論 文
アソシエーション社会主義論の成立とその限界
一一ソ連型社会主義の崩壊と『共産党宣言』の未来社会論一一
小 松 善 雄
I .
はじめに一一ソ連型社会主義論争によせて一一
2 0
世紀は,その前半,1 9
世紀初頭,資本主義が帝国主義段階に入ったことを経済的基礎とし て,政治的には,初めての植民地再分割をめぐる帝国主義戦争1 8 1 4
〜1 8
年の第一次世界大 戦,1 9 3 3
年,日本の天皇制軍部により引き起こされた満洲事変,つづく1 9 3 9
年ドイツファシズ ム(正確には独ソ不可侵条約におけるヒトラー,スターリンの共謀によって)より引き起こさ れたポーランド分割を引き金とする,第二の帝国主義戦争一一太平洋戦争,第二次世界大戦が 相継ぎ,経済的には1 8 7 2
年恐慌後の世紀末大不況からはい上がった後の1 9 0 7
年恐慌,1 9 1 3
年恐 慌,戦間期にあっては1 9 2 0
年恐慌,さらには1 9 2 9
年世界大恐慌を契機とする帝国主義段階にお ける国家独占資本主義への体制移行と1 9 3 7
年恐慌後におけるその定着というようにみてくると,まさしく〈戦争と恐慌〉の時代であったということができる。その激動のうちから
1 9 1 7
年,ロ シアでレ一二ンに率いられたボリシェヴィキ党により1 0
月草命が成功,1 9 3 0
年代にはスターI}ンによる農業集団化と第一次,第二次五カ年計画により社会主義が勝利したとされ,第二次世 界大戦末期におけるソ連の東欧進攻と反ファシズム・レジスタンスの交錯するなかから,東欧 における社会主義への移行が進められた。
しかし,
2 0
世紀の後半,資本主義は旧植民地・従属国における民族独立運動の盛り上がりに より重大な打撃を被ったにもかかわらず,いわゆる先進国全体としては,その歴史を通じて相 対的にもっと高い経済成長を達成したが,いわゆる社会主義諸国は,外延的発展の時期を過ぎ て集約的発展の時期に入ると,成長が停滞,ついに社会経済体制の優劣の究極の尺度である一 人当たり労働生産性において先進国を凌駕できずに敗北,1 9 8 0
年末期から9 0
年初頭にかけて,民衆一一労働者・市民による民主革命,市民草命遂行のうねりのなかで崩壊するにいたる。
1 9 1 8
年以降のいわゆるソ連型社会主義の建設が2 0
世紀最大の歴史的実験であったとすれば,その終意もまた,今世紀最大の歴史的出来事の一つである1)。そこで,とりあえずそのクロニ クルを追っておこう。
1 9 8 5
年3
月11日,ソ連邦共産党書記長にゴルバチョフ就任。8 6
年6
月1 6
日,中央委員会総会で,ゴルパルチョフが「全社会の深刻なペレストロイカ」の過程が始まっ ていると,ペレストロイカの本格的推進を宣言一一8 8
年3
月,コワレパチョフが「プレジネフ・ドクトリン」=社会主義共同体の制限主権論の放棄宣言。ポーランドで
8 9
年9
月1 2
日「連帯J
主導の初の非共産党系連立政権誕生。ハンガリーで同年
6
月6
臼,共産党と国民円卓会議開催,複数政党制への平和的移行を確認(
9 0
年4
月8
日,民主フォーラム首班連立政権成立)。東ド イツで8 9
年10月1 8
日,ホーネッカーが党書記長,国家評議会議長を辞任。 11月1 0
日,東独と西 独の国境〈ベルリンの壁〉開放。同年,チェコスロパキアのビロード革命一一−1 2
月10日,フー サク大統領辞任,共産党首班連立政権成立,2 9
日,ハベル,大統領に選出(9 0
年6
月2 7
日,市 民フォーラム主導の連立政権成立)。同年,ブルガリアで11月1 0
日,ジフコフが書記長辞任( 9 0
年1 2
月7
日,非共産党主導の連立政権成立)。ルーマニアで同年1 2
月2 0
日,チャウシェスク がテイミショアラの反政府運動に治安部隊突入,2 2
日救国戦線が権力を掌握,2 5
日チャウシェ スク夫妻処刑(9 0
年5
月2 0
日 イリエスタが大統領に当選)。ユーゴスラビア共産主義者同盟 が,9 0
年1
月分裂(9 1
年6
月2 5
日,スロベニアとクロアチア,独立宣言,9 2
年4
月27
日,!日 ユーゴ解体)。アルパニア共産党が,8 9
年1 2
月1 9
日,民主党を承認,複数政党制へ移行(9 2
年4
月4
日,民主党主導の連立政権成立)。9 0
年ドイツ再統−03
月1 8
日,東ドイツの自由選挙 でドイツ連合勝利8
月3 1
日,統一条約調印ー←10月3
日,統一ドイツ誕生。1 9 9 1
年8
月1 9
日,ソ連において「国家非常事態委員会」によるクーデター,
3
日間で失敗,エリツインロシ ア共和国大統領支持派が勝利,8
月2 4
日,ゴjレパルチョフ党書記長辞任〔ソ連邦共産党解体〕一 一
1 2
月8
日.エリツイン大統領,ウクライナとベラルーシとの「ブレスト宣言」で独立園家 共同体(C I S
)を創設一一1 2
月2 5
日,ゴルバチョフ,ソ連邦大統領を辞任〔ソ連邦解体〕。しかし,それでは,この
7 4
年をもって崩壊・終罵したソ連型社会主義とは,経済学的にいっ ていかなる体制であったのであろうか2)。当然ながら東欧・ソ連の民主革命・市民革命ののち,この問題が論議に付されたが,その把握に当たっては三つの見解が提出されている。一つは,
1 )拙論は,川鍋正敏教授の,最近年の論稿「ソ連は,なぜ,崩壊せざるをえなかったか」(『世界文学』
第
7 9
号,1 9 9 4
年7
月号)における「ソ連・東欧の社会主義崩壊の経済的・社会的な根本原因は,社会 主義ないし共産主義の理念・思想、と建設されつつあったその社会の現実の姿との聞に生じていたギャッ プの絶えざる増大にある」(2 7
ページ)という把握を受けて,改めてマルクスの「社会主義ないし共 産主義の理念−思想」とは何であったかを解明しようとする試みである。わたし自身の研究系譜から いえば『国家独占資本主義の基礎構造j(合同出版,1 9 8 2
年),「協同組合の本質論争と現代協同組合 論」(協同組合労働研究会編f
コープ・ワーカーズ考J
,労働勾報社,1 9 9 1
年)における問題意識を社 会主義・共産主義論の方向においていてコそう追求してみたいというそチーフに発している。2
)社会主義の崩壊=1 9 8 9
年一例年の事態について,塩川伸明氏は,つぎのようにいわれる。「先ず何 よりも,ソ連はともかくも社会主義の思想と運動から生まれたことを再確認しなくてはならない〔……
L
第二に,いわゆるソ連型社会主義が破産しただけでなく,種々の社会主義改革の試みもまた挫ソ連型社会主義を国家社会主義と把える見解,二つは,それを国家資本主義と把える見解,三 つは,いわば第三範曙説とでもいうべき見解で,前二者のいずれでもないとする見解である。
その論争は,当該のテーマにも大きく関連するところがあるので,当面,必要な限りでみて おこう。
まず,ソ連型社会主義z国家社会主義論は,ペレストロイカ期においてスターリン主義体制 を「行政的ニ指令的システム」と規定するソ連の経済学者の代表的見解であったが,
9 0
年代初 期の臼本においては重田澄男氏が,この見解を主題としてもっとも包括的な議論を展開してい るので,氏の『社会主義システムの挫折一東欧・ソ連崩壊の意味するものJ
(大月書店, 1994 竿)によって,その内容をみておこう3。)氏はまず,ソ連型社会主義を[中央指令型計画経済」,すなわち「基本的には,生産手段の 固有化による固有企業を基盤にして,中央計画当局による国民経済全体についての経済計画に 基づいて,中央からの行政指令的な官僚的管理によって経済運営をおこなう計画経済システムj (29ページ)と規定し,そこでの労働者は「事実上労働市場が形成されている
J
(53ページ)と ころから「賃金労働制という規定的性格をもつもの」(1 1 9
ページ)とみなしている。しかし,ソ連型社会主義がいかなる規定的特質をもつかは方法的にいって「生産過程」の特 質=「生産手段のとる形態規定性と生産過程における生産様式の特有のあり方j においてとら えなければならないとして ソ連型社会主義を,つぎのような特質をもつものとする。「ソ連 型社会主義の場合には,生産手段は国家的所有となっており,各固有企業の経営者は,中央計
折したことを確認せねばならない。ハンガリーの市場社会主義も,ユーゴスラヴイアの自主管理社会 主義も,中国の文化大革命期における大衆動員型社会主義も,全てが挫折してのである〔……]。『ソ 連型』だけでなく,そこからの離脱を意図した種々の社会主義改革が全て破産したことこそが最も重 要な点であり,そこに注目すれば,ソ連についてということを超えた社会主義そのものについての再 考が必至となる」(『社会主義とは何だったかj,動草書房, 1994年, 37‑38ページ)。
まさにその通りである。拙論では マルクスの「社会主義そのものについての再考」を通じてソ連 を生み出した「社会主義の思想と行動」を追跡していきたいと考えている。
3 )重回澄男氏の『社会主義システムの挫折
J
については,明石博行氏の「20世紀社会主義の実態と本 質をめぐる覚え書き一重田澄男著『社会主義システムの挫折』によせてJ
(『駒大経営研究J
第26巻第 4号, 1995年7月)による丁寧な紹介と批判的検討が行われている。行論との関係上,明石氏の論説 に若干ふれておくと,氏は,「国家的所有」を社会的所有の「特殊的な形態J(36ページほか)とみな しているが,少なくともマルクスの社会的所有は労働者の「直接的な共同的所有jのことを意味して いるのであって,社会的所有のうちに国家的所有を所属させその特殊的な形態と見る見方はなかった と考えられる。また「かれ(マルクスー引用者)の断片的な社会主義構想、が, 20世紀に人類が直面す る問題を解決できる具体的内容を含んでいない」(85ページ)と断言されているが,氏のマルクスの 社会主義構想についての検討は断片的で包括的な検討ぷ及んでいない点で,にわかに首肯しえない。なお,ここで併せて紹介する大谷禎之介氏の所説については,関根猪一郎氏も「社会主義と
f
資本 論j一一二つのキ士会主義論の批判的検討一一J
(高知短期大学『社会科学論集』第62号, 1992年1月) において吟味きれている。画当局によって決定された生産計画の達成を基本的目標として,労働者の雇入れも生産活動の 実行もおこなっているのである。したがって,賃金労働者としてのソ連労働者のおこなう労働 と生産活動は,けっして資本主義的賃金労働者のような資本によって支配され利潤獲得という 内的動機によって規定された資本家的生産様式の不可欠な内的構成要素としての意義をもって はいない。すなわち,ソ連型社会主義における生産様式は,資本としての生産手段によって利 潤獲得を内的に動機づけられた資本家的生産様式とは異なるものである。したがって,ソ連型 社会主義における労働者の存在形態が賃金労働制という規定的性格をもつものであるにしても,
資本主義的生産様式の内的構成要因としての資本主義的賃金労働者とは異なるものであるとい わざるをえない
J ( 1 1 9 1 2 0
ページ)。そしてこうした特質規定をふまえて,最終的に,ソ連型社会主義を「社会主義の一形態
J
=「共産党一党独裁による国家的専制あるいは国権的性格によって特徴づけられるものとして,
一党独裁型〈国家社会主義〉とでもいっていいもの」(
187‑188
ページ)という結論を与えて いる。つぎに,ソ連型社会主義ニ国家資本主義論を積極的に提起している,代表的な研究者に大谷 禎之介氏がいる。氏は,その主要論稿「『現存社会主義』は社会主義か
I .
(法政大学『経済志林』第
5 8
巻第3
・4
号,1 9 9 1
年3
月)において,現存社会主義が社会主義かどうかを理論的に判定 するためにはマルクスの社会主義論と対比させるべきであるという視角から「『共産党宣言J
『経済学批判要綱
J
『資本論J
『ゴータ綱領批判J
その他jで述べられている共産主義社会の「本質的要件」=「最小限の要件
J
を4
点にしぼる。第
1
は,「この社会が,自由な,ネ士会化された,労働する諸個人,したがって普遍的に発展 した諸個人のアソシエイション」であること,「要するに,その根本原理が各個人の自由な発 展にある,ということJ
,第二に,そのアソシエイションのよって立つ「基礎」が「生産手段 の私的所有一般がなくなっておりJ
(……)「生産手段は,連合した生産者の共有(……)となっ ており,彼らが生産手段を共同的に利用する,ということ」,第3
に,「労働する諸個人は,自 己の個人的労働力を社会的労働力として支出するという,労働,生産の共同性・社会性J
,第4
に,労働する諸個人・「生産者による生産過程の支配と計画的生産」(3‑4
ページ)。そしてこの要件から
3
つのコロラリーを導かれる。すなわち第1
に,「それは商品生産とは 正反対の生産形態であるということJ
,第二に,「いっさいの階級のない社会だということ」,第3に,「諸個人に対する外的な強制の機構としての国家は死滅する,ということ」(4ページ)。
この「本質的要件
J
=「最小限の要件」とそのコロラリーを基準にして,氏は,「現存社会 主義J
= 「1 9 3 0
年代に成立した,ソヴイエト的生産様式ともいうべき独自の生産様式J
を「独特の形態の国家資本主義」=「党・国家官僚権力のもとで,行政的・指令的・兵営的な諸 政策によって強行的に資本蓄積を推し進める,独特の型の国家資本主義であった。数百万人の 労働する個人の,生産手段どころか,生命を無法に奪いながら成立したこの生産様式が,なん
で,労働する諸個人が生産手段を共有し,それを自己のものとして利用するような生産様式だ と言えるであろうか」と把握し「レーニンが社会主義への移行の物質的前提の創出のために利 用しようとした国家資本主義というウクラードは,ソヴイエト連邦の社会システムを基本的に 規定するものに転化したのである」( 9' 11ページ)と生成過程を述べている。
この「独特の形態の国家資本主義」のもとにあって「国家資本は(……)工業においてはも ろもろの国営企業という形態で,農業においては多数のソホーズおよびコルホーズの形態で存 在し,それらがそれぞれ経済単位として機能していた。行政的・指令的計画経済のもとで機能 不全の状態におかれてはいたが,それらのあいだには商品の流通が,市場があった」,「『現存 社会主義
J
における商品と貨幣は,正真正銘の商品と貨幣である。そして商品と貨幣が存在す るということは,社会的分業のもとでの私的労働が行われていることを意味している」( 1 1 , 1 2
ページ)。大谷氏が,マルクスの共産主義社会の「本質的要件」=「最小限の要件」として挙げられて いる特徴的諸点は,わたしとしてもマルクスのそれはその真実像としてはアソシエーシヨン社 会主義・共産主義であったと考えるものであるから,異存はない。しかし,それらの要件を承 認することは,ソ連型社会主義が真の社会主義で、はなかったといえるとしても,そのことから 現在社会主義イコール国家資本主義ということに論理必然的にならなければならないのであろ
うか。
大谷氏の見解に対し,重田氏は,「現実把握と理論的観点の両方」に問題があるとして,つ ぎのように論評されている。まず現実把握の点については,商品流通・貨幣流通の位置づけを めぐって「ソ連型社会主義においては,『機能不全の状態』におかれていた『商品流通的市場j 原理が社会経済システムにとっての規定的原理であったのか,それとも『行政的・指令的計画 経済
J
原理のほうがソ連型社会主義の規制的原理となっていたのか」(1 2 7
ページ)と設問し,その「中央指令型計画システムのヘビイビアjからして「ソ連型社会主義においては,社会経 済システムの規定的関係としては基本的には『中央指令型計画経済』原理が貫徹しており,そ れに対して部分的・補足的に存在する商品経済関係的 f市場j原理は 『機能不全の状態にお かれる』ことになっていたのである」
(128‑129
ページ)といわれる。つぎに,理論的観点との関連で,ソ連に国家資本主義概念を適用しうるかどうかを問題とさ れ,まず氏自身の国家資本主義概念の説明を与える。「そもそも,『国家資本』としての固有企 業は,資本主義経済においては,民間の個別的資本と同様に国家が直接に生産的賃労働者を雇 い入れて産業資本家として機能するものであって,鉄道,通信,軍需産業,専売企業などにおい て資本主義のあらゆる段階に存在するものである。それは,社会的総資本を形成する個別資本 の一要素を形成するとともに,資本主義的国民経済を円滑に支障なく運動させようとする資本 主義国家の経済的能力を発揮するところの,国民経済としての資本主義的経済体制の利潤獲得 条件の維持と保障のための積杵として働くよう作用する役割を果たすものである」(
1 3 2
ページ)。国家資本主義をこのように理解して「ソ連型社会主義における国有企業のあり方についてみ ると,それは狭義においても広義においても利潤追求活動をインセンティブとした資本主義的 な資本の存在形態としての性格をもっ『国家資本』としての固有企業ではない
J
(133ページ)。したがって結論的にいって「中央指令型経済のもとでのソ連型社会主義における固有企業の 経営者は,私的企業の利潤追求を目的とした資本主義的企業経営者と違って,いわば国家的所 有をわがものとするノーメンクラツーラにおける中間的官僚に他ならないものである。ソ連型 社会主義における生産手段の直接的保有者としての固有企業は,国家によって決定された社会 的経済計画の達成の担い手としての国家企業であって,利潤追求によって動機づけられ規定的 性格を与えられる〈資本〉の体現者としての〈資本主義〉企業で、はけっしでありえない。それ は,〈国家計画達成的〉固有企業とでもいいうるものである」 (134ページ)と規定づけられる。
大谷氏の見解に対する重田氏の二重の観点からの論評は,説得的であって,ソ連型社会主義 は,まさに超中央集権型国家社会主義(
S t a a t s o z i a l i s m u s )
=国家独占社会主義であったとい ってよいと考えられる。しかも,ソ連型社会主義は,老エンゲルスが当時,地上に現実に存在 していた「国家社会主義の見本」←インドネシア(旧ジャワ)における1860年代のオランダの 植民地統治でとられた「強制栽培制度J ( C u l t u u r s t e l s e l
)の再版・拡大版といってもよいという意味においても,国家社会主義であったといいうるのである4。)
しかし,ソ連型社会主義は マルクス エンゲルス レーニンの社会主義・共産主議論をド 4)エンゲルスは,マニの『ジャヴァ,植民地経営法』 (1861年)に依拠して1860年代の強制栽培期の
「共産主義的村落共同体を基礎とする国家の手による生産の組織」を「註i家社会主義の見本」と呼ん でいる。
すなわち1880年1月18日付けのエンゲルスからベーベルへの手紙で,つぎのように告げている。
「もし君が国家社会主義の見本を研究しようと思うなら,ジャヴァがそれだ。オランダ政府が古い共 産主義的村落共同体を基礎にして全生産をまことにみごとに社会主義的に組織し,全生産物の販売を まことにたくみにその掌中におさめているので,役人や軍隊の給料のための約一億マルクのほかに,
なお,オランダの不運な国家債権者への利払い用として,年々約7,000万マルクの純収益があるほど である。これにくらべれば,ビスマルクはほんとうの子どもにすぎない」(全集第36巻, 80ページ)
また,同年2月16日付けのエンゲルスからカウツキーへの手紙ではより詳細な論述がなされている。
「いまはびこっている国家社会主義をジャヴァで実地に満開の花を咲かせている見本によって暴露す 労を,だれかがとってくれると,いいのですが。材料は全て法廷弁護士J・W・B・マニ著『ジ、ヤヴァ,
植民地経営法
J
ロンドン, 1861年,全2巻,のなかに見いだされます。それによれば,オランダ人が どのように古い共同体共産主義を基礎として国家の手で生産を組織したか,そして彼らの観念からす れば全く快適な生活を人々に確保してやったかが,わかります。その結果は,人民が原始的な愚昧の 段階にひきとめられ,そして年々7,000万マルクが(いまではおそらくもっと多くの額が)オランダ の国庫に流れこんでいるということです。この事例はたいへん興味ぶかく,そこから教訓をひきだす ことは容易です」(岡田ページ)。エンゲルスが「国家社会主義の見本」と呼んだジャヴァの強制栽培 制度についての研究として宮本謙介『インドネシア経済史研究一植民地社会の成立と構造』(ミネル ヴァ書房, 1993年)がある。とくにその第3章「19世紀中葉のジャヴァの土地制度」参照。そこでは 植民地から収奪した「純利益」=「植民地余剰」の統計数字も添えられている。クトリンとして社会経済体制の建設をおこなっていたのではないか,マルクス,エンゲルス,
レーニンの少なくとも社会主議論は国家社会主議論であったのではないか,したがってソ連型 社会主義の崩壊・終罵は,またマルクス,エンゲルス,レーニンの社会主義論の崩壊・終罵で もあるのではないかという疑問が提起されるし,現に,それはいわゆる「共産主義崩壊j論,
「科学的社会主義樫祈」論として主張されている。
だが,こうした「共産主義崩壊」論,「科学的社会主義挫折」論はどこまで妥当性を主張で きるものであろうか。このさい,想起されてよいのは1956年のソ連共産党第20回大会における フルシチョフの秘密報告におけるスターリン批判,その後の中ソ論争とその激化という動向の うちから,マルクス・ルネサンス一マルクスの思想・理論の原像を再発見しようとする努力が 1960年代中葉から1970年代中葉において世界的にも日本においても興隆し,マルクスの未来社 会論についても,その原型はアソシエーションを基軸にすえた社会主義であることが確認され てきていることである5)。もっとも,そのアソシエーションは実体=経済組織としては何であ
5 ) 1970年代以降のアソシエーション社会主義の研究動向については,杉原四郎「社会主義の思想的原 点を求めて」(『アソシアシオンの想像力一初期社会主義思想への新視角
J
,平凡社, 1989年)参照。また,マルクスのアソシエション論については,西田照見「将来社会についての自治的連合体の構想 と終末論的発想の残基
J
(前掲「アソシアシオンの想像力』第 7章),田畑稔『マルクスとアソシエ}ション マルクス再読の試み』(新泉社, 1994年)などを参照。
とくに田畑氏の著書は,はじめてマルクスのアソシエーション論をほぼ全面的に検討し,『独立し た書物1(同, 9ページ)にまとめたもので,拙稿も,氏の個人的所有の再建論などを除いて,多く の示唆を得ている。氏の著書と拙稿との闘逼についていえば,拙稿は,マルクスの協同組合論に焦点 をあててアソシエーション社会主義が協同組合社会主義へと具体的に結実化されてゆく,その歴史的 形成過程と協同組合社会主義の理論的構造をより詳細に論究しようとして意図する点で\方法,視角 を異にしている。
ところでアソシエーション(「〔英〕association〔独〕Assoziatian〔仏〕association〔露〕As sotsiatsiya)は,一般に,何らかの目的と利益の共通性にもとづいて自覚的に結びついた自由な連 合体を意味するが, 19世紀においては,いかなる意味内容を包含していたのであろうか。これについ ては石塚正英氏が,前期『アソシアシオンの想像力』の『まとめに代えてー落穂拾い,あるいは今後 の展望」において, 1890年にロシアで出版された『ブロックハウスニエプロン版百科事典』第2巻か ら,つぎのような概念内容をもっていたと紹介されている。アソシエーションは「国家,共同体,身 分,ギルドといった強制的な社会的結合にではなく,参加者の自由な同意に基づいた結社と規定され ている。このアソシエーションは,こっの範鴎に区別される。/第会の範障は,とくに『結社』と呼 ばれる『特定の社会集団の政治,公益,宗教,慈善のための諸利害あるいは一般的な諸利害を追求す る』ものである。/第二の範鴎は,『私的な経済的アソシエーション』と呼ばれるものであり,市民 的契約ないし特別立法に基づいて設立される企業であり,主として社会主義理論家によって研究され
『協同組合』として具体化されているものもそこに含まれる。/『アソシエーションの社会主義的理 念は,次のような仮説に立脚している。すなわち,経済的な生産と分配は,奴隷制度の下でかつてあっ たような強制に基づくのではなく,また無制限の競争と資本の優位の下での自由な交換の体系に基づ くのでもなく,社会的な諸契約に基づかなければならない。その社会的な諸契約によって個々の参加 者たちは,同等な権利をもって自己の資本ないし労働を投下し,共同生産の収益を互いに分配するの
るかに関して,現在にいたるまで共通認識は確立されていない。
わたし自身は,とりあえずマルクスの社会主義論に眠っていえば,すでにふれたように,国 家社会主義の全くの反対物であるアソシエーシヨン社会主義であり,これから論証していくよ うに,土台,生産様式に関していえば協同組合社会主義(
G e n o s s e n s c h a f t s s o z i a l i s m u s
)であ り,t
部構造・国家論においては超中央集権制ではなくコミューン制一ーしたがって,一言で いえばコミューン制協同組合社会主義論であったといってよいのではないかと考えている。しかし,マルクスのコミューン制協同組合社会主義論は,『ヘーゲル法哲学批判序説』から
『共産党宣言
J
にいたるいわゆる初期マルクスの思考段階ですでに完成されたものとしてあっ たのではなく, 1848年のヨーロッパ革命後のイギリスの協同組合運動を経験的素材として、[経済学批判要綱
J
,『資本論j第1
巻発刊を画期とする中期マルクスにおいて,その基本骨格 が形づくられ,後期マルクスにおいて『フランスの内乱』,『ゴータ綱領批判』などをもって完 成されたものとみなしうる。したがって,拙論では,マルクスのコミューン制協同組合社会主 義論の形成史を上部構造・国家論と土台・生産様式論の二つの側面から追跡するとともに,完 成段階におけるその理論的構造を解明することに課題を設定してみたい。I I .
マ ル ク ス の 社 会 主 義 論 は 国 家 社 会 主 義 論 かさて,マルクスの社会主義・共産主議論が,本来,どのようなものであったかを解明するま えに,それが何でなかったかについて,いま少し明確にしておかなければならないであろう。
というのは,ソ連の「科学的共産主義」論,いわゆるマルクス・レーニン主義にあっては,マ ルクスが国家社会主義論の立場にたっているとみる理論家が主流であったL,反面,それと対 立するはずのいわゆる改革派共産主義にあっても,市場社会主義論を唱える理論家においては,
マルクスを「一国一工場」構想にたつ国家社会主義論者に仕たて上げているという奇妙な共同 戦線が結ばれ,わが国の旧社会主義経済学の研究者にあっても,その見解がいまなお主流を占 めているからである6。)
である。このようにして,主人と奴隷ではなく,資本家と雇用労働者でもない,向等の権利をもった 社会の成員,つまりアソシエーションの成員が獲られるのである。/もし,共同生産が,共同生活と も結びつき,収益の分配がく必要に応じて〉おこなわれるならば,すなわち提供された労働ないし資 本の投下の違いに関わりなく行われるならば,そのような形態のアソシエーションは共産主義的アソ シエ}ションと呼ばれる
J
〔……〕。同辞典は,以上のアソシエーションについて,その無限の多様性 を指摘するとともに,それらを概括して, fあらゆる種類のアソシエーションは,政府に対して公然 となっていなければならないjと述べている。」(311‑313ページ。但し,本文のアソツイアーツイア をアソシエーションに統一)。6)現代の共産主義の諸潮流についての「科学的共産主義」,「改革派共産主義jなどの呼称は, W・ レ オンハルト『岐路に立つ共産主義』(原題『マルクス主義の三つの分岐ーソピエト・マルクス主義,
毛沢東主義および改革派共産主義の起源と発展j,初版, 1970年。第2版, 1975年, 高橋正雄・渡辺
( 1 )
ヤコブレフの社会主義理解「科学的共産主義」=マルクス=レーニン主義のかつての理論家の代表的な一人に,旧ソ 速の世界経済国際関係研究所の所長の職をへて,ゴルバチョフ政権のもとで大統領首席顧問と してペレストロイカ(建て直し,改革)・グラースノスチ{情報公開)・新思考外交を構想し実 践に移させた左きれるヤコブレフがいる。ヤコブレフは
1 9 9 2
年,『マルクス主義の崩壊j(原 題『まえがき,崩壊,あとがきJ
,井上幸義訳,サイマル出版会,1 9 9 4
年)において,マルク ス主義=生産手段完全国有化論とみたてて,以下のように断罪する。「
7 0
年にわたるロシアの発展の経験が証明しているのは 計画経済,社会化された経済とい う方法では,労働の生産性,労働の文化,テクノロジーにおける先進諸国からの立ち後れを克 服することはできないということだ。換言すれば,個々の立ち遅れでなく,現象としての,慢 性的状態としての後進性は克服できないということだ。/社会主義建設の出発点とされた生産 手段の完全固有化は,破滅的な結果をもたらすことがはっきりした。実は,生産業務が計画ど おり実行され,集中化され,調整されるのは大工場の特穫であって,国家の規模で再現されう るもので、はなかった。管理の対象が無限に拡大することはありえないのだ。( .・.H・)/生産の国 有化によって,管下機関はイニシアチブを急、速に弱め,労働の結果に対する直接的責任から解 放された。わが国の発展に特徴的な超中央集権化の結果,人びとの経済活動に関わる決定は,その採択に必要な情報をもっているレベルより主段階か四段階(時にはそれより)上のレベル で生み出される,ということになった0 /生産手段の直接的社会化は,市場の自然力のコント ロールという問題を解決することもなく,それどころか市場そのものを破壊した。その結果,
経済でも政治でも官僚主義的独裁が生まれた。今日の状況における,個人の利益と社会の利益 文太郎訳,読売新聞社,
1 9 7 7
年)を採用している。なお,レオンハルトは,マルクスの未来社会論に ついて,以下のような見解を提示している。「マルクスとエンゲルスは,未来の階級なき社会につい ては,全然あるいはほとんど発言していないと,広く考えられている。しかし,これはあたらない。たしかに彼らは,彼らの追求する社会体制の詳細については,書いていない。これは,そんなことが ユートピアにすぎないと,彼らが拒否したがためである。またもっぱら階級なき社会について論じた,
まとまった本もない。しかし彼らは,僧々の発言や,優に三十を超える各種の著書のなかでは,新社 会の経済上,社会上,政治上の特質については,いろいろな指標を挙げている
c
...つ。経済面では,新社会は,生産手段の社会的所有を基礎としている。しかしこれは,必ずしも国有イとした経済の意味 ではない〔H・"'
J o
マルクスとエンゲルスは,『社会が公然とそして直接に生産諸力を掌握するJ
とい う定義づけをしているが,このなかには,中央的な国家経済を考えたのではなく,むしろ協同組合的 経済組織,すなわち自由な生産者たちの連合社会を考えていたのである」(44‑45ページ)。たしかにマルクスは社会科学者としていわゆる青写真主義を採っていない。しかしマルクスは未来 社会の細部にわたる「青写真」は残さなかったが,「見取図J.「設計図jは残しているのであって,
これまでマルクスが「青写真
J
を禁欲したという点にのみ着目して,「見取図J
,「設計図」がいかな るものであったかについての立ち入った考察,研究がネグレクトされてきたといえる。ともあれ,レ オンハルトが,1 9 7 0
年の時点でマルクスの社会主義を事実上,.協同組合社会主義ととらえていた点は 言及に値する。との直接的な結合形態はそれ自体,過去における固有化と没収(必ずしも物的形態とは限らな い)とは別の形で考えられなければならない。このことは明らかである。( .・.H・)/土地の集団 化と固有化は,予想、に反して,わが国の土地の荒廃と略奪的利用をもたらした主因のーっとなっ た。農村の脱農民化というとんでもない犯罪行為が行われたばかりか,国民の生活様式そのも のや心理・モラルにおいても取り返しのつかないようなことが実行された。/生産手段の私的 所有の克服自体が,個人の精神的向上をもたらすことはなかった。それどころか,実は,エコ ロジーと経済に関する思考が失われた状況では,そもそも社会の健全な精神状態はありえない ものだ、った。モラルは,商品社会文化の不可分の要素であり,このモラルの基礎をなすのは選 択の自由という同じ原則である。もっと高尚な共産主義的モラルのために,道徳というありふ れた規範を捨て去ろうという試みがもたらしたのは,破局的な結末だ、った」
( 1 4 3 1 4 5
ページ)。たしかにソ連型社会主義の破局的結末は,氏が告発される実態的断面を含むものでもあった であろう。しかし,氏は,マルクス主義・科学的社会主義が一「科学的共産主義」=マルクス・
レーニン主義にあってはそうであったとしても 完全固有化論・国家社会主義を主唱したとい うことに関しては,この著書のどこでも立証を与えていないのみならず,その立証への一片の 努力すら払われていない。したがってこの著書は「ソ連共産党のイデオロギ一部門の総帥をつ とめたヤコブレフが,彼自身信じていたマルクス主義,さらにはマルクス主義の実子としての ポリシェヴイズムとは何であったかを,ソ連・ロシアの学者として初めて明らかにしようとし た告発と告白の書」(訳者あとがき, 327 328ページ)ではあるにしても,マルクスの本来の 社会主義・共産主義論への理論的批判にはなっていないといわざるをえない。
( 2 )
プルス唱セルツキーの社会主義理解マルクスの社会主義論が国家社会主義論ではないかという点に関して,最初にその理論的立 証への問題提起をしたのは,改革派共産主義・市場社会主義論の代表的理論家の一人であるプ ルスである。プルスは,『社会主義経済の機能モデル』(鶴岡重成訳,合同出版,
1 9 7 1
年)にお いて,社会主義経済の機能の諸原則の諸問題にかかわって,マルクスは,次のような構想を提 示したという。「社会主義経済の機能の諸原則に関する問題にもっとも多く資料を提供してくれる分野は,
マルクスによって(一部はエンゲルスによっても)なし遂げられた,資本主義的生産の規制者 としての価値法則の役割の批判的分析である。自然発生的な,経済全体からみて高価な社会的 分業の形成過程,価値法則の作用を媒介として一商品の生産に要する個別的な支出が社会的に 必要な大きさにたちむかう過程を提示して,マルクスはこの事後的な規制形態を,生産手段の 社会的所有に基礎をおく経済における意識的な事前的な規制といくたびも対比させている。/
マルクスはそのさい,組織された社会の規制における分業の意識的規制とー企業内の分業の規 制のあいだに生ずるアナロジーを,とくに強調する。
『作業場内の分業ではア・プリオリに(事前的に)計画的に守られる規制が,社会のなかで の分業では,ただア・ポステリオ1)に(事後的に),内的な,無言の市場価格の晴雨計的変動 によって知覚される,商品生産者たちの無規律な恋意を圧倒する自然必然性として,作用する だけである。マニュファクチュア的分業は,資本家のものである全体機構のただの手足でしか ない人びとにたいして資本家のもつ無条件的な権威を前提する。社会的分業は独立の酪品生産 者たちを互いに対立させ,彼らは,競争という権威のほかには,すなわち彼らの相互の利害関 それは,ちょう と動物界でも万人に対する万人の戦いがすべての種の生存諸条件を多かれ少なかれ維持して
どんな権威も認めないのであって,
係の圧迫が彼らに加える強制のほかには,
いるのと同様である。それだからこそ, マニュフアクチュア的分業 終生にわたる労働者の細 日作業への拘束,資本のもとへの部分労働者の無条件従属を,労働の生産力を高くする労働組 織として賛美するブルジョア的意識が,同様に声高く,社会的生産過程のあらゆる意識的・社 会的な管理および規制を,個別資本家の不可侵の所有権,自由, 自立的な『独創性』の侵害と
して非難するのである。
工場制度の熱狂的な弁護者たちが,社会的労働のどんな一般的な組織にたいして,それは全 社会を一つの工場に転化するものである,という以上にひどい呪いの言葉を知らないというこ とは,まことに特徴的である j(社会科学研究所監修,資本論翻訳委員会訳『資本論
J
,新日本出版社,③, 618ページ。訳文は若干,変更。以下,社研版と略す)。
分業の原則jの点で社会全体を一つの工場にしてしまうという展望は, マルクスにとってなん ら突拍子のないことではない(……)/私の思うに, この点にマルクス主義的資本主義分析か ら生まれる,第
1
の,社会主義計闘の組織にとってきわめて本質的な手がかりがある。そのな かに,他のすべてのものも,本質的にはふくまれる」(29‑31ページ)。みられるようにプルスは,『資本論j第1巻第4編「相対的剰余価値の生産j 第12章「分業 とマニュファクチュア
J
における, このl節, とくに「工場制度の熱狂的な弁護者たちが,社 会的労働のどんな一般的な組織にたいして, それは全社会を一つの工場に転化するものである,という以上にひどい呪いの言葉を知らないということは,まことに特徴的である」と一旬をもっ てして,これを社会主義において「分業の原則の点で社会全体を一つの工場にしてしまおうと いう展望」であるとみなし,かつまた「マルクス主義的資本主義分析から生まれる,第
l
の社 会主義計画の組織」にとっての「きわめて本質的な手がかり」であるとするのである。さて, マルクスは
f
一社会一工場転化」論をもって社会主義の「展望J
を想定していたとい うプルスの所論は, ラドスラフ・セルツキーに継受されて,マルクスの「一国一工場」構想と 命名される7)0セルツキーは『社会主義の民主的再生』(原題『マルクス主義・社会主義・白7)西村可明氏は f現代社会主義における所有と意志決定j(岩波書店, 1986年)においてセルツキー に依拠して「第3重量 マルクスの社会主義像
J
で,マルクスの未来社会論は「不明確jで「整合的で由一労働者管理システムの一般的民主主義理論のために−.I,1979年,宮鍋臓・西村可明・久 保庭真影訳,青木書店, 1983年)において,市場を廃止するためには「市場の前提条件
J
=「
(1)社会的分業,(2)希少性,(3)生産者の自律性の一部」を廃止する必要があるが,マル クス主義的構想、にあっては,第一の「杜会的分業」も第三の「希少性」も廃絶する展望がない まま,第三の前提,「生産者の自律性」を廃止しようとするものであるとする。「したがって,
もしも商品生産と市場諸関係の基礎である社会的分業が意識的人間的介入によって廃止できず,
そのうえ資源や財貨の希少性が見通しうる将来において廃絶できないとすれば,その場合には せめて市場の第三の前提,生産者の自律性を魔止することが必要になる。生産者の自律性を廃 止する伝統的マルクス主義的方法は,固有化によって生産手段の私的所有を収奪することであ る。/こうして,解決は存在するのである。しかし消滅していない社会的分業はどうすべきな のか。生産者閣の市場的な諸関係と粋にとってかわるものとしては,何があるのか。供給者と 受領者との問の新しい伝達システムと新しいフィードパックは,どのようにっくりだすべきな のか」(18ページ)。
すなわち,セルツキーは,社会的分業を消滅させるために,マルクスは国有化という方法に 訴え,ために生産者の自律性を犠牲にしたとみなし,プルスが引用したのと同一箇所を引用し ていう。「こうして,有名な−−−国一工場の構想、は生まれた。マルクスはこの構想、の明示的立案 者ではなかったけれども,彼はたしかにその精神的な生みの親ではあったのである」(21ペー ジ)。
しかし,「市場の廃止は,同時に,平等と自由の経済的基礎の廃止である」(
3 0
ページ)から,マルクスは「市場を廃止しないならば,人間をその物象的依存性から解放することはできない。
市場を廃止すれば,人聞の人格的独立性を維持できない」(34ページ)という「ジレンマ」に 陥る。のみならずマルクスの経済的土台における「一回一工場j構想は,上部構造・政治領域 に関するマルクスの共同体論=「分権的な共同体型政治組織j論ともジレンマにおちいるので ない
J
(49ページ)とみなし,社会的生産の調整システムの構想についてマルクスには「連合体構想J
=「協同組合構想」と「一国一工場構想」の二つがあるとされ,それぞれの難点を検討したのち,
結論的に「マルクスの見解においては『連合体構想jの不明確な点を『一回一工場構想』が補定す るかも知れないと期待する余地が残されていたが,こうして両構想は統ーされえないことがわかるj (60ページ)といわれている。
このマルクスにおける社会主義二「一国一工場」構想という論点の問題性については,すでに,
山口勇氏が「『市場と計画j論議によせて一「直接的に社会的な労働」論の検討を中心として」(経 済理論学会編『経済理論学会年報』第29集,青木書店, 1992年)において,協同社会的社会主義の 立場から「『全社会を一つの工場に転化するであろうjという『非難の言葉」は『ブルジョア的意識』
の言語的表現」にほかならないものであって「『資本論』の誤読」(169ページ)と指摘されている。
氏は,さらに「『一国一工場構想jとエンゲルスーエンゲルス社会主義論の根本問題
J
(杉原四郎・降旗節雄−大薮龍介編『エンゲルスと現代』)(御茶の水書房, 1995年)において,前記「『市場と計 画』論議によせて
J
における「一国一工場」構想批判の論述を四点に愛理されている。あって,「ジレンマ」を避けようとすれば「マルクス主義の実質的修正」が「不可避
J
(119ペー ジ)であると結論づける。しかし,はたしてマルクスは,プルス,セルツキーのいうように社会主義=「一回牟工場」
構想なるものを考えていたのであろうか。たしかにプルスがいうように,『資本論
J
の前引の 箇所において,資本主義にあっては社会的分業における無政府 汁が価値法則の作用によって均 衡が保たれるという事後的な規制形態がとられざるをえないこと,それと直接的には工場法,ひいては社会主義にあっては事前的に「社会的生産過程のあらゆる意識的・社会的な管理およ び規制」がおこなわれるということとの理論的な対比がなされている。しかし,ここでその対 比からの理論的帰結として強調されていることは,ブルジョア的意識が一方で、工場内分業,マ ニュファクチュア的分業を「労働の生産力を高くする労働組織」として「賛美
J
しながら,他 方でそれと同ーの性質をもっ労働の社会化=「社会的生産過程のあらゆる意識的・社会的な管 理および規制」を「非難」するのは,瑳論的に一貫しないではないか,工場制度の弁護者が労 働の社会化=「社会的労働の一般的組織」が,競争の権威に従うことによってますます発展す る傾向に対して「全社会を一つの工場に転化するもの」だという「呪誼」するのも論理的に一 貫しないではないかという,反語,アイロニーを使つての批判である。つまり,マルクスは,ここでブルジョア的意識の持主,工場制度の弁護者たちの論難は,天に唾するもの,自らの肉 体を自らの拳で打っていの自己矛盾・白己憧着を突いているのである。
しかもこの「一社会一工場転化」論は,同じ f資本論
J
第1
巻第7
篇「資本の蓄積過程J
第 23章「資本主義的蓄積の一般傾向」の第 2節「蓄積とそれにともなう集積との進行中における 可変資本部分の相対的減少J
において資本の有機的構成の高度化との関連で「資本の集中,ま たは資本による資本の吸引の諸法則」についての事実指摘にさいして,「集中のもっとも強力 な積粁である競争と信用」が加わることによって「ある与えられた事業部門において,もしそ こに投下された諸資本のすべてがただ一個の資本に融合するようにでもなれば,集中がその極 限に達したととになるであろう。ある与えられた社会において,社会的総資本が,ただ一人の 資本家になり,ただ一つの資本家会社なりの手に統合されるようにでもなれば,その瞬間には じめて,この限界に達するであろう」(前掲社研版,④,1 0 7 9
ページ)と同ーの内容を予告し たものである。したがって『資本論』で問題とされていることそれ自体は,資本主義のものと での労働の社会化の極限として一社会一工場ニ社会的総資本のー資本家ないしー資本家会社へ の統合論が述べられているのであって,それをそのまま,そのものとして精査すべきマルクス の社会主義論に仮託するのは理論的にいって強引であり論理の飛躍であるとしなければならな いであろう。事柄の内実がこうであるとすれば,労働の社会化,とくに資本主義的蓄積における集中法則 の究極の限界=崩壊傾向を示す「一社会一工場転化j論をもって,プルス,セルツキーのよう にマルクスの社会主義論を「一国一工場」構想、に立つ国家社会主義論と同定することはよくいっ
ても短絡的であるといわなければならないと考えられる。
m .
マルクスのアソシ工ーション社会主議論『共産党宣言
J
と1 8 4 8
年ヨーロッパ革命一一( 1) 『共産党宣言』の未来社会論
1 9 4 8
年2
月,マルクスが共産主義者同盟第2
回大会の委託を呆たすべくエンゲルスの『共産 主義の原理」を参照して自ら執筆した理論的・実践的綱領『共産党宣言』が発刊された。宣言 は[ドイツ・イデオロギー』の史的唯物論,『哲学の貧困. I . r賃労働と資本』の近代ブルジョ ア社会分析の到達点を踏まえて,初めて人類社会史の変遷,近代ブルジョア社会の歴史的役割,
そこでの支配的傾向,プロレタリアートによる「近代のブルジョア的所有の解体=崩壊が不可 避的に迫っていること」(ロシア語第
2
版序文,1 8 8 2
年。服部文男訳,新日本文庫, 11ページ,但し,訳文は同じではない)の宣告を首尾一貫した体系的叙述をもって与えたものである。
『宣言』は,周知のように「前文」につづいて「
I
ブルジョアとプロレタリア」,「E
プ ロレタリアと共産主義者」,「E
社会主義的および共産主義的文献」,「W
種々の反政府党に 対する共産主義者の立場」の四節構成をとっている。ここでのマルクスの未来社会論は,第二節で展開されているが その基本的前提は第一節の ブルジョア社会論であるから,第一節から概括的にでも叙述を追っておこう。
第1節では,人類社会史が(原始的な共産主義社会を除いて)階級闘争の歴史であること,
近代ブルジョア社会もブルジョアジーとプロレタリアートに分裂した階級社会であること,
「近代の国家権力はブルジョアジー全体の共同事務を管理する委員会にすぎない」(
4 6
ページ)であることを述べたのち,近代工業は「生産の絶え間のない変革,すべての社会的状態の絶え 間のない震搭,永久的な不安定および運動
J ( 4 7
ページ)を常態とし,世界市場を開拓し「ブ ルジョアジーは自分自身の姿に似せて世界をつくる」(4 9
ページ)。かくて「ブルジョアジーは,百年たらずの階級支配のあいだに,すべての過去の諸世代を合わせたよりもいっそう大量かっ 巨大な生産諸力をつくりだした」(
5 0
ページ)ことを確認する。だが,それと同時に,ブルジョア社会は「自分が呪文で呼び出した地下の魔力をもはや制御 できなくなった魔法使い」(51ページ)に似てくる。したがって,ここ数十年来の工業および 商業の歴史は過剰生産恐慌に端的に現れているように「ブルジョアジーとその支配との生存諸 条件である近代的生産諸関係,近代的所有諸関係に対する近代的生産諸力の反逆の歴史」(向 上)にほかならなくなる。この反逆の歴史を主体的に体現する者が,搾取され,資本の「専制
J
一軍隊式に組織された工場において機械の「たんなる付属物」,「下士官および将校の完全な位 階制の監督」のもとにおかれた「奴隷」=「大工業の本来の産物」(
5 3 , 5 8
ページ)であるプロ レタリアートである。プロレタリアートは無所有であるがゆえに「自分自身のこれまでの取得様式,これとともにこれまでの取得様式全体を廃止することによってのみ,社会的生産諸力を かちとることができる」(
5 9
ページ)。それゆえにまた「プロレタリア運動は,大多数者の利益 のための大多数者の自立的運動」(向上)なのである。その存在とともに始まるプロレタリア の闘争は種々の発展段階を通過するが,その闘争が全国的闘争となるとともに階級闘争として 立ち現われ,政治闘争としてたたかわれ,「教養の要素」をわが物としたプロレタリアはブル ジョアジーの「墓堀り人」(6 1
ページ)の役割を果たしうるにいたる。つぎに第
2
節に移ろう。そこでは「プロレタリア一般に対して共産主義者はどのような関係にあるかっ」との設聞か ら始まって,共産主義者の「当面の目的jが他のプロレタリア政党と同じく「プロレタリアー トの階級への形成,ブルジョアジー支配の転覆,プロレタリアートによる政治的権力の獲得」
であるとされ,それと同時に「共産主義者の理論的諸命題は,存在している階級闘争の,われ われの目前で行われている歴史的運動の,事実的諸関係の,一般的な表現にすぎない」(
62‑63
ページ)ことが強調されている。そして他のプロレタリア政党と異なる共産主義の特徴は「ブ ルジョア的所有」一「階級対立に,一階級の他階級による搾取にもとづく生産物の生産および 取得の,最後のかつもっとも完成した表現の廃止J ( 6 3
ページ),理論的に総括していえば,「私的所有の廃止」(同)ということであり,それに代えて「共同的所有
J
=「社会の全構成員 に所属する所有」(6 4
ページ)J
を打ち立てるが,個人的所有を廃止するものではない。それでは政治闘争に勝利し労働者草命=プロレタリア革命が達成された場合,何がなされる べきであろうか。「労働者革命における第一歩は,プロレタリアートを支配階級に高めること,
民主主義をたたかいとることである」(
7 3
ページ)。そしてプロレタリアートの政治的支配のも とで,「国家=支配階級として組織されたプロレタリアート−] (同)へのすべての生産手段の集 中=国家的集中による生産様式全体の変革と古い生産諸関係の廃止がなしとげられる。すなわ ち「プロレタリアートは,ブルジョアジーからすべての資本をつぎつぎに奪い取り,すべての 生産用具を国家の手に,すなわち支配階級として組織されたプロレタリアートの手に集中して,大量の生産諸力をできるだけ急速に増大させるために,自分の政治的支配を利用するであろう。
このことは,もちろんさしあたっては,所有権およびブルジョア的生産諸関係に対する専制的 な介入によってのみ,こうして経済的には不十分かつ不安定と思われる諸方策によってのみ,
行われるのであるが,しかし,これらの諸方策は,運動の進行中に自分自身を乗り越えていっ て,生産様式全体を変革するための手段として避けられないものである」(同)。
「支配階級として組織されたプロレタリアートjへの全生産手段の国家的独占=国家的所有・
国家的経営を主柱とする国家的集中は「所有権およびブルジョア的生産諸関係に対する専制的 な介入」=「経済的には不十分かつ不安定と思われる諸方策j,いわゆる革命的諸方策=過度 的諸方策の遂行によってのみなされうる。
ここでマルクスは,この草命的諸方策は「さまざまな固によって異なるであろう」としつつ
も,「もっとも進んだ国々
J
,後年の用語でいえば社会主義革命を直接的任務とする国々にとっ ては,「次の方策がかなり A般的に用いられるであろうj として1 0
の諸方策を挙示している。「
(1)土地所有の収奪および地代の国家支出への使用,(2) 強度の累進課税,(3)相続権の 廃止,(4)すべての亡命者と反逆者の財産の没収,(5) 国家資本および排他的独占をもっ国立 銀行(ナツイオナーjレ・パンク)による 信用の国家の手への集中,(6) すべての交通機関の 国家の手への集中,(7) 固有工場(ナツイオナール・フアブリーケン),生産用具の増加,共 同の計画による土地の開墾および改良,(8) 万人に対する平等な労働義務,とくに耕作のため の産業軍の創設,(9) 農業および工業の経営の統合,都市と農村の対立の漸次的除去をめざす こと,(則すべての児童の公的かっ無償の教育〔……〕,教育と物質的生産との結合」B)
(73‑
7 4
ページ)というふうになっている。そして,これらの過度的諸方策の遂行・展開の過程がすすみ,階級の差異が消滅し「すべて の生産が連合した個々人の予に集中される」局面において「本来の意味での政治権力」,プロ レタリアート自身の階級としての支記が廃止され「各人の自由な発展が万人の自由な発展のた めの条件となるようなひとつの連合体」が現れる。すなわち「発展の過程で,階級の差異が消 滅して,すべての生産が連合した諸個人の手に集中されると,公的権力は政治的性格を失うc
本来の意味での政治的権力は,ひとつの階級が他の階級を抑圧するための組織された強力であ る。プロレタリアートが,ブルジョアジーにたいする闘争において,必然的にみずからを階級 に結合し,革命によってみずからを支配階級とし,そして支配階級として強力的に古い生産諸 関係を廃止するときには,プロレタリアートは,この生産諸関係とともに,階級対立の,諸階 級そのものの存在諸条件を,したがってまた階級としてのそれ自身の支配を廃止する。階級お よび階級対立をもっ古いブルジョア的社会の代わりに,各人の自由な発展が,万人の自由な発 展のための条件であるような連合体(
e i n eA s s o c i a t i o n
)が現れるJ 9 l ( 7 4 7 5
ページ)。8
)リヤザノフは,『宣言J
のこの1 0
カ条の輩命的方策に関L
,「これらの要求は,それが宣言の中に叙 述されたような形においては〔……〕とくにマルクス及びエンゲルスに属するものではない。それら は(共産主義者同盟のー引用者)大会において決定されたものである。多分は共産主義者大会の全部 の集合的努力の結果であろう」(リヤザノフ註解 f共産党官弓J
,ナウカ社,早川二郎氏により1929年, 邦訳, 19日年,再版, 133ページ。用辞は若干,変更。以下も同様)。また,つぎに掲げる『ドイツにおける共産党の要求
J
の社会経済的要求について「それらは宣言の 綱領中の1 0
カ条に相応するものである。しかしその中には,われわれの興味を引くいくたの補足や変 更がなされている。なぜ、興味を引くのか? それは,その補足や変更からしてマルクス及びエンゲル スが,共産主義者同盟のロンドン大会において各種の傾向聞の紫合間的審議,及びそれこれの妥協の 結果として宣言にあるようなかたちで,これら全ての要求を宣言の綱領中に入れることをよぎなくさ れていなかったならば,いかにこれらの条項を書いたであろうか,ということがそこから知られるか らであるJ(177ベージ)という評価をおこなっている。9)最晩年のエンゲルスは, 1894年1月9日付のエンゲルスからジ、ユゼツペ・カネパへの手紙において,
この最後のセンテンスが「未来の新しい時代の精神」を I数誇で婆約jした標語という意味づけを与
さて,見られるように,マルクスは『宣言』において根本的にいってアソシエーシヨン社会 主義の立場にたっている。そして,それへの過程は二局面をへるとされている。すなわち労働 者革命後,プロレタリアートの政治的支配のもとで,土地の固有化,信用の国家的集中,運輸 の国家的集中,固有工場の増加など,国家的独占=国家的所有・国家的経営が主軸をなす局面,
ついで階級の差異が消滅し,すべての生産が連合した個々人の手に集中されるがゆえに公的権 力が政治的性格を失う局面,国家的独占=国家的所有・国家的経営がアソシエーション的所有・
アソシエーション的経営にとって代われる局面である。したがって『宣言』以降のマルクスの 用語にしたがって整理するならば,国家的独占=国家的所有・国家的経営が主軸をなす局面が
「過渡期
J
であり,それがアソシエーション的所有・アソシエーション的経営に代われること によって,政治権力,プロレタリアートの支配自体が廃止される局面が「社会主義」とされて いるといってよいであろう。『共産党宣言』は,資本主義社会の主要な発展傾向の把握,労働運動・革命運動の一般的諸 原則の提示においてその後ひろく「数百万の労働者によって認められた共同綱領
J ( 1 8 8 8
年英 語版へのエンゲルスの序文 19ページ)の地位を占め,レーニンが『カール・マルクスJ
にお いて,「この著作のなかには,新しい世界観,社会生活の分野までもふくむ首尾一貫した唯物 論,発展についてのもっとも全面的で深遠な学説としての弁証法,階級闘争と新しい共産主義 社会の作り手であるプロレタリアートの世界史的・草命的役割とについての理論の概略が,天 才的に明瞭にあざやかに描き出されている」(レーニン全集第2 1
巻,3 5
ページ)というに値す る文献であるが,それでもなお,いまだ労働者草命後のプロレタリア権力の本質の定式化,ア ソシエーション社会主義の実体的内容の解明においてなお理論的・歴史的限界をもっていると いえる。そしてその限界は,マルクス自身の既述の「共産主義者の理論的諸命題jの限定 性への自覚 からしでも,「階級闘争」,「歴史的運動」,「事実的諸関係」が発展し,新たな内容を開示し,
新たな形態に結実化されるにつれて,その現実的具体性において豊富化がはかられなければな らないものであったのである。
そうした意味では『宣言』のプロレタリア権力論,アソシエーション社会主義論は,労働運 動・革命運動の発展とマルクス自身の思想的・理論的営為によって解かれなければならない,
少なくとも,次の四つの論点にわたる理論的・歴史的未分明性をまぬがれていないといわなけ
えつつ,以下のように述べている。「わたしは,近代の社会主義者のなかで偉大なフイレンツェ人と 対をなすことができるように思えるただひとりの人であるマルクスの著作のなかに,あなたが所望さ れているような標語を見つけだそうとしました。 しかし,私が見つけることができたのは, f共産党 宣言』に述べられている次の一節だけでした。すなわち,「たがいに衝突しあう階級に分裂している 旧ブルジョア社会にかわって各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件であるような一つの連合社 会が現れる」(マルクス・エンゲルス全集第39巻, 176‑177ページ)