2018 年 10 月 1 日受理
連絡責任者:吉川貴徳([email protected])
ダイズの葉はなぜ複葉化するのか?(問題提起編)
吉川貴徳
京都大学大学院農学研究科(〒 606-8502 京都市左京区北白川追分町)
要旨:我が国の主要作物であるダイズは,栄養成長期における juvenile phase(幼若相)から adult phase(成熟相) への生育相転換に伴い,単葉から複葉へと形態が変化する.このような複葉化メカニズムの解明を目的として, 葉身形態の多様な集団を用いて複葉化の多様性を調査した.その結果,小葉の枚数は 3 枚(trifoliate, 三葉表現型) が一般的であるが,生育の進行とともに小葉数が 3 枚以上に増加する品種が複数確認された.葉形態の解析により, これらの形態変化は側小葉の複葉化に起因すると推察されるものと頂小葉の複葉化に起因すると推察されるもの の 2 種類が存在した.前者の成熟葉は小葉数が安定的に 5 枚(pentafoliate, 五葉表現型)であったのに対し,後者 は 3 枚∼ 7 枚の範囲で変動が認められた.このような複葉化を促進する因子の同定を目的として,品種 Peking(三 葉表現型)の種子に EMS 処理を行った M2系統を展開したところ,側小葉の複葉化に起因する五葉変異体を得る ことができた.以上の結果から,ダイズにおいては少なくとも相転換と連動して複葉化を促進する因子と,小葉 の枚数を抑制する因子の両者が存在すると考えられた. キーワード:ダイズ,葉,複葉化,生育相転換,五葉
緒言
高等植物のライフサイクルは胚発生期,栄養成長期,生 殖成長期に大別される.このうち,栄養成長期において植 物は juvenile phase(幼若相)から adult phase(成熟相)へ と生育相を転換させ,これに伴い様々な分子的・形態的変 化が起こる.我が国の主要作物であるダイズ(Glycine max L.)は初生葉までは十字対生で単葉が展開するのに対し, 第 3 葉以降は二列互生で複葉が展開するため,初生葉と第 3 葉の間においてダイナミックな形態変化を生じる分子的 機構が存在すると考えられる.展開した葉身を用いて,生 育相転換のキーファクターであると考えられる micro RNA (miR156,miR172)の発現量を定量したところ,単葉の初 生葉と比較して複葉の第 3 葉では miR156 および miR172 の発現が低下および上昇しており,まれに展開する単葉の 第 3 葉ではこれら miRNA の発現量が初生葉と同等であっ たことから,ダイズにおける単葉から複葉への形態変化は 相転換形質の一部であると考えられる(Yoshikawa et al., 2013). トマトやミチタネツケバナなどの複葉植物を用いた先行 研 究 に よ り, 葉 身 の 複 葉 化 に は class I KNOTTED1-like homeobox(KNOX)遺伝子が関与することが示唆されてい る.KNOX は茎頂分裂組織において未分化状態の維持に関 わっているが,メリステムにおけるオーキシンの局在によ り KNOX の発現が抑制された領域は葉原基へと分化する (Hay et al., 2004, Fleming 2005).一般的な単葉植物では葉 原基分化領域において ASYMMETRIC LEAVES1(AS1)お よび AS2 により逆に KNOX が抑制を受けることで葉原基としてのアイデンティティーを保つのに対し,複葉植物で は葉原基においても弱い KNOX の発現が維持されるため, 葉原基内部において新たな葉原基を発生し,葉を複葉化す る(Shani et al., 2009, Hay and Tsiantis, 2010).このような 複葉植物においては小葉の大きさや枚数が不規則である一 方,ダイズでは一般的に大きさの等しい 3 枚の小葉が規則 的に展開されるため,一般的な複葉植物とは発生メカニズ ムが部分的に異なる可能性が高い. ダイズと同じマメ科植物であるエンドウ(Pisum sativum) では葉原基において KNOX の発現が認められない.しかし, シ ロ イ ヌ ナ ズ ナ の LEAFY(LFY) の オ ー ソ ロ グ で あ る UNIFOLIATA(UNI)の機能が欠失すると葉身が単葉化す ることから,複葉形成において UNI が KNOX の機能を代 替すると考えられている(Hofer et al., 1997).同様に,タ ルウマゴヤシ(Medicago truncatula)を用いて LFY オーソ ログ遺伝子の機能を欠失させると葉身形態は単葉化し,さ らに LFY を導入することで表現型を回復させることができ る(Wang et al., 2008).ところが,ダイズにおいて LFY オー ソログ遺伝子のノックダウンを行なっても完全に単葉化さ せることはできず,エンドウとは異なり葉原基において KNOX の発現が認められることから,マメ科の種分化の過 程において Hologalegina クレードの誕生以降に LFY/UNI が 他 の マ メ 科 と は 異 な る 機 能 を 獲 得 し た と 考 え ら れ る (Champagne et al., 2007). 本研究ではダイズ葉身の複葉化メカニズムの解明を目的 として,葉身形態の多様な集団を用いて複葉化の多様性を 調査した.その結果,小葉の枚数は 3 枚(trifoliate, 三葉表 現 型 ) が 一 般 的 で あ る が, 生 育 の 進 行 と と も に 5 枚 (pentafoliate, 五葉表現型)にまで増加する品種が複数認め られた.また,品種 Peking(三葉表現型)に EMS 処理を行っ 19 作物研究 64:19 − 22(2019)
Copyright 近畿作物・育種研究会 (The Society of Crop Science and Breeding in Kinki, Japan)
たところ,M2後代において五葉表現型を呈する系統が得 られたことから,小葉の枚数は遺伝的要因により負の制御 を受けていることが推察された.
材料および方法
植物材料として農業生物資源ジーンバンク事業より譲渡 していただいた葉の形態に特徴を有するダイズ 50 品種を 供試した.これらは品種・系統名に「葉」というキーワー ドを含むものより選抜を行った.葉身形態の調査を行うた め,2013 年 6 月に吉備国際大学農学部の実験圃場(兵庫 県南あわじ市)に直播し,通常栽培を行った. 品 種 Peking に EMS 処 理 を 行 う た め, 種 子 2000 粒 を 0.35%EMS 水 溶 液 に 一 晩 浸 漬 し, 流 水 洗 を 行 っ た 後 に 2015 年 6 月に吉備国際大学農学部の実験圃場(兵庫県南 あわじ市)に直播した.得られた M1植物に着生した M1:2 種子は個体別採種し,2016 年 6 月に同圃場へ M1個体別播 種を行い,M2植物の表現型スクリーニングを行なった.結果
第 3 葉以降に展開される三葉表現型の複葉を観察したと ころ,頂部の小葉(頂小葉)基部には一対の小托葉が着生 していたのに対し,側部の小葉(側小葉)基部には小托葉 がそれぞれ一枚ずつしか着生していなかった(Fig. 1a). したがって,側小葉同士は左右シンメトリーに形成される のに対し,側小葉と頂小葉は基部 – 頂部軸上において非対 称的な器官であることが示唆された.供試した 50 品種の 多くは第 4 葉以降も三葉表現型を呈したのに対し,五葉大 豆(JP 番号 28099),五葉豆(JP 番号 35314),五葉茶豆(長 野)(JP 番号 67653),イツツバ(JP 番号 76555),五葉黒 豆(JP 番号 27392),五葉大豆(A)(JP 番号 28131),黒 五葉(JP 番号 28214),五葉黒豆(JP 番号 28261)は葉位 の進行とともに小葉の枚数が増加し,最大で小葉の枚数が 5 枚に達した(Fig. 2).このような五葉表現型の複葉を観 察したところ,頂小葉基部には一対の小托葉が着生してお り,三葉表現型の頂小葉と相同であった(Fig. 1b).一方, 基部側の側小葉には小托葉が着生していたのに対し,頂部 側の側小葉には小托葉が認められなかった.さらに,これ らの側小葉は小葉柄の基部でつながっていることから,三 葉表現型の側小葉が二枚に分かれたものと推察される.ま た,三葉表現型と五葉表現型の中間の四葉表現型において は,側小葉のいずれか一方が複葉化したものであった.ま た, 十 勝 長 葉(JP 番 号 27439), 細 葉 1 号(JP 番 号 27522),白目長葉(JP 番号 27860),フラノ長葉(JP 番号 53278),長葉黒大豆(JP 番号 53324),士幌長葉W(JP 番 号 200365)なども小葉の枚数が 3 枚以上に増加する傾向 が認められたが,これらの頂小葉基部には小托葉が存在せ ず,頂小葉より一枚基部側の側小葉基部に小托葉が一枚ず つ着生していた(Fig. 1c).したがって,後述 6 品種の五 葉化は頂小葉の複葉化に起因すると推察され,前述 8 品種 の五葉化とは機構が異なると考えられた.また,後述 6 品 種においてもまれに側小葉が複葉化し,小葉の枚数が 5 枚 を上回るケースも確認されたが,このような多葉化が発生 する環境に規則性は認められなかった. ダイズ葉身の複葉化を促進する因子の同定を目的とし て,品種 Peking(三葉表現型)の種子に EMS 処理を行っ た M2系統を展開し,複葉化が起こらない単葉変異体のス クリーニングを行ったが,目的の変異体を得ることはでき なかった.しかし,第 3 葉は三葉表現型を呈するものの, 葉位の進行とともに小葉の枚数が最大 5 枚まで増加する変 異体を複数得ることができた.これら変異体の五葉表現型 は側小葉の複葉化に起因し,前述 8 品種における表現型と 同一のものであったことから,これらの五葉表現型は側小 葉の複葉化を抑制する機構が欠失したものであると推察さ れた.a
b
c
MKL)/DB+) Fig. 1 ダイズ葉身の多様な複葉形態. (a)最も一般的な三葉表現型の複葉. (b)側小葉の複葉化に起因すると推察される五葉表現型. (c)頂小葉の複葉化に起因すると推察される五葉表現型. T: 頂小葉,L: 側小葉,P: 小托葉(図中では赤色で示している). 作物研究 64 号(2019) 20考察
ダイズ葉身の複葉化メカニズムの解明を目的として,本 研究では葉身形態の多様な集団を用いて複葉化の多様性を 調査した.供試した品種の大多数は,第 3 葉以降は三葉表 現型を呈したのに対し,一部の品種では葉位の進行ととも に小葉の枚数が最大で 5 枚に増加した(Fig. 2).Juvenile phase から adult phase への移行に伴い,葉身の大きさや縦 横比の増大などの形態変化に加えて,初生葉から第 3 葉に おける複葉化も相転換形質の一部であると考えられている (Yoshikawa et al., 2013).本研究において供試した五葉品 種では第 6 葉(成熟葉)において五葉表現型を呈したこと から,三葉表現型以降のさらなる複葉化も相転換形質の一 つであると考えられる.相転換形質の多くは組織の微細な 変化であるのに対し,小葉枚数の増加は非常にダイナミッ クな変化であるため,植物の生育相研究において利用価値 の高い形質であると考えられる. 本研究では 3 枚以上の小葉形成を行なっているものが合 計 14 品種確認されたが,これらの五葉表現型には側小葉 の複葉化に起因すると推察されるものと頂小葉の複葉化に 起因すると推察されるものの 2 種類が存在した(Fig. 1b, c). 側小葉が複葉化する品種では成熟葉の小葉数が安定的に 5 枚であるのに対し,頂小葉が複葉化する品種では成熟葉の 小葉数が安定せず,3 枚∼ 7 枚の範囲で変動した.頂小葉 が複葉化する品種においてもまれに側小葉の複葉化が認め られたが,葉位の進行に応じてまず複葉化するのは頂小葉 であることから,側小葉の複葉化とは異なる機構によって 支配されていると考えられる.特に,頂小葉が複葉化した 0 1 2 3 4 5 6 ) $3) $4) $5) $6) )a
4
)#C8:I)/8HF)D Fig. 2 五葉品種における葉身形態および小葉枚数の変化. (a) 五葉茶豆(長野)の第 6 葉展開期.下位節では小葉の枚数が 3 枚であるのに対し,上位節では 5 枚になっている. (b) 五葉茶豆(長野)の小葉枚数の変化. 21 ダイズの葉はなぜ複葉化するのか?(問題提起編)品種は全て長葉系の品種であったことから,頂小葉の複葉 化と葉身形態の間には密接な関連がある可能性が高い. ツルマメなどのダイズ野生種の葉は三葉表現型であるこ とから,五葉および多葉表現型は三葉表現型に由来すると 考えられる.これを支持するように,品種 Peking(三葉表 現型)の EMS 処理系統より側小葉が多葉化した五葉変異 体を複数得ることができた.EMS 処理による変異は主に 塩基置換による機能欠失であることから,これらの五葉変 異体は側小葉の複葉化を抑制する機構の欠失に起因する可 能性が高い.以上の結果から,ダイズにおいては少なくと も相転換と連動して複葉化を促進する因子と,小葉の枚数 を抑制する因子の両者が存在すると考えられた.
謝辞
本研究材料の作出にあたり,EMS 処理に関する情報を 提供していただいた穴井豊昭博士(佐賀大学農学部)に心 より感謝申し上げます.引用文 献
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How soybean plants develop compound leaf?
Takanori YoshikawaGraduate School of Agriculture, Kyoto University (Oiwake-cho, Kitashirakawa, Sakyo-ku, Kyoto city, 606-8502, Japan) Summary:Soybean (Glycine max L.) leaves show morphological alteration from simple leaf to compound leaf in
accordance with the transition from juvenile phase to adult phase in vegetative development. In order to reveal the genetic mechanism of such a leaf development, the variation of leaf shape was investigated using a variety of soybean groups. The most popular mature leaf phenotype was trifoliate (with three leafl ets), but the number of leafl et was increased more than three in accordance with the plant development in some varieties. Morphological analysis suggested that they could be classifi ed into two groups; one is attributable to the multi-foliation of lateral leafl ets and the other to the multi-foliation of terminal leafl et. While the mature leaves of the former varieties stably show pentafoliate phenotype (with fi ve leafl ets), the latter range from three to seven. For the identifi cation of the genetic factor (s) that cause the morphological alteration in soybean leaves, the M2 lines derived from the EMS treatment of variety Peking with trifoliate phenotype were investigated. Among them, several lines showed 5-foliate phenotype attributable to the multi-foliation of lateral leaflets in accordance with the plant development. Therefore, it was considered that at least two kind of factors control leaf morphology in soybean; one promotes alteration from simple to compound leaf in accordance with the phase transition and the other repress the number of leafl ets.
Key Words:soybean, leaf, multi-foliation, phase transition, pentafoliate
Journal of Crop Research 64: 19-22 (2019) Correspondence: Takanori Yoshikawa ([email protected]) 作物研究 64 号(2019)