石
山
寺
所
蔵
の
『三
昧
耶
戒
儀
』ー
『秘
密
三昧
耶
仏
戒
儀
』に
つを
めぐ
っ てー
い
て
苫
米
地
誠
一 石 山寺所蔵のr
三昧耶戒儀』につ いて (苫米地誠一つ 〈 論 文 要 旨 〉 石 山 寺 の 校 倉 聖 教 中 に は 『 三 昧 耶 戒 儀 』 ( 一 本 は 『 三 昧 耶 戒 』 ) と 称 す る 、 平 安 中 期 か ら 鎌 倉 に か け て の 四 本 の 写 本 が 存 在 す る 。 こ の 四 本 は う ち 二 本 は 同 本 で あ り 、 実 際 に は 三 種 で あ る が 、 共 に 前 段 に 三 昧 耶 戒 に 就 い て の 解 説 を 、 後 段 に は 三 昧 耶 戒 作 法 を 置 き 、 実 際 の 灌 頂 に 際 し て 三 昧 耶 戒 授 戒 に 於 る 戒 体 と し て 用 い ら れ た も の で あ ろ う 。 そ し て 此 等 の 前 段 の 三 昧 耶 戒 に 就 い て の 解 説 は 、 一 本 は 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 第 二 文 で あ り、 一 本 は 『 三 昧 耶 戒 序 』 で あ り 、 も う 一 種 二 本 は 新 出 の 文 献 で あ る 。 又 、 後 段 の 三 昧 耶 戒 作 法 は 「 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 」 又 は 「 授 発 菩 提 心 戒 文 」 と 称 し て お り 、 現 行 の 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 と 『 三 十 帖 策 子 』 所 収 の 『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 と の 中 間 的 な 内 容 で あ り 、 現 行 の 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 の 成 立 ・ 伝 承 の 過 程 を 明 ら か に す る 資 料 と な る と 思 わ れ る 。 今 回 は 此 等 の 写 本 を 翻 刻 し 、 広 く 学 界 に 紹 介 し よ う と す る も の で あ る 。 は じ め に 石 山寺
文 化財
綜 合 調 査 団編
『 石 山 寺 の 研 究i
校
倉 聖 教 古文
書
篇
1
』 の 石 山 寺校
倉 聖教
の 目 録 ( 以 下 「 目録
」 と称
( 1 ) ( 2 ) す ) に よ る と 石 山 寺 に は 『 三 昧 耶 戒 儀 』 ( 一本
は 『 三 昧 耶 戒 』 ) と 称 す る 、 平 安 時代
中期
か ら鎌
倉 時 代 に か け て の 四本
の 写 本 が 存 在 す る 。 こ の 中 二 本 は 同 本 で あ り 、実
際 に は 三 種 で あ る が 、共
に 前 段 に 三 昧 耶 戒 に 就 い て の解
説 ( 以 下 「 戒 序 」 と称
す ) を 、後
段 に は 三 昧 耶戒
作法
( 以 下 「戒
儀 」 と 称 す ) を置
き 、実
際 の 灌 頂 に 際 し て 三 昧 耶戒
授 戒 ( 3 ) ( 4 ) の戒
体 と し て 用 い ら れ た も の で あ ろ う 。 そ し て こ の 「 戒儀
」 は現
行 の 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 と 『 三 十帖
策 子 』 所収
一123
一智 山学報第四十輯
( 5 > の 『
授
発
菩 提 心 戒文
』 と の 中 間 釣 な内
容
と な っ て い る 。筆
者 は態
に 、越
髄 陣闇
梨
静
欝
の 『 入曼
荼 羅 抄 』 中 に 『 秘密
( 6 ) 三 昧 耶
仏
戒 儀 』 を そ の 内 容 の 一 部 に 含 む 「 弘 法 大 師 の 三 昧 耶 戒儀
」 な る 文 献 が引
用 さ れ て い る 事 を 紹 介 し た 。 而 し そ れ 以 外 に は 、 江 戸時
代 明暦
二 ( 一 六 五 六 ) 年 刊 の 版 本 に 至 る 迄 、 『 秘密
三 昧 耶 仏 戒儀
隰 に 関 係 す る 記述
を 有 す る 文献
の存
在 は 知 ら れ て い な か っ た 。今
回 新 た に 発 見 さ れ た資
料 は 、 現行
の 『秘
密 三昧
耶 仏 戒儀
』 の 成 立 と 伝 承 の 問 題 を 明 ら か に し 、 古 代 か ら 中 世 に か け て の 三 昧 耶 戒作
法 の実
態 を解
明 す る為
の貴
重 な 資 料 と な る と 思 わ れ る の で 、( 7 ) こ こ に
紹
介
し 、 本 文 を 飜 刻 す る 。 先 づ 「 霞 録 」 に よ っ て 写 本 を紹
介
し 、 次 に内
容 に就
い て 述 べ る 。 ( イ )「 三
昧
耶
戒
」第
七 函第
9
号 、 平 安 時 代 中期
(延
喜 〜 長保
( 九〇
一 〜 一 〇 〇 四年
) 頃 ) 写 、首
欠
、 ( 外 題 ) 三 昧 耶 戒 「 戒 序 」 『 平 城 天 皇 灌 頂文
』第
二 文 の後
半 三 分 の 一 程 度 。 「戒
儀
」 (内
題 ) 「 授発
菩 提 心戒
文 」序 ・
発
菩 提 心 、 次 応 啓 請 一 切 諸 仏 ・ 普 礼真
言 ・ 五 仏 帰 命 、次 応 供 養 ・ 普 供 養
真
言 、 至 心 懺悔
・ 懺悔
滅
罪真
言 、 次 応 授 戒 ( 偈 頌 ・ 三 帰真
言 ・ 三 帰 ・発
菩
提 心 ( 四誓
願 ) ・ 三竟
・ 経証
・ 発菩
擾 心真
言 ) 、次 応
説
糲
( 四波
羅夷
) 、 小 乗 戒 と の 薄 比 、 (以
上 『授
発菩
握 心 戒文
』 の 全文
、 ° 但 し 廻 向 を欠
く )四 波 羅
夷
、四 摂 、 四
障
、十 重 戒 、 ( 以 上 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 の 文 ) 先 づ 「
戒
序
」 は 、本
写 本 は 巻 首部
分
を 欠 き 、 こ れ が 全 文 完備
し た と す る と 、 こ の 前 に 一 紙〜
二紙
分 程度
あ っ た か ( 8 ) と 思 わ れ る 。猶
、 本 写 本 の 存 在 は 、 『 三 昧 郡 戒 序 』 の み で は な く 、 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 四 文 の夫
々 が 単 独 で 流布
し て( 9 ) い た 事 の 具
体
的
な 証 拠 の 一 つ と な る で あ ろ う 。 又 同 時 に そ れ は 三 昧 耶 戒 の 戒 体 に於
て 、 前 半 部 に 三 昧 耶 戒 江就
て の解
説 ( 「 裁 序 」 ) を 詩 つ 形式
の も の が産
り 、 欄 平城
天皇
灌
頂
文
隰 籔文
の 夫 々 が そ の 様 な 「戒
序 」 で あ る事
を 示 し て い 一 124 一石山寺所蔵の 『三昧耶戒儀』につ い て (苫 米地誠一) る と も 言 え よ う 。
次 に 「 戒 儀 」 は 、 内 題 を 「 授 発
菩
提 心戒
文 」 と し 、 而 も 〜 は 全 く 『 授 発菩
提 心 戒 文 』 と 全 同 であ
る 。 所 で( 10 ) 『
授
発菩
提
心 戒文
』 は 『 三 十 帖 策 子 』 に 収 載 さ れ る が 、 他 に 単 独 で 書 写 さ れ た も の はあ
ま り 多 く な い よ う で あ る 。 こ の 『 三 十 帖 策 子 』 は 初 め 東 寺経
蔵 に 納 め ら れ た が後
に 持 ち 出 さ れ 、 東 寺 経蔵
に 戻 っ た の は 延喜
十 九 ( 九 一 九 )年
の事
で あ る 。 若 し 『 授 発菩
提
心 戒 文 』 の 流 布 が こ れ 以降
で あ れ ぽ 、 本 写 本 の成
立 も こ れ 以後
と い う 事 に な ろ う 。 又( 11 ) ( 12 )
〜
は 慈
覚
大師
円 仁 撰 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 の当
該 項 目 の文
と 全 同 で あ る 。 即 ち 『 秘密
三 昧 耶 仏戒
儀
』 と 比 較す
る と 、 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 よ り引
か れ る 問 言 ( 間 遮 難 ) ・請
賢
聖 ・ 説 羯磨
・ 応 修 四律
儀
・ 法 宝 を 紹 ぐ の 各 項 と巻
末 の 廻向
を 欠 い て い る 。 『 秘 密 三昧
耶 仏 戒儀
』 で は 既 に 全体
の 構 成 が 整 え ら れ て い る が 、 こ こ で は た だ 単 に 『 授発
菩 提 心戒
文 』 の後
ろ に 『 灌頂
三 昧 耶戒
』 か ら 戒 相 の部
分 を 補 っ て い る だ け で あ り 、文
章
的 に は 異 な る も の の 、 全 く 同 じ 四波
羅夷
を 二 重 に 出 し て い る 。 本 来 の 『 授 発 菩提
心 戒文
』 で は 、 戒 相 と し て は 四 波 羅夷
の み で あ っ た も の を 、 更 に 四 摂 法 。浄
除 四障
・ 十重
戒
を 加 え た事
は 、 不空
系
の菩
提
心 戒 ( 入 壇 前 許 可 作 法 ) と 『 大 日 経 』 『略
出 経 』 所 説 の 三昧
耶 と 『 無( 13 ) 畏
禅
要 』 所 説 の 菩薩
戒
と の 融 合 し た 日 本 的 な 三 昧耶
戒 観 の 影 響 を 受 け た も の と い え る 。 勿 論 、 『 灌 頂 三 昧 耶戒
』 自体
が こ の様
な 日 本 的 三 昧 耶戒
観 の 上 に 成 立 し た 文献
で あ り 、 ま た 野 沢 通 用 式 系 ・具
支
灌 頂 式系
諸式
文 も 同様
の 三 昧耶
戒
観
を 示 し て い る 所 か ら す れ ば 、 そ こ に 共 通 す る 立 場 か ら 『 授発
菩 提 心戒
文 』 に は 欠 け て い た 十 重 戒等
の戒
相 を補
お う と し た も の で あ り 、 但 し そ の 補 充 は 他 の文
献
の 戒 相 を引
い て 巻 末 に 置 い た だ け の も の で あ り 、 「戒
儀
」 自 体 と し て未
熟
で あ り 、 『秘
密 三 昧耶
仏
戒儀
』成
立 に 至 る 途 上 に あ る 事 を 示 し て い る と い え よ う 。 又 こ こ で戒
相 に就
て 『灌
頂
三 昧 耶 戒 』 か ら引
い た と い う 事 は 、 そ こ に 台密
か ら の 影響
の存
在 を認
め る 事 が でき
る 。 ( ロ )「 三
昧
耶
戒
儀
」 一125
一智山学報第四十輯 〔 甲 〕 第 七 函 第
6
号 、 平 安時
代
後
期 ( 寛 弘 〜 応 徳 ( 一 〇〇
四 〜 一 〇 八 七 年 ) 頃 ) 書 写 、 ( 外題
) 三 昧 耶 戒儀
不 空 、 ( 内題
) 三 昧 耶 戒 儀 、 ( 撰 号 ) 大 辨 正 大 和 尚 撰 、 ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 一 巻 、 奥書
に 文 治 二 ( 一 一 八 六 ) 年 六 月 三 日付
の範
賢
の 識語
〔 乙 〕 第 七 函第
8
号 、鎌
倉 時 代 文 治 四 ( 一 一 八 八 ) 年 書 写 、 澄雅
筆 、 ( 外 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 文 師1
、 ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 一 巻 「 戒 序 」 a 顕 教 ・密
教 の 戒 定 慧 に 就 て の 文 、b
三 昧 耶 の 四 義 、 c浄
三 業真
言 、d
帰 命 句 、 e 金 剛 界 五 悔 、f
『 大 日 経 開 題 ( 大 毘 盧 遮 那 ) 』 の 序 の 文 、 9 三 昧 耶 の 四 義 (前
のb
と 同 文 ) 「戒
儀 」( 内 題 ) 「
秘
密 三 昧 耶 仏戒
儀
」 序 ・ 発 菩 提 心 、 次 応 啓 請 一 切 諸 仏 ・ 普 礼 真 言 ・ 五 仏 帰 命 、 次 応 供 養 ・ 普 供養
真
言 ( 三 力 偈 は 無 い ) 、 次懺
悔 ・ 滅 罪 真 言、三 帰 ・ 三
竟
・ 三 帰 真 言 。発
菩 提 心 ( 四 誓 願 ) ・発
菩 提 心 真 言 ・ 経証
、 次 問 言 、 次 請賢
聖 、次 説 羯 磨、 次 甄 別 戒 性
1
四 摂 ・
応 浄 除 四 障 ・
次 応 四 威
儀
・ 四波
羅夷
・ 十 重 戒 、 小 乗 戒 と の 対 比 、 法 宝 を 紹 ぐ こ こ に 於 る 「 戒 序 」 は 新 出 の 文 献 で あ る 。 先 づ a 顕 教 ・密
教 の戒
定 慧 に 就 て の文
で は 、 初 め に 四 種 法 身 を 三密
の 本 源、 一 如 の 妙 理 を 五 大 の 総 名 と し 、 迷 と 悟 と は 我 が 心 に在
り 、迷
心 も無
心 に し て 生 じ 、 覚悟
心 も 無 心 に し て証
す る が、 三 界 の 凡 夫 は 迷 い の 源 を知
ら ざ る の で 、 法 身 大 日如
来
は 法界
心 殿 を 出 で ず に無
辺 の 妙 用 を 起 こ し て随
機
方
便 の 教 を 施 す と す る 。 そ し て そ の教
と は 戒 定 慧 の 三 学 で あ り 、 こ れ に 顕 教 と 密 教 と が在
る と さ れ 、 こ の 三 学 は 皆 「 入 仏 の 梯 鐙 、 除 病 の 良薬
」 で は あ る が 、 顕 教 は 「善
に し て未
だ美
を 尽 さ ず 、 浅 に し て 験遅
く 」、 必 ず 三 劫 を経
て 仏 位 に 到 り 、 そ の 間 に 或 は 退 ぎ 、 得 と 不 得 と が あ る 。 而 し 密 教 は 「 怱 に 十 地菩
薩 の 境 界 を 超 へ 、頓
に 法 身 如 来 の 三 密 を ( 14 ) ( 15 ) 証 す 」 る と さ れ 、 基 本 的 な 〈 法身
説 法 〉 説 が 示 さ れ る 。 そ し て 『 大 日 経疏
』 に 拠 っ て 戒 と は 「梵
に は 三 囀 羅 ・ 尸 羅 一126
一石 山寺所蔵の 『三昧耶戒 儀』につ い て (苫米地誠一) ( 16 ) と 云 ふ 、 共 縁 共
成
之義
な り 」 と し 、 『 菩 提 心 論 』 に よ り 「 勝 義 ・ 行 願 ・ 三 摩 地 の集
成 す る所
」 で あ っ て 、 故 に 三 世 無 碍 ・ 三昧
耶 仏 戒 ・ 無 為 戒 等 と 名 づ け る と さ れ る 。 ( 17 ) 次 にb
三 昧 耶 の 四 義 で は 、 三 昧 耶 の 義 と し て 誓 願 ・無
間 ・ 平 等 ・ 三 宝 の義
を 挙 げ る 。 『 大 日 経 疏 』 で は 平 等 ・本
( 18 ) 誓 ・驚
愕 ・ 除障
の 義 を 、 空 海 は 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』第
二文
で 本 誓 ・平
等 ・ 摂 持 の義
を 挙 げ 、 更 に 字 門 に 約 し て 三宝
( 19 ) の 義 を 出 し て い る が無
間 の 義 と い う の は 他 に 見 ら れ な い 。 他 に 無 間 の 義 を 探 す と 空海
の 『 理 趣 経 開 題 (弟
子 帰命
) 』 に 経題
の 「 不 室 」 の語
を 釈 し て 「 無 間 」 と す る 記 述 が 見 ら れ る 。本
書 の 場 合 は 持 戒 の 継 続 性 を 主 張 し よ う と し た も の で あ ろ う が 、 三昧
耶 の 語 に は 本 来 こ の よ う な 意 味 は 無 く 、何
に拠
っ た も の か 不 明 。 復 、誓
願 の 義 で は 願 を 自 願 と 他 願 に 分 け 、 他願
を 諸 仏 の 本誓
と し 、 「 若 し衆
生有
て纔
に 我 に 歸 す る 心 を 發 さ ば 、 我 必 ず 彼 の 處 に 影 向 し、 彼 が 願 ( 20 ) ふ 所 を 與 へ む 」 と す る 点 が 注意
さ れ る 。 三 宝 の 義 に 就 て は 、 『 平 城 天 皇灌
頂 文 』第
二 文 で は 判 ω 四 ・ ぺ竃
冉 ・ 司 嘱 卑 の 三 字 に 就 て 夫 々 の 字 義 を 釈 し 、 三 宝 二 二部
に 当 て て い る が 、 こ こ で は 字 義 釈 は 無 く 、 三 密⊥
二 部⊥
二 宝 の 配 当 が な さ れ て い る 。 ( 21 ) 次 の c 浄 三 業真
言 は 真 言 名 の み 、d
帰
命 句 は 『 金 剛頂
瑜 伽 修 習 毘 盧 遮 那 三 摩 地 法 』 の 「 歸 命 毘 盧 遮 那 佛身
口 意 業 遍 虚 室演 読
如
來 三 密 門金 剛 一 乘 甚 深 教 」 と い う 偈 文 の 終 り に 庵
字
を 加 え 、 「 毘 盧 遮 那佛
」 の 句 を 「 四 方 四智
佛 」 「薩
墟 龍 猛 等 」 に改
め て 繰 り 返 し た も の で あ り 、 次 の e 金 剛界
五 悔 を含
め、 こ こ か ら 既 に 作 法 に 入 っ て お り 、 ( 22 ) こ の後
に直
接 「戒
儀 」 が 継 が っ て 一 つ の 『 三 昧 耶戒
儀 』 を 構 成 す る の で は な い だ ろ う か 。 そ し て 次 のf
『 大 日 経 開題
』 の 文 、9
三昧
耶 の 四義
(b
の 再 説 ) は こ れ の み で 別箇
の 「戒
序 」 で あ っ て 、 こ れ と後
段 の 「戒
儀
」 と で 一 つ の 『 三 昧 耶 戒 儀 』 と な り 、 本 写 本 は 一 つ の 『 三昧
耶 戒儀
』 の前
に 別 の 「戒
序 」 が 二 重 に 置 か れ た も の で は な い だ ろ う か 。 特 に9
がb
の 再 説 で あ る 所 か ら そ の よ う に 推 測 す る も の で あ る 。 又 こ こ で cde の 作 法 の存
在 す る 事 は 、 こ れ と 以 後 の 「戒
儀
」 と で 三 昧 耶 戒 の 作 法 が 完 結 し 、 そ こ に 外儀
を 用 い な い 可 能 性 を考
え さ せ る 。外
儀 を 用 い な い と す 一127
一智山 学 報第四 十輯 る と 、 具 支
灌
頂
で は な く 印 法 灌 頂 と い う 事 に な り 、 す る と 許 可 灌 頂 等 と い う 事 も 考 え ら れ る 。 ま た 伝 法灌
頂 で あ っ て も無
作 法 、 即 ち 印 法 灌 頂 の 場 合 もあ
る よ う で あ る 。 次 に 「 戒 儀 」 は 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒儀
』 と 殆 ど 全 同 で あ る 。 ま た 内 題 も 「 秘 密 三 昧 耶佛
戒 儀 」 と 称 す る 。 即 ち 〔 甲 〕 ( 23 ) 本 の 書 写 さ れ た 平 安 時 代 後 期 に は 既 に こ の 題 名 が 成 立 し て い た と い え る 。 但 し こ こ に は未
だ 三 力 偈 が 見 ら れ な い 。 こ の 事 は 三 力 偈 の 付 加 さ れ た の が 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒儀
』 成 立 の 最後
で あ る 事 を 示 し て い る と 思 わ れ る 。 然 し静
誉 の 『 入曼
荼羅
抄 』 所 引 の 「 弘 法 大 師 の 三昧
耶 戒儀
」 で は 既 に 三 力 偈 が見
ら れ 、 又後
出 の 高 山寺
の 平 安 時 代寛
治 八 ( 一 〇 九 四 ) 年 隆 覚 筆 の 玄 証 本 『 三 昧 耶 戒 序 』 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒儀
』 で も 三 力 偈 は存
在 し 、 従 っ て こ れ 以 前 に 巳 に 三 力 偈 の付
加 が 行 わ れ て い た と 考 え ら れ る 。 又 巻 末 の 廻向
の 句 も無
く 、復
高
山寺
本 に も こ れ は 無 い が 、 廻 向 は 本来
『 授 発菩
提
心 戒 文 』 に 存 在 し て お り 、 ( イ ) 本 等 と 同 じ く ( ロ )本
も 戒 体 で あ っ て、 外 儀 の 在 る 三昧
耶 戒 作 法 で あ れ ぽ そ の終
り に 廻 向 を 置 く 所 か ら 、 こ こ で は 省 略 さ れ た も の か 。而
し そ う す る と 、 現 行 の 『 秘密
三昧
耶 仏戒
儀 』 の 廻 向 は 直 接 『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 に 拠 る の で は な く 、 別 に新
た に 付 加 さ れ た 可 能 性 も 考 え ら れ よ う 。 所 で ( ロ )本
は 撰 号 に 「 大 辨 正 大和
尚撰
」 と あ り 、 そ の 中 〔 甲 〕 本 で は外
題 下 に 「 不 室 」 と 在 っ て 、 「 目 録 」 で も 不空
の撰
述 と す る 。 「戒
序 」 部 分 に は 確 か に 不 空 訳 『 金 剛 頂瑜
伽
三摩
地 法 』 に 拠 るd
帰 命 句 や 或 は e 金 剛界
五 悔 等 も 在 る が 、 ま た 空 海 のf
『 大 日 経 開 題 ( 大 毘 盧 遮 那 ) 』 か ら の 引 用 な ど も 在 り 、 と う て い 不 空 の 撰述
と は出
来
な い 。 そ れ で は 何 故 「 大 辨 正 大 和 尚 撰 」 と さ れ た の か 。 勿 論 「戒
序
」 自 体 が 不空
に 仮 託 さ れ た 可 能 性 も あ る が 、或
は こ の 「戒
儀
」 が 本 々 は 『 授発
菩 提 心 戒文
』 に 拠 っ て お り、 『 授 発 菩 提 心 戒文
』 は 『 三 十帖
策
子 』 所 収 で あ る 所 か ら こ れ を 不空
の 撰 述 と し、 そ し て 『 灌 頂 三昧
耶 戒 』 を 合糅
し た 「戒
儀
」 を も 不 空 撰 述 と し 、 そ こ か ら 『 三 昧 耶 戒儀
』 巻 頭 の 撰 号 を も 不 空 を 指 す 「 大 辨 正 大 和尚
撰
」 と し た も の で は な い だ ろ う か 。 確 実 で は な い が 、 一 応 の 推 論 と し て 述 べ て お く 。 一128
一石 山寺所蔵の 『三昧耶戒儀』に つ い て (苫 米地誠一)
( 24 ) 所 で 〔 甲 〕 本 は
奥
書
に範
賢
の 識 語 が 見 ら れ る が 、 こ の 範賢
と は 石 山寺
第
十 一代
座 主 で あ り、 遍 智 院 成 賢 の 肉 弟 、 定 賢 の 兄 、 民 部 卿桜
町 成範
の 息 で あ っ て 叔 父 の 勝 賢 の 付 法 の 一 人 で あ り 、 勝 賢 よ り瀉
瓶 に と 期 待 さ れ た が 病 弱 で 早( 25 ) 逝 し た と さ れ る 。 又 安 祥
寺
流 の 頼 真 の 瀉 瓶 で あ る 良 範 は 範 賢 の事
で あ り 、 後 に 改名
し た も の と さ れ る 。 「 目録
」 に拠
る と範
賢 は 若 い 頃 に幾
つ か の 聖 教 を 石 山寺
僧 朗 澄 よ り 受 法 し て い る よ う で あ り 、 又 文 治 二 (=
八 六 ) 年朗
澄筆
( 26 ) の 『範
賢
灌 頂 記 』 も 石 山 寺 に 存 在 し 、 或 は 本 聖 教 も 朗 澄 か ら受
法 し た も の か 。 〔 乙 〕 本 を 書写
し た 澄 雅 に就
て は 不( 27 ) 明 で あ る が 、 外 題 下 の 「 文 師 」 と い う の も 文 泉
房
朗 澄 を 指 し 、 こ れ も 朗 澄 の 本 を 書 写 し た も の で あ ろ う 。 こ の 朗 澄 と い う 僧 は座
主 に な る 様 な 名 門 の出
身
で は な い が 、 不 世 出 の 学 僧 と し て名
高 く、 多 く の 聖教
・ 図像
を 残 し て い る 。 又、 朗 澄 は 石 山 寺観
祐
( 石 山 流 人師
方、 ま た観
祐 は 勧 修寺
流
念範
方 も相
承 し て い る ) ・ 宰相
阿 闍 梨淳
寛
( 理 性 院 流 、 又 は淳
観
と も ) ・ 大 内 山 亮 恵 ( 金 剛 王 院流
) ・ 大 法 房 實任
( 勧 修 寺 流 良勝
方 ) ・ 覚 洞 院 勝 賢 ( 三 宝 院流
) ・ 慶 雅 ( 石 山静
誉 方 、 静 誉 を 除 い た 血 脈 を 石 山 流 朗 澄方
と す る ) 等多
く の 師 よ り受
法 し て い る が 、 全 て 小 野 方 の 法 流 の よ う で あ る 。従
っ て こ の 作 法 が朗
澄 に 帰 せ ら れ る な ら ば 、 小 野 方 の作
法 と い う 事 も 考 え ら れ る 。 但 し 石 山 寺 の 座 主 は 淳祐
の後
は 、 広 沢 方 よ り 出 た 人 が多
く 、 必 ず し も 石 山 寺 の 法 流 が 小 野 方 で あ る と ば か り は 言 え な い 。 従 っ て 現在
石 山 寺 に 蔵 さ れ る こ の 『 三昧
耶戒
儀
』 の作
法
も 小 野 方 ・ 広 沢 方 の ど ち ら か に 限定
す る事
は 難 し い で あ ろ う 。 又 石 山 寺校
倉 聖 教 附 函 一 二 号 に は 平安
時 代 永 暦 元〜
二 (=
六 〇 〜 一 一 六 } )年
写 、 朗 澄 筆 の 三 帖 の 『傳
法 灌 頂 作 法 』 が 在 り 、 江 戸 時代
の 包 紙 表書
「 石1
/
粟 田 口灌
頂 次 第 」各
帖 表 紙 押 紙 「 石 流 傳 法 式 ( 云粟
田 口 水 丁 次 第 /朗
御 筆 ) 」 等 と 在 る が、 内 容 は 野 沢 通用
式 系 の 灌 頂式
で あ る 。 こ れ か ら す る と 朗 澄 の 伝 え た 石 山流
の 伝 法灌
頂 に 於 る 三 昧 耶 戒 作 法 嵐蝿
沢 通 用 式 系 であ
る事
と な り 、 『 三 昧 耶 戒儀
』 は 石 山 流 の 伝 法灌
頂 の作
法 で は な い 事 が 考 え ら れ る 。 即 ち こ の 石 山 寺 の 『 三 昧 耶 戒儀
』 の 位 置 付 け は ま だ 十 分 に 明 ら か に す る 事 は で き な い と い え よ う 。 一129
一智 山学 報第四 十輯 第 七 函 第
7
号 、 ( ハ )「 三
昧
耶
戒
儀
」 鎌倉
時 代 中 期 (貞
応 〜 弘 安 ( 一 二 二 二 〜 一 二 八 八 年 ) 頃 ) 書 写 、 巻 首欠
、 ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒儀
一 巻 「戒
序 」『 三 昧 耶 戒 序 』 の 全 文 「
戒
儀
」 ( 内 題 ) 「授
發
菩提
心戒
文
」 、 ( 戸 ) 本 の 「 戒 儀 」 と 同 「戒
序 」 の 『 三 昧 耶 戒 序 』 は 巻 首 部分
に 欠 損 が在
り 、 内 題 ・ 撰 号 が 不 明 。表
紙 も後
補 で あ り、 本 来 の 外 題 も 明 ら か で は な い 。 従 っ て 本来
の 内 題 を 「 三 昧 耶戒
序 」 と す る か 、 又 こ れ を 空 海 撰 述 と す る か 否 か は 不 明 で あ る 。復
「戎
儀 」 部 分 に就
て は 内 題 を 「授
發 菩 提 心 戒 文 」 と す る が 、内
容 は ( ロ ) 本 と 全 同 で あ り 、 『 秘 密 三 昧 耶 仏戒
儀 』 と も 殆 ど 同 じ であ
る 。 こ こ で 本写
本 と 同 じ く 『 三 昧 耶戒
序 』 と 『秘
密
三 昧 耶 仏 戒儀
』 と を 一 続 き と す る 文 献 と し て は 、 次 の如
き
諸 本 の存
在 が 確 認 で き て い る 。1
『 入 曼 荼 羅 抄 』 所 引 の 「 弘 法大
師
の 三 昧 耶戒
儀 」2
高 山 寺 聖 教 第 四 部第
一 七 〇 函1
号 、 平安
時 代寛
治 八 ( 一〇
九 四 )年
写 、隆
覚
筆
、 粘葉
装桝
型 、 「 高 山 寺 」朱
廓
方 印 、 押 界 、 朱 点 ( 仮 名 、 ヲ コ ト 点 ・円
堂 点 、 院 政期
) 、 頁 八 行 、 行 十 三 字 、縦
一 七 ・ 五 糎 、横
一 五 ・0
糎、界
高
一 二 ・ 八 糎 、界
幅
一 ・ ○ 糎 、外
題 内 題 「 三 昧 耶 戒序
」 内 題 下 撰 号 「 遍 照 金 剛撰
」 、 途 中 内 題 「授
發 菩提
心戒
文
」 、尾
題( 29 ) 「 三
昧
耶 佛戒
儀
一卷
」 奥 書 「寛
治 八 年 三 月 二 十 三 日午
時 許書
了/
隆 覺 」 別筆
「 玄 証 」 《 三 力 偈 は あ る が 廻 向 は無
い 》3
東 寺 宝 菩 提院
三 密 蔵 聖教
第 一 〇 七 函21
号 、書
写 年 代 不 明 の 写 本 、 粘葉
装
桝
型 力、朱
点 ( ヲ コ ト 点 ・ 円 堂 点 ) 、 頁 八 行 、 行 十 三 〜 十 五 字 、外
題 「 三 昧耶
戒
序 一卷
」 内 題 「 三昧
耶戒
序 」撰
号 「遍
照 金 剛 撰 」 途 中 内 題 「秘
密
三 昧 耶佛
一130
一石 山寺所蔵の
r
三昧耶 戒儀』につ い て (苫米地誠一) 戒 儀 イ 本 授 發菩
提 心戒
文 」 尾 題 コ ニ昧
耶戒
佛 戒 儀 一 卷 L 奥 書 ナ シ4
同 第 一 一 四 函13
号 、 刊 年 不 明 の版
本 ( 写真
の 為 に は っ き り し な い が、 一 見 す る と こ ろ高
野 版 の 如 き 形 態 ) 、 外 題 内 題 コ ニ 昧 耶 戒序
L 内 題 下 撰 号 「遍
照 金 剛撰
」 途 中 内 題 「 秘 密 三 昧 耶 佛 戒儀
」 尾 題 奥 書 ナ シ5
明 暦 二 ( 一 六 五 六 )年
刊 『 三 昧 耶戒
序 』 『 秘密
三昧
耶 仏 戒 儀 』 の 版 本 ( 流 布本
) 。( 30 )
6
筆 者未
調 査 で あ る が 仁 和 寺 に も 同 様 の 写 本 が存
在 す る と の 事 で あ る 。 石 山寺
( ハ ) 本 は ( イ ) 本 ( ロ ) 本 と 同 様 の体
裁
で あ り 、実
際 の 灌 頂 授戒
に 用 い ら れ た 可 能 性 が 考 え ら れ る が 、高
山寺
本 ・ 東 寺 本 等 は 冊 子 本 であ
り 、勉
学 の 為 に書
写 さ れ た も の で あ ろ う 。 或 は 印 法灌
頂 の 作 法 で あ れ ば 、 こ の 冊 子 本 に よ っ て 授 戒 が行
わ れ た こ と も 考 え ら れ な い こ と で は な い 。 而 し ど ち ら に し ろ ( イ ) ( ハ )23
諸 本 の途
中内
題 か ら も 『秘
密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 が 「 授 發 菩 提 心戒
文 」 と も称
さ れ て 伝 承 さ れ て お り 、 そ れ が 本来
の 名 称 で あ っ て 、 『 授発
菩
提 心 戒 文 』 を 基 と し て 成 立 し てき
た も の で あ る 事 が 理 解 さ れ よ う 。 おわ
り に 所 で 、 以 上 の 如 き 『 三 昧 耶 戒儀
』 が 果 た し て如
何 な る灌
頂 に 於 て 用 い ら れ た 授 戒作
法 か と い う 問 題 で あ る が 、 こ こ で 注 意 さ れ る の が 高 山 寺 所 蔵 の 『 許 可 三昧
耶戒
作 法 』 と 『 許 可 作 法 次 第 』 で あ る 。 こ れ ら の 聖 教 に就
て は 別 稿 を ( 31 ) 予 定 し て い る が 、 『 許 可 三 昧 耶 戒 作 法 』 は や は り 前 半 に 許 可 灌 頂 に 就 て の 解 説 を 作 し、後
半 に 「 戒 儀 」 を 置 き 、 形態
が 似 る 。 又 そ の 「 戒 儀 」 は 『 秘 密 三 昧 耶仏
戒
儀 』 の 略 省 を 主 体 と し 、 若 干 の 他 の 作 法 か ら の 影 響 を受
け た も の で あ る 。 『 許 可作
法 次 第 』 は 初 め に 金 ・ 啓 白 ・ 印 信 ・神
分
・ 供 養 法 ・ 正 念誦
・ 散 念 誦 と あ り 、 そ の 次 に読
三摩
耶 戒 文 と し て 『 三 昧 耶 戒 序 』 の 略 省 と 『 許 可 三 昧 耶 戒 作 法 』 と 同 一 の 「 戒 儀 」 、 終 り に 授 印 信 ・ 一 字 真 言 ・後
供養
と あ っ て 、完
結
し た 次第
を構
成 し て い る 。 そ し て こ の供
養 法 の 散 念 誦 の後
に読
む と す る 「 三 摩 耶 戒 文 」 な る も の も 「 戒 序 」 一131
一智 山学 報第四十輯 + 「
戒
儀
」 の 構 成 を 持 っ て お り 、 ま た 題 名 も 『 三 昧 耶 戒 儀 』 と 類 似 し 、 即 ち 石 山寺
の 『 三 昧 耶 戒 儀 』 も 許 可灌
頂 と の 関 連 が 予 想 さ れ る 。 但 し 『 入曼
荼
羅 抄 』 所引
の 「 弘 法 大 師 の 三昧
耶 戒 儀 」 も 又 同 一 の 作法
で あ っ て 、 而 も 『 入曼
荼 羅 抄 』 は 具 支 の 事業
灌 頂 と し て の 伝 法 灌 頂 に 関 し て述
べ て お り 、 こ れ が 必 ず し も 許 可 灌 頂 の 作 法 で あ る と い う 確 定 的 な 証 拠 は 無 い 。 而 し 一 般 的 に 許 可 灌 頂 と は 、 又 は印
可 と も称
し 、 諸尊
法伝
授
の 前 な ど に 、受
者 に 許 可 ( 印 可 ) を 授 け る も の で 、 受 明 灌 頂 と 伝 法 灌 頂 と の 場 合 が あ る が 、 作 法 は 同 じ で あ り 、 金 胎 合 行 の 供 養 法 に 拠 る 印法
灌 頂 作 ( 32 ) 法 を 用 い る も の が 多 い 。 そ し て こ の 許 可 作 法 は 台 密 と の 関 係 が 認 め ら れ る 。 『 三 昧 耶 戒儀
』 も 円 仁 の 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 と 関 係 し て お り 、 金 胎 合 行 の作
法 と な っ て い る と い う点
か ら す る と 、 多 く の疑
問 は あ る が 、 許 可 灌 頂作
法 と 関連
し て 考 え る 必 要 が あ ろ う 。 最 後 に 本 稿 を 作 成 す る に 当 り 、 石 山 寺 の 聖 教 の 閲 覧 と 掲載
を 快 く 御許
可 賜 り ま し た 石 山 寺座
主鷲
尾 隆 輝 猊 下 、 な ら び に 聖 教 調 査 に 際 し て 種 々 御高
配賜
り ま し た 石 山 寺 副 座 主鷲
尾 遍 隆様
、 田 中 稔 先 生 を は じ め と す る 石 山 寺文
化 財綜
合 調 査 団 の 皆 様 方 に 衷 心 よ り甚
深
の 感 謝 を 申 し 上 げ ま す 。 又 飜 刻 に 当 っ て は 築 島裕
『 平 安時
代
訓 点 本論
考ヲ コ ト 点 図 仮 名 字 体 表 』 ( 昭
61
) を 参 照 さ せ て 戴 き 多 大 の 学 恩 を 蒙 る こ と が で き た 。 併 せ て感
謝
の 意 を 表 す る 。 一132
一 註 (1
) 石 山 寺、 滋 賀 県 大 津 市 石 山 寺 一 − 一 ー 一 に 在 る 真 言 宗 東 寺 派 の 大 本 山 。 天 平 勝 宝 元 ( 七 四 九 ) 年 朗 弁 僧 正 の 創 建 。 初 め 東 大 寺 に 属 し た が 小 野 流 祖 理 源 大 師 聖 宝 ( 八 三 二 〜 九 〇 九 ) が 入 住 し て 初 代 座 主 と な っ て よ り 真 言 密 教 の 道 場 と な る 。 聖 宝 は 東 大 寺 別 当 と な り 、 東 大 寺 内 に 東 南 院 を 創 建 し て 三 論 宗 を 再 興 し て い る が 、 そ の よ う な 関 係 か ら 石 山 寺 へ 入 っ た も の か 。 佐 和 隆 研 博 士 に よ る と 石 山 寺 の 造 営 は 弓 削 道 鏡 に よ る も の で あ り 、 道 鏡 失 脚 後 は 南 都 以 外 の 密 教 的 信 仰 を 背 景 に し た 私 度 僧 達 に よ っ て 護 ら れ て き た の で は な い か と さ れ る ( 佐 和 隆 研 「 石 山 寺 の 歴 史 と 文 化 財 」 石 山 寺 文 化 財 綜 合 調 査 団 編 『 石 山 寺 の 研 究 一 切 経 篇 』 昭 53 /3
) 。 又 佐 和 博 士 は 石 山 寺 の 再 興 は 石 山 内 供 ( 又 は 普 賢 院 内 供 ) 淳 祐 ( 八 九 〇 〜 九 五 三 ) に よ り 、 寺 伝 に 現 れ る 聖 宝 ・ 観 賢 は 、 地 理 的 に 上 醍 醐 に 近 い こ と か ら し ぽ し ば 訪 れ て い た こ と は 推 察 し 得 る と す る の み で あ っ て 、 座 主 と し て の 入 住石 山寺所蔵の
r
三昧耶戒儀』につ い て (苫米地 誠一) に は 否 定 的 な よ う で あ る 。 而 し 淳 祐 と 石 山 寺 と の 結 び 付 き の 成 立 に は 、 東 大 寺 別 当 と な っ た そ の 師 の 観 賢 、 更 に そ の 師 で あ る 聖 宝 の 存 在 を 想 定 す る 事 は 自 然 な 事 で あ ろ う 。 又 石 山 寺 座 主 の 次 第 は 聖 宝 ・ 観 賢 ・ 淳 祐 の 後 は 池 上 大 僧 正 寛 忠 ( 九 〇 三 〜 九 七 七 ) . 禅 林 寺 大 僧 正 深 覚 ( 九 五 三 〜 一 〇 四 三 ) ・ 深 観 ( 一 〇 〇 三 〜 一 〇 五 七 ) ・ 良 深 ( 一 〇 二 五 〜 一 〇 七 七 ) ・ 覚 仁 ・ 実 意 ・ 公 祐 ( 一 = 二 四 〜=
九 六 ) ・ 範 賢 ・ 公 深 ・ 教 深 以 下 と 続 い て い る 。 (2
) 本 稿 に 於 る 時 代 区 分 は 全 て 「 目 録 」 に 従 う 。 即 ち、 平 安 中 期 ・ 延 喜 〜 長 保 、 平 安 後 期 ・ 寛 弘 〜 応 徳 、 鎌 倉 中 期 ・ 貞 応 〜 弘 安 と な る 。 ( 3 ) 三 昧 耶 戒 授 戒 作 法 で は 、 『 大 日 経 』 『 大 日 経 疏 』 『 略 山 念 誦 経 』 等 に 基 く 外 儀 作 法 を 行 う 間 に 、 受 者 に 「 戒 体 」 な る も の を 読 み 聞 か せ る こ と に な っ て い る が 、 そ の 内 容 は 『 無 畏 三 蔵 禅 要 』 『 受 苔 提 心 戒 儀 』 等 に よ っ て 構 成 さ れ て い る 。 猶 、 猶 拙 論 「 三 昧 耶 戒 儀 を め ぐ っ て 」 ( 『 印 仏 研 』37
の1
昭63
) を 参 照 さ れ た い 。 (4
) 弘 全2
. 蜘 〜 旧 。 拙 論 「 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 の 成 立 を め ぐ っ てー
『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 ・ 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 と の 関 係 を 中 心 に 」 ( 牧 尾 良 海 博 士 喜 寿 記 念 『 儒 仏 道 三 教 思 想 論 攷 』 平2
) を 参 照 さ れ た い 。 ( 5 ) 『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 に 就 て は 前 掲 拙 論 と 共 に 、 拙 論 「 唐 代 密 教 に 於 る 菩 提 心 戒 授 戒 儀 に つ い て 」 ( 斎 藤 昭 俊 教 授 還 暦 記 念 『 宗 教 と 文 化 』 平 2 ) を 参 照 さ れ た い 。 ( 6 ) 拙 論 「 『 秘 密 三 昧 耶 仏 戒 儀 』 を め ぐ っ てー
『 入 曼 荼 羅 抄 』 に 於 る 引 用 を 中 心 にー
」 ( 『 智 山 学 報 』38
平 元 ) 。 ( 7 ) 石 山 寺 文 化 財 綜 合 調 査 団 編 『 石 山 寺 の 研 究 校 倉 聖 教 古 文 書 篇 』 ( 昭56
/ 2 、 59 ・60
頁 ) の 石 山 寺 校 倉 聖 教 の 「 目 録 」 に は 、 本 論 中 に 省 略 し た 書 誌 的 事 項 に 就 い て 次 の 様 に 記 載 さ れ て い る ゜ ( イ ) 第 七 函 第9
号 「 三 摩 耶 戒 / 平 安 時 代 中 期 写、 巻 子 本 、 首 欠 、 楮 紙 、 墨 界 、 一 行 二 十 三 字 前 後、 朱 点 ( 仮 名 、 ヲ コ ト 点 ・ 第 二 群 点 、 長 保 頃 ) 、 表 紙 . 軸 後 補 、 内 題 ・ 尾 題 ナ シ 、 奥 書 ナ シ 、 縦 二 八 ・ 六 糎 、 七 紙 、 冖 紙 長 五 三 ・ ○ 糎 、 界 高 二 四 ・ 四 糎 、 界 幅 二 ・ ○ 糎、 / ( 端 裏 外 題 ) 三 昧 耶 戒 、 《 「 目 録 」 に は 「 三 摩 耶 戒 」 と あ る が 実 物 に よ り 訂 正 》 ( ロ ) 〔 甲 〕 第 七 函 第6
号 「 三 昧 耶 戒 儀 ( 不 空 撰 ) / 平 安 時 代 後 期 写 、 巻 子 本 、 斐 紙 、 墨 界 、 冖 行 十 七 字、 訓 点 ナ シ 、 古 表 紙 、 軸 後 補 、 縦 二 七 . 三 糎 、 十 三 紙 ( 古 裘 紙 共 ) 、 一 紙 長 五 七 ・ 三 糎 、 界 高 一 二 ・ 四 糎 、 界 幅 一 ・ 九 糎、 / ( 外 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 不 空 / ( 内 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 / 大 弁 正 大 和 尚 撰 / ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 一 巻 / ( 奥 書 ) 文 治 二 年 六 月 三 日 一 見 了 此 本 / 最 可 秘 蔵 此 書 之 中 / 有 重 説 可 決 之 / 求 法 沙 門 範 賢 / 生 年 二 十 三 」 ー [ 乙 〕 第 七 函 第8
号 「 三 昧 耶 戒 儀 ( 不 空 撰 ) / 鎌 倉 時 代 文 治 四 年 写 、 澄 雅 筆、 巻 子 本 、 楮 交 リ 斐 紙 、 墨 界 、 一 行 十 六 字、 一 133 一智山学 報第四十輯 朱 書 書 入 、 朱 句 切 点 、 表 紙・ 軸 後 補 、 縦 二 六 ・ ○ 糎 、 十 八 紙 、 一 紙 長 四 七 ・ 七 糎 、 界 高 二 三 ・ 一 糎 、 界 幅 二 . ○ 糎 、 / ( 外 題 下 ) 文 師 ー / ( 尾 題 ) 三 昧 耶 戒 儀 一 巻 / ( 奥 書 ) 文 治 四 年 七 月 十 七 日 以 石 山 経 蔵 本 / 書 写 畢 沙 門 澄 雅 / ( 朱 書 ) 「 此 書 一 本 書 歟 尤 可 為 貴 重 ≧ ≧ ≧ ミ 」 ( ハ ) 第 七 函 第 7 号 「 三 昧 耶 戒 儀 ( 不 空 撰 ) / 鎌 倉 時 代 中 期 写 、 巻 子 本 、 巻 首 欠 、 楮 交 リ 斐 紙 、 墨 界 ( 横 界 天 一 条 、 地 二 条 、 縦 界 ハ 第 一 紙 ノ ミ ニ 在 リ ) 、 一 行 十 六 字 前 後 、 墨 書 校 合 、 訓 点 ナ シ 、 内 題 ナ シ 、 奥 書 ナ シ 、 表 紙 ・ 軸 後 補 、 縦 二 八 ・ 九 糎 、 十 五 紙 、 一 紙 長 五 七 ・ 一 糎 、 界 高 二 三 ・ 九 糎 、 界 幅 一 ・ 九 糎 、 / ( 尾 題 ) 三 昧 耶 佛 戒 儀 一 巻 」 (
8
) 「 戒 序 」 は 四 四 八 字 ( 弘 全 本 で 四 三 六 字 ) あ り 、 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 第 二 文 は 弘 全 本 で こ の 前 に 九 一 七 字 あ る 。 写 本 は 第 一 紙 一 八 行 、 第 二 紙 以 下 各 二 六 行 、 一 行 一 二 〜 二 三 字 で あ り 、 第 一 紙 が 前 八 行 程 欠 け て い る と も 思 わ れ る が 、 約 九 百 字 に 内 題 分 を 加 え る と 大 体 一 紙 半 か ら 二 紙 分 程 度 と 考 え ら れ よ う 。 ( 9 ) 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 は 四 文 よ り 構 成 さ れ、 そ の 第 一 文 が 偽 撰 と 思 わ れ る に つ い て は 拙 論 「 『 平 城 天 皇 灌 頂 文 』 を め ぐ っ て 」 ( 『 大 正 大 学 大 学 院 研 究 論 集 』 11 及 び 『 大 正 大 学 綜 仏 年 報 』9
昭62
の 「 学 内 学 術 研 究 発 表 会 要 旨 」 ) を 参 照 の こ と 。 又 他 の 三 文 に 就 て は 拙 論 「 弘 法 大 師 に 於 る 戒 に つ い て 」 ( 『 智 山 学 報 』39
平 2 ) を 参 照 さ れ た い 。 (10
) 未 だ 体 系 的 に 調 査 し た 訳 で は な い が 、 現 在 の 所 確 認 し て い る の は 、 『 三 十 帖 策 子 』 以 外 の 単 独 の 写 本 と し て は 、 東 寺 宝 菩 提 院 三 密 蔵 聖 教 第 四 七 函 七 四 号 に 南 北 朝 時 代 永 徳 元 年 ( 一 三 八 一 ) 道 快 筆 の 『 授 発 菩 提 心 戒 文 』 の 写 本 が あ る 。 奥 書 に は 「 康 安 二 年 四 月 十 八 日 於 東 寺 観 智 院 / 以 当 寺 西 院 本 書 写 了 大 師 三 昧 / 耶 戒 序 奥 所 載 大 略 同 也 即 比 / 交 加 愚 点 了 金 剛 乗 賢 宝 / 永 徳 元 年 九 月 十 七 日 命 快 成 大 法 師 / 書 写 之 了 求 法 沙 門 道 快 三 十 八 」 と あ る 。 (11
) 円 仁 撰 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 に 就 て は 拙 論 「 慈 覚 大 師 円 仁 撰 『 灌 頂 三 昧 耶 戒 』 に つ い て 」 ( 『 塩 入 良 道 博 士 追 悼 記 念 論 文 集 』 に 投 稿 予 定 ) を 参 照 さ れ た い 。 ( 12 ) 前 掲 ( 註 4 ) 拙 論 を 参 照 の こ と 。 (13
) 拙 論 「 三 昧 耶 戒 の 形 成 過 程 に つ い て 」 ( 『 印 仏 研 』39
の1
平2
) を 参 照 さ れ た い 。 (14
) 拙 論 「 〈 法 身 説 法 〉 説 の 成 立 に つ い て 」 ( 『 智 山 学 報 』36
昭62
) 及 び 「 弘 法 大 師 に 於 る 〈 法 身 説 法 〉 説 の 展 開 に つ い てー
開 題 類 を 中 心 と し て 」 ( 『 智 山 学 報 』 37 昭 63 ) を 参 照 さ れ た い 。 ( 15 ) 大 正 蔵39
・ 硼b
に 「 此 戒 梵 云 三 囀 羅 。 是 共 縁 共 成 此 戒 之 義 。 所 謂 慧 方 便 等 之 所 集 成 。 若 尸 羅 者 。 但 是 清 浄 義 也 。 」 と あ る 。 (16
) 大 正 蔵32
・ 弸 c 。 一134
一石山寺所蔵の 『三昧耶戒儀』につ い て (苫 米地誠一) ( ( ( 24 23 _ ) ) ( ( ( ( ( (
22
21 20 19 18 17 ) ) ) ) ) ) 原 通 憲 ( 入 道 信 西 ) 遍 智 院 成 賢 二 一 十 九 代 座 主 民 部 卿 法 印 定 範 等 が あ り 、 弟 ) に 醍 醐 寺 座 主 覚 洞 院 勝 賢 ・ 高 野 山 蓮 華 三 昧 院 開 祖 空 阿 上 人 明 遍 ・ 法 勝 寺 執 行 静 賢 ( 叡 山 ) ・ 安 居 院 澄 憲 ・ 広 隆 寺 別 当 寛 敏 ・ 興 福 寺 別 当 覚 憲 ( 壷 坂 寺 ) 等 が あ り 、 従 兄 ( 成 範 の 兄 貞 憲 の 子 ) に 解 脱 上 人 神 楽 岡 貞 慶 が い る 。 範 賢 は 安 元 二 (=
七 六 ) 年 十 三 歳 で 叔 父 勝 賢 に 従 て 出 家 し 、 石 山 寺 に 入 る 。 文 治 二 年 石 山 寺 に て 座 主 公 祐 よ り 伝 法 灌 頂 を 受 け 、 同 五 ( 一 一 八 九 ) 年 叔 父 勝 賢 よ り 、 更 に 元 久 元 ( = 一 〇 四 ) 年 兄 成 賢 よ り 灌 頂 を 受 く ( 重 受 ・ 無 作 法 ) 。 勝 賢 は 初 め 実 継 を 付 弟 と し た が 早 世 し た 為 、 範 賢 を 付 弟 と し 、 範 賢 が や は り 早 世 し た の で 成 賢 を 付 弟 と し た と す る 記 事 が 『 野 沢 血 脈 集 』 第 二 ・ 『 野 沢 大 血 脈 』 ・ 『 密 宗 血 脈 鈔 』 巻 中 等 に 見 ら れ 、 範 賢 が 勝 賢 よ り 期 待 を 寄 せ ら れ て い た 事 が 伝 え ら れ る 。 又 醍 醐 寺 経 蔵 に 蔵 さ れ る 『 伝 法 灌 頂 師 資 相 承 血 脈 』 一 巻 ( 築 島 裕 「 醍 醐 寺 蔵 本 「 伝 法 灌 頂 師 資 相 承 血 脈 」 」 『 醍 醐 寺 文 化 財 研 究 所 研 究 紀 要 』1
昭53
、 娼 頁 ) に は 範 賢 − 康 円i
厳 遍 と い う 血 脈 を 載 せ る 。 没 年 不 詳 。 前 掲 ( 註 1 ) 佐 和 論 文 、 及 び 次 註25
・26
を 参 照 。 (25
) 良 範 、 安 祥 寺 流 頼 真 の 付 法 。 『 伝 灯 広 録 』 続 巻 九 ( 真 全 33 ・ 弸 上 〜 下 ) に は 範 賢 と 別 に 良 範 の 伝 を 載 せ 、 民 部 卿 律 師 と 日 い 、 戸 部 尚 書 親 範 の 子 と す る 。 ま た 醍 醐 寺 蔵 『 伝 法 灌 頂 師 資 相 承 血 脈 』 に は 法 琳 寺 律 師 実 厳 の 付 法 と し て 大 納 言 阿 闍 梨 頼 真 と 共 に 範 賢 を 挙 げ 、 「 改 良 範 民 部 卿 律 師 親 範 息 」 と し 、 頼 真 の 付 法 と し て 良 範 を 挙 げ 、 更 に 勝 賢 の 付 法 に 石 山 寺 座 主 範 賢 と 共 に 民 部 卿 阿 闍 梨 律 師 良 範 の 名 を 挙 げ る 。 而 し 『 尊 卑 分 脈 』 に は 親 範 の 息 の 良 範 な る 者 は 見 ら れ な い 。 或 は 『 血 脈 類 集 記 』 第 六 ( 真 全39
・ 協 ) 『 血 脈 私 抄 』 下 ( 続 真 全25
・m
) に は や は り 勝 賢 の 付 法 に 範 賢 と 良 範 を 載 せ 、 良 範 を 成 範 の 息 と す る 。 而 し 成 大 正 蔵39
・ 腮 c 。 弘 全2
・ 瀧 。 弘 全1
・ 燬 。 弘 全 2 ・ 魏 〜 鵬 。 大 正 蔵18
・ 謝 a 。 弘 全 1 ・ 弸 〜 膕 。 三 力 偈 に つ い て は 前 掲 ( 註4
) 拙 論 の 註20
・ 23 を 参 照 さ れ た い 。 範 賢 、 石 山 寺 第 十 一 代 座 主 、 中 納 言 僧 都 、 字 は 浄 光 。 ロ 甲 本 奥 書 に 文 治 二 (=
八 六 ) 年 二 十 三 歳 と あ る か ら 、 長 寛 二 一 六 四 ) 年 の 生 れ で あ る 。 範 賢 の 世 系 に 就 て は 「 尊 卑 分 脈 」 ( 『 改 訂 増 補 国 史 大 系 尊 卑 分 脈 第 二 編 』 鰯 〜 姫 ) に 、 少 納 言 藤 の 下 に 、 通 憲 の 子 民 部 卿 ・ 中 納 言 ・ 桜 町 吏 部 尚 書 郎 藤 原 成 範 の 子 と し て 出 る 。 兄 弟 に 醍 醐 寺 二 十 五 代 座 主 甥 ( 兄 通 成 の 子 ) に 醍 醐 寺 三 十 六 代 報 恩 院 憲 深 が あ り 、 叔 父 ( 成 範 の 兄 一135
一智山学報 第四十 輯 範 の 于 に 良 範 の 名 は 見 ら れ な い 。 復 『 血 脈 記 』 ( 続 真 全
25
・ 拠 ) に は 安 祥 寺 流 の 相 承 を 記 し て 、 実 厳 の 弟 子 に 範 賢 が あ り 、 も と 勝 賢 の 弟 子 で 良 範 と 改 め 、 実 厳 の 瀉 瓶 頼 真 に 付 法 し 、 瀉 瓶 を 成 厳 に 譲 っ た が 、 三 合 の 聖 教 を 相 承 し た と さ れ る 。 此 等 の 記 事 か ら す る と や は り 良 範 と 石 山 寺 範 賢 と は 同 一 人 物 と 考 え ら れ よ う 。 又 同 書 に は 良 範 が 弟 子 の 隆 厳 に 許 可 を 授 け た も の の 示 寂 し 、 隆 厳 は 成 厳 に 受 法 し て 良 範 の 三 合 の 聖 教 を 相 承 し た と し 、 以 後 、 安 祥 寺 流 の 傍 系 と な る が 良 範 − 隆 厳 ー 道 耀 − 円 観 房 勝 深 − 良 厳 − 覚 什 − 宥 快 と い う 血 脈 を 載 せ 、 『 野 沢 血 脈 類 集 』 巻 二 ( 真 全39
・ 弸 ) に も 同 じ 血 脈 を 載 せ る 。 又 『 血 脈 類 集 記 』 第 八 に は 建 歴 二 ( = 二 二 ) 年 の 灌 頂 の 記 録 に 範 賢 の 名 が 、 建 保 四 ( 一 二 一 六 ) 年 に 良 範 の 名 が 見 ら れ る か ら 、 改 名 は こ の 間 に 為 さ れ た の で あ ろ う 。 (26
) 石 山 寺 校 倉 聖 教 中 に 第 八 函 第 11 号 と し て 所 在 す る 。 「 目 録 」 に は 次 の 如 く あ る 。 「 範 賢 灌 頂 記 一 巻 / 鎌 倉 時 代 文 治 二 年 写 、 朗 澄 筆 、 巻 子 本 、 墨 界 ( 天 二 条 、 地 一 条 ) 、 一 行 二 十 字 前 後、 マ マ 墨 書 校 合 、 マ マ 墨 点 ( 仮 名 、 返 点 、 文 治 二 年 )、 表 紙 ・ 軸 後 補 、 縦 二 九 ・ 一 糎 、 二 十 紙 、 一 紙 長 五 四 ・ 五 糎 、 界 高 二 六 ・ 七 糎 、 界 幅 二 ・ 一 糎、 / ( 書 出 ) 師 説 後 夜 取 水 作 法 / ( 奥 書 ) 文 治 二 年 正 月 七 日 記 之 末 資 朗 澄 / ○ 文 中 所 々 二 別 紙 ヲ 補 ヒ テ 同 筆 ニ テ 本 文 ヲ 補 記 ス 、 」 。 「 目 録 」 に あ る 如 く 後 夜 取 水 作 法 以 下 の 記 録 を 止 め る が 、 巻 首 に 欠 損 が あ る と 見 ら れ、 灌 頂 支 度 の 記 録 等 が 見 ら れ な い 。 職 衆 に は 讃 衆 四 人 に 良 尊・ 定 祐・ 任 賢 ・ 祐 口 、 持 金 剛 衆 六 人 に 元 雅 ・ 朗 澄 ・ 慶 雅 ・ 聖 雅・ 実 然 ・ 長 宗 と い っ た 名 前 が 見 ら れ、 筆 記 者 朗 澄 が 職 衆 の 一 人 で あ っ た 事 が 解 る 。 復 こ の 中、 慶 雅 は 護 摩 師 を 、 朗 澄 は 教 授 阿 闍 梨 を 勤 め て い る 。 又 巻 末 に こ の 灌 頂 が 執 行 さ れ る に 就 て の 事 情 を 記 し て 「 文 治 二 年 正 月 之 比 阿 闍 梨 範 ー 於 灌 頂 可 奉 受 師 主 石 山 寺 主 僧 都 公 − 之 由 度 ≧ 雖 被 申 請 頗 無 許 由 依 之 受 者 阿 闍 梨 内 辷 被 談 云 ( 中 略 ) 但 予 年 臈 共 若 少 付 内 外 其 憚 尤 多 雖 然 老 少 不 定 師 資 馮 少 就 中 雙 親 存 命 之 時 遂 其 大 願 尤 所 望 也 况 自 生 年 十 三 歳 奉 依 付 始 自 十 八 道 至 于 許 可 奉 受 之 何 於 灌 頂 之 一 事 可 随 他 人 乎 ( 云 ≧ ) 仍 以 便 宜 之 時 上 件 之 状 委 細 二 令 申 之 処 其 御 報 之 件 条 雖 有 其 理 於 予 所 存 又 非 無 其 憚 其 故 者 当 寺 者 本 霊 験 掲 焉 之 勝 地 真 言 無 雙 之 聖 跡 也 雖 然 世 及 末 代 処 亦 芒 廃 人 法 倶 已 其 道 中 絶 灌 頂 之 大 道 久 以 不 行 之 就 中 近 代 座 主 等 伝 法 灌 頂 不 必 伝 当 寺 座 主 所 謂 宮 僧 都 良 深 老 於 灌 頂 受 醐 醍 座 主 覚 源 僧 正 ( 甥 也 ) 次 覚 仁 律 師 者 受 定 賢 法 務 先 師 法 眼 実 意 者 被 受 仁 和 寺 寛 助 大 僧 正 即 又 受 禎 喜 僧 正 代 ≒ 既 如 此 何 必 伝 座 主 乎 况 醐 醍 座 主 勝 賢 位 為 僧 正 之 上 一 家 親 族 也 ( 甥 也 ) 随 又 為 彼 入 室 之 弟 子 ( 出 家 之 夜 師 也 ) 於 世 有 名 誉 於 朝 許 由 尤 足 為 伝 法 師 過 况 予 老 道 世 隠 居 之 身 全 不 当 其 仁 ( 云 ≧ ) 爰 申 半 僧 之 誠 一 往 之 仰 非 無 其 理 但 如 此 等 事 随 時 形 状 又 依 世 断 節 何 必 一 准 乎 所 謂 顕 昧 随 時 行 蔵 在 運 ( 中 略 ) 其 道 場 者 内 供 禅 師 練 行 之 砌 尤 有 便 伝 法 瀉 瓶 之 道 况 又 受 者 阿 闍 梨 耶 末 代 之 法 器 徳 家 之 末 葉 加 之 続 絶 起 廃 者 大 士 之 意 楽 菩 薩 之 用 心 也 更 不 可 不 可 有 竪 辞 ( 云 ≒ ) ( 中 略 ) 但 一 往 不 肖 之 身 認 伝 燈 之 器 許 也 断 種 之 咎 事 不 思 門 葉 之 繁 而 豈 不 存 乎 仍 点 三 月 五 日 定 其 日 畢 無 事 被 行 畢 ( 中 略 ) 予 勤 教 授 之 役 仍 為 門 葉 聊 記 由 一 136 一石 山寺所蔵の
r
三昧耶戒儀』につ い て (苫 米地 誠一) 縁 / 文 治 二 年 正 月 七 日 記 之 末 資 朗 澄 」 と あ る 。 こ れ に 拠 る と 、 範 賢 の 受 法 は 石 山 寺 第 十 代 座 主 公 祐 ( 一 = 二 四 〜 一 一 九 六 ) よ り 受 け た も の で 、 範 賢 は そ れ 以 前 に 十 三 歳 で 石 山 寺 に 入 り 、 公 祐 座 主 よ り 十 八 道 や 許 可 灌 頂 を 受 け て い た こ と が 知 ら れ る 。 又 当 時 の 石 山 寺 座 主 は 伝 法 灌 頂 を 親 族 で あ る 醍 醐 ・ 仁 和 寺 座 主 等 よ り 受 法 し て い る の み の 如 く で あ り、 又 『 血 脈 類 集 記 』 第 六 ( 真 全39
・ 塒 下 〜 蠍 上 ) に は 公 祐 法 眼 の 円 成 寺 僧 正 禎 喜 か ら の 受 法 を 記 し た 後 に 「 抑 当 寺 伝 法 灌 頂 事 。 醍 醐 宮 僧 正 以 後 於 此 寺 無 其 儀 。 年 季 百 十 四 歳 。 寺 務 長 者 十 七 人 也 。 此 時 仁 和 寺 本 房 依 無 其 便 宜 被 修 之 歟 。 」 と あ っ て、 石 山 寺 に 於 る 座 主 問 の 法 流 の 相 承 が 実 際 に 有 っ た か 否 か 疑 問 に 思 わ れ る 所 で あ る 。 即 ち 公 祐 よ り の 受 法 も 石 山 寺 流 の 付 法 か、 寛 助 − 世 豪 ー 禎 喜 ー 公 祐 と 次 第 す る 広 沢 方 の 付 法 で あ る か 、 或 は そ の 他 の 法 流 で あ る か 、 明 ら か に し な い 。 (27
) 文 泉 房 朗 澄 ( 一 = 二 二 〜 一 二 〇 九 ) に 就 て は 前 掲 ( 註 1 ) 佐 和 論 文 及 び 田 中 稔 「 石 山 寺 校 倉 聖 教 に つ い て 」 ( 『 石 山 寺 の 研 究 校 倉 聖 教 古 文 書 篇 』 昭 56 ) 、 月 本 雅 幸 「 文 泉 房 律 師 朗 澄 に つ い て 」 ( 『 国 文 白 百 合 』 19 昭63
) を 併 せ て 参 照 さ れ た い 。 (28
) 前 掲 ( 註3
) 拙 論 を 参 照 の こ と Q (29
) 玄 証 所 持 本 、 所 謂 る 月 上 院 本 の 一 つ で 、 此 れ が 高 山 寺 に 入 っ た に 就 て は 、 土 宜 成 雄 『 玄 証 阿 閣 梨 の 研 究 』 ( 昭 18 ) を 参 照 の こ と 。 尚 本 写 本 表 紙 の 「 三 摩 耶 戒 序 金 輪 房 」 の 字 は 明 恵 上 人 の 書 体 と さ れ る ( 同 書 70 ・71
頁 ) 。 (30
) 高 野 山 大 学 の 武 内 孝 善 氏 の 御 教 示 に ょ る 。 (31
) 拙 論 「 高 山 寺 所 蔵 『 許 可 三 昧 耶 戒 作 法 』 『 許 可 作 法 次 第 』 に つ い て 」 ( 『 大 正 大 学 綜 仏 年 報 』 13 平3
) 。 (32
) 拙 論 「 許 可 ( 印 可 ) 作 法 に つ い て 」 ( 『 大 正 大 綜 仏 年 報 』13
平3
「 綜 仏 研 究 発 表 会 発 表 要 旨 」 ) を 参 照 さ れ た い 。 〔 飜 刻 に あ た っ て 〕1
本 文 の 行 ど り は 底 本 の 通 り と す る 。
2
異 体 字 ・ 略 体
字
等 は 正 字体
に改
め た 。 又 畳 字 符 に つ い て も そ れ の 示 す 本 字 に改
め た 。 原 本 の 姿 を 損 う も の で は あ る が 、 誤 読 を 避 け ん が 為 であ
る 。3
( イ ) 本 『 三 昧 耶 戒 』 の 訓 点 ( 傍 訓 ・ ヲ コ ト点
・ 返 点 ・ 合符
) は、後
掲 の 仮 名 字体
表
・ ヲ コ ト 点 図 の 如 く、 仮 名 点 は 片仮
名 と 漢 字 、 ヲ コ ト 点 は 平 仮 名 、 返点
は ( △ ) 、 句点
は ( 。 ) 、読
点 は ( 、 ) 、 合 符 は ( ー ) で 表 記 し た 。 又 、 一 二点
は 各 字 の 左 下 に 記 し た 。 一137
一智 山学 報第四十輯
4
筆
者 の 力 不 足 で 判読
で き な か っ た 訓点
に つ い て は そ の 字数
を 口 口 口 等 と し て 示 し た 。5
( ロ ) 本 は 〔 甲 〕 本 を 底 本 と し 、 〔 乙 〕 本 を 対 校 本 と し て 、 校 訂 し た 本 文 を 挙 げ 、 校 異 を 脚 注 に 示 し た 。 本 に あ る 旬 点 等 は ( イ ) 本 に 準 じ て 表 記 し た 。6
本 論
中
に指
摘 し た典
拠 や 弘 法大
師
全集
本 と の 校 異 等 に つ い て は 示 さ な か っ た 。7
上 欄 の 「 数 字 は
各
料 紙 の第
一行
目 を 示 し 、数
字 は 第何
紙 目 に 当 る か を 示 す 。8
( ハ ) 本 は 他 に よ っ て 内 容 も 知 り 得 、 本 稿 の
紙
数
も 予定
を 大 巾 に 超 過 し て い る の で 、飜
刻 は 省 略 し た 。 〔 ( イ )本
仮
名
字
体
表
・ ヲ コ ト点
図
〕 ン ワ ラ ヤ マ ノ 、 ナ タ サ カ アラ
ワ
8 、 弋ナ
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138
一石 山寺所蔵の 『三昧耶戒儀』につ い て (苫米地誠一 ) ( イ ) 本 コ ニ