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建築の耐震技術と地震被害

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Academic year: 2021

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宮 本 裕 司

Yuji MIYAMOTO

1956年3月生

京都大学工学部建築学科卒業(1979年)

現在、大阪大学大学院工学研究科 地球 総合工学専攻 建築部門 教授 工学博 士 地震工学、耐震工学、地震防災 TEL:06-6879-7634

FAX:06-6879-7634

E-mail:miyamoto@arch.eng.osaka-u.ac.jp

建築の耐震技術と地震被害

Seismic technologies of structure and lessons from earthquake damages Key Words:earthquake damage, great earthquake, 

seismic technology, base isolation

1.はじめに

 1995 年阪神・淡路大震災から 16 年、2011 年 3 月 11 日に東北地方太平洋沖でマグニチュード9の巨 大地震が発生し、東北から関東地方にかけての広い 範囲で甚大な被害を受けた。この東日本大震災では、

陸上では最大震度7の激しい揺れが起き、北海道 から九州まで揺れを感じた。揺れの継続時間は長く、

東京・新宿の超高層ビルでは 10 分間を超えて揺れ が続いた。著者は阪大の吹田キャンパスにある建物 の 7 階に居たが、大きい揺れと長い継続時間に東海 地震が発生したものと頭を掠めたほどである。さら に、その後に続いた巨大津波によって、岩手県から 茨城県の沿岸部では壊滅的な被害を受けた。福島第 一原発はこの巨大津波による事故が原因で放射性物 質が飛散し、原発周辺の地域を汚染させた。本稿を 起こしている今、地震発生から 2 カ月が経とうとし ているが、巨大津波による行方不明者の数は依然と して多く、放射性物質による汚染や頻繁な余震の発 生によって、未だ歴史的な被害の全容は明らかにな っていない。

 建物の震災調査についても、5 月に入りやっと本 格的に始まったばかりで、被災を受けた建物の正確 な被害情報もつかめていない。このようなことから、

本稿では神戸を中心に甚大な被害をもたらした阪神・

淡路大震災後の耐震技術の進展と課題をまとめる。

さらに、現時点で考えられる東日本大震災から学ぶ べき教訓を述べ、関西において近い将来に必ず来る 大地震での被害軽減に活かすことで、多くの犠牲者 への何よりの鎮魂としたい。

2.二つの大震災

 二つの大震災が日本の地震工学、耐震工学に与え る影響は大きく、建築構造を研究する者にとって多 くの反省と教訓を残している。阪神・淡路大震災は、

関西において大地震が発生しないという一般の思い の中で、都市直下の活断層が動いた直下型地震によ り発生した。地盤の大きな揺れは約 10 秒間と短か ったが、その波形は 2 〜 3 波の大振幅でパルス状の 衝撃的なものであった。それにより、都市に建つ多 くの中低層建物が崩壊し、人工島の埋立て地では液 状化が発生して基礎構造が破壊された。また、在来 の木造住宅も多数倒壊、炎上し多くの犠牲者を出し た。そのような背景のもと、地震被害軽減に向けた 多数の国家プロジェクトや民間機関での研究開発が 行われた。

 一方、東日本大震災は、西日本で東海・東南海・

南海地震の 3 連動が高い確率で発生するであろうと 危惧される中で、東北地方太平洋沖を震源とする巨 大地震によって発生した。この海溝型地震による地 盤の揺れは 3 分以上も続き、震源に近い場所で 3000gal に近い大加速度の記録が観測された。しかし、

総じて振幅レベルは耐震設計で想定している大地震 相当のものであった。建物の被害は地盤の揺れによ って全壊した建物は限られていたが、何らかの構造 的な被害を受けた建物は数え切れない。また、震源 から離れた東京では長周期地震動によって超高層ビ ルが大きく揺すられ、東京湾岸の埋立て地では大規 模な液状化が発生して戸建て住宅が不同沈下し、イ ンフラは破壊され、ライフラインは寸断された。

震災特集

(2)

図3 西日本の活断層と南海トラフの震源域 図2 K-NET、KiK-net の観測点2)

図1 地震断層から建物応答までの一貫評価

− 19 −

 このように二つの大震災は、意表をついた場所で 異なる特徴をもった対照的な震源によって起こされ たものである。

3.阪神・淡路大震災後の耐震技術

 兵庫県南部地震での被害を受けて、被害軽減に向 けた建築の耐震技術は確実に発展してきた。耐震技 術としては、図 1 に示す地震断層から建物応答まで を一貫して捉えるため、個々の要素技術の高度化を 目標としたものである。その中でも、①建設地点 における強震動予測と建物への有効入力地震動の評 価、②建物応答低減のための免震・制震技術の開 発と普及、③耐震改修工法の開発と公共建物の耐 震化促進、④大型振動台実験等による実大構造物 モデルの耐震性能評価など、が主要な成果として挙 げられる 1) 。ここでは、これらの中で、①と②の耐 震技術について見てみる。

3. 1 強震動評価技術の現状と課題

 兵庫県南部地震後には、地震による地盤の揺れを 直接観測して地震発生の元となる震源の特性化や、

震源から地表までの伝播特性と表層地盤の増幅特性 を明らかにしようとする研究が高まった。これは、

防災科学技術研究所によって始められた図 2 に示す 日本全国での強震観測網(K-NET、KiK-net)によ る観測体制の整備と観測データの公開である 2) 。こ の観測網は現在では約 1,700 地点にまで達し、強震 動の予測技術の高度化や構造物への入力地震動の特 性解明に利活用されている。もちろん入力地震動の 研究開発は、地域での活断層の調査と長期評価や、

深部地盤の構造と表層地盤の物性値のデータベース

化が目覚ましく進んだことにもよっている。

 このような地震観測と地盤構造モデルのデータベ

ース化と理論強震動予測技術の進展が相俟って、地

域ごとの建築物の耐震設計に採用すべく設計用入力

地震動(サイト波)が提示されてきている。大阪地

域においても、図 3 に示す南海トラフ沿いの海溝型

地震として東海・東南海・南海地震と、大阪都心部

を走る上町断層帯による活断層地震を想定した地震

動が設計用として公開され、地域ごとの被害想定が

なされている 3)-5) 。しかしながら、実際の大震災で

経験した建物の被害は、かなりローカルな地盤状況

に支配されている。これは、建物に入力し被害を起

こす地震動の強さは、建設地点の深い地盤構造と表

層地盤に影響されるからである。図 4 は上町断層帯

の断層を横切る千里丘陵、中之島、堺の 3 地点の深

部地盤の東西断面と、図 5 は上町断層帯地震が発生

した時の地盤断面上での地震動の最大加速度値の予

測を示している 6) 。このような深部地盤の不整形性

(3)

図7 免震建物の棟数10) 図6 免震、制震技術

図5 深部地盤不整形による地盤の揺れの違い

(千里地点)    (中之島地点)    (堺地点)

図4 上町断層帯沿いの深部地盤構造

によって地盤の揺れが局地的に大きくなることは、

阪神・淡路大震災において被害が集中した「震災の 帯」として現れた。また、この地震で震源から離れ た大阪府豊中市の限られた地域で多くの犠牲者が出 たが、深部地盤と軟弱な表層地盤が原因で被害が集 中して飛び地となったことが分かってきている 7) 東日本大震災において、地盤条件と建物被害の因果 関係についての検討はこれからになるが、大阪エリ アにおいて被害軽減や地域防災を考えて行く上で、

建設地点の地盤の成り立ちや地盤性状を考慮した緻 密な耐震対策を検討して行く必要がある。

3. 2 免震・制震技術の現状と課題

 耐震性を向上させる技術としては、図 6 に示す免 震、制震技術の開発は著しく進展した 1),8) 。免震建 物は、阪神・淡路大震災後は図 7 に示すように急激 に増加し、特に病院、防災拠点、公共施設や分譲マ

ンションに適用されてきた 9) 。制震建物も新築や制 震補強した件数は増え、特に超高層建物では、制震 装置を組み込むことが標準になっている 10) 。しかし、

阪神・淡路大震災後 16 年が経過した今、免震、制 震に関する新しい技術開発や、実建物への適用件数 の増加のスピードは鈍化しているのは事実である。

これまでの研究の継続だけでは今後の発展が期待で きない現状にある。まして、最近の強震動予測の理 論研究から提示される大振幅地震動や長周期地震動 に対して、高度な耐震性と裕度評価が必要とされる 重要度の高い建物へ信頼性を持って適用していくた めには、現状の免震・制震技術では限界があり、新 しいアイデアを出して応答低減能力を高める必要が ある。

 ここでは、免震、制震技術の今後の発展に向けて 考えるべき課題についてまとめる。

 建物の耐震性能評価が、従来の大地震時に人命を 守り崩壊を許さないという設計規準に加えて、現在 では入力地震動レベルに応じた耐震性能の明確化と、

設備・機器類の機能維持の保障という緻密な性能表

示が要求されている。これに対応するためには、免

震・制震建物の応答解析モデルを高度化、高精度化

(4)

図9 免震建物の衝突による上部構造の応答

(入力加速度:949gal)

図8 免震建物の擁壁との衝突

− 21 −

するとともに、応答低減効果の検証を行っていく必 要がある。そのため、大都市仙台市には免震建物や 制震建物が多く建設されており、これらの建物が東 日本大震災において設計時に考えた低減効果を実際 に発揮したのかどうかの検証結果を出来るだけ速や かに公開して、これからの改良や普及に繋げること が是非とも必要である。

 一方、現在大阪地域で想定されている予測地震動 の大きさは、東日本大震災における地盤の揺れに比 較して遥かに大きい。先述のように地震動研究と広 域な地盤モデルのデータベース化によって、強震動 予測技術が進み、特定サイトに想定される海溝型地 震と内陸直下型地震の地震動特性が明らかになりつ つある。そして、海溝型地震による継続時間が長い 長周期地震動や、直下型地震による大振幅パルス地 震動に対する免震・制震建物の応答低減効果の限界 が明らかになってきている 1), 11)

 その一つの問題として、上町断層帯地震が起こっ た時には図 8 に示す免震建物と周囲の擁壁との衝突 問題が懸念されている。このような衝突時には図 9 に示すように上部構造に高加速度の応答が生じ、免 震効果が発揮されなくなる。その対策として、免震 層に大きな変形クリアランスを確保する必要がある が、敷地の有効利用の観点からは不経済となる。そ のため、衝突による衝撃を吸収するような擁壁を開 発して、衝突を許容するような設計を可能とするこ とも必要となる 12) 。また東日本大震災において東 京の超高層ビルは大きく揺すられたが、その長周期 地震動の入力レベルはそれ程大きくなかった。震源 が近い地震でさらに大振幅の長周期地震動が入力さ れた場合に、どれほどの効果を発揮できるのかを事 前に公表しておくことも必要となる。 構造安全性 に加えて機能維持を確保するための免震、制震技術 の新しいものとして、3 次元免震、可変減衰ダンパ ーや MR ダンパーを用いたセミアクティブ制震技術 などが報告されてきているが、適用建物を拡大する にはまだまだ時間を要する。また、これらの新しい 技術は、従来のものと同じ上部構造に何らかの装置 やメカニズムを付与して応答低減を図るものである ため技術的な開発の余地が限られている。上部構造 の応答低減(入力低減)を地盤−基礎構造と一体と した斬新なアイデアで実現するような開発の方向も 考える時期に来ている。

 このように、建物の応答低減と機能維持を目的と した技術開発は、阪神・淡路大震災後の開発を第一 期とすると、現在足踏み状態にあることは確かであ る。この度の東日本大震災での検証をさらなる技術 革新の足掛かりとすべきであり、今こそ、新たな観 点と斬新なアイデアで研究開発を進め、このような 現状をブレークスルーする節目にある。

4 . まとめ

 阪神・淡路大震災は、これまでの建築耐震設計の 考え方を見直す機会を与え、設計用入力地震動の設 定から応答低減技術の開発などの耐震技術を高度化 させた。また、既存建物の耐震改修を促進させ、地 域の地震防災を住民自らで考える土壌を養成したの は事実である。しかし、この際にほとんどの建物で 考えてきた地震の大きさは、建築基準法の守るべき 最低基準のものである。東日本大震災の教訓から、

最悪の状態を考えたリスク管理の重要性が叫ばれ、

(5)

耐震設計においても想定できるあるいは想定を超え た最大の地震に対する安全性が要求されるべきとの 声も有る。関西においては、上町断層帯地震や東海・

東南海・南海地震が逼迫している。想定外の事態を 社会でどのように受け入れ、被害軽減策を講じてい くのか早急に議論し実行に移して行く必要がある。

参考文献

1)  日本建築学会 :シンポジウム阪神・淡路大震   災を振り返り、 来たる大地震に備える−建築   振動研究に課せられたもの−、2011.3.7 2) 防災科学技術研究所:

  http://www.k-net.bosai.go.jp/k-net/  、       http://www.kik.bosai.go.jp/kik/

3) 中央防災会議:「東南海、南海地震等に関する   専門調査会」−東南海、南海地震について−、

  −中部圏・近畿圏内陸直下の地震について−

4) 大阪府(1997):大阪府地震被害想定調査報告   書、平成 9 年 3 月

5) 大阪府(2007):大阪府自然災害総合防災対策   検討(地震被害想定)報告書(概要版)、平成 19   年 3 月

6) 仲野一秀、宮本裕司:大阪の深部地盤の段差

  構造を考慮した強震動評価に関する研究、日   本建築学会近畿支部研究報告集構造系、2011   年 6 月

7) 山口陽司、仲野一秀、宮本裕司:兵庫県南部   地震における大阪府豊中市の地震動特性と被   害集中に関する研究、日本建築学会近畿支部   研究報告集構造系、2011 年 6 月

8) 小鹿紀英:制震・免震構造の開発と適用の現状、

  スペシャルテーマセッション「この 10 年の地   震工学の動向と発展」、第 13 回日本地震工学   シンポジウム論文集、STS2-10、2010.11 9) 免震構造協会運営委員会:2009 年度免震制振   建物データ集積結果、MENSHIN、No.69、

  2010.8

10)小堀鐸二:制震構造−理論と実際−、鹿島出   版会、2004

11)日本建築学会:長周期地震動と建築物の耐震性、

  2007

12)三木久美子、松本優資、島村 淳、柏 尚稔、

  宮本裕司:複合改良地盤を用いた免震建物の

  擁壁衝突時の応答低減に関する研究、日本建

  築学会近畿支部研究報告集構造系、2011 年 6

  月

参照

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