タイにおける都市下層民の住まい (特集 世界の住
まい・今)
著者
遠藤 環
権利
Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア
経済研究所 / Institute of Developing
Economies, Japan External Trade Organization
(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp
雑誌名
アジ研ワールド・トレンド
巻
191
ページ
15-16
発行年
2011-08
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
URL
http://hdl.handle.net/2344/00004174
●
タ
イ
に
お
け
る
低
所
得
者
用
住
宅政策
タイにおける低所得者用住宅政 策 が 大 き な 転 換 期 を 迎 え た の は、 タクシン政権の時代(二〇〇一~ 二〇〇六)である。貧困撲滅を公 約のひとつに掲げていたタクシン は、月収一万五〇〇〇バーツ以下 の世帯を対象に、五年間で一〇〇 万 戸 の 住 宅 の 供 給 を 目 指 す と し た。積極的に発案したのは、高層 アパート型のバーン・ウアアート ン( W e care の 意 ) で あ り、 国 家 住宅公社(NHA)を通じて、六 〇 万 戸 を 供 給 す る と し た。 ま た、 既に貯蓄組合活動で実績のあった コミュニティ組織開発機構(CO DI)が管轄するセルフヘルプ型 住宅のバーン・マンコン(安定し た住居の意)も開始された。 急 速 な 都 市 化 を 経 験 す る 際 に 必 ず 問 題 に な る の が 、 都 市 へ の 人 口 流 入 と 、 い わ ゆ る 「 ス ラ ム 」 の 増 大 で あ る 。 バ ン コ ク で は 一 九 六 〇 年 代 以 降 、 人 口 の増 大 が 顕 著 と な る が 、多 く の 人 は 「 余 っ た 土 地 ( 線 路 沿 い や 湿 地 な ど の 条 件 不 利 地 )」 に 自 力 建 設 で 居 住 地 を 構 え た 。 一 方 、 都 市 の 開 発 ・ 発 展 が 進 む と 、 こ れ ら の コ ミ ュ ニ テ ィ は 住 宅 問 題 と し て 認 識 さ れ る よ う に な る 。 初 期 は 撤 去 政 策 が 中 心 で あ っ た が 、 そ れ で も 一 九 六 〇 年 代 に 一 度 、 N H A に よ る 低 所 得 者 用 住 宅 の 供 給 が 実 施 さ れ た 。 と こ ろ が こ の 政 策 は 失 敗 に 終 わ っ た 。 住 民の 多 く が 賃 借 料 を 負 担 で き ず 、 転 売 し て し ま っ た か ら で あ る 。 そ の 後 は 、 ス ラ ム 内 改 善 政 策 や 、 一 九 九 〇 年 代 以 降 の 、 郊 外 へ の 移 転 政 策 な ど が 実 施 さ れ て き た が 、 そ の 約 三 〇 年 間 で N H A が 携 わ っ た 低 所 得 者 用 住 宅 は 約 一 〇 万 戸 に 過 ぎ な か っ た 。 タクシン政権の住宅政策、特に バーン ・ ウアアートンは、画一的 ・ 規格化された賃貸住宅の供給と空 間整備を意図した都市の近代化政 策でもあった。現在、自力建設に よる密集したコミュニティが徐々 に、都市計画法が適用された居住 空 間 へ と 置 き 換 え ら れ つ つ あ る。 以下、事例から、それぞれの空間 を対比してみたい。●
自
力
建
設
に
よ
る
住
宅
と
コ
ミュニティ
都市に流入した人々にとって最 初のハードルは、住まいの確保で ある。まとまった資産を持たない 人 々 が 購 入 可 能 な 安 価 な 住 宅 は、 民間市場では充分に供給されてこ な か っ た。 賃 貸 市 場 に お い て も、 一部屋のみのアパートでさえ、家 賃の相場は、最低賃金水準の月収 の半分以上となる。そのため、多 くの住民は、自力で住宅を建設し てきた。ほとんどの住民は、簡易 な 住 宅 で あ れ ば、 一 〇 日 程 度 で 作ってしまう。素材はブリキなど の廃材やベニヤ板を使うことが多 く、 密 集 し て い る こ と も あ っ て、 外部者からは「汚い」と否定的な 見 方 を さ れ て し ま う。 そ れ で も、 こ れ ら の 住 宅、 そ し て コ ミ ュ ニ ティには、都市下層民が都市を生 き 抜 く た め に 必 要 な 諸 機 能 が 備 わっている。 一つには、居住空間としての柔 軟性である。農村と比較して都市 の居住コストは高く、土地は稀少 である。直系、複合家族の複数の 構成員が二、三部屋の空間に同居 している事も少なくない。コスト を 抑 え る 事 が( 家 族 原 理 よ り も ) 優先されるためである。自力建設 の住宅であれば、 家族構成の変化、 バーン・ウアアートン バーン・マンコン遠
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アジ研ワールド・トレンドNo.191 (2011. 8)時 々 の ニ ー ズ に 合 わ せ て、 増 築・ 改築する事が容易である。 二つには、 多くの住民にとって、 住宅は生活空間であるだけではな く、 生産、 消費活動の場でもある。 コ ミ ュ ニ テ ィ の な か で は、 屋 台、 雑貨屋、洗濯屋、床屋から珍しい ものでは 刺 いれ 青 ずみ 屋までも営業してい る。インフォーマル経済従事者に とっては、労働の場でもある。 三 つ に は、 「 累 積 的 投 資 」 が 可 能となる点にある。予算制約の大 きい家計のなかで、家族のライフ サ イ ク ル の 各 段 階( 出 産、 育 児、 就学など)に生じる課題を基に世 帯の支出優先事項を決定し、余裕 のある時期には住宅にも少しずつ 資金を注入していく。 最後に、個々の住宅の狭さによ る制約は、コミュニティによって 補完されている。コミュニティの なかでは、生活の営みが、個々の 住宅内で完結していない。住宅に 収まりきらない調理、洗濯、水浴 びなどの行為が路地で行われてお り、 戸外までもが生活空間である。 以上のように、自力建設の住宅 とは、様式や外観の統一性には乏 しいものの、住民の経済的制約と ニーズの相互作用による創意工夫 や積み重ねの成果である。