産業政策から見る中国型行政指導
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(2) 56. (56). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). 5) 能と問題点を取り上げた.陈斯彬(2007) は. 界大戦後,その利点が認識され,世界中に利用. 中日の行政指導について歴史的な視点から比較. されるようになっていると主張し,行政指導は. 6). を行い,その異なる背景を指摘した .陈斯彬. 現代行政の特徴を有し,現代行政の流れの中に. (2009)7)は行政指導が機能する領域,形式,実. 生まれたものとしている.第 2 に,行政指導の. 効性などの角度から中日比較を行い,日本の行. 性質について,多くの学者の共通認識と同じく,. 政指導は一つの制度として存在し,中国の行政. 行政指導は非権力的,非強制的,ソフトな行政. 指導は一つの行政行為として存在すると言う結. 手段であると考えている.また,莫于川(2005). 論 を 得 た.闫尔宝(2011) は 日本 の 行政指導. によって,行政指導の過程において,行政機関. の背景,定義と性質,種類と形式,行われた原. と行政相手方の関係は平等的,衡平的であり,. 因,実効性の保障,行政指導と法治主義の視角. 相手方の同意を得た上で,行政目的を達成する. から日本の行政指導についてまとめている.こ. 手段として,伝統の強制的行政手段よりは民主. れらの研究者の多くは日本の行政法分野におけ. 的であると主張している.. る行政指導についての研究をまとめ,中国で行. 本稿はこれらの先行研究に基づいて,産業育. 政指導を如何に適用するかということに関して. 成と保護に関する行政指導を中心として研究. 研究している.. し,その研究から中国型行政指導の特徴及び中. 中国で行われてきた行政指導についての先行. 国型行政指導 が 生 ま れ た 社会的,政治的背景. 研究のうち,莫于川が 2005 年に発表した『法. を明らかにしたい.本稿で事例研究の対象と. 治視野の中の行政指導』という文献が中国で行. なるのは産業政策が比較的頻繁に行われていた. 政指導についての研究の扉を開いたといわれて. 1980 年代から 2000 年代初頭にかけての繊維産. いる.その基本論調として,第 1 に,行政指導. 業と半導体産業である.. 8). の普遍性について,行政指導は日本的なもので はなく(著書の中では行政指導はただの「日本 料理」ではないと述べている) ,特に第 2 次世 . 5)陳斯彬「中日行政指导的历史之维」,『华侨 大学学报』,2008 年第 4 期. 6)陳氏によって,日本の行政指導の誕生と応用 は国家権力の拡張の象徴であるが,一方,中国の行 政指導は国家権力の自己抑制の象徴であると指摘 した.その原因は五, 六十年代日本の市場経済及び 法体制は比較的に発達し,政,民,官の関係などが 法律で明確に規定されている.現在,中国の改革は 経験したことがない試験的なものであり,政府は権 力を慎重にリリースしている.だから,中国におけ る行政指導はこの背景の下で,試金石の役割を果た したと指摘している.中国の行政指導は国家と市 場,政府と企業の間の関係を協調させる上で,強制 的行政手段よりは有効かつ良性的役割を果たして いると.中国の行政指導は日本の行政指導と比べて 比較的に単純なものだと陳氏は述べる. 7)陈斯彬「作为行为和制度的行政指导─中日 行政指导比较研究」,『环球法律评论』,2009 年第 6 期. 8)闫尔宝「日本的行政指导:理论,规范与救济」, 『清华法学』,2011, Vol. 5, No. 2.. 2.中国の産業政策:繊維産業と半導体産業を 例として 2―1 中国産業政策の概況 中国は 1953 年から経済の 5 ヵ年計画を実施 してきた.第 1 次 5 ヵ年計画は重工業の発展を 重要目標とし,ソ連の力を借りて建設された 156 のプロジェクトを中心とした.1958 年に重 工業の発展を中心とする第 2 次 5 ヵ年計画が制 定されたが,「大躍進」,「反右派」運動の影響 で財政赤字が連続して現れるなか,5 ヵ年計画 の実施が調整された.第 2 次 5 ヵ年計画は初め て科学技術を発展するための経済政策を作成 し,実施した.その内容は,核兵器,ジェット 推進技術,無線技術,コンピュータ技術,自動 車技術,半導体技術などを含め,当時の最新技 術の発展を目指すものであった9).第 3 次 5 ヵ . 9)孫小礼編『科学技術与世紀之交的中国』人 民出版社,1997,p. 66..
(3) 産業政策から見る中国型行政指導(王). (57). 57. 年計画期では,中ソ関係の悪化やベトナム戦争. 画 は 市場経済化 と 統一市場 の 形成 を 目的 と し. など厳しい国際環境に囲まれる最中,毛沢東が. て,各産業の基盤が整備された.重点産業とし. 西側諸国からの侵略戦争を想定し,内陸部にお. て,家電などの耐久消費財,石炭,石油,交通,. いて「三線建設」を始めた.農業や重工業の発. 鉄鋼が指定された.1988 年に産業政策を主管. 展を中心とする経済計画から国防建設を中心と. する計画委員会の管轄の下で,産業政策司が設. する経済計画に路線を変更した.また,文化大. 置された.1989 年 3 月 15 日付で「当面の産業. 革命 の 勃発 に よって,約 10 年間,中国経済が. 政策の要点に関する国務院の決定」 (以下は「決. 止まったままであった.. 定」とする)は本格的に打ち出された.これは. 1978 年に改革開放政策が決定され,その精. 過熱した経済の沈静化を図るために,1988 年 9. 神に沿い,1981 年から 85 年までの第 6 次 5 ヵ. 月に決定された「経済環境の整備,経済秩序の. 年計画が実施された.物不足の解消と産業構造. 整頓政策」の一環として位置づけられた.. 調整を目的とし,重工業から軽工業への転換が. 当時は「社会的総需要が供給より大きい」状. 目指 さ れ た.具体的 に は,軽工業 ・ 紡績業 な. 況にあり,価格体系の歪みから収益率の高い一. ど が 重点産業 に 指定 さ れ,エ ネ ル ギー,原材. 般的な加工業のみが突出して増加し,農業,エ. 料,資金などが優先的に投入された10).その手. ネルギー,交通,原材料などといった基礎産業. 段として,まずは直接的に生産量と物価におけ. 部門は相対的に立ち遅れていた.それとともに. るコントロールを実施し,製品の配給切符を実. 「地域間の分業が合理的とは言えず,各地の優. 施するようになった.そして,資金と外貨の割. 位性は十分発揮できない」でいた.更に「企業. 当,技術改造なども行われていた.更に,1980. 組織の構造が分散し,生産の集中度に差があり,. 年の第 5 回全国人民代表大会常務委員会におい. 専業化の程度は低く,企業間の生産上の関連,. て,深圳,珠海,汕頭,厦門という 4 つの特区. 相互補完をなす強力も良好に組織されない」と. が批准され,設立された.これらの特区におい. いったことが問題とされた.これらは「資源の. て外資と外国の先進技術を導入するために,関. 合理的な利用と配置に悪影響を及ぼし,経済の. 税の免除などの優遇措置が設けられている.そ. 安定した発展とマクロ的な効率を高めるのを妨. の 後,1981 年 に 国務院 が 沿海部 で 経済技術開. げてきた」のであった12).. 発区を設立することを承認し,1984 年正式に. これらの要因を抱え,同「決定」で以下のよ. 大連,秦皇島,天津,煙台,南通,上海,寧波,. うに産業政策の原則が定められた.第 1 に, 「経. 温州,福州,広州,北海などの 14 の都市に 17. 済環境の整備,経済秩序の整頓政策」の方針を. の経済開発区. 11). が建設された.これらの特区. 貫き,総供給と総需要の矛盾,消費構成と産業. と経済開発区を先頭として,輸出指向型経済発. 構成の矛盾を解消するためにマクロ的調整を強. 展の糸口が切られたのである.. める.第 2 に,総供給が総需要を上回る製品の. 1986 年から 90 年にかけて,第 7 次 5 カ年計. 生産と投資を圧縮し,総需要が総供給を上回る 製品の生産と投資を拡大する.特に,食料,綿. . 10)堀口正『中国経済論』世界思想社,2010,p. 134. 11)経済開発区における優遇条件は特区よりは 少ないが,その主な役割は技術と資金の導入,輸 出の拡大,人材の育成などであり,特区とは大差 はない.2011 年まで,国家レベルの経済開発区の 数は 131 に上った.それ以外,地方レベルの開発 区も多く存在している.. 花,石炭,電力など不足している商品の生産を 急ぐ.第 3 に,重点産業と一般産業を明確に定 め,それらの関係を調整する.市場需要,産業 . 12)古澤賢治「中国の産業政策をめぐる状況変 化」藤本昭編(1995) 『ポ ス ト 鄧小平体制 の 中国』 日本貿易振興会,p. 114..
(4) 58. (58). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). 関連,技術進歩,外貨獲得,経済効率などの要. た こ と,第 3 に,多 く の 政策意図 が 一般原則. 素を考慮し,産業発展の順番を定めて関連の政. にとどまり,産業政策を実施する具体的な政策. 策を制定する.第 4 に,長期と短期目標を合わ. 手段を欠いていたことである15).そして,古澤. せ,短期を主とする原則に基づいて目下の産業. (1995)によると,「この時点での問題は上から. 政策を制定する.第 5 に,産業政策を制定する. の行政的な統制が主となり,産業政策の内容も. 権限は国務院にある.国家の産業政策の実施を. 総花的で後ろ向きになっていたことにある.重. 確保するため,国務院の各部門,地方政府など. 点が絞られない命令では,現場での統制が効か. は国家の産業政策の枠の下で,それぞれの特徴. なくなるのは当然だったといえる.こうした構. と状況に基づいて, 適切な実施方法を制定する.. 造的な問題は『社会主義市場経済』が掲げられ. その実施方法を国務院に報告し, 記録に載せる.. たことによって大きく変化した.産業政策は,. もし国家の産業政策について一部の補充規定を. 直接的な統制に基づくものではなく,企業の自. 設ける場合は,国務院に報告し,審査批准を受. 主性を保障した上で間接的に誘導する方式をと. けるべきである.第 6 に,産業政策の実施にお. るべきである.ただ,経済のマクロ・コント. いて,経済的,行政的,法的,紀律的手段を用. ロールがうまく効かない現状では,企業への行. いて,財政,金融,税務,物価,貿易などのセ. 政的関与がより強いものにならざるを得ないと. クターは必ず目標を一致させ,協力して産業政. いえよう」16)と指摘した.. 策を実施する.例えば,各銀行は「決定」で決. 1994 年 3 月 25 日,新たな産業政策として「90. めた優先順位に沿い,制限された産業から資金. 年代 の 国家産業政策要綱」(以下 は「要綱」と. を取り戻し,優先に発展させる産業に投入する. する)が国務院常務委員会で採択された17). 「要. ことが要求された.又, 「決定」によって,国. 綱」は 6 つの部分に分かれている.つまり,農. 家計画委員会と外貨管理部門は外貨割当に関与. 民と農村経済の発展,インフラ設備と基礎工業. する権限が与えられ,外国投資が優先順位を持. の 発展,機械電子・石油化学工業・自動車産. つ産業へと流れるように導いた .. 業・建築業を「支柱産業」とし,対外貿易の発. 丸川知雄(2000)は,この「決定」は具体的. 展,産業組織 ・ 産業技術 ・ 産業配置の問題,産. な政府の許認可基準としては曖昧であり,実効. 業政策の制定アプローチと実施である18).. 13). 性もなかったと思われるが,地方政府の投資活 動にある程度影響を与えたことができたと指摘 している14).また,李克平(1993)はこの産業 政策が失敗したと評価し,以下の三つの原因を 挙げている.第 1 に,産業選択に問題がある. 戦略性をもつ産業の選択を欠き,ボトルネック となっている産業を抑えることから出発してい たこと,第 2 に,産業構造政策に重点を欠いて いたため,政策がほとんどすべての工業部門に 及ぶものとなり,有効な構造調整はできなかっ . 13)『人民日報』1989 年 3 月 18 日.「当面 の 産 業政策の要点に関する国務院の決定」全文を参照. 14)丸川知雄『移行期中国 の 産業政策』日本貿 易振興会アジア経済研究所,2000 年,p. 37.. . 15)李克平「对我国现行产业政策的几点不同看 法」 『改革』1993 年 4 期,p. 114. 16)古澤賢治「中国の産業政策をめぐる状況変 化」藤本昭編(1995) 『ポ ス ト 鄧小平体制 の 中国』 日本貿易振興会,p. 116. 17) 『人民日報』1994 年 6 月 23 日. 18)支柱産業の育成手段として,第 1 に,個別 産業 の 産業政策 の 制定,法律・法規 な ど の 形成, 第 2 に,投融資体制 の 整備,第 3 に,政府 に よ る 技術開発への財力などの支援,第 4 に,一部の企 業グループに対する海外からの融資取入の許可, 第 5 に,幼稚産業への適度かつ時限的な保護,第 6 に,鍵となる技術と設備を取り入れるため,条件 付で一部の国内市場の開放を認める.産業組織政 策においては,第 1 に,自然独占的な産業に対し, 逐次市場メカニズムを導入し,合理的な競争を奨 励する.第 2 に,規模の経済が明らかな産業につ いて,順次最低経済規模の規準を制定する.第 3 に,.
(5) 産業政策から見る中国型行政指導(王). (59). 59. 同「要綱」の実施について,まず,1989 年の. 技術とそれに関連する設備などの輸入も奨励さ. 「決定」と同じく,産業政策の決定権限は国務. れている.具体的に,中国輸出入銀行の機能を. 院にあることが記された.産業政策は国家計画. 発揮し,企業の輸出増加を支持し,一部の数量. 委員会19)に よって 制定 さ れ,国家計画委員会. 制限がある製品に関して,公正に割当入札,競. を始め,各産業の管轄部門によって実施する.. 売或いは規則化によって配分している.条件が. 第 2,国家産業政策審議制度を打ち立てる.各. 備わっている企業には対外貿易経営権を与え,. 産業の管轄部門が提出した産業政策草案が国家. 大型企業の海外での直接販売も奨励される.. 計委,産業界,学界,消費者団体の審議を経て. 1995 年,中国共産党第 14 回五中総会 で『国民. 国務院の批准を得てから執行される.第 3,産. 経済と社会発展の九五計画と 2010 年の長期計. 業政策の実施保障制度を確立する.財政,銀行,. 画意見』が通過した.『意見』は経済体制の伝. 税務,貿易などの部門は産業政策を貫徹し,産. 統的計画経済体制から社会主義市場経済体制へ. 業の発展に影響する重大な政策を制定するには. の転換と経済発展方式を粗放型から集約型への. 国家計委との強調が要求される.第 4,産業政. 転換を図ることが目標であることを発表した.. 策の監督,検査,評価制度をつくりあげる.国. この 5 カ年計画から現在の 12 次 5 ヵ年計画に. 家計委は各部門の産業政策の実施を監督する権. かけて,表 1 が示すとおり,経済政策の目標は. 限を持つ.第 5,地方政府は本要綱に沿い,各. 単なる国民総生産の増加から社会の発展,環境. 地域の実情に合わせて具体的な実施細則を制定. 保護,集約的発展方式への模索が重要視される. し,国家計委へ報告することである.. ようになっている.. 「要綱」は対外貿易についても言及した.国 内生産技術が成熟化している家電やその他の電. 2―2 繊維産業と主な産業政策. 機製品,ハイテク製品などの輸出は奨励し,新. 2―2―1 綿紡織製品の配給制度の撤廃. . 地域や部門間の分割状態をぶち壊し,経済規模規準 に合わないプロジェクトの建設を制限或いは禁止 し,規模 の 経済 を 促進 す る.第 4 に,企業 が 平等 な競争と合併,株の相互所有などの方法を通じて, 自主的に組織改組を行わせる.第 5 に,市場競争に 関する法律の整備である.産業技術政策において, 第 1 に,技術研究開発が GNP に占める比重を逐次 に引き上げる.第 2 に,重要な技術の開発研究計画 を制定し実施する.第 3 に,ハイテク産業への企画 強化,国家が批准したハイテク開発区の建設を強化 する.第 4 に,標準化と系列化の推進.第 5 に,企 業と科学研究部門や大学との連携を奨励し,商品化 を促進する.第 6 に,定期的に淘汰すべき生産工芸 や設備を法規の形で公布する. 19)国家計画委員会 の 前身 は 1952 年 に 設立 さ れた国家計画委員会であり,1988 年に国家経済貿 易委員会と合併し,ミクロレベルの管理活動と業 界管理機能が無くし,マクロレベルの管理機能だ けが留保された.1998 年の機構改革で,国家発展 計画委員会 と 改名 さ れ,国家経済貿易委員会,財 政部と中央銀行と並んでマクロ経済の調整部門と なった.2003 年 3 月更 に 国家発展 と 改革委員会 と 改名され,産業政策の制定を主な機能としている.. 中国 の 繊維産業 に お い て 最初 の 所轄官庁 は 1949 年設立された繊維工業部である.その後, 繊維工業部が第一軽工業部と第二軽工業部と合 併され,軽工業部の一部となったが,その後ま た独立して国務院の一部門となった.1993 年 繊維工業部が取り消され,国務院に直接管理さ 20) れる「事業単位」 として中国紡績総会が設立. さ れ た.1998 年,中国紡績総会 が 中国紡績工 業局に改組され,国家経済貿易委員会によって 管理 さ れ て い た.2001 年,中国紡績工業局 が . 20) 事 業 単 位(Institutional Organization) と いうのは国家は社会公益のために,国家機関若し く は 他 の 組織 が 国有資産 を 使って,教育,技術, 文化,衛生などの分野でサービスを提供すること に 携 わ る 機関 で あ る( 『事業単位登記管理暫行条 例』 ) .中国 の 事業単位 は 党 の 組織,行政機関,新 聞出版組織,体育関連組織,都市建設組織など多種 多様な組織を含め,その設立,取消,定員などは 政府によって決められる.また事業単位は営利の ための投資会社として機能する場合もある..
(6) 60. (60). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). 表 1 第 1 次 5 カ年計画から現在まで中国の産業政策の流れ 時期. 目的. 経済構造. 社会主義工業化の実 重工業中心(特に鉄鋼) 現,生産手段所有権の 社会主義改造. 特徴. 第1次 5 カ年 計画. 1953─57. 第2次 5 カ年 計画. 1958─62 大躍進. 同上. 同上. 同上,高指標,高集積,生産を過大評価,高徴 用率. 第3次 5 カ年 計画. 1966─70 文化大革命. 同上. 同上. 同上,文化大革命によって動揺された. 第4次 5 カ年 計画. 1970─75. 同上. 同上. 同上. 第5次 5 カ年 計画. 1976─80. 同上. 同上. 同上,1976 年「四人幇」倒れ,1978 年までは 経済復興の時期,1978 年共産党 11 回三中全会 から経済構造調整が始まり,計画経済体制下最 後の五カ年計画. 第6次 5 カ年 計画. 1981─85. 供給不足の解消,産業 重工業から軽工業へ(繊維を 構造調整 重点産業). 第7次 5 カ年 計画. 1986─90. 市場経済化,統一市場 基礎産業の整備(家電,石炭, 外資導入,企業の合併 ・ 再編 の形成 石油,交通,鉄鋼). 第8次 5 カ年 計画. 1991─95. 国際競争重視,産業構 産業構造調整(支柱産業:自 国有企業改革,現代企業制度の導入,銀行改革, 造合理化 動車,機械,電子,石油化学) 分税制改革,外資の重点部門の公開. 第9次 5 カ年 計画. 1996─2000. 経済成長を粗放型から インフラと基礎工業を続いて 集約型へ 強化,支柱産業を重点とし, 繊維産業の構造調整,第三次 産業を積極的に発展. 中西部への優遇政策,現代企業制度,市場シス テムの強化,政府職能の転換,投資体制の改革, 経済立法を加速. 第 10 次 5 カ年 計画. 2001─05. 今までは経済を中心と 産業構造調整,情報化,企業 してきたが,十五計画 構造調整 は社会の発展も強調し た. 産業技術改造,重点企業改造,過剰産能の圧縮, 大企業と中小企業の協調. 第 11 次 5 カ年 計画. 2006─10. 持続可能な発展. 『可再生能源法』に基づき, 再生可能エネルギー産業重視. 盲目投資と低水準重複建設などの問題,政府介 入の制度的原因,政治改革の遅れなどさまざま な問題が指摘されたが,十一五計画では資源と 環境問題を中心に,以上の問題に言及しなかっ た. 第 12 次 5 カ年 計画. 2011─15. 経済構造調整,科学技 術の進歩,資源環境に 優しい経済,国内需要 の拡大,更なる改革開 放. 重点産業の構造調整,新興産 業育成,エネルギー利用方式 の転換,総合的交通運輸シス テムの構築,情報化社会,海 洋経済,サービス産業発展を 加速. 国有企業改革,行政体制改革,財政体制改革, 金融体制改革を深化させる. 出所:各五ヵ年計画の政府文書,人民日報と新華网記事を参照.筆者作成.. 直接コントロール(生産活動から日常生活まで). 直接コントロール,製品の配給切符,資金 ・ 外 貨割当,技術改造,14 の開放都市の指定,外 資投資区域指定.
(7) 産業政策から見る中国型行政指導(王). (61). 61. 中国紡績工業協会に替えられた.紡績工業協会. において企業自主権の拡大と利潤留保を実施し. が法人資格を持つ繊維協会, 繊維企業からなり,. ている企業は,系統内国営企業の 60% に達し. 非営利かつ自主的仲介組織である.繊維業界の. た.. ルール作成,国内外の繊維産業の発展について. 1979─81 年,この時期に政府は綿紡織製品の. 調査を行い,政府に対して産業政策などの提言. 配給制度(布票による購入)を正式には撤廃し. をする一方,企業に対して情報提供とコンサル. ていなかったが,製品は滞貨となり,商業部門. ティング活動などをする.紡績工業協会が国家. も買いきれない状況の下,多くの綿紡織メー. 発展と改革委員会,国有資産委員会,商務部に. カーは「布票を受け取らない」方法で販売促進. よって管理されている.国家発展と改革委員会. に走るしかなかった.この種の現象は 80 年に. は繊維産業政策の作成と実施に働き,国有資産. 表面化し,その後段々深刻になってきた.これ. 委員会は繊維産業において国有資産にあたる部. によって,1983 年 11 月,商業部は「全国で臨. 分に対し管理する権限を有し,商務部は外資,. 時的に布票,棉票の徴収を免じ,綿布及ぶ綿の. 貿易と関連する業務にかかわる.. 流通を解禁する通告」を発し,54 年以来 30 年. 1970 年代末から 80 年代初頭にかけ,長期的. に渡って実施されてきた綿紡織製品の配給制度. に重工業を重視する政策を採ってきたため,軽. は正式に撤廃された 22).. 工業における供給不足が深刻化していた.これ. 2―2―2 綿花価格の管理と自由化. を解消するため,政府は軽工業 ・ 紡織工業の発. 1985 年以前には綿花に対し計画価格が適用. 展を促すべく, 「6 つの優先」と言う振興政策. されるとともに,持続的に買付価格が引き上げ. を採った .この方針に沿い,当時の国営企業. られていた.1985─86 年に,綿花の買付 ・ 販売. の経営自主権が初めて拡大されるようになっ. 制度と奨励政策に大幅な修正が加えられた.予. た.1979 年 1 月 に 国務院 は「国営工業企業 の. 約買付の価格が引き下げられ,市場も相対的に. 利潤留保に関する施行弁法」を実施し,続いて. 開放された.しかし,綿花生産量が大幅に低下. 同年 9 月には「国営工業企業の経営管理自主権. したことから,政府は 87 年より「現状では綿. を拡大することについての諸規定」を通達,企. 花市場を開放する条件に欠ける」と判断し,綿. 業は利潤獲得の動機と能力を備えるにいたっ. 花の流通は再び計画の下に置かれるようになっ. た.それと同時に,民間の綿紡績企業は雨後の. た.これ以降,綿花の流通は政府の厳しい統制. 竹の子のように,次々と現れてきた.1981 年,. の下に置かれ,主要な工業原材料としては例. 国家計画委員会 ・ 国家基本建設委員会 ・ 財務部. 外的に,1980 年代後半から 1990 年代半ばにい. は「むやみな建設,重複建設の規制に関するい. たっても,「経営を開放せず」,「市場を開放せ. くつかの規定」を公布し,既存大企業の操業を. ず」,「価格を開放しない」状況が続いた23).. 優先する方向に明らかに転じたが,中小綿紡織. しかし,既に多元化されていた綿花の流通. 企業の参入はかなりの程度自由であった.紡織. ルートはこれによって消滅することはなかっ. 21). 工業部 に よ れ ば,1980 年段階 で 紡織工業系統 . 21)6 つの優先:エネルギー ・ 原材料等の優先 供給,新規固定資本投資枠 の 優先配分,技術改造 枠 の 優先配分,輸入用外貨 の 優先保障,輸出 に 不 可欠な輸入枠の優先配分,物流面での優先輸送と なる.具体的には江小涓『经济转轨时期的产业政策: 对中国情况的实证分析与前景展望』 (上海三联书店, 1996 年)第 3,4 章を参照.. . 22)江小涓著,田島俊雄訳「綿紡織業─移行過 程における低効率競争─」田島俊雄・江小涓・丸川 知雄著『中国の体制転換と産業発展』東京大学社会 科学研究所調査研究シリーズ No. 6,2003,p. 109. 23)徐 息 和「论 90 年 代 纺 织 工 业 的 战 略 选 择」 纺织工业部政策法规司,1991.中国农业科学院农 业自然资源和农业区划研究所『中国棉花产需平衡 研究』中国纺织出版社,1996..
(8) 62. (62). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). た.まず,供銷合作社系統の外で形成された綿. 象にとって,こうした保護はむしろ自らの手足. 花の流通企業及び個人商人,引き続き多様な形. を縛るものと受け止められた.問題は 2 点あ. で綿花の買付と販売に関わった.次に,綿花が. る.第 1 に,大型企業 に とって 計画内綿花 の. 過剰な時期に大挙設立された県もしくは郷鎮レ. 供給は,価格が高いばかりでなく必要な量に満. ベルの紡績企業の多くは,綿花生産地に立地す. たない25).第 2 に,都市の大型綿紡績企業が供. ることから,計画外綿花の買付に強かった.更. 銷合作社の独占系統を通じて綿花を購入する場. に供銷合作社自身のビヘイビアも大きく変化し. 合,その価格は綿花産地の綿紡績企業が手にす. た.地域に設けられた同系統の綿麻公司が企業. る綿花に比べ相当割高になっていた.94 年の. 化されるに伴い,各地 ・ 各レベルの供銷合作社. 段階で大都市における綿花価格はトン当たり 2. の間で競争関係が生じた.政府による綿花独占. 万元程度であったが,綿花産地では 1.3 万元程. の末端組織である県レベルの綿麻公司は,地元. 度であった26).. の県財政と不可分の関係にあり,上級公司のコ. 1990 年代に入り,綿紡織産業の発展は以下. ントロールから離れがちであった.かかる背景. の 4 つ の 特徴 が 見 ら れ た27).第 1 に,収益状. の下,独占経営はしばしば「独占ブローカー」. 況 は 傾向的 に 悪化 し,生産能力 は 持続的 に 拡. に姿を変え,この結果,綿花流通に関連した価. 大 し た.1991 年末綿紡錘 の 数 は 3822 万錘 で. 格加算により,計画供給価格は 4 分の 1 も上乗. あったが,95 年末には 4191 万錘に増加してい. せされる状況にあった24).. る.しかし,1991 年から 97 年までうち 6 年間. 2―2―3 過剰生産能力と政府の規制. 綿紡織産業全体 で 赤字 で あった.第 2 に,紡. 生産能力の主要指標である綿紡錘について,. 錘の削減 ・ 改造がこの段階における政府主管. 1978 年末の段階で全国には 1562 万錘があり,. 部門の重点政策となった.国務院は 1991 年に. 49 年以来,毎年平均 39 万錘増加した.1981 年. 紡織工業部 よ り 出 さ れ た 紡錘廃棄 ・ 技術改造. 末 は 1893 万錘,1989 年末 に は 3566 万錘,年. に関わる専案事項を承認,翌年より同プロジェ. 平均 209 万錘の規模で拡大した.. クトの専項貸付に基づき,500 万錘が削減され. 1980 年代後半,紡織工業部 は ほ と ん ど 毎年. ることになった.更に 1994 年には 98 年まで. のように地方政府 ・ 企業による中小綿紡織企業. の目標として,各行政区においてもそれぞれ自. の新設 ・ 拡張に対し規制方針を打ち出し,中央. 己責任で資金調達して 500 万錘廃棄し,計 1000. 政府も対応する制限政策を策定した.ただし綿. 万紡錘を圧縮する計画が打ち出された28).しか. 紡錘の数が持続的に増大した.民営企業の参入 の自由度が高まったが,国有企業の退出は困難 であった. 1994 年,中華全国供銷合作社 が 再建 さ れ, その目的は綿花に対する独占経営体制を強化す ることにある.政府が綿花独占に踏み切った意 図は買付ルートを規制し大型企業に対する綿花 供給を確保することにあった.しかし,実際の 効果からいうと政府が鋭意保護しようとした対 . 24)王琳・韩文秀・臧跃茹・赵江平「当前纺织 工业的价格形势及其对策」纺织工业部政策法规司, 1991.. . 25)钱有清「效益随想录:六家纺织企业经济效 益对比报道」『经济日报』1991 年 3 月 20 日. 26)谷学斌「纺织业压锭改造为什么这样难?」 『经 济日报』1995 年 7 月 23 日. 27)江小涓著,田島俊雄訳「綿紡織業─移行過 程 に お け る 低効率競争─」田島俊雄・江小涓・丸 川知雄著『中国 の 体制転換 と 産業発展』東京大学 社会科学研究所調査研究 シ リーズ No. 6,2003,p. 112. 28)紡錘廃棄 ・ 技術改造専案事項の主な内容は 次のとおりである.すなわち,1 万錘の圧縮ごとに 中央政府から 1600 万元,地方政府から 600 万元,計 2200 万元 の 半額利子補填 の 貸付枠 が 与 え ら れ る. 92・93 年 と 工商銀行 が 扱 い,94 年以降 は 国家開発 銀行に移管された..
(9) 産業政策から見る中国型行政指導(王). (63). 63. 表 2 中国繊維産業集中度調査 産業規模と集中度 名 称. 大規模 (億元). C8. H・I. 小規模 (億元). C8. 綿紡業. 269.2. 6.4. 8.7. 綿績業. 124.9. 9.3. 19.7. 印染業. 143.3. 17.4. 122. 毛紡業. 75.7. 11.8. 55.7. 毛績業. 7.6. 21.1. 295. 製糸業. 14.4. 11.1. 25.5. 服装業. 集中度. 139.1. 4.4. 集中度 H・I. 5.4. 出所:紡績工業協会編『中国紡績工業統計年鑑』北京中国紡績出版社,2000,p. 147. 注:C8 は産業の集中度(Concentration Ratio)を表す指数の一つである.ある業界で規模が一番大きい八つの企業の市場シェ アの総額が全産業に占める割合である.C8 が 40% 以下であると集中度が非常に低い,競争型産業だと認識できる.H・I は Hirschman-Herfindahl Index の略である.H・I 指数も産業集中度を表す指数である.H・I が大きければ大きいほど集 中度が高い.1000 以下は低度集中市場であり,1000 から 1800 までは中度集中市場であり,1800 以上は高度集中市場である.. 表 3 2000 年繊維企業規模の国際比較 国. 3 万錠以下. 3─ 5 万錠 . 5─ 10 万錠. 10 万錠以上. 総錠数(万) . 中国. 20.5. 19.8. 30.3. 20.7. 2399. 日本. 20.9. 6.5. 12.7. 60.2. 1148. 韓国. 0.9. 5.5. 32.2. 61.5. 325. 資料:紡績工業協会編『中国紡績工業統計年鑑』北京中国紡績出版社,2000,p. 345.. し,この計画が予定どおりには進まなかった.. ける過度な競争が起きている.. 95 年末の段階で,全国の綿紡錘数は圧縮計画. ま た,中国工業経済年鑑 2000 年 の 統計 に よ. 前 の 3822 万錘 か ら 4191 万錘 へ と,か えって. ると,同じようなことがいえる.1995 年から. 増加 し た.第 3 に,中 レ ベ ル 以下 の 加工能力. 1999 年 に か け て,繊維産業 の 企業数 は 18846. が 中西部 に シ フ ト し た.第 4 に,国産綿花 の. 社から年々増え,1999 年には 24760 社に上っ. 価格が国際価格を上回り始めた.95 年下半期. た.一方,赤字 に な る 企業 が 1996 年 の 3296. 以降,中国は綿花 ・ 綿糸の純輸入国となった.. 個 か ら 1999 年 の 5106 個 に なった.赤字額 が. 地理的分布から見れば,中国の繊維産業は沿. 1996 年 の 4.6 億元 か ら 1999 年 の 13 億元 ま で. 岸部に集中している.2004 年の繊維産業資産. 上った.表 3 の繊維産業企業規模の国際比較か. 総額 の データ か ら 見 れ ば,浙江省 は 23%,江. らも中国繊維産業の集中度の低さがわかる.日. 蘇省は 20%,山東省は 14%,広東省は 9% を占. 本や韓国と比べて,中国に 10 万錠以上規模の. めている.また,企業の集中度から見れば, トッ. 繊維企業の割合が極めて低い.. プ 一割企業 の 総売 り 上 げ が 全体 の 6.91%,資. なぜ全国で既に設備が過剰であるのに綿花産. 29). 産所有額が 6.74%,利潤が 11.72% しかない .. 地で更に綿紡織企業が新設されたのか.. 表 2 の調査データからもわかるように,中国の. それは製品価格が開放される一方で綿花価格. 繊維産業の集中度は非常に低く,繊維産業にお. が開放されず,企業類型により競争条件が異な. . 29)中国紡績服装業行業報告,2005.. ることから制度環境の歪みが生じ,これに対し 地方及び企業の側が合理的に反応した結果であ.
(10) 64. (64). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). る.つまり,政府が綿花価格に関して制定した. 使用するレーダーなどの軍事用電子製品の需要. 指導価格が市価よりも高価なので,政府の行政. は 中国 の 半導体産業 の 誕生 を 促 し た.第 2 次. 指導を受けるのは国有企業だけであり,民間企. 5 ヵ年計画において,初めて科学技術を発展さ. 業がアウトサイダーとして行政指導を受け入れ. せるために経済政策が作成された.半導体技術. ず,市場価格に基づいて行動し,続々と綿花産. は重要な発展項目に入ったものの,その後,限. 地で綿紡績企業を新設していたのである.次第. られたトランジスタ製品は殆ど軍事需要に使わ. に,綿花の生産量についても政府が指導してい. れ,政策目標も航空工業と核工業を優先的に発. た減産の行政指導がきかず,年々増えている.. 展させることとなった.. 中国の製造業において改革のテンポは一般に. 中国における集積回路(IC:Integrated Circuit). 非同期的であり,製品市場が先に開放され,要. の 本格的登場 は 改革開放政策 が 実施 さ れ て か. 素市場はこれに著しく遅れた.とりわけ一部の. らのことであり,それまでは電子管(50 年代). 資源性投入材の価格は長期にわたり開放されな. とトランジスタ(60~70 年代)を中心にして. かった.つまり,自らに帰属する資源利用型の. きた.トランジスタ技術は 1953 年にソ連から. 企業を設立することは,自らコントロール可能. 中国に移転され,純国産トランジスタの開発が. な資源を就業と所得に転化するという意味で,. 58 年 に 初 め て 成功 し た.IC 技術 は 1960 年代. 地方政府にとっては理性的な選択である.つま. 前半に欧米から導入されたが,その成長はかな. り外部の不合理な制度体系に対する理性的な反. り遅かった.更に,文化大革命の中,鉄鋼産業. 応と見なすことができる.このような発想で,. を優先して発展させるべきか,それとも電子産. 中国における郷鎮企業の目覚しい発展を説明す. 業を優先すべきかについて論争が行われ,鉄鋼. ることができる30).. 優先派が勝利を収め,電子産業の発展がそのま. この意味では,中国の繊維産業における行政. ま低調期に入った31).中国で「原子爆弾の父」. 指導型の政策は失敗といえよう.日本の高度成. と呼ばれる銭学森氏は中国の電子技術の発展. 長期と比較してみれば,その一番大きな原因は. を振り返る時,「1960 年代,われわれは『両弾. 官民協調型官民関係が形成されていないからで. 一星』32)に専念したことは一つの得だったが,. あると思われる.日本の行政指導は成功と言わ. 1970 年代に電子技術に専念しなかったことは. れたのもこのような緊密たる官民関係に基づい. 一つの損だった」と述べた33).. てから初めて行政指導が効果を収めたからであ. 1978 年,改革開放政策 が 実施 さ れ,中国 は. ると思われる.中国はこのような官民関係が形. 政治闘争から経済発展へと方針を転換した.電. 成されず,政府と民間は常に異なる行動にでる. 子産業もこれを受け,軍事需要から民生用分野. わけである.繊維産業の中の綿花の例はこの特. が重視されるようになった.中国政府は江南無. 徴をよく現している.. 線電器材厂(華晶電子集団公司の前身)を選定 し,国家の資金で中国の半導体産業にとって初. 2―3 半導体産業と主な産業政策 2―3―1 中国の半導体産業の沿革 中国の半導体産業は 1950 年代初期に勃発し た朝鮮戦争をきっかけとして誕生した.戦争に . 30)Naughton, B.(1994)“Chinese Institutional Innovation and Privatization from Below”, American Economic Review, Vol. 84, No. 2.. . 31)苑志佳「半導体産業─政府主導 の 産業育成 ─」丸川知雄『移行期中国 の 産業政策』日本貿易 振興会アジア経済研究所,2000 年,pp. 410─411. 32) 『両弾一星』計画とは原子爆弾,水素爆弾の 製造と人工衛星の打ち上げである. 33)戴育毅「中国大陸半導体産業発展政策分析」 『共党問題研究』 (台湾)第 27 巻第 3 号,2001 年 3 月,p. 49..
(11) 産業政策から見る中国型行政指導(王). めての量産ラインであるテレビ用 IC 生産ライ. (65). 65. 構が大中型工業企業への編入を促進する規定」. ンを東芝から導入した34).1978 年の全国科学. (中国語 で は「国務院関于推進科研設計単位進. 技術大会で,中国最高指導者の座に復帰した鄧. 入大中型工業企業的規定」1987 年 1 月 20 日国. 小平氏は「現代科学は生産技術の進歩に新しい. 発〔1987〕8 号)を公布し,以下のようなこと. 道を開いてくれた上,その発展の方向を決めて. を定めた.第 1 に,大中型企業と企業グループ. いる.科学技術の力により,社会生産力が大き. は必ず技術開発機構を持ち,現に存在する独立. く発展し,労働生産力の大幅な向上が実現され. の研究院や研究所を吸収することである.第 2. る」 と科学技術の役割を強調した.. に,企業に編入した研究機構は独立性を保ち,. 中国の科学技術に関連する政策は 1985 年を. 一定の自主権限を持って独立した会計制度を実. 境目に変わり始めた.それ以前の科学技術政策. 施することができる.国家の指令性計画と企業. は政府主導の下で,国家としての威信に係る宇. の技術開発の任務を完成することを前提にし,. 宙開発やスーパー・コンピュータの開発などを. 他の技術開発や設計などの仕事を引受けること. 中心として,技術の開発と運用は軍事領域にと. ができる.第 3 に,政府は研究機関が海外研修,. どまり,民間への移転は少なかった.産業技術. 学術交流,海外の専門家を招聘することを支持. に関する研究と開発は国務院の産業別各部が抱. する.第 4 に,研究開発への優遇税制を続け,. える研究開発機構の任務であり,その研究開発. 技術所得に関する所得税を免除する.第 5 に,. の成果を国有企業に設計図やサンプルという形. 企業または企業グループは銀行に申し込んだ技. 35). 態で伝達する関係にあった .政府の補助金を. 術開発専門融資について,技術開発で実現した. 受けて技術開発を進めるという形であり,企業. 利潤を持って税引き前に分割で元本と利息を返. 間の競争が少なく,技術開発への熱心さもな. 済することができる.第 6 に,企業と企業グルー. かった.この状況を変えるため,1985 年 3 月 3. プは毎年利潤から技術開発資金を増やさなけれ. 日,共産党は「中共中央の科学技術体制改革に. ばならず,逐次に研究開発の経費を負担するよ. 関する決定」を公布した.その主な内容として,. うにする.第 7 に,企業に編入する前に政府か. 科学技術分野への政府補助金制度の改革,政府. ら研究経費をもらっている研究プロジェクトに. の行政手段が科学技術分野への過度な関与を改. ついては続いて政府から研究経費をもらい,企. 革し,市場メカニズムを活用するように体制改. 業が転用することが禁止されている.また,企. 革を行う.組織面において,研究機構と企業の. 業はプロジェクトが期限内に完成することを保. 分離,軍事技術と民用技術の分離,部門間・地. 障しなければならない.第 8 に,編入される研. 域間の分離といった状況を改善し,企業の技術. 究機構人員の賃金待遇について,企業の待遇水. 開発能力を高め,研究機関と大学,企業との間. 準と事業単位の待遇水準のどちらに適用しても. の連携を促進する.人事の面において,科学技. いいが,原則として高いほうに従うべきである.. 術に従事する人員への過度な制限を取消し,知. 第 9 に,編入した後の人事は企業に任せる.. 的労働への尊重などを強調した.. 1991 年から実施された第 8 次 5 ヵ年計画に. 1987 年 1 月 に,国務院 は「科学研究設計機. おいて,中国政府は半導体産業を発展するため. 36). . 34)本田英夫編『中国のコンピュータ産業』晃 洋書房,2001 年,p. 194. 35)鄧小平『鄧小平文選』第 2 巻「在全国科学 大会閉幕式上的講話」人民出版社,1983 年,p. 87. 36)丸川知雄『移行期中国 の 産業政策』日本貿 易振興会アジア経済研究所,2000 年,p. 118.. の明確な政策を打ち出した.その目標として, まず,資金と人材が不足している状況の下で, 迅速な発展を求めるために,限られている資金 と 人材 を 五 つ の 中堅会社(華晶電子,華越微 電子,江陰長江電子,硅峰微電子,南通晶体管 厂)に集めた.次に,比較的進んだ半導体技術.
(12) 66. 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). (66). を導入し,国営企業と外国企業と合併して半導. 半導体産業育成のため,政府が 100 億人民元を. 体製造会社を設立することを推奨する. そして,. 投入 し,「909 プ ロ ジェク ト」を 発表 し た.ま. 「908 プ ロ ジェク ト」を 実施 し,中国 の 半導体. た,国務院は科学技術体制改革の深化に関する. 産業の技術能力を高め,産業を囲む環境を改善. 決定を公布し,基礎研究機関である科学院と軍. することによって,産業の将来性を広げるとい. 事関係の研究機構を除き,一般産業の研究開発. うものであった37).. と企業との連携が深まった.改革開放政策が実. 90 年代に入って,特に 1992 年に始まった外. 施されてから,科学技術関係の振興計画がたく. 資半導体メーカーの対中進出ラッシュにより,IC. さん出てきた.1986 年からスタートした「863. 生産規模は前より大幅に拡大してきた.1988. 42) 計画」41),「星火計画」 ,1988 年 か ら ス タート. 年初めて 1 億個の大台に乗ったが,その後 6 年. した「火炬計画」43),1997 年からスタートした. 間ほど殆ど増えなかった.外資導入によって,. 44) 「973 計画」 などが相次いで実施され,中国の. 94 年 2 億 4500 万 個,95 年 は 5 億 1500 万 個,. ハイテク産業の発展にとって政府の資金支援や. 96 年は 7 億 900 万個,97 年は 10 億個まで増え. 政策支援が欠かせない存在であった.. 38). て き た .し か し,90 年代中国 の 半導体産業. 2000 年,国務院が IT 産業に関係する各部門. は量的にも,質的(世界最先端技術レベルに比. と各地方人民政府に向けて『ソフトウェア産業. べ,2-3 世代遅れている)にも先進国と大きな. と半導体産業の発展を奨励するための政策』と. 格差がある.外資半導体企業の中,オランダの. い う 行政文書 を 出 し た.こ の 文書 は 通称「18. フィリップス社,ベルギーのベル社,アメリカ. 号文書」で あ る.「18 号文書」は 13 の 章 に 区. のモトローラ社などが先行していたが,1992. 分 し て 53 か 条 か ら な り,内容 は 投融資政策,. 年以降日本企業も集中豪雨のように中国に進出. 税収政策,産業技術政策,輸出政策,収入配分. し始めた.日本電気は 1994 年に首鋼総公司と. 政策,人材の導入及び育成政策,政府による納. 合同出資による合併企業を設立すると共に,99. 入政策,知的財産権保護政策,業界団体の活動. 年 2 月 に は 操業開始 し た 上海華虹 NEC 電子有. 奨励など 10 項目の政策が含まれている45).そ. 限公司にも資本参加し,64MDRAM の全工程生. の 政策目標 と し て,第 1 に,こ の 政策 を 通 じ. 39). 産技術を導入している .. て,資金,人材などの資源がソフトウェア産業. 第 9 次 5 カ年計画において,半導体産業を優. と IC 産業へ投入することを奨励し,中国の IT. 先的に発展させる中国政府の意欲が明確であっ. 産業の発展を目的とする.2010 年までに中国. た.半導体産業は国の総合実力に直接に影響す るだけでなく,国家安全にも関る重要な産業だ 40). と政府の上層は意識し始めたとされる .更に, . 37)呉菲・谷光太郎「中国半導体産業 の 政策 に つい て ─中国国務院国発[2000]18 号文書 を 中心 に ─」『大阪成蹊大学現代経営情報学部研究紀要』 第 3 巻第 1 号,2006 年. 38) 『中国(機械)電子工業年鑑』各年版を参照. 39)苑志佳「半導体産業─政府主導 の 産業育成 ─」丸川知雄『移行期中国 の 産業政策』日本貿易 振興会アジア経済研究所,2000 年,p. 415. 40)戴育毅「中国大陸半導体産業発展政策分析」 『共党問題研究』(台湾)第 27 巻第 3 号,2001 年 3 月,p. 50.. . 41) 「863 計画」は政府主導のハイテク開発計画 であり,開始してからはバイオ,宇宙技術,レー ザー,自動化,エ ネ ル ギー,新素材 な ど の 7 分野 を中心としている. 42) 「星火計画」は初めてハイテク技術を農村 部の経済発展に導く計画である. 43) 「火炬計画」はハイテク産業の立地環境の改 善,ハイテクベンチャービジネスへの支援,マイク ロ コ ン ピュータ,レーザー,新素材,CAD,CAM などのハイテク研究促進と商品化を目的としている. 44) 「 973 計画」は 国家戦略 に 係 る 重要 な 基礎 研究を中心とする技術研究を促進するための計画 である. 45)http://www.scoba.org/links/doc18.htm 中 国 半導体産業に関する 18 号文書..
(13) 産業政策から見る中国型行政指導(王). (67). 67. の IT 産業の研究開発と生産能力を世界最高水. 場の需要に併せ,パッケージング業の発展を. 準に到達または接近させるだけでなく,中国の. 支持する」46).. 半導体産業を世界の主要な開発,生産基地の一. 2―3―2 90 年代の半導体産業政策. つへと発展させる.第 2 に,国内企業が海外と. 中国政府 の 半導体産業 へ の 支援政策 に つ い. 国内の二つの資源を十分に利用することを奨励. て,最も注目されているのが 90 年代である.. し,両市場の開拓に努める.5~10 年後には,. その中,中国の半導体産業育成政策において重. 国産ソフトウェアが国内市場の需要の大部分を. 要な位置を占めているのが第 8 次 5 ヵ年計画に. 満たし,かつ一定の数量の製品を輸出し,同時. おける「908 プロジェクト」と第 9 次 5 カ年計. に先進国との開発・生産技術における格差を縮. 画における「909 プロジェクト」であった.. める.. (a) 「908 プロジェクト」. 2001 年から,政府の第 10 次 5 ヵ年計画にお. 1991 年に実施された第 8 次 5 カ年計画は電子. い て,IT 産業 が 国民経済発展 の リーディン グ. 産業の発展を推進することを目標としていた.. 産業として位置づけられ, 「情報化による工業. 半導体産業を発展させるために,資金と人材の. 化の促進」という基本方針が打ち出された.半. 不足している状況の下で,限られた資金と人材. 導体産業に関して,第 10 次 5 ヵ年計画の中は. を中堅工場に集めた.また,国営企業と外国企. 次のように示した. 「良好な産業環境を整備し,. 業と合併して半導体企業を設立することを奨励. 政策によるサポートを強化し,産業構造の再構. する.第 8 次五カ年計画の中,電子産業の発展. 築を早急に進める.各地で産業パークを建設. 目標として, まず,電子産業を国家の「リーディ. し,設計開発能力 と IC チップ 製造能力 の 向上. ング・インダストリー」として育成することを. に努める.IC チップの設計を突破口に,チッ. 掲げた.そして,産業構造を調整し,通信コン. プ設計業に力を入れる.IC チップの製造を重. ピューター産業を重点とする.第 3 に,集積回. 点に,パッケージング業の規模を更に拡大し,. 路産業を優先的に発展させる.第 4 に,大型半. 国内外の資金を積極的に引き寄せることによっ. 導体企業を集中的に育成する.この目標の下で,. て,半導体製造業の発展を推進する.原材料と. 1990 年 10 月,国家計画委員会 と 機電部 は 北京. 設備産業に関しては,需要が大きくてかつある. で関連業者と専門家などを招いて座談会を開催. 程度の実力を持っている製品を選択して,供給. した.この座談会において,集積回路産業の重. 不足と技術面の突破を図る.最終的には第 10. 要性が議論された.後に議論の内容が共産党中. 次 5 ヵ年計画を実施することによって,研究開. 央に報告され,間もなく半導体産業を振興する. 発能力を高め,半導体産業のレベルを世界水準. ための 「908 プロジェクト」の実施が決定された.. に近づけることを目指す.産業全体の地域分布. 「908 プロジェクト」は政府によって 20 億人. に関しては,北京・天津地域,上海・江蘇・浙. 民元が投入され,毎月 1.2 万の 6 インチ IC チッ. 江地域,広東・福建地域の総合的優位性を更に. プを生産できる生産ラインを建設することを目. 発揮させ,その半導体産業発展重点地域として. 標としていた.このプロジェクトを担当したの. の研究開発力,イノベーション力を強化し,新. が 華晶電子集団公司47)で あった.電子工業部. 製品の開発に力を合わせ,IC チップの加工・ 生産とパッケージング・テスティング業の規模 拡大と技術のレベルアップを目指す.同時に専 用原材料と設備機器の生産を強化する.政府の 中西部開発 の 発展戦略に より,条件がそろう 地域 の 半導体製品 の 設計・開発 を 奨励 し,市. . 46)中国信息部『信息産業「十・五」計画綱要』 2001 年.日本語訳は呉菲・谷光太郎(2006)を参照. 47)華晶電子集団公司とは当時中国最大の民族 半導体企業 で あ り,1989 年 8 月 に 江南無線電器材 厂(元電子工業部に直属する)をベースにして成 立された「国家 1 級企業」である..
(14) 68. 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). (68). は IC チップ生産ラインを華晶電子集団公司に. (b)「909 プロジェクト」. 設置することを決めた後,電子工業部は全国. 1996 年からスタートした第 9 次 5 カ年計画. の専門家や技術者たちを招いてフィージビリ. の 中,電子産業 の 発展目標 に つ い て,2000 年. ティ・スタディを作り上げ,海外からの技術導. までに,電子産業を国民経済の基盤産業として. 入も積極的に推進した.工程に必要な微細加工. 完成させ,全国最大の産業にすることであっ. 技術は AT & T 社から 0.9 ミクロンの物を導. た.ま た,世界 の 電子情報産業大国 を 目指 し. 入し,プロジェクトに必要な輸入設備は関税の. て,電子産業 の 成長率 を 20% 以上達成 す る こ. 免除優遇を受けた .華晶電子集団公司の固定. と で あった.具体的 に,2000 年 ま で に 生産額. 資産は 1993 年に 4 億 1900 万元だったのに対し. を 7000 億元 に し,全国工業総生産 の 8% 前後. て,1994 年 に 入 る と 12 億 3200 万元 へ と 急増. を占め,輸出額は 350 億ドルを目指し,世界の. し,更に 1995 年には 14 億 7600 万元へと増え. 上位 5 位に入るという目標であった.その他,. 48). た .このような固定資産投資の急増は政府の. 産業構造の革新や,自主技術力を高め,現代の. 資金投入を抜いてはありえないことである.. 企業制度の導入なども目標としている.1997. しかし,厖大な資金が投入されたが,当時計. 年 11 月 に,中国経済貿易委員会 は『95 国家重. 画経済の影がまだ残っている.通常 1 年間で完. 点技術開発ガイド』を発表し,電子産業に関連. 成できるプロジェクトは様々な審査によって,. する 17 項目の重要技術を開発の目標と指定し. 立案から生産開始まで 7 年余りの時間がかかっ. た.半導体産業に関して,第 9 次 5 ヵ年計画は. た.北京大学微電子研究所の副所長である張興. 集積回路産業を「重点のなかの重点」と位置づ. 氏が当時の状況をこう語った. 「当時華晶が一. けて,0.8~1 ミクロンの生産技術を確立し,0.3. 台のリソグラフィーを買う場合,日本産にする. ミクロンの R & D 技術を達成し,複数の高水. かオランダ産にするか,これさえ国務院の電子. 準の集積回路設計センターを育成することなど. 部に報告しなければいけない」50)と.審査期間. を具体的政策内容として制定された.更に,半. の長引きに,海外の技術封鎖などの原因もあっ. 導体産業を発展するために,政府が 100 億元を. て,1997 年生産ラインが稼動し始めた頃,華. 投入し,「909 プロジェクト」を打ち出した.. 晶の技術は既に国際の主流技術に 4~5 世代も. 「909 プロジェクト」は「華虹プロジェクト」. 遅れていた.生産開始当初,華晶が既に 2.4 億. とも呼ばれている.なぜならば,上海華虹微電. 人民元の赤字を出していた.. 子公司51)はこのプロジェクトの主体であるか. 1999 年,台湾 の 半導体業者陳正宇氏 が 毎年. らであった.1996 年 1 月, 「909 プロジェクト」. 50 万元で華晶の生産ラインを借用し,その傘. の 8 イ ン チ 0.5 ミ ク ロ ン の 集積回路 IC チップ. 下の上華公司と連携して合資会社を作った.華. の生産ラインについて,当時の李鵬総理,副総. 晶にとって,設備と生産ラインを上華に借用す. 理,電子部などの関連部署が上海で研究会議を. るだけで, 日常マネジメントなどにも関与せず,. 行った.同会議において,以下のことが決定さ. 事実上委託生産の工場となり,908 プロジェク. れた52).第 1 に,上海の浦東地域で,生産ライ. 49). トが計画された当初の政府の意図から程遠く離 れたと言われている. . 48)中国電子工業部編『中国(機械)電子工業 年鑑』1995 年版,電子工業出版社. 49)中国電子工業部編『中国(機械)電子工業 年鑑』1996 年版,電子工業出版社. 50)張文豪「中国芯路」『財経』2002 年第 2 期.. . 51)華虹公司の全称は上海華虹微電子公司であ る.1996 年,電子工業部傘下 の 中国電子工業総公 司が 52.5%,地元上海の国有企業─上海久喜と上海 儀電─ 2 社がそれぞれ 25% と 22.5% を出資して上 海華虹微電子公司を設立した. 52)胡启立『芯路歴程─ 909 超大規模集積電路工 程記実─』電子工業出版社,2006 年,p. 25,p. 251..
(15) 産業政策から見る中国型行政指導(王). (69). 69. ンプロジェクトを担当する華虹微電子有限会社. して 1999 年 2 月に完成した.また,このプロ. を設立し,会社の代表取締役は電子工業部から. ジェクトは IC 生産企業の他,IC を設計する企. 派遣し,社長は上海市から出す.第 2 に,華虹. 業 も 数社55)を 設立 し た.2000 年,世界 IC 産. の 登録資本 50 億元 の 中,国家 が 41% を 出 し,. 業 の 好景気 に 恵 ま れ,華虹 NEC も 17.73 億元. 上海市は 39% を出し,その他は国内及び海外. の販売高と 3.44 億元の利益を誇った.しかし,. の投資を歓迎する.第 3 に,登録資金以外に生. 2001 年に状況が一変し,前半だけで 7 億元の. 産ラインに必要な資金の融資は国家が外貨の貸. 損失を生じた.この巨額の損失について,華. 付を手配する.第 4 に,国務院は原則的に生産. 虹側は世界 IC 産業の不況と新しい会計システ. ラインのプロジェクトを立てることを認める.. ムの導入に起因したと説明したが, 「909 プロ. 第 5 に,生産ラインが建設される時,必要な設. ジェクト」の生まれつき弱点にも原因があると. 備や材料の輸入関税と増値税の徴収は免除され. 主張する人もいる.華虹は毎月 2 万くらいの. る.第 6 に,生産ラインが生産を始める前,現. IC チップを生産することができるが,それの. 存企業の拡大以外に,国家は外資による 8 イン. 設計を提供する会社は殆ど 0.35~0.5 ミクロン. チ 0.5 ミクロンの生産ライン建設を許可しない.. の設計能力を持たず,国内の集積回路設計会社. 「909 プ ロ ジェク ト」で は 政府 が 半導体産業. だけでは生産任務を満たすことができない56).. を発展させるため様々な支援策を提供してい. 1997 年,上海華虹微電子公司 が 71.4% の 出. る.中央政府の税金政策において,ソフトウェ. 資 で,日本 NEC が 28.6% の 出資 で,上海華虹. ア産業に対して,17% の増値税を 6% に下げ,. NEC 電子有限公司 を 設立 し た57).合弁 の 条件. ハイテク製品輸出の場合,増値税を免除した.. と し て,華虹 が DRAM を 製造 し,NEC 側 が. 金融政策において,企業への貸付の金額の上限. 買い取り販売をする.北京大学微電子研究所副. を上げ,重点プロジェクトとハイテクプロジェ. 所長の張興氏が華虹と NEC の合弁について,. クトに信用貸付と利子補助の優遇を与え,創業. こう評価した.「NEC は IC チップを全部買取. 投資市場システムとセカンドボードを設立し. して,マレーシアにてパッケージする.またマ. た.各地方でも企業を誘致するため,様々な優. レーシアで作った別種類の IC チップを中国に. 遇策を出した.上海では,企業所得税に「五免. 持ち込んでパッケージする.これは核心技術の. 五半減」53)政策が実施され,また地価をゼロに. 58) 漏れを防ぐためである」 と.しかし,当時 IC. していた.政府が投資総額の 15% を負担する.. チップの設計技術が遅れている中国にとって,. 科学技術大学 の 新卒者 に 上海 の 年戸籍 を 与 え. このような合弁は他にも沢山あった.. る.設備輸入の関税の免除,製品の輸出比率の. (c) 『ソフトウェア産業と半導体産業の発展を . 制限の廃止,経常帳簿の資金は外貨への換金を. 奨励するための政策』 (国発[2000]18 号. 自由にする,などの優遇策も実施した54).. 文書). 「909 プロジェクト」は「908 プロジェクト」 の教訓を活かし,1997 年 7 月 31 日にスタート . 53)「五免五半減」とは利潤が出るその年より, 最初の五年間の所得税を全部免除し,次の五年間 の所得税を半分免除する. 54)呉菲・谷光太郎「中国半導体産業 の 政策 に つい て ─中国国務院国発[2000]18 号文書 を 中心 に ─」『大阪成蹊大学現代経営情報学部研究紀要』 第 3 巻第 1 号,2006 年.. 2000 年に公布された『ソフトウェア産業と . 55)深圳先科集積回路設計会社,華為技術有限 会社,航天科技国際集団公司,熊猫電子集団公司 集積回路設計会社 の 四社 が 国家計画委員会 の 批准 を受けて設立された. 56)張文豪「中国芯路」 『財経』2002 年第 2 期. 57)苑志佳「半導体産業─政府主導 の 産業育成 ─」丸川知雄『移行期中国 の 産業政策』日本貿易 振興会アジア経済研究所,2000 年,pp. 425─429. 58)張文豪「中国芯路」 『財経』2002 年第 2 期..
(16) 70. (70). 横浜国際社会科学研究 第 19 巻第 1・2 号(2014 年 8 月). 半導体産業の発展を奨励するための政策』 (国. 2 に,年間 100 万ドル以上のソフトウェアを輸. 発[2000]18 号)は初めて特定産業に対する. 出できる企業には「自営輸出権」60)を与える(第. 産業政策として制定され, 各国の注目を集めた.. 13 条) .その他,ソフトウェア貿易に適する外. 2000 年 6 月 24 日,中国国務院 が IT 産業 に. 貨管理方法を採用するなどの政策が作られた.. 関係 す る 各部門 と 地方政府 に 向 け て, 「国発. 業界組織とその管理について,まず,中央政. [2000]18 号」を公布した.この文書はソフト. 府から地方政府まで,各レベルの情報産業管理. ウェア 産業 と 半導体産業 を 中心 と し,中国 の. 部門はソフトウェア産業を管理する(第 35 条).. IT 産業が世界レベルへのキャッチアップを促. 第 2 に,情報産業管理部門はソフトウェア産業. 進するため,初めて特定の産業に対して優遇措. 業界が市場調査,情報交流,コンサルティング,. 置と政策が設けられたといわれる.. 知的財産保護,資質認定,政策研究などの分野. 18 号文書59)は 投融資政策,税収政策,産業. での役割を十分に活かすべきである(第 36 条).. 技術政策, 輸出政策, 再分配政策, 人材育成政策,. 第 3 に,業界が活動する経費は主に業界の成員. 政府調達政策,ソフトウェア企業の認定制度,. が負担するが,管理行政部門などの申請によっ. 知的所有権の保護,業界組織とその管理,及び. て財政からの支援を得ることも可能である(第. 集積回路産業政策などの方面からソフトウェア. 37 条).. 産業と半導体産業への育成政策を具体的に述べ. 集積回路産業政策 に お い て,第 1 に,国内外. た.本稿ではその税収政策,輸出政策,業界組. の企業が中国で合資或いは独資の集積回路生産. 織とその管理,及び集積回路産業政策を中心に. 企業を設立することを奨励する(第 40 条) .第. 論じる.. 2 に,2010 年まで 17% の増値税率で納税した集. まず,税収政策に関して,第 1 に,政府は中. 積回路企業に対して,実際の税負担率が 6% を. 国でソフトウェアを開発することを奨励する.. 超 え る 部分 は 即還付 す る(第 41 条) .第 3 に,. 2010 年までこれらの企業が 17% の増値税を支. 投資額が 80 億元を超える企業,或いは 0.25 ミク. 払う場合,実際の税負担率が 3% を超えると,. ロンの集積回路を生産する企業に対して,エネ. 超過分 を 即還付 す る(第 5 条) .第 2 に,中国. ルギー産業と交通インフラ産業に投資する外資. でソフトウェア企業を設立する場合,企業所得. 企業がもらえる優遇的税収政策を同じく適用す. 税において「二免三減」 (利潤が出た最初の 2. る(第 42 条) .第 4 に,為替リスクを回避する. 年間は免税で,その後の 3 年間の企業所得税は. ため,第 42 条を満たす企業が国内で再投資を行. 半減となる) の優遇政策が設けられる (第 6 条) .. う税引き後の利潤について,外貨管理部門の監. 第 3 に,ソフトウェア企業が設備や技術を輸入. 督の下で外貨専用口座に入金することができる. する場合, 『外商投資項目不予免税的輸入商品項. (第 45 条) .第 5 に,集積回路企業が設備などを. 目』と 『国内投資項目不予免税的輸入商品項目』. 輸入する際, 『外商投資産業指導目録』と『目下. に登録される商品以外には全て関税と輸入増値. 国家重点奨励する産業,製品と技術目録』の規. 税を免除する(第 8 条) .. 定によって,輸入関税と輸入増値税を免除する. そ し て,輸出政策 に お い て,第 1 に,ソ フ. (第 47 条) .第 6 に,国内の集積回路設計企業が. トウェアの輸出は中国輸出入銀行の業務範囲に. 設計した集積回路が国内で生産できない場合,. 納まり,貸付の際,優遇的な金利と国家輸出信. 主管部門の認定を経て,国外で生産して輸入す. 用保険を享受することができる(第 12 条) .第 . 59)http://www.scoba.org/links/doc18.htm 中 国 半導体に関する 18 号文書.. . 60) 「自営輸出権」と は 国務院 が 生産型企業 に 自らの製品を輸出する権利を与えることである. この権利を得るには企業側の申告が必要である..
図
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