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予言の見地からする監査知識の吟味(2)
一監査文献の指示する内部統制の概念一
酒 居 叡 二
目 辛 口 序 1[AICPAによる最初の定義 皿 SAP No.54によって改正された定義 W 改正された定義についての吟味 V 定義自体,真実か否か不明な仮説によって支えられている VI SAPNo 54の示している内部統制概念の特徴理解 1 序 これまでの議論では,内部統制とは何であるかについて読者は了解している ということを暗黙の前提としていた。しかし,少し反省してみるならぽ,この 概念についての具体的な事柄は何ら語られていないことに気づくであろう。内 部統制という概念も,会計原則という概念に似て,先ず一定の具体的職分・工 夫の中に存在すると認められる理性の働きを前提とし事後的に成立した概念で あると考えられるから,この概念について知っているかのように思えたとして も無理はないのである。しかし,“内部統制とは何であるか?”と問われたと き,これをはっきりした形で示し得るかといえば,必ずしもそうでないことに 気づく。目で見ることもできなければ,手に触れてその存在を確かめることも できない,それが内部統制である。内部統制という概念の意味するところにつ いて確実な知識は自身に何ら存在していないことに気づかされることになる。 基本的には監査文献においても同様な状態が続いているとは看倣し得ないであ ろうか? 次の引用文はどうもそうであるらしいということを簡潔に物語って48 彦根論叢 第227号 いる。 「もともと,内部統制組織は会社の内部の管理の必要から生れた管理方式で あるが,それがいかなるものであるかについては,わが国では議論がわかれて いるのが,現状である。というのは,わが国の会社においても,この種の管理 方式はかなり以前から用いていたはずであるが,これを内部統制組織と呼んで いなかったからである。」 この引用文は,わが国の場合について見る限り,内部統制という概念の理解 にあいまいさが残っていることを指摘しているに止まる。それでは他の諸国に おいてはどうであるかが問われなければならない。本稿においては,アメリカ 合衆国の場合においては如何がであるかを吟味している。 豆 アメリカ合衆国公認会計士協会(AICPA)による最初の定義
AICPAの前身AIAの監査手続に関する委員会は,1949年にr内部統制一
うまく調整された機構中に認められる要素,および,内部統制が企業経営陣・ 独立会計士にとって如何に重要性あるものであるかということについて』と題 する特別報告を公表し,その中で内部統制をつぎのように定義していた。 「内部統制とは,企業の資産を保全し,企業の会計資料の正確性・信頼性を 調査し,経営能率を増進し,規定されている経営方針が遵守されるようにす るため企業内部において採用されている組織計画およびそれに同等なすべて ラ の方法・手段から成っている。」 これ以前に,内部統制についての定義が公式見解として存在したことを指摘 する文献は筆者の知る限り存在していない。それ故,上記引用の定義が,少く 1)久保田音二郎『会計監査』,同文舘出版㈱,1978年,54頁。 2) AIA, Special Report by the Committee on Auditing Procedure, lnternal Control− Elements of a Ca−ordinated System and lts lmportance to management and the Independent public Accountant, 1949,p. 6. AICPA, Committee on Anditing Procedure, Statement on Anditing Procedure No. 54: The Anditor’s stzedy and Evaluation of Internal Control,1972, paragraph 9.において引用。(The Journal of Aceountancy, March 1973, p. 57・)予言の見地からする監査知識の吟味 ② 49 ともアメリカ合衆国においては,最初の公式見解であると看倣すことができ, 内部統制の概念が問題として取り上げられ始めたのは比較的最近になってから であることが知られる。この定義ぱ,1963年に出された監査手統書第33号『監 3) 査の基準および手続』(以下略してSAP No.33という)の中に継承され,1972 年公表の監査手続書第54号『内部統制について監査人が行う研究(調査)およ 4) び評価』 (以下SAP No.54と略称)により改正されるまで続いた。 SAP No. 54は,同じく1972年目監査基準審議会により公表された監査基準書第1号『監 査基準・手続の集大成』(以下SAP No.1と略称)の第320節として収録さ 5,) れており,そこに示されている改正後の定義は今日に至るまで何らの変化もな い。 AICPAを構成する独立会計士は自らが究極的な監査対象であると看施す被 監査企業の財務諸表に影響を及ぼす限りでの内部統制に関心をもっている筈の ものであり,当時においても同様であったろうと推測されるにもかかわらず, この定義のみをもってしては内部統制なるものをどの程度まで再吟味する必要 があるのか意思統一をすることができなかったのであろう。監査手続に労する 委員会は!958年に上記特別報告を補足する形で監査手続書第29号『監査人が内 6) 部統制を再吟味する範囲』(以下SAP No.29と略称)を公表した。つぎの引 つ 用文を含めSAP No.29もまたSAP No.33に継承されるところとなった。 SAP No.29はつぎのように内部統制を会計面からの統制と経営管理面からの 統制とに細別していた。 3) AICPA, SAP No. 33, !963, p. 27. (J. B. Bowe:r & R. E. Schlosser, ’‘lnternal Contro1−lts True Nature,”77ae Account∼ng Re−diew, Apri11965/p.338において引 用。) 4)AICPA, SAP No. 54.の冒頭文:(Supersedes Chapter 50f Statement on Auditing Procedure No. 33), 7−he Journal of Accoztntancy, March 1973, p. 56 5) 日本会計研究学会特別委員会報告『監査基準の検討』昭和56年度中間報告,付表2 「AICPA監査基準書(SAS)の源泉と変更」,昭和57年,21頁。 6) AICPA, S 4 P No 54, paragraph 1α(The Joztrnal Of・Aeeountancン, Marchユ973, p・ 57.) 7) J, B, Bower & R. E. Schlosser, op. cit, p. 338.
50 彦根論叢第227号 「それ故,内部統制を広い意味で解した場合の内部統制をこは,会計面からの 統制としてか,あるいは,経営管理面からの統制としてかのいずれかとして 特徴づけることのできる統制が含まれている。ここにいう会計面からの統 制,経営管理面からの統制とは,おのおの以下の如きものである。 a.会計面からの統制を構成するものは,資産の保全・財務記録の信頼性と いうことに主たる関心をもち,また,直接関係することになる組織計画お よびすべての方法・手続である。この会計面からの統制には,一般に,権 能授与および承認についての機構,記録の管理および会計報告に関する職 務と運営あるいは資産の保管に関する職務との分離,資産の現物管理,内 部監査の如き統制が含まれている。 b.経営管理面からの統制を構成するものは,経営能率の増進・経営方針の 遵守ということに主たる関心をもつ組織計画およびすべての方法・手続で ある。この経営管理面からの統制は財務記録に関連をもつものではある が,その関連は間接的なものでしかないというのが通常である。この経営 管理面からの統制には,一般には,統計的分析・時間動作研究・業績報 8) 告・従業員訓練計画・品質管理の如き統制が含まれている。」 SAP No.29が出された段階では,上記引用文に見られる如く,SAP No.29 が内部統制を会計面からの統制と経営管理面からの統制とに細別した意図は部 外者にとっては不明であった。内部統制をこのように細別したことの意味につ いては,その後SAP No.33が公表されるに至り,その中ではじめて説明さ の れることになったもようである。SAP No.33の中に示されている説明は以下 の如きものであった。 「独立監査人が関心をもつのは主として会計面からの統制である。前に述べ 8) AICPA, SAP IVo. 54, paragraph 10. (The Journal of Accountancy, March 1973, p. 57) AICPA, SAP No. 33, p 28. (J. B. Bower & R. E. Schlosser, op. cit., p. 338. において引用。) 9) AICPA, SAP No, 54, paragraph 11, (The Journal of Accountancy March 1973, p・ 57.)
予言の見地からする監査知識の吟味 ② 51 た会計面からの統制は,一般に,財務記録の信頼性ということに直接大きな 影響力をもつ関係にあり,監査人はこれについて評価することが必要とな る。前に述べた経営管理面からの統制は財務記録に関係をもつものであると はいっても,その関係は間接的なものでしかないというのが通常であり,そ れ故,監査人がこれ(経営管理面からの統制)について評価することは不要 であるといってよいであろう。しかしながら,財務記録の信頼性に重要な関 係をもつ経営管理面からの統制があると独立監査人が信じる場合には,独立 監査人は,その経営管理面からの統制を評価する必要があるのでないか考慮 すべきである。たとえぽ,特殊な場合には,製造部門・販売部門・その他の 経営上の部門が維持している統計的記録について独立監査人がこれを評価す ユの る必要があるということもありうる。」 これらの引用文に示されている内部統制概念についての説明は確かに軽い頭 痛を生じさせるほどに鈍重なものである。もっと明解に示し得ないのであるか エ という疑問もあり得ることであろう。しかしながら,これらの説明によって, 1949年の特別報告において示された内部統制の概念がかなり具体性を帯びて現 れてきたということも四らかであろう。すなわち,企業の経営者が自らに課せ られた受託者としての責任を全うし得るように,自らの指揮・監督下にある部 下・従業員が企業経営の生命である取引および取引の結果生じた資産を一定の ルールに従って正しく処理し,その処理経過を秩序整然と記録の形に残し,そ の記録にもとづいて作成される種々の報告が経営委託者・経営受託者(経営 陣)の意思決定手段として信頼のできるものであるよう案出されている様々な 工夫,それはすべて内部統制という概念のもとに包摂されるという思考を読み とることができる。換言すれぽ,企業経営陣が自ら意識する経営受託者として 10) Ibid.()内筆者補充。 AICPA, SAP No. 33, pp. 32−33. 11)J.B.バウアーおよびR. E.スクP一サーは,監査手続に関する委員会の手に成る 内部統制の概念定義が明解なものでないことについて不満の意を表明している。J. B. Bower & R. E. Schlosser, op, cit., p. 344.
52 彦根論叢第227号 の責任に相反するような自由放逸な行動を部下・従業員に許さないため案出し ている一連の工夫は,即,内部統制であると解することができる。そのような 一連の工夫を内部統制というのであれば,その具体的応用例を想い浮べるのに ユ 大した至難はないであろう。内部統制という概念について知り得たような気に なる。それにもかかわらず,1949年の特別報告中の定義には依然として曖昧さ が残っていたのであろう。前述の如く,1972年に公表されたSAP No. 54は, これまでの定義を改正し純化させることとした。 III[SAP No.54によって改正された定義 SAP No.54は“内部統制についての改正定義”という表題のもとに,以下 のような表現法を用いて,内部統制の概念を定義し直した。 「当監査手続に関する委員会は,前述の論議をふまえて,経営管理面からの 統制および会計面からの統制を以下の2パラグラフで示している如くに定義 する。 経営管理面からの統制ということの中には,企業経営陣が権能授与を判断 するときの材料になる組織計画・手続・記録が含まれている。しかし,何も これに限られるということではない(注:この定義は,会計面からの統制を 特徴づける手懸りを提供することだけを意図したものであり,従って,他の 目的にとっても決定的な定義であるということでは必ずしもない)。このよ うな権能授与は,組織の目的を達成するうえでの責任と直接結びついている 企業経営陣の職務であり,取引を会計面からかっちり統制するための出発点 となるものである。 会計面からの統制を構成するものは,資産の保全と財務記録の信頼性とい うことに関係し,以下のa・b・c・dについて合理的な保証を提供しよう 12)具体的応用例は,監査手続に関する委員会の叙述からよりも,むしろ,それに批判 的なJ.B.バウアーおよびR. E.スクローサーの叙述から却って明瞭にこれを推察 することができる。AICPA, SAP ATo.33, pp.29−3!. J, B. Bower&RE. Schlo− sser, op, cit,, pp. 340−43.
予言の見地からする監査知識の吟味 (2) 53 として立案されている組織計画・手続・記録である。そのa・b・c・dと は,すなわち,以下のようなものである。 a.取引は企業経営陣の下した一般的な,あるいは,特定の権能授与に従っ て実行されているということ b.(1)一般に認められた会計原則あるいは財務諸表に適用することのできる その他の規準に従って財務諸表を作成し得るために,そして,(2)資産につ いての会計責任を維持するために必要であるとして,取引が記録されてい るということ c.企業経営陣による権能授与があるのでなければ,資産に接近することは できないということ d.記録の形で示されている資産についての会計責任と(記録の被写体とし て)現存している資産とは適当な時問間隔をおいて比較され,両者の問に まヨ 差異がある場合には,適当な行動がとられているということ」 SAP No.54は,この改正定義の中に含まれている基礎的概念および取引の 流れに沿って内部統制を観察した場合に見出されるその基本的特徴についても 論じ,上記改正定義が職業監査人の指針として曖昧さの残らないものであるよ う細かな注意を払っている。そのような注意の典型は,資産の保全・財務記録 の信頼性という用語を以て示され,それまで一般に自明の如く看倣されていた 観のある概念についても解釈の分かれる可能性があるとして,監査手続に関す る委員会の採用する解釈を明示していることにもとめ得るであろう。これらの 聞題については節を改めて論じている。本節において取り上げている問題は, 改正前の定義と改正後の定義との相違に関連した問題である。 SAP No.54を読んで第一に気づくこと,それは,上記引用の改正定義は監 査手続に関する委員会の自発的意思によってではなく,むしろ,外部の圧力に よって余儀なくされたものであるにちがいないであろうということである。必 ずしも以前の定義を改正する必要などなかったであろうのにという以前の定義 13)AICPA, SAf)No・54, paragraph 26, 27,28.(The Jottrnal of∠Accountanc:ソ, March 1973,p.58.)O内筆者補充。
54 彦根論叢 第227号 ヱの に対する愛着心が上記引用文を含む所々にうっすらと現れている。しかし,監 査手続に関する委員会は外部の圧力に全面的に屈服したわけではない。かえっ て監査手続に関する委員会のプライド(於持心)を改めて示しているのがSAP No.54である。 改正前の定義と改正後の定義とを比較したとき見出される主な相違点は,経 営管理面からの統制を内部統制についての定義中から事実上消去してよいか否 かということにある。その他の相違点はここから派生しているように思われ る。前述の如く,改正前の定義を継承した最後の監査手続書としてのSAP No. 33は,「経営管理面からの統制は財務記録に関係をもつものであるとはいって も,その関係は間接的なものでしかないから,監査人がこれについて評価する ユの ことは不要である」としながらも,状況如何によってはそれを評価することも ユの 必要であるとしていた。実は,SAP No.33がこのように経営管理面からの統 制について補足説明した段階で,すでに,経営管理面からの統制と会計面から の統制とを説明対象として並列配置しておくことの無理が認識されて然るべき であったのかもしれない。しかし,SAP No.33は,前述の如く,状況如何によ っては経営管理面からの統制を評価することも必要であるとして,SAP No.2g において示された両統制の並列配置を温存していた。 改正前の定義に対するJ・B・バウアーとR・E・スクローサーとの共同執 筆になる批判論文(1965年)はここから始っている。改正前の定義に対する批 判は他にもあったことであろう。ともあれ,上記批判論文は監査手続に関する 委員会に対しつぎのような批判的質問を投げかけていた。 「……内部統制を会計面からの統制と経営管理面からの統制とに2分してみ たところで問題点が曇らされるだけである。監査人は“現存している内部統 制を精密に研究(調査)し評価する”責任を負うべきであるというのであれ ば,法的な責任を追求されないためにしておかなけれぽならない事柄は厳密 14) lbid., paragraph 12, 27, 29. (The Journal of Accountancy March 1973, pp. 57, 58, 59.) 15) 16) AICPA, SAP No. 33, p. 32.
予言の見地からする監査知識の吟味 ② 55 にいって如何ほどであるのか? 経営能率の増進・規定されている経営方針 遵守の促進ということに関する限りでの内部統制を評価する責任が監査人に エリ あるという場合,その責任はどのようなものであるのか?」 監査人の法的責任如何と問われたとき,監査手続に関する委員会もたじろが ざるを得なかったのであろう。経営能率の増進・規定されている経営方針遵守 の促進という改正前の定義に含まれていた内部統制の目的は改正後の定義中よ り消去せざるを得なかった。ここに法的責任というのは,被監査企業に敷かれ ている内部統制が経営能率の増進・規定されている経営方針遵守の促進に対し 有効に機能していることを前提として監査人が財務諸表に関し監査意見を表明 した後,投資家をはじめとする経営委託者より“経営能率の増進・経営方針遵 守の促進に関しては,これを反証する事実が明らかとなった。監査報告を信 頼し意思決定を誤ったことにより生じた損害は監査人がこれを:負担すべきであ る”との訴訟を提起された場合に,裁判所により監査人に賦課される責任,と いうほどに解してよいであろう。 監査手続に関する委員会は,SAP No.54において,改正前の定義に対する 批判に一定の譲歩を示した。改正前の定義・改正後の定義中に占める経営管理 面からの統制の相対的比重を比較してみれば,このことがよくわかる。しか し,改正後の定義中に占める経営管理面からの統制の比重はともかく,形式的 セこは,経営管理面からの統制を温存し,これの消去をもとめる要求はこれを排 斥している。財務情報機構に組み込むことのできる会計面からの統制をもって しては統制することができず,なおかつ,資産の保全・財務記録の信頼性保持 のためには監査人として評価しなければならない被監査企業内部の統制面は依 然存すると解するのである。たとえば,販売員が接触した顧客に関する記録, 職員の業績を評価することだけのために維持されている製造部門従業員の仕損 記録は,資産の保全・財務記録の信頼性に影響を及ぼすものであり,自由放逸 に作成されていてよいものでないこと無論であるが,これに対する統制を財務 17) J. B, Bower & R. E Schlosser, ot}. cit., p. 339.
56 彦根論叢i第227号 情報機構の中に,すなわち,会計面からの統制の中に組み込むことはできない 18) と主張している。筆者の如く数の割当てに関するものは一切会計の対象と看倣 すという見地に立って考えればともかく,企業内の会計・財務部門の機能に直 接関連する事柄に会計の対象を限定するという見地に立って考えれば,SAP No.54の主張はもっともであるといえよう。SAP No.54は後者の見地に立っ ているように推定される。すなわち,SAP No.54のいう経営管理面からの 統制とは,1949年の特別報告を継承する一連の監査手続書と同様,企業内の会 計・財務部門の機能に直接関連する事柄以外の事柄に対する統制を指している ものと解される。そうであるとすれば,経営管理面からの統制の消去をめぐる 監査手続に関する委員会対J・B・バウアーおよびR・E・スクローサーの攻 め合いは,むしろ,攻め手としての後者に無理があるように思われる。 IV 改正された定義についての吟味 筆者は前此節において,J・B・バウアーとR・E・スクローサーとの共同執 筆になる論文では監査手続に関する委員会の示した改正定義を攻めるのに無理 があると述べた。そうであるからといって監査手続に関する委員会の示してい る改正定義を鵜呑みにしているというわけでは必ずしもない。先ず,上記共同 執筆論文に無理があるというのはどうしてであるかということから始めよう。 J・B・バウアーおよびR・E・スクP一サーは議論の出発点を「内部統制 の基本目的は財務情報機構に信頼性を導入すること,および,資産を保全する ラ ことであるべきである」という断定にもとめている。この断定から出発して, rAICPAによる(改正前の)定義の中の最後の2句(経営能率を増進し,規 定されている経営方針が遵守されるようにする)のうちに具体化されているよ うなその他の経営管理面からの統制をこれ(内部統制という概念)に加えて, 18) AICPA, SAP No. 54, paragraph 29. (The Journal of Accountancy, March 1973, p. 59.) 19) AICPA, SAP No. 33, p. 27. 20) J, B. Bower & R. E. Schlosser, oP. cit., p. 339.
予言の見地からする監査知識の吟味 ② 57 21)内部統制という概念を曇らせるべきものではない」という結論を導き出してい る。その論理は,①統計・責任報告・原価差異・予算差異等,経営管理面から する統制の用具の多くは財務情報機構から得られるものである,②正確かつ信 頼のできる財務情報を利用することによってとられる経営管理的な行動そのも のは内部統制の中に含まれない,ということにもとめられている。 上記の論理①については,監査手続に関する委員会もこれを否定していな い。SAP No.54のパラグラフ29においては,経営管理面からの統制・会計面 からの統制が必ずしも相互に排他的なものではないことを認め,経営管理面か らする統制の多くを会計面からの統制によって把握し得ることを認めている。 それにもかかわらず,「手続・記録の中にはこのように会計面からの統制目的 にも経営管理面からの統制目的にも役立つものがあるからといって,本監査手 続書ががそのために危機に瀕するというわけではない」と述べているのは,正 しく,上記の論理①に答えて,監査手続に関する委員会の於持を示したものと 読みとることができる。前第皿節参照。 上記の論理②についてはこれを如何に解釈すべきものであろうか? 計画お よび統制という目的のために正確かつ信頼のできる財務情報を提供するという こと,このことに関係しているなら,なおかつ,その限りにおいてのみ,関係 している職分を内部統制と解すること,従って,経営管理的な行動そのものは 内部統制の概念に含まれないと解することは,前提をはっきりさせるという意 味で正に定義そのものであるといえる。しかしながら,この定義をふまえて, 経営管理面からの統制を内部統制の概念に含めてはならないといい得るために は,(i)経営管理面かの統制は,即,経営管理的な行動であるということ,およ び,(ii)上記(i)のもとで,経営管理的な行動は会計面からの統制目的(資産の保 全・財務記録の信頼性の保持)にとって不要であるということ,の2点がこれ 21)Ibid.()内筆者補充。 22) lbid. 23) AICPA, SAP IVo. 54, paragrarh 29. (The Journal of Accountancy, March 1973. P. 59.)
58 彦根論叢 第227号 また前提とされていなければならない筈である。上記小前提(i)はこれを首肯す ることができるとしても,小前提㈹はこれを首肯することができないこと,な お,前述の如くである。 結局,J・B・バウアーおよびR・E・スクローサーが自らの主張を支える ために設けている論理①②は,ともに,監査手続に関する委員会の用心の前に 無効である。上記両名が自らの主張を支えるために設けている論理②は,その 支えようとする主張そのものと一見相異る装いをしているとはいえ,よく見れ ば同意語反復であることが明瞭となる。上記両名が立てている定義は監査手続 に関する委員会の立てているそれと別種のものであり,前者の定義の後者の定 i義に対する優越性を主張することはできないということがここに明らかとなっ た。しかし,それと同時に,後者の定義の前者の定義に対する優越性を主張す ることも矢張りできないということが可能性として推論されるであろう。少く ともそのように解するのでなければ,SAP No.54の示す定義自体に矛盾が生 ずることになる。つぎには,このことを示すことにしよう。 前皿節で触れた如く,SAP No、54においては,会計面からする統制の目的 である資産の保全・財務記録の信頼性保持について一段と深い定義を示してい る。先ず,資産の保全という事柄から始めよう。 資産の保全とはどういうことであるのか? “保全”というからには“何を” “何から”ということが問われなければならない。“protection”という名詞に は,しぼしぼ,“from”あるいは“against”という前置詞が伴うということか らもこのことは知られる。企業の資産は企業そのものの所有に属する財産とし て企業内部において管理されているから,企業の外部に居る人間は,たとえ株 主その他の経営委託者といえども,これに接触し,その取扱いに影響を及ぼし 得る立場に居ないということはわかる。資産の保全に反する直接的行為は企業 内部の者のみがこれをなし得るといえる。それにもかかわらず,資産の保全に 反する行為をなし得る主体およびその行為の特徴如何を分析してみるならば, 資産の保全という概念は,依然,漠然としたものであり,いくつかの解釈が成
予言の見地からする監査知識の吟味 ② 59 り立つといえるであろう。すなわち,資産の保全という概念は必ずしも自明な ものであるとは認め得ないことになる。SAP No.54においては,このような 認識をふまえて,監査手続に関する委員会の採用する資産の保全という概念に ついての定義は,作意的・不作為的誤謬にもとつく損失が資産に生じないよう の にすること,と限定している。SAP No.54によるこの定義の中に,企業の従 業員による作為的誤謬・不作為的誤謬のみならず,企業経営陣によるそれが含 まれているのか否かは依然不明であるとはいえ,等しくあり得る解釈の中から 1つの解釈を指定し採用するという流儀は,J・B・バウアーおよびR・E・ スクローサーが内部統制についての定義に対し示した流儀と何ら異るところは ないということが知られるであろう。 同様のことは,財務記録の信頼性保持という概念に対しても当てはまる。 SAP No.54においては,財務記録の利用目的が外部報告のためか,それとも 企業内部の経営管理のためであるかということにより,財務記録の信頼性保持 ヨら ということにつきあり得る解釈は2つに分かれるとだけ指摘している。しか し,信頼性という概念は相対的真実性という概念と密接な関係をもつ概念であ きの ることに注目すれぽ,単にSAP No.54の示す如くには単純に割り切って解 釈することのできない複雑な概念であることが知られるであろう。 V 定義自体,真実か否か不明な仮説に支えられている 内部統制という概念であれ,資産の保全という概念であれ,あるいは,財務 記録の信頼性保持という概念であれ,概念を定義し,あり得る解釈の中から1 つの解釈のみを特定することは等しく自由であり可能であるでもあろう。しか し,特定された定義自体,仮説に支えられたものになっているということが注 目されなければならない。今,資産の保全という概念に例をもともて,このこ 24) lbid., paragraph 19. (The Journal of Accountancy, March 1973, p. 58.) 25) Ibid., paragraph 17.(The JournalげAccountancツ, March 1973, P.58.) 26)W.E. Olson,“Financ三al Reporting−Fact or FictionP”,7▼he J渉外αZげ.4ecount’ ancy, July 1977, pp, 69, 71.
60 彦根論叢 第227号 とを説明してみる。 SAP No.54が資産の保全ということに関しあり得る解釈として示すものは つぎの3通りのものである。すなわち, 第1の解釈:作為的誤謬・不作意的誤謬により資産の上に損失が生じないよ うにするぽかりでなく,企業資本の増大に寄与しないような取引は企業経 おつ 営陣が一切これを認可しないこと 第2の解釈:作為的誤謬・不作意的誤謬により資産の上に損失が生じないよ うにすること 第3の解釈:作為的誤謬によって資産の上に損失が生じないようにすること がそれである。 前述の如く,SAP No.54においては第2の解釈を採用している。このよう な決定は全く監査手続に関する委員会の気まぐれによると看敏し得るであろう か? 決定は最終的には上記委員会を構成する委員の多数決によって決定され るにちがいないとしても,委員のすべてを気まぐれが支配していたとも考え難 い。すなわち,解釈2が採択され,解釈1・3が消去されたについては理由が あった筈である。 解釈3の消去について困難はない。すなわち,①作為的誤謬・不作意的誤謬 はともに現象済みのもの・過去のものであり,効果において同じである,②作 意的誤謬・不作意的誤謬の区別は必ずしも明瞭にこれをつけ難い。偏見をもた ずに調査を進めていかなければならない監査の場合,なおさらこのことがい える,ということによって,解釈3は解釈2の中に解消されることになるであ ろう。 解釈1の消去はそれほど容易ではない。仮説経由をもってしなければ解釈1 を消去することは不可能である。解釈1の中には“企業資本の増大に寄与し ないような取引について企業経営陣が下す意思決定”が含まれているからであ 27) 28) 29) AICPA, SAP No. 54, paragraph 14, 15, 16 (The Journal of Aecount− ancy, March 1973, pp. 57, 58.)
予言の見地からする監査知識の吟味 ② 6! ヨの る。解釈1の消去を,ア・プリオリに,「内部統制組織は絶えず企業経営陣の 監督下におかれているべきもの」ということにもとめてはならない。この命題 は結果であるにすぎないものであるからである。 “企業資本の増大に寄与しないような取引について企業経営陣が下す意思決 定”の例として,SAP No.54においては,つぎのようなものが掲げられてい る。すなわち,割りが悪いとわかっている価格で製品を販売しようとか,不必 要である,あるいは,能率が悪いとわかっている備品を購入しようとか,無益 とわかっている研究とか効果がないとわかっている広告とかに金銭支出をしょ ヨ うとかする意思決定がそれである。このような意思決定によっては,企業の資 産が無益に使われることになるということ,換言すれば,このような種類の意 思決定が行われない場合に比し企業の資産は余分に企業外部へ流出することに なるであろうということは明らかである。このような事態は資産の保全に反す ると考えられるからこそ,SAP No.54は資産保全の解釈として,このような 場合を包含することもあり得ると看敏した筈のものである。このような場合も あり得るということを否定して解釈1を消去したのであるとは考え難い。企業 経営陣が,特定の状況のもとで特定の目的のために,資産を企業外部の関係者 を相手に交換しよう,あるいは,企業内部において振替えよう利用しようとの きの 意思決定を下し得るのは,そのような意思決定を下すについての権能を究極的 な権威者から授与されているからに他ならないとの仮説があって,はじめて, 解釈1を消去することが可能となる。SAP No・54においてはこの仮説をつぎ のように表現している。 「企業が取引を行うについての究極的な権威は,法律によって制限されてい る場合の他,株主・その他の種類の所有者にあり,これらの所有者がその有 する権威を取締役・部長・課長・その他の管理職職員に委託しているのであ 30) /bid., paragraph 14, (The Journal of Accountancy, March 1973, p. 57.) 3D /bid., paragraph 31. (The Journag of Accozantancy, March 1973, p. 59.) 32) /bid,, paragraph 14. (The Journal of Accountancbl, March 1973, p. 57,) 33)34) 乃id., paragraph 20,21.(The Journal o/Accountancy, March 1973, P.5&)
62 彦根論叢第227号 おの るといえ.る。」 この引用文を資産の保全についての解釈1を消去するための仮説と看嫁す場 合,それは,“目前の利益は長い目で見るとき必ずしも本当の利益でないかも しれない,逆に,目前の割りの悪さは長い目で見るとき却って大きな利益をも たらすものであるかもしれない”ということを可能性として認めたものに他な らないといえるであろう。この仮説にもとづき解釈1を消去し,もって,解釈 2を採択することは,解釈2がこの仮説により支えられていることと同等であ る。このような資産の保全という概念を包含する内部統制についての概念定義 の中には,この種の仮説が含まれていることになる。すなわち,内部統制につ いての概念定義は,監査手続に関する委員会によるそれであれ,J・B・バウ アーおよびR・E・スクローサーによるそれであれ,この種の仮説に支えられ たものであるといえる。 VI SAPNo.54の示している内部統制概念の特徴理解 SAP No.54において内部統制とは,結局のところ,“組織計画・手続・記録” であると看倣されている。このことについては第皿節において引用文をもって 示した。SAP No.54に示されているこの見解は如何に解釈すべきものであろ うか? あいにく,SAP No.54において示されているところは必ずしも簡明 なものであるとはいえない。そこで,以下においては,SAP No. 54に沿って試 みにこれを説明している。少くとも以下の説明を否定する材料をSAP No.54 の中に見出すことは不可能であるとは言えるであろうほどの説明である。 組織計画という用語によって意味されるところは,組織内における各構成員 の職務分担を取り決め,各人の課業を特殊化するということに他ならないであ ろう。これを形式をもって示したものが組織図であると解することができる。 SAP No.54が「会計面からの統制は必然的に誤謬・不正の隠蔽される機会を きら 除去することができるかどうかということに大部分依存している」と述べてい 35)36) AICPA, SAP No.54, paragraph 36.(The Jozarnal of Accountancbl, March 1973,pp.59−60.)
予言の見地からする監査知識の吟味 ② 63 るのは,“内部統制は組織計画に大部分依存している”ということと同義であ ると解してよいであろう。その要点は,組織の構i成員にいくつかの職務を兼任 させている場合には,誤謬・不正が当該構成員の部署において発生し存在して いたとしても隠蔽されるおそれがあり,このような事態を阻止するためには, 複数の構成員を当該構成員の部署に配置:して職務を分離・分担させる必要があ る,ということにもとめられている。このような工夫によって,不正・誤謬が 発見されないまま存在している蓋然性は,このような工夫が存在しない場合に 比し,小さなものとなるであろうということを否定することはできない。 “特定の状況のもとで特定の目的のために資産を交換しよう・振替えよう・ 利用しようとの企機経営陣の決定”(権能授与)を受けて,各階層の職員が取 引を実行し,記録し,取引の結果取得された資産についての会計責任を明らか にするについては,手落ち・遺漏のないように慣習としてか,文書(規程)の 形をもってかして手続が確立されているというのが通常であろう。違反があれ ば責任を追求されたとぎ抗弁の仕様がないということから,企業内で規定され ている様々の手続には各階層の職員の職務を規定された方向に導き拘束すると いう効果のあることがわかる。 記録が統制の機能をを果たすとはどのように解すべぎものであろうか? SAP No.54において必ずしも明示されていないこと,前二者(組織計画・手 続)の場合と同様である。しかし,パラグラフ38においてつぎのように述べて いる。 「会計面からの統制目的により取引記録の要件とされているところ,それ は,取引がその実行された金額で実行された会計期間に記録されているとい うこと,および,取引を収容している勘定は適切なものであるということ, ラ これである。」 この引用文から推論されるところは,一度作成され,一般元帳・補助元帳へ 転記されるに至った記録は,後に至って,これを消去しよう・追加記入しよう 37) 砺4・,paragraph 21・(The JournaJ of Accountancツ, March 1973, P.58.) 38) Ibid・, paragraph 38・(The Journal of Accountanc:y, March 1973, P.60.)
64 彦根論叢第227号
としても,記録の連続的な流れを破壊することなしには漁灯能なことであるか ら,新たな誤謬を絶えず記録の中に導入していかない限り,記録の中に以前存 在した不作意的・作意的誤謬の露顕を防ぐ手立ては,何人といえども,これを 見出し得ないであろうということである。但し,このように記録に統制の機 かいざん 能を認め得るためには,(1)このような記録の改窟を防ぐための簿記上の手立て (規約)が講じられているということ,および(2>記録の編集・保管についても 同様な手立てが講じられていて,記録を支える原始証醤の追加・差し替え・抜 き取りが原簿を破壊することなしには不可能なようになっていること,という 2点が前提となっていなけれぽならない。この前提の中に,“記録と記録の照 合,記録と各種資産・負債の実際在高との照合が適宜なされていること”を筆 者として含めないのは,SAP No.54の所謂内部統制とは形式を以て示し得る 外枠の統制・内容の空な統制であると解し得ることによる。実際に,記録と記 録との照合,記録と各種資産・負債の実際在高との照合はどの程度なされるか は不明であるとしても,記録上の矛盾は矛盾を招来した者を追求せずにはおか ないであろう。記録上の矛盾を隠蔽しようとすれば,絶えず新たな操作を加 え,その黙しのぎをしなければならないように追い立てられる。これは,正に, 記録に矛盾を生じさせた者が自らの作成した記録に統制されている状況を示す ものと解してよいであろう。これを敷術して,記録は一般に記録を作成してい る者を統制しているといえる。休日・夜間等,人が活動を停止している問にも 誠実な記録は誠実な記録として,不誠実な記録は不誠実な記録として貫徹せざ るを得ない。そうでなければ,いずれ記録の中にすべて現象せざるを得ないで あろう。そうであるからこそ,誠実な者は心の平安を得ることができ,不誠実 な者はそうはいかな:いであろうと思えるのである。このように記録の統制機能 を解するときには,それは神の創造になるものとも言えるであろう。 しかしながら,前述の如く,SAP No.54の改正定義から読みとることので きる内部統制は,飽くまでも,内容の空な統制である。ここに,内容の空な統 制とは,たとえば,「2+2=4」というような数学上の命題中に用いられる 数の概念“2”,“2”,“4”同様,具体的な直観内容を収容するための容器で予言の見地からする監査知識の吟味 ② 65 はありながら,それ自体,最早,生命の躍動からは昇華した形骸,というほど の意味で用いている概念である。“組織計画”という概念をもって何らかの具 体的事柄・意味内容が想定されているとは考えられない。“手続”という概念 において然り,“記録”という概念において然りである。それ故,SAP No・54 のいう内部統制とは,“死を免れ得る人間は屠ない”という程度の統制である と解してよいであろう。“死を免れ得る人間は誰も居ない”ということは,“不 誠実なままに通しきれると信ずる人間が居たとしても,その不誠実は神の前に 有限である”ということになぞらえることができる。換言すれぽ,企業構成員 の日々の活動が,実際にすべて,誠実なものであるか否かということについて の絶対的知識は,SAP No.54の改正定義に示される内部統制概念をもってし ては,必ずしも得られないということである。 組織計画上は職務の分離が明瞭に規定されていたとしても,果して,現実に これが破られることはあり得ないといえるか? なるほど,組織計画上,上司 はその部下から独立している。従って,上司がその部下を監督し部下の不正に ヨの ついて報告することはあるでもあろう。しかし,必ずしも,そうとは限らない。 部下が自らの上司の不正について報告することはあり得るか? 部下は自己の すぐ上に居る上司に対してしか尽す義務がないとすれぽ,そのようなことはあ るの りそうもないことであるといえる。“階層制によって分与された権能は上司の む 地位にある”からである。 同様に,企業構成員に対しては,取引およひ取引の結果生じた資産の保全・ 記録の信頼性保持に関し遺漏のないよう各種手続が規定されていたとしても, 人間であってみれば,“指示の誤解・判断の誤り・個人的な不注意・気の散り・ ユ ラ 疲労”による手続不遵守があるかもしれない。そればかりではない。人間には 39) D・R・Carmichael・“Behavioral Hypotheses of Internal Contro1,”7”he Accoanting Revietvp Apri11970, pp.243−44. 40) Jbid., pp.238−39. 41) Ibid., p.239. 42) AICPA, SAP No・54, paragraph 34・(The Joarnal of Accozantancy, March 1973, P.59.)
66 彦根論叢i第227号 “俄流’を好み,規定されている内部統制(手続)の裏をかき,確立されて いる手続を省略し,あるいは,修正しようとする傾向”がある。この種の手続 不履行が存在していないか否かについては,内部監査部門のスタッフ(参謀) 職員が巡回調査し,監督者による監督の有効性について最高経営者に報告する ところとなるであろうことを意識し,監督者は規定されている手続が遵守され ているよう監督を強化しているのが通常であるといえるであろう。しかし,監 督者も生身の人間であってみれば,監督上の手落ちがあるかもしれない。監督 者が自からの職務の遂行に万全の注意を払っていなければ,その部下が監督者 の技禰の程度・油断の程度を直ちに察知しで解怠の心を生じさせるであろうこ とは容易に理解されるところである。この間の事情をある著者はつぎのように 表現しているという。 「より身分の高い組織構成員に自らの課業を喜んでやり遂げようとする努力 が少ければ少いほど,より身分の低い組織構成員が課業に関連のある権能を るの 手に入れる見込みは高くなる。」 内部監査部門のスタッフ職員が各部門における業務遂行の状況を巡回調査す うう るということは,眠れる監督者に対しての最後の備えであるといえる。しか う し,そのスタッフ職員の数は,通常,少数であるとされているところがら,眠 ったときもあったであろう監督者による監督の隙間をすべて埋めきることは不 可能であると解する他ない。ここに,内部統制の形式ではなく,その生命とも 43)J.B. Bower&RE. Schlosser, Op cit., p.342. O内筆老補充。 44) D, Mechanic, “Sources of Power of Lower Participants in Complex Organi− zations,” ed. W. W. Cooper, H. 」. Leavitt, and M. W. Shelly ll, New Perspectives in Organi2ation Research, John Wiley & Sons, lnc., 1964, p. 145. (D. R. Carmichael, op. cit., p.242・において引用。) 45) J. B. Bower & R. E, Schlosser, op. cit., p. 343. 46) 久保田音二郎,前掲書 62頁。 著者の表現は以下のようなものである。「……,内部監査のほうは,毎年すべての 領域におけるすべてのことがらについて,ひととおりの監査を実施するのではなく, 大抵は年間にいくつかの緊急テーマを選んで監査し,次年度ではまた別の緊急テーマ で監査するだけである。」
予言の見地からする監査知識の吟味 ② 67 いうべき品質(有効性)の程度は一瞬の聞も静止しているとは考えられず,し 47) たがって,・その静止値をとらえることは不可能であると考えられる。それ故に こそ,つぎのような表現をも受け容れざるを得なくなるのであるといえる。 「寸言を借りて言えば,“内部統制とは人である。”内部統制組織は人と手続 一人は正常なやり方で業務を遂行し報告をしていると公訴:されることになる ような手続一で構成されている。しかし,“(内部統制)組織の中に居るよう にと人を動機づけていた圧力が変化して,人が期待されている通りのやり方 で行動することを止めるという事態が生じるかもしれない。このような場合 には,そこですぐ内部統制手続はその有効性を失うのであるが,内部統制を 再吟味している人にはこのことがわからない。最も有効な内部統制手段を相 殺するように働くことができ,それでいて,独立監査人にはそれが何である のか容易に認められず,また,必ずしも発見し得るばかりとも限らない事象 や関係は余りにも数多く存在している。であるから,内部統制を再吟味する という責任を引き受けるときには,よくても運まかせであるということを覚 48) 回しておくべきである。」 R・K・マウツおよびH・A・シャラフによる上記引用文も前掲J・B・バ ウアーおよびR・E・スクローサーによる共同論文も,ともに,手続履行の実 質面を内部統制と解しているのは,SAP No.54とよい対照をなす。これを要 約して,内部統制を実質面から見るときには,その有効性の程度を把握するに ついて不可避的に限界があるといえるであろう。 それにもかかわらず,この限界は必ずしも本質的なものであるとは言えな い。SAP No.54から読みとり得るところは,内部統制の外枠は,それが如何 ようなものにてもあれ,ともかく最終的には記録という形で限定されていると いうことである。被監査企業の内部統制組織をもってしては,構成員問の共 47) Cf. R. G. Brown, ‘CObjective lnternal Control Evaluation,” The Joarnal of Ac− countanay, November 1962, pp. 52−53. 4s) R. K. Mautz & H. A. Sinaraf, The Philosophy of Audtting’, AAA, 1961, p. ltis. (D.RCarmichae1,0p. cit., p. 237.において引用。)()内筆者補充。
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謀,監督者・経営陣による不正を発見し得ないものがあったとしても,独立監 査人が組織計画・手続の存在を手懸りとして記録の追跡を徹底すれば,少くと