国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界
― ダンバートン・オークス会議を素材として ―
著者 瀬岡 直
雑誌名 同志社法學
巻 58
号 2
ページ 521‑567
発行年 2006‑06‑30
権利 同志社法學會
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000010950
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二一同志社法学 五八巻二号
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界
―
ダンバートン・オークス会議を素材として―
瀬 岡 直
目次はじめに第一章 大西洋憲章からテヘラン会談まで 一.大西洋憲章︑連合国宣言及びモスクワ宣言 二.テヘラン会談第二章 ダンバートン・オークス会議 一.ダンバートン・オークス提案の概観 二.安全保障理事会の表決手続
1.会議当初の見解
2.英米案とソ連案の提示
︵九六一︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二二同志社法学 五八巻二号
3.妥協案の決裂 三.ダンバートン・オークス会議の問題点おわりに
はじめに
本稿の目的は
︑
主にダンバートン・
オークス会議を素材として︑
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界を考察することにある
︒
半世紀以上も前に樹立された国際連合は
︑
人類未曾有の惨禍をもたらした第二次世界大戦の失敗を繰り返さないためにいわゆる集団安全保障体制を整備する制度として出発した
︒
ここに集団安全保障体制とは︑
まずできるだけ多くの国家を一つの体制に抱え込み︑
相互の紛争解決手段として武力に訴えないことを約束する︒
そして︑
この約束に違反して他国に武力行使を仕掛けた国家は
︑
当該他国のみならず体制に参加しているすべての国家に対して武力行使を仕掛けたものとみなされ︑
他のすべての国家から共同で制裁行動を加えられる ︵︒
1︶国連憲章の具体的な条文に照らしてこの仕組みを概観するならば
︑
まず国連憲章は紛争の平和的な解決義務を定めると共に︵
第二条三項︶︑
加盟国の国際関係における﹁
武力による威嚇又は武力の行使﹂
を一般的に禁止する︵
第二条四項
︶︒
そして︑
ある加盟国が武力の行使等によって国際の平和及び安全を脅かした場合︑﹁
国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任﹂︵
第二四条一項︶
を負う安全保障理事会は︑﹁
平和に対する脅威︑
平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し
﹂︵
第三九条︶︑
経済制裁を含む非軍事的措置を発動する︵
第四一条︶︒
さらに︑
非軍事的措置では不十分な場合︑
︵九六二︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二三同志社法学 五八巻二号
﹁
国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍︑
海軍又は陸軍﹂
による軍事的制裁を発動する︵
第四二条︶︒
もっとも加盟国は︑
自国に対して﹁
武力攻撃が発生する場合︑
安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間
︑
個別的又は集団的自衛の固有の権利﹂
の行使を妨げられない︵
第五一条︶︒
そして
︑
安全保障理事会の﹁
決定﹂
は全加盟国を拘束するけれども︵
第二五条︶︑
手続き以外の事項︵
いわゆる実質事項
︶
に関する﹁
決定﹂
は﹁
常任理事国の同意投票を含む九理事国の賛成投票によって行われる﹂︵
第二七条三項︶︒
だがこれを裏返せば︑
常任理事国が一カ国でも実質事項に関する安保理決議案に対して反対票を投ずれば︑
当該決議案は葬り去られることになる
︒
これが一般に常任理事国の﹁
拒否権﹂︵ veto ︶
と呼ばれるものである︒
従来︑
強制措置をはじめ実質事項に関する常任理事国の拒否権は︑
国連憲章上︑
常に例外なく認められると一般に解 されてきたように思われる ︵を基国連加盟国は依然として国連憲章第二条四項にづききがとれないにもかかわらず武力による威嚇又は武力の行使
︑
身動︒
拒否権その結果︑
こうしたいわば無制約のがく投じられた場合︑
安全保障理事会が全 2︶一般的に慎む義務を負うと主張されてきている
︒
ところが︑
とりわけ冷戦終焉後︑
国際社会における五大国の力関係が大きく変化すると共に︑
人権の国際的保障をはじめとする国際社会の共通利益がより強く意識されていくにつれて︑
国際社会は
︑
従来の拒否権制度を動揺させる事態に少なからず直面し始めている ︵︒
その結果︑
国際社会の共通利益を著し 3︶く阻害するような五大国の拒否権行使に対して何がしかの制限を加えていこうとする動きが徐々に高まりつつあるように見受けられる ︵
︒
もっとも︑
国際社会は根本的には依然として力・
利益・
価値 4︶︵の鋭く対立する主権国家が並存する分権 5︶
的な社会であり
︑
その結果︑
拒否権の行使を制限する試みは五大国間の分裂を誘発しひいては大規模な武力闘争を勃発させかねないため︑
こうした近年の試みに対して強硬に反発する主張も決して少なくない︒
では我々は
︑
国連憲章が制定されてから半世紀以上も経つ今日︑
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界︵九六三︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二四同志社法学 五八巻二号
をいかに考えてゆくべきなのだろうか
︒
第二次大戦直後と比べて相対的に力が低下している一部の常任理事国が︑
生まれつつある国際社会の共通利益を著しく阻害するような拒否権を投ずる場合
︑
一体︑
当該拒否権の行使は国連憲章上いかに捉えうるのだろうか︒
果たしてかような拒否権は︑
政治上ないし道徳上はともかく︑
少なくとも国連憲章上合法であると結論する他ないのだろうか
︒
また︑
かような拒否権が国連憲章上行使されうるとしても︑
国連集団安全保障体制︑
とりわけ国連憲章第二条四項は依然としてそのまま妥当すると評価せざるを得ないのだろうか︒
このように
︑
人権の国際的保障をはじめとする国際社会の共通利益が確立しつつある現実を直視するならば︑
我々は︑
そもそも常任理事国の拒否権はいかなる目的を実現するための手段として認められているのか︑
を今一度熟考する時期に差し掛かっているのではなかろうか
︒
なぜなら︑﹁
時として人は︑
規範の指示する行為が社会の或目的を達する為の手段であり︑
唯その故に価値あるものであることを忘却して︑
恰かも絶対的価値あるものなるかの如く考へることがある ︵
国認に関する拒否権を依然として全面的にめの続ける従来の学説は
︑
拒否権制度が実質事項五大国るにもかかわらず︑ ﹂
にからである︒
その意味では︑
とりわけ冷戦終焉後が拒否権制度多かれ少なかれ動揺しているように見受けられ 6︶連集団安全保障体制の何がしかの目的を実現するための手段であることを忘却して
︑
あたかも絶対的な価値であるかの如く考えてきたきらいがありはしないだろうか︒
こうした最近の展開を踏まえた問題提起もさることながら
︑
より根本的には︑
そもそも五大国の拒否権は自国の死活的利益を守るために止むなく認められたものではなかろうか︒
だとすれば︑
ある紛争の当事国ではない五大国の拒否権は
︑
行使され得ないと断定し得ないとしても︑
少なくとも何がしかの制限に服する権利又は裁量として誕生したのではなかろうか︒
とすれば︑
近年の事例における拒否権行使をめぐる問題を考察する前提として︑
拒否権制度の意義と限界を国連憲章の起草過程にまで遡って今一度掘り下げて検討すべきではなかろうか
︒
︵九六四︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二五同志社法学 五八巻二号 たしかにおよそ政治なき法が存在し得ないとすれば
︑﹁
拒否権の行使は︑
基本的には︑
大国を軸とする国家間の対立の原因であるよりは︑
これらの国家間の利害対立の結果として生じる ︵権て否拒
︑
にうよのこ︑﹁
っあでのるえ言もと﹂
7︶制度が
︑
理事会と国際連合の活動を妨げる真の原因でないとすれば︑
この制度をめぐる基本的な問題の解決は︑
制度的な改変を企てるだけでは得られない・ ・ ・ ︒・ ・ ・
国際連合が理想どうりに活動していないとしても︑
その主たる原因は︑
機構の制度的な不備にあるよりも
︑
その構成員である国家とさらには人間の側にある ︵︒
をわれる思いているように突に的確一面﹂
の真理は評価の東泰介といった 8︶しかし
︑
同時に︑
横田喜三郎と尾高朝雄が共に問題提起するように︑﹁
国際連合の組織としては︑
拒否権という制度があるために︑
この対立が容易に表面に現われ︑
平和と安全の維持を不可能にしている︒
そこで︑
根本の対立の緩和も 必要であるが︑
国際連合の組織としては︑
拒否権が大きな缺点であるから︑
これを修正することが望ましい ︵存はいわが法なき政治およそ
︑
にあるのであって関係の不即不離ば政治と法︑
本来︑
なぜなら︒
うるのではなかろうか﹂
え考とも 9︶在し得ないのと同じく
︑
法なき政治もあり得ないはずだからである ︵︒
10︶したがって
︑
拒否権制度を支える国連加盟国︑
ひいては人間自身が抱える問題も十分視野に入れる必要があるけれども
︑
同時に︑
拒否権制度それ自体が国連加盟国の政治行動に与える影響も決して看過し得ないのではなかろうか︒
だとすれば
︑
かような影響を十分踏まえたうえで ︵︑
加に対して一定の制約がえられていく︑
可能性を積極的に検討すべきではなかろうか︒
まして拒否権行使けて向に実現 のは︑
国連集団安全保障体制の目的たる平和及国際︑
び安全の維持の我々 11︶安保理改革が幾度も頓挫し近い将来実現する見込みがきわめて低いことを想起すれば
︑
我々は国際法の観点からこの拒否権問題をもはや避け続けることは許されないのではないか︒
そして拒否権問題を考察する際
︑
とりわけ田岡良一の次のような指摘を真摯に受け止めなければならない︒
すなわち︑
︵九六五︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二六同志社法学 五八巻二号
﹁
法律学に於いて重要な問題は︑
規範を︑
之を発生せしめた社会的︑
政治的事情と関係せしめて理解し︑
これによって此の規範の有する社会的機能を知り
︑
もって規範適用の限界を確定することである ︵政治を
︑
国際社会の平和維持機構における権力的要素端的制度に反映しており︑
まさしく法とは﹁
拒否権︑
するとおり 介ぜなら︑
東泰が﹂︒
的確に評価な 12︶の交接点におかれている ︵
のしたに検討するのではなく
︑
それが誕生政治的だけを︑
社会的背景を十分踏まえつつ︑
拒否権制度表面的字面の制度︑
を有しているからである︒
だとすれば我々﹂
は︑
国連集団安全保障体制における拒否権特徴 13︶意義と限界を国際法の観点に基づき真正面から考察しなければならない
︒
その際︑
さきにふれたとおり︑
とくに︑
五大国の拒否権は自国の死活的利益を守るために止むなく認められたものではないか︑
だとすれば︑
ある紛争の当事国ではない五大国の拒否権の意義と限界はいかなるものか
︑
を国連憲章の起草過程まで遡り掘り下げて考察する必要があるのではなかろうか︒
かような問題意識のもとに
︑
本稿は国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界を主にダンバートン・
オークス会議を素材として踏み込んで考察しようとするものである︒
その際まず︑
大西洋憲章からテヘラン会談までの新たな国際機構の樹立に向けての動きを概観し
︑
ついで︑
ダンバートン・
オークス会議における拒否権に関する議論を掘り下げて考察する︒
そして最後に︑
今後の課題も視野に入れながら問題提起を行うことにしたい︒
なお
︑
本稿を検討するにあたって以下の二点を断っておきたい︒
第一は︑
対象時期に関するものである︒
本稿は︑
あくまでも国連集団安全保障体制における拒否権に関する起草過程 を考察するものであるため︑
国際連盟の集団安全保障体制における表決制度 ︵き動の内 ︵ 向各国けてのに国際機構たな新
︑
びに並︑
14︶・
はンバートンダでも中の起草過程の国連憲章︑
本稿さらに︒
にふれるにとどめたい簡単りにおいて限な必要は 15︶オークス会議に焦点を当てるものであるため
︑
ヤルタ会談及びサンフランシスコ会議における議論は紙幅の関係上考察 ︵九六六︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二七同志社法学 五八巻二号 を差し控えることにし
︑
これらの考察は今後の課題としたい︒
なお︑
この意味でも本稿は︑
国連集団安全保障体制における拒否権研究の序論的考察として位置づけられるものである︒
第二は
︑
対象分野に関するものである︒
本稿は︑
集団安全保障体制と密接に関係する国連憲章第七章に関する拒否権に焦点を当てる︒
たしかにこれまで拒否権が実際に投じられてきた分野は︑
国家の国連加盟︑
国連事務総長の任命︑
紛争の平和的解決
︑
国際の平和及び安全の維持︑
国連憲章の改正等々︑
きわめて多岐にわたっている︒
だが︑
これらの分野すべてを考察することは考察の対象として余りに広すぎるのみならず︑
たとえ考察し得たとしてもその結果導き出されるであろう結論も実益に乏しいように思われる
︒
したがって︑
本稿は国連憲章第六章の紛争の平和的解決をも視野に入れたうえで︑
近年最も問題とされている国連憲章第七章に関する拒否権の意義と限界を掘り下げて考察することにしたい ︵
︒
16︶第一章 大西洋憲章からテヘラン会談まで
一.大西洋憲章︑連合国宣言及びモスクワ宣言
一九三九年九月
︑
ドイツのポーランド侵攻に対して英仏両国が宣戦布告したことを機に第二次世界大戦が勃発した︒
そして︑
ドイツ軍が瞬く間にポーランドやフランスを占領するのみならずソ連にも侵攻しつつある事態の悪化を受けて︑
一九四一年八月一四日︑
フランクリン・
ルーズベルト︵ Franklin D. Roosevelt ︶
米大統領とウィンストン・
チャーチル
︵ W inston S. Churchill ︶
英首相はいわゆる大西洋憲章を発表した ︵し甘していたチャーチルは
︑
未だ中立の立場にんじていたいことを米国を勢力均衡の観点から参戦させようと腐心理解 なはれ時︑
英国だけで決︒
定的な勝利を得ら当 17︶ていた
︒
他方︑
ヨーロッパの勢力均衡を崩すドイツの台頭がやがて米国に波及することを的確に読み取っていたルーズ︵九六七︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二八同志社法学 五八巻二号
ベルトは
︑
依然として孤立主義的な姿勢を崩さない米国民に対し︑
この戦争の目的として四つの自由に基づく新しい国際秩序の構想へ訴えかける必要に迫られていた ︵
︒
18︶こうした背景の下に公表された大西洋憲章は
︑﹁
両者が︑
世界のより良き将来に対する希望の基礎とする両国の国内 政策における一定の共通原則を公にする ︵一般的安全保障制度な恒久的かつ層広範 ︵ 等経済の発展共々と自に
︑﹁
一由︑
不権のであり︑
領土拡﹂
大︑
人民の自決も 19︶樹国際連盟の国際機構たな新わる代に
︑
ここにはじめて︒
した言及に確立の﹂
20︶立が
︑
婉曲的な言い回しながら国際社会に向けて明らかにされたのであった︒
ところが
︑
日本が真珠湾を奇襲し英米に対して宣戦布告するや否や︑
一九四二年一月一日︑
英米両国は︑
枢軸諸国に対する大同盟を形成するため他の諸国と共に連合国宣言を発表した
︒
そして︑
この連合国宣言において英米ソ中の四大国をはじめとする﹁
この宣言の署名国政府は︑
大西洋憲章・・・
に包含された目的及び原則に関する共同綱領に賛意を表 ︵
国では一般的安全保障制度
﹂
の樹立に賛同した︒
その意味︑
連合国宣言は通常の軍事同盟以上のものであって︑
新たな 一層広範な恒久的かつ﹁
四大国う至った︒
かくして︑
英米ソ中のを﹂
含む二六の連合国が︑
大西洋憲章の謳するに 21︶際機構の萌芽を示すものであったとも言えよう ︵
の対立連も
︑
イデオロギーの鋭いにもかかわらず共産主義国家︑
枢軸諸国を撲滅する第二次世界大戦たるソ︑
けれども 大半︒
していた属に自由主義陣営は国家のした署名に連合国宣言︑
なお 22︶遂行上
︑
連合国宣言に署名するに至った︒
さらに
︑
一九四三年一〇月三〇日︑
英外相アンソニー・
イーデン︵ Anthony Eden ︶︑
米国務長官コーデル・
ハル︵ Cordell Hull ︶
及びソ連外相ヴィアチエスラフ・
モロトフ︵ V yacheslav . M. Molotov ︶
の三国外相会談がモスクワで行われた成果として︑﹁
一般安全保障に関する四国宣言﹂︵
モスクワ宣言︶
が採択された︒
そしてこの宣言の第四項において︑
英米ソ中の
﹁
四国は︑
できるだけ早い時期に一般的国際機構を設立する必要があり︑
この機構はすべての平和愛好国の主権平 ︵九六八︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五二九同志社法学 五八巻二号 等の原則に立脚し
︑
国際の平和と安全の維持のため︑
国の大小を問わず︑
これらのすべての国の加盟に開かれることを認めること ︵に国明確ついてに国際機構の戦後めて始において宣言はモスクワカ四の中ソ英米
︑
かくして︒
した合意に﹂
23︶合意するに至った ︵
︒
24︶二.テヘラン会談
モスクワ宣言が採択されてからおよそ一ヶ月後
︑
一九四三年一一月二八日から一二月一日まで︑
ルーズベルト︑
チャ ーチル︑
ヨセフ・
スターリン︵ Josef Stalin ︶
ソ連首相の三大国首脳会談がテヘランで行われた︒
このテヘラン会談における議論の大半は︑
欧州の第二戦線をはじめとする軍事的な問題に費やされたけれども︑
新たな国際機構をめぐる議 論が全くなかったわけではない︒
否︑
それどころかルーズベルトは︑
テヘラン会談二日目のスターリンとの会合において戦後国際機構における集団安全保障体制の構想をかなり詳しく説明したのであった ︵︒
では︑
ルーズベルトは具体的に 25︶いかなる構想を打ち出し
︑
それに対してスターリンはいかに反応したのだろうか︒
ルーズベルトの構想によれば
︑
まず戦後の新たな国際機構は以下三つの主要な機関から構成されるものであった︒
すなわち
︑
第一は総会である︒
総会は︑﹁
およそ三五カ国の加盟連合国により構成される大きな機関であり︑
様々な場所で定期的に会合を開き
︑
討議し︑
より小さな組織に対して勧告を下す ︵﹂
役割を果たすものであった︒
26︶第二は
︑
執行理事会︵ The Executive Committee ︶
である︒
執行理事会は︑
英米ソ中の四大国に加えて︑
欧州から二 カ国︑
南米︑
近東︑
極東︑
英自治領から各一カ国によって構成される︒
そして︑﹁
この執行理事会は︑
農業︑
食料︑
健康及び経済問題のような非軍事的な問題を扱う ︵﹂
機関であった︒
27︶そして第三は
︑
英米ソ中から構成される﹁
四人の警察官︵ The Four Policemen ︶﹂
である︒
ルーズベルトによれば︑﹁
こ︵九六九︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三〇同志社法学 五八巻二号
の機関は
︑
行動を必要とする平和に対する脅威及び急迫した緊急事態すべてを即時に扱う権限を有する ︵﹂
ものであった︒
28︶そして
︑
彼は︑﹁
一九三五年︑
イタリーがエチオピアを攻撃したとき︑
唯一存在していた仕組みは国際連盟であった ︵通
︑
もしなかった︒
その結果イろタリー軍はスエズ運河を何こ題とれども︑﹁
連盟はこの問を論争しただけで結局のけ﹂
29︶航しエチオピアを壊滅させたのである ︵
みが存在することができただろう閉鎖を運河スエズ
︑
ばしていたなら ︵︑﹁
組仕の官察警の人四しもで体え連盟集団安全保障制﹂
の欠陥を想起したうと 30︶﹂
と指摘して︑
新たな国際機構が﹁
四人の警察官﹂
31︶構想を採用する意義について力説したのであった
︒
ところが
︑
ルーズベルトの﹁
四人の警察官﹂
構想に対して︑
スターリンは︑﹁
ヨーロッパの小国が四人の警察官から構成される機構を好むだろうとは思わない
︒・・・
たとえば︑
ヨーロッパのある国家は︑
おそらく︑
中国が自国に対して一定の仕組みを適用する権利を有することに憤慨するだろう︒
いずれにせよ︑
中国が戦後大きな力を有しているだろうとは思わない ︵
した提案を創設の委員会 ︵ は共に欧州又な極東の地域的樹立との一
﹂
な世界的︑
として代案つのありうる機構︑
げかけ投を反論と 32︶︒
これに対してルーズベルトは︑
このスターリンの見解がチャーチルの地域的な委員会に関す 33︶る見解と幾分似通っていることを指摘したうえで
︑﹁
米国議会が︑
米国の軍隊を欧州へ派遣することを強いるかも知れない純粋な欧州委員会への参加に︑
合意するか否か疑わしい ︵﹂
と牽制した︒
34︶しかしながらスターリンは
︑﹁
米国大統領が提案した世界機構︑
とりわけ四人の警察官もまた︑
欧州へ米国軍隊の派遣を必要としうるだろう ︵対ルに対してルーズベト疑は
︑﹁
ヨーロッパに問の疑こ至極もっともな問﹂
を投げかけた︒
と 35︶しては米国の空軍及び海軍の派遣のみを想定しているのであり
︑
英国及びソ連は︑
平和に対する何らかの脅威が将来生じる場合︑
陸軍を指揮しなければならないだろう ︵﹂
と自らの構想を打ち明けた︒
36︶さらにルーズベルトは
︑
将来起こりうる平和に対する脅威へ対処する二つの方法を練っていた︒
第一に彼は︑﹁
もし ︵九七〇︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三一同志社法学 五八巻二号 平和に対する脅威がある小国の革命ないしその進展の結果から生じるのであれば
︑
隔離︵ quarantine ︶
の方法︑
すなわち︑
問題となっている小国の国境を閉鎖し禁輸措置を課す方法を適用することが可能である ︵﹂
と指摘した︒
第二に︑﹁
もし 37︶平和に対する脅威がより深刻なものであれば
︑
警察官として行動する四大国は︑
問題となっている国家に対して最後通牒を送り︑
もし拒絶されればその国家に対して即時に空爆を行い︑
必要ならば当該国家に進攻するだろう ︵﹂
と述べて︑
38︶﹁
四人の警察官﹂
が国際の平和及び安全を維持するいわば執行者として主要な責任を負っていることを強調した︒
だが
︑
かような一般的かつ抽象的なルーズベルトの構想に対して︑
冷徹な現実主義者であるスターリンは︑﹁
もし阻 止されなければ︑
ドイツは一五年から二〇年以内で完全に復興するだろう︒
したがって︑
我々はルーズベルト大統領が提起した類の機構よりも重要な︵ serious ︶
ものを設立しなければならない ︵再でるよに国諸軸枢もまくあ
︑
し論反と﹂
39︶侵略の防止を念頭に置く国際機構の構想を具体的に練るよう釘を刺した
︒
最終的に︑
ルーズベルトはスターリンの所見を受け入れ︑﹁
世界の戦略上の立場は︑
ドイツと日本による侵略の再現を阻止する何がしかの世界機構を自由に創設することにあるべきだ ︵
﹂
と強調してこの会合を締めくくったのである︒
40︶以上
︑
テヘラン会談における新たな国際機構に関する議論を若干詳しく検討した︒
その結果︑
本稿の観点からすれば何よりもまず
︑
ルーズベルトが集団安全保障体制の基本的な枠組みとして﹁
四人の警察官﹂
構想を明確に打ち出した点が大変興味深い︒
その際彼は︑
イタリーのエチオピア侵攻の実例を挙げつつ連盟集団安全保障体制の欠陥を指摘したうえで
︑
侵略国を叩く大国 ︵するも勢力均衡の警察官
﹂
構想は︑
あくまでも四大国間のを﹁
図りながら国際の平和及び安全を維持四人ーズベルトの 構想ルをきわめて重視する﹁
四人の警察官﹂
のの意義を幾度も強調していた︒
もっとも︑
責任 41︶のであって
︑
その意味では︑
伝統的な勢力均衡政策と集団安全保障体制の妥協の産物であった ︵︒
そしてテヘラン会談に 42︶︵九七一︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三二同志社法学 五八巻二号
おける議論を見る限り
︑
彼のこうした雄大な構想は始めから様々な問題点を抱え込んでいたように見受けられるのである
︒
そもそも集団安全保障体制たる
﹁
四人の警察官﹂
構想が有効に機能するためには︑
少なくとも︑
四大国の力が多かれ少なかれ均衡していること
︑
それぞれの国益の相違にもかかわらず四大国が平和に対する脅威に関してほぼ同じ価値観を共有すること︑
そして︑
平和に対する具体的な脅威を鎮圧するために四大国が一致団結して強制措置を発動すること︑
が必要不可欠であると考えられる ︵
めるこ
︒
程度に必ずしも力が均衡しているわけではなかったこのことは︑
スターリンが中国を警察官の一員として認る をあわせう歩調中けて︑
まず第一に︑
英米ソの︒
四大国は︑
共通の目的に向ところが 43︶とに強く反発した点からも裏付けられよう
︒
その意味では︑
力の点で優るある大国が共通の目的を重視するその他の大国の反対を押し切って自国の利益を一方的に追求するおそれも決して小さくなかったと評価しうるのではなかろうか︒
第二に
︑
四大国が平和に対する脅威に関してどこまで同じ価値観を共有していたのか必ずしも判然としないように思われる︒
たしかに四大国は枢軸諸国の再侵略を阻止する一点に関しては多かれ少なかれ価値観を共有していたように見 受けられる ︵―
味々国大四︑
てし関に等価題問地民植のカリフアの値アく意のそ︒
たいてし立対し観激かろこどるす致一は・
ジア―
か主産共か義主由自ばとえた脈文の他のそ︑
が義と︒
に︑
権人的本基るけお会い社際国︑
制体家国たっだ 44︶では
︑
少なくとも当時︑
枢軸諸国による再侵略の文脈から離れた紛争に関しては︑
そもそも集団安全保障体制の理論的な前提が欠けていたと言わざるを得ないのではないか︒
この点に関しては
︑
新たな国際機構の直面する脅威としてルーズベルトが︑
中小国間の比較的小規模な紛争と地域大国が絡む大規模な紛争の二つを想定しつつ︑
一般的かつ抽象的な脅威を前提とする議論を展開したのに対して︑
スター リンはあくまでも枢軸諸国による再侵略の防止といった個別具体的な脅威を終始念頭に置いていたことが注目されよう ︵︒
45︶ ︵九七二︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三三同志社法学 五八巻二号 もっとも
︑
テヘラン会談の討議を子細に見るならば︑
ルーズベルトも︑﹁
もし日本が米国を攻撃しなかったならば︑
ヨーロッパへほんの僅かの米国軍隊をも派遣し得ただろうか甚だ疑わしい ︵︑
あはで味意のそ︑
てっでのたいてし言発と﹂
46︶彼自身でさえどこまで一般的な集団安全保障体制を念頭に置いていたのか必ずしも明らかでない
︒
ここに︑
力・
利益・
価値が未だ鋭く対立する主権国家が並存する分権的な国際社会において︑
予め不特定ないし抽象的な脅威に対抗することを想定する一般的な集団安全保障体制を適用する構想の限界が垣間見えるように思われる
︒
第三に
︑
ルーズベルト︑
チャーチル︑
スターリンのいずれも︑﹁
もしある警察官が侵略国に転ずる場合に何が生ずる のか︑
といった問題を全く提起しなかった ︵をとりうるのだろう他を攪乱した場合
︑
警察官たるのが大国︑
ひいては新たな国際機構はいかなる対応平和大国自身き の︒
果たして︑
警察官として国際平和﹂
を維持する責任を担うべことである 47︶か
︒
またその際︑
平和を攪乱している当該大国はいかなる立場をとりうるのだろうか︒
そして第四に次のような状況にも着目する必要があろう
︒
すなわち︑
警察官たる四大国が︑
自らの死活的利益は脅かされていないけれども依然として国際の平和を攪乱している中小国間の紛争に対していかに行動するかをめぐって対立する場合
︑
一体︑
新たな国際機構はいかなる表決手続に基づきどのような措置を発動しうるのか︑
とりわけその際︑
果たして警察官として行動すべき四大国はいわば拒否権を無制約に行使しうるのだろうか
︒
たしかに
﹁
四人の警察官﹂
構想は︑
ナポレオン戦争終結後に形成された絶対君主国家間の正統主義に立脚するヨーロッパ協調のように︑
共通の価値観を有する戦勝国の同盟を通じて平和を維持する試みであったように思われる ︵︒
しかし︑
48︶以上の考察を踏まえるならば
︑
遅かれ早かれ︑
右に指摘した集団安全保障体制の根本的な問題が噴出してくることは誰の目にも明らかであったのではなかろうか︒
だが︑
結局のところ︑
ソ連を新たな国際機構の警察官に取り込むことを主眼としたテヘラン会談において
︑
四大国の分裂を想定するこれらの問題は︑
たとえ集団安全保障体制の根幹に触れるき︵九七三︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三四同志社法学 五八巻二号
わめて重要なものであったとしても
︑
正面から提起されることはできなかったと言えよう ︵︒
49︶しかしながら
︑
分権的な主権国家体制と国際社会の一体性を大前提とする集団安全保障体制との緊張関係を如実に表すこれらの問題 ︵︑
見において会議オークス・
ンバートンダるに次︑
そして︒
にされうるはずはなかった不問がいつまでも 50︶これらの問題をめぐる侃々諤々の議論が闘わされることになったのである
︒
第二章 ダンバートン・オークス会議 一九四四年八月二一日から一〇月七日にかけて
︑
英米ソ中の四大国は︑
新たな国際機構の枠組みを話し合うため米国の首都ワシントン郊外にあるダンバートン
・
オークス邸に集った︒
このダンバートン・
オークス会議は︑
連合国宣言に署名したソ連が未だ日中戦争に対して中立を堅持していたので︑
次のような二段階を踏んで行われた︒
すなわち︑
まず八月二一日から九月二八日まで開催された英米ソの第一会議においてこれら三大国が新たな国際機構の骨格を話し合い
︑
ついで︑
九月二九日から一〇月七日まで開かれた英米中の第二会議において︑
英米両国と議論を交わした中国がその骨子に概ね同意したことを受けて
︑
一〇月九日︑
最終的に﹁
一般的国際機構の設立に関する提案﹂
と題するダンバートン・
オークス提案が公表されるに至った ︵︒
51︶では
︑
ダンバートン・
オークス会議において︑
英米ソ中の四大国は新たな国際機構の目的としていかなる戦後の国際秩序を目指していたのだろうか︒
また︑
それを実現するための手段として︑
どのような安全保障理事会の表決手続を提示していたのか
︒
かような問題関心を踏まえて︑
本章はまず︑
最終的に公表されたダンバートン・
オークス提案を概観する︒
ついで︑
ダンバートン・
オークス会議当初における英米ソの各見解を紹介すると共に︑
安全保障理事会の表決手続が最も集中的かつ徹底的に討議された九月一三日の会合を考察したうえで
︑
ダンバートン・
オークス会議の問題点を ︵九七四︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三五同志社法学 五八巻二号 正面から提起することにしよう
︒
なお
︑
安全保障理事会の表決手続と密接に関係するように思われる安全保障理事会の構成及び機能︑
安全保障理事会 と総会の権限関係︑
条文の改正並びに新たな国際機構からの脱退をめぐる議論は︑
紙幅の関係上︑
考察を控えることにしたい︒
また︑
英米中の第二会議は英米ソの第一会議における議論を覆すものではなかったので︑
本稿では省略する ︵︒
52︶一.ダンバートン・オークス提案の概観
英米ソ中の四大国は
︑
それぞれ新たな国際機構に関する提案を作成したけれども︑
結局︑
国際機構の樹立に最も熱心な米国のきわめて詳細な提案がダンバートン・
オークス提案の骨格となった ︵︒
その意味では︑
ダンバートン・
オークス 53︶提案における安全保障の構想は
︑
国際連盟規約と同じく︑
外交政策において法律的・
道徳的な要素を重視する米国的な思考の色彩が濃いものであったと言えよう ︵︒
54︶ダンバートン
・
オークス提案は︑
当時︑
甚大な被害をもたらしていた第二次世界大戦の失敗を繰り返さないためにいわゆる集団安全保障体制を採用することにした︒
ダンバートン・
オークス提案の具体的な条文に照らして集団安全保障体制の仕組みを概観するならば
︑﹁
国際の平和及び安全を維持すること﹂︵
第一章第一項︶
を目的とする新たな国際機構は
︑
まず︑
紛争の平和的解決義務を定めると共に︵
第二章第三項︶︑
加盟国の国際関係における﹁
武力による威嚇又は武力の行使﹂
を一般的に禁止する︵
第二章第四項︶︒
そして︑
ある加盟国が武力の行使等によって国際の平和及び安全を脅かした場合
︑﹁
国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任﹂︵
第六章第B節第一項︶
を担う安全保障理事会は︑
できる限り紛争の平和的な解決に向けて努めると共に︵
第八章第A節︶︑
必要な場合は﹁
平和に対する脅威︑
平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し
﹂︵
第八章第B節第二項︶︑
経済制裁を含む非軍事的措置を発動する︵
第八章第B節第三︵九七五︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三六同志社法学 五八巻二号
項
︶︒
さらに︑
非軍事的措置では不十分な場合︑﹁
国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍︑
海軍又は陸軍﹂
による軍事的制裁を発動する
︵
第八章第B節第四項︶︒
そして︑
安全保障理事会のこうした﹁
決定﹂
は全加盟国を拘束する︵
第六章第B節第四項︶︒
なお︑
これらの条文の改正は﹁
総会の三分の二の多数で採択され﹂︑
かつ︑
常任理事国を含む全加盟国の過半数が批准した時に効力を生ずる
︵
第一一章︶
けれども︑
他方︑
新たな国際機構からの脱退に関する規定は置かれていない︒
ところが
︑
本稿の焦点である安全保障理事会の表決手続は︑
結局︑
ダンバートン・
オークス会議において決着が付かないままヤルタ会談まで持ち越されることになった︒
そのためダンバートン・
オークス提案は︑
安全保障理事会の表決手続に関する第六章第C節を空白のままに残して公表されることを余儀なくされた
︒
では︑
集団安全保障体制の基本的な枠組みが右のように規定されるに至ったにもかかわらず︑
なぜ四大国は安全保障理事会の表決手続に関して合意に達し得なかったのか
︒
またその際︑
四大国は戦後の国際秩序をいかに構想し︑
それを実現するために安全保障理事会の表決手続ひいては新たな国際機構をいかに捉えていたのか︒
二.安全保障理事会の表決手続
1.会議当初の見解 安全保障理事会の表決手続は合同運営委員会
︵ Joint Steering Committee ︶
において始めて取り上げられた︒
ここに 合同運営委員会とは︑
米国務次官エドワード・
ステティニアス︵ Edward R. Stettinius ︶︑
英外務次官アレキサンダー・
カドガン︵ Alexander Cadogan ︶︑
駐ワシントンソ連大使アンドレイ・
グロムイコ︵ Andrei A. Gromyko ︶
の三カ国代表を議長とする数人の上級顧問
︵ senior advisors ︶
から構成される委員会であって︑
実際︑
ダンバートン・
オークス会議 ︵九七六︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三七同志社法学 五八巻二号 における主要な決定のほとんどは
︑
この委員会において下されたと言われている ︵︒
55︶そして一九四四年八月二八日に開催された合同運営委員会の第六会合において
︑
英米ソの各国代表は﹁
紛争当事国は 投票すべきか︵ Should parties to a dispute vote?
︵で討議紛争当事国でない常任理事国の投票権はそもそものば対象外であったことに留意しなければならない
︒ ︑
せ裏返 議論非常に突っ込んだを︶﹂
展開した︒
もっとも︑
これををテーマに 56︶は
︑
テヘラン会談において詰められなかった集団安全保障体制の根幹に触れるこのデリケートな問題に関して︑
各国代表はいかなる議論を展開していたのだろうか︒
まず米国代表のステティニアスは
︑﹁
アメリカン・
グループ︵ American Group ︶
が︑﹃
有罪︵ guilty ︶﹄
の当事国はいかなる国家であろうとも自らの事件において投票すべきではない︑
と結論するに至った︒・・・
この点に関して英国と アメリカン・
グループは合意に達している ︵フレ練提出する最終的な米国案をるために会議
︑
ハル︑
ステティニアス︑
ヘンリー・
にオークスンバートンダ︑
ば半・
グループとは﹂
一九四四年八月︑ ・
ここにアメリカン︒
らかにした明ことを 57︶ッチャー
︵ Henry P. Fletcher ︶
が中心となって設立した米国内のグループであった ︵︒
58︶続けて同じく米国代表のレオ
・
パスヴォルスキー︵ Leo Pasvolsky ︶
も︑﹁
アメリカン・
グループは無制約な全会一致︵ unqualified unanimity ︶
の考え方から出発したけれども︑
結局︑
それは機構の成功を害するだろうと結論した︒・・・
英米の立場は国際連盟の実行と合致する ︵
︒
した強調であることを鍵する成功が国際機構たな 表決手続新︑
こそさない有を拒否権が大国たる紛争当事国︑
して指摘ことを﹂
59︶また九月八日
︑
ルーズベルトがスターリンに対して次のような電報を打っていたことも実に興味深い︒
すなわち︑﹁
伝統的に米国の建国以来︑
紛争の当事者は決して自らの事件において投票してきていない︒・・・
私は︑
大国が自らの関与する紛争に関して理事会における投票権を提唱する国際機構を小国が受け入れるのは困難であることを見出すだろう
︵九七七︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三八同志社法学 五八巻二号
と大いに確信している
︒
彼らは︑
こうした試みをほぼ間違いなく法の上に大国自身を置くものとして捉えるだろう ︵﹂︒
60︶このようにルーズベルトは
︑﹁
何人も自己の裁判官たりえない︵ nemo judex in causa sua ︶﹂
といった米国の伝統的な法格言を前面に押し出して︑
紛争当事国が投票し得ない国際機構の樹立に反対しないようスターリンを説得しようと試みたのであった
︒
これらの米国の主張は
︑
自国の絡む紛争に関する主権を放棄してこれを国際機構へ委ねる点に関しては︑
新たな国際機構の成功に賭ける強い決意を端的に示すものであった
︒
そしてこの決意は︑
パスヴォルスキーが﹁
自国提案において払われるいかなるリスクも︑
この点︵
紛争当事国の投票権筆者註︶
に関してすべての国家が同じ立場に置かれる規定に基づき
︑
機構が強化される利益によって余りあるものだ ︵にがな国内法の法格言を主権国家並存といったする分権的な国際社会へ安易中央集権的
﹂
裁判官の自己も人たりえない もっとも﹂
何︑﹁ ︒
けられよう裏付していたことからも確信と 61︶移し替える点は
︑
米外交政策の﹁
法律家的・
道徳家的アプローチ ︵る
︒ ﹂
が色濃く滲み出ているとも評価しうるように思われ 62︶ついで英国代表カドガンは
︑﹁
もし紛争当事国である大国が投票できないことを明らかにしなければ︑
小国と大国は非常に異なった立場に置かれることになってしまうだろう ︵た小国紛争当事国から観点の主権平等のと大国
︑
し発言と﹂
63︶る大国の投票権に強く反発したのであった
︒
続けて彼は︑﹁
かような手続がなければある大国は︑
自らが当事国である紛争を理事会が扱うことさえ阻止しうることになるだろう ︵もれ最るいてし面直が々我はこ
︑﹁
に共とすら鳴を鐘警と﹂
64︶大きな問題であって
︑
何がしかの糸口が見出されなければ大きな困難が予見されうる ︵主もを認めるあらゆる決定筆者註
︶
正義のと衡平といった他の︵
投票権紛争当事国決定のいかなる他︑
ずれにせよ︵ ︑﹁ ﹂
いに最後︑
したうえで強調と 65︶権平等原則以外の筆者註
︶
重要な原則から逸脱するだろう ︵﹂
と述べて発言を締めくくった︒
66︶ ︵九七八︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五三九同志社法学 五八巻二号 このように英国は
︑
神谷龍男の言葉を借りれば︑﹁
紛争の平和的解決の場合でも︑
紛争の強力的解決の場合でも︑
紛争当事国である理事国は投票を棄権すべきであり︑
従って常任理事国でも拒否権を適用し得ないと強硬に主張して譲ら なかったのである ︵っ国国と国大けわりと家権機主
︑
てっよにとこる際構委しあでのもるすとうよ消と解に挙一を係関張緊のねに完へ全 く言と国米のきさ︑
もの発国英られこちわな同︑
じ争構機際国なた新を紛﹂︒
のてべすむ絡の国自す 67︶た
︒
さらに主権平等を力説する英国の発言は︑﹁
この機構は︑
すべての平和愛好国の主権平等の原則に基礎を置いている﹂
と定めるダンバートン・
オークス提案第二章第一項にできる限り調和させようとするものでもあった︒
ただし︑
新たな国際機構が直面する脅威の多様性を一切勘案することなく
︑
形式的な主権平等原則の観点から大国の拒否権を一律に拒絶する点は︑
法律的かつ道徳的に首尾一貫した理想的な国際機構の樹立に目を奪われるあまり︑
力・
利益・
価値の鋭く対立する主権国家が並存する国際社会の厳しい現実を軽んずるきらいがあるようにも思われる
︒
これに対してソ連代表グロムイコは
︑﹁
一大国がある紛争によって影響を受ける︵ touch ︶
場合を規律するために︑
何 がしかの特別な手続が捻出されるべきである ︵である ︵ な応じた特別位地任を有すべきに責共
﹂
ら自は国大︑﹁
にのとるす摘指と 68︶彼手続けて続
︒
した言及も幾度に必要性する考案をな特別した修正を主権平等原則な形式的︑
して強調ことを﹂
69︶は
︑﹁
もしダンバートン・
オークス会議が閉幕する前に︑
これらの線︵
大国の責任筆者註︶
に沿ったものが作り出されるべきだとすれば
︑
同会議中のある時点で一つの特別な手続を提案しうるかも知れない ︵があることをほのめか大国用意する提示を手続な特別がしかの何った見合に責任の
︑
して関に場合である紛争当事国が 大国とりわけ︑
して発言と﹂
70︶した
︒
そして最後に彼は︑﹁
一般的に言えば︑
米国の提案は全会一致原則からの後退である ︵A. Arkadi Sobolev
四︑﹁
ィ・
ソボレフ︵ ︶
も英カ米の立場は︑
あらゆる決定がデルっ同あア︒
また︑
たじソ連代表のく 強とを再度の調したで﹂
こ 71︶大国によって共同にとられなければならないといった基本原則に違反するのではないか ︵
﹂
と問い質し︑
紛争当事国たる 72︶︵九七九︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五四〇同志社法学 五八巻二号
常任理事国の拒否権を一貫して認めない英米両国の立場は大国一致の原則から逸脱することを強く非難したのであっ
た
︒
これらのソ連の立場は
︑
紛争当事国たる大国の拒否権を全く認めない英米両国の見解を正面から否定したうえで︑
形式的な主権平等原則を修正し大国の責任に相応する特別な手続が必要不可欠であることを訴えようとするものであった
︒
たしかに︑
さきにふれた英米両国の見解があまりに法律的・
道徳的な色彩の濃い内容であったことを踏まえるならば
︑
ソ連が︑
主権国家の並存する分権的な国際社会において紛争当事国たる大国に対しては何らかの特別な手続が必要であると提唱すること自体︑
あながち不当ではないように思われる ︵︒
73︶しかし
︑
だからといって︑
共産主義体制たる少数派のソ連が︑
特別な手続の名の下におよそあらゆる場合に拒否権を認めようとするのであれば︑
英米が共にかような極端な立場に対して強硬に反発することは必至であった︒
もっとも︑
少なくともこの時点においてソ連は
︑
大国が紛争当事国である場合の具体的な提案を示さなかったので︑﹁
紛争当事国は投票すべきか﹂
の問題は後の会合に委ねられることになった︒
2.英米案とソ連案の提示 ダンバートン
・
オークス会議において拒否権をめぐる討議が最高潮に達したのは︑
九月一三日の午前中に開催された合同運営委員会の第一四会合であった ︵する連関に表決手続の安全保障理事会がとソ英米において会合この
︑
なぜなら︒
74︶草案を各々提出して侃々諤々の議論を展開したからである
︒
では︑
英米とソ連はそれぞれ具体的にいかなる草案を提示し︑
ひいては︑
新たな国際機構を通じていかなる戦後秩序を実現しようと試みていたのか︒
まず
︑
英米案は次のような内容であった︒
すなわち︑
︵九八〇︶国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五四一同志社法学 五八巻二号
﹁
第C節 表決1 .
安全保障理事会の各理事国は︑
一個の投票権を有する︒
vote majority 2
の︵
過半数む含を同意投票常任理事国.
の安全保障理事会︑
は決定する関に事項の次 ︵によって行われる
︒ ︶
75︶⒜
﹁
侵略の防止又は抑圧︑
ないし平和のあらゆる破壊を含む平和及び安全の維持に関する取極﹂
と題する第八章に基づくすべての決定 ⒝ 軍備規制﹇
及び軍縮﹈︵
原文のママ︶
に関するすべての事項 ⒞ 新加盟国の承認︑
加盟国の権利停止及び回復︑
並びに加盟国の除名に関する総会への勧告 ⒟ 安全保障理事会による補助機関ないし機構の設置3 .
その他のすべての決定は︑
過半数によって行われる︒
えられないも数 ︵4
づきのいかなる第八章に基投票の理事国安全保障理事会安全保障理事会である当事国.
紛争われている扱によっての︒﹂
76︶要するに英米案によれば
︑
第八章に基づく決定をはじめ第二項の列挙する実質事項に関する安全保障理事会の決定は︑
原則として︑
常任理事国すべての同意投票を含む︵
何がしかの︶
過半数によって行われる︒
ただし︑
第八章に基づき安全保障理事会が扱う紛争の当事国は投票し得ないのであって
︑
もちろん当該紛争の当事国である常任理事国は︑
第八章全体︑
つまり﹁
侵略の防止又は抑圧︑
ないし平和のあらゆる破壊を含む平和及び安全の維持に関する取極﹂
に関する決定についても拒否権を投じ得ないものとされた ︵
︒
77︶︵九八一︶
国連集団安全保障体制における拒否権の意義と限界 五四二同志社法学 五八巻二号
他方
︑
ソ連案は︑
さきの英米草案の第四項が落ちている点を除き︑
英米草案と全く同一の内容であった ︵︒
つまりソ連 78︶案によれば
︑
第二項の列挙する実質事項に関する安全保障理事会の決定は常任理事国すべての同意投票を含む︵
何がしかの︶
過半数によって行われる︒
だが︑
英米案の第四項に当たる規定が落とされた結果︑
紛争当事国はいつでも投票しうるのであって
︑
無論︑
第八章全体をはじめ第二項の列挙する事項に関する紛争の当事国たる常任理事国はおよそいかなる状況においても拒否権を行使しうるものとされた ︵︒
その意味では︑
英米案とソ連案のいずれも先に明らかにした会 79︶議当初における各国代表の発言を如実に反映する規定内容であった
︒
では︑
英米とソ連は自国の提案をいかに正当化し︑
相手の提案をいかに批判していたのか︒
まず米国代表ステティニアスは
︑﹁
米国政府はこの点に関する自国提案が受諾されることに対して最大の重要性を付与している ︵︑
院︑
世界世論︑
米国上︑
世そして世界中の小国が論国要米述べて英米案の重性﹂
を強調したうえで︑﹁
と 80︶いかにして紛争当事国が投票する提案を受け入れうるかを理解することはきわめて困難である ︵
ななしかの行動をとった仮定的状何況において
︑
ソ連提案はいかがてけはを呈した︒
続し彼て︑﹁
シ対に米コキメが国﹂
疑問して対に連案とソ 81︶る結果をもたらすだろうかを考慮するよう他の代表に対して要請したい
︒・・・
もしかような場合において米国が︑
理事会がこの問題を検討することを認めないと述べれば行き詰まってしまうだろう ︵﹂
と指摘し︑
ソ連案に基づいて樹立さ 82︶れるであろう新たな国際機構の不合理さを糾弾した
︒
このように米国は︑
ほぼ終始︑
常任理事国自身が紛争当事国である場合の拒否権を念頭に置いて議論を展開していたことが注目される︒
ついで英国代表カドガンは
︑﹁
もしかような原則︵
紛争当事国たる常任理事国の拒否権を全面的に認める原則筆者註︶
が採択されるならば︑
英連邦︵ British Dominions ︶
のどの一国も機構に加わるだろうとは信じられない︒
さらに︑
いかなる小国も加わるだろうとも信じられない ︵投票権樹立