。 二、 堆 惕 鬼 者、 亦 作 種 種、 悩 触 行 人、 或 如 虫 蝎、 縁 人 顔 面、 鑽 刺 踵 踵、 或 撃 人 両 腋 下、 或 乍 抱 持 行 人、 或 復 言 説、 音 声 喧 閙、 及 作 諸 獣 之 形、 異 相 非 一、 来 悩 行 者、 応 即 覚 知、 一 心 閉 眼、 陰 而 罵 之、 作 如 是 言。 我 今 識 汝、 汝 是、 此 閻 浮 提 中、 食 火 嗅 香、 偸 臘 吉 支、 邪 見 喜 破 戒 種、 我 今 持 戒、 終 不 畏 汝。 若 出 家 人、 応 誦 戒 序、 若 在 家 人、 応 誦 三 帰、 五 戒 八 戒 等、 鬼 便 却 行、 葡 匐 而 去。 如 是 等 作、 種 種 留 難、 悩 人 相 貌、 及 余 断 除 之 法、 並 如 禅 経 中 広 説。 三、 魔 羅、 悩 乱 行 者、 是 魔 多 化 作、 三 種 五 塵 境 界 相、 来 破 人 善 心。 一、 作 違 情 事、 即 是 作 可 畏 五 塵、 令 人 恐 懼、 二、 作 順 情 事、 即 是 作 可 愛 五 塵、 令 人 心 生 愛 著、 三、 作 非 違 非 順 事、 即 是 作 平 品 五 塵、 動 乱 行 者。 是 故 魔 名 殺 者、 亦 名 華 箭、 亦 名 五 箭、 射 五 情 故。 一 色 中 作 三 種 境 界、 惑 乱 行 者、 作 順 情 色 者、 或 作 父 母 兄 弟、 諸 仏 形 像、 端 正 男 女、 可 愛 之 境、 令 人 心 著 色 中、 作 違 情 境 界 者、 或 作 虎 狼 師 子、 羅 刹 之 形、 種 種 可 畏 像、 来 怖 行 人、
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 非 違 非 順 者、 但 作 平 品 之 形、 動 乱 人 心、 令 失 禅 定、 故 名 為 魔。 化 作 種 種 好 悪 音 声、 或 作 種 種 香 臭 之 気、 或 作 種 種 好 悪 之 味、 或 作 種 種 苦 楽 境 界、 来 触 人 身、 皆 是 魔 事。 其 相 衆 多、 不 可 具 説。 挙 要 言 之、 若 作 種 種 五 塵、 悩 乱 行 人、 令 失 善 法、 起 諸 煩 悩、 皆 是 魔 軍。 以 能 破 壊、 平 等 仏 法、 令 起 貪 欲 憂 愁、 瞋 恚 睡 眠 等、 諸 障 道 法 故。 如 経 偈 中 説、 欲 是 汝 初 軍 憂 愁 為 第 二 飢 渇 第 三 軍 渇 愛 為 第 四 睡 眠 第 五 軍 怖 畏 為 第 六 疑 悔 第 七 軍 瞋 恚 為 第 八 利 養 虚 称 九 自 高 蔑 人 十 如 是 等 軍 衆 厭 没 出 家 人 我 以 禅 智 力 破 汝 此 諸 軍 得 成 仏 道 已 度 脱 一 切 人 行 者、 既 能 覚 知 魔 事、 即 当 自 却 之。 却 法 有 二、 一 者、 修 士 却 之、 凡 見 一 切、 外 諸 好 悪 魔 境、 悉 知 虚 誑、 不 愛 不 怖、 亦 不 取 捨 分 別、 息 心 寂 然、 彼 自 当 滅。 二 者、 修 観 却 之、 若 見 如 上 所 説、 種 種 魔 境、 用 止 不 去、 即 当 反 観、 能 見 之 心、 不 見 処 所、 彼 何 所 悩、 如 是 観 時、 尋 当 謝 滅。 若 遅 遅 不 去、 但 当 正 念、 勿 生 恐 懼、 不 惜 躯 命、 正 心 不 動、 知 魔 界 如、 即 是 仏 界 如、 若 魔 界 如 仏 界 如、 一 如 無 二、 則 於 魔 界 無 所 捨、 於 仏 界 無 所 取、 即 仏 法 自 当 現 前、 魔 境 消 滅。 復 次、 若 見 魔 境 不 謝、 不 須 生 憂、 若 見 謝 滅、 亦 勿 生 喜。 所 以 者 何。 未 曾 見、 有 人 坐 禅、 現 魔 化 作 虎 狼 来、 剰 食 其 行 者、 亦 未 曾 見、 魔 化 作 男 女、 剰 可 為 夫 妻 也。 当 知、 皆 是 幻 化。 愚 人 不 了、 心 生 驚 怖、 及 起 貪 著、 因 是 心 乱 失 定、 発 狂 致 患、 皆 是 行 人、 無 智 致 患、 非 魔 所 作。 復 次、 若 諸 魔 境 悩 乱、 或 経 年 月 不 去、 但 当 端 心、 正 念 堅 固、 不 惜 身 命、 莫 懐 憂 懼。 当 誦 大 乗 方 等、 諸 治 魔 呪、 黙 念 誦 之、 存 念 三 宝。 若 出 禅 時、 亦 当 誦 呪 自 防、 懺 悔 慚 愧、 及 誦 波 羅 提 木 叉 戒。 邪 不 干 正、 久 久 自 滅。 魔 事 衆 多、 説 不 可 尽、 善 須 識 之。 是 故 初 心 行 人、 必 須 親 近 善 知 識、 為 有 如 此 等 難 事 故。 是 魔 入 人 心 時、 能 令 人 心 神 狂 乱、 或 憂 或 喜、 因 是 成 患、 乃 至 致 死、 或 時 令 得、 諸 邪 禅 定、 智 慧 神 通 陀 羅 尼、 説 法 教 化、 人 皆 信 伏、 後 則 大 壊 人、 出 世 善 事、 及 破 壊 正 法。 如 是 等 諸 異 非 一、 不 可 説 尽、 今 略 示 其 要、 為 令 行 者、 於 坐
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) 禅 中、 不 妄 受 諸 魔 境 界。 取 要 言 之、 若 欲 遣 邪 帰 正、 当 観 諸 法 実 相。 善 修 止 観、 是 則 無 邪 不 破。 故 釈 論 云、 除 諸 法 実 相、 其 余 一 切、 皆 是 魔 事。 如 偈 中 説、 若 分 別 憶 想 即 是 魔 羅 網 不 動 不 分 別 是 則 為 法 印 〔 書き 下し 文〕 魔 事を 覚 知せよ 第 八 魔 羅 ( 1 ) とは 、 秦には 殺 者という。 行 人の 功 徳の 財を 奪い く どく 智 慧の 命を 殺すが 故なり ( 2 ) 。いかなる を か 魔 事と 名づくる や。 仏のごときは、 功 徳・ 智 慧をも って 衆 生を 度 脱して 涅 槃に 入らし む る を 事とな す。 魔もま たかくのご と く、 つねに 衆 生の 善 根を 破 壊して 生 死に 流 転せしむ る をもっ て 事となす。もし よく 心を 道 門に 安んずるに 、 道 高けれ ばすなわち 魔 盛んなり 。 故にすべからくよ く 魔 事を 識る べし ( 3 ) 。 ただし 魔に 四 種あり。 一に 煩 悩 魔、 二に 陰 入 界 魔、 三 ぼん の う ま おん に ゅ う か い ま に 死 魔、 四に 鬼 神 魔な( 4 ) り。 前の 三 種の 魔は、 みなこ れ 世 し ま き じ ん ま の 常の 事なり ( 5 ) 。いまは 分 別せず。 鬼 神 魔の 相は、この 事 ( 6 ) じ すべからく 知るべ し。 いま、ま さに 略して 説くべし。 鬼 神 魔におよそ 三 種あり。 一には 精 鬼、 二には 堆 惕 鬼、 し ょ う み き た い て き き 三には 魔 羅 鬼なり ( 7 ) 。 ま ら き 一に、 精 とは 、 十 二 時の 獣が、 変 化して 種 種の 形 色 しょ う み をなす な り ( 8 ) 。あ る い は 少 男、 少 女、 老 宿の 形 ( 9 ) 、お よ び 畏るべき 身 相 等をなすこと、 種 種にして 一にあらず、 も っ おそ て 行 者を 悩 惑す。この 諸の 精 は、 行 者を 悩まさ んと 欲 せ ば おのおのそ の 時に 当って 来たる 。 よ くすべか らく 別まえ 識るべ し。 もし 多く 寅の 時において 来たらば 必ず わき とら これ 虎・ 豹 等なり。もし 多く 卯の 時において 来たらば 必 とら ひょ う う ずこ れ 菟・ ・ 鹿 等なり。もし 多く 辰の 時において 来た うさ ぎ くじ か たつ らば 必ずこ れ 竜・ 等なり。もし 多く 巳の 時において 来 わに み たらば 必ずこ れ 蛇・ 蟒 等なり。もし 多く 午の 時において へび おろち うま 来たらば 必ずこ れ 馬・ 驢・ 駝 等なり。もし 多く 未の 時に ろば らく だ ひつ じ おいて 来たらば 必ずこ れ 羊 等なり。もし 多く 申の 時にお さる いて 来たらば 必ずこれ 猴・ 等なり、 も し 多く 酉の 時 さる おおざる とり において 来たらば 必ずこ れ 鶏・ 鳥 等なり。もし 多く 戌のいぬ
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 時にお い て 来たら ば 必ずこ れ 狗・ 狼 等なり 。 も し 多く いぬ 亥の 時において 来たらば 必ずこ れ 豬・ 豕 等なり。もし 多 い いの し し いの こ く 子の 時において 来たらば 必ずこ れ 鼠 等なり。もし 多く ね 丑の 時において 来たらば 必ずこ れ 牛・ 犢 等なり。 行 者が うし こう し もしよく 占してすなわち 恒にこの 時をもちいて 来たらば ( ) せん つね すなわちこ れ その 獣の 精 なることを 知り、 その 名 字を 呼んで これを 呵 責せよ 。 す なわ ちま さに 謝 滅すべし。 二に、 堆 惕 鬼とは、また 種 種に 行 人を 脳 触するこ と を たい てき のう そ く なす。あるいは 虫・ 蝎のごとく 人の 顔 面を 縁じて 鑽 刺す さそ り さ ん し ること 踵 踵たり ( ) 。 あ る い は 人の 両 腋の 下を 撃 し ( ) 、あ しゅ う し ゅ う げきり ゃ く るいは 乍ちに 行 人を 抱 持し、あるいはまた 言 説の 音 声が たち ま 喧 閙な( ) らん 。 お よ び 諸の 獣の 形をなし、 異 相は 一にあら けん とう ず。 来たっ て 行 者を 悩まさば 、 まさに す な わ ち 覚 知して 一 心に( ) 眼を 閉じひ そか にこれ を 罵って かくのご ときの 言 をなすべ し 。「 われ 、いま、 汝を 識る。 汝はこれ こ の 閻えん 浮 提の 中で、 火を 食い 香を 嗅ぎ 臘を 偸める 吉 支なり ( ) 。 邪 ぶ だい ろう ぬす き っ し 見にして 破 戒を 喜ぶ 種なり。われ、いま、 戒を 持す。つ いに 汝を 畏れず 。」 と。 もし 出 家の 人ならば、 まさに 戒 序 かい じ ょ を ( ) 誦すべし。もし 在 家の 人ならばまさに 三 帰・ 五 戒・ 八 戒 等を 誦すべし ( ) 。 鬼はすな わ ち 却 行し 葡 匐して 去らん ( ) 。 きゃく ぎ ょ う ほ ふく かく のごと き 等の 種 種の 留 難を( ) なして 、 人を 悩ます 相 貌、 る なん そう みょ う およ び 余の 断 除の 法は、ならびに 禅 経 ( ) のなかに 広く 説け るが ごと し 。 三に、 魔 羅とは 、 行 者を 悩 乱す。この 魔は 多く 三 種の 五 塵の 境 界の 相を 化 作し( ) 、 来たっ て 人の 善 心を 破す。 一 じん け さ には 、 違 情の 事を 作す。すなわちこれ 畏るべき 五 塵を 作 な おそ して 人をして 恐 懼せしむ。 二には 、 順 情の 事を 作す。す く ふ なわちこれ 愛すべきの 五 塵を 作して 人の 心をして 愛 着を 生ぜしむ ( ) 。 三には 、 非 違 非 順の 事をなす。すなわちこ れ 平 品の 五 塵を 作して 行 者を 動 乱す。この 故に 魔を 殺 者と せっし ゃ 名づけ ( ) 、また 華 箭と 名づく。また 五 箭と 名づく。 五 情を せん 射るが 故なり。 一つの 色のなかに 三 種の 境 界をなして 行 者を 惑 乱す( ) 。 しき 順 情の 色を 作すとは、 あるいは 父 母、 兄 弟、 諸 仏の 形 ぎょ う 像、( ) 端 正なる 男 女、 愛すべきの 境を 作して、 人の 心をし ぞう て 色のなかに 著せしむ。 違 情の 境 界を 作すとは、あるい は 虎、 狼、 師 子、 羅 刹の 形、 種 種の 畏るべき の 像を 作し おそ て、 来たっ て 行 人を 怖ろかす。 非 違 非 順とは 、ただ 平 品 おど
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) の 形を 作して、 人 心を 動 乱して 禅 定を 失わしむ。 故に 名 づけて 魔となす。 種 種の 好 悪の 音 声を 化 作し、あるいは 種 種の 香 臭の 気を 作し、 あるいは 種 種の 好 悪の 味を 作し、 あるい は 種 種の 苦 楽の 境 界を 作して、 来たっ て 人 身に 触 るる は、みなこれ 魔 事なり。その 相は 衆 多なり。 具さにつぶ は 説くべからず ( ) 。 要を 挙げてこ れ をい わば 、も し 種 種の 五 塵を 作して 行 人を 悩 乱し、 善 法 ( ) を 失わしめ、 諸の 煩 悩を 起さしむ る は、 みなこれ 魔 軍なり。よく 平 等の 仏 法を 破 壊し( ) 、 貪 欲・ 憂 は え 愁・ 瞋 恚・ 睡 眠 等の 諸の 障 道の 法を 起さしむ る を も っ て の 故なり。 『 経』 の 偈 ( ) のなかに 説ける がごとし。 「 欲はこ れ 汝の 初 軍 憂 愁をなして 第 二とす う しゅ う 飢 渇は 第 三 軍 渇 愛をなして 第 四とす かつあい 睡 眠は 第 五 軍 怖 畏をなして 第 六とす ずい め ん 疑 悔は 第 七 軍 瞋 恚をなして 第 八とす 利 養 虚 称は 九 自らを 高くし 人を 蔑むは 十なり みずか さげ す かくのごとき 等の 軍 衆 出 家の 人を 厭 没す えんもう われ 禅 智の 力をも って 汝がこ の 諸 軍を 破し ぜ ん ち 仏 道を 成ずる こと を 得おわっ て 一 切の 人を 度 脱す( ) 」 ど だつ と。 行 者すで によ く 魔 事を 覚 知せば、すなわちまさにみ ずからこれを 却くべし ( ) 。 しり ぞ 却くる 法に 二あり。 一には 止を 修してこ れ を 却く。お しり ぞ し よそ 一 切の 外の 諸の 好 悪の 魔 境を 見ては ( ) 、こ と ご と く こ う お 虚 誑なりと 知って ( ) 愛せず 怖れず、また 取 捨 分 別せず、 心 こ お う を 息して ( ) 寂 然たらば、 彼おのずからまさに 滅すべし。 二 そく には 、 観を 修してこ れ を 却く。もし 上に 説ける ところの ごとき 種 種の 魔 境を 見て( ) 、 止を 用うるも 去らざれ ば 、す なわち ま さに 能 見の 心を 反 観すべ し ( ) 。 処 所を 見ざれ ば、 彼はなんの 悩ますと こ ろ ぞ ( ) 。か く の ごと く 観ずる とき、 尋いで ( ) まさに 謝 滅すべし 。 もし 遅 遅とし て ( ) 去らざ れば 、 つ ち ち ただまさに 正 念にして ( ) 恐 懼を 生ずることなく、 躯 命を 惜 く みょ う しまず、 心を 正しくして 動ぜず、 魔 界の 如はすな わ ちこ にょ れ 仏 界の 如なりと 知るべ し ( ) 。も し 魔 界の 如と 仏 界の 如と 一 如にして 二なくん ば 、すなわち 魔 界においても 捨つる ところなく、 仏 界においても 取ると ころなし。す なわ ち 仏 法おのずからまさに 現 前し、 魔 境は 消 滅せん 。 またつぎに、もし 魔 境の 謝せざるを 見るも、すべから く 憂いを 生ずべからず。 もし 謝 滅する を 見るも、また 喜
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ びを 生ずることなかれ。 所 以はいかん。いまだかつて 人 あっ て 坐 禅するに 、 現ずる ところの 魔が 化して 虎 狼とな り、 来たっ てあまつ さえその 行 者を 食うこ とを 見ず。ま た、いまだかつ て 魔が 化して 男 女となり 、 あま つさえ 夫 婦となる べ きことを 見ず。まさに 知るべ し、 みなこれ 幻 化なり ( ) 。 愚 人は 了せず ( ) 、 心に 驚 怖を 生じ、 およ び 貪 著を 起し、これ に 因って 心 乱れて 定を 失し、 狂を 発し、 患を じょ う げん 致す( ) 。みなこ れ 行 人が 無 智にして 患を 致すなり ( ) 。 魔の 作 すところに は あらず。 またつぎに、もし 諸の 魔 境が 悩 乱して ( ) 、あるい は 年 月 を 経て 去らざれ ば 、ただまさに 端 心 正 念にして 堅 固なる たん じん べし ( ) 。 身 命を 惜しまず 憂 懼を 懐くことなかれ ( ) 。まさに 大 う く いだ 乗 方 等の 諸の 治 魔の 呪を 誦し( ) 、 黙してこ れ を 念 誦し、 三 ほう どう しゅ 宝を 存 念すべし ( ) 。も し 禅を 出でんとき もまた、まさに 呪 を 誦してみずから 防ぎ( ) 、 懺 悔 慚 愧し( ) 、お よ び 波 羅 提 木 叉 さ ん げ ざ ん ぎ は ら だ い も く し ゃ 戒を 誦すべし ( ) 。 邪は 正を 干さず、 久 久にしておのずから かい おか 滅せん 。 魔 事は 衆 多なり。 説けども 尽くすべからず。よくすべ からくこ れを 識るべ し。 この 故に 初 心の 行 人は 必ずすべ からく 善 知 識に 親 近すべし ( ) 。かくのごとき 等の 難 事ある しんご ん がた めの 故なり ( ) 。 この 魔が 人 心に 入るとき、よ く 人をして 心 神を 狂 乱せ しん じん しめ、 あ るいは 憂いあるい は 喜び、こ れ に 因って 患をな し、 乃 至、 死を 致す( ) 。 あ る と き は 諸の 邪なる 禅 定、 智 慧、 神 通、 陀 羅 尼を 得しむ。 説 法し 教 化するに 人みな 信 伏す れども 、 後にすなわち 大いに 人の 出 世の 善 事を 壊し( ) 、お しゅ っせ よび 正 法を 破 壊す。 かくのごとき 等の 諸 異 ( ) は 一にあらず。 説けども 尽くす べからず。いま 略してその 要を 示せる は、 行 者をして 坐 禅のなかにおいて 妄りに ( ) 諸の 魔の 境 界を 受けざらしめん みだ がた めなり 。 要を 取ってこ れ をい わば 、も し 邪を 遣ってや 正に 帰せん と 欲せば ( ) 、まさに 諸 法 実 相を 観ずべし ( ) 。よ く 止 観を 修すれ ばこれ す なわ ち 邪として 破せざるは なし。 故に 『 釈 論』 にいわく、 「 諸 法の 実 相を 除いて その 余は 一 切みな こ れ 魔 事 なり ( ) 」 と。 偈のなかに 説ける がごとし。 「 もし 分 別 憶 想すれ ば すなわちこ れ 魔 羅の 網なり
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) 動ぜず 分 別せざ るを これ す な わ ち 法 印なりとな す ( ) 」 ほう いん 〔 注〕 ( 1 ) 魔 羅=「 魔 羅」 は、 サ ン スク リ ッ ト 語マー ラ の 音 写。 魔 と 音 略する。 殺 者、 奪 命、 能 奪 命 者、 障 礙と 訳し、 悪 魔と もい う。 人の 生 命を 奪い、 善 事を 妨げる 悪 鬼 神であ る。 古 くは 磨と 書いたが 、 梁の 武 帝の 時から 、 魔の 字に 改めた 。 「 魔」 という 漢 字は、 「 麻」 と 「 鬼」 を 合わせて 造った も の で、そ れ が 邪 悪な 存 在であること を 強 調したものといわれ る。 仏 教の 魔は、キ リ スト 教の 悪 魔と 違って 、 邪 悪な 霊 的な 存 在とい う よ り 、 人 間が 善を 行なう のを 妨げ、 修 行を 妨 害 し、 悪に 誘う 存 在ととら え ら れ てい る 。 魔とは 、 人 間が 善 を 行ない 悟りを 得るた め に 修 行しよ う と す る のを 妨げる 内 外の 障 礙を、 擬 人 化したものである。 障 礙、 妨げとなるの は、わた したち 自 身の 心のな か に 生 起する 煩 悩であり、 貪 り ・ 怒り ・ 愚かさ ・ 慢りな ど、 心 意 識の 自 我のは た ら き を おご いう 。 『 普 曜 経』 巻 第 六には 、 仏 陀が 成 道する 時、 魔 王 波 旬が 四 女を 遣わして 悩ませ たと 伝えられ、 『 スッ タ ニ パー タ 』 に、 悪 魔ナム チ へ の 仏 陀のこと ば が 収められてい る 。 「 汝の 第 一の 軍 勢は 欲 望であ り 、 第 二の 軍 勢は 不 快であ り、 汝の 第 三の 軍 勢は 飢えと 渇きで あ り 、 第 四の 軍 勢 は 渇 愛とい わ れ る。 汝の 第 五の 軍 勢は 心を 暗く 沈ませ る 心の 作 用であ り 、 第 六の 軍 勢は 恐 怖の 心とい わ れ る。 汝の 第 七の 軍 勢は 偽 善と 傲 慢であ る。 … … ナム チ よ 、 これ が 汝の 私を 攻 撃する 邪 悪な 軍 勢である。 勇 敢では ない 者は、 そ れ に 打ち 勝つこ と は で き ない が 、 勇 敢な 人( 仏 陀) は、 そ れ に 打ち 勝って 安 楽を 得るの であ る。 」( 四 三 六 - 四 三 九 頁) また 、『 仏 本 行 集 経』 巻 第 二 十 五には、 仏が 成 道する 以 前 の 六 年 間の 苦 行 中において 、すで に 欲 界の 魔 王 波 旬が、 仏 の 左 右に 近づき、 入り 込む 隙を 窺って いた 。 仏はこ の 魔 王 波 旬に 対して 、 「 我、 当に 久しから ず し て 、 汝、 魔を 降すべ し 。 汝の 軍 の 第 一はこ れ 欲 貪なり 。 第 二は 名づけ て 不 歓 喜とな す 。 第 三は 飢 渇 寒 熱 等にし て 、 愛 著はこ れ 第 四 軍と 名づく 。 第 五は 即ち 彼の 睡 及び 眠、 驚 怖 恐 畏はこ れ 第 六、 第 七 はこ れ 孤 疑 惑なり 。 瞋 恚 忿 怒は 第 八 軍、 競 利 及び 争 名 は 第 九にして、 愚 癡 無 知はこれ 第 十なり。 自 誉 矜 高は 第 十 一にして、 十 二は 恒 常に 他 人を 毀るな り 。 そし 波 旬よ、 汝 等の 眷 属 然り。 軍 馬 悉とく みな 黒 暗を 行く。 それ この 悪 行に 堕すことある 者は、これ 彼の 沙 門・ 婆 羅 門なり 。 汝の 軍は 恒 常に 世 間に 行きて、 一 切の 天 人 類を 送 惑せし む。
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 我、 今 汝が 軍 馬を 見れば 、 妙 智 慧をも っ て 勝 兵を 厳に し、 悉とく よ く 降 伏して 余なから し め 、 尽とく 汝の 大 軍 衆を 破らん こ と を。 なお 水の 坏 瓶 器を 破るが 如く、 やかない 汝の 軍を 消 散せんこと 亦た 復た 然らん。 我が 心 正 念に して 安きこ と 山の 如し。 智 慧も 方 便もみ な 成 就し、 無 放 逸の 心をも っ て 行ず。 汝、 何ぞ 能く 我が 瑕 疵を 得 き ず ん。 」( 『 大 正 蔵』 三・ 七 六 九c ) と 説き、 魔 軍 衆とし て 十 二 軍を 挙げる。 何れも 実 在するも ののよう で あ るが 、 五 陰・ 十 二 入・ 十 八 界に 基づく 我 見の はた ら き を 表 象して い る 。 こ のよ うに 仏はすでに 苦 行 中に おい て 、 魔 軍 衆を 降 伏する ことを 、 おの れに 誓 願して い る ので あ る 。 降 魔 成 道は、 仏 陀の 成 道が 妨 害されたという 宗 教 史 上の 出 来 事というより、 仏 陀が 内 的なさま ざ まな 心の 葛 藤を 乗り 越え、 自らの 心に 打ち 勝ったことを 表わすこと がよ く 分かる 。 智 顗も、 仏 陀の 降 魔 成 道と 同じ 体 験をす る 。 智 顗は、 太 建 七 年( 五 七 五) 、 建 康の 瓦 官 寺を 出て 天 台 山に 入る。 日 毎 夜 毎、 天 台 山を 駆け 回り、 頭 陀 行を 行じてい た 。 あ る 夜、 天 台 山の 最 高 峰の 華 頂 峰で、 迫り 来る 無 数 無 量の 魑 魅 魍 魎 に 悩 殺され る、 恐 怖の 実 体 験をし た。 華 頂 峰 上で、 魑 魅 魍 魎を 降したこの 実 体 験を、 華 頂 開 悟とも 華 頂 峰の 降 魔 一 実 諦とも い う (『 隋 天 台 智 顗 大 師 別 伝』 、 『 大 正 蔵』 五〇 ・ 一 九 三b ) 。 智 顗にと っ て の 魔は、 仏 陀の 降 魔 成 道の 時と 同 じ、 断 滅しても 断 滅して も 、 内 心から 湧き 出て 止むこと が ない 煩 悩であ っ た 。 魔の 意 味を 内 観 的に 解 釈して、 煩 悩などす べ て 衆 生を 悩 ます も の を 魔と 名づける。 自 己の 身 心から 生じる 障 礙を 内 魔とい い 、 外 界から 加わる 障 礙を 外 魔といい、 合わせて 二 魔とす る 。 『 大 智 度 論』 巻 第 五には、 魔について 「 復た 次に、 諸 法 実 相を 除いて 、 余 残の 一 切の 法を 尽とく 名づけ て 魔となす。 諸の 煩 悩・ 結 使・ 欲 縛・ 取 纏・ 陰 界 入・ 魔 王・ 魔 民・ 魔 人 の 如し。 是の 如き 等を 尽とく 名づけ て 魔となす 」( 『 大 正 蔵』 二 五・ 九 九b ) と 述べて い る 。『 大 智 度 論』 巻 第 五は、 諸 法 実 相を 除く 他のす べ て を 魔と 規 定してい る 。 第 八 章「 魔 事を 覚 知せよ 」 の 魔・ 魔 羅・ 魔 事の 根 拠は、 ここ に あ る 。 一 切の 煩 悩や 結 使が、 魔の 根 本 原 因であ る。 人は、 湧き 出る 煩 悩や 結 使に 動かさ れ て 、 自 我を 造り 出す。 自 我を 造 り 出すとい う こと は、と り もなおさず 魔の 繋 縛を 受ける こ とで あ る 。 人は、 造り 出した 自 我 心に 束 縛され 、 魔の 手 中 に 搦め 取られ ていく 。 こう し て 魔に 取り 憑かれ る と 、 人は、 魔から 自 己を 守る 手 立てとし て 、 五 陰・ 十 二 入・ 十 八 界の 「 陰 入 界」 とい う 、 身 体と 身 体を 構 成している 要 素が 造り 出す、 主 観と 客 観を 心 中に 固 定 化させ 、 貪り ・ 怒り ・ 愚かさ ・ 慢りな ど 固 定 化 させ た 自 我によ って 生きる から 、い つのま に か 魔がわ れ わ
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) れの 全 人 格の 中に 入り 込んで 、 わ れ わ れ を 支 配し、お の れ が、 魔 王となり 魔 人とな っ て しま う 。 邪な 見 方に 搦め 取ら れ、 邪な 見 方を 正しい 見 方だと 固 定 化し、 自 我 心に 塗れて 正しいも の の 見 方がで きない と 、 自 分の 手で 自 分の 首を 締 める 結 果となってしまう 。 この 例は、 巷に 溢れてい る 。 なお 、 魔に 関する こと ば を 諸 経 典にみ れば 、 魔 羅・ 魔 王 波 旬・ 大 魔 軍 衆・ 魔 天・ 魔 女・ 魔 三 女・ 魔 怨・ 魔 戒・ 魔 界・ ま おん 魔 行・ 魔 繋・ 魔 障・ 魔 業・ 魔 羂・ 魔 羂 網・ 魔 事・ 魔 邪・ 魔 ま け ま けん 精 進・ 魔 禅・ 魔 檀・ 魔 党・ 魔 道・ 魔 ・ 魔 忍・ 魔 縛・ 魔 魅・ ま にょ う ま ばく ま み 魔 民・ 魔 人・ 魔 網・ 魔 羅 道・ 五 陰 魔・ 煩 悩 魔・ 死 魔・ 天 子 魔・ 罪 魔・ 行 魔・ 悩 魔・ 業 魔・ 心 魔・ 三 昧 魔・ 善 知 識 魔・ 不 知 菩 提 正 法 魔・ 失 善 根 魔などが あ る。 何れも 人に 障 礙を 与える も の で、 転じて 煩 悩の 異 名として 用いら れ る 。 ( 2 ) 魔 羅とは 、 秦には 殺 者とい う。 行 人の 功 徳の 財を 奪い 智 慧の 生 命を 殺すが 故なり = こ の 一 句は、 『 大 智 度 論』 巻 第 六 十 六の、 「 魔は 秦には 、 能く 命を 奪う 者とい い、 亦た 死 魔は 実に 能く 命を 奪うと いえど も 、 余も 亦た 能く 命を 奪 う 因 縁をなす。 亦た 智 慧の 命を 奪う。こ の 故に 殺 者と 名づ く 」( 『 大 正 蔵』 二 五・ 五 三 四a ) によ っ た も の であ る。 「 功 徳の 財」 は、 仏 道 修 行に 励む 者が、 善を 積み、 修 行を 実 践した 結 果 得られる 功 徳を 財 産と みなす ことをい う。 「 智 慧の 命」 は、 煩 悩を 断って 自 他 救 済を 可 能にす る 智 慧 を 生 命と みなす ことをい う。 智 慧は、 智 顗の 生 命 線である。 智 慧があ る か ら 、 自 他の 救 済が 可 能とな る が 、 智 慧を 失え ば 自 他の 救 済の 可 能 性を 抹 殺することにな る。だから 無 分 別 智であ る 智 慧は 仏 性であ り 、 如 来 蔵であり、 従って 最 重 要の 生 命であ る と みな す 。 従って 一 句は、 サンス ク リッ ト 語でい う 「 魔 羅」 は、 中 国では 生 命を 断つも の の 意から 「 殺 者」 と 呼ばれた。 殺 者 と 呼ばれ るのは、 魔は、 仏 道 修 行に 励む 者が 善を 積み、 修 行を 実 践した 結 果 得られる 功 徳とい う 財 産を 奪い 去り、 煩 悩を 断って 自 他 救 済を 可 能にする 智 慧とい う 生 命を 奪って しま うから で あ る の 意をい う 。 ( 3 ) いか な る をか 魔 事と 名づくるや 。 仏のご ときは、 功 徳・ 智 慧をも っ て 衆 生を 度 脱して 涅 槃に 入らし むる を 事となす。 魔もまた か く の ご と く 、 つねに 衆 生の 善 根を 破 壊して 生 死 に 流 転せし むるを も って 事となす 。 もしよく 心を 道 門に 安 んずる に 、 道 高けれ ば す な わ ち 魔 盛んな り 。 故にす べ か ら くよ く 魔 事を 識るべし = この 一 句は、 『 大 智 度 論』 巻 第 五 の、 「 慧 命を 奪い、 道 法・ 功 徳の 善 本を 壊す。 こ の 故に 名 づけ て 魔とな す 」 と 説く 文を 根 拠とし て い る 。 魔は 常に 人々の 善 根を 破 壊し、 智 慧を 奪い 去り、 道を 求める 心をも 奪い 去るものである。ま た 人々を し て 生 死 流 転させ 、 苦 界 から 度 脱させ る こ と は ない 。とく に 心しな け れ ばならない のは、 悟 境が 深くな れ ば な る ほど 、 魔の 悩 乱もま た 激しい という こ と で あ る 。
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 「 道 門」 は、 修 行の 門、 仏 道 修 行の 実 践 道をい う。 ここで は、 臍 下 三 寸の 丹 田に 心を 落ち 着け、 心を 一つの 対 象に 専 注する 「 止」 の 修 行 法と、 自 我を 否 定し、 物 事の 実 相を 観 察する 智 慧を 引き 出す 「 観」 の 修 行 法を 実 践することと 取 る。 「 安ずる 」 は、 置くこ とを い う 。 「 道」 は、 目 的 地に 至らせる 通 路、 踏み 行なわ なけ れ ば な らな い 道( 軌 路) をい う 。 『 倶 舎 論』 巻 第 二 十 五には、 道とは 涅 槃( 悟り ) に 往く 路 であ り 、 涅 槃の 果を 求める ための よ りど ころ ( 所 依) であ ると する 。 こ のよ う に 、 主として 仏 教の 究 極 目 的を 達 成さ せるため の 修 行の 道 程を 意 味する が、 ま た 広く 果に 趣かせ る 通 路の 意と も す る 。すなわち 、 こ こでは 、 悟りの 涅 槃に 往く、 十 信・ 十 住・ 十 行・ 十 廻 向・ 十 地・ 等 覚・ 妙 覚とい う、 五 十 二を 数える 仏 教の 究 極の 目 的を 達 成させ るため の 修 行の 道 程をい う と 取る。 悟りを 求めよ うとする 心が 高け れば 高いほ ど 、 求める 自 利に 執 着する 度 合いが 大きく な る 。 執 着することが 煩 悩であり、 自 我であ る か ら 、 執 着する 度 合いが 大きくなればな るほ ど 、 煩 悩という 心を 悩まし 成 道 を 妨 害する 魔が、 心に 付け 入る 度 合いも 大きくな る 。 おの れの 利を 求める のとは 逆に、 布 施・ 持 戒・ 忍 辱・ 精 進・ 禅 定・ 智 慧の 六 波 羅 蜜を 行じる 人は、 他に 利を 与える こと に 徹する 。 六 波 羅 蜜を 行じる ことに よ っ て 、 自 我に 塗 れた おの れの 心の 粗 大なはたらきは 微 細となり 、 やがて 自 分 自 身の 救いを 求めるお の れの 自 利の 心は 消 滅する 。おの れの 心が 消 滅すれば 、 渇 愛や 執 着によって 狭く 小さく 閉ざ されていた 心は 解 放され、 心の 障 礙とな るも の は す べ て 消 滅する 。 つ ま り 、 六 波 羅 蜜を 修 行 実 践するこ と によ って、 捨てる ことに 徹し、も っ ぱ ら 他の 人々の 利 益と 救 済に 精 進 する 利 他に 徹すれば 、 魔が 入り 込む 余 地はどこに もない。 従って、 「 もし よく 心を 道 門に 安んず る に 、 道 高けれ ばす なわ ち 魔 盛んな り 」 の 一 句は、 菩 薩 道にあ る 修 行 者が、 止 と 観の 修 行 実 践の 中に 身を 置いてい る と き 、 い くら 六 波 羅 蜜を 実 践して 自 我を 克 服し、 広い 心をも とうと 修 行を 重ね、 境 界が 高くな っ て も 、 他を 利 益する 「 捨」 に 徹することが なけ れば、 魔のは た ら き が 旺 盛となって 修 行 者に 付き 従い、 悟った の か 、 魔を 心に 入れたの か が 分からなくなって し ま うの 意をいう 。 ( 4 ) 魔に 四 種あり。 一に 煩 悩 魔、 二に 陰 入 界 魔、 三に 死 魔、 四に 鬼 神 魔なり = 仏 教でい う 「 魔・ 魔 羅」 は、 内なる 魔で ある 。 内なる 魔は 自 我 意 識というカ ルマである。 内なる 魔 は、 おの れには 害を 加えて も 、 第 三 者に 害を 加えるも の で はない 。 内なる 魔は、 す な わ ち 己 心 中の 煩 悩である。 人々を 悩ませる 魔を 内 観とし て 四つに 分けて 、 意 味を 解 説した も の に 「 四 魔」 があ る。 一 般 的には 、「 四 魔」 は、 煩 悩 魔・ 陰 魔、 死 魔、 化 他 自 在 天 魔の 四をい う。
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) 1 「 煩 悩 魔」 は、 欲 魔ともい う 。 貪り ・ 怒り ・ 愚かさ ・ 慢りなどの 煩 悩を 始めとす る 百 八の 煩 悩が、 人々の 心 おご を 悩まし て、 智 慧の 命を 奪うの を 魔とみ た も の を いう 。 『 大 智 度 論』 巻 第 六 十 八や 『 次 第 禅 門』 では、 欲 貪や 不 歓 喜を 始めと する 魔 軍 衆 十 軍を 挙げる。 こ の 魔 軍 衆 が 煩 悩 魔であ る。 煩 悩は、 三 毒を 始めとす る 百 八の 諸 煩 悩を 心 中にも つ こ とによ っ て 、 心その も の を 魔 軍に よって 成り 立たしめ 、 ど こ までも 自 我 構 造の 自 己を 形 成する 。 徹 底して 自 己を 防 衛し、 敵 対する ものに は 、 おのれ の 心の 中の 魔 軍 衆を 動 員して 戦いを 挑む、 魔 衆 そのも の としての 生き 方をすること を いう。 2 「 陰 魔」 は、 五 衆 魔・ 五 陰 魔ともいう 。 人の 身 心を 構 成している、 肉 体の 色 蘊・ 感 受 作 用の 受 蘊・ 表 象 作 用 の 想 蘊・ 意 志 作 用の 行 蘊・ 認 識 作 用の 識 蘊とい う 五 蘊 が、 自 我を 造り 続け、 種々の 苦しみ を 生じ、 衆 生の 仏 性を 害なう のを 魔とみ た も の を いう 。『 天 台 小 止 観』 で は、 「 陰 入 界 魔」 とい う 。『 次 第 禅 門』 では 、 五 陰・ 十 二 入・ 十 八 界の 心のは たら き を も つ こと に よ って、 清 浄の 善 根の 功 徳や 智 慧を 包み 隠して しまう 魔をいう 。 また 、 五 陰のは たら きによ っ て、 自 我を 造り 続け、 作っ た 一 切に 執 着するから 陰 魔とい う 。 3 「 死 魔」 は、 一 般 的には 、 死その も の を 魔とみ な し て いう 。『 次 第 禅 門』 では 、 修 行 中にお い て 、 死を 想 念 したり、 病や 害を 受けて 生 命の 終わるこ と を い い、 常 に 生 死・ 業 報・ 輪 廻の 範 疇にとどまるこ とを 死 魔とい う。 『 大 智 度 論』 巻 第 六 十 八によ れ ば 、 こ の 現 実は 無 常であ り、 相 続する 肉 体の 色 蘊・ 感 受 作 用の 受 蘊・ 表 象 作 用 の 想 蘊・ 意 志 作 用の 行 蘊・ 認 識 作 用の 識 蘊とい う 五 蘊 の 寿 命を 破 壊し、 教・ 行・ 証の 三 法の 識を 離れて、 寿 命を 断つから 死 魔とい う 。 4 「 化 他 自 在 天 魔」 は、 天 魔・ 自 在 天 魔・ 天 魔 波 旬とも いう。 正しい 教えを 破 壊し、 人が 死を 乗り 越えよ うと した り、 人が 善 行をしよ う とし た り するのを 妨げる 、 欲 界の 第 六 天、すなわち 化 他 自 在 天の 魔 王・ 天 魔 波 旬 をい う。 『 天 台 小 止 観』 では、 「 天 子 魔」 という 。『 次 第 禅 門』 では 、 天 子 魔は、 仏 法の 怨 敵であ り 、 人々が 魔 界から 出 離するこ と を 阻 止する ため、 魔 王の 眷 属で ある 魔 衆によって 悩 乱させ 、 善 根を 破 壊する はたら き をなす も のを い う 。 「 四 魔」 に 罪 魔を 加えた 、 天 魔( 鬼 神)・ 罪 魔( 罪 悪)・ 行 魔( 無 常) ・ 悩 魔( 煩 悩) ・ 死 魔( 死) を、 『 罵 意 経』( 『 大 正 蔵』 一 六・ 五 三〇c ) は、 「 五 魔」 とし、 四 魔に 無 常・ 無 我など の 四 顛 倒の 心を 加えて 八 魔とすること が ある。 なお 、『 天 台 小 止 観』 では 4 の 化 他 自 在 天 魔を 「 鬼 神 魔」 とす る 。『 天 台 小 止 観』 のこ こで も 、 四 魔の 第 四 天 子 魔と
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ いう 、 一 般の 経 典の 表 記を 用いれ ば 、 当 然、イン ド 以 来の 欲 界の 化 他 自 在 天を 問 題としな け れ ば なら な い 。こ こで は、 中 国の 鬼 神を 取り 上げ、 道 教の 鬼 神に 限 定し、 古 来から 中 国の 民 衆の 心に 定 着し 固 定 化して い る 、 鬼 神と 対 決をしよ うと した 。だから 、 天 子 魔 一 般は 横に 置いて、 道 教の 鬼 神 に 限 定して 第 四を 鬼 神 魔とし た の で あ る。 修 行 者の 境 界が 高くなれ ばな る ほ ど、 魔が 付け 入り、 簡 単には 悟るこ とはできないという、 仏 道 実 践 上の 有り 様を 説き、 道 教を 点 検した 上で、 道 教の 誤りを 明らかにするた めに、 第 四の 生 死を 超えようとする 者を 妨げる 鬼 神 魔に 焦 点 化してい る 。 ( 5 ) 世の 常の 事=「 世の 常の 事」 は、 仏 教の 世 界では よ く 知られてい る こ とを いう。 ( 6 ) この 事=「 この 事」 は、 鬼 神 魔に 悩まさ れ、 乱される すが たを い う 。 ( 7 ) 鬼 神 魔にお よ そ 三 種あり 。 一には、 精 鬼、 二には 堆 惕 鬼、 三には 魔 羅 鬼なり =「 鬼 神 魔」 は、 生 死を 超えよ う とす る 者を 妨げる 鬼 神を 魔とみ た も の を いう。 「 精 鬼」 は、 時 媚 鬼・ 精 媚 鬼と 同 義。 獣の 精が、 種々に じ び 変 化して 、 修 行を 妨げる 中 国 的な 鬼 神 魔をい う。 「 堆 惕 鬼」 は、 埠 惕 鬼と 同 義。 修 行 者の 身 体の 感 覚 器 官に つ い て き き 起こす 感 触によ っ て 、 修 行を 妨げる イ ン ド 的な 鬼 神 魔をい う。 「 魔 羅 鬼」 は、 人を 悪に 誘い、 人の 生 命を 奪い、 善 事を 妨 げる 鬼 神 魔をい う。 三 鬼 神 魔は、 実 在する もの で は ない が、 人の 僅かな 隙を 伺って、 身 心の 中に 入り 込んで くる。 一 度 入った が 最 後、 我々の 身 心を 居 住 場 所とし て 、 そ こ から 決して 出ること が ない。 従って 一 句は、 鬼 神 魔には、 普 通 三 種 類が 挙げら れ る 。 一つ 目は、 獣の 精が、 種々に 変 化して、 修 行を 妨げる 精 鬼であ り 、 二つ 目は、 身 心の 感 覚 器 官に 感 触を 起こし て 、 修 行を 妨げる 堆 惕 鬼であ り 、 三つ 目は、 人を 悪に 誘い、 生 命を 奪い、 善 事を 妨げる 魔 羅 鬼であ るの 意をい う 。 ( 8 ) 精 とは 、 十 二 時の 獣が、 変 化して 種 種の 形 色をなす なり =「 精 」 は、 獣の 精が、 種々に 変 化して 、 修 行を 妨 げる 中 国 的な 精 鬼をいう 。 「 十 二 時」 は、 一 昼 夜、 二 十 四 時 間をいう 。 「 十 二 時の 獣」 は、 十 二 獣と 同 義。 南 閻 浮 提の 外の 四 方の 海 中にあ る 島の 上の 山に 住む、 十 二 種の 獣をい う 。 鼠・ 牛・ 虎( 獅 子)・ 兎・ 竜・ 蛇・ 馬・ 羊・ 猿・ 鶏・ 狗・ 猪の 十 二 をいう 。 十 二 種の 獣は、 衆 生を 教 化し 救 済するためにすが た を 変 えた 菩 薩の 化 身であ る 。 十 二 月 中、 常に 一 獣ずつ 順 番に 交 代して 南 閻 浮 提の 中をへ 巡り、 衆 生を 教 化するとされ る 。 なん え ん ぶ だい 中 国の 十 二 支に 当たる 。「 十 二 支」 は、 子・ 丑・ 寅・ 卯・ ね うし とら う
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) 辰・ 巳・ 午・ 未・ 申・ 酉・ 戌・ 亥の 呼 称をい う。こ れ を 、 たつ み うま ひつ じ さる とり いぬ い 仏 教 経 典に 説く、 鼠・ 牛・ 虎・ 兎・ 竜・ 蛇・ 馬・ 羊・ 猿・ 鶏・ 狗・ 猪の 十 二 獣に 合わせ て 、「 ね 」「 うし 」 などの 訓 読 をす る。 十 二 支に 十 二 獣を 合わせ、それに 現 在の 二 十 四 時 間を 当 てれ ば 、 子は 鼠で、 午 前 零 時から 二 時まで 。 丑は、 牛で、 午 前 二 時から 四 時まで 。 寅は、 虎( 獅 子) で、 午 前 四 時か ら 六 時まで 。 卯は、 兎で、 午 前 六 時から 八 時まで 。 辰は、 竜で、 午 前 八 時から 十 時まで 。 巳は、 蛇で、 午 前 十 時から 十 二 時まで 。 午は、 馬で、 午 後 零 時から 二 時まで 。 未は、 羊で、 午 後 二 時から 四 時まで 。 申は、 猿で、 午 後 四 時から 六 時まで 。 酉は、 鶏で、 午 後 六 時から 八 時まで。 戌は、 狗 で、 午 後 八 時から 十 時まで。 亥は、 猪で、 午 後 十 時から 十 二 時まで に 相 当する 。 「 形 色」 は、 す が た 形をい う。 従って 一 句は、 その 一は 「 精 鬼」 であ る 。 精 とい う 鬼は、 午 前 零 時の 子の 刻の 鼠、 午 前 二 時の 丑の 刻に 始まり、 午 後 十 時の 亥の 刻の 猪に 終わる、 十 二 時の 獣が 種々に 形を 変え、 すがた を 現わす 鬼 神 魔であるの 意をい う。 ( 9 ) あるいは 少 男、 少 女、 老 宿の 形=「 少 男」 は、 少 年を いう 。 「 少 女」 は、 少 女をいう 。 「 老 宿」 は 老 年 宿 徳の 略。 徳を 積んだ 老 人をい う。 従って 一 句は、 少 年のす が た や 、 少 女のすが た や 、 老 人 のすが た を 取るこ とをいう。 ( 10) もし よ く 占してすなわち 恒にこの 時をもちいて 来たら ば= 「 占」 は、 占 察と 同 義。 占いの 法をい う 。「 占」 は、 元々 せん さ つ は 亀の 甲や 牛の 骨を 焼き、そ こ にぽ っと 音をた てて で き る 割れ 目の 「 卜」 と、 問いの 意の 「 口」 とか ら 成り、 卜に ぼく よっ て 現われ た 吉 凶を 判 断する ことを い う。 ここ では、 時 刻に 応じて 現 出して き た 幻 覚を、 自 分の 頭で 観 察し 判 断す るこ とをいう。 従って 一 句は、 出てき た 幻 覚を 自 分の 頭で 観 察し 判 断し て、 一 定の 獣の 幻 覚がいつも 一 定の 同 時 刻に 現われ る な ら ばの 意をいう 。 ( 11) 虫・ 蠍のごと く 人の 顔 面を 縁じて 鑽 刺すること 踵 踵た り= 「 縁じて 」 は、 所 縁とす るこ と で あ る 。 す なわ ち 、 心 が 外 界の 対 象に 向かうこ と 、 心 識が 外 的な 対 象を 認 知する 作 用をい う。ここ で は 、 人の 顔 面を 目 掛けてほどの 意であ るか ら 、 人の 顔 面にまとわり つ い て の 意と 取る。 「 鑽 刺」 は、 錐を 揉みな がら 穴をあ け る こ と を い う 。 ここ きり も では 、 錐 揉みす る よ う に 毒 針を 突き 刺すこと と 取る。 「 踵 踵」 の 踵は、 痺れる 病や 少し 痛むが 原 義。 虫や 蠍が 人 しび さそ り の 顔 面に 毒 針を 突き 刺すと 、 後に 毒 素を 残す。 残った 毒 素 で 痛 痒かっ たり 、 ヒ リヒリした り 、 痺れた り、シ カ ッ と 痛 かゆ みを 感じる 。ここ で は、 麻 酔にか か っ た よ うな 痺れて 痛い
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 状 態をい う と 取る。 従って 一 句は、 堆 惕 鬼が 虫や 蠍が 修 行 者の 顔 面にまとわ さそ り りついて 毒 針を 突き 刺すよ うに 刺して、 シ カ ッ とした 痛み を 感じさ せ た り 痺れさ せたり す るの 意をい う 。 ( 12) 撃 =「 撃 」 の 撃も も 同 義。 叩くこ とを い う 。 ( 13) 喧 閙=「 喧 閙」 は、 やかま し く 騒がし い こ とを いう。 ( 14) 一 心に= 「 一 心に 」 は、 心を 統 一し 集 中してを い う。 つ まり 、 今まで 堆 惕 鬼に 悩まさ れ 乱され て い たこ と に 気づい て 心 機 一 転、 善なる 悟りの 方 向に、 心をす と ん と 転 換する 有り 様、 決 断の 様 相が 「 一 心に 」 に 込めら れ て い る 。 「 一 心」 は、 心に 生 起して 止まない 自 我 心に 塗れた 煩 悩を 対 治するために、 心を 統 一し 集 中して、 散 乱する 自 我 心を 真 正 面から 見 据え、 煩 悩を 淘 汰し 対 治する 〈 集 中した 心〉 をい う 。 天 台 教 学では 、 一 心 三 観、 一 心 三 智、 一 心 三 惑を 説くが、 〈 集 中した 心〉 であ る 一 心に、 一 切を 空と 観じ、 仮と 観じ、 また 空も 仮も 一であると 観じる 空 観・ 仮 観・ 中 観の 三 観を、 同 時に 実 現する のが 一 心 三 観。 空・ 仮・ 中の 三 観を 一 心に 融 合する ので、 起こす 一 切 智・ 道 種 智・ 一 切 種 智の 三 智も、 また 同 時に 一 心に 証して、 前 後の 差 別がな い と す る のが 一 心 三 智。 空 観・ 仮 観・ 中 観によって、 そ れぞれ 見 思の 惑・ 塵 沙の 惑・ 無 明の 惑の 一を 断ち 切るとき、 他も 同 時に 断た れると い う の が 一 心 三 惑であ る 。 一つの 対 象に 集 中し、 自 我を 対 治する 心が 一 心であ る 。 「 一 念」 は、 心にあら ゆ る も の ご とが 、 悉とく 欠けると こ ろな く 具わっ て い る 心をい い 、 介 爾の 一 念・ 陰 妄の 一 念・ け に おん も う 介 爾 陰 妄の 一 念・ 現 前 陰 妄の 一 念 等とも い わ れ る 。 介 爾 陰 妄の 一 念は、 凡 夫が、 現 実に 起こす 日 常のかすか で 弱い 介 爾の 五 蘊に 属する 迷いの 一おも い の 心であ る 。「 一 念」 は、ま さ に 〈 造 作した 心〉 であ る か ら 、 三 千の 数に 表 現され る 差 別 相を、 一 念の 中に 完 全に 包 摂することができ るの である 。 三 千の 数は、 迷っている 者も 悟って い る 者も 含めた、 す べて の 境 地であ る 十 界が、 互いに 具わり 合って 百 界とな り 、 その 百 界が 実 相に 十 種の 面( 十 如 是) を 具えて い る か ら 千 とな り 、 こ れ が 物と 心との 係わり 合いの 境 地( 衆 生 世 間) と、 さらに 人 間が 住む 場 所・ 環 境( 国 土 世 間) と、 人 間の 存 在を 構 成する 要 素( 五 陰 世 間) との、 三 種の 世 間にわ たっ て い る か ら 三 千の 数とな る。 この 三 千の 数で 表わさ れ る 一 切の 現 象、 宇 宙の 一 切のす がた が、 一 念の 中に 完 全に 具わっている の は、 一 念がま さ に 〈 造 作した 心〉 であ る か ら で あ る 。 一 念は、 介 爾の 中に、 無 尽 蔵の 迷 妄の 五 陰である 陰 妄のカ ルマ 一 切を、 摂 取し 尽 くし て い る 一おもい の 心であ る と い え る。 「 一 心」 は、 主とし て 、 観じる 者の 心をい い 、「 一 念」 は、 観じる 対 象をい う が 、 誤 解を 恐れず に 言えば、 「 一 心」 は、
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) 悟りの 方 向( 善) にあ る 〈 集 中した 心〉 であ り 、「 一 念」 は、 迷いの 方 向( 愚) にあ る 〈 造 作した 心〉 とす るのが、 両 者の 根 底に 流れる 中 心 概 念であるといえる。 ( 15) 汝はこ れこの 閻 浮 堤の 中で、 火を 食い 香を 嗅ぎ 臘を 偸 める 吉 支なり= 「 閻 浮 堤」 は、 現 実の 人 間 世 界、す な わ ち わた した ち が 住むこの 世をい う 。 「 火を 食い 香を 嗅ぎ 臘を 偸める 吉 支」 の 臘を 偸める 吉 支 は、 修 行 者が 具 足 戒を 受けて 比 丘・ 比 丘 尼になって か ら の 年 数、す な わ ち 僧 侶の 法 臘を 盗み 取って、 僧 侶に 成り 済ま す 鬼 神 魔をいう 。 つ ま り 修 行 者の 僧 侶とし て の 生 命を 奪い 取り、 修 行 者に 僧 侶を 止めさ せ る 堆 惕 鬼とい う 鬼 神 魔をい う。なお 、 鬼 神 魔は、わたし の 外にあ る 魔では なく、 内な る 魔、す な わ ち 自 我 意 識とい う カ ル マ 、 己 心 中の 煩 悩をい うことは 言うまでもな い 。 従って 一 句は、 お 前は、 この 世で 火を 喰い、 香を 嗅ぎ、 修 行 者の 法 臘を 盗む 悪 鬼の 吉 支だの 意をい う 。 「 閻 浮 堤」 は、 ジャン ブ ・ ドヴ ィー パ の 音 写。ジ ャ ン ブ の 音 写を 贍 部、ド ヴ ィ ー パ の 訳を 洲とし 、 贍 部 洲とも い う 。 せ ん ぶ せ ん ぶ し ゅ う 古 代インド の 宇 宙 論である 須 弥 山 説にい う 須 弥 四 洲の 一 し ゅ み せ ん つで 、 人 間が 住む 国 土とさ れ る 。 須 弥 山の 南 方にあ るので 南 贍 部 洲・ 南 閻 浮 堤ともいう 。 地 形は、ほ と んど 三 角 形に 近い 台 形で、 北に 広く 南に 狭 い。 下 辺が 二 千 由 旬( 由 旬は 約 七㎞ ) 、 上 辺が 三・ 五 由 旬、 斜 辺が 各 二 千 由 旬とされる。 島の 北 寄りに 雪 山( ヒマヴ ァ ッ せっ せ ん ト ) が 東 西に 走って おり 、 そ の 南には 九 黒 山が 三つず つ 三 列に 並んでい る 。 雪 山の 北には、 一 辺が 五 十 由 旬の 正 方 形 の 無 熱 悩 池( アナ ヴ ァ タ ブ タ ) があ る。 この 池の 周 辺には、 む ねつの う ち 甘 美な 果 実を 実らせ る 贍 部( ジャン ブ ) という 喬 木が 茂っ きょ う ぼ く ていて 、 名の 由 来とな っ て い る 。 また 、 こ の 池を 源とし て 四つの 大 河が 流れ 出してい る 。 無 熱 悩 池のさ ら に 北には、 様々な 香を 発する いろ いろ な 種 『倶舎論』に記された贍部洲の図解 2, 000 香酔山 シーター河 無熱悩池 雪山 九黒山 贍 部 洲 (単位:由旬) 遮末羅 筏羅遮末羅 3. 5 2,00 0 2,0 00 オ ク サ ス 河 イ ン ダ ス 河 ガン ジ ス 河
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 類の 樹が 茂る 香 酔 山( ガン ダマ ー ダ ナ ) があ っ て 、 香を 食 こう す い せ ん べ 音 楽を 司る 乾 闥 婆( ガル ダル ヴ ァ ) 神の 住 居であ る と い け ん だ っ ぱ う。 以 上のよ うな 閻 浮 堤・ 贍 部 洲のあ り さ ま は 、 明らか に 現 実のイン ド に 基づいて 構 想され た も ので、 島の 形はインド 亜 大 陸の 形 状にそ の ま ま 合 致す る 。また 雪 山はヒ マ ラ ヤ 山 脈に、 四 大 河はガ ンジス 河、イン ダ ス 河、オク サ ス 河( ア ム ・ ダリヤ 河) 、シ ー タ ー 河( シル ・ ダリ ヤ 河、ヤ ル カ ン ド 河? ) に 比 定される。 無 熱 悩 池およ び 香 酔 山は、 チ ベ ッ トのマ ナ サロワ ル 湖( マバ ム 湖) およ び カ イ ラ ーサ 山( ティ セ 山) にあ た る と 考えら れ て い る が 、 無 熱 悩 池につ いては、 砂 漠のオ ア シ スを 神 話 化した も の と す る 説もある。 なお 閻 浮 堤・ 贍 部 洲の 南 方 東 西に 遮 末 羅( チャ ー マ ラ )・ し ゃ ま つ ら 筏 羅 遮 末 羅( アヴ ァラ ・ チャー マ ラ ) の 二つの 島がある。 ば つ ら し ゃ ま つ ら 東 側の 遮 末 羅 島は 明らかに セ イ ロ ン 島( 現 在のスリ ラ ンカ ) に 相 当する。 筏 羅 遮 末 羅 島には 対 応する もの が な いが 、 均 斉を 重んじ る 意 味で 遮 末 羅 島と 左 右 対 称の 位 置に 配した も のと 思われ る。 諸 仏は、こ の 閻 浮 堤・ 贍 部 洲にの み 出 現する と い わ れ 、 閻 浮 堤・ 贍 部 洲の 住 民が 受ける 楽しみは 東、 北の 二 島に 劣 るが 、 仏に 遇い 法を 聞くこ と が で き る 点ですぐ れ ていると され る。 ( 16) 戒 序=「 戒 序」 は、 『 梵 網 経 盧 舎 那 仏 説 菩 薩 心 地 戒 品 第 十、 略して 菩 薩 戒 経、 梵 網 菩 薩 戒 経、 梵 網 経』 二 巻の 序 (『 大 正 蔵』 二 四・ 一〇〇 三a -b ) をい うの で あ ろ う が 、 この 序には 堆 惕 鬼を 対 治する だ け の 内 容があるとは 思われ ない 。だか ら 、『 梵 網 経』 が 説く 梵 網 戒、すな わ ち 大 乗 戒 を 口 誦する の が 妥 当であろうと 考える 。 従って 戒 序は、 下 巻で 菩 薩の 戒とし て 詳 述され て い る 十 重 禁 戒と 四 十 八 軽 戒 と 取る。 「 戒」 は、 サンスク リット 語のシ ーラの 訳。 尸 羅と 音 写す し ら る。 しばし ば 行なう こと ・ 行 為・ 習 慣・ 性 格・ 道 徳・ 敬 虔 など の 意。 善 悪の 療 法につい て い い 、よ い 習 慣づけ を 善 戒 ( 善 律 儀) 、 悪い 習 慣づけ を 悪 戒( 悪 律 儀) とい う こ と が あ るが 、 普 通は 浄 戒( 戒には 清 浄の 意 味があ る )・ 善 戒の 意 味に 限って 用い、 身 体の 行 為と 言 語 上の ( 身・ 語の ) 非を 防ぎ 悪を 止めるこ と を い う。 戒は、 もと 仏 陀が 仏 教 徒 以 外の 宗 教 家・ 外 道が 行なっ て いた 非 行を、 仏 教 徒に 対して 誡めたもの である。 在 家と 出 家とに 共 通し、 随 犯 随 制では な く 、こ れを 犯した 場 合の 処 ずいぼ ん ずい せい 罰の 規 定を 伴わず、 従って 自 発 的な 努 力を 持つこ とを 特 徴 とする。 これ ら の 点にお い て 、 元 来、 戒は 律と 区 別されるべ き も のであ っ たが 、 後には 両 者は 混 同して 用いら れた。しか し 一 般には、 戒は 三 蔵の 一であ る 律 蔵の 中に 説かれてい るか ら、 この 点からいえば 戒は 律 中に 説かれ て い る 内 容の 一 部
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) であ り 、 律はそ の 戒などを 説く 文 言、 典 籍である。 小 乗では、 戒には 在 家・ 出 家、 男・ 女の 別に 応じて 五 戒・ 八 戒・ 十 戒・ 具 足 戒( 五 八 十 具と 略 称) の 種 類があ る と す る。 大 乗では 、こ れら を す べ て 声 聞 戒( 小 乗 戒) と 称し、 別に 大 乗の 菩 薩のため の 菩 薩 戒( 大 乗 戒) があるとする。 これ ら 両 者を 合わせ て 二 戒とい う。 また、 仏がそ の 戒を 制 定しなくても 、 本 来 的な 性 質とし て 罪 悪であ る も の ・ 性 罪を 制 止した 戒を 性 戒とい う 。 こ れ に 対して 、それ 自らは 本 来 罪 悪ではないが 、 世 間の 非 難を 避ける ため、 あ る い は 他の 性 罪を 誘 発させな い た め に、 仏 が 特に 制 定した 戒めを 遮 戒とい う。 遮 戒によ って 遮 制され しゃ か い る 罪 悪を 遮 罪とい う。 合わせ て 二 戒とする。 例えば 、 殺 生 戒や 偸 盗 戒は 性 戒で、 飲 酒 戒は 多くは 遮 戒とさ れ る 。 「 十 重 禁 戒」 は、 十 重・ 十 重 禁・ 十 重 戒・ 十 無 尽 戒・ 十 重 波 羅 堤 木 叉・ 十 波 羅 夷・ 十 不 可 侮 戒ともい う 。 大 乗 戒にお は ら い ふ か け かい ける 最 重 罪で、 大 乗の 菩 薩がこ れを 犯すと きは 、 破 門 罪、 追 放 罪( 波 羅 夷) を 構 成する 。 十 重 禁 戒は、 『 梵 網 経』 巻 下に、 四 十 八 軽 戒に 先 立って 説 かれ てい る 。 十 重 禁 戒と 四 十 八 軽 戒の 五 十 八 戒は、 古 来、 梵 網 大 戒とも 仏 戒とも 呼ばれ 、 大 乗 菩 薩 戒とし て 尊ばれ て いる。 1 殺 戒── 生きものを 殺すこと を 禁じる 仏の 戒め。 2 盗 戒── 与えられ て いな いも のを 取ること を 禁じる 仏 の 戒め。 3 婬 戒── 婬 欲を 制する 仏の 戒め。 4 妄 語 戒── 偽ること な かれという 仏の 戒め。 5 酒 戒── 酒を 造り 売 買することに 対する 仏の 戒め。 こ しゅ か い 6 説 四 衆 過 戒── 在 家・ 出 世の 菩 薩、 比 丘・ 比 丘 尼の 罪 せつ し しゅ か かい 過を 説くこと に 対する 仏の 戒め。 7 自 讃 毀 他 戒── 自らを 讃め 他をそしるこ と に 対する 仏 じ さん き た かい の 戒め。 8 慳 惜 加 毀 戒── 財や 法を 施すの を 惜しむことに 対する けん じ ゃ く か き かい 仏の 戒め。 9 瞋 心 不 受 悔 戒── 怒って、 相 手が 謝って も 許さないこ しん じ ん ぶ じ ゅ け か い とに 対する 仏の 戒め。 化 謗 三 宝 戒── 仏 法 僧の 三 宝をそしることに 対する 仏の 戒め。 の 十で、 こ れ らを 自ら 行ない 、 あ るいは 他に 行なわせ る よ うに 戒めた も の で あ る。 「 四 十 八 軽 戒」 は、 四 十 八 軽ともい う 。『 梵 網 経』 巻 下に きょ う か い 説く 大 乗 戒のうち、 重 罪であ る 十 重 梵 戒( 十 波 羅 夷) に 対 して 、 軽 罪であ る 四 十 八の 軽 垢 罪( 清 浄 行を 汚す 軽い 罪、 きょ う く ざい 波 羅 夷に 対する ) をい う。 1 師 友を 敬わない こ とに 対する 戒め。 2 酒を 飲むことに 対する 戒め。 3 肉を 食うこと に 対する 戒め。
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 4 葷 臭のあ る 食 物である 五 辛を 食うこと に 対する 戒め。 くん じ ゅ う ご しん 5 人の 罪を 指 摘して 懺 悔させる こ とを し な いことに 対す る 戒め。 6 法 師に 供 養して 法を 請うこと を し な いこと に 対する 戒 め。 7 怠けて 経 律を 聞かないこと に 対する 戒め。 8 大 乗に 背き、 小 乗の 赴くこと に 対する 戒め。 9 病 者を 看 病しない こ とに 対する 戒め。 化 武 器を 保 持する ことに 対する 戒め。 仮 国 賊 的 行 為をし て、 戦 争の 因を 作ることに 対する 戒め。 何 人 身・ 六 畜・ 葬 具など を 売るこ と に 対する 戒め。 伽 他 人を 誹 謗する ことに 対する 戒め。 価 放 火に 対する 戒め。 佳 小 乗・ 外 道の 教えを 人に 説くこと に 対する 戒め。 加 利 益のため 、 教 法を 歪 曲して 説くこ とに 対する 戒め。 可 官 権に 近づい て 利を 貪ることに 対する 戒め。 嘉 知 解なく して 人の 師とな る こ と に 対する 戒め。 夏 両 舌によって 持 戒の 僧を 謗るこ と に 対する 戒め。 嫁 衆 生の 死 苦を 見ながら、こ れ を 救わな い こ と に 対する 戒め。 家 瞋 恚によってあだ を 報じるこ と に 対する 戒め。 寡 慢で、 教えを 請わない こ とに 対する 戒め。 科 慢で、 後 輩を 軽 蔑し、 法を 誤って 教える ことに 対す る 戒め。 暇 仏 道を 学ばず、かえ っ て 外 道・ 異 学を 学ぶこ とに 対す る 戒め。 果 衆を 導き、 三 宝を 守ること を 怠るこ と に 対する 戒め。 架 供 養を 受け、 独り 貪って 人に 分けな い こ と に 対する 戒 め。 歌 十 方の 僧 団に 属する もの を 私 有 物とする こ とに 対する 戒め。 河 檀 越などが 僧を 別 請するこ と に 対する 戒め。 珂 邪 悪な 方 法によ り 生 活する ことに 対する 戒め。 禍 非 法を 行なう ことに 対する 戒め。 禾 尊ばる べき 人や 物が 危 険に 瀕して い る の に 救 護しない く ご ことに 対する 戒め。 稼 種々な 方 法で 衆 生に 損 害を 与える ことに 対する 戒め。 箇 喧 嘩・ 遊 戯・ 歌 舞などを 見 聞する ことに 対する 戒め。 花 菩 提 心を 退 転するこ と に 対する 戒め。 苛 好 師 問 学を 求めないことに 対する 戒め。 茄 十 大 願を 起こし 、 勇 猛に 精 進する ことを 怠るこ と に 対 する 戒め。 荷 危 険を 冒して 頭 陀 行を 行じることに 対する 戒め。 華 上 下 尊 卑の 次 第を 乱すこと に 対する 戒め。 菓 経 律を 講じ、 福 徳を 修める ことを 怠るこ とに 対する 戒 め。
─ ─ 『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) 蝦 授 戒する 時、 七 逆 罪を 犯した 者 以 外において 人を 選ぶ こと に 対する 戒め。 課 利 養のため に いつわっ て 師とな る こ と に 対する 戒め。 嘩 外 道 悪 人のために 戒を 説くこ とに 対する 戒め。 貨 自ら 破 壊 無 慚にし て 布 施を 受けるこ と に 対する 戒め。 迦 経 典を 敬 重 供 養しないこと に 対する 戒め。 過 衆 生を 教 化せず、 大 悲を 行じな い こ と に 対する 戒め。 霞 教 法を 侮るよう な 者に 法を 説くこと に 対する 戒め。 蚊 国 王・ 太 子など が 権 勢によ って 非 法を 行なう ことに 対 する 戒め。 俄 国 王など が 権 力によ って 、 仏 法を 破 壊する ことに 対す る 戒め。 ( 17) 三 帰・ 五 戒・ 八 戒 等を 誦すべ し = 先ず 帰 依 仏・ 帰 依 法・ 帰 依 僧の 三 帰 文を 唱え、 次に 不 殺 生 戒・ 不 偸 盗 戒・ 不 邪 婬 戒・ 不 妄 語 戒・ 不 飲 酒 戒の 五 戒を 唱え、 続いて 不 殺 生 戒・ 不 偸 盗 戒・ 不 邪 婬 戒・ 不 妄 語 戒・ 不 飲 酒 戒・ 離 眠 坐 高 広 り みん ざ こう こ う 厳 麗 牀 座 戒、 離 塗 飾 香 鬘 離 舞 歌 観 聴 戒・ 離 非 時 食 戒の 八 ごん れ い しょ う ざ り ず じき こうま ん り ぶ か かん ちょ う り ひ じ じき か い 戒など を 唱えな さ い の 意をい う 。 「 三 帰」 は、 三 帰 依・ 三 自 帰・ 三 帰 戒ともいう 。 仏・ 法・ 僧の 三 宝に 帰 投 依 憑して 救 護を 請う 意。 帰 依 仏・ 帰 依 法・ え ひょ う 帰 依 僧の 三をい う 。 な お 、 帰 依は、 信 心の 誠を 捧げる こと をい う 。 「 五 戒」 は、 在 家の 仏 教 信 者が 守るべき 五つの 戒めをい う 。 1 不 殺 生 戒・ 殺 生 戒── いき も の を 殺さな いと い う 戒め。 2 不 偸 盗 戒・ 偸 盗 戒── 盗みを し な い と いう 戒め。 3 不 邪 婬 戒・ 邪 婬 戒── 男 女の 間を 乱さな いと い う 戒め。 4 不 妄 語 戒・ 妄 語 戒── 嘘をつかない と いう 戒め。 5 不 飲 酒 戒・ 飲 酒 戒── 酒を 飲まない と いう 戒め。 「 八 戒」 は、 八 戒 斎・ 八 斎 戒の 略。 一 日 戒・ 近 住 戒・ 近 こん じゅう 住 律 儀( 近 住とは 阿 羅 漢に 近づい て 住するの 意) とも い う 。 一 日 一 夜を 限って 男 女の 在 家 信 者が 守る 八つの 戒めを い い 、 出 家 生 活を 一 日だけ 守ると い う 形をと ったもの で あ る。 不 殺 生 戒、 不 偸 盗 戒、 不 邪 婬 戒、 不 妄 語 戒、 不 飲 酒 戒の 五 戒に、 6 離 眠 坐 高 広 厳 麗 牀 座 戒── 高 座に 坐り、 好 床に 臥さな り みん ざ こう こ う ご ん れい し ょ う ざ い。 7 離 塗 飾 香 鬘 離 舞 歌 観 聴 戒── 身に 香 油を 塗らず、 装 身 り ず じきこ う ま ん り ぶ か かん ち ょ う 具を 付けず 、 演 劇など の 催 物を 見ない 。 8 離 非 時 食 戒── 正 午を 過ぎて から 食 事をとらな い 。 という 住・ 衣・ 食の 贅 沢に 対する 戒めを 加えて 八とする 。 これ を ウ ポ ー サタ の 日、すなわち 毎 月 陰 暦の 八 日・ 十 四 日・ 十 五 日・ 二 十 三 日・ 二 十 九 日・ 三 十 日に 守って 行なう 。 ( 18) 鬼は す なわち 却 行し 匍 匐して 去らん =「 却 行」 は、 後 ずさ りする こ との 意をいう 。 「 匍 匐」 は、 地に 伏して 手と 足とで 這い 進むこ と 、 腹ばい になって 進むことの 意をい う 。
『 天 台 小 止 観』 の 研 究( 七)( 大 野) ─ ─ 「 去」 は、 消 失するこ と 、 一 目 散に 逃げ 去るこ との 意をい う。 従って 一 句は、 堆 惕 鬼は 腹ばいに な っ て 後ずさり し て 消 えて いく の 意をい う。 なお 「 一 心 閉 眼、 陰 而 罵 之、 作 如 是 言。 我 今 識 汝、 汝 是、 此 閻 浮 提 中、 食 火 嗅 香、 偸 臘 吉 支、 邪 見 喜 破 戒 種、 我 今 持 戒、 終 不 畏 汝。 若 出 家 人、 応 誦 戒 序、 若 在 家 人、 応 誦 三 帰、 五 戒 八 戒 等、 鬼 便 却 行、 匍 匐 而 去」 は、 『 治 禅 病 秘 要 法』 二 巻(『 大 正 蔵』 一 五・ 三 四 一b ) の 引 用。 ( 19) 留 難=「 留 難」 は、 堆 惕 鬼のよ うな 鬼 神 魔が 入り 込ん で、 人の 善 事をとど め 、 修 行を 妨げるこ と をいう。 ( 20) 禅 経=「 禅 経」 は、 禅 定を 説く 経 典をいう 。 一 般には、 『 修 行 道 地 経』『 坐 禅 三 昧 経』『 達 摩 多 羅 禅 経』 など があ る が、 天 台 教 学では 『 治 禅 病 秘 要 法』 二 巻をい う。 なお 、 こ こ で 「 余 断 除 之 法~ 如 禅 経 中 広 説」 とあるのは、 『 治 禅 病 秘 要 法』 二 巻(『 大 正 蔵』 一 五・ 三 四 一a - 三 四 二 b ) に 詳 述され て い る こ とを い う 。 ( 21) 三 種の 五 塵の 境 界の 相を 化 作し= 「 三 種」 は、 一 句に 続いて 出る 「 違 情の 事を 作す 」「 順 情の 事を 作す 」「 非 違 非 順の 事を 作す 」 の 三 種をいう 。 「 五 塵」 は、 人の 心に 煩 悩を 起こさせて 心を 汚す 様 子が、 まるで 塵 埃のよ う で あ る 色 塵・ 声 塵・ 香 塵・ 味 塵・ 触 塵の じんあ い 五をいう 。 五 塵は、 眼 根・ 耳 根・ 鼻 根・ 舌 根・ 身 根の 五 官 の 対 象となる、 客 観の 対 象であるから、 色 境・ 声 境・ 香 境・ 味 境・ 触 境の 五 境と 同 義。 「 境 界」 は、 感 覚 器 官による 知 覚・ 認 識 作 用の 対 象、す な わち す が た や 形があ る 対 象をい う。 従って 「 五 塵の 境 界」 は、 客 観の 対 象であ る 色 境・ 声 境・ 香 境・ 味 境・ 触 境の 五 境と 同 義と 取る。 「 相」 は、 す が たや 形をいう 。 「 化 作」 は、 一 般 的には、 神 通 力によって 造り 出すこと を いう 。ここ で は、 身を 変えるこ と の 意と 取る。 従って 一 句は、 魔 羅 鬼は、 修 行 者に、 嫌い ・ 好き ・ その どちらでもない と い う 三 種の 感 情を 起こさせる、 色や 形が ある 眼の 対 象や、 耳で 聞く 音 声・ 鼻で 嗅ぐ 香・ 舌で 味わう 味・ 皮 膚に 触れる 感 触とい う 、 五 種 類の 知 覚・ 認 識 対 象の すが た に 身を 変える の 意をい う。 ( 22) 二には、 順 情の 事を 作す。 す な わ ち こ れ 愛すべ き の 五 塵を 作して 、 人の 心をし て 愛 着を 生ぜし む =「 順 情の 事」 は、 五 塵を 対 象とし て 、 知 覚・ 認 識 作 用である 五 識が 造り 出す 感 情を、 素 直に 受け 入れら れるこ と をい う。 因みに、 「 違 情の 事」 は、 五 塵を 対 象として 五 識が 造り 出 す 感 情に 馴 染めず、 嫌だと 思うこと 、 到 底 受け 入れられ な な じ いこ とを い う 。 そ し て 「 非 違 非 順の 事」 は、 違 情に 非ず 順 情に 非ざる こと、 違 情でも な け れ ば 順 情でもないことを い うか ら、 気 持ちに 添わない の で も なく 添うの で も ないの 意