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「生む」の論理的構造

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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

「生む」の論理的構造

佐藤, 通次

https://doi.org/10.15017/2556632

出版情報:文學研究. 25, pp.55-81, 1939-06-30. The Kyushu Literary Society バージョン:

権利関係:

(2)

洩宇﹁生﹂をわが幽詔において︑磯一両的にはウブ︑キ︑ナマ︑イキ︑イノチなどと洲じ︑川言的にはハ

ュ︑アル︑オフ︑ナル︑ナス︑オコル︑イ鍔シ︑イグス︑イク︑ヤシナフ︑ウム︑ウマルなどと訓するの

は︑印幟語が生を白動詞的な生キル及びその派生的な意味にのみ解する︵程呂の..藍︒厚く②︾Fの胃づゞ乱弓のH①﹄

昌冨﹄融の旨︾御忌︶のに比し︑わが剛人がはるかに凹耐な生の概念を有することを諦するものである︒印獣

語にあっては︑﹁生ム﹂及び一︲生マレル﹂が﹁生キル﹂と全く異なる系統の語によって表される︒︵ぬの颪﹃のロ︑

gごのけ︒目︾ぬgo割のローくの巳のョ︶西洋人が生の槻念の韮庇とする生キルといふ自動の冊馳は︑決して生の根

源に遡るものではなく︑むしろ︑生ムといふ他動の柵嶮が白己内完結をなして自己自身にⅣ肺する絶對の艘

験が.自主性を喪失し自己の寅任を忘失するところに鵬州する生である︒ここに西洋の﹁生の祈畢︲一が︑

知の渦裁に對して至術なる抗言を提起するにもかかはらす︑生の慨聡の根源を掴み得歩︑杢柵として滝き

にとどまる所以が存するのである︒

生の根源は﹁ミヅカラ﹂︵ヲ︶生ム﹂でなくてはならぬ︒その﹁ミヅカラヲ﹂が知を媒介として相對の世

界に現するものが︑汝︑彼︑かの物などの人生竝ぴに肚界であって︑汝︑彼︑かの物などは︑すべて我の

﹁生む﹂の諭皿的孵迭五五︵二九川九︶ ﹁生む﹂の論理的構造

4

−−W¥一

1 I

邇次

(3)

生むといふのは口己と對等のものをわが外に立てることである︒子は雌によって生まれるが︑子は緋と等しき人側

である︒人が柵内から木を川すとか石を川すとかいふのでは生むといふととにならない︒趾の僻内から外に川る子が

しやうばん母と等しく生身をもつとき︑はじめてはが﹁生み﹂子が﹁生まれる﹂といふ關係が成立するのである︒

雌はみづからも人の子であって︑他によって﹁生まれたるもの﹂である︒生まれるといふことは︑動態としては被

動であり︑咋机としては過去である︒肴孝泣序論﹄節一軍﹃人﹄に詳溌︒︶これに反して︑生むといふととは他を生むの

であるから動態としては他動であり︑時和としては現在である︒しかも︑子を生む緋はみづからが生まれたる子で

あるといふ身分をそれによって失ふのではない︒紙は︑一面において子であり從って被動の存在でありながら︑それ

と同畔に︑且つそれを超えて︑他動の存在に郷換するのである︒しかも︑白己の生む子そのものは︑所與的自己と同

文學研究第二十五脚五六︵二九五○︶

存在のそれぞれの格祁である︒知を媒介とする對象界は﹁ミヅカラヲ﹂の低次の州展であるが︑もともと

︑己自牙の瓢現であり︑しかもその自己の木便は行鰯の主僻たることに存するから︑自己が自己に徹する

とき︑對栴﹁ヲ﹂は消失して︑對格﹁ミヅカラヲ﹂は﹁ミヅカラ﹂として行爲そのものに迩帥し︑ここに自己

が人生を﹁ミヅヵラ生ム﹂絶對の僻嶮が成立する︒この柵醗においては︑人生の諸机はすべて﹁何ヲ﹂の

ま歌﹁ミヅヵラヲ﹂に蹄し︑しかもそのままミヅヵラの行鱒となるのである︒以上が拙杵﹁孝逝序論﹂に

おいて述べた︑行駕の柵系としての生の事象であるが︑次にこの同じ立場から︑一︲生む﹂柵嶮の諭珈的榊

逝を更に立入って究めてみようと恩ふ︒

R L 凡

(4)

じく﹁生まれたるもの﹂であって︑自己はかかる﹁生まれたるもの﹂を︑己の内から與へるのであるから︑人は生む

ことによって︑﹁生まれる﹂を自己の内に含み︑且つ生ま取るものに對する主催の立場を得る︒﹁生む﹂は﹁生まれる﹂を

含み且つ超えるのである︒

主朏の立場は生むといふことにあらはれる︒主船とは生むものであり︑生むとは主艘の働きである︒ところで生む

とは﹁他と﹂生むことであり︑他をわが外に立てる他動によらずしては生むといふことは成立しないから︑叩半に自動

的な﹁生きる﹂では自主的な生とはならぬ︒自︑王的な生は一者空身二つ﹂となることによってのみ成立する︒母が子

を生む﹁応﹂はこの理を自然の生理現象に映すのである︒

上に﹁仙と生む﹂と言ったが︑その﹁他﹂なるものは生まれるもの︵即ち︑子︶であり︑從って過去であるから︑

生むとは︑これを時机によって言へぱ︑過去に對して主動的な現在が成立するといふことである︒生まれたるものと

して雌に典へられて存在する人間は︑その木質上被動の壯態にあるが︑他と生むに至ってはじめて主動的となる︒も

ちろん自然的生の現象としての﹁応﹂は︑いまだ嵐に自主的な主動ではなく︑被動的立場を宿す生殖本能の結査たる

自然の生那現象であるが︑なほ子を生むといふことには主動肴の格があらはれるのである︒自然の生理現象はいまだ

人Ⅲg催白甜な行嬬l人格的行篤lで:いが︑子きむことによって︑自己責任的礎棉幽蝋駐驚せ

しめられるのである︒

生むとは︑一の見る︑王朏が他の見る主艘とおのれの外に立てることである︒生まれる子は生む母と對等の主船であ

るから︑その主慨の面においては︑雨蒋は共に見るものであって︑見られるものではない・・故に剛者は五に他から辰

﹁止む﹂の諭瑚的佛迭︑五七︵二九五二

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生むとは︑見る母が︑見る子をぱ︑見られるものとしてわが外に立てるのである︒故に子は︑﹁見られる﹂といふ被

動の契機瞳存在に藤呈せねばならぬ︒故に物僻の契機を直接の媒介とする肉柵的存在として生まれなくてはならぬ︒

仁い生むは﹁側﹂を典へるといふことに基いて成立するのである︒ところで母は子と對等のものであるから︑とlにおい

たいたいて柵に對する柵の存在面を癖呈し︑母の柵と子の僻とはその含む物冊の契機によって二と計数される︒故に生むを

一︲身二つになる﹂と言ふのである︒

冊と子の身を二つと数へるのは︑生む常事考の立場を超えた知的立場である︒生むといふのは身二つとなることで

あるが︑その二つの身は主鵠の契機においては一であって二ではない︒二つの身がその斑一であることが︑二つの身

と容れる場所として現れるのが知的立場である︒母と子とを二つのものとして凧別するのは︑紙と子以外の第三君な

る知の立場である︒牡が子とわが身とを一弓のものとして認知するのも︑すでにその知的立場においてするのであっ

て︑緋の立場のものにおいてするのではない︒子に對する趾の立場は数の概念を超える︒故に子が何人あるも︑一堂

の子に對する雑の愛は術に充足せる全一の愛である︒

知的立場は生む行爲粁の立場を離れるから︑たとひ二を超えてこれを内に含む一を現するにしても︑その一は具総

文學研究・第二十五鮴五八︵二九五一二

別されることのできぬ一如の存在である︒︵庇別は見られるものどちのⅢにおいてのみ可能である︑その原理を純粋に示すもの

は物刈蝶における物慾の不可入性である︒︶一如の存在であるものが︑その一刻の内に見るものと見られるものとの机を

現ずるのが﹁生む﹂である︒

I

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的な一ではなく︑抽象的な一である︒ここにおいては﹁兄る﹂が﹁生む﹂・を抽象的に超えてゐる︒超えるといふのは

一往は主慨の方向に進峡するが如くであっても︑先に老へたごとく︑自主的な行爲は﹁生む﹂といふととにほかなら

ぬから︑﹁生む﹂を超えるといふのは︑壷は自主性を逸するといふことである︒自主性を逸するとは︑被動の所與的

存在に瞳するといふことである︒事蛮︑﹁生む﹂と一致せぬ邸なる﹁見る﹂は自然の所與的働きであってや人はその

押的發逹の段階において︑おのづから知力を展開し行くのである︒人冊の知性を論する際にこの事汪が雌に省察され

ねばならぬ︒主槻的球意を超えた客槻的興理を重んじ︑従って人側の知性を尚ぶのは結榊であるが︑知性を尚ぶとい

ふその事は知性を超えた全人格的立場からするのである︒知性そのものは被動の境涯を超えぬ低次の働きである︒

﹁生﹂の根源は﹁生む﹂であり︑﹁生む﹂とは主艘を立てることであるから︑對者において純然たる客船罫象︶を見る

知性によっては人生の根源は掴まれぬ︒知性によって把握される撞理は客柵的反理であって︑爲す正す︶行爲の主

偲の原邪ではないから︑知性をそのまま行爲の原理とするのは︑無反省であり︑立場の混婿である︒

﹁見る︲一が嵐に自主的な働きであるためには︑それは﹁生む﹂と一致しなくてはならぬ︒母と子とを竝立せしめて

これを兄る抽象的立場では﹁見る﹂が﹁生む﹂と一致しない︒﹁見る﹂を﹁生む﹂と一致せしむるには︑生む緋の立場で見

なくてはならぬ︒生むとは人を立てることにほかならぬから︑眞に具冊的な兇るは人を立てることとなるのである︒

そして人を立てるとは︑主柵が自己と對等の主柵を立てることであり︑主慨は認識の對象として庇別されることなき

ものであるから︑人を立てるとは︑自他の流刑を超えて︑純粋行爲となるといふことである︒故に︑眞に自主的な

﹁兄る﹂とは行爲そのものとなることでなくてはならぬ︒﹁見る﹂といふ以上は他を知ることが中に含まれるが︑丘の

﹁生む﹂の諭皿的椎造五九︵二九五三︶

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る格杣においてあひ對する︒ところで︑分一は全一に無限に含まれるから.一の杜は多くの子をわが子と

るのである︒しかし趾と一人糞だの子との關係は︑肉身の親子開係にあっては︵即ち對象的存在の而を鰐呈す

一と分一の關係であるも︑人格的關係においては一堂が常に全一と全一との關係である︒ 自作するものの詔であるから︑叩簡の全一は︑二であると共に︑その一堂が存在の全領域に自己を充狂せLめ︑重な

文理研究姉二十五岬六○︵二九五川︶

﹁兄る﹂は他を消去し︑從つ垂知る﹂を本來の行爲そのものに還元する︒即ち︑眞に自主的な﹁見る﹂は知行合

嶮をいふのである︒

り合って一術の全一を成す︒雨簡の全一は一如的存在である︒﹁生む﹂は生の根源現象であるから︑生の本

て一且つ一にして二の格杣の商魂に存する︒︒一にしてこは生の往和であり︑コにして二﹂はその遡机

源の生は往机と遼机との一如である︒ 一︲主僻﹂とは︑他の客とならず︑その存在が他に依ら皿ものであるから︑主柵とは即ち全一である︒紗

のは︑主柵が主柵を生むのであるから︑それはとりも哩さす︑全一が全一を生むのである︒全一とは他を

一の客船との格祁を現ぜしめることであるから︑﹁生む﹂においては︑雨簡の全一の中の一が全一となり汝を分一とす

全一の主搬は能爲者であり︑分一の客柵は川爲者である︒子は緋の身から外に川されるから︑分一考の しかるに︑﹁生む﹂といふことは︑一面︑一の全一が主となり︑他の全一を客として︑而箇の主朏の洲に一の主慨と

して生み得

るときは︶全 庇は二にLである︒根

椛祁を現じ が子を生む要せずして

一の僻

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Hつ被動の動扣を現するが︑盃は生む母と對等の人であり︑從って全一新であり能爲考である︒故に子は本礎的には

能爲的に自己を所爲考として措定するのである︒それを﹁生まれる︲|といふ︒﹁生まれる﹂は常識では全然被動の働

きの如くに老へられ︑人は自己が生まれたことになんら黄任をもたぬやうに仙心ふのであるが︑生まれたる人は純然た

る客僻的存在︵即ち︑物髄︶なのではなく︑生命の主側なのであるから︑諭理的に徹底して老へれば︑生まれるとい

ふことも自己自身の働きである︒即ち人は自己自身の黄任において生まれるのである︒た回︑生まれるといふ側きが

所爲であるから︑人は自己の支任を一往忘失し︑被動粁の格机において生まれるのである︒生命の主柵たる人川に

は︑外より弧ひられるといふことは本礎上あり得ない︒人川の一切の素慨・境遇︒沌命は︑今そこに作するものとし

ては︑すべて本礎的には自己の責任によって在るのである︒自己のその武任の忘失がいはゆる生の自然態︵倒農苫の生

まれたること︶であり︑かく自然の被造物の如くして生まれたる人が︑おのれ自身を生んだ自己の本然の全一的立場を

ひるがへって白墨するのが︑人格的立場なのである︒

生まれることが生まれたる者の働きであり︑人間が現にいま在る自己の一切の覗怖について支任をもつといふの

は︑人間の一切の行爲が︑所與の現在を案とせずかへって現駈を生かしつつ傭されねばならぬといふこと︽である︒た

とへぱ︑男は男の徳を行歩るほかなく︑男がいかに志を立て慨りを發するも自己の身を以て婦徳を發抑することはで

きない︒また何某の子と生れたる者はその何堆を親として孝逝を狂践するほかなく︑何の閥に生れたる者は何の剛を

完全なる公共的身鰡者に商める奉公において誠を識すほかはない︒勿論︑自己が生まれて既に在り︑また云盈の性礎

を與へられて具へ有つことは︑客槻的時川における過去の邪に脇し︑過去に對しては人は意力の直接の支配をなし得

﹁生む﹂の論拠的椛迩六一︵二九五五︶

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人桁は所與的自己をそのままに塗じて自主的自己となすことによって成立する︒それには︑自己は生まれたるもの

としては一H死し︑生むものとして更生せねばならぬ︒同然的立場から人格的立場に聴換するのは死の關所を越える

のである︒死とは自己の否定である︒自然の被進物から人格的存在に飛雌するには︑必然的に自己否定を經ねばなら

ぬが︑さればとてそれは自己の内通を浦去するのではない︒ただ所與的自己の所典性を否定して︑自己を帥身にして

新しき面目の自己に縛換するのが︑人格的立場への飛糀なのである︒

いはゆる解脱とは自己の所與的立場の解離糞脱であって︑向己が自己と離れ又は無内群となることではない︒故に

解脱は目殺又は隙遁の人生逃避によっては得られぬ︒﹁ある人さとらで山居せしによみてやりける︑おもふま典に捨

て山路に入ぬれどその身のぬしはもとのぬしなり﹂︵無糀禰師法琶

文畢研究節二十五脚六二︵二九五六︶

ぬから︵意力の祓接の支配を越えたるものを過去といふのである︶︑その意味では現在の自己は過去に對して︑主たり得ぬ

が︑もともと祁對的時川は絶對的時間に含まれ︑一ヵ人Ⅲの水髄は絶對的時間たることにあるのであるから︑人川は

過去に對しても女任をもつのである︒過去は机對的には既に死したるものであるが︑人川は生死の和對を超える生で

あるから︑過去の死はそのまま全慨の生の中に含まれる︒その過去の死を生の全総の場所に砿大するのが︑分一をさ

ながら全一に郷換し︑死を生に鍵じ︑過去を未来の鉦迩たらしめる人格行鰯なのである︒それは即ち︑間己の立つ現

疵にもとづいて一切の行爲をなすことである︒

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人格的立場は︑具僻的内容を與へられてもつ白己に即してその内奔猛與へた能嬬の自已を回想することによって成

立する︒内奔を他から與へられてもつ自己は分一の所爲考であるが︑人格的自己は︑その分一の所爲者が全一の能嬬

者にほかならぬ本來の面目を自昂するのである︒それは公一を全一の中に吸收するのではなくて︑全一が分一に垂通す

るのである︒但し全一が分一に垂通することにおいて分一はおのづから全一に包含される︒その際分一は既に所與考

ではなくて︑それ自身一箇の能爲群に艸換するから︑分一は受身の態勢で全一に吸收されるのではなくて︑能鰯的に

みづからの寅作において全一に﹁蹄投﹂証元祁師︑砿法服城︒蹄唾一燕︶するのであ馬︒﹁信﹂とはかかる朏馳を言ふも

のにほかならぬ︒

分一が全一に蹄投す為のが自発の往机であるとすれば︑灸一が分一に垂通するのは︑墨の遼祁である︒人格的朏雛

は征机即遼机︑往生帥還生の僻醗である︒而して︑全一に師投する分一は︑職種的能鱒蒋であるから︑慨に分一では

なくして全一であり︑在は全一が分一の格机を稲ぴて現ずるものである︒かく︑分際をもつ自己を立てることによっ

て全一的生命を發抑することを︑・儒教的には﹁韮﹂といひ︑佛教的には﹁憧室妙有﹂といふ︒いづれも︑州對の仙界

を挑拭し去る抽象的往相に雌することなく︑絶對に住しつつ絶對の中に机對を現する僻嶮であって︑絶對への肺投あ

るいは信は︑かかる還投を一面として︑はじめて典柵的に現成されるのである︒

﹁義﹂は行爲的王柵︵即ち︑自邑の朧理であって︑その従現を他人に待つべき格律なのではない︒支那人

は︑誰を逆なるが故に﹁みづから﹂行するといふよりは︑一般に人の分際を制限し人の木分の遂行を弧ひる他律

として義を掲げることに傾き易い︒みづから︑uの分際を發蠅するのは︑かへつて全一なる行爲的自己の狂現

﹁止む﹂の諭那的孵進︽へ三︵二九五七︶

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全一が分一の格机の自己を立てるのが︑人格的立場における﹁生む﹂であるとすれば︑全一が分一の桁机の仙粁を

立てるのが︑自然的立場における﹁生む﹂である︒前の立場における全一は︑一切の被動的立場を解消し去れる眞に

自巳査任的な全一であるが︑後の立場における全一は︑生殖本能に促される被動肴であるから︑本質的には分一であ

る︒かく一面分一であると共に他面全一なる生命を肉僻といふ︒肉僻とは﹁生物﹂柵の詔であり︑全一の﹁生﹂命と分一

の﹁物﹂柵とが此き合って一なる︑但し物格を脱することなき存在である︒肉慨においては物僻が世接の契機となって

ゐるが︑純粋の行爲肴として一切の分一的立場を解消して丘に主催たる人格においては一切の﹁物﹂の契機が間接化す

る故に︑人格はその本礎上形なき位牌である︒肉朏はこの位牌の座となって人格的行爲を荷ふとき︑さながら蛾僻に

郷換するのである︒か上る蕊僻が即ち人川の﹁身柵﹂である︒︵﹃身髄諭﹄第一章を暴禰︒︶

すべて行爲は能爲と所爲の剛契機によって成立する︒たとへぱ典型的な例として︑﹁見る﹂といふ行爲をとって老ふ

るに︑﹁見る﹂は能爲であって︑兇られ随別される對象ではないから︑見る行鰯の木礎は梱まれざるもの︑その意味で

は空である︒︵しかも︑それはなほ一の械極的な働きであるから︑と上に筌といふのは︑何もないといふ否定的な空

ではなく︑むしろ仁と一慨の反面である︒ く立場を生ぜしめるに至った︒しかし踵の誰は仁を典僻的ならしめる原班であって︑仁の下位に吐かれるもの こととなるから︑全一の冊験の現成とはならぬ︒この事の反椅は必然的に支那怖學において錐を仁の下位に世 となるのであるが︑他人の分際を規定するのは︑他を分一とするのであり︑従って自己は知的立場に擬洲する

文學研究錐二十五枇六凹︵二九五八︶

Ⅱ仲llll

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ではなく︑肯定の意味における峯である︒これを蛎一罐又は畢党案と橘づける︒︶ところで︑見るといふ打爲が現徹

に成立するには︑それは﹁何を﹂見るでなければならない︒その﹁何﹂は見られる對象であって︑この﹁何﹂がなけ

れば兄る働きは空稗するほかない︒︵とkに潅縛といふ場へ叩︑その﹁宅﹂は否定的・消極的のまである︒これを第二

空と名づける︒︶かく︑﹁見る﹂行鯆は﹁見られる﹂を必然的にその反面とするのであって︑見場行爲は本便上他動で

ある︒即ち︑﹁見る﹂行爲は見る主柵と見られる客柵との一如である︒

ところで︑見る﹁主冊﹂は︑暇にこれを柵とはいへ︑兇るものであって見られる﹁物﹂でないから︑処る主柵とは﹁見

る﹂そのものにほかならぬ︒故に︑具僻的な﹁兇る﹂行爲は︑﹁兄る﹂と見られる客﹁柵﹂の剛契機の一如である︒

この剛契機は.具柵的な﹁見る﹂打爲そのものにおいては不可分の一をなすのであるが︑行鮪の州迭を分析するた

めに︑行爲の雨契機から時間性を消し︑雨契機を二つの存在として向巳の場所に對世してみるとき︑即ち知的立場に

立って行爲を見るとき︑客船の契機は存在として室川化し︑行燗の主柵の外に立つ︒従って︑︑韮柵の﹁兄る﹂行憾そ

のものの巾から︑その客柵に對應する契機が筌間化して存在化し︑ここに見る我が容槻脱される︒この我は︑純粋に

筌川化された格机においては物柵であり︑一面において峯川化されて簡別的存在とされるもなほ時冊を内に含む生命

慨の格机においては︑肉朏である︒この肉冊が︑生命の︑王総たる.本來の而Ⅱを在現し︑客側的契機たる裳川枇を超え

るとき︑さながらにして形なき躯となるのである︒身慨とは︑その蝿をなほ﹁慨﹂の契機によって言ふものである︒

肉冊とは︑全一帥分一として典へられたる存在である︒

﹁小む﹂の諭皿的榊迩

11

典へられたる作在であるから︑

六五 それは間然の被進物であ

︵二九五九︶

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典を否定し︑改めて自己自身を典へ返して︑みづからの全一性を恢復するとき︑肉淵が身柵に艸換するのである︒そ

△手記﹄し本然の自主的自己を肯定する人格の現成は︑人間の街に爲すべき常爲である︒

かかる人格現成の僻聡には︑全一と分一とが契機として含まれるから︑胴契機の合致のそれぞれの格によって︑ 存在となるのである︒ 職を帥身成仰といふ︒この飛躍をなすも○は畢党室の力であるから︑分一が全一に縛換するのは︑存在的にいへぱ︑ は筌︵雄一空︶であるから︑肉慨が身柵に艸換するとは︑自己が所與そのものとなることにほかならぬ︒かかる否定る以上は︑自己が自己の本然の全一性を發抑して絶對を現ずべきも︑また諭抑の常然の要請である︒自意識をⅢ展し 分一に零が加はるに等しく︑外而的には分一は群のまま分一であり︑しかも全一の垂迩たるまったく新たなる而目の から分一として垂辿するのである︒それによって分一が全一と化し︑全一が分一の格相をとるものとなるから︑全一 と肯定を經たるのちの自己も︑全一即分一の存在であるが︑それは與へられたる全一即分一ではなくて︑全一がみづ

丈準研究第二十五艸六六︵二九六○︶

る︒しかるに︑全一とは與へるものであって典へられるものではないから︑肉冊における全一性が︑全

がみづから分一として垂通するとは︑逆にいへぱ︑分一がそのまま全一に飛雌することと一致するのである︒この慨 のままに肯定される︒そして自己の全一性はこの否定及び肯定の行爲そのものとして蜜現され︑しかも行爲それ自身 の際否定されるのは︑全一的自己の所與といふ論理上の不徹底のみであって︑分一的自己の所與といふ邪の術然はそ つつなほ﹁生まれたる﹂自然の被途物の境地にとどまるのは︑諭狐の不徹底にほかならぬ︒自己の自然的所與を否定 自己とは行爲の主慨を指して言ふのであり︑主朏とは全一であり︑全一とは他粁をおのれの外に要せざる絶對であ

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一的自己の所

(14)

験の種糞和が展開する︒

自発の慨系のうち︑最高の境地は︑全一が分一として垂通し︑その分一と水賀的には全一たらしめて︑一箇の全一

を現ずるところの人格的慨駿である︒その際︑分一は全一をして筒性的瓢現たらしめる契機の役を果すのみであつ

い︑うて︑それ自身は祁對的有を超える︒かかる冊馳を荷ふ座が身州である︒身柵は向己を生むものであって︑生ま収たる

自己を超えるのである︒

弟二の境地は︑全一が自己の自主性を忘失し︑分一が典へられると共に全一も働くものとして與へられるところの

棚聡である︒﹁生まれたる﹂立場にとどまる人間の僻駿はこれであって︑この境地の人は・一往生命の主柵であるが︑そ

の主僻性は典へられたるものであり︑從って十釜に生命赤ほないから︑この慨嶮は未だ自主的n己を現成するには至

らぬ︒この段階の慨験を荷ふ座が肉僻である︒畜類もこの段階の人川と共に生物であり肉船考であるが︑帯激は単に

この段階にとどまるのみであるに反し︑人川は肉柵であると共に身側を澱感するのである︒

全一が自己の自主性を失ひ︑オノヅカラ分一の蔭に没し去るのが死である︒故に死もまた向兇の一境地︵朔三の境

地︶である︒鋪一の人格的柵験は絶對の生の迩現であって︑そこにおいては全一がミヅヵラ分一に没入する︒ところ

でか人波入するのも自主的行爲であるから︑分一に没入するも全一は︑己を礎失することがなく︑かへつて分一の全

面に全一を隈なく淫透せしめて︑分一をさながらに全一に艸換するのである︒それが垂迩の僻嶮である︒これに反

し︑この鋪三の境地においては︑全一がオノヅカラ分一に渡し去り波し了るのである︒故に︑白己は主動性を夫ひ︑

他から兄られるのみの物冊的n己に艸換する︒この艸換が杵迦にいふ死であり︑その物鵬的自己が屍冊である︒物慨

﹁止む﹂の諭叩的稚迩六七︵二九六二

1

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(15)

r 文酷研究雄二十五帆琴へ︵二九六一二

は机對的存在であるから︑死物に蹄するいはゆる化は︑州刈の死たるにすぎぬ︒

﹁生まれたる﹂人は︑弟二の肉柵的存在として︑飾一の絶対の生と︑銘三の机對の死との一如である︒人は生命の

主船であるから︑本然の自己を發抑するとき絶對の生そのものなのであるが︑その生は節三の札對の死を雌介として

机對界に現ずるが故にへ祁對の生として現れるほかはなく︑ために人は生叱の海に漂ふのである︒人生に生あり妃あ

って︑人の存在が時Ⅲ的に限られるのは︑案Ⅲ的に限られる柵服を媒介として生命が典柵的に現れる上からは︑必然

の那なのである︒

人格の成立は︑前述のごとく︑﹁生まれ﹂たる我がnuを﹁生む﹂者に榔換することによる︒生む符は税と呼ばれ

るから︑人栫的催験とは即ち親の柵聡である︒人間作在は税となってはじめて完成するのである︒

人格的な﹁生む﹂は︑全一が分一として垂跡することである︒分一として垂跡するとは州對界駐現成することであ

るから︑向巳がおのれをある又己際をもつ存在として定立することは︑必然的に︑︑己に對する對粁を立て為ことと

なる︒たとへぱ︑子と生まれたる自己を立てることは︑己の親を立イ|あとととなり︑随下として︑己を立てることは

荊上を立てることとなるのである︒生まれたる向己は一筒の人であ馬が︑n己が自己の本侭溌發抑してみづからを改

めて生み返すとき︑生命の超筒人性が發現して︑同己のみならず他をも共に生むに至る︒故に人格を眼に形式的に箇

と存在として老へる立場︵たとへぱカント︶は抽象的であぁ︒人怖とは一変の場合に具僻的内容をもち︑一だの汝と重

なり合って一如た易内識的超簡人的存在でなくてはならぬ︒

lIlIIIIIrI︐︲l︲!i︲!︲iⅢ!!︲11︲!︲I1Il﹄−1口■■■■■■︐田1口︒

1

(16)

子が親を立て︑臣が君を立てるとき︑親子︑講匝はいはばそれ人1−の凶を成す︒弓一悔翁夜話こしかも税子・君

厭は一川の半剛づ上として向ひ合ふ祁對の一而︑飛︑臣︑親︑子の一堂が剛の全町を隈なく自己の場所とするのであ

〃︑︒りるoその際︑自己が子と呼ばれるものである場合は︑子は行鯛着であり︑行爲は對象的には空であるから︑子はみづ◆

〃︑G7からにおいて案を見︵即ち︑自己自身を兄ず︶親においてのみ疵をみるほかはない︒故に︑親は子の知において側の全

而を門め︑子は白己の行において川の杢朏に行きわたるのである︒同じく︑︑己が価の分際のものである場合は︑飛

は価の知において剛の全面を占め︑唖は自己の行において剛の全船に行きわたるのである︒子なり随なりは︑親なり

飛なりを川を全伽において見︑その剛の全船を︑己の身を以て荷ふのである︒換言すれば︑子なり価なりは︑わが身

む雌を忘れて︑巳を筌しうして︑心をもっぱら親なり飛なりに懸けるのである︒

忠︑半の柵験にあっては︑一の全一が︑随︑子とLて行的に口己を立て︑他の全一を君︑親として知的に立てる︒

その際︑行鰯粁は腿︑子として現れるから︑これらの側駒は臣︑子の寅任において現成されるのである・随︑子は行

魚の主側として全一であるから︑自己と竝立する腿︑子が他に幾人あらうとも︑飛︑親に對して忠︑孝を行ずろもの

甚術に︑己一人と槻するのである︒かく純粋行爲の立場に立てば︑飛︑親に對する子は術に我たぜ一人でなくてはな

らぬ︒︵井上右近氏雁史哲螺序純﹄唯一人主我︑七○頁︶簡人主義と全柵主誰とは﹁唯一人主義﹂によって止揚される︒

具僻的行鮪は一燕身髄を媒介として行はれねばならぬから︑行鯛の黄任者の立場を生かし︑しかも生命の超簡人性を

生かして唯一人主義といふのである︒

﹁唯む﹂の諭抑的椛造

1

1

一︿九︵二九六三︶

(17)

文學研究第二十五牌七○︵二九六四︶

以上は主として主柵の生む行鱒を老察したのであるが︑.次には生まれる雰柵の側から同じ朏嶮の稚凌机

を兄てみよう︒

人絡的慨恥にあっては︑行爲の主僻は行爲そのものに純化するから︑それ自身は案となり︑柵職の契機として冊駁

の奈川に漣通する客僻をぱ﹁全柵﹂となし︑これを全一として立てるのである︒客僻なる汝は︑主僻なる我がわが外

に立てるものであるが︑その我はみづからを股しくしてゐる故︑汝は我の場所の全慨を占め︑我と一如に亜なり合つ

ばかて︑我に外ならぬものとなる︒かくのごとく人椛的柵嶮は︑自動の契機についていへぱ捨身であり︑他動の契機につ

いていへぱ他への奉仕である︒

人格的朏駒にあっては︑客船は主柵なる我そのものであるから︑客柵は對象としてその性礎を吟味される立場を超

主こと

える︒︵ものの性孜を見る慨験は對象認織の知の催隙である︒︶即ち客慨は我そのものとして行ぜられ︑わが﹁踵覗﹂として

立てられるのである︒今那﹂とは髄醗を群樫の契機によって言ふものである︒︶

主柵なる我2︲行︲|の立場においては︑我は汝の中に没入し︑汝は我の中に蹄入して︑そこにはただ一の一︲事﹂あるの

みなのであるが︑事の内容をひるがへって﹁知﹂の立場から反折すぁとき︑客柵の契機の種変相によって︑蔀にもさま

ざまの格机があり︑從って主柵の柵嶮もさまざまの術性的顯現をなすことが認祇される︒人格的僻雌の術性的顯現

は︑これを大別して︑道徳的淵馳︑宗教的冊聡︑藝術的柵馳︑祈學的柵嶮の川とすることができる︒次にそれらの格

相を逐一分析してみよう︒

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(18)

逝徳的柵験は我と對等なる他の﹁人﹂をわが外に立てる人格的冊職である︒立てられる人は︑前述のごとく︑我そ

ほか毛と

のものにほかならぬのであるが︑我に外ならぬ人をわが外に立てるのが逝徳的僻駒である︒但し︑わが外に立てると

いっても︑我自身は純粋に行爲そのものとなつく一切の對象性を脱し︑その意味では畢党室に肺するから︑立てら

れる人に對して立つ相對的有の白己はあらはれぬ︒立てられる人は絶對無の我に對して現する絶對狗である︒ところ

で︑あひ對するものは對等のものでなくてはならぬから︑絶對無の我に對する我は汝と同じく絶對無であり︑絶對有

の汝に對する我は汝と同じく絶對有である︒絶對無と絶對有とは共に絶對者であるから︑その木髄上全一であって︑

二ではなく︑從って分つくからざるものである︒分つくからざる自己同一の全一者が全一のまま二の格州を現ホるの

が︑逝徳的僻聡である︒道徳的僻嶮は我も全一︑汝も全一の關係を我の査任において現する僻馳であって︑あひ對す

るものは對等のものでなくてはならぬといふ論理の要荊を雌も純粋に疵現するものである︒人格的朏嶮の腺本は﹁人

を立てる﹂迩徳的僻馳であるといってよい︒

逝徳的朏嶮において立てられる汝は具朏的なる全一者であって︑その低次の耐では物船であり︑中次の面では肉慨

であり︑商次の面では蛾であるo全一の汝はこの三而を批いて一如たる典催的存在であるが︑逝徳的柵馳はこの其慨

的存在を︑︑己の寅任において︑他蒋として立てるのである︒その際汝は自己と對等の生命慨として先づ典へられる

から︑逝徳的僻嶮はまさしく︑肉柵の汝を即身にして砿僻たらしめる総験である︒

肉柵は生命であると共に物僻であり︑能爲であると共に所爲である︒能鰯であると共に所爲であるから︑肉柵は生

むものであると共に生まるるものである︒牡が子を生むのは︑生むところの人を︑生まれたるものとして立てること

﹁小む﹂の諭抑的樵造七一︵二九六五︶

11

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(19)

I自 丈隈研究鮠二十誕艸七二︵二九六六︶

であ為が︑本来能爲荊たるものを所鯛の面において立てるのは︑立てるの本礎を従現するものではない︒逝徳的冊馳

はそれとは逆に︑肉磯が生命の主慨であるといふ本撹を生かして︑生むものとして汝を立て︑同時に︑それによって

生まれる︑uを立てるのである︒たとへぱ君や親を汝として立て︑それによってみづから臣とし子として生まれるの

である︒飛や親はコトーハであって︑そのコトバによって随たり子たる我が成るのである︒しかもそれは上述のごとく

したがいのち

生命の本磁を十全に發姉することにほかならない︒﹁命﹂は口と令とにMふ︒天の命令によって在るものが命である︒

天の命とは我が仰ぐところのコト課ハにほかならぬ︒

しかも︑己がコトバを上に仰ぐのは︑︑己の蛍任においてするのであるから︑みづから匝とし子として生まれるの

は︑疵は能爲が所爲の桁机を以て現するものであって︑祁對的な所爲ではなく︑かへつて自己がゴtハとなり︑かく

命ずるのである︒人を立てる道徳的慨聡において︑自己は能爲そのものとなるのであるから︑道徳的僻馳は髄に純粋

筵行爲の冊醗であるといってよい︒仰が子を﹁生す﹂のは︑人格的立場において﹁鰯す﹂この純粋行鱒を︑自然の生理と

して豫感するものにほかならぬ︒

逝徳的朏馳は︑生れたる自己を生む自己に縛換して︑自己を分際をもつものとして改めて生むと共に︑我に對する

汝を立てるのである︒自己といふものは自主的能爲考であるから︑自己が﹁生まれる﹂といふのは論理的に不徹底で

ある︒故に人格的自己は行爲の論理を徹底して︑向己の﹁生まれたる﹂而を単なる契機としてⅢ接化し︑みづから白

な他を生むものとして︑純粋行鱒の立場に立つのである︒純粋行爲の立場に立つとは︑﹁爲す﹂そのものとなることであ

る︒

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(20)

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逝徳的柵験は︑自然的所與なる自他を鍵碗して︑歴史的︑人倫的に孵殊の意推と分際とをもつ存在とLて立てるの

であるoそこには新らしきものを作り川すといふ働きがあるから︑逝徳的﹁行鱒﹂は﹁作爲﹂の一両を契機として含むの

である︒この作爲の僻験が人を直接の對象とせず︑・人の低次の面なる物を對象とするのがいはゆる﹁作る﹂叉は生産の

艘醗である︒

帆し﹁作る﹂といっても︑人は物それ自柵を作り川すことはできない︑﹁物﹂とは︑行爲的自己が自己に對する絶對

の他打としてわが外に措定し︑それに鋤する自己の白主性を放棄して成立するものであるから︑物を作り川すといふ

ととは行鱒の祁理に背反する︒物を描定するのも行爲の自主性によるのであるが︑絶對に自曲なる行魚が︑自己にと

って不白山なるものとして梢定するものが﹁物﹂であるから︐その物とD對立に曲って和對の世界に現する簡糞の我に

とって︑物が絶對の他者として典へられることは︑自兇の木礎上淵然のことである︒故に﹁作る﹂とは物そのものの

存在を生み川すことではなく︑物の存在において柿崎を映す而︑即ち物の存在の新Lき様態を生ずることにほかなら

ぬ︒即ち︑典へられたる物に行爲を加へるのが﹁作る︲一である︒

物に打爲を川へるとき︑物は呼び打爲の契機として人川の柵鹸の中に含まれ︑行爲の主僻と不可分の一柵をなす︒

物は知によって主僻の外に見られるが︑その一旦外に立つものが主柵の行に復師せしめられるのが﹁作る﹂である︒

作るも鯨すの一動態であり︑生むの一様想である︒

人格を汝として立てる純粋行魚なる一︲爲す﹂︑雌が子を立てる﹁生な﹂︑物に行鰯を加へる﹁作る﹂は︑いづれも

邦語では﹁なす﹂によって總稲される︒しかも﹃てれらはいづれも﹁成す﹂柵駒である︒﹁事を成す﹂﹁人を生み成す﹂

﹁止む﹂の諭皿的櫛迭七三︵二九六七︶

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(21)

は︑物はわが外における存在としての格和を帯びるのである︒知的柵験は︑本來自己の内にあるものを似に自己の外 知るといふ知的僻験もそれ自身は行爲であって︑自己の外に在るものとして見られる物も︑オノヅカラ自己の知的

冊雌に含まれる︒Lかし知の立場は︑物がおのづから我の内にあること逓見ずして︑物をもっぱらわが外に見るので

ある︒しかしわが外に見られるとしても︑物がおのづからわが内にあることには塗りがない︒ただ知の立場において 全一なる汝をわが外に川し︑﹁作る﹂は主柵の立場なき分一筵わが外に出すのである︒ 内から川すといふ以上は︑自己が全一︑他が分一の椛祁を現すのであるが︑﹁生む﹂は分一であると同時におのづから ら立てるのを﹁生む﹂といひ︑純粋に客僻たる物を自己の外にみづから立てるのを﹁作る﹂といふのである︒向己の 物は知的立場からはわが外にあるものとして兄られるの・であるが︑行嬬においては︑わが僻駄の契機として︑行爲的n己の内にある︒物は人の行鰯においては全面的にその人の自己そのものであって︑自己の外の何ものでもないのであるが︑行鱒的自己のかかる契機を物といふ存在として露呈せしめるのが作り川す醤みである︒それは白己の内から他を﹁川す﹂のであるから︑作ろはまさしく生むに通する︒ただ︑

﹁物を作り成す﹂など︒

丈解研究

・爲す

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白己と對等の主拙たる人を自己の外におのづか

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︵二九六八︶

(22)

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くだ・に見る朏雌であって︑その意味では︑n発がみづから無自晃の段階に下って成す僻験にほかならぬ︒その源には自覺

の自己忘失があるのである︒

知の對象界とされる物の枇界は︑慨験の契機が存在の格和を瀞びるものであって︑その本質からいへぱ︑わが内ょ

ヱrと

ほ か

り外に作り出されたるものである︒しかもその外といふのも上述のごとくわが身の内に外ならぬから︑行鰯的自己の

立場淀︑昂するとき︑天地繭物は畢党はわが身の内の風光となるのである︒ただ︑物の世界の成立には︑それがわが

行燗によって成立するものであるにもかかはらす︑その事の自兇が作はぬのである︒これに反し﹁作る﹂といふ憐み

は︑知の立場において成立する物の世界を再び行爲に還元するものであって︑いひかへるならば︑行爲的自己が物に

おいて︑己自身を行爲的に回想するものである︒人間以外のいはゆる動物には知の立場がなく︑從って物の祉界を持

たぬから励物は物の世界に容髄としてあるのであって︑自主的な意味では主悩的立場をもたぬ︶︑動物は﹁作る﹂といふ生活

をもたぬ︒鳥が典を作り蟻が塔を築くのは︑本能によって作らせられ築かせられるのであって︑自己黄任的に作り叉

は築くのではない︒﹁作る﹂ことを篤し得るものはひとり人Ⅲあるのみである︒

作るといふことには人間の行爲が加はるから︑作られたるものは︑嘗て在りし物とその存在の面目において異な

る︒堵の事は︑物を材料叉は原料として他の物を作り出す加工品︑細工品などにおいて明らかにあらはれるのである

が︑そのままの物を位世のみ愛へても︑物の存在の様態が異なるのである︒たとへぱ石炭を掘り川し樹木を伐り出すが

ごときこれである︒しかし深く老へれば︑物に加工するといふのも︑その過程のみより見れば︑紡局はその位世を動

﹁止む﹂の諭皿的樅造七五︵二九六九︶

1

(23)

! 文離研究錐二十五帆七六︵二九七○︶

かすことに肺するので︑人が物の枇慨の鍵化に直接に参識するのではない︒たとひ加工の途中において物と物とが化

合して異なる他の物礎となるとしても︑それは物それ︑身の愛化であって︑行爲する人の立場は︑化合する物と物と

を近接せしめるといふととにとどまるのである︒

物の仙界は自他の對立を現ずることによって成立する︒その際︑根源の自攝的自己はこの對立の場所となるが︑そ

れ自身はもとより絶對であり︑無︵畢克空︶である︒この祇極的な根源の無が︑自己を消極的な立場の無に艸換し︑

即ち目己を忘失し︑もっぱら他のみと兄るとき︑他はそれのみにて存在の全棚なるかのごとき格机を呈し︑物の世界

が場所の全面となる︒これがいはゆる一︲世界﹂と呼ばれる天地禽物であって︑祁對的自己はこの世界の和對物として

措定され︑しかも分一の簡柵として︑天地の中に含まれるごとき格和を現すのである︒枇界は疵は我の所雄であるに

もかかはらす︑術の我はこの世界の所廃なるかのごとくして﹁生まれる﹂のである︒かかる我が全一的主柵としての

我の立場を回想して︑物をわが所旋とするのが﹁作る﹂である︒

ところで︑棚に對するものは餅であるほかはないから︑物の仙界にある我の對粁は必ず術だの物である︒物の仙界

杢朏は場所の全面として與へられ︑簡変の物はその場所の中にあって五に對立するが︑物である以上はその對立を自

己の内から規定することができぬ︒物の對立を規定するのは村爲者の働きに待つほかはない︒その働きといふのは︑

物の筌洲的對立を時間の中に撤収して︑秤ぴ新たなる筌間的對立の中に世くこと︑即ち物を動かすことにほかなら

ぬ︒物は時Ⅲの中にあるが時間を自己の内にもたす︑人間は過去を回想して未來を豫想するものとして︑時川に對す

る主慨的立場をもち︑時川を内に含む︒物の對立を規定するとは︑時Ⅲによって筌川的對立を支配することにほかな

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(24)

人間が行鰯者として物と物との對立を規定することは﹁労作﹂と呼ばれる︒對象に即して言はれる﹁作鰐﹂を行鱒に

即して言ふのが即ち労作である︒労作とは物に行鰯を加へる掛み一般である︒故に︑労作は物と我とが未分なる本能

的の働きではなく︑物をわが外に認知する知の立場を經たるものである︒かkる物を郷びわが行鰯の直接の契機たら

しめる遼元が労作であるから︑跨作をなすもの戯人川のみである︒帝熱には労作といふことはない︒

人川の行鱒の各種の次元に雁じて︑物を行偏に還元する労作にも各種の次元が作する︒労作といふ以上︑それは人

柵的立場における作鰯であるから︑一切の労作は本礎的には人格的立場の現成であるが︑労作における行鯛者の︑蝿

の商下に應じて︑労作そのものにも高下が現れるのであるc労作は物を世接の契機とするがへ物といふのは人のⅢ接

化にほかならぬから︑物を作るといふととは畢党は人を立てるの川接化である︒故に労作は﹁人を立てる﹂に含まれ

る︒その﹁人﹂がいかなる内疵の人であるかに從って労作にも武賤高下があるのである︒

雌も低い労作は︑錯誤的自己︑即ち白川にして︑主的なる本然の我を見失って物欲に服られ被動の立場に沈淌する

ところの尚忌奉仕する作爲l食欲行潟︒蕊笈どIでぁぞ︑か﹂る聡のはち動機も行鯛も淌械的否定的で

あるから︑本来械極的上側定的たる.へき労作の名に仙せぬ︒もちろん︑かkる行爲も低次ながら白己を立てることに

奉仕するのであるが︑上述のごとく︑人の人たるの立場は︑己を筌にして他を立てるところに現れるのであって︑他

を殺して︑己を生かすのはかへつて人としての内戦℃ある︒それによって立てられる自己は︑人ならざる玄Ⅲ類の我で

﹁生む﹂の論抑的椛迭七七︵二九七二

らぬ○

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1

(25)

文畢研究鱗二十五鮴七八︵二九七二︶

あって︑その木髄よりいへば︑自己を忘失したる﹁彼﹂である︒もともと当我﹂たる︑己は︑かかる彼が本然の︑己

ならぬことを知ってゐる︒その知が良知又は良心であって︑人は泄談を犯せば必ず良心の得を身に感ずるのである︒

故に労作は生命の械極的發現に奉仕するものでなければならぬ︒生命の祇極的發現は︑肉船的自己を生かすことと︑

身艘的自己を生かすこととに二大別される︒肉僻的生に奉仕する械極的労作は杵通に労働と呼ばれる︒捺働は財川の

生庵のため︑及び財川の推得のため︑即ちいはゆる在利の見地から爲される人川の悩みである︒故にそれは肉慨を媒

介として行はれるところの︑肉冊の生への奉仕である︒ところで人間の人間たる意雄は︑単なる肉朏を超えた身柵た

ることにあるから︑肉僻的生存のための徴みはそのまま人川的行爲ではない︒故に︑労働は更に商き人格的立場に包

榊され︑その立場を荷ふものとして生かされねばならぬ︒人間的立場とは︑既に述べたごとく︑直接の行爲としては

他を主慨とLて立て︑それを媒介として︑主慨に對する主総たるの自己をⅢ接に立てて︑自己の直接的所與性とそれ

に作ふ被動的立場とを脱することによって成立するものであるから︑人間の静伽はみづからを空しくして他に奉仕す

ることでなくてはならぬ︒もちろん︑坊働は直接の動機として自己及び自己の延長たる家族の生計のために行はれる

めしなやLな

が︑労働を行ふ主僻たる自己は︑勝働の利得によって生はるべき自己及びその延艇そのものではなく︑彼等を生ふも

のの︑生かすもの︑即ち自己及びその延腫に對して親たる.へきものである︒自己の生計のために労働するのは︑今日

の自己が明日の自己に對して奉仕するものであって︑やはりみづからを筌しうして他を立てることに肺するのであ

る︒故に勤労は人格的自己の現成である︒

二宮尊徳の推誕の逆は︑この眞理を蚊も深く掴んで︑勤労にもとづいて人側の道の僻系と組織したものと老へられ

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9

(26)

よう︒勤労は今日の自己が明日の自己に推し渡るのである︒それは白己を未来として立て︑生み︑作るのである︒しかも人川の水腫ぱ未来存在たることにあるから︑かかる︑己を立てることは︑人川存在の本礎を疵現するものにほかならぬのである︒

人格的な労作は︑肉柵の生に對する奉仕を超えて︑身朏の生に奉仕するものでなくてはならぬ︒眞抑のこの一面を

行ホることを立前とする労作は︑・普通に藝術的創作と呼ばれる︒もちろん藝術家も生命の低次の面においては肉朏で

あるから︑自己の衣食のために労作をなすのであるが︑その労作は肉僻の生を立てる労作たると同時に︑身僻の生を

現成する創作に高まるのである︒

身慨の生は絶對の生であり︑それ自身自己内完結をなす全一の生であるから︑創作においては︑一切の机對的なu

的が超えられて︑作る働きそのものが自己目的となる︒か出る伽嶮をシルレルは︑℃回︵遊び︶と呼び︑これを﹁死す

べき人の子らの頬に雛を控む﹂労働と開はりなきオリュムポスの川盈の茨むくき境涯となした︒︵﹃人川の美的教育に附

する諜前﹄︶創作の境地において人が天派の境に﹁遊ぶ﹂といふごとき表現は東洋にも数糞兇柑るところのものである︒

しかしこ上に心せねばならぬのは︑創作は︑労作の本礎が人を立てることでありその人とは畢克肉慨を超える身継

であると展理を行するものにほかならぬといふことである︒労作は人生に奉仕するものであるから︑商き労作たる創

作は人生に對する尚き奉仕でなくてはならぬ︒ところで身舳が肉慨を超えるといふのは︑肉慨を離脱して抽象化する

ことではなく︑肉慨が肉柵のまl雛化することである︒身柵は人生の現遊を超えるものであってはならぬ︒從って︑

﹁小む﹂の諭那的榊迭七九︵二九七三︶

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一ロ■■■■

(28)

なる﹁公﹂である︒人の木侭は公人であるから︑私人的立場における労働においてもすべて︑公人の勝作が私人の静働

の簡性を帯びて現れるのであるといふ趣きを呈せねばならぬ︒肉州の逝は﹁私﹂の造であり身総の道は﹁公﹂の道である

から︑肉総的自己の努働が自己の生活のための醤みであると同時に公への奉仕であるといふ攝悟において﹁私﹂の捺働

が行ぜられねばならぬ︒また︑私人的立場と公人的立場とは︑さまざまの面で紺絲して︑簡糞の人の簡盈の場合のさ

まざまの立場を成立せしめる︒しかし一切の公共的生活は︑すべて純公共慨︵公共の身畿的顯翌なる山家の生に包掘

され︑その巾におけるそれぞれの準公共的立場として生かされるのである︒各変の人はある閲僻の一員として︑又は

ある機構の一員として︑それぞれの意味において公共的立場を代表するが︑各凌の立場における肉僻的及び糀祁的労

働が︑その本礎において公の作務であり︑絡局において叫家への奉仕であることが自兇され︑その自兇において行ぜ

られる時は︑簡の肉僻を世接に媒介とする労作が︑そのま上本質的人間の醤みとして生きるのである︒井上右近氏が

しんし

﹁参差報醐﹂と名づけられた思想は︵歴史哲壌序説唯一人主義︑六八頁以下麥凹︑各箇の人がさまざまの立場から本分を

誰すことによって剛事の寓端と織り成し︑自己の生を叫家の生に披大し︑閏家の生を向己の生に集約する柵駒の表現

である︒それは前述の︑分一より全一への往生︑全一より分一への遼生のH兇にほかならぬ︒︵未完︶

﹁雌む﹂の論那的棒遥

ノL

︵二九七五︶

参照

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