5 伊丹市昆虫館研究報告 第 7 号 2019 年 3 月
セグロアシナガバチの観察
他巣への合流(1)創設メス
-井上治彦
伊丹市昆虫館友の会
Observation on the Japanese Paper Wasp Polistes jokahamae
Radoszkowski (Hymenoptera: Vespidae)
Joining (1) Foundresses
-Haruhiko I
noue Itakon Friend Club(2019 年 3 月 1 日受理) はじめに 温帯の単独創設のアシナガバチについては、春の営巣 初期の巣に他の創設メスが入り込む合流(joining)、創 設巣を放棄して他の巣へ移動する切り換え(switching)、 創設者がいなくなった直後の巣を幼虫も含めて再利用す る引き継ぎ(adopting)、創設メスを闘争のうえで追い 出して巣を奪い取る乗っ取り(usurpation)等の行動 が観察され、その意義が論じられている(Reeve 1991; Seppä ほか 2012; 宮野 2013)。 2018 年 4 月 に セ グ ロ ア シ ナ ガ バ チ(Polistes jokahamae Radoszkowski, 1887)の創設間もない巣に 他のメスの合流とみられる行動を、その直前の状況をも 含めて観察することができたので、短期間ではあるがそ の後の合同での営巣活動をも含めて報告する。 材料と方法 観察場所は兵庫県伊丹市春日丘の住宅の庭 ( 約 50㎡)。 住宅の南側壁面に沿って置かれた庭仕事用のタオル掛け の金属棒に作られたセグロアシナガバチの創設初期の巣 に他のメスが合流して合同で営巣活動を行い、その後離 巣して元の1個体になるまでの 19 日間(2018 年 4 月 2 日から 4 月 20 日まで)の観察を行った。 ほぼ毎日観察し、日中観察できなかった日でも朝夕に は個体の有無を確認した。 なお、刺激することによる離巣を恐れて個体のマーキ ングは行わなかったので巣の女王と合流メスの正確な区 別はできなかった。 問い合わせ先 〒 664 − 0015 伊丹市昆陽池 3-1 伊丹市昆虫館 e-mail : [email protected]
6 井上治彦 観察結果 [ 4 月 2 日] 営巣初期の巣に同種の他のメスが近づくと 巣の女王が追い払う場面が数度見られた(図1)。 [ 4 月 4 日] 図1の状態から、午前 10 時 50 分ごろ巣 に飛び込んだメスに巣の女王がとびかかって追い出そう として絡み合ううちに侵入個体が巣の女王に水滴(蜜の 可能性もある)を口移しに与えると、その後女王は抵抗 しなくなり、侵入個体はそのまま巣に留まることができ るようになった。その後、特に争いはなく夕方には 2 頭 は巣の上下でじっとした状態でそのまま夜になった ( 図 2)。 [ 4 月 5 日] 一方が産卵、他方が巣作りを行った(図3)。 [ 4 月 6 日] 早朝、ともに巣の上面に留まっていた(図 4)。 [ 4 月 14 日] 夕方、巣の上面で 2 頭並んだ状態で夜に なった ( 図5)。 [ 4 月 16 日] 両者共同で巣柄の補強を行った(図6)。 [ 4 月 19 日] 共に巣房作り(図7)。夕方から1頭にな り翌朝までそのままであった。 [4 月 20 日] 早朝1頭だけであったが、午前 10 時半ご ろ、再び 2 頭になり、一時巣の上下に留まりじっとして いたが(図8)、やがて1頭になりその後戻ってこなかっ た。 この後は1頭の女王により営巣が続けられ、 6 月 2 日に 最初のワーカーが羽化した。しかし、6月末からヒメス ズメバチの襲撃を受けて7月 4日までに巣は空になった。 図 1.4 月 2 日 図 3.4 月 5 日 図 2.4 月 4 日
7 セグロアシナガバチの観察 他巣への合流 (1) 創設メス -考 察 (1) 4 月 4 日から 4 月 20 日までの 17 日間という短期間 ではあったが、巣の女王と創設メスと考えられる合流個 体は共同で営巣活動を行った。 (2) この間、侵入時を除くと巣の女王による攻撃的な行 動や両者間で争うようなところは全く見られなかった。 (3) しかし、前日から巣を離れていた個体が、翌日の日 中に一度戻ってきて、すぐにまたいなくなったところを みると、死亡したのではなく何か問題があって巣から出 て行ったものと思われる。 (4) 前年にも同じところにセグロアシナガバチの巣が あったので、この2個体は姉妹の可能性が高いと考えら れる。 図 7.4 月 19 日 図 6.4 月 16 日 図 5.4 月 14 日 図 4.4 月 6 日 図 8.4 月 20 日
8 井上治彦 Seppä ら (2012) は ア メ リ カ テ キ サ ス 州 の ヒ ュ ー ス ト ン 近 く の フ ィ ー ル ド に お い て Polistes carolina (Linnaeus, 1767) の観察を行った。ここでは、単独創設、 単独営巣のままでは殆ど巣は繁殖に成功できず、この環 境条件のもとでは、営巣初期に別の創設メスが合流して 合同で営巣することにより巣は大きくなり、繁殖個体数 も増えることを報告し、この種にとっては、他の創設メ スの合流と合同営巣は営巣を成功させるために絶対必要 であると述べている。 日本のセグロアシナガバチにおいては複数の創設メス による営巣は今までに数例が報告されているに過ぎな い。しかも、ワーカー誕生後まで合同営巣が続き、平 均的な単独営巣に比べて育房数、繁殖個体数ともにか なり増加したという報告が一例みられる(Hirose & Yamasaki 1984)が、他は本報告例と同様に期間の短い ものが多い。 アシナガバチ属の創設初期の巣における他の創設メス の合流を維持するための要因としては、① “ 巣の生き残 りのための保険 ” すなわち、創設初期の営巣失敗の最大 の原因は、採餌中に他の動物による捕食等の事故により 労働力(創設メス)が失われることであるため、複数の メスの存在により事故に備えること、② 巣の乗っ取りの 防御、③ 種のよっては営巣場所不足の対策。などがあげ られている(Reeve 1991)。 同じ温帯でもテキサス州ヒューストン(北緯 30°)に 比べると少し緯度の高い日本の本州(北緯 35° 前後)の セグロアシナガバチが生息する環境では、このような要 因がより緩和されて営巣初期の合流を維持する必要性が 低下しているのかもしれない。 謝 辞 本稿をまとめるにあたりご指導ご助言をいただいた大 阪市立自然史博物館学芸員の松本吏樹郎氏、伊丹市昆虫 館学芸員の田中良尚氏に感謝申し上げる。 引用文献
Hirose, Y. & Yamasaki, M. (1984) Foundress association in Polistes jadwigae Della Torre (Hymenoptera, Vespidae): Relatedness among co-foundresses and colony productivity. Kontyu, 52(1): 172-174.
宮野伸也(2013)アシナガバチの生活史とコロニーの個 体群生態学 . 特集・アシナガバチの生物学 . 昆虫と自 然 48(2) 4-9.
Reeve,H.K.,(1991) Polistes In Ross, K.J. and R.W.Mathews (eds.) The social biology of wasps. p.106-118. Cornell University Press, Itaka, New York.
Seppä,P., D.C. Queller and J.E. Strassmann,(2012) Why wasp foundresses change nests: Relatedness, dominance, and quality. Pros one, 7(9), e45386.