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p.14 p.14 p.17 1 p レッテル貼り文 2015: PC 20 p : PC 4

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18 1 はじめに  「ばか者!」「恥知らず!」「嘘つき!」などは日常よく見かける文注 1であるが、先行 研究においてそれほど主題的に取り上げられてきたわけではない。浜田麻里(1988)は、 これらを「悪口」という言語行動と捉え、日本語と中国語の「罵り」の違いについて考 察している。しかし、「ばか者!」などの表現を文として位置づけ、文法的な機能や構 造について明らかにしようとしているわけではない。  泉子・K・メイナード(2000)には「ばか者!」などの文の機能について言及がある。 次の例文 1-2 下線部「バカモノ」「姉ちゃん」を「呼びかけ」あるいは「呼びかけ表現」 と呼び、「多かれ少なかれ本来の呼びかける機能を果たしている例」(p.163)とし、両者 を同じ機能を担うものと捉えている。 1 〈無事なら/無事と/言わんか/バカモノ〉(メイナード 2000: 161) 2 〈姉ちゃん/皮膚の張り替え/安うしとくでぇ〉(メイナード 2000: 161) しかし、例文 1「バカモノ」と例文 2「姉ちゃん」が担う機能は同じであるとは考えら

笹 井   香

キーワード:レッテル貼り文、表出文、レッテルを貼る、発話行為、悪態をつく 要  旨  「ばか者!」「恥知らず!」「嘘つき!」などの文は、先行研究において文として適 切に位置づけられてきたとは言いがたい。本稿では、これらの文が、同じく体言を骨 子とする文である感動文や呼び掛け文などとは異なる形式や機能をもつことを明らか にし、これらを新たに「レッテル貼り文」と位置づけることを試みた。レッテル貼り 文は「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を示す要素」という構造をもつ名詞 (=レッテル)から成り立つ体言骨子の文で、対象への価値評価にともなう怒りや呆 れ、嘲り、蔑み、嫌悪、侮蔑などの情意を表出することを専らとする文、即ち悪態を つく文である。このような文は、その言語場において話し手が対象に下した価値評価 が名詞の形式(=レッテル)で表され、文が構成されていると考えられる。このよう な文を発話することによって、対象に下した価値評価、即ちレッテルを貼り付けてい るのである。

レッテル貼り文という文

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れない。例文 2「姉ちゃん」は笹井香(2015)において「呼び掛け文」と位置づける文 である。「呼び掛け文」は「呼格体言による文」(p.14)であり、「呼び掛けた対象に働き かけ、注意を喚起する」(p.14)機能をもつ。したがって、「呼び掛け文として運用され る名詞は呼び掛けた対象の注意を喚起しうるものでなければならず、それが発話される 言語場においては、話し手から見た関係性において、特定の個人を指示することができ るという特徴を持っている」(p.17)のである。しかし、例文 1「バカモノ」のような文 は「話し手から見た関係性において、特定の個人を指示する」(p.17)ものではない。し たがって、例文 1「バカモノ」という発話で、その言語場において、ある特定の個人を 指定することができず、例文 2「姉ちゃん」のように呼び掛けの機能を果たしていると は考えられない。そもそも、「姉ちゃん」はその人に会った時にいきなり「姉ちゃん」 と呼び掛けることができるが、「バカモノ」はいきなり「バカモノ」と言って呼び掛け ることができない。  そこで、本稿では「ばか者!」「恥知らず!」「嘘つき!」などを新たに「レッテル貼 り文」として位置づけることを試みる注 2。レッテル貼り文は体言を骨子とする文である が、同じく体言を骨子とする文としては、感動文や呼び掛け文などがある注 3。しかし、 レッテル貼り文は、感動文や呼び掛け文とは異なる機能をもち、それに対応してレッテ ル貼り文固有の形式的特徴をもっている。そこで、本稿は、レッテル貼り文を呼び掛け 文、感動文にならぶ文の類型として考えようとする。 2 レッテル貼り文  前節で述べたように、呼び掛け文として運用される名詞は「それが発話される言語場 においては、話し手から見た関係性において特定の個人を指示することができるという 特徴」(笹井 2015: 17)をもつ。これによって、呼び掛けた話し手は、呼び掛ける対象(= 聞き手)の注意を喚起するのである。しかし、「ばか者」は「ばか」という属性の人全 般を指し、特定の個人を指定しているわけではない。したがって、例文 3注 4「ばか者!」 は呼び掛け文として機能しない。 3 (部下が仕事中にもかかわらず PC で遊んでいるのを見つけて)少佐「仕事のふりし て遊ぶな ばか者!」『愛』20 巻 p.40(笹井 2015: 21 の例文 28 に相当) 「ばか者!」は、呼び掛け文のように特定の個人を指定しているわけではなく、その言 語場において話し手が部下に下した価値評価そのものだと考えられる。ただし、「ばか 者!」と発話されるためには「ばか者」と価値的な評価をされる根拠が必要である。例 文 3 においては、部下が仕事中にもかかわらず PC で遊んでいることが「ばか者」とい う価値的な評価の根拠なのである。同様に、例文 4「恥知らず!」においても、「恥知 らず」は特定の個人を指定しているわけではなく、話し手がその言語場においてドン・ ペドロに下した価値評価そのものである。このとき、「恥知らず」と価値的な評価をさ

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れる根拠は、側室として献身的に仕えてきた話し手を差し置いて、王が目新しい女性と 結婚しようとしていることである。 4 (王の側室として献身的に仕えてきたマリアとではなく、出会ったばかりの女性と結 婚すると言う王に対して)マリア「私は……私は……/情けのうございます ──!」ドン・ペドロ(=王)「マリア お前/どうかしているぞ」マリア「ど うかしているのはあなたですわ!/恥知らず!」『城』1 巻 p.193  このように、「ばか者!」「恥知らず!」のような文においては、話し手が対象に下し た価値評価である「ばか者」「恥知らず」がそのまま文として運用されているのである。 また、これらの文の形式上の特徴として、なんらかの性質、特徴、属性をもっている人 や物を指示する名詞から文が成り立っていることが挙げられる(これについては 3 節で詳 述する)。これらのことには意味がある。それは、話し手が対象に下した価値評価が名 詞という形式に表され、文が構成されていると考えられるからである。つまり、「ばか 者!」「恥知らず!」と発話することで、その言語場における価値評価を対象に下して いるのであり、即ち、これらを発話することがいわゆる「レッテルを貼る」という行為 そのものなのである。したがって、「ばか者!」「恥知らず!」は発話行為自体の意味(= レッテルを貼る)が文の意味として前面に出てくる文だと言えるだろう。そこで、この ような「ばか者!」「恥知らず!」などの文を「レッテル貼り文」と呼ぶことにする。 また、レッテル貼り文の形式には「このばか者!」のように「この」「あの」などを文 の形式に含む例が観察されるが(これについては 3 − 4 節で述べる)、話し手が対象に下 した価値評価である名詞「ばか者」にあたる部分を「レッテル」と呼ぶこととする。な お、レッテル貼り文により貼り付けられるレッテルは、あくまでその言語場限りのレッ テルであり、あだ名や別名としてその人を指示するわけではない。  いわゆる一般的に「レッテルを貼る」という行為は、レッテル貼り文で「ばか者!」 と発する以外にも、「お前はばか者だ!」と発言することでも行うことができる。しか し、レッテル貼り文「ばか者!」はそのような叙述をしておらず、したがって叙述文の 省略ではない。それは例文 3「ばか者!」を例文 3'「*ばか者だ!」に置きかえられな いことから分かるだろう。レッテル貼り文は、「不完全叙述」(芳賀綏 1978: 98)の述語 ではないのである。 3 「仕事のふりして遊ぶな  ばか者!」(再掲) 3' 「仕事のふりして遊ぶな *ばか者だ!」 このように、レッテル貼り文は、叙述文のように叙述をすることによって、レッテルの 内容を聞き手に伝えているのではなく、「レッテルを貼る」という行為、即ち、「ばか 者!」と発話することそのことによって、レッテルを貼り付ける対象とレッテル「ばか 者」とを結びつけているのである。  また、ひとりごとで発話されている例文 5「くそぼーず  っ」が観察されるように、

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レッテル貼り文は対象が言語場に存在することを前提しない。例文 3-4「ばか者!」「恥 知らず!」のようにレッテルを貼り付ける対象が言語場に存在していたとしても、その 対象を聞き手として情報を伝達しているのではなく、感動文のような表出文の一種とし て話し手の一方的な情意を表出しているのである注 5 5 (参観日に小学生の息子の机からプリントを発見した時の母親のひとりごと。息子は 言語場にいない。)「これっ今日の授業参観の連絡じゃないっっ/もらってない なんて言いやがって   くそぼーず  っ」『ママ』p.371 このように、レッテル貼り文は、悪態をつくときに用いられ、話し手の対象への価値評 価にともなう怒りや呆れ、嘲り、蔑み、嫌悪、侮蔑などといった情意を表出しているの である。即ち、本稿で「レッテルを貼る(貼り付ける)」とは、聞き手4 4 4 に対する働き掛け4 4 4 4 なのではなく、対象4 4 に対する価値評価にともなう上述の情意の表出4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 のことなのである。 3 レッテル貼り文の形式 3 - 1 一語に収斂しようとするレッテルの形式  前節で述べたように、レッテル貼り文のレッテルは、その言語場において話し手が対 象たる人物に下した価値評価が名詞に表されたものである。したがって、レッテルの形 式は、例文 6-14 が示すように、その言語場に即した何らかの性質、特徴、属性をもっ ている人や物を指示する名詞である。例えば、例文 6「親不孝者!」は、母親の意に反 して進学を希望する息子(=対象)に対して、母親(=話し手)が下した価値評価が「親 不孝者」という名詞で表され、レッテルとして貼り付けられているのである。 6 息子「ぼ…僕も上山やめて進学したいナ」母「ナンてこと言うの このコは! 親不孝者‼/いけません!東京の大学なんていけません‼(後略)」『ファ』2 巻 p.141 7 (豊饒の女神を殺した月読命に向かって)天照大御神「愚か者‼豊饒の女神を惨殺 するとは/どれほどの損失かそなたには解っているのですか」『月』p.185 8 少佐「こんな重要な事をなんで報告せんかった‼」部下「少佐がお疲れのよう でしたので…」少佐「おれの年のせいにするか 無礼者!」『愛』19 巻 p.28 9 日本人の責任者「この事件が本社に知れたらぼくの出世が危うくなる/どうか この件は内密に…」少佐「てめーの出世なんぞおれの知った事か!/それより 社会的責任を考えろ ばかやろう!」『愛』20 巻 p.180 10 (伯爵の供述が、部下が調べた内容と異なっていたので、伯爵に向かって)少佐「大 うそつき野郎──!/なにがベートーベンだ !! でたらめばかりいいやがって ──!」伯爵「な…なんだって⁉」『愛』16 巻 p.189 11 (ドイツ人少佐とロシア人諜報部員が結託しているのを目の前で見て、ドイツ人少佐 に向かって)ドイツ人の老人「お前はドイツ人のくせにロシア人に従うのか 

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非国民──っ」『愛』25 巻 p.171 12 (部屋に閉じ込められて)伯爵「少佐  っ/そこにいるんだろ  っ/ここか ら出してくれ  っ/素直に尋問をうけるよ  っ」少佐「本当か/耐久時間 71秒/思ったより早かったな」伯爵「サディスト!」『愛』16 巻 p.146 13 (街の人たちを説得することができなかったことを報告する部下に向かって)ドン・ ペドロ「役立たず/私が直接話す/街の代表者を呼べ」『城』11 巻 p.56 14 (きちんと就職しようとしない陽平を心配して)真朱「ヨーヘーくんよ!本気で生 活してんの?」陽平「本気本気/本気だよ/いや…/冗談サ」真朱(心内語: 何よ 何よ バカ バカ バカ へそ曲がり!)『ファ』5 巻 pp.119-120  これらの例から、レッテルは「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を示す要素」 の構造をもっていることが分かる注 6。これには、例文 6-10 のような「性質、特徴、属 性などを示す要素(「親不孝」「愚か」「無礼」「ばか」「大うそつき」)」と「人や物を示す要 素(「者」「やろう(野郎)」)」とが分かれている分析的な例と、例文 11-14「非国民」「サディ スト」「役立たず」「へそ曲がり」のような、「性質、特徴、属性などを示す要素」と「人 や物を示す要素」に形式上分けることはできないが「(国民としての本分を守らない) (人)」「(残虐なことを好む)(人)」など何らかの性質、特徴、属性などをもつ人を指示 する一体的な例の二つがある。しかし、いずれの場合も「性質、特徴、属性などを示す 要素+人や物を示す要素」の構造をもつことには違いがない。  ここで重要なのは、例文 6-10 のような「性質、特徴、属性などを示す要素」と「人 や物を示す要素」とが形式上別々になっている名詞がレッテルである場合でも、「性質、 特徴、属性などを示す要素」を担う形式が連体形をとって「親不孝な/者」「愚かな/者」 のように二語以上に分かれたレッテルが観察されることはない、ということである。 レッテルの形式において、例文 6-10 のように「性質、特徴、属性などを示す要素」を 担う形式が存在する場合は、複合的な名詞を構成する要素としての形態がとられてお り、レッテル全体が名詞一語であることが保たれているのである。レッテル貼り文は レッテル部分が二語以上に分かれることを許さず、一語に収斂しようとしていると考え られる。それは、次の例文 15「バカキヨシ」に端的に示されている。レッテルとして 運用する名詞自体を、話し手が固有名詞を利用して作ったものだが、「バカなキヨシ」 ではなく「バカキヨシ」という臨時的な一語の複合名詞で造られているのである。「バ カキヨシ」が一語化していることは、個々の語がもつアクセント「バカ」「キヨシ」で はなく「バカキヨシ」となっていることにも現れている。 15 父「こ…/このヤロ  !/バカって言った方がバカなんだよ」キヨシ「バカ みたいなこと言うな── バカー!」父「バカキヨシ」『ミホ』pp.274-275 例文 16-17 の「アドリブ人間」「陰湿はげ」も話し手によってその場限りで臨時的に造 られたレッテルだが、全体で一語の名詞となっている。

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16 (陽平が仕事を辞めてパチプロになると言うので)真朱「それってあたしをから かってんの バカにしてんの?/ナメてんの?このアドリブ人間」陽平「いや いや マジメにパチプロしてんのよ」『ファ』5 巻 pp.191-192 17 (「例のロシア人」もペッツもはげている)少佐「ペッツさん/例のロシア人に関し ては見解の相違があるようですね」ペッツ「はげの話をぼくにするのかい?/ だから君が嫌いなんだよ」少佐(心内語:おれもだ 陰湿はげ)『愛』26 巻 p.175  また、例文 18-19「ブタ」「ラッキョーッ!」「健忘症!」のように、対象の特徴を比 喩的に表す名詞がレッテルである用例も観察される。「ブタ」「ラッキョー」は動物や植 物を表す名詞だが、人に対して用いられると「(太っている)(人)」「(いくら剥いても 中味がなくて空っぽな)(人)」を意味する。「健忘症」は症候を指す名詞だが、その症 候がない人に対して用いられると「(よく物忘れをする)(人)」を意味するのである。 つまり、これらの場合にあっては「性質、特徴、属性などを示す要素」と「人や物を示 す要素」が比喩を介して一語的に実現されている例と言えよう。 18 (幼い姉妹の喧嘩)ユーコ「ブタ」サーコ「ラッキョーッ!」『ギン』6 巻 p.34 19 少佐「なんでこんな大事な事を今まで忘れとった!」伯爵「君に会った時頭が 空白になって……」少佐「おれのせいにするか 健忘症!」『愛デ』p.231 3 - 2 「NP1の NP2」の形式をとるレッテル  前節で述べたようにレッテルは一語に収斂しようとする特徴をもつが、一つのレッテ ルが二語からなり「NP1の NP2」の形式をとっているレッテルも、用例は少ないが観察 される。そのようなレッテル貼り文は、例文 20-22 のような場合と、例文 23-24 のよう な場合に限り観察される。  例文 20-22「男の敵!」「任務の権化!」「社会人の寄生虫!」は、NP2だけではどの ような性質、特徴、属性をもっている人であるのかを示すことができないため、 「NP1の NP2」の形式をとることで意味的に充足し、レッテルとして機能しているもの である。例文 20-22 の NP2「敵」「権化」「寄生虫」は、それだけでは具体的に何の敵で あり、何の権化であり、何の寄生虫であるのかが示されず意味的に充足していない。こ のような名詞は西山佑司(2003)において「非飽和名詞」と呼ばれる。非飽和名詞は「か ならず『X の』というパラメーターを要求し、パラメーターの値が定まらないかぎり、 意味として完結しない」(p.33)。そのため、NP2の性質上、NP1で意味を充足する必要 がある。つまり、話し手の対象に対するその言語場における価値評価をレッテルとして 貼り付けるのがレッテル貼り文だが、NP2だけでは話し手が対象に下した価値評価を十 分に示すことができず、レッテルとして機能しない。このような場合に、「*男敵」「*任 務権化」「*社会人寄生虫」のような複合名詞を臨時的に作らずに NP1と NP2を「の」 で結合し、その形式が一語に収斂しなかったのが例文 20-22「男の敵!」「任務の権化!」

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「社会人の寄生虫!」である。このように、非飽和名詞がレッテルを構成する要素とな る場合、一語に収斂せず「NP1の NP2」の形式をとるレッテルが観察されるのである注 7。 20 (女装して恋敵に喚く)伯爵「しっかりお困りになるといいわ/あたくしが夫の 不倫でどれほど苦しんだかご存じないでしょうから/あたくしあなたみたいな 女だーいきらいっっ‼/男の敵!許さなくてよ──っ」『愛』16 巻 pp.175-176 21 少佐「泥棒のくせに他人の仕事に口出すな!」伯爵(心内語:頑固者 トーヘ ンボク 組織人間 任務の権化!)『愛』24 巻 p.32 22 (電車の中で学生と揉めて)真朱(心内語:学生なんてサイテー ナニさ ビン ボー人 社会人の寄生虫!)『ファ』2 巻 p.309  次の例文 23-24「役立たずのベビーシッター!」「お人好しのお姫さまっ」も、一つ のレッテルが「NP1の NP2」という形式をとるレッテル貼り文である。この場合、上述 の非飽和名詞がレッテルを構成する要素となる場合と異なり、NP1には「役立たず」「お 人好し」のようなそれだけでレッテルとして通用する名詞が観察され、NP2には「ベビー シッター」「お姫さま」など対象の職業や地位を意味する名詞が観察される。 23 ベビーシッター「あの……お母さま……」母親「おだまり!役立たずのベビー シッター!/わたしの留守になんてことしてくれたの」『ギン』2 巻 p.91 24 (お姫様が危険を顧みず人助けをしてトラブルに巻き込まれているのを見かけて、ひ とりごと)旅商人のハサン「うげーっ たっ大変なことになっちまったぜ/だ から言わんこっちゃねえ∼っ お人好しのお姫さまっ」『王家』p.12 「役立たず」「お人好し」だけでレッテル貼り文として成立するにも関わらず、敢えて「ベ ビーシッター」「お姫さま」を含む「NP1の NP2」の形式を取っていることには意味が ある。例文 23-24 のレッテル「役立たずのベビーシッター」「お人好しのお姫さま」は、 レッテル「役立たず」「お人好し」が表す価値評価に加えて、それぞれの職業や地位に 対する一般的なイメージ(べビーシッターは役に立つ、お姫さまは尊大傲岸である)から外 れているという価値評価をも含意するレッテルになっており、「ベビーシッターなのに4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 役立たず」「お姫さまなのに4 4 4 4 4 4 4 お人好し」という価値評価を表している。  3 − 1 節で述べたとおり、レッテルは「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を 示す要素」という構造をもつが、例文 23-24 のレッテルの形式「NP1の NP2」における NP2は、NP1が充足するレッテルの構造「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を 示す要素」のうち「人や物を示す要素」を具体的に表して顕在化し、強調したものだと 考えられる。例文 23 であれば、NP1「役立たず」が充足しているレッテルの構造のう ち「人や物を示す要素」を具体的に NP2「ベビーシッター」として顕示する。これによ り、NP2「ベビーシッター」が強調され、一般的なベビーシッターのイメージから外れ ているという価値評価を含意できるのである。このように「NP1の NP2」の形式をとる ことで、NP1だけでは示せない価値評価をも含意するレッテルとなると考えられる。

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3 - 3 二つ以上のレッテルが羅列されているレッテル貼り文  例文 25-27 に挙げるのは、レッテル貼り文のレッテルとして単独で用いることのでき る複数のレッテルが羅列されているものである。一つのレッテルが二語以上に分かれて いるのではなく、レッテルが二つ以上あるタイプである注 8。例文 25「変態野郎のくそっ たれ.」であれば、「変態野郎」「くそったれ」はそれぞれが一つのレッテルであり、こ れらのレッテルが「NP1の NPn」の形式で羅列されているのである。 25 (メールの文章)てめーが盗んだ絵を直ちに返せ.「仔熊のミーシャ」も怒り狂っ とる.変態野郎のくそったれ.腐った根性でおれの任務の邪魔すると血だるま になるぞ!『愛』24 巻 p.122 26 マリア(※マリアは太めの体型)「私みたいな鑑別帰りのスレた女でもいいの …?」みっちゃん「オレなんか年少 2 回のスレスレ男だぜ…」(中略)(マリア とみっちゃんは二人で仲良くその場を去り、キヨシとたろちゃんは残される。)キヨ シ「みっちゃん…」たろちゃん「デブ好きの変態」『ミホ』p.30 27 女性 1「ばかみたい なにつけたって/サイズが問題よ おペチャ」女性 2「な によ 脳なしのデカパイ」『タイム』p.210 3 - 4 対象を明示する形式を含むレッテル貼り文  例文 28-30 のように、レッテルを貼り付ける対象である人を直示的に示す形式である 「この」「あの」がレッテル貼り文の形式に含まれる「この NP」「あの NP」や、例文 31-32のように対象を示す呼称「ママ」「たま子」「おばーちゃん」がレッテル貼り文の 形式に含まれる「NP0の NP」などの形式も汎く観察される。この時「対象 4 4 (「あの」「こ の」「NP0」)=レッテル 4 4 4 4 4 (NP)」という意味構造をもっている。なお、レッテルのみのレッ テル貼り文が観察されることから、例文 28-32 のようにレッテルを貼り付ける対象を明 示することは、レッテル貼り文の形式として必須ではない。 28 (ケーキ作りに失敗して)娘「いーよもう やっぱどっかで買ってく!その方が まだかっこ悪くな…」(母は娘を叩く)娘「いった∼‼」母「いい加減になさ い この見栄っ張り‼ほら早く 冷蔵庫から卵出して‼」『フラワー』p.142 29 (慎と久美子は、藤山先生のストーカーが藤山先生に結婚を迫っているのを離れた場 所から見ている)慎「あいつ……強引に入籍しようとしてる……」久美子「あ んのォビョーキ野郎ォ/許せねえ‼ぶち破るぞっ‼」『極』8 巻 p.135 30 (言語場にいるのは三浦の汚いやり方についての情報提供者と久美子のみ。言語場に 三浦はいない。)久美子「あんの三浦の変態ヤローっ‼汚ねー手使いやがって‼ /許せねェっ!!!」『極』9 巻 p.27 31 母「さっさとしなさい!/まだ時間割そろえてないの?/あーあ ちらかしっ ぱなし!」娘「あーあっ 朝からうるさいと一日ヤル気失せるよ!/ママのガ

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ミガミババー!」母「なんですってーっ」『ギン』7 巻 p.147 32 祖母「たま子のでぶっ」孫(=たま子)「おばーちゃんのばかっ」祖母「それし か言えまいっ/たま子のハナぺちゃ(後略)」『ママ』p.97 4 レッテル貼り文と言語場 4 - 1 対象である人を明示する形式と言語場  レッテル貼り文が観察される言語場は、レッテルを貼り付ける対象が言語場にいる場 合と、いない場合とに整理できる。  対象が言語場にいる場合、レッテルを貼り付ける対象である人を明示する形式には、 3− 4 節の例文 28、31-32「この見栄っ張り‼」「ママのガミガミババー」「たま子ので ぶっ」「おばーちゃんのばかっ」など、「この」と「対象を示す呼称+の」が観察される。 一方、対象が言語場にいない場合は、3 − 4 節の例文 29-30「あんのォビョーキ野郎ォ」「あ んの三浦の変態ヤローっ‼」や例文 33「先輩のバカ……」など、「あの」と「対象を示 す呼称+の」が観察される注 9 33 (先輩のことを考えて、ひとりごと)のだめ「先輩のバカ……/全部……仕方な いことじゃないデスか」『のだめ』p.22 「対象を示す呼称+の」は対象が言語場にいるいないに関わらず用いられているが、「こ の」は対象が言語場にいる場合に、「あの」は対象が言語場にいない場合に用いられて いる。「この」と「あの」はレッテルを貼り付ける対象がその言語場にいるかいないか で使い分けられているのである。 4 - 2 レッテル貼り文に観察されない「その」  ここまでに見てきたように、レッテル貼り文において、レッテルを貼り付ける対象で ある人を明示する形式は「あの」「この」「対象を示す呼称+の」に限られており、「その」 によって対象を明示する用例は観察されない。これとは対蹠的に、呼び掛け文において は「その」「そこの」などソ系注 10の指示詞を用いる用例は観察されるが、「あの」「この」 などのア・コ系の指示詞を用いる用例は観察されない(笹井 2015: 18-19)。これはレッテ ル貼り文が呼び掛け文の一類ではないことを端的に示すものである。ソ系の指示詞の使 用が聞き手の存在に関わることについては古くから指摘されることだが、例えば堀口和 吉(1978a: 33)が以下のように指摘している。 中称ソは、対話の場において、話し手が聞き手の存在を顧慮して自己抑制するとこ ろから生れ、そして発展したのかもしれない。対話の場ではソが多用されるのであ るが、そこでは、眼前の聞き手への遠慮として、話し手に自己の関わり強いとする 領域を自ら狭める働きが生じ、ソと指示する場合が多いのであろう。聞き手という 自己を規制する外の存在がない独白などの場では、安んじてコ・アと対象を指示し、

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あえて自ら抑制をする場合にのみソが登場するのである。幼児の言葉にはソ系の語 が用いられない、という佐久間鼎の指摘(② p.26)注 11がある。聞き手の存在を顧慮 するという社会性が未発達のために、幼児は自己抑制を知らず、現場指示にあって、 ただ自己の知覚する近・遠の差によるコ・アだけで事物を指示するのであろう。 これと同様の指摘は堀口和吉(1978b: 140)においてもなされており、吉本啓(1992: 111) は堀口(1978b)を引きつつ次のように述べる。 堀口(1978: 140)の指摘しているようにソの使用自体は聞き手の存在を前提とする。 これは、独り言ではソが使われないからである。 注意喚起を主たる機能とする呼び掛け文は、対象が聞き手であることを前提として発話 される(笹井 2015: 17)。したがって、呼び掛け文には「その」「そこの」などソ系の指 示詞を用いる用例が観察される。一方、レッテル貼り文においては、対象が聞き手とし て認定されないため「その」が観察されないのである。  また、レッテル貼り文が呼び掛け文の一類ではないことは、対象が言語場にいない場 合に用例が観察されることにも示される。対象が言語場にいなくても用例が観察される のは、レッテル貼り文が「呼び掛けた対象に働きかけ、注意を喚起する」(笹井 2015: 14)機能を担っていないからである注 12 5 レッテル貼り文に語用論上生じる対象を攻撃する働き  2 節、3 節で述べたように、レッテルはある言語場における対象への価値評価そのも のであり、その言語場における対象の言動(或いは、話題にされている言動)に即した意 味をもつ。例えば、3 − 4 節の例文 28 のレッテル「見栄っ張り」は、格好悪い思いを したくないという娘(=対象)に対して母親(=話し手)がその場で下した価値評価で ある。ところが、その言語場における4 4 4 4 4 4 4 4 4 対象への価値評価がレッテルとなっているとは言 いがたい例文 34「たま子のでぶっ」「たま子のハナぺちゃ さがり眉 かぼちゃ頭 べ んぴっ くいしんぼっ」のような例が観察される。これらは身体的特徴や体質などを示 す名詞がレッテルになっており、言語場における対象(=孫)の行為(素直に言うことを 聞かず反抗してくる)とは直接関係がない。対象の欠点であり蔑まれるべき属性だ、と 話し手が価値評価している特徴がレッテルとなっているのである。 34 孫(=たま子)「おばーちゃんのばかっ」祖母「たま子のでぶっ」孫「おばーちゃ んのばかっ」祖母「それしか言えまいっ/たま子のハナぺちゃ さがり眉 か ぼちゃ頭 べんぴっ くいしんぼっ」『ママ』p.97(例文 32 増補再掲)  このとき、話し手は、対象に面と向かってレッテル貼り文を発話することによって語4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 用論上生じる4 4 4 4 4 4○、対象を攻撃する働き4 4 4 4 4 4 4 4 4 4を意図的に機能させていると考えられる注 13。2 節 で述べたとおり、レッテル貼り文を運用することは、その言語場に即して下した価値評 価を「レッテル」として発話することで対象に「レッテルを貼る」という発話行為なの

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であるが、そもそもレッテル貼り文のレッテル全般は卑罵的な意味をもっており、対象 の前で発話することは一般的には大変憚られる。にも関わらず、対象を目の前にして、 話し手の情意を表出させレッテル貼り文を発話すれば、対象への攻撃になりうるのであ る。例文 34 下線部はレッテル貼り文のこのような語用論上生じる働きを利用したもの で、対象を罵り攻撃すること自体を目的としているため、言語場における対象の行為と は直接的には関わらなくても、対象にとって卑罵的な意味をもつ名詞がレッテルであれ ば何でもよい。そのため、その言語場に即して下した価値評価ではなく、蔑まれるべき 属性だと話し手が価値評価を下す特徴を示す名詞「でぶ」「ハナぺちゃ」「さがり眉」な どがレッテルとなっているのである。  なお、レッテル貼り文が対象への攻撃として働くのは、あくまで語用論上生じる機能 なので、対象が言語場にいる場合の発話に限られる。したがって、対象がいない言語場 においては攻撃として機能しない。 6 相手をほめあげる機能をもつ体言を骨子とする文  レッテル貼り文と似たものとして例文 35-39 下線部「果報ものっ」「マフィアの総大 将──っ」などの文が観察される。これらは相手を賞賛し、ほめあげ、いわゆる「よい しょ」する表現となっている。相手へのからかい、あるいは、皮肉を含んだ表現となっ ていることもあるだろう。レッテル貼り文と同じ形式を備えており、あたかも良い価値 評価を下してそれをレッテルとして対象に貼り付け、ほめあげる機能をもつレッテル貼 り文であるかのようである。しかし、これらはレッテル貼り文ではないと考えられる。 35 (娘の遊び友達は全員男の子であることに気づき、娘に向かって)母「よっ/にくい よ このっ注 14/果報ものっ」『ママ』p.101 36 (マフィアのボスに向かって)ジェイムズ「いよ──っ マフィアの総大将 ──っ/ボスのクルーザー最高っスね!/へっへっへ」『愛』21 巻 p.185 37 (上手に和歌を詠んだ人に向かって)電ボ「和歌の名人 和歌の達人 よっ 和 歌大将∼」『おじゃる丸』 38 (沢田が一人黙々と勉強している姿を見て話しかける)久美子「おお!さすがに沢 田はやってるな!/イヨッ‼一流大学受験生‼」『極』15 巻 p.195 39 (テレビ番組のナレーション。画面には直立するレッサーパンダ風太の映像が流れて いる。風太に嫁と子供ができたことを受けて)「よっ 幸せ者ぉ」『大賞』 例文 35-39 下線部のような文がレッテル貼り文と異なるのは、これらが発話されるとき、 言われた相手はその言語場に聞き手4 4 4 として存在していなければならないということであ る。例文 39「幸せ者ぉ」のような、人ではないものに向けたものでも、レッサーパン ダを聞き手としての発話である。つまり、例文 35-39 のような文は相手に聞かせること を目的として発話されているのである。例文 35-39 波線部「いよっ(イヨッ)」或いは

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「よっ」という呼び掛け文に用いられる感動詞と共に発話されていることからもそのこ とがうかがえる注 15。一方、2 節で述べたように、レッテル貼り文は、発話されるとき 言語場にレッテルを貼り付ける対象が必ずしも存在する必要はなく、また、対象への伝 達を目的とする文でもない。このように、対象が言語場に聞き手として存在する必要が あるかどうかは、文の成立に関わる要件であり、なおかつ、対象への働きかけを文の機 能としてもつかどうかという、文の担う機能にも関わる要件である。したがって、例文 35-39に挙げる文はレッテル貼り文とは異なる文だと考える。これらは表出文の一種と してのレッテル貼り文とは異なり、呼び掛け文の一種だと考えるが注 16、詳細について は稿を改めて述べることとして、ここではこれらの文がレッテル貼り文ではないという ことの指摘にとどめる。  このことから、レッテル貼り文によって対象である人に下される価値評価はネガティ ブな価値評価に限られており、したがってレッテル貼り文は怒りや呆れ、嘲り、蔑み、 侮蔑、嫌悪などの情意を表出することを専らとする文と言えるだろう。 7 体言を骨子とする文の機能と形式  現代語の表出文としてはレッテル貼り文の他に感動文が挙げられるだろう。感動文も レッテル貼り文も体言を骨子とする文だが、それぞれの文の機能は異なっており、その 機能に相応した形式を備えている。  笹井香(2005, 2006)では、感動文は話し手の情意を表出することを専らとする文であ ることや、感動文に表出される話し手の情意とは事態のもつ「程度の甚だしさ」に対す る感動であり、感動文は「程度の甚だしさ」を本質的な意味としてもっていることなど を指摘した。レッテル貼り文もまた話し手の対象に対する怒りや呆れ、嘲り、蔑み、嫌 悪、侮蔑などの情意を表出するが、感動文とは異なり「程度の甚だしさ」とは関わらな い。それは例文 40-41「毒盛り女!」「告げ口屋。」のような例が観察されることに端的 に示される。 40 (王に毒を盛った女を尋問して)衛兵「出まかせをいうな!」女「あなたも気を つけなさいよ ハンサムな騎士様」衛兵「だまれ 毒盛り女!」『城』7 巻 p.17 41 (嘘をついていることを父親にばらされたので、ばらした妹に向かって)「告げ口屋。 あんたなんて大嫌い」『グロテスク』p.246 レッテルである名詞の意味は「毒を盛った女」「いつも告げ口する人」でありそもそも 程度性をもたない。程度性をもたないこれらのレッテルが観察されることから、レッテ ル貼り文が程度性とは関わらず情意を表出することがうかがえる。  ただし、程度性をもたない名詞しかレッテルにならないというわけではない。例文 42「大ばか者!」のような、程度性を含意しているという解釈が可能なレッテルも実際 に観察される。このような名詞がレッテルとなっていてもその程度性は問題ではなく、

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話し手が対象にくだした価値評価が「大ばか者」という名詞で表されていることがレッ テル貼り文の眼目なのである。 42 伯爵「大鼻も嫌いだが Q って男が許せない」少佐「何をいうか 大ばか者! /これ以上首をつっこむとオレにも考えがあるぞ!」『愛』23 巻 p.16  このように、レッテル貼り文の表現は程度に関わらないということ、また、レッテル 貼り文の機能が対象にレッテルを貼り付けることであることは、レッテル貼り文の形式 に密接に関わっている。レッテル貼り文は、何らかの性質、特徴、属性をもっている人 や物を指示する名詞による体言骨子の文であるが、3 − 1 節で述べたように、「*ばかな 者!」「*無礼な者!」とはならず、「ばか者!」「無礼者!」のように性質、特徴、属性 などを示す形式が複合名詞の一つの部分になっている。このようにレッテル貼り文に よって対象に貼り付けられるレッテルが原則的に二語以上に分かれず、複合名詞であっ たとしても形式的に一語で表されることは「対象にレッテルを貼り付ける」というレッ テル貼り文の機能と関わっていると考えられる。レッテル貼り文におけるレッテルは、 対象に貼り付けられるその言語場限りの4 4 4 4 4 4 4 4 「名前」そのものなのである。だからこそ、レッ テルは名詞一語に収斂し、対象に貼り付ける「名前」としてふさわしい形式であろうと している注 17。レッテル貼り文の例文 43「ばか者!」と感動文の例文 44「ばかなやつ」 とを比較すれば、レッテル貼り文も感動文もそれぞれの内実や機能に応じた形式を備え ていることが明らかだろう。 43 少佐「仕事のふりして遊ぶな ばか者!」(例文 3 再掲) 44 伯爵「君と同じ屋根の下で眠れるなんて うれしいな」少佐「きっといい夢を 見るぜ」少佐(心内語:今のうちに調子に乗っておけ ばかなやつ)『愛』16 巻 p.142 このように、感動文もレッテル貼り文も、その表現や機能は文の形式によって支えられ 【表 1】 文の種類 形式 例 機能 レッテル貼 り文 「性質、特徴、属性など を示す要素+人や物を示 す要素」の構造をもつ名 詞。レッテルが一語に収 斂している。 ばか者! 嘘つき! その言語場において対象に下した価値 評価にともなう怒りや呆れ、嘲り、蔑 み、嫌悪、侮蔑などといった話し手の 情意を表出する。レッテル貼り文を発 話することがいわゆる「レッテルを貼 る」という行為そのものである。 呼び掛け文 話し手から見た関係性に おいて特定の個人を指示 することができる名詞 佐藤さん! そこの人! 呼び掛けた対象に働きかけ、注意を喚 起する機能を担う。 感動文 「属性概念を持つ語+体言」の構造をもつ形式。 美しい花! なんと美しい 花だろう! 事態のもつ属性の「程度の甚だしさ」 に対する話し手の感動を表出する。 ※「呼び掛け文」の項目は笹井(2015)に基づいて作成し、「感動文」の項目は笹井(2005, 2006)に基づいて作成した。

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ているのである。  体言を骨子とする文であるレッテル貼り文、感動文、呼び掛け文は、表 1 に示すよ うに、それぞれの文の機能に応じてその形式も異なる特徴を備えているのである注 18 8 おわりに  以上で見てきたレッテル貼り文について、形式という側面から整理すると次のように なる。  の部分がレッテルである。(Ⅰ…レッテルが一つのもの、Ⅱ…複数のレッテ ルが羅列されているもの、A …対象を明示する形式をもたないもの、B …対象を明示す る形式をもつもの、a … NP2が非飽和名詞で NP1の NP2の形式をとるもの、b … NP2 が職業や地位を意味する名詞で NP1の NP2の形式をとるもの)     A  NP ……「ばか者!」「サディスト!」「ブタ!」       NP1の NP2  a ……「男の敵!」  Ⅰ           b ……「役立たずのベビーシッター!」     B この NP /あの NP ……「この見栄っ張り!」「あの変態野郎!」 NP0の NP ……「ママのガミガミババー!」  Ⅱ NP1の NPn ……「変態野郎のくそったれ!」  「くそっ!」「ちくしょう!」なども日常よく使われる。これらはもはや感動詞として 機能していると考えられるが、もとはレッテル貼り文であったものが実質的なレッテル としての意味を失い、話し手の情意のみを表出するようになったものであろう。  なお、体言を骨子とする文には、レッテル貼り文、感動文、呼び掛け文の他にも接尾 語「め」が下接した「佐藤め!」のような文も含まれると考えられるが、このような文 の適切な位置づけは別稿を期したい。 注 1 山田孝雄(1936)は、句を「述體の句」と「喚體の句」に類別する。そして「喚體の句」 は体言を骨子とする「完備句」であることを論じている。また、「山田を承けた森重敏(1965 など)と川端善明(1966 など)は、喚体の文も一つの文であることを強調する」(仁科明 2008: 316)(※上記引用中の「森重敏(1965 など)」とは森重敏(1965)『日本文法─主語 と述語』武蔵野書院、「川端善明(1966 など)」とは川端善明(1966)「文の根拠」『文林』 1神戸松蔭女子学院大学を指す)と述べられるように、山田文法を承けた研究において「喚 體の句」は「文」であると把握される。これらの先行研究を踏まえ、「呼び掛け文」も「レッ テル貼り文」も体言を骨子とする「完備句」であることから、喚体の「文」として扱いたい。 注 2 例文 1「バカモノ」と例文 2「姉ちゃん」は異なる機能をもつ文ではあるが、両者が呼格 体言であることには変わりないと考えている。 注 3 感動文と呼び掛け文の形式と機能について、7 節の表 1 に示している。

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注 4 本稿において漫画から例文を掲出する際、吹出に書かれた台詞を「 」で括る。同一人物 の一連の台詞が複数の吹出に分かれて表記されている場合は「 」内をスラッシュで区切っ て示す。明らかに一文だと分かる文が途中で改行され、一つの吹出内で複数の行に渡って 表記されている場合は、原文の改行を反映せず一続きに例文を表記する。原文の文末に句 点や感嘆符、疑問符などの区切り符号がない場合、全角のスペースで次の文との区切りを 示す。原文のスペースは で示す。心内語は、心内語と断ったうえで( )内に示す。表記、 記号類は原文のとおりに表記する。ただし、ハートマークのような特殊な記号はそれを反 映しない。 注 5 本稿において「表出」とは話し手の何らかの情意の表出を言う。どのような発話におい ても情意の表出をともなうということは言えるだろう。しかし、本稿で「表出文」と呼ぶ のは、笹井香(2006: 17)において「感動文とは、文に示されている情報についての伝達を 目的とはしない、話し手の感動を表出する文だと考える。ただし、話し手の感動を表して さえいれば感動文となるのではなく、文の形式によって表現が支えられていなければ文の 種類としての感動文とは見なせないのである。」と述べた「感動文」のように、文の形式の4 4 4 4 4 支えをもつ4 4 4 4 4 ○4 、話し手の何らかの情意を表出することを専らとする文4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 である。 注 6 レッテル貼り文によりレッテルが貼り付けられる対象は人に限らない。「おんぼろ車!」 「このポンコツ!」など、物がレッテルを貼り付ける対象となる場合もある。 注 7 NP2が「寄生虫」の場合、何に寄生しているのかが文脈や談話の前提から理解できる場 合は NP1がなくても意味が充足されるだろう。しかし、例文 22「社会人の寄生虫!」の場 合は文脈や談話の前提からは何の寄生虫なのかが理解できないため NP1で意味を充足して いると考えられる。 注 8 「能なしの嘘つきのバカ野郎!」のように三つ以上のレッテルの羅列もありえる。 注 9 例文 30「あんの三浦の変態ヤローっ‼」は「あの変態ヤローっ‼」と「三浦の変態ヤローっ ‼」とを合わせた用例だと解釈する。 注 10 「*その学生さん!」とは呼び掛けられないが、「その青い服の学生さん!」であれば呼 び掛け文として機能するため、「その」も含めて「ソ系」とまとめる。 注 11 佐久間鼎(1951)『現代日本語の表現と語法 増補版』厚生閣を指す。 注 12 笹井(2015: 17)で指摘したように、呼び掛け文においても呼び掛ける対象が言語場に いないことはあるが、その場合でも対象が聞き手であることを前提として発話されている。 注 13 対象が言語場にいる場合に発話される全てのレッテル貼り文が、対象である人への攻撃 となるわけではないだろう。話し手が対象を攻撃する意図なく発話することもあるだろう し、また、対象も攻撃と受け止めないこともあるだろう。 注 14 スラッシュで示しているとおり、一連の台詞は「よっ」「にくいよ このっ」「果報ものっ」 のように三つの吹出に分けて表記されている。つまり、「このっ」は指示詞として「果報も の」を指示しているのではなく、感動詞として機能していると考えられる。 注 15 「いよっ」「よっ」は相手の注意を引くだけでなくほめあげの文脈を作り、これらの文が ほめあげの表現であることを補っていると考えられる。 注 16 例文 35-39 のような文と呼び掛け文とでソ系の指示詞が使用される環境は同じである。 注 17 森岡健二・山口仲美(1985: 25-60)に挙げられている「名」の例のうち二語以上からな る名は「実の時」「火の飯」などわずかで、それ以外は全て一語であることから名は一語で 造られることが分かる。

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注 18 笹井(2005: 14-15)で指摘したとおり、「このバカっ!」のような文は、その形式から だけでは感動文ともレッテル貼り文とも判断できず、両方の性質を持ちあわせていると考 えられる。 例文出典 『愛』…青池保子『エロイカより愛をこめて』秋田書店/『愛デ』…青池保子『エロイカより愛 をこめてデラックス版 9 巻』秋田書店/『城』…青池保子『アルカサル─王城─』秋田書店/ 『ファ』…岡野玲子『ファンシィダンス』小学館文庫/『グロテスク』…桐野夏生『グロテスク 上巻』文春文庫/『のだめ』…二ノ宮知子『のだめカンタービレ 19 巻』講談社/『ミホ』…二 ノ宮知子『トレンドの女王ミホ 5 巻』講談社漫画文庫/『王家』…細川智栄子『王家の紋章 54 巻』 秋田書店/『極』…森本梢子『ごくせん』集英社 YOUCOMICS /『ママ』…森本梢子『わた しがママよ決定版』集英社/『月』…山岸涼子『月読』文春文庫ビジュアル版/『タイム』… 山岸涼子『タイムスリップ』文春文庫ビジュアル版/『ギン』…大和和紀『ベビーシッター・ ギン』講談社/『フラワー』…よしながふみ『フラワー・オブ・ライフ 3 巻』新書館/『おじゃ る丸』…『NHK アニメおじゃる丸』第 9 シリーズ第 60 話「もじゃお」初回放送 2006 年 10 月 23日/『大賞』…関西テレビ『平成 20 年間 1 億 3000 万人のがんばった大賞永久保存版‼』 2008年 1 月 7 日放送 引用文献 笹井香(2005)「現代語の感動喚体句の構造と形式」『日本文藝研究』第 57 巻 2 号 関西学院大 学 笹井香(2006)「現代語の感動文の構造──「なんと」型感動文の構造をめぐって──」『日本語の研究』 第 2 巻 1 号 日本語学会 笹井香(2015)「呼び掛け文」『日本文藝研究』第 66 巻 2 号 関西学院大学 仁科明(2008)「人と物と流れる時と──喚体的名詞一語文をめぐって──」『成蹊大学アジア太平洋 研究センター叢書 ことばのダイナミズム』くろしお出版 西山佑司(2003)『日本語名詞句の意味論と語用論──指示的名詞句と非指示的名詞句──』ひつじ書 房 芳賀綏(1978)『現代日本語の文法─日本文法教室・新訂版』教育出版 浜田麻里(1988)「言語行動としての罵り」『待兼山論叢日本学篇』第 22 号 大阪大学 堀口和吉(1978a)「指示詞の表現性」『日本語・日本文化』第 8 号 大阪外国語大学 堀口和吉(1978b)「指示詞『コソア』考」『論集日本文学・日本語 5 現代』角川書店 メイナード・K・泉子(2000)『情意の言語学──「場交渉論」と日本語表現のパトス──』くろしお 出版 森岡健二・山口仲美(1985)『命名の言語学』東海大学出版 山田孝雄(1936)『日本文法學概論』寶文館 吉本啓(1992)「日本語の指示詞コソアの体系」『日本語研究資料集 指示詞』ひつじ書房 (2016 年 12 月 26 日 第 1 稿受理) (2017 年 7 月 17 日 最終稿受理)

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Keywords: ‘Letter’hari-bun(Labeling Sentence), sentences which express

emo-tions, to label a person or an object, speech act, negative intent

A sentence which is mainly composed of indeclinable word(s) such as

Bakamono!(Fool!), Hajishirazu!(Bounder!), or Usotsuki!(Liar!), has not been

appropriately classified as a sentence in previous studies.

This study finds that these sentences, mainly composed of indeclinable

word(s) with negative values, have different forms and functions from other

sentences mainly composed of indeclinable word(s) such as exclamatory

sen-tences (Kireina hana!), and addresses (Sato¯ san!). Furthermore, the study

cate-gorizes these sentences composed of indeclinable word(s) with negative values

into a new type of their own: “‘Letter’hari-bun(Labeling Sentence)”.

‘Letter’hari-bun is a sentence which is mainly composed of noun(s)

catego-rized as indeclinable word(s), and has both element(s) which indicate nature,

character and attribute, and element(s) indicating a person or an object.

‘Letter’hari-bun conveys emotional content such as anger, derision, ridicule,

disrespect, hate, or contempt towards a person or an object. Therefore, ‘Letter’

hari-bun always carries a negative intent. The speakers perform a speech act in

which they express their negative appraisal and they assign a Label (letter) in a

sentence form (Labeling Sentence, ‘Letter’hari-bun).

S

ASAI

Kaori

参照

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