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ド イ ツ 機 械 制 綿 工 業 に お け る 労 働 力 の 編 成 と 選 択 に つ い て

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(1)

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について llM

・ベルナイスの社会政策学会調査報告(一九一

O

)il

はじめに一工場の歴史と調査内容

二調査結果の検討

は じ め に

対象の限定

本稿は︑ドイツ往会攻策学会が行なった工業労働調査(大工へ1

)

業労働者の選択と適応﹀の調査報告の一部であるマリ!・ペル

( 2 )  

ナイスの研究によって︑機械制綿工業における労働力の具体的

存在形態を明らかにしようするものである@周知の如く資本

は︑技術的構成の高度化した機械制工場生産においては︑機械

の導入により単純作業による熟練作業の代替をある程度進行さ

せるとはいえ︑その装置・技術体系に応じた労働力の獲得並び

に編成を行なわねばならないから︑熟練労働者の確保はやはり

操業の要件である︒従ってその際︑どこから︑どれだけの量

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について

材ミ

の︑どういう質をもった労働者を自由にリクルートできるか︑

が重要な一条件となる@本稿はこの問題について︑第二僚政期

ドイツの一一綿紡縮会誌の事例研究という形で︑労働者の出白︑

工場内編成︑問汰等の諸点を検討したいQ

この問題領域に関するわが国での研究史上︑本稿との関係で

重安と思われるもの一二点について億単にふれ︑本稿の課題の位

置をまず示しておこう︒

一ドイツ資本主義の労働力市場の萎本像ぽ藤瀬浩司氏の研

究﹁十九世紀ドイツにおける労働力の農業離脱﹂巳よって与えられるQこれによると︑プロイセンの東部と西部では111東西

農業の﹁二元的構成﹂に規定されて111農業離脱が対照的な型

を一

ポす

@即

1︑東部では農業離脱が農村離脱としてあらわ

れ︑離脱した労働力はすぐれて遠隔地へ︑主にベルリン工業地

帯とライン・ヴェストファiレシ鉱業地帯へと移動している︒

二三

(2)

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について 2︑西部では農業離脱と農村離脱が直楼に結びつかず︑地方的

小工業中心地が農村在住者を労働力として吸引する

Q 3︑二つ

の型は︑一八六0年代後半から問題となる末部労働力の﹁西部

への移動﹂によって連繋される@藤瀬氏の主眼は﹁農業離脱﹂

︿4

)

の研究であるから︑もし﹁労働市場﹂の週間をここで用いるとす

るなら︑これは追加的エ業労働力の供給源の研究のひとつと位

置づけられよう@本稿での西部の綿工業では︑後述の如く2の

妥当性を実証しうる︒また追加的労働力に関しては︑手工業か

ら賃労働への移動の大きさが示されるととになる︒

二次に﹁ドイツ資本主義の発展と﹃賃労働﹄の存在形態﹂

を対象とした大野英二氏の研究がある@氏の﹁ベルリン機械工

( 5 )  

業における労働関係﹂は︑上記の社会政策学会の調査報告をも

利用している︒ただ︑大野氏の対象は機械工業及び石炭工業

(6

) 

(﹁第一部門﹂﹀に限られているQ

コ一同時代の労働者の生涯・生活意識を対象としたものに︑

三宅立氏の﹁第一次世界大戦期のドイツにおける﹃プロレタリ

ア﹄の陛界

l !

労働者の自伝︑水兵の日記などを手がかりとし7て││﹂がある︒これは副題に示されるように︑同時代人の記

述を紹介しつつ︑﹁等身大﹂の歴史を描こうとする興味深い試

みである︒本稿も賃労働者を対象とし︑具体的存在形態を明ら

かにしようとする点では三宅論文に追い関心をもとにしている

が︑ただ観点は異なる︒つまり︑その﹁プロレタリア﹂の機械

制工業における賃労働という固に即して︑大量現象の一断面を

c.家内工業綿織布業就業

者(全綿織布業就業者中〉

52,162 (41. 5%) 

33

208 (22.6%) 

21,35"8 (13. 4~ぬ

第1表 ドイツ綿工業の伸長

年1人

I

b.綿織布業の綿消費

(綿くずをl徐く, t) 

1859  47,900 

1882  1875  114,000  I 1895  1895  283, 400  I 1907 

1907  45"9

110 

1913  430

000 

a.綿製品需要

当り(匂〕

0.34 

1. 39 

2.84  4.95 

6.15" 

7.23  1836‑40 

1856‑60  1871‑75  1891‑95  1901‑05  1913 

二三八るすみ

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で あ (H.  Michel, S. 46) 

機械制綿工業の発展

とM

・グ

lラトパッ

一九位紀後半のドイツ

綿織布業の展開は︑第‑

友のa︑b

に一

不さ

れる

く著しいものがあるが︑

それは︑手織機の家内工

業を駆遂しつつ(第1表 C)

伸長してきたカ織機

装 備 の ヱ 場 生 産 に よ っ

て主に担われてきた︒ま

た国内の綿糸自給率も︑

藤瀬氏の推計では一八七

五年で八八%を越えてい

(9

) 

一 一 る ︒

lダl・ライン地方

の綿工業の中心地となる

グラIトバッハ︑ライト

地域では︑この地方全般

にみられるように︑古く

(3)

1907年職業統計でのグラートバッハ繊維工業

│主経営数│副経営数│工業就業者│うち労働者

第2表明

Stadtkreis Munchen=Gladbach 

羊 毛 紡 績 4  489  461 

綿 紡 績 18  2,457  2,305 

羊 毛 織 布 29  3,007  2,736 

綿 織 布 54  1  4,072  3,606 

繊 維 工 業 計 208  3  11,912  10,795 

全 部 門 計 3,592  387  27,618  20,778 

Kreis Gladbach 

綿 紡 京葉 26  3,818  3,700 

目 織 布 374  18  3,376  2,700 

綿 織 布 39  1  2,227   ,1983 

繊 維 工 業 計 539  19  13,028  11,642 

全 間日 門 総 計 5,500  828  27,248  18,989 

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について からの麻工業と結びついた綿工業の発展がみられた︒とくに一七七

O

年以降︑地元での労賃上昇に悩まされてヴッパilル

(エ

ルパ

lフェルト等﹀からやってきた﹁ファブリカント﹂

が︑この地の麻織エを賃労働者として一雇一い入れて操業を始めた

( )

という@フランス支配下の大陸封鎖は綿工業の発展を促した@

その後︑とくにM

・グ

iラトバッハでは一八四二年に蒸気機

関を動力とする紡績工場が設立されて以来︑機械制工場への発

展をとげることとなる@そして一八五三年創立のグラl

トバ

ッ ハ紡織工場は︑紡織兼営の大工場として︑グラlトバッハ商工

(日)会議所管内で最大規模のものであった︒

一九

Q七年の帝国職業統計でみると︑グラlトバッハ地区で

は︑工業就業者中に繊維工業就業者が四五%以上を占め︑その

うちの約九割が﹁労働者﹂﹀号包芯吋とされている︒純粋に綿

のみの紡織部門でその労働者の約半数を占めているところか

ら︑この地区が︑綿を中心とする繊維工業の一中心地をなして

いることが分かる︒(第二表﹀

(1

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と題されたこの調査のいきさつについては︑さしあたり鼓肇雄﹁マ

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lパlの工業労働調査論について﹂﹃マックス・ヴェ

l

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労働

問題

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下︑

を参照せよ︒社会政策学会は一九一一年の大会の第二日目(一O

‑O

日)を︑とくにこの調査の方法と成果をめぐる討議にあてて

二三九

(4)

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‑ ‑ (3 )

高橋幸八郎編﹃産業革命の研究﹄一九六五年(岩波書庖﹀所

収 ︒

( 4 )

氏原正治郎﹁大工場労働者の性格

L (

一九五三年﹀﹁労働市場の

模型﹂(一九五四年)いずれも同﹃日木労働問題研究﹄一九六六年

(東大出版会﹀所収︑等の研究を念頭においている︒この問題領域

についてはさらに︑氏原﹁労働市場論の反省﹂﹃経済評論﹄一九五

七年一一月︑山木潔﹁京浜工業地帯調査について﹂司社会科学研究﹄

(烹大社研v第二二巻第四号(一九七一年﹀を参照︒

(5)大野﹃ドイツ資本主義論﹄一九六五年ハ未来社)所収︒ちなみ

に氏はその中で︑京浜工業地帯調査結果の︑工業諸部門の労働者の

出自の差異や金属工と機械工の位絡の相違に関する指摘を︑﹁示唆

に富む﹂(同書二四九ページ﹀とされている︒ただ︑むしろ逆に︑

大河肉・氏原グループの調査研究が︑ヴェi1発案のドイツ社会

政策学会の作業を下敷きにしていたであろうことは容易に想像でき

ザ ︒ ︒

( 6 )

大野﹁ルiル炭鉱労働力の孫在形態﹂河︑前掲書所収︒﹁第一

部門﹂という把握の嗣題性︑及び綿業の特定段階にもつ意義令指摘 二四︒

するものに︑渡辺尚﹁産業革命と﹃ドイツ資本主義吉社会経済史

学会編﹃社会経済史学の課題と展望﹄一九七六年︑所収︒

(7

)

﹃現代史研究﹄二七︑一九七三年八月︑所収︒の・﹀・悶52E・

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lレやプロン戸などの記

述が収められ︑便利である︒

(8 )

この時期の労働者の把握・理解をめざす研究には︑のREえ

Q

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料的利用価値をもっ特定局面の量的把握を行う作業から︑のロロHFR

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働者の社会認識の描写をねらうものまで様々なレベルのものが存在

する︒ただ︑ひとつ言えることは︑社会民主党ないし社民党系労働

組合の側からなされてきた均質的﹁労働者層﹂把握に対する反省・

批判がいずれの場合にも自覚的になされてきており︑この点は︑

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ωωγFSEZ三宮HU∞?のような﹁労働者文化Lの研究

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B ω) (9 )

藤瀬﹁ドイツ産業資本の確立と上からの草命﹂岡田与好繍﹃近

代革命の研究下巻﹄一九七三年(東大出版会)所収︑一一五べ1

(5)

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川本

前掲

書︑

一 O五ページ︒十九世組

中葉

のグ

lトバッハ綿業の展開についは︑渡辺尚﹁﹃M・グラl

トバハ商業会談所年次報告﹄分析ハ一八三八ー一八六一

)1 iラ イ

ンのマンチェスターは︑何をどこから買い︑何をどこへ売ったかl

│﹂﹃土地制度史学﹄第四七号︑一九七O

年︑

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より

工場の歴史と調査内容

(l

グラiトバッハ紡織会社の歴史

ベルナイスの調査したグラ1

ト バ ッ ハ 紡 織 会 社 自 主

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ロ仏

当日

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巳は︑一八五三年︑一二百万クーラ

ーの資本金をもって創立された@同年に百万クーラーの増資が

なされている@工場建設や経営組織はイギリスをモデルにし た︒一八五五年八月に紡錘数一五︑

COO

で操業開始︑年内に

は二万錘︑労働者三七心人を擁した@この当時すでに腕のいい

織布工の不足が嘆かれていたという︒一八五七年には︑綿糸四

l

O

番手︑平均的に一四│一五番手が生産され︑モスリン︑

斜文織︑ピlヴァ

i

︑ファスティアン︑コlル天等が織られ︑

ドイツ機械制綿工業における労働力の一編成と選択について

3表 会

105!o 

8% 

7.5% 

8% 

6.4% 

己 労 働 者 数

370 

平均 700

1, 165  1

038  847  711  織 機 台 数

350 

608  689  572  378  286  数

20,000  36,130  15,680  20

450  46,900  55,136  53,661  54,589  51

884  錘 紡 1855年末

1857年

i

スロッスノレ

ミ ュ ー ル 1867年 1868/77  1879/88  1889/98  1899/1908 

販売総額七八万

クーラーにのぼ

った

Qこの時期

には︑この地方

がイギリス綿糸

依存から脱け出

て自立した生産

力をもつように

( 2 )  

なる︒下ってア

メリカ南北戦争

期には綿価格の

急騰で減産し︑

一 八 六 四 年 三 一︑九七五タl

ラ!の赤字を計

上し

たが

︑並

白山

戦争後の一八六

七年にはフル操 業の活況を呈し たωこの年︑労 働時間が二二時 聞から一二時間

に短縮されてい

(Bernays, SS.  5 ‑8 ) 

二四

(6)

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について

る︒一八九O年以前に

ついてみると︑一八六

八年に労働者数一︑二

八五人︑紡錘数が七六

年に五八︑八一七︑織

機 が 七 一 年 に 七 三 六

台︑織物製品が六八年

に一四四︑五六O

反 ︑

総販売額が八一年に五

二O万マルク︑という

最大値が記録されてい

る@一八九O年ではそ

れぞ

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一︑

000人

弱︑

五七

O八O錘︑四

三一八台︑主六︑八九九

反︑四三O万マルクで

あった︒いずれの数値

も一八九O年の方が低

いが︑ただ考慮すべき

点は︑労働者一人当り

機械資本が一八六八年

の四三六タlラ

l( 一 ︑

三O八マルク)から九

408  224  397 

3,534,427  4,324,513  2,862,417 

二回

︒年の三︑三九五マルクに上昇したことであって︑ここに生産

の機械化の進展がうかがえる@

第四表は︑ベルナイスの調査年であろ一八九一︑一九

O Q︑

一九

Q八の三つの年の生産規模を示したものである︒いくつか

付け加えてお︿と︑一八九二年に労働時間が一一時間に短縮さ

れた︒一九C五年に二六六台のノI

スロ

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織機

が司

設置

され

織物生産が著しく増大した@男女織布下一は︑一人で八!二一台

を操作したQ

一九

O六年には自動ミュI

ルが四八四錘機から

八一六ないし九

O 錘機︑へと大型化した︒一八九四年に紡緩工Q

場︑一九C五年に織布工場が新‑設されている︒

この会社は生産高︑販売額ともそう上昇しているとは忠われ

ない︒しかし保守的かつ慎重な経営と着実な生産合理化で︑安

(3

) 

定した発展をとげてきた企業のようである@

ベルナイスの調査

調査は一九O九年一足に行なわれたが︑マリI・ベルナイス

はその準備として︑一九

O

八年九月にエ場に勤務し︑繰返し工ω℃己目立ロとして数週間働さ︑その後工場長に素姓を明かし︑

調交の便宜をはかつてもらっているQ調査報告は一九一O年社

会政策学会の雑誌に発表された@報告は︑第一部﹁職業選択と

職業運命﹂(第一一編年齢及び地理的出自による選択︑第二一編

職業的出自による選択と生活運命)第二部﹁繊維工業労働の心

理物理学﹂︑という構成であるが︑第一部第一一編は一八九一年︑

一九

O i夕︑あと八年の労働者に関する客観的デO年︑一九O

(7)

は一九

O

九年一月に行なったアンケート調査の結果を資料とし ている@ベルナイスのものをも含めたこの時の学会の調査報告 は︑労働力を経営内職種別に数的をおさえている点に限って

( 4 )  

も︑今も資料的価値を失っていない︒

三つの年の労働者について調査された項目は︑性︑年齢︑職 種︑各年の入社の月︑入社待の年齢︑出生地(その人口及び

M

‑グラl

トバッハからの距離)︑宗派である@一九

O

九年の質 問表では︑父の職業︑祖父(父方)の職

u菜︑父の出生地︿

U祖

父の居住地)と

M

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lラ

トバッハからの距離︑職業選択の理 由︑勤務先・居住地・職業(職種)の変更回数︑勤務先・職種

の変更理由︑この工場での就業期間︑本人及び父の兵役検査の

合否(男子)︑住居形態︑未婚・既婚の別︑後者の結婚年齢︑

子供の数︑幼児死亡数︑息子の職業︑休日の過ごし方︑許され るならば就いてみたい職業(男子)︑工場に留まりたいか︑他

に何かやりたいか(女子﹀︑が尋ねられた︒第二部の資料とし

てはさらに︑出来高賃の賃銀高とその変動(季節・遍・日の変

化)︑子供時代の居住地内宮仏

Z 5

0 2

の人口︑疲労感︑﹁緊張﹂

5

) 感の有無︑向上意欲のデlタが得られて利用されている@

( 1 )

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( 5 )

ベルナイスは︑このグラiトバッハ紡織会社の調査の他に︑あ

と二つの調査報告を行なっている︒戸︺口Z55E

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である︒加えて彼女ば︑この社会政策学会の調査報告の

全体をまとめたものを書いている︒∞

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ここにうかがえるように︑ベルナイスは︑M ・3

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法論を書き︑自ら調査も行なった﹁心耳物理学﹂の研究を︑いわば

﹁直

系﹂

とし

て受

け継

いだ

本稿では︑賃銀高の変動と諾要因の関連を探るこの﹁心理物理

学﹂の問題(報告第二部)には立ち入れない︒一言付せば︑ベルナ

イスの場合︑ヴェlパ!にあった方法論深化への関心︹一九O

七年

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l批判論文︑さらに﹃工業労働調査論﹄(白本労

働協会)一九七五年︑訳者鼓氏の﹁解説││マッFス・ずェlパ!

の労働調査論について││﹂を見よ)が希薄であるようだ︒

九 叫

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hJおω

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ι・

にウ

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目ロ

Nσひの紹介記

事が

ある

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¥.

︐ 同S

‑F

hw

p

・国

内田

・臼

品・

印印

・白

山自

由明

N

二四三

(8)

調査結呆の検討 ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について

124 

工場内労働刀構成

i

!工程と職種

この工場の作業工程及び一八九一年︑

一九

OO

年︑一九心八年の続業者紋をみ

ることで︑労働力構成の概観が得られ るQ

男子1︑手工業者は機械の保守︑建

物の営繕等にあたり︑錠前工︑木材・金

属職人︑れんが工等が含まれる

Q 2︑職

長は労働者の作業成果の監督を行なう︒

この

1

2

が工

場内

﹁且

貝族

﹂層

をな

し︑

二週間の賃銀が平均で四五1五五マルク

である

@ 4︑紡績工は熟練︑織布工と3

m

色町

一百

件で

︑出

来高

賃銀

であ

り︑

平均

では二週間で図︒│五0マルク︑多い者

で凶五│五五マルクになる︒紡綾工は︑

自動紡績機訟は田口

g

吋を扱い︑補助作業

をする見習期間中の者もいるが︑統計で

は一括される

@

︑5

不 熟 練 機 械 作 業 工

は︑混綿︑打綿︑杭綿等を行なう者︑6︑不熟練非機械作業工は︑繊維に直接

かかわらない包装や木管運搬︑雑役に従 二四四

計 1908 

48  30  115  99  25  127 

211  6

ヰ叫

568

而 [ ‑ ‑ 7 日

月比 CS.  23 f) 

31‑40歳 41‑50歳 51‑60歳 60歳以上

1891 [19

9081891 190

0 ¥ 1 蜘

1

叫叫

908 891 11900 

7  13  9  6  21  7  8  6  1  491  4  9  9  7  5  5  2  1  B  25  32  21  18  161  23  151  17  8  7 

3  203  113  17  15  13  31  11  10 

3  5 

。。。

161  109  6  1  1  5  2  3  2  41  4  2 

1  21  9  17  15  11  141  16  141  14  111  10  3  3  3  110  130  19  26  18  171  21  25  91  11  19  61  10  5  89  127 

構 齢

95[

。 年

(9)

事す

る者

︑ 7︑織布補助作業工は︑糊

付︑けば取り︑検査等に従事する者で︑

以上

の不

熟練

ロ異

色白

円三

一一

一種

は日

給で

り︑平均で二週間に成年が三

O l四

0

ルク

︑若

年が

二︒

│一

9マルクを得てい

女子熟練工とされるのは︑1︑織布 る ︒

ヱ ︑

2︑精紡ヱ(男子の紡績工に対応︑

リン

グ紡

績機

を扱

う)

3︑

粗績

工の

一二

種である@いずれも出来高賃銀で︑二週

間で織布ヱが平均三五│四0マルク(最

高クラスは四

O I

五マ

ルク

﹀︑

紡績

工両

種が二五│三

0

マルク(同三五│四

0

ルク)を得ている︒二ハ歳までの見習期

間にある者は平均一二一

Oi

二・

00

ルクの日給が支払われる@統計では男子

同様本工と一括される@未熟練工

g l

問 ︒

Z 2 5

は︑比較的短期の訓練期簡を要

する四種がある︒いずれも出来高賃銀 で︑平均して二五

i

0

マルク(同三O

│一二五マルクマ訓練期間には最高で二

│ニ・ニ0マルクの臼絵が支払われる@

4︑練条エは椛綿機にかけられた綿を粗

数 14‑16歳 17‑21歳 22‑30歳 1891 

I 附

11908 1

飢│附

11908 1891 

I 附

11908

手 ヱ 業 者

│ 。

5  3  9  10  11 

耳裁 長

。。。 。 。

織 布 33  9  11  21  36  36  28  25 

紡 績 ヱ 40  23  16  65  39  37  36  18  18 

織 布 補 助 工 1 

1  1  2  7  4 

不熟練機械作業ヱ 1  8  10  29  45  47  32  32 

不 械 熟 作 練 10  10  19  22  18  16 

非 機 業 工

全男子

114 

織 布 工 37  6  5  34  14  20  23  13  17 

リ ン グ 紡 績 ヱ 22  26  69  50  67  76  41  65  53 

粗 紡 ヱ 6  3  7  36  32  52  69  73  52 

紹 取 ヱ* 18  30  36  57  82  35  49  45  34 

ク ロ ス 繰 返 し 工 2  11  12 

繰 返 し 二工 2  4  6  20  17  15  20  31  15 

撚 糸

2  1  1  11  17  15  12  12  14 

練 条 ヱ 1 

。。

12  27  43  28  51  51 

不 害事 練 ヱ 3  4  3  6  4  5  3  4  7 

全 土 王 │ 竺

11 245 255 

労 働

第5表

ドイツ機械制綿ヱ業における労働力の編成と選択について

二四

1908年に不明者1あり。

(10)

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について

紡機にかけられる程度の篠にする練条機を扱︑三訓練期聞は数

日で

済む

5︑繰返しヱは糸をスピンドルから織機の経糸用リ

ールに繰る作業を行ない︑四

l

六週間の訓練期間が必要であ

る@6︑撚糸工の扱う機械はリング紡績機に似ているが︑スピ

ンドルの回転数が紡績機の七︑五OO回/分に比して四J

五 ︑

000図/分と少なく︑糸も切れにくい︒訓練期間は四週間程度

であ

る︒

7︑紹取り工は︑撚糸にされなかった糸を出荷できる

総の形にする作業を行なう︒手の作業が多く︑こつと器用さが

必要とされ︑訓練期間も六1八週間位とらないと日給を上まわ

(3

る出来高貨が稼げない︒8︑補助労働者と9︑掃除婦は不熟練 であり︑賃銀は日給︑二週間でニO│三0マルクの間である@

以上の男子七種︑女子九種という編成は︑三つの調査年を連

( 4 )  

じて原刻的に変位していない@

グ 程

関線・混綿 打 綿 統 綿 練 条

粗 紡 精 紡

l 工

自動 ユーノレ

「 紹 取 撚 糸

→繰返し・整経

糊 付 総 布 け ば 取 り 検査・発送

二四六

(5

年齢構成

当該年に工場で少しでも働き︑従って第5表で数えられてい

る全労働者中︑約七割が一ニO歳以下︑女子のみでは約八割が三

O歳以下である@女子に若年層が多い︒全体では一七

l

一一

一歳

が三割強︑二二

l

三O歳が三割弱︑三一│四O歳が約一二%を

占め︑これが労働者層の中軸をなす︒この一七年の聞に四一ーー

(6

) 

五ワ歳が七・五←八・九%︑五一六O歳が四・七←五・七

M m

とやや増加したが︑高齢労働者の勤続によると思われる@だが

総じて大きな年齢構成上の変化のないことは︑この工業の技術

的諸条件に依るところが大きいと考えてよかろう︒しかし上記

の全体的な数値は職種別の検討を経なければ平板な数値に留ま

る︒(以下︑第6表参照)

男子まず紡績ヱと織布ヱを比較してみよう︒とちらも中心

をなすのは一七!三Q歳で︑ここに半数以上が集まり︑その前

後の年齢層がそれにつづく︒ただ紡績工の方がより若年クラス

に多く分布していることが読みとれる︒一四

l

二一歳でそれぞ

れ五三・六%と四0・九形︑四一歳以上で一五・二

M m と

一一

一・

七M m

という差が出ている︒次に不熟練機械作業ヱでは︑三O歳

以下が五六・二←六五・四←七0・一彪と増大し︑四一歳以上

が二八・二←二三・一

T!

と二・コ一労と減少した︒同じ不熟練で

も非機械作業主では︑三O歳以上が四二・七←四十ハ・五

4

四六

・C%と大きな変化は見られない︒不熟練グループでも︑機械

にたずさわる職種では︑熟練工の年齢構成にわずかながら接近

(11)

第B表 1908年の年齢構成(%)

~柑 14-16117二山2-30し3~=-40 1~1-50

~

~'%-~U

I  u ‑ " " l  

",,-;:;JV円 -'%VI'%~-JUIJ~-UVI 以よ I151‑60 

? g歳

(人数〉

職種 ~I

I  I 

'7>  ‑'‑

機 械 制

綿

労 働

力。

編 成 と 選 択

手 工 業 者 6.3  12.5  12.5  16.7  2. 1  48 

織 布

9.6  31. 3  21. 7 15.7  13.0  6. 1  2.6  115 

紡 績 工 16.2  37.4  18.2 13.1  10.1  5. 1 

99 

1メニ 男 子 10.6  27.3  20.1  14.6  14.1  9.7  3.7  568 

全男子(残数〉 12.0  21. 6  17.0  14.0  18.7  11. 7  5.0  342 

1890年

両 二

16 117‑21 

22‑30 I 31‑40 

41‑50‑1 51‑6()│全 数 3 ; ; │ ; ; : : l : : │ : ; ( : ; l : : │ 1 1 :   1908年

第1図 1908年女子職種別年齢構成

四七

未熟練三種

% 40 

35  精 紡 工

不 熟 練 工

ミよミ

14‑16  17‑21  22‑30  31‑40  41‑50  51‑60  61 全女工平均(%)

14.5  31.5  33.0  12.2  5.3  3.4  0.2 

(12)

ドイツ機械制綿工業における労働力の一編成と選択について している(若年化)ことがみれらるQ職長は︑若年では勤まら

ず︑また信用のある人物ならば高齢でも勤めつづけられるの

で︑独特な年齢構成となる︒三一ー!豆O歳が半数以上︑二O歳

代に若干名︑あとは五一歳以上︑という具合である︒

女子女子全体の年齢構成に近い職種は未熟練工(繰返工・

撚糸工・練条工)であり︑これを中心に高齢に儒侍する粗紡ヱ

と不熟練工︑及び若年に偏侍する精紡工と総取工があって︑一

定の差を示している︒若年層の多い後者二職種では︑一八九

O

年から一九O八年にかけて︑この低齢化が急速に進んだ︒組問紡

ヱでは一四

l

一六歳が一七・九←二二・二筋︑一七

l

一ご歳が

四Q・七←三四・四%︑総取ヱではそれぞれ一一了九←一一九

OM

︑四0・七←二八・二銘と︑著しいものがある︒織布工

はやや例外的な変化を示した︒一八九O年では最も若い労働者

が多く︑了度一九O八年の精紡工・総取工のカlプに類似して

いたが︑高齢化償向がみられ︑一九O八竿門会数は五四に減少)

では︑むしろ粗紡工に近いカlプを措いているQ

(7

) 

地理的出自1出生地とM

・グ

iトパッハの遠近ラ

ここでは労働者の出生地とM

・グ

lトバッハの距離ないし

出生地の位置という観点から︑このヱ場への労働力の供給源を

検討

する

極離については︑半径一0キロメートル以内H第1

圏︑

一二

0

キロ以内U第2

圏︑

一 O キロ以内U第3圏︑副Q

0

0キロ以内 二四八

日第4圏︑それ以遠のドイツ目東エルペ︑及び外国(距離では

ない)の六歯区分がなされている︒また︑あわせて行政単位で

の区分

(M

・グ

ラ iトバッハ市︑グラIトバッハ郡︑デュッセ ルドルフ県︑ライン州︑プロイセッ邦︑ドイツ帝国︑オラン8ダ︑他の外国)も調べられている︒

はじめに労働者層全体の様子及び一八九一←一九O八年の変

化をみておこう︒

ー︑最大の供給源は第1箇(全労働者の五七・一二←五五・九

銘)である︒ただ細かくみると︑その中でもM

・グ

l

トバ

ハ市四一・九←三八・六

︑郡が一五・三M m L一七・三労という

わずかな変化はある︒

2︑第二の供給源は第2圏で︑ライン河左岸の工業地帯が含

まれ︑一三・九←一六・三銘とやや増加している@3︑第4

圏三二・八←一一了

O M )

が第3圏(一一・二←

八・九%)をよまわっている︒しかも第四国のうちでも一

OQ

l

一五

0キロに集中しており︑主にモlゼル川の南北フンスリ

ュック及びアイフェルの出身者が多い︒さらにその中でも三つ

の郡

F S島吋四日目

(N

F

H

on

FH

EB

るの出身者は一O六R

←一一七←七八人を数えている︒

4︑遠隔地出身者は少ない︒シュレジェン・ポlゼン・東西

プロイセン州からは二八←二四人にとどまる︒近くの外国オラ

ンダからは一七←四三←六三人(一一了八銘)と増加し︑一定の

比率を占めている︒

(13)

第2図 Munchen=Gladbachの位置

ドイツ機械制線工業における労働力の編成と選択について NIEDERLANDE 

ライン・ウエストファーレン

二四九

100  200 

c‑Cochem  z‑Zell 

(14)

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について

5︑第3圏︑とくにライン州出身者(デュッセルドルフ県以

外)の減少ハ二四・四←一七・九

M m )

が目につく@6︑以上の変化はあれ︑一八九一←一九

O

八年と︑それほど

大きな変化はここではなかった︑と一吉守えよう︒

次にいくつかの職種をとりあげてみよう︒

男子手工業者・職長は︑ずっと第

1・2圏が七

l

八割を占

めて局地的リクルートであることが明瞭である︒紡績工は第1

圏が六五・二←七二・七

M m ︑第2回闘が二了四←六・一%と︑

リクルートの著しい局地化をみせた︒外国人は四・九←九・一

%と増している︒逆に織布工は第1圏が四八・二←三八・三

%︑第2圏が一二・二←一三労︑第4圏が二了四←一一九・五

M m と︑むしろ軽い拡散化をみせている︒また外国人︑特にオラ

ンダ人が八←一九人三六・五銘)と増えている︒男子全体で

は︑やはりライン左岸(第1・2圏)がずっと約七割を占めて

きた︒第4圏のうち約半数がアイフェル・フンスリュック出身

とのことである︒

女子女子の場合︑

M

・グ

ラIトパッハとアイフェル・フン

スリュックが二つの中心的労働力供'給源をなす︒熟練工グルー

プは局地的リクルートといえる︒精紡工はその典型であり︑第1圏が七

0

・七←七四・二%︑第4圏が一二・九←五・四

とM m

いう局地化を示し︑男子紡績工と似たリクルートを行なってい

る︒これに対して織布工もやはり男子織布工に似た供給源比率

をもつが︑相違点は外国人︿四・八←一一・一%﹀がオランダ

二五

O

国 2. 1  0  20.0 

9.1 

4.4  7.9 

11.1 

2.7  5.4  0  出

1  者

長 工 工

工 工 エ ヱ 全

1908年(%) 業

布 紡 糸 熟 練

女 布 績 男

手 工

職 織 紡

織 精 撚 不

B

ノ ︑ ︑ ノ ︑ ︑ ノ

A 4 n J

(15)

人よりもむしろろべlメン・オーストリア人だということであ

る@未熟練工のうち紹取工は熟練工に近く︑第1圏が五六←六

四%と増加︑ライン州の比率が二七・一‑←一五・三

M m と低下し

た@以上の職種では︑地元がリクルート源としてはライン州南

部を侵食していることがうかがえる︒しかし他の未熟練及び不

熟練ヱの職穫では︑むしろライン州南部出身者の比率が高まっ

ているものもある@撚糸工では第1圏で五五・五←三五・一

M m

と減少︑第4圏で一八・五←四0・五勿と増加した︒練条ヱも

それに近い変化をみせた︒不熟練工ではM

・グ

lドバッハが

五一

二・

L

一二・九

M m と滅り︑第2・3・4閣が増えて︑供給

地の拡散化傾向を示している︒女の場合大きくみると︑熟練三

種と未熟練二種(総取エ・クロス繰返し工)の五職種は局地的

リクルートを行ない︑残りの未熟練三種と不熟練の計四職種

は︑地元と並んで︑アイフェル・フンスリュック地方を中心と

した州内遠隔地リクルートを行なう︑という二つのグループに

分かれるようである@

2出生地人口規模別

つぎに労働者を︑その出生地の人口規模別に分類してみよ

う︒これに依る方が︑前項の遠近分類よりも職種間の相違や変

化をはっきり示すことができる@分類は︑人口が一ーl

00

0

人の村︿

U R

σ

︑千五千人の農村都市や自身宮内出場ここで

は町と呼んでおくて五千五万人の小都市(呂田山口問窓仏︒︑五

i

O

万人

の中

都市

(沼

宮即

日田

芯品

︒︑

O

万人以上の大都市

ドイツ機械制綿工業における労働力の編成と選択について

( の

g

目的

門出

血件

)の

五区

分で

行な

われ

る@

前項にて重要な意義をもっていた地元のM

・グ

l

トバ

ッハ

の人口は︑一八九五年に五三︑六六二人︑一九

O

五年に六

O

七O九人︑一九O九年に六五︑七六八人と︑一貫して中都市に

入る

Q中都市出身者は︑全労働者の四二←三八・一了v三九・七

%と常に首位を占めてきた︒村は二Q・一←一七・九緒︑町も

二二・五←一四・一%と減少し︑かわって小都市が一一・九←

一八

・九

M m と伸びた︒大都市は一‑Q←三・九銘と常に最下位

であった@

男子男子労働者のひとつの典型は紡績工である︒中都市が

四五・九←四四・四%と首位を占め︑村十町が三四・七←一四

.二

必と

激減

し︑

小都

市が

一一

一一

・五

←三

0・三労と第二位にな

った@織布工では中都市が三分の一前後を占めて首位は変わら

ないが︑村十町も︑四六・ニーさ二・三

と減少しつつもそのM m

相対的意義を保っている@小都市は一一・

O

←一一二ニ必と変

化がない︒不熟練機械作業エでは村・町の減少︑小・中都市の

増加がみられ︑同非機械作業工では︑中都市の減少︑村・町・

小都市の増加が認められはするが︑明確な傾向と見ることはで

きない︒手工業者は(一九

O

八年で﹀中都市五回・二%︑町二

二・九

M m と例外的な分布である︒村・町から小・中都市へ︑と

いう傾向が妥当するのは機械作業労働者で︑とくに技術を要す

る紡績ヱで著しい︒不熟練工の出生地の遠近・人口の大小に

は︑それほど明瞭な規則性を見るのは困難である@

二五

(16)

ドイツ機械制綿工業日おける労働力の編成と選択について

115  99  127  124 

821 

子子

計 織 布 エ 紡 績 工 不 熟 練 機 械 工 同 非 機 械 ヱ

ヱ ヱ ヱ

工 1908年 C%)

布 取 :isし

条 女 男 織

総 繰 練 全

人口規模別出生地の変化

第3図

Z wi rnerinncn 

町 村 Ringspinnerinnen 

lJ;~

村 町 小

二五

1891ーー→1900

一 一

‑1908

大‑‑‑‑‑

1891

‑1900‑

‑1908

参照

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