直観像とは,像が心の中といった場所ではなく目の 前に定位し,文字通り目に見えるという主観的印象を 伴って現れる心的視覚イメージの一種である。直観像 を保持しているかどうかは,絵画などを立てかける イーゼルを用いて行われる伝統的手法,すなわちイー ゼルテスト(easel test: Haber & Haber, 1964)によって 判定される。イーゼルテストでは,まず,イーゼル上 に色紙刺激を提示することで,実験参加者にこの色紙 刺激によって引き起こされる残像を体験させ,外界に 投影される像について理解させる。その上で,彼らに イーゼル上に提示された絵画刺激を観察させ,それを 取り除いた後にも,残像のように目の前に見えると感 じられる像があるかどうかが尋ねられる。この絵画刺 激除去後に生じる物理的には存在しない像が,比較的 長い時間持続し,残像のように補色で生じたり,眼の 動きに伴って移動,消失したりしなければ,直観像と 判断される。そして,上記のような像を報告した実験 参加者が直観像保持者と判定される。 多数の直観像保持者に対して上記のイーゼルテスト を実施してきた Haber (1979) や松岡 (2001) は,観察 された視覚刺激に対して必ずしも正確に直観像が喚起 されるとは限らず,直観像が単に正確な記憶ではない ことを指摘している。しかし,イーゼルテストの手続 きに注目すると,直観像の形成過程には視空間記憶と 同様に,視覚刺激の記銘,保持,想起の段階が含まれ ると考えられる。したがって,直観像の生起過程の一 部には視空間記憶システム,特に直前の視覚刺激の観 察に由来する短期的な視空間記憶システムが関与する のではないかと推測される。実際,直観像と記憶の関 係性については古くから言及されてきた (Allport, 1924; Jaensch, 1930)。ただし,こうした言及は研究者 の私見に基づく概括的な整理にとどまるものであっ た。その背景の 1 つには,直観像研究の多くが,その 現象の希少性から事例報告に終始したものになりがち であったことが挙げられる。これは,直観像が 19 世 紀初頭から知られる心理学の古典的研究テーマである にもかかわらず,現在もなお,その生起メカニズムが 解明されることなく,現象自体が忘れ去られようとし
直観像保持者の視空間記憶能力は高いのか
名畑 理津子
1, 2小川 健二
北海道大学 Do eidetikers have higher visuo-spatial memory abilities?Ritsuko Nabata and Kenji Ogawa (Hokkaido University)
Eidetic imagery is a kind of mental visual imagery that is externally localized and literally “seen” by the eidetiker. Previous studies have not clarified whether eidetikers have enhanced visuo-spatial memory abilities. This study compared visuo-spatial short-term memory capacities between eidetikers and non-eidetikers who were matched in terms of age, gender, and visual imagery ability. We measured the memory capacity of nine eidetikers and 18 non-eidetikers in two memory tasks (Visual Pattern Test and Corsi Block Test) that differed in the mode of presentation of visual stimuli (simultaneous and sequential, respectively). Eidetikers performed better than non-eidetikers on simultaneous tasks but performed similarly to non-non-eidetikers on sequential tasks. This study suggests that eidetikers are better at retaining stimuli presented simultaneously.
Key words: eidetic imagery, visuo-spatial memory, simultaneous tasks.
The Japanese Journal of Psychology
J-STAGE Advanced published date: May 10, 2017
Correspondence concerning this article should be sent to: Ritsuko Nabata, Department of Psychology, Graduate School of Letters, Hokkaido University, Sapporo 060-0810, Japan. (E-mail: shinbara@let. hokudai.ac.jp)
1 本論文の作成にあたり,ご指導いただきました北海道大学
菱谷 晋介名誉教授に感謝申し上げます。
ている理由の 1 つであるように思われる。近年では, 直観像研究の最盛期に存在しなかった精緻な記憶モデ ルが提案されている。こうした記憶モデルに対応づけ て直観像と記憶の関係性を明らかにすることは,直観 像生起メカニズムの一端の解明に寄与するのではない かと考えられる。そこで,本研究はこれらの関係性を 明確化することを目的とした。 直観像が特定の人物のみで体験されることに鑑みる と,直観像と記憶,特に視空間短期記憶の関係性を明 らかにする方法の 1 つには,直観像を持つ者と持たな い者 (以下,非保持者とする) の間で,視空間短期記 憶能力を比較することが考えられる。新原・岡田(2011) では,視空間短期記憶研究で一般的に用いられる 2 種 類の課題が使用され検討された。課題の 1 つは,視覚 刺激が継時的に提示され,その提示された刺激の位置 と順番を正しく再生する Corsi Block Test (以下,CBT とする) であった。もう一方は,同時に提示される視 覚刺激のパターンを正しく再生する Visual Pattern Test (以下,VPT とする) であった。新原・岡田(2011) の研究では,これらの課題間で異なる結果が得られて いる。具体的には,CBT によって測られる記憶容量 は直観像保持者と非保持者の間で差がなかった一方 で,VPT の記憶容量は有意傾向ではあるものの,直 観像保持者の方が非保持者よりも大きかった。これは, 直観像保持者と非保持者の間で,視空間記憶システム の中でも CBT に関わるサブシステムは同程度,また VPT に関わるサブシステムでは直観像保持者の方が 非保持者よりも優れていることを示唆する。すなわち, 直観像の生起に対して,視空間記憶システム全体が関 与するというよりも,その一部であるサブシステムが 特に関与する可能性を示す結果と考えられる。 しかし,新原・岡田 (2011) の VPT の結果は有意傾 向であり,明瞭な結果が得られているとは言いがたい。 その要因の 1 つには,実験参加者の選出上の問題が考 えられる。新原・岡田(2011) の実験では,直観像保 持者の選出に際して上述のイーゼルテスト (Haber & Haber, 1964) が実施された。一方の直観像保持者の比 較対象となる非保持者は,明確な基準が設けられてい なかった。非保持者の操作的定義は,新原・岡田 (2011) を含めたこれまでの直観像研究の中で定められてこな かったものの,実験的検討に際して正確を期すために は,非保持者の基準も設けるべきであろう。直観像保 持者がイーゼルテストによって判定されるのであるな らば,非保持者も同じ検査を実施して,直観像が喚起 されないことを確かめるのが妥当であるように思われ る。以上に加えて,選出された直観像保持者と非保持 者の間の統制についても,より配慮する必要があると 考えられる。新原・岡田 (2011) では,視空間短期記 憶容量に影響を与えうる年齢のみについて,実験参加 者間で統制されていた。川原・松岡 (2008) の研究では, 視空間短期記憶課題の成績が,視覚イメージ鮮明性質 問 紙 (Vividness of Visual Imagery Questionnaire: 以 下, VVIQ とする) (菱谷, 2005) によって測られる一般的 なイメージの鮮明度と相関することが示されている。 直観像保持者は非保持者よりも視覚イメージの鮮明度 が高いことを踏まえると (Marks & Mckellar, 1982), 実験参加者間で記憶成績の差が示されたとしても,そ れが直観像を保持しているかどうかの違いではなく, 鮮明度の違いによってもたらされたと解釈することも 可能となる。松岡 (2001) では,不鮮明な直観像の存 在に言及した上で,直観像のように像が外部に定位さ れることと像が鮮明であることは独立しているのでは ないかと指摘している。したがって,視空間短期記憶 課題を実施する本研究では,鮮明度が同程度である直 観像保持者と非保持者を実験参加者とする必要がある と考えられる。 新原・岡田 (2011)で明瞭な結果が得られなかった その他の要因には,課題遂行上の 2 つの問題が挙げら れる。1 点目は,視空間記憶システム以外の認知シス テムによって,課題遂行が補助されていた可能性であ る。例えば,VPT,CBT とも,記銘すべき刺激の位 置を,右上,左下など言語化して記銘することができ る。すなわち,視空間情報を視覚的に保持するだけで なく,言語方略も用いて記銘していたかもしれない。 このような言語的符号化を防ぐために,視空間短期記 憶課題を実施した研究では,しばしば構音抑制課題が 同時に実施される (Borst, Niven, & Logie, 2012)。構音 抑制課題とは,一般的に,記憶課題時にその課題とは 無関連の言葉 (例えば,the) を繰り返し呟くことを求 める二次課題を指す。そして,構音抑制課題を行うこ とで,言語的,音韻的情報の処理に関わる音韻ループ を妨害すると考えられている (Baddeley, 1986)。視空 間記憶能力を正確に測定するためには,その他の記憶 システム,すなわち音韻ループの関与をできる限り抑 制する必要があるであろう。2 点目は,刺激提示時間 の厳密な制御が行われていなかったことである。新原・ 岡田 (2011) では,VPT と CBT がオリジナルの手続 きに基づいて行われていた。オリジナルの VPT では, パターンが描かれたカードが用いられている (Della Sala, Gray, Baddeley, Allamano, & Wilson, 1999)。 一 方 の CBT では,実験者が Corsi ボード上のブロックを タップすることで,記銘すべき情報が提示される (Berch, Krikorian, & Huha, 1998)。これらの課題は,そ もそも神経心理学分野で開発されてきたものであり, オリジナルの手続きは,神経心理学的疾患を持つ患者 を対象としたアセスメントにおいて有用であると思わ れる。ただし,より正確に視空間短期記憶容量を計測 することが求められる研究では,刺激提示時間を厳密 に制御することが求められるであろう。 以上より,本研究では新原・岡田 (2011)で用いら
れた方法を後述の通りに改善し,直観像保持者と非保 持者の間で視空間短期記憶容量に違いがあるかどうか を検証した。第一に,直観像保持者,非保持者ともに イーゼルテストを用いて選定し,両者の間には年齢だ けでなく視覚イメージの鮮明度,すなわち VVIQ スコ アに差がないように統制した。第二に,VPT と CBT の実施時に,言語方略を抑制するための構音抑制課題 も行い,両課題はコンピュータで制御した。 方 法 実験参加者 直観像保持者は 9 名 (男性 7 名,女性 2 名) であり, 平均年齢は 22.3 歳 (SD = 2.3),平均 VVIQ スコアは 39.7 (SD = 9.6)であった。一方,非保持者は 18 名 (男 性 14 名,女性 4 名) であり,平均年齢は 21.8 歳 (SD = 2.3),平均 VVIQ スコアは 37.6 (SD = 6.1)であっ た3。年齢及び VVIQ スコアについて,直観像保持者と 非保持者の間に差はなかった (t (25) = 0.59, p = .56, d = .25; t (25) = 0.70, p = .49, d = .30)4。 実験参加者の選出方法と倫理的配慮 希少な直観像保持者を選出するために,後述する 3 つの段階を設けて,大規模集団から本実験の参加者を 選抜した。いずれの段階でも,参加者に以下の内容が 口頭もしくは紙面上で教示され,その都度,参加の同 意を得た。参加者には,再度実験等への参加依頼がな される可能性があること,ただし一度参加したからと 3 予想される効果量 (Cohen’s d) 1.28,有意水準 .05,検定力 .80, 直観像保持者と非保持者の比率を 1 対 2 とし,標本サイズを求 めたところ,直観像保持者は 8 名,非保持者は 16 名であった。 予想される効果量は,直観像との関連性が指摘されている共感 覚研究を参考に算出した。具体的には,色字共感覚と記憶の関 連性について議論したレビュー文献である Rothen, Meier, & Ward (2012) の Table 2 の中で,本研究と同様の課題,すなわち視空間 記憶かつ再生法が用いられた研究での効果量の平均値とした。 なお,直観像保持者は希少であることから,協力を得られる実 験参加者が非保持者よりも少なくなることが予想された。そこ で,本研究では比較対象となる非保持者のデータを多く得るこ とで,直観像保持者が特異的な能力を持つかどうかを検証した。 結果として,9 名の直観像保持者の協力を得られたことから,直 観像保持者 9 名,非保持者はその 2 倍である 18 名とした。 4 VVIQ は 16 項目,5 段階評定 (1: 完全にハッキリしていて, 実物を見ているようである,5: 全くイメージが浮かばないで, ただ言われたことについて自分が考えていることについて,「わ かっている」だけである) の質問紙である。最小値が 16 点,最 大値が 80 点であり,値が小さい者ほど鮮明なイメージを生成で きると推測される。なお,大学生 504 名に対して,本研究と同 様の手続きで VVIQ を実施した菱谷・西原 (2007) では,平均 VVIQ スコアが 37.9 (SD = 9.81) と報告されている。この値を踏 まえると,本研究での直観像保持者及び非保持者の VVIQ スコ アは一般的であったと考えられる。 いって今後の実験等への参加義務は生じないこと,参 加者の自由意志のもと行われること,不参加・辞退に よって不利益が生じないこと,研究で得られたデータ は研究以外の目的で使用されないこと,個人が特定さ れる恐れのあるデータは公表されないことが伝えられ た。 第 1 段階は,直観像体験の有無を尋ねる調査であり, 同一の大学に通う大学生,大学院生 1,145 名に対して 実施した。対象者には「壁や何もない空間に視覚イメー ジ(見たことのある映像や動画,また想像していたこ となど)が映って見えたことがありますか (一瞬だけ という場合は除きます) 」と尋ねた。回答は 5 件法で あった (1: 現在もある,2: 現在はあまりないが , 過去 にあった,3: 現在は全くないが,過去にあった,4: 過 去にはなかったが , 現在はある,5: 現在も過去も全く ない)。質問に対して,1 もしくは 2 と回答した者を 直観像保持者の候補者,5 と回答した者を非保持者の 候補者とした。本調査の対象者のうち 1,091 名は,講 義時間中に質問紙を配布し回答を求めた。この対象者 には,質問への回答が講義の成績と無関係であると伝 えられた。その他 50 名は,大学構内に掲示されたポ スターを見て,参加を希望した者であり,インターネッ ト上で上記質問に回答した。残る 4 名は第 1 著者が個 別に質問紙を配布し回答を求めた。 第 2 段階では,第 1 段階の質問回答時に,どのよう な体験を思い浮かべて「ある」と答えたのか,その体 験の詳細を尋ねる面接が実施された。第 1 段階での直 観像保持者の候補者に対して面接の依頼をした。面接 は,直観像を持つ可能性の低い者 (例えば,一般的な イメージや残像を以て「ある」と回答した者) を除外 するために実施された。加えて,ラポールの形成も兼 ねており,これは第 3 段階でのイーゼルテストの際に, 目の前にないものを他者へ報告することの抵抗感を弱 めるためであった。参加者には,答えたくないことに ついては答える必要はないこと,面接内容は一切公表 されないことが伝えられた。所要時間は 10 分から 30 分であった。 第 3 段階ではイーゼルテストが実施された。第 2 段 階での直観像保持者の候補者と,第 1 段階での非保持 者の候補者に依頼した。まず,参加者には色紙を凝視 することで,この色紙の残像を喚起させ,像が目の前 に見えるという体験をしてもらった。その後,絵画刺 激を灰色の衝立面上に提示し,30 秒経過したらそれ を取り除いた。そして,参加者に目の前に見えると感 じられる像があるかどうかを尋ね,ある場合にはその 内容について詳しく報告するように求めた。この報告 が Haber の定める判定基準(Table 1)すべてに該当す る者を直観像保持者,すべてに該当しない者,すなわ ち目の前に何も見えないと報告した者を非保持者とし た。 な お, 絵 画 刺 激 及 び 手 続 き は,Matsuoka,
Onizawa, Hatakeyama, & Yamaguchi (1987) に準拠した。 以上に加えて,一般的な視覚イメージの鮮明度を測定 するため,VVIQ も実施した。 以上の手続きで選出された直観像保持者と非保持者 に対して,本実験への参加を依頼した。実施時には, 実験参加者の選出時と同様に倫理的配慮に関する内容 を口頭及び紙面上で伝えた上で,改めて実験参加の同 意を得た。 装 置 実験の統制及びデータの記録には,パーソナルコン ピ ュ ー タ (Apple 社 製 ) 上 で 動 作 す る REAL Studio 2010 (Real Software 社製) で自作したアプリケーショ ンを使用した。視覚刺激は 17 インチのディスプレイ (サムスン社製,SyncMaster 172NP) に提示した。ディ スプレイの解像度は,1,024 × 1,280 であった。実験 参加者はディスプレイから 60 cm の位置に座った。 VPT 視覚刺激 白黒のマトリックスパターンを使用し た。白と黒のマスの数は同数であり,1 つのマスは 76 × 76 ピクセルであった。難易度は 13 段階であり,最 も難易度が低い 2 × 3 マスから,2 マスずつ増加する マトリックスパターンを作成した。記憶容量を表すス パンは,黒いセルの個数であった。すなわち,最小の スパンは 3 であり,最大のスパンは 15 であった。 マスク刺激 各 5 × 5 ピクセルの 100 × 100 セルの 格子であった。50%のセルが白で,50%のセルが黒で あった。 手続き まず,画面の中央には注視点が 1,000 ms 提示され,つぎに,ブランク画面が 700 ms 提示された。 つづいて,画面の中央にマトリックスパターンが 1,000 ms 提示されたのち,マスク刺激がマトリックスパター ンと同じ画面の中央に 300 ms 提示された。その後, 実験参加者に回答開始を知らせる音が 100 ms 提示さ れ,それと同時に画面に,最初のマトリックスパター ンと同一のマトリックスが,すべて白いマスの状態で 画面の中央に提示された。実験参加者は,回答開始の 合図後に,マウスを操作して,最初に提示されたマト リックスパターンのうち黒のマスをすべて正確にク リックして再生することが求められた(Figure 1)。 CBT 視覚刺激 9 つのブロックが配置された二次元の Corsi ボードを使用した。Corsi ボードの大きさや,ブ ロックの配置は,CBT 課題を標準化した Kessels, van Zandvoort, Postma, Kappelle, & de Haan (2000) の方法 に従った。1 つのブロックは 114 × 114 ピクセルで, ボードは 779 × 969 ピクセルであった。難易度は 7 段 階であり,提示されるブロックの数は 3 つから 1 つず つ増加させた。CBT のスパンは,提示されたブロッ クの個数であり,最小のスパンは 3,最大は 9 であった。 Table 1 イーゼルテストの判定基準 (Haber(1979)より作成) 1 像の走査 (眼球の移動によって,像の消失・移動がない) 2 長い持続 (具体的な時間の設定はないものの,Matsuoka et al. (1987) を踏まえ,30 秒以上とした) 3 陽性色 (観察した絵画刺激と同じ色で生じる) 4 外部定位 (通常,観察時と同じ面) 5 現在時制の使用 注視点 1,000 ms ブランク 700 ms 視覚刺激 300 ms マスク刺激 300 ms 回答 無制限 音刺激 100 ms Figure 1. VPT の 1 試行の流れ (スパン 10 の例)。
手続き まず,画面の中央には注視点が 1,000 ms 提示され,つぎに,Corsi ボードが画面の中央に 1,000 ms 提示された。つづいて,1 つのブロックが 500 ms 黒く変化することで刺激が提示された。なお,刺激間 間隔は 500 ms であった。その後,実験参加者に回答 開始を知らせる音が 100 ms 提示された。実験参加者 は,マウスを操作して,黒く変化したブロックを,提 示された順番通りに正しくクリックして再生すること が求められた(Figure 2)。 構音抑制課題 実験参加者は,VPT 及び CBT の各試行の開始時か ら回答開始の合図が鳴るまで,おおよそ 1 秒間に 2 回 のペースで「the」とつぶやき続けるように求められた。 手続き 全実験参加者が,VPT と CBT を行い,その実施順 は実験参加者間でカウンターバランスをとった。まず, 課題の説明を行った後,正誤のフィードバックつきの 練習試行を 3 試行行った。練習試行では,スパン 4 の 刺激を使用した。本試行では,VPT,CBT ともに, 難易度の低い視覚刺激が提示される試行から始まっ た。同じ難易度の試行は,3 試行ずつ行われ,同じ難 易度の試行で 3 試行中 1 試行以上正答した場合,つぎ の難易度の試行に進んだ。同じ難易度の 3 試行すべて が不正解となった場合,その課題の容量測定は終了し た。回答時間は無制限であったが,実験参加者は,正 確かつできるだけ速く回答することが求められた。な お,実験参加者が手足を使用して,視空間情報の符号 化や保持を行わないようにさせるため,課題に関わる 動作以外は,できるだけ行わないように教示した。 VPT 及び CBT 終了後,実験参加者にはどのように課 題に取り組んだのか,その方略について尋ねるアン ケートを実施した。 結 果
各実験参加者の記憶容量は,Della Sala et al. (1999) に従い,正解した試行のうち難易度が高い 3 試行を抽 出し,その 3 試行のスパンの平均とした(以下,スパ ン得点と呼ぶ)。例えば,ある実験参加者が,スパン 5 の試行で 3 試行中 2 試行正解し,つぎのスパン 6 の 試行で 3 試行中 1 試行正解し,最後にスパン 7 の試行 で 3 試行とも不正解となり,記憶容量の測定が終了し たとする。この場合,正解した試行のうち難易度が高 直観像保持者 ス パ ン 得 点 非保持者 3 5 7 9 3 5 7 9 11 13 直観像保持者 ス パ ン 得 点 非保持者 Figure 4. CBT のスパン得点(エラーバーは標準偏差)。 Figure 3. VPT のスパン得点(エラーバーは標準偏差)。 注視点 1,000 ms Corsi ボード 1,000 ms 視覚刺激 500 ms 刺激間間隔 500 ms 回答 無制限 音刺激 100 ms スパンの数だけ繰り返される Figure 2. CBT の 1 試行の流れ。
い 3 試行とは,スパン 6 での 1 試行と,スパン 5 での 2 試行となる。この 3 試行のスパンは,それぞれ 6,5, 5 であるため,この平均値である 5.33 を,その実験参 加者のスパン得点とした。 VPT と CBT のスパン得点について,直観像保持者 群と非保持者群の平均値の間に有意な差があるかどう か,等分散を仮定した両側 t 検定を行った (α = .05)。 その結果,VPT のスパン得点は,直観像保持者の方 が非保持者よりも有意に高くなった(t (25) = 2.27, p < .05, d = .93)(Figure 3)。一方,CBT のスパン得点は, 直観像保持者と非保持者で差はなかった(t (25) = .17, p = .87, d = .07)(Figure 4)。 考 察 本研究では,視空間短期記憶研究で一般的に用いら れる 2 種類の記憶課題によって,直観像保持者と非保 持者の視空間短期記憶容量を推定した。その結果, CBT のスパンには直観像保持者と非保持者の間で差 がなかった一方で,VPT のスパンには有意な差があ り,直観像保持者の方が非保持者よりも大きいことが 示された。新原・岡田 (2011) の研究と比較して明瞭 な結果が得られた要因として,実験参加者間の統制, 及び課題手続きの改良が挙げられる。本研究の結果か ら,最も影響した要因を特定することはできないもの の,直観像保持者と非保持者の違いは,厳密な実験状 況下で明確になると考えられる。特に,本研究では, CBT 及び VPT の遂行にあたって視空間記憶システム 以外の記憶システム,すなわち音韻ループができる限 り関与しないようにするために構音抑制課題が行われ た。実験後に実施した記憶方略に関するアンケートで は,どちらの課題でも明らかに言語的方略を用いたと 判断できる実験参加者はおらず,多くの者が見たまま を記憶したと回答していた。このように記憶課題遂行 に対する視空間記憶システムの依存度が高まったこと で,そのシステムの一部に違いのある直観像保持者と 非保持者の間で記憶成績の差が検出されやすくなった のかもしれない。なお,本研究では一般的な視覚イメー ジの鮮明度を統制した上で直観像保持者と非保持者の 違いが示された。これは,直観像が鮮明度とは異なる 個人差の次元であることを裏づける結果といえよう。 VPT を開発した Della Sala et al. (1999)によると, VPT と CBT は区別され,それぞれ視覚性記憶課題, 空間性記憶課題に対応している。ただし,本研究にお ける VPT の課題要求を踏まえると,VPT は純粋な視 覚性記憶課題とは解釈できないように思われる。実験 参加者は,VPT の回答時に,白のマトリックスの中で, 黒いマスがどこにあったのかをクリックすることが求 められていた。したがって,VPT は黒いマスの位置 を記銘,保持する空間性記憶課題と捉えることもでき ると考えられる。VPT と CBT を,課題手続きによっ てより明確に区別するのであれば,両者の違いは視覚 刺激の提示方法の違いに求められる。Mammarella, Pazzaglia, & Cornoldi (2008) では,VPT は保持すべき 情報が一度に提示される同時課題であり,CBT を継 時的に提示される継時課題であるとされ,両者は明確 に区別されている。CBT と VPT の両方に空間の要素 が関与しうることは上述した通りであるが,CBT は 特に空間情報の 1 つである動きに関する処理が行われ ていると考えられる。また,視覚刺激が継時的に提示 される CBT では,前後の情報を関連づけながら記銘 する必要がある一方で,VPT では記銘時にそのよう な処理が行われない。したがって,直観像保持者は非 保持者よりも,同時に提示される視空間情報をそのま ま記銘,保持する能力が高いと推測される。その一方 で,継時的に提示される空間情報,特に動きに関する 情報を記銘し,それを積極的に保持する能力には,両 者の間に差がないと考えられる。 本研究の結果について,一層の解釈を深めるため, 以下では,既存の視空間ワーキングメモリのモデル に対応づけた議論を試みる。Logie (1995) の視空間 ワーキングメモリモデルでは,視覚情報を受動的に 保持する視覚キャッシュと能動的にリハーサルを行 う内的書記の,2 つのサブシステムが仮定されている。 さらに,視覚キャッシュは視覚的な情報(色や形) の保持に関与する視覚コンポーネントと定義されて おり,位置の処理は空間コンポーネントの内的書記 が 担 う と 考 え ら れ て い る(Logie, 1995)。 た だ し, Lecerf & de Ribaupierre (2005) は,空間情報の符号化 方略にも複数のタイプがあることを指摘し,その 1 つとして個々のオブジェクトを関連づけるような空 間情報の符号化方略 (intrafigural encoding) を挙げて いる。その上で,彼らはこの符号化によって生成さ れる空間的な形の保持に,視覚キャッシュが関与す ると言及している。以上を踏まえると,本研究で用 いた VPT は視覚キャッシュに,CBT は内的書記に関 与すると解釈できる。したがって,VPT が優れる直 観像保持者は,視覚キャッシュの機能が高いのでは ないかと推測される。もしそうであるならば,直観 像の生起過程の一部にはこの視覚キャッシュが関与 している可能性が考えられる。 これまでの直観像研究では,現象の特異性を示すた め,観察した視覚刺激に対して極めて正確かつ詳細に 現れる直観像の存在が積極的に報告されてきた(Luria, 1968 天野訳 2010; Stromeyer & Psotka, 1970)。その結 果として,直観像=写真記憶であると見なされ,直観 像と記憶の区別が曖昧になっていたように思われる。 本研究では,直観像と記憶の関係性に改めて着目する ことで,直観像の生起過程に関与しうる視空間記憶の サブシステムが推測された。ただし,本研究の結果は, 直観像特有の像が目の前に見えるという主観的印象の
生起メカニズムを直接的に説明するものではない。し たがって,さらなる研究によって,直観像の生起過程 に関与する他の認知システムを明らかにしていくこと も求められるであろう。
引 用 文 献
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