原 著
東京湾における放射性セシウムの現状解析
亭島 博彦 *1 江里口知巳 *2 柳田 圭悟 *2 堀口 文男 *3 *1 株式会社日本海洋生物研究所,〒 141-0033 東京都品川区西品川 1-7-7 *2 株式会社サイエンスアンドテクノロジー,〒 142-0042 東京都品川区豊町 3-1-9 *3 独立行政法人産業技術総合研究所,〒 305-8569 茨城県つくば市小野川 16-1 2013 年 8 月 26 日受付,2013 年 11 月 11 日採録 AbstractWe investigated radioactivity concentrations of 134Cs and 137Cs in river waters, Tokyo Bay sediments and Japanese whitings (Sillago
japonica) lived in Tokyo Bay. Water samples were taken from Arakawa river mouth and Edogawa river mouth. Due to precipitations at inland areas, the river mouth waters had high concentrations of suspended solid (SS) and radiocesium on July 3 2012. The water sample taken from Arakawa river mouth showed higher concentration of radiocesium than that of from Edogawa river mouth. The sediment sample taken from Arakawa river mouth showed the highest concentration of radiocesium in sediments which were sampled on July 3 2012. In the vicinities of river mouth at the sea, sediments showed decreasing of radiocesium concentration (Bg/1,000 cm3 of sediment) with distance
from river mouths, but there was no the same distribution pattern with the radiocesium concentrations (Bg/kg of dried sediment) of them. Values of 134Cs/137Cs activity ratio in sediments suggested that the 137Cs, which was generated by nuclear weapon tests or others before the
Fukushima Daiichi Nuclear Power Station accident, was included in the river mouth sediments, and these estimated values was 80 Bq/kg-dry in Arakawa river mouth, and 30 Bq/kg-dry in Edogawa river mouth. Effective ecological half-lives of radiocesium in the sediments taken from off the coast of Kisarazu-shi, Chiba, were about one year of 134Cs and about three years of 137Cs. We recognized that the radiocesium
activity concentrations in Japanese whitings living in Tokyo Bay are in safe level as a food. Effective ecological half-life of 137Cs in
Japanese whiting was estimated for 1.1 ± 0.4 year. Values of 134Cs/137Cs activity ratio of Japanese whitings in 2012 suggested that the
radiocesium exposed experience of each fish differed from two year old fish and three year old fish.
Keywords: Fukushima Daiichi Nuclear Power Station, Radiocesium, 134Cs, 137Cs, Tokyo Bay, Sediment, Sillago japonica 1.はじめに 2011 年 3 月 11 日に発生した東北地方太平洋沖地震に 伴う東京電力福島第一原子力発電所(以下,福島第一原 発)の事故により,多量の放射性物質が環境中に放出さ れた.これらの放射性物質のうち,放射性セシウムは放 出量が多く,半減期が長いことから,ヒト健康と生態系 へのリスクについて高い関心が持たれる物質である. 原子炉で発生する放射性セシウムの主要な核種には, 半減期が 2.06 年の134Cs と半減期が 30.17 年の137Cs が ある.その生成過程から134Cs は原子炉内では生成され るが核爆発では発生しないことが知られており,Taylor et al.(1988)は134Cs を指標として 1986 年に発生したチェ ルノブイリ原発事故で漏洩した放射性物質に関する調査 を実施している.また,原子炉内の134Cs と137Cs の放 射能濃度の比(以下,134Cs/137Cs 比)は原子炉内部の構 造や運転経歴等によって決定されることから,その値は 予測可能であると言われている(Ezure, 1990).このため, 134Cs/137Cs 比は放射性セシウムの起源の推定などに利用 することができる.福島第一原発事故で漏洩した放射性 セシウムの134Cs/137Cs 比は,ほぼ 1 であることが東京電 力株式会社によって発表され,事故直後の多くの研究で もこのことが確認されている(Aoyama et al., 2012; Inoue
et al., 2012a; Inoue et al., 2012b; Honda et al., 2012a; Watanabe et al., 2012; Oikawa et al., 2013).チェルノブイリ原発事
故で漏洩した放射性セシウムの134Cs/137Cs 比は約 0.5 で
あったと報告されている(Spezzano and Giacomelli, 1990).
福島第一原発事故で海洋に放出された137Cs の量は, チェルノブイリ原発事故や 1980 年代以前の大気圏内核 実験で放出された量と比べると少ないことが Tsumune et al.(2012)によって報告されている.しかし,福島第一 原発由来の放射性物質は大気を経由して広く拡散し,事 故から 3 日後には約 1,000 km 離れた福岡県にまで到達 している(Momoshima et al., 2012).関東平野では大気 からの放射性セシウムの降下量が 2011年3月下旬にピー クを迎えたことと,東京湾に通ずる主要河川への放射性 セシウムの主な流入経路が大気→土壌→河川であること を Oura and Ebihara(2012)が報告している.福島第一 原発事故以前にも放射性セシウムに汚染された陸起源の 土粒子が東京湾を経由して相模湾にまで供給されること を示唆する報告(加藤ら,2003)がなされているように, 半閉鎖的な水域である東京湾では福島第一原発事故で放 出された放射性物質の集積が懸念される.さらに,東京 湾に生息する水産有用魚種は江戸前の魚として重宝さ れ,現在でも漁獲の対象とされている.福島第一原発事 故から約 9 か月が経過した時点でも,福島県の沿岸域で は当時の放射性セシウムの暫定規制値である 500 Bq/ kg-wet を超える魚が多く採捕されていたこと(根本ら, 2012)を鑑みると,食の安全性の観点から東京湾産の魚 介類でも放射性物質汚染が懸念される. 福島第一原発事故で放出された放射性セシウム(134Cs
および137Cs)の東京湾内での環境中濃度と,東京湾に 生息する水産有用魚種での体内濃度との現状把握を目的 として調査を実施した.その結果,生態系へのリスク評 価の観点からも重要と思われる若干の知見を得ることが できた. 2.調査方法と分析方法 2.1 河口周辺域での試料の採取 試料採取地点を Fig. 1 および Table 1 に示した.関東 地方の中部と北東部を流域とする荒川と利根川の支川で ある江戸川(河口部での名称は旧江戸川)の河口をそれ ぞれ St.1,St.4 とし,両河口の沖合に 2 地点ずつ合計 6 点の試料採取地点を設定した.すなわち,荒川河口(St.1) から沖合へ 2 km ずつ離れた地点を St.2,St.3 とし,旧 江戸川河口(St.4)から沖合へ 2 km ずつ離れた地点を St.5,St.6 とした.試料の採取は福島第一原発事故が発 生してから約 1 年 4 ヶ月が経過した 2012 年 7 月 3 日に 行った.河口部の St.1 と St.4 では水質試料と底質試料 の採取を行い,その他の地点では底質試料の採取のみを 行った. (1)水質試料の採取方法 バケツを用いて表層の河口水を採取し,2 L 容ポリビ
Fig. 1 The location of sampling sites. Table 1 A summary of sampling sites of this study
ン 1 本と 20 L 容ポリタンク 2 本に収容した.2 L 容ポリ ビンの河口水は氷蔵し,放射性セシウムの分析検体であ る 20 L 容ポリタンクの河口水には 40 ml の濃硝酸を添 加して常温で分析室に持ち帰った. (2)底質試料の採取方法 エクマン・バージ型採泥器を用いて堆積物を採取し, 内径 5 cm のアクリル製コアを 5 cm 層まで貫入させ 6 コ ア分を取得した.取得した堆積物は 300 ml 容ポリビン 2 本に均等配分し,氷蔵して分析室に持ち帰った. 2.2 魚類採捕エリアでの試料の採取 東京湾に生息する水産有用魚種であり,数年の寿命を 有し,採捕および取り扱いが容易であることからシロギ ス(Sillago japonica)を研究対象魚とした.そこで,多 くのシロギスの生息が確認されている千葉県木更津市沖 の東京湾横断道路の橋梁周辺を魚類採捕エリアとし,橋 梁の南北に底質試料の採取地点である St.7 と St.8 を設 けた(Fig. 1,Table 1).なお,シロギスはスズキ目キス 科に属する魚類であり,日本では重要な食用魚として底 流し網,底びき網,小型定置網などで漁獲されている(落 合・田中,1986). (1)底質試料の採取方法 2012 年 8 月 9 日と 2013 年 6 月 17 日に河口周辺域で の場合と同じ方法で試料を取得した.なお,ここでの堆 積物の採取にはスミス・マッキンタイア型採泥器を使用 した. (2)シロギスの採捕 2012 年は 8 月 9 日,2013 年は 6 月 17 日と 6 月 18 日 に遊漁船からシロギスを釣獲した.採捕中は GPS(etrex Vista HCX,GARMIN 社製)を用いて採捕位置(緯度・ 経度)を定期的に特定した.採捕したシロギスは,船上 で全長別に 15 cm 以下,15 ~ 18 cm および 18 cm 以上 のグループに仕分けられ,氷蔵して分析室に持ち帰った. 2.3 水質試料の分析項目と分析方法 134Cs 放射能濃度,137Cs 放射能濃度,浮遊物質量(SS), 粒状有機炭素(POC),クロロフィル a および塩分を分 析項目とした. 134Cs および137Cs の放射能濃度の測定は,試水中の放 射性セシウムを溶存態と懸濁態に分画することなくモリ ブデン酸アンモニウムによる沈降分離を行った後,文部 科学省 放射能測定シリーズ 7 に記されるゲルマニウム 半導体検出器によるガンマ線スペクトロメトリーに従っ て行った.ゲルマニウム半導体検出器には GC2020-7500SL-2002CSL 型(CANBERRA 社製)を用い,測定 時 間 は 80,000 秒 と し た.134Cs は 604.66 keV,137Cs は 661.64 keV のエネルギー放射を計数し,それぞれの崩変 定数から試料採取日の放射能濃度に補正した値を測定値 とした. その他の項目については,浮遊物質量(SS)は環境 庁告示第 59 号の付表に記される方法,粒状有機炭素 (POC)はガラス繊維ろ紙(GF/F,Whatman 社製)でろ 過捕集したものを試料として,沿岸環境調査マニュアル (底質・生物篇)日本海洋学会編 5.5.1 に記される方法に 従い元素分析計(MT-5 型,柳本製作所製)で測定した. クロロフィル a は分光蛍光光度計(650-10S 型,日立製 作所)を用いて海洋観測指針(第1部)気象庁(1999)6.3.3.1 に記される方法で測定し,塩分はサリノメーター(3-G 型,鶴見精機製)で測定した. 2.4 底質試料の分析項目と分析方法 134Cs 放射能濃度,137Cs 放射能濃度,自然含水率(以下, 含水率),有機炭素(TOC),土粒子の密度(以下,密度) および粒度組成を分析項目とした. 134Cs および137Cs の放射能濃度の測定は,文部科学 省 放射能測定シリーズ 24 に記される前処理を行った 後,文部科学省 放射能測定シリーズ 7 に記されるゲ ルマニウム半導体検出器によるガンマ線スペクトロメ トリーに従って行った.ゲルマニウム半導体検出器に は GC2020-7500SL-2002CSL 型(CANBERRA 社製)ま たは GMX60P4-83 型(ORTEC 社製)を用い,測定時間 は 40,000 秒 を 上 限 と し た.134Cs は 604.66 keV,137Cs は 661.64 keV のエネルギー放射を計数し,それぞれの 崩変定数から試料採取日の放射能濃度に補正した値を 測定値とした. その他の項目については,含水率は環水管 127 号底質 調査方法 II.3 に記される方法,有機炭素(TOC)は沿岸 環境調査マニュアル(底質・生物篇)日本海洋学会編 5.5.1 に記される方法に従い元素分析計(MT-5 型,柳本製作 所製)で測定した.また,密度は JIS A 1202 に記される 方法,粒度組成は JIS A 1204 に記される方法で測定した. 2.5 魚体試料の分析項目と分析方法 分析室に持ち帰ったシロギスは,個体別に全長,体長 および体重を測定し,全長を基準に最も小型の魚体群を 「グループ 1」として最大の魚体群である「グループ 5」 までの五つの分析群に仕分けられた.なお,各クループ には総重量で 2 kg 程度を確保した. (1)年齢の推定 東京湾産のシロギスについては,全長と年齢の関係 についての報告が見当たらなかったため,Sulistiono et al.(1999a)が報告する館山湾産シロギスでの雌雄別の 全長と年齢の相関式を雌雄中間型の相関式に改変し,各 供試魚において全長から年齢を推定した. (2)134Cs および137Cs の放射能濃度 一つのグループを 1 検体として,厚生労働省 緊急 時における食品の放射能測定マニュアル,第 2 章 2 ゲ ルマニウム半導体検出器を用いたガンマ線スペクトロ メトリーによる核種分析法に従って134Cs および137Cs の放射能濃度を測定した.ゲルマニウム半導体検出器 には GC2020-7500SL-2002CSL 型(CANBERRA 社製)ま たは GMX60P4-83 型(ORTEC 社製)を用い,測定時間 は 2012 年 の 試 料 で は 10,000 秒,2013 年 の 試 料 で は 40,000 秒とした.134Cs は 604.66 keV,137Cs は 661.64 keV のエネルギー放射を計数し,それぞれの崩変定数から 2012 年に採取した試料は 2012 年 8 月 9 日の放射能濃度 に,2013 年に採取した試料は 2013 年 6 月 17 日の放射 能濃度に補正した値を測定値とした.
3.結果 3.1 水質試料の分析結果 水質の分析結果を Table 2 に示した.両河口水ともセ シウム放射能濃度は134Cs よりも137Cs の方が高かった. 水質を地点間で比較すると,134Cs,137Cs および塩分は 旧江戸川河口(St.4)よりも荒川河口(St.1)の方が高く, SS,POC およびクロロフィル a は旧江戸川河口(St.4) の方が高かった.134Cs/137Cs 比は荒川河口(St.1)が 0.70, 旧江戸川河口(St.4)が 0.68 であり地点間の差は小さ かった. POC は両河口水とも高濃度ではなかったが,SS は荒 川河口で 30 mg/L,旧江戸川河口で 52 mg/L と高い値を 示した.調査日に降雨はなかったが,前日までに内陸部 の所々で降雨があった.そのため,調査当日は無機的な 粒子状物質を多く含んだ河川水が東京湾に流入していた と考えられる.また,塩分については,旧江戸川河口で 0.18 とほぼ淡水であったが,荒川河口では 7.27 と海水 の約 1/4 程度の塩分が認められた.調査実施時は最干直 前の下げ潮時であったが,荒川河口では表層水にもある 程度の海水が含まれていたことが示された. 3.2 底質試料の分析結果 底質の分析結果を Table 3 に示した.いずれの堆積物 中でもセシウム放射能濃度は134Cs よりも137Cs の方が 高かった. 河口周辺域の地点では,134Cs は 27 ~ 170 Bq/kg-dry, 137Cs は 36 ~ 280 Bq/kg-dry の範囲にあり,134Cs,137Cs ともに荒川河口(St.1)での値が最も高かった.134Cs, 137Cs ともに,荒川河口とその沖合に位置する地点では St.1 > St.3 > St.2 の順で高い値を示したが,旧江戸川河 口とその沖合に位置する St.4 から St.6 の地点では沖合 に向かうほど低くなった.134Cs/137Cs 比は荒川河口(St.1) と旧江戸川河口(St.4)で低く,沖合の地点で高かった. 特に St.3 と St.5 では134Cs/137Cs 比が 0.8 を上回った. 河口周辺域の含水率と TOC は,荒川河口とその沖合 に位置する地点では St.3 > St.1 > St.2 の順で高い値を示 したが,旧江戸川河口とその沖合に位置する St.4 から St.6 の地点では,沖合に向かうほど高い値を示した.セ シウム放射能濃度と含水率では負の回帰式,セシウム放 射能濃度と TOC では正の回帰式が得られたが,各回帰 式の決定係数(R2)は134Cs と含水率では 0.0153,134Cs と TOC では 0.0347,137Cs と含水率では 0.0393,137Cs と TOC では 0.0157 であり,いずれの場合にも相関は認め られなかった.各地点の粒度組成をみると,St.2 と St.4 では細砂分(0.25 ~ 0.075 mm)が優占したが,その他 の地点ではシルト分(0.075 ~ 0.005 mm)が優占した. 湾口に近い魚類採捕エリアでの堆積物中のセシウム放 射能濃度は,湾奥部に位置する河口周辺域の地点よりも かなり低かった.134Cs,137Cs ともに橋梁北側(St.7)よ りも橋梁南側(St.8)の方が高濃度であったが,地点間 の差は小さかった.魚類採捕エリア内の地点では,堆積 物中のセシウム放射能濃度は 2012 年から 2013 年にかけ て低下した.堆積物中での実効生態学的半減期(Hanslík et al., 2013)は St.7 で134Cs が <0.9 年,137Cs が 3.0 年, St.8 で134Cs が 1.2 年,137Cs が 3.7 年 と 計 算 さ れ た. 134Cs/137Cs 比は,2012 年調査では St.7 が 0.65,St.8 が 0.64 であり地点間の差はほとんどなかったが,2013 年調査 では St.7 が <0.43,St.8 が 0.47 と 2012 年調査時よりも 地点間の差は大きかった.
Table 2 Results from water sample analysis
魚類採捕エリアの含水率と TOC は,両年を通じて橋 梁北側(St.7)よりも橋梁南側(St.8)の方が高かった. また,粒度組成に関しては両地点とも細砂分が優占した が,St.7 よりも St.8 の堆積物の方が細かい粒子の割合が 高かった. 3.3 シロギス試料の分析結果 供試したシロギスの体測定値と年齢の推定結果を Table 4 に示した.2012 年調査では,最も小型の個体で 構成されるグループ 1 は全長が 13.9 ± 0.5 cm であり, 年齢が 2.1 ± 0.1 歳と推定された.また,最も大型の個 体で構成されるグループ 5 は全長が 20.0 ± 0.7 cm であ り,年齢が 3.3 ± 0.1 歳と推定された.2013 年調査では, グ ル ー プ 1 は 全 長 が 13.5 ± 1.3 cm で あ り, 年 齢 が 2.0 ± 0.2 歳と推定された.また,グループ 5 は全長が 20.3 ± 0.7 cm であり,年齢が 3.3 ± 0.2 歳であると推定 された.東京湾近傍の館山湾では,シロギスの産卵期は 夏季を中心に 6 月から 10 月の間であると Sulistiono et al.(1999b)によって報告されていることから,本研究で 採捕したシロギスは,グループ 1 とグループ 2 の個体が 2 歳魚,グループ 3 からグループ 5 の個体が 3 歳魚であ ると考えられる.すなわち,両年の調査を通じて同一グ ループ間では体サイズおよび推定年齢に大きな差がな かったことから,2012 年調査時にグループ 1 またはグルー プ 2 に相当していた個体は,2013 年調査時にはグループ 3 からグループ 5 のいずれかに相当することとなる. シロギス中のセシウム放射能濃度の測定結果を Table 5 に示した.両年を通じて,いずれのグループにおいても シロギス体内のセシウム放射能濃度は134Cs よりも137Cs の方が高く,2012 年 4 月に施行された食品中の放射性セ シウムの規制値(100 Bq/kg-wet)を大きく下回った. 2012 年調査では,134Cs 放射能濃度はグループ 1 とグ ループ 2 では定量下限値未満であったが,その他のグ
Table 4 Results from body measurement of Japanese whiting in each analysis group
ループでは 0.18 ~ 0.22 Bq/kg-wet の値を示した.137Cs 放射能濃度は全グループを通じて 0.27 ~ 0.34 Bq/kg-wet の値を示した.134Cs,137Cs ともに,年齢と放射能濃度 との間に明確な増減傾向は認められなかったが,134Cs 放射能濃度は 3 歳魚に比べて 2 歳魚の方が低い傾向に あった.また,134Cs/137Cs 比も 3 歳魚で高く,2 歳魚で 低かった. シロギス中のセシウム放射能濃度は 2012 年から 2013 年にかけて低下した.2013 年調査では,134Cs 放射能濃 度は全てのグループで定量下限値未満であり,137Cs 放 射能濃度はグループ 4 での値が若干低く 0.16 Bq/kg-wet であったが,その他のグループはいずれもが 0.19 Bq/ kg-wet であった.シロギス中での実効生態学的半減期 (Hanslík et al., 2013)は134Cs については特定できなかっ たが,2012 年調査時の 2 歳魚が 2013 年調査時の 3 歳魚 に対応したとすると,137Cs は 1.1 ± 0.4 年であると計算 される.年齢と放射能濃度の関係は134Cs については不 明であるが,137Cs では年齢と放射能濃度に相関は認め られなかった.また,134Cs がいずれのグループでも定 量下限値未満であったことから,134Cs/137Cs 比を特定す ることはできなかった. 4.考察 4.1 河口水中の放射性セシウム 福島第一原発の事故以降,東京湾では水中のセシウム 放射能濃度のモニタリングを文部科学省が実施している (文部科学省,2012).しかし,河口部についてはモニタ リングが行われていないことから,本研究で試験的に河 口水中のセシウム放射能濃度の測定を実施した.本調査 実施日直近の文部科学省(2012)のモニタリングは 2012 年 6 月 15 日から 7 月 19 日の間に実施されており, 荒 川 河 口 か ら 約 3 km 沖 合(St.2 の 近 傍 ) で134Cs が 21 mBq/L,137Cs が 31 mBq/L,東京湾横断道路の風の塔 近傍で134Cs が 8.7 mBq/L,137Cs が 14 mBq/L,神奈川県 猿島と第二海保の中間に位置する湾口部の測点では 134Cs が 2.9 mBq/L,137Cs が 6.4 mBq/L であったと報告 している.本調査の測定値を含めると,荒川および旧江 戸川の河口から湾口に向かってセシウム放射能濃度の低 下する様子がより明確に示される.東京湾に流入する主 要河川として多摩川,荒川および江戸川(利根川の支川) の 3 河川が挙げられるが,本州での放射性物質の降下量 は東部側で多いとの報告(Hirose, 2012)もなされている の方がより高濃度の放射性セシウムを含む水を東京湾に 供給していることが推察される. 文部科学省(2012)の湾口での値は,福島第一原発の 事故直前に日本の周辺海域で Inoue et al.(2012c)によっ て測定された値(134Cs: <0.1 mBq/L,137Cs: 1 ~ 2 mBq/L) と比べて幾分高い程度であったが,両河口水の値は湾口 の値を大きく上回るものであった.Ueda et al.(2013)は, 河川水中の放射性セシウム濃度は河川流量(降雨)に左 右され,出水時には全放射性セシウムに占める粒子状放 射性セシウムの割合が高くなることを報告している.ま た,土壌に落下した福島第一原発由来の放射性セシウム が 土 壌 粒 子 に 強 く 吸 着 し て い る こ と を Tanaka et
al.(2012)や Kato et al.(2012)が報告している.これ
らの報告を考慮すると,採水日の SS が 30 mg/L 以上と 高いことから放射性セシウムを吸着した土壌が降雨に より流出したため,本調査実施日の河口水は平水時よ りも放射性セシウム濃度が高い状況にあったものと推 察される. 4.2 堆積物中の放射性セシウム 2012 年の堆積物中のセシウム放射能濃度を Fig. 2 に示 した.本研究の当初,河口付近では河川から供給された 放射性セシウムが沖合に向かって拡散するため,堆積物 中のセシウム放射能濃度には河口から沖合に向かって低 下する濃度勾配がみられることを予想していた.しかし, 一般的な単位である乾泥あたりの放射能濃度で表示する と,荒川前面の St.2 が St.3 よりも低い値を示し,旧江戸 川河口(St.4)の値が荒川河口沖 4 km に位置する St.3 を 下回る結果となった(Fig. 2(a)).St.2 と St.4 の堆積物は,
粒度組成が他の地点と比べて粗いことと,密度の高い粒 子で構成されていたことから含水率が低い.このため, 乾泥あたりの放射能濃度で表示すると他の地点よりも大 幅に値が低くなると考えられた.そこで Fig. 2(b)に示 したように,含水率と密度の値を用いて一定湿体積あた り(採泥深度が一定であるので一定面積とみなせる)の 放射能濃度に換算すると,荒川河口から沖合に向かって 低下する濃度勾配が認められ,St.4 の値が St.3 を上回る 結果となった.これらのことは,ある地点への放射性物 質の流入を評価する場合,画一的な単位で放射能濃度を 表示すると誤った評価を下す可能性があることを示唆し ている.すなわち,海中では放射線が通過しにくいとは いえ,放射性物質は他の有害物質とは異なり体内に取り 込まれなくても外部被ばくとして生体に影響を与えるこ とが懸念される(渡部,2006).そのため,生態リスク 評価においては評価対象域での放射線量を考慮するため に,その場所での放射性物質のフラックスを単位面積あ たりで捉えることも重要であると考えられる. 魚類採捕エリアにおける堆積物中のセシウム放射能濃 度は 2012 年から 2013 年にかけて低下し,堆積物中での 実効生態学的半減期は134Cs が約 1 年,137Cs が約 3 年と 計算された.堆積物中の放射性セシウム濃度については, 同じ地点でも採泥時期の相違に伴う不規則な増減がみら れること(Otosaka and Kobayashi, 2012; Kusakabe et al., 2013)や,海底の微地形に影響される(Thornton et al., 2013)などの報告もあることから,信頼性の高い堆積物 中での実効生態学的半減期を求めるためには更なるデー タの蓄積が必要であると考えられる. 河川水と堆積物の134Cs/137Cs 比を Fig. 3 に示した.福 島第一原発から放出された放射性セシウムの134Cs/137Cs 比は,ほぼ 1 であるといわれている.仮に,この値を 1 とし,東京電力株式会社が大気への放射性物質の放出量 を評価した 2011 年 3 月 31 日までを放射性物質の放出期 間とすれば,試料採取日における福島第一原発由来の放 射性セシウムの134Cs/137Cs 比は 2012 年 7 月 3 日が 0.67, 2012 年 8 月 9 日が 0.65,2013 年 6 月 17 日が 0.49 と計 算される.河口域周辺域では,河口水の値は理論値に近 かったが,河口沖合の堆積物では 0.67 を大きく超えた. これらのことは,2011 年 3 月 31 日以降も福島第一原 発から放射性セシウムが環境中に放出されていること を示唆するものである.一方,河口の地点では逆に 134Cs/137Cs 比が 0.67 を下回った.これは,134Cs に対し て半減期の長い137Cs が過剰に存在することを意味する. すなわち,冷戦時代の核実験などの福島第一原発事故以 前の137Cs が河口の堆積物中に比較的多く含まれている ことを示すものである.魚類採捕エリアの堆積物は, 2012 年調査では上述の理論値(0.65)とほぼ同じ値であっ たが,2013 年調査では理論値(0.49)よりも若干低い傾 向にあった.このことは,2012 年調査時以降は福島第 一原発からの新たな放射性セシウムの供給がほとんどな くなったことと,堆積物中に蓄積された134Cs が崩変に よって減少した結果,福島第一原発事故以前に環境中に 負荷された137Cs の存在が134Cs に対する過剰分として 明確化したためと推察される. Fig. 4 は河口堆積物における過剰の137Cs 量を推定す るために堆積物中の134Cs と137Cs の関係を図化したも のである.河口の地点にのみ福島第一原発事故以前の 137Cs が存在しているとは思われないが,沖合の 4 地点
Fig. 3 The values of 134Cs/137Cs activity ratio in sediment and in
river water in 2012. Vertical bars show the analytical error which is based on 1σ of counting statistics.
Fig. 4 Relationship in 2012 between correlation of 134Cs and 137Cs in seafloor sediment and radiocesium concentration
in river mouth sediment. (a) concentration unit: Bq/kg-dry, (b) concentration unit: Bq/1,000 cm3.
で134Cs と137Cs の間に決定係数(R2)の高い一次回帰 式(破線)が得られたことから,これらの地点では事故 以前の137Cs が極めて少ないことと,137Cs における河口 地点のプロットと回帰式までの差分(矢印線)が福島第 一原発事故以前に蓄積した137Cs であることが推定され る.その量は荒川河口で約 80 Bq/kg-dry,旧江戸川河口 で約 30 Bq/kg-dry と試算された.福島第一原発事故の前 後を通じて,両河川は放射性セシウムの東京湾への主要 な供給口であり,これらの河口部が放射性セシウムを蓄 積しやすい状況にあることが示唆された. 4.3 シロギス体内の放射性セシウム 笠松(1999)は,1984 ~ 1997 年の間に日本沿岸で 28 種類の魚類(シロギスは含まれない)を収集し,137Cs 放 射 能 濃 度 が マ ア ナ ゴ の 0.04 からスズキの 0.67 Bq/ kg-wet の範囲にあったと報告している.本研究で採捕し たシロギスのセシウム放射能濃度は,2012 年の時点で 134Cs と137Cs の合量で最大 0.55 Bq/kg-wet であり,2012 年 4 月に施行された食品中の放射性セシウムの規制値 (100 Bq/kg-wet)を大きく下回っただけでなく,笠松 (1999)の報告値と同レベルにあった.食の安全性の観 点から,東京湾に生息するシロギス中の放射性セシウム は十分に安全なレベルにあるものと思われる.
Kasamatsu and Ishikawa(1997)は,成長によって低 次の餌生物から高次の餌生物へと食性を変化させる魚 種では成長に伴って137Cs 濃度が上昇することを報告し ている.Sulistiono et al.(1999c)によれば,全長 115 ~ 245 mm のシロギスでは多毛類と遊泳類(エビ類)が主 な餌生物である.これらの報告に基づくと,シロギスは を示したが,2 歳魚は理論値を下回った.半減期の短い 134Cs は福島第一原発の事故以前にはほとんど存在して いなかったことから,2012 年の時点で 2 歳のシロギス は 3 歳のものよりも福島第一原発由来の放射性セシウム に暴露する機会が少ない環境(例えば東京湾外)での生 息時間の割合が高かったものと推察される.2013 年調 査では,134Cs はいずれのグループにおいても定量下限 値未満であったことから,134Cs/137Cs 比を特定すること はできなかった.ただし,134Cs の定量下限値を用いた 134Cs/137Cs 比の期待される最大値を 2013 年調査時の理 論値である 0.49 と比較すると,グループ 2 では期待さ れる最大値が 0.49 を超えたが,その他のグループでは 0.49 を下回った.このことは,2012 年調査時以降は福 島第一原発からの新たな放射性セシウムの供給がほとん どなくなったことと,魚体中の134Cs が崩変によって減 少した結果,福島第一原発事故以前に環境中に負荷され た137Cs の存在が134Cs に対する過剰分として顕在化し たためと推察される. 2012 年調査時のシロギスにおける134Cs と137Cs の 関係を Fig. 6 に示した.134Cs/137Cs 比が 0.65 を下回った 2 歳魚は,福島第一原発事故以前に環境中に放出され た137Cs を最少でも Fig. 6 中の矢印線分(両グループと も 0.07 Bq/kg-wet)だけ体内に含んでいると推定される. 換言すれば,2012 年の時点では東京湾に生息するシロ ギス中の放射性セシウムのほとんどが福島第一原発事故
Fig. 5 The values of 134Cs/137Cs activity ratio in each analysis
group of Japanese whiting. Vertical bars show the analyti-cal error which is based on 1σ of counting statistics.
Fig. 6 Relationship in 2012 between 134Cs and 137Cs in each
堆積物での実効生態学的半減期が約 3 年と短いことに関 連があるのかもしれない. 本研究によって,東京湾に生息するシロギスの放射性 セシウムの汚染レベルは食の安全性の点からみて十分安 全なレベルにあることが明らかとなった.また,2012 年の時点では,東京湾に生息する 2 歳と 3 歳のシロギス では,過去の生息場所や餌料環境などの相違により,福 島第一原発由来の放射性セシウムに対する暴露経歴が異 なることが推察された.しかし,放射性セシウムの分析 誤差が大きかったことや,2012 年調査ではグループ間 で137Cs 濃度の差が大きかったことなどを鑑みると,東 京湾に生息するシロギスでの放射性セシウムの蓄積状況 の推移や実効生態学的半減期の検証等については,今後 更なる調査,研究が必要であると思われる. 5.まとめ 本研究では,福島第一原発事故で放出された放射性セ シウム(134Cs および137Cs)を対象物質に選定し,東京 湾に流入する荒川と旧江戸川の河口水,東京湾堆積物お よび東京湾に生息するシロギスでの濃度を把握するため の調査を実施した.その結果,以下の知見を得ることが できた. 河口水については,調査当日は内陸部での降雨によっ て無機懸濁粒子の多い状況にあった.そのため,放射性 セシウム濃度の高い河川水が東京湾に供給されていたと 考えられた.また,江戸川よりも荒川の方がより高濃度 の放射性セシウムを含む水を東京湾に供給していること が示唆された. 堆積物については,河口から沖合に向かって低下する 放射性セシウムの濃度勾配が確認されたが,乾泥あたり の放射能濃度と単位体積(面積)あたりの放射能濃度で 表示した場合とでは分布傾向が異なった.画一的な単位 で放射能濃度を表示すると誤った評価をする可能性のあ ることが示唆された.堆積物中の実効生態学的半減期は 134Cs が 約 1 年,137Cs が 約 3 年 と 計 算 さ れ た. ま た, 134Cs/137Cs 比から河口の堆積物には大気圏内核実験など による福島第一原発事故以前に発生した137Cs が比較的 多く蓄積しており,その量は荒川河口で約 80 Bq/kg-dry, 旧江戸川河口で約 30 Bq/kg-dry と推察された. シロギスについては,放射性セシウムの汚染レベルは 食の安全性の点からみて十分安全なレベルにあることが 明らかとなった.シロギスにおける137Cs の実効生態学 的半減期は 1.1 ± 0.4 年であると計算された.また, 134Cs/137Cs 比から,2012 年の時点で 2 歳のシロギスは 3 歳のものよりも福島第一原発由来の放射性セシウムに暴 露する機会が少ない環境(例えば東京湾外)での生息時 間の割合が高かったものと推察された. 謝 辞 本研究は,産業技術総合研究所 安全科学研究部門の 戦略課題「リスクトレードオフ評価・管理手法の研究」 の研究資金で行われたものです.産業技術総合研究所に 深く感謝いたします. 参考文献 落合明,田中克,1986.新版魚類学(下).恒星社厚生閣,655-657. 笠松不二男,1999.海産生物と放射能 特に海産魚中の137Cs 濃 度に影響を与える要因について.Radioisotopes, 48(4), 266-282. 加藤義久,中塚武,増澤敏行,白山義久,嶋永元裕,北里洋, 2003.鉛 210 およびセシウム137 から見た相模湾における 沈降粒子の振る舞いと堆積フラックス.日本海水学会誌, 57(3), 150-165. 根本芳春,島村信也,五十嵐敏,2012.福島県における水産生物等 への放射性物質の影響.日本水産学会誌,78(3), 514-519. 文部科学省,2012.東京湾における海域モニタリング結果(海水), 試料採取日:平成 24 年 6 月 15 日,試料採取日:平成 24 年 7 月17 日,試料採取日:平成 24 年 7 月19 日. 渡部輝久,2006.海産生物に対する放射線影響評価手法について. 保険物理,41(4), 221-233.
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* * * * * * *
Distribution of radiocesium in Tokyo Bay after the Fukushima Daiichi Nuclear Power
Station accident
Hirohiko Teishima*1, Tomomi Eriguchi*2, Keigo Yanagita*2, Fumio Horiguchi*3
*1 Marine Biological Research Institute of Japan Co., Ltd., 1-7-7 Nishishinagawa, Shinagawa-ku, Tokyo 141-0033, Japan *2 Science and Technology Co., Ltd., 3-1-9 Yutaka-cho, Shinagawa-ku, Tokyo 142-0042, Japan
*3 National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, 16-1 Onogawa, Tsukuba, Ibaraki 305-8569, Japan