欧米ではかねてから社会の中で活躍する通訳者の訓練養成は大学院が担ってきた.日本で は職業としての通訳の発展のなかで今までは民間の通訳学校が訓練養成の大部分を担ってきた が,近年大学院レベルに通訳コースを設置する動きが急速に進んでいる.しかも,本学を含め 大学院を卒業した段階で高度職業人専門職の通訳者として社会にでて活動できるレベルをめざ す大学院が出現したのは新しい傾向である.このような大学院の場合,養成課程を修了する時 点で通訳技術が身に付いたと判断するための基準を設定し訓練養成にかかわる担当教員の共通 の認識とすることが欠かせない.それぞれの授業の評価もさることながら,大学院を修了する 時点にどのような基準を満足していることが専門職として重要であるのか,何を満たせば専門 職として通用するレベルであるとみなされるのか.本稿はそのガイドラインを作ろうという試 論である.
本稿では,通訳評価のガイドラインとして欧米で論じられてきた先行研究を概観し,日本の 民間の通訳養成機関で実際に行われている方法を検討した後に,本学の通訳の授業においてど のような点に力をいれて指導するべきか考察し卒業時に到達すべき目安のガイドラインを呈示 する.
1.欧米社会における評価のガイドライン
通訳評価のガイドラインには大きくわけて言語的な側面と社会的な側面がある.
通訳の仕事の本質とはある言語で発せられたメッセージを別の言語に訳出することにあるの で,元の言語からの訳出の正確性と忠実性がまず問題になる.この観点から通訳者が中心になっ て評価基準を検討した結果を先に示す.次に,通訳業務はサービス業務であるという性格から ユーザーがどのように通訳を評価するのかという社会的な視点も欠かせない.この点について,
ヨーロッパでAIIC(国際会議通訳者協会)がユーザーに対して行った調査結果を示す.
ウィーン大学翻訳通訳学部の通訳担当助教授であるFranz PochhackerはQuality Assessment in Conference and Community Interpreting (Meta, XLVI, 2, 2001)において,通訳の質の研究ではま ず分析上通訳という行為が「起点言語の発話者」(source-text producer)と「目標言語の聴衆」
大学院における通訳実技指導の評価の枠組み
鶴 田 知 佳 子
(target-text receiver)の間に位置する通訳者によってなされること,さらにこの三角形のコミュ ニケーション相互作用関係の周りに「顧客」(client)と「同僚」(colleague)が位置していると する.その上で分析上大事な二つの区別をするべきだという.
一点目は「外部の観察者」が現場を離れて(off-site)様々な行為者の態度,必要性や見方(規 範),抽象的な(仮説上のもしくは以前に経験した)通訳事象,もしくは特定のコミュニケー ション成果を見る,つまりある状況における具体的なコミュニケーションの事象に照らして評 価する場合である.二点目に,具体的に通訳をしている場面において質の研究をする場合には,
録音した成果もしくは全体的なコミュニケーションの相互作用のプロセスを見る.コミュニ ケーションの産物に焦点を与えるのか,あるいは相互作用に焦点を与えるのかというのが,質 の目安と評価基準での鍵となる問題点であるという.
従って通訳の質はそれぞれの行為者の視点からみると違った評価がなされ得るが,概ね先行 研究では一致して,正確性(accuracy),明確性(clarity)と忠実性(fidelity)が必須条件とされ ている.さらにPochhackerは,発話者の言葉を正確に訳出したかという通訳の成果の産物では なく,コミュニケーションそのものが成功したかどうかを評価する方法もあり得るとして,通 訳という産物とその産物を届ける業務の間には次の関係があるとする.
会議通訳者として通訳の評価をした草分け的研究としてはBuhler(1986)の研究がある.A IIC(国際会議通訳者協会)所属の会議通訳者47人にサービスの質の評価基準としての重要 度を持久性,態度,概観,信頼性,チームとして仕事ができるか,など15の基準から問うた研 究である.
Buhlerの研究に触発されてウィーン大学の通訳担当教授Ingrid KurzはConference Interpreting:
Quality in the Ears of the User(Meta, XLVI, 2, 2001)で,他の業務すべてがそうであるようにサー ビスの質が高いという評価を受けるためには,まず顧客のニーズに合致して満足を得ねばなら ないとする.Buhlerが47人に対して行った前述の4点スケール評価のアンケート調査を,Kurz は最初の8基準について検証した.8基準とはnative accent(なまりのない発音),pleasant voice
(心地よい声),fluency(流ちょうさ),logical cohesion(論理的結束性),sense consistency(意 味の一貫性),completeness(完全さ),correct usage of grammar(文法),correct terminology(用語)
である.Buhlerの調査対象は通訳者47人であったが,Kurzは会議の参加者124人に対して同 様の調査を行い通訳の質を判断する際に重要と考える基準について以下の結果を得た.
基 準 通訳者Buhler 出席者Kurz 1986(n=47) 1989(n=124)
なまりのない発音 2.9 2.365
声 3.085 2.6
流ちょうさ 3.486 3.1
論理的結束性 3.8 3.458
意味の一貫性 3.957 3.69
完全さ 3.426 3.2
文法 3.38 2.6
用語 3.489 3.4
通訳者のほうがそれぞれの項目についての重要度を高くみていることがわかる.すなわち,
通訳者のサービスの質に対する要求水準が会議の出席者(聴衆)と比較して高い.
AIIC の調査としてEduardo KahaneがThoughts on the Quality of Interpretationで発表している 比較表によると,Buhler 1986とKurz 1989の各項目についての重要度は次のようなパーセンテー ジとなっている(published: 13 May 2000, http://www.aiic.net/community).
基 準 Buhler 1986 Kurz 1989
出席者 通訳者
意味の一貫性 96 81
論理的結束性 83 72
用語 49 45
完全さ 47 36
流ちょうさ 49 28
文法 48 11
なまりのない発音 23 11
声 28 11
(それぞれの項目を重要と見る割合,%)
要約すると出席者は通訳において一番大事なのは意味の一貫性があること,次に論理的結束 性であると考え,この二つが大事だとする人は回答者の7割以上である.通訳者の間でもこの 二つの項目が大事であると考える人が最も多く,8割以上の通訳者が重要と考えている.続い て,用語が正しいか,訳出が完全か(漏れがないか),流ちょうに通訳しているか,文法に間違 いがないか,についてはほぼ半数の通訳者が大事であると思っている.一方会議出席者は用語 の正確さについては半数近く,完全さも4割近いが,流ちょうさについては3割を切る.声に ついては通訳者の3割近くが大事であるとみているのに,出席者は1割程度である.最も通訳 者からみて重要度が低かったのはなまりのない発音で2割程度で,これは会議出席者も1割程 度しか重要とみなしていない.
2.日本の民間通訳養成機関での通訳評価のガイドライン
次に,筆者がかつて教えていたある大手民間通訳学校で用いられている授業評価と進級の際 の評価項目を検討する.この通訳学校は設立されて20年以上たっている学校で,通訳エージェ ントに併設されており,優秀な卒業生はそのままエージェントに登録されて仕事が得られるシ ステムになっているため,進級審査は厳格に行われている.学期末に担当講師が行う総合評価 では,以下の三項目が授業で身についたかどうか重視される.
(1)デリバリー (表現力,声の大きさ,流ちょうさ,スピード,軌道修正能力)
(2)発 音 (発音の正確さ,滑舌)
(3)正 確 さ (数字,専門用語,背景知識,サイトトランスレーション能力,文法知識,
リスニング能力)
軌道修正能力とは,訳出があやまってそれてしまった場合にまた元の話の筋に復帰できるか,
ということである.サイトトランスレーション能力とは,原稿つきの通訳のときに特に必要な 技術であるが,原稿を目で追って読みながら意味の区切りごとに順送りに訳出できる能力のこ とである.
進級試験では先にあげた3項目に加え次の4点評価がされている.採点担当者はテープに録 音した通訳の評価を行う.
(1)全体の構成 (2)用語・表現
(3)スピード・流ちょうさ (4)滑舌・声の大きさ
授業の評価については評価者がその場にいるので,デリバリーにおいて評価者に通訳が伝 わったかどうかを判断することができるが,試験については録音されたテープの上での評価で あるため,元のテキストと比べて訳の抜けている点がないかなどを評価をすることはできるが,
その場で聞いている聴衆としての反応を確かめることはできない.
3.本学での通訳評価のガイドライン
上記を踏まえて本学でのガイドライン作成にあたり,通訳とはどういう行為であるのか,な にが専門職として求められているのかを問うてみたい.
通訳者とは発話者の伝えんとするメッセージを聴衆に別の言語に訳出して伝える役割である ので,正確性,忠実性ははずせない基準である.正確性,忠実性とは直訳という意味では決し てない.優れた通訳者でありパリ大学の通訳翻訳大学院の教授であった通訳教育に大きな功績 を残したセレスコビッチ(Seleskovitch 1978)の「意味の理論」(theorie de sens)によれば,通 訳とは単語レベルにこだわるのではなく,発話者の言わんとしているメッセージをくみとる
(“Immediate and deliberate discarding of the wording and retention of the mental representation of the message”)行為である.すなわち,伝えようとしている意味をその言葉からはぎ取りメッセー ジの心的表象をとりだすという行為である.
さらに通訳がコミュニケーション行為であるという視点にたつと,成功裏にコミュニケー
ションが成り立つためには発話者のレジスター,コンテキストが正しく捉えられているかとい う点を見逃すわけにはいかない.たとえば,国際関係史学会という国際会議の場での学者の発 言であれば,ただ単に用語が正確に訳出できているというだけではなくて,学者らしい話し方 になっているのか,会議の席というフォーマルな発言であるのかどうか,という点が聴衆に正 しく理解されるかどうかの上で大切である.特に英語から日本語への通訳においては,一人称 の主語で話すときにどのような口調で話すのかが大事となる.
以上をまとめて,一番最初に概観したPochhackerの枠組みに従って,あらためてガイドライ ンを作成してみよう.
I.起点言語から目標言語に訳出をする上で正確か,忠実かをみる基準 1)情報の脱落がないか
2)用語が正確か
3)聞き取りを間違ってはいないか (特に数字,固有名詞)
Ⅱ.メッセージの効果が正しく伝わっているか(動的等価)
1)レジスターが正しいか 2)コンテキストが正しいか
Ⅲ.コミュニケーションの成功 1)声が明晰に聞こえているか
2)不快な感じを受けないか(咳,息づかいなど無駄な音がはいらない)
3)スピード,流ちょうさ
筆者の逐次通訳のクラスでは,英語から日本語,日本語から英語のいずれの場合も聴衆を意 識して話をするようにと指導している.通訳者は,まずすぐれたパブリックスピーカーでなく てはならない.
日英通訳における発音の正確さについては,上記で引用したAIICの調査では順位が低く なっているが,筆者が日頃仕事をする上では大切な要素であると認識している.大学院生の前 期末面接の結果でも,大学院の授業としてあらためてパブリックスピーキング能力とリスニン
グ能力強化,発音矯正を望む声が多くあがったのも,その表れといえよう.
4.結びにかえて
筆者は,実際に専門職として巣立っていくためには現場での経験が不可欠という立場から,
積極的に本学学内での会議通訳に大学院生が通訳者としてあたる実践の場を与えるようにして いる.すでに前期に平和構築・紛争予防の講座での通訳,CFA講演会における通訳の2件に 加えて夏期休業中に国際関係史学会が本学で開催された際に,大学院生を通訳者として派遣し た.後期もすでに平和構築・紛争予防の講座,現役通訳者の講演会など大学院生が通訳者とし て登場する機会が数多く予定されている.
なお実際に現場を体験した後には反省会をその都度開き,準備段階から実際の仕事までの反 省点や改善点について検討する場を持つようにしている.評価者の一方的評価だけでなく学生 本人が自分の通訳者としての行為がはたしてコミュニケーションの成功につながっていたかど うかを評価することが,本人の通訳者としての一番の成長につながるという考えからである.
実際に学生の評価のほうが,会議の出席者や筆者の評価よりも厳しい場合すらある.通訳者 として評価を得ていくためには常に自分の行った仕事の反省をして,次にはもっと上を目指す という努力が欠かせない.その意味においても,上記で評価の試論として検討した枠組みは有 用なものであると考える.
参考文献
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Kahane, E.(2000): “Thoughts on the Quality of Interpretation,” http:www.aiic.net/ViewPage.cfm/page197.htm (13. 05.
2000).
Kim, S.(2004): “Exploration into Perceived Quality of Simultaneous Interpretation”, Forum Volume 2, No. 1. April 2004 KSCI
Kurz. I. (1994): “Conference Interpretation: Expectations of Different User Groups”, The Interpreters’ Newsletter, No.5 SSDLM
Kurz, I. (2001): “Conference Interpreting: Quality in the Ears of the User”. Meta, XLVI, 2, 2001
Pochhacker, F (2001): “Quality Assessment in Conference and Community Interpreting”. Meta, XLVI, 2, 2001 Pochhacker, F(2004): Introducing Interpreting Studies, Routledge.
Robinson, D(2003): Becoming a Translator: An introduction to the theory and practice of translation. Routledge.
Sawyer, D. (1994): Monitoring Processes in Conference Interpreting: Towards a Model for Interpreter-trainees, Meta, XXXIX, 3, 1994
Seleskovitch, D.Trans.S.dailey & E.N.McMillan. (1978): Interpreting for international conference. Pen & Booth.
Shlesinger, M (1998): Interpreting as a cognitive process: what do we know about how it is done?
Guideline for Student Evaluation of Graduate School Interpretation Course
TSURUTA Chikako
Interpreting training that for the most part, has been carried out in private interpreter training schools is now being conducted at graduate schools in Japan, including this university.
Although interpreter training and education has mainly been conducted by graduate schools in the West, this is a rather new phenomenon in Japan.
This article is an attempt to compile guidelines for student evaluation taking examples from research in the West and from what is being done at a leading interpreter training school.
This article provides an overview of research, and confirms that quality standards for the product and service of interpreting comes from the accurate rendition of source, adequate target language expression, equivalent intended effect, and successful communicative interaction.
According to a survey conducted by Buhler (1986) and Kurz (1989) and compiled by the AIIC (International Association for Conference Interpreters) we learn that sense consistency with the original message and logical cohesion of utterance are the most important evaluative criteria in translation. In the above study these factors were viewed as important by over 70% of respondents.
From the criteria used by a leading interpreter training school in Tokyo, we learn that in classrooms the main emphasis is on the following factors: delivery, pronunciation, accuracy.
Furthermore, students are tested and evaluated on: organization, terminology and expression, speed and fluency, delivery and voice.
Based on these findings and what can be learned from leading communicative theories, this article proposes guidelines that include the following criteria: 1) accuracy and fidelity of interpretation from source language to target language in terms of completeness of information, terminology, numbers and proper nouns, 2) the intended message is conveyed correctly including register and context, 3) success of communication including clarity and pleasantness of voice, speed and fluency.