革命から第一帝政時代の金融界とその周辺 : 一九 世紀前半における「銀行家」の社会的地位と文学空 間(二)
その他のタイトル Le monde financier sous la Revolution et le Premier Empire : Le statut du banquier et son espace litteraire dans la premiere moitie du 19e siecle (II)
著者 柏木 治
雑誌名 關西大學文學論集
巻 68
号 2
ページ 1‑24
発行年 2018‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/16311
革命 から 第一 帝政 時代 の金 融界 とそ の周 辺
︱︱ 一九 世紀 前半 にお ける
﹁銀 行家
﹂の 社会 的地 位と 文学 空間
︵二
︶︱
︱ 柏 木
治
はじ めに 前稿︵︶ では
︑小 説の 題材 とし て頻 繁に 使わ れる のに
︑文 学研 究に おい ては さほ ど深 く言 及さ れる こと のな い銀 行家 の
1
実態 を探 るに あた って
︑と くに かれ らの 中心 的な 居住 区と なっ たパ リ旧 二区 とそ の周 辺に 光を あて なが ら︑ この 地域 がど のよ うに 小説 で描 き出 され るか をい くつ かの 例と とも に検 討し た︒ その 際に 示し たと おり
︑一 八世 紀後 半以 降︑ いわ ゆる ショ セ= ダン タン
︵C ha us sé e‒ d’ An ti n︶ 地区 の周 辺は
︑あ らた に興 隆し てき た金 融業 者を 中心 に︑ 従来 の貴 族階 級の 華や かさ とは 異な る新 しい 文化 に彩 られ た活 動拠 点と して 成長 して いっ たの であ った
︒ 本稿 では
︑こ のあ たり 事情 をも う少 し仔 細に 考証 する とと もに
︑近 代的 銀行 家の 原型 とも いえ るジ ャン
=フ レデ リッ ク・ ペレ ゴー
︵J ea n‒ Fr éd ér ic Pe rr eg au x一 七四 四~ 一八
〇八
︶
︵
︶
を中 心に
︑現 実の 銀行 家の 肖像 がど のよ うな も
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ので あっ たか につ いて 明確 にし てお きた い︒ 革命
から 第一 帝政 時代 の金 融界 とそ の周 辺
︱︱ 一九 世紀 前半 にお ける
﹁銀 行家
﹂の 社会 的地 位と 文学 空間
︵二
︶︱
︱︵ 柏木
︶ 一
金融 関係 者た ちの 居住 区 一八 世紀 末か ら一 九世 紀初 頭に かけ て︑ すな わち 執政 政府 から 第一 帝政 の初 期に おい て︑ すで に政 府は パリ とい う 都市 の経 済活 動と 納税 者の 実態 をそ れな りに 把握 して いた が︑ 一八
〇七 年以 降︑ 土地 登記 にい っそ う正 確さ を期 し︑ 細か な土 地区 画と 収入 を知 ろう と試 みる よう にな った
︒と いう のも
︑一 七九 一年 に完 成し てい たか の有 名な ヴェ ルニ ケの 地図︵︶
でさ え︑ 革命 の動 乱に よる 破壊 と再 建に よっ て︑ かな り実 態と のず れが 生じ てお り︑ いく つか の尺 度や 計測
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上の ちが いも あっ て︑ もは や現 実の 用途 に合 わな くな って いた から であ る︒ 地図 の作 成に は︑ 街の 空間 把握
︵位 置や 道程 を示 す機 能︶
︑戦 略上 の必 要な ど︑ さま ざま な目 的が ある が︑ 近代 国家 の統 治機 能が 発達 する にし たが って 重要 にな って きた のが 徴税 を目 的と した 用途 であ る︒ この ため には きわ めて 正確 な地 図が 不可 欠で あっ た︒ 第一 帝政 期に
︑メ ート ルの 基準 策定 に一 役買 った こと でも 有名 なジ ャン
=バ ティ スト
・ド ラン ブル
︵J ea n‒ Ba pt is te De la mb re 一七 四九
~一 八二 二︶ が中 心と なり
︑測 量士 や徴 税責 任者 の力 を結 集し て︑ 街区 ごと に首 都に ある すべ て の家 々を その 並び どお りに 見え るよ うな 地図 製作 の指 針を 出す
︒任 務を まか され たの はフ ィリ ベー ル・ ヴァ スロ
︵P hi li be rt Va ss er ot 一七 七三
~一 八四
〇︶ であ った
︒一 八一
〇年 に開 始さ れ︑ 一八 三六 年に 一応 の完 成を 見る が︑ その 後も 息子 たち の手 によ って 改良 を加 えら れて いっ た︒ 徴税 を目 的と した 地図 作成 のも っと も古 い例 であ る︵︶
︒
4
小区 画ご とに 正確 に測 量さ れ︑ 全体 で九 一二 の区 画が 二四 枚の 地図 にま とめ られ
︑こ れが ひと つに 綴じ られ たか た ちで 現在 国立 文書 館︵ Ar ch iv es Na ti on al es
︶に 保管 され てい る︵︶
︒ち なみ に︑ 仕事 の陰 に隠 れて この 人物 本人 への 関心
5
がほ とん ど払 われ なか った ため か︑
«P .» もし くは
«P h.
»と 省略 表記 され るこ との 多か った かれ の名 前﹁ フィ リベ ー ル﹂ が﹁ フィ リッ プ﹂
︵P hi li pp e︶ と誤 記さ れる こと も少 なく なか った よう だ︵︶
︒い ずれ にせ よ︑ この 事業 は︑ 現在 の
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關西 大學
﹃文 學論 集﹄ 第六 十八 巻第 二号
二
二〇 区制 にな る以 前の パリ を知 るの に不 可欠 の仕 事で ある
︒ ナポ レオ ン時 代に は革 命に よっ て崩 壊し た旧 制度 の徴 税体 制に 代わ るあ らた な組 織づ くり が急 務で あっ た︒ すで に 革命 以前 から 徴税 を請 負人
︵f er mi er gé né ra l︶ によ って 行う 制度 に多 くの 欠陥 が指 摘さ れ︑ その 改革 が目 指さ れて い たの であ るか ら︑ 革命 後︑ 徴税 機構 の刷 新が 官僚 制度 の近 代化 とと もに 求め られ たの は当 然で ある
︒精 緻な 税務 調査 とと もに 進め られ たこ の地 図作 成の 大事 業は その 過程 で︑ 不動 産所 有者 のみ なら ず︑ 実際 の居 住者
︑そ の職 業︑ 建物 の占 有部 分︑ さら には その 家賃 にい たる まで
︑じ つに 詳細 に情 報を もた らす もの であ った︵︶
︒
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この よう な地 図に 加え て︑ 選挙 制度 の整 備と とも に作 成さ れた 有権 者リ スト によ って も︑ ナポ レオ ン 時代 の経 済的 エリ ート がど のよ うな 地域 に多 かっ た かを 教え てく れる
︒こ うし た資 料を もと に︑ たと え ば銀 行家 たち がど の地 域に 居住 して いた かも 具体 的 に把 握す るこ とが でき るの であ る︒ すで に見 たよ う に︑ ナポ レオ ン時 代の 経済 的選 良は もっ ぱら セー ヌ 右岸 の﹁ 美し い地 区
ボー
・カ ル ティ
﹂エ
に住 んだ
︒税 から みる と︑ 一 八一
〇年 に五
〇〇 フラ ンの 営業 許可 税を 課税 され て いる 銀行 家の 数は 六五 で︑ その 約五 分の 四に あた る 五三 が旧 一区
︑二 区︑ 三区 に居 を定 めて いた
︒街 区 もあ わせ てま とめ ると 上表 のと おり であ る︵︶
︒8 革命 から 第一 帝政 時代 の金 融界 とそ の周 辺
︱︱ 一九 世紀 前半 にお ける
﹁銀 行家
﹂の 社会 的地 位と 文学 空間
︵二
︶︱
︱︵ 柏木
︶ 三
地区ごとの営業許可税を払っている銀行家の数 ル・プルティエ
25 第区(計)
0 ルール
10 ヴァンドーム広場
0 シャン=ゼリゼ
10 第区(計)
0 チュイルリ
500フランの営業許可税 を払っている銀行家数 区と街区
ポワソニエール
2 コントラ・ソシアル
6 マイユ
4 ブリュテュス
18 第区(計)
18 モン=ブラン
0 ビュット・デ・ムラン
4 フォーブール・モンマルトル
3
53 総 計
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この 表が 示す とお り︑ 主要 な銀 行家 が集 中し てい たの は︑ 一区 から 三区 のな かで もと くに 二区 が多 く︑ さら にそ の なか でも モン
=ブ ラン
︵の ちの ショ セ= ダン タン
︶に 集中 して いる こと がわ かる
︒前 稿で 示し たよ うに
︑こ の地 区に はネ ッケ ルや ペレ ゴー など
︑当 時の 主要 な銀 行家 が居 を構 え︑ 華や かな 新興 開発 地の 象徴 であ った
︒ もっ とも
︑一 八世 紀末 から 一九 世紀 はじ めに かけ て金 融関 係者 の経 済基 盤は この よう に拡 大し
︑そ の後 の産 業社 会 の進 展と とも にそ の傾 向は ます ます 顕著 にな って いく もの の︑ 不動 産税 額で みる かぎ り︑ 上位 はな お旧 貴族 であ るこ とに も留 意し てお きた い︵︶
︒
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﹁銀 行家
﹂と は何 か では
︑こ れら 金融 関係 者は どの よう な業 務に 携わ って いた のだ ろう か︒ 一口 に﹁ 銀行 家﹂ とい って も︑ その 内実 は 今日 とは かな り異 なる とこ ろが ある
︒こ こで
︑革 命期 から ナポ レオ ン時 代に かけ てと くに 政治 と深 く関 係を もっ てい た金 融関 係者 を中 心に
︑そ の事 業を 概観 して おこ う︒ 旧体 制下 の銀 行家 の業 務に はい くつ かの 種類 あっ た︒ まず
︑も っと も単 純な 業務 とし ては
︑顧 客の 為替 手形 に支 払 いを する 仕事 があ る︒ この 時代 の為 替手 形は 一種 の小 切手 のよ うな もの で︑ 革命 直前 の一 七八
〇年 代か ら急 速に 発展 を遂 げた
︒現 金を 運ぶ こと なく 資金 を流 通さ せう るか らで ある
︒も ちろ んこ うし たシ ステ ムは 遠い 昔か らあ るが
︑一 八世 紀後 半以 降︑ ヨー ロッ パの 経済 規模 は飛 躍的 に拡 大し
︑産 業革 命の 上げ 潮に 乗っ て国 際的 な資 金流 動の 必要 性は 高ま る一 方で あっ た︒ これ を仲 介す るの が銀 行家 であ る︒ かれ らに とっ てこ の業 務が うみ だす 利益 はそ れほ ど大 きく はな かっ たも のの
︑日 常的 に手 っ取 り早 く収 入を 得る 手立 てで あっ たこ とは 否定 でき ない
︒こ のタ イプ の銀 行業 とし て有 名な のが
︑パ リで もっ とも 古い マレ 兄弟
︵F rè re sM al le t︶ の銀 行だ ろう︵︶
︒
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四
この 日常 業務 以外 にど の銀 行も 商業 活動 を行 って いる のが ふつ うだ った
︒こ の時 代に はま だこ のこ ちら のほ うが 主 で︑ 手形 の支 払な どの 銀行 業務 は顧 客へ の便 宜を 図る 程度 のも のと して 行っ てい た業 者も 少な くな く︑ 重き の置 きか たに ちが いは ある にし ても
︑い ずれ の金 融家 も商 取引 を兼 業し てい た︵︶
︒過 去を たど れば
︑フ ォン テー ヌブ ロー の勅 令
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によ って 信教 の自 由を 奪わ れ︑ スイ スに 逃れ たユ グノ ーの 家系 であ るジ ャッ ク= ルイ
・プ ルタ レス
︵J ac qu es
‒L ou is Po ur ta lè s一 七二 二~ 一八 一二
︶
︵
︶
も︑ イン ド更 紗や のち にイ ンド 紅茶 を取 引し て富 を築 きつ つ銀 行業 を営 んだ し︑ フ
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ラン ス銀 行の 設立 者の ひと りと なる ジャ ン= バル テル ミー
・ル
・ク トゥ ー・ ド・ カン トル ー︵ Je an
‒B ar th él em yL e Co ut eu lx de Ca nt el eu 一七 四九
~一 八一 八︶ の祖 先も 新大 陸と のラ シャ 取引 と並 行し て銀 行業 を拡 大し てい った
︒ド フィ ネ地 方で イン ド更 紗の 生産 から 金融 業に 手を 染め てい った ペリ エ一 族︵ le sP er ie r︶ も同 様で ある
︒こ のよ うに
︑ 旧体 制下 の金 融業 者の 多く は国 際的 な資 本移 動の 仲介 業者 とし て発 展し てい くい わゆ るマ ーチ ャン ト・ バン カー であ り︑ かれ らの もつ 国際 的な ネッ トワ ーク は経 済の みな らず 政治 的な 情報 も逸 早く 伝達 する 機能 をも って いた
︒そ れゆ え︑ 各国 の政 情を 窺い なが ら自 身に 利す る手 を打 つと いう
︑い わば 投機 的な 意図 を実 現す ると いう 点で もす ぐれ た組 織を 形成 して いた ので ある
︒ おそ らく こう した 投機 的側 面を いっ そう はっ きり させ たの が革 命で あろ う︒ 教会 や亡 命貴 族か ら国 家に よっ て没 収 され た土 地や 資産 をも とに さま ざま な投 機が なさ れ︑ その なか には のち にロ ワー ルの 古城 ヴィ ラン ドリ ー城
︵C hâ te au de Va ll an dr y︶ の所 有者 とな るア ンゲ ルロ
︵H ai ng ue rl ot
︶家︵︶ や︑ この 城の 前の 所有 者で あっ たウ ーヴ ラー
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ル︵ Ga br ie l‒ Ju li en Ou vr ar d一 七七
〇~ 一八 四六
︶も いた
︒後 者も また 土地 の投 機に よっ て蓄 財を 図っ た銀 行家 のひ とり であ る︒ ペリ エ家 もの ちに セル ネー 侯か ら得 たア ンザ ン炭 田に 手を 出し てい る︒ 総裁 政府 時代 に﹁ メル ヴェ イ ユー ズ﹂ とし て有 名だ った フォ ルュ ネ= アム ラン
︵F or tu né e‒ Ha me li n一 七七 六~ 一八 五一
︶の 夫の 一族 も同 様に 投 革命 から 第一 帝政 時代 の金 融界 とそ の周 辺
︱︱ 一九 世紀 前半 にお ける
﹁銀 行家
﹂の 社会 的地 位と 文学 空間
︵二
︶︱
︱︵ 柏木
︶ 五