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智山學報 第40 011苫米地 誠一「石山寺所蔵の『三昧耶戒儀』について : 『秘密三昧耶仏戒儀』をめぐって」

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(1)

』          

っ て

一 石 山寺所蔵の

r

戒儀につ いて 苫米地誠一つ 〈 論 文 要 旨 〉   石 山 寺 の 校 倉 聖 教 中 に は 『 三 昧 耶 戒 儀 』 ( 一 本 は 『 三 昧 耶 戒 』 ) と 称 す る 、 平 安 中 期 か ら 鎌 倉 に か け て の 四 本 の 写   本 が 存 在 す る 。 こ の 四 本 は う ち 二 本 は 同 本 で あ り 、 実 際 に は 三 種 で あ る が 、 共 に 前 段 に 三 昧 耶 戒 に 就 い て の 解 説 を 、 後 段 に は   三 昧 耶 戒 作 法 を 置 き 、 実 際 の 灌 頂 に 際 し て 三 昧 耶 戒 授 戒 に 於 る 戒 体 と し て 用 い ら れ た も の で あ ろ う 。 そ し て 此 等 の 前 段 の 三 昧   耶 戒 に 就 い て の 解 説 は 、 一 本 は 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 第 二 文 で あ り 一 本 は 『 三 昧 耶 戒 序 』 で あ り 、 も う 一 種 二 本 は 新 出 の 文 献   で あ る 。 又 、 後 段 の 三 昧 耶 戒 作 法 は 「 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 」 又 は 「 授 発 菩 提 心 戒 文 」 と 称 し て お り 、 現 行 の 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒   儀 』 と 『 三 十 帖 策 子 』 所 収 の 『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 と の 中 間 的 な 内 容 で あ り 、 現 行 の 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 の 成 立 ・ 伝 承 の 過 程   を 明 ら か に す る 資 料 と な る と 思 わ れ る 。 今 回 は 此 等 の 写 本 を 翻 刻 し 、 広 く 学 界 に 紹 介 し よ う と す る も の で あ る 。 は じ め に   石 山

文 化

綜 合 調 査 団

『 石 山 寺 の 研 究

i

倉 聖 教 古

1

』 の 石 山 寺

倉 聖

の 目 録 ( 以 下 「 目

」 と

            ( 1 )                                                             ( 2 ) す ) に よ る と 石 山 寺 に は 『 三 昧 耶 戒 儀 』 ( 一

は 『 三 昧 耶 戒 』 ) と 称 す る 、 平 安 時

か ら

倉 時 代 に か け て の 四

の 写 本 が 存 在 す る 。 こ の 中 二 本 は 同 本 で あ り 、

際 に は 三 種 で あ る が 、

に 前 段 に 三 昧 耶 戒 に 就 い て の

説 ( 以 下 「 戒 序 」 と

す ) を 、

段 に は 三 昧 耶

( 以 下 「

儀 」 と 称 す ) を

き 、

際 の 灌 頂 に 際 し て 三 昧 耶

授 戒                                 ( 3 )                                       ( 4 ) の

体 と し て 用 い ら れ た も の で あ ろ う 。 そ し て こ の 「 戒

」 は

行 の 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 と 『 三 十

策 子 』 所

123

(2)

智 山学報第四十輯  

 

( 5 > の 『

菩 提 心 戒

』 と の 中 間 釣 な

と な っ て い る 。

者 は

に 、

髄 陣

の 『 入

荼 羅 抄 』 中 に 『 秘

 

 

 

 

 

                                         

 

 

 

 

                              ( 6 ) 三 昧 耶

戒 儀 』 を そ の 内 容 の 一 部 に 含 む 「 弘 法 大 師 の 三 昧 耶 戒

」 な る 文 献 が

用 さ れ て い る 事 を 紹 介 し た 。 而 し そ れ 以 外 に は 、 江 戸

代 明

二 ( 一 六 五 六 ) 年 刊 の 版 本 に 至 る 迄 、 『 秘

三 昧 耶 仏 戒

隰 に 関 係 す る 記

を 有 す る 文

在 は 知 ら れ て い な か っ た 。

回 新 た に 発 見 さ れ た

料 は 、 現

の 『

密 三

耶 仏 戒

』 の 成 立 と 伝 承 の 問 題 を 明 ら か に し 、 古 代 か ら 中 世 に か け て の 三 昧 耶 戒

法 の

態 を

明 す る

重 な 資 料 と な る と 思 わ れ る の で 、  

 

 

 

 

                                         

 

 

 

( 7 ) こ こ に

し 、 本 文 を 飜 刻 す る 。 先 づ 「 霞 録 」 に よ っ て 写 本 を

し 、 次 に

容 に

い て 述 べ る 。 ( イ )

 

「 三

」  

七 函

9

号 、 平 安 時 代 中

喜 〜 長

( 九

一 〜 一 〇 〇 四

) 頃 ) 写 、

、 ( 外 題 ) 三 昧 耶 戒 「 戒 序 」   『 平 城 天 皇 灌 頂

二 文 の

半 三 分 の 一 程 度 。 「

」   (

題 ) 「 授

菩 提 心

文 」      

 

序 ・

菩 提 心 、   次 応 啓 請 一 切 諸 仏 ・ 普 礼

言 ・ 五 仏 帰 命 、

 

次 応 供 養 ・ 普 供 養

言 、   至 心 懺

・ 懺

     

言 、   次 応 授 戒 ( 偈 頌 ・ 三 帰

言 ・ 三 帰 ・

提 心 ( 四

願 ) ・ 三

・ 経

・ 発

擾 心

言 ) 、

 

次 応      

( 四

) 、   小 乗 戒 と の 薄 比 、 (

上 『

握 心 戒

』 の 全

、 ° 但 し 廻 向 を

く )      

 

四 波 羅

 

四 摂 、   四

 

十 重 戒 、 ( 以 上 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 の 文 )   先 づ 「

」 は 、

写 本 は 巻 首

を 欠 き 、 こ れ が 全 文 完

し た と す る と 、 こ の 前 に 一 紙

分 程

あ っ た か       ( 8 ) と 思 わ れ る 。

、 本 写 本 の 存 在 は 、 『 三 昧 郡 戒 序 』 の み で は な く 、 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 四 文 の

々 が 単 独 で 流

し て                        

 

 

 

 

    ( 9 ) い た 事 の 具

な 証 拠 の 一 つ と な る で あ ろ う 。 又 同 時 に そ れ は 三 昧 耶 戒 の 戒 体 に

て 、 前 半 部 に 三 昧 耶 戒 江

て の

説 ( 「 裁 序 」 ) を 詩 つ 形

の も の が

り 、 欄 平

隰 籔

の 夫 々 が そ の 様 な 「

序 」 で あ る

を 示 し て い 一 124 一

(3)

石山寺所蔵の 『三昧耶戒儀』につ い て (苫 米地誠一) る と も 言 え よ う 。

 

次 に 「 戒 儀 」 は 、 内 題 を 「 授 発

提 心

文 」 と し 、 而 も   〜   は 全 く 『 授 発

提 心 戒 文 』 と 全 同 で

る 。 所 で

 

                                         

 

 

 

 

                                          ( 10 ) 『

心 戒

』 は 『 三 十 帖 策 子 』 に 収 載 さ れ る が 、 他 に 単 独 で 書 写 さ れ た も の は

ま り 多 く な い よ う で あ る 。 こ の 『 三 十 帖 策 子 』 は 初 め 東 寺

蔵 に 納 め ら れ た が

に 持 ち 出 さ れ 、 東 寺 経

に 戻 っ た の は 延

十 九 ( 九 一 九 )

で あ る 。 若 し 『 授 発

心 戒 文 』 の 流 布 が こ れ 以

で あ れ ぽ 、 本 写 本 の

立 も こ れ 以

と い う 事 に な ろ う 。 又

 

                      ( 11 )                                               ( 12 )

 

 

は 慈

円 仁 撰 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 の

該 項 目 の

と 全 同 で あ る 。 即 ち 『 秘

三 昧 耶 仏

』 と 比 較

る と 、 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 よ り

か れ る 問 言 ( 間 遮 難 ) ・

聖 ・ 説 羯

・ 応 修 四

・ 法 宝 を 紹 ぐ の 各 項 と

末 の 廻

を 欠 い て い る 。 『 秘 密 三

耶 仏 戒

』 で は 既 に 全

の 構 成 が 整 え ら れ て い る が 、 こ こ で は た だ 単 に 『 授

菩 提 心

文 』 の

ろ に 『 灌

三 昧 耶

』 か ら 戒 相 の

分 を 補 っ て い る だ け で あ り 、

的 に は 異 な る も の の 、 全 く 同 じ 四

を 二 重 に 出 し て い る 。 本 来 の 『 授 発 菩

心 戒

』 で は 、 戒 相 と し て は 四 波 羅

の み で あ っ た も の を 、 更 に 四 摂 法 。

除 四

・ 十

を 加 え た

は 、 不

心 戒 ( 入 壇 前 許 可 作 法 ) と 『 大 日 経 』 『

出 経 』 所 説 の 三

耶 と 『 無

 

                                         

 

 

 

 

                    ( 13 ) 畏

要 』 所 説 の 菩

と の 融 合 し た 日 本 的 な 三 昧

戒 観 の 影 響 を 受 け た も の と い え る 。 勿 論 、 『 灌 頂 三 昧 耶

』 自

が こ の

な 日 本 的 三 昧 耶

観 の 上 に 成 立 し た 文

で あ り 、 ま た 野 沢 通 用 式 系 ・

灌 頂 式

文 も 同

の 三 昧

を 示 し て い る 所 か ら す れ ば 、 そ こ に 共 通 す る 立 場 か ら 『 授

菩 提 心

文 』 に は 欠 け て い た 十 重 戒

相 を

お う と し た も の で あ り 、 但 し そ の 補 充 は 他 の

の 戒 相 を

い て 巻 末 に 置 い た だ け の も の で あ り 、 「

」 自 体 と し て

で あ り 、 『

密 三 昧

立 に 至 る 途 上 に あ る 事 を 示 し て い る と い え よ う 。 又 こ こ で

相 に

て 『

三 昧 耶 戒 』 か ら

い た と い う 事 は 、 そ こ に 台

か ら の 影

在 を

め る 事 が で

る 。 ( ロ )

 

「 三

」 一

125

(4)

智山学報第四十輯   〔 甲 〕 第 七 函 第

6

号 、 平 安

期 ( 寛 弘 〜 応 徳 ( 一 〇

四 〜 一 〇 八 七 年 ) 頃 ) 書 写 、 ( 外

) 三 昧 耶 戒

不 空 、 ( 内

) 三 昧 耶 戒 儀 、 ( 撰 号 ) 大 辨 正 大 和 尚 撰 、 ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 一 巻 、 奥

に 文 治 二 ( 一 一 八 六 ) 年 六 月 三 日

の 識

  〔 乙 〕 第 七 函

8

号 、

倉 時 代 文 治 四 ( 一 一 八 八 ) 年 書 写 、 澄

筆 、 ( 外 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 文 師

1

、 ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 一 巻 「 戒 序 」   a 顕 教 ・

教 の 戒 定 慧 に 就 て の 文 、

b

三 昧 耶 の 四 義 、 c

三 業

言 、

d

帰 命 句 、 e 金 剛 界 五 悔 、

f

『 大 日       経 開 題 ( 大 毘 盧 遮 那 ) 』 の 序 の 文 、 9 三 昧 耶 の 四 義 (

b

と 同 文 ) 「

儀 」

 

( 内 題 ) 「

密 三 昧 耶 仏

」         序 ・ 発 菩 提 心 、   次 応 啓 請 一 切 諸 仏 ・ 普 礼 真 言 ・ 五 仏 帰 命 、   次 応 供 養 ・ 普 供

言 ( 三 力 偈 は 無 い ) 、         次

悔 ・ 滅 罪 真 言、

 

三 帰 ・ 三

・ 三 帰 真 言 。

菩 提 心 ( 四 誓 願 ) ・

菩 提 心 真 言 ・ 経

、   次 問 言 、         次 請

聖 、

 

次 説 羯 磨 次 甄 別 戒 性

1

 

四 摂 ・

 

応 浄 除 四 障 ・

 

次 応 四 威

・   四

・   十 重 戒 、   小       乗 戒 と の 対 比 、   法 宝 を 紹 ぐ   こ こ に 於 る 「 戒 序 」 は 新 出 の 文 献 で あ る 。 先 づ a 顕 教 ・

教 の

定 慧 に 就 て の

で は 、 初 め に 四 種 法 身 を 三

の 本 源 一 如 の 妙 理 を 五 大 の 総 名 と し 、 迷 と 悟 と は 我 が 心 に

り 、

心 も

心 に し て 生 じ 、 覚

心 も 無 心 に し て

す る が 三 界 の 凡 夫 は 迷 い の 源 を

ら ざ る の で 、 法 身 大 日

は 法

心 殿 を 出 で ず に

辺 の 妙 用 を 起 こ し て

便 の 教 を 施 す と す る 。 そ し て そ の

と は 戒 定 慧 の 三 学 で あ り 、 こ れ に 顕 教 と 密 教 と が

る と さ れ 、 こ の 三 学 は 皆 「 入 仏 の 梯 鐙 、 除 病 の 良

」 で は あ る が 、 顕 教 は 「

に し て

を 尽 さ ず 、 浅 に し て 験

く 」 必 ず 三 劫 を

て 仏 位 に 到 り 、 そ の 間 に 或 は 退 ぎ 、 得 と 不 得 と が あ る 。 而 し 密 教 は 「 怱 に 十 地

薩 の 境 界 を 超 へ 、

に 法 身 如 来 の 三 密 を                                             ( 14 )             ( 15 ) 証 す 」 る と さ れ 、 基 本 的 な 〈 法

説 法 〉 説 が 示 さ れ る 。 そ し て 『 大 日 経

』 に 拠 っ て 戒 と は 「

に は 三 囀 羅 ・ 尸 羅 一

126

(5)

石 山寺所蔵の 『三昧耶戒 儀』につ い て (苫米地誠一)                                 ( 16 ) と 云 ふ 、 共 縁 共

な り 」 と し 、 『 菩 提 心 論 』 に よ り 「 勝 義 ・ 行 願 ・ 三 摩 地 の

成 す る

」 で あ っ て 、 故 に 三 世 無 碍 ・ 三

耶 仏 戒 ・ 無 為 戒 等 と 名 づ け る と さ れ る 。                                                                               ( 17 )   次 に

b

三 昧 耶 の 四 義 で は 、 三 昧 耶 の 義 と し て 誓 願 ・

間 ・ 平 等 ・ 三 宝 の

を 挙 げ る 。 『 大 日 経 疏 』 で は 平 等 ・

                              ( 18 ) 誓 ・

愕 ・ 除

の 義 を 、 空 海 は 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』

で 本 誓 ・

等 ・ 摂 持 の

を 挙 げ 、 更 に 字 門 に 約 し て 三

                                                                              ( 19 ) の 義 を 出 し て い る が

間 の 義 と い う の は 他 に 見 ら れ な い 。 他 に 無 間 の 義 を 探 す と 空

の 『 理 趣 経 開 題 (

子 帰

) 』 に 経

の 「 不 室 」 の

を 釈 し て 「 無 間 」 と す る 記 述 が 見 ら れ る 。

書 の 場 合 は 持 戒 の 継 続 性 を 主 張 し よ う と し た も の で あ ろ う が 、 三

耶 の 語 に は 本 来 こ の よ う な 意 味 は 無 く 、

っ た も の か 不 明 。 復 、

願 の 義 で は 願 を 自 願 と 他 願 に 分 け 、 他

を 諸 仏 の 本

と し 、 「 若 し

に 我 に 歸 す る 心 を 發 さ ば 、 我 必 ず 彼 の 處 に 影 向 し 彼 が 願                                                       ( 20 ) ふ 所 を 與 へ む 」 と す る 点 が 注

さ れ る 。 三 宝 の 義 に 就 て は 、 『 平 城 天 皇

頂 文 』

二 文 で は 判 ω 四 ・ ぺ

冉 ・ 司 嘱 卑 の 三 字 に 就 て 夫 々 の 字 義 を 釈 し 、 三 宝 二 二

に 当 て て い る が 、 こ こ で は 字 義 釈 は 無 く 、 三 密

二 部

二 宝 の 配 当 が な さ れ て い る 。                                           ( 21 )   次 の c 浄 三 業

言 は 真 言 名 の み 、

d

命 句 は 『 金 剛

瑜 伽 修 習 毘 盧 遮 那 三 摩 地 法 』 の 「 歸 命 毘 盧 遮 那 佛

 

口 意 業 遍 虚 室

 

演 読

來 三 密 門

 

金 剛 一 乘 甚 深 教 」 と い う 偈 文 の 終 り に 庵

を 加 え 、 「 毘 盧 遮 那

」 の 句 を 「 四 方 四

佛 」 「

墟 龍 猛 等 」 に

め て 繰 り 返 し た も の で あ り 、 次 の e 金 剛

五 悔 を

こ こ か ら 既 に 作 法 に 入 っ て お り 、                                                                                             ( 22 ) こ の

接 「

儀 」 が 継 が っ て 一 つ の 『 三 昧 耶

儀 』 を 構 成 す る の で は な い だ ろ う か 。 そ し て 次 の

f

『 大 日 経 開

』 の 文 、

9

耶 の 四

b

の 再 説 ) は こ れ の み で 別

の 「

序 」 で あ っ て 、 こ れ と

段 の 「

」 と で 一 つ の 『 三 昧 耶 戒 儀 』 と な り 、 本 写 本 は 一 つ の 『 三

耶 戒

』 の

に 別 の 「

序 」 が 二 重 に 置 か れ た も の で は な い だ ろ う か 。 特 に

9

b

の 再 説 で あ る 所 か ら そ の よ う に 推 測 す る も の で あ る 。 又 こ こ で cde の 作 法 の

在 す る 事 は 、 こ れ と 以 後 の 「

」 と で 三 昧 耶 戒 の 作 法 が 完 結 し 、 そ こ に 外

を 用 い な い 可 能 性 を

え さ せ る 。

儀 を 用 い な い と す 一

127

(6)

智山 学 報第四 十輯 る と 、 具 支

で は な く 印 法 灌 頂 と い う 事 に な り 、 す る と 許 可 灌 頂 等 と い う 事 も 考 え ら れ る 。 ま た 伝 法

頂 で あ っ て も

作 法 、 即 ち 印 法 灌 頂 の 場 合 も

る よ う で あ る 。   次 に 「 戒 儀 」 は 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒

』 と 殆 ど 全 同 で あ る 。 ま た 内 題 も 「 秘 密 三 昧 耶

戒 儀 」 と 称 す る 。 即 ち 〔 甲 〕                                                                                 ( 23 ) 本 の 書 写 さ れ た 平 安 時 代 後 期 に は 既 に こ の 題 名 が 成 立 し て い た と い え る 。 但 し こ こ に は

だ 三 力 偈 が 見 ら れ な い 。 こ の 事 は 三 力 偈 の 付 加 さ れ た の が 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒

』 成 立 の 最

で あ る 事 を 示 し て い る と 思 わ れ る 。 然 し

誉 の 『 入

抄 』 所 引 の 「 弘 法 大 師 の 三

耶 戒

」 で は 既 に 三 力 偈 が

ら れ 、 又

出 の 高 山

の 平 安 時 代

治 八 ( 一 〇 九 四 ) 年 隆 覚 筆 の 玄 証 本 『 三 昧 耶 戒 序 』 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒

』 で も 三 力 偈 は

在 し 、 従 っ て こ れ 以 前 に 巳 に 三 力 偈 の

加 が 行 わ れ て い た と 考 え ら れ る 。 又 巻 末 の 廻

の 句 も

く 、

本 に も こ れ は 無 い が 、 廻 向 は 本

『 授 発

心 戒 文 』 に 存 在 し て お り 、 ( イ ) 本 等 と 同 じ く ( ロ )

も 戒 体 で あ っ て 外 儀 の 在 る 三

耶 戒 作 法 で あ れ ぽ そ の

り に 廻 向 を 置 く 所 か ら 、 こ こ で は 省 略 さ れ た も の か 。

し そ う す る と 、 現 行 の 『 秘

耶 仏

儀 』 の 廻 向 は 直 接 『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 に 拠 る の で は な く 、 別 に

た に 付 加 さ れ た 可 能 性 も 考 え ら れ よ う 。   所 で ( ロ )

は 撰 号 に 「 大 辨 正 大

」 と あ り 、 そ の 中 〔 甲 〕 本 で は

題 下 に 「 不 室 」 と 在 っ て 、 「 目 録 」 で も 不

述 と す る 。 「

序 」 部 分 に は 確 か に 不 空 訳 『 金 剛 頂

地 法 』 に 拠 る

d

帰 命 句 や 或 は e 金 剛

五 悔 等 も 在 る が 、 ま た 空 海 の

f

『 大 日 経 開 題 ( 大 毘 盧 遮 那 ) 』 か ら の 引 用 な ど も 在 り 、 と う て い 不 空 の 撰

と は

な い 。 そ れ で は 何 故 「 大 辨 正 大 和 尚 撰 」 と さ れ た の か 。 勿 論 「

」 自 体 が 不

に 仮 託 さ れ た 可 能 性 も あ る が 、

は こ の 「

」 が 本 々 は 『 授

菩 提 心 戒

』 に 拠 っ て お り 『 授 発 菩 提 心 戒

』 は 『 三 十

子 』 所 収 で あ る 所 か ら こ れ を 不

の 撰 述 と し そ し て 『 灌 頂 三

耶 戒 』 を 合

し た 「

」 を も 不 空 撰 述 と し 、 そ こ か ら 『 三 昧 耶 戒

』 巻 頭 の 撰 号 を も 不 空 を 指 す 「 大 辨 正 大 和

」 と し た も の で は な い だ ろ う か 。 確 実 で は な い が 、 一 応 の 推 論 と し て 述 べ て お く 。 一 

128

(7)

石 山寺所蔵の 『三戒儀に つ い て (苫 米地誠一)                

 

  ( 24 )   所 で 〔 甲 〕 本 は

の 識 語 が 見 ら れ る が 、 こ の 範

と は 石 山

十 一

座 主 で あ り 遍 智 院 成 賢 の 肉 弟 、 定 賢 の 兄 、 民 部 卿

町 成

の 息 で あ っ て 叔 父 の 勝 賢 の 付 法 の 一 人 で あ り 、 勝 賢 よ り

瓶 に と 期 待 さ れ た が 病 弱 で 早                

 

   

 

   

 

   

 

      ( 25 ) 逝 し た と さ れ る 。 又 安 祥

流 の 頼 真 の 瀉 瓶 で あ る 良 範 は 範 賢 の

で あ り 、 後 に 改

し た も の と さ れ る 。 「 目

」 に

る と

賢 は 若 い 頃 に

つ か の 聖 教 を 石 山

僧 朗 澄 よ り 受 法 し て い る よ う で あ り 、 又 文 治 二 (

八 六 ) 年

    ( 26 ) の 『

灌 頂 記 』 も 石 山 寺 に 存 在 し 、 或 は 本 聖 教 も 朗 澄 か ら

法 し た も の か 。 〔 乙 〕 本 を 書

し た 澄 雅 に

て は 不                

 

   

 

   

 

   

 

( 27 ) 明 で あ る が 、 外 題 下 の 「 文 師 」 と い う の も 文 泉

朗 澄 を 指 し 、 こ れ も 朗 澄 の 本 を 書 写 し た も の で あ ろ う 。 こ の 朗 澄 と い う 僧 は

主 に な る 様 な 名 門 の

で は な い が 、 不 世 出 の 学 僧 と し て

高 く 多 く の 聖

・ 図

を 残 し て い る 。 又 朗 澄 は 石 山 寺

( 石 山 流 人

ま た

祐 は 勧 修

方 も

承 し て い る ) ・ 宰

阿 闍 梨

( 理 性 院 流 、 又 は

と も ) ・ 大 内 山 亮 恵 ( 金 剛 王 院

) ・ 大 法 房 實

( 勧 修 寺 流 良

方 ) ・ 覚 洞 院 勝 賢 ( 三 宝 院

) ・ 慶 雅 ( 石 山

誉 方 、 静 誉 を 除 い た 血 脈 を 石 山 流 朗 澄

と す る ) 等

く の 師 よ り

法 し て い る が 、 全 て 小 野 方 の 法 流 の よ う で あ る 。

っ て こ の 作 法 が

澄 に 帰 せ ら れ る な ら ば 、 小 野 方 の

法 と い う 事 も 考 え ら れ る 。 但 し 石 山 寺 の 座 主 は 淳

は 、 広 沢 方 よ り 出 た 人 が

く 、 必 ず し も 石 山 寺 の 法 流 が 小 野 方 で あ る と ば か り は 言 え な い 。 従 っ て 現

石 山 寺 に 蔵 さ れ る こ の 『 三

』 の

も 小 野 方 ・ 広 沢 方 の ど ち ら か に 限

す る

は 難 し い で あ ろ う 。 又 石 山 寺

倉 聖 教 附 函 一 二 号 に は 平

時 代 永 暦 元

二 (

六 〇 〜 一 一 六 } )

写 、 朗 澄 筆 の 三 帖 の 『

法 灌 頂 作 法 』 が 在 り 、 江 戸 時

の 包 紙 表

「 石

1

粟 田 口

頂 次 第 」

帖 表 紙 押 紙 「 石 流 傳 法 式 ( 云

田 口 水 丁 次 第 /

御 筆 ) 」 等 と 在 る が 内 容 は 野 沢 通

式 系 の 灌 頂

で あ る 。 こ れ か ら す る と 朗 澄 の 伝 え た 石 山

の 伝 法

頂 に 於 る 三 昧 耶 戒 作 法 嵐

沢 通 用 式 系 で

と な り 、 『 三 昧 耶 戒

』 は 石 山 流 の 伝 法

頂 の

法 で は な い 事 が 考 え ら れ る 。 即 ち こ の 石 山 寺 の 『 三 昧 耶 戒

』 の 位 置 付 け は ま だ 十 分 に 明 ら か に す る 事 は で き な い と い え よ う 。 一

129

 一

(8)

智 山学 報第四 十 第 七 函 第

7

号 、 ( ハ )

 

「 三

」 鎌

時 代 中 期 (

応 〜 弘 安 ( 一 二 二 二 〜 一 二 八 八 年 ) 頃 ) 書 写 、 巻 首

、 ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒

一 巻 「

序 」

 

『 三 昧 耶 戒 序 』 の 全 文 「

」   ( 内 題 ) 「

」 、 ( 戸 ) 本 の 「 戒 儀 」 と 同   「

序 」 の 『 三 昧 耶 戒 序 』 は 巻 首 部

に 欠 損 が

り 、 内 題 ・ 撰 号 が 不 明 。

紙 も

補 で あ り 本 来 の 外 題 も 明 ら か で は な い 。 従 っ て 本

の 内 題 を 「 三 昧 耶

序 」 と す る か 、 又 こ れ を 空 海 撰 述 と す る か 否 か は 不 明 で あ る 。

儀 」 部 分 に

て は 内 題 を 「

發 菩 提 心 戒 文 」 と す る が 、

容 は ( ロ ) 本 と 全 同 で あ り 、 『 秘 密 三 昧 耶 仏

儀 』 と も 殆 ど 同 じ で

る 。   こ こ で 本

本 と 同 じ く 『 三 昧 耶

序 』 と 『

三 昧 耶 仏 戒

』 と を 一 続 き と す る 文 献 と し て は 、 次 の

諸 本 の

在 が 確 認 で き て い る 。  

1

『 入 曼 荼 羅 抄 』 所 引 の 「 弘 法

の 三 昧 耶

儀 」  

2

高 山 寺 聖 教 第 四 部

一 七 〇 函

1

号 、 平

時 代

治 八 ( 一

九 四 )

写 、

、 粘

型 、 「 高 山 寺 」

方 印 、 押 界 、 朱 点 ( 仮 名 、 ヲ コ ト 点 ・

堂 点 、 院 政

) 、 頁 八 行 、 行 十 三 字 、

一 七 ・ 五 糎 、

一 五 ・

0

一 二 ・ 八 糎 、

一 ・ ○ 糎 、

題 内 題 「 三 昧 耶 戒

」 内 題 下 撰 号 「 遍 照 金 剛

」 、 途 中 内 題 「

發 菩

」 、

題                      

 

 

 

 

                                      ( 29 ) 「 三

耶 佛

」 奥 書 「

治 八 年 三 月 二 十 三 日

時 許

隆 覺 」 別

「 玄 証 」 《 三 力 偈 は あ る が 廻 向 は

い 》  

3

東 寺 宝 菩 提

三 密 蔵 聖

第 一 〇 七 函

21

号 、

写 年 代 不 明 の 写 本 、 粘

型 力

点 ( ヲ コ ト 点 ・ 円 堂 点 ) 、 頁 八 行 、 行 十 三 〜 十 五 字 、

題 「 三 昧

序 一

」 内 題 「 三

序 」

号 「

照 金 剛 撰 」 途 中 内 題 「

三 昧 耶

130

(9)

石 山寺所蔵の

r

三昧耶 戒儀』につ い て (苫米地誠一) 戒 儀 イ 本 授 發

提 心

文 」 尾 題 コ ニ

佛 戒 儀 一 卷 L 奥 書 ナ シ  

4

同 第 一 一 四 函

13

号 、 刊 年 不 明 の

本 ( 写

の 為 に は っ き り し な い が 一 見 す る と こ ろ

野 版 の 如 き 形 態 ) 、 外 題 内 題 コ ニ 昧 耶 戒

L 内 題 下 撰 号 「

照 金 剛

」 途 中 内 題 「 秘 密 三 昧 耶 佛 戒

」 尾 題 奥 書 ナ シ  

5

明 暦 二 ( 一 六 五 六 )

刊 『 三 昧 耶

序 』 『 秘

耶 仏 戒 儀 』 の 版 本 ( 流 布

) 。                            

 

   

 

   

 

   

 

          ( 30 )  

6

筆 者

調 査 で あ る が 仁 和 寺 に も 同 様 の 写 本 が

在 す る と の 事 で あ る 。   石 山

( ハ ) 本 は ( イ ) 本 ( ロ ) 本 と 同 様 の

で あ り 、

際 の 灌 頂 授

に 用 い ら れ た 可 能 性 が 考 え ら れ る が 、

本 ・ 東 寺 本 等 は 冊 子 本 で

り 、

学 の 為 に

写 さ れ た も の で あ ろ う 。 或 は 印 法

頂 の 作 法 で あ れ ば 、 こ の 冊 子 本 に よ っ て 授 戒 が

わ れ た こ と も 考 え ら れ な い こ と で は な い 。 而 し ど ち ら に し ろ ( イ ) ( ハ )

23

諸 本 の

題 か ら も 『

密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 が 「 授 發 菩 提 心

文 」 と も

さ れ て 伝 承 さ れ て お り 、 そ れ が 本

の 名 称 で あ っ て 、 『 授

提 心 戒 文 』 を 基 と し て 成 立 し て

た も の で あ る 事 が 理 解 さ れ よ う 。 お

り に   所 で 、 以 上 の 如 き 『 三 昧 耶 戒

』 が 果 た し て

何 な る

頂 に 於 て 用 い ら れ た 授 戒

法 か と い う 問 題 で あ る が 、 こ こ で 注 意 さ れ る の が 高 山 寺 所 蔵 の 『 許 可 三

作 法 』 と 『 許 可 作 法 次 第 』 で あ る 。 こ れ ら の 聖 教 に

て は 別 稿 を             ( 31 ) 予 定 し て い る が 、 『 許 可 三 昧 耶 戒 作 法 』 は や は り 前 半 に 許 可 灌 頂 に 就 て の 解 説 を 作 し

半 に 「 戒 儀 」 を 置 き 、 形

が 似 る 。 又 そ の 「 戒 儀 」 は 『 秘 密 三 昧 耶

儀 』 の 略 省 を 主 体 と し 、 若 干 の 他 の 作 法 か ら の 影 響 を

け た も の で あ る 。 『 許 可

法 次 第 』 は 初 め に 金 ・ 啓 白 ・ 印 信 ・

・ 供 養 法 ・ 正 念

・ 散 念 誦 と あ り 、 そ の 次 に

耶 戒 文 と し て 『 三 昧 耶 戒 序 』 の 略 省 と 『 許 可 三 昧 耶 戒 作 法 』 と 同 一 の 「 戒 儀 」 、 終 り に 授 印 信 ・ 一 字 真 言 ・

と あ っ て 、

し た 次

成 し て い る 。 そ し て こ の

養 法 の 散 念 誦 の

む と す る 「 三 摩 耶 戒 文 」 な る も の も 「 戒 序 」 一

131

(10)

智 山学 報第四十輯 + 「

」 の 構 成 を 持 っ て お り 、 ま た 題 名 も 『 三 昧 耶 戒 儀 』 と 類 似 し 、 即 ち 石 山

の 『 三 昧 耶 戒 儀 』 も 許 可

頂 と の 関 連 が 予 想 さ れ る 。 但 し 『 入

羅 抄 』 所

の 「 弘 法 大 師 の 三

耶 戒 儀 」 も 又 同 一 の 作

で あ っ て 、 而 も 『 入

荼 羅 抄 』 は 具 支 の 事

灌 頂 と し て の 伝 法 灌 頂 に 関 し て

べ て お り 、 こ れ が 必 ず し も 許 可 灌 頂 の 作 法 で あ る と い う 確 定 的 な 証 拠 は 無 い 。 而 し 一 般 的 に 許 可 灌 頂 と は 、 又 は

可 と も

し 、 諸

の 前 な ど に 、

者 に 許 可 ( 印 可 ) を 授 け る も の で 、 受 明 灌 頂 と 伝 法 灌 頂 と の 場 合 が あ る が 、 作 法 は 同 じ で あ り 、 金 胎 合 行 の 供 養 法 に 拠 る 印

灌 頂 作                                                                   ( 32 ) 法 を 用 い る も の が 多 い 。 そ し て こ の 許 可 作 法 は 台 密 と の 関 係 が 認 め ら れ る 。 『 三 昧 耶 戒

』 も 円 仁 の 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 と 関 係 し て お り 、 金 胎 合 行 の

法 と な っ て い る と い う

か ら す る と 、 多 く の

問 は あ る が 、 許 可 灌 頂

法 と 関

し て 考 え る 必 要 が あ ろ う 。   最 後 に 本 稿 を 作 成 す る に 当 り 、 石 山 寺 の 聖 教 の 閲 覧 と 掲

を 快 く 御

可 賜 り ま し た 石 山 寺

尾 隆 輝 猊 下 、 な ら び に 聖 教 調 査 に 際 し て 種 々 御

り ま し た 石 山 寺 副 座 主

尾 遍 隆

、 田 中 稔 先 生 を は じ め と す る 石 山 寺

化 財

合 調 査 団 の 皆 様 方 に 衷 心 よ り

の 感 謝 を 申 し 上 げ ま す 。 又 飜 刻 に 当 っ て は 築 島

『 平 安

訓 点 本

 

ヲ コ ト 点 図 仮 名 字 体 表 』 ( 昭

61

) を 参 照 さ せ て 戴 き 多 大 の 学 恩 を 蒙 る こ と が で き た 。 併 せ て

の 意 を 表 す る 。 一 

132

 一 註 (

1

)   石 山 寺、 滋 賀 県 大 津 市 石 山 寺 一 − 一 ー 一 に 在 る 真 言 宗 東 寺 派 の 大 本 山 。 天 平 勝 宝 元 ( 七 四 九 ) 年 朗 弁 僧 正 の 創 建 。 初 め 東   大 寺 に 属 し た が 小 野 流 祖 理 源 大 師 聖 宝 ( 八 三 二 〜 九 〇 九 ) が 入 住 し て 初 代 座 主 と な っ て よ り 真 言 密 教 の 道 場 と な る 。 聖 宝 は 東   大 寺 別 当 と な り 、 東 大 寺 内 に 東 南 院 を 創 建 し て 三 論 宗 を 再 興 し て い る が 、 そ の よ う な 関 係 か ら 石 山 寺 へ 入 っ た も の か 。 佐 和 隆   研 博 士 に よ る と 石 山 寺 の 造 営 は 弓 削 道 鏡 に よ る も の で あ り 、 道 鏡 失 脚 後 は 南 都 以 外 の 密 教 的 信 仰 を 背 景 に し た 私 度 僧 達 に よ っ   て 護 ら れ て き た の で は な い か と さ れ る ( 佐 和 隆 研 「 石 山 寺 の 歴 史 と 文 化 財 」 石 山 寺 文 化 財 綜 合 調 査 団 編 『 石 山 寺 の 研 究   一 切   経 篇 』 昭 53 /

3

) 。 又 佐 和 博 士 は 石 山 寺 の 再 興 は 石 山 内 供 ( 又 は 普 賢 院 内 供 ) 淳 祐 ( 八 九 〇 〜 九 五 三 ) に よ り 、 寺 伝 に 現 れ る   聖 宝 ・ 観 賢 は 、 地 理 的 に 上 醍 醐 に 近 い こ と か ら し ぽ し ば 訪 れ て い た こ と は 推 察 し 得 る と す る の み で あ っ て 、 座 主 と し て の 入 住

(11)

石 山所蔵

r

昧耶につ い て 米地 誠   に は 否 定 的 な よ う で あ る 。 而 し 淳 祐 と 石 山 寺 と の 結 び 付 き の 成 立 に は 、 東 大 寺 別 当 と な っ た そ の 師 の 観 賢 、 更 に そ の 師 で あ る   聖 宝 の 存 在 を 想 定 す る 事 は 自 然 な 事 で あ ろ う 。 又 石 山 寺 座 主 の 次 第 は 聖 宝 ・ 観 賢 ・ 淳 祐 の 後 は 池 上 大 僧 正 寛 忠 ( 九 〇 三 〜 九 七   七 ) . 禅 林 寺 大 僧 正 深 覚 ( 九 五 三 〜 一 〇 四 三 ) ・ 深 観 ( 一 〇 〇 三 〜 一 〇 五 七 ) ・ 良 深 ( 一 〇 二 五 〜 一 〇 七 七 ) ・ 覚 仁 ・ 実 意 ・ 公 祐   ( 一 = 二 四 〜

九 六 ) ・ 範 賢 ・ 公 深 ・ 教 深 以 下 と 続 い て い る 。 (

2

)   本 稿 に 於 る 時 代 区 分 は 全 て 「 目 録 」 に 従 う 。 即 ち 平 安 中 期 ・ 延 喜 〜 長 保 、 平 安 後 期 ・ 寛 弘 〜 応 徳 、 鎌 倉 中 期 ・ 貞 応 〜 弘   安 と な る 。 ( 3 )   三 昧 耶 戒 授 戒 作 法 で は 、 『 大 日 経 』 『 大 日 経 疏 』 『 略 山 念 誦 経 』 等 に 基 く 外 儀 作 法 を 行 う 間 に 、 受 者 に 「 戒 体 」 な る も の を   読 み 聞 か せ る こ と に な っ て い る が 、 そ の 内 容 は 『 無 畏 三 蔵 禅 要 』 『 受 苔 提 心 戒 儀 』 等 に よ っ て 構 成 さ れ て い る 。 猶 、 猶 拙 論 「 三   昧 耶 戒 儀 を め ぐ っ て 」 ( 『 印 仏 研 』

37

1

63

) を 参 照 さ れ た い 。 (

4

)   弘 全

2

. 蜘 〜 旧 。 拙 論 「 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 の 成 立 を め ぐ っ て

『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 ・ 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 と の 関 係 を 中   心 に     」 ( 牧 尾 良 海 博 士 喜 寿 記 念 『 儒 仏 道 三 教 思 想 論 攷 』 平

2

) を 参 照 さ れ た い 。 ( 5 )   『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 に 就 て は 前 掲 拙 論 と 共 に 、 拙 論 「 唐 代 密 教 に 於 る 菩 提 心 戒 授 戒 儀 に つ い て 」 ( 斎 藤 昭 俊 教 授 還 暦 記 念   『 宗 教 と 文 化 』 平 2 ) を 参 照 さ れ た い 。 ( 6 ) 拙 論 「 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 を め ぐ っ て

『 入 曼 荼 羅 抄 』 に 於 る 引 用 を 中 心 に

」 ( 『 智 山 学 報 』

38

平 元 ) 。 ( 7 )   石 山 寺 文 化 財 綜 合 調 査 団 編 『 石 山 寺 の 研 究   校 倉 聖 教 古 文 書 篇 』 ( 昭

56

/ 2 、 59 ・

60

頁 ) の 石 山 寺 校 倉 聖 教 の 「 目 録 」 に   は 、 本 論 中 に 省 略 し た 書 誌 的 事 項 に 就 い て 次 の 様 に 記 載 さ れ て い る ゜   ( イ ) 第 七 函 第

9

号 「 三 摩 耶 戒 / 平 安 時 代 中 期 写 巻 子 本 、 首 欠 、 楮 紙 、 墨 界 、 一 行 二 十 三 字 前 後 朱 点 ( 仮 名 、 ヲ コ ト 点 ・ 第 二 群 点 、 長 保 頃 ) 、 表 紙 . 軸 後 補 、 内 題 ・ 尾 題 ナ シ 、 奥 書 ナ シ 、 縦 二 八 ・ 六 糎 、 七 紙 、 冖 紙 長 五 三 ・ ○ 糎 、 界 高 二 四 ・ 四 糎 、   界 幅 二 ・ ○ 糎、 / ( 端 裏 外 題 ) 三 昧 耶 戒 、 《 「 目 録 」 に は 「 三 摩 耶 戒 」 と あ る が 実 物 に よ り 訂 正 》   ( ロ ) 〔 甲 〕 第 七 函 第

6

号 「 三 昧 耶 戒 儀 ( 不 空 撰 ) / 平 安 時 代 後 期 写 、 巻 子 本 、 斐 紙 、 墨 界 、 冖 行 十 七 字 訓 点 ナ シ 、 古 表 紙 、 軸 後 補 、 縦 二 七 . 三 糎 、 十 三 紙 ( 古 裘 紙 共 ) 、 一 紙 長 五 七 ・ 三 糎 、 界 高 一 二 ・ 四 糎 、 界 幅 一 ・ 九 糎、 / ( 外 題 )   三 昧 耶 戒 儀 不 空 / ( 内 題 )   三 昧 耶 戒 儀 / 大 弁 正 大 和 尚 撰 / ( 尾 題 )   三 昧 耶 戒 儀 一 巻 / ( 奥 書 )   文 治 二 年 六 月 三 日 一 見 了 此 本 / 最 可 秘 蔵 此 書 之 中 / 有 重 説 可 決 之 / 求 法 沙 門 範 賢 / 生 年 二 十 三 」                                                   ー       [ 乙 〕 第 七 函 第

8

号 「 三 昧 耶 戒 儀 ( 不 空 撰 ) / 鎌 倉 時 代 文 治 四 年 写 、 澄 雅 筆、 巻 子 本 、 楮 交 リ 斐 紙 、 墨 界 、 一 行 十 六 字 一 133 一

(12)

智山学 報第四 朱 書 書 入 、 朱 句 切 点 、 表 紙 軸 後 補 、 縦 二 六 ・ ○ 糎 、 十 八 紙 、 一 紙 長 四 七 ・ 七 糎 、 界 高 二 三 ・ 一 糎 、 界 幅 二 . ○ 糎 、 / ( 外 題   下 )   文 師 ー / ( 尾 題 )   三 昧 耶 戒 儀 一 巻 / ( 奥 書 )   文 治 四 年 七 月 十 七 日 以 石 山 経 蔵 本 / 書 写 畢   沙 門 澄 雅 / ( 朱 書 ) 「 此 書 一   本 書 歟 尤 可 為 貴 重 ≧ ≧ ≧ ミ 」   ( ハ ) 第 七 函 第 7 号 「 三 昧 耶 戒 儀 ( 不 空 撰 ) / 鎌 倉 時 代 中 期 写 、 巻 子 本 、 巻 首 欠 、 楮 交 リ 斐 紙 、 墨 界 ( 横 界 天 一 条 、 地 二 条 、 縦 界 ハ 第 一 紙 ノ ミ ニ 在 リ ) 、 一 行 十 六 字 前 後 、 墨 書 校 合 、 訓 点 ナ シ 、 内 題 ナ シ 、 奥 書 ナ シ 、 表 紙 ・ 軸 後 補 、 縦 二 八 ・ 九 糎 、 十   五 紙 、 一 紙 長 五 七 ・ 一 糎 、 界 高 二 三 ・ 九 糎 、 界 幅 一 ・ 九 糎 、 / ( 尾 題 )   三 昧 耶 佛 戒 儀 一 巻 」 (

8

)   「 戒 序 」 は 四 四 八 字 ( 弘 全 本 で 四 三 六 字 ) あ り 、 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 第 二 文 は 弘 全 本 で こ の 前 に 九 一 七 字 あ る 。 写 本 は 第 一   紙 一 八 行 、 第 二 紙 以 下 各 二 六 行 、 一 行 一 二 〜 二 三 字 で あ り 、 第 一 紙 が 前 八 行 程 欠 け て い る と も 思 わ れ る が 、 約 九 百 字 に 内 題 分   を 加 え る と 大 体 一 紙 半 か ら 二 紙 分 程 度 と 考 え ら れ よ う 。 ( 9 )   『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 は 四 文 よ り 構 成 さ れ そ の 第 一 文 が 偽 撰 と 思 わ れ る に つ い て は 拙 論 「 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 を め ぐ っ て       」 ( 『 大 正 大 学 大 学 院 研 究 論 集 』 11 及 び 『 大 正 大 学 綜 仏 年 報 』

9

62

の 「 学 内 学 術 研 究 発 表 会 要 旨 」 ) を 参 照 の こ と 。 又 他 の   三 文 に 就 て は 拙 論 「 弘 法 大 師 に 於 る 戒 に つ い て 」 ( 『 智 山 学 報 』

39

平 2 ) を 参 照 さ れ た い 。 (

10

)   未 だ 体 系 的 に 調 査 し た 訳 で は な い が 、 現 在 の 所 確 認 し て い る の は 、 『 三 十 帖 策 子 』 以 外 の 単 独 の 写 本 と し て は 、 東 寺 宝 菩   提 院 三 密 蔵 聖 教 第 四 七 函 七 四 号 に 南 北 朝 時 代 永 徳 元 年 ( 一 三 八 一 ) 道 快 筆 の 『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 の 写 本 が あ る 。 奥 書 に は 「 康   安 二 年 四 月 十 八 日 於 東 寺 観 智 院 / 以 当 寺 西 院 本 書 写 了 大 師 三 昧 / 耶 戒 序 奥 所 載 大 略 同 也 即 比 / 交 加 愚 点 了   金 剛 乗 賢 宝 / 永 徳   元 年 九 月 十 七 日 命 快 成 大 法 師 / 書 写 之 了   求 法 沙 門 道 快 三 十 八 」 と あ る 。 (

11

)   円 仁 撰 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 に 就 て は 拙 論 「 慈 覚 大 師 円 仁 撰 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 に つ い て 」 ( 『 塩 入 良 道 博 士 追 悼 記 念 論 文 集 』 に   投 稿 予 定 ) を 参 照 さ れ た い 。 ( 12 )   前 掲 ( 註 4 ) 拙 論 を 参 照 の こ と 。 (

13

)   拙 論 「 三 昧 耶 戒 の 形 成 過 程 に つ い て 」 ( 『 印 仏 研 』

39

1

2

) を 参 照 さ れ た い 。 (

14

)   拙 論 「 〈 法 身 説 法 〉 説 の 成 立 に つ い て 」 ( 『 智 山 学 報 』

36

62

) 及 び 「 弘 法 大 師 に 於 る 〈 法 身 説 法 〉 説 の 展 開 に つ い て

  開 題 類 を 中 心 と し て     」 ( 『 智 山 学 報 』 37 昭 63 ) を 参 照 さ れ た い 。 ( 15 )   大 正 蔵

39

・ 硼

b

に 「 此 戒 梵 云 三 囀 羅 。 是 共 縁 共 成 此 戒 之 義 。 所 謂 慧 方 便 等 之 所 集 成 。 若 尸 羅 者 。 但 是 清 浄 義 也 。 」 と あ る 。 (

16

)   大 正 蔵

32

・ 弸 c 。 一

134

(13)

石山寺所蔵の 『三昧耶戒儀』につ い て (苫 米地誠一)      (   ( ( 24 23 _  )   ) (         (    (    (

22

 21 20 19 18  17 )   )   )   )   )   )   原 通 憲 ( 入 道 信 西 )   遍 智 院 成 賢 二 一 十 九 代 座 主 民 部 卿 法 印 定 範 等 が あ り 、   弟 ) に 醍 醐 寺 座 主 覚 洞 院 勝 賢 ・ 高 野 山 蓮 華 三 昧 院 開 祖 空 阿 上 人 明 遍 ・ 法 勝 寺 執 行 静 賢 ( 叡 山 ) ・ 安 居 院 澄 憲 ・ 広 隆 寺 別 当 寛 敏 ・   興 福 寺 別 当 覚 憲 ( 壷 坂 寺 ) 等 が あ り 、 従 兄 ( 成 範 の 兄 貞 憲 の 子 ) に 解 脱 上 人 神 楽 岡 貞 慶 が い る 。 範 賢 は 安 元 二 (

七 六 ) 年   十 三 歳 で 叔 父 勝 賢 に 従 て 出 家 し 、 石 山 寺 に 入 る 。 文 治 二 年 石 山 寺 に て 座 主 公 祐 よ り 伝 法 灌 頂 を 受 け 、 同 五 ( 一 一 八 九 ) 年 叔 父   勝 賢 よ り 、 更 に 元 久 元 ( = 一 〇 四 ) 年 兄 成 賢 よ り 灌 頂 を 受 く ( 重 受 ・ 無 作 法 ) 。 勝 賢 は 初 め 実 継 を 付 弟 と し た が 早 世 し た 為 、 範 賢 を 付 弟 と し 、 範 賢 が や は り 早 世 し た の で 成 賢 を 付 弟 と し た と す る 記 事 が 『 野 沢 血 脈 集 』 第 二 ・ 『 野 沢 大 血 脈 』 ・ 『 密 宗 血 脈   鈔 』 巻 中 等 に 見 ら れ 、 範 賢 が 勝 賢 よ り 期 待 を 寄 せ ら れ て い た 事 が 伝 え ら れ る 。 又 醍 醐 寺 経 蔵 に 蔵 さ れ る 『 伝 法 灌 頂 師 資 相 承 血   脈 』 一 巻 ( 築 島 裕 「 醍 醐 寺 蔵 本 「 伝 法 灌 頂 師 資 相 承 血 脈 」 」 『 醍 醐 寺 文 化 財 研 究 所 研 究 紀 要 』

1

53

娼 頁 ) に は 範 賢 − 康 円

i

  厳 遍 と い う 血 脈 を 載 せ る 。 没 年 不 詳 。 前 掲 ( 註 1 ) 佐 和 論 文 、 及 び 次 註

25

26

を 参 照 。 (

25

)   良 範 、 安 祥 寺 流 頼 真 の 付 法 。 『 伝 灯 広 録 』 続 巻 九 ( 真 全 33 ・ 弸 上 〜 下 ) に は 範 賢 と 別 に 良 範 の 伝 を 載 せ 、 民 部 卿 律 師 と 日   い 、 戸 部 尚 書 親 範 の 子 と す る 。 ま た 醍 醐 寺 蔵 『 伝 法 灌 頂 師 資 相 承 血 脈 』 に は 法 琳 寺 律 師 実 厳 の 付 法 と し て 大 納 言 阿 闍 梨 頼 真 と   共 に 範 賢 を 挙 げ 、 「 改 良 範   民 部 卿 律 師   親 範 息 」 と し 、 頼 真 の 付 法 と し て 良 範 を 挙 げ 、 更 に 勝 賢 の 付 法 に 石 山 寺 座 主 範 賢 と   共 に 民 部 卿 阿 闍 梨 律 師 良 範 の 名 を 挙 げ る 。 而 し 『 尊 卑 分 脈 』 に は 親 範 の 息 の 良 範 な る 者 は 見 ら れ な い 。 或 は 『 血 脈 類 集 記 』 第 六 ( 真 全

39

・ 協 ) 『 血 脈 私 抄 』 下 ( 続 真 全

25

m

) に は や は り 勝 賢 の 付 法 に 範 賢 と 良 範 を 載 せ 、 良 範 を 成 範 の 息 と す る 。 而 し 成 大 正 蔵

39

・ 腮 c 。 弘 全

2

・ 瀧 。 弘 全

1

・ 燬 。 弘 全 2 ・ 魏 〜 鵬 。 大 正 蔵

18

・ 謝 a 。 弘 全 1 ・ 弸 〜 膕 。 三 力 偈 に つ い て は 前 掲 ( 註

4

) 拙 論 の 註

20

・ 23 を 参 照 さ れ た い 。 範 賢 、 石 山 寺 第 十 一 代 座 主 、 中 納 言 僧 都 、 字 は 浄 光 。 ロ 甲 本 奥 書 に 文 治 二 (

八 六 ) 年 二 十 三 歳 と あ る か ら 、 長 寛 二 一 六 四 ) 年 の 生 れ で あ る 。 範 賢 の 世 系 に 就 て は 「 尊 卑 分 脈 」 ( 『 改 訂 増 補 国 史 大 系 尊 卑 分 脈 第 二 編 』 鰯 〜 姫 ) に 、 少 納 言 藤               の 下 に 、 通 憲 の 子 民 部 卿 ・ 中 納 言 ・ 桜 町 吏 部 尚 書 郎 藤 原 成 範 の 子 と し て 出 る 。 兄 弟 に 醍 醐 寺 二 十 五 代 座 主                                           甥 ( 兄 通 成 の 子 ) に 醍 醐 寺 三 十 六 代 報 恩 院 憲 深 が あ り 、 叔 父 ( 成 範 の 兄 一

135

(14)

智山学報 第四十 輯   範 の 于 に 良 範 の 名 は 見 ら れ な い 。 復 『 血 脈 記 』 ( 続 真 全

25

・ 拠 ) に は 安 祥 寺 流 の 相 承 を 記 し て 、 実 厳 の 弟 子 に 範 賢 が あ り 、 も   と 勝 賢 の 弟 子 で 良 範 と 改 め 、 実 厳 の 瀉 瓶 頼 真 に 付 法 し 、 瀉 瓶 を 成 厳 に 譲 っ た が 、 三 合 の 聖 教 を 相 承 し た と さ れ る 。 此 等 の 記 事   か ら す る と や は り 良 範 と 石 山 寺 範 賢 と は 同 一 人 物 と 考 え ら れ よ う 。 又 同 書 に は 良 範 が 弟 子 の 隆 厳 に 許 可 を 授 け た も の の 示 寂 し 、   隆 厳 は 成 厳 に 受 法 し て 良 範 の 三 合 の 聖 教 を 相 承 し た と し 、 以 後 、 安 祥 寺 流 の 傍 系 と な る が 良 範 − 隆 厳 ー 道 耀 − 円 観 房 勝 深 − 良   厳 − 覚 什 − 宥 快 と い う 血 脈 を 載 せ 、 『 野 沢 血 脈 類 集 』 巻 二 ( 真 全

39

・ 弸 ) に も 同 じ 血 脈 を 載 せ る 。 又 『 血 脈 類 集 記 』 第 八 に は   建 歴 二 ( = 二 二 ) 年 の 灌 頂 の 記 録 に 範 賢 の 名 が 、 建 保 四 ( 一 二 一 六 ) 年 に 良 範 の 名 が 見 ら れ る か ら 、 改 名 は こ の 間 に 為 さ れ   た の で あ ろ う 。 (

26

)   石 山 寺 校 倉 聖 教 中 に 第 八 函 第 11 号 と し て 所 在 す る 。 「 目 録 」 に は 次 の 如 く あ る 。 「 範 賢 灌 頂 記   一 巻 / 鎌 倉 時 代 文 治 二 年 写 、   朗 澄 筆 、 巻 子 本 、 墨 界 ( 天 二 条 、 地 一 条 ) 、 一 行 二 十 字 前 後、 マ マ 墨 書 校 合 、 マ マ 墨 点 ( 仮 名 、 返 点 、 文 治 二 年 ) 表 紙 ・ 軸 後   補 、 縦 二 九 ・ 一 糎 、 二 十 紙 、 一 紙 長 五 四 ・ 五 糎 、 界 高 二 六 ・ 七 糎 、 界 幅 二 ・ 一 糎、 / ( 書 出 ) 師 説 後 夜 取 水 作 法 / ( 奥 書 )   文 治 二 年 正 月 七 日 記 之 末 資 朗 澄 / ○ 文 中 所 々 二 別 紙 ヲ 補 ヒ テ 同 筆 ニ テ 本 文 ヲ 補 記 ス 、 」 。 「 目 録 」 に あ る 如 く 後 夜 取 水 作 法 以 下   の 記 録 を 止 め る が 、 巻 首 に 欠 損 が あ る と 見 ら れ 灌 頂 支 度 の 記 録 等 が 見 ら れ な い 。 職 衆 に は 讃 衆 四 人 に 良 尊 定 祐 任 賢 ・ 祐 口 、   持 金 剛 衆 六 人 に 元 雅 ・ 朗 澄 ・ 慶 雅 ・ 聖 雅 実 然 ・ 長 宗 と い っ た 名 前 が 見 ら れ、 筆 記 者 朗 澄 が 職 衆 の 一 人 で あ っ た 事 が 解 る 。 復 こ   の 中、 慶 雅 は 護 摩 師 を 、 朗 澄 は 教 授 阿 闍 梨 を 勤 め て い る 。 又 巻 末 に こ の 灌 頂 が 執 行 さ れ る に 就 て の 事 情 を 記 し て 「 文 治 二 年 正   月 之 比 阿 闍 梨 範 ー 於 灌 頂 可 奉 受 師 主 石 山 寺 主 僧 都 公 − 之 由 度 ≧ 雖 被 申 請 頗 無 許 由 依 之 受 者 阿 闍 梨 内 辷 被 談 云 ( 中 略 ) 但 予 年 臈   共 若 少 付 内 外 其 憚 尤 多 雖 然 老 少 不 定 師 資 馮 少 就 中 雙 親 存 命 之 時 遂 其 大 願 尤 所 望 也 况 自 生 年 十 三 歳 奉 依 付 始 自 十 八 道 至 于 許 可 奉   受 之 何 於 灌 頂 之 一 事 可 随 他 人 乎 ( 云 ≧ ) 仍 以 便 宜 之 時 上 件 之 状 委 細 二 令 申 之 処 其 御 報 之 件 条 雖 有 其 理 於 予 所 存 又 非 無 其 憚 其 故   者 当 寺 者 本 霊 験 掲 焉 之 勝 地 真 言 無 雙 之 聖 跡 也 雖 然 世 及 末 代 処 亦 芒 廃 人 法 倶 已 其 道 中 絶 灌 頂 之 大 道 久 以 不 行 之 就 中 近 代 座 主 等 伝   法 灌 頂 不 必 伝 当 寺 座 主 所 謂 宮 僧 都 良 深 老 於 灌 頂 受 醐 醍 座 主 覚 源 僧 正 ( 甥 也 ) 次 覚 仁 律 師 者 受 定 賢 法 務 先 師 法 眼 実 意 者 被 受 仁 和   寺 寛 助 大 僧 正 即 又 受 禎 喜 僧 正 代 ≒ 既 如 此 何 必 伝 座 主 乎 况 醐 醍 座 主 勝 賢 位 為 僧 正 之 上 一 家 親 族 也 ( 甥 也 ) 随 又 為 彼 入 室 之 弟 子   ( 出 家 之 夜 師 也 ) 於 世 有 名 誉 於 朝 許 由 尤 足 為 伝 法 師 過 况 予 老 道 世 隠 居 之 身 全 不 当 其 仁 ( 云 ≧ ) 爰 申 半 僧 之 誠 一 往 之 仰 非 無 其 理   但 如 此 等 事 随 時 形 状 又 依 世 断 節 何 必 一 准 乎 所 謂 顕 昧 随 時 行 蔵 在 運 ( 中 略 ) 其 道 場 者 内 供 禅 師 練 行 之 砌 尤 有 便 伝 法 瀉 瓶 之 道 况 又   受 者 阿 闍 梨 耶 末 代 之 法 器 徳 家 之 末 葉 加 之 続 絶 起 廃 者 大 士 之 意 楽 菩 薩 之 用 心 也 更 不 可 不 可 有 竪 辞 ( 云 ≒ ) ( 中 略 ) 但 一 往 不 肖 之   身 認 伝 燈 之 器 許 也 断 種 之 咎 事 不 思 門 葉 之 繁 而 豈 不 存 乎 仍 点 三 月 五 日 定 其 日 畢 無 事 被 行 畢 ( 中 略 ) 予 勤 教 授 之 役 仍 為 門 葉 聊 記 由 一 136 一

(15)

石 山寺所蔵の

r

三昧耶戒儀』につ い て (苫 米地 誠一)   縁 / 文 治 二 年 正 月 七 日 記 之 末 資 朗 澄 」 と あ る 。 こ れ に 拠 る と 、 範 賢 の 受 法 は 石 山 寺 第 十 代 座 主 公 祐 ( 一 = 二 四 〜 一 一 九 六 ) よ り   受 け た も の で 、 範 賢 は そ れ 以 前 に 十 三 歳 で 石 山 寺 に 入 り 、 公 祐 座 主 よ り 十 八 道 や 許 可 灌 頂 を 受 け て い た こ と が 知 ら れ る 。 又 当   時 の 石 山 寺 座 主 は 伝 法 灌 頂 を 親 族 で あ る 醍 醐 ・ 仁 和 寺 座 主 等 よ り 受 法 し て い る の み の 如 く で あ り 又 『 血 脈 類 集 記 』 第 六 ( 真   全

39

・ 塒 下 〜 蠍 上 ) に は 公 祐 法 眼 の 円 成 寺 僧 正 禎 喜 か ら の 受 法 を 記 し た 後 に 「 抑 当 寺 伝 法 灌 頂 事 。 醍 醐 宮 僧 正 以 後 於 此 寺 無 其   儀 。 年 季 百 十 四 歳 。 寺 務 長 者 十 七 人 也 。 此 時 仁 和 寺 本 房 依 無 其 便 宜 被 修 之 歟 。 」 と あ っ て 石 山 寺 に 於 る 座 主 問 の 法 流 の 相 承   が 実 際 に 有 っ た か 否 か 疑 問 に 思 わ れ る 所 で あ る 。 即 ち 公 祐 よ り の 受 法 も 石 山 寺 流 の 付 法 か 寛 助 − 世 豪 ー 禎 喜 ー 公 祐 と 次 第 す   る 広 沢 方 の 付 法 で あ る か 、 或 は そ の 他 の 法 流 で あ る か 、 明 ら か に し な い 。 (

27

)   文 泉 房 朗 澄 ( 一 = 二 二 〜 一 二 〇 九 ) に 就 て は 前 掲 ( 註 1 ) 佐 和 論 文 及 び 田 中 稔 「 石 山 寺 校 倉 聖 教 に つ い て 」 ( 『 石 山 寺 の 研   究 校 倉 聖 教 古 文 書 篇 』 昭 56 ) 、 月 本 雅 幸 「 文 泉 房 律 師 朗 澄 に つ い て 」 ( 『 国 文 白 百 合 』 19 昭

63

) を 併 せ て 参 照 さ れ た い 。 (

28

)   前 掲 ( 註

3

) 拙 論 を 参 照 の こ と Q (

29

)   玄 証 所 持 本 、 所 謂 る 月 上 院 本 の 一 つ で 、 此 れ が 高 山 寺 に 入 っ た に 就 て は 、 土 宜 成 雄 『 玄 証 阿 閣 梨 の 研 究 』 ( 昭 18 ) を 参 照   の こ と 。 尚 本 写 本 表 紙 の 「 三 摩 耶 戒 序 金 輪 房 」 の 字 は 明 恵 上 人 の 書 体 と さ れ る ( 同 書 70 ・

71

頁 ) 。 (

30

) 高 野 山 大 学 の 武 内 孝 善 氏 の 御 教 示 に ょ る 。 (

31

)   拙 論 「 高 山 寺 所 蔵 『 許 可 三 昧 耶 戒 作 法 』 『 許 可 作 法 次 第 』 に つ い て 」 ( 『 大 正 大 学 綜 仏 年 報 』 13 平

3

) 。 (

32

)   拙 論 「 許 可 ( 印 可 ) 作 法 に つ い て 」 ( 『 大 正 大 綜 仏 年 報 』

13

3

「 綜 仏 研 究 発 表 会 発 表 要 旨 」 ) を 参 照 さ れ た い 。 〔 飜 刻 に あ た っ て 〕

1

 

本 文 の 行 ど り は 底 本 の 通 り と す る 。

2

 

異 体 字 ・ 略 体

等 は 正 字

め た 。 又 畳 字 符 に つ い て も そ れ の 示 す 本 字 に

め た 。 原 本 の 姿 を 損 う も の で は   あ る が 、 誤 読 を 避 け ん が 為 で

る 。

3

( イ ) 本 『 三 昧 耶 戒 』 の 訓 点 ( 傍 訓 ・ ヲ コ ト

・ 返 点 ・ 合

) は

掲 の 仮 名 字

・ ヲ コ ト 点 図 の 如 く 仮   名 点 は 片

名 と 漢 字 、 ヲ コ ト 点 は 平 仮 名 、 返

は ( △ ) 、 句

は ( 。 ) 、

点 は ( 、 ) 、 合 符 は ( ー ) で 表 記 し た 。   又 、 一 二

は 各 字 の 左 下 に 記 し た 。 一

137

(16)

智 山学 報第四十輯

4

 

者 の 力 不 足 で 判

で き な か っ た 訓

に つ い て は そ の 字

を 口 口 口 等 と し て 示 し た 。

5

  ( ロ ) 本 は 〔 甲 〕 本 を 底 本 と し 、 〔 乙 〕 本 を 対 校 本 と し て 、 校 訂 し た 本 文 を 挙 げ 、 校 異 を 脚 注 に 示 し た 。   本 に あ る 旬 点 等 は ( イ ) 本 に 準 じ て 表 記 し た 。

6

 

本 論

摘 し た

拠 や 弘 法

本 と の 校 異 等 に つ い て は 示 さ な か っ た 。

7

 

上 欄 の 「 数 字 は

料 紙 の

目 を 示 し 、

字 は 第

紙 目 に 当 る か を 示 す 。

8

 

( ハ ) 本 は 他 に よ っ て 内 容 も 知 り 得 、 本 稿 の

も 予

を 大 巾 に 超 過 し て い る の で 、

刻 は 省 略 し た 。 〔 ( イ )

・ ヲ コ ト

〕 ン マ ノ 、  

8 、

ヰ リ ミ ヒ 二 り 乙

κ

t

ル ユ ム フ ヌ ツ ス ク ウ

0

1

ム フ ス 、、!

7

ヱ レ メ へ セ ケ 工

ヲ 口 ヨ モ ホ ノ ト ソ コ

 

 

て ゜

( o )

 

) に

 

を .

( △ ) せ

 

 

 

 

 

 

て べ   レ

又 ( 乙 )

  勹

 

せ よ   こ と 一

138

(17)

石 山寺所蔵の 『三昧耶戒儀』につ い て 米地誠一 ) ( イ ) 本 コ ニ

耶 戒 」   ( 外 題 ) 三 昧 耶 戒   ( 卷 頭 部

缺 )     と                 ま         に は               と         り   な り は 「

1

言 加 云 三

耶 者 、

飜 本 誓

等 △ 攝

云 夲    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

か  

者 三 夲 等 。

語 心 三

甼 等 故 。

三 部 。 三

者 佛

   

 

 

 

  の         セ リ     の     を                         に て   金 是 也 。 此 三

佛 、 各 、 具 四 種 法 身 △ 如 是 諸

、 卒 等 夲 等    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と                 は                 な り   無

之 異 △ 是 名

等 △ 如 是

塵 數 無 量 此     の                   な り       ツ                 な     す る  

則 一

生 之 佛 能

察 自 佛 如 是

△ 遍 、 照 他    

 

 

 

  を         か     を               の   を     か         を     ま た  

生 如 是

加 爲

證 自

△ 故 勤 、 修 三 密 門 加 爲 觀 他 衆 生 △    

 

 

 

  を               に   な り     の     を               を   故 普 修 行

△。 云

願 者 已

是 加 故

大  

願 征 . . 則 四 無 量 ・ 四 攝 等 是 也 此 . .

行 願 能 利  

爲 衆 生 之 先

。 。 。

餌 △ 攝

、 入

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

に                           ス    

 

 

 

 

 

の   入 也 。 自 心 塵 數 佛 能 入 他 心 塵

△ 他 心 塵 數 佛 、 能 入 自 心   ユ             に   セ ル           と             と       て     を       ス   他 △ 彼 此 心 互 爲

攝 所 攝 △

持 所 持 △ 能 觀 此 理 △ 攝 持 自 他    

 

ヨ                 と             セ ハ     の   に         は         な り   善 悪

△ 之 。 又 次 、

ぺ 司

部    

 

  は

 

 

の な り 歐

 

 

質   三 部 也 判 諸

。 諦 則 觀

不 謬 △ 鄙

二 昧 。    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

な り             な り   双

不 可 得 義 。 則

室 無

珠 異 名 。 則 大 智    

 

ま                                       な ウ   ヨ リ て     な り  

門 駄 我

我 不 可

義 ゜ 本

、 金 剛

壥 加 無 始 無    

 

 

 

 

 

 

 

シ       に                       か    

 

 

 

 

 

  に て    

 

  な り  

無 生

。 性 相

住 等 虚 室 加 已 無 去

、 有 運 載 加 運 載 − 朱 後 補 「 佛 」 2 朱 後 補 「 心 を 」 一

139

参照

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