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経済統合から見たアジア

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経済統合から見たアジア

著者 阿部 茂行, 松村 将史

雑誌名 同志社政策研究

号 1

ページ 139‑153

発行年 2007‑03‑15

権利 同志社大学政策学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011094

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経済統合から見たアジア

阿部 茂行

Wing Thye Woo Chalongphob Sussankarn Michael G. Plummer

松村 将史

1.

はじめに

APEC、AFTA、AEC、ASEAN+3、CI、JTEPA等々昨今の経済誌上ではやた らに英語の略字が目立つが、これらはすべて地域経済協力の略称である。このよ うに世界で2国間、また地域での自由貿易構想が実現してきている。WTOのホー ムページをみると、2006年9月15日現在、実に211ものRTAがWTOに報告されて きているという1)。アジアで今後の動きがもっとも注目されているのは、アジアの 広域における経済協力構想である。2005年12月にクアラルンプールでASEAN+3 首脳会議が開催されたが、ここでASEAN10カ国それに日本・中国・韓国の3カ国 の首脳が一同に会し、将来の「東アジア共同体」の構築において「ASEAN+3」

の枠組みが主導権を握ることをうたった「クアラルンプール宣言」に調印した。東ア ジア共同体は政治、経済、安全保障の幅広い分野の協力を目指す地域統合であ り、ASEAN+3(13カ国)が共同体の中核となることを明確に打ち出したものだ。

こうした動きのある中で、経済成長が最も著しい地域であるアジア、そして人口 の最も多い地域であるアジアはその将来について世界の関心を集めている。

2006年10月28日に「経済統合から見たアジア」と題してヨーロッパからMichael G.

Plummerジョンズホプキンス大学教授、アメリカからブルッキングス研究所のWing Thye Woo教授、そしてタイからタイ経済開発研究所(TDRI)所長のChalongphob Sussankarn博士を招いて現代アジア研究センター公開講演会を開催した。そこで はアジアの経済統合の動きを大きなフレームワークからみるために、非常に参考に なる議論が易しく展開された。そのときの議論をあらためて紹介しておきたい2)

2. EU

と比較したアジアの経済統合

Wing Thye Woo

2.1. EUの背景

経済統合の成功例として誰しもがあげるのはEUであろう。EUではいち早く貿 易障壁をなくし、人々の自由な往来を認め、共通通貨ユーロの使用を実現した。

幅広く深い経済統合を果たし、現在でも深化しているが、これは人類にとって初

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めての経験である。こうしたEUに見られる経済統合がアジアでも可能かどうか、

その答えを特に北東アジアの状況を中心に考えることにより出してみたい。なぜ 北東アジアかというと、アジアにおける統合の成否は北東アジアに属する諸国が 統合を望むか否かによって大きく左右されるからである。

南米のMERCOSUR、東南アジアのASEANを思い起こせばすぐ分かるが、

EUのように経済統合が広く深く成功裡に進展するということ自体が非常に珍し い。経済統合は通常なかなかうまくいかず停滞してしまうもので、たとえうまくい っても非常にゆっくりとしか進展しない。EUだけがなぜこんなにもうまくいくの か?鍵はヨーロッパが経済統合を必要とする次の4つの要因にある。

第1は「戦争はもうまっぴら」というヨーロッパ諸国の願望である。1911年に英国 人ジャーナリストであるノーマン・エンジェルが『大いなる幻想』3)を著し、当時の政 府関係者や識者の間で話題となった。エンジェルは、ヨーロッパで今後戦争が起 こることはあり得ないと考えていた。ヨーロッパにおける大国間の金融・経済の相 互依存は密であることから、列強が大陸規模で衝突することはどの国にとっても 許容できるものではないというのが、その根拠であった。しかし、残念なことにノ ーマン・エンジェルの考えは裏切られ、わずか4年後に第一次世界大戦が勃発した。

これを契機に、経済的な統合だけでは不十分なのではないか、やはり政治面で も統合を進めていかなくては将来の戦争を防げないのではないのかという考え 方にシフトしていったのである。

第2は、アダム・スミス的な考え方がヨーロッパにおける経済統合の背景にある。

これは、富は分業の度合いによって変わってくる、すなわち、高度の分業がなさ れればなされるほど富は多く形成され、国は繁栄するという考え方だ。高度の分 業をするには市場は大きいほうが良い、すなわち経済統合が必要だと考えたの である。

第3は当時の政治的な背景で、「西ヨーロッパ・アメリカ」対「ソ連・共産圏ブロッ ク」という対立構造があったことである。軍事的に共産圏に対峙するものとして NATOがあり、経済的には欧州の共通市場がその役割を果たしていたという事情 がある。

第4に西ヨーロッパにおいてドイツが経済的に一番強力な国になってきたことが 関係する。ドイツの採用する金利政策、経済政策いかんが他のヨーロッパ諸国に 大きく影響を及ぼす状況になっていた。このような状況に対してフランスは、「ドイ ツの政策によって他の国が意図せぬ影響を受けるのは困る」という考えの下、ユ ーロ圏を作り、成長と安定に関する協定を結び、各国の財政のすり合わせを目 論んだ。

このように経済統合を必要とする4つの理由があった。しかし、理由があって も統合する手段がなければ実現はしない。こうした経済統合への願望に加えて、

実際に経済統合を可能にした条件が3つあった。

1点目は、ドイツとフランスの二大国が経済統合を望み、経済統合に向けて動

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き出したということだ。この動きによって他の小国が引っ張られる形で統合が進 んでいった。

2点目は、各国の政治的、社会的システムが非常に似ていたことがあげられる。

ヨーロッパ諸国においては、問題が起きたときにそれを最終的に解決するのは選 挙である。こうした基盤があるがゆえにヨーロッパ内の問題であれば欧州議会で 選挙を通じて解決することが比較的容易にできた。そしてキリスト教という共通 の文化基盤があることも統合を助けた。わずか4年前にEU加盟を表明したキリ スト教国のウクライナのほうが、20年前からEU加盟を表明しているイスラム教国 のトルコよりも先に加盟が認められるというのもうなずける。

3点目として、経済的な構造も各国似通っており、統合後の生産パターンをそれ ほど調整する必要がなかったことがあげられる。

2.2.東アジアの背景  

以上、EU成立の背景を簡単に述べた。次に、東アジアはどのような状況にお かれているかを考えてみたい。経済統合を困難にする要因と、逆に促進する要 因がこの地域には混在している。まず、経済統合を困難にしている要因について 述べよう。

第1は、日本と中国の二大国の間には残念ながら歴史問題が横たわっており、

種々の困難・亀裂が生じているという点である。小泉前首相が靖国参拝をしたこ とについて中国が懸念を表明しているのがその一例である。しかし、日中が戦争 状態にあった1940年代から数えて60年以上すでに経過しているわけで、強いリ ーダーシップが発揮されればこの難題も克服できるはずだ。小泉前首相にはでき なかったが、安倍新総理は就任後、時を空けず中国を訪問したという事実からも 歴史問題解決の可能性が示唆されている。

第2は、冷戦時代の遺恨である。アメリカの傘下での日本は共産圏大国の中国 と対峙し、日米同盟対中国という対立構造が長く続いた。したがって、この点で 日本が何かできるとすれば、それは、日米関係をどのように対処していくかとい うことにつきる。

次に、経済統合を促進する要因にはどのようなものがあるだろうか。

第1は、すでにEUが存在するということである。EUがこれまでやってきたこと を、東アジア地域諸国は参考にすることができる。明治時代日本が近代化する際 には、教育制度はイギリスから、法律制度はフランス、軍隊制度はドイツから学ぶ ことができ、経済発展のプロセスを短縮することができた。同様に経済統合につ いても先例から学ぶことができる。ただ、成立状況・時代が違うので、EUをモデ ルとしてそのままコピーするわけにはいかないという点はある。

第2は、アジアにおける金融危機の経験である。この金融危機によってアジア 経済は実に悲惨な状況に陥った。各国が次々に影響を受けて危機が広まったと いう苦い経験をしたことで、東アジア諸国が経済的な協力を以前にも増して強め

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たいと考えるようになった。

第3に、経済統合の話が出る以前から、アジアでは日本をはじめとした多国籍 企業が生産と流通のネットワークを構築しており、電気・電子産業などでは事実 上FTAが成立しているといっていいほど関税が下がってきているという点だ。そ の結果、現在では、ある製品を生産するのに、部品ないしユニットごとの生産 をいくつもの国で行うという生産のフラグメンテーションが進行している。

このように、経済統合を難しくする要因、促進する要因は多々あるが、ヨーロッ パ型経済統合の実現の可否を大きく左右するのは、やはり、この地域の2大国で ある中国と日本がどのような経済的利害を持つかにかかっている。更なる成長を 目指す大国である中国や日本にとって、東アジアという市場は小さく、成長のため には世界市場を視野に入れる必要がある。

プラスとマイナスの要因を考え、日本と中国がどう動くかにかかっていると述べ た。そして東アジアだけの自由化ではだめで世界市場を視野に入れなければな らないとした。それでは、EUの場合と比較して、EUのようにはうまく進まないの はどういう理由によるのか、このあたりの事情を説明しておこう。まず、EUの場 合にはソ連という共通の敵があり団結できたが、東アジアの場合はこのような共 通の敵がない。第2に、相互理解の基本となる文化的な共通性と伝統が欠けて いる。第3に、政治システムが国によって異なる。民主国家もあれば、軍事政権 もあり、使用する言語も異なる。

EUのアジア版の組織をどのくらいの範囲にすべきか。市場が大きいほど国際 分業は進むということから、大きいほど良いという考えがある一方、人種によっ て線を引きたいという考え方もある。EAECの提唱者であるマハティール前マレ ーシア首相などはアジアの経済共同体の中にオーストラリアやインドは含めたくな いという後者の考えをとる。

EUが成立したときの事情と現在のアジアでは状況も違っており、統合を前向 きに考えることができない一方で、経済統合がそれでも促進されるであろうと考 えられる要因に話を移そう。要因は2つあり、その第1は次のようなものである。

多国間の枠組みであるWTOの存在が弱くなった場合、保護主義が台頭し、各地 域が域内に対して内向きの政策をとる事態が考えられる。ある地域が外の地域 に対して門戸を閉じるとすれば、アジア地域としても同じことをやらなくてはいけ ない。マルチナショナリズムが姿を消し、代わってリージョナリズムが前面に出て くるということである。内向きではあるが東アジアで統合が進むというシナリオで ある。

第2の要因はもう少し明るい展望を持ったものである。ASEANのマルチラテ ラルな制度を活かしていくためにも、同時にリージョナリズムも力をつけていく必 要があるのではないかという考え方である。経済統合を進める際に保護主義が 顔を出すことは結構よくあることで、実はEUにも見られたことである。欧州議定 書の賛否を問う国民投票がフランスで行われたとき、まず国民が気にしたのが、

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ポーランドから配管工がやってきて自分たちの仕事が奪われてしまうのではない かということであった。このように経済統合を進める際には保護主義がすぐに頭 をもたげてくる。保護主義が強いヨーロッパがなぜ門戸を開放したままであった のか。それは、アメリカが門戸開放を強く求めたからである。もし、ヨーロッパが他 の地域に対して門戸を閉ざすのであれば、アメリカも同じように自国市場をヨーロ ッパに対して閉じると脅した。したがって、アメリカ市場へのアクセスを確保するた めにヨーロッパも自らの市場を開放せざるをえなかった。現在は世界経済におけ るアメリカの地位が弱まる一方で東アジアの重要性が増してきている。だからこ そこの東アジアにおいて経済的な連合を形成して、かつてアメリカが行ったのと 同じような役割を果たす必要があるのかもしれない。東アジア各国がEUに対し て、「EUが仮に門戸を閉ざすのなら、こちらも門戸を閉ざす用意がある」という議 論ができるようにしておきたいところだ。

このように、2つの違ったシナリオで東アジアにリージョナリズムが台頭してくる と考えることができる。そして、いうまでもなくこの2つのシナリオのうち、後者のほ うが好ましいことは明らかであろう。後者のシナリオはマルチラテラリズムを守り ながら、リージョナリズムが強くなってくるというシナリオだからだ。

3.

東アジアにおける金融協力

Chalongphob Sussankarn

周知の通り、アジア金融危機は1997年にタイから始まった。タイ、インドネシア及 び韓国の3カ国の経済状況が破産状態に陥り、IMFの支援を仰がざるをえなくな った。その他のアジア諸国もこの3カ国との貿易規模が縮小し、それゆえに影響を 少なからず受けることとなった。金融危機以前は、東アジア各国間の金融協力は あまりなかった。このことから、もっと各国間で協力する体制があれば97年のような 危機は避けられたのではないか、また有効な体制を築けば将来の危機を避けるこ とができるのではないか、という議論が起こってきた。将来において同じような金 融危機が起こるリスクを引き下げたい。また将来、仮に金融危機が起こっても97 年のときよりもっと良い対処ができるようにしておきたいということで、東アジアにお ける金融協力体制が模索されるようになったのである。

また、東アジア地域各国間で貿易や投資もますます盛んになってきていること から、金融面での協力を進めておくのは経済活動全般にとってもプラスの影響が あると考えられている。この地域が大きな資金力を持ちはじめているということもま た金融協力を促す要因となっている。現在、日本は8,000億ドル、中国も9,000億ド ル外貨準備高を持っている。これだけの外貨を持っているのだから、今後の世界 の金融のあり方についてこの地域がもっとリーダーシップを発揮するのは当然だ、

ということである。

この節では、東アジアにおける3つの金融協力、すなわち、チェンマイ・イニシ アティブ、アジア債券市場、域内通貨協力の取り組みを紹介したい。

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3.1.チェンマイ・イニシアティブ

はじめにチェンマイ・イニシアティブについて議論しておく。チェンマイはタイ北部 にある国内で2番目に大きな古都である。危機の直後、各国間で協力が必要とい う機運が高まり、ASEAN+3というものが生まれた4)。ASEANは東南アジアの ASEAN10カ国、そして、プラス3の3カ国は日本・中国・韓国である。東アジアにお ける金融協力を具体的にどうするかを議論するためにASEAN+3の蔵相会議が 2000年5月にチェンマイで開催されたのである。その際に打ち出されたのがチェン マイ・イニシアティブで、これは外貨準備をスワップする協定である。1997年の危機 に関しても、もっとタイに外貨準備があればうまく危機を回避できたのではないか、

それならこうしたスワップ協定を結んでおけば将来の危機回避に役に立つに違い ないと考えられたのである。このチェンマイ・イニシアティブは2国間協定が基本で、

外貨準備を2国間で貸し借りできるようになっている。

第1図

出所:財務省

第1図にタイと日本から矢印の線が延びているが、これはこの2国間で総額60 億ドルの貸し借りができることを示している。このスワップ取り決めは互恵的でタ イが日本から30億ドル、日本も必要であれば同額をタイから借りることができる。

この図にあるように、日本はタイだけでなくてマレーシア、フィリピン、インドネシア、

シンガポールとも協定を結んでいる。中国と韓国の2国間にも協定があり、その

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すべてを線で示すとこのようにうどんかそばのような線が絡み合った形になる5) チェンマイ・イニシアティブについてはさらに実効性を高めようと改善の取り組み が現在も続いている。

まず、そのスワップ額を大きくしようという取り組みがある。日本とタイの間でそ れぞれが借りることができるのが30億ドル、実際に必要な額に比べてはるかに少 ない。また、この図からもわかるように2国間の協定がたくさんあり、各国間の協 定関係が非常にややこしい。それゆえ、2国間の協定ではなくむしろ多国間の形 にして一ヶ所に資金をプールし、そこから必要な国が資金を利用できる体制に変 えようという取り組みもある。資金をどこかにプールするということになれば、それ を運営していく組織が必要になる。そのような組織を作るべきだという議論がこ の地域でも強まってはいるが、実現に向けてはなかなか難しい問題がある。

タイが危機に陥った最大の要因は、海外から短期の融資を受けなければならな かったということである。短期の融資は1年以内に返却しなければならない。短期 資金を借りていたにもかかわらず、企業は回収に長期間かかる不動産関係などの プロジェクトに投資していた。短期資金で長期プロジェクトを運営するということは、

新たな資金の貸し渋りが起こる状態になった場合、収益がまだ出ていないため、

プロジェクト自体を進めていくことができなくなる。また、タイの企業はこういった資 金を米ドルあるいは円建てで借りていたが、一方でプロジェクトから得られる収益 はタイの現地通貨バーツであった。このような状態をダブル・ミスマッチと呼ぶが、

返済するタイミングと収益が上がってくるタイミングがずれていること、借入金と収益 の通貨が違っていることのダブル・ミスマッチは問題をより深刻にする。

3.2.アジアボンド 

この通貨のミスマッチを解消した上で、経済活動に必要な長期資金の提供を 可能にするために債券市場を育てていこうという取り組みが行われている。現 在までに、域内の各国が外貨準備を活用してアジア債券基金第1ファンド、そして アジア債券基金第2ファンドが創設された。このような取り組みによって、この地 域の債券市場が活発化している。取扱高も増え、各国間の協力も深まってきて いる。債券市場を運営するためにもやはりルールなどの協力が必要になる。

しかし、アジアの債券市場が実効性を持つにはまだまだ努力が必要である。こ の取り組みは始まったばかりで、今後、市場を育て、民間部門が利用できるよう にしていかなくてはならない。民間企業の利用を目指した2国間の取り組みの一 例が日本と韓国の間にある。これは韓国のSME(中小企業)が必要な資金を調達 できるようにしようという取り組み(韓国CBO: 円建て韓国債券担保証券)である。

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第2図

この図の1番上にあるのが韓国の中小企業である。韓国の中小企業が円建て で債券を発行し、その債券に対して日本ならびに韓国政府がある程度補助を出 すといった形で、パッケージにして市場に売り出すわけである。債券市場が若い この段階では日本・韓国両政府の補助がどうしても必要になる。市場が未熟で韓 国の中小企業の信用がまだまだない現段階では、政府の保障は不可欠である。

このように不十分な点はあるものの、債券市場育成の取り組みは非常に有望な 方法であって、今後はこのスキームを使う国も増えてくるであろう。

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3.3.国際通貨としての円

こういった債券市場がより実効性をあげていく上でも各国間の通貨市場がうま く機能することが同時に必要になってくる。東アジアでは特に円が重要な通貨に なってきている。しかし、未だにタイにおいて円をバーツに交換する際、この2つ の通貨を直接交換する市場がない。銀行で円とバーツに交換する際は、銀行は まず円をドルに換えて、その後ドルをバーツに換えるという計算をすることになる。

バーツから円に換えるときも同様である。したがって、円に関しては売りと買いの レートで差がかなり生じてしまう。バーツと交換する際の売買の差を見てみると、

第1表の通りで、米ドルの場合はその差が0.37%、日本円の場合には1.18%にも なっている。

第1表

こういった理由から、輸出などの国際決済にはドルを用いる企業が多くなる。し たがって、円を国際通貨とするには、使用時のコストを下げなければいけない。タ イ側が日本からバーツ建て債券への投資を期待しても、日本の投資家は円とバー ツの為替リスクを引き下げる手段がないため躊躇することになる。

些細なことではあるがこういう問題が貿易全体に影響を与える。各国は異なっ た通貨を使っているため常に為替リスクが生じる。取引のビジネスコストを下げる ためにも、東アジア地域で共通通貨を設けてはという議論があるが、これを実現 するには長い年月がかかる。共通通貨は各国が通貨政策に関する主権をあきらめ るということであり、東アジア諸国が通貨政策に関する主権を手放すことは現状で は非常に困難であろう。

しかし、為替市場そのものの取引効率を上げることには異存はないはずで、そ れにより為替リスクを引き下げることができる。たとえ支払いが3ヶ月先であって も先物取引をしておけばリスク・フリーで商売を進めることができる。したがって、

アジア債券市場の発展のためにも、そしてこの地域の貿易投資の発展のために も、通貨市場の効率を上げ、より有効にしていくことが非常に重要である。また、

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この地域が保有する外貨準備高を合計すると世界の外貨準備の約60%にもな る。このため、東アジア諸国が持っている外貨準備をどのように投資していくか が今後為替レートや金利に大きな影響を与えるだろう。

第3図

現在、世界の金利は非常に面白い動きをしている。ここ数年FRB(アメリカ連邦 準備銀行)は急速に短期金利を上げてきている。第3図の1番下の折れ線(○印)

は米国債券の短期金利であるが、これは2003年半ばを境にどんどん上昇している のである。2003年当時1%程度だった金利が、現在では5%位になっている。しか し、10年満期のアメリカ政府債券の長期金利(X印の折れ線)はほとんど変化がな い。最後に1番上の折れ線(■印)がもっと長い15年満期の住宅ローン金利(モー ゲージ金利)であるが、これもほとんど変化していない。近年FRBは住宅市場の加 熱を心配しており、それを抑えるために金利を上げるという操作を行ってきた。に も関わらず長期金利に対してはあまり影響を与えることができていない。

実際にはアメリカ債券の多くを保有しているのは東アジア諸国であり、金利が上 がれば債券の価格が下がるため、米国の長期金利が低く推移することを期待して いる。このように考えるなら、東アジア諸国は、自分たちが保有する外貨準備の投 資のしかた如何により、世界の金利に大きな影響を与える力を持っているというこ とでもある。今や、FRBが単独で世界の金融市場を動かすことは不可能になって いる。したがって、東アジア諸国がパートナーとしてFRBとともに取り組んでいくこと が必要になる。世界の金融市場に与える影響が大きいだけに、FRBと東アジア諸 国がいかに協力すべきかについて議論すべき時にきている。

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4. EU

から何が学べるか

Michael G. Plummer

最初にASEANという仕組みがどのように発展し、そして、AEC(ASEAN経済 共同体)というものを目指すようになってきたのか、その背景について述べよう。

その次に、AECに関してヨーロッパから何が学べるかということを議論したい。

すでに第2節でこの地域には経済面でも政治面でも難しい問題があるということ を議論したが、ここではその延長線で経済面、また制度面に関して議論したい。

実は、ASEANにおける経済統合は、始まった当初は単なる表面的な取り組 みにすぎなかった。経済統合を真剣に進めたいという意図は、残念ながら見受 けられず、極めて表層的に進められた。当時ASEAN諸国の中でも内向きの政策 を取っていた国があり、表層的な取り組みだったことは皮肉な見方であるが、か えって良かったのかもしれない。なぜなら内向き志向だったラテンアメリカあるい はアフリカの似たような組織が、経済統合を進めようとして結果的にうまくいかな かったからである。

ASEAN諸国が統合に真剣に取り組み始めたのは80年代末から90年代初めだ った。なぜこの時期になって真剣に取り組み始めたのか。当時のASEAN諸国 が直面していた政治的な緊急事態はおさまりかけ、これから経済協力を進めなく てはならないという気運が生じたからである。1992年にAFTA(ASEAN自由貿 易地域)が設立された6)。これはASEANにとっても初めての取り組みであり、非 常に重要なマイルストーンになった。そして、このAFTAが東アジア地域において 初 めての自 由 貿 易 地 域を 形 成 することとなり、後 にこれ が 拡 大されてA I A

(ASEAN投資地域)あるいは、AFAS(サービスに関するASEANフレームワーク 合意)を含むものとなった。

この勢いが2002年11月にASEAN経済共同体を設立しようという提案につな がった。この気運が高まったのにはいくつか理由がある。AFTAの追加的取り 組みとして何かしなければいけないという気持ちが1つ、そして、世界の他の地 域が統合を進めているのだからASEANでももっと経済統合を深める必要があ るだろうとも考えられた。また、ASEANの協力は経済だけでなく政治面も含ん でいるが、APECの中で大国に互してリーダーシップを発揮してきたASEANで あったが、中国や日本の小さくない役割に直面し、ASEANの存在感が薄まって いくのではないかという恐怖感もあった。そして、前節で述べたアジア危機に 直面した際に、やはり金融面あるいは通貨面で一層の協力が必要との共通の 認識が生まれた。

そして、EUが成功しているようにみえることもあり、ASEANは本気になった訳で ある。単一欧州議定書が成立して共通市場となり、ユーロが導入されたという現実 を目の当たりにした。ただEUは成功したと見られているが、これはEU域外の見方 で、域内では常にいろいろ不満が噴出しているのも事実である。

第2節の議論を繰り返すことになるが、ASEANとヨーロッパを直接単純に比較 するのには無理がある。なぜならEECが成立した1950年代当時の状況と、2000

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年に入ってからASEANが直面している状況では、制度的な環境が全く違うから である。ヨーロッパの場合には世界大戦後であったということ、それにソ連の脅威 があったということが重要である。このような環境にあるほうが超国家的な制度を 作りやすかったはずだ。ヨーロッパには国家の数が多く、その中で妥協点を探さ なくてはいけなかったが、これにはかなりのコストがかかっている。同じことは ASEANにも言えるであろう。

国際環境がEEC成立の頃とはかなり違うとはいえ、グローバリゼーションが進 展する中、世界の市場はより1つのまとまりになってきている。そして、1950年代 におけるリージョナリズムと現在の新しいリージョナリズムは性質が異なる。

ASEANのほうがヨーロッパに比べてはるかに諸国の多様性が大きい。アジアに は先進国と言えるシンガポールがあり、途上国であっても資源・資金が豊かな国 もあり、CLMVという後発開発国もあり、これをEUのようにするには困難がとも なう。また、経済の構造も様々で、歴史的バックグラウンドも違い、社会的背景も 違う。したがって、より深い統合を行うのには困難が伴うと考えられる。

また、統合プログラムの実施スピードについても、このような多様性によって更 に複雑になる。EUと比較してもこれだけ注意すべき点がある。

次に、EUから何が学べるかということを考えてみたい。まず、EUの例にもある ようにAECというのはやはり外向きのアプローチを取らなければいけない。ヨー ロッパの場合も内向きの政策は大きな困難を引き起こした。また、単に貿易を見 るだけでは不十分で、貿易と海外直接投資との関係もよく見ていく必要がある。

すべてを考慮した共通の商業政策を立案しなければ統合したということにはなら ないだろう。

1986年に単一欧州議定書が制定された。その段階以前のヨーロッパにも共通 の対外関税はあったが、例えば、割当はどうするか、アンチ・ダンピングの課税の 額はどうするかなど、各国の考え方はばらばらであった。このような点に関しても すべて共通にした上で、共通の商業政策を取って初めて本当に経済的に統合し たのだと言える。このプロセス自体は非常に複雑かつ技術的で、また、政治的に も微妙な問題を多く含んでいる。

貿易の統合だけでなく同時に金融、通貨面での統合も欠かせない。アジアだ けでなくヨーロッパも、そして関税同盟であったMERCOSURも危機を迎えたこと があった。いずれも金融面、通貨面での協力をあまり考えていなかったというこ とが危機の要因である。したがって、これもやはりアジアあるいはASEANが統合 するにあたって忘れてはならない点である。

そして最後に、制度をきちんと確立するということ、これが非常に重要である。

ASEANは制度としてはまだ十分に出来上がっていない。事務局はあるが、まだ まだ人数も足りないし、その権限もまだまだ小さい。このような状況で共通市場 を運営していくのは不十分である。各国とももっとコミットメントをしてASEANの 制度を拡充することが必要であろう。

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最後に、ASEAN経済共同体の構築にあたり、こうあってほしいということを含め ながらいくつかポイントを述べたい。ASEANの中にはまだ十分に発展を遂げてい ない国もあり、こういった諸国をどう扱っていくかを十分に考えるべきであろう。

このような心配はEECの場合にはなかった。しかし、特別な取り扱いをするとい うのは統合の度合いを下げるということではなく、移行に必要な時間を長くとると いうことになるはずだ。そしてASEANの商業政策をいかに発展レベルの異なった 国の統合という現実に合わせていくかということが一番重要であろう。ASEANが 本当の意味で経済共同体になりたいのであれば関税同盟を結成する必要がある。

各国が自由に独自の関税をかけたいのであれば統一市場にすることはできない。

実際これは非常に大きな問題である。シンガポール、ブルネイでは関税は0%であ る一方、他の国々は分野によっては相対的にかなり高い関税を設けている。

ASEANの場合、対外共通関税は0%にならざるを得ない。ASEANがシンガポ ールに関税を0%から数%に引き上げてくれというわけにはいかない。そして、シ ンガポールが加盟しないのであればASEANの関税同盟は意味がない。AFTA における関税引き下げを多国間でやるべきと1996年にフィリピンが提案した。こ れは自由貿易に向かう方向であった。この案は他のASEAN諸国からの支持もあ ったが、不幸なことに97年にアジア通貨危機が起こったために棚上げ状態にな ってしまった。

もう1つの問題は労働市場の統合である。非熟練労働者の自由な移動につい ては寛容であり、実際にASEANをみれば発展段階の低い諸国から先進ASEAN 諸国に多く動いている。問題は熟練労働者の移動である。FDI(対外直接投資)

が自由に行われるためには熟練労働者が自由に動けることが必要である。理論上 は問題なさそうだがやはり現実は厳しい。実際に労働力を自由に動かしたいと思 った時、専門家であってもその資格を各国で相互認定しなければいけないし、大 学でとった学位の相互認定ということも必要になってくる。

次に資本の自由な移動の問題である。FDIはうまく行くだろうが、それ以外につ いては困難に直面するだろう。国際収支に関するセーフガードも必要である。サー ビス面の統合も大きく拡充する必要がある。共通市場にするということは様々な技 術的な問題があるということを意味する。技術的な問題を解決していくためには強 い政治的コミットメントが必要である。ASEANリーダー達は統合の意思を表明して いるが、こういう困難を熟知した上で、本当にそう思っているかどうかを見定める必 要があろう。

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5.

おわりに

アジアでの経済協力、経済統合の動きはASEANを中心に展開してきた。

ここにきてASEANを取り巻く環境が大きく変化し、ASEANと中国、ASEAN と日本、ASEANと韓国、ASEANとインドのFTAも進みつつある。はじめに 述べたようにASEAN+3の協力も進展している。これまでのASEAN中心の 統合への政治的動きは、日本などの経済的動きと不可分のものであった。多 国籍企業の生産・流通ネットワークは東アジア全体へ広がりをみせ、民間の経 済活動だけでも事実上の統合を進めてきているところを目のあたりにし、そして また中国、韓国、日本、インド、オーストラリアという大国の統合への政治的関心 の強さをみるにつけ、ASEANの求心力が薄れつつあるのも事実である。

ASEANがイニシアティブを握ってきたASEAN+3は、東アジア首脳会議へ の改組が進められつつあり、今後、中国と日本、韓国と日本がより積極的に地 域統合のイニシアティブをとるようになれば、ASEAN自体が今後、マージナラ イズされる危険性もある。ASEANは、これまでの重要な機能である域外交渉 力の確保のためにも、そして東アジアとの地域協力において重要な役割を維 持し続けるためにも、自らの協力・統合を深化し加速させなければならないこ とは自明であろう。

ヨーロッパのEUへの進化とは似て非なるアジアの経済統合であるがゆえに 楽観は許されないが、確実にいえることは、アジアにとって世界市場が必要な わけで、その意味において、決して内向きになることなく、APECのいわば開か れた地域主義(Open Regionalism)の精神を堅持しつつ一歩一歩統合への道 へ歩むことが求められているのである。

1) http://www.wto.org/english/tratop_e/region_e/regfac_e.htm

(2006年11月28日参照)

2) 当日の3名の講演のテープ起こしと図表の日本語訳を松村が担当した。阿部 が再構成、「はじめに」と「おわりに」を書き加え、講演内容についても必要な ところは注をつけて読みやすくした。佐藤裕子さんは講演会当日の準備のみ ならず、労を惜しまず草稿に目を通してくれた。少しでも読み易くなっていると するとそれは彼女の貢献である。記して感謝したい。

3) The Great Illusion - a Study of the Relation of Military Power to National Advantage, Norman Angel London: W. Heinemann 1911またObscure Press 2006/2/28。

4) 1997年12月に第1回ASEAN+3 首脳会議が開催されている。

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5) バグワティは、2国間FTAがとめどもなく締結されるとさながらボールの中 のスパゲッティのようで、収拾がつかないことを「スパゲティボール効果」

と呼んだ。アジアではスパゲティよりヌードルの方がポピュラーなので、

うどんやそばという表現をとることが多い。

6)AFTAASEAN Free Trade Area)は、1992年1月の第4回ASEAN 首脳会 議(於:シンガポール)においてASEAN域内の自由貿易構想として正式に 合意され、1993年から2008年までの15年間でAFTAを実現することで合意 した。1993年1月より、AFTA実現のためのメカニズムである共通有効特恵 関税(CEPTCommon Effective Preferential Tariff)スキームが開始された。

その後、CEPTの最終関税率(0〜5%)実現目標年は累次前倒しされ、原加 盟国1は2002年、新規加盟国2は一番遅いカンボジアで2007年となっている。

参考文献

青木健・馬田啓一(編著)

『日本の対アジア経済政策』日本評論社2004

阿部茂行「FTA時代のAPECと日本」『ヌーベル・エポック』2003 清水 一史

ASEANと地域主義―ASEAN域内経済協力の過程と課題―」2006 http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/crep/pdf/dp/dp3.pdf

(2006年11月28日アクセス)

K. Krumm/H.Kharas著 田村勝省訳『東アジアの統合――成長を共有 するための貿易政策課題』シュプリンガー・フェアラーク2003

Shigeyuki Abe and Michael G. Plummer, “Regional Integration in Asia” Fatemi, Kasrow (ed.), The New World Order 2000

参照

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