1| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 1――はじめに 2020 年度末までに待機児童をゼロにするため、政府は現在開かれている通常国会に、子ども・子育て 支援法改正案を提出した。改正の柱は、企業が負担している「子ども・子育て拠出金」の上限を従業員の 標準報酬の0.25%から 0.45%に引き上げ、企業主導型保育事業(1)や、認可保育施設における0~2 歳児の 保育費に充てることである。2018 年 4 月に施行して段階的に拠出金率を引き上げ、最終的には企業の追 加負担分は年3000 億円となる(2)。 しかし、多くの企業は賃金や社会保険料、拠出金など、労務に関するコストを総額人件費として管理 し、経営計画に組み込んでいる。拠出金が増えれば、総額人件費のうち他の支出を削減して、結局、労 働者に負担が跳ね返る可能性がある。結果的に、企業主導型保育事業等の恩恵を受けることがない労働 者が負担を負わされ、給付と負担のバランスもとれなくなる恐れがある。 少子化対策は社会全体で取り組むべき課題だが、企業に真っ先に求めるべき役割は他にあるのではな いだろうか。このことを、今後2 回に分けて論じる。本論(上)では、企業負担の影響を巡る先行研究 に基づき、拠出金が引き上げられると、賃金や雇用量の削減、正規雇用から非正規雇用への転換等につ ながる可能性があることを示す。(下)では、企業に最も期待すべきことは、男女問わず、労働者が育 児と仕事を両立しやすい職場環境の整備であると示したい。 2――子ども・子育て拠出金とは 社会保障の財源には主に、社会保険料、公費(税と公債)、拠出金、利用者負担の 4 種類がある(図 表 1)。中核は社会保険料だが、施策によって財源の構成は異なる。例えば育児休業給付は雇用保険と公 (1) 企業が従業員向けに開設する認可外保育施設に対し、国が助成する事業。従業員以外に地域の子どもを受け入れるこ ともできる。認可保育施設並みに整備費や運営費の助成金が手厚く、5 年間は税制優遇措置がある。政府が待機児童 対策の切り札として 2016 年度から導入した結果、開設件数が急増している。 (2) 内閣府「子ども・子育て会議」(2018 年 1 月 17 日)資料より。
2018-03-13
基礎研
レポート
ニッセイ基礎研究所「子ども・子育て拠出金」引き上げ
によって負担が増えるのは誰か
~企業に期待される少子化対策の取り組みは(上)~
社会研究部 准主任研究員 坊美生子 (03)3512-1821 mioko_bo@nli-research.co.jp2| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 費から支出されるし、認可保育所は、公費と、利用者負担である保育料で運営されている(図表 2)。企 業主導型保育事業は、企業が開設する認可外保育所に対する助成事業であり、設置者である企業と利用 者が費用を負担するほか、子ども・子育て拠出金から助成金が支給される。 子ども・子育て拠出金は、企業主導型保育事業の他、児童手当や放課後児童クラブなどに充てる財源 として、子ども・子育て支援法などで定められている(3)。現在の拠出金率の上限は、従業員の標準報酬 の 0.25%とされている。厚生年金保険料を支払っている企業の他、公務員の共済組合等が拠出金を納め なければならない。企業にとっては、雇用に伴って支出が発生するため、経営が赤字でも、子育て中の 従業員がいなくても支払わなければならない。また、健康保険料や厚生年金保険料などは労使折半して いるのに対し、拠出金は、企業のみが負担する点が特徴である。 3――子ども・子育て拠出金引き上げの経過 1|政策決定プロセス 待機児童対策や幼児教育無償化は安倍政権の看板政策であるが、財源にはもともと、拠出金とは別の 方法が模索されていた。2017 年 6 月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針) は「財政の効率化、税、新たな社会保険方式の活用」を検討するとしていた(4)。「新たな社会保険方式」 とは、当時、自民党の小泉進次郎衆院議員らが提唱していた「こども保険」を念頭に置いたものである(5)。 こども保険は、労使が支払う厚生年金や、自営業者らが納める国民年金の保険料に上乗せして新たな保 険料を徴収し、待機児童対策や幼児教育無償化に充てる、という案だ。子どもに特化した財源を確保で きる一方で、負担が現役世代に限られることから批判もあった。 因みに日本経済団体連合会(経団連)は、こども保険に関して、負担が企業と現役世代に限られるこ となどを理由に「著しくバランスを欠いている」と厳しく批判し、子育て支援政策は税財源で実施すべ きだと主張していた(6)。 当時、自民党内には「教育国債」を発行する案もあったが(7)、将来世代への負担のつけ回しになると いう慎重論が強く、骨太の方針には明記されなかった。その他、財務省からは児童手当の所得制限を超 (3) 企業が児童手当の拠出金を出すようになった背景には、児童手当が従前の扶養手当に代わるものとする考えや、将来 の労働力を確保するためという考えがある。 (4) 2017 年 5 月 23 日に、自民党の茂木敏充政調会長が委員長を務める「人生 100 年時代の制度設計特命委員会」が発表 した中間とりまとめには、拠出金も財源確保の方策の一つとして挙げられていたが、政府の骨太の方針には盛り込 まれなかった。 (5) 日本経済新聞 2017 年 6 月 10 日朝刊など。 (6) 経団連「子育て支援策等の財源に関する基本的考え方」(2017 年 4 月 27 日) (7) 自民党教育再生実行本部「第八次提言」など。 ① 社会保険料 ② 公費(税と公債) ③ 拠出金 ④ 利用者負担 図表 1 社会保障の主な財源 ・認可保育所(公費、利用者負担) ・育児休業給付(雇用保険、公費) ・児童手当(公費、拠出金) ・放課後児童クラブ(公費、拠出金、利用者負担) ・企業主導型保育事業(拠出金、利用者負担、設置企業の負担) 図表 2 子ども・子育て関連施策の財源構成の例
3| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved える高所得者に支払われている「特例給付」を廃止する案が出されていた(8)。 同年秋、安倍首相は、消費増税による増収分の使途を予定より変更し、幼児教育無償化や待機児童対 策を含む2 兆円の経済政策に充てることを掲げて衆議院を解散し、総選挙で与党を圧勝に導いた。しか し、2 兆円の経済政策のうち消費増税分で賄えるのは 1.7 兆円にとどまったため、不足分の 3,000 億円 を企業が支払う拠出金に頼ることにしたのである。 投開票から 5 日後の同年 10 月 27 日、安倍首相は、首相官邸で開かれた「人生 100 年時代構想会議」 の席上、議員を務めていた経団連の榊原定征会長を前に「産業界におかれても 3,000 億円程度の拠出を お願いしたく、具体的な検討を頂きたい」と述べ、子ども・子育て拠出金の引き上げを直接要請した(9)。 榊原会長は会議終了後、早速、記者団に対して「従業員が活用できる保育所であれば応分の協力はすべ きだろう」と述べ、前向きな姿勢を示した(10)。それまで、子ども・子育て支援法に関する重要事項を審 議する「子ども・子育て会議」でも、この案が議論されたことはなかった。 この動きに対し、小泉衆院議員は「党でまったく議論していない」「経済界は政治の下請けか」と反 発したが、同調意見は広がらず(11)、政府は12 月 8 日、拠出金引き上げを盛り込んだ 2 兆円の経済政策 パッケージを閣議決定した。この中で「社会全体で子育て世代を支援する方向性の中で、経済界にも応 分の負担を求めることが適当」と明記された。 この急転直下の決定に異を唱えたのが中小企業側である。構想会議の議員に入っていなかった日本商工 会議所(日商)の三村明夫会頭は、榊原会長が前向きな姿勢を示した約1週間後の11 月 2 日の記者会見 で「これまで教育国債やこども保険が議論されてきたが、事業者負担に統一されたのか」と疑問を呈した (12)。日商はその後の自民党によるヒアリングで、拠出金のうち6 割弱は中小企業が負担していることを挙 げて「中小企業の労働分配率は 70%超、小規模企業は 80%超であることから、支払余力は高くない」な どと懸念を表明し、子育て支援は、安定的な財源確保のためにも税で賄うべきだと表明した(13)。 全国商工会連合会など他の中小企業団体も、12 月 20 日に開かれた内閣府との話し合いの場で「賃上 げへの対応に加え、増え続ける社会保険料が経営上大きな負担となっている」などと訴えた(14)。しかし、 すでに方針が閣議決定されていたこともあり、内閣府側は中小企業対策を講じる姿勢を示して理解を求 めた。結局、企業がどこまで責任を持つべきか、という点に関する十分な議論がないまま、拠出金の引 き上げが決まった。 2|政策決定プロセスに関する分析 上述の経過について、図表1でみた財源の選択肢に照らし合わせて再度、確認したい。主な財源であ る①社会保険料、②公費(税と公債)、③拠出金、④利用者負担のうち、2017 年 6 月の骨太の方針の段 階で挙がっていたのは①社会保険料と②公費、そして①~④以外の「財政の効率化」であった。①社会 (8) 財政制度等審議会財政制度分科会(2017 年 4 月 20 日)資料より。 (9)「第 2 回 人生 100 年時代構想会議」(2017 年 10 月 27 日)議事録より。 (10) 朝日新聞 2017 年 10 月 28 日 朝刊。榊原会長は次の構想会議で、拠出金引き上げに協力する意向を正式に政府に 伝え、その代わりに労働保険料率の引き下げなど負担軽減策を求めた。実際に政府は、労災保険の 3 年に 1 度の保 険料率見直しで、今年 4 月から平均 0.02%引き下げる方針を決めた。これにより、企業負担は年 512 億円軽減され る見込みである。ただし、労災保険料は、労災保険事業の財政の均衡を保つことができるように決定するものであ り、拠出金引き上げとは直接関係ない。 (11) 日本経済新聞 2017 年 11 月 2 日朝刊、同 12 月 4 日朝刊 (12) 毎日新聞 2017 年 11 月 3 日朝刊 (13) 日本商工会議所「事業主拠出金の料率引き上げに対する日本商工会議所の考え方」より。 (14) 内閣府「12 月 20 日(水)の会議」議事内容より。
4| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 13 8 43 43 191 103 0 100 200 300 0歳児 1~2歳児 設置企業の負担 利用者(保育料) 拠出金 図表 4 企業主導型保育事業における子ども一人当た りの年間保育費と各負担額(2017 年度) (資料)筆者作成。 図表3 認可保育施設における子ども一人当たりの 年間保育費と各負担額(2017 年度) ) (資料)財政制度等審議会資料より作成。 154 43 43 204 112 0 100 200 300 0歳児 1~2歳児 利用者(保育料) 公費 保険料は、こども保険を想定したもので、実施すれば企業や現役世代が新たな負担を負うことになる。 ②は消費税が考えられるが、国民全体が新たな負担を負うことになる。①~④以外の「財政の効率化」 の一つは、財務省が検討していた特例給付の廃止であるが、高所得者の負担が増えることになる。 昨年 10 月の衆院選以降に政府が選択したのは、消費増税による増収分を活用することであった。見か け上は②を選択したと言えるが、新たに税を引き上げるのではなく、既に決定していた消費増税のうち、 借金返済に回す予定だった部分を使途変更して活用しているため、国民に対する負担増は避けられた。た だし、借金返済は将来世代に先送りされた。現役世代に新たな負担を負わせる①こども保険は回避された。 幼児教育無償化を謳っているため、④利用者負担を引き上げるという方法は、終始、選択肢の外であった。 以上の結果、不足分を埋めるために浮かんだのが、骨太の方針では挙がっていなかった③拠出金の引き上 げだった。これによって財源のめどがついたため、財務省が廃止を検討していた特例給付は当面、存続す ることになった(15)。最終的に、待機児童対策を実行するために新たな負担を強いられるのは、現時点にお いては③拠出金を支払う企業だけのように見える。 4――子ども・子育て拠出金引き上げがもたらす影響 1|利用者への恩恵 それでは、子ども・子育て拠出金が引き上げられれば、実際にはどのような影響が生じるのだろうか。 恩恵を受けるのは、企業主導型保育事業の利用者や、0~2 歳児を認可保育施設に預ける利用者である。 まず先に、0~2 歳児を認可保育施設に預ける利用者の恩恵をみていきたい。財政制度等審議会によると、2017 年度予算ベースでは、0 歳児の保育にかかる費用は年平均約 247 万円、1~2 歳児は年平均約 154 万円である(16) (図表 3)。これに対し、利用者が負担する保育料は、2 歳以下の場合は年平均約 43 万円である。保育費から 保育料を差し引いた残りを公費で負担しているため、年間の公費負担は 0 歳児では約 204 万円、1~2 歳児で は約 112 万円となる。利用者は 1 年間にこれだけの恩恵を受けていることになる (17)。 (15) 2017 年 11 月 26 日 産経新聞朝刊 (16) 財政制度等審議会(2017 年 5 月 25 日)資料より算出。運営費のみで、施設整備費は含まれていない。 (17) ただし、都心では賃料等が押し上げて保育費が高騰しており、東京都によると、区によっては 0 歳児の保育費が年 間約 486 万円、1 歳児の保育費が年間約 248 万円に上る。このような区では、仮に保育料平均を全国と同じ金額で 試算すると、0 歳児を預けている利用者は年間約 443 万円、1 歳児を預けている利用者は年間約 205 万円の恩恵を受 けていることになる。保育料は国の基準で決まっているため、保育費が高いエリアに、より多額の公費が投入され る構造となっている。 154 247 単位:万円 単位:万円 154 247 154
5| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 次に、企業主導型保育事業の利用者が受ける恩恵についてみていきたい。企業主導型保育事業に対す る助成金は、公費ではなく、すべて拠出金から支払われる。その算定方法は、認可保育施設への公費負 担を基に設定されているため、助成額も認可保育施設並みとなっている。まず、企業が新たに土地や建 物を購入して保育所を開設する場合、整備費の 4 分の 3 が助成金から支払われる。次に、開設後の運営 費については、企業負担と保育料を除く大部分が助成金から支払われる。設置企業の自己負担額は原則 5%程度と設定されており(18)、保育料は原則として認可保育施設と同じ水準である(19)。以上のことから、 企業主導型保育事業の年間の平均負担額を試算すると、0 歳児の場合は拠出金約 191 万円、利用者約 43 万円、設置企業約 13 万円となる(20)。1~2 歳児の場合は拠出金約 103 万円、利用者約 43 万円、設置企 業約 8 万円となる(図表 4)(21)。利用者は1年間に助成金分の恩恵を受けることになる。 2|企業に対する影響 企業にとっては、状況や行動パターンによってメリットの有無が異なる(図表 5)。まず拠出金の引き 上げによって、徴収対象となっているすべての企業は、従業員数に比例して拠出金の支払い額が増える。 しかし、企業主導型保育事業を開設することができればメリットもある。育児休業中の従業員を早期 に職場復帰させて代替人員を雇う費用を浮かせたり、採用の際に福利厚生としてアピールしたりと、人 員確保に役立つ。また、土地建物を所有しているかどうかによってもメリットは大きく異なる。所有し ている場合は、新たに購入する費用はかからない上、開設後 5 年間は、固定資産税や都市計画税、事業 所税の課税標準が下げられる。従って、都市部に遊休不動産を所有していて、これまで多額の固定資産 税等を納めている企業にとっては、開設した方が、運営に伴う支出よりも税の減額の方が大きく、得だ というケースが出てくる。預かる子どもの人数が多ければ運営費の支出は増えるが、国から支給される 助成金額も増える。税制優遇を抜きにしても、経営努力によって実際の収支は左右される。 土地建物を所有していない場合は、整備費がかかるが、4 分の 3 は助成金から支給される。その後 5 年間は税制優遇を受けられる。仮に土地建物を所有していない上、従業員の年齢構成が中高年主体で、 子育て中の従業員が少ないという企業にとっては、人員確保のメリットが小さく、わざわざ整備費や運 営費、手間隙をかけて開設することには、社内の理解を得るのが難しいだうう。地方の小規模企業も、 もともと従業員数が少なく、子育て中の従業員も少ないため、このカテゴリーに入る(22)。 確実にメリットが無いのが、開設しないケースである。開設に伴う人員確保や税制優遇のメリットも なく、運営費支出も助成金収入もないが、拠出金の支払い額だけが増える。実際のところ、現時点で開 設している企業は一部に限られているため、大部分の企業はこのカテゴリーに入っている(23)。 (18) 内閣府「子ども・子育て本部」ホームページ「企業主導型保育事業について」より。企業負担は、運営費のうち基 本分単価に対する助成金と保育料、企業負担を合計した金額の 5%とされている。中小企業については、2018 年度 から 3%に軽減される。 (19) 平成 29 年度企業主導型保育事業費補助金実施要領より。合理的な理由があれば、企業の裁量によって異なる保育 料を設定できる。 (20) 試算の基にした認可保育施設への公費負担には、基本分単価の他に加算分が含まれているが、内訳が不明であるた め、すべてを基本分単価として試算に用いた。 (21) (17)と同様に、東京都内の区によっては、企業主導型保育事業の利用者が受ける恩恵は 0 歳児で年間約 417 万円、1 ~2 歳児で年間約 192 万円と試算される。 (22) 国は 2018 年度から、中小企業が設置する場合には助成金を割り増しするなどの促進策を講じる。 (23) 公益財団法人児童育成協会によると、助成が決定した企業主導型保育事業は 2018 年 1 月 31 日時点で全国に 2,190 箇所。
6| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 図表 5 企業の状況と行動パターン別にみたメリットの違い 人員確保 ( 早 期 職 場復帰、採 用効果) 税制優遇 の メリット 開設に伴う支出 (▲=支出あり) 開設に伴う収入 拠出金の 支払い (▲=負担 増) 整備費 運営費* 助成金 収入 企業主導 型保育事 業を開設 する 土地建物 を所有し ている 保育を必要とする 従業員が多い
○
◎
―
▲▲
利 用 者 数 に 比 例 し て ○ 従 業 員 数 に 比 例 し て ▲ 保育を必要とする 従業員が少ない△
◎
―
▲
土地建物 を所有し ていない 保育を必要とする 従業員が多い○
○
▲
▲▲
保育を必要とする 従業員が少ない△
○
▲
▲
企業主導 型保育事 業を開設 しない―
―
―
―
―
(*注意) 利用者が多いほど運営費の支出が増えるが、助成金収入も増える。 (資料)筆者作成。 企業が立地する地域の待機児童の状況も、開設しやすさに影響を与える。図表 6 は、2016 年 10 月 1 日時点の待機児童数の全国分布である(24)。首都圏や東海圏、近畿圏、宮城県、福岡県、沖縄県で 1,000 人 を超えたが、100 人未満の県も 10 あった。実際には、一つの県の中でも待機児童は県都など大きな市に 偏っていることが多い。待機児童が少ない地域に立地する企業にとっては、仮に企業主導型保育事業を 始めても従業員や地域住民からの利用申し込みが見込めず、設置するリスクが大きい。そのような地域 の企業にとっては、企業主導型保育事業を設置する余地が小さく、拠出金の負担が増えるだけで、便益 が享受できないことになる(25)。 実際に、企業主導型保育事業の定員の全国分布をみると、北海道と東京都、大阪府、福岡県で 3,000 人 分を超えているのに対し、福井県は 100 人分を下回った(図表 7)(26)。地方と都市部ではバラツキがある。 (24) 厚生労働省が発表している最新の待機児童数は 2017 年 4 月 1 日時点のものだが、待機児童数は毎年、年度途中に増 加する傾向があるため、2016 年 10 月 1 日時点の調査結果を用いた。 (25) 2018 年 1 月 18 日に開かれた内閣府と中小企業団体との話し合いの場でも、全国商工会連合会が「町村部にある商 工会地区では、企業主導型保育施設の設置割合が低く、十分な恩恵を受けることが難しい状況であり、受益と負担 のバランスが取れていないというジレンマがある」と意見を述べている。 (26) 北海道では 2016 年 10 月 1 日時点の待機児童数が 1,000 人未満だったのに、2018 年 1 月 31 日時点の企業主導型保 育事業の定員が 3,000 人分を超えた理由としては、その後待機児童数が増加したことと、「潜在待機児童」が多いこ とがあると考えられる。北海道の発表によると、2018 年 1 月 1 日時点で、道内の待機児童数は 1,515 人に増えた上、 親が求職活動を休止しているなどの事情で「待機児童」の定義には当てはまらないが、保育を必要としている「潜 在待機児童」が 2,746 人いると推計している。7| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 図表 6 全国の待機児童数の発生状況 (資料)厚生労働省「平成 28 年 4 月の保育園等の待機児童数とその後(平成 28 年 10 月時点)の状況について」より作成。 図表 7 全国の企業主導型保育事業の定員数 (注意)2018 年 1 月 31 日時点で助成が決定した定員数。 (資料)公益財団法人児童育成協会HPより作成。 (人) 5,000 3,000 1,000 500 100
(人)
5,000
3,000
1,000
500
100
8| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 3|負担が転嫁される労働者は不特定 次に、企業から負担が及ぶのは誰であろうか。はじめにで述べたように、企業は社会保険や拠出金な どを総額人件費として管理しているため、拠出金を引き上げれば、賃金など他の支出を抑えて全体を調 整しようとする可能性がある。先行研究がその点を示している。 経済産業省は 2009 年度委託事業で企業へのアンケートを行い(三菱総合研究所が実施)、法人税や社 会保険料等が過去 5 年間に上昇した時の対応と、将来上昇した場合の対応について実証分析を行った。 アンケートは郵送で実施し、有効回収件数は 3,986 件だった(27)。 まず社会保障制度・社会保険料に対する不満を尋ねると、「保険料がたびたび上がり、先どまり感が ない」との回答が 7 割を超えた。「社会保険料が高い」「事業環境が悪化したときも負担が生じる」もそ れぞれ 5 割前後に上り、多くの企業が負担感を抱えていることが分かった(図表 8)。 図表 8 社会保障制度・社会保険料に対して企業が不満に思うこと (資料)経済産業省「平成 21 年度総合調査研究「企業負担の転嫁と帰着に係る調査研究」報告書」より作成。 次に、過去 5 年間に社会保険料が上昇した際の対応を、年金と医療で別々に尋ねたところ(複数回答)、 いずれにおいても「利益を減らした」と回答した企業が 5 割を超えたが、「雇用量を減らした」「従業員 の賃金を削減した」も 3 割超に上り、賃金や雇用量が、企業の負担増への調整手段になっていることを 示していた(図表 9)。「製品・商品サービスの価格を値上げした」も 1 割近くあった。 将来、保険料率が上昇した際の対応について、保険料の上積みを「単年度で 0.5%」「5 年で 2.5%」「5 年で 5%」の 3 段階に分けて尋ねたところ、いずれにおいても同様の傾向が見られたが、「単年度で 0.5%」 よりも「5 年で 2.5%」「5 年で 5%」の方が、賃金や雇用を削減するという回答割合や、製品・商品サー ビスの価格を値上げするという回答割合が増加していた。これは、賃金や雇用、商品価格への転嫁は、 短期的よりも中期的に、より進むことを示している。 「雇用量を削減」と回答した企業に具体的な手段について尋ねたところ、「正規雇用から非正規雇用への 代替」との回答が約 2 割あった。この背景には、非正規雇用で働く人は、正規雇用に比べて社会保険の加入 条件を満たさない人が多く、企業にとっては保険料負担を軽減させられることがあると思われる(28)。 (27) 企業規模別の内訳は明らかではないが、市場における優位度を尋ねると「価格、品質ともに市場をリードするリー ディングカンパニーである」が 10.1%、「市場をリードする企業群には入っているが、トップ企業ではない」32.5%、 「市場をリードする企業にはなれておらず、熾烈な競争を強いられる」55.4%だった。 (28) 厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合実態調査」(2014 年)によると、就業形態別の各種社会保険の適用割 合は、厚生年金が正社員 99.1%、非正規 52%、健康保険が正社員 99.3%、非正規 54.7%などと正規雇用と非正規雇用で は差がある。 4.5 13.5 45.8 54.4 71 0 10 20 30 40 50 60 70 80 特に不満はない 被用者と自営業者で負担の公平性が保たれていない 事業環境が悪化したときも負担が生じる 社会保険料が高い 保険料率がたびたび上がり、先どまり感がない (%)
9| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 図表 9 社会保険料が上昇した(する)場合の企業の対応 利益を 削減 雇用量を削減 賃金を 削減 原材料や仕 入れ価格を 抑える 設備・研究 開発投資を 抑える 製品・商品 サービスを 値上げ 過去 5 年間の年金保険料 の負担増への対応 50.6 36.3 31.1 20 10.5 9.7 過去 5 年間の医療保険料 の負担増への対応 56 34.9 32.7 17.7 9.5 8.7 将来、社会保険料が 単年度で 0.5%上積みす る場合の対応 48.2 41.5 37.3 28.4 12.1 13.1 将来、社会保険料が 5 年間で 2.5%上積みする 場合の対応 47.7 49.2 46.8 31.9 14.6 18.3 将来、社会保険料が 5 年間で 5%上積みする 場合の対応 48.9 53.8 51.8 33.5 17 23.7 (注意)複数回答。 (資料)経済産業省「平成 21 年度総合調査研究「企業負担の転嫁と帰着に係る調査研究」」より作成。 労働者への負担転嫁の方法として、長時間労働につながることを指摘した研究もある。KODAMA and YOKOYAMA (2017) は、大企業などで社会保険料の負担が増えた 2003 年度の「総報酬制」(29)導入に着目 し、導入前後の賃金や労働時間の変化を厚生労働省「賃金構造基本統計調査」のデータを用いて分析し た。その結果、総報酬制導入後に保険料負担が増えた事業所では、雇用量を減らして人件費を調整して いることが分かった。また、総報酬制導入後は、労働者一人当たりの平均労働時間が長くなったが、労 働者の総労働時間にはほぼ変わりないことが分かった。つまり、総報酬制導入後に雇用量を削減した分、 従前から働き続けている労働者の労働時間が延びていた。 以上のように、先行研究は、社会保険の負担が上昇すれば、少なくとも部分的に、賃金や雇用量、就 業形態、労働時間などに影響を及ぼすことを示している。拠出金に特定した分析は見られないが、拠出 金は社会保険と同様に、雇用に伴って企業から徴収されることから、同じ影響があると考えられる。中 でも大きな影響が懸念されるのが、中小企業である。拠出金は、従業員総数が多い中小企業が大部分を 負担すると見られるが、3-1|でみた中小企業団体の反発からも分かるように、体力が弱い中小企業にと っては、拠出金の引き上げは大きな負担になる。政府は今年の春闘で、企業に対して 3%以上の賃上げ を求めているが、拠出金引き上げによる負担の拡大を懸念し、賃上げを抑制する可能性もある。 以上の議論を整理すると、今国会の法改正によって子ども・子育て拠出金が引き上げられれば、恩恵 を受けるのは、新たに企業主導型保育事業や認可保育施設を利用する人であり、金額に換算すると 0 歳 児で年平均 200 万円前後、1~2 歳児で年平均 100 万円超と試算される。これを一次的に負担するのが、 子ども・子育て拠出金を支払う企業である。自ら企業主導型保育事業を開設できる一部の企業にはメリ ットもあるが、それができない地方の小規模企業等は負担が増えるだけである。その重い負担は、やが て労働者や消費者らに跳ね返ってくる。 (29) 社会保険の保険料徴収の対象を、月給だけでなく、ボーナスを含めた年収とする制度。 (単位:%)
10| |ニッセイ基礎研レポート 2018-03-13|Copyright ©2018 NLI Research Institute All rights reserved 5―むすびにかえて 待機児童対策には、大きな財源が必要となる。今回の子ども・子育て拠出金の引き上げは、2017 年の 衆議院選挙で与党が大勝した勢いに押されるように、短期間で決まった。政府は「経済界にも応分の負 担を求める」と説明しているため、国民には新たな負担は生じないかのような印象を受けるかもしれな い。しかしこれまで見てきたように、実際には賃金や雇用量の削減、非正規雇用への転換、商品価格値 上げ等の方法で、労働者や消費者に転嫁される可能性がある。企業主導型保育事業や認可保育施設を利 用する人が年平均 100~200 万円前後の恩恵を受けるのに対し、利用する機会がない労働者や消費者が、 それらの形で負担を負う可能性がある。しかも、一次的に負担増を引き受ける企業の間でも、子育て中 の従業員数や不動産の有無、地域の待機児童の状況等によって便益に差が生じる。これでは、社会保障 のサービスとして給付と負担のバランスが取れなくなるのではないだろうか。 今後、企業主導型保育事業等の財源のあり方について議論するためには、地域ごとに、実際の利用者 の人数や属性を調査し、子ども一人の保育に投じられる拠出金と利用者負担、設置企業の費用負担につ いて、サンプルを公表する必要があるだろう。拠出金が労働者や消費者に帰着する可能性があることを 前提にすれば、その負担割合について国民が納得する必要がある。もし納得を得られないなら、他の認 可外保育所の保育料等とのバランスも考えて、利用者の負担を増やすなどの検討が必要である。 また、拠出金率については、都市部と地方で差を設けることも考えられる。待機児童が多い都市部に 立地する企業の方が企業主導型保育事業を設置するのに有利であり、企業の都市部への集中が待機児童 を発生させている要因でもあるからだ。 急増する待機児童に対し、認可保育所は土地や保育士の確保が難しいため、整備が追いついていない。 そのような中で導入された企業主導型保育事業は、企業の力や土地建物を活用することで開設を促進して きた。事業自体は待機児童解消に力を発揮してきたと言える。しかし、社会全体で子育てを支援するとい う観点から言えば、利用者負担だけでは賄えない分の財源については、本来、拠出金ではなく、国民が広 く負担する税で措置することがふさわしいと考える。経団連や日商も従来、税負担を主張してきた。 本稿に続く(下)では、少子化を改善するために企業にしかできない取り組みと、それを推進する政 策について考えたい。 参考文献
KODAMA Naomi, YOKOYAMA Izumi (2017)‘Labour Market Impact of Labour Cost Increase without Productivity Gain: A natural experiment from the 2003 social insurance premium reform in Japan’ ”RIETI Discussion Paper Series 17-E-093”
経済産業省(2010)「平成 21 年度総合調査研究「企業負担の転嫁と帰着に係る調査研究」」(三菱総合研究 所受託)