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マトリックス効果を補正する液体クロマトグラフィ̶タンデム型質量分析装置を用いたヒト尿中芳香族アミン類の定量方法

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1 はじめに 平成27年に,国内化学工場の複数の労働者に職業性膀 胱がんが発生したと報告され,当該工場で使用されてい たオルト-トルイジン(OT)をはじめとする芳香族アミ ン類が,膀胱がん発生の原因物質として疑われている. 特にOTについては,気中濃度が許容濃度以下であった にも関わらず,作業者尿中には高濃度のOTが検出され ており,作業者らは経皮ばく露を受けたのではないかと 考えられている1).本事例のようにOTをはじめとした芳 香族アミン類では,気中濃度からばく露量を推測するこ とが困難であるため,そのばく露量を適切に把握するた めに生物学的モニタリング法が注目されている. 生物学的モニタリングとしてのOT尿中濃度の定量に

つ い て は,NIOSHの「Method8317ANILINEand o-TOLUIDINEinurine」2)が,現在のところ十分な根拠 を持った定量方法であるが,いくつかの欠点がある. 一つ目は,試料のアルカリ加水分解の際に,固形の水 酸化ナトリウムを使用することにより希釈は最小限に抑 えられているものの,やはり1.2倍程度は希釈されてしま うこと(希釈されると,後述の液-液抽出時に抽出率が 低減する),および,電気化学検出器(electrochemical detection, ECD)を用いているため,夾雑物をクリーン アップする必要があり,液-液抽出ないし固層抽出また は分散液-液マイクロ抽出等,煩雑な作業をせざるを得 ないことである.芳香族アミン類の固層抽出方法は環境 中濃度の測定または疑似食品中濃度の測定については研 究されているが,3-5) 実際の生体試料を使用した抽出方法 の文献は見当たらない.分散液-液マイクロ抽出法につ いても同様5)である.古典的な液-液抽出法については, ある程度水溶性のある物質を有機溶剤層に抽出するた め,二層をなす液体に対する抽出物の溶解度が複雑に絡 み,抽出物の濃度に対する抽出率は一様ではない.一般 的に低濃度部分では抽出率が低く,高濃度になるにつれ て抽出率は増加する.また,測定時の気温や操作者の熟 練度によっても抽出率のばらつきが発生するため,通常 は内部標準法を用いるが,標的分析物質を13C14C2H 等の同位体でラベル化した物質または標的分析物質の光 学異性体以外は,水層および有機層への溶解度が異なる ために標的分析物質とは異なる抽出率カーブを描く.そ のため,内部標準物質の抽出率カーブが標的分析物質の 抽出率カーブと直線的な関係にある範囲でしか補正する ことはできず,ガスクロマトグラフでは直線的な関係に

マトリックス効果を補正する液体クロマトグラフィ̶タンデム型質量

分析装置を用いたヒト尿中芳香族アミン類の定量方法

須 田   恵

*

1

,柳 場 由 絵

*

2

,豊 岡 達 士

*

2

王   瑞 生

*

2

,甲 田 茂 樹

*

3 平成27年に,国内化学工場の複数の労働者に職業性膀胱がんが発生したと報告され,当該工場で使用され ていたオルト-トルイジン(OT)をはじめとする芳香族アミン類が,膀胱がん発生の原因物質として疑われてい る.特にOTについては,気中濃度が許容濃度以下であったにも関わらず,作業者の尿には高濃度のOTが検出 されており,作業者は経皮ばく露を受けたのではないかと考えられている.生物学的モニタリングとして,OT の尿中濃度定量方法については,NIOSHのMethod 8317が十分な根拠を持った分析方法として知られている. 一方,労働現場における作業者尿の分析では,複合ばく露時の各成分の分析及び相互影響の確認が必要である が,当該分析方法では,アニリン (ANL)の複合ばく露は想定されているものの,同時ばく露の可能性のある他 の化学物質の相互影響について未検証であることや,尿成分によるマトリックス効果について検証がなされてい ないこと等,いくつかの欠点ある.そこで,本研究で我々は,現場で使用されていた 6種類の芳香族アミン類:

OT,ANL,2,4-ジメチルアニリン(DMA),オルト-アニシジン(ANS),オルト-クロロアニリン,パラ-トル イジンおよびその代謝物について,液体クロマトグラフィ -タンデム型質量分析装置を用い,複数の芳香族アミ ン類およびその代謝物が解析でき,なおかつ尿成分によるマトリックス効果も補正できる分析方法の開発を行っ た.本開発方法を用いて,現場作業者尿を分析したところ,OT,ANL,DMA,ANSについては,十分に検出

することができた.また,我々が開発した分析方法は,変動係数(3回測定)が設定定量下限値から計算される

誤差範囲内であり,マトリックス効果の補正もまた十分に機能しており,過小評価を最小限にできた.これらの ことから,芳香族アミン類の生物学的モニタリングに適した分析方法であるといえる.

キーワード:芳香族アミン類,代謝物,液体クロマトグラフィ -タンデム型質量分析装置,生物学的モニタリ ング,尿中濃度,マトリックス効果

原稿受付 2020年6月23日(Received date: June 23, 2020) 原稿受理 2020年10月5日(Accepted date: October 5, 2020)

J-STAGE Advance published date: November 6, 2020 *1労働安全衛生総合研究所研究推進・国際センター *2労働安全衛生総合研究所有害性評価研究部 *3労働安全衛生総合研究所所長代理 連絡先:〒214-8585 神奈川県川崎市多摩区長尾6-21-1 労働安全衛生総合研究所研究推進・国際センター 須田 恵 E-mail: suda@h.jniosh.johas.go.jp doi: 10.2486/josh.JOSH-2020-0014-GE 原著論文

(2)

ある濃度範囲であっても,液体クロマトグラフを用いる 場合は検量線が直線でない場合も多く,複雑な定量計算 が必要となる. Method8317ではECD検出器による分析なので,同位 体でラベル化した物質の分離分析はほぼ不可能であるこ とやOTやアニリン(ANL)は光学異性体が存在しない ことから内部標準法は用いずに,プール尿に標準物質を 添加して,同様操作で作成した検量線によって定量計算 することで抽出率の代用をしている.しかし,これもま た,尿のマトリックス効果を受ける可能性があり,標準 物質と未知試料の抽出率が同じである保証はない. 二つ目は,ECDの特性の問題である.ECDは電極に 高電圧をかけるため,試料中に残っている夾雑物等によ り酸化被膜が形成されやすい.これは測定開始時と測定 終了時では検出感度が変化することを意味する.Method 8317では,qualitycontrolを4種類の濃度で用意してラ ンダムに入れているが,酸化被膜の生成が一様ではない ため,同じ濃度のqualitycontrolの変動が一律とは限ら ず,感度補正が不十分である. 三つ目は,加水分解することで,どのような代謝物が 加水分解されて未代謝のOTまたはANLのピークに加算 されているのかが分からないことである.近年,精度の 良い生物学的モニタリングのために,作業終了後の尿中 未代謝物を測定する傾向が見受けられる6-8).代謝物は代 謝速度等,個人差が大きく9),トルエンの代謝物である 馬尿酸(HA)のように食品添加物に由来する場合もあ り10),これらの影響がある代謝物をモニタリングに使用 することは,生成過程が判明している代謝物であっても, ばく露量の推定の誤差を大きくする原因になるからであ る.ましてや,生成過程や生成割合が不明なことから推 定の誤差をさらに大きくするOTやANLの代謝物を,加 水分解して加算し,OTやANLの濃度を嵩上げしなくて も,近年の分析機器の感度・精度の向上もあり,十分定 量が可能になってきている. 四つ目は,複合ばく露において,Method 8317はOT およびANLの複合ばく露にしか定量の保証がないとい う点である.OT,ANLおよびN-アセチル-o-トルイジ ンについてはそれぞれの分析に影響はないとされている が,これら以外の物質による影響に対する言及はない. 言い換えれば,OTやANL以外で同時にばく露された物 質,ないしそれらの代謝物が,定量の阻害要因となる可 能性があるかどうか,それらの物質が同じ処理方法で分 析できるかどうかは不明である.一方で,当研究所の災 害調査報告1)にある通り,作業現場ではOTANLに加 え複数の芳香族アミン類が使用されており,作業者はそ れらに複合ばく露されている.より正確にばく露状況を 知るために,現場で使用されていた物質は可能な限りモ ニタリングができるようにするべきである. 本研究では,液体クロマトグラフィ -タンデム型質量 分析装置を用い,Method8317が抱える問題を解決しつ つ複合ばく露時の芳香族アミン類およびその代謝物を同 時に分析する方法を開発した.この方法を用い,芳香族 アミン類に複合ばく露された作業者の尿を測定すること で,実際の尿中含有量でも分析可能であることを示し, 芳香族アミン類の代謝物も含めて,生物学的モニタリン グの指標として適切な化合物を確認した.これらの検証 により,簡便な操作でありながら精度の高い分析方法を 確立したので報告する. 2 材料と方法 1)標準物質および試薬 当研究所の災害調査報告1)に基づき,6種類の芳香族ア ミン類,オルト-トルイジン(OT),アニリン(ANL), 2,4- ジメチルアニリン(DMA),オルト - アニシジン (ANS),オルト-クロロアニリン(OCA),パラ-トルイ ジン(PT)を分析対象物質として選定した. さらに,OTの代謝物としてSonらの文献11)に記載さ れている,N-アセチル-o-トルイジン(NAOT),2-アミ ノベンジルアルコール(2ABA),アントラニル酸(ATA), N-アセチルアントラニル酸(NAATA),4-アミノ-m-ク レゾール(4AMC),2-アミノ-m-クレゾール(2AMC), 2,2’-アゾキシトルエン(AZT),オルト-ニトロソトルエ ン(NST)も分析対象にした.なお,一部の代謝物,N -アセチル-2-アミノベンジルアルコールとN-アセチル-4 -アミノ-m-クレゾール,各種グルクロン酸抱合物や硫酸 抱合物については入手できなかった. ANLの代謝物としてはEUリスク評価書12)に記載され ている,アセトアニリド(AAD),アセトアミノフェン (AAP),4-アミノフェノール(4AP),2-アミノフェノ ール(2AP),N-フェニルヒドロキシルアミン(PHA), ニトロソベンゼン(NSB)を分析対象物とした.各種グ ルクロン酸抱合物や硫酸抱合物については入手できなか った. DMAの代謝物としてはShortらの文献13)を参考に4 -アミノ-3-メチル安息香酸(AMBOA),N,2,4-トリメチ ルアニリン(TMA)を分析対象物とした.6-ヒドロキシ -2,4-ジメチルアニリン,N-アセチル-4-アミノ-3-メチル 安息香酸,グルクロン酸抱合体については入手できなか った.N-アセチル化物がOT,ANLに共通しているので, 2,4-ジメチルアセトアニリド(DMAA)を分析対象物に 加えた. ANSの代謝物は系統化された代謝の文献は存在しな

いが,Stiborováらの文献14)をもとに2APANLの代謝

物でもある)とオルト-ニトロアニソール(NAS)を分

析対象物とした.N-アセチル化物がOT,ANLに共通し

ているので,オルト-アセトアニシジン(OAA)も分析

対象物とした.

OCAの代謝物についてはHongandRanking15)の文献

を 参 照 し た が, 市 販 さ れ て い る の は4-Amino-3 -chlorophenolのみで,分析条件検討時に入手できなかっ たため,今回の検討からは外した. PTについては代謝物の文献は見当たらなかったが, OTと同様の代謝を受けると仮定して,N-アセチル-p-ト ル イ ジ ン(NAPT),4- ア ミ ノ ベ ン ジ ル ア ル コ ー ル

(3)

(4ABA),4-アミノ安息香酸(4ABOA),N-アセチル4 -アミノ安息香酸(4AABOA),4,4’- アゾキシトルエン (44AZT)を分析対象物とした. 上記の他にタバコ由来のOTと比例して排泄されると いわれる2-ナフチルアミン(2NPA),4-アミノビフェニ ル(4ABP)16, 17)を分析対象物とした. 略号一覧をCASNo.を加えて文末に記載した. OT(≥99.5%),2ABA(98%),ATA(96%),NAATA (99%),4AMC(97%),2AMC(≥99.5%),AZT(97%),

PHA(97%),AAD(≥99.95%),DMAA(98%),4AABOA (98%),44AZT(純度不明)はシグマアルドリッチ ジ ャパン(東京,日本)から購入した.NAOT(>98.0%), AAP(>98.0%),4AP(>98.0%),2AP(>98.0%),NSB (>98.0%),DMA(>98.0%),AMBOA(>98.0%),ANS (>98.0%),NAS(>98.0%),NAPT(>98.0%),OCA (>98.0%),PT(>99.0%)は東京化成工業(東京,日本),

ANL(99%),4ABA(純度不明),2NAP(1000μg/mL アセトニトリル溶液),4ABP(1000μg/mLアセトニト リル溶液),アセトニトリル(LCMS用),ギ酸(LCMS 用)は富士フィルム-和光純薬(大阪,日本)より購入 した.TMAはTRONTORESEARCHCHEMICALSINC (Tronto, Canada)より購入した.

2)標準溶液,検量線の作成

ストック溶液:単独物質のストック溶液を10mL

(7.800-7.803 g)のアセトニトリルに溶解して作成した. 常温で液体であるOT, ANL, DMA, ANS, OCAについて は20μLを,TMAについては10μLを添加した.PTにつ い て はOTに 合 わ せ て20 μgを 溶 解 し た.NAATA, NAABOAはアセトニトリルに溶解しにくいため,5mM となるように20mLのアセトニトリルで溶解した.AZT, 44AZTは希釈時に使用する水に溶けにくいため,5mM となるように,その他の常温で固体の物質は10mMとな るように10mLのアセトニトリルで溶解した.これらの ストック溶液は個別のままパイレックス製のスクリュー キャップ付き10mL用試験管で-20℃で保存し,3か月ご とに再作製した.また,これらのストック溶液は作成時 に添加量をマイクロ天秤(XPE205DeltaRange,メトラ ー・トレド株式会社,東京,日本)で秤量し,濃度は重 量によって正確に再計算した. 標準溶液の希釈,検量線の作成:ストック溶液は使用 時に室温に戻し,分析対象物質を下記の4グループに分 け,各グループ内物質を混合した後,10倍希釈となるよ うに混合原液をアセトニトリルで調製した.

グループ①: OT, NAOT, 2ABA, ATA, NAATA, 4AMC, 2AMC, AZT

グループ②: PT, NAPT, 4 ABA, 4 ABOA, 4 AABOA, 44AZT, OCA

グループ③: ANL, AAD, AAP, 4AP, 2AP, ANS, OAA, 2NPA, 4ABP

グループ④:DMA, DMAA, AMBOA, TMA

これらの混合原液を,さらに20%のアセトニトリル水 溶液を希釈液として, 125-390625倍まで段階希釈し(5 倍刻み),希釈液をblankとした7濃度で検量線を作成し た(強制ゼロ点通過,二次方程式:Y=aX2+bX).AAP みr2 > 0.997でその他の物質はr2> 0.999であった. 添加溶液:上記で作成した10倍希釈のグループ①~④ の混合原液を全て混合し,アセトニトリルで10倍希釈に 調製して(ストック溶液の100倍希釈),添加溶液とし た. 3)ヒトの尿試料 芳香族アミン類取り扱い作業者の尿試料は,同一の作 業場で2回採取した.試料第1群(17試料)の追跡調査 として試料第2群(32試料)の採取を行ったため,試料 第1群の被験者と第2群の被験者の間には重複がある.な お,この作業場では部署ごとに,異なる複数の芳香族ア ミン類を取り扱かっており,被験者全員が同じ物質を取 り扱ったわけではない.また,被験者には数名の喫煙者 が含まれている.採取した尿は,分析するまで-80℃で保 存した.この2回の採取試料は採取してから初回の測定 までの保存期間が異なる.各試料の測定は3回行ってお り,測定期間は,初回測定から最終測定まで5か月間で あった. また,分析条件の検討(後述する定量阻害物質の有無 および濃度換算方法の妥当性)については,ボランティ ア1名(以下「ボランティア」と略す)の尿を用いた.当 該ボランティアは50代女性(非喫煙者)であり,前述の 作業場とは関係が無く, 30年以上有機溶剤等の化学薬品 の取り扱いはあるものの,芳香族アミン類は扱ったこと が無い.採尿前1週間における医薬品の服用は無く,出勤 後,薬品類の取り扱い作業前に採尿を行った.採取尿は ポリエチレンチューブに小分けにし,-80℃で保存した. 4)分析方法 分析機器:液体クロマトグラフィはAcQuityHCLASS (日本ウォーターズ,東京,日本),カラムはUK-Phenyl HT, 3μm, 3×150mm(Imtakt,京都,日本)を用いた. 分析条件を表1に示す.検出器はタンデム型四重極質量 分析装置ZEVOTQD(日本ウォーターズ,東京,日本) を用いた.分析条件を表2に示す.NST,PHA,NSB, NASについては安定したイオン化条件およびコリジョ ン条件の確立が困難であった.OCAについては,分析の 条件は見いだしたものの,OTの1/1000程度の感度しか 出ず,実質,定量は困難であった. 試料の調製:オートサンプラー用のガラス製バイアル 瓶2本にミリQ水または試料を200μLずつ分注し,一方 には上記の添加溶液を8μL添加,もう一方については添 加溶液の溶媒であるアセトニトリルを8μL添加して,ボ ルテックスミキサーで混和した. 分析手順:まず,希釈したグループ①混合溶液で検量 線用の分析を行い,blankの測定を挟んだ後,グループ ①の物質について,ミリQ水+アセトニトリルの試料で 2回分析し,続いてミリQ水+添加溶液の試料で2回分析 した.さらにblankを1回,試料+アセトニトリルを2回, 試料+添加溶液を2回という組み合わせで繰り返して5-7 試料分の測定をし,再度検量線用の分析を行うことを1

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セットとし,グループ②~④を同様の手順で繰り返した. 1セットで5-7試料に限定したのは,標準物質が混合の状 態ではOTを除いて3日目以降の検量線が大きく変動し てしまうので,4セットの分析を2日以内に収める必要が あったからである. 5)含有濃度の計算,および定量下限値の判断 溶媒を添加したものも添加溶液を加えたものも検量線 で一旦濃度に計算し,[添加溶液を加えた試料濃度]から [溶媒を加えた試料濃度]を差し引き,添加回収率を求め たうえで,[溶媒を加えた試料濃度]を添加回収率で除す ることで料中の含有濃度を求めた. なお,物質によってマトリックス効果や検出感度が異 なるため,ベースラインで検出されるエリアカウント (100カウント前後)を考慮し,エリアカウント500以下 を定量下限値以下(ND)とした. 6)定量阻害物質の有無 タンデム型質量分析装置で分析する場合,分析対象外 物質において,①イオン化後の質量が対象物質と一致し, ②ピークの分離が不可能なほどリテンションタイム (RT)が近く,③コリジョン後のイオンに対象物質の選 択イオンと同じ質量のものが含まれていると,対象物質 の定量が阻害される.そこで,イオン化後の質量が同じ になる芳香族の物質をいくつか選択し,ボランティアの 尿に添加して,これらの条件に相当するか否かを確認し た.確認した物質はOTと同じ分子量を持つメタ-トルイ ジン,N-メチルアニリン,ベンジルアミン,2,3-ルチジ ン,2,6-ルチジン,また,4AMCや2AMCと同じ分子量 を持つ3-アミノ-o-クレゾール,3-アミノ-p-クレゾール, 4APや2APと同じ分子量を持つ3- アミノフェノール, ANSと同じ分子量を持つパラ-アニシジン,OCAと同じ 分子量を持つメタ-クロロアニリン,パラ-クロロアニリ ンである. 7)濃度換算方法の妥当性 上記ボランティアの尿を用いて,検量線の範囲内で含 有濃度の計算が成立しているどうかを確認した.グルー プ①~④に分けた標準混合液を,濃度A用標準液(最終 濃度は検量線最大濃度の1/25)と濃度B用標準液(最終 濃度は検量線最大濃度の5/25)として用意し,ボランテ ィアの尿200μLに対し,濃度Aまたは濃度Bの場合は濃 度A用標準液または濃度B用標準液とアセトニトリルを それぞれ4μL添加し,濃度A+Bは濃度A用標準液と濃度 B用標準液をそれぞれ4μL添加して検体を調製した.そ れぞれの濃度で3検体ずつ用意し添加回収率を求めた. 測定順序は,以下の通りである. (1) blank,[ミリQ水+アセトニトリル](3検体) (2) [ボランティア尿+アセトニトリル](3検体) (3) [ミリQ水+濃度A](3検体) (4) [ボランティア尿+濃度A](3検体) (5) [ミリQ水+濃度B](3検体) (6) [ボランティア尿+濃度B](3検体) (7) [ミリQ水+濃度A+B](3検体) (8) [ボランティア尿+濃度A+B](3検体) 表1 液体クロマトグラフの使用機器と分離条件 システム: AcQuityHCLASS(日本ウォーターズ) カラム: UK-PhenylHT, 3μm, 3×150mm(Imtakt)注1) オーブン温度.: 35 ℃ 試料室温度: 4 ℃ 流速: 0.7 mL/min 1 サイクル: 10 min 注入量: 3 μL 移動相組成 溶液A: ミリQ 水 溶液B: アセトニトリル 溶液C: 25mM ギ酸 溶液D: 無し 流量変化: 時間 mL流速 /min %A %B %C %D Curve注2) 初期値 0.7 85 5 10 0 初期値 1.00 0.7 85 5 10 0 6 5.67 0.7 15 75 10 0 6 7.00 0.7 15 75 10 0 6 7.70 0.7 85 5 10 0 6 10.00 0.7 85 5 10 0 6 注1)新しいカラムを使用するときは,移動相で一昼夜クリーンアップしてから使用する必要がある. 注2)「Curve」の表示「6」は,前の指定条件からこのラインで指定した条件に直線的に変動することを示す.

(5)

8)倫理審査 本研究は慶應義塾大学医学部倫理委員会(承認番号: 20160172および20170038)と独立行政法人労働者健康 安全機構労働安全衛生総合研究所研究倫理審査委員会 (申請番号:H30-1-19)から承認を得て実施した. 3 結果 1)定量阻害物質の有無 ボランティアの尿は,分析対象物質および定量を阻害 する可能性を疑う物質等が無添加の状態では,ATA以外 は定量阻害となるようなピークを示さなかった(データ 示さず).ATAの定量阻害をしているのはATA自身であ る.ATAはOTの代謝物であると同時に必須アミノ酸の 表2 ZEVOTQD タンデム型四重極質量分析装置の条件 電圧 キャピラリ: 0.5 kV コーン: 26 V 温度とガス流量 気化温度 600 ℃ 気化ガス流量: 1000 L/hr コーンガス流量: 50 L/hr ExtendedSource 温度: 150 ℃ 対象物質 プレカーサーイオン プロダクトイオン プロダクトイオン   質量(ES+ 質量 コーン電圧 (V) コリジョン 電圧 (V) 質量 コーン電圧 (V) コリジョン 電圧 (V) OT 108.11 91.10 40 16 93.10 40 16 NAOT 150.18 93.08 36 26 108.16 36 16 2ABA 124.23 79.80 14 24 106.07 14 12 ATA 138.08 92.10 20 18 120.11 20 8 NAATA 180.15 92.10 24 20 120.05 24 10 4AMC 124.10 77.08 40 22 107.10 40 16 2AMC 124.10 79.09 40 18 106.16 40 14 AZT 227.21 91.12 24 24 106.13 24 10 ANL 94.03 51.02 44 46 77.03 44 14 AAD 136.04 77.03 36 22 94.07 36 14 AAP 152.03 92.83 36 20 110.06 36 14 4AP 109.96 65.00 42 18 92.77 42 14 2AP 110.02 89.45 16 4 92.05 16 14 ANS 124.16 92.10 40 16 109.13 40 14 OAA 165.98 108.94 20 22 123.96 20 10 DMA 122.12 79.63 34 22 107.01 34 14 DMAA 164.07 107.07 36 24 122.10 36 16 AMBOA 152.03 93.03 46 16 107.07 46 20 TMA 136.07 106.01 32 22 121.03 32 14 PT 108.04 65.02 38 28 92.99 38 14 NAPT 150.05 93.01 36 22 108.03 36 14 4ABA 124.04 88.98 40 18 93.98 40 14 4ABOA 138.02 77.01 42 18 93.86 42 16 4AABOA 180.03 77.02 32 28 93.99 32 16 44AZT 227.08 90.99 30 26 106.00 30 10 2NPA 144.17 77.10 30 30 127.04 30 20 4ABP 170.18 92.34 10 20 152.22 10 26 OCA 128.15 92.23 38 18       注)プロダクトイオンを2種類選択し,分析結果は2種類のイオンの加算値で処理した.

(6)

トリプトファンの代謝物でもあるので,OTに未ばく露 であっても尿中に排泄される.この試料の場合は0.031 ± 0.000nmol/mLの濃度で測定されており,この研究の 添加回収率の測定時にはblankとして差し引けるが,未 知試料の測定時にはトリプトファン由来のATA量が分 からないため,OTの代謝物としてのATAの定量を阻害 することが示された. このボランティアの尿を使って本研究の分析対象物質 の定量を阻害する物質の有無を確認したところ,メタ-ト ルイジン以外は対象物質と十分RTが離れており,定量 の阻害とはならなかった(データ示さず).メタ-トルイ ジンに関してはOTとほぼ同じRTであり,コリジョン後 のイオンも同じであるため(比率は異なる),OTとメタ - トルイジンが同一サンプル内に含まれている場合に は18),本研究で使用しているカラムでは定量が困難であ ることが示された. 2)濃度換算方法の妥当性 濃度換算方法に未知の阻害要因が含まれないか,ボラ ンティアの尿に既知の標準物質を添加して求めた添加回 収率の結果を表3に示す.比較的溶出時間の早い4AMC, 4AP,4ABAは添加回収率が0.1以下であり,マトリック ス効果を補正できなかった.AAPおよび分子内にカルボ

ン酸を持つATA,4ABOA,4AABOAは添加回収率の変

動係数(CV値,標準偏差を平均値で除し%表示した値 で,異なる分析対象や異なる濃度の測定値のばらつきを 一元化し,分析の精度を比較・評価することができるよ うにした指標)が大きく,定量誤差が大きくなる可能性 が示めされた.その他の物質に関して,添加回収率は対 象物質によって大きく変動したが,個々の物質において は,3濃度の分析値で算出したCV値が概ね5%以下であ ることから,個別に添加回収率を求めてそれぞれに補正 する本方法の濃度換算の精度が高いことが示された. 表3 ボランティアの尿における添加回収率 対象物質 RT注1) 検量線 最大濃度 (nmol/mL) 測定値平均(nmol/mL, n=3)注2) 測定値/添加濃度 (n=9 濃度A 濃度B 濃度A+B 平均値±標準偏差 CV値(%) OT 3.12 15.41 0.388 2.05 2.39 0.299 ± 0.021 3.24 NAOT 4.53 8.145 0.161 0.781 0.930 0.483 ± 0.012 2.47 2ABA 2.32 10.69 0.169 0.909 1.03 0.407 ± 0.017 4.28 ATA 4.31 11.03 0.256 1.08 1.27 0.516 ± 0.052 10.1 NAATA 4.57 4.102 0.038 0.183 0.216 0.22 ± 0.01 4.72 4AMC 1.63 8.012 0.021 0.123 0.139 0.07 ± 0.01 7.4 2AMC 2.65 9.199 0.104 0.499 0.624 0.279 ± 0.007 2.62 AZT 6.89 7.280 0.234 1.17 1.41 0.806 ± 0.029 3.62 ANL 2.10 15.92 0.201 0.900 1.15 0.299 ± 0.015 5.06 AAD 4.56 8.016 0.142 0.663 0.800 0.424 ± 0.020 4.78 AAP 3.38 7.743 0.109 0.469 0.574 0.322 ± 0.025 7.90 4AP 1.45 8.274 0.011 0.060 0.062 0.03 ± 0.00 7.3 2AP 1.81 8.181 0.068 0.354 0.436 0.22 ± 0.01 4.14 ANS 3.09 8.014 0.314 1.64 1.95 0.578 ± 0.025 4.37 OAA 4.84 8.014 0.166 0.865 1.05 0.535 ± 0.023 4.29 DMA 3.95 15.92 0.121 0.600 0.718 0.269 ± 0.006 2.32 DMAA 5.13 8.140 0.214 1.00 1.19 0.626 ± 0.028 4.46 AMBOA 4.31 8.157 0.113 0.550 0.653 0.339 ± 0.016 4.85 TMA 4.37 11.72 0.307 1.45 1.68 0.624 ± 0.027 4.27 PT 3.24 15.63 0.261 1.31 1.55 0.417 ± 0.008 1.84 NAPT 5.18 8.140 0.151 0.739 0.881 0.456 ± 0.013 2.91 4ABA 1.59 9.174 0.022 0.107 0.131 0.06 ± 0.00 5.8 4ABOA 3.73 8.290 0.022 0.099 0.121 0.06 ± 0.00 7.5 4AABOA 4.22 4.282 0.046 0.167 0.208 0.22 ± 0.04 17 44AZT 7.19 5.654 0.192 1.03 1.19 0.877 ± 0.037 4.20 2NPA 5.12 1.095 0.015 0.080 0.097 0.36 ± 0.02 4.9 4ABP 5.81 0.927 0.025 0.131 0.159 0.70 ± 0.02 3.2 OCA 5.45 感度不足により検量線が作成できなかった 注1)RT =リテンションタイム 注2)濃度Aは検量線最大濃度の1/25,濃度Bは検量線最大濃度の5/25,濃度A+Bは検量線最大濃度の6/25となるよう に標準物質をボランティアの尿に添加し測定した.

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3)芳香族アミン類取り扱い作業者の尿の分析結果 表4に芳香族アミン類を使用しているものの,ばく露 物質の種類やばく露量が未知の作業者の尿の分析結果と 添加回収率のプロフィールを示す.これらはそれぞれの 尿検体について,独立した3回の分析の測定平均値([各 試料の平均値])とCV値を求めたのち,①[各試料の平 均値]が定量下限値以下のND群,②定量下限値から定量 下限値の5倍までの濃度の群,③定量下限値の5倍以上 の濃度の群にわけて,それぞれの群内で[各試料の平均 値]の平均値とCV値の平均値を求めた結果である.ま た,添加回収率のプロフィールは全尿試料(n=49)で計 算した. なお,各カテゴリのCV値と比較するべき測定誤差の 期待値は次のように導出した.誤差要因は(1)検体や試 薬分注時の分注器自身の誤差と手技による誤差,(2)分 析機器の注入や検出の変動による誤差,(3)クロマトグ ラムのベースラインの変動による誤差に大別され,それ ぞれ独立であることから,これらを足し合わせたものを 誤差の期待値とした.本研究において(1)手技による変 動は,別の実験における動物尿を実測した場合で平均CV 0.51% (0.1-1.0%),(2)機器による変動はメーカーから 提示された値がCV5%以下((1),(2)は固定),(3)定 量下限値の定義からの計算値(検体の対象物質濃度によ って変動)であり,②群の期待値は26-10%,③群の期待 値は10%以下である. OT,ANS,DMAは未代謝体が,それぞれの代謝物に 比べて尿中排泄量も多く,精度良く検出された(OTの

比 較 対 象 はNAOT,2ABA,ATA,NAATA,4AMC, 2AMC,AZTの計7種類,ANSの比較対象は2AP,OAA の2種類,DMAの比較対象はDMAA,AMBOA,TMA の3種類).一方,PTはその代謝物(NAPT,4ABA, 4ABOA,4AABOA,44AZT)を含め尿中から検出する

ことができなかった.これは,作業者らのPTの取扱い がなかった,または,取扱量が微量であったためと考え られる.また,OCAは検出が困難であり,この理由は, 本方法におけるOCA検出感度がOT等に比べて十分でな いためだと考えられた.ANLについては②群で測定誤差 の期待値よりCV値が大きく低濃度の場合に精度が落ち

るが,ANL代謝物のAADの方は感度や精度が良く,ANL

が検出できない尿試料でも検出可能であった.AAPは検

出量も多く,ANLよりも感度は良いが,市販風邪薬の成

分でもあるため,参考値として取り扱うべきであると考 えられた.ACGIHのBEI19)に記述されている,ANL

ばく露指標である4APは検出されなかった. ANLとANS

に複合ばく露されたと判断できる場合もあり(AADと ANSが同時に計測された試料が複数あった:データ示さ ず),2APは生物学的モニタリングには利用できない場 合もあることが認められた. 作業者の尿の測定期間は初回測定から最終測定までの 期間が5か月も開いていた.それにもかかわらず,分析 値における誤差は,分析した物質の全てで,ほぼ上記に 示す期待値通りの結果を得た.測定時期の違い,ストッ ク標準物質の作成時期の違い,カラムのロット変更等が あっても個別の添加回収率での補正が十分に機能し,分 析値は予測される誤差の範囲に収まることが示された. 一方で,いずれの物質においても,添加回収率は最大 値と最小値の差が大きく,尿成分等によるマトリックス 効果の変動が大きいため,個別の添加回収率による補正 が重要であることを改めて示めすことができた. 4 考察 生物学的モニタリングで一番避けるべきことは,過小 評価につながる分析である.従来から生物学的モニタリ ング法では,分析機器の特性に応じて分析結果が過小評 価とならない様々な工夫がなされてきた.本研究のよう に液体クロマトグラフィ -タンデム型質量分析装置を使 用するにあたっては,マトリックス効果の補正が最重要 事項だと考えられる20).ガスクロマトグラフィや液体ク ロマトグラフィ -UV検出器などの分析で,通常実施され る補正方法として,プール尿を用いた添加回収率から補 正をする方法があるが,分析に液体クロマトグラフィ -タンデム型質量分析装置を使用する場合,マトリックス 効果の補正をするには,この補正方法では不十分である ことが本研究により示された.OTを例にとると,添加 回収率の平均値をプール尿による補正値と仮定した場 合,個別添加回収率が最も低い尿では,プール尿の補正 値を使用すると本来の濃度の0.45倍(表4,0.210 / 0.464) の濃度しか示せず,著しい過小評価となる.その点,本 研究では,同じ尿であれば濃度が異なっても添加回収率 が変わらないことで(表3)マトリックス効果の補正が 十分に機能することを確かめており,測定誤差(表4, CV値)は上記に示す測定誤差の期待値内にほぼ収まっ ているため過小評価を最小限にできる. また,補正に使用するプール尿のロットが変われば, マトリックス効果も変わるため,再現性という点におい ても,プール尿で求めた添加回収率による補正というの は補正方法として適してはいない.生物学的モニタリン グである以上過去のデータとの比較は必須であり,補正 に使用した尿のロットが変わり,マトリックス効果が変 化することで,その過去データとの関連性が揺らぐこと が懸念される.個別添加回収率による補正方法はこの点 でも優れていると考える. しかし,本方法は検出感度または検出力において課題 が残っている.標準物質では測定可能な濃度でも,尿中 ではほとんどの物質がマトリックス効果によってイオン 化が抑制されるため(表3),定量下限値が高くなってし まう.例えば,タバコに由来する2NAPや4ABPは文献 値16)から換算したところ,標準物質の定量下限値付近で 計測されると予測されたが,喫煙者を含む全ての作業者 の尿中でNDであり,2NAPや4ABPによるタバコ由来 のOTの推定はできなかった.マトリックス効果を低減 して検出感度を上げる,ないしは定量下限値付近の含有 量に対して検出力を上げるために,1サイクルの分析時 間は長くなるが,同種の長いカラムへの変更やオンライ

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ンの固層抽出方法を組み合わせる等の分離を大きくする 条件を整えた上で,試料の注入量を増加するといった検 討を今後実施する必要がある.あるいは,カラムを長く することの代わりに2-10cmほどのODSカラムをプレカ ラムとして用い,試料の注入量を増加することも視野に 入れたい.性質の異なるカラムを併用することによって, 検出力の向上およびOTとメタ-トルイジンとの分離を可 能にするかもしれない. もう一つの課題である,感度不足で分析できなかった OCAのばく露量の把握方法については, OCA代謝物の 4-Amino-3-chlorophenolが未測定なので,本方法での検 討を試みる必要がある. OTの生物学的モニタリングの方法として,最近では, 永滝らの酵素を用いて抱合体を解いた代謝物の測定値 (MET7)21)が報告されている.同時に測定されているOT (100nmol/L)と中央値で比較して約8倍の濃度を示し, 個々のデータでは,未変化体のOTが測定できていなく てもMET7は測定できており,未変化体のOTよりも検 出力は高い.しかし,定性(ばく露されたか否か)とい う点では優れていても,生物学的モニタリングの定量方 法としてはやや情報不足の感が否めない.基質としての 代謝物のグルクロン酸抱合体や,硫酸抱合体は市販品で は手に入らないため,これらの基質でのKm値のオーダ ーを求めることができず,酵素による分解の下限値が不 明となり,定量下限値が定まらない.このことにより低 濃度領域の誤差範囲が不明瞭なのである.また,この方 法は複合ばく露時にOT以外の芳香族アミン類およびそ の代謝物の測定に対応できるかどうかは不明である. 本方法の他の特徴は,第一にマトリックス効果による リテンションタイムのずれの補正を正確にできることで ある.本方法での芳香族アミン類取り扱い作業者の尿の 分析時に,分析対象物質の近傍に未知の物質のピークが 散見され,未知物質の方が検量線用の標準物質から得ら れたリテンションタイムと重る場合もあったが,標準物 質を添加しているクロマトグラムと未添加のクロマトグ ラムを比較することで,容易に分析対象物質を判別でき, リテンションタイムがずれてもピークを誤認する恐れが ほとんどなかった. 第二には,実際に運用する場合は時間短縮が見込める ことである.本研究では各々の芳香族アミン類について, 生物学的モニタリングに適切な化合物を比較検討するた め,芳香族アミン類のみならず代謝物も測定したことか ら,28種類の物質を4つのグループに分けて測定する必 要性があった.しかし,実際には生物学的モニタリング に必要な対象物をピックアップし,1グループに纏める ことで測定回数を減らし,測定にかかる時間を短縮する ことができる.28種類の対象物質は,同時に尿試料に添 加されているが,各物質において,濃度が異なっても一 定のマトリックス効果を示していることから(表3),分 析対象物質同士の相互作用による定量阻害を起こしてい ないと言えるので,本方法で分けたグループ①~④の組 み合わせを変えることも可能である.4グループに分け た場合,標準物質の安定性による時間的制約があり,1 度に測定できる試料数が5-7試料だったが,分析対象物 を減ずることができれば,1度に測定できる試料数を増 加することが可能になり,また,検量線のための標準物 質の測定も減ずることが可能になるので,測定時間を大 幅に短縮できる. 第三には,それぞれの代謝物も精度良く分析されてい るため,将来的に発がんにかかわる様な代謝物が特定さ れれば,その物質を参考値として同時に測定する事によ って,健康に対する追加の判断材料とすることができる であろう.このような形で生物学的モニタリングに寄与 することも可能である. 5 結論 我々が開発した,液体クロマトグラフィ -タンデム型 質量分析装置を用いたヒト尿中芳香族アミン類の定量方 法は,生物学的モニタリングに必要な分析値の定量性, 精度,再現性の良さを満たしており,芳香族アミン類の 生物学的モニタリングに適した分析方法であるといえ る. 6 謝辞 慶應義塾大学の武林亨先生,中野真規子先生より,芳 香族アミン類取り扱い作業者の尿をご提供いただいた. 感謝の意を表する. また,本研究は,厚生労働省厚生労働科学研究費補助 金「オルト-トルイジン等芳香族アミンによる膀胱がん の原因解明と予防に係る包括的研究」によって遂行され た.

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    尿の測定値 添加回収率のプロフィール(n=49) 対象物質 濃度カテゴリ n 濃度平均値 CV値の平均値 最大値 最小値 平均値 ± 標準偏差 ╲単位 nmol/mL - nmol/mL (%) - - - OT ND 23 - - 0.827 0.210 0.464 ± 0.149 0.01-0.05 19 0.024 17.2 >0.05 7 0.214 7.4 NAOT ND 39 - - 0.753 0.130 0.369 ± 0.121 0.004-0.02 10 0.008 22.1 >0.02 0 - - 2ABA ND 39 - - 0.759 0.104 0.367 ± 0.142 0.01-0.05 8 0.030 18.0 >0.05 2 0.057 13.4 ATA ND 0 - - 0.795 0.137 0.403 ± 0.143 0.01-0.05 32 0.026 15.5 >0.05 17 0.155 10.3 NAATA ND または SR<10% 19 - - 0.635 0.097 0.263 ± 0.110 0.02-0.1 29 0.041 26.9 >0.1 1 0.101 10.8 4AMC ND または SR<10% 47 - - 0.305 0.011 0.141 ± 0.065 0.02-0.1 1 0.038 - >0.1 1 0.132 - 2AMC ND 41 - - 0.772 0.126 0.432 ± 0.145 0.005-0.025 8 0.012 23.0 >0.025 0 - - AZT ND 49 - - 0.990 0.403 0.638 ± 0.133 ANL ND 36 - - 0.660 0.154 0.342 ± 0.108 0.015-0.075 12 0.025 33.3 >0.075 1 0.079 10.6 AAD ND 13 - - 0.582 0.152 0.349 ± 0.092 0.006-0.03 29 0.013 24.1 >0.03 7 0.066 10.5 AAP ND 5 - - 0.589 0.099 0.253 ± 0.098 0.01-0.05 11 0.029 30.5 >0.05 33 0.459 11.2 4AP ND または SR<10% 49 - - 0.168 0.008 0.073 ± 0.038 2AP ND または SR<10% 20 - - 0.441 0.085 0.244 ± 0.093 0.02-0.1 29 0.038 18.8 >0.1 0 - - ANS ND 23 - - 0.688 0.257 0.472 ± 0.091 0.004-0.02 15 0.010 10.9 >0.02 11 0.080 9.5 OAA ND 44 - - 0.672 0.188 0.428 ± 0.097 0.004-0.02 5 0.008 10.2 >0.02 0 - - DMA ND 10 - - 0.790 0.215 0.405 ± 0.127 0.01-0.05 15 0.028 10.3 >0.05 24 0.413 8.9 DMAA ND 18     0.781 0.312 0.523 ± 0.108 0.005-0.025 22 0.010 12.6 >0.025 9 0.080 8.1 表4 芳香族アミン類取り扱い作業者の尿中芳香族アミン類およびそれらの代謝物の分析結果

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    尿の測定値 添加回収率のプロフィール(n=49) 対象物質 濃度カテゴリ n 濃度平均値 CV値の平均値 最大値 最小値 平均値 ± 標準偏差 ╲単位 nmol/mL - nmol/mL (%) - - - AMBOA ND または SR<10% 25     0.869 0.081 0.358 ± 0.168 0.01-0.05 15 0.024 22.7 >0.05 9 0.162 8.9 TMA ND 49 - - 0.655 0.119 0.364 ± 0.125 PT ND 49 - - 0.725 0.148 0.492 ± 0.131 NAPT ND 49 - - 0.766 0.214 0.417 ± 0.115 4ABA ND または SR<10% 49 - - 0.276 0.017 0.103 ± 0.066 4ABOA ND または SR<10% 49 - - 0.653 0.001 0.244 ± 0.177 4AABOA ND または SR<10% 49 - - 0.659 0.000 0.232 ± 0.154 44AZT ND 49 - - 1.27 0.138 0.757 ± 0.253 2NPA ND 49 - - 0.885 0.230 0.538 ± 0.145 4ABP ND 49 - - 0.850 0.276 0.553 ± 0.175 注)カテゴリ中のNDは定量下限値以下,SR<10%は各尿試料における添加回収率が10%以下,中段のハイフンで繋いである数値 は定量下限値~定量下限値×5,下段の”>”で示す数値は定量下限値×5より大きいことを示す. 表4(続き) 芳香族アミン類取り扱い作業者の尿中芳香族アミン類およびそれらの代謝物の分析結果 補足:略号一覧 略号 名称 CASNo. 備考 2ABA :2-アミノベンジルアルコール 5344-90-1 OTの代謝物 2AMC :2-アミノ-m-クレゾール 2835-97-4 OTの代謝物

2AP :2-アミノフェノール 95-55-6 ANL,ANSの代謝物

2NPA :2-ナフチルアミン 91-59-8 タバコ由来のOTと連動して濃度が変動する 44AZT :4,4’-アゾキシトルエン 955-98-6 PTの代謝物の可能性がある物質 4AABOA :N-アセチル4-アミノ安息香酸 556-08-1 PTの代謝物の可能性がある物質 4ABA :4-アミノベンジルアルコール 623-04-1 PTの代謝物の可能性がある物質 4ABOA :4-アミノ安息香酸 150-13-0 PTの代謝物の可能性がある物質 4ABP :4-アミノビフェニル 92-67-1 タバコ由来のOTと連動して濃度が変動する 4AMC :4-アミノ-m-クレゾール 2835-99-6 OTの代謝物 4AP :4-アミノフェノール 123-30-8 ANLの代謝物 AAD :アセトアニリド 103-84-4 ANLの代謝物 AAP :アセトアミノフェン 103-90-2 ANLの代謝物 AMBOA :4-アミノ-3-メチル安息香酸 2486-70-6 DMAの代謝物 ANA :アントラニル酸 118-92-3 OTの代謝物 ANL :アニリン 62-53-3 芳香族アミン類 ANS :オルト-アニシジン 90-04-0 芳香族アミン類 AZT :2,2’-アゾキシトルエン 7334-10-3 OTの代謝物 DMA :2,4-ジメチルアニリン 95-68-1 芳香族アミン類 DMAA :2,4-ジメチルアセトアニリド 2050-43-3 DMAの代謝物の可能性がある物質 NAATA :N-アセチル-アントラニル酸 89-52-1 OTの代謝物 NAOT :N-アセチル-o-トルイジン 120-66-1 OTの代謝物 NAPT :N-アセチル-p-トルイジン 103-89-9 PTの代謝物の可能性がある物質 NAS :オルト-ニトロアニソール 91-23-6 ANSの代謝物 NSB :ニトロソベンゼン 586-96-9 ANLの代謝物

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(12)

The Quantitative Analysis Method of Urinary Aromatic Amines and

Their Metabolites using Liquid Chromatography

-Tandem Mass Spectrometry with Correction for Matrix Effects

by

Megumi Suda*

1

, Yukie Yanagiba*

2

, Tatsushi Toyooka*

2

, Rui-Sheng Wang*

2

and Shigeki Koda*

3

In 2015, several bladder cancer cases were reported in chemical plants in Japan, and aromatic amines including ortho-toluidine (OT) were suspected as the causative agents. The air concentration of OT was far below the occupa-tional exposure limits recommended by Japan Society for Occupaoccupa-tional Health but the concentration of this substance in workers’ urine was high, suggesting that the workers might have received dermal exposure to aromatic amines. In order to understand the actual exposure of aromatic amines, it is necessary to use the exposure assessment by bio-logical monitoring. The NIOSH method 8317, a quantitative analysis of OT in urine, is the representative method for the biological monitoring of OT exposure. However, the method has some weak points; it has not been verified whether the method could analyze the urine from workers co-exposed to several kinds of aromatic amines, and the effect of urine constituents (matrix effect) on the analysis.

In this study, we developed a new analytic method in biological motoring for aromatic amines with offset matrix effect using liquid chromatography-tandem mass spectrometry. We examined whether we could analyze six kinds of aromatic amines used in the factories with the occurrence of bladder cancer, including OT, aniline (ANL), 2,4-di-methylaniline (DMA), ortho-anisidine (ANS), ortho-chloroaniline (OCA), para-toluidine (PT) and their metabolites using our new method. The sensitivity of this method is good for the five aromatic amines except OCA, and OT, ANL, DMA and ANS were detected in the urine samples of workers. In conclusions, we developed a new quantitative analysis method of urine samples which is useful for the biological monitoring of co-exposure to several kinds of aromatic amines.

Key Words: Aromatic amines, Metabolites, Liquid chromatography-tandem mass spectrometry, Biological monitoring, Urine, Matrix effect.

*1 Center for Research Promotion and International Affairs, National Institute of Occupational Safety and Health, Japan *2 Division of Industrial Toxicology and Biological Monitoring, National Institute of Occupational Safety and Health, Japan *3 Deputy director-general, National Institute of Occupational Safety and Health, Japan

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