梵 文 『小 本 ・般 若 心経 』和 訳
原
田 和
宗
密 教 文 化1は
じ め に
『
般 若 波 羅 蜜 多心 経』(Prajnaparamita-hrdaya)に
は小 本 と大 本 の二
種 類 の テ キ ス トが伝 承 さ れ て い る こと は よ く知 られ て い る。 成 立 順 序 か ら
い え ば、 漢 訳 さ れ た年 代 が早 い 『
小 本 ・心 経 』 が や は り先 に編 纂 さ れ、 漢
訳 年 代 が遅 い 『
大 本 ・心 経 」 が 『
小 本 ・心 経 』 に序 分 と流 通 分 を付 け足 し
て、 『
小 本 ・心 経』 の 経 典 と して の 体裁 の 不 備 を い わ ば補 う形 で 後 に 成 立
したで あ ろ う と推 定 され る点 で こん に ち学 者 た ち の意 見 は一 致 して い る よ
うで あ る。
東 ア ジア の漢 字 文 化 圏(中 国 ・韓 国 ・朝 鮮 ・日本)で
は も っぱ ら小 本 系
統 の玄読 訳 『
心 経 』 が読 調 ・写 経 に依 用 され、 註 釈 も玄 訳 『
心 経 』 に の
み施 さ れ、 『
大 本 ・心 経 』 の諸 漢 訳 へ の言 及 は参 考 程 度 に留 め られ て い る。
イ ン ド文 化 圏 の うち、 ネパ ー ルで は 『大 本 ・心 経 』 の サ ンス ク リ ッ ト本 の
みが書 写 され て 流 通 し、 チ ベ ッ トで も こん に ち は 『大 本 ・心 経 』 の チ ベ ッ
ト訳 の み が 常 用 され る。 イ ン ド人 註 釈 者 た ち は 『大 本 ・心 経 』 のみ を 施 釈
の 対象 とす る。 両 文 化 圏 の 狭 間 に あ る敦 燵 地 域 で は さす が に小 本 ・大 本 の
両 系統 の 漢訳 『心 経 』 が 依 用 され た形 跡 が あ り、 『
小 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト
訳 の貴 重 な写 本 も出 土 して い る。
『
心 経』 の 散 文 部 の 過 半 数 は 『二 万 五 千 頗 般 若 波 羅 蜜 多 経
』(Panca-uimsatisahasrika Prajnaparamita-sutra:
abbr. Panca; 大 品 系 般 若 経
の原 典)1)内 の 数 節 に 対応 す る文 章 が あ り、『
二 万 五 千 頒 般 若 』 に 由来 す る
の は確 か で あ る。それ ゆえ に、『心 経 』は大 品系 般 若 経 を含 む一 大 叢 書 『大
般 若 経 」 の要 約 で あ り、題 名 の 「
心 」 も膨 大 な 般 若 経 の 核 心 を 集 め た もの
とい う意 味 だ とか、 『
心 経 』 も空 思 想 を 主 題 とす る般 若 経 典 の 一 種 で あ る
以 上、 そ の 核 心 部 は 「
色 即 是 空 」を 説 く散 文 部 に あ る と い う理 解 が 久 しい
世 紀 に わ た って常 識 で あ った。 これ に反 して、『心 経 」 は般 若 経 の一 種 で は
な くて、般 若 菩 薩 の 三 摩 地 法 門 で あ る 「
心 真 言 」を 説 く純 然 た る密 教 経 典
で あ り、そ の 「
心 真 言 」 に因 ん で題 名 に 「
心 」が っ くの で あ る と い う、空 海
が 『
般 若 心 経 秘 鍵 」 で提 唱 した解 釈 はむ しろ異 端 視 さ れ続 け た とい え よ う。
と こ ろが、近 年 盛 ん に な って きた 『
心 経 」研 究 の 方 向 性 は 皮 肉 な こ と に
空 海 が 提 唱 した 解 釈 に近 づ きっ っ あ る よ う に思 う。福 井 文 雅 氏 の大 部 の 研
究 書 は 『
大 正 新 脩 大 蔵 経 」 に未収 録 の 『
心 経 」の 音 訳 や 『
心 経 」注 釈 書 を敦
煙 写 本 な ど か ら多 数 回 収 して翻 刻 し、或 い は 『大正 蔵 経 」 収 録 の テ キ ス ト
に つ い て もそ の扱 いを敦 煙 写本 に よ って批 判 した り、敦 煙 写 本 の多 数 の 異
読 情 報 を提 供 す る点 で す で に 『
心 経 』研 究 に 多大 の 寄 与 を も た らす と と も
に、写 本 か ら浮 か び上 が る 『
心 経 」の信 仰 史 の 側 面 か ら 『心 経 」 は 唐 代 ま
で は心 呪 を説 く呪 術 経 典 と して尊 崇 さ れ て い た が、宋 ・明代 に か け て 空 思
想 を説 く哲 学 的 な経 典 と して受 け取 られ る よ うに な った とい う経 緯 を丹 念
に追 跡 され た2)。ま た、福 井 氏 は玄 訳 『
心 経 』 の 漢 文 と して の 文 章 構 造
の 分 析 か らそ の 核 心 部 は心 呪 の効 能 を 説 く散 文 部 後 半(お よ び心 呪 そ の も
の)に あ る こ とを突 き止 め、 そ こ に 『
心 経 』流 行 の要 因 を読 み と られ た3)。
一 般 向 け解 説 書 で は佐 保 田鶴 治 氏 が イ ン ド寺 院 に お け るマ ン トラ読 謂 に参
加 した 実体 験 か ら 『心 経 」 は 「
般 若 波 羅 蜜 多 」 と い う女 性 の菩 薩 の 心 臓
(hrdaya)で
あ る マ ン トラ を解 き明 か した 経 典 で あ る と い う持 論 を 早 くか
ら表 明 して お られ た4)が、 佐保 田氏 の持 論 は福 井 文 雅 氏 の研 究 成 果 を も踏
ま え て独 自 の論 拠 を 加 味 した宮 坂 宥 洪 氏 の 近 年 の 解 説 書 で5)い っそ う補 強
さ れ た観 が あ る。
一 方 で は、 しか し、J. ナ テ ィエ女 史 に よ る玄読 訳 『
心 経 』偽 経 説 と い っ
た衝 撃 的 な仮 説6)が 学 界 に波紋 を 拡 げ た し、立 川 武 蔵 氏 が 著 した最 新 の 解
説 書 で は7)『心 経 」を 空 思 想 で の み捉 え る従 来 の 視 点 が 依 然 と して 遵 守 さ
梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳密 教 文 化
れ て い た りす る。わ た しの見 る と ころ、上 述 した 以 外 に も、『
心 経 」研 究 と
い う分 野 はな お も数 多 くの 問 題 を 孕 ん で い る。そ の い くっ か の問 題 点 の 解
決 を はか るの が、 い ま さ らな が ら 「梵 文 『
小 本 ・般 若 心 経 』 和 訳 」 と題 し
た本 稿 を 草 す る動 機 で あ って、 わ た しは以 下 の方 針 ・手 順 で こ とを進 め る。
(1)中 村 元 氏 校 訂 の 『
小 本 ・心 経 』の梵 文 テ キ ス ト8)に 対 して 上 山 大 峻 氏
校 訂 の 敦 煙 本 『
小 本 ・心 経 」チ ベ ッ ト訳9)・福 井 文 雅 氏 校 訂 の 不 空 音 漢 両
訳10)・
同 じ く慈 賢 音訳11)・
鈴 木 広 隆 氏 に よ って 整 理 さ れ た ネ パ ー ル写 本 の
異 読 情 報12)・
渡辺 章 悟 氏 や望 月海 慧 氏 に よ って全 訳 さ れ た イ ン ド撰 述 『大
本 ・心経 』注 釈 書13)に引 用 され る 『
心 経 』本 文 の異 読 情 報 とい っ た諸 成 果
を新 た な書 誌情 報 と して集 約 的 に 注記 す る。
(2)と くに 「
色 即 是空 」段 の テ キ ス ト間 の異 同 を整 理 して、『心 経 』 の 成 立
過 程 を 推定 す る足 が か り とす る。
(3)『 二 万 五 千 頒 般 若』等 の先 行 文 献 を精 査 して、『小 本 ・心 経 」 散 文 部 の
原 意 を 辿 り14)、(1)の書 誌 情 報 を も照 会 しっ っ、 よ り正 確 な 和 訳 を 作 成 す
る。
(4)こ れ ま で俗 語 と して 文 法 解 釈 され が ち だ っ た ため に諸 説 が 乱 立 し、 決
め 手 が な く収集 が っ か な くな って い た 『
心 経 」の マ ン トラに 対 して 正 規 の
サ ン ス ク リッ ト文 法 に則 った よ り合 理 的 な解 釈 と和 訳 を試 み る。
(5)『 般 若 心 経』 と い う題 名 中 の 「
心 」(hrdaya)は
『心 経 」 末 尾 の マ ン ト
ラで あ る心 呪(hrdaya)の
こ とを意 味 し、か っ、『心経 」 の 核 心 部 も空 思 想
を説 く散 文 部 に あ るの で は な く、そ の末 尾 の心 呪 に こそ あ る とい う佐 保 田
鶴 治 氏 ・福 井 文 雅 氏 ・宮 坂 宥 洪 氏 の諸 仮 説 の妥 当性 を再 確 認 す る。
(6)玄読 訳 『
心 経 』 は羅 什 訳 『
大 品般 若 』 に基 づ く偽経 で あ り、 『
小 本 ・心
経 』梵 文 も漢 文 『
心 経 』か ら反 訳 ・偽 造 され た と い うJ. ナ テ ィ エ女 史 の 仮
説 を 優先 的 に反 駁 す る。 あわ せ て、羅 什 訳 『
大 明 呪 経 」 は後 世 の ひ と が 玄
読訳 『
心 経 」を モ デ ル に して羅 什 訳 『大 品 般若 』 か ら捏 造 した 偽 経 で あ る
とい う渡 辺 章 悟 氏 の仮 説15)にも批 判 的所 見 を添 え る。
2梵
文 テ キ ス ト と 和 訳
般 若 波 羅 蜜 多 心 経16)
Namah Sarva-jnayal"
一 切 智 者[で あ る ブ ッ ダ]に 礼 拝 し奉 る18)。
唐 三 藏 法 師 玄読 課
観 自在菩薩行深般若波羅蜜 多時、照見五纏19)皆
空、度一 切苦厄。
Aryavalokitesvaro
bodhi-sattvo
gambhiraydm
prajna-paramita-yam carprajna-paramita-yam 20) caramano 21) vyavalokayati
sma: panca skandhas [,]
tams ca svabhava-sunyan22) pasyati sma23).
聖 者 で あ る ア ヴ ァ ロー キ テ ー シ ュヴ ァラ(観察 す る 自在 者)・ ボー デ ィサ ッ
トヴ ァ(聖観 自在 菩 薩)24)は甚 深 な る<智 慧 の完 全 性>(深 般 若 波 羅 蜜 多)25)
の も と に[ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァの]実 践 項 目 を実 践 して お られ る と き26)、
観
察 され た: [人格 主 体 と して の 自我 が あ るの で は な く、]五 箇 の 諸 群 集(五
繭)が あ る、 と。 しか も(ca)、 それ ら(五箇 の諸 群 集)を、
自 己 本 質 を 欠 如
した もの(自 性 空)と
して27)、
ご覧 に な った28)。
舎 利 子。 色 不 異 空、空 不 異 色。色 即 是 空、 空即 是 色。 受 想 行 識 亦 復 如 是。
iha Sari-putrairi-putra
(Ia1) rupam sunyata29), (Ib1) sunyataiva
rupam.
(II
a1) rupan na prthak sunyata,
(IIb1) sunyataya
na prthag rupam30). (III
a1) yad rupam sa sunyata,
(IIIb1) yd sunyata
tad31) rupam32). evam
eva vedana-samjna-samskara-vijnanani33).
こ の 世 で は、 シ ャ ー リ プ ト ラ よ、[五 箇 の 諸 群 集 の う ち、](la)物 質(色) [と い う群 集]は<空 性>(lit. 空 で あ る こ と: [物 質 の 自 己 本 質 を]欠 如 す る こ と)で あ り、(lb)<空 性>こ そ(eva)が 物 質 な の で あ る。(Ila)物 梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳密 教 文 化
質 と は別 個 に<空 性>は
な く、(IIb)<空 性>と
は別 個 に物 質 はな い。(III
a)お よ そ物 質 な る もの、そ れ が<空 性>で
あ り、(IIIb)お よ そ<空
性>、
そ れ が 物質 な の で あ る。感 受 ・想 念 ・[諸]意 志(行)・ 識[と い う残 りの 四
箇 の諸 群集]も[事 情 は]ま っ た く同 様 で あ る謎)。
舎 利 子。 是 諸 法 空 相、不 生 ・不 滅、 不垢 ・不 浮、 不 増 ・不 減。 是 故 空 中
無 色、 無 受 想 行 識、無 眼耳 鼻 舌 身 意、無 色 聲 香 味 燭 法、 無 眼 界、乃 至、無 意
識 界、 無 無 明 亦 無 無 明 蓋、乃 至、 無 老死、 無 老 死 書、無 苦 集 滅 道、 無 智 亦 無
得。
iha Sari-putra
sarva-dharmah
sunyata-laksana35) an-utpanna
a-niru-ddha a-males-vimala36) nona na paripurn. ah37).38)
tasmac Chari-putra
su-nyatayam
na rupam na vedana na samjna na samskara na vijnanam
na caksuh-srotra-ghrana-jihva-kaya-manamsi,
na
rupa-sabda-gandha-rasa-sprastavya-dharmah,
na caksur-dhatur
yavan na
mano-vijnana-dhatuh. na vidya na-vidya na vidya-ksayo na-vidya-ksayo 39) yavan 40)
na j ara-maranam
na j ara-marana-ksayo
41)
na
duhkha-samudaya-nirod-ha-marga (h,) na j nanam na praptih42).43)
こ の世 で は、 シ ャ ー リプ トラよ、一 切 の諸 存 在素 は<空 性>を
特 相 と す
る もの で あ り44)、
生 起 した もの で もな く、滅 した も の で もな い。 塵 垢 を 伴
う もの で もな く、塵 垢 を離 れ た もの で もな い。不 足 した もの で も な く、満
た され た もの で もな い45)。
そ れ ゆ え に、 シ ャー リプ トラ よ、<空
性>の
次
元 で は46)、
物 質 もな く、感 受 も な く、想 念 もな く、諸 意 志 もな く、識 もな い。
[十二 の部 門(十 二 処)に お け る]眼 ・耳 ・鼻 ・舌 ・身 体 ・思 考(意)[と
い
う六 箇 の 内 な る部 門]も な く、色 ・音 声 ・臭 い ・味 ・可 触 物 ・存 在 素(法)
[と い う六 箇 の外 な る部 門]も な い。[十八 の根 源界(十 八 界)に お け る]眼
の根 源 界(眼 界)か
ら思 考 識 の 根 源 界(意 識 界)ま で もな い。[十 二 支 分 か ら
な る<依 存 的 生 起>(十
二 支 縁 起)に お け る、無 明 と敵 対 す る]明 智 も な
く、無 明 もな い。明 智 の滅 書 もな く、無 明 の 滅 蓋 もな い。 乃 至、 老 化 ・死
もな く、老 化 ・死 の滅 蓋 もな い47)。
苦 ・[苦の]起 源 ・[苦 の]消 滅・[苦 の
消 滅 に導 く]道 程[と い う聖 者 た ち に と って の 四 箇 の 真 理(四 聖 諦)]も
な
い。[四 聖 諦 に 関 す る八 種 の]智 慧 もな く、[束縛 か らの分 離 と い う結 果(離
繋 果)=浬
葉 を]獲 得 す る こ と もな い48)。
以 無 所 得 故、 菩 提 薩垣、 依 般 若 波 羅 蜜 多 故、 心 無 里 擬。 無 呈 擬 故、 無 有
恐 怖、遠 離 顯 倒 夢想49)、
究 寛 浬 藥。三 世諸 佛、依 般 若 波 羅 蜜 多 故、 得 阿 褥 多
羅 三 貌 三 菩 提。
tasmad50) a-praptitvad
bodhi-sattvanam51) prajna-paramitam
asritya
viharaty
a-cittavaranah.
cittavarana-nastitvad
52) a-trasto 53)
viparya-satikranto54) nistha-nirvanah55). try-adhva-vyavasthitah
sarva-buddhah
prajna-paramitam
asrityan-uttaram
samyak-sambodhim
abhisambu-ddhah56).
そ れ ゆ え に、 ボー デ ィ サ ッ トヴ ァた ちが[離 繋 果=浬 葉 を]獲 得 す る[こ
と に よ って声 聞 乗 で理 想 とさ れ る ア ル ハ ッ ト(阿 羅 漢)に
な る]こ
とが な
い の だ か ら、[ア ヴ ァ ロ-キ
テ ー シ ュ ヴ ァ ラ ・ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァ は]
<智 慧 の完 全 性>に 依 存 して、心 に遮 蔽 を も た な い も の と して[輪 廻 の世
界 に]住 み続 け る57)。
心 に遮 蔽 が な い のだ か ら、[ア ヴ ァローキ テ-シ ュヴ ァ
ラ は輪 廻 に留 ま りな が らも、輪 廻 に対 して]恐 怖 を抱 かな い し銘)、<[想念 ・
心 ・見 解 の]錯 倒>を 超 越 して い る し59)、[輪廻 の 世 界 に い な が ら(?)、]
浬 葉 に安 らい で い る(直 訳 「究 極 の 浬 藥 を 有 す る」「
浬 葉 に立 脚 す る」)。 そ
もそ も三 世 に住 す る一 切 の ブ ッ ダ(覚 醒 者)た ち は<智 慧 の完 全 性>に
依
存 して、<無 上 に して 正 し く完 全 な(or等 質 な)覚 醒>に
あ り あ り と覚 醒
した の で あ る60)。
故 知: 般 若 波 羅 蜜 多 是 大 神 究61)、
是 大 明 究、 是 無 上 究、是 無 等 等 究、 能 除
一 切 苦、眞 實。 不 虚 故。説 般 若波 羅 蜜 多 究。
tasmaj
jnatavyam:
prajna-paramita
maha-mantro 62)
maha-vidya-mantro 'n-uttara-maha-vidya-mantro 'sama-sama-mantrah63),
sarva-duhkha-prasa-manah64), satyam a-mithyatvat65). prajna-paramitayam
ukto66)
mantrah:
そ れ ゆ え に、知 られ るべ きで あ る: <智 慧 の 完 全 性>は(1)偉
大 な る マ
梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳密 教 文 化
ン トラ67)、(2)偉大 な る明 知 の マ ン トラ、(3)無 上 の マ ン トラ、(4)比 肩 す
べ き もの な く平 等 な る マ ン トラに して68)、
あ り とあ ら ゆ る苦 しみ を止 息 さ
せ る もの で あ る。真 実[の こ とば]で あ る69)。[そ
の マ ン トラを 唱 え れ ば、苦
の止 息 とい う効 果 を 必 ず成 就 す る点 で]虚 偽 で はな い か ら。<智 慧 の 完 全
性>の
も と にマ ン トラが説 か れ た70):
即 説 究 日: 掲 帝
掲帝
波 羅 掲 帝
波 羅 僧 掲 帝
菩 提 僧 渉 詞71)
tad yatha gate gate para-gate para-samgate bodhi svaha
タ デ ィ ヤ タ ー(す な わ ち)72)・ガ テ ー(道 程[な る 女 尊]よ)・ ガ テ ー(道 程 [な る 女 尊]よ)・ パ ー ラ ガ テ ー(彼 岸 へ の 道 程[な る 女 尊]よ)・ パ ー ラ サ ン ガ テ-(彼 岸 へ の 完 全 な る道 程[な る 女 尊]よ)73)・ ボ ー デ ィ(覚 醒[な る 女 尊]よ)74)・ ス ワ ー ハ ー(め で た し)!75)
般 若 波 羅 蜜 多 心 経
iti Prajna-paramita-hrdayam
samaptam.
以 上、 『<智 慧 の 完 全 性>と い う 心 呪 』(Prajna-paramita-hrdayam)76) が 終 わ る。 参 考 文 献77). 今 西順 吉. 2000「 空 と空 性 に っ い て」「イ ン ドの 文 化 と論 理 戸 崎 宏 正 博 士 古 希 記 念 論 文 集 」 九 州 大学 出版 会. 上 山大 峻. 1965「 敦 煙 出土 の チ ベ ッ ト訳 般 若 心 経 」『印度 學佛 教 學研 究 』13-2. 1990「 敦 煙 佛 教 の研 究 』法 蔵 館. 氏 家 覚 勝 1987「 陀 羅 尼 思 想 の研 究 』東 方 出版. 越 智 淳 仁. 1991a「 『般 若 心 経 秘 鍵 』に 引 か れ る二 種 の漢 訳 儀 軌 」「密 教 学 研 究 』23. 1991b「Prajnaparamita-hrdaya-sadhanaとPrajnaparamita-sadhana」 「伊 原 照 蓮 博 士 古 希 記 念 論 文 集 』. 梶 山 雄 一. 1974(訳)「 大 乗 仏 典2八 千 頒 般 若 経1』 中央 公 論 社.
梶 山 雄 一・ 丹 治 昭 義. 1975 (訳)「大 乗 仏 典3八 千 頒般 若 経II』 中 央 公 論 社. 梶 芳 光 運. 1981「 大 乗 仏 教 の成 立 史 的 研 究 』山喜 房 佛 書 林. 勝 又 俊 教. 1982「 般 若 経 典 と般 若 心 経 」「般 若 心 経 を解 く』[大 法 輪 選 書(6)]大法 輪 閣. 木 村 俊 彦. 1990「 ダル マ キ ール テ ィの マ ン トラ論」「印度 學 佛 教 學 研 究 』39-1. 木 村 俊 彦 ・竹 中 智 泰. 1998「 禅 宗 の 陪 羅 尼 』大 東 出版 社. ゲ シ ェー ・ソナ ム ・ギ ャル ツ ェ ン ・ゴ ン ダ ・他. 2002「 チ ベ ッ トの般 若 心 経 』春 秋 社. 小 峰 弥 彦. 1988「 般 若 経 の諸 問題 一 般 若 心 経 に っ い て一 」「密 教 学 研 究 』20. 酒井 紫 朗. 1975「 法 身 偶 の真 言 化 にっ い て」「密教 文 化 』111. 佐 保 田 鶴 治. 1982「 般 若 心 経 の真 実 』人 文 書 院 白石 真 道. 1988「 白石 真 道 仏 教 学 論 文 集 』発 行 者 ・白石 壽 子. 鈴 木 勇夫. 1980「 校 訂 梵 文 般 若 心 経 」「椙 山女 学 園 大 学 研 究 論 集 』11-1. 1981「 「菩 提 僧 渉 詞 」」『椙 山女 学 園 大 学 研 究 論 集 』13-1. 鈴 木 広 隆 1987「 般 若 経 に お け る空 の 教 説-『 二 万 五 千 頒 般 若 』1,2,2 satya-avavadaを 中 心 と して-」 『印 度 哲 学 仏 教 学 』2. 1989「 大 品 系 般 若 経 に お け る空 の教 説 の成 立 に っ いて 」「印 度 學 佛 教 學研 究 』37-2. 1990「 般 若 経 の空 思 想 」 「印度 哲 学 仏 教 学 』5. 1995「 『般 若 心 経 』 の ネパー ル 写 本 」『印度 哲 学 仏 教 学 』10. 副 島 正 光. 1980「 般 若 経 典 の基 礎 的研 究 』春 秋 社. 田久 保 周 馨 ・金 山 正 好. 1981『 梵 字 悉 曇 』平 河 出版 社. 立 川 武 蔵. 1994「 「自性 が 空 で あ る」を ど う解 釈 す るか 」「仏 教 』26[特 集=チ ベ ッ ト]. 2001『 般 若 心 経 の 新 しい読 み 方 』春 秋 社. 梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳
密 教 文 化 玉 城 康 四郎. 1984「 空 思 想 は仏 教 の根 本 的 立 場 か」『理 想 』610[特 集=空 の思 想]. 1993「 縁 起 の真 意 一 原 型 へ の復 帰 一 」「印 度 學 佛 教 學 研 究』42-1. 津 田 眞一. 1998『 ア ー ラヤ 的世 界 と そ の神 』大 蔵 出 版. 2001a「 不 生 と随喜 廻 向-大 乗 仏 教 成 立 の実 質 的条 件-」 『国 際 仏 教 学 大 学 院 大 学 研 究 紀 要 』4. 2001b「 龍 樹 の根 本 錯 視 と して の テー ゼ 「空性 と は縁 起 の こ とで あ る」」『印 度 學 佛 教 學 研 究 』50-1. 中村 元 ・紀 野 一義. 1960(訳 註)『 般 若心 経 ・金 剛 般 若 経 』岩 波 文 庫[青303-1]岩 波 書 店. 生 井 智 紹.
1993「Dharmakirti: Svavrtti ad Pramanavarttika I 308-Dharmakirtiの 言 及 す る密 教 儀 礼 につ い て 一 」 『密 教 学 研 究 』25. 原 裕. 1981「 般 若 経 にお け る縁 起説 の 問 題 点 」『宗 教 研 究 』54-3(246). 原 田和 宗. 2000「 葱 阿 頼 耶(Skandhalaya)」 「印 度 學 佛 教 學 研 究 』48-2. 福 井 文 雅. 1987a「 般 若 心 経 の 歴 史 的 研究 』春 秋 社. 1987b「 般 若 心 経 の 核 心 」『東 洋 の思 想 と宗 教 』4. 1994「 般 若 心 経 の 研 究 史 二 現 今 の 問 題 点 一 」『佛 教 學 』36. 2000『 般 若 心 経 の総 合 的 研 究 一 歴 史 ・社 会 ・資 料 一 』春 秋 社. 藤 近 恵 市. 1999「 初 期 大 乗 仏 教 にお け る菩 薩 と輪 廻 」『印度 學 佛 教 學 研 究 』47-2. 藤 村 隆 淳.
1978「 「マハ ー ヴ ァス ッ」に み られ るparami, parami, paramita」 「密 教 文 化 』 122. 松 浦 秀 光. 1983「 般 若 心 経 の 研 究』国 書 刊 行 会. 松 本 史 郎. 1989「 縁 起 と空 ・如 来蔵 思想 批 判 』大 蔵 出版. 宮 坂 宥 洪. 1994『 般 若 心経 の 新世 界』人 文 書 院. 村 上 真 完. 1992a「 般 若経 類 の 空思 想 と ウパ ニ シ ャ ド」「真 野 龍 海 博 士 頗 寿 記 念 論 文 集 般 若 波
羅 蜜多思 想論集』.
1992b「 色即 是 空(rupam sunyata)原 意 考 」「佛 教 論 叢 』36. 1995「 空性(sunyata, 空 で あ る こと)考 」「佛 教 論 叢 』39. 1998「 大 乗 経 典 の創 作(sutrantabhinirhara, 能 演 諸 経, 善 説 諸 経)」 『印 度 学 宗 教 学 会 論 集 』25. 2000「 大 乗 経 典 の想 像 と創 作 一abhinirhara考-」 『印度 哲 学 仏 教 学 」15. 望 月 海 慧. 1992「 ジュ ニ ャ-ナ ミ トラ著 「般 若 心 経 解説 』試 訳 」「大 崎 學 輯 」148. 森 山 清 徹. 1975「 大 品 系 般 若 経 の研 究-異 訳 諸 本 に関 す る疑 念 一 」「佛教 論 叢 』19. 1977「 般 若 経 にお け る 「空 とそ の 同義 語 」 にっ いて 」『印 度學 佛 教 學 研 究 』25-2. 頼 富 本 宏. 1975「 常 用 真 言 ・陀 羅 尼 の解 説 」『現 代 密 教 講 座 第 四巻 』大 東 出版 社. 若 原 雄 昭. 1988「 マ ン トラの 効 果 と全 知 者 一Pramanavarttikasvavrtti研 究(1)(vv. 292-31 1)-」 「佛 教 史 學 研 究 』31-1. 1994「 真 実(satya)」 『佛 教 學 研 究 』50. 渡 辺 章 悟. 1986「 八 不 と縁 起 一 「般 若 経 」に お け る 「八 不 偶 」を め ぐ っ て-」 『東 洋 大 学 大 学 院紀 要 』23. 1991「 般 若 心 経 成 立 論 序 説-「 摩 詞 般 若 波 羅 蜜 大 明 呪 経 』 と 『大 品 般 若 経 』 の 関 係 を 中心 と して-」 「佛 教 學 』31. 1992「Prasastrasena造 『般 若 心 経 広 注 」和 訳 研 究 」「曹 洞 宗 研 究 員 研 究 紀 要』23. 1998「Prajaaparamitaの 四 つ の語 源解 釈 」「印 度 學 佛 教 學 研 究 』46-2.Conze, Edward.
1948
Text, Source, and Bibliography
of the Prajnaparamita-hrdaya,
Journal
of the Royal Asiatic Society, pt. 1 & 2.
Dutt, Nalinaksha.
1934
The Pancavirnsatisahasrika
Prajnaparamita,
Calcutta
Oriental
Series, No. 28, Luzac & Co., London.
Johnston,
E. H..
1950
The Ratnagotravibhaga
Mahayanottaratantrasastra,
The Bihar
Research
Society, Patna.
Kimura
Takayasu.
1986
Pancavimsatisahasrika
Prajnaparamita
II
III, Sankibo
rin Publishing
Co., Ltd, Tokyo.
梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳
密
教
文
化
1990
Pancavimsatisahasrika
Prajnaparamita
IV, Sankibo
Busshorin
Publishing
Co., Ltd, Tokyo.
Nattier,
Jan.
1992
The Heart Sutra: A Chinese Apocryphal
Text?, The Jounal
of the
International
Association
of Buddhist Studies,
Vol. 15, No. 2.
Vaidya,
P. L.
1960
Astasahasrika
Prajnaparamita,
with Haribhadra's
Commentary
Called Aloka, Buddhist
Sanskrit
Texts-No. 4, the Mithila
Institute
of Post-Graduate
Studies and Research
in Sanskrit Learning,
bhanga.
1961
Mahayana-Sutra-Sctrngraha,
pt. 1, Buddhist
Sanskrit
Texts-No. 17,
the Mithila
Institute
of Post-Graduate
Studies
and Research
in
Sanskrit
Learning,
Darbhanga.
<キー ワー ド>「 般 若 心 経 』, 空 性, 心 呪.
註
1)『 二 万五 千 頒 般 若 』(Panca)は 鳩 摩 羅 什 訳 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 経 』(通 称 『大 品 般 若経 』)や 玄 訳 「大 般 若 波 羅 蜜 多 経 』「第 二 会 」な どの 大 品 系 般 若 の 原 典 で あ る とい うの が常 識 とな って い る が、「八 千 頒 般 若 』(Asta-sahasrika mites-sutra: abbr. Asta; 小 品 系般 若 経 の原 典)と 「二 万 五 千 頒 般 若 』(Panca) との 中 間形 態 に 『一 万 八 千 頗 般 若 』(『大 般 若 経 』「第 三 会 」の 原 典)が あ り、 そ れ が漢 訳 「放 光 般 若 』や 「光 讃 般 若 』の原 典 で あ った可 能 性 が 高 い こと、 さ ら に 『大 品般 若 』 は 「一 万 八 千 頗 般 若 』以 上 「二 万 五 千 頒 般 若 』未 満 の規 模 で あ る こと が 森 山清 徹 氏 に よ っ て突 き止 あ られ て い る。森 山 清 徹[1975]. し た が っ て、 厳 密 に は 『一 万 八 千 頗 般 若 』を も依 用 して 論 じ るべ きで あ るが、校 訂 本 未 入 手 にっ き、 断 念 せ ざ る をえ な い。 2)福 井 文 雅[1987a]: 所 収 「中 国史 上 に お け る般 若心 経 」(pp. 169-249.)た だ し、 「心 経 』に対 す る唐 代 の諸 注釈 や 日本 の奈 良 時 代 の 智 光 の 注 釈 書 を 披 見 す る か ぎ り、『心経 』 は空 思 想(無 相 宗)を 主 題 とす る経 典 と して 扱 わ れ て い る よ うに わ た しに は思 え る。 3)福 井 文 雅[1987b]. 4)佐 保 田鶴 治[1982]. 5)宮 坂 宥 洪[1994]. 6)Jan Nattier[1992].
7)立 川 武 蔵[2001]. 8)中 村 元 ・紀 野一 義[1960], pp. 172-173に 小 本 の梵 文 テキ ス ト、pp. 175-177に 大 本 の梵 文 テ キ ス トが収 録 さ れ て い る。中 村 元 氏 の 『小 本 ・心 経 』 の 梵 文 テ キ ス トは玄 本(実 は不 空 音訳)と 法 隆 寺 悉 曇 写 本 を 底 本 と してMax Muller氏 や 白 石 真 道 氏 やEdward Conze氏 な どの 校 訂 出 版 を参 照 しっ っ校 訂 した もの で、 こん に ち最 も信 頼 さ れ、依 用 され て い る。た だ し、そ の 校 訂 結 果 を 見 る 限 り、不 空 音 訳 よ り も、法 隆 寺悉 曇 本 の形 態 に 合 うよ うに校 訂 され て い るよ う に 思 え る。 法 隆 寺 本 の 写 真 と ロ-マ 字 転 写 は田 久 保 周 智 ・金 山 正 好[1981], pp. 44-45に 見 る こ とが で き る。 9)上 山大 峻[1965]. チ ベ ッ ト大 蔵 経 に 『大 本 ・心 経 」 の チ ベ ッ ト訳 しか 収 録 さ れ て い な い こ とを 思 え ば、敦 煙 出土 『小 本 ・心 経 』の チ ベ ッ ト訳 写 本 の 存 在 は 甚 だ 貴 重 と い わ ね ば な らな い。 に も拘 わ らず、 そ れ が これ まで 『心 経 』の 研 究 者 に よ っ て 援 用 もさ れ ず、無 視 され て き た の は頗 る不 可 解 で あ る。 10)福 井 文 雅[1987a], pp. 127-1銘 に 不 空音 訳、pp. 138-141に 不 空 漢 訳 が 校 訂 さ れ て い る。(福 井[1987a]の 内 容 はす べ て 福 井[2000]に も再 録 さ れ て い る。 た だ、 わ た しが 福 井[2000]の うち、新 規 収 録 分 の頁 の み の コ ピー しか 所 持 しな い た めに、 そ れ 以 外 の論 稿 につ い て は 旧著 の頁 数 を掲 げ る こ とを ご寛 恕 願 い た い。)不 空 訳 『梵 文 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』(敦煙 写 本 と金[刻]蔵 の 二 種 が あ る)は 宋 ・元 ・明 代 の 中 国 文 献 で 言 及 ・引用 さ れ て い る と は いえ、 『表 制 集 』や唐 代 の 目録 類(『貞 元 新 定 繹 教 目録 』な ど)に は見 出せ な い。空 海 『請 来 目録 』 に も登 録 さ れ て い な い。(以 上 の 点 を 福 井 文 雅 氏 は考 察 さ れ た上 で、金蔵 本 の 出 現 を も って 同 経 を 不 空 訳 と し て確 定 す る。以 下 さ らに わ た しは 福井 氏 の見 解 に 同 意 す べ く私 見 を加 え る。)しか し、そ の 音 訳 語 は不 空 が通 常 依 用 す る もの と一 致 し、宋 代 風 の音 写 語 を含 ま な い。 安 然 『諸 阿 闊 梨 眞 言 密 教 部 類 総 録 』(別 称 『八 家 秘 録 』)巻 上 は す で に 不 空 訳 『心 経 』の 存 在 を 示 唆 して い る*以 上、 最 澄 『越 州 録 』**に 見 え る 「般 若 心 経 梵 本 漢 字 一 巻 」が そ れ で あ つた可 能 性 は極 め て高 い。[*『密 教 部 類見 録 』巻 上 「新 謬 般 若 心 纒 一巻<般 若 繹、 貞 元 新 入 目録、 仁。 私 云: 六 本 如 箴見 更 有 不 空 ・智 慧 輪 二 本。>」;**最 澄 の 『越 州 録 』で は請 来 経 軌 の訳 者 名 を記 さな い の が 普 通 で あ る。 また、経 論 の 題 名 もあ ま り正 確 に は記 載 され な い。例、 『越 州 録 』「十 八 會 喩 伽 法 」 (正 し くは 「金 剛 頂 喩 伽 十 八 會 指 蹄 」)等々。]お そ ら く不 空 は大 興 善 寺 あ た りで 弟 子 た ち にサ ンス ク リ ッ ト語 を講 義 す る た め の教 材 と して 『梵 文 心 経 』(『小 本 ・心 経 』の梵 文 音 訳 と意 訳)を 作 成 す る に留 あ、唐 朝 に正 式 な 入 蔵 申 請 を 出 さ な か っ た の か も しれ な い。 な お、不 空 訳 『心 経 』の原 本 は 「玄 が 観 音 か ら親 に教 授 さ れ た」 と い う伝 承 を 伴 うけ れ ど も、玄 訳 『心 経 』 と は明 らか に異 な る系 統 の テ キ ス トで あ り、 玄見 が依 用 した原 典 で は あ りえ な い(詳 細 は後 述)。 不 空 依 用 の 原 典 が 単 に 大 興 善 寺 の 梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳
密 教 文 化 所 蔵 だ った こ とか ら後世 に つ く られ た 伝説 に 過 ぎな い で あ ろ う。法 隆 寺 所 蔵 の 悉 曇 本 も玄 訳 と は別 系統 の 写本 で あ る(後述)。 11)福 井 文 雅[2000], pp. 447-453. 12)鈴 木 広 隆[1995]. 13)渡 辺 章 悟[1992]; 望 月 海 慧[1992]. 14)今 日の代 表 的 な 「心 経 』の一 般 向 け解 説 書 の うち、佐 保 田 鶴 治[1982]・ 宮 坂 宥 洪[1994]・ 立 川武 蔵[2001]な ど が 「心 経 』の個 々 の文 脈 に関 して そ れ と対 応 す る 「二万 五 千 頒 般 若 』等 の 先 行 文 献 の テ キ ス ト箇 所 に 遡 って そ の 原 意 を 追 求 す る と い う文 献 学 上 当然 踏 ま え る べ き手 続 き を なぜ か放 置 し、そ れ ぞ れ の イ ン ド哲 学 や イ ン ド仏 教 の学 識 に よ る か な り恣 意 的 な解 釈 を持 ち込 む 傾 向 が あ る こ とを 甚 だ 残 念 に思 う。これ らの 解 説書 か ら禅益 され る点 も多 々 あ り、学 恩 を 謝 す る の に 吝 か で は な いが、 全 面 的 な 信頼 を 寄 せ る こ とは で きな い。「「般 若 心 経 』 の 空 を 理 解 す る こと は、「般 若 心経 』 だ けか らで は容 易 にで き な い。」 と い う村 上 真 完 氏 の 述 懐 (村上[1992a], p. 85)こ そ 「心 経 』 とい う文 献 に と り組 む研 究 者 が もっ べ き 健 全 な 感 覚 で は な い だ ろ う か。後 世 の学 派 的解 釈 を持 ち込 む の は な お さ ら論 外 で あ る。 15)渡 辺 章 悟[1991]. た だ し、渡 辺 章 悟 氏 が 重 視 した経 録 を あ ぐ る 問 題 に わ た し は 本 稿 で立 ち入 るっ も りは な い。『大 明 呪経 』 の訳 者 が た とえ 羅 什 で な くて も、 わ た しに と って は 『大 明 呪経 』が 玄経 訳 『心 経 』以 前 に成 立 して さえ い れ ば、 そ れ で か ま わ な い。わ た しが 問題 とす るの は 当 の テ キ ス ト自身 で あ り、経 録 と い う 外 部 資 料 の伝 承 が 当 の テ キ ス ト以 上 の 価 値 や 発 言 権 とか 優 先権 を もっ とす れ ば、 そ れ は 本 末 転 倒 だ と思 うか らで あ る。 16)漢 訳 テ キ ス トは玄 訳 の み を 代 表 例 と して 掲 げ る。不 空 漢 訳 以 外 の七 種 の 漢 訳 「心 経 』の テ キ ス ト比 較 が松 浦 秀 光[1983], pp. 25-43で 遂 行 さ れ て お り、 至 便 で あ る。渡辺 章 悟[1991], pp. 44-48で は羅 什 訳 と玄 訳 お よ び コ ンゼ 氏 の 「小 本 ・ 心 経 』校 訂 梵 文 との対 照 が示 さ れ て い る。 こ こで は玄 訳 『心 経 』 に対 す る註 釈 文 献 に引 用 され る経 文 の 異 読 を 注記 す るに 留 め る。 圓 測 は 「心 経 』の 題 名 を 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 多 心 纒 』 と して 自 己 の 注 釈 書 に 引 用 し、そ れ に 因 ん で注 釈 書 自体 も 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 賛 』 と命 名 す る。 日本 の 智 光 「般 若 心 経 述 義 』に お け る経 題 の 引用 も同 じ。羅 什 訳 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 大 明 呪 経 』の題 名 に影 響 され た ので あろ うか。 法 相 宗 の 開 祖 で あ る 基(慈 恩 大 師)は 「般 若 波 羅 蜜 多 心 経 幽 賛』で 経 題 を 「佛 説 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』 と して 引 用 す る。 両 方 を 接 合 す れ ば、空 海 が 「般 若 心経 秘 鍵 』で 羅 什 訳 に 帰 す る 「佛 説 摩 詞 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』*と い うタ イ トルが 完 成 す るの は興 味 深 い。[*そ の経 文 自体 は ま っ た くの 玄 訳 『心 経 」だ が。] 17)法 隆寺 悉曇 本 に見 え る 『小 本 ・心 経 』の この帰 敬 句 は 「大 本 ・心 経 』 サ ン ス ク リッ ト本 で も共 有 され る傍 ら、同 じ小 本 系 統 の 不 空 音訳 と慈賢 音 訳 に は冠 せ ら れ
て い な い。「心 経 」の全 漢 訳 に もな く、「大 本・ 心 経 』チ ベ ッ ト訳 にす らな い。 しか し、敦 煙 出 土 チベ ッ ト訳 「小 本 ・心 経 」(Arya-prajna-paramito-hrdaya)に そ の 訳 文 が 確 認 で き る: "thams cad mkhyen pa la phyag htshal to. "(上 山 大 峻[1965], p. 74, 31. )上 山大 峻[1990], p. 173, 注2に 敦 捏 本 『小 本 ・心 経 』チ ベ ッ ト訳 を そ の識 語 に も とつ いて す べ て 漢 訳 か らの重 訳 と推 定 す る木 村 隆 徳 氏 の 所 見 が 紹 介 され て い るが、 この一 訳 例 は た だ そ れ だ け で木 村 氏 の所 見 に対 す る完 壁 な 反 証 と して の 価 値 を もっ。 い か な る漢 訳 に もな く、た だ 梵 文 に しか 存 しな い語 句 を敦 捏 の チ ベ ッ ト語 訳 者 が い った い ど うや った ら漢 訳 か ら重 訳 で き るの で あ ろ う か。「上 掲 の チ ベ ッ ト繹 は… 小 例 を 除 け ば、サ ン ス ク リッ ト原 本(岩 波 文 庫 中 村 元 校 訂 本)の 忠 實 な直 繹 で あ る。」(上 山[1965], p. 76.)と い う上 山 大 峻 氏 の テ キ ス ト自体 を吟 味 した うえ で の論 評 こそ 信頼 に値 す るの はい うま で もな い。 わ れ わ れ は写 本 の識 語(コ ロ ホ ン)の た ぐい を鵜 呑 み に して 当 該 の テ キ ス ト自 体 の 吟 味 を 怠 って は な らな い。 18)『 八 千 頒 般 若 』(Asta)な らび に 『二 万 五 千 頗 般 若 」(Panca)写 本 の 冒頭 部 に 冠 せ られ た帰 敬 句(or帰 敬 呪)は 「オー ム ・幸 福 を分 与 して くだ さ る女 尊 ・聖 な る <智 慧 の完 全 性>(仏 母 般 若)に 礼 拝 し奉 る。」(Om Namo Bhaga-vatyai Arya prajna-paramitayai.)で あ る。 19)圓 測 は 『心 纒 賛 』で 「照 見 五 薙皆 空 」と い う経 文 を 引 い て 注 釈 しお わ っ た あ と で、「或 有 本 日:「 照 見 五 薙 等 皆 空 」。錐 有 爾 本、後 本 爲 正。 検 勘 梵 本、有 「等 」言。 故 後 所 説等 準 此 磨 知。」 と付 け加 え、基 「心 纒 幽 賛』 に な る と、「照 見 五 緬 等 皆 空 」 とい う経文 を施 釈 の 対 象 と して 引 用 す る よ うに な る。晴遭 「般 若 波 羅 蜜 多 心 纒 疏 』 お よ び智 光 「心 経 述 義 』 もそ の 方 針 に従 って い る。空海 も 『心 纒 秘 鍵 』 で 「等 」 の 字 の付 加 を以 って 遍 畳 三 藏(玄象)訳 の一 大 特 徴 と指 摘 す る反 面、 「等 」 の 字 の な い 「心 纒 』を羅 什 に 帰 し、そ れ を施 釈 の対 象 とす る。 しか し、「心 経 』 の 最 初 の 注 釈 者 で玄 よ り も早 逝 した 慧 浄 の 『般 若 波 羅 蜜 多 心 纒 疏 』 所 引 の経 文 に は ま だ 「等 」の字 は見 え な い。法 蔵 の 「般 若 波 羅 蜜 多 心 匡略 疏 』の 所 引 の 経 文 に も む ろ ん 含 まれ な い。玄 の 生 存 中 に 『心 経 』 の タ イ トル や本 文 に こ の よ うな 伝 承 上 の 変 化 が 発 生 した と は考 え られ な い か ら、彼 の没 後 か な りの年 数 を 経 て 「心 経 』 の テ キ ス トに まっ わ る複 数 の伝 承 が派 生 し、圓 測 や基 の註 釈 もそ の時 分 に 書 か れ た の で あ ろ う。 10)唐 代 ・不 空 訳 『梵 文般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』(福井 文 雅[1987a], p. 127, 14.)お よ び 宋 代 ・慈 賢 訳 『梵 文 般 若波 羅 蜜 多 心 経 』(福井 文 雅[2000], p. 448, 4-6)で は い つ れ も、 gambhiram prajna-paramita-caryam(甚 深 な る<智 慧 の完 全 性> と い う実 践 項 目を) と音 写 さ れ る。 梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳
密 教 文 化 21)『 八 千 頒 般 若 』 「二 万 五 千 頒 般 若 」 で は と も に"prajna-paramitayam caran" お よ び"Brahma-caryam carati"と い う 定 型 句 な ら頻 繁 に 使 用 さ れ る。 け れ ど も、 『小 本 ・心 経 」 の 現 行 梵 文"gambhirayam prajna-paramitayam caryam caramano*"そ の ま ま の 形 は 残 念 な が ら 見 い だ せ な い。(*法 隆 寺 本: "caryam
caramano"; 不 空 音 訳 ・慈 賢 音 訳: "-caryam caramano";「 大 本 ・心 経 』梵 文: "caryam caramana[evam]")「 八 千 頒 般 若 』 な ど の 上 記 の 用 例 に 照 ら す か ぎ り、"caryam(行 を)"は 蛇 足 な の で あ って、"caramano(行 じ る と き)"だ け で 十 分 で あ る。 そ の せ い か、 不 空 漢 訳 と 智 慧 輪 訳 以 外 の 大 多 数 の 「心 経 』 諸 漢 訳 と 「大 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト訳 は 前 者"caryam"を 訳 して い な い。 両 方 と も訳 し て い る の は 小 本 系 ・不 空 漢 訳 敦 捏 本 「行 行 時 」(福 井[1987a], p. 139, 6.)と 大 本 系 ・ 智 慧 輪 訳 「行 … 行 時 」、そ して、 敦 燵 本 『小 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト訳(上 山 大 峻[1965],
p. 75, 2.): "spyad pa spyod pahi tche"で あ る。(大 本 系 ・般 若 共 利 言 訳 の 当 該 箇 所 で は な い が、 別 の 箇 所 に は 「行 … 行 時 」 と あ る。)
『心 経 」 の 当 該 表 現 は 『八 千 頒 般 若 』 や 「二 万 五 千 頒 般 若 』 内 に 散 見 す る 種 々 の 定 型 句 の 複 合 の 産 物 で あ る と 思 わ れ る。Cf. Asta XV[Deva-]: a-sthanam
Su-bhute by etad anavakaso
'sya bodhi-sattvasya
maha-sattvasya
evam-m-aha-samnaha-samnaddhasya
evam gambhirayam
prajna-paramitayam
caratah
sravaka-bhumir
va pratyeka-buddhabhumir
va. api to
buddha-bhumir
evasya pratikanksitavya
yenayam
sarva-sattvanam
krta-sah
sa-mnahah samnaddhah.
(Vaidya
[19601, p. 150, 12 -14.);
Pahca II:
Subhut-ir aha: krta-jnanena
maya Bhaga-van
bhavitavyam
na-krta-jnanena,
ta-tha hi Bhagavan
purvam bodhi-sattva-caryam
* caran purvakanam
tath-agatanam
arhatam
samyaksambuddhanam
antike taih sravakaih
satsu
paramitasv avavadito'nusisto… …(T. Kimura[1986], p. 5, 3-4. *『 八 千 頗 般 若 』 「二 万 五 千 頒 般 若 』 で は<菩 薩 行>(bodhi-sattva-carya)と い う 語 は ご
く僅 か しか 検 出 で き ず、 『華 厳 経 』 「入 法 界 品 」 な ど に 比 べ る と、 極 端 に少 な い。)
22) Asta XXVII [Sara-1: dvabhyam
Subhute dharmabhyam
samanvagato
bodhi-sattvo
maha-sattvas
tasmin
samaye
durdharso
bhavati.
maraih
papiyobhir
mara-kayikabhir
va devatabhih.
katamabhyam
dvabhyam?
yad uta sarva-sattvas
casya a-parityakta
bhavanti,
sarva-dharmas
ca
anena Sunyatato
vyavalokita
bhavanti.
(Vaidya
ed., p. 221, 30-v32.)
23)『 小 本 ・心 経 』 法 隆 寺 本: "panca skandhas tams ca svabhava-sunyan yati sma. "は 不 空 音 訳 両 本(福 井[1987a], pp. 127, 15-128, 8.)・ 慈 賢 音 訳(福 井[2000], p. 448, 7-12.)と 一 致 し、 敦 捏 本 『小 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト訳(上 山[1965], p. 75, 2-3.): "lna chun de dag no bo nid kyis store par mthon no"に よ っ て 支 持 さ れ る。 「大 本 ・心 経 』 は"pasyati sma"と い う動 詞 句 だ け
が"vyavalok-ayati"に 置 き換 え られ る ほか は原 則 的 に 同文 で あ る。た だ し、同箇 所
を"panca-skandhan
svabhava-sunyan
vyavalokayati
sma (or vyavalokitavyam)"
と綴 る 『大 本 ・心 経 』の ネパ ー ル写 本 の存 在 が 報 告 さ れ て い る。鈴 木 広 隆[1995], p. 174(E. Conze[1948], p. 35 note 7-8). 実 は、「八 千 頒 般 若』『二 万 五 千 頒 般 若 』 で は 「見 る ・視 る」 を意 味 す る<√drs>は"na samanupasyati([ボー デ ィサ ッ
トヴ ァ は]見 な い)"と い うよ うに否 定 辞<na>を 伴 う否 定 文 内 で 使 用 さ れ る こ とが 多 い。そ れ に 引 き替 え、<vy-avanuk>は 肯 定 的 用 例 が 目立 っ。 「小 本 ・心 経 』 の"pasyati sma"を 『大 本 ・心 経 』 が"vyavalokayati"に 取 り替 え よ う と す る傾 向 が あ るの はそ の た め か も しれ な い。 24)「 二 万 五 千 頒 般 若 』の導 入 部 に対 告 衆 の ひ と りと して 観 自 在 菩 vara)が 登 録 され て い る の は確 か で あ るが、 『心 経 』と 同 じ真 言 句 を共 有 し、かっ、 般 若 菩 薩 の供 養 法 を詳 述 す る 「陀 羅 尼 集 経 』巻 第三 「般 若 波 羅 蜜 多 大 心 経 」 に は 登 場 しな い。『心 経 』の主 人 公 に選 ば れ た思 想 史 的背 景 は謎 で あ る。 今 の と こ ろ、 「観 察 す る」(vyavalokayati)と い う行 為 を な す に ふ さわ しい 菩 薩 と して、 動 詞 語 根(vy-avati√luk)の 共 通 性 とい う観 点 か ら、同菩 薩 に 白 羽 の 矢 が た った の で は な いか と想 像 す る の み で あ る。 25)<paramita>(波 羅 蜜 多)の 語 義 を め ぐる 問題 に っ い て は中 村 元 ・紀 野 一 義 [1960], p. 15, 注1; 梶 山 雄 一[1974], pp. 313-314, 注9; 梶 山雄 一 ・丹 治昭義[1975]: 所 収 「解 説 」, p. 402; 藤 村 隆淳[1978]; 渡 辺 章 悟[1998]な どを参 看 の こ と。 26)『 八 千 頒 般 若 』第15章:「 ス ブー テ ィ よ、以 上 の よ うな 偉 大 な 甲 冑 を ま と っ た、 この ボ-デ ィサ ッ トヴ ァ ・マ ハー サ ッ トヴ ァが 甚 深 な る<智 慧 の完 全 性>の も と に実 践 す る と き、聴 聞者 の 階梯(声 聞 地)と か 孤 独 な覚 醒 者 の 階 梯(独 覚 地)と か [が期 待 され る]と い う こ と は妥 当 せ ず、余 地 が な い。 さ れ ど、 一 切 の 生 類 た ち の た め に この 甲 冑 が ま とわ れ て い る彼(i.e. ボー デ ィサ ッ トヴ ァ ・マハ ーサ ッ トヴ ァ) に と って は・覚 醒 者 の階 梯(仏 地)だ け は期 待 され るべ き で あ る。」;「二 万 五 千 頒 般 若 』第2章:「 ス ブー テ ィが 申 し上 げ た:「 幸 福 を分 与 して くだ さ るお 方 よ、わ た しは恩 を被 って い る とい う認 識(知 恩)を い だ か ね ば な り ませ ん。恩 を被 って い な い と い う認 識 を[い だ くわ け に は]ま い りま せ ん。 す な わ ち、幸 福 を 分 与 して くだ さ るお 方 よ、[わ た しが]か っ て 前[世]で ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァの実 践 項 目(菩 薩 行) を 実 践 して お りま す と き、往 昔 の か く来 たれ る ひ とび と ・価 値 あ る ひ と び と ・正 し き完 全 な覚 醒 者 た ち のお 側 に お られ た彼 ら聴 聞 者(弟 子)た ち に よ っ て 六 箇 の <完 全 性>(六 波 羅 蜜 多)に っ い て教 授 さ れ、教 誠 さ れ … ま した。」」 27)"svabhava-sunyan"と い う複 合 語 中 の"svabhava-"を 「そ の 本 性 か ら い う と」や 「本 来 」と い うよ うに肯 定 的 ニ ュ ア ンス で 現代 語 訳 す る習 慣 がMax Muller 氏 以 来 多 くの 学 者 た ちの 間 で 定 着 して い る けれ ど も、『心 経 』お よ び 『八千 頒般 若』 の文 脈 にお いて は<svabhava>(自 性)は む し ろ否 定 さ れ るべ き もの を 表 現 す 梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳
密 教 文 化 る術 語 で あ って、複 合 語 全 体 は 「本 体 の 欠 如 」を意 味 し、「自性 が 空 で あ る 」 と 訳 され ね ば な らな い こ とを 立 川 武 蔵 氏 は明 快 に指 摘 した。立 川 武 蔵[1994]. 副 島 正 光 氏 の 和訳 「自性 無 実 体 で あ る」(副 島 「1980], p. 303.)は 立 川 氏 に先 立 っ 正 訳 と して 再 評価 され て よ いだ ろ う し、立 川 論 文 と 同時 期 に出 た宮 坂 宥 洪 氏 の 和 訳 「固 定 的 な 本 質 を 持 っ もの で はな い」(宮 坂[1994], p. 50.)も 十 分 に 正 訳 と して 評 価 で き る。否、 そ れ ど こ ろか、『小 本 ・心 経 』系統 の 不 空訳 「自性 空 」 とか、法 月 訳 ・ 智 慧 輪訳 ・施 護 訳 「自性 皆 空 」や法 成 訳 「体 性 悉 皆 是 空」とい った大 多数 の 『大 本 ・ 心 経 』系 統 の諸 漢 訳 で正 確 な翻 訳 が す で に な され て い たの に、現 代 の研 究 者 た ち が傲 慢 に も無 視 して きた とい うの が真 相 で あ ろ う。立 川 氏 で す ら上 記 の 論 文[199 4]で は これ らの諸 漢 訳 を ま った く検 討 して い な い。氏 が 諸 漢 訳 を と りあ げ る の は 立 川 武蔵[2001], p. 120に お い て で あ る。 い っぽ う、「小 本 ・心 経 』系 統 の羅 什 訳 「空 」・玄該 訳 「皆 空 」や 『大 本 」系 統 の 般 若 共 利 言 訳 「皆 空 」を 見 る と、"svabhava-"の 対 応 訳 が な い。当 該 部 分 の 原 典 は複 合語 表 現 を と らず、単 に"sunyan"と い う一 単 語 だ けで あ った と推定 で きる。 そ れ に 反 して、玄該 訳 の 「皆 」が"svabhava-"の 対 応 訳 で あ る か の よ うに取 り沙 汰 す る学 者 が多 い が、そ れ で は 「皆 」す ら含 まな い羅 什 訳 「空 」を 説 明 す る こ と が で き な い し、玄 が 「大 般 若 経 』で 「自性 皆 空 」「自相 皆 空」 「本 性 皆 空 」 と単 な る 「皆 空 」 とを訳 し分 けて い る とい う事 実 と も矛 盾 す る。玄該 が 依 用 した 『心 経 』原 典 に は羅 什 訳 の そ れ と同様 に"svabhava-"と い う語 は も とか ら な か っ た と判 断 せ ざ る を え な い。(立 川 武 蔵 氏 は上 記 「大般 若 経』 の 訳 語 例 を 何 ら顧 慮 す る こ と な く、「ス ヴ ァバ ー ヴ ァを 訳 さな い ほ うが 原 義 に近 い とい う立 場 」に立 って玄該 は 意 図 的 に そ れ を訳 さ な か った の だ と 強 弁 す る ほ ど で あ る。立 川[2001], p. 120.) な お、 「八 千 頒 般 若 』第27章 の対 応 箇 所 に も"svabhava-"は な い:「 ス ブ ー テ ィ よ、二 っ の 性 質 を 具 有 した ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァ ・マ ハ ー サ ッ トヴ ァ は そ の 時 最 も 邪 悪 な る悪 魔 た ち と か、悪魔 の仲 間 で あ る神格 た ち と か に よ っ て 侵 害 さ れ 難 い。 二 っ と は何 か。即 ち、(1)一 切 の生 類 た ち が彼 に見 捨 て られ て い な い こ と。(2)一 切 の諸 存 在 素 が彼 に よ って<空 で あ る こ と>と して観 察 され て い る こ と(師nya一 tato vyavalokita bhavanti).]
28)こ のす ぐあ と に小 本 系 の鳩 摩 羅 什 訳 はサ ンス ク リッ ト原 典 に な い 「度 一 切 苦 厄」 と い う語 句 を挿 入 し、同 小 本 系 の 玄 訳 も同一 の挿 入 語 句 を踏 襲 す る。大 本 系 の 般 若 共 利 言 訳 で は挿 入 語 句 が 「離 諸 苦 厄 」 と い う よ う に ほん の 少 し変 え られ て 継 承 され、 直接 の対 応 箇 所 で は な い な が ら も、大 本 系 の智 慧 輪訳 の 別 の 箇 所 に 同 じ 改 変 語 句 「離 諸 苦 厄 」が 挿 入 され る。 これ ら以 外 の 諸 漢 訳 に は 欠 け て お り、 む ろ ん い か な る チベ ッ ト訳 に よ って も支 持 され な い。 J. ナ テ ィエ女 史 は 玄装 訳 『般 若 心 経 』は サ ンス ク リ ッ ト原 典 か らの翻 訳 で は な く、鳩 摩 羅 什 訳 「大 品 般 若 経 」か ら偽 造 さ れ た偽 経 で あ り、そ の 玄該 訳 『心 経 』 を
サ ンス ク リ ッ トに反 訳(還 梵)し て 偽 造 され た の が 現 行 の 「小 本 ・心 経 』の サ ン ス ク リ ッ ト本 で あ る とい う大 胆 な仮 説 を提 示 す る。Jan Nattier[1992](そ の 論 旨 は福 井 文 雅[1994]で 紹 介 さ れ、批 判 され て い る。). そ れ で は な ぜ 「度 一 切 苦 厄 」 と い う一 文 が 還 梵 さ れ な か った の か と い う疑 問 が 当然 生 ま れ て く るの に、 ナ テ ィエ 女 史 は それ に は何 も答 え て は い な い。梵 文 経 典 の偽 造 者 が 適 当 な 梵 語 を 思 い っ か な か っ たか らと い うよ うな安 易 な理 由付 け は こ こで は通 用 しな い。梵 文 テ キ ス ト が あ くまで も漢 訳 か ら作 られ た ので あれ ば、 「度 一 切 苦 厄」 は無 視 して よ い語 句 で はな い。次 段 で紹 介 す る よ うに、 「度 一 切 苦 厄 」 と い う前 半 の語 句 は 「能 除一切 苦」 と い う後 半 の 語 句 と と もに 中国 にお け る 「心 経 』の 流 行 を もた ら す 一 翼 を 担 う ほ ど漢 訳 「心 経 』の 信 奉 者 た ち に と って は欠 くこ との で き な い重 要 な 語 句 で あ る こ とを 福井 文 雅 氏 は指 摘 して い るか らで あ る。逆 に、「小 本 ・心 経 』サ ン ス ク リ ッ ト 本 に は 漢訳 「心 経 」 に は存 在 しな い文 章 や語 句 が 多 々 あ る に も拘 わ ら ず、 そ の こ とに対 して も彼 女 は何 ら納 得 の い く説 明 を与 え て い な い。彼女 は 自分 の仮 説 に と っ て都 合 の悪 い事 例 に はあ ま り触 れ よ う とは しな い。 福 井 文 雅 氏 は 「心 経 』本 文 の 核心 部 は空 の哲 理 を説 く前 半 部 に あ る ので は な く、 密 呪 の功 徳 を称 賛 す る後 半 部 に あ り、と りわ け、「能 除 一 切 苦 」 とい う五 文 字 に 比 重 が あ る こと を漢 訳 の文 章 構 成 の分 析 か ら引 き 出 し、「心 経 」が か くも尊 ばれ 歓 迎 され た理 由 は そ こに あ る と指 摘 し、前 半 部 の 挿 入 語 句 「度 一 切 苦 厄 」 は そ れ と み ご と に照 合 して い る とい う興 味深 い所 見 を披 渥 して お られ る(福 井[1987b])。 鳩 摩 羅 什 は 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 大 明 呪 経 』と い う彼 の漢 訳 タイ トル か ら も端 的 に 知 れ る よ う に 「心 経 』の 「心 」(hrdaya心 臓)の 意 味 す る も の が"gate gate"で 始 ま る心 呪(hrdaya[-rnantra])に あ る こと を正 し く理 解 して い た が ゆ え に*、 あ え て 心 呪 の 効 能 を 先 取 り した 「度 一 切 苦 厄」 と い う語 句 を前 半 部 に 挿 入 した の で あ ろ う。[・或 い は、羅 什 依 用 の原 典 の タ イ トル が も とか ら"Prajna-paramita-ma-hd-vidya-mantra(般 若 波 羅 蜜大 明 呪)"だ っ た可 能 性 す らあ る。「心 経 』 本 文 内
に見 られ る の は"mantra"と か"maha-vidya-mantra"と い う術 語 で あ っ て、 "hrdaya"は 一 切 使 用 さ れ て い な い。"Prajna -paramita-hrdaya"が 本 来 の タ イ トル だ った の で あれ ば、本文 に も"mantra"で は な く、"hrdaya"が も っ と積 極 的 に使 用 され て しか る べ き で は な い だ ろ うか。 玄 装 訳 「心 経 』 や 阿 地 盟 多 訳 「陀 羅 尼 集 経 』が 登 場 す る7世 紀 ま で に呪 文 と して の"hrdaya(心 呪)"の 用 法 が イ ン ドで確 立 し(例、 「不 空 羅 索 神 変 真 言 経 』「大 日経 』『初 会 金 剛 頂 経 』 な ど を 見 よ)、「心 経 』の題 名 もそ の 余 波 を 受 けて 現 行 の もの に改 名 さ れ た のか も しれ ない。] 他 方、 玄該 門 下(具 体 的 に は基 の 「心 経 幽賛 』)では 「心 経 』 を 「大 般 若 経 』 の 堅 実 最 妙 之 旨(or広 文 之 秘 旨)を 録 して 別 出 した経 典 と み な し、「色 即 是 空 」 を説 く前 半 部 を重 視 す る傾 向 が 強 い こ とを思 え ば、玄 が 「度 一 切 苦 厄 」 と い う挿 入 語 句 を なお も保 存 せ ざ るを え な か った の は皮 肉 で あ り、『心 経 』 の翻 訳 に 際 し、旧 訳 の 梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳
密 教 文 化 語 句 を 新訳 の そ れ に 置 き換 え る程 度 で済 ま せ て しま った ほ ど、羅 什 訳 「大 明 呪 経 』 とい う先例 に 玄該 が 引 きず られ て い た こ とを窺 わ せ る。 29)『 大 本 ・心 経 』の ネパ ー ル 写 本 の 多 く は第 一 段 目前半 部(la)を"rupam m"と 綴 る。Conze[1948], p. 35 note 10; 鈴 木 広 隆[1995], p. 176. チ ベ ッ ト訳 『大 本 ・心 経 』"gzugs stop-paho"も 同 じ。副 島[1980], p. 301, 17. 漢 訳 で は 小 本 系 の不 空 漢訳 敦 煙 本 と大 本 系 の智 慧 輪 訳 「色 空 」が端 的 に そ れ を 支 持 す る。 小 本 系 ・不 空 音訳 の うち、敦 煙 写 本 は"rupam sunyam"で あ る。福 井[1987a], p. 128, 9. しか し、『二 万 五 千 頒 般 若 』 の 対 応 文 は"rupam eva sunyata"で あ り、 不 空 音訳 金 蔵 本(福 井[1987a], p. 128, 10.)・ 慈 賢 音 訳(福 井[2000], p. 448, 12-1 4.)お よ び敦 捏 本 「小 本 ・心 経 』チ ベ ッ ト訳(上 山大 峻[1965], p. 75, 3.): "gzugs store pa nid"は 法 隆 寺本 テ キ ス ト: "rupam sunyata"を 支 持 す る。 村 上 真 完 氏 は ネパ ー ル写 本 中 の 「sunyamと す る の は誤 写 と考 え られ る」 と 断 じ、不 空 音 訳 の敦 煙 本 もや は り誤 写 で あ り、金 蔵 本 「に従 うべ き」で あ る と警 告 す る(村 上 真 完[1992a], 注(18), pp. 107-108)。 今 西 順 吉 氏 は 『十 万頒 般 若 』「二 万 五 千 頒 般 若』 の 対 応 梵 文 の 文 脈 を 検 討 した 上 で ご 自 身 の 所 見 を こ う書 き添 え て お られ る: 「<般 若 心 経>の 少 な か らざ る写 本 にrupam sunyamと あ って も、般 若経 の思 想 的立 場 か らす る と これ は適 当 で は な く、や は りrupam sunyataで な け れ ば な ら な い ことが 明 らか と な っ た」(今 西[2000], p. 40.)と。 両 氏 の ご見 解 に わ た し も 同 感 の意 を表 した い。
30)ナ テ ィ エ女 史 は玄該 訳 「心経 』(the[Chinese]Heart Sutra attributed to uan-tsang)の 訳 文 と羅 什 訳 「大 品般 若 経 」(the Chinese Large Sutra of arajlva.)の 訳 文 とが全 く同一 で あ るに も拘 わ らず、 双 方 の サ ン ス ク リ ッ ト文 が 著 し く相 違 す る事 例 を 逐 一 指 摘 し、そ の よ うな サ ンス ク リ ッ ト文 の相 違 が 生 じ た の は玄該 訳 『心 経 』 と い う漢 文 テ キ ス トー そ の素 材 はサ ン ス ク リ ッ ト原 典 よ り翻 訳 さ れ た羅 什 訳 「大 品 般若 』か ら提 供 され た-を 再 びサ ン ス ク リ ッ ト文 に 還 元 し た こ と に起 因 す る と推 定 す る。 これ が ナ テ ィエ論 文 の 中核 と な る方 法 論 で あ る。 彼 女 が 最 初 に注 目 した事 例 こ そが こ の第 二 段 目: (Ila/b)の テ キ ス トで あ る。 この 行 の 羅 什 訳 「大 品 般 若 』巻 第 一 「習 応 品」第 三 「(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 不 異 色 」と玄該 訳 「心 経 』「(Ila)色不 異 空、(Ilb)空 不 異 色 」 とは全 くの 同 文 で あ る。 しか る に、『二 万 五 千 頒 般 若 』(the Sanskrit Large Sutra)第1章 梵 文 と 「心 経 』 梵 文(the Sanskrit Heart Sutra)と で は原 文 が か な り相違 す る(あ え て ナ テ ィ エ 論 文 に掲 載 され た 形 の ま ま転 載 す る。Nattier[1992], p. 164, 4-5.):
Large Sutra Heart Sutra
(na) anyad rupam anya sunyata
rupan na prthak
sunyata
nanya sunyatanyad ripam sunyataya na prthag rupam
什 訳 『大 品 般 若 』の訳 文 を 踏 襲 して も何 ら不 都 合 はな い。事 実、 玄該 が 晩 年 に 「大 般 若 経 』六 百 巻 の翻 訳 に と り組 ん だ とき も、「二 万五 千 頒 般 若 』、した が っ て、 「大 品 般 若 』に 相 当 す る 「第 二 会 」 の 当該 文(巻 第 四 百 二 「第 二 分 ・観 照 品 」第 三 之 一) に は 旧訳 の羅 什 訳 「色 不 異 空、 空 不異 色」を そ の ま ま採 用 して 事 を 済 ま せ て し ま う ほ ど で あ る。新 訳 の 推 進 者 玄 の眼 か ら見 て も、羅 什 の 旧 訳 は、 当 該 文 に 関 す るか ぎ り、遜 色 の な い もの で あ り、あ え て改 訳 す る必 要 を認 あ な か った の で あ る。 謙 って いえ ば、 も し 「心 経 』の 当 該 梵 文 が 漢 訳 「色 不 異 空、 空 不 異 色 」か ら の 反 訳 で あ れ ば、 な ぜ そ れ ぞ れ の 「空 」の対 応 梵 語 が"sunyam/sunyan"で は な くて、 "sunyata/sunyataya[h]"と な って い るの だ ろ うか。玄該 訳 「心 経 』の ど こ に も 「空性 」 と い う、"sunyata"に と って の正 確 な訳 語 は使 わ れ て い な い に も拘 わ ら ず、で あ る。 31)な ぜ か不 空 音 訳 両 本(福 井[1987a], p. 129, 6.)と 慈 賢 音 訳(福 井[2000], p. 449, 2.)で は指 示 代 名 詞 が"sa"と な って い る。 32)「 大 本 ・心 経 』 ネパ ー ル写 本 に は この第 三 段 目(IIIa/b)を 欠 く も の が 多 い ら し い。Conze[1948], p. 35, notes 13-14; 鈴木 広 隆[1995], p. 177. チ ベ ッ ト訳 「大 本 ・ 心 経 』に も第 三 段 目の 訳 はな い。副 島[1980], p. 301; 鈴 木 広 隆[1995], p. 177. つ ま り、(la/b)(Ila/b)と い う順 序 の二 段 構 成 で あ る。比 較 的後 期 の 大 本 系 漢 訳 で あ る法 成(8世 紀)訳 「般 若 波 羅 蜜 多心 経 」:
(la)色 即 是 空、(lb)空 即 是 色。(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 不 異 色。 な ら び に施 護(982年 以 降)訳 『仏 説 仏 母 般 若 波 羅 蜜 多 経 』:
(la)即 色 是 空、(lb)即 空 是 色。(Ila)色 無 異 於 空、(Ilb)空 無 異 於 色。 は そ れ とま った く一 致 す る。イ ン ドの 注 釈書 で 第 三 段 目を 含 む の は プ ラ シ ャ ー ス トラセ ー ナ の 註 釈 のみ で、他 はそ れ を 欠 く と鈴 木 広 隆 氏 は報 告 す る。鈴 木[1995], p. 182注(17). 三 段;構成 を伝 承 す る小 本 系 原 典 の系 列 は法 隆 寺 悉 曇 本(8世 紀 頃)・ 不 空(Amo-gha-vajra: 705-774)音 訳 ・慈 賢(Maitri-bhadra?: 10世 紀)音 訳 で あ る。 同 じ く大 本 系 の原 典 は む ろ ん プ ラ シ ャー ス トラセー ナが 依 拠 した そ れ で あ る(渡 辺 章 悟[1992], pp. 231-233の 和 訳 参 照)。三 段 構 成 の原 典 か らの翻 訳 は小 本 系 の 不 空 漢 訳 敦 煙 本(福 井[1987a], p. 139, 6-7; 金 蔵本 の 情 報 は不 明):
(la)色 空、(lb)空 性 是 色。(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 亦 不 異 色。 (IIIa)是 色 彼 空、(IIIb)是 空 彼 色。
敦 煙 本 『小 本 ・心 経』 チ ベ ッ ト訳(上 山[1965], p. 75, 3-6. *(Ilb)の 訳 文 だ け誤 写 の せ いか 崩 れ て い る。上 山 大 峻 氏 は"stori pa nid dan gzugs yan tha myi dad do"と な るべ きだ と教 示 す る。 Ibid, P. 76.):
(Ia) gzugs stozi pa hid de, (Ib) store pa hid kyari gzugs so. (IIa) gzugs
dab stab pa hid tha dad pa yah ma yin, (IN*
gzugs darn yar tha myi
梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳
密
教
文
化
dad do. (IIIa) gag gzugs pa de stori pa hid, (IIIb) gag stop pa hid pa
de gzugs to.
大 本 系 の法 月(7銘 年)訳 「普 遍 智 蔵 般若 波 羅 蜜 多心 経 」:
(la)色 性 是 空、(lb)空 性 是 色。(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 不 異 色。(IIIa)色 即 是 空、(IIIb)空 即 是 色。
と智 慧 輪(855年 以 前)訳 『般 若 波 羅蜜 多 心 経 』:
(la)色 空、(lb)空 性 見(?)色。(Ila)色 不 異 空。(Ilb)空 不異 色。(IIIa)是 色 即 空、(IIIb)是 空 即 色。 で あ る。ナ テ ィエ女 史 は 第 一段 目: (la/b)は 全 て の漢 訳 「心 経 』 に欠 け て い る と い う(Nattier[1992], p. 203, note12.)。 明 らか な 事 実 誤 認 で あ り、 わ た し は 彼 女 の 漢 文 資 料 の 読 解 能 力 に信 頼 を置 くこ とが で きな い。 一 方、小 本 系 の玄該(649年)訳 と大 本 系 の般 若 共 利 言(790年)訳 は二 段 構 成 で あ る と は いえ、
(Ila)色 不 異 空、(Llb)空 不 異 色。(la)色 即 是 空、(Ib)空 即 是 色。
と い うよ うに、法 成 ・施 護 両 訳 の二 段 構 成 の それ: (la/b)(Ila/b)と は逆 の順序: (Ila/b)(la/b)を と る。次 注 に示 す よ うに、『二 万 五 千 頗 般 若 』*の 対 応 節 で の 本 来 の順 序 は(-IIIb)(-IIIb')(Ila/b)(la/b)と い う四 段 構 成 で あ り、小 本 系 の 鳩摩 羅 什訳 「大 明 呪 経 』で、
(-IIIb)色 空 故 無 悩 壊 相。 受 空 故無 受 相。 想 空 故 無 知 相。 行 空 故 無 作 相。 識 空故 無 覚 相。 何 以 故。 舎 利 弗。(Ha)非 色 異 空。(Ilb)非 空 異 色。(Ia)色 即 是空。 (lb)空 即 是 色。 の三 段 構 成 に縮 ま る。 以 上 の経 緯 か ら、わ れ わ れ は この一 節 の 変 遷 過 程 を こ う推定 す る ことがで きる: [1]「二 万 五 千 頗 般 若 』か ら最 初 ←IIIb)(Ila/b)(la/b)と い う順 序 の 三 段 構 成 の テ キ ス トが抜 粋 さ れ て、原 初 的 な 「心 経 』 に組 み 込 ま れ た が、[2]次 に 冒 頭 部 が 削 除 さ れ て、(Ila/b)(la/b)の 二 段 構 成 に 整 理 され た。[3]そ の 後、 そ れ ら に 第 三 段 目(IIIa/b)が 後 接 さ れ る際、 も との二 段 分 の順 序 が 前 後 入 れ 替 え られ、(Ia /b)(Ha/b)と な った。 こ う して、(la/b)(Ila/b)(IIIa/b)と い う順 序 を と る 『心 経 』独 自の 三 段 構 成 の テ キ ス トが 成 立 した。[4]し か し、新 附 の 第 三 段 目(IIIa /b)は 再 び 削 除 され、皮 肉 に も、順序 が 逆転 した ま ま の(la/b)(Ila/b)と い う 順 序 の二 段 構 成 の テ キ ス トが最 終 形 態 と して残 さ れ る こ と に な っ た、 と。 同 時 に、 (la/b)(Ila/b)(IIIa/b)と い う順 序 の三 段 構 成 を保 持 す る 小 本 系 の 法 隆 寺 悉 曇 写 本 や不 空 の音 訳 本 が決 して そ れ以 前 の二 段 構 成: (Ila/b)(la/b)に 留 ま る 玄 該訳 「心 経 』 の原 典 で は あ りえ な い こ と も判 明 しよ う。玄 訳 『心 経 』は鳩 摩 羅 什 訳 「大 品般 若 経 』か ら抜 粋 さ れ た偽 経 で あ り、「小 本 ・心 経 』の 梵 語 原 典 は そ の 玄 該訳 か ら後 世 に捏 造 され た還 梵 で あ る と い う ナ テ ィエ女 史 の衝 撃 的 仮 説(Nattier