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五種法師についての一試論 (松木本興先生追悼号)

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(1)

一念信解は分別功徳砧において説かれるものだが、これと似た内容だと思われるものに、法師品・随喜功徳品等に 説かれる一念随喜がある。この両者には関連があるものだろうか。 一方、五繩法師は法師品・法師功紘品・如来神力品等に示されている。しかし、法行は岐初から五種類があったも のではなくて、年とともにだんノ、と形成され来ったものである、といわれる通りに、これが全てではなくて、その 形は多様である。形の整って来たといわれる部分についてみても、五種法師から書写を除いたものを各所にみうる し、逆に、五種法師に供養を加えたものもあり、他人のために書写をす上めるところもあり等々で五種法師とはいL ながらも実は六種法師であり、七種法師であるともいいうるであろう。 このことは、法華経の実践のあり方は五種法師であると即断することに対して疑を持たせるものではなかろうか。 いであろう。 のようである。しかし、この両者の内容の並例だけをもって、法華経の実践規範の総ぺてだと即断することは出来な 法華経の中において脱かれる五砿法師と一念信解とは、如説修行を唱える法華経の実践規範だ、といわれるのが常

五種法師についての一試論

1

望月海淑

(”)

(2)

2 五種法師が脱かれている各品の中でも、一番に整理されているのは法帥功徳品である。それはこの品が五種法師を 行なう人の功徳を挙げて、六根が消浄なものとなり神通を得るに至ることを示したものだ、という点に由来するから である。そこで、第一に五種法師とは何なのか、この品の説示を挙げて整理してみたい。 六根の滴浄を脱ぐ法師功徳品は六段の構成をもって、語られているが、その第一段では、

受二持瞳法華経一。若読若調若説若苔写。

となっておって、受持・読・調・解説・苔写の五種法師の明瞭な記述を見ることが出来るが、これに対する梵文は ︼日画昌1画目日画己閏剣母幽召口旨”3国望胃一国目武智胃一ぐ”号蟹嵐望騨一ぐ画一房ぽぷ罵昌ぐ画 と、四法行を示すのに儲まっている。こLでは妙法華経が、く目・の一文字をもって、読・調の二つの行為を示す ものと理解したというように考えられる。そのことは正法華経が 又法師品は一念随喜を説くとともに五種法師を示しており、分別功徳品の後には随喜功徳品と法師功徳品とが存し 夫々に一念随喜と五種法師とを説示している。そこで、この法師品の説示は果して随喜功徳品や法師功徳品とに引き つがれるべき内容上の性質をもっているものかどうかとの疑問も発生して来る。 そこで、この小論は、これらの点に対する考祭の中で、特に五極法師とはどういうものか、という点に関する考究 の跡を残そうとしたものがある。 受避経典持読普写⋮⋮ と、読の一行為だけを示していることでも明らかである。即ち、こLでは﹁調﹂というものはない。従って四法行 (74)

(3)

であった、ということになる。 受二持此経一。若読若謝若解脱若書写。 ]日四s目胃日勉冨愚脚冒昌、四畳胃鼻鼠画冨目習響冨吋乱召8の脚景働く色冒目習角⑳ と、妙法華経の五種に対し、梵文には解説にあたると見うるの画召胃画颪曾があるだけであって、正法華経も 説是経典。若為異教類声聞乗説者。 と、解説だけを訳出して梵文に忠実な態度を保持している。しかし、この品は五種法師を行ずる人は六根を消浄な らしめうるとの説示をなしたものであり、この第二段は耳根の消浄を説いているので、当然、この箇所も五種を行ず れば、との内容によって詰り出されたものであろう。妙法華経の達意訳はその点で必須のものであったとも云えよう。 受一蒔是経一。若読若諭若解税若沓写。⋮:。︵妙︶ 其有持是経典読諏書写。・心・⋮︵正︶ 第四段は であるが、 一目色召Qご鼬岡目画己画塊罰鼬員創昌・彦幽門画昌勉冨昏ご国丙朕角]四国毎叩く蝉包彦望凹]色g一馬宮8 ◆ 有持足経巻分別説者。若復楓読替著竹帛。..⋮.︵正︶ 受二持足経一。符読若諏若解説若諜写。⋮⋮︵妙︶ 1 であるが、こふで第一段の乱目にかわって砿畠含露か壷場して来たことが災っている﹄ 第三段は そして、第二段では (.75)

(4)

なる。 ]自画骨・旨餌員己脚固画昌鰯昌脚召垈旨野幽望幽日蝕ロ◎の閻望色冒勧口画毎℃①愚宍幽留昌脚自画目。]房ロ曾鼠固画、■ 、 0 ● で、解説の項と思われるものに、胃画厨曾号笛の二つの語が登場して来ている。 で、解説 第五段は ︼日働巳ユ琶働託日鼬己餌昌画]画昌・ロ幽魂“罠画司国唇○ぐ働く鋤。脚喝角白煙目◎ぐ画己禺画天幽の画斡画日陣固oぐ凶邑①蟹望画日脚口Oぐ画︺房旨幽豈■ 1 1 ● 受二持是経一。若読若調若解諦 若聞是経持読訓写⋮⋮︵正︶ 若読若調若解説 幽舜燭の 最后の第六段では であるが、こLで ﹃剴画ロ◎ぐ画 こ L で 如来滅后受二持是総一。若読若訓若解説若諜等:。⋮︵妙︶ Q 如来滅度后。若持斯経調読解説⋮⋮︵正︶ 冨昏画唄胃の己画吋冒一吋ぐ吋冨一目画昌ロロ四国.鱒己画﹃罠幽]齢昌・旨働目]冑。号曾望画冨昏印画昌胃画穴駁画昌酋さ﹄房ロ豊◎ぐ凶。四目室 と、如来滅后の句がつけ加えられて来ている以外、他の場合とめだった相違はない。 そこで、これら六段に分けられた言葉の使用され方を、妙法華経の五種法師にわけてあてはめてみると次のように は再びく胃画が登場して来ていること位が相違点であろう。 若書写⋮⋮︵妙︶ (76)

(5)

即ち、六段にわかれている法師功徳品としては、五種法師が六回示されるのが至当であろうが、梵文では号写丙 魁︾﹄涛彦が五回使川されたのが岐高であり、更に、問題を含んでいると思われるものは、妙法華経の解説にあたる ものとして、冨少屋群の二語か示されていることと、説の訳語にあたる言葉として⑩乱巳︺が一度示されただけで ものとして、弄獣↑ ある、ことである。 この五極法師の該当簡所で使川される冨吟は、厳密な意味では接頭語を付された胃鳥獣であるが、仮りに訳例 を示すと“壇馬閏ゞ菌8日の︾自画凰厭料.目色富ぐ①いざ一の︾島の已僅ざの5.であり、会いの方は:。急︾g39.81 9日脚目・胃且匡◎の.2..である。この両者は同じような内容のものに見えるが、胃鳥胤はものの理を註釈するよう な意を含めているが、Q誌は説きひろげてより多くの人にそれを見せよう、というような意がこめている。しかし、

名一梵文語繩

一色医司 姪1 112 tl. IR ヌ 似 到 月 但 潟 (77)

(6)

受一蒔読望調解固説諜五写妙法華経乃至一偶一・:⋮︵妙︶ 従是経典受持一航。調訓番写戟於竹帛。銘著心懐念而不忘:.:.︵正︶ 閏画詳。。底四国己画ご画埼昌画昌幽。“ロ芹“峰画恥の澪閣唄幽芦匡幽寓ご鱈己一。ご”H画]]、]四目屋ぐ画○画︾、﹄如昌画己庁一己円騨宍画峰画斡鏡昌鯵口竪 ■ ○ m“召胴乱毎画乱切望画国璽一房冨望画口惑一涛巨尊画。少ロロの目幽吋昂罠画昌一歸里の自画◎画弄豊色骨ぐ﹃働く里。汽鯨包哩呉幽昌一 ● この品において、この両者の使用例に相違があったとすることさらのものは見当らない。 そして、ぐ画。はものを話すこと、読むことを示すのに対し、⑳乱昏は暗調することを示すものであるから、読調 の語を読と訓の二つの別のものとして考えるならば、こののぐ凶号が訓でぐ色。を読として考えるべきだろう。正法 華経が⑳乱号の出て来る第三段の訳文を有持是経巻分別説者。若復調読諜⋮⋮となしているのも、この語を誕調と 解したからであろう。しかし、この語がこの法師功徳品において、一度しか使われておらないが、これにはどのよう な理由があるのだろうか。これを解明するためには、他の品における五種法行の頃を見なければならないだろう。 このような点から、この品では妙法華経の五種法師に対し、梵文では六種知の言葉をもって五種類のものが説かれ ており、しかも、それは解説にあたると思われるものが二語となっていることを知ることが出来る。 3 法師功徳品と並んで五種法師がくり返し説かれるのは、法師品であるが、これはこの品が法華経を弘通する人に及 ぼされる功徳を説示したものであるからだろう。 その第一段長行の中にては、仏が法華経の一句一偶を聞いて随罫する人に悟りの記前を与えると語った直后に、次 その第一段長君 の如く説かれる。 (78)

(7)

で、漢訳両経と梵文とで夫々に相異が多いように思われる。そして、両漢訳の中に見られないものは鮠躍昌倒留萄 一望鱈昌一であるが、この言葉は掴まえるという意味をもっておるところから、受持と同一内容と判断せられたものか もしれない。そして、畠8国望幽国璽を妙法華経は読と訳し、正法華経は楓揃と訳している。孤諭は本来は訓にあて はまるものだろうが、その諭に対する梵文が見当らないのもおもしろい。その理由は何だろう。更に、正法華経の銘 すなわち、妙法華経で見る限り、たしかに五種類の法行で、このあと続いて示される供養を加えても六種法行であ るが、正法華経は、受持・調調・書写と、心に銘著し念を懐いて忘れずというのがあり、梵文では、供餐を加えない で七甑類の行いの形を数えることが出来る。それをかりに五種法師に配当してみると、

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’ (79)

(8)

著心懐念而不忘の訳語となった二つの梵文は、五種法師の型にあてはめることは困難なように思われる。これについ て、法華経成立史は、こLではこの二つのものが、余り必要でないのみか訳文が煩瑛になる故に、訳出の際に省略し たものとも思われる見方もあるが、何か簡潔なものに統一したがる便宜的なものがあるようにも思われる、︵P一五 ○︶とのべている。更に、この長行に引きつrいてくり返し語られる箇所では、 受持読調解説書写。献々供二養経巻一。⋮⋮︵妙︶ 其受是経持洗訓写。観聴供養⋮⋮︵正︶ 胃︺昌曽冨号質日画1℃胃冨冒唇“煙冨]色1の色目9国目且晩昏毎々且呂鰯届く色乱乱。畠&ぐ蝕己胃冨乱冒昌豊 ■ ● ■■●■り ぐ画己吋煙穴倒恥凹割の回ぐ蝉二六戸のQぐ四二丙画鰯勺画罰のgぐ画﹄一戸ロー行く画つ妙。p閏ご画﹃①庁幹脚忌Hpo騨己臣の奇画斥の・・・・・・己匡﹄四国卸︻国・ となっている。これを前掲の箇所と比べてみると、

ユロ倒周画包噸﹃画目室。画画﹃“望のQ

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一一詩け画己斡倒のユ (80)

(9)

この両者の内、上段の方は動詞の使役形の単純未来の三人称複数能動態であり、下段の方は使役形の願望法の三人 称単数能動態を示している。従って、前者は〃:・・・せしめるだろう″と訳し、後者は〃⋮⋮せしめたい〃と訳すべき であろう。しかし、この点の相異を除けば、この両者は割合いに似通っているといえる。 となる。 即ち、妙法華経が五種法師の説示の順序を替え、訳語にいさLかの手を加えただけであるのに対し、梵文には従来 掲げて来たものとは全く異なる言葉が議場している。 吟鐸&且巨望煙目・”画?菌﹃尋鱒昌︾醤31冨﹃一週四回武“蝉日野習畠毎画昌一の四つは今までの箇所ではとり挙げら れなかったものである。これをもっても、受持・読・調・解説・書写とあてはめて行った妙法華経は、全くの意訳で あった、といいうるであろう。しかし、信ずる︵宵四目巴の心は、経典を受持読調解説書写する人にとっては必須条 件であるといわなければならないから、定まりきったこととして省略したものなのかもしれない。そして、そういう となっている。 如来滅后。其能書持読調供養為二他人一説者。:・・:︵妙︶ 仏滅度后。若有信此正法典者。受持諜写供養泰順為他人説。⋮..︵正︶ の語がある。これに対する梵文は 曙騨一日画目ユ彦鈎﹃昌四ご四国画昌幽唇冨昏勵短画国切望脚ご“ご凰司ぐ稗画の罠騨野幽・邑脚Q巨望“p戴く画。画冨、﹃四目厚一房ロ毎割餌ロ回 ■ 一F■ G ● の鴬︲富国々画昌唱目1百愚息昌一g﹃の笛go勢い四畳脅習昌毎圓璽 そして、第二段の長行には (唖)

(10)

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(11)

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五種法師名

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和訳

梵文使用回数

(12)

この小論でとり上げた箇所は法師品の六ヶ所であった。しかし、妙法華経だけは、その中の一箇所に訳文がないの で菰箇所であった。したがって、六回の使用例も五回の使用例も妥当であろうが、この表で見る通り極めて分散して おり、かつ極めて雑ぱくで雑理してみることすら不可能である。このようなあり方は、法師功徳品の形と比較してみ る時、全く異質のものだといわなければならないであろう。このような両者の大きなちがいの理由はどこから由来し る時、全く異質のも︵ て来たのであろうか。 J0●卜L19lr︲11日Ⅱ0119’4“Ilh1︲dhIlII1■1414塵85日I1jIj810︲j0jIl0q1ll1llIIlllⅡIlllⅡⅡ0196Ⅱ91凸ⅡⅡ1110ⅡIIIll99IIIO0■lLlⅡ口lIlb1I0I810Il0q凸

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解説

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(84)

(13)

こふで、今までにとりあげて来た法師品と法師功徳品の説示について、もう一度ふり返ってその要点をまとめてみ ると、次のようなことを指摘することが出来る。 妙法華経の五種法師の訳語に対する梵文は、決して五極細ではない。しかし、法師功徳品に見ることの出来る梵文 ではその表で見るように、ある程度きまった言語をもって説示されているが、法師品の場合の梵文は、多岐に亙って おり、それは一定の型に整理統一することすら不可能なほどに思われる。 法華経をひろめようとする法師について言及し、その法師の功徳をたLえようとしている両品の表現が、これ程に 相興している理由は、その成立年代の相異だとか、創作者たちにちかいがあったのか、というような成立時に、問題 の所在があるのではなかろうか。 そこで、この問題について堀り下げるために、五櫛法師の言及される他の章の部分を見ることにする。 5 分別功徳品は如来寿遺品のあとをうけたものであることは、その説示から明白なことであるが、第三段長行で如来 の寿命長遠の教えを聞いて信解することを述べる中に次のような文章がある。 広間二延経一。若教レ人間。蒋自持若教し人持。若自諜若教し人襟・・⋮.︵妙︶ 其聞是経。即持諜写已。載於竹吊供養奉持⋮⋮︵正︶ ご餌]目色日図画召日冨昌Q昏閏9画己餌qご画昌野口ロ菌。。昏留僅蔚回国8︺&昌働国制Qぐぃ]房け9曲 ご餌]口︼画﹃旨①ぐ画員 ゆ ]一汽辱働己画望の・・・:: これは凹信の第三の広為他説のところの文章であるが、こLにては聞法と受持と書写とが説かれている。聞法が法 (85)

(14)

こ典における読訓。受持の云いなおしは妙法華経のみのことであり、しかも、読諭が畠。の語から訳出したもの で、読と訓という二つの法行を意味するものでないことを示している。 聞一是経典一。有二能受持若自番若教レ人脅一⋮⋮︵妙︶ 有得聞此維典者。持読番写若分別説⋮⋮︵正︶ 富︺日四目農肖目色園﹃冨冨唇冒感冒2稗固の葛号碑画置弓”乱。遭冒脚﹄置昌乱冒鼻磯画菩乱負冨団 この説示は五品の第三である説法品において語られたものであるが、妙法華経が受持と自書と教人識とを挙げてい 望①。冨圖冨望騨算一くぎ画冨薯幽口重一冨薗の薗昏騨樹冨召印◎ゞ召の①ロ閣冨尉昏胃胃一望斡旨画日へ夢胃目色己胃冨葛昌]①。画帥同“電昂望騨口重ぐ凶。 歓楽受持・則為如来所見擁護。⋮⋮︵正︶ 読調受持之者斯人則為頂二紋如来一。⋮⋮受二持読三禰是経典一者.:⋮︵妙︶ 更に、この説示に続いて五品を説く簡所には次の如き文がある。 法華経にないぐ四。︵擁︶があることを知りうる。 法華経の訳出した自己の行と他人のための行いという二穂のものは一房け︵諜写︶以外にはないことと、梵文には妙 べきことであろう。この三法行に対して梵文は吟巨とぐgと号﹃と]弄旨の四極をあげている。これで見ると妙 功徳品には見られなかったところであり、わずかに法師品の第二段長行に為他人説が見えるだけであって、特異とす とをさせるべきものであるとの立場をもっていることを知りうる。そして、この﹁他人のために﹂という説示は法師 行の一つであるとする説示は別のことにして、この三法行がすべて自の行いであると共に、他の人にもそれと同じこ ● ・・・・・・汽乱庁凶目﹄の幹のロ・・・・・・ (86)

(15)

しかし、同じ説法品の末において語られる箇所では、 若有下受持読荊為二他人一説。若自書若教し人書上:⋮.︵妙︶ 島胃目煙冒﹃冨冨号・⋮・号勢い稲。ぐ”くぎ昌呂乱包硯母且乱一房ロ且乱屋台遭呂 となっておって、正法華経の訳文は見当らない。妙法華経はこの箇所の目頭の文と異って読伽と為他人説︵解磁︶と が加えられており、梵文法華経では胃鳥獣のかわりに包臥が使われ罠彦は]房ロaと]弄亀&の二つにわけて 説示されていることを知りうる。 更に、正行六度といわれるところでは 若人読二揃受二持避経一為二他人一説。若自書若教し人諜・・⋮.︵妙︶ 一目幽昌包彦胃目閏己幽昌暮色骨障働3]良く鯉ぐ胃画淵包ぐ画号笛]且ぐ画二厘︺且ぐ画一一こ︺号昌且ぐ画 となされている。こ典にても正法華経の訳文はないが、妙法華経の訳文は、この前のところと殆ど何様であるとい えるし、梵文法華経も目ヴぐ口。.;少]房冒︵願望と使役の両者︶であって、前文と同様であるといえよう。 更に、長行の末尾のところには .我滅后・⋮・受一狩二読三諭是経典一者。.⋮..︵妙︶ Qぽ凹魂目幽己角汽望回国睡昌厨日幽碩胃鯵醜望鶴己幽同冒笥ご茸鯉の︺四・ロ野角望騨驚麺・⋮ るのに対し、乖 胃“宍麗の四 えるであろう。 しかし、同嵌 し、正法華経は受持・読・解説・書写の四法行を挙げている。︸てして梵文法華経は。耳とぐ画つと濤底と の四行を示している。このあり方は正法華経の訳出と全く同一なことであり、妙法準経は怠訳をなしたとい (87)

(16)

とある@妙法華経は受持・読訓となしているが、梵文法華経では。耳の一語のみで、正法華経には訳文すらない。何 度もくり返された内容であるので、法護は沢出せず、羅什は意訳したのであろうか。 そこで、従前によってこれを表につくると、左のようになる。 これは分別功徳品の中の六簡所の文章をとりあげたものであるから、この表は受持号﹃がいつもとりあげられて いたことを示している。これはこの品が如来寿遺品の教えを信解することを強調している立場上、当然なことといえ るかもしれないが、逆にそれ程に受持が法華経信解のあり方の上から大切な要点を占めていることを知るべきであろ う。受持一行という信行のあり方は、必然的に法華経経典から生み出さるべきことであろう。

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(17)

そして、前掲の二砧になかった教人悲というあり方がとりあげられたのはこの品の特徴でもあった。多数の人々に 法華経が保たれなければならない、法華経々典の多くをこの世にのこし伝えなければならない、とする意欲がそこか らは感じられて来る。更にもう一つ、法師価の説示に比べて随分と内容に整理がほどこされて来ていることである。 しかしこの整理も法師功徳姉と比べる時に未だ未蜷理の感なきにしもあらずではある。このような点から考えると、 この品は前二品の中間に位すべき成立になるのだろうか。 6 常不軽菩薩品の長行の末尾の中に次のような文章がある。 於二如来滅後一常応六受二持続雪荊解同説替誕写是経一。・・⋮.︵妙︶ 如来滅后其受斯経。持調訓読得福如是⋮⋮︵正︶ 号胃目鱈冒ご母。冒筐房里尊幽弓昌昌勝目冒堅“薗昏樹画蔚冨風凰弓罠のざ旨厨冨唇号閏ご旨ごo ぐ帥。四贄薗ぐ︺。Qの留置叶騨ぐ望餌言⑫幽召日舞弄俶騨望詳幽ぐ望陸 妙法華経は五種法師の全てを並べているが、正法華経は受持・孤訓・読・得福をあげ、梵文法華経は邑耳ぐ月・扉 一︽鼠の四つをあげるにと童めている。このことは、この両経には妙法華経にある需写行が示されていないことを語っ ていることになるであろう。そして、妙法華経の読・誠に対して正法華経も調調・読と訳しているが、梵文は畠。 の一語であって異っており、妙法蕪経の解説についての正法華経の訳文はないが、梵文は会いと汽麗の二つを説い の一語であって異ってい ていることを知りうる。 更に、如来神力品の冒頭には (89)

(18)

とあって、妙法華経のみが棚を加えておるか、正・梵経共に訓を語ってはおらない。そして、梵文法華経は妙法華 経の解説について皇のと一向鼠の↓一つの語をもって説示を展開していることで、常不軽菩薩品と同様の説示を知るこ とが出来る。 受持読訓解説書写。⋮⋮︵妙︶ 若有受持此妙典要。誰読書写為人説者。:・・:︵正︶ 。p鱈﹃目幽己“ご幽望の恒画包画野.“唇幽望画く画。四回画﹃四号溌口画望“切幽管胃閏弄腺働ゴ凶電画ぐ画]涛彦閏罰幽望画 という言葉がある。こLでは妙法華経の五組に対して、正法華経は識読となし、梵文法華経は畠。をあげるのみ で、両者共に妙法華経の訓を欠いているということが出来るであろう。 そして、別付属といわれる后の説示でも、 応一二心受持読訓解説書写如説修行一。;⋮・若有二受持続訓解説沓写如レ説修行一。⋮⋮︵妙︶ 当以盤勉求此経典。受持書写精進奉行。供養承事為他人説。設使有人。斉此経行講讃書写。:.⋮︵正︶ ・画四吋目四℃色﹃望”]◎ユロ画吋画冨冒ぐ増。○のい“冨斤画く︾○二丙ロ再働く]○ぐ画○脚竜一↓画く]働伝も﹃餌]内倒吟幽昌浄働く望。ご旨幽ぐぃ営念画く︾画巷 つロ一画]評固く︺画昏・・・⋮ぐ“○国の詐餌ぐ幽己魂画丙幽公︺の汁凹く画。①い︺①蒜画く”]弄冒増の庁画く画○言斥︺①庁画く倒すロ幽邨︺①鈴画く四mぐ睡邑底望画迂 この両品にみられる説示によると、 ]の︽働く画・・・・・・ − − (”)

(19)

であって、こ典からは五樋法師の中の諭が独立した法行として考えられておらなかったのではないかということと、 解説と考えられる言葉にはQ誌と澪朕の二つの言葉があるということが明白である。 この言梁のうちのどちらかを諭と訳したのだろうか、とも考えられるところだが、どちらも明示する、示す、明白 にするとかの意であって、訓するというような意はないようである。しかし、何故に二つのちがった言莱で語られな がら、羅什は解説の一語だけですませてしまったのだろうかとの疑問も生ずる。 以上、法師品・分別功徳仙勾法師功徳品・不懸菩離品・如来神力舳と血陥にわたって、妙法華経に五樋法師乃至そ れに関する部分か説かれているのを梵文法華経の中に見て来たのであるが、こ$で各姉に説定した表を見てきわだっ たちがいがへそこにあることを指摘することが出来る。 第一に五種法師といわれる五種の法行の型態としては、法師功徳品が雌も完成され、ついで如来神力姉であり、分

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別功徳品であり、そして、不軽菩薩品の順で整理されているといえるが、法師品においては全くその法師の行の型を 規定することが困難である、といわなければならないであろう。 第二に五種法師の中の調法行についてであるが、誠にあてはまる言葉、息呂が説かれているのは法師功徳品の一 ケ所と法師品での一ケ所とを数えるのみである。このことは、妙法華経において読・調と二つの法行として説かれて いる法行が、梵文では一つの法行として考えられていたことを示すのではなかろうか。第三に解説行については、 gのと汽獣の二つの法行が梵文では示されている。そして、その両語が使用されたのは全部の品にわたり、どちら も同じような使用例である。このことは、梵文ではこの二つの行をちがうものとして理解していたのか、更に意を強 めるためにいい直しをしていたのかになるであろう。 第四にこれらの法行が語られる言葉は、使役形が使用されている例がほとんどの場合であるということである。こ のことは、自己が行うことは勿論、自己以外の人にこれを守らせることに、法華経の主意がおかれていたことを示す のことは、自己が壱 のではなかろうか。 以上のような点から、梵文法華経においては、法華経を受持し、その心からこれを広宣流布するための行いが強調 されて来たものではなかろうか。そのために、読訓や解説や書写が説かれたものであろう。そして、この四法行にま とまりを持つまでには、法華経のための故に、種々のものが説かれて来たものではないだろうか。その過程が、法師 品を餓右翼とする法行の多岐多様の姿なのだろう。これは逆に考えると、この五品が成立した過程を示すものともな るだろう。中でも法師品は他の品よりはかなり古い時代に作成されたものを示しているのではなかろうか。妙法蓮華 経はその訳出にあたって、敢切から法行の種類を考えており、多岐にわたった法師品の法行を簡明に表現し去ったも (92)

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何れにしろ、同じような法師のあり方を説いた品でありながらも、法師品だけはかなりへだたった年代の成立であ

り、法行について、受持・読・調・解説・書写と考える以上、訓を読の中に含めて四法行となすか、解説の二文字に

ついての考察をもう一度なす必要があるのではなかろうか。 のと思われる。

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