2019 年 3 月 March 2019
桜美林大学 経済・経営学系
J. F. Oberlin University Division of Economics and Management Studies
The Journal of J. F. Oberlin University
桜美林エコノミックス第10号(通巻66号)
Obirin Economics
コンテナ物流革命と、
グローバル地域発展空間構造の再編
松 尾 昌 宏
目 次 1.はじめに 2.伝統的な開発経済論、地域発展論の問題点 3.コンテナ物流革命の衝撃:国際間輸送コストの劇的低下と「フラグメンテーション」 4.インターモーダル輸送の発展と製造業立地の内陸展開、都市集積メカニズムの変化 5.貨物の「集荷」を巡る制約と、「輸送集束」拠点としての都市化の意味 6.内陸交通輸送インフラの整備、後背地の空間的拡大と、港湾間競争 7.幹線航路形成と、トランシップ・ハブ港湾都市の台頭 8.輸送集束を巡る地域間競争:なぜ、「メガ・リージョン」なのか 9.「製造」から「物流」へ:地域発展理論のパラダイム転換1.はじめに
近年、新興国の台頭が著しい。1990 年当時、世界の GDP の 70% は G7 諸国が占めていたが 2015 年には世界の半分以下となる一方、その間隙を埋めるように、新興国の割合が高まってきている。 こうした世界の経済力分布の「グローバル・シフト」の背景には、世界規模での製造業立地の空間 構造の再編が深く絡んでいる。振り返れば 1980 年頃までの世界経済は、著しい「南北」への発展 水準の「両極化」傾向がなお顕著であった。その最大の原因は、途上国の工業化の困難にあった。 当時は「製造業」といえば先進国の産業と考えるのが常識であり、「開発経済学」においても経済発 展を行う上で最大の主題は「いかに工業化を遂げるか」であった。 ところが現在では、製造業の中心は途上国へと移り、新興国の高成長を支えている。しかも近年ま で何の工業基盤も持たなかった国が短期間で先端分野に参入し、一大製造拠点となることも珍しくな い。後発国における発展の「圧縮」は、近年さらに著しいものとなった。このようにかつては絶望的と も思われた工業発展が、近年多くの途上国で次々と短期間でいとも簡単に進行していく状況を目の当た りにすると、ある時点で工業発展のメカニズムに根本的変化が起こったと考えざるを得ない。その結果、 伝統的な開発経済理論や地域発展理論のかなりの部分が有効性を失い、修正を迫られていると考え られる。それでは一体どこでこうした転換が起こったのであろうか。 本稿では、その原因として、1960 年代から進行してきた「コンテナ物流革命」に着目し、これが1980 年代後半以降の IT 革命や輸送インフラの整備と結び付いて、世界規模での経済発展の地理的 構造の再編に及ぼした影響について考察する。コンテナ物流革命は「輸送における規模の経済」(黒 岩(2014))の重要性を著しく高め、従来の製造業育成に替わって貨物量の確保、「輸送集束」を 地域経済発展の新たな鍵とし、そのことがグローバル発展構造の再編と、「メガ・リージョン」の形成、 新たな都市や地域の台頭を引き起こしている。
2.伝統的な開発経済論、地域発展論の問題点
1950 年代後半に開発経済学が誕生した時、最大の課題は、いかに工業化を進めるかという問題で あった。こうした途上国の工業発展メカニズムを初めて定式化したのが、有名なルイスの二重経済発 展モデルであり、その後ラニスとフェイによって精緻化された。この理論によれば、農業部門の余剰労 働力の都市工業部門への流入が、都市工業部門の賃金上昇の抑制と工業利潤の確保を可能にし、 これが再投資されることで都市工業部門の生産拡大と、農業部門からのさらなる余剰労働力吸収が起 こる。また、この過程で工業化に牽引される形での「都市化」も進行していくとされる。 しかし一方で、伝統的な開発経済学においては、途上国の工業化は困難なものとされてきた。その 理由は、工業化の際に途上国が直面するさまざまな障壁にあった。まず一つは規模の壁と、これを通 して働く「貧困の悪循環」メカニズムである。もう一つの壁は、技術能力の壁である。すなわち途上 国が生産性を高めるには技術移転が必要であるが、ある技術の受容にはそれと補完的な様々な産業 技術が必要である。中岡(1990)はこれを技術の「社会的能力」と呼び、こうした能力の欠如が、 途上国が先進国から受容した技術が現地で効果的に動かない原因であることを指摘している。結果、 こうした問題を克服する上で、政府による個別産業への「産業政策」による支援や、「技術移転」支援、 「輸入代替工業化」と呼ばれる保護政策を推奨する考えも、1970 年代までは大きな影響力を有して いた。 しかし近年の途上国の発展を見ると、以上の図式では理解できないような発展パターンが多く見られ る。例えば十年前にはほとんど何の機械工業の基盤も持たなかったベトナムが、最近 IT 機器製造な ど先端分野で急速に生産を伸ばしている。また、2013 年に国際社会に本格復帰したばかりのミャンマー にも、早くも多くの外資製造企業が興味を示し、次々と進出している。1980 年代末に工業化が本格化 したタイにおいては、当初は裾野産業の欠落と対外依存が問題となっていたのが、近年では、自動車 部品を中心に、産業集積の厚みが増している。こうしたアジアの途上国の短期間での一大工業集積 の形成の事実を目の当たりにすると、工業育成政策や、技術の社会的能力が、果たして現在でも重 要であるのかという疑問が生じる。こうした変化はなぜ生じたのであろうか。 これを可能にした要因の一つとして、貿易の自由化や、外資への市場開放など、「輸出志向型」 工業化政策の採用がよく指摘される。このことが多国籍企業にとって国際間の貿易コストを著しく低下 させ、生産拠点の分散配置と「工程間分業」ネットワークの構築を容易にし、「フラグメンテーション」 を引き起こす重要要因となったことは確かであろう。こうした政策を採ったアジアの新興国は急成長を遂 げ、その結果開発経済学の世界でも、「輸出志向工業化」の有効性を支持する考えが支配的となった。しかしでは、アジア諸国の市場介入の度合いは、それほど小さいと言えるのであろうか1。また、輸入 代替政策で失敗した中南米、特に南米諸国が政策転換後の 1990 年代以降になっても工業輸出が伸 び悩んでいる事実を、どう理解すれば良いのであろうか。 また、「工業化が都市化を牽引する」という命題にも疑問が残る。多くの途上国ではむしろ、都市 化が工業化に先行しており、また工業化に牽引された形での中心都市への人口集中が見られる場合も、 それが起こるのは発展の比較的初期段階であり、それ以降はむしろ、周辺地域への工業立地拡散、 外延化と、中心都市のサービス化が著しい。その背景には、以下で述べるような、都市が果たす「輸 送集束」機能が、深く関与していると考えられる。しかし従来の都市経済学では、都市の成長において、 「都市化の経済」や「地域特化の経済」といった「集積の利益」に基づく個々の都市内部の製造 業発展ばかりに焦点が当てられる一方で、都市化が「都市間輸送接続の確保」において果たす役 割には、あまり注意が向けられてこなかった2。 こうした諸疑問への答えついて、本稿では、1960 年代以降に進行した、コンテナ物流革命に着目し、 上の疑問に答えていきたい。
3.コンテナ物流革命の衝撃:国際間輸送コストの劇的低下と「フラグメンテーション」
コンテナ輸送は 1950 年代後半に始まり、ベトナム戦争を経て急速に普及していく。これによる「輸 送の標準化」は、物流革命を引き起こし、1970 年代以降、工業立地パターンの形成原理に大転換を もたらした。ではそれは、どういうメカニズムを通してであろうか。 コンテナ革命が地域発展にもたらした1つめのインパクトは、標準化による貨物の積み替え時間の劇 的短縮と、大量輸送による、国際間海上輸送コストの劇的低下を引き起こしたことである3。かつての 船荷の積み下ろしは、港湾肉体労働者の大量動員に頼り、また積み込みの際には荷崩れや貨物破損 を防ぐためのさまざまな配慮が必要で、その結果大型船の場合、1 週間もの積み込み時間を要した。 それがコンテナ化による大型クレーンの使用によって、大型船でも僅か半日で積み下ろしができるように なった。 さらに下の貨物を圧し潰す心配がなくなったため、コンテナの段積みによる貨物の大量積載が可能に なり、このことが貨物船の大型化をもたらした4。一般に船のサイズが大きくなるほど、単位貨物あたり の燃料コストは下がり5、人件費も下がる。このことが、国際間海上輸送コストの劇的低下をもたらし、 これに各国の一連の貿易自由化政策が加わったことで、各国間での工程間分業のコストが著しく低下 した。 さらにこれに 1980 年代末以降の IT 革命が加わったことで、各地を動き回るコンテナ貨物の世界規 模での「貨物追跡」が可能になった。このことが、国際間でのサプライチェーン管理と定時輸送を容 易にし、企業による世界各地への生産拠点の分散立地、いわゆる「フラグメンテーション」を加速させ、 サプライチェーンのグローバル化を引き起こしたのである6。これによって、先進国からアジアを中心とす る途上国への世界規模での製造業生産拠点の再配置が進み、これら諸国の急発展を生むこととなっ た7。こうした一連の物流革命の結果、後発国の工業化にもはや「産業育成政策」は、殆んど不要となっ た感すらある。かつて開発経済学においては、「工業化」は重要政策課題である一方で、輸送や物 流については、援助問題との関わりで僅かに触れられる程度であった8。筆者自身の関心も、製造業 を中心とした、国や地域の「技術能力」形成と、技術移転問題に向けられていた9。 しかしコンテナ物流革命によって、ある産業の生産に必要な補完技術産業部品は、低コストでの他 国からの調達が可能となり、技術基盤がゼロの国でも、製造業投資誘致競争に参入することが可能と なった。その結果、「産業育成政策」の重要性も、かつてなく低下してきている。今日、工業化は交 通インフラや立地など投資環境の「従属変数」と化し、多くの途上国では輸送インフラさえ整えば、低 賃金に惹かれて工業化は自然に進むようになった。より高度な産業においては、今なお産業集積や地 域の技術能力の重要性は残るも、その範囲はますます限られたものとなりつつある。そうした中で、伝 統的な発展理論はあまりに「製造業中心主義」的な考えに捉われ過ぎていないか疑問が残る。
4.インターモーダル輸送の発展と製造業立地の内陸展開、都市集積メカニズムの
変化
コンテナ物流革命が地域発展に与えた二つめのインパクトは、「インターモーダル輸送」10の発展によ る、内陸輸送の「シームレス化」であった。かつて工場の立地は「港に従属」するものであった。と ころがコンテナによる輸送の標準化は、クレーン一つでの貨物船から鉄道、トラックへの貨物の積み替 えを可能にし、港から内陸諸地域への貨物転送を容易とし、これに港湾大都市中心部における賃金、 地価といった生産要素コストの上昇、内陸部への高速道路を始めとする交通インフラの整備が加わった こともあって、工場立地の港湾都市からの解放が進行した。これにより、港湾大都市から周辺地域へ の製造業立地の「外延的拡大」が進み、周辺内陸地域の工業化が加速することとなった。 このことは、工業化と都市化の関係にも、大きな変化をもたらした。伝統的開発経済学における都 市化のメカニズムは、都市工業部門の高賃金に惹かれた農村地域から豊富な労働力の流入によるもの であった。しかし地域間での生産要素(労働、資本)の偏在を解消する方法は、本来代替的なもの であり、資本の豊かな中心都市への、農村など周辺地域からの労働移動による方法と、逆に中心都 市から労働力の豊富な周辺地域への投資という形での、中心都市からの資本の移動による方法の二 つがある。前者の場合は都市集中を伴う一方、後者の場合は分散を伴うこととなるが、どちらが起こる かは、各生産要素の移動の容易さに依る。一般に、途上国発展の初期においては、巨額のインフラ 投資コストを要する一方で、投資資金は限られていることから、少数の巨大港湾都市への投資集中が 起こりやすい。他方で港湾都市から内陸への道路等の輸送インフラは未整備であり、その結果、中心 港湾都市への企業投資集中と人口集中、および地域間格差の拡大が起こりやすいと考えられる。実 際アジア諸国の発展においても、当初は再輸出に便利な沿海部大都市への、外資の投資集中がみら れた。 しかし発展が進むとともに、中心都市の賃金や地価等の生産要素コストが上昇すると同時に、過度 の集中と混雑を避けるための、周辺地域への交通インフラ整備がなされていく。これにコンテナ革命によるインターモーダル輸送の発展が加わったことは、中心港湾都市へのアクセス可能圏を、空間的に 大きく拡大させることとなった。これによる、「地域間相互作用圏の広域化、高速化」が製造業立地 の形成パターンを、中心都市への集中化から、内陸周辺都市への「外延化」へと大きく転換させた。 そして中心都市は内陸周辺都市を自らの後背地圏に巻き込みながら、自らは物流やこれに付随する諸 産業へと特化したサービス・センターと化し、周辺地域と一体となった「メガ・リージョン」(巨大地域圏) を形成するようになったのである。 日本においてこうした転換が起こったのは、1970 年過ぎ頃と思われる。この時期の日本では、1960 年代後半の名神、東名を皮切りに大都市圏と各地を結ぶ高速道路が次々と開通し、その結果、三大 都市圏からの製造業立地の外延化が進むとともに、三大都市圏への人口流入圧力が弱まったと考えら れる11。この時期を境に大阪圏、名古屋圏への人口流入はほぼ停止した。東京圏のみは人口集中を 維持したが、牽引したのはサービスなど第三次産業である。その一方で、二大都市を結ぶルート上の 地域への工業集積が進行し、この時期以降、日本の工業集積パターンは巨大都市への「極集中」から、 都市間を結ぶ「幹線集中」へと転化するとともに、都市化は工業化に牽引されるものではなくなったの である。 同様の動きは近年の新興国でも見られる。例えばバンコクでは 1990 年代より、中心都市からより遠隔 地域への製造業立地の外延化が進むとともに、中心都市と周辺地域の所得格差が着実に縮小している (図1、図2)。 図1 バンコクからの距離別工業生産シェア 図2 バンコクからの距離別所得 (バンコク =100) 資料:松尾(2012)第 2 章 データ更新. 資料:松尾(2012)データ更新.
図3 中国各都市の工業生産シェア 2003 年 2013 年 資料:松尾(2012)第 2 章 データ更新. 図4 中国各都市の工業生産シェアの変化 (2003‐2013 年) 資料:松尾(2012)第 2 章データ更新.なお,灰色部分は増加,黒色部分は減少を示す.
また中国では、こうした製造業立地の空間構造の再編は、広東省に止まらず全国土レベルで展開し ている。その背景には 1990 年代後半以降の目覚ましい高速道路網の発展(表 1)と、主要都市間 の輸送時間の劇的短縮がある。これによる輸送の広域化、高速化は各都市からのアクセス可能圏を 拡大させ。このことが全国土レベルでの工業立地空間構造の再編を引き起こしつつある。実際、『中 国城市統計年鑑』の全国 280 余りの都市について工業生産シェアとその変化を GIS 表示すると、明 らかな内陸シフトが進行している(図3、図4)。特に、河南省辺りを中心とする国土の中部地域の工 業生産シェア拡大は著しいが、これは交通コストの低下に伴う、沿海部大都市からの外延化効果によ るものであろう。実際中国では近年「中部六省」、なかでも河南省、安徽省、湖北省、湖南省の成 長率が高く、製造企業進出も著しい。その一方で、沿海部大都市への労働力の流入が鈍っている。
5.貨物の「集荷」を巡る制約と、「輸送集束」拠点としての都市化の意味
以上より、コンテナ物流革命に IT 革命が加わった結果、製造業の立地は、一つは「先進国から 途上国へ」、もう一つは「港湾大都市から周辺内陸地域へ」と、二つの側面での発展の「分散」を 引き起こすこととなった。ではこのことが世界の「フラット化」を意味するかと言えば、そうではない。な ぜなら輸送規模の拡大は、新たに貨物の集荷を地域発展の制約としたからである。それは、コンテナ 船に寄港してもらえるだけの「貨物量の確保」という問題である。近年、コンテナ船の大型化が進む中、 幹線航路では 1 万 TEU クラスが主流となり、最大規模の船は 2 万 TEU にも達する。この場合、1 ルー プ 10 港寄港としても、1 港平均 4000 TEU の積み下し貨物が必要であり、毎日寄港とすると、1ルー プだけで年間 146 万 TEUもの貨物量の確保が必要となるが、それほどの後背地市場を有する港湾 都市は限られる12。結果、船会社は限られた数の大規模港湾へと寄港数をますます絞り込む一方、そ れ以外の港湾都市では「抜港」が起こるようになった。こうした寄港数の確保は輸出リードタイムの短 縮による輸出競争力の形成と直結しており、これを確保できない都市や地域は、製造業誘致競争上で も不利に立たされることとなる。 加えて大型クレーンなど港湾荷役の装置産業化は、巨額投資をカバーするだけのコンテナ取扱量確 保の必要性を高め、この意味でも十分な貨物量を集束できるだけの、「集荷力」「輸送集束力」の重 要性を増すこととなった13。 では、港湾都市の集荷力は、何によって決まるのか。以下の3つの要因が考えられる。すなわち一 つは「都市規模」、もう一つは「内陸後背地貨物を取り込み得る地理的条件」(5節で議論)、もう一 つは「トランシップ(積み替え)貨物を取り込み得る地理的条件」(6節で議論)である。 表1 中国の高速道路総延長距離(km) 1990 1995 2000 2005 2010 2013 500 2100 16300 41000 74100 104400 資料:『中国統計年鑑』各年度版より筆者作成.まずこの節では「都市規模」について考えよう。レビンソン(2008)は、「コンテナ輸送のカギを握 るのは量である」と述べている。即ちある港湾都市にとって、十分な貨物量が確保できて初めて、様々 な目的地との間で十分な輸送規模と輸送頻度の確保が可能となる。したがって、コンテナ物流革命が もたらした都市化の最も重要な意味は、「輸送集束」とこれによる外部諸地域との「輸送接続の確保」 にあると言える。このことがある都市にとって、外部地域からのさまざまな資源の獲得を可能にするとと もに、これを基とした産業発展を引き起こすのである。したがって、地域の発展にとって重要なのは、「産 業集積の利益」よりはむしろ、「輸送集束の利益」と言っても良い。しかしこうした視点は従来の開発 経済学や地域発展論において、かなり軽視されてきた14。 また、開発経済学における「工業化を通した都市化」という議論にも、修正が必要である。すなわ ち工業投資の誘致には、コンテナ貨物船の寄港の呼び込みが重要であるが、そのためには十分な都 市規模が必要である。したがって工業発展→都市集積 というメカニズムと同時に、都市集積→工業 発展 という因果関係にも、もっと注意が向けられるべきであろう。こうしたメカニズムの存在こそが、戦 後アジアを中心とする多くの途上国で、都市化が工業化に先駆けた理由であると考えられる。実際アジ ア各国の発展を見ると、首都を中心とする少数の大規模港湾都市への発展の集中が見られる15。 しかし貨物の集荷力を決めるのは、都市規模だけではない。むしろコンテナ物流革命の結果として、 以下の2つの要因が相対的により重要性を増しており、そのことが近年、世界各地で新たな都市、地 域の台頭を引き起こしつつある。
6.内陸交通輸送インフラの整備、後背地の空間的拡大と、港湾間競争
古来より「水運」の役割は、貨物輸送において圧倒的であった。例えば江戸時代の馬 1 頭の輸 送力が約 150kg であったのに対して、千石船1隻の輸送力は約 150トンであったというので、千石船 1 隻(12 ~ 15 人程度で運航したという)で馬 1000 頭分もの働きをしたことになる16。アダム・スミスは『国 富論』3 章の、「分業は市場の大きさによって制限される」という議論の中で、水運の輸送力と「内海」 の重要性を強調している。 一方トラックや鉄道など、陸上輸送手段の発達した今日では、水運の重要性はかなり低下した。しか し今日でも水運の陸運に対する輸送コスト差は圧倒的である。例えば東京‐大阪間のコンテナ 1 個の 輸送コストと東京‐ロッテルダム間のコンテナ輸送コストは大体同じでいずれも約 10 万円である。その結 果、内陸貨物集荷の際には、陸路輸送距離を最小化するインセンティブが、強く働くこととなる。今日 世界の主要港湾の多くが、湾奥部や大河の河口を遡ったところにあるのも、こうした内陸後背地への 輸送コスト最小化原理が作用しているからである。 その一方で、前節でみたコンテナ物流革命によるインターモーダル輸送の発展は、港湾からアクセス 可能な内陸後背地圏を著しく拡大させるとともに、各港湾の内陸後背地同士が互いに重複するように なった。その結果、港湾間での大陸規模での内陸貨物の獲得を巡る競争が激しくなっている17。では、 こうした内陸後背地の空間構造の変化は、港湾間の競争優位をどう変化させたのであろうか。また、 今後どの港湾都市が内陸部への積み替え拠点としての優位性を拡大し、内陸後背地へのゲートウェイ・ハブ港湾としての地位を獲得していくのであろうか、以下で地域別に見ていこう。 まず、欧州地域においては従来、ハンブルク‐ルアーブル間の北西部七大港湾に集中してきた。そ の理由は欧州にとって長年、最も重要な貿易相手が北米地域であったためである。しかし、近年のア ジア諸国なかでも中国の発展によるアジア地域との貿易拡大と、1989 年の冷戦終結後の欧州経済の 発展の中東欧地域へのシフトは、両者間の貿易額の増大を通じて、港湾間の競争優位にも変化を及 ぼしている。こうした動きはまず、2000 年代の初めにかけて、ハンブルクに有利にはたらいた。なぜな ら七大港湾の中でも東に位置するハンブルクは、中東欧地域など内陸後背地に向かう鉄道網の充実も あって、中東欧地域の製造業発展の恩恵を取り込むことができたからである(表1)。 しかし今後むしろより注目される動きは、地中海北岸部諸港の成長である。なかでもアドリア海の最奥 部に位置するスロベニアのコペルは、近年急速にコンテナ貨物の取扱量を伸ばしている。その理由は、 同港の中東欧地域への輸送距離の短さがある。例えばアジアから同港経由でハンガリーのブダペストに コンテナを運ぶ場合、従来主流のハンブルク経由と比べ、陸路輸送距離は 800km から 400km へと 半減し、また海上輸送距離も約 4000km、時間にして 100 時間も短縮できる。2015 年には日通が同 港をハブに定めた。 さらに 2016 年にはスイス西部とミラノを結ぶ「ゴッタルト・ベース・トンネル」が完成し、2025 年には ウィーンとアドリア海北端部を結ぶ「ブレンナー・ベース・トンネル」(鉄道用)が開通予定である。そう 表 2 欧州主要港湾のコンテナ取扱量およびシェア 資料containerizationstatisticalyearbookより,筆者集計
なれば中東欧や南ドイツ地域とアジアを結ぶ輸送貨物のかなりの部分は、従来の北西部港湾から、地 中海北岸地域港湾経由へと切り替わる可能性が高い。このように欧州地域では、欧州北西部から地 中海北岸地域へと、物流ルートの大転換の兆しが見られる。将来的にはロッテルダムに替わって、コペ ルやジェノバ等がアジアからヨーロッパへの新たな「ゲートウェイ」となるかも知れない。そうなれば欧州 全体としての地域発展の空間構造にも、大きな影響を及ぼすであろう。 一方コンテナ物流革命は、アメリカにおいても、戦後アジア地域との貿易が拡大する中、地域発展 の空間構造を大きく変えつつある。従来アメリカ最大の貿易相手は欧州地域であり、このことがニュー ヨークなど北東部港湾の繁栄を支えてきたが、戦後アジア、中でも日本の発展が進む中で、1980 年代 半ばには、アメリカの太平洋貿易額は大西洋貿易額を超えるようになった。こうしたアジアとアメリカ東部 の貿易において、当初主要な位置を占めたのは、パナマ運河経由のルートであった。しかしコンテナ貨 物船の大型化が進み、やがてパナマ運河を通航可能な上限の 4000TEU を超えるようになると、西海 岸の港湾からの鉄道輸送、いわゆる「ミニ・ランドブリッジ」経由のルートへと切り替わっていく。特に 1984 年「ダブル・スタック・トレイン」という、コンテナ二段積み貨車が開発されると、このルートの優位 は決定的となった。その結果、西海岸諸港、なかでも東部への陸路輸送距離が短く18、鉄道輸送網 の充実したロサンゼルスが、アジア貨物の主要中継拠点となり、製造業が集積し、大発展することとなっ た(表3)。 今後の注目点は、2015 年末の拡張パナマ運河完成の影響であろう。これにより、運河を通航可能 なコンテナ船の最大サイズは 13000TEU にまで拡大した。また、ニカラグアでも中国企業が「第二パ ナマ運河」の開発を進めており、完成すると20000 TEU のコンテナ船が通航可能となる。そうなれば アジアとアメリカ東部の輸送は、再びパナマ運河経由へと切り替わり、アメリカの地域発展空間構造に 表3 北米主要港のコンテナ貨物取扱量シェア 資料 資料:containerizationstatisticalyearbookおよび wikipedia より,筆者集計
影響を与えると考えられる。 一方中国においても、内陸貨物の獲得を巡る港湾間競争の激化と、港湾間の地位変動が起こって いる(図5、表4)。以前は製造業の輸出加工が重要であったため、再輸出に便利なより外洋に近い 港湾都市が優位を占めてきたが、近年、先に見た製造業立地の内陸展開の進展、内陸後背地の拡 大とともに、より国土の凹部の港湾への競争優位のシフトが見られる。例えば東北地域では、大連か ら、より東北内陸に近い営口、錦州への貨物シフトが見られ、また南部では、以前は圧倒的地位を占 めていた香港から、深圳、さらには広州へ の貨物シフトが見られる。また、華北から華中地域では、 人口1億の河南省を内陸後背地に控える連雲港や日照港がシェアを伸ばしている19。連雲港は、東ア ジアと欧州を最短距離で結ぶ「チャイナ・ランドブリッジ」の起点としても重要な役割が期待されている。 他方で鉄道ランドブリッジ輸送については、負の影響も考えられる。例えば四川省など中国内陸部から 欧州に向かう貨物は、従来は全て海港に輸送された後、船で欧州方面に輸送されていたが、2011 年からは、重慶とドイツのデュイスブルクを結ぶ定期コンテナ貨物列車の運行を皮切りに、その後の「一 図5 中国の主要港湾の位置 資料:オーシャンコマース『2011 年版 国際輸送ハンドブック』より.なお「新港」は天津,「塩田」「蛇口」は深圳の一部であり,また嵐山 頭は 2003 年,日照港と合併した.
帯一路」政策の展開とともに、中国‐欧州間でコンテナ貨物を陸路直送する動きが拡大している。こう した動きは沿海部港湾都市の内陸後背地貨物の集荷力に負の影響を与えると考えられる20。また、他 国港湾との競合もある。例えば中国内陸部、雲南省から最寄りの港湾は、中国国内ではなく、隣国ベ トナムのハイフォンであり、また雲南省はミャンマー方面にも海港出口を求めている。その分、中国南部 港湾は、内陸後背地貨物を奪われることになる。 今後も内陸輸送インフラの整備による各港湾の内陸後背地拡大に伴い、世界各地で港湾間での大 陸規模での内陸貨物獲得競争が激化していくであろう。そのことが各港湾間の地位変動を引き起こし、 物流幹線ルートの形成や地域発展にも大きな影響を与えるであろう。 表4 中国各港湾の,コンテナ貨物取扱量 資料:松尾(2012)4 章データを,「中国港口集装箱網」HP(http://www.portcontainer.cn/index.do)に基づき更新.
7.幹線航路形成と、トランシップ・ハブ港湾都市の台頭
内陸後背地型ハブ港湾では、内陸後背地への陸路輸送コストを極小化できるかどうかが、港湾の 集荷力を決定付けた。しかしハブ港湾にはもう一つ、他港からのフィーダー輸送貨物の積み替え拠点と して発展するものがある。こうした「トランシップ・ハブ」型港湾は、近年コンテナ船の大型化による寄 港港湾の絞り込みと、周辺港湾への積み替え需要の拡大によって、近年急成長している(表5)。近 年では、世界のコンテナ貨物取扱量の 30% 近くを、積み替え貨物が占めるようになった。 こうしたトランシップ・ハブ港湾の集荷にとって重要であるのが、海峡部や半島の突端、湾口部といっ た、外洋や幹線航路への近接性による、周辺港湾からの輸送集束の利便性である。 その典型例に、シンガポールがある。シンガポールは、それ自身の内陸後背地規模には欠けるが、 アジア‐欧州航路の幹線上に位置し、戦後日本の発展によって、同航路の輸送量が伸びるとともに、 東アジアやインド洋方面諸港からの貨物集束と、フィーダー輸送の積替え拠点として集荷力を高め、貨 物船の寄港数を増やすことで、ハブ港湾都市として大発展を遂げた21。その結果、1980 年頃には神 戸‐シンガポール間で東アジアの幹線が形成され、さらにはここからのフィーダー輸送に便利な沿線諸 地域の発展を生むこととなった。 一方グローバルな地域発展空間構造の変化は、トランシップ・ハブ港湾の競争優位にも影響を与え ている。かつて世界最大の幹線航路は、ロッテルダムとニューヨークを結ぶ、欧州-北米航路であった。 しかし近年の新興国の台頭は、幹線航路のシフトを通じて、トランシップ・ハブの座を巡る港湾間の地 位変動も生んでいる。以下で地域別に見ていこう。 まず、北東アジアでは、ここ 30 年ほどの間に、神戸から釜山への競争優位シフトが著しい。近年の 釜山のコンテナ貨物取扱量は、日本の全港湾のそれの合計を上回るまでになった。その半分近くをトラ ンシップ貨物が占める。 こうした釜山台頭の背景として挙げられるのが、中国の台頭に伴う、北米‐東アジア間の幹線航路 のシフトである。従来は日本が同航路最大の貨物発着拠点であったが、近年中国発着貨物が日本を 圧倒するようになるに伴い、船会社は、日本の太平洋側ではなく、北米西海岸と中国を最短距離で結 ぶ津軽海峡経由の日本海ルートを選択するようになった。その結果、中国北部や日本の日本海側諸都 市からの貨物積み替え拠点として、釜山の立地優位性が大幅に高まることになったのである22。ここ十 数年で日本の太平洋岸と欧米を直航で結ぶ航路の数は激減しており、アジア‐欧州航路については僅 か2ループとなった。 また、東南アジアでは、近年コンテナ取扱量において、タイのレムチャバン港とベトナムのホーチミン港 (カイメップ港)間の地位の逆転が見られるが23、これはベトナム経済の高成長に加え、同港が世界 第2位のシンガポールと第3位の深圳を結ぶほぼ最短経路上に位置し、トンキン湾奥部やシャム湾各港 との貨物転送に最適の立地条件下にある上、近年整備が進む南部経済回廊沿線地域へのゲートウェ イとしての役割も期待されるためである。こうした両港間の地位の逆転は、将来的にはタイとベトナムの 発展水準の逆転すら引き起こす可能性すら考えられる。 一方、インド洋ではスリランカのコロンボ港の地位が高まっていることが注目される。同港のコンテナ貨物取扱量は同国の 50 倍以上もの人口を有するインドの最大の港湾、ムンバイを上回るが、その理由は、 同港がシンガポールとスエズ運河を結ぶ最短経路となる幹線航路上のインド洋中部に位置し、ベンガル 湾奥部やアラビア海、ペルシャ湾、アフリカ東部へのフィーダー輸送に便利なことがある。同港は事実 上、「インドへのゲートウェイ」として機能している(表 5)。その結果、近年の内戦終結もありその結 果、世界各地の物流大手が進出するなど外資の直接投資が急増し、製造業集積も進み、一人あたり GDP の水準も2014 年で 3600ドルと、インドの 2.2 倍に達している。 また、近年のドバイの著しい発展にも、地理的位置が関係している。ドバイが原油をほとんど産しな いにも拘らず発展できた理由は、水深の浅いペルシャ湾口部に位置し、湾奥の後背地諸港からの貨 物積み替え需要を取り込み得る立地条件下にあったことにある。 一方、地中海沿線部においては、近年トルコのイスタンブールや、モロッコのタンジール(ジブラルタ ル南岸)の成長が著しい。前者の場合は黒海方面の諸港湾からの、また後者の場合は北アフリカや 西アフリカ方面からの貨物集束とフィーダー輸送を通じて、貨物取扱量を伸ばしている。またいずれも 港湾近くに経済特区を設け、欧州を中心に多くの製造業企業の誘致に成功している。 表5 世界のコンテナ港ランキング(千 TEU)とトランシップ率(2008 年%) 資料:containerizationstatisticalyearbook、Drewry(2009)データ、および wikipedia より筆者集計 しかし地中海地域で今後最も注目されるのは、東地中海の諸港であろう。近年アジア‐中東欧間貿 易が拡大する中、東地中海とアジア間の貨物流動は急増しており、そうした中で、同地域のアジア‐地 中海、黒海、中東欧方面間の貨物転送拠点としての立地潜在力は、ますます高まっている。その一 つにエジプトのポートサイドがある。シンガポールにもひけをとらない同港の立地条件が、これまで顕在化
されて来なかった理由は、地域の政治情勢にあった24。また 2011 年には政変の影響で一時的に成長 が落ち込んだが、その後軍事政権が復活する中、曲がりなりにも体制が安定したことで、貨物量も急 回復している。また、ギリシャのピレウスも、近年成長が著しい(表 2)。同港は中国が「一帯一路」 政策に力を入れる中、2016 年には中国遠洋運輸公司(COSCO)に完全買収され、アジア‐欧州間 の貨物転送拠点としての地位を急激に高めつつある。 いずれにせよ、今後は 4 節で述べたような欧州貨物の欧州北西部から地中海港湾への転換の動き も加わり、アジア‐欧州間の貿易は、ポートサイド‐地中海北岸経由のルートに大きくシフトしていくであろう。 そうなれば欧州へのゲートウェイは、ロッテルダム等欧州北西部諸港から東地中海諸港へと、大きく切り 替わるかも知れない25。
8.輸送集束を巡る地域間競争:なぜ、「メガ・リージョン」なのか
1990 年代に IT 革命が進んだ時代、いずれは生産活動における地理的距離が意味を持たなくなり、 大都市から周辺地域への経済活動の分散が進むと言われたことがあった。しかしその後実際は、こう した「距離の死」は起こらず、むしろ今日世界経済における巨大都市圏の影響力は、ますます拡大 しつつある。R.フロリダは、世界は「フラット」ではなく、「スパイキー」であり、世界の経済活動の 過半が 40 程度の「メガ・リージョン」(巨大地域圏)に集中していると指摘している。しかし他方でフ ロリダ自身は「メガ・リージョン」の存在事実を指摘するだけで、その形成メカニズムは説明していない。 一方以上の節の議論を見ると、近年なぜ、「メガ・リージョン」が地域間競争の単位として重要性を 増してきたのかは明らかである。その答えは、コンテナ物流革命がもたらした輸送の大規模化と、インター モーダル輸送の発展等に伴う、後背地の拡大、地域間相互作用圏の広域化にある。このことが世界 各地域にとって、より大量の貨物の効率的な集荷の必要性を高め、より大規模な地域単位の形成を 促したのである26。 こうした効率的な集荷を行う上で重要となるのが、地理的な「密度」である。近年のアジア(東、 東南、南アジア)が高成長を遂げてきた原因もここにある。アジアの陸地面積は世界の 15%(南極を 除く)、新疆や内外モンゴル、チベット、西イリアンも除く主要部では世界の 10% に過ぎないが、ここに 世界人口の過半が集中している。このことが極めて高いインフラ投資効率をもたらし、効率的な輸送集 束を可能にした。特に東アジアは、日本とシンガポールを両端とする国際幹線航路が通り、巨大都市群 が内海を囲うように分布しており、このことが域内分業の深化と、効率的なサプライチェーン構築による、 域内諸地域の発展を可能にしたと考えられる。 他方で中南米諸国の工業発展が遅れた大きな理由の一つは、人口規模や密度がアジアの 10 分の 1と低い上、首都など主要都市の多くが高地にあり、内陸輸送の物流コストが高く、内陸後背地から の貨物集荷が困難な上、世界の幹線航路から遥かに遠く27、したがって輸送頻度も確保できず、結果、 コンテナ船が寄港せず、コンテナ化の波に乗り遅れ28、国際分業ネットワークへの参加が遅れたためで ある。このことは、東アジアと南米の主要港のコンテナ取扱量データからも明確に見て取れる(表6)。 したがって、南米諸国の失敗の原因を、輸入代替工業化政策のみに求めるのは誤りである。むしろ両者の差は、地理的密度の差が引き起こした、発展の「分岐」現象と捉えるのが適切であろう。 一方で物流の集束には、輸送インフラが必要であるが、世界の発展途上地域の中には、大きな立 地潜在力を有しながらも、インフラ不足が発展のネックになっている地域も多く存在する。そうした中、 今後各地域の発展政策に要求されることは、自らの立地潜在力を見出し、これを顕在化させるようなイ ンフラ投資を戦略的に推し進めていくことであろう29。他方で、インフラ投資=発展 を意味するものでも ない。インフラ投資が地域発展に結び付くのは、地理的条件に恵まれた場合のみである。コンテナ物 流革命の結果、今日船会社やターミナル会社はますます巨大化し、世界規模で最適な立地拠点と最 適な物流ルートを追及するようになった。そうした中、地域間の発展競争において、「地理的な要素は かつてなく重大になった」(レビンソン、2008、p.346)と言える。 9.「製造」から「物流」へ:地域発展理論のパラダイム転換 これまでの開発経済学や地域発展論では、製造業に中心的関心が向けられる一方、物流や輸送 の問題は、あたかも製造業の「付属物」のように扱われてきた。しかしコンテナ物流革命は、両者の 関係を逆転させ、地域発展メカニズムに大転換を引き起こし、その結果、地域発展の鍵は「産業集 積」から「輸送集束」あるいは貨物の「集荷力」へと大きく転換した。そうした中、今後の地域発 展政策論は、従来の製造業中心的思考から脱却し、「物流」「商流」を中心とした理論的再構築を行っ ていく必要があろう。 謝辞 本稿の形成過程では、立教大学の櫻井公人先生より、様々な報告機会の提供と、貴重なコメントを 頂いた。ここに記して感謝したい。 文献
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注 1 例えば中国やベトナムは、国営企業の影響力が今なおかなり強く、またマレーシアは、「ブミプトラ政策」によ る資源配分の歪みが非常に大きい。 2 交通輸送問題については、都市内部の混雑や交通システムの問題ばかりに関心が集中されてきた。また都市化 の経済については、J.ジェイコブズが『都市の原理』の中で、マンチェスターの衰退要因を「地域特化の利益」 を追求し過ぎ、産業の多様性が失われたことによると指摘したことはよく知られるが、他方でレビンソン(2007) は、運河を数十 km 遡るというマンチェスターの立地がコンテナ船に嫌われ、寄港が減った事実を指摘しており、 ジェイコブズの仮説の妥当性については検証が必要である。 3 2 つ目のインパクトについては、次節で論じる。 4 最初のコンテナ船のサイズは僅か 200TEU であったが、今日では最大のものは 20000TEU にも達する。 5 例えば船の長さが 2 倍になると貨物量は 8 倍に増えるが、水の抵抗は 4 倍で済む。 6 他方でこれによって、遠隔地間での部品の互換性確保の必要性が高まったことは、製造企業による、生産工程 の「モジュール化」を加速することとなった。 7 実際、同じ高度成長でも日本とアジア諸国のそれとの間には、大きな貿易パターンの違いが見られる。すなわ ち日本の貿易は原材料輸入が大半を占め、部品や設備など付加価値の大部分は国内で付け、完成品を輸出する という、「フルセット型」産業構造(関(1993 年))であったのに対し、アジア諸国のそれは、工業化の初期段 階から一貫して、中間財や資本財の供給を外国、特に日本からの輸入に大きく頼る形であった。これがこれら 諸国の貿易依存度を日本に比べて著しく高くすると同時に、「圧縮型発展」を可能にしたのである。自前の製 造技術のみで工業発展を遂げた国は、日本が最後と言っても過言ではない。 8 筆者の印象では、インフラ関連の研究が増え始めたのは、2000 年代以降に思われる。 9 この問題は、松尾(2001)後半部でも、主たる関心対象となっている。 10 船、鉄道、トラックといった、異なった輸送手段の間の積み替え輸送のこと。 11 例えば東京圏では、今日こうした外延化の動きは、南関東圏から北関東圏、さらには南東北や中部圏東部にま で及び、巨大地域圏(メガ・リージョン)を形成するようになった。 12 例えば日本最大の東京港ですら、年間コンテナ取扱量は 430 万 TEU である。 13 例えばガントリークレーン 1 台の投資コストは 10 億ほどであり、年当りに換算すると、維持コストを含め約 6000 万円余りとなる。他方でコンテナ 1 個(1FEU = 2TEU)の取扱料金を 1 万円前後とすると、年 6000 個 (12000TEU)の貨物量が必要になる。クレーン以外にも、埠頭や倉庫、各種コンテナ運搬設備等の投資コスト を考えると、必要取扱量は最低でも年数万 TEU となろう 14 一方、空間経済学では、「輸送密度」の重要性は、一部の論者の間で強く意識されている(例えば Fujita (2005)、
Mori, T. and Nishikimi、黒岩(2014))。
15 実際、アジア諸国においては首都など大都市の一人あたり所得水準は全国平均の 2 倍を超える国が多く、タイ の場合、人口の 15%に過ぎないバンコク首都圏が、GDP の半分を占める。但しシンガポールに関しては、独 立時の人口は僅か 90 万であったが、それでも発展できた理由は貨物の積み替え需要の取込みにある。この点 については 5 節で再論する。 16 物流博物館(品川)展示資料より。 17 こうした状況については OECD(2008)報告書に詳しい。 18 例えばシカゴまでの距離ですら、ロサンゼルスとサンフランシスコ、シアトルでほとんど差がない。それが南 部地域になると、ロサンゼルスの距離的な優位は圧倒的となる。 19 但し 2014 年以降、連雲港はマイナス成長に落ち込み、上海など他港から再び突き放されつつある。但し一方 で連雲港の北 40km にある日照港は、その後も高成長を維持している。 20 但し、2017 年時点での中国欧州間の鉄道貨物輸送量は、5 万 TEU 程度に止まり、海上輸送への負の影響は、 限られていると思われる。 21 但し自然地理的な立地優位は、必ずしも独占的地位を保証するものではなく、集束拠点となり得る地域は互い に競合し合っている。例えば東南アジアでは、シンガポールは近年、隣国マレーシアのクラン港やペレバス港 の成長に伴い、多くの積み替え貨物を奪われており、またインドシナ半島における東西経済回廊や南部経済回 廊の開通は近い将来、ランドブリッジとして南シナ海 ‐ インド洋間の輸送ルートを代替し得る。またタイ南部 のクラ地峡の運河開発計画は、マラッカ海峡に面する海港の存在意義そのものを脅かすであろう。
22 中国経済の大発展は、主要輸送ルートの変化を通じて日本や韓国の地域発展構造にも大きな影響を与えている。 例えば韓国では釜山港に対するインチョン、ピョンテク港の貨物取扱割合が伸びており、また日本では博多港 の成長が著しい。 23 近年開港したカイメップ・チーバイ港のコンテナ取扱量も加えると、既にレムチャバンを追い抜いたものと考 えられる。 24 スエズ運河は 1967 年、第三次中東戦争で閉鎖され、東のシナイ半島部はイスラエルに占領された。1975 年に 運河は再開され、1978 年の和平により 1981 年にはイスラエル軍がシナイ半島から撤退し、漸く安定した状態 となった。 25 他方で中国が欧州へのトランシップ拠点として重視しているのはギリシャのピレウスである。2010 年には中国 遠洋運輸公司(コスコ)が同港の運営権を手に入れ、2016 年には完全買収した。結果、同港のコンテナ取扱 量は近年、激増している(表 2)。さらに中国は同港からセルビア、ハンガリー等バルカン各方面への鉄道輸送 網の整備を支援している。 26 情報とは異なり、輸送は物理的な現象であり、輸送の際に一定規模の貨物を束ねる必要性は、IT 技術がいく ら進歩しようが、なくなるものではない。 27 例えばアメリカ南部とリオデジャネイロの距離は約 8000km、コンテナ船で往復 2 週間以上も掛かる距離である。 28 レビンソン(2007)p.309。なお、ブラックアフリカ地域も同様の問題を抱える。 29 中国や韓国は、既にこうした視点の重要性を認識していると考えられる。中国の「一帯一路」政策や、アジア インフラ投資銀行(AIIB)の設立、韓国の「北東アジア国際物流ハブ構想」その現れであろう。なお、AIIB の設立は、日本では批判的に報じられることが多いが、日本が主導する ADB 自身が 2010 年の報告書の中で、 インフラ専門の金融機関を新たに設立する必要性を主張している。