氏 名 大 野 雄 太 学位(専攻分野の名称) 博 士(国際バイオビジネス学) 学 位 記 番 号 甲 第 724 号 学 位 授 与 の 日 付 平成 28 年 3 月 20 日 学 位 論 文 題 目 農村女性起業経営者の経営者特性と形成プロセスの評価に関 する実証的研究 論 文 審 査 委 員 主査 教 授・博士(農学) 土 田 志 郎 准 教 授・博士(農学) 鈴 村 源太郎 教 授・博士(農学) 原 珠 里 農 学 博 士 門 間 敏 幸* 論 文 内 容 の 要 旨 1. 研究の背景および問題意識 農村女性起業経営体の件数は,1997 年時点では 4,040 件であったが,2010 年時点では 9,757 件に達し,2010 年度における全国の農村女性起業経営体の総売上額は 624 億円と試算されている。農村女性起業の主なタイプ は,農協女性部や生活改善実行クラブなどのグループ活 動を事業化の母体とした「グループ経営体」と,農家の 主婦や女性農業者が農産物の生産・加工・販売を個人ま たは家族単位で行う「個人経営体」の 2 つに分けられ る。それらの経営体の主な活動内容は,①農業生産,② 食品加工,③食品以外の加工,④生産物・加工品の流 通・販売,⑤都市との交流(観光農園,農家レストラン など)である。活動内容別にみた経営体割合は,「食品 加工」が最も多く 74.7% となっており,次いで「生産 物・加工品の流通・販売」が 65.5%,「農業生産」が 24.3 % となっている。このような農村女性による起業化は, 農業経営や農村の活性化に大きく貢献している。 しかし,これまで順調に増加してきた農村女性起業経 営体も,高齢化の進行や後継者不足で解散に追い込まれ るケースも発生しており,経営体数はここ数年頭打ちの 傾向が見られる。また,農村女性起業経営体には小規模 経営も多く,経営の管理・運営面等で問題を抱えている 経営も散見される。このため,既存の農村女性起業経営 体の維持・発展や新たな農村女性起業経営体の育成が課 題となっており,その課題解決に向けた対策の 1 つとし て農村女性起業経営者の確保・育成が不可欠となってい る。こうした状況の中,農村女性起業に関する研究はこ れまでにも行われてきたが,それらの多くは経営者個人 ではなく,主に経営体の成り立ちや活動内容を取り上げ ており,経営者個人を対象としたものは少ない。特に, 農村女性起業経営者の経営者特性に焦点を当てた研究は 行われていない。 2. 本研究の目的と課題 本研究の目的は,これまでの研究では取り上げられる ことのなかった農村女性起業経営者(以下「女性経営 者」)の経営者特性と経営者特性の形成過程を解明し, 女性経営者の確保・育成に役立つ知見を提供することで ある。そのため,女性経営者の経営者特性をアンケート 調査結果に基づき数量的に分析するとともに,経営者特 性の形成過程を詳細な事例調査に基づいて明らかにす る。調査対象としたのは,関東農政局の農村女性起業リ ストから抽出した,過去に農林水産省による表彰事業, 食アメニティコンテスト,市町村単位での表彰事業等で 功績が認められ,現在も活動を継続する先進的な農村女 性起業経営体 136 事例である。 まず,経営者特性を把握するために門間らが開発した 評価手法を援用し,経営者特性を構成する 16 の基本項 目(「信念・倫理観」「野心・冒険心」「先見性・戦略性」 「洞察・判断力」「地域貢献に基づく社会性」「他人への 信頼」「包容力・人柄」「面倒見・親分肌・上下関係重 視」「責任感」「管理・工夫」「計数感覚」「体力と健康維 持」「時間利用」「部下への対応・対等な関係重視」「人 間関係・ネットワーク構築」「危機経験」)の評価得点 (5 段階評価)を求める。次に,この評価得点と既往研 究で得られている男性経営者の評価得点とを比較するこ とで,女性経営者の経営者特性の特徴を明らかにする。 また,女性経営者の経営者特性は,所属する経営体の経 営形態の違い,創業者か後継者か,経営者としての経験 年数等によっても異なることが予想されるため,これら ─ 89 ─ *中央農業総合研究センター 上席研究員
の点から女性経営者のグルーピングを行い,各グループ の経営者特性評価得点を相互に比較・検討する。 さらに,経営者特性がどのような経験・体験,知識・ 技術の影響を受けて形成されているかをアンケート調査 や事例調査によって分析し,経営者特性の形成に影響す る要因を明らかにする。 そこで,本研究では,次の 4 つの小課題を設定した。 研究課題 1 : 男性経営者との比較による女性経営者の 経営者特性の解明 研究課題 2 : 経営体属性や経営者属性の違いによる女 性経営者の経営者特性の解明 研究課題 3 : 女性経営者の経営者特性形成プロセスの 解明 研究課題 4 : 経営管理における女性経営者の経営者特 性の発現状況の分析 3. 主要研究成果 1)研究課題 1 にかかわる成果 男性経営者との比較を行い,女性経営者の経営者特性 の特徴を明らかにした。 (1)経営者特性を構成する 16 の基本項目のうち,「他 人への信頼」「包容力・人柄」「管理・工夫」「時間利 用」「体力と健康維持」「部下への対応・対等な関係重 視」に関しては,男性経営者と女性経営者との間でほ とんど評価得点の差は見られなかった。経営者として 必要とされる,組織構成員に配慮した人間関係の構築 や適切な経営管理の実践にかかわる項目と,自己管理 に関係する項目においては,女性経営者と男性経営者 との間で差異がないことがわかる。 (2)「信念・倫理観」「野心・冒険心」「先見性・戦略 性」「洞察・判断力」「面倒見・親分肌・上下関係重 視」「責任感」「計数感覚」といった経営者特性の基本 項目では,男女間の評価得点に差があり,いずれの基 本項目においても男性経営者の評価得点が女性経営者 よりも高い値を示していた。これには,男性経営者と 女性経営者を取り巻く諸環境の違いや,比較対象とし た男性経営者の経営体の規模(組織構成員数や売上高 等)が女性経営者の経営体よりもやや大きいことなど が影響していると推察される。 2)研究課題 2 にかかわる成果 同じ女性経営者であっても,経営者属性や経営体属性 の違いによって経営者特性に違いが見られることを明ら かにした。 (1)グループ経営体の女性経営者,個人経営体の女性 経営者ともに,「創業者」と「後継者」では経営者特 性の評価得点に違いがあり,特に「面倒見・親分肌・ 上下関係重視」は両者とも「創業者」における値が高 かった。事業を新たに立ち上げる「創業者」には,組 織のトップに立って構成員をまとめ,リードしていく 力が必要になるが,こうした「創業者」の特質が反映 されていると考えられる。 (2)グループ経営体の経営者においては,「経営者経 験年数」が多いか少ないかによって,経営者特性に違 いが見られた。「5 年未満」の経営者は「地域貢献に 基づく社会性」と「他人への信頼」の評価得点が高 く,「5 年以上」の経営者は「先見性・戦略性」「面倒 見・親分肌・上下関係を重視」,「野心・冒険心」の評 価得点が高くなっており,経営者経験年数を積むこと で新しいことへの挑戦や,事業をより発展させていく ための戦略性,経営トップとして構成員をまとめてい こうとする姿勢が強まる傾向が確認できる。 (3)個人経営体の経営者においては,「組織構成員数」 が多いか少ないかによって,経営者特性に違いがあっ た。組織構成員数が「5 人以上」の経営者は「信念・ 倫理観」「野心・冒険心」「先見性・戦略性」「地域貢 献に基づく社会性」「他人への信頼」「包容力・人柄」 「責任感」「管理・工夫」「計数感覚」「部下への対応・ 対等な関係重視」「人間関係・ネットワーク重視」「危 機経験」の多くの基本項目において評価得点が高かっ た。組織構成員数が「5 人以上」の経営体では,家族 構成員を超える雇用労働力が導入され,そのことが女 性経営者の経営行動に影響を及ぼしていると考えられ る。 3)研究課題 3 にかかわる成果 女性経営者の経営者特性が形成されるプロセスに焦点 を当て,経営者特性の形成に影響を与えたと考えられる 要因を明らかにした。 (1)経営者特性の形成に影響したと考えられる過去の 「経験・体験」では,30 代以降の「事業化」を指摘す る女性経営者が最も多く,次いで 10 代・20 代での 「部活動・サークル活動」と「家業に携わる」を挙げ た女性経営者が多くなっていた。これにより,仕事に 従事することで得られる実践的な体験や,10 代・20 代での仲間との交流や業務体験の重要性を改めて確認 することができる。 (2)「創業者」と「後継者」とでは,経営者特性の形 成に影響したと考えられる過去の「経験・体験」に違 いが見られた。特に,「創業者」の場合は,10 代∼30 代にかけての「クラブ活動などでのリーダー経験」 「自らが責任を負う役職」「女性部や婦人部でのリー ─ 90 ─
ダー経験」等が経営者特性に影響しているとの回答者 が多かった。このことは,若い頃からリーダーシップ を発揮できていたことを示すとともに,そうした若い 時のリーダー経験が経営者として必要となる経営者特 性の形成にも大きな影響を及ぼしていることを示して いる。 4)研究課題 4 にかかわる成果 女性経営者の経営者特性が女性起業経営体における経 営管理場面でどのような形で発現しているかを検討する ため,「グループ経営体」と「個人経営体」の中からそ れぞれ先進的な女性経営者を 2 名ずつ抽出し,それらの 事例分析を行い,次の点を明らかにした。 (1)農村女性起業経営体の経営者に就任する前後にお いて,「創業者」の経営者 A と経営者 C の場合,次の ような特徴が見られた。すなわち,両者はトップの経 営者に就任する以前から,グループ活動や職場におい て責任ある立場やリーダーとしての経験があり,そう したリーダーの経験や様々な業種経験による対外折衝 能力が起業後の経営展開を行う中でも重要な役割を果 たしていたことが確認できた。一方,経営者 B と経 営者 D では,特に組織内での人間関係を重視するよ うな経営行動をとる傾向が見られた。 (2)女性経営者の経営者特性と経営展開の関係につい ては,次の点が確認できた。経営者 A と経営者 C に おいては,「面倒見・親分肌・上下関係重視」「包容 力・人柄」などの経営者特性の評価得点が高くなって いた。経営体を設立する際は,組織のトップとして構 成員をまとめ,安定した経営基盤を築いていく必要が あるが,このことが経営者 A と経営者 C の高い評価 得点と関係していると考えられる。一方,経営者 B については,「部下への対応・対等な関係重視」「人間 関係・ネットワーク重視」における評価得点が比較的 高い値を示していた。組織 B では,経営者は組織内 からの推薦により後継者として任命されている。その ため,組織内で良好な人間関係や,行政や普及機関な どとの良好な関係を維持していくことのできる構成員 が経営者として選出される。その結果,経営者として 事業を後継する前から,そうした組織内外の良好な人 間関係を構築できている者が経営者候補となることが 背景にあると考えられる。 4. 総 括 本研究では,農業所得の向上や農村地域の活性化に貢 献している農村女性起業経営者に焦点を当て,農村女性 経営者が有する経営者特性とその形成プロセスについて 分析した。 アプローチ方法上の特徴としては,門間らが行った経 営者特性の分析手法を援用し,女性経営者の経営者特性 を男性経営者の経営者特性と比較・検討するとととも に,経営体属性や経営者属性の違いが女性経営者の経営 者特性にどのような差異をもたらしているかを数量的に 分析した点にある。また,経営者特性は後天的な資質で あることから,経営者特性がどのような経験・体験,知 識・技術の習得等を通じて形成されているかを検討した 点も,本研究の特徴の 1 つである。 農村女性起業経営者の経営者特性に関しては,男性経 営者のそれと共通・相違する点があること,創業者と後 継者では違いが見られること,経験年数や経営規模が増 すことによって変化する可能性があること,過去の経 験・体験等が経営者特性に影響していることが,確認で きた。今後,こうした新知見を踏まえ,農村女性起業経 営者の育成・支援策の検討を行う必要がある。 審 査 報 告 概 要 本研究は,これまで研究蓄積が少なかった農村女性起 業経営者の経営者特性とその形成プロセスを体系的かつ 実証的に分析し,今後の農村女性起業経営者の育成・支 援にかかわる貴重な知見を提供した論文である。アン ケート調査から得られた経営者特性を構成する 16 の基 本項目(「信念・倫理観」「先見性・戦略性」等)の評価 得点の解析により,①女性経営者と男性経営者の経営者 特性の共通点と相違点,②女性経営者における「創業 者」と「後継者」との経営者特性の違い,③経営者経験 年数や従業員規模による経営者特性の違い等を数量的に 明らかにするとともに,その要因について考察した。ま た,経営者特性の形成プロセスをライフヒストリー調査 などの手法を用いて分析し,過去の経験・体験や知識・ 技術の習得が女性経営者の経営者特性の形成にどのよう に影響していたかを具体的に明らかにした。 よって,審査員一同は博士(国際バイオビジネス学) の学位を授与する価値があると判断した。 ─ 91 ─