著者
野田 伸一
雑誌名
南太平洋海域調査研究報告=Occasional papers
巻
46
ページ
82-86
別言語のタイトル
Studies on mosquitoes and chiggers in the
island area of Kagoshima Prefecture
鹿 児 島 県島嶼 域 にお け る蚊 とダニ の 分布 調 査
野田 伸一
鹿児島大学多島圏研究センター
Studies on mosquitoes
and chiggers
in the island area
of Kagoshima
Prefecture
NODA Shinichi
Research Center for the Pacific Islands, Kagoshima University
衛 生環 境 が整 備 され た 日本 で は蚊 は うる さい とい う程 度 の存 在 で あ る が,発 展 途 上 国 で はマ ラ リア ・フ ィ ラ リア 病 ・デ ン グ熱 ・黄 熱 ・各 種 脳 炎 の媒 介 者 と して,人 類 に とっ て依 然 と して 脅威 とな っ て い る. 1999年 に ニ ュー ヨー クで 蚊 に よっ て 媒介 され る ウエ ス トナ イル 熱 が 突然 に発 生 し,4年 で ほ ぼ全 米 に ウイル ス が広 が っ た.米 国 で の2003年 の患 者 発 生 数 は9,862名 で,264・ 名 が死 亡 し て い る.米 国 に お け る急 速 な ウエ ス トナイ ル ウイ ル ス の分 布 拡 大 は,こ の感 染 症 が 日本 に侵 入 し,大 規 模 な流 行 を起 こす 可能 性を予 見 させ る.日 本 で の媒 介 蚊 の調 査 は 日本 脳 炎 の流 行 予 測 に 関連 して 一部 の 地 方 で続 け られ て い るが,都 市部 で は ほ とん ど行 われ て い な い.各 地 方 自治 体 の蚊 の 防 除 を行 っ て い た組 織 は解 体 され,適 切 な媒 介 蚊 対 策 を行 う こ とが非 常 に 困難 に な っ て い る(小 林 ・倉根,2003).2005年9月 に は プエ ル トリ コ と ロサ ンゼ ル ス に 出張 し帰 国後 に 発 熱 と頭 痛 を訴 えた 男性 が 日本 で 初 めて の ウエ ス トナ イ ル熱 輸 入 症 例 と確 認 され た(小 泉 ら, 2006). 蚊 で媒 介 され る世 界 的 に重 要 な感 染 症 と してデ ン グ ウイ ル ス に よるデ ン グ熱 が あ る.デ ン グ ウイル ス感 染 が み られ るの は,媒 介 す る蚊 の存 在 す る熱 帯 ・亜 熱 帯 地 域 、特 に東 南 ア ジ ア 、南 ア ジ ア 、 中南 米 、 カ リブ海 諸 国 で あ る が,ア フ リカ,オ ー ス トラ リア,中 国 、台 湾 にお い て も 発 生 して い る.全 世 界 で は年 間約1億 人 が デ ン グ熱 を発 症 し,約25万 人 がデ ン グ 出 血熱 を発 症 す る と推 定 され て い る.現 在,日 本 国 内 で の感 染 は な い が,海 外 旅 行 で感 染 して 国 内 で発 症 す る例 が あ り,増 加 傾 向 に あ る. 鹿 児 島 県本 土 お よび島嶼 地 域 で も,日 本 脳 炎 の患 者 数 の減 少 に伴 い,蚊 に対 す る 関心 が うす れ,ほ とん ど調 査 が行 われ て い な い.特 に鹿 児 島 県島嶼 部 で は 地 球 温暖 化 に 伴 い,蚊 の発 生 数 が増 加 した り,南 方 地 域 の蚊 が そ の分 布 を拡 大 して くる こ とが予 想 され,長 期 的 な蚊 の分 布 調 査 が 望 まれ て い る.
新 興 ・再 興 感 染 症 と して ダ ニ類 に よ って 媒 介 され る リケ ッチ ア 感 染 症 が あ る.そ の一 つ で あ る ツ ツ ガ ム シ 病 は ツ ツ ガ ム シ病 リケ ッチ ア を保 有 す る ツ ツ ガ ム シ の 刺 咬 を 受 け て発 症 す る.古 典 的 ツ ツ ガ ム シ病 に 代 わ り新 型 ツ ツ ガ ム シ病 が 全 国 的 な 広 域 発 生 を みせ,毎 年 届 出 られ る患 者 数 は500例 以 上 に達 して い る.鹿 児 島 県 で は 毎 年100名 前 後 の患 者報 告 が あ り,全 国 一 の 多 発 地 域 とな っ て い る.我 々 は これ ま で ツ ツ ガ ム シ 病 患 者 の 感 染 株 や感 染 状 況 の解 析 や ツ ツ ガ ム シ の 生 態 学 的 調 査 を続 け て い る(八 木 ら,1997,Noda et al.,1996,T akahashi et al,,2002).最 近,こ れ ま で ツ ツガ ム シ病 の患 者 発 生 が 報 告 され て い な か っ た屋 久 島 や トカ ラ列 島 で も患者 が確 認 され,鹿 児 島 県島嶼 地 域 で の 早 急 な 調 査 が 必 要 とな っ て い る. 地球 温暖 化 の セ ンサ ー ゾ ー ン形 成 を念 頭 に,宇 治 群 島家 島 と トカ ラ列 島 中之 島 で蚊 や ツ ツ ガ ム シ の調 査 を行 っ た の で,そ の結 果 を報 告 す る. 1.宇 治 群 島家 島 で の蚊 の採 集 成績(2005年5月) 家 島 は無 人 島 で あ るが,避 難 港 と して の港 が整 備 され て い る こ とか ら漁 業 関係 者 や 釣客 が上 陸 す る機 会が あ る.蚊 幼 虫 の採 集 は 港 か ら南 日岳(標 高95m)の 灯 台 へ 通 じ る道 沿 い の林 内 で行 っ た.家 島 で は蚊 幼 虫 の発 生源 とな る場 所 は非 常 に少 な く,港 近 くに放 置 され た飲 物 の空 缶 な どの小 容 器 で は蚊 の発 生 は認 め られ な か っ た.中 腹 か ら山頂 に か け て の水 が溜 ま っ てい る 樹 洞4カ 所 か ら蚊 の幼 虫 が採 集 され た.樹 洞1(モ ク タチ バ ナ)で6匹,樹 洞2(ク ワ)で9 匹,樹 洞3(モ クタ チバ ナ)で2匹 お よび 樹 洞4(モ ク タ チバ ナ)で1匹 の合 計18匹 で あ っ た.樹 洞1・4の 幼 虫7匹 は リバ ー ズ シ マ カ,樹 洞2・3の 幼 虫11匹 は シ ロカ タヤ ブカ で あ っ た.リ バ ー ズ シ マ カ は奄 美,沖 縄 で は極 め て普 通 な種 類 で,成 虫 は林 内 で昼 間 に 吸血 し,茂 み の 中で休 息す る.幼 虫 は樹 洞 ・岩 穴 の ほか,ク ワズ イ モ や 芭 蕉 の 葉 腋 ・墓 石 花 立 ・竹 切 株 に 発 生す る.シ ロ カ タヤ ブ カ は林 内 で が激 し く人 畜 を襲 い,幼 虫 は樹 洞 か ら主 に発 生 し,墓 石 花 立 ・竹 切 株 ・手洗 鉢 な どで も見 られ る. 2.ト カ ラ列 島 中 之 島 で の蚊 の採 集 成 績(2005年8月) トカ ラ列 島 の 島 は ス ダ ジ イや マ テバ シイ ・タ ブ ノ キ な どを主 とす る常 緑 広 葉 樹 林 で あ っ た と 推 察 され るが,現 在 は ほ とん どの 島 が リュ ウキ ュ ウチ ク林 で覆 われ て い る.こ れ は焼 畑 的 農 業 で繰 り返 し火 入 れ を した り,伐 採 した りして植 生 に干 渉 を加 え た結 果 と考 え られ て い る.ト カ ラ列 島 で 最 も大 き な 中之 島 は ス ダ ジ イや タ ブ ノ キ な どが優 先 す る原 生 林 状 の植 生 が 残 っ て い る(大 野,1992). 中之 島 の 中央 に位 置 す る,牛 舎 ・谷川 ・民宿 で の蚊 成 虫 の採 集 で は標 準 的 に使 用 され てい る CDC型 ライ ト トラ ップ に ドライ アイ ス を併 置 して 夕方 か ら朝 まで 採 集 した.ま た,林 内 で は補
虫網 に よ る成 虫採 集,お よび 発 生水 域 で の幼 虫採 集 もお こな っ た.牛 舎 ・谷 川 ・民 宿 で の ライ ト トラ ップ で は トウ ゴ ウヤ ブ カ4匹,山 沿 い の道 で 吸血 に き た個 体 の補 虫網 に よ る採 集 で はヤ エ ヤ マ キ ンパ ラナ ガハ シ カ40匹,ア マ ミシ ロ カ タヤ ブカ1匹,リ バ ー ズ シマ カ1匹 が採 集 さ れ た.民 宿 の 室 内 で も リバー ズ シ マ カ1匹 が採 集 され た.幼 虫 は ク ワズイ モ 葉 柄 か らオ キナ ワ カ ギ カ9匹 が採 集 され た.今 回 の調 査 は 台風 の影 響 が あ り雨天 で の採 集 とな っ た が,合 計5種 が採 集 され た. 3.ト カ ラ列 島 中 之 島 で の ツ ツ ガ ム シ の採 集成績(2005年8月) これ ま で ツ ツ ガ ム シ病 の 患者 発 生 が報 告 され て い な か っ た トカ ラ列 島 で も2004年 に1名 の 患者 が発 生 した.診 断 が遅 れ ヘ リ コプ ター に よる緊 急 搬 送 に よ っ て救 命 され た重 症例 で あ っ た. 患者 さん か らの 直接 の 聞 き 取 りで は,発 症 前1週 間 に活 動 した場 所 が多 く,感 染 場 所 を特 定 す る こ とは で き な か っ た. ツ ツガ ム シ の調 査 で は 宿 主 とな るネ ズ ミ類 を シ ャー マ ン トラ ッ プ とバ ネ 板 式 トラ ップ に ヒ マ ワ リ種 子 ま た は サ ツ マ イ モ を餌 と して捕 獲 した.捕 獲 され たネ ズ ミの 耳殻 を切 除 して,70% アル コール に保 存 した.そ れ を研 究 室 に持 ち帰 り,実 体 顕微 鏡 下 で ツ ツ ガ ム シ を 分離 し,種 の 同 定 の た め ス ライ ド標 本 を作 製 した.林 内6ヶ 所 に合 計60個 の トラ ップ を設 置 し,ア カ ネ ズ ミ10匹 とクマ ネ ズ ミ1匹 を捕 獲 した(表1,番 号1-11).ま た民 宿 家 屋 内 で もクマ ネ ズ ミ1 匹 を捕 獲 した(表1,番 号12). 表1.中 之 島 で の ツ ツ ガ ム シ採 集 成 績 番 号 ネ ズ ミの種 類 ッッガ ムシの種 類 デ リーツツガムシ カワムラツツガムシ ナ ンヨウツツガムシ 物10カfθ11∂ ∼才ヨ訪f 1 アカネ ズ ミ(♂) 6 2 クマネ ズ ミ(♀) 11 3 アカネ ズ ミ(♂) 3 4 アカネ ズ ミ(♂) 10 5 アカネ ズ ミ(♀) 42 6 アカネ ズ ミ(♀) 45 1 7 アカネ ズ ミ(♀) 11 8 アカネ ズ ミ(♀) 7 9
1
アカネ ズ ミ(♀)1
261581
1
11
10 アカネ ズ ミ(♀) 57 11 アカネ ズ ミ(♀) 109 12 クマネ ズ ミ(♀) 51
合 計1
3161581
11
11
ア カネ ズ ミか らはデ リー ツ ツ ガ ム シ316匹(3-109匹,10/10),カ ワム ラ ツツ ガ ム シ58 匹(1/10),ナ ン ヨ ウツ ツ ガ ム シ1匹(1/10)そ れ にWalchiella traubi1匹(1/10)が 分 離 され,林 内 で捕 獲 した ク マネ ズ ミか らはデ リー ツ ツ ガ ム シ11匹 が分 離 され た.ま た,民 宿 家 屋 内 で採 集 され た ク マネ ズ ミに もデ リー ツ ツ ガ ム シ5匹 が寄 生 して い た.こ れ ま でネ ズ ミ類 の捕 獲 調 査 を行 っ た トカ ラ列 島 の 口之 島や 悪 石 島 と比 較 して,生 自個 体 数 が多 い よ うに思 われ る. ま た,家 屋 内 に 出入 りす るク マネ ズ ミに ツ ツ ガ ム シ の寄 生 が認 め られ た こ とは 注意 を 要 す る. 鹿 児 島本 土 の ツ ツ ガ ム シ病 の発 生 は10-1月 で,媒 介 ツ ツ ガ ム シ種 は タテ ツ ツ ガ ム シ と考 え られ て い る(Takahashi et a1.,2002).今 回天 候 の 関係 で 船 の欠 航 が 相 次 ぎ,12月 の調 査 を 実施 す る こ とが 出来 な か っ た.本 地 域 で も本 土 と同様 に タテ ツ ツ ガ ム シ が媒 介 者 とな っ て い る こ とが 予想 され,今 後 も調 査 を継 続 す る予 定 で あ る. 今 回,全 て のネ ズ ミに 寄生 が み られ たデ リー ツ ツ ガ ム シ は ア ジ ア太 平 洋 地 域 の ツ ツ ガ ム シ病 リケ ッチ ア の最 有 力 媒 介 種 で あ るが,南 西諸 島 に お け る分 布 に 関 して は不 明 な点 が多 い,ま た 鹿 児 島本 土 で の広 範 な調 査 で は採 集 され て い な い.デ リー ツ ツ ガ ム シ につ い て は,病 原 体 リケ ッチ ア の媒 介 能 も含 め て調 査 が必 要 で あ る. 中之 島 は トカ ラ列 島 の な か で最 も大 き く原 生 林 状 の植 生 が残 っ て い る.中 之 島 で は約20年 前 に衛 生 害 虫(悪 虫 ・蚊 ・ブ ユ な ど)の 調 査(鈴 木,1983)が 行 わ れ て お り,現 在 の状 況 との 比較 が で き る数 少 な い 地 域 で あ る.地 球 温 暖 化 のセ ンサ ー ゾー ン と して の観 察 拠 点 と して の条 件 を満 たす 貴重 な 地 域 で,今 後 も調 査 を継 続 す る予 定 で あ る. 参 考文 献 小 林 睦 生,倉 根 一郎.2003.ウ エ ス トナイ ル 熱 媒 介 蚊 対 策 に 関す る ガイ ドライ ン. 小 泉加 奈 子,中 島 由紀 子,松 崎 真 和,小 井 戸則 彦,大 曽根 康 夫,林 昌宏,高 崎 智 彦,倉 根 一 郎,秋 月哲 史.2006.本 邦 で初 め て確 認 され た ウエ ス トナイ ル 熱 の輸 入 症 例.感 染 症 学 雑 誌.81:56-57.
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