札幌大学総合論叢 第 50 号(2020 年 10 月)
〈論文〉
子どもの表現に関する造形行為について
─ 「かく」という行為に関する一考察 ─
阿 部 宏 行
はじめに 子どもの造形表現に関して,ともすると絵をかくことや,工作などのものをつくること を思い浮かべることが多い。どの表現においても,その原点にはイメージなどの想像力の 働きがあり,筆記具を支えコントロールする手や指などの諸感覚がある。また,絵をかく という表現はかくことを可能にする材料(紙や筆記具など)があって成立する。諸感覚の 発達は,乳幼児期から児童期・青年期など子どもの表現から大人の表現の変化を生みだし ている。 ここでは,表現を可能にする「発達」と,「かく」「積む」「並べる」などの造形表現に至る「行 為」に着目して,発達と表現の関係を考察する。 そのため第1では,子どもや表現及び発達に関する概念規定を論じる。第2では,子ど もの絵や造形行為の特徴的な表れを記述する。第3以降では,イメージと造形行為及び創 造性について論じ,その指導に関する在り方を述べる。 本研究では,個の発達としては連続しているが,指導に関わることにも言及することか ら,本編では,保育所,幼稚園,認定こども園の乳幼児期と,小学校の児童期を対象にし て集団における相互の影響などによる発達と指導について論じる。 1 子どもと表現 (1)子どもに関する概念規程 子どもを規定するとき,日本では,法令による成人と区別して,子どもと大人の境を 18 歳や 20 歳においている。国際連合の児童の権利に関する条約では「18 歳未満のすべて の者,ただし子供に適用される法律の下でより早く成年に達する場合は,この限りではな い」と規定がある。これらの規定は,その国々の歴史的で社会的な影響下の中で形成され たものである。同一の線を引くことは困難である。また,本研究は,主に乳児期から児童期の乳幼児と小学生を研究対象としている。そのため,法的な年齢や社会的な大人と子ど もという区分から離れて,本編では,造形表現に関する「子ども」を9歳辺りまでとして 規定し,その特徴的な表れを列挙する。この9歳辺りを規定する根拠については,第5の 先行研究などを基に行う。 (2)表現の発達 「表現」は,内にある感情などを可視化して,外に形として表すものとして,意識・無 意識に関わらず表す,または,現れる様態である。すなわち,行う側も,その行いを観 察する側も,「外に形」として表われる行為との関連は深いといえる。 ここでは,発達に伴う表現の概念形成の筋道を研究対象にしている。それは体験を通 表1
して新しい概念をつくりあげる過程を観察によって検証しようとするものである。それは, 実験室などで人工的な概念を形成するようなものではなく,日常の生活場面を形成する 家庭や幼稚園など,複数の人間関係がある中で形成されるものを指している。 表1は,松家まきこの『表現あそび指導法』を参考にして作成した1)。下線部は,子 どもの「造形表現」に関する年齢別の特徴である。また,ゴシック部分は,大人や保育 者の関わりを示している。 (3)造形表現の発達 ①造形表現に関する身体的発達について 乳児期の造形表現の発達に関しては,「手」で物を掴むことができる時期を起点として 考える。個人差はあるが,おおよそ 3 ~4か月で,差し出された物を掴んだり,服の端 を掴んだり,意識・無意識に限らず,造形表現の出発点である。その上で,寝返り等を経て, 足を前に放り出して座り,筆記具を握った場合に絵をかく行為が可能になるということ である。 ②造形表現に関する記録について 表現の発達を考察するに当たっては,絵を対象とする先行研究が多くある。これは「絵」 が「作品」として残るという,研究に有効な手立てになるからである。ここでの「作品」 の用語は,制作者の意図的なものか,無意図なものも含まれるか。また,模倣や模写な どを作品として扱うか,明確な線引きが一様ではないので広く作品の範疇とする。 それは,乳児自身が「絵」をかいているという意識化にあるものではなく,「運動」と して,腕を振るというような身体性に導かれたものである。このことは何を意味するの かを考えると,「絵」として判断しているのは,本人ではなく,かかれたものを対象化し, 分類した,研究者なりの大人が判断して分類していることになる。 絵に表すという状況では,手で筆記具をもち,紙(支持体)の上に,かかれた跡が残 ることである。痕跡を「作品」としてよいかは,様々な考え方があるが,子どもの作品(特 に幼児)では,「作品」として,意図的にかいたものではない。他者との区別された固有 のものとして確定できたときに「作品」といえる状況が生まれるのである。しかし,そ の場合も子どもに大人と同じような「作品」像があるわけではない。あくまでも,その 記録されたものを,取り上げ分類した者が,区別しただけである。子ども自身にとって は「成長の記録」としての各自の「作品」が残ることになる。 本編では,子どもの絵を中心に研究を進めるに当たっては,被験者の成長の記録であ
る絵(作品)を研究対象とするとともに,絵などの結果にいたる「行為」に焦点を当てて, その行為(造形的な行為)を画像や動画等に記録化し,検証と考察を重ねていきたい。 この「行為」の検証に関しては,実験室で,子どもを対象化して行うことを想定して いない。津守真は,日々の生活で出会う子どもの行為は「子どもの世界の表現」としてあっ て「外部から第三者によって客観的に観察される行動は子どものなす行為の一部分であ る」2)としている。「子どもの世界に出会う」という立場から,そこで知覚された子ど もの行為を読み取ることを研究の中心とする。 2 子どもの絵に表す表現の発達 (1)子どもの絵の発達に関する先行研究 子どもの絵の発達に関する研究では,海外において V. ローレンフェルドやローダ・ケ ロッグらによるものがある。国内においては,鬼丸吉弘3)や東山明4)らの先行研究がある。 また,絵を基にした性格分析などの心理的な分野では霜田静志5)や扇田博元6)らが先行 研究としてある。 本編では,絵における発達の区分は,鬼丸や東山の著書を参考にしている。どちらも 筆 記 具 を 手 に し て か く 行 為 の で き る 概 ね 1 歳 を ス タ ー ト と し て い る。( 表 2) 表2 絵以外の全般的な発達区分については,2008 年厚生労働省発行「保育所保育指針」の 8区分を参考にしている。 子どもの絵から大人の絵へと発達する移行期を鬼丸・東山とも,おおむね9歳辺りに おいている。この「9歳」に関しては,身体的な変化や,精神的な自立など多くの研究 からも裏付けられている。造形表現領域においても,同様に大人と子どもの境を「9歳
前後」と規定して,論と展開することとする。その理由について,以下に述べる。 (2)子どもの絵の特徴的な表れ 子どもの絵に関しては,鬼丸の3期に分ける分類法を採用する。これは,大人が見て 何をかいているのか分からない時期を「表出期」としている。いわゆる「なぐり描き」 など身体性に委ねられている乳児期から幼児初期の段階の絵である。このあと2歳から 3歳ごろに,大人から見て,何がかいているかが分かるが,表し方が大人の表現の仕方 と異なる絵になる。鬼丸は,初期の頭足類(頭足人)のような閉じられた円から始まる 時期を「構成期」としている。また,大橋功は,頭足類以降の「構成期」の絵の特徴的 な表れを 10 分類している(表3)7)。 この時期の表現は,体全体で知り得た対象や出来事について,全感覚的,主観的に表 す特徴がある。また,言葉の発達も一層高まることから,絵に表し切れないことを言葉 で補ったり,体全体で表現したりするなど,身体性に委ねられている。 この「構成期」から移行して「再現期」という表現が大人の絵になる時期を迎える。 この「再現期」は年齢がおおよそ9歳ごろから始まるとしている。
【構成期の子どもの絵の特徴的な表れ】 表 3 ア, 集中構図(誇張・強調表現) ・幼児はかきたいものを大きくかいたり,強い筆圧でかいたりする。そのため簡略 化したり,部分的に誇張や強調したりする。 イ, 抹消表現 ・かきたくないものは,小さくかいたり,かかなかったり,対象に対する印象など 感情によることがある。 ウ, レントゲン表現 ・見えないものを見えるようにかく。幼児にとって自分のとらえた姿や形を表して いるので,見える見えないは大きな問題とはならない。 エ, 同存表現(異時同画) ・時間の異なるできごとが,同一の画面に表される。我が国の絵巻物なども同様と いえる。 オ, カタログ表現 ・興味ある対象をカタログの商品のように並べて表す。 カ, 基底線(基底面) ・天地や左右を規定する線のことで,垂直と水平が生まれる。天地を気にせず自由 にかいていた時期から発達した表現といえる。画用紙の面が,基底面として,描 かれることもある。 キ, 擬人化表現(アニミズム) ・万物に生命があり,人間と同じような感情をもっていると考え,顔立ちも含めて 人間のように表す。 ク, 展開図的表現(観面混合・多視点表現) ・箱の展開図のように,真上から見て広げた形をかく。視点が上からだけでなく真 横からなど,多視点から見たようにかくので観面混合や多視点表現などと呼ばれ る。視覚的な表現ではなく,身体性に委ねられているといえる。幼児期の多視点 が,再現期になると,斜め上からの一つの視点に集約されていく。 ケ, 正面表現 ・体は横を向いているが,顔は正面をむいている表現で,対象の形がとらえやすい 向きからかく。大人の絵のような人物には重なりはなく,大小の違いがあっても どの人物も,全身をかこうとする。古代エジプトの壁画は,顔は横向きで,体は 正面というように反対の構図になっている。 コ, 積み上げ表現 ・幼児期から児童期になって,重なりや奥行を表す表現に至りますが,幼児は重ね ず,上部を遠いところとしてかく。 表 3 の特徴的な表れに関しては,個人差があり,どの子どもからも出現されるもので はない。
(3)視覚優位の絵の表現 ~子ども時代から大人時代への幕あけ 「構成期」から,移行した大人の絵の「再現期」における特徴的な表れは,絵に「重なり」(奥 行き)が現れることである。別の言い方をすると,「見えないものはかかない,見えるも のを見えるようにかく」という表現の発達である。 つまり,子ども時代の絵は「見えないものも,見えるようにかく(知っていることを かく)」ということである。見えてなくても,想像の力によってかくことを示している。 また,見えないところも,視点を動かして,近づいたり離れたりして,全体像を把握する。 つまり,気になるところに視点を移動させてかくという「多視点」が,子どもの絵の特 徴といえる。 他方,大人の絵は,固定した一つの視点で見えるようにかくという原則に従うように なる。視覚優位の時代に入ったということである。この時期が,絵の表現におけるター ニングポイント(分岐点)である。ここから子どもの絵は,観面混合(多視点表現)を 繰り返すとともに,透視図法などの学習によって,大人の絵に完全に移行していく。 3「かく」という造形表現 (1)「行為」に込められた「造形表現」 結果としての「作品」は,「かく(描く)」という行為や,削るという行為の結果によ るものである。この行為にこそ,「造形表現」の姿を求めることから,本研究を始めよう と思う。 ・筆記具を握る→筆記具を支持体に振り下ろす→支持体からの抵抗(手ざわり・押し戻し) を受けながら,筆記具を動かす→筆記具によって,押され傷ついた跡が,点や線になる ・粘土を触る→粘土の抵抗を受ける→粘土を握り返す→粘土を離す→形が残る ・石をつまむ→つまんだ石から抵抗を受けて押し返し握り直す→つまんだ石を置く→次 の石に向かい→石をつまみ→先ほどの石の横 に置く→さらに石をならべるなどのいくつも の行為の連なりが造形表現であり,結果とし て「形や色」(作品)が残るといってよい。「ど この形を変えるか」「どこに色を置くか」思考 判断された後に,行為が成立する。 「ふれる」という行為を出発点として「かく」 「並べる」「積む」「削る」「塗る」「打つ」「貼る」 などの「造形的な行為」の導き出すのである。 写真1)T 児の生後7か月:一人で座り, 物がつかめる状態
これらは,子どもの生活(特に遊び)の中で繰り返し行われる行為である。その行為に 裏付けられる能力は,実験室で行われるのではなく,自発的で主体的な遊びの中で見い だすことが重要であると考える。 これらの起点にあるのは「つかむ」「つまむ」「さわる」「にぎる」などの手の感覚である。 この触覚に関する研究では,「乳児はまず生後3か月で触覚により物体の“大きさ”がわ かるようになり,次に,生後6カ月で物体の“温度や硬さ,肌理(さらさらかつるつるか, など)”がわかる。生後6~9カ月になると,物体を“重さ”で区別できる。1歳,物体 の“形”が触覚でわかるようになる」8)これらは,実際に「ふれる」ことでしか,「わかる」 ことにならないのである。これらの体験及び経験が「資質能力」として身に付くと考える。 写真2)T 児の生後9カ月でかいた点や線 写真3)T 児の生後9カ月:はじめて,筆記 具を使い,紙に点や線をかいた時期 (2)言葉と絵にかくこと 大人が見て何をかいているのか分からない「なぐりがき」の表出期から,頭足人など の人物であったり,ものであったりする大人が見て何がかいているのが分かるが,かき 方などが大人と異なる「構成期」に入る。おおよそ2歳から3歳をはじめとする時期か ら移行していく。 また,初語と呼ばれる「初めての言葉」は,ママやブーブーのような同音のくり返しが, 生後1歳前後から始まる9)。その上で,2歳辺りから,「これなに?」の「命名期」と呼 ばれる「言語」も急速に発達する。ここでは「象徴機能」と呼ばれる,ものを何かに見 立てたり,テレビ番組のヒーローを真似たりする。言葉やイメージ,そして,絵に表す
ことなどに深い関連を示すことになる。 4 イメージと造形的な行為 (1)イメージについて 生後 11 か月の Y 児に対して,保護者がお気に入りのおもちゃを手の中に隠して,「どっ ちある?」と示した(写真4)。示した方にないことを確かめると困惑の表情を示す(写 真5・6)。他方の手に視点を動かし,開けるように催促する(写真7)。そこに,ある ことを確かめると,口におもちゃを入れて喜ぶ(写真8・9)。Y 児はもう一度行うよう 写真4 写真5 写真6 写真7 写真8 写真9 写真 10 写真 11 写真 12 写真 13 写真 14 写真 15
催促する(写真 10)。再び示した手にあることを確かめて,喜びの表情を浮かべる(写 真 11・12)。また,催促しておもちゃを渡す(写真 13)。同じことを繰り返すうちに,一 方の手にないときには,すぐに他方の手を開けるように催促し,見つけて喜びの表情を 浮かべる(写真 14・15)。 このとき Y 児には,「おもちゃ」のイメージがあり,その予想したことが,当たると喜び, 当たらないと困惑していることが伺える。生後 11 カ月に,イメージとしての「おもちゃ」 の記憶があることを示している。 このイメージのことを知覚などの認識による理解などとは区別して規定している。ハー バード・リードは,「芸術による教育」10)の中で「イメージ」(image =影像)について,「記 憶」と「想像」の違いに分けて説明している。 見るという行為を通して,その残像をイメージとして記憶し,そのイメージを呼び起 こすことができる。想像は,これら断片の記憶(イメージ)を,相互に関連させる能力 のこととしている。 前述の生後 11 か月の Y 児の例では,「おもちゃ」の記憶が「知識」として残っている。 その記憶をイメージして,見えないおもちゃを予想するという行動を取っているといえる。 中沢和子は,「イメージは同時にたくさん取り出して並べ,比べ,入れ換え,組み合わ せることができる。いいかえれば人間は,自分のイメージを自分で操作している。そし て人間がなにかを思うときの「思う」という内面行動は,このイメージ操作にほかなら ないのである。」11)としている。このイメージ操作は,先の想像という能力によって可 能になる。 このイメージのことをギルフォードは「知性」の働きとして捉え,伊藤隆二12)が下記 の図1のように作成した。
(2)イメージの創出(内面行動)と行為及びイメージの操作 子どもの成長における造形表現の資質能力の発達は,イメージの形成と言葉の発達が, 重要な要素となっている。 1歳ごろから,様々な行為とともに,言葉も獲得していく。生後数カ月で喃語が始まり, やがて「ブーブー」や「マンマ」など,具体的に示すものとの相関が始まり概念が一層広がっ ていく。 音や声にも反応し,その姿が「想像」できることは,私たちが日ごろ思い描く「心像」(イ メージ)を形成する表象化が行われている。「ワンワン」は「イヌ」を指し,人間でもな く,ネコでもないものとして概念化される。概念は複層化されるとともに,やがて,ワ ンワンではなく「イヌ」という言葉が,心像を呼び起こすことになる。 筆者の先行研究として美術科教育学会誌 39 巻「美術教育学」の「子どもの造形表現の 発達と指導のあり方 幼児や小学生の表現方法の獲得」13)に,幼稚園での3歳児の事例 から「言葉」と表現方法の関連を掲載している。 それは自らの知識と,他者の知識をつなぐ役割を「絵をかく」という行為が担ってい ることを示したものである。 (3)イメージと創造性 恩田彰14)は,創造性を「新しい価値あるもの,またはアイデアをつくりだす能力すな わち創造力,およびそれを基礎づける人格特性すなわち創造的人格」としている。子ど もの場合,その価値は,社会的なもので評価されるのではなく,個人の価値観が優先さ れるとしている。また,創造活動は,所産(結果)よりも過程が重視されるとしている。 創造活動が,新たな価値を生み出す創造的な過程であることを基に,子どもの行為を 観察することで,結果(作品)ではない,子どもの能力の発揮を見取ることができるこ とになる。 創造性のメカニズムに関して,下記の図2のように捉えている。ここでは創造性が「能 力」とそれを支える「人格」(態度)によって構成されている。また「想像」と「思考」は, 先のハーバード・リードの「記憶」と「想像」とに分けて考えることと同様に,「思考」 をどのように考えるかを示唆している。思考が「拡散(発散)する方向をもつもの」と「収 束(集中)するもの」に区別されることで,「創造と破壊」と言われるように,既成のも のから新たなものへの創造は,思考においても同様なメカニズムをもっているといえる。
この思考の働きからも,子どもが個人的な価値観を重視し,新たなものを創造しよう とする過程にあることがいえる。それが発達に伴って,社会的な価値観を徐々に積み重 ねることで「大人」になることを示している。絵に表すなどの造形的な活動では,この 時期を9歳前後においている。 5 子どもから大人へ 9歳の壁 子どもの造形表現に関する発達の起点を身体的な感覚の「つかむ」こととした。一方, 終点をどこにおくかについては,先の絵の表現で東山は「写実の黎明期」(8歳から 11 歳半ころ),鬼丸は「構成期」(10 歳前後まで)の終わりにおいている。どちらも,おお よそ8歳から 11 歳ころの小学校の3・4年生から5・6年という時期にあたる。これら は各種の発達の研究における通称「9歳の壁」と共通する点が多い。 文部科学省では「9歳の壁」について,「9 歳以降の小学校高学年の時期には,幼児期 を離れ,物事をある程度対象化して認識することができるようになる。対象との間に距 離をおいた分析ができるようになり,知的な活動においてもより分化した追究が可能と なる。自分のことも客観的にとらえられるようになるが,一方,発達の個人差も顕著に なる」15) としている。表現の発達に関しても個人差があるものの,表現活動に対する意 欲の低下や,他者からの評価に敏感になるなど,得意・不得意も顕著になってくる。 (1)大人の絵の表現 視覚的な表現 社会的にも身体や精神的にも,「大人」への準備が始まる9歳以降において,絵の表現 にも変化があらわれる。その一つが画面上の「重なり」である。およそ 9 歳以前の子ど
もの絵の特徴の個人的な価値観を優先する。この段階において,友人や物も含めて,か きたい主体者は,子ども本人であり,人物の姿は,見えるようにかくのではなく,主に 想像したことを「あるようにかく」表現方法である。これは先の9歳の壁の規定にある ように,「対象」に対する客体化が進み,対象を外側から観察し,その形態などを客観的 に捉えることに,多くの時間を割き,「あるものをあるようにかく」という表現に移行し ていくといえる。裏を返せば子どもの表現は「対象」に入り込み,対象から見て表す身 体的な表現といえる。身体的な表現から視覚的な表現への移行が,子どもから大人への 表現の特徴である。 (2)獲得した諸能力の発揮と,更新する能力 この子どもの絵をかく行為においては,知識や技能はもとより,思考力等の諸能力が働 いている。幼稚園における3歳児の絵をかく場面における状況16)も,友だちからの影響 を互いに受け合っている。子どもは,これまでに獲得した諸能力(例えば知識や技能,思 考力等)を用いて,次なる課題の解決に向けて動き出す。その過程において,子どもは, 新たな価値をつくりだすとともに,周りにある環境や状況の中から,新たな諸能力を獲得 し更新していく。そこには子どもの主体的な取組みがあり,その活動を支える指導者の支 援がある。 この子ども取り組みを幼稚園や小学校で支援する役割の多くを「教員」が担っている。 そうすると担い手の教員の資質・能力や支援(指導)の在り方が重要になるといえる。 6 子どもの造形的な創造活動を支える指導や支援 子どもの造形的な行為は,知識(記憶)を基に,技能を発揮して行われている。その内 面では,イメージに関する想像力が働き,自己の「物語」を形成し展開しているといえる。 子どもの造形的な行為は,内在する資質・能力をもとに,表れているといえる。これら の資質・能力は,教える側の論理で,身に付くものではない。それぞれの発達に応じて, 主体者としての子どもが自らの資質・能力を発揮することで,身に付いていくものとする と,指導する側に求められるのは,子どもそれぞれにある資質・能力の理解とともに,資 質・能力を発揮できる環境などを支援する立場に立つことである。 子どもの造形的な創造活動の指導に当たっては,「感性」や「創造性」などの育成を踏 まえて,知識や技能,想像力などの諸感覚・能力の理解と,子どもの発達や特性などを踏 まえた支援が必要になる。図3は,それらの関係を大まかに示したものである。
図3 本編における引用及び参考図書 1) 松家まきこ[2019]『表現あそび指導法』成美堂出版 2) 津守真[1987]『子どもの世界をどうみるか 行為とその意味 NHK ブックス 526』日本放送出版 協会 3) 鬼丸吉弘[1981]『児童画のロゴス 身体性と視覚』勁草書房 4) 東山明・東山直美[1999 ]「子どもの絵は何を語るか 発達科学の視点から」NHK ブックス 863 5) 霜田静志[1960]『児童画の心理と教育』金子書房 6) 扇田博元[1958]『絵による児童診断法』一誠社 7) 大橋 功他[2009]『美術教育概論改訂版』日本文教出版 8) 江尻桂子[2008]『よくわかる乳幼児心理学』内田伸子編,ミネルヴァ書房 9) 大坪治彦著 無藤隆他編[2009]『よくわかる発達心理学 第2版』ミネルヴァ書房 10) ハーバード・リード著 植村鷹千代他訳[1953]『芸術による教育』美術出版社 11) 中沢和子[1979]『イメージの誕生 0歳からの行動観察』NHK ブックス 353,日本放送出版協会 12) 伊藤隆二・坂野登編[1987]『講座入門 子どもの心理学2 子どもの知能と創造性』日本文化科学 社 13) 阿部宏行[2018]「子どもの造形表現の発達と指導のあり方 幼児や小学生の表現方法の獲得」美術 科教育学会誌 39 巻,p 1-13 14) 恩田彰[1980]『創造性開発の研究』恒星社厚生閣 15) 平成 21 年 8 月文部科学省「子どもの徳育に関する懇談会」資料:https://www.mext.go.jp/b_ menu/shingi/chousa/shotou/053/gaiyou/attach/1283165.htm(閲覧:2020.7.10) 16) 阿部宏行[2018]「子どもの造形表現の発達と指導のあり方 幼児や小学生の表現方法の獲得」美術 科教育学会誌 39 巻,p 1-13
【子どもの絵に関する参考図書】 ・鬼丸吉弘「創造的人間形成のために 子どもの絵を考える」勁草書房,1996 ・W. グレツィンテル著 鬼丸吉弘訳「なぐり描きの発達過程」黎明書房,1970 ・ハーバート・リード著 植村鷹千代他訳「芸術による教育」美術出版社,1953 ・ローダ・ケロッグ著 深田尚彦訳「児童画の発達過程 なぐり描きからピクチャアへ」黎明書房,1971 ・V. ローウェンフェルド著 竹内清他訳「美術による人間形成」黎明書房,1963 ・V. ローウェンフェルド著 勝見勝訳「子どもの絵」白揚社,1956 ・エリオット .W. アイスナー著 仲瀬律久他訳「美術教育と子どもの知的発達」黎明書房,1986 ・東山明「美術教育と人間形成 理念と実践」創元社,1986 ・林健造「幼児の絵と心~子どもからあなたへのメッセージ」教育出版,1976 ・津守真「子どもの世界をどうみるか 行為とその意味」NHK ブックス 526,1987 ・J. グッドナウ著 須賀哲夫訳「子どもの絵の世界 なぜあのように描くのか」サイエンス社,1979 ・ふじえみつる「子どもの絵の謎を解く 127 の実例でわかる!絵にこめられたメッセージ」明治図書, 2013 ・東山明・清田哲男編著「子どもの絵の世界 絵から読み取る発達の筋道とその指導」日本文教出版, 2018 ・皆本二三江「「お絵かき」の想像力 子どもの心と豊かな世界」春秋社,2017 ・安斎千鶴子「子どもの絵はなぜ面白いか お母さんが子どもを理解するために」講談社,1986 ・ミヒァエラ・シュトラウス著 高橋明男訳「子どもの絵ことば」水声社,1998 ・藤原智美「なぜ,その子供は腕のない絵を描いたか」祥伝社,2005 ・片岡杏子「子どもは描きながら世界をつくる エピソードで読む描画のはじまり」ミネルヴァ書房, 2016 ・林部伝七「美術教育の基礎原理 テストとその指導」学芸図書,1965 ・多田信作「絵の教育」黎明書房,1971