司会 それでは本日は法学会ということで「国際経済法の現状,TPP を中心に」という ことで米谷先生の方からご講演をお願いしています。開会に先立ちまして学部長の山本 先生の方からお話があります。 山本 皆さん,お早うございます。本日はご多忙の中,米谷先生には本会に参加し講師 を務めていただきまして心よりお礼申し上げます。米谷先生は国際経済法に詳しい本業 は弁護士で,海外でもいろいろご活躍,特に実務の面で非常に経験を豊富に持たれてお ります。新聞等でTPP の話は出てきますけど,協議内容が公表されていないということ もあって,我々にはちょっとわかりにくい所もありますが,今日はそのあたりを詳しく 聞けるのではないかと思っておりますので,それではよろしくお願いいたします。 米谷 お早うございます。米谷と申します。法政大学法科大学院で国際経済法を教えて おります。講義ではこれだけたくさんの人数が集まることはなく,TPP や国際経済法に 非常に関心をもっていただいていると知り,たいへんうれしく思っております。 このTPP ですが,ニュースなどでよく取り上げられる割に,内容の報道は断片的です。 農産品について関税が引き下げられて日本の農産物が壊滅する,といった記事が調べれ ば一番最初に出てくると思います。最近ではあまり言われなくなりましたが,その次に 新聞などで出てくるのが,医療保険制度が崩壊するのではないかということだと思いま
国 際 経 済 法 の 現 状
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TPP を中心に ――
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谷
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以
す。それから今でも言われることとして,ISDS,日本語では,投資家対政府仲裁手続, 英語ではInvestor-State Dispute Settlement が導入されることがあります。これによって 外国投資家が投資受入国の政府を,国内の環境規制ですとか,商品の安全基準ですと か,そういったものがたとえば差別的であるということで訴えて,その結果政府が損害 賠償を支払わなければならなくなることがあり得ます。日本政府が訴えられることもあ り得ますが,これは一種の主権を侵害するので問題ではないかということが報道された り,あるいは識者の意見として取り上げられたりしています。 そういった形で断片的には情報が出てきているのですが,全体として非常にぶ厚い文 書であり,もちろん報道されている情報だけ見ても全部ではなくて,一部でしかなく, このほかにも各国のいろいろな地域に関する点もあり,全体像を理解するのはなかなか 難しい所があります。であるがゆえによけい,TPP は得体のしれないもののように思わ れているのではないかと思いますが,そんな事はありません。きちんと見ていけば,何 が書かれているか分かるし,今後どうしなければならないか,どういうものであって今 後どのように使わなければならないか,ということもわかるので,今日はそうした作業 の手がかりになるようなことをお話しできればと思っております。 このTPP というのは,政府の発表資料で TPP を一言で書くとこうなるということな んですけれども,最初のスライドに書いたように,物の関税だけでなく,サービス貿易, 投資の自由化を進め,更には知的財産,電子商取引,国有企業の規律,環境など,幅広
い分野で 世紀型のルールを構築する経済連携協定と説明されます。これだけではな かなかイメージがつかみにくいと思いますが,物の関税,サービス貿易,投資の自由化 というものがメインなんだけれども,それだけではなくて,知的財産,電子商取引,国 有企業の規律,環境となってきますと,経済のあらゆる部分について,幅広い分野につ いて 世紀型,まあ, 世紀型のルールというのも何を意味しているのか分かりにく いところもありますが,要するに新しい,これまでと違うルールを作ろうとしているも のであるということが見て取れると思います。 これはどの範囲で合意されたか。環太平洋の カ国,英語では環太平洋ではなくて トランス,太平洋の向こう側とこちら側ですが,米国と日本,オーストラリア,カナダ, メキシコ,チリ,ペルー,ニュージーランド,ベトナム,マレーシア,ブルネイ,シン ガポールが入っています。経済圏としては非常に大きくて,世界のGDP の %を占め ています。これはアメリカが入っていることが大きい。GDP 比と比べると,人口比で は世界の 割を占めるに留まります。たとえば中国,インド,ブラジルが入っていませ んし,インドネシアも入っていませんので人口比ではまだまだで 割に止まります。ま た,ヨーロッパも入っていません。全世界をカバーするものではありません。しかし, 世界全体のGDP の 割という世界経済の相当部分を占める経済圏において,共通のル ールが作られたという意味で,非常に大きな意義を有するものであります。 モノの関税撤廃,投資の自由化,サービスの自由化ということでいいますと,すでに 国際的な枠組みは存在しており,このTPP でそれが初めて作られたというわけではあ りません。貿易の分野ではWTO があります。投資の分野では,これはマスメディア等 ではあまり取り上げられないので,お聞きになったことはないかもしれませんが,投資 協定が二国間で,たとえば日本と中国,日本と韓国,あるいは日本とインドネシア,日 本とロシアとか,といった二国間でたくさん結ばれておりまして,ネットワーク状に発 展しています。WTO は世界 か国,地域,ほとんど世界中をカバーしている条約で す。これに対して投資協定は世界中のほとんどの国が何らかの形で参加していますが, 世界中どの国とどの国の間にもあるかというと,必ずしもそうではない。全部で , 以上になっていますが,世界の国は 近くありますので,世界中で提携しようとする と, × ですか, , くらいの数の投資協定が必要になるわけです。そこまで はいかないにせよ,現時点では , くらいまで投資協定のネットワークがすでにある わけです。 こういったものの上にTPP は成り立っていますので,加えて TPP で合意されている こと,書かれていることの多くの部分は,このWTO ですとか,あるいは既存の投資協 定ですとかに書かれているものと大差なく,またその経験を踏まえて作られています。
したがって,TPP を理解しようとすると,WTO や投資協定がどのようになっていて, どのような運用をされているのかを前提として知る必要があるわけです。 それで,TPP の説明に入る前にこの WTO と投資協定について少しお話をさせていた だきたいと思います。若干教科書的な説明になりますが,通商の世界,貿易の世界に関 する国際法について語る場合は, 年から始めることが多いと思います。 年に は,世界恐慌が発生しました。世界恐慌というと,世界史の教科書でウォール街の株価 暴落の写真を思い出した方もいると思いますが,その株価暴落をきっかけとして世界経 済が非常に不況に陥ったという事件です。その不況対策として,外国製品が安く入って くるのが問題であるとして,国内だけで,あるいは植民地を含めて経済を囲いこもうと して関税を引き上げるというブロック経済化が進み,その結果ブロック間の経済対立が 非常に激しくなったことが第二次世界大戦の一つの原因になったと言われています。 このブロック経済化,すなわち自由貿易でなくて関税が引き上げられたために世界経済 が分断されたということが非常に大きな問題であるということで,再発防止のために第 二次世界大戦の後で様々な国際体制が構築されました。大戦後に形成された仕組みは, 経済面に限らず,たとえば国連のようにいろいろあるわけですが,経済貿易体制として は,ブレトンウッズ体制が作られました。これは 本の柱からなっております。貿易に ついてITO,今の WTO とは違うんですが,国際貿易機関が構想されました。これは, 残念ながらアメリカの上院の反対で設立に至りませんでしたがその代わりに設立までの 暫定協定として合意されていたGATT がその後存続していきます。いずれにしてもブ ロック経済化を防ぐという観点で,自由貿易体制を確実なものにすることを目的として GATT は作られたというのが歴史でございます。このほかこの時設立されたのが世界銀 行とIMF でありまして,この 本が柱となっています。 その後,貿易の分野ではGATT が国際機関として法人格を得るには至らず,ある意味 非常に地味な国際組織として存続,発展していたのですが, 年に冷戦が終わった 後,自由貿易体制が世界中に広がっていく中でWTO が設立されたのが 年です。 この時に法人格を有する国際機関になりました。紛争処理手続,いわゆる裁判手続が正 式に設置されたのもこの時です。ただ,この後,WTO の下で様々な貿易交渉が行われ ておりましたけれども,なかなか合意に至りません。これはWTO の国連化とも言われ ています。一つは,WTO のできる前は,基本的にはアメリカ,EC,カナダ,日本とい う四極が決めたところがだいたい受け入れられていたんですが,今は,ご存知の通り, アメリカ,ヨーロッパのほかに中国とかインドとか,ブラジル,最近ではロシアも加盟 しておりますが,こういった国が台頭してきました。経済的な発展段階がかなり違い ますし,経済体制も違いますので,そうするとなかなか合意がしにくくなったというこ
とで,その後はなかなかうまくいかず,停滞していると考えられています。そうした中 で貿易に関して停滞を打破したいということで行われた試みの一つがこのTPP であり ます。 他方,投資保護もこのTPP に含まれています。投資保護の歴史は貿易自由化とはま た違っていて,たとえば歴史の教科書に載っているような事件で言いますと,イギリス が設けた東インド会社のように,たとえば植民地経営をするために海外に会社を設立す るということが昔からあるわけですが,支配者が代わりますと従来の政府と結びついた 会社の財産を没収したり,あるいは設立を取り消したりということが起こり得るわけで す。それを何とかしたいということがありまして,様々な工夫がなされておりました。 たとえば企業が現地政府との間で約束を得て,政府がその約束を破った時には賠償を 払えとか,ということが行われていた時代もあります。昔は約束違反に対して戦争を起 こして財産を回復するというようなこともありましたが,そういうことは次第にできな くなり,法的なツールでやっていくということにだんだんとなってきているというわけ です。 戦後ドイツとパキスタンの間で現代型の投資協定が初めて作られて,投資保護,つま り外国に投資をした時に,現地政府に財産を没収された時に損害賠償なり補償なりを支 払ってもらうための枠組みというものが作られました。ドイツが 年に近代型の投 資協定を始めたのですが,これは歴史的に非常に意味があります。ドイツは第一次世界 大戦と第二次世界大戦,いずれも敗戦国でありましたので,ドイツ国民が持っていた在 外資産が没収されています。それは損害賠償の代わり,または,敵国資産ということで 没収されたりしました。そうした経験を踏まえてドイツ政府は戦後,そういう事態が再 び起きないように,ドイツ国民が外国に投資を安心してできるようにということで,こ の投資協定を推進してきております。その始まりになったのがドイツとパキスタンとの 間の投資協定であります。 投資協定はその後だんだん発展していきまして,ヨーロッパの国を中心に,ヨーロッ パの国同士ではあまり結ばれていませんが,途上国との間で,つまり投資先との間にこ れはたくさん結ばれています。なおWTO ができた 年に,相前後して,OECD に おいて,多国間投資協定が交渉されましたが,フランスの反対で最終的には交渉はまと まらず挫折しました。しかし,このあとも投資保護について二国間で多数の協定が結ば れていまして, 年つまり今の時点では , 以上ということになっているという ことであります。 日本も世界大戦の敗戦国であり,在外資産の没収を受けていますけれども,投資協定 を外国と結ぶということについては,従来あまり熱心ではありませんで,今数えても確
か くらいしかないと思います。ドイツとかフランスとかが を超えて結んでいる のと比べますと,大分方針が違っておりました。しかし,最近,この 年くらいか ら日本政府も投資協定をたくさん締結しておりまして,この TPP の中の投資章もその 一つとして位置づけられるということになります。投資保護協定というのは,現地の裁 判所が信用できないということで必要になることが多いので,アメリカとの間で結ぶ必 要はあまりないでしょうが,TPP にはアメリカ以外にも,マレーシアとか,ブルネイと か途上国が入っていますので,そういった観点では意味があると思います。 協定の内容に話題を移しますが,WTO についてはあまり説明する必要はないと思い ます。ジュネーブに本部を有する国際機関です。貿易に関する様々な国際ルールが結ば れており,そのルールに基づいてそれぞれの加盟国の国内政策,あるいは関税について 議論をするフォーラムということになっています。実体ルールとしては,レジュメに書 かれているとおり,WTO,World Trade Organization という名前のとおり,貿易につい てのもので,かつては,物品貿易つまり物の貿易についてのルールだけでしたが,サー ビス貿易についてのルール,知的財産権のルールが WTO になった 年から入って きています。サービス貿易というのは金融ですとか情報通信ですとか,それから小売で すとか,そのほか教育もサービスとして対象に入りますが,そういったサービスの経済 に占める比重が非常に大きくなってきたということがあって, 年以降,このサー ビス貿易が自由化の枠組みに取り込まれたということであります。 もともとは物の貿易自由化が中心であり,物品貿易の規定が非常に多いんですが,そ の内容としては先ほど申しましたように,この WTO の前身の GATT というのはブロッ ク経済化を防ぐという観点からもともと作られていますので,関税を引き下げる,一定 以上の関税は課さないという関税の約束をし,外国を差別しない,ブロック経済化とい うのは外国間で差別するということなので,この外国間で差別しないという最恵国待遇 義務が中心になります。この最恵国待遇義務というのは江戸時代の日米修好通商条約に もありました。条約を結んでいる中で,他の外国に対してもっと有利な取り扱いをした 場合には,それは自国にも及ぼして下さいということで,もともとは他国が優先的取り 扱いを得た場合にそれを得るためのものなのですが,WTO の最恵国待遇義務というの は外国を差別しないということに主眼があります。英語では Most Favoured Nation, MFNといいますが,そういった取り扱いを義務付けることによってブロック経済化を 防ぐことを目的としているのであります。
それから内国民待遇義務も重要です。これは,自国の産品と輸入品とを区別しないと いうことです。内国民と書いてあるので国民の差別であって物の差別の問題ではないよ うに聞こえますが,そうではありません。外国と国内を区別しない,英語でいう national
treatment を日本語では内国民待遇と訳しています。物の世界では,外国企業と国内企業 を区別しないということではなくて,輸入品と国産品を区別しない,同じ扱いにすると いうことです。これがないと関税を下げる約束をしても,たとえば消費税の税率を輸入 品は %,国産品は %とするとすれば, %も差が発生しますので,関税の引き下 げを約束した意味がありません。そういった観点から内国民待遇義務が要求されている と説明されています。 その他農業とか,SPS といった事項を名前にもつ協定があります。SPS というのは検 疫措置などを指しています。またTBT 協定は消費者安全規制とか環境規制とかについ ての規律を置いています。GATT というのは,もともとは関税の規律から出発しており ますが,現在においては国内政策,たとえば環境保護や消費者安全といった国内政策に 対する規律も重要な要素になっていると言えます。また補助金も対象になっております。 対象になっていないのは,たとえば国内で工場を運営する時に適用される環境規制とか 都市計画のような立地規制などで,そういった措置は対象になっていません。つまり, WTO は貿易協定ですので生産面の規制はカバーしていませんが,それ以外の政府措置 は非常に広い範囲で対象になっています。ほとんどの国がWTO に加盟していますので, ほとんどの国において内国民待遇義務,あるいは差別しないという義務がかかってい る,というのが現状ということであります。 それから一番最後に紛争解決手続について少しお話をします。これも最近新聞に時々 出るようになりました。WTO 協定に違反する措置については,国際条約の違反ですの で,外交交渉によって解決するというのがいわゆるデフォルトです。つい最近UNCLOS つまり国連海洋法条約に基づき,フィリピンと中国の間で行われた国際裁判の判断が話 題になりました。ああいった海洋法条約その他国際法に違反する行為があっても,一般 的にはこれは裁判でやってもいいという同意がある場合だけが裁判の対象になりますか ら,UNCLOS の裁判の件もその他南シナ海の件も,中国は自分は応じていないので, 国際海洋法裁判所は管轄権を有しないと主張していました。それから捕鯨の裁判の後, 日本は調査等について管轄権の対象から除外しました。基本的に国際法の世界では,必 ずしも裁判で決着を付けることができるというわけではないのです。 これは国内法の場合と全く違っています。国内だと法的な紛争はすべて裁判所に行っ て争うことができるのが原則ですが,国際法はそうではないわけです。ところが先に述 べたWTO 協定は,どの国も WTO 協定に関する限り,すべての事項について紛争処理 手続,第三者が判断する手続に応じなければいけないということになっていまして,そ ういう意味でこのWTO 協定は極めて司法化された手続を有し,非常に強い拘束力を有 するルールとして存在しているわけであります。手続は,二審制になっています。一審
がパネル手続で事実問題についても審査をされます。パネリストはその手続の都度選ば れます。パネルの判断に不服がある場合は,上級委員会というところに上訴できること になっていまして二審制ということになります。この手続は,WTO が作られた 年以降すでに 件ほど利用されています。 数年で 件ですので,非常に大きい 数字だろうと思います。パネル及び上級委員会の手続まで進んだのは,そのうちの半分 くらいありますので 件以上の先例がすでに蓄積されているということですね。日本 は, 番目くらいのユーザーになっています。 有名な実例として,レアアース輸出制限,新聞で大きく取り上げられたので覚えてい らっしゃる方もおられると思います。これは中国がレアアースの輸出制限をしていて, 国内産業に優先的に回していたケースです。レアアースはたとえば電気自動車の永久磁 石を作るための原料になりますので,永久磁石のメーカーはこのレアアースが必要なわ けです。中国はこのレアアースの輸出制限をすることによって,永久磁石の工場を国内 に誘致しようとしていたようです。つまり外国では買えませんよ,中国に入ってきたら 無条件に買えますよ,ということで誘致しようとしていたようです。このレアアースの 輸出制限はかなり長い期間をかけてゆっくりと強化されていたので,なかなか問題が表 面化しませんでした。しかし, 年に日本政府が尖閣諸島を購入した時に,中国が 対抗策としてとったと言われているのが,本当のところは分かりませんが,このレアア ースを日本向けには輸出しないという形で出荷を止めたということです。その時に,レ アアースの供給が実は中国に握られていることが広く知られるようになりまして,何と かしなければいけないということで,WTO の紛争処理手続が始められたという事案で あります。 この時まで日本は中国に対してWTO の紛争処理手続を提起したことがなく,このレ アアースの件が初めて提起に踏み切った事案です。日本では,「裁判」というと,喧嘩を することと同義に考えられているので,企業も政府も非常なためらいがあるわけです。 中国が加盟したのは 年ですので,それから 年くらいWTO の紛争処理手続を 使っていなかったわけですが,このレアアース輸出制限問題についてはいろいろ議論が あって,これは外交交渉で解決できる問題ではないと判断されたわけです。尖閣問題の 対抗策と言われていた輸出拒絶は,本当に中国政府が止めているとの証拠を出しにくい 問題でしたが,輸出数量制限をしているというのは立証の容易な問題でした。正確な数 字ではありませんが,中国全体でたとえば年間 万トン生産されるのに 万トンしか輸 出枠がないという政策が採用されており,これは交渉で何とかなるものではないと判断 されました。中国の国策としてレアアースが非常に重要な戦略物資として位置付けられ ていましたので,交渉で解決しないということは誰の目にも明らかでした。このレアア
ースのケースで日本政府はアメリカとEU と一緒に WTO の下で協議を申し入れて,さ らにパネル手続で解決することになったわけです。幸いなことに,WTO の判断では, 中国の輸出制限は,WTO 協定のうち輸出制限禁止を定める条項に触れるということで ありまして,中国はこれを是正しなければいけないという判断が出ています。履行のた めの期間として中国に 年の猶予が与えられましたけれども,その 年が経過する前に 中国はこの輸出制限を撤廃していて,現在はレアアースについては中国産のものも自由 に輸出できるということになっています。 このケースは,戦略物資であっても,かつ対中国という非常に政治性の高い事案で あっても,このWTO の紛争処理手続が機能することを示しているわけであります。中 国もこのWTO の手続を頻繁に使っており,お互いさまのところがあるわけですが,こ ういった国際社会における法の支配の徹底に貢献している分野としてこのWTO が挙げ られます。自由貿易体制とこれを支える裁判システムが機能しているわけであります。 この紛争解決手続は後ほど説明しますが,投資の場合とは違って国と国との間でのみ行 われますし,損害賠償ではなくて将来に向かって措置を是正すべきという形でのみ行わ れるところも投資保護の場合と違っています。 もう一つの投資協定ですけれども,こちらの方は貿易ではなくて,海外から入ってき た投資の保護を定めるものです。日本にも外資企業がたくさんありますし,逆に日本か ら進出している企業もたくさんあります。これは現地進出してそこで必ずしも販売まで 従事していなくてもよくて,たとえば工場を作っているというだけでも投資協定の対象 になってきます。たとえばレジュメの中では二番目の内国民待遇義務,また一番上の収 用の規律もですが,それらが重要になってきます。収用の規律は,政府が代わったあ と,新政府と仲が悪くなって国有化されたといったことに対して,補償が得られるとい うものです。もちろん,もともと国有化は正当な理由がなければ許されないという内容 になっています。 この投資保護の分野の国際ルールの中で重要なのは,ISDS,さきほど申し上げた投 資家対政府投資仲裁というものであります。これは先ほど説明したWTO の紛争処理手 続が国から国,先ほど触れたレアアースのケースで言えば,レアアースを輸出している 日本企業,たとえば商社ではなくて,日本政府が中国政府を訴えているわけですが,こ ちらのISDS は投資家,つまり企業が投資受入国政府を訴えるという違いがあります。 実際に日本企業が争っているケースだと,スペインで日揮が太陽光発電のプロジェクト をやっているそうですが,その前提である太陽光発電の買い取り制度の変更に関わるケ ースです。日本でも電力価格が高くなりすぎるため買取価格を下げるという話がありま すけれども,スペインでも買取価格が引き下げられ,とくに既存のプロジェクトについ
ても引き下げられたので,それに対して日本企業がスペイン政府に対して損害賠償を求 めて仲裁を申し立てたということのようです。 他に,大きく取り上げられている案件の例として,プレーンパッケージ法をめぐる紛 争があります。たばこに関してはWHO 等でたばこの消費を減らそうとして,様々な条 約が作られていますが,その条約の中で推薦されている方策として,たばこのパッケー ジについては,たばこの銘柄だけ目立たない文字で書いて,それ以外のデザインについ ては一切付けてはいけない,商標も使ってはいけないというものがあります。日本でも たばこのパッケージには,たばこを吸う方はご存知だと思いますが,がんに注意だとか おどろおどろしい写真がついていますが,このプレーンパッケージ法はそういった表示 を求めるものではありません。日本では,おどろおどろしい写真がついていても,商標 はついていますが,それを許さないというのがこのプレーンパッケージ法であります。 これはオーストラリアが導入したので,商標権の侵害にあたるとか,あるいは外国差別 であると,外国たばこメーカーの差別であるということで,フィリップモリスがオース トラリア政府を訴えているという事案であります。これは昨年の段階で請求を認めない ということに一応なったと思いますが,そもそもプレーンパッケージ法のような健康保 護,消費者の健康保護を目的とする法律であっても,またたばこの害のように一応世の 中に認められているものであっても,つまり,一見して正当な,少なくともただちには おかしいと言えないような国内法であっても,投資仲裁の対象にあたるということで す。そうした措置であっても訴えられるということで,ISDS の意義といいますか,そ のインパクトがお分かりいただけると思います。その隣のグラフに掲げていますけれど も,非常に案件数が増えており, 年くらいからうなぎ上りに増えているという状 況にあります。 以上が世界的にみた貿易と投資に関する枠組みと現況です。これらを背景としてTPP がどのように作られたのかをこれからお話ししていきたいと思います。歴史を言います と,TPP はもともと Trans-Pacific Partnership ということですが,シンガポール,ブルネ イ,チリ,ニュージーランドの ヵ国,比較的小さい国が集まって作った貿易協定であ りました。これは 年に発効したのですが,その後米国等が加わり,もっと拡大し ていこうということでできたものであります。お配りしている資料はこの合意の中身を 書いているので,それはあとで見ていただければいいのですが,パワーポイントの方は 違うところに触れています。 年にカナダ,メキシコ等が参加して,その後日本が 参加して,昨年に合意をして署名がされ,現在各国の批准待ちという状況であることは 報道されているとおりです。 どういう内容なのかについては,先ほど申しましたけれども,関税引き下げだけが内
容ではないということです。それから投資保護も目的としているということです。さら に,それ以外の様々な経済政策の国際ルール, 世紀型の国際ルールを作ろうとして いるものである,というのが政府の説明であります。実際どのような規定が書かれてい るのかを,何点かお話をしたいと思います。お配りしている資料,これは政府のホーム ページから入手したものです。条文を見ても意味がなかなか分かりにくいので,中身の 詳細についてはそういった資料を見ていただければと思います。ただそれらを見てもイ メージが湧きにくいところが多いので,重要なポイントについていくつかお話をしたい と思います。 まず,章立てを見てお分かりの通り,最初に関税の話が書かれてあって,税関手続, 貿易の話であることが分かる項目が一番最初に書かれています。その次の衛生植物検疫 というのは,検疫措置を扱う章です。検疫というのは,空港,ここから一番近い国際空 港は関空でしょうか,外国から帰って来た時に空港で何があるかというと,出入国管理 があり,その後,最後に税関で荷物を見てもらうわけですが,出入国管理の前に検疫の ところを通っているはずです。カメラが設置してあって熱が出ていないかどうかを チェックする所があります。あれが検疫です。あれは人の検疫で,伝染病の侵入を防止 するためにやっているものです。動物の輸入の場合にも,狂犬病ですとか,植物の場合 だと,虫とか病原菌とかがついていないかどうか,というところを輸入の時点でチェッ クするところが,税関手続の前にあります。そうした措置についてルールを定めている のが衛生植物検疫の章であります。 次のTBT というのは先ほど言いました規制措置・標準でありまして,国内の消費者 安全ですとか,環境規制ですとか,そういった規制措置を広くカバーするのがこの章で す。それから投資章は先ほど言った投資協定とほぼ同じような内容のものが入っていま す。その他サービスについても,金融ですとか電気通信といった加盟国の関心の高い領 域を中心にルールが作られています。知的財産権についての規定もあり,ここまでは比 較的WTO と投資協定でカバーされている領域ですが,この次の電子商取引に関する章 以降は,既存のWTO あるいは投資協定に入っていないルールでありまして,新しいル ールが合意されています。正確に言いますとTPP のほかにも日本と EU,日本と ASEAN とで結ばれようとしている協定などTPP 以外のものにもこの電子商取引等の規定は 入っていますが,このTPP は冒頭に申し上げたとおり,GDP の 割を占めるような国 の間で適用されるものですので,非常にインパクトが大きいものであります。電子商取 引の章があったり,国有企業の章があったり,競争政策についても規定があります。労 働者保護,環境保護,中小企業政策等についての規定も入っていまして,経済全体をカ バーする,非常に包括的な内容の国際ルールであると言うことができます。加えて紛争
解決手続についての章もあり,このTPP 上の約束全部についてではないのですが,相 当部分について義務に違反する場合には司法的な手続を通じて是正が求められるという 建付けになっております。投資保護については先ほど言ったISDS の仲裁手続も入って いますので,ここの部分は企業が直接日本政府なり,あるいは外国政府を訴えることが できる内容になっています。 個別に見ていきますと,まず関税ですが,WTO では関税を順次に下げていくことが 追求されておりますので,必ずしもみんなゼロにはなっておりませんが,TPP のような FTA,自由貿易地域においては域内品の関税を撤廃するのが原則です。政府発表では TPP の関税撤廃率を %から %と書いています。これは皆さんがおそらくなじみの ない関税分類というものが関係します。たとえば個人輸入をしようとすると,関税が何 パーセントかを検討する必要があるわけです。関税表すなわち,何の商品については関 税率がどうかというのを書いている表を見るわけでありますが,TPP については,その 表を品目で見て, %から %の品目で関税撤廃されるというのが政府発表の意味す るところです。撤廃期限はいろいろありまして,発効後すぐに撤廃しなければならない ものもあれば, 年かけて順次やっていけばいいというものもあって,まちまちです。 この中に農産品の関税撤廃も入っていて,新聞報道でよく言われているように,重要 品目について関税が守られたのかとか,あるいは農産品の関税がゼロになって大変とい う報道の事実関係は,この関税に関する付属書を見ればわかります。 この関税撤廃は今申しましたように,日本の報道では日本に外国産品が入ってくるこ とを中心に議論されていますけれども,これは逆もあるわけで,日本が外国に輸出する 時にどうなのかということも関係してきます。たとえば日本の,これは先ほど教えても らったんですが,香川のメーカーで言いますと,たとえば石丸製麺というのはうどんの メーカーですね。この石丸製麺がうどんを,TPP 締約国に,たとえばアメリカに輸出す るという時に,うどんがこの関税撤廃品目に入っていれば関税ゼロパーセントで輸出が できるということになるわけです。ただこの関税譲許のところだけを見ていっても,実 は関税が本当にゼロになるかどうかは分かりません。そこがFTA について大事な所で すが,TPP だけではなくてすべての FTA に共通しますが,関税撤廃の対象は域内原産 に限定されているということであります。TPP の域内原産である必要があり,つまり日 本原産でなければいけないわけです。たとえばうどんを考えた時に,国産の小麦粉を 使っていますということを宣伝にしているメーカーも多いと思いますが,小麦粉は必ず しも国産に限らず,中国から輸入しているかもしれませんし,オーストラリアから輸入 しているかもしれません。特に小麦粉のようなものだと季節によっても変わってきます から,たとえば収穫期には国内産かもしれないけど,国内産の端境期には外国から輸入
しているかもしれない。そういった時期によっては小麦粉は国産を使ってないという場 合,それで日本原産の扱いでアメリカに輸出しても関税がゼロになるのかどうか,とい うことが問題になってくるわけであります。 それが書いてあるのが,特恵原産地規則で,これを個々の産品についてみていく必要 があります。たとえばうどんが原産性を認められるために,小麦粉から国産でないとい けないかどうかが問題になります。そして,それがこのTPP の関税撤廃の利益を受け られる要件であるとされていますと,そのためには,小麦粉を国内で原則調達しなけれ ばならないということになるわけです。普通の原産地規則と特恵原産地規則とは違って いる場合があることが要注意です。通常はとくにWTO の下では,世界中の国がほとん ど入っているので,原産地をあまり気にすることはないんですが,このTPP のような 自由貿易地域ですと,どこの原産かが非常に重要になってきます。この要件としてどこ まで原材料,あるいは中間製品の段階でどこから国内でやらなければならないかという ことが問題になってくるわけです。 ここは重要なポイントです。うどんは国産原料を使っている場合が多いのかもしれま せんが,今は日本企業でさえ,必ずしも全部日本国内でやるということではなくて,原 材料を外国から輸入する場合も多いし,部品であっても外国から輸入する,あるいは部 品工場は海外に移転するとか,そういったことも珍しくありません。あと製品の包装だ け外国に移転するといったことも行われています。したがって,この特恵原産地規則を 研究して,日本の企業であっても,また日本で最終製品を作っていても,どこまで原材 料とか中間製品とかを自分はどこから調達しているかということを確認しないといけな いわけです。そこのところを非常に詳細に見ていく必要があるわけです。 さらに特恵原産地規則の厄介な点はほかにもあります。それは,日本国内で調達し生 産をしている場合だけしか認められないのではなくて,たとえば小麦粉からTPP 域内で と書いている場合であっても,このTPP のルールでは,小麦粉の生産地は日本でもよい のは当然として,アメリカ産でもいいし,TPP に入っている以上カナダ産でもいいしマ レーシア産でもいい,あるいはオーストラリア産でもいいということになっています。 ただ,TPP に入っていない国,たとえば中国産ですとか,タイ産だったりすると,TPP 原産かどうかにおいてカウントされない部分になります。これは何を意味するかという と,日本のメーカーがタイとベトナムに工場を持っていて,そこで部品を作って日本に 持ってくるということをしている時に,タイから持って来た部品は特恵原産地規則にお いて原産地限定の要件を満たさないわけですから,タイから持って来た部品を元に日本 において作った製品をアメリカに輸出しても関税がゼロにはならないということになる わけです。ベトナム産の部品を使う場合は関税撤廃の恩恵を受けられるということにな
りますので,そうするとどっちに工場を作ったらいいんだろうということで,これは経 営者としては考えるわけです。さらに先ほど言ったように国産とオーストラリア,まあ オーストラリアだとTPP 域内ですので問題はないでしょうが,たとえば南アフリカ,非 現実的かもしれませんが,そこから原材料を輸入しているとなると,たとえば季節が変 わる時に国産から切り替えて南アフリカから輸入しているとなりますと, 年を通して どういうふうに調達先を分けるとこの要件を満たすのか,そういったことが非常に問題 になってくるところです。非常に難しいルールがいろいろあるということであります。 この関税の問題は実務的には非常に関心の高いところです。学問的にはテクニカルす ぎて面白くない所もあるんですが,ビジネスの現場においては,今申しましたように, 工場をどこに置くかという投資判断に影響するので,現実にすぐに問題になってきます。 その他,TPP の中には,たとえば修繕のために一回国外に輸出して再度戻ってくるも のについて関税を課さないとか,演奏家が楽器を持ち込む時の関税をゼロにする,つま り無税で輸入を認めないといけないといったルールも入っています。これはヨーロッパ の税関において,高価なバイオリンを演奏家の人が持って入ろうとすると,税関で止め られて関税を払えと言われたということが新聞に出たことがあります。持って入国する のも輸入ですので,それについて関税を課すか否かが問題になるわけです。高価な,た とえばストラディバリウスのバイオリンというと何千万,何億円になるわけで,それに 関税をかけられるとたとえ数パーセントの関税率でも何百万円とか払わないといけなく なるわけですが,演奏旅行のたびに払えるわけがないですし,そもそも演奏のために 持って入るだけで,必ず持って出るわけですから,関税を課す必要性が乏しいともいえ るわけです。そういった輸入に対する関税をゼロにする,無税輸入を認めるといったル ールもTPP の中には入っています。 それから国内政策に関しては,これは先ほど言ったWTO の内国民待遇義務ですとか, 規制に関するTBT 協定上の内国民待遇義務が TPP において再確認されています。これ がどんな意味をもたらすかという例を書いていますが,まだTPP は発効していないので, WTO ないし TBT 協定上の内国民待遇義務がどのように解釈されているかを説明するも のです。内国民待遇義務については,先ほど輸入品を差別することの禁止であると言い ましたが,たとえばたばこのケースだと,国内のたばこの安全基準は,たとえばニコチン が何ミリグラム以上の銘柄のたばこは販売を禁止するとなっていて,輸入のたばこにつ いてはもっと低い限度量で,たとえば . ミリグラム以上は認めないというように,国 産品か輸入品かで規制内容が変わっているというルールは,もちろん内国民待遇義務違 反です。これは輸入品を直接に差別していますので違反ですが,この内国民待遇義務違 反は,こういった原産地で区別しているものにはとどまらないということが重要です。
例に挙げています,アメリカのクローブ入りたばこ事件では,争われたのは,香料入 りのたばこの販売を禁止するというアメリカの制度です。香料入りのたばこはたばこの 煙臭さが緩和されるので,青少年が最初に吸うのに吸いやすいそうです。青少年の喫煙 はアメリカでも非常に問題になっているので,それを防止するため,あるいは減少させ るために香料入りのたばこの輸入販売を禁止するというのがアメリカの説明でした。し かしながら香料入りのたばこのうちメントール入りのたばこだけは販売が禁止されてい ませんでした。メントール入りのたばこはアメリカのメーカーもたくさん作っているか らだと想像されますが,それで除外したのでしょう。禁止されたたばこの中に,クロー ブつまり丁子入りのたばこがあり,インドネシアで作られているものが多かったよう で,それでインドネシア政府が紛争解決手続を提起しました。 このケースでは結局インドネシアにとってクローブ入りのたばこが主要な輸出品でし たので,香料入りのたばこを禁止しているということは,インドネシアからの輸入品, インドネシア原産のたばこが差別をされている,メントール入りのたばこはアメリカ原 産のものもありますので,それとの関係で差別をされているのではないかということが 争われたわけです。もちろんメントール入りのたばこはアメリカ以外でも製造されてい ますので,このルールは表面上原産地で差別しているわけではありません。しかしなが らこのケースでは判断としてインドネシア産のたばこが不利に取り扱われていること, かつ,メントール入りたばことメントール以外の香料入りたばこの区別は青少年の喫煙 防止のために合理的な規制区分とは言えないということを根拠として,このケースでは 内国民待遇義務違反が認められています。要するに,香料入りのたばこの禁止が青少年 の喫煙防止に役に立つと言うなら,メントール入りもクローブ入りも同じように禁止す べきで,なぜ同じに扱わないかということについて理由が説明できない以上区別してい るのはおかしいということであります。 今申しましたように,区別の理由がその政策目的から説明できないケースは差別あり と認定される可能性があるわけで,これは憲法論でいうこところのLRA の基準とか, あるいは厳格な合理性の基準と言われる合憲性判定基準と類似しています。同じような 基準でWTO とか TPP でも禁止対象になるわけです。違反かどうかについては WTO の 紛争処理手続なりたとえばTPP の紛争処理手続で判断され,違反とされると是正を求 められるということであります。内国民待遇義務はかなり国内政策について深い規律を 定めてきている条項であることがお分かりいただけたかと思います。もちろん規制区分 を設けた理由を合理的に説明できればよいので,正当な規制が採用できなくなるという わけではありませんが,そこまで国際経済法による規律が及んできているということが 重要であると考えます。
このほか,このTPP では WTO の定める規律を超えている部分になりますが,様々な 規制,行政立法手続に関する規律が規定されていまして,策定手続に利害関係者の参加 を認めるとか,実施前に ヵ月間周知期間を置けとか,要するにこれは企業が対応でき るようにするためということですが,そういった規律がルールとして入っています。そ の他規制の調和のために二国間あるいは多国間で話し合いをするということも書いて あって,行政手続の透明性ないし合理化に向けてかなり詳しいルールが規定されている ということになります。日本はほぼ対応できていますけれども,場合によっては行政手 続法上の現在の扱いで足りるのかということが議論になるかもしれないところです。途 上国に関して言えば,行政手続の規律があまり行われていませんので,日本企業が外国 政府に何か言う時にも重要な規定であると思います。たとえば先ほど例に挙げた石丸製 麺が,輸出先の外国において,最近の食品に関する重要なテーマでありますフードロス, たとえば廃棄する食品原材料の割合が何パーセント以上あった製品は売ってはいけない といったフードロスの規制がもし入ったという時に,仮に,うどんについてはどうして もある程度ロスが出てしまうのに対して,当該外国における現地の麺だとあまりロスが 出ない方法で作られているという時に,その間で線を引かれてしまうと,うどんは輸出 できないということになってしまいます。そういった時にそもそもそれが合理的なのか を議論するとしても,措置が導入されてしまってからでは遅いので,規制案が作られる 時から参加できるようにするとか,あるいは案の段階で意見が言えるようにするとか。 それからもし内容を争えないということになってもリードタイムがあれば工場をいろい ろ変えたりということで対応できる可能性もありますので,そういったことができるよ うに行政手続に関する規定が入っていると考えられるわけであります。 その他,ここまでは一般論として適用されるルールですが,自動車ですとか情報通信 機器,医薬品,化粧品等については他にもいろいろなルールが規定されており,特に自 動車の場合には,日本と米国又はカナダとの間だけのルールですが規則を実施した後も 定期的に見直しをする努力規定が入っていますし,新技術が出た時にその実証実験がで きるような制度を作らないといけない,たとえば無人の自動車,自動運転の自動車を作 る時に,路上運転の実験とか,そういったことができるか否かといったところもこの特 則のところで問題になる可能性があります。 投資保護については,TPP は先ほど言った投資協定の基本的ルールがほぼ入っていま す。投資家対政府投資仲裁手続すなわちISDS 手続の規定も入っていますし,さらに昨 今のISDS が主権制限的であるとの批判を勘案しての濫用防止のための規定などもあ り,配慮がなされているということであります。ただこのISDS 手続については,内国 民待遇義務について先ほど言ったように,単なる差別ではなく事実上の差別も違反とな
りますので,日本の場合,国の行政はあまり問題ないと思われますが,地方自治体につ いてはTPP の内容を理解していないと問題となる可能性があるように思っています。 地方自治体にもこの投資章は関係してきますので注意が必要ということであります。 サービス貿易の自由化については先ほど言ったようにいくつかの分野について詳しい 規定が入っています。電子商取引については楽天とかアマゾンとかと関わりの大きい分 野ですが,これは国際ルールがまだない,うまくできていない世界でありまして,他方 でたとえば個人情報保護をどうするか,たとえばアマゾンだと,サーバーが外国にある とすれば,そこに情報が送られることが個人情報保護の関係で問題がないのかとか,あ るいは国内にサーバー設置を強制すること,たとえば置かないとたとえば医療情報とか そういったときにアクセスが確保できない可能性があったりするので,問題ではないか という理由で強制がなされる可能性がありますが,他方で,世界中にどこの国でも進出 先にサーバーを置けとなりますとものすごい額の投資が必要ですので,企業からすると 耐えられないことでもあります。そういったところのせめぎ合いがこの中で一部取り上 げられているということであります。 そのほか国有企業に関する章があります。これは,政府の関連企業がどう振る舞うべ きかということを規定しているところで,議論がいろいろされているということであり ます。競争法の問題が一部この中には入ってきています。競争法と国際経済法の規律の 関係を例で示しますと,先ほど言った一定程度フードロスのあるものは輸入させないと いう規制を政府が行うと,先ほど言った内国民待遇義務の問題になりますが,フードロ スは企業にとっての関心でもあるので,たとえば流通メーカー,たとえばウォルマート が,フードロスを一定程度以下に抑制していない産品は購入しないと決めることもある でしょう。これは企業の行動ですのでWTO 等の内国民待遇義務の問題ではなくて,競 争法の問題になります。競争法上のボイコット規制とかそういうところで問題にならな いかということが議論されるわけです。こうした競争法に関係する部分がTPP でも取 り上げられているということです。それがもし外国企業,ウォルマートのような純粋な 私企業でなくて国有の流通業者がそういうことをすると,それは国有企業の規律の対象 になってくるということであります。 それ以外の分野についても規定があります。マクロ経済政策ですとか,環境保護,能 力開発等々についても規定が置かれています。ただこれらの分野のルールは,当初は, 非常に野心的な, 世紀型のルールを作るということで章が置かれていたんですが, 具体的なルールを作ることが非常に難しかったと見えて,既存の原則をいくつか確認す るだけにとどまっており,今後議論をしていきましょうということになっています。 これらについてはTPP の委員会で継続的に議論するということになっていますので,
それがどのようになされるのかが非常に重要です。企業もそうですが,NGO もこういっ た事項に着目していて,議論にどのように自らの意見を反映させていくかを検討してい ます。このような民間企業や非政府の人がどのように意見を言っていけるのかというこ ともTPP を理解する上で重要です。 最後に紛争処理手続ですが,TPP にも置かれています。WTO と異なり,事務局がな いのでどれくらい使われるのかは不明ですが,TPP 上の義務についても司法的な手続を 通じて履行が要求される可能性があるということです。そのほか,様々な分野で委員会 などが置かれていますので,ここでどのような議論が今後されていくかがルールの履行 及び発展という観点から重要なポイントになってくると思います。 最後に発効要件です。これは 年以内に全締約国が合意した時かあるいは 年以内に GDP 合計額の %以上が批准した時なので,これはアメリカと日本が同意しないと達 成できません。それ以外の国もあと何ヵ国が入ると %を超えるということになって います。であるがゆえにアメリカがどのように対応するのかが非常に注目されているわ けです。視野を広く取りますと,これが今後WTO 体制にどういう影響を及ぼすのか, あるいは規制の分野,関税よりもむしろ規制の分野でTPP による規律がどのように機 能していくのか,うまく使っていくのかが重要になってくるのではないかと思っており ます。以上予定時間を超過しましたが,以上で終わります。どうもありがとうございま した。 司会 米谷先生ありがとうございました。米谷先生の簡単な略歴を私の方からご紹介し たいと思います。現在,法政大学ロースクールの教授(実務家教員)としてご活躍され, 同時に西村あさひ法律事務所で仕事をされています。 年から 年まで世界貿易 機関法務部法務官を務められ, 年から 年までは,経済産業省通商政策局国際 法務室長を務めていらっしゃいます。ということでありますが,質問等がある方は挙手 をお願いします。 質問者 まずは米谷先生,本日は貴重なご講演ありがとうございました。私は法学部で 教員をしております肥塚と申します。受講生も学生が多いものですから,ご教授いただ きたく思いご質問をさせていただければと思います。 保険と言いましたら最近は現代的ないろんな課題が出てきて,自動運転,ビッグデー タ,個人情報からの問題,人工知能などものすごく環境が変わってきているんですけれ ども,その中の一つとしてTPP の問題もあるかと思います。金融の世界では昔と比べ
ると自由化が進んできまして,新しい用品とかがいろいろできていまして,競争が激し くなってきているんですけれども,とは言いましても保険契約においては規約的規制と しての保険法が新しく制定され,保険業務においては保険業務で規制が行われておりま す。その規制レベルは国家的なベースとして,国家のベースとして行われているんです けれども,国際的な視点に目を転じれば保険監督者国際機構,IAIS という機関がコア・ プリンシパル,形成を作りながら,なるべく普遍的な規制を今は作り上げているところ なんですね。 そういうふうな状況の中で,もしこれからTPP が協定されて日本の保険にどのよう な影響があるのかと。たとえば今まででしたら外国でよりいい保険商品を購入しようと 思いましたら,取り引きという形ではオンライン,インターネット取引というのは可能 になってきていますから,影響的なサービスの提供は可能であるということ。だから日 本からよりいい保険商品を購入しようとする時に,今は障壁があってなかなかできな い。逆に日本の中で,日本は長いリスクという点ではこれからよりいい商品ができよう としているところですから,そういう商品を,外国に,ネット関係ですが,販売してい くと。そういうところの関係でTPP の協定がどのように影響していくかというところ を学生にも分かりやすくご教授いただけましたらありがたいです。 米谷 ありがとうございます。保険の分野はサービスの問題,特に金融サービスの問題 ということになります。今おっしゃっていたように保険分野はIAIS で国際ルールが作
られるということですが,この金融の世界は貿易と若干異質なところがありまして,か つ財政金融の世界はどこの国でも貿易政策担当部局よりも政治力が強いので,貿易のル ールを自分のところに及ぼすなという方向で交渉される傾向があります。このTPP で も,金融サービスは,金融サービス章ということで特別扱いされていますし,電子商取 引の章のところからも,さっきおっしゃったインターネット上で,オンライン上でやれ るということについても,電子商取引の対象になっていなくて,金融サービスの方で扱 うというようになっております。ただ他方で金融商品の自由化ということについては, 金融サービスの規制の規律が入っていますので,その意味では保険は確か約束をしてい る国としていない国があったと思いますが,約束をしているならば内国民待遇義務の問 題が出てきます。これは業としての差別の問題になるのか,商品の差別が問題になるの かが問題ですが,内国民待遇義務が存在するならば,合理的でない規制をしている場 合,内国民待遇義務違反としてチャレンジされる可能性がありますので,その意味では 規制に対するインパクトはあります。第三分野についてはTPP の規定を正確に確認し ていませんけれども,従来とあまり変わらないようなことができるように合意されてい ると思いますので,そこの点はあまり日本には影響がないかもしれません。 なおこのTPP 等の国際ルールを考える場合は法解釈学的なアプローチだけに自己規 制しないほうがよいような気がします。政府にいたのでこれは感じるところではありま すが,このWTO や TPP のようなルールというのは使うためにあるので,たとえば IAIS のルールにしても,保険会社が政府に働きかけて自分たちが有利になるようにルールを どうやって作っていくのかとか,あるいは国内のルールについても不合理な規制をどう やって撤廃させたらいいのかという意味で使えるものもあるわけです。先ほど申し上げ たTPP のルール,あるいは投資協定を使うということもあるでしょうし,問題があった 場合に仲裁にいくのではなく,交渉のツールとして,差別を是正させるために,WTO のサービスのルールであるとかTPP のルールであるとかに反するので,是正をしても らいたい,是正をしてもらえない時には裁判で争わざるを得ない,その裁判に行く前に 様々な協議等の手続もありますけれども,そういった目的で使えないかといったような 目で見ていただければいいのかなと思います。逆にそのために使えそうなツールがTPP の中にはかなりありますし,あと手続ルールとしても規制調和章などがあるわけですか ら,まず国内で規格を作る時に,外国の会社としては,ルールを作る時に参加させろ と,保険会社の立場で参加させてほしいということもできますし,あるいは政府を通じ て規制調和の中で外国の規制のここがおかしいので取り上げてもらいたい,ということ もできます。これらはルールを直接変えるものではありませんが,ルールをどうやって 作っていくかということについてのルールであり,そういうものが手続法として使える
ということであります。 私の経験上,日本の企業において,そういった点について考えている人はまだあまり いないようです。日本では規制を作るのは政府の仕事で,企業は基本的にできたものを 守るのが仕事だと思われているようです。しかし,このTPP のルールを見ると,ルー ルは作るためにあって,作るための足がかりをTPP が提供しているともいえます。そ うした観点から,ルールの中身も大切ですが,どうやって作っていくか,その作られよ うとしているものにどうやって関わっていくか,ということを考えるツールとしてかな りインパクトがあるような気がします。 司会 ほかにご質問のある方いらっしゃいますか。 質問者 TPP 交渉の過程というのはかなり秘匿されているということなんですが,交渉 が妥結したものについては公開されていると思いますが,情報の公開手続と交渉の関係 について少しお話をしていただければと思います。 米谷 新聞にも出ていますが,この交渉過程については厳しい守秘義務が課されており, 担当者も一切話せないということです。私は,交渉に直接関与してはいないのですが, 政府の中にいた時に何回か相談を受けていますので,経緯等について知っているところ もありますが,これはお話ができないということになっています。ただ,先生がおっ しゃったように,最終的にどういった合意がされて,どういう約束がされたかというの は公表されていまして,日本政府のホームページに載っています。ご存知の通り,今で は全文が公表されております。 この国際交渉において最終的なものだけが公表されるというのは,必ずしも例外的な ことではなくて,条約交渉というのは妥協の産物なので,必ずしも経過が全部出てくる というわけではないと思います。ただどこまで出すかというのはこれは国によって方針 が違っていて,たとえば今アメリカとEU の間で交渉している TTIP という自由貿易協 定がありますが,それはかなりEU の方でいわゆる市民社会との関係を重視するとか, あるいはEU 議会は情報公開にセンシティブであるということからいろいろな情報が表 に出てきます。他方アメリカの方は完全にはオープンになっていません。ただいろんな 形で,ウィキリークスとかそういったところで何となく出てくるものはあります。知財 章などは正式には公表されていなかったはずですが,案文の段階でネット上に出ていた ということはあります。ただ正式には,アメリカでも,情報公開,一般的には情報公開 には熱心なんですが,外交交渉についてはそうでない場合があって,このTPP に関し
ては一般的な公開はしていません。ただ民主主義の観点からは議会には一部,話はして いたと思います。どこまで国内でやるかということについては,それぞれの国のポリシ ーの問題でありまして,日本では比較的この分野については厳格に秘密主義が採用され ていたということが言えようかと思いますが,最終的な成果物については全て出ている ということですので,その点で公開という問題はクリアしているという整理なのだと思 います。 司会 どうもありがとうございます。他に質問のある方はいらっしゃいますか。 米谷 特に今お話ししたことではなくても,国際機関で働くとはどういうことかとか, それ以外の一般的な事で国際経済法とか,あるいは国際機関で働くことの意義ですと か,そういった一般的な質問でもかまいません。せっかくの機会ですので。 質問者 貴重なお話をありがとうございました。先生の経歴で国際機関で法律家として 働いていたとおっしゃられていたと思うんですけれども,具体的にどういった事をお仕 事としてやられていたかとか,どんな課題があったとか,教えてもらえればありがたい です。 米谷 ありがとうございます。WTO の法律部で,私は 年から 年まで 年間 働いていました。これはジュネーブにある国際機関ですが,スタッフ 人くらいのわ りあい小さい国際機関です。その法律部で法務官として仕事をしていまして,この法務 官の仕事は,先ほど言った紛争処理手続の一審のパネル段階で,そのパネルのアシスト をするということでした。このパネルは一種の裁判官ですが,アドホックに選ばれます。 この裁判官の言わば調査官的なことを仕事としていました。たとえば争われている事件 に関連する先例はこうなっていますとか,あるいは事実問題はこういうふうに整理して はどうかとかのアシストをするわけです。パネルとディスカッションして場合によって は判決に当たる報告書の下書きを指示されるとか,といったようなことが全体の仕事の 割くらいでしょうか。そのほか,WTO に関しては途上国政府において先例の発展な どが十分に知られていないことも多いので,あるいは紛争手続をどうやって使うかとい う点での経験が必ずしも十分でないため,そうした点の技術協力といった仕事が残りの 割くらいの仕事だったと思います。ワーキングランゲージは英語ですので,英語で書 いて話をすることになります。英語は使えないと仕事にならないのですが,それは努力 すれば何とかなるように思います。ネイティブではない人もたくさん職員になっていま
す。ネイティブでないわけですからもちろん苦労もしますが,そこは努力で何とかなる と思いますし,実際世界中からWTO は非常に人気があって世界中から若い人が応募し ていますので,皆さんも関心があればチャレンジしてみていただければと思います。 私自身はあまり国際機関で働くのに向いていないように思いましたが,外国人と一緒 に仕事をするということ自体に抵抗があるかないかというのが非常に大きいと思いま す。国際機関職員はバックグラウンドが違う人ばかりなので,オフィスを出て他の職員 と積極的にいろいろ話をして,この人はどんな人なんだろうなということを,まあ言っ てみればゴシップを集めて歩くようなことをしないといつの間にかひとりぼっちになっ てしまうというところがあります。そういう関わり方ができる人であれば,それはチャ レンジすればいいと思いますし,政策形成に関わることができるわけですからそういう 意味で非常に面白い仕事だったと思います。その後もそこにいる人たちと,今も引き続 きWTO 関連の仕事をしていますし,昔の同僚たちと仕事をするということもしょっ ちゅうあります。世界が広がると言うといささか大げさですけれども,今は国際経済法 が,たとえばTPP もそうですし,先ほど先生から IAIS の話も出ましたが,どの分野で も国際ルールが必ず存在して,その国際ルールの下に国内法やルールがあり,しかし逆 に国内ルールから国際ルールに提案がされ国際ルールの改善が図られていく,というの が現在の世界の法の現状だと思います。そういった意味で国内だけにいても分からない ことがたくさんあるので,国際機関その他さまざまな所に行ってそのダイナミックなイ ンタラクションを経験してくるのは非常に面白いし,大事なことではないかなと思って おります。 司会 ありがとうございました。いろいろとご議論があると思いますが,時間になって しまいましたので今日の講演会はこれで終了といたします。ご質問がある方は個人的に 質問して下さい。それではお疲れ様でした。 (こめたに・かずもち 法政大学法科大学院教授) 【編集注】 本稿は平成 年 月 日に行われた香川大学法学会講演会の記録である。