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密教文化 Vol. 2002 No. 209 003原田 和宗「梵文『小本・般若心経』和訳 PL17-L62」

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(1)

梵 文 『小 本 ・般 若 心経 』和 訳

田 和

密 教 文 化

1は

じ め に

般 若 波 羅 蜜 多心 経』(Prajnaparamita-hrdaya)に

は小 本 と大 本 の二

種 類 の テ キ ス トが伝 承 さ れ て い る こと は よ く知 られ て い る。 成 立 順 序 か ら

い え ば、 漢 訳 さ れ た年 代 が早 い 『

小 本 ・心 経 』 が や は り先 に編 纂 さ れ、 漢

訳 年 代 が遅 い 『

大 本 ・心 経 」 が 『

小 本 ・心 経 』 に序 分 と流 通 分 を付 け足 し

て、 『

小 本 ・心 経』 の 経 典 と して の 体裁 の 不 備 を い わ ば補 う形 で 後 に 成 立

したで あ ろ う と推 定 され る点 で こん に ち学 者 た ち の意 見 は一 致 して い る よ

うで あ る。

東 ア ジア の漢 字 文 化 圏(中 国 ・韓 国 ・朝 鮮 ・日本)で

は も っぱ ら小 本 系

統 の玄読 訳 『

心 経 』 が読 調 ・写 経 に依 用 され、 註 釈 も玄 訳 『

心 経 』 に の

み施 さ れ、 『

大 本 ・心 経 』 の諸 漢 訳 へ の言 及 は参 考 程 度 に留 め られ て い る。

イ ン ド文 化 圏 の うち、 ネパ ー ルで は 『大 本 ・心 経 』 の サ ンス ク リ ッ ト本 の

みが書 写 され て 流 通 し、 チ ベ ッ トで も こん に ち は 『大 本 ・心 経 』 の チ ベ ッ

ト訳 の み が 常 用 され る。 イ ン ド人 註 釈 者 た ち は 『大 本 ・心 経 』 のみ を 施 釈

の 対象 とす る。 両 文 化 圏 の 狭 間 に あ る敦 燵 地 域 で は さす が に小 本 ・大 本 の

両 系統 の 漢訳 『心 経 』 が 依 用 され た形 跡 が あ り、 『

小 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト

訳 の貴 重 な写 本 も出 土 して い る。

心 経』 の 散 文 部 の 過 半 数 は 『二 万 五 千 頗 般 若 波 羅 蜜 多 経

』(Panca-uimsatisahasrika Prajnaparamita-sutra:

abbr. Panca; 大 品 系 般 若 経

の原 典)1)内 の 数 節 に 対応 す る文 章 が あ り、『

二 万 五 千 頒 般 若 』 に 由来 す る

の は確 か で あ る。それ ゆえ に、『心 経 』は大 品系 般 若 経 を含 む一 大 叢 書 『大

(2)

般 若 経 」 の要 約 で あ り、題 名 の 「

心 」 も膨 大 な 般 若 経 の 核 心 を 集 め た もの

とい う意 味 だ とか、 『

心 経 』 も空 思 想 を 主 題 とす る般 若 経 典 の 一 種 で あ る

以 上、 そ の 核 心 部 は 「

色 即 是 空 」を 説 く散 文 部 に あ る と い う理 解 が 久 しい

世 紀 に わ た って常 識 で あ った。 これ に反 して、『心 経 」 は般 若 経 の一 種 で は

な くて、般 若 菩 薩 の 三 摩 地 法 門 で あ る 「

心 真 言 」を 説 く純 然 た る密 教 経 典

で あ り、そ の 「

心 真 言 」 に因 ん で題 名 に 「

心 」が っ くの で あ る と い う、空 海

が 『

般 若 心 経 秘 鍵 」 で提 唱 した解 釈 はむ しろ異 端 視 さ れ続 け た とい え よ う。

と こ ろが、近 年 盛 ん に な って きた 『

心 経 」研 究 の 方 向 性 は 皮 肉 な こ と に

空 海 が 提 唱 した 解 釈 に近 づ きっ っ あ る よ う に思 う。福 井 文 雅 氏 の大 部 の 研

究 書 は 『

大 正 新 脩 大 蔵 経 」 に未収 録 の 『

心 経 」の 音 訳 や 『

心 経 」注 釈 書 を敦

煙 写 本 な ど か ら多 数 回 収 して翻 刻 し、或 い は 『大正 蔵 経 」 収 録 の テ キ ス ト

に つ い て もそ の扱 いを敦 煙 写本 に よ って批 判 した り、敦 煙 写 本 の多 数 の 異

読 情 報 を提 供 す る点 で す で に 『

心 経 』研 究 に 多大 の 寄 与 を も た らす と と も

に、写 本 か ら浮 か び上 が る 『

心 経 」の信 仰 史 の 側 面 か ら 『心 経 」 は 唐 代 ま

で は心 呪 を説 く呪 術 経 典 と して尊 崇 さ れ て い た が、宋 ・明代 に か け て 空 思

想 を説 く哲 学 的 な経 典 と して受 け取 られ る よ うに な った とい う経 緯 を丹 念

に追 跡 され た2)。ま た、福 井 氏 は玄 訳 『

心 経 』 の 漢 文 と して の 文 章 構 造

の 分 析 か らそ の 核 心 部 は心 呪 の効 能 を 説 く散 文 部 後 半(お よ び心 呪 そ の も

の)に あ る こ とを突 き止 め、 そ こ に 『

心 経 』流 行 の要 因 を読 み と られ た3)。

一 般 向 け解 説 書 で は佐 保 田鶴 治 氏 が イ ン ド寺 院 に お け るマ ン トラ読 謂 に参

加 した 実体 験 か ら 『心 経 」 は 「

般 若 波 羅 蜜 多 」 と い う女 性 の菩 薩 の 心 臓

(hrdaya)で

あ る マ ン トラ を解 き明 か した 経 典 で あ る と い う持 論 を 早 くか

ら表 明 して お られ た4)が、 佐保 田氏 の持 論 は福 井 文 雅 氏 の研 究 成 果 を も踏

ま え て独 自 の論 拠 を 加 味 した宮 坂 宥 洪 氏 の 近 年 の 解 説 書 で5)い っそ う補 強

さ れ た観 が あ る。

一 方 で は、 しか し、J. ナ テ ィエ女 史 に よ る玄読 訳 『

心 経 』偽 経 説 と い っ

た衝 撃 的 な仮 説6)が 学 界 に波紋 を 拡 げ た し、立 川 武 蔵 氏 が 著 した最 新 の 解

説 書 で は7)『心 経 」を 空 思 想 で の み捉 え る従 来 の 視 点 が 依 然 と して 遵 守 さ

梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

(3)

密 教 文 化

れ て い た りす る。わ た しの見 る と ころ、上 述 した 以 外 に も、『

心 経 」研 究 と

い う分 野 はな お も数 多 くの 問 題 を 孕 ん で い る。そ の い くっ か の問 題 点 の 解

決 を はか るの が、 い ま さ らな が ら 「梵 文 『

小 本 ・般 若 心 経 』 和 訳 」 と題 し

た本 稿 を 草 す る動 機 で あ って、 わ た しは以 下 の方 針 ・手 順 で こ とを進 め る。

(1)中 村 元 氏 校 訂 の 『

小 本 ・心 経 』の梵 文 テ キ ス ト8)に 対 して 上 山 大 峻 氏

校 訂 の 敦 煙 本 『

小 本 ・心 経 」チ ベ ッ ト訳9)・福 井 文 雅 氏 校 訂 の 不 空 音 漢 両

訳10)・

同 じ く慈 賢 音訳11)・

鈴 木 広 隆 氏 に よ って 整 理 さ れ た ネ パ ー ル写 本 の

異 読 情 報12)・

渡辺 章 悟 氏 や望 月海 慧 氏 に よ って全 訳 さ れ た イ ン ド撰 述 『大

本 ・心経 』注 釈 書13)に引 用 され る 『

心 経 』本 文 の異 読 情 報 とい っ た諸 成 果

を新 た な書 誌情 報 と して集 約 的 に 注記 す る。

(2)と くに 「

色 即 是空 」段 の テ キ ス ト間 の異 同 を整 理 して、『心 経 』 の 成 立

過 程 を 推定 す る足 が か り とす る。

(3)『 二 万 五 千 頒 般 若』等 の先 行 文 献 を精 査 して、『小 本 ・心 経 」 散 文 部 の

原 意 を 辿 り14)、(1)の書 誌 情 報 を も照 会 しっ っ、 よ り正 確 な 和 訳 を 作 成 す

る。

(4)こ れ ま で俗 語 と して 文 法 解 釈 され が ち だ っ た ため に諸 説 が 乱 立 し、 決

め 手 が な く収集 が っ か な くな って い た 『

心 経 」の マ ン トラに 対 して 正 規 の

サ ン ス ク リッ ト文 法 に則 った よ り合 理 的 な解 釈 と和 訳 を試 み る。

(5)『 般 若 心 経』 と い う題 名 中 の 「

心 」(hrdaya)は

『心 経 」 末 尾 の マ ン ト

ラで あ る心 呪(hrdaya)の

こ とを意 味 し、か っ、『心経 」 の 核 心 部 も空 思 想

を説 く散 文 部 に あ るの で は な く、そ の末 尾 の心 呪 に こそ あ る とい う佐 保 田

鶴 治 氏 ・福 井 文 雅 氏 ・宮 坂 宥 洪 氏 の諸 仮 説 の妥 当性 を再 確 認 す る。

(6)玄読 訳 『

心 経 』 は羅 什 訳 『

大 品般 若 』 に基 づ く偽経 で あ り、 『

小 本 ・心

経 』梵 文 も漢 文 『

心 経 』か ら反 訳 ・偽 造 され た と い うJ. ナ テ ィ エ女 史 の 仮

説 を 優先 的 に反 駁 す る。 あわ せ て、羅 什 訳 『

大 明 呪 経 」 は後 世 の ひ と が 玄

読訳 『

心 経 」を モ デ ル に して羅 什 訳 『大 品 般若 』 か ら捏 造 した 偽 経 で あ る

とい う渡 辺 章 悟 氏 の仮 説15)にも批 判 的所 見 を添 え る。

(4)

2梵

文 テ キ ス ト と 和 訳

般 若 波 羅 蜜 多 心 経16)

Namah Sarva-jnayal"

一 切 智 者[で あ る ブ ッ ダ]に 礼 拝 し奉 る18)。

唐 三 藏 法 師 玄読 課

観 自在菩薩行深般若波羅蜜 多時、照見五纏19)皆

空、度一 切苦厄。

Aryavalokitesvaro

bodhi-sattvo

gambhiraydm

prajna-paramita-yam carprajna-paramita-yam 20) caramano 21) vyavalokayati

sma: panca skandhas [,]

tams ca svabhava-sunyan22) pasyati sma23).

聖 者 で あ る ア ヴ ァ ロー キ テ ー シ ュヴ ァラ(観察 す る 自在 者)・ ボー デ ィサ ッ

トヴ ァ(聖観 自在 菩 薩)24)は甚 深 な る<智 慧 の完 全 性>(深 般 若 波 羅 蜜 多)25)

の も と に[ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァの]実 践 項 目 を実 践 して お られ る と き26)、

察 され た: [人格 主 体 と して の 自我 が あ るの で は な く、]五 箇 の 諸 群 集(五

繭)が あ る、 と。 しか も(ca)、 それ ら(五箇 の諸 群 集)を、

自 己 本 質 を 欠 如

した もの(自 性 空)と

して27)、

ご覧 に な った28)。

舎 利 子。 色 不 異 空、空 不 異 色。色 即 是 空、 空即 是 色。 受 想 行 識 亦 復 如 是。

iha Sari-putrairi-putra

(Ia1) rupam sunyata29), (Ib1) sunyataiva

rupam.

(II

a1) rupan na prthak sunyata,

(IIb1) sunyataya

na prthag rupam30). (III

a1) yad rupam sa sunyata,

(IIIb1) yd sunyata

tad31) rupam32). evam

eva vedana-samjna-samskara-vijnanani33).

こ の 世 で は、 シ ャ ー リ プ ト ラ よ、[五 箇 の 諸 群 集 の う ち、](la)物 質(色) [と い う群 集]は<空 性>(lit. 空 で あ る こ と: [物 質 の 自 己 本 質 を]欠 如 す る こ と)で あ り、(lb)<空 性>こ そ(eva)が 物 質 な の で あ る。(Ila)物 梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

(5)

密 教 文 化

質 と は別 個 に<空 性>は

な く、(IIb)<空 性>と

は別 個 に物 質 はな い。(III

a)お よ そ物 質 な る もの、そ れ が<空 性>で

あ り、(IIIb)お よ そ<空

性>、

そ れ が 物質 な の で あ る。感 受 ・想 念 ・[諸]意 志(行)・ 識[と い う残 りの 四

箇 の諸 群集]も[事 情 は]ま っ た く同 様 で あ る謎)。

舎 利 子。 是 諸 法 空 相、不 生 ・不 滅、 不垢 ・不 浮、 不 増 ・不 減。 是 故 空 中

無 色、 無 受 想 行 識、無 眼耳 鼻 舌 身 意、無 色 聲 香 味 燭 法、 無 眼 界、乃 至、無 意

識 界、 無 無 明 亦 無 無 明 蓋、乃 至、 無 老死、 無 老 死 書、無 苦 集 滅 道、 無 智 亦 無

得。

iha Sari-putra

sarva-dharmah

sunyata-laksana35) an-utpanna

a-niru-ddha a-males-vimala36) nona na paripurn. ah37).38)

tasmac Chari-putra

su-nyatayam

na rupam na vedana na samjna na samskara na vijnanam

na caksuh-srotra-ghrana-jihva-kaya-manamsi,

na

rupa-sabda-gandha-rasa-sprastavya-dharmah,

na caksur-dhatur

yavan na

mano-vijnana-dhatuh. na vidya na-vidya na vidya-ksayo na-vidya-ksayo 39) yavan 40)

na j ara-maranam

na j ara-marana-ksayo

41)

na

duhkha-samudaya-nirod-ha-marga (h,) na j nanam na praptih42).43)

こ の世 で は、 シ ャ ー リプ トラよ、一 切 の諸 存 在素 は<空 性>を

特 相 と す

る もの で あ り44)、

生 起 した もの で もな く、滅 した も の で もな い。 塵 垢 を 伴

う もの で もな く、塵 垢 を離 れ た もの で もな い。不 足 した もの で も な く、満

た され た もの で もな い45)。

そ れ ゆ え に、 シ ャー リプ トラ よ、<空

性>の

元 で は46)、

物 質 もな く、感 受 も な く、想 念 もな く、諸 意 志 もな く、識 もな い。

[十二 の部 門(十 二 処)に お け る]眼 ・耳 ・鼻 ・舌 ・身 体 ・思 考(意)[と

う六 箇 の 内 な る部 門]も な く、色 ・音 声 ・臭 い ・味 ・可 触 物 ・存 在 素(法)

[と い う六 箇 の外 な る部 門]も な い。[十八 の根 源界(十 八 界)に お け る]眼

の根 源 界(眼 界)か

ら思 考 識 の 根 源 界(意 識 界)ま で もな い。[十 二 支 分 か ら

な る<依 存 的 生 起>(十

二 支 縁 起)に お け る、無 明 と敵 対 す る]明 智 も な

く、無 明 もな い。明 智 の滅 書 もな く、無 明 の 滅 蓋 もな い。 乃 至、 老 化 ・死

もな く、老 化 ・死 の滅 蓋 もな い47)。

苦 ・[苦の]起 源 ・[苦 の]消 滅・[苦 の

(6)

消 滅 に導 く]道 程[と い う聖 者 た ち に と って の 四 箇 の 真 理(四 聖 諦)]も

い。[四 聖 諦 に 関 す る八 種 の]智 慧 もな く、[束縛 か らの分 離 と い う結 果(離

繋 果)=浬

葉 を]獲 得 す る こ と もな い48)。

以 無 所 得 故、 菩 提 薩垣、 依 般 若 波 羅 蜜 多 故、 心 無 里 擬。 無 呈 擬 故、 無 有

恐 怖、遠 離 顯 倒 夢想49)、

究 寛 浬 藥。三 世諸 佛、依 般 若 波 羅 蜜 多 故、 得 阿 褥 多

羅 三 貌 三 菩 提。

tasmad50) a-praptitvad

bodhi-sattvanam51) prajna-paramitam

asritya

viharaty

a-cittavaranah.

cittavarana-nastitvad

52) a-trasto 53)

viparya-satikranto54) nistha-nirvanah55). try-adhva-vyavasthitah

sarva-buddhah

prajna-paramitam

asrityan-uttaram

samyak-sambodhim

abhisambu-ddhah56).

そ れ ゆ え に、 ボー デ ィ サ ッ トヴ ァた ちが[離 繋 果=浬 葉 を]獲 得 す る[こ

と に よ って声 聞 乗 で理 想 とさ れ る ア ル ハ ッ ト(阿 羅 漢)に

な る]こ

とが な

い の だ か ら、[ア ヴ ァ ロ-キ

テ ー シ ュ ヴ ァ ラ ・ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァ は]

<智 慧 の完 全 性>に 依 存 して、心 に遮 蔽 を も た な い も の と して[輪 廻 の世

界 に]住 み続 け る57)。

心 に遮 蔽 が な い のだ か ら、[ア ヴ ァローキ テ-シ ュヴ ァ

ラ は輪 廻 に留 ま りな が らも、輪 廻 に対 して]恐 怖 を抱 かな い し銘)、<[想念 ・

心 ・見 解 の]錯 倒>を 超 越 して い る し59)、[輪廻 の 世 界 に い な が ら(?)、]

浬 葉 に安 らい で い る(直 訳 「究 極 の 浬 藥 を 有 す る」「

浬 葉 に立 脚 す る」)。 そ

もそ も三 世 に住 す る一 切 の ブ ッ ダ(覚 醒 者)た ち は<智 慧 の完 全 性>に

存 して、<無 上 に して 正 し く完 全 な(or等 質 な)覚 醒>に

あ り あ り と覚 醒

した の で あ る60)。

故 知: 般 若 波 羅 蜜 多 是 大 神 究61)、

是 大 明 究、 是 無 上 究、是 無 等 等 究、 能 除

一 切 苦、眞 實。 不 虚 故。説 般 若波 羅 蜜 多 究。

tasmaj

jnatavyam:

prajna-paramita

maha-mantro 62)

maha-vidya-mantro 'n-uttara-maha-vidya-mantro 'sama-sama-mantrah63),

sarva-duhkha-prasa-manah64), satyam a-mithyatvat65). prajna-paramitayam

ukto66)

mantrah:

そ れ ゆ え に、知 られ るべ きで あ る: <智 慧 の 完 全 性>は(1)偉

大 な る マ

梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

(7)

密 教 文 化

ン トラ67)、(2)偉大 な る明 知 の マ ン トラ、(3)無 上 の マ ン トラ、(4)比 肩 す

べ き もの な く平 等 な る マ ン トラに して68)、

あ り とあ ら ゆ る苦 しみ を止 息 さ

せ る もの で あ る。真 実[の こ とば]で あ る69)。[そ

の マ ン トラを 唱 え れ ば、苦

の止 息 とい う効 果 を 必 ず成 就 す る点 で]虚 偽 で はな い か ら。<智 慧 の 完 全

性>の

も と にマ ン トラが説 か れ た70):

即 説 究 日: 掲 帝

掲帝

波 羅 掲 帝

波 羅 僧 掲 帝

菩 提 僧 渉 詞71)

tad yatha gate gate para-gate para-samgate bodhi svaha

タ デ ィ ヤ タ ー(す な わ ち)72)・ガ テ ー(道 程[な る 女 尊]よ)・ ガ テ ー(道 程 [な る 女 尊]よ)・ パ ー ラ ガ テ ー(彼 岸 へ の 道 程[な る 女 尊]よ)・ パ ー ラ サ ン ガ テ-(彼 岸 へ の 完 全 な る道 程[な る 女 尊]よ)73)・ ボ ー デ ィ(覚 醒[な る 女 尊]よ)74)・ ス ワ ー ハ ー(め で た し)!75)

般 若 波 羅 蜜 多 心 経

iti Prajna-paramita-hrdayam

samaptam.

以 上、 『<智 慧 の 完 全 性>と い う 心 呪 』(Prajna-paramita-hrdayam)76) が 終 わ る。 参 考 文 献77). 今 西順 吉. 2000「 空 と空 性 に っ い て」「イ ン ドの 文 化 と論 理 戸 崎 宏 正 博 士 古 希 記 念 論 文 集 」 九 州 大学 出版 会. 上 山大 峻. 1965「 敦 煙 出土 の チ ベ ッ ト訳 般 若 心 経 」『印度 學佛 教 學研 究 』13-2. 1990「 敦 煙 佛 教 の研 究 』法 蔵 館. 氏 家 覚 勝 1987「 陀 羅 尼 思 想 の研 究 』東 方 出版. 越 智 淳 仁. 1991a「 『般 若 心 経 秘 鍵 』に 引 か れ る二 種 の漢 訳 儀 軌 」「密 教 学 研 究 』23. 1991b「Prajnaparamita-hrdaya-sadhanaとPrajnaparamita-sadhana」 「伊 原 照 蓮 博 士 古 希 記 念 論 文 集 』. 梶 山 雄 一. 1974(訳)「 大 乗 仏 典2八 千 頒 般 若 経1』 中央 公 論 社.

(8)

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(9)

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(10)

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1992b「 色即 是 空(rupam sunyata)原 意 考 」「佛 教 論 叢 』36. 1995「 空性(sunyata, 空 で あ る こと)考 」「佛 教 論 叢 』39. 1998「 大 乗 経 典 の創 作(sutrantabhinirhara, 能 演 諸 経, 善 説 諸 経)」 『印 度 学 宗 教 学 会 論 集 』25. 2000「 大 乗 経 典 の想 像 と創 作 一abhinirhara考-」 『印度 哲 学 仏 教 学 」15. 望 月 海 慧. 1992「 ジュ ニ ャ-ナ ミ トラ著 「般 若 心 経 解説 』試 訳 」「大 崎 學 輯 」148. 森 山 清 徹. 1975「 大 品 系 般 若 経 の研 究-異 訳 諸 本 に関 す る疑 念 一 」「佛教 論 叢 』19. 1977「 般 若 経 にお け る 「空 とそ の 同義 語 」 にっ いて 」『印 度學 佛 教 學 研 究 』25-2. 頼 富 本 宏. 1975「 常 用 真 言 ・陀 羅 尼 の解 説 」『現 代 密 教 講 座 第 四巻 』大 東 出版 社. 若 原 雄 昭. 1988「 マ ン トラの 効 果 と全 知 者 一Pramanavarttikasvavrtti研 究(1)(vv. 292-31 1)-」 「佛 教 史 學 研 究 』31-1. 1994「 真 実(satya)」 『佛 教 學 研 究 』50. 渡 辺 章 悟. 1986「 八 不 と縁 起 一 「般 若 経 」に お け る 「八 不 偶 」を め ぐ っ て-」 『東 洋 大 学 大 学 院紀 要 』23. 1991「 般 若 心 経 成 立 論 序 説-「 摩 詞 般 若 波 羅 蜜 大 明 呪 経 』 と 『大 品 般 若 経 』 の 関 係 を 中心 と して-」 「佛 教 學 』31. 1992「Prasastrasena造 『般 若 心 経 広 注 」和 訳 研 究 」「曹 洞 宗 研 究 員 研 究 紀 要』23. 1998「Prajaaparamitaの 四 つ の語 源解 釈 」「印 度 學 佛 教 學 研 究 』46-2.

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<キー ワー ド>「 般 若 心 経 』, 空 性, 心 呪.

1)『 二 万五 千 頒 般 若 』(Panca)は 鳩 摩 羅 什 訳 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 経 』(通 称 『大 品 般 若経 』)や 玄 訳 「大 般 若 波 羅 蜜 多 経 』「第 二 会 」な どの 大 品 系 般 若 の 原 典 で あ る とい うの が常 識 とな って い る が、「八 千 頒 般 若 』(Asta-sahasrika mites-sutra: abbr. Asta; 小 品 系般 若 経 の原 典)と 「二 万 五 千 頒 般 若 』(Panca) との 中 間形 態 に 『一 万 八 千 頗 般 若 』(『大 般 若 経 』「第 三 会 」の 原 典)が あ り、 そ れ が漢 訳 「放 光 般 若 』や 「光 讃 般 若 』の原 典 で あ った可 能 性 が 高 い こと、 さ ら に 『大 品般 若 』 は 「一 万 八 千 頗 般 若 』以 上 「二 万 五 千 頒 般 若 』未 満 の規 模 で あ る こと が 森 山清 徹 氏 に よ っ て突 き止 あ られ て い る。森 山 清 徹[1975]. し た が っ て、 厳 密 に は 『一 万 八 千 頗 般 若 』を も依 用 して 論 じ るべ きで あ るが、校 訂 本 未 入 手 にっ き、 断 念 せ ざ る をえ な い。 2)福 井 文 雅[1987a]: 所 収 「中 国史 上 に お け る般 若心 経 」(pp. 169-249.)た だ し、 「心 経 』に対 す る唐 代 の諸 注釈 や 日本 の奈 良 時 代 の 智 光 の 注 釈 書 を 披 見 す る か ぎ り、『心経 』 は空 思 想(無 相 宗)を 主 題 とす る経 典 と して 扱 わ れ て い る よ うに わ た しに は思 え る。 3)福 井 文 雅[1987b]. 4)佐 保 田鶴 治[1982]. 5)宮 坂 宥 洪[1994]. 6)Jan Nattier[1992].

(12)

7)立 川 武 蔵[2001]. 8)中 村 元 ・紀 野一 義[1960], pp. 172-173に 小 本 の梵 文 テキ ス ト、pp. 175-177に 大 本 の梵 文 テ キ ス トが収 録 さ れ て い る。中 村 元 氏 の 『小 本 ・心 経 』 の 梵 文 テ キ ス トは玄 本(実 は不 空 音訳)と 法 隆 寺 悉 曇 写 本 を 底 本 と してMax Muller氏 や 白 石 真 道 氏 やEdward Conze氏 な どの 校 訂 出 版 を参 照 しっ っ校 訂 した もの で、 こん に ち最 も信 頼 さ れ、依 用 され て い る。た だ し、そ の 校 訂 結 果 を 見 る 限 り、不 空 音 訳 よ り も、法 隆 寺悉 曇 本 の形 態 に 合 うよ うに校 訂 され て い るよ う に 思 え る。 法 隆 寺 本 の 写 真 と ロ-マ 字 転 写 は田 久 保 周 智 ・金 山 正 好[1981], pp. 44-45に 見 る こ とが で き る。 9)上 山大 峻[1965]. チ ベ ッ ト大 蔵 経 に 『大 本 ・心 経 」 の チ ベ ッ ト訳 しか 収 録 さ れ て い な い こ とを 思 え ば、敦 煙 出土 『小 本 ・心 経 』の チ ベ ッ ト訳 写 本 の 存 在 は 甚 だ 貴 重 と い わ ね ば な らな い。 に も拘 わ らず、 そ れ が これ まで 『心 経 』の 研 究 者 に よ っ て 援 用 もさ れ ず、無 視 され て き た の は頗 る不 可 解 で あ る。 10)福 井 文 雅[1987a], pp. 127-1銘 に 不 空音 訳、pp. 138-141に 不 空 漢 訳 が 校 訂 さ れ て い る。(福 井[1987a]の 内 容 はす べ て 福 井[2000]に も再 録 さ れ て い る。 た だ、 わ た しが 福 井[2000]の うち、新 規 収 録 分 の頁 の み の コ ピー しか 所 持 しな い た めに、 そ れ 以 外 の論 稿 につ い て は 旧著 の頁 数 を掲 げ る こ とを ご寛 恕 願 い た い。)不 空 訳 『梵 文 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』(敦煙 写 本 と金[刻]蔵 の 二 種 が あ る)は 宋 ・元 ・明 代 の 中 国 文 献 で 言 及 ・引用 さ れ て い る と は いえ、 『表 制 集 』や唐 代 の 目録 類(『貞 元 新 定 繹 教 目録 』な ど)に は見 出せ な い。空 海 『請 来 目録 』 に も登 録 さ れ て い な い。(以 上 の 点 を 福 井 文 雅 氏 は考 察 さ れ た上 で、金蔵 本 の 出 現 を も って 同 経 を 不 空 訳 と し て確 定 す る。以 下 さ らに わ た しは 福井 氏 の見 解 に 同 意 す べ く私 見 を加 え る。)しか し、そ の 音 訳 語 は不 空 が通 常 依 用 す る もの と一 致 し、宋 代 風 の音 写 語 を含 ま な い。 安 然 『諸 阿 闊 梨 眞 言 密 教 部 類 総 録 』(別 称 『八 家 秘 録 』)巻 上 は す で に 不 空 訳 『心 経 』の 存 在 を 示 唆 して い る*以 上、 最 澄 『越 州 録 』**に 見 え る 「般 若 心 経 梵 本 漢 字 一 巻 」が そ れ で あ つた可 能 性 は極 め て高 い。[*『密 教 部 類見 録 』巻 上 「新 謬 般 若 心 纒 一巻<般 若 繹、 貞 元 新 入 目録、 仁。 私 云: 六 本 如 箴見 更 有 不 空 ・智 慧 輪 二 本。>」;**最 澄 の 『越 州 録 』で は請 来 経 軌 の訳 者 名 を記 さな い の が 普 通 で あ る。 また、経 論 の 題 名 もあ ま り正 確 に は記 載 され な い。例、 『越 州 録 』「十 八 會 喩 伽 法 」 (正 し くは 「金 剛 頂 喩 伽 十 八 會 指 蹄 」)等々。]お そ ら く不 空 は大 興 善 寺 あ た りで 弟 子 た ち にサ ンス ク リ ッ ト語 を講 義 す る た め の教 材 と して 『梵 文 心 経 』(『小 本 ・心 経 』の梵 文 音 訳 と意 訳)を 作 成 す る に留 あ、唐 朝 に正 式 な 入 蔵 申 請 を 出 さ な か っ た の か も しれ な い。 な お、不 空 訳 『心 経 』の原 本 は 「玄 が 観 音 か ら親 に教 授 さ れ た」 と い う伝 承 を 伴 うけ れ ど も、玄 訳 『心 経 』 と は明 らか に異 な る系 統 の テ キ ス トで あ り、 玄見 が依 用 した原 典 で は あ りえ な い(詳 細 は後 述)。 不 空 依 用 の 原 典 が 単 に 大 興 善 寺 の 梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

(13)

密 教 文 化 所 蔵 だ った こ とか ら後世 に つ く られ た 伝説 に 過 ぎな い で あ ろ う。法 隆 寺 所 蔵 の 悉 曇 本 も玄 訳 と は別 系統 の 写本 で あ る(後述)。 11)福 井 文 雅[2000], pp. 447-453. 12)鈴 木 広 隆[1995]. 13)渡 辺 章 悟[1992]; 望 月 海 慧[1992]. 14)今 日の代 表 的 な 「心 経 』の一 般 向 け解 説 書 の うち、佐 保 田 鶴 治[1982]・ 宮 坂 宥 洪[1994]・ 立 川武 蔵[2001]な ど が 「心 経 』の個 々 の文 脈 に関 して そ れ と対 応 す る 「二万 五 千 頒 般 若 』等 の 先 行 文 献 の テ キ ス ト箇 所 に 遡 って そ の 原 意 を 追 求 す る と い う文 献 学 上 当然 踏 ま え る べ き手 続 き を なぜ か放 置 し、そ れ ぞ れ の イ ン ド哲 学 や イ ン ド仏 教 の学 識 に よ る か な り恣 意 的 な解 釈 を持 ち込 む 傾 向 が あ る こ とを 甚 だ 残 念 に思 う。これ らの 解 説書 か ら禅益 され る点 も多 々 あ り、学 恩 を 謝 す る の に 吝 か で は な いが、 全 面 的 な 信頼 を 寄 せ る こ とは で きな い。「「般 若 心 経 』 の 空 を 理 解 す る こと は、「般 若 心経 』 だ けか らで は容 易 にで き な い。」 と い う村 上 真 完 氏 の 述 懐 (村上[1992a], p. 85)こ そ 「心 経 』 とい う文 献 に と り組 む研 究 者 が もっ べ き 健 全 な 感 覚 で は な い だ ろ う か。後 世 の学 派 的解 釈 を持 ち込 む の は な お さ ら論 外 で あ る。 15)渡 辺 章 悟[1991]. た だ し、渡 辺 章 悟 氏 が 重 視 した経 録 を あ ぐ る 問 題 に わ た し は 本 稿 で立 ち入 るっ も りは な い。『大 明 呪経 』 の訳 者 が た とえ 羅 什 で な くて も、 わ た しに と って は 『大 明 呪経 』が 玄経 訳 『心 経 』以 前 に成 立 して さえ い れ ば、 そ れ で か ま わ な い。わ た しが 問題 とす るの は 当 の テ キ ス ト自身 で あ り、経 録 と い う 外 部 資 料 の伝 承 が 当 の テ キ ス ト以 上 の 価 値 や 発 言 権 とか 優 先権 を もっ とす れ ば、 そ れ は 本 末 転 倒 だ と思 うか らで あ る。 16)漢 訳 テ キ ス トは玄 訳 の み を 代 表 例 と して 掲 げ る。不 空 漢 訳 以 外 の七 種 の 漢 訳 「心 経 』の テ キ ス ト比 較 が松 浦 秀 光[1983], pp. 25-43で 遂 行 さ れ て お り、 至 便 で あ る。渡辺 章 悟[1991], pp. 44-48で は羅 什 訳 と玄 訳 お よ び コ ンゼ 氏 の 「小 本 ・ 心 経 』校 訂 梵 文 との対 照 が示 さ れ て い る。 こ こで は玄 訳 『心 経 』 に対 す る註 釈 文 献 に引 用 され る経 文 の 異 読 を 注記 す るに 留 め る。 圓 測 は 「心 経 』の 題 名 を 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 多 心 纒 』 と して 自 己 の 注 釈 書 に 引 用 し、そ れ に 因 ん で注 釈 書 自体 も 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 賛 』 と命 名 す る。 日本 の 智 光 「般 若 心 経 述 義 』に お け る経 題 の 引用 も同 じ。羅 什 訳 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 大 明 呪 経 』の題 名 に影 響 され た ので あろ うか。 法 相 宗 の 開 祖 で あ る 基(慈 恩 大 師)は 「般 若 波 羅 蜜 多 心 経 幽 賛』で 経 題 を 「佛 説 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』 と して 引 用 す る。 両 方 を 接 合 す れ ば、空 海 が 「般 若 心経 秘 鍵 』で 羅 什 訳 に 帰 す る 「佛 説 摩 詞 般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』*と い うタ イ トルが 完 成 す るの は興 味 深 い。[*そ の経 文 自体 は ま っ た くの 玄 訳 『心 経 」だ が。] 17)法 隆寺 悉曇 本 に見 え る 『小 本 ・心 経 』の この帰 敬 句 は 「大 本 ・心 経 』 サ ン ス ク リッ ト本 で も共 有 され る傍 ら、同 じ小 本 系 統 の 不 空 音訳 と慈賢 音 訳 に は冠 せ ら れ

(14)

て い な い。「心 経 」の全 漢 訳 に もな く、「大 本・ 心 経 』チ ベ ッ ト訳 にす らな い。 しか し、敦 煙 出 土 チベ ッ ト訳 「小 本 ・心 経 」(Arya-prajna-paramito-hrdaya)に そ の 訳 文 が 確 認 で き る: "thams cad mkhyen pa la phyag htshal to. "(上 山 大 峻[1965], p. 74, 31. )上 山大 峻[1990], p. 173, 注2に 敦 捏 本 『小 本 ・心 経 』チ ベ ッ ト訳 を そ の識 語 に も とつ いて す べ て 漢 訳 か らの重 訳 と推 定 す る木 村 隆 徳 氏 の 所 見 が 紹 介 され て い るが、 この一 訳 例 は た だ そ れ だ け で木 村 氏 の所 見 に対 す る完 壁 な 反 証 と して の 価 値 を もっ。 い か な る漢 訳 に もな く、た だ 梵 文 に しか 存 しな い語 句 を敦 捏 の チ ベ ッ ト語 訳 者 が い った い ど うや った ら漢 訳 か ら重 訳 で き るの で あ ろ う か。「上 掲 の チ ベ ッ ト繹 は… 小 例 を 除 け ば、サ ン ス ク リッ ト原 本(岩 波 文 庫 中 村 元 校 訂 本)の 忠 實 な直 繹 で あ る。」(上 山[1965], p. 76.)と い う上 山 大 峻 氏 の テ キ ス ト自体 を吟 味 した うえ で の論 評 こそ 信頼 に値 す るの はい うま で もな い。 わ れ わ れ は写 本 の識 語(コ ロ ホ ン)の た ぐい を鵜 呑 み に して 当 該 の テ キ ス ト自 体 の 吟 味 を 怠 って は な らな い。 18)『 八 千 頒 般 若 』(Asta)な らび に 『二 万 五 千 頗 般 若 」(Panca)写 本 の 冒頭 部 に 冠 せ られ た帰 敬 句(or帰 敬 呪)は 「オー ム ・幸 福 を分 与 して くだ さ る女 尊 ・聖 な る <智 慧 の完 全 性>(仏 母 般 若)に 礼 拝 し奉 る。」(Om Namo Bhaga-vatyai Arya prajna-paramitayai.)で あ る。 19)圓 測 は 『心 纒 賛 』で 「照 見 五 薙皆 空 」と い う経 文 を 引 い て 注 釈 しお わ っ た あ と で、「或 有 本 日:「 照 見 五 薙 等 皆 空 」。錐 有 爾 本、後 本 爲 正。 検 勘 梵 本、有 「等 」言。 故 後 所 説等 準 此 磨 知。」 と付 け加 え、基 「心 纒 幽 賛』 に な る と、「照 見 五 緬 等 皆 空 」 とい う経文 を施 釈 の 対 象 と して 引 用 す る よ うに な る。晴遭 「般 若 波 羅 蜜 多 心 纒 疏 』 お よ び智 光 「心 経 述 義 』 もそ の 方 針 に従 って い る。空海 も 『心 纒 秘 鍵 』 で 「等 」 の 字 の付 加 を以 って 遍 畳 三 藏(玄象)訳 の一 大 特 徴 と指 摘 す る反 面、 「等 」 の 字 の な い 「心 纒 』を羅 什 に 帰 し、そ れ を施 釈 の対 象 とす る。 しか し、「心 経 』 の 最 初 の 注 釈 者 で玄 よ り も早 逝 した 慧 浄 の 『般 若 波 羅 蜜 多 心 纒 疏 』 所 引 の経 文 に は ま だ 「等 」の字 は見 え な い。法 蔵 の 「般 若 波 羅 蜜 多 心 匡略 疏 』の 所 引 の 経 文 に も む ろ ん 含 まれ な い。玄 の 生 存 中 に 『心 経 』 の タ イ トル や本 文 に こ の よ うな 伝 承 上 の 変 化 が 発 生 した と は考 え られ な い か ら、彼 の没 後 か な りの年 数 を 経 て 「心 経 』 の テ キ ス トに まっ わ る複 数 の伝 承 が派 生 し、圓 測 や基 の註 釈 もそ の時 分 に 書 か れ た の で あ ろ う。 10)唐 代 ・不 空 訳 『梵 文般 若 波 羅 蜜 多 心 経 』(福井 文 雅[1987a], p. 127, 14.)お よ び 宋 代 ・慈 賢 訳 『梵 文 般 若波 羅 蜜 多 心 経 』(福井 文 雅[2000], p. 448, 4-6)で は い つ れ も、 gambhiram prajna-paramita-caryam(甚 深 な る<智 慧 の完 全 性> と い う実 践 項 目を) と音 写 さ れ る。 梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

(15)

密 教 文 化 21)『 八 千 頒 般 若 』 「二 万 五 千 頒 般 若 」 で は と も に"prajna-paramitayam caran" お よ び"Brahma-caryam carati"と い う 定 型 句 な ら頻 繁 に 使 用 さ れ る。 け れ ど も、 『小 本 ・心 経 」 の 現 行 梵 文"gambhirayam prajna-paramitayam caryam caramano*"そ の ま ま の 形 は 残 念 な が ら 見 い だ せ な い。(*法 隆 寺 本: "caryam

caramano"; 不 空 音 訳 ・慈 賢 音 訳: "-caryam caramano";「 大 本 ・心 経 』梵 文: "caryam caramana[evam]")「 八 千 頒 般 若 』 な ど の 上 記 の 用 例 に 照 ら す か ぎ り、"caryam(行 を)"は 蛇 足 な の で あ って、"caramano(行 じ る と き)"だ け で 十 分 で あ る。 そ の せ い か、 不 空 漢 訳 と 智 慧 輪 訳 以 外 の 大 多 数 の 「心 経 』 諸 漢 訳 と 「大 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト訳 は 前 者"caryam"を 訳 して い な い。 両 方 と も訳 し て い る の は 小 本 系 ・不 空 漢 訳 敦 捏 本 「行 行 時 」(福 井[1987a], p. 139, 6.)と 大 本 系 ・ 智 慧 輪 訳 「行 … 行 時 」、そ して、 敦 燵 本 『小 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト訳(上 山 大 峻[1965],

p. 75, 2.): "spyad pa spyod pahi tche"で あ る。(大 本 系 ・般 若 共 利 言 訳 の 当 該 箇 所 で は な い が、 別 の 箇 所 に は 「行 … 行 時 」 と あ る。)

『心 経 」 の 当 該 表 現 は 『八 千 頒 般 若 』 や 「二 万 五 千 頒 般 若 』 内 に 散 見 す る 種 々 の 定 型 句 の 複 合 の 産 物 で あ る と 思 わ れ る。Cf. Asta XV[Deva-]: a-sthanam

Su-bhute by etad anavakaso

'sya bodhi-sattvasya

maha-sattvasya

evam-m-aha-samnaha-samnaddhasya

evam gambhirayam

prajna-paramitayam

caratah

sravaka-bhumir

va pratyeka-buddhabhumir

va. api to

buddha-bhumir

evasya pratikanksitavya

yenayam

sarva-sattvanam

krta-sah

sa-mnahah samnaddhah.

(Vaidya

[19601, p. 150, 12 -14.);

Pahca II:

Subhut-ir aha: krta-jnanena

maya Bhaga-van

bhavitavyam

na-krta-jnanena,

ta-tha hi Bhagavan

purvam bodhi-sattva-caryam

* caran purvakanam

tath-agatanam

arhatam

samyaksambuddhanam

antike taih sravakaih

satsu

paramitasv avavadito'nusisto… …(T. Kimura[1986], p. 5, 3-4. *『 八 千 頗 般 若 』 「二 万 五 千 頒 般 若 』 で は<菩 薩 行>(bodhi-sattva-carya)と い う 語 は ご

く僅 か しか 検 出 で き ず、 『華 厳 経 』 「入 法 界 品 」 な ど に 比 べ る と、 極 端 に少 な い。)

22) Asta XXVII [Sara-1: dvabhyam

Subhute dharmabhyam

samanvagato

bodhi-sattvo

maha-sattvas

tasmin

samaye

durdharso

bhavati.

maraih

papiyobhir

mara-kayikabhir

va devatabhih.

katamabhyam

dvabhyam?

yad uta sarva-sattvas

casya a-parityakta

bhavanti,

sarva-dharmas

ca

anena Sunyatato

vyavalokita

bhavanti.

(Vaidya

ed., p. 221, 30-v32.)

23)『 小 本 ・心 経 』 法 隆 寺 本: "panca skandhas tams ca svabhava-sunyan yati sma. "は 不 空 音 訳 両 本(福 井[1987a], pp. 127, 15-128, 8.)・ 慈 賢 音 訳(福 井[2000], p. 448, 7-12.)と 一 致 し、 敦 捏 本 『小 本 ・心 経 』 チ ベ ッ ト訳(上 山[1965], p. 75, 2-3.): "lna chun de dag no bo nid kyis store par mthon no"に よ っ て 支 持 さ れ る。 「大 本 ・心 経 』 は"pasyati sma"と い う動 詞 句 だ け

(16)

が"vyavalok-ayati"に 置 き換 え られ る ほか は原 則 的 に 同文 で あ る。た だ し、同箇 所

を"panca-skandhan

svabhava-sunyan

vyavalokayati

sma (or vyavalokitavyam)"

と綴 る 『大 本 ・心 経 』の ネパ ー ル写 本 の存 在 が 報 告 さ れ て い る。鈴 木 広 隆[1995], p. 174(E. Conze[1948], p. 35 note 7-8). 実 は、「八 千 頒 般 若』『二 万 五 千 頒 般 若 』 で は 「見 る ・視 る」 を意 味 す る<√drs>は"na samanupasyati([ボー デ ィサ ッ

トヴ ァ は]見 な い)"と い うよ うに否 定 辞<na>を 伴 う否 定 文 内 で 使 用 さ れ る こ とが 多 い。そ れ に 引 き替 え、<vy-avanuk>は 肯 定 的 用 例 が 目立 っ。 「小 本 ・心 経 』 の"pasyati sma"を 『大 本 ・心 経 』 が"vyavalokayati"に 取 り替 え よ う と す る傾 向 が あ るの はそ の た め か も しれ な い。 24)「 二 万 五 千 頒 般 若 』の導 入 部 に対 告 衆 の ひ と りと して 観 自 在 菩 vara)が 登 録 され て い る の は確 か で あ るが、 『心 経 』と 同 じ真 言 句 を共 有 し、かっ、 般 若 菩 薩 の供 養 法 を詳 述 す る 「陀 羅 尼 集 経 』巻 第三 「般 若 波 羅 蜜 多 大 心 経 」 に は 登 場 しな い。『心 経 』の主 人 公 に選 ば れ た思 想 史 的背 景 は謎 で あ る。 今 の と こ ろ、 「観 察 す る」(vyavalokayati)と い う行 為 を な す に ふ さわ しい 菩 薩 と して、 動 詞 語 根(vy-avati√luk)の 共 通 性 とい う観 点 か ら、同菩 薩 に 白 羽 の 矢 が た った の で は な いか と想 像 す る の み で あ る。 25)<paramita>(波 羅 蜜 多)の 語 義 を め ぐる 問題 に っ い て は中 村 元 ・紀 野 一 義 [1960], p. 15, 注1; 梶 山 雄 一[1974], pp. 313-314, 注9; 梶 山雄 一 ・丹 治昭義[1975]: 所 収 「解 説 」, p. 402; 藤 村 隆淳[1978]; 渡 辺 章 悟[1998]な どを参 看 の こ と。 26)『 八 千 頒 般 若 』第15章:「 ス ブー テ ィ よ、以 上 の よ うな 偉 大 な 甲 冑 を ま と っ た、 この ボ-デ ィサ ッ トヴ ァ ・マ ハー サ ッ トヴ ァが 甚 深 な る<智 慧 の完 全 性>の も と に実 践 す る と き、聴 聞者 の 階梯(声 聞 地)と か 孤 独 な覚 醒 者 の 階 梯(独 覚 地)と か [が期 待 され る]と い う こ と は妥 当 せ ず、余 地 が な い。 さ れ ど、 一 切 の 生 類 た ち の た め に この 甲 冑 が ま とわ れ て い る彼(i.e. ボー デ ィサ ッ トヴ ァ ・マハ ーサ ッ トヴ ァ) に と って は・覚 醒 者 の階 梯(仏 地)だ け は期 待 され るべ き で あ る。」;「二 万 五 千 頒 般 若 』第2章:「 ス ブー テ ィが 申 し上 げ た:「 幸 福 を分 与 して くだ さ るお 方 よ、わ た しは恩 を被 って い る とい う認 識(知 恩)を い だ か ね ば な り ませ ん。恩 を被 って い な い と い う認 識 を[い だ くわ け に は]ま い りま せ ん。 す な わ ち、幸 福 を 分 与 して くだ さ るお 方 よ、[わ た しが]か っ て 前[世]で ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァの実 践 項 目(菩 薩 行) を 実 践 して お りま す と き、往 昔 の か く来 たれ る ひ とび と ・価 値 あ る ひ と び と ・正 し き完 全 な覚 醒 者 た ち のお 側 に お られ た彼 ら聴 聞 者(弟 子)た ち に よ っ て 六 箇 の <完 全 性>(六 波 羅 蜜 多)に っ い て教 授 さ れ、教 誠 さ れ … ま した。」」 27)"svabhava-sunyan"と い う複 合 語 中 の"svabhava-"を 「そ の 本 性 か ら い う と」や 「本 来 」と い うよ うに肯 定 的 ニ ュ ア ンス で 現代 語 訳 す る習 慣 がMax Muller 氏 以 来 多 くの 学 者 た ちの 間 で 定 着 して い る けれ ど も、『心 経 』お よ び 『八千 頒般 若』 の文 脈 にお いて は<svabhava>(自 性)は む し ろ否 定 さ れ るべ き もの を 表 現 す 梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

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密 教 文 化 る術 語 で あ って、複 合 語 全 体 は 「本 体 の 欠 如 」を意 味 し、「自性 が 空 で あ る 」 と 訳 され ね ば な らな い こ とを 立 川 武 蔵 氏 は明 快 に指 摘 した。立 川 武 蔵[1994]. 副 島 正 光 氏 の 和訳 「自性 無 実 体 で あ る」(副 島 「1980], p. 303.)は 立 川 氏 に先 立 っ 正 訳 と して 再 評価 され て よ いだ ろ う し、立 川 論 文 と 同時 期 に出 た宮 坂 宥 洪 氏 の 和 訳 「固 定 的 な 本 質 を 持 っ もの で はな い」(宮 坂[1994], p. 50.)も 十 分 に 正 訳 と して 評 価 で き る。否、 そ れ ど こ ろか、『小 本 ・心 経 』系統 の 不 空訳 「自性 空 」 とか、法 月 訳 ・ 智 慧 輪訳 ・施 護 訳 「自性 皆 空 」や法 成 訳 「体 性 悉 皆 是 空」とい った大 多数 の 『大 本 ・ 心 経 』系 統 の諸 漢 訳 で正 確 な翻 訳 が す で に な され て い たの に、現 代 の研 究 者 た ち が傲 慢 に も無 視 して きた とい うの が真 相 で あ ろ う。立 川 氏 で す ら上 記 の 論 文[199 4]で は これ らの諸 漢 訳 を ま った く検 討 して い な い。氏 が 諸 漢 訳 を と りあ げ る の は 立 川 武蔵[2001], p. 120に お い て で あ る。 い っぽ う、「小 本 ・心 経 』系 統 の羅 什 訳 「空 」・玄該 訳 「皆 空 」や 『大 本 」系 統 の 般 若 共 利 言 訳 「皆 空 」を 見 る と、"svabhava-"の 対 応 訳 が な い。当 該 部 分 の 原 典 は複 合語 表 現 を と らず、単 に"sunyan"と い う一 単 語 だ けで あ った と推定 で きる。 そ れ に 反 して、玄該 訳 の 「皆 」が"svabhava-"の 対 応 訳 で あ る か の よ うに取 り沙 汰 す る学 者 が多 い が、そ れ で は 「皆 」す ら含 まな い羅 什 訳 「空 」を 説 明 す る こ と が で き な い し、玄 が 「大 般 若 経 』で 「自性 皆 空 」「自相 皆 空」 「本 性 皆 空 」 と単 な る 「皆 空 」 とを訳 し分 けて い る とい う事 実 と も矛 盾 す る。玄該 が 依 用 した 『心 経 』原 典 に は羅 什 訳 の そ れ と同様 に"svabhava-"と い う語 は も とか ら な か っ た と判 断 せ ざ る を え な い。(立 川 武 蔵 氏 は上 記 「大般 若 経』 の 訳 語 例 を 何 ら顧 慮 す る こ と な く、「ス ヴ ァバ ー ヴ ァを 訳 さな い ほ うが 原 義 に近 い とい う立 場 」に立 って玄該 は 意 図 的 に そ れ を訳 さ な か った の だ と 強 弁 す る ほ ど で あ る。立 川[2001], p. 120.) な お、 「八 千 頒 般 若 』第27章 の対 応 箇 所 に も"svabhava-"は な い:「 ス ブ ー テ ィ よ、二 っ の 性 質 を 具 有 した ボ ー デ ィサ ッ トヴ ァ ・マ ハ ー サ ッ トヴ ァ は そ の 時 最 も 邪 悪 な る悪 魔 た ち と か、悪魔 の仲 間 で あ る神格 た ち と か に よ っ て 侵 害 さ れ 難 い。 二 っ と は何 か。即 ち、(1)一 切 の生 類 た ち が彼 に見 捨 て られ て い な い こ と。(2)一 切 の諸 存 在 素 が彼 に よ って<空 で あ る こ と>と して観 察 され て い る こ と(師nya一 tato vyavalokita bhavanti).]

28)こ のす ぐあ と に小 本 系 の鳩 摩 羅 什 訳 はサ ンス ク リッ ト原 典 に な い 「度 一 切 苦 厄」 と い う語 句 を挿 入 し、同 小 本 系 の 玄 訳 も同一 の挿 入 語 句 を踏 襲 す る。大 本 系 の 般 若 共 利 言 訳 で は挿 入 語 句 が 「離 諸 苦 厄 」 と い う よ う に ほん の 少 し変 え られ て 継 承 され、 直接 の対 応 箇 所 で は な い な が ら も、大 本 系 の智 慧 輪訳 の 別 の 箇 所 に 同 じ 改 変 語 句 「離 諸 苦 厄 」が 挿 入 され る。 これ ら以 外 の 諸 漢 訳 に は 欠 け て お り、 む ろ ん い か な る チベ ッ ト訳 に よ って も支 持 され な い。 J. ナ テ ィエ女 史 は 玄装 訳 『般 若 心 経 』は サ ンス ク リ ッ ト原 典 か らの翻 訳 で は な く、鳩 摩 羅 什 訳 「大 品 般 若 経 」か ら偽 造 さ れ た偽 経 で あ り、そ の 玄該 訳 『心 経 』 を

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サ ンス ク リ ッ トに反 訳(還 梵)し て 偽 造 され た の が 現 行 の 「小 本 ・心 経 』の サ ン ス ク リ ッ ト本 で あ る とい う大 胆 な仮 説 を提 示 す る。Jan Nattier[1992](そ の 論 旨 は福 井 文 雅[1994]で 紹 介 さ れ、批 判 され て い る。). そ れ で は な ぜ 「度 一 切 苦 厄 」 と い う一 文 が 還 梵 さ れ な か った の か と い う疑 問 が 当然 生 ま れ て く るの に、 ナ テ ィエ 女 史 は それ に は何 も答 え て は い な い。梵 文 経 典 の偽 造 者 が 適 当 な 梵 語 を 思 い っ か な か っ たか らと い うよ うな安 易 な理 由付 け は こ こで は通 用 しな い。梵 文 テ キ ス ト が あ くまで も漢 訳 か ら作 られ た ので あれ ば、 「度 一 切 苦 厄」 は無 視 して よ い語 句 で はな い。次 段 で紹 介 す る よ うに、 「度 一 切 苦 厄 」 と い う前 半 の語 句 は 「能 除一切 苦」 と い う後 半 の 語 句 と と もに 中国 にお け る 「心 経 』の 流 行 を もた ら す 一 翼 を 担 う ほ ど漢 訳 「心 経 』の 信 奉 者 た ち に と って は欠 くこ との で き な い重 要 な 語 句 で あ る こ とを 福井 文 雅 氏 は指 摘 して い るか らで あ る。逆 に、「小 本 ・心 経 』サ ン ス ク リ ッ ト 本 に は 漢訳 「心 経 」 に は存 在 しな い文 章 や語 句 が 多 々 あ る に も拘 わ ら ず、 そ の こ とに対 して も彼 女 は何 ら納 得 の い く説 明 を与 え て い な い。彼女 は 自分 の仮 説 に と っ て都 合 の悪 い事 例 に はあ ま り触 れ よ う とは しな い。 福 井 文 雅 氏 は 「心 経 』本 文 の 核心 部 は空 の哲 理 を説 く前 半 部 に あ る ので は な く、 密 呪 の功 徳 を称 賛 す る後 半 部 に あ り、と りわ け、「能 除 一 切 苦 」 とい う五 文 字 に 比 重 が あ る こと を漢 訳 の文 章 構 成 の分 析 か ら引 き 出 し、「心 経 」が か くも尊 ばれ 歓 迎 され た理 由 は そ こに あ る と指 摘 し、前 半 部 の 挿 入 語 句 「度 一 切 苦 厄 」 は そ れ と み ご と に照 合 して い る とい う興 味深 い所 見 を披 渥 して お られ る(福 井[1987b])。 鳩 摩 羅 什 は 「摩 詞 般 若 波 羅 蜜 大 明 呪 経 』と い う彼 の漢 訳 タイ トル か ら も端 的 に 知 れ る よ う に 「心 経 』の 「心 」(hrdaya心 臓)の 意 味 す る も の が"gate gate"で 始 ま る心 呪(hrdaya[-rnantra])に あ る こと を正 し く理 解 して い た が ゆ え に*、 あ え て 心 呪 の 効 能 を 先 取 り した 「度 一 切 苦 厄」 と い う語 句 を前 半 部 に 挿 入 した の で あ ろ う。[・或 い は、羅 什 依 用 の原 典 の タ イ トル が も とか ら"Prajna-paramita-ma-hd-vidya-mantra(般 若 波 羅 蜜大 明 呪)"だ っ た可 能 性 す らあ る。「心 経 』 本 文 内

に見 られ る の は"mantra"と か"maha-vidya-mantra"と い う術 語 で あ っ て、 "hrdaya"は 一 切 使 用 さ れ て い な い。"Prajna -paramita-hrdaya"が 本 来 の タ イ トル だ った の で あれ ば、本文 に も"mantra"で は な く、"hrdaya"が も っ と積 極 的 に使 用 され て しか る べ き で は な い だ ろ うか。 玄 装 訳 「心 経 』 や 阿 地 盟 多 訳 「陀 羅 尼 集 経 』が 登 場 す る7世 紀 ま で に呪 文 と して の"hrdaya(心 呪)"の 用 法 が イ ン ドで確 立 し(例、 「不 空 羅 索 神 変 真 言 経 』「大 日経 』『初 会 金 剛 頂 経 』 な ど を 見 よ)、「心 経 』の題 名 もそ の 余 波 を 受 けて 現 行 の もの に改 名 さ れ た のか も しれ ない。] 他 方、 玄該 門 下(具 体 的 に は基 の 「心 経 幽賛 』)では 「心 経 』 を 「大 般 若 経 』 の 堅 実 最 妙 之 旨(or広 文 之 秘 旨)を 録 して 別 出 した経 典 と み な し、「色 即 是 空 」 を説 く前 半 部 を重 視 す る傾 向 が 強 い こ とを思 え ば、玄 が 「度 一 切 苦 厄 」 と い う挿 入 語 句 を なお も保 存 せ ざ るを え な か った の は皮 肉 で あ り、『心 経 』 の翻 訳 に 際 し、旧 訳 の 梵 文 ﹃ 小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

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密 教 文 化 語 句 を 新訳 の そ れ に 置 き換 え る程 度 で済 ま せ て しま った ほ ど、羅 什 訳 「大 明 呪 経 』 とい う先例 に 玄該 が 引 きず られ て い た こ とを窺 わ せ る。 29)『 大 本 ・心 経 』の ネパ ー ル 写 本 の 多 く は第 一 段 目前半 部(la)を"rupam m"と 綴 る。Conze[1948], p. 35 note 10; 鈴 木 広 隆[1995], p. 176. チ ベ ッ ト訳 『大 本 ・心 経 』"gzugs stop-paho"も 同 じ。副 島[1980], p. 301, 17. 漢 訳 で は 小 本 系 の不 空 漢訳 敦 煙 本 と大 本 系 の智 慧 輪 訳 「色 空 」が端 的 に そ れ を 支 持 す る。 小 本 系 ・不 空 音訳 の うち、敦 煙 写 本 は"rupam sunyam"で あ る。福 井[1987a], p. 128, 9. しか し、『二 万 五 千 頒 般 若 』 の 対 応 文 は"rupam eva sunyata"で あ り、 不 空 音訳 金 蔵 本(福 井[1987a], p. 128, 10.)・ 慈 賢 音 訳(福 井[2000], p. 448, 12-1 4.)お よ び敦 捏 本 「小 本 ・心 経 』チ ベ ッ ト訳(上 山大 峻[1965], p. 75, 3.): "gzugs store pa nid"は 法 隆 寺本 テ キ ス ト: "rupam sunyata"を 支 持 す る。 村 上 真 完 氏 は ネパ ー ル写 本 中 の 「sunyamと す る の は誤 写 と考 え られ る」 と 断 じ、不 空 音 訳 の敦 煙 本 もや は り誤 写 で あ り、金 蔵 本 「に従 うべ き」で あ る と警 告 す る(村 上 真 完[1992a], 注(18), pp. 107-108)。 今 西 順 吉 氏 は 『十 万頒 般 若 』「二 万 五 千 頒 般 若』 の 対 応 梵 文 の 文 脈 を 検 討 した 上 で ご 自 身 の 所 見 を こ う書 き添 え て お られ る: 「<般 若 心 経>の 少 な か らざ る写 本 にrupam sunyamと あ って も、般 若経 の思 想 的立 場 か らす る と これ は適 当 で は な く、や は りrupam sunyataで な け れ ば な ら な い ことが 明 らか と な っ た」(今 西[2000], p. 40.)と。 両 氏 の ご見 解 に わ た し も 同 感 の意 を表 した い。

30)ナ テ ィ エ女 史 は玄該 訳 「心経 』(the[Chinese]Heart Sutra attributed to uan-tsang)の 訳 文 と羅 什 訳 「大 品般 若 経 」(the Chinese Large Sutra of arajlva.)の 訳 文 とが全 く同一 で あ るに も拘 わ らず、 双 方 の サ ン ス ク リ ッ ト文 が 著 し く相 違 す る事 例 を 逐 一 指 摘 し、そ の よ うな サ ンス ク リ ッ ト文 の相 違 が 生 じ た の は玄該 訳 『心 経 』 と い う漢 文 テ キ ス トー そ の素 材 はサ ン ス ク リ ッ ト原 典 よ り翻 訳 さ れ た羅 什 訳 「大 品 般若 』か ら提 供 され た-を 再 びサ ン ス ク リ ッ ト文 に 還 元 し た こ と に起 因 す る と推 定 す る。 これ が ナ テ ィエ論 文 の 中核 と な る方 法 論 で あ る。 彼 女 が 最 初 に注 目 した事 例 こ そが こ の第 二 段 目: (Ila/b)の テ キ ス トで あ る。 この 行 の 羅 什 訳 「大 品 般 若 』巻 第 一 「習 応 品」第 三 「(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 不 異 色 」と玄該 訳 「心 経 』「(Ila)色不 異 空、(Ilb)空 不 異 色 」 とは全 くの 同 文 で あ る。 しか る に、『二 万 五 千 頒 般 若 』(the Sanskrit Large Sutra)第1章 梵 文 と 「心 経 』 梵 文(the Sanskrit Heart Sutra)と で は原 文 が か な り相違 す る(あ え て ナ テ ィ エ 論 文 に掲 載 され た 形 の ま ま転 載 す る。Nattier[1992], p. 164, 4-5.):

Large Sutra Heart Sutra

(na) anyad rupam anya sunyata

rupan na prthak

sunyata

nanya sunyatanyad ripam sunyataya na prthag rupam

(20)

什 訳 『大 品 般 若 』の訳 文 を 踏 襲 して も何 ら不 都 合 はな い。事 実、 玄該 が 晩 年 に 「大 般 若 経 』六 百 巻 の翻 訳 に と り組 ん だ とき も、「二 万五 千 頒 般 若 』、した が っ て、 「大 品 般 若 』に 相 当 す る 「第 二 会 」 の 当該 文(巻 第 四 百 二 「第 二 分 ・観 照 品 」第 三 之 一) に は 旧訳 の羅 什 訳 「色 不 異 空、 空 不異 色」を そ の ま ま採 用 して 事 を 済 ま せ て し ま う ほ ど で あ る。新 訳 の 推 進 者 玄 の眼 か ら見 て も、羅 什 の 旧 訳 は、 当 該 文 に 関 す るか ぎ り、遜 色 の な い もの で あ り、あ え て改 訳 す る必 要 を認 あ な か った の で あ る。 謙 って いえ ば、 も し 「心 経 』の 当 該 梵 文 が 漢 訳 「色 不 異 空、 空 不 異 色 」か ら の 反 訳 で あ れ ば、 な ぜ そ れ ぞ れ の 「空 」の対 応 梵 語 が"sunyam/sunyan"で は な くて、 "sunyata/sunyataya[h]"と な って い るの だ ろ うか。玄該 訳 「心 経 』の ど こ に も 「空性 」 と い う、"sunyata"に と って の正 確 な訳 語 は使 わ れ て い な い に も拘 わ ら ず、で あ る。 31)な ぜ か不 空 音 訳 両 本(福 井[1987a], p. 129, 6.)と 慈 賢 音 訳(福 井[2000], p. 449, 2.)で は指 示 代 名 詞 が"sa"と な って い る。 32)「 大 本 ・心 経 』 ネパ ー ル写 本 に は この第 三 段 目(IIIa/b)を 欠 く も の が 多 い ら し い。Conze[1948], p. 35, notes 13-14; 鈴木 広 隆[1995], p. 177. チ ベ ッ ト訳 「大 本 ・ 心 経 』に も第 三 段 目の 訳 はな い。副 島[1980], p. 301; 鈴 木 広 隆[1995], p. 177. つ ま り、(la/b)(Ila/b)と い う順 序 の二 段 構 成 で あ る。比 較 的後 期 の 大 本 系 漢 訳 で あ る法 成(8世 紀)訳 「般 若 波 羅 蜜 多心 経 」:

(la)色 即 是 空、(lb)空 即 是 色。(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 不 異 色。 な ら び に施 護(982年 以 降)訳 『仏 説 仏 母 般 若 波 羅 蜜 多 経 』:

(la)即 色 是 空、(lb)即 空 是 色。(Ila)色 無 異 於 空、(Ilb)空 無 異 於 色。 は そ れ とま った く一 致 す る。イ ン ドの 注 釈書 で 第 三 段 目を 含 む の は プ ラ シ ャ ー ス トラセ ー ナ の 註 釈 のみ で、他 はそ れ を 欠 く と鈴 木 広 隆 氏 は報 告 す る。鈴 木[1995], p. 182注(17). 三 段;構成 を伝 承 す る小 本 系 原 典 の系 列 は法 隆 寺 悉 曇 本(8世 紀 頃)・ 不 空(Amo-gha-vajra: 705-774)音 訳 ・慈 賢(Maitri-bhadra?: 10世 紀)音 訳 で あ る。 同 じ く大 本 系 の原 典 は む ろ ん プ ラ シ ャー ス トラセー ナが 依 拠 した そ れ で あ る(渡 辺 章 悟[1992], pp. 231-233の 和 訳 参 照)。三 段 構 成 の原 典 か らの翻 訳 は小 本 系 の 不 空 漢 訳 敦 煙 本(福 井[1987a], p. 139, 6-7; 金 蔵本 の 情 報 は不 明):

(la)色 空、(lb)空 性 是 色。(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 亦 不 異 色。 (IIIa)是 色 彼 空、(IIIb)是 空 彼 色。

敦 煙 本 『小 本 ・心 経』 チ ベ ッ ト訳(上 山[1965], p. 75, 3-6. *(Ilb)の 訳 文 だ け誤 写 の せ いか 崩 れ て い る。上 山 大 峻 氏 は"stori pa nid dan gzugs yan tha myi dad do"と な るべ きだ と教 示 す る。 Ibid, P. 76.):

(Ia) gzugs stozi pa hid de, (Ib) store pa hid kyari gzugs so. (IIa) gzugs

dab stab pa hid tha dad pa yah ma yin, (IN*

gzugs darn yar tha myi

梵 文 ﹃小 本 ・ 般 若 心 経 ﹄ 和 訳

(21)

dad do. (IIIa) gag gzugs pa de stori pa hid, (IIIb) gag stop pa hid pa

de gzugs to.

大 本 系 の法 月(7銘 年)訳 「普 遍 智 蔵 般若 波 羅 蜜 多心 経 」:

(la)色 性 是 空、(lb)空 性 是 色。(Ila)色 不 異 空、(Ilb)空 不 異 色。(IIIa)色 即 是 空、(IIIb)空 即 是 色。

と智 慧 輪(855年 以 前)訳 『般 若 波 羅蜜 多 心 経 』:

(la)色 空、(lb)空 性 見(?)色。(Ila)色 不 異 空。(Ilb)空 不異 色。(IIIa)是 色 即 空、(IIIb)是 空 即 色。 で あ る。ナ テ ィエ女 史 は 第 一段 目: (la/b)は 全 て の漢 訳 「心 経 』 に欠 け て い る と い う(Nattier[1992], p. 203, note12.)。 明 らか な 事 実 誤 認 で あ り、 わ た し は 彼 女 の 漢 文 資 料 の 読 解 能 力 に信 頼 を置 くこ とが で きな い。 一 方、小 本 系 の玄該(649年)訳 と大 本 系 の般 若 共 利 言(790年)訳 は二 段 構 成 で あ る と は いえ、

(Ila)色 不 異 空、(Llb)空 不 異 色。(la)色 即 是 空、(Ib)空 即 是 色。

と い うよ うに、法 成 ・施 護 両 訳 の二 段 構 成 の それ: (la/b)(Ila/b)と は逆 の順序: (Ila/b)(la/b)を と る。次 注 に示 す よ うに、『二 万 五 千 頗 般 若 』*の 対 応 節 で の 本 来 の順 序 は(-IIIb)(-IIIb')(Ila/b)(la/b)と い う四 段 構 成 で あ り、小 本 系 の 鳩摩 羅 什訳 「大 明 呪 経 』で、

(-IIIb)色 空 故 無 悩 壊 相。 受 空 故無 受 相。 想 空 故 無 知 相。 行 空 故 無 作 相。 識 空故 無 覚 相。 何 以 故。 舎 利 弗。(Ha)非 色 異 空。(Ilb)非 空 異 色。(Ia)色 即 是空。 (lb)空 即 是 色。 の三 段 構 成 に縮 ま る。 以 上 の経 緯 か ら、わ れ わ れ は この一 節 の 変 遷 過 程 を こ う推定 す る ことがで きる: [1]「二 万 五 千 頗 般 若 』か ら最 初 ←IIIb)(Ila/b)(la/b)と い う順 序 の 三 段 構 成 の テ キ ス トが抜 粋 さ れ て、原 初 的 な 「心 経 』 に組 み 込 ま れ た が、[2]次 に 冒 頭 部 が 削 除 さ れ て、(Ila/b)(la/b)の 二 段 構 成 に 整 理 され た。[3]そ の 後、 そ れ ら に 第 三 段 目(IIIa/b)が 後 接 さ れ る際、 も との二 段 分 の順 序 が 前 後 入 れ 替 え られ、(Ia /b)(Ha/b)と な った。 こ う して、(la/b)(Ila/b)(IIIa/b)と い う順 序 を と る 『心 経 』独 自の 三 段 構 成 の テ キ ス トが 成 立 した。[4]し か し、新 附 の 第 三 段 目(IIIa /b)は 再 び 削 除 され、皮 肉 に も、順序 が 逆転 した ま ま の(la/b)(Ila/b)と い う 順 序 の二 段 構 成 の テ キ ス トが最 終 形 態 と して残 さ れ る こ と に な っ た、 と。 同 時 に、 (la/b)(Ila/b)(IIIa/b)と い う順 序 の三 段 構 成 を保 持 す る 小 本 系 の 法 隆 寺 悉 曇 写 本 や不 空 の音 訳 本 が決 して そ れ以 前 の二 段 構 成: (Ila/b)(la/b)に 留 ま る 玄 該訳 「心 経 』 の原 典 で は あ りえ な い こ と も判 明 しよ う。玄 訳 『心 経 』は鳩 摩 羅 什 訳 「大 品般 若 経 』か ら抜 粋 さ れ た偽 経 で あ り、「小 本 ・心 経 』の 梵 語 原 典 は そ の 玄 該訳 か ら後 世 に捏 造 され た還 梵 で あ る と い う ナ テ ィエ女 史 の衝 撃 的 仮 説(Nattier

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