1.はじめに
2019年4月より実施された改定入管法成立を受け,今後は居住者として日本在住の外国人がさ らに増加し,日本で出産・子育てする外国人育児家庭もさらに増加していくと予測される。
日本に移住した外国人の子どもは,従来母国での生活環境と日本社会での環境が異なるため,文 化間移動を経験した存在で文化間,移動は異文化への適応を伴う。ベリー(2005)は個人の異文化 適応モデルについては,「文化的アイデンティティや文化的特性を維持したいかどうか」と「受け 入れ側との関係を持ちたいかどうか」という2つの基準の組み合わせにより4タイプに類型化して いる。その中で一番理想的なのは,文化的アイデンティティを維持し,受け入れ側との関係がうま くいっている「統合型」である1。したがって,外国人児童の異文化適応を論じる際,日本社会へ の適応と同時に,母国での生活経験や教育経験を考慮すべきである。
従来の研究には,学校教育を中心にして,小中高生を研究対象にして行っている。これらの先行 研究は日本に住む外国人児童生徒を対象に,言語政策,学校における支援方法,日本社会に順応す る方法や,乗り越える必要のある異言語や異文化の壁について検討した。しかし,3-6歳の未就学 児を対象にする検討は行っていない。
本稿は,多文化教育の実現を目指すには,まず,諸外国が移民の未就学児への支援策を概観し,
そして,外国にルーツを持つ未就学児の保護者にインタビューをし,言語発達と文化適応を支援す るあり方を検討する。
2.先行研究
多文化社会の教育に関する研究は,近年蓄積されている。川村(2014)は学びの多様性と学習権 の保障をめぐって多文化社会の教育課題に言及している2。松尾(2017)は世界10ヵ国の教育政策 と移民政策を分析し国際比較の視点から多文化社会に注目している3。渡辺(2019)は公民館,図 書館,博物館を通して多文化社会の社会教育を考察している4。また,佐藤(2019)は在日外国人
多文化社会構築を目指す教育のあり方
―未就学児童の親へのインタビューを通して―
李 雪
の子どもと海外の日本人子どもが直面した教育課題を検討している5。
海外に生きる乳幼児の教育に関する研究は,義務教育以降の研究に比べると格段に少ない。山田
(2006)はフィールドワークを利用し在日中国人児童の仲間関係への適応過程,環境に埋め込まれ た保育観と乳幼児の発達,乳幼児期における多様性尊敬の教育などを論じた。また,異文化間教育 学の分野では保育園や幼稚園において外国人の子どもを包摂する多文化保育実践のあり方が模索さ れてきた6。
在日ニューカマーの教育戦略に関する研究では,志水・清水はブルデューの文化的再生産論をも とに日系ブラジル人,インドシナ難民,韓国系ニューカマーの教育戦略を析出している,その際,
志水らは「家族の物語」に着目し,家族の移住に対する定義づけが教育戦略に影響する点を明らか にした7。
在日中国人の教育戦略を取り上げた研究としては,賽漢卓娜(2011)8,館(2013)9などがあげ られる。賽漢卓娜は国際結婚をした中国人女性の教育戦略に言及している。館は中華学校に子供を 通わせる老華僑保護者とニューカマーの教育戦略に注目している。
しかし,これらの研究は,国際結婚や華僑のような長期にわたって日本社会に定住する外国人だ からこそ見出せる戦略である。これらの研究は高度外国人材に注目していない。
近年日本政府は経済活力と潜在成長力を高めるため,重要な国家戦略として国内人材の活用を併 せて高度外国人材の受入れを推進している。高度外国人材の受入れの推進に関わる基本目標を「優 秀な人材をできる限り多く,できる限り長く受け入れる」ことに置く10。したがって,優秀な外国 人研究者,技術者,経営幹部層等が日本で働きたいと思える魅力のある多文化社会を構築するため,
育児中の高度外国人材が抱えている教育戦略を把握する必要があると考えられる。
また,先行研究は,学校教育現場を中心に行われ,小中高校の外国人児童保護者の教育戦略を研 究するものが多い。ただし,教育戦略は保護者を取り巻く家族の物語によるもので,子供の成長と 伴い変化していくのである。特に,乳幼児期の子どもを抱える親の教育戦略は看過されがちである。
したがって,未就学,とりわけ3歳から6歳までの時期は,言語形成・人格形成の重要な時期であ るため,親の教育戦略は彼らの今後の人生にとって重要な意味がある。
3.諸外国における移民の子どもたちへの支援策
本章では,先行研究を引用しながら,ヨーロッパ福祉諸国の就学前保育とアジア諸国の就学前教 育,特に外国人児童向けの教育・保育状況を中心に概観する。
3.1 ドイツ
ドイツにおいて,文化や言語背景の異なる子どもたちの教育問題は就学前の教育の大きなテーマ の一つである。ドイツへの移民者はトルコをはじめ,全世界に及んでいる。約9人のドイツ児童に 非ドイツ系の子どもが1人いるといわれている11。
1970年代から80年代にかけて,移民児童の社会適応を促進するためのさまざまな計画が提案さ れた。その中では,最も注目を惹くのは,児童の保育にかかわる人々は移民児童の出身国について 学ばせることから始まったものである。文化の多様性の受容,お互いの国を尊敬することは重要視 されている。
さらに,近年では,さまざまな外国児童文学や伝承文化に重きをおいた方法も開発されてい る12。その目的は,ドイツの子どもたちに他国の文化の魅力を感じさせ,他国からの子どもたちに よい意味での文化的アイデンティティを持たせること,保育機関でも家庭でもさまざまな文化を尊 敬し交流を促していくことにある。
3.2 デンマーク
デンマークは,ドイツ北端部から北に伸びるユトランド半島によってヨーロッパ大陸とつながっ ている。人口は530万人程度で,商業活動は従来から盛んである。デンマークはスウェーデンやほ かの北欧諸国とともに,ヨーロッパ諸国の中でも比較的に社会福祉が進んだ福祉国家である。教育 に対する公的支出は高い水準である。
近年,外国人労働者の増大や移民の増大に伴い,言語と文化をめぐる問題が生じた。デンマーク の各自治体は,自らの政策に基づいて決定することになる。政府主導の施策は,子どもの母語を話 す教員のいるデイケアセンター(daycare center)13が,該当する言語の子ども向けの応募枠を設け る。一方,民間のボランティア組織主導の活動として,文化的マイノリティである母親も一緒に参 加するプレイグループ(playgroup)が実施される。この分野ではボランティア組織が活躍してお り,本,テープ,遊びの材料など,さまざまな学びのリソースを提供している14。
3.3 スウェーデン
北欧の福祉国家であるスウェーデンには,スウェーデン語以外の言語を話す少数民族が古くから 暮らしており,例えば,スウェーデン北部の州であるNorrbotten出身の子どもたちは,Sami語と フィンランド語を話している。その子どもたちは,家庭内では母語を利用し生活している。また近 年に急増した外国からの移民の子どもたちは,自由にスウェーデン語を使用することができないの が事実である。
したがって,スウェーデンの各自治体は,このような子供たちのために,母国語による指導を提 供しており,国はそのための補助金を出している15。全国には,スウェーデン語以外に60以上の 言語による援助が提供されている。週に4時間以上にわたる母国語での支援をしているプリスクー ル16に対して,補助金を出している。
また,未就学児の援助にかかわり,移民の集中居住する地域には,親がスウェーデン語のクラス に出席していたり,読み書きのプログラムに参加していたりする間のため,一時預かり保育のサー ビスが提供される。
このように,就学前の段階より母国語による指導を提供すること,および60以上に及ぶ外国語 による支援を実施することは,日本に多く示唆を与える。
3.4 韓国
韓国の教育分野は教育機関において多文化教育導入の必然性を感じ,幼児教育機関における多文 化教育を展開している。アンチ・バイアス(Anti-bias)教育17に関する文献の翻訳や紹介,および アアンチ・バイアス童話シリーズの出版などによって,韓国において多文化教育への関心を呼び起 こしている。
韓国は外国人の子どもを受け入れた経験のある公立保育園では,多文化教育に関する主題活動が 行われ,「世界の国々」をテーマにして活動を行った。また,モンテッソーリ教育を採用する保育 機関において,世界地図や各国の国旗等の教材を用意していた。
また,外国人を多く取り入れる保育機関では,みずから教員全員が研修でアンチ・バイアス教育 の理論を学び,カリキュラムを作成している18。特色な活動を行い,年間計画を立て1年を通して 実践をしている。
3.5 台湾
台湾において,近年注目を浴びているのは多言語教育の問題である。幼児の保護者は英語に対す る要望が高まり,保育機関では英語教育を展開するところがあり,一日中英語を使用し保育を行う 機関も増えている。
英語だけではなく,現在公用語となっている中国語(北京語)以外に,台湾語,客家語,原住民 の言葉など自分のルーツとなる言葉に対する教育の重要性が指摘されている。この影響を受け,一 部の地域において,台湾語と中国語(北京語)で保育が行われており,掲示物にも両言語で表記さ れていることがある。保護者は子どもに対し,国際語としての英語習得と自分たちのアイデンティ ティを維持するための継承語習得を期待している19。
また,1990年初めより国際結婚が急増し,台湾籍親と中国大陸やベトナム,タイ,フィリピン 諸国の国籍の親の間に生まれた「新台湾の子」が増加しつつある。現在,台湾の新移民の子どもの 教育問題は社会的な問題ともなっており,外国籍配偶者は台湾語や北京語を話せないことも多い。
台湾の教育部は「外国籍配偶者の生涯学習体系のための中期計画」を2004年公布し,多文化教育 の必要性,多文化的視点をもつ保育者養成及び現職保育者の教育のあり方について考えていくこと が求めている20。
3.6 マレーシア
マレーシアは多民族国家であり,ブミプトラと呼ばれるマレー系および原住民,華人系,インド 系,その他民族,外国人といった住民から構成されている。国際化への対応として,2003年度か
ら小学校・中学校の1年生より,算数・数学と理科の授業言語を英語として行う政策が導入されて いる。また,マレー語が国民共通の「国語」と位置付けられた。
英語教育は科学科・国際化への大きな役割を担い,近年重視されている。一方,民族的なアイデ ンティティを維持するための教育や,多文化国家であるマレーシア国民としての意識を育成するた めに,異文化に対する理解を深める教育も活発に行われている21。
マレーシアの就学前の教育において,中国語学習やイスラーム系の幼稚園におけるアラビア語学 習などは,単に言語の教育だけではなく,それに関係する民族的な文化や習慣についても学習し,
子どもたちは自分の民族的アイデンティティを身につけていく22。
その一方で,さまざまな民族の子供が通う都市近郊の幼稚園や保育園では,多民族・多文化的な 状況を活用して,所属する園児の民族文化内で行われている年中行事や音楽,舞踊,絵画などを園 児全員でパフォーマンスを行って体験したりするなど,異文化理解のための教育も行っている23。 こうした学習内容は様々な異なる民族の子どもたちが一緒の集団活動を通して協力しあい,国民意 識の芽生えを育てること,それと同時に民族文化を相互理解しあうことが目的とする。
3.7 シンガポール
シンガポールは多民族・多言語国家であり,人口が華人系,マレー系,インド系などの構成から なった。教育政策において国際言語である「英語」と各民族の文化言語である「民族語」による二 言語教育を推進している。
シンガポールは実力主義を称揚する競争社会である。幼児教育は小学校への準備教育としてとら えている。政府は民族的なアイデンティティの中核として,各民族の母語を定め,その教育を奨励 してきたが,幼児教育の現場では,英語教育は優位が明らかで,民族語教育はそれぞれの問題を抱 えている24。
例えば,非イスラームのインド系の中には,タミル語よりも中国語を習ったほうが有利であると 考える親が増え,華人系の幼稚園に子供を預ける。その背景には,政府は個々の民族語や民族文化 を維持する観点から,インド系に対してはタミル語をモボとして選択し学習するように奨励してい るにもかかわらず,親は将来の国内外の就業を考え,中国語を使えるほうが就職にいいとの見方が インド系住民の間では広まっているようである。マレー系ムスリム児童向けの幼稚園は,英語とマ レー語の学習に力を入れているにもかかわらず,漢字やピンインなど中国語学習のための壁面が用 意され,中国語も学習している。中国語の学習は子供たちの将来に役立つという親の要望があり,
幼稚園はそれに応えて中国語学習を幼稚園の教育に加えている25。
マレーシアやシンガポールといった多民族・多言語環境の国々では,従来から民族間交流や異文 化理解のための教育活動が行われてきた。日本は単一民族であるが近年国際結婚や国際交流の進行 と伴い,外国にルーツを持つ児童が増加しつつある。日本国内の幼稚園や保育園などの保育機関で も多民族・多文化理解のための教育や多言語を用いた活動がみられるようになってきた。
4.外国にルーツを持つ未就学児保護者へのインタビュー
本稿では,外国にルーツを持つ未就学児保護者5名を対象に,2020年10月13日から25日にか けて,半構造化インタビューを実施した。対象者は全員在日中国人母親である。一人へのインタ ビュー時間は2時間から3時間程度である。
対象者が,日本社会という異質な世界にどのように適応するかを明らかにするために,「家族の 物語」(広田1997)26に注目する必要がある。また,教育戦略を「望ましいと考える人間形成上の 価値や将来像」を子供が実現できるよう,「利用しうる資源」を選択しながら行う「意図的ないし 無意図的」な諸活動ととらえる27。そのため,分析するにあたって,各家族の来日経緯や現在置か れている状況を記述し,そして語りの中で教育に関する考え方やビリーフを抽出する。
4.1 A さん
4.1.1 Aさんの来日経緯
Aさんは中国内モンゴル自治区通遼寧市にあるモンゴル族集中居住の村で4人兄弟の中で長女と して生まれた。小学校と中学校は村の民族学校に通っていたが,中学校卒業後,旗県の高校に進学 した。
高校まで言語使用環境はモンゴル語のみであったが,高校の使用言語はモンゴル語だが,学校外 の街に出ると中国語(標準語である北京語)があふれている。1980〜1990年代の内モンゴル,民 族学校において,小学校3年生より中国語が学科目として設置されている。Aさんは学校で中国語 を習ったが,高校に進学するまで中国語を使用する機会がほとんどなかった。
高校卒業後,Aさんは内モンゴル自治区の首府であるフフホト市にある師範大学に進学した。モ ンゴル族独特の民謡長調(息の長い発音をし,特に高音が強調される)を専攻としていた。大卒後,
2年間にわたってモンゴル族民族学校で音楽教員として勤務していた。中国の大学院入試に失敗し たきっかけで,日本の大学院に進学すると決心し,来日した。1年半の日本語学校を経て,東京学 芸大学の大学院に進学し,音楽教育を研究していた。
修士号を取得後,中国に戻って引き続き音楽教員を務めようと思っているAさんは,修士卒業 直後,妊娠した。子どもの将来を考慮したうえで,日本で定住することにした。子育てをしながら 就職するのが困難だったため,家の近くの保育園で保育補助としてパートタイムで働いている。保 育士の免許があれば正式保育士になれ,待遇も改善されるが,2回受験しても落ちてしまった。
4.1.2 言語教育
Aさん夫婦ともモンゴル族であるため,家族内においてモンゴル語を使用している。Aさんの娘 さんは2歳から保育園に通い始め,日本語を自然に習得するようになっている。現在,娘さんの日 本語は何も不自由がなく使いこなしている。娘さんは家庭使用言語がモンゴル語であるにもかかわ らず,モンゴル語を理解することができるが,モンゴル語による話しかけをされても日本語で返事
するようである。
家庭内でモンゴル語を使用しているため,娘さんはモンゴル語を理解することができる。2歳に なる前に,Aさんは娘さんを連れて中国の実家に半年ぐらい暮らしていた。ちょうど児童の言語発 達の時期に当たり,娘さんは当時モンゴル語の言葉をしゃべることができたが,日本に戻って保育 園に入ったらモンゴル語が話さなくなってきた。Aさんは家庭内で意識的にモンゴル語の口頭練習 をさせているにもかかわらず,モンゴル語の発音がなかなか上達できない。ちなみに,娘さんは中 国語が自分の名前を言えるぐらいの程度で,わずかの言葉しかしゃべらない。
Aさんは子どもに対してモンゴル語の「聞き・話し・読み・書き」の4技能を身につけてほしい と期待している。Aさんのご主人はモンゴル族とはいえ,子どもの頃よりモンゴル族と漢民族の混 住地域に暮らしていたため,ご主人の家族内の使用言語は中国語であった。娘さんの言語方針に ついて,モンゴル語より中国語を身につけたほうが将来にとって有利であるという観点を持って いる。
4.1.3 教育観
Aさんは日本留学の目的が修士号取得後,中国へ戻り中学・高校において音楽教育に携わって続 けるものであった。しかし修士卒業直後,妊娠と判明された。日本の教育環境は子供の将来に有利 と思って,帰国せずに日本で定住することとした。
娘さんは現在東京都市部のある私立幼稚園に通っている。同幼稚園は創立70周年で,勉強や習 い事より子どもの自己発揮・自己統制・協同を重視する園である。園内は子どもの遊び場として,
オープンスペースを取り入れ,園庭においても自然がいっぱいで,木々の実の収穫や野菜栽培や,
裏庭には遊びに使えるたくさんの草花が季節を伝えている。同園は私立学校教育研究費補助金の助 成を得て共同研究「幼児と自然物・栽培物との関わりについて」「あそびを高めていくための実践 的研究」を行った。したがって,娘さんに通わせる幼稚園は自然を大切にし,遊ぶことを中心とし た園である。
Aさんは同幼稚園を選ぶ理由として,子どもにとって遊ぶことが大事だという教育観を持ってい るからである。習い事として,幼稚園の課外教室である新体操と美術を学ばせている。それは,娘 さんの興味を合わせて,知識の取得を先立って身体鍛錬と美意識の養成を理由とした。東京学芸大 学で音楽教育を専修としたAさんは,ひらがなや算数より,遊戯が児童の成長に果たした役割を 認識している。
4.1.4 モンゴル族としてのアイデンティティの維持
Aさんはモンゴル族として生まれたが,中国に受けた学校教育では,モンゴル族より中国人とし てアイデンティティが確立されていた。それに加えて,出身地の通寧市が内モンゴル自治区の東部 にあり,漢民族の集中居住の東北地区に隣接した。それゆえ,大学に進学する前,使用する言葉が 異なっているにもかかわらず,自分のことについて,中国人を前提としたモンゴル族であることと 認識していきた。
しかし,大学では自由な思想に接することができ,学科目を担当するモンゴル族の教員は民族に 関する言論にAさんが心を打たれ,自分のアイデンティティを考え直すきっかけとなった。さらに,
日本に留学してから,さまざまなモンゴル族と付き合いの中で,自分のモンゴル族としてのアイデ ンティティを次第に確立してきた。
前述した通り,娘さんの言語教育方針について,Aさんはモンゴル族として,モンゴル語の話し 聞きが必須だと考えっている。さらに一歩進めばモンゴル語の読み書きの能力を備えてほしい。そ のため,家庭内で意図的にモンゴル語を教えている。読み書きの学びは小学校に進学以降開始する 予定である。モンゴル語の学びは言語環境に置かれるべきだと思っているので,長期休暇を利用し 娘さんを内モンゴルの実家に過ごさせる。今年7月に内モンゴルに2ヵ月帰省する予定であったが,
コロナ感染拡大防止のため,帰国することが中止された。
娘さんにモンゴル族の文化を親しませるため,Aさんは絵本を利用して,モンゴル族の魅力を伝 えている。例えば,赤羽末吉氏に創作された『スーホの白い馬』『ほしになったりゅうのきば』『い しになったかりゅうど』のモンゴル民話絵本を娘さんに読み聞かせている。
Aさんは現在居住する地域においてモンゴル族が集まっており,周辺のモンゴル族の仲間と連絡 を取り合っている。Aさんの家の近くに,来日歴の長いモンゴル族の先輩は子どもたちのモンゴル 語・モンゴル文化を伝承するため,月に1回児童・生徒向けのモンゴル語教室を開設していた。毎 回の活動は10組以上のモンゴル族親子が参加した。ただし,コロナウイルス感染拡大防止のため,
今年4月以降モンゴル語教室の活動を見送っている。
定期的にモンゴル語教室に通うメンバーは,週末でも子どもを連れて公園に集合してモンゴル族 の民族料理のスーテーツァイ(ミルクティー),バウルサク(揚げパイ菓子),ボーズ(肉まん)等 を持ち,ピクニックを行い,子どもたちが自由に外遊びをしている。
コロナウイルスの関係で「三密」になりやすいモンゴル語教室の活動はしばらく行われていない にもかかわらず,Aさんは音楽教育の専攻知識を発揮し,モンゴル族の子どもを向けて,公園で外 遊びの機会を利用し,モンゴル族の歌を教えようと考案している。歌唱を通して子どもにモンゴル 語を馴染ませ,さらにモンゴル語・文化に興味を持たせることを目的としている。
4.2 X さん
4.2.1 Xさんの来日経緯
Xさんは1986年生まれ,中国の陕西省西安市出身で,2011年9月に文部科学省国費留学生とし て日本へ留学してきた。学部と修士課程とも中国で大学ランキングトップの清華大学法学院出身の エリートである。2016年4月に,早稲田大学法学研究科で博士号を取得した。2017年1月に娘さ んが誕生した。出産後間もなく,都心の法律事務所に就職した。Xさんのご主人は清華大学学部時 代の先輩で,東京大学で理工科系博士号を取得後,外国人特別研究員,助教を経て,現在東京都の ある国立大学で副教授を務めている。
4.2.2 娘さんの教育への期待
娘さんが2歳より日本の保育園に通い始め,3歳より習い事を開始する。家の近くに国立大学の 附属小学校があり,国立大学附属小学校のお受験をさせる予定であるが,試験の抽選が落ちる場合,
私立小学校も選択肢になると考えている。Xさんは夫婦とも高学歴であるため,娘さんに対する教 育期待が高いとうかがえる。
現在,体操教室と公文式の教室に通っている。体操を選択する理由は,娘さんの通っている保育 園は駅前の小規模保育園であるので,庭がないため,日常的には運動不足になりがちと考慮した。
公文式教室に通うことによって,子どもが小さいときから自ら学びの習慣を身につくようにと考え ている。また,外国人として日本語能力をさらに伸ばすことも企図している。
Xさんは娘さんのお受験のために,習い事の計画を立てておきる。国立・私立小学校のお受験は,
ペーパーテスト重視の学校もあれば,個別テストや集団活動(行動観察),口頭試問や面接を重視 する学校もある。問題の中身や難易度がペーパー問題の学力試験だけでなく,手先の巧緻性,造 形・絵画,行動観察,運動課題などが重視される。
したがって,Xさんは体操教室を通うことで,基本の所作(ご挨拶やお返事)や規律(列に並ぶ,
待つ)から,話を聞く態度,失敗した時の反応など,お受験で問われる「非認知能力」が鍛えられ ると考えている。また,公文式教育によって,自己学習する習慣になり,ペーパー問題を刷り込む に有利であるとの考えである。
4.2.3 多文化に関する理解
Xさんの父親が単身赴任で,Xさんは学生時代に,夏季休暇,冬期休暇を利用し父親の勤務した 都市へ遊びに行った。これらの経験を通して中国語のいろいろな都市を訪ねたことがあり,Xさん はさまざまな文化に寛容度を持っている。大学の同級生において,中国の各地から集まってきて,
他人の生活スタイルに違和感を持つ者が少なくなかった。Xさんは自分と異なる習慣や文化に違和 感なく受け入れているため,同級生と仲良かった。
Xさんは来日に当たって,文部科学省に国費奨学金を授与された。日本の大学で基礎的な日本語 レベルを満たすために,中国の吉林省長春市に位置する赴日本国留日予備校で一年間日本語を勉強 することになっている。Xさんは留日予備校の在学期間中に,学生会長を務めた。
娘さんの現在通っている保育園には,クラスの30人に娘さんを含んで外国人児童が3人で,ほ か2名が欧米人の児童である。保育士は外国人園児に対し日常的に日本語で行っており,特別な措 置を講じないようである。ただし,保育園において教養用の諸国旗が用意された。外国の行事とし ては,イースター,ハロウィーン,クリスマスなど特別なイベントが計画された。
4.2.4 中国語教育
家庭内の使用言語は中国語である。娘さんは保育園に通うまで,中国語が理解でき,中国語で話 すこともできた。通園以来,日本語を次第に身に着けるようになってきた。現在,「聞き・話し」
能力は日中両言語でほぼ同じレベルである。「まとまった内容を日本語で話したことができ,しゃ
べりのスピードが私よりも早い」と娘さんの日本語レベルを評価した。
Xさんは週末になると,知り合いの中国人友達と交流活動を行った。知人にも同年齢のお子さん がいるから,中国人同士の子どもたちを一緒に遊ばせる。常に,中国語に親しむことを目的として いる。友人には,大学で中国語を教授する人が何人かいるので,子どものために,中国語教室を開 こうと思った。コロナ感染拡大防止のため,計画を見送っている。
中国語の「読み書き」について,Xさんは自分で教えようと考えている。現在,公文式教室に通っ て「国語」の授業を受けている。公文式「国語」は,まず仮名から単語へ,単語から短い文に,さ らに長い文に発展するというステップアップな教え方である。Xさんはここから感銘を受け,この ようなやり方で,娘に中国語を学ばせようとした。ただし,適切な教材があるかどうか懸念したよ うで,中国語の段階別読み物を選別するようである。
中華文化の体得について,スタディツアーの方法が効果的だと考えている。スタディツアーは,
通常,社会問題や歴史的事件のあった現場を訪問し,見聞を広めるという教育的な側面がある。現 地の事情に詳しい関係者からのレクチャーと関係者との交流プログラムを通して,その社会や国民 に対する理解をより深めていくことになる28。また,学習という教育的側面だけでなく,観光地へ の訪問も含まれる場合が多く,娯楽・消費的な要素を同時に満たすことも特徴である。
中国語の勉強と同時に,中国の歴史と文化にも触れ,同時にスタディツアーの体験学習を通して,
中国語・中国文化を立体的に体得するとの考えである。
4.2.5 子育ての壁
共働きの関係で,実家の両親に交替に娘さんの世話をしてもらった。コロナ感染拡大の関係で姑 さんは日本に1年間以上滞在した。ただし,子どもの教育理念に対して,若い夫婦とお年寄りの間 にギャップが存在している。コロナウイルス感染拡大防止のため,Xさんは現在リモートワークで 在宅勤務をしている。ほぼ毎日姑さんと同じ空間に接触しており,育児理念の相反に一層感じた。
しかし,娘さんの保育園や習い事の送迎,家事等は家族の協力に欠かせない。
Xさん面倒を見てくれることに感謝しているが,姑さんは娘さんのかかわり方に対して不満を抱 いている。世代間の育児理念に関する衝突,と実生活に親による手伝いの不可欠をめぐる葛藤はX さんが抱えた問題だけでなく,日中の働く女性が直面した共通問題であるといえよう。
4.3 W さん
4.3.1 Wさんの来日経緯
Wさんは1981年生まれ,北京出身である。進学した大学は,日本の大学と連携プログラムがあ るため,在学中日本語を学習した。旦那さんは同じ大学の同級生で,コンピュータープログラミン グを専攻とし,卒業後,IT・通信関係の会社NTT(北京支社)に勤めている。
旦那さんは2007年にNT T九州支社に派遣され,福岡市に勤務することとなった。Wさんは家 族滞在の在留資格で日本へ移住した。2010年3月に長女が誕生したが,子育てによるストレスを
耐えられず産後うつ病にかかった。2010年末に旦那さんは九州支社から北京支社に転勤し,日本 へ再び戻さないと決心し,家族3人で帰国した。
2014年末北京の大気汚染PM2.5により,Wさんは急性気管支炎になった。治療を受けて回復し たWさんは,将来に生活するための環境を真剣に考え直すようになった。また,周りの小学生を 抱く中国人友人の交流を通して,Wさんは小学校の点数重視の教育理念に疑問を持っている。
いろいろと考えた結果,日本に戻ることにした。2015年の夏,旦那さんはNT T東京支社に転勤 でき,家族で東京へ転住した。長女が周辺の幼稚園の年長クラスに編入した。翌2016年の夏,次 女が誕生した。Wさんは日本で就職せず家族の世話を中心とした。現在,長女は小学校5年生で,
次女は幼稚園の年少組である。
4.3.2 外国人にとって子育て支援の重要性
Wさんは福岡市に暮らし始めた頃,友達が一人もいなくて,中国人を知り合わせるために日本 語学校に3ヵ月通った。あそこで出会った中国人友達は皆,若い独身の留学生であり,子育ての相 談相手になりがたい。そして,福岡市政府に主催した日本語教室にも通ったことがあったのに,参 加者の中国人には会社で勤めているサラリーマンが多くて,日本語上達を目的としている。Wさ んは数回後通わなくなった。さらに,日本語力が不十分のため,日本人との交流が限られている。
したがって,Wさんは福岡市の生活において,旦那さんを除いて孤立化された状態であると言っ てもよい。
Wさんは2010年に長女が生まれて,間もなく産後鬱にかかった。その理由について,当時周囲 には子育てに相談できる人がいなかったからと述べた。長女が誕生した当初,実家の父親は3ヵ 月面倒を見たあと帰国した。旦那さんも仕事が忙しいから,育児はすべてWさんが負担していた。
Wさんは福岡市の児童館や育児広場など子育て支援施設の情報が全く把握できなかった。周りに 経験を持つ中国人の知り合いもいないという現状の中で,Wさんには無力感がある。それゆえ,
Wさんは産後鬱にかかった後,日本に生活することに耐えずに,中国の実家北京に戻った。
その後,環境問題と子どもの教育を考慮し,6年後の2015年にWさんのご一家は再び来日して きた。東京に来た間もなくWさんは意外と妊娠した。翌2016年の夏,次女が誕生した。2回目の 妊娠出産はWさんにとって,1回目の体験と全く異なっている。
長女は2016年小学校1年生に入学したとき,日本語が不十分のため,市役所による外国人子ど も支援制度を利用し,中国語通訳に授業中の付き添いをしてもらった。中国語通訳を担当した者は 台湾出身の方で,市役所に主催された日本語教室の運営にも携わっている。同氏の紹介によって,
Wさんは日本語教室に通い始め,そこで子育ての経験を持つ中国人居住者と出会った。雪だるま 式で周りの中国人のネットワークを広げていくので,Wさんは次女の出産にむかって違和感なく 積極的に準備していった。
中国人のネットワークのほか,福岡市に比べ東京都は子育て支援に対し,地域子育て支援拠点と しての子育て広場や児童館等が整備されており,Wさんは暮らしている地域には,児童館や,子
育て広場,図書館などが数多く設置され,育児に関する支援と情報が容易に入手でき,子育て経験 に豊富な専門家に育児相談にのることもでき,何よりも子育てをしている母親に出会いやすい環境 に恵まれている。
4.3.3 子どもに対する教育期待
産後うつにもかかわらず,長女が小学校に進学する前に再び日本へやってきたWさんは,娘さ んに対する教育期待は何であろう。
Wさんは日本なら子どもが学業の激しい競争から脱離することができることと思っている。W さんの北京の友人には,小学生の子どもを持つ者がいた。子どもの宿題や勉強をめぐって親子とも 厳しい現状を臨んでいる。このような学業に追われるあさましい生活スタイル,およびそれに伴っ た悪化した親子関係は,Wさがなるべく回避しようとした。それに対して,日本の公立学校は,
学業のみ力を注ぐのではなく,児童生徒の長い人生に目を据えて人を育む。こうした教育はWさ んにとって,自分の教育理念に一致している。したがって,旦那さんが勤めた会社の転勤機会を利 用し,日本に移住してきた。
長女は3年生の時,同級生の影響を受け進学塾に通いたくなった。Wさんは長女の意見を尊重 したが,私立中学校に入学させる期待がない。ところが,長女が5年生に上がったら塾をやめると 決めた。Wさんは長女に相談した結果,塾をやめるのに同意した。長女が塾をやめたがる理由は,
塾の勉強内容が難しくなり授業内容につけないこと,および勉強のため友人と遊ぶ時間がなくなる ことである。Wさんは,「そもそも日本へ戻る理由は子どもにのびのびにさせたいからのだ。中国 のような厳しい競争の中で教科学習をさせようとすれば,むしろ中国にいたほうがましだ」と述 べた。
このように考えた原因は,Wさんの自身にある。次女として生まれたWさんは,幼い時から独 立な意思を持ち,大人になっても進学,結婚,出国などのライフイベントを自分で決め,両親も Wさんの決まりをあまり干渉しなかった。Wさんは,今回のインタビューを受けた協力者の中で 高学歴・高収入ではないにもかかわらず,いままで歩んだ人生に満足している。Wさんは,成功 であろう,幸福であろう,決して世間の基準に定義されるものではなく,自分で決めつけるのだと 確信している。したがって,娘たちも優れている学業より心に豊な人間を育てようと思っており,
無理やりに長女をさせるのではなく,長女の意見に耳を傾けて,見守ってあげる姿勢をしている。
ただし,長女に対してせめて大学卒をしてほしいとWさんは最低限の希望を持っている。その 理由は学歴を重視するより,学歴を持つことで一定の生活基準を保つ収入を手に入れる可能性が高 いからである。Wさんの考えから,学歴が将来の収入に相関関係を持つことが分かった。
4.3.4 中国語教育について
Wさんは家庭内で中国語を使用言語としている。前述したように,長女は日本で生まれたにも かかわらず,6歳まで中国で育てたので,小学校に上がってから日本語を上達するようになった。
しかし,長女は日本語に慣れると伴い,日本語で話しかける度合いが増えてきた。宿題をWさん
に手伝ってもらうときも,日本語を使っている。Wさんは十分な日本語能力を持つわけではなく,
長女の日本語理解できない場合がある。たとえ理解できてもあえて知らないふりをして長女に自ら 言いたいことを中国語に訳すのを促している。ちなみに,次女は日本で生まれ,現在日本の幼稚園 年少さんで,日本語と中国語を不自由なく使いこなせている。
これゆえ,長女は日本の小学校に通っても中国語の「聞き・話し」レベルが中国人同齢者なみで ある。それに対し「書き・読み」については,Wさんは意図的に教え込まない。ところが,Wさ んが普段娯楽として,中国のリアリティ番組を見ているから,その影響を受け,長女は番組にでて きた中国語ヒット曲をまねするようになった。ヒット曲を習うには,中国語の歌詞を写したり,漢 字にピンインを付けたりしている。長女は知らずに,中国語の漢字の書き方を身に着け,ピンイン も覚えてきたようである。
「中国語の学習なら,興味が最高な先生だ。」とWさんは述べた。学習に関しては,親が一方的 に強制に学ばせるより,子どもが自ら学ぶ必然性を意識するまで,見守ったほうがよいという教育 感である。将来,大学進学の場合,日本の大学と中国の大学を両方に視野を入れている。「日本の 大学がダメだったら,中国の大学に受験してもよい。その時,高度の中国語能力を身につける本人 の意識がきっと湧いてくる」とWさんは話した。
4.4 Y さん
4.4.1 Yさんの来日経緯
Yさんは1975年生まれ,中国四川省出身。現在和歌山市に在住している。中国の大学で美術を 専攻とし,デザイン会社で3年間勤めた。日本に留学した友人がいるので,2000年に来日した。
日本語学校を経て九州芸術工科大学(のち九州大学に統合された)に入学し,学部,修士課程にお いて勉強した。修士卒業後,日本の大手広告代理会社の九州支社で勤めていた。日本人と結婚後,
同社の大阪支社に転勤した。旦那さんは和歌山市にある大学において勤めている。
2015年に息子さんが誕生した。子育てとの両立のため,勤務時間のリフレックスのある元取引 先の会社に転勤した。趣味は料理で,辻調理師専門学校で1年間勉強した経験がある。その経験を 生かして,調理器を製造する会社において,Yさんは中国との取引業務を担当していた。2020年 10月に退職し,現在自宅で料理教室の開設を準備している。
4.4.2 息子さんへの教育期待
息子さんの誕生を機にし,和歌山市に一戸建てを購入し,住まいは旦那さんの大学に徒歩5分で ある。一方で,Yさんは大阪の会社への通勤時間が片道で1時半以上かかった。息子さんに会社の 最寄り駅の近くにある保育園に通わせるため,通勤電車において親子の時間を活かしさまざまな幼 児APPを利用し勉強していた。息子さんはすでにひらがな,カタカナ,アルファベット,簡単な 足し算,引き算が身についた。
習い事は,スポーツ系の水泳とテニスを習っている。スポーツをすることで,体の成長を大きく
促すことができると思われる。「走る」「泳ぐ」などの運動を通して全身の筋肉や骨が刺激され,体 の成長を促す。また,心の面においても大きく作用すると述べた。将来,会社で勤務しても大学や 研究機関で研究活動に携わっても欠かせない品質がスポーツを通して鍛えられる。具体的には,多 くのチャレンジを通して度胸がつき,勝負事に強くなる。更に局面で勇気を出せるようになるため,
学校や他の習い事などでも力を発揮しやすくなると言える子どもは練習や試合を通して,成功体験 をたくさん生みだしていく。そういった成功体験があることで自信を持ちやすくなり,ポジティブ な子どもになりやすくなると言える。さらに,試合に負けた悔しさや失敗から,子どもの学びたい と動機づけられる。
Yさんは息子さんに来年和歌山市の私立小学校のお受験をさせる予定である。志望校は小中高一 貫校で,野球に有名な学校である。将来息子さんに野球をさせるつもりであるから,当該学校に進 学させようと考えている。私立小学校志向のもう一つの原因は,公立学校のいじめ問題に懸念を抱 くのである。ハーフの息子さんは公立小学校でいじめられる可能性があると心配しているからで ある。
4.4.3 言語教育について
Yさんは家族内の使用言語が日本語である。Yさんは息子さんと二人で会話をするときでも日本 語で話している。現在中国のIT会社に開発されたAPPを利用し,英会話を勉強している。Yさん はとても学習の効果について高く評価した。一方で,英会話APPのような中国語の学習APPもい くつか試してみたのに,なかなか良いものに出会えなかった。
可能であれば,長期休暇を利用し,息子さんを中国に連れたがる。中国語の言語環境に置かれる ことによって,中国語を習得することと企図しているからのである。
4.5 Z さん
4.5.1 Zさんの来日経緯
Zさんは上海出身で,1980年生まれ。上海の大学を卒業後,大学時代の同級生と結婚し,2008 年に来日した。日本語学校を経て大学院を卒業した。2010年に長女が誕生し,2015年に長男が生 まれた。Zさんは長女が生まれた以降,専業主婦をしている。
4.5.2 私立中学へ進学させる教育観
Zさんは長女の教育に熱心な母親である。長女は現在公立小学校に通っているが,3年生から大 手の進学塾に通い始め,私立中学校受験を準備している。Zさんはそもそも長女が小学校に入学し た当初,娘さんを私立中学校に受験させる計画が立っていなかったようである。小学校同級生の同 じ上海出身の母親の影響を受け,私立中学校の受験を決心した。
長女は週3回塾に通い,土日休まずに毎日深夜まで勉強しているが,偏差値が40点ぐらい止まっ ている。本人が頑張っているのに成績が上がらないのを見てZさんは毎日悶々としている。その 原因を探ったら,言葉に問題があると思っている。
Zさんは主人とも上海出身であるので,家族内の使用言語が上海語である。長女は学校で日本語 を使っているが,うちで上海語と日本語の両方で話した。小学校低学年に国語に特に問題なくて,
全国統一小学生テストを受け,国語の偏差値が65点取ったようである。しかし中高学年に上がっ てから国語の点数がますます低くなり,塾が月に一度テストを行い,国語の点数を40点しか取ら ない。国語をすべての学科目の土台といわれるように,長女は数学,社会,理科などの点数も影響 を受けている。
成績の伸び悩みにもかかわらず,Zさんは依然として長女の受験を支えている。中国社会であろ う日本社会であろう学歴社会であるので,いい大学に進学できなければ,理想的な生活を送れない というビリーフを持っているからである。
5.考察
5名の外国にルーツを持つ子どもの保護者のインタビューの結果を踏まえて,「母語と日本語の 教育」,「アイデンティティの維持」,「進学戦略」の3つ側面から考察したい。
5.1 母語教育と日本語教育
本稿では,Zさんの長女が小学校5年生になったので,学習言語の不十分による学業への支障が 大きいことが分かった。したがって,外国人児童,特に小学校中高学年の児童に対して,授業につ いていけるような語彙力に注意する必要がある。
中島は外国へ移住する年齢が高いほうが第二言語での強化学習においても有利であることを見出 した29。幼児初期に日本からカナダに移住した子どもたちは小学校4年生ごろから学力言語が急に 低下して授業についていけなくなる。家庭では日本語で会話しているので,幼児期に生活の中で自 然と取得される語彙力が不足しているためである。
言語心理学者のカミンズ(Cummins, J.)は,子どもが何歳でカナダに移住したら学習言語の習 得が容易化について注目されるデータを報告している。母語の読み書き能力をしっかり身につけ て,一対多のコミュニケーションスタイルに移行した段階(7-9歳)でカナダに移住した子どもが 母語話者並みの読書力偏差値に最も早く追いつく。小学校高学年(10-12歳)がそれに次ぐ。未就 学の3〜6歳までに移住した子どもたちは,会話はすぐに追いつくが,学習言語はなかなか追いつ かない。カミンズは母語が学習言語(読み書き能力)に到達した段階なら第二言語の学習も容易に なるという証拠に基づき「二言語相互依存説」を唱えている30。
二つの言語の土台は水面化では共通しているので母語の土台がしっかりしていれば第二言語の習 得が容易なのである。言葉の土台は家族との社会的やり取りを通してつくられ,学校で読み書き能 力を獲得することによって思考の手段としての機能を持つようになる。
一方で,母語の基礎が形成されていない幼児期に異なる言語の中に飛び込むと,どちらも身につ かない「セミリンガル」になってしまう危険性が高いと考えられる。
5.2 アイデンティティの維持
本稿では,保護者は未就学児にアイデンティティを維持させるために,民族歌唱,スタディツ アー等多様なストラテジーを主体的に利用したことを明らかにした。
文化間移動は異文化への適応を伴い,異文化適応ではアイデンティティに注目する。ベリーの異 文化適応モデルでは,このアイデンティティが重要な軸になっている。ベリーは個人の異文化適応 について次のように説明している31。
移動した先の新しい文化に接触することにより,母文化の正当性を確信できなくなる。それまで の基準や価値観の修正を迫られ,そのことで加藤や混乱を経験する。その後二つの文化を自分なり に調整する過程をたどるが,それは「接触」「葛藤」「危機」「適応」という段階をたどる。最終段 階の「適応」は「文化変容」の結果としてとらえられ,「文化的アイデンティティや文化的特性を 維持したいかどうか」と「受け入れ側との関係を持ちたいかどうか」の2つの基準の組み合わせに より4タイプに類型化される。
第一のタイプは文化的アイデンティティを維持し,受け入れ側との関係がうまくいっている「統 合」,第二のタイプは文化的アイデンティティが保てないまま,受け入れ側との関係を作っている
「同化」,第三のタイプは文化的アイデンティティを保っているが,受け入れ側で関係を作れない
「離脱」,そして第四のタイプは文化的アイデンティティが保てず,しかも受け入れ側でも関係を作 れない「境界化」である。その中で,一番理想的なのは,「統合型」の文化適応である。
子どもの異文化適応は親や家族によって大きく規定されている。子どもに何か困難が生じたとき に,家族でサポートする体制がとられているか,長期的な視点で生活設計を行っているかなどが異 文化適応に大きく影響する。
5.3 進学戦略
近年,日本政府はグローバルな高度人材を獲得するために,外国高度人材受け入れ促進を国家戦 力として位置づけている。外国高度人材を含む外国人の生活環境の改善を図り,多文化社会を構築 するにため,外国人子弟教育の充実が一環である。また,情報化社会が進化していく中,特にポス トコロナ時代において拍車をかけたオンライン授業が普遍化され,在日の外国人が選択できる教育 資源が広がっている。
ブルデューは様々な社会手段・家族が採用する種々の再生産戦略の一つとして教育戦略というも のを位置づけその理論的展開を行った。教育戦略とは,各社会手段の再生産戦略の一環をなすもの で,意図的のみならず無意図的な態度や行動をも含み込む幅広い概念である(志水・清水2001)32。
一部の中国人家庭が学区内の公立小学校ではなく,あえて国立小学校や私立小学校を選択する。
国立・私立小学校志向の原因はエスカレーター進学制度や受験に有利であるといった進学面の魅 力,各学校独自の教育理念・教育実践の魅力などがあげられる。
本稿では,XさんとYさんのような一部の中国人家庭は高額な入学金・授業料・入学準備教育を
負担できる経済資金とともに,私学の存在を敏感に察知し,学校の個性的な教育理念・価値を共有 する文化資本を持つことが明らかにした。
6.おわりに
本稿は,多文化教育の実現を目指すには,まず,諸外国における移民の子どもたちへの支援策を 概観し,そして外国にルーツを持つ未就学児の保護者にインタビューし,言語発達と文化適応を支 援するあり方を検討した。
従来,外国人児童生徒を支援するため,市区町村教育委員会は学校に日本語指導支援員や母語支 援員の派遣を行うのが一般である。支援として「日本語指導」と「日本語と教科の統合学習」を中 心に行われている。こうした支援は,日本語と学力の向上を目的としているが,外国人児童の過去 の経験が無視されがちである。さらに,未就学児を対象とする支援はほとんど行われていない。し たがって,母語・母国の生活経験と教育経験を重視する実践を通して,未就学児の過去の経験を活 かしながら,異文化適応を促していく。
時代の変化や外国人の多様化と伴い,海外で子育てをする外国人の教育戦略が変容してきた。外 国にルーツを持つ子ども保護者が日本社会でどのような教育を望むかが,多文化社会構築を含む教 育の価値づけや選択に少なからず影響を及ぼすからである。先行研究は,在日中国人の教育戦略を 分析するにあたって,研究対象を華僑,国際結婚等に中心としていた。しかし,中流階級を代表す る高度外国人材はグローバル化の中,子どもへの教育期待,経済資本・文化資本・社会関係資本の 所有などに教育戦略にかかわるものが先行研究の研究対象と異なる可能性がある。今後の課題とし て追求していきたい。
[注]
1 Berry. J. W (2005). Acculturation: Living successfully in two culures. International Journal of Intercultural Relations, 29. pp. 697-712.
2 川村千鶴子『多文化社会の教育課題―学びの多様性と学習権の保障―』2014年,明石書房。
3 松尾知明『多文化教育の国際比較―世界10カ国の教育政策と移民政策―』2017年,明石書房。
4 渡辺幸倫『多文化社会の社会教育―公民館・図書館・博物館が作る「安心の居場所」―』2019年,明石書房。
5 佐藤郡衛『多文化社会に生きる子供の教育―外国人の子ども,海外で学ぶ子供の現状と課題―』2019年,明石書房。
6 山田千明編『多文化に生きる子供たち―乳幼児期からの異文化間教育―』2006年,明石書房。
7 志水宏吉・清水睦美編『ニューカマーと教育―学校文化とエスニシティの葛藤をめぐって―』,明石書店,2001年,
80-126。
8 賽漢卓娜『国際移動時代の国際結婚―日本の農村に嫁いだ中国人女性』2011年,勁草書房。
9 舘奈保子「中華学校を選択した華僑保護者の教育戦略」,志水宏吉他編『「往還する人々」の教育戦略―グローバル社 会を生きる家族と公教育の課題―』2013年,明石書店,pp. 34-46。
10 総務省『高度外国人材の受入れに関する政策評価書(要旨)』令和元年6月。
11 日本保育学会『諸外国における保育の現状と課題』1997年,世界文化社,p. 64。
12 同上。
13 デンマークにおいて,デイケアセンターは幼稚園とも呼ばれ,3歳児〜6歳児までの子どもを対象としているフルタ イムの保育施設である。
14 山田敏『北欧福祉諸国の就学前保育』2007年,明治図書出版,pp. 81-82。
15 山田敏,前掲書,pp. 46-47。
16 プレスクール(pre-school)は,デイケアセンター(daycare centres),パートタイム・グループ(part-time group),
オープン・プリスクール(open pre-school)を総称する用語である。デイケアセンターは雇用や勉学のため,育児 支援の必要な親に対し,0歳〜6歳までの就学前の子供に保育を提供する施設であり,日本の保育園に当たる。パー トタイム・グループは半日制の保育施設である。オーブン・プリスクールは,上記2種のデイケアセンターとパー トタイム・グループに属しない子どもを対象にし,保育サービスを提供する半日制の施設である。
17 アンチバイアス教育とは,多民族国家アメリカでアメリカ学者によって提唱され,実践されている取り組みである。
その内容は,1989 年に発行された『 Anti-Bias Curriculum:Tools for Empowering Young Children』(玉置哲淳『な なめから見ない保育―アメリカの人権カリキュラム―』,1994年)に示されている。社会の中にある多様性を認識 し,受け入れ,人々を平等に扱うこと,一方的に判断しない教育である。
18 『アジアの就学前教育』第1章はアンチ・バイアス教育の実践を紹介した。美術活動において,友達の顔を表現する
という活動を通して,人の肌の色は少しずつ差があることを子供に理解してもらう。池田充裕・山田千明『アジア の就学前教育』,2006年,明石書房,pp. 27-32。
19 池田充裕・山田千明『アジアの就学前教育』,2006年,明石書房,pp. 76-77。
20 同掲書,p. 79。
21 同掲書,p. 144。
22 同掲書,pp. 145-146。
23 同掲書,pp. 151-156。
24 同掲書,pp. 175。
25 同掲書,pp. 175-180。
26 広田康生『エスニシティと都市』,1997年,有信堂。
27 児島明「『創造的適応』の可能性とジレンマ―日系ブラジル人が生きる学校世界―」『ニューカマーの子どもと学校文 化―日系ブラジル人生徒の教育エスノグラフィ―』2006年,勁草書房。
28 高橋優子「スタディツアーの教育的意義と課題」『筑波学院大学紀要』第3集,2008年,pp. 149-158。
29 中島和子『バイリンガル教育の方法―地球時代の日本人育成を目指して』1998年,アルク。
30 内田伸子『よくわかる乳幼児心理学』2008年,ミネルヴァ書房,p. 189。
31 佐藤郡衛『多文化社会に生きる子供の教育―外国人の子ども,海外で学ぶ子供の現状と課題―』2019年,明石書房,
pp. 22-23。
32 同注7。