2012 年 3 月 15 日、東京都議会予算特別委員会にて、石原慎太郎東京都知事が「ビッグサイトを拡 張する」しかも「できるだけの拡大を、できるだけ早く」と表明した。その瞬間、議員の中から「オー」 というどよめきが上がり、質問した吉田康一郎都議会議員(民主党)は「予想よりもはるかに前向きで 明確な答弁だったので、質問した私が驚いたくらいだった。そしてつい『ありがとうございます。さす がというか、是非ご期待を申し上げます』と言った」と感想を述べている。 この一部始終については、都議会のホームページ上で動画や議事録が全て公開されているので、ご興 味のある方はご覧頂きたいが、ここではその一部を紹介してみたい。 「ビッグサイトは我が国最大の展示場ですが、大変残念なことに、我々が取り寄せた資料によれば、 世界で60 番目の面積です。我が国の展示場の総面積を見ても、アメリカの約 19 分の 1、中国の約 12 分の 1 です。さらに上海やソウルなど、アジア各国のいくつかの展示場では拡張を計画しています。 東京、さらには日本の産業振興を一層進めていくために、拡張を含め東京ビッグサイトのあり方につ いて調査研究をすべきと考えますが、来年度予算措置があるかお伺いいたします。」 「世界を見てみますと、中国では展示会場を整備し、展示会産業を発展させることを 5 ヵ年計画に位 置づけ、国を挙げて推進しています。また、韓国では2008 年、展示会産業発展法を制定し、国家戦略 産業として展示会産業の推進を図っています。この法律の制定理由として、主要先進国では展示会産 業を国家戦略産業と認識し、政策的に育成しているからということであります。(中略) 知事が所信表明されていらっしゃる通り、日本のダイナモであります東京のビッグサイトに世界中の
リード社長・日展協会長 石積が深く感動 (No.84, 12/04/24)
石原都知事が大英断!
ビッグサイトの拡張
を表明
「できるだけの拡大を、できるだけ早く!」 と
拡張を表明する石原都知事 ビッグサイトの拡張を要望する吉田議員 東京都議会 予算特別委員会石原都知事
吉田議員優秀な製品が集まり、事業、ビジネスが活発化し、日本全体にその波及効果を及ぼしていくことが大 事であります。オリンピック招致の結論が出るのは来年の 9 月とだいぶ先であります。ぜひオリンピ ック招致の結論が出てからと言わずに、東京ビッグサイトの拡張の準備に取りかかるべきだし・・・」 「ご指摘の通り、日本の代表的な展示場であります東京ビッグサイトはもう外国に比べてかなり見劣 りが致します。・・・私は当然、オリンピック云々に関わらず、・・・今あるアネックスも含めて、あ の左右にあります土地はもうフルに利用して、私はできる限りの拡大をできるだけ早くやりたいと思 っております。」 以上の石原都知事の答弁を、筆者を含めて多くの方々が、次の4 つの点から「待ちに待った決意表明」 と強く支持し、様々なメディアや各議員のホームページなどが取り上げた(本頁末尾を参照)。 ① 「ビッグサイトはもう外国と比べてかなり見劣りがする」と率直に認めたことが素晴らしい。政 治、行政、産業界の中には「ビッグサイトの規模は世界の2 番目か 3 番目」などと全く誤解して いる方が多いが、実際は世界ランキングの67 番目である。しかも海外では、次々と新設、増設が 繰り返されており、今後、ランキングが更に下がっていくことが確実である。 ② 「オリンピック云々に関わらず・・・」という毅然き ぜ んたる決意に賛同する。実は都議会では、今までも 何度か「ビッグサイト拡張の要望」が出されたが、その都度行政側から「オリンピック招致に合 わせて前向きに・・・」という答弁がなされていたようである。それを覆すかのような積極的な姿勢 を高く評価する声は多い。 ③ 「あの左右にあります土地はもうフルに活用して」と、具体策に踏み込んだことが画期的である。 これは、ある議員によれば、(A)東棟の海側にある空き地に増設する(B)北側にある広域災害 避難所として確保されている土地に会場を増設し、災害時に避難所として使用する(C)南側の 鉄鋼会社の倉庫を買収して増設する(D)東側にある海を埋め立て増設する・・・ということらしい。 それらを全て利用すれば25 万㎡の会場も可能になり世界の水準に追いつけるのだ。 ④ 最後に、門脇ふみよし議員が下記のホームページで、「この答弁の時、石原知事はとても嬉しそう でした」と書いているが、その理由は「ビッグサイトの拡張が日本経済に大きく貢献すると確信 し、それをキッパリと決意表明を行ったこと」に知事自身が満足されたからだと思われる。 ← 門脇ふみよし都議会議員ホームページ 東京新聞 2012 年 3 月 16 日(金) → 石原知事
知事の決意表明は、何十万人もの関係者にとって、まさに「朗報」だった。例えば… ① 「会場が2 倍になれば、展示会の数や規模が 2 倍になり、自社の売上も 2 倍になる」と会場の拡 張を切望していた交通、飲食、ホテル、装飾、電気、人材派遣、警備…等、何千もの関連企業 ② ビッグサイトで新規展を開催しようとしても会場の予約がとれなかった何百もの主催者 ③ 会場スペースの不足により、何百社もの出展を断ったり、中国や韓国に出展社を奪われた主催者 ④ 「展示会は都市に巨大な経済効果をもたらし、日本経済を発展させる」ということを知っていて、 知事の決断を歓迎している東京都民や日本国民 ⑤ 会場の新設や拡張が必要と分かっていても、様々な理由で決断を遅らせてきた全国の都市 以上、何十万人の中でもし「最も深く喜び、感動した人」を一人だけ挙げるとしたら、それは、展示 会産業における最大の業界団体「日本展示会協会」の会長、石積をおいて他にいないと思われる。 その理由は、彼が「日本の展示会産業の発展を誰よりも強く願い、その為には世界水準並みに展示会 場を整備しなければならない」と各方面に長年に渡って訴え続けてきたからだ。さらに、彼の活動に賛 同し、協力してくれた方々が千人近くいたからだ。 それを物語るように、知事答弁の翌3 月 16 日早朝から、石積のもとには、多くの国会議員、官僚、 都議会議員、全国の地方議員、さらには展示会産業の関係者から電話があり、「石積さんが待ち望んで いたことが起きて良かったね。それにしても、あなたの粘り強い活動が、どこかで知事の決断につなが っているのではないかと思うと感慨深い。おめでとう。」と一緒に喜んでくれたのだ。 石積はなぜ、知事の決断をそれほど強く支持しているのか?彼の 12 年間に渡る粘り強い活動を詳し く知ってもらえば、その理由に納得していただけると思う。ここからは彼の言葉で直接語ってもらおう。 私は今から12 年前の 2000 年頃、すでに次のことを強く感じて いた。 当時、世界中の国々は「展示会・見本市を経済活性化の強力な 手段」として、展示会産業の育成を国を挙げて推進していた。当 然ながら、そのために不可欠な展示会場を次々と建設・増設して いた。 ところが我が日本では、ほとんどの業界で「展示会は年 1 回の 業界のお祭りにしかすぎない」と位置づけられ、展示会が「商談 を促進させ、業界を活性化し、都市に巨大な経済効果をもたらし、 日本経済を復活させ、発展させる」と認識している人はほとんど いなかった。 その結果、政治・行政が展示会産業の育成に力を入れることも なく、展示会場の本格的な新設・増設も無かった。 私はこの状況に対して強い危惧を抱いた。「資源の無い日本が、
知事の決意表明を喜んだ 何十万もの人々
2000年~2004年
「一人芝居」 の5年間
その中で 最も深く感動した人は?
喜びの背景にある、12年間の地道な活動
12 年間の地道な活動を語りながら、知事の 英断に喜ぶ石積グローバル化著しい世界で生き残るためには、日本を人・物・情報がどの国よりも多く集まる国にしな ければならない。そのための最強の方法は『日本を見本市大国』にすることだ。ところが我が日本はこ のことに気づかず、世界から遅れる一方だ。一人の日本人として悔しいと同時に、看過できない」と。 私はこの危機感を展示会業界の方々、マスコミ、政治家や官僚にも訴えた。断片的だったが、5 年間 で1,000 人くらいに話したかもしれない。しかし、展示会が社会的に全く認知されていなかった当時は、 「展示会の社会的意義」を理解してくれる人は皆無に近かった。今思えば、私ひとりだけが口角泡を飛 ばして叫んでいる「一人芝居」の5 年間だった。当然、展示会産業の発展はほとんどなかった。 しかし私は諦めなかった。そして、「今までのような、断片的な啓発活動では世の中を動かせない。 もっと体系付けた訴え方をしなければだめだ」と反省し、他の方法を必死に模索した。 2005 年 1 月 1 日、新年を迎えて私は「本の執筆」を決意した。「展示会の社会的な意義と日本にとっ ての重要性」を1冊の本に体系的に著わし出版すれば、本が一人歩きして「何万人もの人に私の考えを 訴えられる」と考えたからだ。 私は当初、1 年で書き上げるつもりで、全ての休日、夏休み、正月を返上し執筆に充てたが、文才の 無い私にとって、執筆活動は苦しみ以外の何物でもなく、遅々として進まなかった。 それでも3 年後の 2007 年 12 月 6 日、ようやく私の初の著書「正直者はバカをみな い」がダイヤモンド社から出版された。 出来栄えに満足できなかったが、これ以上エネルギーを注ぎ込むと、ノイローゼ になってしまうと本気で心配になり、見切り発車したのだ。出版社も「この種類の ビジネス本は、3,000 部売れたらいいほうだ」と全く期待していなかったようだ。 ところが、予想外のことが起きた。 まず、政治家、官僚、行政、産業界のリーダー達が興味を持って読み始め、口コ ミで読者が少しずつ増えていった。読者層は限られていたようだったが、4 年間に 渡り着実に読まれ続け、6 回の増刷を重ねるに至った。 望外なことに、この出版が新たな啓発活動を生み出していった。 私の人生はどうやら、「年を取るにつれて忙しさが増す」運命にあるようだ。本業の展示会開催本数 は、この4 年間で 50%増え、2011 年には 63 本になった。それに加え、「啓発活動」の量も 3 倍に増え た。しかし、両方とも使命感に燃え無我夢中だったので、「大変だ」と思ったことは一度たりとも無か った。それでは、私の活動の一部を紹介したい。 まず始めに、本を読み、政策として展示会に興味を抱いてく れた中央官庁の経済産業省、国土交通省、内閣府や、東京都、 大阪府をはじめとする多数の自治体から講演の依頼があっ た。私はスケジュールの許す限り全て引き受け、私の訴えを 聞いてもらった。 次に、経済団体、新聞社、展示会場……等、様々な団体にて 講演。日展協が主催したセミナーでは、1,000 名を超える政
2005年~2007年
著書の出版が 壁を突破!
3年の年月の末、出版された 石積の著書2008年~2011年
啓発活動に全力投球
●90回の講演で、2万5千人に直接訴える
治・行政、マスコミが聴講した。 さらに、リードが自ら主催し、政官財など 1,600 名を集 めた講演会、4 年間で各産業の企業幹部 約 2 万人を集め た50 回のセミナー等、様々な会合で展示会の重要性につ いて訴えた。 最後には、欧米のマスコミに登場したり、アメリカ、中 国、韓国での講演も積極的に引き受けた。海外での活動 や評判が日本の関係者を刺激し、啓発することも多いか らだ。 2009 年 5 月、私は日本展示会協会の会長に選出された。 今でもそうだが、私は形式的な名誉職には全く関心がな く、日本最大の主催会社になった後も、日展協など業界 団体の会長になろうと思ったことは一度も無かった。 しかし、この時ばかりは、「会長になれば、展示会産業の 発展・拡大を加速させられるかもしれない」と判断して 会長職を積極的に引き受けた。 幸い日展協の会員はこの3 年間で約 50%増え、活動も活 発になり、知名度も高くなった。それとともに、経産省 や国交省、観光庁に展示会産業育成のための委員会もで き、その席で「展示会産業の重要性」を強く訴えることができた。 一方、私は公の場で多数の方に訴 える事だけでは十分に訴えが伝 わらないこともあると感じた。そ こで、国会議員、知事、市長、官 僚といった政治・行政関係者一人 ひとりと直接会い、個別に「展示 会産業の発展にご協力いただき たい」「海外並みに展示会場を建 設してほしい」と訴え続けた。 さらに、2010 年からは彼らを何 百人も展示会場に招待し、リード の幹部社員が一人ひとりを案内 し、「展示会の社会的な意義」を 説明し続けた。ある時は、12 名ほ どの議員を団体で展示会場に案 内し、会場に設けられた別室で、 講演や意見交換会さえ行なった。 ●
日展協会長に選出
/ 政府委員会など、数多くの会合で所信を訴える
2009 年 5 月、日展協会長就任の挨拶で、所信を訴える石積 2011 年 3 月、日展協の講演会で 1,000 名に訴える ●政治家、官僚、行政関係者 約2,000名に個別に訴える
2012 年 3 月、世界最大級の「スマートエネルギー展」には、政治家や官僚など 2,000 名を 会場に招待。石積は 50 名を個別に案内し、展示会の重要性と会場の不足を訴えた。私の啓発活動が多方面で知られるようになるにつれ、多くの方から「日本にとって重要なこと だから、応援している。もっと多くの人に知らせるべきだ」と勧められた。それで始めたのが、 このニュースリリースである。最初は読者がわずか2 万人だったが、様々な方々の努力と協力 により、4 年後の現在では展示会産業、政治・行政、産業界のリーダー、展示会参加企業の幹 部・・・など実に80 万人に配信されるまでになった。 以上、私が日本の展示会産業の将来に危惧を覚え、活動を始めてから 12 年の長い年月が経った。そ の結果、私の大雑把な推定によれば、展示会産業の存在を知っている人は12 年前の 1 万人から 100 万 人になり、展示会の社会的な意義を理解している人は 10 万人に、そして展示会産業の育成や会場建設 が日本にとって急務であることを認識している人は、日本の中で1 万人くらいに増えた。 つまり、展示会に対する認識は、12 年間で 100 倍高まったと言ってもいい。 しかし、展示会産業がこの 12 年間で具体的に大きく発展し、拡大したかと問われれば、残念ながら 「No」である。その理由はただ一つ。展示会場の増設や新設がほとんどなかったからだ。 これはあたかも、「サッカーの理論や技術が100 倍進歩し、ファンの数が 100 倍に増えても、サッカ ー場が全く増えなければ、サッカーが盛んにならない事」と同じ事だ。だから知事の決断は展示会産業 にとって極めて大きな前進であり、私は展示会産業のリーダーとして深く喜び、敬意を表するのだ。 私は以前から主張しているが、東京ビッグサイトを 現在の展示面積8 万㎡(世界ランキング 67 位)から、 せめて 15 万㎡に拡張すべきだと思う。できれば 25 万㎡に増設することが望ましいが、それが難しければ、 10 万㎡の会場を新たに、例えば羽田空港の近くに建 設すべきだと思う。 さらに、右図にある通り、千葉県の幕張と神奈川県 のどこかに新設・増設し、関東圏で50 万㎡、大阪に 20 万㎡、日本全体で展示会面積を 100 万㎡にすべき だ。そうなれば、世界の水準に近づく事になり、「展 示会大国 日本」を実現できる。 最後に、我々主催者は、「出展企業にとって価値あ る展示会」「産業界が活性化する展示会」「都市に大きな経済効果をもたらす展示会」「日本経済を復活 させ、発展させる展示会」をつくることに今まで以上に努力すべきだ。 繰り返すが、資源の無い日本が生き残る為には「展示会大国 日本」を実現することが不可欠である。 石原知事の今回の決断を、それに向かっての第一歩にしようではないか。 リード社長/日展協会長 石積 忠夫