はじめに
ヒトの消化管には1013個の細菌が存在し、それらの遺 伝子総量は宿主であるヒトの全遺伝子総量の100倍に なる1)。腸内微生物は、細菌に加え、真核生物、ウイルスも 含めて腸内フローラ(microbiota)と総称され2)3)、近年、
腸内フローラと宿主の免疫ホメオスタシスへの影響に加 えて、代謝、エネルギー利用、脂肪蓄積との関連が相次い で発表されている。本稿では、それらの簡略な review とともに腸内フローラと脂肪酸代謝に関連する我々の結 果を述べる。
1)宿主-腸内フローラ代謝相関
(host-gut microbe metabolic axis)
Leyらは、肥満患者に脂肪と炭水化物をそれぞれ制 限した低カロリー食を投与し、糞便細菌叢を解析した
(図1)4)。肥満患者の前値ではバクテロイデス門(門は分 類の最上位の呼称である)が少ないが低カロリー食で増 加し、脂肪制限と炭水化物制限による体重減少とバクテ ロイデス門の割合が有意に相関するという結果であり、
強いインパクトを与えた。また、肥満マウスの研究から腸 内フローラの組成の違いは、肥満の結果ではなく原因で あることを示唆する報告がなされた5)。しかし、その後の 報告では、ファーミキューテス門とバクテロイデス門の比 率に関しては相反する報告もあり、腸内フローラ変化が 肥満の原因か、あるいは肥満の過程なのか、その代謝上 の意義に関しては、当初の報告よりも複雑な関係と考え
*Gut microbiota and lipid metabolism
特集:脂質研究の最近の話題
腸内細菌と脂質代謝 *
keywords:
腸内フローラ、短鎖脂肪酸、多価不飽和脂肪酸
三好真琴1) Makoto MIYOSHI 宇佐美眞1)2) Makoto USAMI 藤原麻有1) Mayu FUJIWARA 青山倫子1) Michiko AOYAMA 前重伯壮1) Noriaki MAESHIGE 高橋路子2) Michiko TAKAHASHI 濵田康弘3) Yasuhiro HAMADA
◆神戸大学大学院保健学研究科病態代謝学1) 神戸大学附属病院栄養管理部2)
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部疾患治療栄養学3)
Division of Nutrition and Metabolism, Kobe University Graduate School of Health Sciences1)
Department of Nutrition, Kobe University Hospital2)
Department of Therapeutic Nutrition, Institute of Health Biosciences,The University of Tokushima Graduate School3)
近年、腸内フローラは肥満やメタボリックシンドロームに関与する環境因子として注目 されている。腸内フローラは、未消化食物成分を代謝し、アミノ酸、ビタミン、脂肪酸な どを宿主に供給しており、その機序の一つとして腸内分泌細胞のI細胞やL細胞上の栄 養受容体が関与している。脂肪酸レセプターは、短鎖脂肪酸が GPR41、GPR43、中鎖、
長鎖脂肪酸が FFAR1、GPR120と近年同定された。特に腸内フローラの代謝物である
短鎖脂肪酸はレセプターやトランスポーター MCT-1を介して多様な機能を発揮し脂質
代謝へも効果を及ぼすと考えられている。さらに、短鎖脂肪酸の代謝仮説に基づいて腸
内フローラと脂質濃度の関連を解析した我々の結果を交えて、腸内細菌と脂質代謝に
ついて概説する。腸内フローラと多価不飽和脂肪酸の関連が新たに得られ、更なる検
討が必要であろう。
られている。ヒトでは、ファーミキューテス門とバクテロイ デス門で腸内フローラ全体の80〜90%を占める。なお、
腸内細菌の解析法とマルチオーミクス解析に関しては、
Lepageら、あるいは大野の reviewを参照されたい2)6)。 腸内フローラのメタゲノム解析は、EUと米国が国家プロ ジェクトとし急速にデータが蓄積しつつある。なお、腸内 フローラ関連の解析法は、菌の組成・保有遺伝子解析を メタゲノム、菌の遺伝子発現解析をメタトランスクリプ トーム、腸内代謝物の解析をメタボローム、腸管上皮の 遺伝子発現解析をトランスクリプトーム、さらに免疫細胞 と代謝関連細胞の遺伝子発現解析のトランスクリプトー ムを行い、全体像を多次元相関解析マルチオーミクスと 呼び、解析が進展している6)。
それらの関連は、host-gut microbe metabolic axes
(宿主 -腸内フローラ代謝相関)と命名されて研究の進歩 が著しい7)。表1に腸内細菌とその産物および、それらの 宿主への代謝変化の概説を示した。宿主とその腸内フ ローラは、食品と xenobiotics生体異物を代謝する過程
表1 腸内フローラとそれらが関与する代謝物および生理作用と疾患の関連
図1 肥満患者への低カロリー食変更後の体重減少と細菌 フローラの関係
A. 食事摂取によるファーミキューテス門とバクテロイデス門の全菌 数中の割合の変化(%、n=11-12)、B. 食事による体重とバクテロ イデス門の変化
文献4)より引用著者改変
で多様な小分子物質を産生する。ヒトの未消 化食物成分を代謝して、腸内フローラの助けな しでは得ることの出来ない脂肪酸、胆汁酸、ア ミノ酸、コリン、フェノール、インドール誘導体、
ビタミン、LPS、ペプチドグリカンなどを宿主に 供給している。それらは宿主細胞と腸内フロー ラ間の相互作用を生じ、消化管の部位によって 異なる作用が存在するが、表1はそのごく一部 と理解されたい。表1の中でも短鎖脂肪酸は、
エネルギー利用、宿主‐腸内フローラシグナル 伝達、大腸内 pH調節による腸内フローラ変化、
消化管運動、消化管上皮細胞増殖を含む極め て多様な作用に関与する。さらに、腸内フロー ラ研究に関しては、母体から児への腸内フロー ラ伝播過程、出生後の抗生物質投与、薬物代 謝への影響などの重要な臨床課題がある7)。 2)消化管における栄養センサー / 受容体
消化管における栄養受容体の研究が進展し ている。腸管は管腔内の栄養を感知し、それ による全身の代謝コントロールの詳細なメカニ ズムが明らかにされている(図2)8)。それらの 栄養受容体とトランスポーター、消化管ペプチ ドを表2に示した8)。腸内分泌細胞が栄養素を 感知し、グレリンやセロトニン、コレシストキニ ン、ペプチド YY、グルカゴン様ペプチド -1な どを分泌しそれらが腸脳相関シグナルとして 求心性迷走神経を介して脳に伝えられ全身循 環に作用する。このうち短鎖脂肪酸は、表1の 腸内細菌の代謝産物であり、両者を関連付け る栄養成分である。
3)短鎖脂肪酸仮説
炭素数が2から6の脂肪酸を短鎖脂肪酸といい、主要 な構成物は、酢酸、プロピオン酸、酪酸である。草食反芻 動物では主要なエネルギー源であり、ヒトでは総エネル ギー消費の2〜10%を占める。プレバイオティクス作用の かなりの部分が生成された短鎖脂肪酸によると考えられ ている9)。大腸内流入成分の40〜50%が短鎖脂肪酸と
なり、1日に20〜30 gと見積もられる。大腸内の総短鎖 脂肪酸濃度は100 mM以上となり、酢酸、プロピオン酸、
酪酸の順に多く、およそ65:20:15の割合で生成される が、短鎖脂肪酸生成比率は発酵基質によって異なる。短 鎖脂肪酸は、大腸粘膜上皮細胞の主要なエネルギー基 質であり、また、大腸粘膜の血流増加、大腸粘膜の水・
電解質吸収促進、自律神経系刺激、消化管ホルモン分泌 図2 消化管における栄養センシング、トランスポーターの腸脳相関シグナ
ルと食欲調節
1a:栄養素は消化管粘膜の腸内分泌細胞の管腔側(apical side)に存在する固有 の受容体によって検出される。1b:栄養センシングは粘膜上皮の刷子縁膜に存在す る栄養基質特異的なトランスポーターを介して栄養素の吸収を促進する( 糖質トラン スポーターは詳述)。2:栄養センシングによって腸内分泌細胞の細胞内Ca 濃度が 上昇し、それがセロトニン(5-HT)、コレシストキニン(CCK)、GLP-1、PYYなどの 腸管ペプチドを粘膜固有層に分泌する。3:腸神経系の神経端末に存在する腸管ペ プチド受容体へのパラクリン機構によって、求心性迷走神経を介して栄養素のシグ ナルが脳に伝えられる。全身循環もその情報伝達を担う。4:迷走神経のシグナル は孤束核に、全身循環のシグナルは視床下部の弓状核と脳幹の最後野に達する。5:
視床下部・脳幹相互のネットワークが摂食中枢を介して、摂食量とエネルギー代謝 が調節される詳細なメカニズムが明らかにされている。
PEPT1, ペプチドトランスポーター -1 文献 8)より引用著者改変
などの多様な生理作用を有する10)。 前述した図2と表2は、腸内フローラと 宿主の関連を示したものであるが、プロバ イオティクス自体でのトランスポーターの発 現によって管腔内組成が変わり、それが宿 主に影響する。一例を示すと、特定のビフィ ズス菌はビフィズス菌自体の果糖トランス ポーターを発現しており、それによって管 腔内の酢酸が増加し、増加した酢酸が O157感染に対する保護作用と腸管上皮の 増殖を生じることが大野らにより明らかに されている6)。また、プロピオン酸の代謝効 果に関しては、Al-Lahhannの仮説が言 われている(図3)11)。酪酸は主に腸粘膜上 皮細胞のエネルギー源として使われる。短 鎖脂肪酸受容体の FFAR3(GPR41)は、
プロピオン酸>酪酸>>酢酸の順に親和 性が高く、脂肪細胞、免疫細胞に高発現し、
FFAR2(GPR43)は、各短鎖脂肪酸同等 の親和性で、脂肪細胞、免疫細胞、骨髄、
図3 プロピオン酸の代謝効果
①プロピオン酸は腸内フローラによる未消化の食物成分から生成される。②プロピ オン酸は腸粘 膜 上皮を通 過する。③内臓 脂肪(visceral adipose tissue:VAT)では lipogenesisとadipogenesisが促進し、脂肪分解は抑制される。④肝臓のサイトカインと ホルモン産生を変えることで脂肪酸産生は抑制される。⑤炎症の抑制。⑥インスリン抵 抗性の減弱、⑦内分泌、⑧パラクリン、⑨オートクリンのそれぞれの系と迷走神経・内臓 神経を介して摂食や代謝変化を生じる。
文献11)より引用著者改変
表2 消化管プペチド分泌における栄養センシングとトランスポーター
脾臓に高発現している。従って、短鎖脂肪酸には全身代 謝への影響があり、我々は、酪酸の prodrugである tributylin投与によるエンドトキシン血症下の肝障害抑 制12)および脂質代謝異常改善13)、
in vitro
での脂肪細胞と マクロファージとの代謝免疫相関を最近報告し14)、いずれ もsystemicな効果を明らかにしている。4)腸内フローラと血中脂質の関連
腸内フローラは消化管ホルモン、あるいは短鎖脂肪酸 を介して、全身の脂質代謝に作用すると考えられる15)。ま た、肝臓は脂質代謝の中心であり、肝障害での脂質代謝 異常が報告されている16)。それらの仮説に基づいて、我々 は腸内フローラと血中脂質の関連を明らかにするため、
46名の肝切除症例を対象に切除肝病理所見により正常 肝群、慢性肝炎 /肝線維症群、肝硬変群の3群に分類し、
糞便内フローラ・有機酸濃度および血中脂質濃度を解 析した17)。
便中の細菌フローラおよび便中・血中有機酸濃度は3 群間で著しい違いは認められなかったが、これは肝切除 対象である被験者であるために重篤な肝障害患者が含 まれなかったためと考えている。正常肝群で BMIがレ シチナーゼ陽性
Clostridium
と正に相関したが、慢性 肝炎 /肝線維症群と肝硬変群では相関は認められな かった。血中のトリグリセライド、総コレステロール、リン 脂質、ドコサヘキサエン酸(n-3系)、ジホモγリノレン酸(n-6系)濃度は3群の各々で正の相関を示した。肝硬変
群でアラキドン酸(AA, n-6系)が有意に減少していたが
(表3)、これは肝疾患の血中脂肪酸を解析したClemmesen らの16)、肝障害で必須脂肪酸欠乏を生じる報告と一致し ていた。肝硬変群では、エイコサペンタエン酸(EPA、
n-3系)、総コレステロール、トリグリセライド値の低下が 認められた(表3)。
各群での便中フローラと有機酸濃度および血中脂肪 酸を解析し、相関係数が0.7以上で有意な効果であった もの を図4に 示し た。特 に 正 常 肝 群 に お ける
Bifidobacterium
量と血中 EPA濃度、EPA/AA比の 相関関係を図5に示した。各群ともそれぞれ関与してい る細菌叢と脂肪酸分画は異なっており、肝障害の程度が 細菌叢と脂質代謝の関係に影響を及ぼす可能性が考え られる。この機序に関しては、腸内フローラが起因する 宿主の脂肪酸代謝変動が想定されるが7)8)10)11)15)、多価 不飽和脂肪酸代謝との関連は不明であり、患者自身の腸 内フローラと脂肪酸代謝との関連は我々の知る限りでは 未だ報告はない。しかし、プロバイオティクス投与による 脂肪酸代謝変動は研究されている。Wallらはマウスへ のビフィズス菌とαリノレン酸の混合投与により、肝臓と 脂肪組織の EPAレベルが増加すること18)、また同じビ フィズス菌でも投与する菌株によって脳の脂肪酸組成が 異なることを最近明らかにしている1)。またKankaanpää らは幼児へのビフィズス菌あるいは乳酸菌投与が EPA と AAを低下させることを明らかにしており19)、我々の便 中Bifidobacterium
量と血中 EPA、EPA/AA濃度の 表3 肝癌患者における血中有機酸、脂質および脂肪酸濃度負の相関と合致している。
Kankaanpääらは、プロバイオティクスは多価不飽和 脂肪酸の利用もしくは吸収により脂肪酸分画に影響を及 ぼすと考察している19)。他方、Wallらはビフィズス菌投与 マウスの大腸での EPA増加を示し、腸粘膜上皮にて脂 肪酸吸収が増加したと考察している18)。また、ヒト腸粘膜 への乳酸菌添加によって脂質/脂肪酸トランスポート、
吸収、代謝に関した腸粘膜上の遺伝子 CD36とトリグリ セライド転移蛋白の発現増加、ミトコンドリア遺伝子とペ ルオキシソーム脂肪酸代謝も増加されることが示されて いる20)。さらに最近、多価不飽和脂肪酸と脂質代謝に C 型肝炎ウイルスコア蛋白が関与し、AAあるいは EPA 投与による肝細胞内の C型肝炎感染メカニズム調節が 明らかにされており、それらとの関連も考えられる21)〜23)。
まとめ
腸内フローラの研究は、総合的には次世代シークエン ス手法と
in vitro
モデルに期待されているとされるが、我々の検討結果はそれらの手法では得られないデータ であり、今後の検討の端緒となることを期待している。こ れは、それらの二つの手法では得られない多くの乗り越 えるべき問題があるとの Nicholsonらの見解と合致して いる7)。
特に、必須脂肪酸の多様な効果を考えると今後の研 究の進展が期待される。
図4 肝癌患者における便中フローラと有機酸濃度および血中脂 肪酸の関連
肝硬変群でEPA, EPA/AAとCandida、DHAとLactobacillusが正の相 関を、AAとEnterobacteriaceaeは負の相関を示した。また肝硬変群で は認められなかったFFAとEnterobacteriaceae, Bifidobacteriumが慢 性肝炎 /肝線維症群で負の相関を示した。
, 便中フローラと有機酸、○ , 血中脂質および脂肪酸、実線 , 正の相 関、点線 ,負の相関を示す。A, 正常肝群、B, 慢性肝炎 /肝線維症群、C, 肝硬変群.
* p < 0.05、** p < 0.01ピアソンの相関係数,
Bact, Bacteroidaceae; Bifi, Bifidobacterium; Lact, Lactobacillus; Enteroba, Enterobacteriaceae; Enteroco, Enterococcus; Cand, Candida; C1, ギ酸 ; C2, 酢酸 ; C3, プロピオン酸 ; C4, 酪酸 ; AA, アラキ ドン酸 ; EPA, エイコサペンタエン酸 ; DHA, ドコサヘキサエン酸 ; FFA, 遊離脂肪酸 ; PL, リン脂質.
文献17)より引用
図5 正常群でのBifidobacteriumとEPA、EPA/AA比の相 Bifidobacterium関関係 とA. EPA、B. EPA/AA 比の関係
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