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1860年代南ウェールズにおけるダウライス製鉄会社 と地方鉄道会社

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(1)

と地方鉄道会社

著者 菅 一城

雑誌名 經濟學論叢

巻 60

号 4

ページ 481‑517

発行年 2009‑03‑20

権利 同志社大學經濟學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000012362

(2)

【論 説】

1860 年代南ウェールズにおけるダウライス 製鉄会社と地方鉄道会社

1)

菅   一 城  

 本稿は,1860年代におけるダウライス製鉄会社(Dowlais Iron Company)

と二つの地元鉄道会社の関係の事例から,産業集積の実態を検討するもので ある.ダウライス製鉄会社は,イギリスを代表する製鉄産業の集積地であっ た南ウェールズの都市マーサー・ティドヴィルに立地した大手製鉄会社であ り,1860年代に同社の貨物輸送を組織する役割を担った地元鉄道会社ブレコ ン・アンド・マーサー鉄道会社ならびにラムニ鉄道会社との関係が考察の対 象である2)

 19世紀半ばにおける鉄道網の延伸とその産業への影響にいち早く着目した 経済学者の一人にアルフレッド・マーシャルがいる.彼はその主著『経済学 原理』において,産業集積が中核的な産業だけでなく補助産業によっても構

1) 本研究は,平成19年度私立大学等経常費補助金特別補助高度化推進経費大学院重点特別経費(研

究科分)および科学研究費補助金(課題番号:若手研究(B)20730235)の助成を受けたものであ る.マーシャルの引用については西岡幹雄教授に助言をいただいた.

  Dowlais Iron Company はしばしば「ダウラス製鉄会社」あるいは「ダウレス製鉄会社」と日本語 表記されるが,本稿は渡邊泉『損益計算の進化』(森山書店,2005年)にならった.

2) ダウライス製鉄会社とその後身ゲスト・キーン・アンド・ネトルフォードについてはE. Jones, A

History of GKN, Vol. 1, Innovation and Enterprise, 1759-1918 (Macmillan, 1987) が代表的な先行研究であ り,あわせて本稿はJ. A. Owen, The History of the Dowlais Ironworks, 1759-1936 (Merthyr Tydfil Library,

1972); 安部悦生『大英帝国の産業覇権―イギリス鉄鋼企業興亡史』(有斐閣,1993年);両角成

広「一九世紀中葉,南ウェイルズ製鉄業の構造的特徴」経済史研究会編『欧米資本主義の史的展開』

(思文閣出版,1996年),55-82頁も参照した.二つの鉄道会社についてはD. S. Barrie, The Rhymney Railway (Oakwood Press, 1952); D. S. Barrie, The Brecon and Merthyr Railway (Oakwood Press, 1957) を参 照した.

(3)

成されることを以下のように説明した.「よい仕事は正しく評価され,機械,

工程および事業の一般的な組織における発明と改善は,その長短が立ちどこ ろに論議され,一人が新たな考察を始めると,他の人々によって取り上げら れ,それらの人々の考えと結合され,そのようにしてさらに新たな考案の源 泉となる.また間もなく補助産業がその近隣に成長し,道具や原料を供給し,

輸送を組織し,多くのし方で原料の節約に貢献するようになる.」3)

 このように,製造業と補助産業である鉄道産業の関係は多くの研究者の関 心を集め,とくに

19

世紀半ば以降については鉄道が輸送費の社会的節約,国 民経済の成長,工業都市開発に貢献したことが指摘されている4)

.他方で,鉄

道レールがこの時期の製鉄業の主力製品であったことも指摘されている5)

しかし,これらの指摘はあまり積極的に関連付けられていない.19世紀前半 までと比べると

19

世紀後半の産業集積の実態は明らかでなく,しばしば生産 技術の移転の問題に矮小化されている6)

.広い意味での「新たな考案」がどの

ように論議されたのか,まして個別の製鉄会社と鉄道会社の関係がどのよう であったのかは検討されることが少ない.ジョーンズによるダウライス製鉄 会社の社史は,1850~

60

年代のダウライス近傍での鉄道網の延伸について 言及しており,そこでは鉄鉱石の搬入手段の発達として鉄道の役割が評価さ れている.しかし,ジョーンズの関心はマーサー・ティドヴィルまで延伸し た鉄道に接続するために隣村ダウライスからダウライス製鉄会社が自ら短距

3) Alfred Marshall, Principles of Economics (1890), 9th (variorum) ed. by C. W. Guillebaud (Macmillan, 1961) p.271.(永澤越郎訳『経済学原理』II, pp.200-201.)

4) G. R. Hawke, Railways and Economic Growth in England and Wales, 1840-1870 (Clarendon Press, 1970); J. R. Kellett, The Impact of Railways on Victorian Cities (Routledge and Kegan Paul, 1969).この 点はマーシャルの論考のなかでも確認できる.マーシャルが鉄道に明示的に言及しているのは 独占の有無,運賃,沿線の都市開発の関係を問う部分である.Marshall, op. cit., pp.485-487, (『経 済学原理』pp.229-232).

5) たとえば,G. Tweedale, Steel City: Entrepreneurship, Strategy, and Technology in Sheffield, 1743-1993 (Clarendon Press, 1995) pp.65-67.

6) 19世紀前半までの製鉄産業集積についてはC. Evans, The Labyrinth of Flames: Work and Social Conflict in Early Industrial Merthyr Tydfil (University of Wales Press, 1993),製鉄会社間の技術移転についてはC. K.

Hyde, Technological Change and the British Iron Industry, 1700-1870 (Princeton University Press, 1977),など 多数の先行研究がある.

(4)

離の鉄道路線を敷設し,操業したという製鉄会社の経営努力に向けられてい る7)

.他方,地方鉄道史の研究はこの時期の南ウェールズ山間部における地方

鉄道会社の発展を,当該地域の石炭産業の発達に貢献したものとして位置づ けている8)

.この両者の指摘もこれまで積極的に関連付けられてこなかった.

しかし,ダウライス製鉄会社は

1850

年代末に炭鉱を買収して大規模な石炭供 給者にもなっており,鉄道会社は輸送サービスを提供するだけでなくレール や石炭の購入相手という意味でも重要なパートナーになっている.本稿はこ の両者の関係を検討するものである.

 本稿の舞台となるマーサー・ティドヴィルは

19

世紀のイギリスを代表する 製鉄都市であり,その隣村に拠点をおくダウライス製鉄会社はこの地域を代 表する製鉄会社であった.とくに

1860

年代のダウライス製鉄会社は,いわ ゆるベッセマー製鋼法の実用化にいち早く成功した製鉄会社の一つとして広 く知られている9)

.しかし,1850

年代後半に以下に紹介するような変化を経 験したダウライス製鉄会社にとって,1860年代は生産技術の革新以外のさま ざまな意味でも変革の時期であった.とくに重要だったのは,第

1

に,地元 産の鉄鉱石が枯渇して遠隔地からの鉄鉱石の調達が本格化したこと,第

2

に,

隣村のペナダレン製鉄会社を吸収合併したことによって良質かつ豊富な石炭 の鉱脈を入手し,石炭の需要者から供給者へと転じたことであった10)

つまり,

南ウェールズの山間地に位置するダウライス製鉄会社にとって,遠隔地から 鉄鉱石を搬入し,国内各地や海外などの遠隔地に鉄や石炭を搬出する手段が それまでになく重要になったのである.

 同様に南ウェールズの鉄道網にとっても,

1860

年代は変革の時期であった.

7) Jones, op. cit., pp.275-276.

8) H. Pollins, “The development of transport, 1750-1914”, G. Williams, Glamorgan County History, Vol.5, Industrial Glamorgan, (Glamorgan County History Trust, 1980) pp.444-453.

9) E. Jones, “The transition from wrought iron to steel technology at the Dowlais Iron Company, 1850- 1890” in J. Liebenau (ed.), The Challenge of New Technology: Innovation in British Business since 1850 (Gower Press, 1988), pp.43-57.

10) 拙稿「1850年代南ウェールズ製鉄業におけるダウライス製鉄会社」『経済学論叢』(同志社大学)

59巻第4号,112-113頁.

(5)

つまり,1850年代末から

1860

年代にかけての鉄道敷設ブームはこの地域に も及び,南ウェールズの山間地にも複数の鉄道会社が誕生し,全国的な幹線 鉄道につながる地方路線網が延伸したのである.1854年に設立されたラムニ 鉄道会社は

1858

年に操業を開始し,1858年に設立されたブレコン・アンド・

マーサー鉄道会社は

1863

年に操業を開始したように,本稿に登場する地元鉄 道会社は両社ともこの時期に誕生している11)

.ラムニ鉄道会社はマーサー・

ティドヴィルが位置するタフ渓谷の東隣のラムニ渓谷を縦走する本線を中心 とする鉄道会社であった.この本線は,ラムニ渓谷の最奥ラムニでロンドン・

11) Barrie, The Rhymney Railway, pp.48-52; Barrie, The Brecon and Merthyr Railway, pp.106-112 図 ブレコン・アンド・マーサー鉄道とラムニ鉄道

(出典)D. S. Barrie, The Brecon and Merthyr Railway (1957) pp.98-99, をもとに筆者作成

(6)

アンド・ノース・ウェスタン鉄道会社の支線と接続し,ラムニ渓谷を南下し て途中のバーゴードでダウライス製鉄会社の貨車軌道と接続し,ラムニ渓谷 の入り口バーゴード駅近傍で地方鉄道タフ・ヴェイル鉄道会社の本線と交差 するという形で南ウェールズの山間地と沿岸部,とくに貨物の積出港である カーディフ港ビュート・ドックを結んだ12)

.また,ブレコン・アンド・マー

サー鉄道会社は,その名が示すとおり,いずれも南ウェールズ山間部の中心 都市であるブレコンとマーサー・ティドヴィルを南北に結び,南端のマーサー・

ティドヴィル近傍でロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道の支線と接 続する一方,北端のブレコンは同時期に誕生した複数の地方鉄道会社の路線 との結節点であり,中部ウェールズやイングランド中部への玄関口でもあっ た.さらに

1860

年代中にラムニ渓谷をラムニ鉄道本線と並走してニューポー トへ至る路線も開いた.ダウライス製鉄会社は

1850

年代に山村ダウライスか ら近在の中心都市マーサー・ティドヴィルを結ぶ短距離の自社業務用の線路 を敷設し,マーサー・ティドヴィルでブレコン・アンド・マーサー鉄道と接 続することによって,イギリス全土に出現した多数の鉄道会社の路線や世界 にまたがる海路と接続していた.

 鉄鉱石に搬入,石炭の搬出に加えて,1860年代のダウライス製鉄会社が直 面した第

3

の変化はやや性格が異なる.つまり,ダウライス製鉄会社が生産 設備の近代化にいち早く取りくんで大製鉄会社に成長した一方で,マーサー・

ティドヴィルの製鉄会社のあいだの生産量協定,製品価格協定,賃金協定な どは次第に消滅し,19世紀前半における産業集積としてのマーサー・ティド ヴィルの機能は,小規模な製鉄業者の集積地から大規模な製鉄会社を中核と する集積地へと変容した13)

.この脈絡に沿って本稿の目的を言い換えると以

下のようになる.

19世紀前半までは製鉄会社間の相互協力関係が特徴的であっ

た.この関係は

1850

年代に希薄化した.この点を踏まえつつ,1860年代の

12) 梶本元信『南ウェールズ交通史研究』(日本経済評論社,2000年)139-142頁.

13) 前掲,拙稿,133-134頁.

(7)

補助産業に議論の対象を広げることによって産業集積の機能を再検討するこ とが本稿の目的である.

 本稿が用いる史料は,グラモーガン公文書館所蔵のダウライス製鉄会社文 書の受信書簡綴りのうち,1860年代に上記の二つの地元鉄道会社―ブレコ ン・アンド・マーサー鉄道会社とラムニ鉄道会社―から受信した書簡であ る.また,これと対比させるために幹線鉄道会社ロンドン・アンド・ノース・

ウェスタン鉄道から受信した書簡も用いる.ダウライス製鉄会社の受信書簡 は約

200

年間分で

100

万通前後が現存すると推測される.このうち

1850

年代 までの書簡はエルザスによって抜粋・編纂され,産業革命期イギリスの企業 経営の実態を如実に示す貴重な史料としてしばしば利用されている14)

.しか

し,この編に漏れた

1860

年代以降については十分に活用されていない.1850 年代までの受信書簡の多くはダウライス製鉄会社の所有者,経営者あるいは 同業の製鉄会社,さらには鉄鉱石・石炭・鉄などを扱う商人から発信された ものであった.しかし,上述のように

1860

年前後に近傍に鉄道網が延伸する と,鉄道会社からの書簡が急増している.ダウライス製鉄会社は新たなビジ ネス・パートナーである鉄道会社とどのようなやりとりを展開し,それには どのような意味があったのだろうか.

 ただし,これらの点の考察に入る前に,この史料の性格と限界を明らかに しておかなければならない.ダウライス製鉄会社は膨大な量の書簡綴りを残 し,1860年代の受信分だけでも

121

冊に達し,このなかに地元鉄道会社から の書簡も含まれる.しかし,これらの書簡から,ダウライス製鉄会社と鉄道 会社との関係の全容が明らかになるわけではない.その理由は,第一に,す べての交渉が書簡をつうじて行われたわけではなく,むしろダウライス製鉄 会社と鉄道会社はしばしば直接対面している.第二に,ダウライス製鉄会社 の発信書簡の控えはほとんど現存せず,利用できるのは実質的に受信書簡に

14) M. Elsas (ed.), Iron in the Making: Dowlais Iron Company Letters, 1782-1860 (Glamorgan County Record Office, 1972).

(8)

限られる.第三に,ダウライス製鉄会社が鉄道会社から受信した書簡を全て 保存したとは限らない.実際に,書簡綴りには,切断された形跡だけが残さ れ,発信者・発信日すら特定できない書簡の断片も多数含まれている.第四に,

この書簡綴りの一部は劣化が著しく研究に活用できない.第五に,この書簡 綴りは基本的に発信年ごとに発信者名のアルファベット順に分類されている が,発信者名の分類の基準が年をこえて統一されていない.たとえば,ブレ コン・アンド・マーサー鉄道会社の場合,1860年代の前半は経営者サヴィン・

アンド・ウォード

Savin and Ward

の名前で分類されることが多いが,やがて 運行管理主任アルフレッド・ヘンショー

Alfred Henshaw,経理主任ドナルド・

サザーランド

Donald Sutherland,総務主任ウォルター・トンプスン Walter

Thompson

ら担当者の名前で分類される時期を経て,1860年代の後半にはほ

とんどの書簡がブレコン・アンド・マーサー鉄道会社の会社名で分類されて いる.このため,担当者の名前で分類される時期に限って書簡を発信した者 がいた場合,膨大な書簡綴りのなかからその書簡を見つけだすことは難しい.

これらの問題点は,この史料がこれまで十分に活用されてこなかった理由の 一部であると推測されるが,それゆえにこそ,これまで明らかにされてこな かったダウライス製鉄会社の経営の実態を窺い知る余地が残されている.

 この書簡を用いて,第

1

節はダウライス製鉄会社と地元鉄道会社との取引 関係,つまり鉄道会社は何を輸送し,製鉄会社は何を供給したのかを示す.

2

節はこの両者の取引関係上の問題点,つまり,両者がどのようなトラブ ルを抱えていたのかを検討する.第

3

節は個別の取引をこえた両者の長期的 関係,つまり両者が長期的視点に基づいて何を論議したのかについて考察す る.それらの議論を踏まえて,第

4

節は,ダウライス製鉄会社と鉄道会社の 関係から

1860

年代における産業集積の機能を再考する.

1

 ダウライス製鉄会社と地元鉄道会社の関係はどのようなものだったのか.

(9)

どのようなサービスや商品が取引されたのか.さらに,その交渉はどのよう に行われたのだろうか,また,ダウライス製鉄会社は全国的な鉄道輸送網と どのようにして交渉をもったのか.上述のように,ジョーンズは外部から鉄 鉱石を搬入する手段として,1860年代の鉄道網の発達を評価した.しかし,

ダウライス製鉄会社の受信書簡は,鉄道が鉄鉱石だけでなくさまざまな物資 をもたらし,あるいは搬出したこと,さらに鉄道会社が輸送サービスを提供 するだけでなく,ダウライス製鉄会社もレールや石炭などの商品やサービス を提供したことを示している.

1. 1 物資の搬入と搬出

 ダウライス製鉄会社は,すでに

19

世紀前半から製品を国内各地だけでなく 諸外国にも供給し,さらに

1850

年代には鉄鉱石などの原料を外部から調達す る生産体制を構築した.山間地という立地条件のため,海洋・河川・運河上の 船舶ではなく,鉄道こそダウライス製鉄会社にとって重要な物資の輸送手段で あった.もちろん鉄鉱石は鉄道によって搬入されたが,鉄道が搬入した物資は 鉄鉱石にとどまらない.同じく鉄生産に不可欠な硝石,製鉄所あるいは併設の 炭鉱の構造に要するレンガ,石材,セメント,坑木などの建設資材,製鉄所内 の輸送手段である馬車馬の飼料である干草,燕麦など多岐にわたった.

 他方,搬出される物資は,鉄とくに鉄道のレール,鉄加工の過程で生じる 金屑,製鉄所が経営する炭鉱から産出される石炭であった.また,貨物輸送 だけでなく,必要に応じて旅客列車を編成することもあった.

 物資の輸送があったことは,たとえば,「ウェルドン社発の鉄鉱石:この貨 物の運搬は現在

1

トンあたり

7

シリング

8

ペンスでお受けしております.こ の情報を入手されるのにお手数をおかけし,誠に申し訳ございません.」といっ た書簡から確認できる15)

.この書簡はすでに輸送中の鉄鉱石の契約内容を確

15) Glamorgan Record Office, D/DG/A/1/389( 以 下GRO 389の よ う に 略 記 ) f.490 A. Henshaw

(Brecon and Merthyr Railway Co.:以下B. & M. Co.と略記)to Dowlais Iron Company(以下D.I.C.と 略記), 29 June 1866.

(10)

認するものである.

 興味深いことに,たとえば「当社はラムニ製鉄会社への粗鋼の運搬料金は 運搬終了時点で精算するよう喜んで手配いたします」というように,鉄がダ ウライス製鉄会社から他の製鉄会社あてに搬送されることもある16)

.これは,

一つには近隣の鉄工所で精錬される粗鋼をダウライス製鉄会社が供給してい たためと考えられる.もう一つの理由は,19世紀前半まで頻繁に行われてい た製鉄会社間での鉄の相互供給の慣習が

1860

年代にも続き,さらに製鉄会 社間だけでなく,地元鉄道会社も含めた相互売買が行われたためと考えられ る17)

.ただし,この点は本節の最後で詳述する.

 このように,ダウライス製鉄会社と地元鉄道会社の関係は,製鉄の原材料 の搬入と製品の搬出にとどまらない多様なものであった.

1. 2 列車編成の交渉

 これらの輸送サービスに対する需要は必ずしも定期的なものではない.原 材料などは必要に応じてその時点で安価な供給源から調達され,鉄やその加 工品,石炭などもさまざまな購入者から注文を受けて発送することが多かっ た.それゆえ地元鉄道会社によるダウライス製鉄会社のための輸送サービス の提供は,頻繁で日常的ではあったが,不定期かつ不定形であった.たとえば,

ブレコン・アンド・マーサー鉄道会社によるダウライス製鉄会社への運賃請 求額は,現存する書簡から確認できるかぎり,少ない月は

382

ポンド足らず,

多い月では

4,378

ポンドに達するというように大きく変動した18)

.製鉄会社

と鉄道会社は輸送の必要が生じるたびに,列車の編成や運賃,貨物の積み込 みの負担などの詳細を確定しなければならず,多くの書簡から,両者がその ような接触を頻繁に繰りかえしていたことを窺い知ることができる.以下は

16) GRO 446 f.779 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 9 October 1869.

17) Evans, op. cit., pp.121-144.

18) GRO 389 f.480 W. Gall (B. & M. Co.) to D.I.C., 14 June 1866; GRO 446 f.600 W. Thompson (B. & M.

Co.) to D.I.C., 16 February 1869.

(11)

その一例である.

  「送っていただいた文書には感謝いたしますが,カーディフまでの積み込み,積み 下ろし,船積みに要する費用が示されておりません.カーディフで検討した際に概 算でご提示になった数字に貴社が考えておられる全ての費用を含めることはできま せん.鉄鉱石の運賃は2シリング0.5ペンス,ドックの使用料金3ペンス,労賃0.75 ペンスなどで総額1トンあたり3シリング4ペンスです.これには馬や荷車の賃借料,

鉄鉱石の払い戻し分,貨車の返却費用は含まれません.」19)

   「今月3日付の貴社のお便りを受けとりました.貨車用に以下の書式の標識をお渡 しいたします.

  バークンヘッド行きの石炭:ブレコン・アンド・マーサー鉄道経由でホワイトチャー チからロンドン・アンド North Western鉄道.ホワイトチャーチおよびカンブリア鉄 道経由で貨車を返送のこと.

  ロンドン行きの石炭:ブレコン・アンド・マーサー鉄道経由でヘリフォードから ロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道.シュルーズベリーおよびヘリフォード・

ヘイ・アンド・ブレコン鉄道経由で貨車を返送のこと.」20)

 このように列車編成や運賃算定は煩雑であった.運賃は貨物の品目,発着 駅,輸送量をもとに交渉によって決められた.また,貨車や機関車の稼働状 況によっては「貴社の貨車の場合は低額の運賃を設定することができますが,

現在より低い運賃で当社の貨車を提供することはできません」というように,

ダウライス製鉄会社の貨車や機関車を用いる選択肢もあった21)

 さらに,貨物の量が一つの地元鉄道会社の輸送力の限界をこえる場合,他 社と調整することもあった.次の二通はいずれもブレコン・アンド・マーサー

19) GRO 405 f.670 A. Henshaw (B. & M. Co.) to S. Howard (D.I.C.), 7 March 1867 20) GRO 384 ff.342-3 A. Henshaw (B. & M. Co.) to W. Jenkins (D.I.C.), 4 July 1865 21) GRO 446 f.783 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 13 October 1869

(12)

鉄道会社の書簡で,文中のランディーはラムニ鉄道会社の運行管理主任,サ ヴィン氏はブレコン社の経営者である.

  「ダウライス発着の輸送

  当社の機関車の輸送量を上回る場合でもラムニ鉄道会社がデリまで輸送するよう に思います.通常はこの経路は利用しませんが,二つの経路を併用すれば溶鉱炉ま で鉄鉱石を運搬できると思います.ランディー氏には,必要な輸送量の25%を分担 してもらうために当社のダウライス駅まで操業範囲を拡大するのを認めるつもりが ある旨を伝えておきました.」22)

  「当ブレコン・アンド・マーサー鉄道会社は現在運行に必要な機関車すら大幅に不 足し,残念ながらサヴィン氏にも如何ともしがたい状況にあります.しかしながら 本日サヴィン氏はオスウェストリーを訪れ,カンブリア鉄道会社が当社に機関車を 都合してくれるよう手配できるかどうか確認に参ります.これが可能であれば,喜 んで貴社のご要望に応え,最初にダウライスの製鉄所へ派遣いたします.」23)

 このように,ダウライス製鉄会社の経営は地元鉄道会社の運行管理能力

―列車を編成し,適切な運賃を算定する能力―に依存するところが大き かったのである.

1. 3 他の鉄道会社への仲介

 このような煩雑な書簡のやりとりは,ダウライス製鉄会社の原材料の供給 源や製品の供給先がイギリス全土,さらに海外に展開していることによって 倍加された.ダウライス製鉄会社は,たとえばイングランド北部から鉄鉱石 を購入したように,南ウェールズの地方鉄道会社の沿線を遠く離れた地域と

22) GRO 446 f.609 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 17 February 1869.

23) GRO 383 ff.238-9 J. Fraser (B. & M. Co.) to D.I.C., 21 October 1865.

(13)

も広範に取引関係を結んでいた.ただし,それ自体は

1860

年代になって新た に生じたことではない.新たに

1860

年代にダウライス製鉄会社が直面したの は,全国的な鉄道敷設ブームの結果として大都市間を結ぶ幹線鉄道だけでな く僻遠地にまで小規模な地方鉄道会社が林立し,稠密な鉄道輸送網が出現し,

しばしば二地点を複数の鉄道路線が結ぶという事態であった.つまり,遠隔 地から原材料を調達し,あるいは遠隔地へ製品を供給するために,複数の経 由路線から一つを選び出し,複数の鉄道会社の路線を乗り継ぐかたちで輸送 手段を確保し,それぞれの鉄道会社に対して列車の編成や運賃を確定する必 要が生じたのである.特筆すべきは,幹線鉄道会社や遠隔地の地方鉄道会社 との列車編成,運賃,経由路線の交渉という複雑な作業を,ダウライス製鉄 会社に代わって地元鉄道会社が行った点である.以下はその一例である.

  「ロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道会社は現在のところ以下の運賃より も低い金額は設定できないといっておりますので,グレート・ウェスタン鉄道会社 の運賃とともに以下に示します.

    LNW    GW

  パント駅まで 7シリング7ペンス 8シリング10ペンス   ダウライス・トップ駅まで 7シリング9ペンス 9シリング

  しかし本日フィンドリー氏に郵便で書簡を送り,貴社が今月15日に6ポンド3シ リングで契約を交わしているのでこれを履行するよう求め,またグレート・ウェス タン鉄道会社の運賃を再調査して,上記よりも低い金額で同意するよう検討を依頼 しておきました.返答が得られ次第,すぐにお伝えします.」24)

 地元鉄道会社が全国鉄道網への窓口であったことは,以下の書簡からも確 認できる.

24) GRO 446 f.680 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 17 May 1869.

(14)

  「シェフィールド行きの金屑の運賃に関する今月24日付の貴社のお便りに関して,

当社はこれまで未加工の鉄鋼と同じ運賃にしていましたが,他の鉄道会社が『屑鉄 および中古バネ』に分類して運賃を20シリングにすべきだといっています.私は事 情を説明のうえで交渉の余地があると考えており,早急に事態を正常にすべく大手 鉄道会社の担当者と面会する予定です.」25)

  「ミッドランド・アンド・ミッド・ウェールズ鉄道会社の担当者と会合をもち,例 外的に便宜を図ってもらうよう手配しました.貴社の業務による運搬量の増加に見 合うだけの増発が行われます.この増発を実現するよう万全を尽くします.」26)

 ただし,以下のように幹線鉄道会社から直接問合せがくることもある.

  「シュルーズベリー・アンド・ヘリフォード鉄道の技師ジョンストン氏が,貴社に 鉄製レール900トン,鋼鉄製レール100トン,継目板42トンを発注し,その輸送を ロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道とグレート・ウェスタン鉄道に等分す るよう指示したと知らされました.当社分の貨物をご確認いただき,早くご連絡い ただければ幸いです.」27)

 地元鉄道会社の運行管理業務は,自社の路線や貨車を効率的に運用するだ けでなく,他の鉄道会社との接続と運賃の水準やその支払い手続きを管理して,

ダウライス製鉄会社の物流を全国規模で支える役割を果たしていたのである.

1. 4 ダウライス製鉄会社による物資の供給

 最後に,鉄道会社は輸送サービスを提供するだけでなく,ダウライス製鉄 会社が産出するレール,鉄橋の橋桁,石炭,石材などの購入者でもあった.

25) GRO 446 ff.805-6 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 27 November 1869.

26) GRO 446 f.681 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 17 May 1869.

27) GRO 415 f.538 G. Bawls (London and North Western Railway Co.) to D.I.C., 5 March 1867.

(15)

また金具やネジなども供給を受けている28)

.石炭は蒸気機関車の燃料として

とくに重要であり,たとえば,1968年

12

月からの

1

年間の場合,ブレコン・

アンド・マーサー鉄道会社はダウライス製鉄会社から,少ない月で

107

ポン ド強,多い月には

231

ポンド強,平均して毎月約

180

ポンドの料金を支払い,

石炭を購入している29)

.ラムニ鉄道会社についても「去る 11

月分の蒸気炭の 代金

170

ポンド

5

ペンス分の当社から貴社宛の小切手を同封いたします.ご 受領のうえ同封の受領証を返送いただければ幸いです.」といった書簡から購 入が確認できる30)

.また,地元鉄道会社は,自らが石炭やレールを購入する

だけでなく,幹線鉄道会社による購入の仲介もしている31)

.顧客のなかには

幹線鉄道会社も含まれていた.

   「当社の列車がロンダ・ヴァレー産の石炭を利用しているとは知りませんでしたの で,先ほど経営陣に特別にこの問題を検討するよう指示しておきました.機関車部 門の責任者と南ウェールズ産の石炭の購入量を増やす余地があったのかどうか詳細 に検討したところ,経費節約には不可欠であるようです.」32)

 ここで興味深いのは,製鉄会社間で鉄が売買されたのと同様に,鉄道会社 が石炭の供給者であるダウライス製鉄会社に対して,しばしば「当社の手元 に大量の蒸気炭の在庫があります.貴社に

1

カ月ほど

1

週あたり貨車

3

両分 を発注していただければ幸いです」というように,石炭の売却を打診した点 である33)

.上述のように列車運行が不定期的であるために,石炭の消費も一

定ではなく,購入した石炭にしばしば余剰が生じたものと考えられる.同様

28) たとえばGRO 438 f.1361 J. Shand (Rhymney Railway Co.) to D.I.C., 12 April 1868など.

29) GRO 446 f.691 W. Thompson (B. & M. Co.) to D.I.C., 20 May 1869; GRO 446 f.793 W. Thompson (B.

& M. Co.) to D.I.C., 10 November 1869,などから算出.

30) GRO 438 f.1326 J. Shand (Rhymney Railway Co.) to D.I.C., 17 January 1868.

31) GRO 446 f.747 W. Parker (B. & M. Co.) to D.I.C., 11 August 1869.

32) GRO 415 f.547 G. Findley (London and North Western Railway Co.) to W. Menelaus (D.I.C.), 22 April 1867.

33) GRO 405 f.784 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 2 July 1867.

(16)

に「カーディフに配達された橋梁用のレール

1,200

トンを現金で

1

トンあた り

4

ポンド

10

シリングでお譲りしたく思います.プリマス製鉄会社製であっ たと思います.」というように鉄製品の場合もある34)

.ダウライス製鉄会社の

求めに応じて「鉄を集めてすぐに貴社にお送り」することもあった35)

.鉄道

会社が在庫の資材をあえて売却した一因は現金化の必要があったためと推測 できる.当時の鉄道会社の多くは社債による資金調達が一般的であった36)

南ウェールズも例外ではなく,このことは以下の書簡でも確認できる.

  「貴社の5月分運賃として1,067ポンド16シリング9ペンスの小切手をお送りいた だければ非常に助かります.またこれを妨げるような事情はないものと理解してお ります.当社では速やかに社債の利子を支払わなければならないのですが,貴社の 小切手なら十分なはずです.」37)

 つまり,鉄道会社には余剰資材の在庫を蓄積しておく余裕がないため,消 費者である鉄道会社が供給者であるダウライス製鉄会社に石炭や鉄板を売却 して換金するという関係が成立したのである.

 本節では,ダウライス製鉄会社の経営が地元鉄道会社の物資輸送能力や運 行管理能力,他の鉄道会社との調整能力に大きく依存していたことを示した.

製鉄会社と鉄道会社はいくつかの意味で相互依存関係にあったといえる.鉄 道会社にとって,ダウライス製鉄会社は常連の大口顧客であるとともにレー ルや石炭の供給者でもあった.同様に,ダウライス製鉄会社にとって,地元 鉄道会社は輸送サービスの提供者であり,レールや石炭の購入者であるだけ でなく,1850~

60

年代の短期間に出現した稠密で複雑な全国的鉄道輸送網 において,不定期かつ不定形な輸送の必要を満たす手段を確保する仲介者だっ

34) GRO 383 f.330 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 19 July 1865.

35) GRO 405 f.948 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 19 January 1867.

36) Hawke, op. cit.; 湯沢威『イギリス鉄道経営史』(日本経済評論社,1988年)294-300頁.

37) GRO 389 f.498 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 6 July 1866.

(17)

たのである.

2

 前節ではダウライス製鉄会社にとって地元鉄道会社との関係が重要だった ことを示したが,両者のあいだには事故,誤配・遅配,清算の誤りなどさま ざまな問題が存在した.これまでの研究は鉄道が順調に運行されることを前 提としており,運行不順の事例に関心を向けてこなかったが,ダウライス製 鉄会社の受信書簡は,これらの問題が重要な関心事であったことを示してい る.

2. 1 事故

 多数の書簡が報じているのは,貨車・機関車・積荷・沿線の物品などの破 損事故の報告である.とくに貨車の破損事故は頻発し,「ブレコン・アンド・マー サー鉄道会社 貨車

74

号および

582

号:上記の貨車が

29

日あるいはその前 後に貴社の製鉄所でひどく破損したという連絡を受けております.この件に ついて,とくに修理について,状況をお知らせください」のように,印刷さ れた文面に日付と破損した貨車の車両番号を記入するだけの定型化された書 式が設けられているほどであった38)

 これらの破損事故はそれ自体が煩雑な報告の手続きを伴うだけでなく,そ の後に弁償責任の所在の有無,修理代の負担の多寡,修理代の清算の確認,

貨物の遅配など,さらなる書簡のやりとりを生じさせた.次の文書はその一 例である.

  「貨車288号

  2月4日の貴社の覚書に関して,ラムニ鉄道会社が以下のように連絡してまいりま した.

38) GRO 446 f.770 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 4 September 1869.

(18)

  『さらに調査した結果,この貨車の連結器は当社のカーフィリー駅で破損したこと がわかり,貴社のご指示のとおりに連結して,当社の従業員が目的地へ向けて発車 させました.連結器が破損したのは当社にはどうしようもなかったことで,単なる 摩滅であることはまず間違いありませんので,当社が修理代を支払う必要はないと 考えます.』返信いただければ幸いです.」39)

  「羊に損失が生じたことは大変残念に思いますが,調査の結果,柵には問題がなかっ たという結論に達しました.通常の柵では当社の路線の近傍で放牧されている羊を 完全に排除することはできません.しかし,当社ではそのような事故を防ぐべく全 力を尽くしており,また常にそのような配慮をしております.何か特定の行き届か ない点があるのならば,ぜひご指摘ください.

   今回の件については,貴社が評価された羊の値段を貴社と分割して損失を補填す るつもりでおります.この件についてご異存なくご同意いただけるのならば3ポン ド15シリングを負担する考えです.」40)

 地元鉄道会社による輸送サービスの提供は,大小さまざまな規模の事故と 事故処理のリスクを伴うものだったのである.

2. 2 遅配・誤配

 事故に並んで多いのは輸送物資の遅配・誤配の報告である.日常的に多数 の物資が輸送されること,複数の鉄道会社の路線を経由すること,単純な誤 り,設備の故障や機関車の不足による運行休止などさまざまな事情から遅配・

誤配は頻発している.鉄道会社はしばしば「行方のわからない貨車は鋭意追 跡調査中」などの報告を発信している41)

.また,荷主からの苦情の書簡も寄

せられている.

39) GRO 405 ff.682-3 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 16 March 1867.

40) GRO 446 f.816 W. Thompson (B. & M. Co.) to D.I.C., 14 December 1869.

41) GRO 405 f.823 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 22 August 1867.

(19)

  「大幅に遅延するのはほぼ確実なので,パント経由で至急を要する貨物を輸送する のはきわめて重大な過ちです.上記の貨物を積載した貨車は昨晩の深夜まで到着せ ず,そのような場合でさえ当方では正しいドックに入線したのかどうか待機して確 認するのですが,ラムニ鉄道は東ドックの波止場に搬送したので,貨物船は船積み することなく出航し,当社は無駄な船賃を支払わなければなりません.」42)

 ただし,遅配や誤配の原因は鉄道会社側だけにあるわけではなく,ダウラ イス製鉄会社が鉄道会社にレールや石炭を供給する場合には「製鉄会社側の 手違いの可能性もあった43)

.また,ダウライス製鉄会社産の石炭の品質が劣

悪であることに対する鉄道会社の苦情も散見される.

  「今月2日発の貴社の311便について

  グレート・ウェスタン鉄道会社が,上記の便でレールを470本しか受けとってい ない旨を書面で通知してきました.この件について貴社からご事情をお聞かせいた だければ幸いです.」

  「当社の多数の貨車が石炭を積み込むため貴社の製鉄所に待機したままでいるとの 連絡を受けております.当社では石炭が不足し,また貨車も大至急必要ですので,

ただちに石炭を積み込んでいただければ幸いです.」44)

  「ハートフォード行きのレール

  ビショップが1日に貨車6~7両を発送する許可を与えるという間違いをするは ずはありません.1日10両がハートフォードで当社が処理できる最大限です.1日 あたりの発送総数についての貴社の計算は,一度に10両以上の貨車を処理できない という当社の事情を考慮に入れたものではありません.たとえば,

42) GRO 418 f.1374 S. Howard to Rhymney Railway Co., 30 May 1867.

43) GRO 425 f.599 W. Parker (B. & M. Co.) to D.I.C., 14 March 1868.

44) GRO 389 f.557 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 16 October 1866.

(20)

  3月27日:貴社が貨車22両を発送   3月29日:貴社が貨車19両を発送

  あるいは11日分の貨車41両を2日で発送した結果,25両はクルーで足止め,10 両がハートフォードで放置され,6両はハートフォードが詰まっているのでウォリン トンに回送されました.」45)

  「残念なことに現在供給されている蒸気炭の品質がきわめて悪いことについて苦情 を申し立てなければなりません.小粒のものがきわめて多く,また,かなりの量の スラッグが混じっています.当社の仕入れ値はきわめて高額で,また当社が消費す る石炭は全て貴社から購入しているのですから,これでは役に立ちません.」46)

 これらのトラブルに対する苦情が深刻な軋轢を招くことは少なかったが,

契約内容を逸脱するかたちで,貨車や積荷が取りあつかわれたとき,あるい は列車が運行されたときにはとくに強い抗議を招いた.

  「リヴァプールで船積みするレールを運ぶという貴社のご要望に応えて,当社は空 いている多数の貨車をダウライスに留め置いていました.貨車は貴社の製鉄所内に 置かれていたのですが,驚いたことに,昨日,鉄が他の路線を使って販売されてい るという好ましからざる情報を入手いたしました.当社に仕事が与えられないまま 犠牲を強いられた挙句に他社が大手を振っているのは誠に耐え難い事態です.」47)

 ダウライス製鉄会社と地元鉄道会社には止むを得ない破損事故のほかにも 人為的ミスなどに起因するさまざまな問題があった.両者は互いに,相手が 問題解決に協力することを期待しており,それゆえにこそ信頼関係に反する トラブルに対しては強く抗議した.

45) GRO 415 ff.542-3 G. Bowls (London and North Western Railway Co.) to D.I.C., 1 April 1867.

46) GRO 446 f.744 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 7 August 1869.

47) GRO 389 f.562 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 12 October 1866.

(21)

2. 3 清算の誤り

 前節で示したように,ダウライス製鉄会社と地元鉄道会社は,多くの物資 やサービスを頻繁かつ不定期に取引した.さらに上述の事故や遅配・誤配な どによって当初の契約内容と異なる清算が必要となることも多く,運賃の決 済に関する問題も頻繁に生じている.問題の多くは破損事故や遅配による損 失額を取引相手の了解を得ずに月末の清算額から差し引き払いしたために取 引相手から苦情が生じるという場合である.以下はその一例である.

  「3月分運賃の精算

  貴社では以下の減額をされています.

  ・ ニューポートからのレンガ1トンあたり4シリング6ペンスのところを4シリ ング

     61トン@ 6ペンス 計30シリング6ペンス   ・ 重量を1トン減 1トン @4シリング 計4シリング

  ヘンショーは4シリング6ペンスの運賃で正しいと申しております.またパーカー も重量は正しいと申しております.

  未清算分をお支払いいただけるでしょうか.……発送者側からも4シリング6ペ ンスで間違いないと聞いております.今回の件についてはお支払いいただけるもの と期待しております.」48)

  「鉄鉱石の運賃を9シリング7ペンス減額されている件について,貴社は運賃が1 トンあたり2シリングではなく1シリング7ペンスであると指摘されていますが,

当地の貴社の代理人によれば,ダウライスまでのタフ・ヴェイル鉄道で鉄鉱石の運 賃は1シリング11 1/4ペンスだそうです.」49)

48) GRO 446 f.682 W. Thompson (B. & M. Co.) to D.I.C., 18 May 1869.

49) GRO 438 f.1389 J. Shand (Rhymney Railway Co.) to D.I.C., 14 August 1868.

(22)

 清算額の訂正を求める事例は数多いが,その多くは原因が両者にとって明 確であり,帳簿上で訂正され,深刻な軋轢は伴わなかった.しかし,清算の 根拠が相手側に理解されない場合は強い抗議を招いた.

  「もしも明らかに運賃設定や計算の間違いであれば,貴社が支払い金額を減額した ことに対してこれほど強く抗議しなかったはずですが,今回の件について当社は正 当かつ適切と判断した運賃を請求したのに,何らの断りもなくこの運賃が貴社の望 む額に変更されてしまいました.当社は本当にこの事態に我慢ができず,貴社がこ れらの小額の費目を次回の支払い分に繰り入れるよう要望いたします.」50)

 興味深いのはさまざまな損失の補填は必ずしも金銭だけで清算されるわけ でもないことが以下の書簡から理解できる.

  「ビショップ氏と面談して細かい相違点について調整いたしました.当方としては,

本来の貨物がカンブリア鉄道に積載されて,当社は安値で貴社の貨物輸送を請け負って いるという損失の補填という意味で,一定量の鉄を分けていただくよう希望します.」51)

 ダウライス製鉄会社と地元鉄道会社のあいだのトラブルは,事故や誤配・

遅配などの目に見える形をとるものだけでなく,帳簿上の問題についても事 故などと同様に誠意のある対処が互いに求められた.

2. 4 問題解決の仲介

 前節で示したように,地元鉄道会社はダウライス製鉄会社と幹線鉄道会社の 交渉を仲介し,何らかの問題が生じたときも仲介役として機能した.また,ダ ウライス製鉄会社からの貨物の受け取り手から不満が生じ,鉄道会社が発送者

50) GRO 446 f.776 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 4 October 1869.

51) GRO 405 f.757 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 8 June 1867.

(23)

であるダウライス製鉄会社に問合せをする場合もあった.そのような仲介がし ばしば行われていたことは,たとえば,以下のような書簡から確認できる.

  「バークンヘッド行きの石炭

  貨車がご要望どおりに機能していないと伺い,大変残念に思っております.グロー ト氏は,遅延はバークンヘッドでの「渋滞」によるものであり避けようがなかった としています.貴社の貨物には最大限の注意を払います.この点はミッド・ウェー ルズ・アンド・カンブリア鉄道会社が確約しております.」52)

   「グロスターへの正しい経路はレットフォード経由で,グレート・ウェスタン鉄道 会社が通常通りに運行しているのならば遅延が生じているはずです.この数週間,

ヘリフォードで渋滞が生じて交通が滞っていると聞いております.本日,ウスター・

マクロード鉄道経由の運賃を算定してもらうよう書状を出しておきましたので,同 じような事態になった場合でも,そちらから発送することができます.」53)

 前節は,不定期かつ不定形な輸送の需要に応じるため,製鉄会社と鉄道会 社のあいだで煩雑なやりとりが交わされたことを示した.それに対して,本 節は事故や手違いなど多くの問題が存在し,事故処理や清算額の訂正などに よって煩雑なやりとりが倍加したことを示した.逆説的に言えば,事故や誤配・

遅配などにより輸送網の信頼性は低く,輸送網が機能しないと製鉄会社の業 務にも支障を来すからこそ,地元鉄道会社による運行管理はダウライス製鉄 会社にとって重要だったのである.

3

 前節は,ダウライス製鉄会社と地元鉄道会社が日常的に頻発するさまざま

52) GRO 405 f.863 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 10 October 1867.

53) GRO 405 f.926 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 4 December 1867.

(24)

な問題にどのように対処したのかを示したが,本節は両者がそのような問題 の長期的な解決にどのように取り組み,産業集積としての機能を高めたのか について検討する.第

1

節でみたように,地元鉄道会社にとってダウライス 製鉄会社は常連の大口の顧客であり,おそらくは最大の顧客であった.同様 に原料生産地とも製品市場とも隔絶されたダウライス製鉄会社にとって鉄道 輸送は重要であった.冒頭に示したように,マーシャルは産業集積の利益を 単なる財の需給関係以上の相互協力関係として描いている.本節は,補助産 業である地方鉄道が産業集積の一員として地域の基幹産業が抱える長期的問 題の解決にどのように貢献したのか検討する.

3. 1 事故,誤配・遅配などの再発防止

 まず,ダウライス製鉄会社と地元鉄道会社の長期的な協力関係の一例とし て,前節で扱ったさまざまな問題の予防策などの協議があげられる.ダウラ イス製鉄会社と鉄道会社は,個別の破損事故の処理だけでなく,再発防止に ついて相互に意見を交換し,スムースな取引関係の構築にむけて議論してい る.以下は事故や遅配防止の提言の一例である.

  「トウィウェル発の鉄鉱石

  トウィウェル発着の貴社の貨車の運行を確認するためにこの1週間カニンガムに 外回りをさせました.同封の報告書は遅延の大部分を説明しているはずです.貨車 が必ずしもウスターから正しい経路をたどっていないようです.貨車には『ミッド ランド鉄道を利用してウスター発バーミンガムおよびレスター経由でケタリング近 郊トウィウェル行き』という伝票だけを付させてください.

  ミッドランド鉄道会社には遅延が生じないよう監視するように書面で伝えました.」54)

  「貴社のための硝石用の貨車を新造した結果として,当社の連絡駅近くの分岐点に 54) GRO 405 ff.663-4 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 1 March 1867.

(25)

『見張り番』を配置する必要があることがわかりました.この見張り番は一時的措置 であり,何らかの変更を加えてこの分岐点を通過する他の列車が安全に運行できる ように車軸から貨車の車輪を守れるようにするまでの措置です.この分岐点には列 車が通過したあとに鉄の「切れ端」を取り除く係員が配置されていました.残念な ことにこの一件はこれまで軽視されており,しばしば見張り番が置かれないことも あり,つい昨日の12時ごろにも当社の旅客列車が危うく事故をおこすところでした.

支障を最小限に抑えるために一度ご相談したいと切望しております.」55)

  「車輪の摩擦

  今月6日付の貴社のお便りに重ねて返信いたします.貴社のご事情には完全に同 情し,また,この件について当社の状況をご理解いただき,感謝しております.積 荷の重さで木製あるいは鉄製の車体が車輪にはさまって止まるのではないと申し上 げたのは正しかったと思います.この同じ列車が数多くの軽微な事故で経験してい るだろうように,おそらくブレーキが強いと高い圧力がかかって車輪が止まってし ばらく動かなくなってしまうということが生じているのです.ご提案できる唯一の 解決策は,良好な水準にブレーキを維持しておくことだけです.」56)

 清算ミスを生み出す決済の煩雑さも認識されていた.

  「先月31日付の貴社の書簡を受けとりました.問題が生じることによって帳簿上 に複数の小額の減額措置が発生すると,きわめて不便であることに同意いたします.

それぞれの勘定は独立して清算するよう手配すべきですが,残念なことにそのよう な原則は履行されてはおりません.当社は頻繁に運賃の勘定から減額してきました が,それが果てしない問題や混乱の原因になっていました.ご提案どおりに貴社が この問題を処理してくださるのなら,きわめて幸いです.」57)

55) GRO 446 ff.734-5 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 27 July 1869.

56) GRO 452 C. Lundie (Rhymney Railway Co.) to W. Menelaus (D.I.C.), 20 October 1869.

57) GRO 446 f.647 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 2 April 1869.

(26)

 また,貨物輸送の効率を改善するための工夫についても鉄道会社から提案 をするとともにダウライス製鉄会社の協力を求めることがあった.このよう な提案の多くは,直接的には輸送サービスの提供者である鉄道会社の業務に 関わるものが多かったが,ダウライス製鉄会社が所有する業務用路線も含め て議論された.

   「パント駅から製鉄所までの貴社の自社線での当社の操業について貴社のご指示 どおり面談の約束をとりつけてマーティン氏と会談しました.カーブの改善や変更 が提案され,了承されました.この変更が実現すれば,当社のアイヴァー分岐点の 完成を待つまでの一時的な解決策としてアイヴァー製鉄所近くの引込み線の発着に は問題がなくなるはずです.運行の安全を確保するためには,貴社から各列車に付 き添って運行を管理する担当者を任命していただく必要があり,この担当者は当社 と連係して作業に当たらなければなりません.当社の従業員は貴社の担当者の許可,

指示,統制にしたがい作業いたします.」58)

 さらには,鉄道会社が,レール生産者であるダウライス製鉄会社とレール の品質について協議することもあった.

   「私は仕様のとくに強調すべき点をまとめている次第です.つまり,当社のため,

またその結果としてチャグ氏のために,当社が必要とするレールの生産に欠かせな い杭打ちの精度や方法を明示するよう命じられているわけです.

  もちろん,当社が良質なレールを求める際に,ダウライス製鉄会社などの著名な 製鉄会社に依頼できるのならば,どのようにレールをつくるべきか詳細を指示する のはいささかやりすぎになりますが,他方で,最終的に劣悪なレールを供給する会 社と契約を結ぶことになるなら,詳細を指示しておくほうが有益である可能性があ ります.

58) GRO 405 ff.628-629 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 2 February 1867.

(27)

  そこで,この当方の書簡の目的は,杭を生産する最良の方法についての貴殿のご 意見を伺うことであり,もしも詳細を図示していただければ有効かつ有益です.」59)

 このように,前節で示したさまざまな問題は,ダウライス製鉄会社あるい は地元鉄道会社のどちらかが一方的に責めを負うべき問題ではなく,両者が 共有する問題として議論されたのである.

3. 2 運行条件に関する情報交換

 次に留意すべきは,地元鉄道会社は複数あり,ダウライス製鉄会社には鉄 道会社を選択する余地があった点である.換言すれば,地元鉄道会社にとっ てダウライス製鉄会社の発注を確保することは重要であり,経由の便宜など を訴えて受注を獲得する必要があった.このことは次の書簡からも確認でき る.

  「デヴェノックから貴社宛ての坑木がニース,グレート・ウェスタン鉄道会社経 由で搬送されていることに気づきました.これは当社の路線をお使いになるほうが はるかに貴社のご都合に沿うものと確信しますので,そのようにされるようご尽力 いただければ幸いです.発送者側が運賃を負担していることは承知しておりますが,

貴社から路線についてお申し出いただければ十分なはずです.」60)

 この書簡につづく書簡が「当社の運賃はグレート・ウェスタン鉄道会社の 運賃よりも実質的に

1

トンあたり

10

ペンス安いことをお伝え」しているよう に,受注獲得の手段の一つは運賃であった61)

.鉄道会社のあいだには運賃を

めぐる駆け引きがあり,地元鉄道会社とダウライス製鉄会社は運賃に関する 情報を頻繁に交換している.

59) GRO 446 f.739 J. D. Roberts (B. & M. Co.) to W. Menelaus (D.I.C.), 29 July 1869.

60) GRO 425 f.548 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 28 January 1868.

61) GRO 425 f.555 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 3 February 1868.

(28)

  「ダウライス貨物駅を中継地点とする貨物やダウライス貨物駅とグレート・ウェス タン鉄道会社の各駅間との運賃についてグレート・ウェスタン鉄道会社と取り決め を確認されたと理解しております.

  それらの運賃についてご教示いただければ幸いです.当社の路線と競合する場合 は当社の運賃と同額なのでしょうか.情報をお送りいただければ,運賃の値下げを 実施すべく検討いたします.」62)

 運賃ではなく,輸送時間の短縮という利点を示すこともあった.

  「バークンヘッド行きの石炭

  石炭の輸送時間を24時間短縮できるように,ミッド・ウェールズ・アンド・カン ブリアン鉄道会社とようやく手配をするに至った旨を本日午後ジェンキンス氏にお 伝えしました.ここに改めてお伝えする次第です.」63)

 このように,どの鉄道会社の路線を経由して貨物を運送するのかという問 題は鉄道会社間では深刻な問題であり,次の書簡のような対立に発展するこ ともあった.

  「貴社の炭鉱からマーサークーマーまで当社が運んでいる石炭が窃盗であるとして 1トンあたり21ハンドレッドウェイトの通行料を課す旨,ラムニ鉄道会社が裁判所 に申し立てました.この額はカーディフまでの運賃と同額であると推測します.早 くご返答ください.これは当社をつぶす企み,つまり石炭を運べないようにしよう という企てです.このような試みに対して貴殿のご助力が得られるものと期待して おります.」64)

62) GRO 446 f.771 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 27 September 1869.

63) GRO 425 f.583 W. Parker (B. & M. Co.) to D.I.C., 29 February 1868.

64) GRO 446 f.586 A. Henshaw (B. & M. Co.) to W. Jenkins (D.I.C.), 30 January 1869; ただし,この 訴えは後日取り下げられている.GRO 446 f.589 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 3 February 1869.

(29)

 しかし,地元鉄道会社はこのような価格競争だけでなく,相互に協力する こともあった.つまり,第

1

節で指摘したように,地元鉄道会社のあいだで 運賃や列車編成においてさまざまな協力関係が見出された.このことは以下 の書簡でも確認できる.これはマーサー・ティドヴィルとカーディフ港を最 短距離で結ぶタフ・ヴェイル鉄道の運賃水準にあわせて,同区間のブレコン・

アンド・マーサー鉄道会社とラムニ鉄道会社の運賃を値下げする協定の交渉 過程を伝えるものである.文中のランディーはラムニ鉄道会社の運行管理主 任であり,8日後には三社同一運賃の協定の締結を報告する書簡もある65)

  「月曜日にカーディフでハワード氏と面談し,カーディフまでの運賃の問題を徹底 的に検討しました.当社がニューポート発着の便の料金を提示させていただくのな らば,解決しておくべき小さな問題がいくつかあります.ランディー氏が外出中だっ たので,終点の問題が未解決です.念のためにお知らせしておきますが,当社は,

他社と公正な取り決めを結んで,貴社の製鉄所とカーディフとのあいだの貨物輸送 がどの経路を利用しても同じ運賃になることについてはきわめて前向きです.ラン ディー氏にはこの件について書面で連絡を取り,何かはっきりした取り決めが交わ され次第,貴社にもお知らせいたします.この問題について今月4日以前にランディー 氏から受けとった書簡の写しをお送りします.貴社の利益に供するはずの取り決め を狭い了見で判断をして何らかの妨害をしようという意図は当社にはないことをご 理解いただくには十分だと思います.ランディー氏自身が明らかにこの問題を先延 ばしにしたいと考えていることもお分かりいただけるはずです.当社がタフ・ヴェ イル鉄道会社と同じ運賃で運行するつもりであることをランディー氏に伝えたこと はご理解いただかなければなりません.」66)

 運行条件をめぐる煩雑な書簡のやりとりは,実際の輸送需要に応じた輸送

65) GRO 405 f.677 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 15 March 1867.

66) GRO 405 f.672 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 7 March 1867.

(30)

サービスを求め,それを提供するだけでなく,運賃,輸送時間,経由路線の 便宜などの情報を交換し,ダウライス製鉄会社だけでなく地元鉄道会社にとっ ても望ましい運行条件の設定を模索するものであった.

3. 3 長期的な協力関係についての認識

 しかし,ダウライス製鉄会社の受信書簡が示す多様なやりとりのなかでも,

もっとも興味深いのは,地元鉄道会社がダウライス製鉄会社への依存関係を 自覚し,その関係を訴えながら,営業活動を展開した点である.

  「ダウライス製鉄会社の輸送量

   1月分の当社の帳簿によると,搬送した鉄3,380トン,鉄鉱石7,739トンのうち,

鉄2,837トン,鉄鉱石2,865トンがカーディフ発着分です.つまり,当社は(マーサー・

ティドヴィル発着分は)鉄鉱石4,874トンに対して鉄は543トンしか運んでいないこ とがご理解いただけるはずです.この情報はあくまでご参考のためにお知らせする ものですが,貴社が当社のために万全のご配慮をいただけるものと信頼しておりま す.」67)

   「今月11日付の貴社のお便りに返信いたします.一度はきわめて少量であった貴 社から大量の貨物が輸送されるようになるのは嬉しく思います.また,貴社から発 注された貨物の輸送には万全の注意を払います.」68)

 このように地元鉄道会社はダウライス製鉄会社との共存関係を自覚し,し ばしばダウライス製鉄会社に対してさまざまな働きかけをすることによって 受注を確保した.もっとも明確なのは「モスタンまで運ばなければならない レールが大量にあると聞き及びました.どなた宛に送るものかご教示くださ

67) GRO 425 f.560 A. Henshaw (B. & M. Co.) to W. Jenkins (D.I.C.), 10 February 1868.

68) GRO 438 C. Lundie (Rhymney Railway Co.) to D.I.C., 12 September 1868.

(31)

い,また,当社の路線で運搬するようご指示ください.」「貴社がどのような 家庭用炭の注文を受け,どの会社からの注文ならば当社に貨車を手配する機 会があるのかご教示ください.またどの炭坑で貨車が必要になるのかも知り たく思います.」というような働きかけである69)

.次の書簡もその例であり,

文中のパント駅はブレコン・アンド・マーサー鉄道会社の貨物駅の一つである.

  「ロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道会社から,ロンドン・アンド・ヘリ フォード鉄道会社宛にレール450トンを納品し,そのためにロンドン・アンド・ノー ス・ウェスタン鉄道会社が1日10両の貨車を派遣すると知らされました.これらの 貨車をパント経由で手配するように貴社の担当者にご指示ください.」70)

 さらに,鉄道会社にとって,ダウライス製鉄会社は発注元であるだけでなく,

「当方で耐火レンガ

1,000

1,500

個が必要になりました.どこで入手するの がもっともよいのか,いくらぐらい支払わなければならないのか教えていた だければ幸いです.」というような問合せを行う情報源でもあった71)

.交換さ

れる情報は取引の機会に関わるものにとどまらない.

  「当社では,数ヶ月前に保健委員会に対してドビゲア貯水池の補修のために新線沿 線での土壌の採掘を認めました.貴社も同じ地域で同様の許可をされたことと信じ ております.

  当社も同額に設定したいので貴社の採掘料金を教えていただけないでしょうか.

  採掘料金は貴社が決定されることになっていたと理解しております.」72)

 地元鉄道会社がその顧客との仲介をダウライス製鉄会社に依頼することも

69) GRO 415 f.581 G. Bowls (London and North Western Railway Co.) to D.I.C., 26 December 1867;

GRO 425 f.568 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 18 February 1868.

70) GRO 425 f.587 A. Henshaw (B. & M. Co.) to D.I.C., 4 March 1868.

71) GRO 405 f.718 A. Henshaw (B. & M. Co.) to W. Jenkins (D.I.C.), 27 April 1867.

72) GRO 446 f.727 J. D. Roberts (B. & M. Co.) to D.I.C., 14 July 1869.

参照

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