●特集●日本型多文化共生社会とは何か
CLD 児童・生徒の言語環境の整備と
日本型多文化共生社会
―社会参加という観点から―野山 広・桶谷仁美
key words ……… CLD 児童生徒 言語生活 OPI EV (ethnolinguistic vitality) CN (communication network) ……… 1 はじめに―日本の多文化化と言語学習・就学支援の重要性― 1989 年から 1990 年にかけての出入国管理及び難民認定法(以下、入管法) の改正・施行以来、例えば、三世までの日系人は日本で就労することが可能 となり、こうした人々を中心に、地域に定住する外国人(登録者数)は 2008 年末まで増加し続けてきた1)。その結果、多様な言語・文化背景を持った人々 との共存の在り方が問われ始め、多くの自治体では、国際化や多文化共生社 会の構築に向けた基本指針が立てられ、国際交流協会や外国人に対する日本 語教室等の機関・施設が設立された。やがて、交流活動の一環あるいは言語 学習支援としての日本語教育が実施・展開されてきた。その結果として、日 本語教室の数、教員の数、学習者の数等も 2009 年まで増加し続けてきた2)。 自治体の施策の中身や効果は、地域の状況によって多様である。外国人登 録者が全住民の 1%にも満たない自治体が多い中、例えば 15%を超えている 群馬県大泉町や、10%に近い東京都や神奈川県の幾つかの区・地域がある。 また、1990 年の入管法改正・施行以降、特に南米出身者が多く集まり全国 で最も多くのブラジル人(約 1 万 5 千人)が登録している静岡県浜松市のよ うな、いわゆる外国人集住都市と呼ばれる自治体もある3)。さらには、戦前 からの朝鮮半島出身者が集住している大阪市や川崎市のような自治体もあ る4)。 地域に住む外国人を共生する者として受け入れ、地域への社会参加を促し ていくためには、最終的には外国籍住民が自らの思いや声を発することができるような環境作りや支援に繋がる、エンパワメント(empowerment)とし ての言語学習支援、特に、その定住家族の子どもたちに対する言語学習支援 が、より重要となってこよう。2011 年 3 月 11 日の東北大震災以降、いった ん外国人登録者数が減少した地域は少なくないが、残った外国人住民を中心 に、移民定住者として永住・定住する人がさらに増えていくことが想定され る。今後は、地域や自治体における外国人の数の大小を超えて(国籍を超え て)、ますます人間(住民)としての交流が盛んとなり、共生社会の構築へ向 けたさまざまな施策の展開の中、成人に対する日本語学習支援はもちろんだ が、子どもに対する言語学習・就学支援の重要性は、これまで以上に大きく なってくるであろう。 こうした背景を踏まえて、本稿では、「日本型多文化共生社会」について 考察するにあたり、日本の外国人集住地域 A に居住する日系ブラジル人生 徒に対して 2007~2012 年まで行ってきた日本語会話と言語生活に関する縦 断調査と、散在地域 B に居住するパキスタン出身の生徒に対して 2013~ 2015 年まで行ってきた同様の縦断調査結果を踏まえて、社会参加という観 点から、子どもの言語環境の整備や母語/継承語維持の重要性について報告 する。また、CLD 児童・生徒(CulturallyandLinguisticallyDiversestudents) の言語環境(ethnolinguisticvitality=EV:Allard&Landry,1986;Landry& Allard,1991 や communicationnetwork=CN:Milroy,1987)の整備促進やエ ンパワメント、つまり「日本型多文化共生社会」に向けてどのような学びの 場の提供や工夫が可能か考察する。ここでは、多文化共生社会の構築に向け て、これまで先進的な施策展開等でさまざまな貢献をしてきたと考えられる 集住地域と、日本のほとんどの地域特徴と重なる散在地域に居住する CLD 児童・生徒の言語環境やその生活の特徴等に焦点を当て、課題を提示した い。その内容は、「日本型多文化共生社会」の基盤作りに不可欠と考えられ る「子どもの言語環境の整備や母語/継承語維持の重要性」の理解促進、充 実に繋がるものと考える。 2 バイリンガル環境の子ども(CLD児童・生徒)を育む多文化共 生社会の構築へ向けて 多文化共生社会の構築に向けて、成人外国人に関連した多様な施策の立
案、展開が重要であることは自明だが、一方、その家族として日本に同伴、 滞在している、いわゆる CLD 児童・生徒の言語環境整備はさらに重要な課 題と考えられる。こうした多言語環境の狭間にある子どもたちの環境整備に 関連した先行研究5)について、以下に触れる。 Landry&Allard(1991)は、多言語環境にある子どもに関する調査研究 の際の枠組みとして、「ethnolinguisticvitality=EV(民族言語的活力)」や 「communicationnetwork=CN(コミュニケーション・ネットワーク)」を含 む複数の変数を研究の際の広範囲な記録として取り入れているモデルを開発 した。EV は、言語(の学習)に対してその学習者の適性が与える直接的な 影響だけでなく、例えば家族やコミュニティにおける言語使用等に対する 「仲間のプレッシャー」を通して、より一般的には、以下に示すように、地 理的要因(人口統計等)、政治的要因、経済的要因、文化的要因等、四つの 重要な社会学的構成要素により影響を受けていると考えられる。また、言語 接触の場における学習者の個々のネットワークは、個々の学習者の適性/能 力と認識感情の性質のような心理的要因(精神的なレベル)と、その学習者 の社会学的決定要素を繋ぐ役割を果たすと考えられる。このことが社会参加 を促進することとなる。 多言語環境の子どもたちの社会参加の過程をエンパワメントできる、ま た、少数言語民族の集団に「活力」を付与できるような社会を構築するため には、以下のような要因に配慮した政策・施策の立案や展開が期待される (桶谷,2007;野山,2010)。 地理的要因:コミュニティの人口や密集度、移住の割合、コミュニティ内 の出生率、同族結婚率など(数の力、その地域が集住地区か 分散地区か)。 政治的要因:国や地域社会などで、その民族からの代表者がどのぐらいの 割合で参加しているか、コミュニティの政治力・社会的力な ど。その他、社会的地位、歴史的立場、言語の地位など。 経済的要因:商業・産業におけるその言語の使用度や、仕事場や金融・広 告・商店の看板などにおけるその言語の使用度、コミュニ ティの裕福度・経済力など。
文化的要因:コミュニティが独自の教育システムをまとめられるかどうか (例:○○人学校を創り、運営することができるか)、独自の 教会や寺社などがあるかどうか、その言語によるメディア (テレビ、ラジオ、新聞、劇場、書籍、雑誌など)が存在す るかどうか。コミュニティの文化会館や祭りはあるかどう か。 心理的要因:帰属意識(アイデンティティ)、自分への思い、動機付け、 適性、態度、性格、期待、評価、処遇、現実への適応・不適 応など。 既に述べたように、これらの要因を踏まえた上で、本稿では、「日本型多 文化共生社会」について考察するにあたり、上記の五つの要因(地理的、政 治的、経済的、文化的、心理的要因)から考えて、まず、日本の中でも比較 的充実したバイリンガル環境にあると捉えられる外国人集住地域 A に居住 する日系ブラジル人生徒に対して、2007~2012 年まで行ってきた日本語会 話と言語生活に関する縦断調査の結果の一部を報告する。次に、五つの要因 から考えて、発展途上であり充実度がまだ低いと捉えられるバイリンガル環 境の外国人散在地域 B に居住するパキスタン出身の生徒に対して、2013~ 2015 年まで行ってきた同様の縦断調査結果の一部を報告する。ここで敢え て二つの地域の調査結果を踏まえた考察を試みる理由は、本特集のテーマ 「今後の日本型多文化共生社会」の特徴について展望しようとするならば、 多数の外国人が定住した集住地域だけでなく、日本の大半を占める外国人散 在地域の CLD 児の言語環境等にも触れる必要があると考えたからである。 3 縦断調査事例:集住地域(A県B町)C学園 Landry&Allard(1991)が指摘した言語のインプットだけでなく十分なア ウトプットの機会を確保することの必要性、民族言語的活力(ethnolinguistic vitality:EV)の重要性に関連して、筆者が実施した質的調査の結果を報告す る。 ここでは、筆者が、集住地域 A に居住する日系ブラジル人生徒に対して 2008 年 2 月~2012 年 2 月まで、OPI(OralProficiencyInterview)の枠組み
を活用して実施してきた縦断調査の結果の一部を報告する(表 1 参照)。具 体的には、日本語会話力の習得と言語生活に関する縦断調査の結果の一部を 報告・紹介する。OPI の枠組みを活用して実施したインタビューのレイティ ング結果を踏まえて、その会話力の変容過程に、継承語、多文化・異文化間 教育、日本語教育等の観点から調査設計をしながら焦点を当てた。換言すれ ば、できるだけ搾取的でなく現場生成型(佐藤ら,2006)の協働調査となる ように心がけ、WelfareLinguistics(福利としての言語学)(徳川,1999)と いう観点から、地域に定住する外国人の生活に寄り添いながらインタビュー を縦断的に行い、形成的な評価とフィードバックをすることによって、日本 語学習者の支援を行ってきた。また、その変容の背景にあると考えられる言 語生活の実態や言語意識等との関係についても言及した。 3.1 縦断調査の結果からみえてきたこと S1~S10 の学習者 10 名(表 1 参照:5 回連続受けた生徒は 2 人、4 回が 3 人) のうち、超級到達者が 3 名、上級上の到達者が 2 名だった。以下、1 年目が 高校生か大学生で、5 年で大学の学生や社会人へと生活が変容し、会話レベ 表 1 外国人集住地域の学習者の OPI レイティング結果(2008 年 2 月~2012 年 2 月) 学習者 母語 職業等 1 年目 2 年目 3 年目 4 年目 5 年目 S1 ポ語注 1) 大学生 上・下 上・中 上・中 上・中 上・上 S2 ポ語 高校生 上・下 上・中 ― 上・上 超 S3 ポ語 高校生 上・下 上・上 上・上 超 ― S4 ポ語 高校生 (中・上)注 2) 上・下 上・中 上・中 上・上 S5 ポ語 高校生 (中・上) 上・下 上・下 ― ― S6 日語・ポ語 中学生 上・上 超 超 ― ― S7 ポ語 高校生 中・下 中・中 ― ― ― S8 ポ語 教職員 中・中 中・中 中・中 中・中 中・上 S9 ポ語 高校生 初・上 中・下 ― ― ― S10 ポ語 高校生 初・上 初・上 中・下 中・中 注 1)ポ語=ポルトガル語、日語=日本語、上・下=上級の下、大学生=1 年目のとき に大学生 注 2)(中・上)⇒評価は中級の上だったが、最終的に unratable(評価不能)となったもの
ルが最終的に超級か上級上に到達した 4 名(S1、S2、S3、S4)に注目し、イ ンタビュー(会話)の文字化資料の分析を試みた。 3.2 集住地域の事例からみえてきたこと―「のだ(ノダ)」の必要性― OPI の上級では段落、また超級では複段落の発話が求められる(牧野ら, 2001)。意味のある段落を構成する場合は、段落内の各文がまとまりをなし ていることが重要。つまり、各文が正しい接続詞で、正しい接続関係を作っ ていなければならない。会話の段落を構成する際には、説明のモダリティ「の だ(ノダ)」の使用が不可欠となる。 表 2 を見ると、全体として「ノダ」の使用は増加する傾向にあることがわ かる。つまり、上級以上で段落を作るためには、この「のだ」の使用が不可 欠であると考えられる。また、逆接、順接のどちらか一方を使うだけでは、 超級で要求される「複段落」の構成を維持するのは難しい。超級の判定が出 た話者は、この 2 種類のノダ文をうまく組み合わせて併用(活用)している と考えられる。 3.3 文字化データからみえてくること―S3 の 4 年目のデータから― 以下のデータから、話の途中で「んですよ」(順節)が入ることにより、話 の流れがよりわかりやすくなっていることがうかがえる。 ・外国人を雇う方が、日本人を雇うよりも安いので(うん)、て、まあコ ストの削減につながるから(はい)、仕方がないのかなとは思うんです 表 2 4 人の学習者のターン保持に使用された「のだ」の使用数 S1(上級上) S2(超級) S3(超級) S4(上級上) 項目 順接 逆接 順接 逆接 順接 逆接 順接 逆接 1 年目 1 3 9 1 2 17 1 4 2 年目 4 2 6 11 6 38 0 5 3 年目 8 9 ― ― 1 34 2 17 4 年目 4 18 9 13 5 31 6 28 5 年目 0 17 8 21 ― ― 4 46
けども(んー)、その日本人の人もその仕事やりたくないとか色々ある ので、どっちもどっちじゃないのかなって思うんですけど(んー)、その、 需要と供給が(はい)、合ってないから(うん)、そういうことが起きて しまうのであって、もうその仕事大変だけどやりたい、うん、何でもい いから仕事したいっていう人もいると思うんですよ(うん) 以上のような「のだ(ノダ)」は使用、活用に関しては、意味のある段落を 構成する場合には、不可欠なものである。ただ、もしこうした使用、活用が 十分にできない日本語非母語話者に遭遇した際には、その話の内容や目的を 理解することを優先して、柔軟な姿勢で互いに対話することが、今後の日本 型多文化共生社会を支える住民にはより期待されよう。この姿勢は、日本の 地域の大半を占めると考えられる以下の分散地域でも期待される。 4 これまでの成果からみえてきたこと―分散地域の事例― 4.1 パキスタン出身の生徒 A(女性)の OPI 等の結果 2014 年 9 月に初めて OPI の枠組みのインタビューをテスターS から受け た。結果は中級上であった。さらに、2015 年 3 月に 2 回目のインタビューを 受けた。結果は、前回と同様、中級上であったが、より上級レベルに近い会 話や対話の内容であった。並行して、2014 年の 12 月には、日本語能力試験 を受験して N2 に合格した。 4.2 生徒 A の背景―言語生活に関するヒヤリング結果から― 彼女はパキスタン人の父と日本人の母の間に、日本で生まれた CLD 児で ある。5 歳まで関東の B 県で育ち、6 歳時に父の母国=パキスタンに移動し た。13 歳までの約 8 年間現地の英国系インターナショナルスクールに通学し た。父とはウルドゥー語、母とは日本語、2 人の妹とはウルドゥー語で会話 を行い、学校では英語を使用するという言語環境であった。14 歳の年、家 庭の事情で母の故郷である日本(東北地方 A 県 B 市=外国人散在地域)に戻 り、日本の中学に編入した。彼女の話によると、その編入の時点で、読み書 きも含め最も習熟していた言語は英語であり、次がウルドゥー語、3 番目が 日本語であったそうだ。
4.3 生徒 A の日本語の能力について―読み・書きの力を踏まえて― 日本語の能力に関しては、パキスタン在住中、家庭内の会話だけの使用 だったため、読み書き能力についてはゼロに等しい状況であった。その A が学年を 2 年落として中学 1 年に編入することとなり、取り出し授業の一環 で地元の地域日本語教室で日本語を学び 1 年半がたって(中学 2 年の秋)、広 島旅行に参加した際に書いたものが以下の文章である。 「広島平和と日本文化の旅行」 私は、3 年前にパキスタンの社会科の授業で、広島と長崎に落とされた 原爆のことを勉強しました。だから、今回広島へ行った時は、前に習った ことを思い出してきて、もっと知りたいと思ったことをたくさん知ること ができました。なによりも、実際の映像、物や文も見ることができました。 ~中略~ 私は広島へ行ってとても勇気をもらいました。誰もが考えられない原爆 が落ちて、それでも今ではみんな悲しみがあっても広島は前向きにがん ばっていて、平和の町で有名になっています。広島はすばらしいところな ので、ぜひこれからもたくさんの人が訪れればいいなと思います。 A の場合、パキスタンでは通っていたインターナショナルスクールでの環 境や家庭環境も含めて、3 言語環境に居たわけだが、急きょ日本に戻ること となって、戻ってきた日本の中学校では、急に日本語の読み書き能力も含め た力を要求される状況となった。 日本の場合、日系人が多数居住する集住地域の一部を除くと、まだまだ CLD 児にとって適切な多言語環境が醸成されているわけではない。こうし た状況下でも、A の場合のように、適切な指導ができる日本語教師と出逢う ことができ、「対話」経験を積み重ねつつ、CLD 児として有する他の言語の ことも大切に考えてくれるような EV や CN に関するエンパワメントがあれ ば、約 1 年半で上記のような作文を書けるようになるわけである。 彼女は、中学 2 年の秋に広島の旅行に参加することで上記のような作文を 書いたわけだが、その後、さらに日本語の学習に力を注いた。そして、中学 3 年からは、他の地域の CLD 生徒の日本語支援に TA(TeachingAssistant)
として参加することで社会参加を始めた。中学 3 年の 9 月と卒業間近の 3 月 に OPI を受けた際には、ほぼ上級に等しいレベル(中級の上)に到達すると ともに、中学 3 年の 12 月には日本語能力試験の N2 にも合格した。その後、 無事に地元の高校にも合格して、高校 1 年の 9 月には、上級の下に到達した。 現在(2016 年 7 月時点)は高校 2 年生として学んでいる。 5 調査結果からみえてきた共通点とバイリンガル(複言語)環境整 備の重要性 5.1 調査結果からみえてきた共通点 OPI の結果や、言語生活・環境に関するヒヤリング結果等を踏まえると、 集住地域、散在地域の違いを超えて日本語会話力が最終的に伸びた CLD 生 徒(S1~4 及び A)において、複言語、バイリンガルの観点から、以下のよ うな共通点がうかがえた。 まず、来日後数年間は、通常学級への参加にプラスして、取り出しの日本 語教室(いわゆる国際教室や地域の日本語教室等)にも参加していた。また、 彼らが中学 3 年のときあるいは高校 1 年のときに、日本語能力試験の 2 級 (N2)か 1 級(N1)に合格していたことがわかった。そして、中学 3 年生のと きあるいは高校 1・2 年のときに、地域の日本語教室の支援者(TA)として 教室に参加(社会参加)して、学習者と(さまざまな摺り合わせや試行錯誤 等を複言語、二言語で行いながら)対話する機会を何回も得ることができて いた。さらには、彼らが 16 歳から 18 歳になる時期に、OPI の枠組みを活用 した(私たちの)縦断調査(測定)に参加し、公の場で成人(テスターや調査 者たち)と日本語で対話する経験を蓄積することができたということであ る。なお、彼らの家庭内言語は原則として母語・継承語であり、その複言語 使用や複言語生活は今も維持されている(野山,2013)。 以上の言語生活・環境の分析結果(共通点)を踏まえると、外国人集住地 域の CLD 児だけでなく、日本の大半を占める外国人散在地域の CLD 児の場 合でも(複言語環境の整備が不十分な地域の子どもでも)、居住地域におい て日本語もしくは継承語(第一言語)の使用が不可欠な実際場面に社会参加 を重ね、多様な摺り合わせが必要な対話場面に頻繁に遭遇するような言語環 境作りを工夫していくこと(上記の共通点を粘り強く実施・展開すること)
で、複言語環境が充実した地域に匹敵するような状況を創ることが可能であ ることがうかがえた。日本の地域社会の将来を展望するならば、このように、 複言語環境の整備を促進しやすい集住地域だけでなく、その整備を促進しに くい散在地域でもできるような工夫を重ねていくことこそが「日本型多文化 社会」の特徴になると思われる。 5.2 バイリンガル環境整備の重要性 中学あるいは高校のときに地域の日本語教室の支援者(TA)として教室 に参加(社会参加)して、学習者と複言語・複文化能力を駆使しながら対話 する機会を獲得できるような言語環境の整備を促進することの重要性につい て言及しておきたい。集住地域の C 学園では、2004~2005 年度の 2 年間、文 化庁の委嘱を受けて、親子の日本語教室の開設事業を展開していた。筆者の 調査やヒヤリング結果(野山,2013)及び関連文献(拝野,2010)を踏まえて、 その事業展開の過程で生じた出来事や、地域日本語教室の関係者の気付きの 実態・変容について概観しながら、CLD 生徒の会話力が伸びた理由を考察 すると、日本語教育の補助者としてのポルトガル語(以下、ポ語)の活用が 挙げられる。 親子の日本語教室の主宰者であった C 学園長(当時)=T さんの勧めで、 彼らは高校生になってから、ブラジル人の成人に対するボランティア活動の 一環で、バイリンガル(二言語を活用できる)支援者の一人として日本語を 教え、社会参加し始めたことになる。その授業の際に、状況・必要に応じて 媒介言語であるポ語を使って日本語(使用)に関する説明をしようとしたと ころ、うまく通じないことがあった。うまく通じなかったときに、成人の学 習者(ポ語話者の先輩)が、ポ語による的確な説明の仕方を助言してくれる ことが何回かあった。彼ら自身、最初はこうした場面で助言や注意を受ける と何となく腹が立ったそうだが、徐々に腹も立たなくなり、最終的にはこう した指摘や対話の内容に感謝できるようになったとのことであった。日本語 の支援活動を通して、自分の第一言語であり母語/継承語でもあるポ語使用 の難しさと大切さを改めて痛感したというわけであった。 親子の日本語教室における補助者としての経験は、日系ブラジル人である 彼らの自尊感情をある意味で刺激しており、その教室での経験がやがて、彼
ら自身の進路選択・進学問題に関して、さまざまな好循環を生み出す引き金 (トリガー)になったということがうかがえる。この事例から、C 学園や地 域における日本語学習支援の現場が、CLD 生徒のアイデンティティの確認 や自尊感情の確認に大いに貢献していることが推察される。 こうした気付きや第二言語である日本語の会話の習得過程は、それぞれの 言語(日本語とポ語)を個別に学習しようとするのではなく、場面や状況に 応じて自分が使える言語の蓄積を増やす機会を得たことで、互いの言語にプ ラスの影響を与えてきたことがうかがえる。この実態は、Cummins(1986) の二言語共有説を支持するものとも考えられる。CLD 児にとっては、二言 語環境の中で両方の言語の学習動機に刺激やエンパワメントを受けること、 換言すれば EV の醸成や CN の拡充を図ることが大変重要であることが推測 できる。 日本語とポ語、あるいは日本語とウルドゥー語、日本語と英語等のように、 文法も表記も極端に違う場合であっても、バイリンガルや多言語環境に育つ ことができた子どもの二言語はお互いに依存しながら発達していくというこ とがうかがえる。このことを、二言語/多言語の環境で生活することが可能 な CLD 生徒に対する支援に援用しようとした場合、次のことが肝要になる と思われる。例えば、個々の言語生活の状況によって話題別の会話力や言語 能力が異なることも想定される。こうした状況にある場合、特に、中・高校 生の場合、日本語と〇〇語(英語、ポ語、中国語、韓国語等)のどちらかの 言語の力を伸ばすことによって、もう一方の言語にも好影響がもたらされる ということが起こり、その往還の中で、両言語の会話力を伸ばすことが可能 になってくるものと考えられよう。要は、CLD 児童・生徒の二言語/多言 語使用に対する柔軟性・寛容性を拡充していくことが日本型多文化共生社会 には欠かせないものの一つであると考えられる。 2 章で触れた CLD 児童・生徒の言語環境・生活を支える五つの要因(地理 的、政治的、経済的、文化的、心理的要因)から考えると、集住地域 A は、 五つの要因のうち経済的要因を除いた四つの要因が充実している。一方、散 在地域 B は、五つの要因のうち、地理的、政治的、経済的要因は充実してい ない状況があるものの、日本語教室や日本語での対話・交流場面を居場所と する心理的、文化的要因は充実しつつあると言えよう。
こうした結果や実態は、複言語環境下で継承語や第二言語を維持し伸ばす には、言語使用の必然性がある対話場面の提供が肝要であることを示唆して いる。換言すれば、そうした場面の提供や CN の拡充を図っていくために、 EV の確認に繋がる実践や工夫の在り方が問われることとなる。換言すれば、 日本の大半の地域が地理的、政治的、経済的要因は充実していない散在地域 である以上、可能な限り文化的要因、心理的要因を充実させながら複言語の 環境・生活を支えるために不可欠な CN の拡充や EV の醸成に繋がる工夫が 実践できる場を創ることが、今後の日本型多文化共生社会の特徴として期待 されるだろう。 6 おわりに―展望:学習に繋がる場面提供の蓄積ができる多文化共 生社会を目指して― 5 章で述べた CN の拡充や EV の醸成に繋がる工夫が実践できるような社 会=多文化共生社会を支える CLD 児童・生徒の学習には、これまで以上に、 正統的周辺参加(LPP)(レイブ & ウェンガー,1993;佐伯,2009)の成立過 程を意識することが肝要となろう。正統的周辺参加における「学び」とは、 教師の「教え(teaching)」とは独立の営みであり、実践共同体(文化の実践 として世の中に価値付けられたことを生み出している集合体)に、自らの独 自の在り様を活かして、「参加」することであり、リアルな現実の実践への アクセスということになる。その意味で、日本語学習支援の現場での TA の 体験、経験の蓄積は、社会的実践の一部や参加の場・機会として役立つこと になろう。また、そうした場への参加を通して、成人や他の学習者と接触し、 対話場面に遭遇することは、自分自身のアイデンティティ(言語・文化的安 定根)の形成にも貢献できると考えられる。そして、こうした一連の参加過 程や実践へのアクセスが、多言語環境にある自分の言語や文化を意識化さ せ、CLD 児童・生徒の日本語や母語/継承語等の学習動機の維持にも役立 つと思われる。 このような観点から、自らの独自の在り様を知るために、OPI の枠組みを 活用したインタビューやその後のフォローアップインタビュー等で、学習者 自身の言語生活やライフヒストリーを語ってもらい気付きを促すことも肝要 である。その際の社会参加を通した「対話」の蓄積は、地域社会の暗黙知理
解の促進と経験知の蓄積にも繋がることと思われる。その意味で、日本型多 文化共生社会においては、例えば、CLD 児童・生徒やその家族、関係者の 思いをできるだけ汲み上げ活かすために、彼らに対することばの教育を、例 えば「彼/彼女の第二言語=日本語だけでなく、もう一つの言語である第一 言語=母語にも配慮した教育や学習支援活動」と想定するならば、日本の公 教育の現場で「彼/彼女の第二言語=日本語だけでなく、もう一つの言語 である第一言語=母語も視野に入れた」アセスメントとして、2014 年 1 月 に文科省により「外国人児童生徒のための JSL 対話型アセスメント DLA」 (http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/clarinet/003/1345413.htm)が開発・ 提供されたことは朗報である。日本語型多文化共生社会の現場においては、 学校内における言語教育支援はもちろんだが、家庭内や居住地域(コミュニ ティ)における第一言語(母語/継承語)の教育支援や言語環境整備の促進 についても、さまざまな関係者や関連機関が連携・協力しながら CN を強化 し、EV の醸成に力を注いでいくことが期待されよう。 〈注〉 1) 平成 22(2010)年末時点で、外国人登録者数は 213 万 4,151 人で,前年比で 5 万 1,970 人減少した(法務省入管統計)。総人口 1 億 2,806 万人(総務省統計局「2010 年 10 月 1 日現在推計人口」)に占める割合は,前年に比べ 0.04 ポイント減少し 1.67%となって いる。 2) 平成 22 年 11 月 1 日現在,国内における日本語教育の実施機関・施設等数は 1,836 機 関・施設,日本語教師数は 33,416 人,日本語学習者数は 167,594 人となっている(『平 成 22 年度国内の日本語教育の概要』(文化庁調べ)。なお、前年調査との比較では, 機関・施設等数,日本語教師数は増加しているものの,学習者数は減少している。平 成 12(2000)年度からの 10 年間の推移を見ると,教師数は,20,691 人から 33,416 人(1.6 倍)に,学習者数は 95,049 人から 167,594 人(1.8 倍)に,それぞれ増加している。 3) 浜松で実施された学習支援のための事業は、子どもたちの不就学者数の減少に貢献し ただけでなく、EVの増大や自尊感情の確認のために大いに貢献したと考えられる(山 野上・林嵜,2007)。ただ、こうした集住地域の先進事例の場合でも、行政担当者か らのヒヤリング結果によれば、これら施策の最終目的は主に日本語(L2)の習得にあ り、仮に母語教育を何らかの形で行っている地域があったとしても、それは日本語習 得の手段として母語を使って指導する形態の一つであると捉えられる(佐藤,1997)。 4) 日本の教育政策や施策の中でも珍しい、高校段階における支援方策に関して、大阪府 の事例について紹介する。在日コリアンの指導の経験の蓄積を持つ大阪府では、その 経験知を活かして、ニューカマーの外国人生徒の支援においても母語支援を重視して きており、参考となる点が多い(宮島,2014)。全国的にみて、小学校、中学校の義 務教育の現場にバイリンガルの教員が雇用されて、その学校に通う外国人児童・生徒 の BICS や CALP の増強、“ethnolinguistic vitality(EV)” の増大、アイデンティティ
や自尊感情の確認等に貢献している場合はあるが、高校段階での外国人生徒に対する 対応は、残念ながらほとんど行われていない現状となっている。その意味で、大阪の 事例は極めて貴重な事例である。この五つの府立高校では、母語保持と日本語指導を 明示的に重視した「指針」を定めている。ニューカマーの生徒には中国系(中国帰国 者の関係者が多い)が全体の 3 分の 2 程度を占めているので、母語支援にもその特徴 が現れている(鍛治,2008)。今後、外国人児童生徒の就学問題の諸課題を徐々に解 決していくためには、家族や保護者への就学の重要性に関する理解促進や、就学支援 ネットワークの拡充がさらに期待されよう(宮島,2007)。 5) 日本における社会参加と言語能力の見地から調査結果をまとめた先行研究について は、管見の限りでは皆無に等しい。ただ、言語政策的な観点から社会参加のための言 語教育、あるいは日本語教育の課題に関して言及したものとしては、福島(2011, 2012)などが挙げられる。福島(2011:17)によれば、日本社会が多言語社会に向かい、 例えば「多くの媒介語を社会的に所有すれば、そのうちの一つの媒介語により社会参 加が可能となる」ことを示しつつも、この解決策の実現に向けては「日本社会の言語 環境そのものに対する政策が必要であり、国家的な政策の立案から実施まで多様な課 題が残るだろう」と述べている。また、「日本語教育において社会参加のためのスト ラテジー教育を強化することも方法の一つである」とも述べている。これらの観点、 言及を踏まえると、本稿で示す社会参加と言語能力(日本語能力・母語/第一言語能 力)との関係に関する調査結果や課題等は、今後の「日本型多文化共生社会」構築に 向けた基礎資料として貢献できるものと考える。 〈引用文献〉 桶谷仁美(2007)『家庭でバイリンガルを育てる 0 歳からのバイリンガル教育―継承日本 語教育の立場から―』明石書店. 鍛治 致(2008)「大阪府におけるニューカマーと高校入試」志水宏吉(編著)『高校を生き るニューカマー―大阪府立高校にみる教育支援―』明石書店,75–89. 佐伯 胖(2009)日本語教育振興協会主催シンポジウム講演資料『認知革命とことばの教 育』 佐藤郡衛(1997)『外国人児童・生徒の指導・実践に関する調査研究』東京学芸大学海外子 女教育センター. 佐藤郡衛・横田雅弘・吉谷武志(2006)「異文化間教育学における実践性―『現場生成型研 究』の可能性―」『異文化間教育』23, 20–36. レイブ,ジーン・ウェンガー,エティエンヌ(佐伯 胖訳)(1993)『状況に埋め込まれた 学習―正統的周辺参加―』産業図書. 徳川宗賢(1999)「ウェルフェア・リングイスティクスの出発」(対談者 J.V. ネウストプ ニー)『社会言語科学』2(1),89–100. 野山 広(2010)「多文化共生社会に対応した言語教育政策の展望―移民社会の到来を視野 に入れながら―」中島平三(監修),西原鈴子(編集)『言語と社会・教育』朝倉書店, 9–29. 野山 広(2013)「日系ブラジル人生徒の日本語習得と言語生活に関する縦断研究―集住地 域 A における 5 年間の縦断調査の結果から―」2013 年異文化間教育学会研究大会. 拝野寿美子(2010)『ブラジル人学校の子どもたち―「日本かブラジルかを超えて」―』ナ カニシヤ出版. 福島青史(2011)「社会参加のための日本語教育とその課題―EDC,CEFR,日本語能力試
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(おけたに ひとみ イースタンミシガン大学世界言語学部 教授 バイリンガル・マル チリンガル教育)