滋賀大学経済学部研究年報VoL 7 2000 一lbl一
金融システムの比較制度分析に関するサーベイ*
丸茂 俊彦
1 はじめに 金融システムは,資金の黒字主体から資金の 赤字主体への資金移転を媒介し,現在と将来と の問で異時点間の資金移転を媒介することに より,静学・動学の両面から効率的な資金配分 を実現するための制度的装置である。この制度 的装置は,各国の歴史的,制度的要因により多 様な形態をとるが,大きく分けると,英米型の 資本市場を中心とした金融システムと,玉翰型 の銀行を中心とした金融システムとの2つに 分類できる。他方,近年における日本の金融制 度改革やEUの金融市場統合のプロセスで明ら かになったように,経済的に成熟した各国の金 融システムは,単一の市場志向型システムへと 収弄する移行過程にあるといえる。ここで問題 となるのは,資源配分メカニズムとして市場は 万能となりうるのか,その存在は唯一となりう るのかという点であろう。 厚生経済の基本定理によれば,完全競争市場 における均衡はパレート最適となり,初期資産 を適切に再配分する事により完全競争均衡が 実現可能となる。しかし,現実の金融市場は, 情報の非対称性,外部性,公共財等の要因を内 在する不完備市場である。新古典派の経済学で は,不完備市場における資源配分メカニズムの 分析は捨象されていたが,ここ20年ほどの間 に基礎理論としての非協力ゲーム理論が大き く発展したことにより,応用ミクロ経済学の分 野において,情報の経済学や契約理論が盛んに 研究されるようになった結果,組織や制度と いった非市場型の資源配分メカニズムの分析 が可能となってきた。これによれば,不完備市 場における「次善の配分」を実行する資源配分 メカニズムとして,組織や制度といった市場以 外の「経済機構」がうまく機能する余地が十分 に存在するのである。 「金融システムの比較制度分析」は,上で述 べたような理論的に統一化された分析道具を 用いて,金融システムの多様性とその経済的利 益の源泉を理論的に分析しようとする新しい 分野である。その意義は,金融システムの発展 と進化を理論的に分析するという学術的目的 と同時に,金融制度改革における新しい金融シ ステムの採用や,新しい金融規制体系の設計に 関する政策的含意を導き出すうえで,非常に有 用であると考えられる点である。 最近まで,金融システムの比較制度分析は体 系的に分析されてこなかったが,AIIen and Gale(2000)による研究書の出版により,その問 題意識が体系的に提示された1>。具体的には, 1.各国における金融システムの多様性から生 じる経済的利益の源泉を理論的に明らかにす る,2.金融システムの設計が,家計の資産運 用行動,企業の資金調達行動および企業コント ロールの決定に与える影響を理論的に明らか *本稿の一部は,文部省在外研究員としてUniversity College London滞在中に書かれたものである。在外 研究をサポートしていただいた関係各位の方々に 記して感謝します。 1)この他にも,Hellwig(lggl)とThakor(1996)は, 比較金融システムに関する包括的なサーベイを 行っている。また,Bhattacharya and Thakor(1993)や Freixas and Rochet(1997)は,銀行理論に関するサー ベイとして有益である。一エ52一 滋賀大学経済学部研究年報Vol.7 2000 にする,3.金融システム全体に占める銀行産 業の最適規模を導出する,4.金融システムの 設計と金融システムの安定性との関係,5.金 融システムの規制問題,という問題群から構成 される。また,これらの問題を分析する際に用 いる手法は,1.各国の金融システムの特徴に 関する「定式化された事実」を発見する,2. 1で得られた結果に基づき,各国の金融システ ムの特徴をゲームのルールとしてモデル化す る,3.適切な均衡概念に基づいて,ゲームの 均衡を導出する,4.そこで得られた均衡を用 いて,各国の金融システムのパフォーマンスを 比較検討し,制度の選択に関する規範分析を行 う,という一連のプロセスである。 各国の金融システムの特徴に関する叙述的 な研究が数多く存在する一方で,上で述べたよ うな問題は,金融契約理論,企業金融,銀行理 論等の応用ミクロ経済理論の分野で盛んに研 究されてきており,その文献数は膨大な数にの ぼる。ただし,これらの多くは,その中心的な 問題意識が金融システムの比較制度分析にな い場合が多いことから,金融システムにおける 「定式化された事実」と理論的分析との対応関 係があまり明確でないという問題が生じてい るのも事実である。そこで,本稿では,家計の 資産保有構成と企業の資本構成という2つの 観点から,各国の金融システムの特徴に関する 「定式化された事実」の発見を行い,金融シス テムの比較制度分析という文脈において「定式 化された事実」と理論との対応関係を明確にし ながら,最近の理論的文献を再整理することに したい。 本稿の構成は,以下の通りである。第H節で は,代表的な成熟経済であるアメリカ,日本, ドイツ,イギリスの4力国を例にとり,各国の 金融システムの事実発見を行う。具体的には, 家計の資産保有構成,非金融法人企業の資本構 成の特徴に関する比較検討を行う。第俳門で は,リスク・シェアリングの観点から,家計の 資産保有構成と金融システムとの関係に着目 した文献を概観する。第IV節では,企業の資金 調達と金融システムの関係に着目した文献を 概観する。具体的には,不完備市場における資 本構成すなわち所有構造の相違が,コーポー レート・ガバンスに与える影響に着目して,外 部金融の費用・便益,内部金融と外部金融との 費用・便益を分析した文献を順に概観する。第 V節では,金融市場の構造と金融システムとの 関係に着目した文献を概観する。具体的には, 企業の研究開発インセンティブおよびコミッ トメントの有無と金融システムとの関係につ いて分析した文献を概観する。最後に,第VI節 で,今後の研究課題および日本の金融制度改革 に与える含意について論じる。
H金融システムの多様性
1.各国の金融システムの特徴 各国の金融システムは,銀行資産の規模,株 式市場の時価総額規模,家計の資産保有,企業 の資本構成等の様々な側面から観察すれば,実 に多くの「多様性」を持つことが分かる。そこ で,以下では,代表的な成熟経済であるアメリ カ,日本,ドイツ,イギリスを例にとり,各国 の金融システムの特徴に関する事実発見を行 う。以下で用いるデータは,日本銀行国際局「国際比較統計!999」から引用した
1998年度末のストック・データである。下の表1は,1998年度末における4ヶ国の金
融システムの特徴を表にしたものである。 まず,各国の金融システムにおける,銀行資 産残高と株式市場の時価総額規模を見てみる。 銀行資産残高については,規模の大きい順に, 日本,アメリカ,ドイツ,イギリスとなり,株 式市場の時価総額については,アメリカ,日本, イギリス,ドイツの順となる。また,残高規模 の対GDP比率を用いて各国を比較した場合, 日本やドイツでは,銀行資産残高の対GDP比金融システムの比較制度分析に関するサーベイ (丸茂 俊彦) 一1 53一 (表1)各国の金融システムの特徴 単位:10億ドル
GDP
銀行資産 fDP比率 家計の資産保有 企業の資金調達 株式市場 梔ソ総額 fDP比率 現金 a金 定期 M託 保険N金
投資 M託 有価 リ券 借入金 債券 株式 米国 8511 6114 V2% 10400 P22% 460 P5% 4229 P4% 9442 RL2% 3237 P0.7% 7973 Q6.3% 1823 P05% 1621 X.3% 10040 T7.6% 日本 3782 6654 P76% 2380 U3% 1211 P2.7% 4801 T0.2% 2699 Q82% 228 Q.4% 630 U.6% 4097 S49% 625 U.8% 1901 Q0.8% 独逸 2159 4155 P92% 1089 T0% 284 W.8% 986 R0.5% 716 Q2.2% 321 P0.0% 714 Q2.1% 2370 T8.8% 51 k3% 1051 Q6.1% 英国 1397 3633 Q60% 2297 P64% 945 QLl% 2445 T4.7% 189 S.2% 763 P7.1% 738 Qα7% 222 U.3% 2386 U7% 率が高いのに対して,アメリカやイギリスで は,株式市場の時価総額の対GDP比率が高 いという特徴がある。 次に,株式市場の時価総額を銀行資産残高で 割ることで得られた相対比率を各国間で比較し てやると,高い順に,アメリカ1.7,イギリス0.63,日本0.36,ドイツ0.26と
なる。これらの数字から大まかに判断すれば, アメリカとイギリスは,金融システムにおいて 資本化が進展した「資本市場中心型金融システ ム」と呼べるのに対して,日本とドイツは,伝 統的な銀行を通じた金融仲介を主流とする「銀 行中心型金融システム」と呼ぶことができる。 以下では,家計の資産保有,企業の資金調達 に関する国際比較を簡潔に行い,家計(貸し手) と企業(借り手)という金融システムの中で両 極端に位置する個別プレーヤーの立場から見 た金融システムの事実発見を行うことにする。 (1)家計の資産保有に関する国際比較 表1の家計の資産保有に関する項目は,1998年末において各国の家計が保有する
金融資産残高とその保有比率を表している。ま た,図1は,これをグラフ化したものである。 まず,金融資産残高については,各金融資産 ごとに日本の資産残高を1に基準化して,日本 の残高とそれ以外の国の残高との相対比率を とれば,現金・預金は,アメリカ0.38,ド イツ0.23,定期・信託は,アメリカ0.88, ドイツ0.21となる。ただし,イギリスの場 合は,現金・預金と定期・信託の集計データし (図1)家計の資産保有に関する国際比較 100008000
・ミ6000 rZ璽4000
0
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門米国 ■日本 □独逸 躍英国一154一 滋賀大学経済学部研究年報VoL 7 2000 か入手できないため,これに対応する日本の データを用いて比較すると0.16である。こ れから,日本における非市場性資産の保有残高 が,他の3ヶ国を大きく上回ることが分かる。 次に,保険・年金は,アメリカ3.5,イギリ
ス0.91,ドイツ0.27の順で,アメリカ
の資産残高が大きいのに対して,イギリスと日 本はほぼ同水準で,ドイツの資産残高は他の 3ヶ国と比べて著しく小さいことが分かる。他 方,投資信託は,アメリカ14.2,ドイツ1.41,イギリス0.83となり,アメリカの残
高が他の3ヶ国を圧倒しており,イギリスの残 高は相対的に小さい一方で,ドイツの残高が相 対的に大きいという特徴がある。最後に,有価 証券は,アメリカ12.66,イギリス1.21, ドイツ1.13である。投資信託同様,アメリ カの残高が他の3ヶ国を圧倒しており,イギリ スやドイツの残高は,El本のそれを若干上回っ ているQ 次に,金融資産の保有比率については,現・ 預金と定期・信託を合計すると,日本が62. 9%,ドイツが39.3%となり,非市場性資 産の保有比率が非常に高いことが分かる。保 険・年金については,イギリスでの保有比率が 54.7%と著しく高いのに対して,その他の 3ヶ国の保有比率は,おおむね30%前後であ る。一方,投資信託や有価証券などの市場性資 産に関しては,アメリカやイギリスにおける保 有比率が高くなっている。ここで,ドイツの保有比率も22.1%と非常に高くなっている
が,大半の資産が公共債や金融債を中心に運用されており,株式残高は4917億マルク
(2794億ドル),保;有比率は8.7%しかな いということに注意しておく。 これらの数字から,家計の資産保有に関する 「定式化された事実」は,以下のようにまとめ られる。第1に,日本では,現金・預金および 定期・信託などの非市場性資産の残高,保有比 率のいずれも高水準で,家計の資産運用におい て「安全性」や「流動性」が非常に重視されて いる。第2に,保険・年金など機関投資家が提 供する金融資産は,90年代を通じて,すべて の国おいて資産残高・保有比率の両方とも高く なっている。特に,アメリカにおける資産残高 の成長が急速で,ここ10年間で2倍強に成長 している。これは,個人退職勘定(IRA)や確 定拠出型年金(401kプラン)等の個人年金が急 増したことが原因であると考えられる。また, イギリスにおける保険・年金の保有比率(約 55%)が,他の3ヶ国と比べて著しく大きい という特徴がある。第3に,投資信託の市場規 模は,アメリカが日本の14.2倍と圧倒的な 規模を誇っており,ここ10年間の間で市場規 模が約4倍と急成長している。また,ドイツに おいても日本の1.41倍の規模を持つという 特徴がある。第4に,有価証券について,アメ リカが日本の約!2.7倍と圧倒的な市場規模 を誇っており,ここ10年間の問に2倍以上に 急成長している。これは,アメリカ経済の好景 気に支えられた株式市場の活況が起因してい ると考えられる。また,日本以外の国での有価証券保有比率はおおむね20−25%前後で
あるのに対して,日本の保有比率が6.6%と 著しく低くなっているという特徴がある。 (2)企業の資金調達に関する国際比較表1の企業の資本構成に関する項目は,
1998年末のデータを用いて各国の非金融法人 企業の金融負債残高と資本構成比率を表している。 また,図2は,これをグラフ化したものである。 まず,資金調達規模については,日本の負債 残高を1に基準化して日本と各国との相対比 率をとり,高い順に並べれば,借入金の場合,ドイツ0.58,アメリカ0.44,イギリス
0.18,債券の場合,アメリカ2.59,イ
ギリス0.36,ドイツ0.03,株式の場合,アメリカ5.28,イギリス1.26,ドイツ
0.55となる。ここで,日本の残高規模を上 回るのは,アメリカにおける債券と株式,イギ金融システムの比較制度分析に関するサーベイ (丸茂 俊彦) 一155一 (図2)企業の資本構成に関する国際比較 12000 10000 ・ミ8000
垂6000
9 4000r
2000
0 銀行借入 債券 株式国本逸国
米日二二
圏■□圏
リスにおける株式である。特に,アメリカの株 式残高が大きく,1990年の残高と比べて3 倍強に急成長しているという特色がある。 次に,資金調達全体に占める負債(借入金と 債券の合計)調達比率は,高い順に,ドイツ60.1%,日本51.7%,イギリス27%,
アメリカ19.8%となる。他方,資金調達全 体に占める株式調達比率は,イギリス67%,アメリカ57.6%,ドイツ26.1%,日本
20.8%である。これらの数字から,日本と ドイツの非金融法人企業は,負債に依存した資 金調達を行う傾向がある一方,アメリカとイギ リスの非金融法人企業は,株式に依存した資金 調達を行う傾向があることが分かる。 これらの数字から,企業の資本構成に関する 「定式化された事実」は以下のようにまとめら れる。第1に,日本やドイツの企業は,銀行借 入れを中心とした負債で資金調達を行なう傾 向が強い。ただし,ドイツの企業は,資金調達 において社債を利用しないという特徴がある。 第2に,アメリカやイギリスの企業は,株式を 用いて資金調達する傾向が強い。 以上から分かるように,各国の金融システムは 実に多くの「多様性」を持っており,その経済的 利益を明らかにするためには,金融システムに関 する理論的な分析を行う必要がある。そのための 準備として,次のH2では,理論的分析を行う際 に重要となるシステム同士の対立点を示すため に,金融システムを2つのプロトタイプに分類し たうえで,項目別に各金融システムの特徴を列挙 する。 2.金融システムの類型 金融システム内部では,家計などの資金供給 者,企業などの資金需要者,両者を仲介する金 融仲介機関などの様々な経済主体が金融取引 を行っている。金融取引を行う際には,「不確 実性」や「情報の非対称性」が存在するために 「広義の取引費用」が発生するが,金融システ ム内部での各経済主体の利害対立を調整し,広 義の取引費用を最小限に押さえるために,利害 関係者の権利と責任を定めた様々な仕組み(契 約・組織・規制)を分析するのがコーポレート・ ガバンスの主要な目的である。このコーポレー ト・ガバナンスの視点から金融システムを分類 すると,「コントロール型システム」と「アー ムス・レングス(arm’s length)型システム」の2 つに分類することができる。前者は日独型の 「銀行中心型金融システム」に,後者は米英型 の「資本市場中心型金融システム」に対応して いる。 コントロール型システムの特徴は,以下の通 りである。第1に,預金・貸出市場の規模が大 きい。第2に,資本市場の規模が相対的に小さ く,流動性が低い。第3に,家計の資産選択は, 預金などの非市場性資産が中心である。第4に, 企業の資金調達は,銀行借入など負債が中心で一156一 滋賀大学経済学部研究年報VoL 7 2000 ある。これらはII[1のデータで裏付けられるが, さらに,第5に,企業の所有構造が,銀行や大 株主など少数の投資家に集中している。第6に, 企業家は,長期的視野に立って,計画期間の長 いプロジェクトを選択する傾向にある。第7に, 銀行と企業との長期的取引関係を通じて,ある 程度裁量的に企業の救済や追加融資の決定が行 われている。また,企業コントロールの行使は, 主として銀行が預金者から企業モニタリングを 委任される形で行われている。第8に,コント ロール型システムにおけるガバナンス形態の代 表的な例は,日本におけるメインバンク制度と 株式持ち合いや,ドイツにおけるハウスバンク 制度などの「関係銀行(relationship banking)」で ある。2)これらの国では,日本の護送船団方式に 代表されるような金融行政および競争制限的規 制(価格規制・参入規制)により過剰競争が抑 制され,銀行の取り分が制度的に保証されてき たという特徴がある。 他方,アームス・レングス(arrn’s length)型シ ステムの特徴は,以下の通りである。第1に, 預金・貸出市場の規模が小さい。第2に,資本 市場の規模が大きく,流動性が高い。第3に, 家計の資産選択は,投資信託や株式などの市場 性資産が中心である。第4に,企業の資金調達 は,株式が中心である。第5に,企業の所有構 造は,小口投資家を含む多数の投資家に分散し ている。第6に,企業家は,短期的な収益を重 視し,計画期間の短いプロジェクトを選択する 傾向にある。第7に,企業コントロールの行使 は,市場ルールに基づいた敵対的買収や,株主 の権利を行使した経営者の解雇など,コント ロール市場を通じて行われている。第8に, アームス・レングス型システムにおけるガバナ ンス形態は,敵対的買収などの外部メカニズム だけでなく,取締役会などの内部メカニズムも 活発に機能している。ここでは,アメリカのグ ラス・ステイーガル法の銀行・証券業務の兼営 禁止に代表されるように,比較的,競争促進的 な市場が形成されている。 以上,コーポレート・ガバナンスの観点から 金融システムを2つのタイプ類型化し,各金融 システムの特徴を対比させた。次の皿以降で は,家計・企業など金融システム内部の個々の (表2)金融システムの類型 コントロール型システム アームス・レングス型システム 預金・貸出市場の規模 大きい 小さい 資本市場の規模・流動性 小さい・低い 大きい・高い 家計の資産選択 非市場性資産 市場性資産 企業の資金調達 負債中心 株式中心 企業の所有構造 集中 分散 投資期間 長期 短期 企業コントロール 裁量・委任型 ルール・市場型 ガバナンスの形態 関係銀行・株式の持ち合い 敵対的乗っ取り・取締役会 2)日本のメインバンク制度については,Aoki and Patrick(1994)を参照されたい。
金融システムの比較制度分析に関するサーベイ (丸茂 俊彦) 一157一 プレーヤーに焦点を当て,金融システムの特徴 から生じる費用・便益のトレード・オフ関係を 理論的に分析した文献を概観していく。
皿家計の資産選択と金融システム
H1で見たように,アメリカ・イギリスの家 計は,投資信託や株式など市場性資産の保有比 率が高いのに対して,日本・ドイツの家計は, 預金などの非市場性資産の保有比率が高いと いう特徴がある。名目価値が固定されている非 市場性資産と違い,市場性資産は資産価格の変 動を通じて名冒価値が変化するため,これらの 国の家計は価格変動リスクを被る度合いが高 いといえる。 価格変動リスクは,各経済主体固有のショッ ク(例えば,企業の経営状態)から生じる「個 別リスク(idiosyncratic risk)」と,すべての経済 主体に共通のショック(例えば,石油価格の急 騰)から生じる「集計リスク(aggregate risk)」 の2つに分類することができる。個別リスクに 関しては,Arrow−Debreuが示したように,仮 に完備な市場が成立するならば,個々のリスク に対応した条件付き財を発行して取引するこ とにより,市場において効率的なリスク・シェ アリングが達成できる。具体的には,各経済主 体のリスクに対する選好の違いに応じて個別 リスクを証券化した資産を取引する,あるいは 金融機関のような経済主体が投資家から一元 的に資産運用を委任されることにより,個別リ スクの分散化が可能となる。これらは「部門間 のリスクシェアリング(cross−sectional risk sharing)」と呼ばれ,静学的な意味合いを持つ。 他方,集計リスクに関しては,マクロ・ショッ クが生じた場合,将来の消費経路の変更,世代 間の所得移転および流動資産の蓄積などを通 じて,多期間にわたり個人の消費経路を平準化 することが可能である。これらは異時点間のリ スクシェアリング(intertemporal risk sharing)」 と呼ばれ,動学的な意味合いを持つ。 Ailen and Gale(1995)は,英米型の「資本市場 中心型金融システム」は「部門間のリスクシェ アリング」に優れているのに対して,日独型の 「銀行中心型金融システム」は長期的コミット メントを通じた「異時点(世代)問のリスク・ シェアリング」に優れているという見方を示し た。さらに,Allen and Gale(1997,2000)では,上 の見方を発展させて,異時点問の消費平準化の モデルを展開している。そこで,以下ではAIIen and Gale(2000)による単純モデルを紹介する。 離散時間(t=0,1,2,…)かつ無限期間の世代重 複モデルを考える。各期に新世代tが誕生し, 若年期と老年期の2期間生存する。ただし,第 0世代は老年期のみ生きると仮定する。各世代 は同質的で,その人口総数を1に基準化する。 各回に,消費または投資される1種類の財が存 在する。各世代は,若年期に初期資産としてe 単位の財を保有し,若年期に消費せず,老年期 にのみ。単位の財を消費する。第t世代の効用 関数はu(c)で,uT>0, u”<0である。この経済に は,安全資産と危険資産の2種類の金融資産が 存在する。安全資産Si>0は, t期の消費財1単 位がt+1期の消費財1単位になるという意味で の単純な貯蔵手段である。ここで,安全資産の 資産価格を!に基準化しておく。一方,危険資 産x…>0は,収益率と資産価格が各期に変化す る。当初,第0世代が危険資産を保有しており, 危険資産の総供給量を1に基準化しておく。こ の経済において将来起こりうる状態は,好況 (H)か不況(L)の2つのみで,偶数期(t=O,2, …)の収益率はrH,資産価格はPH,奇数期(t=1,3, …)の収益率はrL,資産価格はPしであると仮定 する。ただし,rH>rL>0, pH>pL>0である。 次に,経済主体の限定合理性を以下のように モデル化する。各世代は,自分の生まれた期が, 偶数期であるか奇数期であるかを区別できな いと仮定する。単純化のため,いずれの月が生 じるかは,同確率であると仮定する。したがっ一!58一 滋賀大学経済学部研究年報Vo 1.7 2000 て,各世代は,若年期にポートフォリオを決定 する際,老年期の資産収益と資産価格を正確に 予測できないことになる。 以下では,若年世代が,競争的な金融市場し か利用できないケースと,銀行預金を利用でき るケースとに分けて,それぞれの最適消費配分 を求める。まず,競争的な金融市場しか存在し ない場合を考える。若年世代は,偶数期(好況) に生まれた場合,老年期は奇数期(不況)にな ると予測して,以下の最大化問題を満たすポー トフォリオ{SL,XL}を選択する。ただし, i=L, j=Hである。 max ls,,xil u[(ri+pi)xi+s,] s.t. e=pjxi+s, Si ) O, Xi Z O 一方,若年世代が,奇数期(不況)に生まれ た場合,老年期は偶数期(好況)になると予測 することから,上の最大化問題においてi=H, j=しとなる最大化問題を満たすポートフォリオ {SH,XH}を選択する。仮定より,危険資産の総 供給量は1であるから,危険資産の市場均衡条 件はXL=XH=1となる。最大化のための必要条件 を整理すると, (rL+pL−pH)u’[(rL+pL)xL+sL] 2 o (rH+pH−pL)u’[(rH+pH)xH+sH] − O となる。これを満たすのは,SL=SH=0, PL=PH=e である。したがって,競争的な金融市場におけ る家計の消費配分は,CH=e+rHとCL=e+rしとな り,好況または不況という経済状態に応じて, 家計の消費量が変化する(CH>CL)ことになる。 次に,若年世代が銀行を利用できる場合を考 える。議論の単純化のために,1銀行しか存在 しないと仮定すれば,若年世代は,初期資産e の全額を銀行に預金する。銀行は,このように して集めた預金を,安全資産で運用するか,利 子を付けて老年世代に払い戻すかどうかを決 定する。仮に,銀行が,預金者利益の最大化を 目的とする相互組織であるならば,銀行の目的
関数は,預金者の事前の期待利得
U(cH,cL)=05u(cH)+05(cL)と一致する。この時, 最適消費パターンはCH=Cしとなることから,預 金者は完全に平準化された消費パターンを得 ることができる。 銀行は,預金・貸出契約を適切に設計するこ とで,競争的金融市場配分を含む複数の消費配 分パターンを実行できる。そこで,銀行が,次 のような預金契約を設計したとする。すなわ ち,所得移転額をT=(rH+rL)/2とすれば,銀 行は,毎期,若年世代から受け入れた預金eを 老年世代の預金に対する元金返済に充て,金利 相当分として老年世代にTだけ支払う,とい う契約である。この時,老年世代は,偶数期 (好況)か奇数期(不況)に関わらず,平準化 した消費配分(c=e+T)を得ることが可能とな る。また,家計の保有する危険資産から平均し てTだけの収益が得られることから,これを 預金として受け入れ,銀行が,偶数(好況)期 にTだけの資金を安全資産で運用し,奇数(不 況)期には安全資産の運用を行わないという資 産運用を行うことで,銀行は,各期に老年世代 に支払う金利相当分Tの資金を確保すること ができる。 以上,要約すれば,現実の金融市場は不完備 であることから,経済主体の限定合理性のため に,将来生起し得るすべての状態を完全に予測 することは困難であるし,たとえそれが可能だ としても,すべての条件付き財を発行し取引す る市場を作ることは,技術的にもコスト面から も不可能である。さらに,投資家のリスク選好 の程度は,各個人のみが知る私的情報であるた め,各人の私的情報を申告させるような何らか のメカニズムを作ったとしても,虚偽申告のイ ンセンティブから効率的な取引が成立しなく なる可能性がある。したがって,不完備市場に金融システムの比較制度分析に関するサーベイ (丸茂 俊彦〉 一エ59一 おいては,金融市場だけでは効率的な異時点間 のリスク・シェアリングを達成することは困難 であり,これを実行するための組織として銀行 のような金融機構の存在意義が出てくるので ある。
IV企業の資金調達と金融システム
1. 資金調達問題 企業の資金調達は,内部留保と減価償却から なる内部金融と,銀行借り入れ,社債,株式か らなる外部金融の2つに分けられる。内部金融 については,1997年度のフロー・ベースで の非金融法入企業の内部資金(内部留保÷減価 償却)調達比率を見ると,日本が9!.1%,アメリカが65.9%,ドイツが65.3%,
イギリスが49.2%であることから,各国と も共通して非常に重要な資金調達手段である ことが分かる。一方,外部金融に関しては,l1 1で見たように,アメリカ・イギリスの企業は, 株式で資金調達する比率が高いのに対して,日 本・ドイツの企業は,銀行借入で資金調達する 比率が高いという明確な対比が見られる。ここ で問題となるのは,企業による資本構成の選 択,言い換えれば「資本市場中心型金融システ ム」または「銀行中心型金融システム」のいず れのシステムを通じて資金調達を行うかとい う選択が,投資の資本コストや経済成長等の実 物的要因に対してどのような効果を与えるか ということである。 仮に完全な資本市場が成立するならば, 「Modigliani−Millerの無関連命題」が示したよう に,企業による資本構成の選択は,投資の資本 コストに影響しない。さらに,仮に完備な契約 が書けるならば,「コースの定理」が成立する ため,企業の所有構造は,投資水準等の効率性 に影響しないことになる。したがって,新古典 派の想定する完全市場および完備契約の概念 の下では,金融的側面が実物経済に与える影響 や企業の所有構造に関する経済的意義を分析 することができなかった。 しかし,現実の資本市場は,市場参加者間で の情報の非対称性や,市場参加者の限定合理性 が存在するため,不完備市場である。このよう な状況下では,Grossman and Hart(1986)や Hart(1995)が示したように,企業の所有構1造が 企業経営者の投資インセンティブに影響する ことから,この経路を通じて金融的側面が実物 経済に与える影響を分析することが可能とな る。 コーポレート・ガバナンスにおける主要な議 論の1つは,最適な資本構成に作ることにより 企業の所有構造を変化させて,投資家と企業家 との利害対立関係の緊張度合いを融和させる ことにある3)。古典的文献であるBerle and Means(1932)は,株主と経営者との利害対立 関係を「所有と経営の分離」という概念で最初 に表現した。さらに,Jensen and Meckling(1976) は,「所有と経営の分離」をプリンシパル・エー ジェント問題として定式化し,外部投資家(プ リンシパル)と企業経営者(エージェント)と の間で,外部投資家からは企業経営者の投資プ ロジェクトのタイプを観察できない(逆選択), あるいは企業経営者の経営努力を観察できな い(モラル・ハザード)という情報の非対称が 存在することから生じる両者間の利益相反構 造を,エージェンシー費用という概念を用いて 分析している。ここでは,完備契約の下で生じ るエージェンシー費用を最小にするような最 適資本構成を導出することが議論の中心であ る。 3)Shleifer and Vishny(1997)は,コーポレート・ガ バナンスに関する理論を包括的に展望した文献で ある。さらに,La Porta, Lopez−de−Silance, and Shleifer(1999)は,企業の所有構造に関する国際比 較を,La Porta, Lopez−de−Silance, Shleifer and Vishny(1999)は,エージェンシー問題と配当政策に 関する国際比較を行っている。一160一 滋賀大学経済学部研究年報Vo 1.7 2000 これに対して,最近の資本構成理論の特徴 は,1980年代後半から発展した不完備契約 理論を用いて,「ホールド・アップ問題」や「不 完全なコミットメントから生じる再交渉」など の長期的な金融取引の動学的分析や,経営者の インセンティブを誘導する手段としての資本 構成の役割に関する分析が可能となってきて いる4>。そこで,以下では,資金調達手段の多 様性から生じる経済的利益を明らかにするた めに,資本構成に関する費用・便益を分析した 最近の文献を概観する。 2.外部金融の費用・便益 表1の非金融法人企業の資本構成に関する 国際比較データを見ると,非金融法人企業の資 本構成に占める負債(銀行借入+債券)比率は, 高い順に,ドイツ60.1%,日本51.7%,
イギリス27%,アメリカ19.8%である。
一方,株式比率は,高い順に,イギリス67%,アメリカ57.6%,ドイツ26.1%,日本
20.8%である。これより,日独型の「銀行 中心型金融システム」は「負債」中心,英米型 の「資本市場中心型金融システム」は「株式」 中心の資金調達が主流であることが分かる。1980年代の銀行理論における中心的な
議論の1つは,負債契約の最適性を用いて銀行 の存在意義を理論的に明らかにすることで あった。Diamond(1984)は,事後的な投資成果 に関する銀行の情報生産機能を重視し,銀行 が,預金者から集めた資金を多数の企業に貸し 付け,預金者に代わり企業をモニターする(委 任モニタリング)ことで,「分散化投資」を通 じてモニタリング費用を削減できることを示 した。しかし,このモデルでは銀行借入の便益 のみが強調されており,なぜ企業が社債のよう な「公開された負債(publicly traded debt)」を 用いて資金調達を行うのかという問題に答え 4)資本構成に関する展望論文は,Harris and Raviv (1991)が優れている。ることができなかった。例えば,1980年代
後半のバブル期の日本では,転換社債やワラン ト債の発行残高が急増したし,バブル経済崩壊後の1990年代も,普通社債の発行残高が増
加傾向にある。このような現実の動きを踏ま え,なぜ企業が社債などの「公開された負債」 を用いて資金調達するのかを理論的に明らか にせねばならない。そのためには,銀行借入の 便益だけでなく費用を明らかにする必要があ る。そこで,以下では,これらの問題を分析し た最近の文献を(1)完備契約による静学モデ ルと(2)不完備契約による動学分析に分けて, それぞれ概観する。 (1)完備契約による静学モデル まず最初に,銀行借入れだけよりも銀行借入 と社債が併存している方が経済効率性がより 高まるという意味での「金融証券の補完性」を 主張した議論がある。Seward(1990)は,企業家 がどれぐらいの資本を投入したかという行動 を投資家からは観察不可能(モラルハザード) であると同時に,投資家が投資プロジェクトの キャッシュ・フU一の一部しか観察不可能(逆 選択)であるという環境の下では,銀行借入だ けよりも銀行借入と社債が併存した負債構成 の方が,投資配分の効率性が高くなることを示 した。その理由は,複数の情報の非対称性問題 がある場合,それに応じて金融証券の種類を増 やすことで,企業の投資インセンティブの誘導 がより有効に機能するためである。 上のモデルでは,生産技術以外の企業家の特 性は同質的であると想定されているが,次に紹 介する2つのモデルは,「評判」や「自己資本 の大きさ」から企業家の異質性を考慮した分析 を行っている。まず,Diamond(1991a)は,信用 市場における企業家の「評判」に着目し,企業 家を分類化した5)。ここでの「評判」の意味を 理解するために,次の例を考えてみる。2期間 モデルを考え,同じプロジェクトが2期間繰り 返されるとする。投資プロジェクトは,成功確金融システムの比較制度分析に関するサーベイ (丸茂 俊彦) アノヘア ー1 Ol一 率が高いが収益の低いgoodプロジェクトと,成 功確率が低いが収益の高いbadプロジェクトの 2タイプのみである。企業家の総人口を1に基 準化すると,総人口の一定比率の企業家がgood プロジェクトを選択し,残りの企業家はbadプ ロジェクトを選択すると仮定する。第1期が終 了した時点で,第1期にプロジェクトが成功し たかどうかが公開情報となり,これを基準にし て外部投資家は次期の成功確率を予測する。第 1期に成功した(または失敗した)企業が第2 期にも成功する条件付き確率は,!期のみの成 功確率よりも高く(または低く)なる。つまり, 最初に成功した企業は市場に認知され,次期に 成功する可能性を高く評価されるという意味 で,「よい評判」を得ることができるのである。 結論としては,よい評判を得た企業は,資本コ ストの安い社債で資金を調達し,悪い評判を得 た企業は,銀行借入で資金を調達することにな る。 次に,Holmstrom and Tirole(且997)は,借り手 の自己資本の大きさに着目して,企業家を分類 化した。このモデルを簡単化して説明すれば, 以下のようになる。プロジェクトを実行するた めに必要な資金量(1)が一一一定で,企業の自己資 本水準(A)がある密度関数に従い連続的に分 布していると仮定する。プロジェクトを実行す るために必要な資金量が常に自己資本を上回る と仮定すれば,自己資本水準がAの企業は,資 金の不足分(1−A)を他人資本(D)で調達する 必要がある。ここで,他入資本で調達可能な資 金量の上限(D)は,企業のプロジェクト選択 に関するインセンティブや,銀行のモニタリン 5)Diamond(1989)では,負債市場における評判形成 のモデルを分析しているが,銀行借入と社債との 選択は考慮されていない。また,Diamond(1991b) は,負債の満期構成(短期・長期)を区別した分 析を行っている。さらに,Hart and Moore(1995)は, 負債の優i先権に関する分析,Diamond(1993)は,負 債の満期構成と優先権との関係を分析している。 グ・インセンティブにより影響を受ける。例え ば,企業が銀行借入で資金調達する場合には, 銀行によるモニタリングを通じて,企業家のモ ラルハザードを抑制できるという便益がある一 方,モニタリングに必要な経費を銀行が負担し なければならないという費用がかかる。これら のインセンティブを考慮して最適契約を求める と,ある条件の下では,銀行借入量の上限(Dm) の方が社債発行量の上限(D。)よりも大きくな る(Dm>L)。)ことを示すことができる。この 関係が成立するならば,プロジェクトを実行す るために必要となる最:低自己資本水準(A= 1−D) は,銀行借入よりも社債の方が大きくなる(基m 〈Au)。したがって,高水準の自己資本を持つ (△,くA)企業は,資本コストの低い社債で資金 調達し,中水準の自己資本を持つ(ム涌くA< △。)企業は可能な限り社債を発行し,不足分を 資本コストの高い銀行借入で調達し,低水準の 自己資本を持つ(AくAm)企業は,資金調達を 行えないという結論が得られる。 (2)不完備契約による動学分析 ここまでの議論は,完備契約を用いた分析 で,契約の不完備性は考慮されていなかった。 しかし,長期的な金融取引を考えた場合,事後 的に効率的な再交渉のために,関係特殊的資産 への投資などの事前の行動が非効率性となる 「ホールドeアップ問題」が生じる可能性があ る。特に金融契約の場合,事後的な再交渉が含 意に到達するかどうかは,金融証券の保有分布 に依存している。すなわち,銀行貸出の負債保 有者は少数の取引銀行に集中しているため,再 交渉が比較的容易であるのに対して,社債の負 債保有者は市場全体に分散化しているために, 債権者間でフリーライダー問題が生じること から,再交渉は困難となる。 Rajan(1gg2)は,上で述べた再交渉の実現可能 性に加えて,貸し手が借り手の私的情報を獲得 する能力に差があることに着目して,外部資金 を分類した。ここでの情報獲i得能力差とは,企
一162一 滋賀大学経済学部研究隼報Vol.7 2000 業が銀行借入で資金調達した場合,銀行はモニ タリングを通じて取引先企業の内部情報にア クセスできるのに対して,社債で調達した場合 には,社債保有者は公開情報しか手に入らな い,という意味である。銀行借入の便益は,モ ニタリングを通じて企業の資産代替モラルハ ザードを抑制する点にある一方,銀行借入の費 用は,再交渉過程で銀行が企業家に不利な条件 を提示する可能性があることから,企業家によ る事前の投資水準が過少となる「ホールド・ アップ問題」が生じることである。したがって, 借り手は,これらの費用・便益をバランスさせ る水準に最適資本構城を決定することになる。 次に,Dewatripont and Tirole(1994a)は,不完 備契約の下での最適な権限配分という観点か ら負債契約の最適性を示したAghion and Bolton (1992)モデルをさらに発展させ,次善の経営努 力水準を誘導する手段としての資本構成の役 割を考察した6)。以下では,このモデルを簡単 に説明する。次のようなタイミングを持つ3期 間モデルを考える。第1期に,企業の資本構城 と決定権限の配分が決められる。第2期初に, 企業家は,一定の非金銭的コストを負担して 「高い」か「低い」かいずれかの努力水準を選 択する。第2期中に,プロジェクト・キャッ シュフローの一部(v)と次期のプロジェクト 成果に関する情報(u)が実現する。シグナル u,vは,すべてのエージェント問で公開情報と なるが,vは立証可能, uは立証不可能である。 第2期末に,あらかじめ決定権限を与えられた 投資家が,企業を「存続させる」または「清算 させる」を選択する。第3期に,存続されたプ ロジェクトが完了し,投資成果が分配される。 ここでは,企業家による努力水準の選択はシ グナルの生起確率に影響し,「高い」努力水準 を選んだほうが,より大きい値のシグナルが起 6)Dewatripont and Tirole(1993,1994b)は,これと同 様のモデルを用いて,銀行規制のインセンティブ 理論を分析している。 こる可能性が増すと想定されている。プロジェ クトの純現在価値が0となるシグナルの臨界値 をaと定義すると,仮に第2期の収益分布に直 接関係のあるシグナルuに依存した完備契約を 書くことができるならば,u>Aである限り企業 を存続させることで,事後的に効率的な意思決 定を行うことができる。しかし,仮定よりuが 立証可能でないため,立証可能な間接的シグナ ルvに依存して意思決定を行わねばならず,事 後的な非効率性が生じることになる。 そこで,企業経営者のIC条件を満たしなが ら,非効率な存続・清算の意思決定から生じる コストを最小化するようなインセンティブ・ス キームを導出すると,プロジェクトを存続させ ることが事後的に効率(u>t2)にも関わらず, 清算を選択(過剰清算効果)する,または清算 することが事後的に効率(u<ti)にも関わらず, 存続を選択(過剰存続効果)することに事前に コミットしたルールが得られる。 このように逆効果を持つルールは,単一の金 融証券のみで実行することは困難であるが,ペ イオフ構造の異なる2つの証券(負債と株式) を適当に組み合わせることで,実行可能とな る。すなわち,株式契約のペイオフは収益に関 して凸関数であるのに対して,負債契約のペイ オフは凹関数であることから,前者は,第2次 確率優位の意味で収益分布の分散が大きくな るほど期待ペイオフが上がるため,より存続指 向であるのに対して,後者は,収益分布の分散 が小さくなるほど期待ペイオフが下がるため, より清算指向の証券である。 結果として,立証可能なキャッシュフローの
一部がある臨界水準vよりも大きければ
(v>v),株式保有者に決定権限を与え,臨界水 準よりも小さければ(v<v),負債保有者に権限 を与えるという決定権限の配分により,上で述 べたインセンティブ・スキームを実行すること が可能となる。つまり,不完備契約の下では, 企業経営者のモラルハザードと投資家の非効金融システムの比較制度分析に関するサーベイ (丸茂 俊彦) 一!63一 俗なプロジェクトの清算から生じるコストを 最小化する水準に,最適な資本下城(負債と株 式)が決:定することになる。 (3)Bolton and Freixas(2000)モデル Mayers and Majluf(1984)の「peckdng order理 論」は,エージェンシー費用の低い方から,内 部資金,銀行借入,杜債,株式の順に資金調達 するのが効率的と主張している。しかし,この 理論では,なぜベンチャー企業が,銀行借入れ ではなく新興株式市場で資金調達をおこなう のかという現実問題を説明することができな かった。以下で説明するBolton and Freixas (2000)モデルは,プロジェクトの成功確率の 違いから企業家を分類し,危険な(成功確率の 低い)企業が,新興株式市場において株式を発 行するという結果を導いている。さらに,Nの (2)と(3)で概観したすべてのモデルでは, 銀行借入と社債との選択,または負債(銀行借 入+社債)と株式との選択のいずれかを分析し ていたのに対して,Bolton and Freixasモデルは, 3種類の外部金融(銀行借入・社債・株式)間 の選択をはじめて考察した興味深いモデルで ある。そこで,以下では,このモデルの概要を 説明する。 3期間(t=0,1,2)モデルを考え,t=0に企業 家が外部投資家から資金を調達し,プロジェク トを実行する。プロジェクトは2期間継続し, 各期(t=1,2)に,成功または失敗のいずれか の状態が生じることから,2期間全体では計4 つの状態が生じることになる。次に,モデルの タイミングは以下の通りである。tニ1期初に,4 つの状態のいずれが起こるか決定する。t=1期 中に,投資家は,企業を存続するか清算するか を決定する。ここで,存続が選ばれた場合のみ, t=1期末とt=2期に,二期のキャッシュフローが 実現する。一方,清算が選ばれた場合,一定の 清算価値が債権者間で分配される。各期にプロ ジェクトが成功する確率(Pt;t=1,2)は独立で, Pl は公開情報であるが,p2は第0期に企業家のみ 観察可能で,第1期末には銀行にも観察可能と なるが,社債と株式の保有者には私的情報であ るとする。 このような設定の下,銀行借入れの便益は, たとえ第1期末に企業家が債務不履行に陥っ ても,モニタリングを行うことで次期の企業収 益を評価(信用格付け)を正確に評価できるた め,効率的な企業再構築を行える点にある。他 方,ここでの銀行借入費用は,自己資本比率規 制のために,貸出しを増やすほど自己資本を増 やす必要がある点である。彼らは,この費用を 「仲介コスト」と呼んでいる。次に,社債を発 行することの費用は,第1期末に企業が債務不 履行になった場合,企業をモニターできないこ とから,第2期に高収益となる企業まで過剰に 清算してしまうことである。彼らは,これを 「非効率な清算コスト」と呼んでいる。一方,社 債発行の便益は,仲介コストが必要でない点で ある。最後に,株式のコストは,収益の高い企 業にとって「情報希薄化コスト(dilution cost)」 が高くなる一方,株式の便益は,倒産コストが かからない点である。企業は,銀行借入れに伴 う「仲介コスト」,社債発行に伴う「非効率な 清算コストll,株式発行に伴う「情報希薄化コ スト」を比較考慮して,最適資本構i成を決定す ることになる。 主な結論は,①危険度の高い(成功確率の低 い)新興企業は,資金調達不可能であるか株式 で資金調達を行う,②比較的安全な中堅企業 は,銀行借入れで資金調達を行う,③非常に安 全な大企業は,株式と社債の組み合わせまたは 社債のみで資金調達を行う,の3点である。特 に①の結果は,危険度の高いベンチャー企業が ベンチャーキャピタル市場から資金調達する という「定式化された事実」を示しており,従 来の「pecking order理論」では説明できなかっ たベンチャー企業の資金調達行動について,理 論モデルから内生的に導いている点が興味深 いといえる。
一164一 滋賀大学経済学部研究年報Vol.7 2000 3. 内部資金の費用・便益 IV 1で述べたように,4ヶ国共通して,内部 金融が企業の資金調達手段の中で最も重要な 位置を占めている。内部金融の場合,資金提供 者が企業のオーナーであることから,外部金融 と比べて利害対立の程度が低いため,エージェ ンシー費用を節約できると考えられる。 Gertner, Scharfstein and Stein(1997)は,不完備 市場の下で企業資産の所有構造に着目し,内部 資金と銀行借入という2タイプの資金調達手 段の費用・便益を分析した。彼らによれば,内 部資金で資金調達することの長所は,以下の2 点である。第1に,外部投資家よりもオーナー の方が企業内部の私的情報へのアクセスが容 易であるため,資金提供者(オーナー)のモニ タリング・インセンティブが増加することであ る。さらに,オーナーは,企業の残余資産に関 する決定権限を保有するため,外部投資家より も慎重にモニタリングを行うことができる。第 2に,オーナーによる企業内部の資産配置(企 業再構築)がより有効に行える。例えば,事業 部制度を採用した企業の場合,企業本部が,企 業内部の各事業単位の資産に関する所有権を 持つことから,非効率事業の清算や企業内部の 統廃合をより迅速かつ効率的に行えるように なる。一方,内部資金で資金調達することの短 所は,経営者の努カインセンチィブが減少する ことである。これは,経営者が企業資産に関す る決定権限を保有しないため,オーナーが事後 的に機会主義的行動をとることを予想して事 前に最適な努力を行わないというホールド・ アップ問題が原因となり生じる。結果として, 上で述べた費用・便益をバランスする水準に, 最適な内部資金・銀行借入比率が決まることに なる。
V市場構造と金融システム
mとIVまでの議論は,金融システム内部の各 経済主体(家計と企業)に焦点を当て,家計に よる資産選択や,企業による資本構成の選択を 分析した文献を概観することで,金融システム の選択が,各経済主体のインセンティブに与え る費用と便益を考察してきた。他方,金融取引 における借り手(企業)と貸し手(家計)との 関係に着目すれば,「銀行中心型金融システム」 では,少数の銀行との継続的な長期的取引が中 心であるのに対して,「資本市場中心型金融シ ステム」では,多数の金融機関との短期的取引 が中心であるという「定式化された事実」が存 在する。ここでの2つの金融システム問におけ る相違点は,第1に,金融取引における貸し手 の数の違い,第2に,金融取引における計画期 間の長さである。前者は,借り手のインセン ティブに影響し,後者は,コミットメントの有 無に影響する。そこで,以下では,1.金融取 引と金融システムとの関係,2.コミットメン トと金融システムとの関係,という2つの問題 に焦点を当て,市場構造の相違が金融システム に与える影響について考察してみる。 1.金融取引と金融システムとの関係 Bhattacharya and Chiesa(1995)は,金融取引における貸し手と借り手の関係が,双方的
(bilateral)または多角的(multilateral)となる2 つのケースを想定し,取引関係の相違が,企業 の研究開発インセンティブに与える影響を分 析した。このモデルを理解するために,以下の ような単純化した例を考えてみる。!つの産業 内に競合関係にある2つの企業が存在し,2つ の銀行が存在する経済を考える。各企業は,新 技術に関する研究開発競争を行っている。各企 業が,それぞれ別々に1銀行とのみ金融取引を 行うならば,各企業が研究開発活動から得た 「特殊な知識」は,研究開発を行った企業と銀 行のみが共有することができる。他方,各企業 が2つの銀行と金融取引を行う場合,銀行を通 じて「特殊な情報」が競争相手の企業に漏れる 可能性がある。この時,情報の公共財的側面か金融システムの比較制度分析に関するサーベイ (丸茂 俊彦) 一エ65一 ら,企業家は研究開発の中間段階において「特 殊な知識」がスピルオーバーすることを予測 し,自分で研究開発を行うインセンティブを持 たなくなるというフリーライダー問題が生じ る可能性がある。すなわち,企業は,事前段階 での研究開発インセンティブと,中間段階での 「特殊な知識」のスピル・オーバーとのトレー ド・オフ関係に直面する。したがって,企業家 の研究開発インセンティブを高めるためには, 双方的な金融取引関係を提供する「銀行中心型 金融システム」が有効となるという結論が得ら れる。 2. コミットメントと金融システムとの関係 仮に,完備な契約を書くことができるなら ば,金融取引における期間の長短は意味を持た ない。しかし,不完備な契約しか書けない場合 には,契約期間の途中で新たな取引状況が判明 した時点で,初期の契約を破棄して新たな契約 内容に再交渉することにより,双方の契約当事 者がより有利となる可能性がある。この再交渉 の可能性は,「ホールド・アップ問題」で示さ れるように,借り手企業による事前の投資計画 期間の選択に影響する。 Dewatripont and Maskin(1995)は,「銀行中心型 金融システム」よりも「資本市場中心型金融シ ステム」の方が,追加融資を行わないという貸 し手の「脅し」の信愚性がより有効に機能する ことから,借り手による金融システムの選択 が,企業家の投資計画期間の選択に影響を与え ることを示した7)。「資本市場中心型金融システ ム」では,多数の債権者が存在するため,債権 者間での利害調整が困難である。したがって, 再交渉を実行するための取引費用が膨大とな るため「ハードな予算制約」が成立することか ら,企業は短期的に収益のあがるプロジェクト を選択する傾向がある。一方,「銀行中心型金 7)von Thadden(1995)は,同様の問題意識の下で, 再交渉の可能性が企業家の投資期間(短期・長期) の選択に与える影響を分析している。 融システム」においては,少数の銀行が債権者 であることから,債権者間での利害調整が比較 的容易なため,再交渉を実行するための取引費 用は小さくなる。言い換えれば,仮にプロジェ クトが失敗しても,再交渉により簡単に追加的 貸し出しを受けられることから,「ソフトな予 算制約」が生じる可能性が高くなる。したがっ て,企業が長期のプロジェクトを選択する傾向 が強くなる。このように,資金調達における金 融システムの選択は,投資家の脅しの信悪性に 関するコミットメントの有無を通じて,企業家 が選択する投資プロジェクトの計画期間に影 響を与えるのである。
w結論
本論文では,「金融システム比較制度分析」に 関する理論的な文献を中心にサーベイを行っ た。IIでは,4ヶ国(アメリカ・日本・ドイツ・ イギリス)の金融システムの特徴についてデー タを用いて比較し,金融システムを日二型の 「銀行中心型金融システム」と英米型の「資本 市場中心型システム」とに類型化し,それぞれ のシステムに関する事実発見を行った。次に, そこで得られた「定式化された事実」をもとに, 金融システム内部の各経済主体に焦点を当て, 皿では,家計の資産保有に関してリスクシェア リングの観点から,1▽では,企業の資本構城に 関して静学的な完備契約と動学的な不完備契 約の両方の観点から,Vでは,市場構造の観点 から,それぞれ2つの金融システム間の費用と 便益を分析した文献を概観した。 ここでは,1で述べたような「分析上の一連 のプロセス」に従い,金融システムのパフォー マンスが比較検討されていることが分かる。ま た,この際に用いられる基準は,資金配分にお ける「効率性」である。理論的には,完全市場 が成立するならば,英米型の「資本市場中心型 金融システム」は,「最善」の資金配分を実行一166一 滋賀大学経済学部研究年報Vo 1.7 2000 する効率的なメカニズムとなる。これに対し て,不完全市場の下では,「次善」の配分を実 行する代替メカニズムとして,英米型の「資本 市場中心型金融システム」以外に,日独型の 「銀行中心型金融システム」が有効に機能する 可能性がある。現実の金融資本市場は不完備で あることから,金融システムのパフォーマンス を比較する際には,不完備市場の理論を用いた 費用・便益分析を行なう必要がある。 近年,日本の金融システムでは,メインバン クを中心とした間接金融優位型システムから 資本市場を中心とした直接金融優位型システ ムへと移行するために,急激なスピードで金融 制度改革が実行されている。上で述べたような 不完備市場の理論を用いた費用・便益分析から 得られる結果は,制度改革の意義や方向性を考 察する有効な1手段となると考えられる。また, 1国の金融システムは,企業の所有構造,金融 取引の方法,規制体系等の「契約の束」が重層 的に積み重ねられた構築物であり,労働システ ムなど1国経済内部の他のシステムとも補完 的関係にある。さらに,金融システムの生成は, 各国固有の歴史,制度,政治的要因から多大の 影響を受けている。したがって,新しい金融制 度を採用する際には,制度内部での整合性,他 のシステムとの整合性,そして金融システムの 発展段階における整合性を比較勘案しながら 決定されねばならない8)。 最後に,以下では,本論で述べられなかった 点について言及する。1の中で述べた「金融シ ステムの比較制度分析」に関する問題群の内, 4.金融システムの設計と金融システムの安定 性と,5.金融システムの規制問題について議 論することができなかった。これらの問題は, 金融システム全体の設計方針を決める重要な 問題であるため,今後,別の論文の中で詳しく 論じることとする。また,本論では,「金融シ ステムの比較制度分析」に関して理論的なアプ ローチを採用した文献に焦点を絞って紹介し たが,これを補完するために,第!に,理論モ デルで得られた結果を実証分析で検証する,第 2に,法制度や会計制度の側面から分析する, 第3に,歴史的側面から分析する,という必要 がある9)。これらの点については,今後の研究 課題である。 8)Boot and Thakor(1997a)は,金融システムの発展 段階と銀行貸出シェアとの関係についての分析を 行っている。また,Boot and Thakor(1997b)は,ド イツのユニバーサル・バンク制度と銀行・証券分 離型システムとが金融技術革新に与える影響を分 析している。 9)La Porta, Lopez−de−Silanes and Vishny(1998)は,投 資家保護に関する法制度の国際比較を行ってい るQ
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