14 シンポジウム 論 考 投稿原稿 会務報告 大会報告
Ⅰ.経済を学んで何が役に立つのか
経済の持つ(社会構造の中での)上部構造に対する 土台としての役割。 政治・文化・人間関係に影響。 科学性(ノーベル賞では,社会科学には経済学賞 しかない)。 経営学との違い 現象から本質を追求していく経済学(学派の違い を超えて)の分析手法は抽象化を特徴としており, 経営学の例外事象を取り込み分類していく研究方 法とは大きく異なる。 キーワードも経済学の「均衡」(マルクスの再生 産表式論も同じ)と経営学の「管理」と大きく性 格を異にしている。ただ,「均衡理論」といえば, 経済体系の安定性を帰結する新古典派成長論を意 味するので注意。 しかし,経済学と経営学は隣接科学である。Ⅱ.(対立しながらも)すべての経済学に
共通する観点と特徴
市場とは何か。 市場の調整機能はどの程度十分か不十分か。 合理性。これは啓蒙思想としての経済学全般の特 徴である。特に,日本の経済学会では伝統的に二 つの経済学を中心に多様な経済学が存在する状況 にある。 特に,マルクス経済学については再生産表式に革 命が含まれているなどの恣意的な誤解があった。 資本論の論理体系の緻密さはまさに合理性の科学 作品である。この点の確認が必要である。 ① 『資本論』体系の合理性科学 マルクスに始まる経済学は啓蒙思想の流れの一つ であることが確認されなければならない。現状分 析から下向し,論理体系を構成する。 ② 『一般理論』体系の合理性科学 貨幣市場での需給関係・利子率と資本の限界効率 の関係・投資と乗数の関係・国民所得と消費性向 の関係・総消費量の決定という因果連鎖は見事な 論理体系になっている。 こうした中で,多様な経済理論の学派の区分は,マ ルクス経済学対ケインズに代表される近代経済学の時 期から近代経済学の中を市場の調整機能を不完全とみ る(ケインズ派の経済学)か,完全とみる(新古典派 経済学,イデオロギー的には新自由主義)かの区分の 時期へと展開してきた。今日では,ケインズ派経済学 とマルクス派の経済学は極めて接近してきている。今 日では主流派の新古典派経済学は市場経済の不安定性 を取り込んで,均衡の移動によって現実を説明する方 向もある。 この市場経済を学生や生徒が理解していく上では, 生活実感の広がりや学習意欲の度合いに差があること が理解されなければならない。たとえば,小学生・中 学生・高校生・大学の 1・2 年生と 3・4 年生,さらに 修士課程の院生と博士課程の院生では内容の広がりと 深まりに差があって当然である。Ⅲ.経済教育がうまくいっていない点は何か
確かに,輸入学問としての性格がある。戦前期の学 校教育における経済分野も大学の経済学も他の教科や 学問分野よりも抽象性が高く,現実感が乏しいと指摘 されてきた。戦争の激化の中で経済分野も教科として は消滅していった(拙著『経済学教育論の研究』関西 大学出版部,第一部参照)。 こうした状況に対しては教材の研究準備に手を抜か ないことが極めて大切である。……日本の大学教育全経済学を学ぶということ……
私の視点
The Journal of Economic Education No.33, September, 2014 The Meaning of Economic StudyIwata, Toshihiro
岩田 年浩(京都経済短期大学) The Japan Society for Economic Education
経済教育33号 15 般の特徴として,教育は重視されていないため,授業 の事前の準備は不十分な状況がある。経済社会の情報 収集と現状分析の中で,メッセージを送る側の驚きや 発見が大切である。 続いて,生き方にかかわる話(生活の知恵から人生 観に及ぶ)が欠けるとよそ事になり,知識の寄せ集め として受け止められがちになる。自分の人生を自分で 切り開く意欲とセンスを身に着けるのが経済学の目的 ではなかろうか。 これらを適当にすると授業は形だけのものになりや すい。 資格の獲得をはっきりした目標にもつような,医学 や法学と違い日本の経済教育の場合は目標や内容が はっきりしにくい。アメリカと違って,“エコノミス ト”のような資格もない。つまり,経済学の研究者に なる他は,経済を学ぶことのモチベーションが低くな りやすい。
Ⅳ.経済の授業を組み立てる上で
欠かせない点
自分の教育目標の確認(研究者を育てることか,勤 労者としての知識やセンスを持たせることか,やがて の起業に役立てることか,経済の常識を身につけさせ ることか)。 何を教えたいかの内容。 その内容をどのように教えるのがよいか。さまざま な教育方法の適用が求められる。 どこまで教えるのがよいか。 日々,変動する経済の状況把握。 学派間の対立点や政策的帰結の対立点に客観的であ ること。 受講する学生・生徒の生活体験の把握。 (画像はゼミ学生による)。The Japan Society for Economic Education