獣害問題からみる入山の人びとと山
~人間と動物の境界からの視点で~ 和出幹人 1 はじめに 2 入山の獣害被害 3 獣害へ対策 3.1 農家の対策 3.2 猟友会の活動 3.2.1 猟友会の概要 3.2.2 猟をめぐる問題 4 人間と動物の境界 4.1 獣害が抱える問題の本質 4.2 ほかの地域の獣害問題の事例 4.2.1 アフリカの獣害問題 4.2.2 エチオピアのアリ族の獣害対策 4.3 入山との比較 4.4 動物から山林への影響 4.5 境界からみる獣害問題 5 日本の山林の現状 6 入山のとるべき対策 7 おわりに 1 はじめに 本章では入山が抱える獣害問題の現状を明らかにしつつ、入山の人びとと山の関係性を考察 することを目的とする。まず、私が獣害問題に関するテーマに決めた経緯と動機について記述 していく。私が初めて下見調査で入山を訪れた時に最も印象に残ったのは「山」だった。入山 は南側以外の周囲を山に囲まれていて、自然豊かだと感じた。しかし、話を聞くことのできた 人の勧めで林道を進んでみると、倒木が目立ち、管理が行き届いているとは到底思えない状態 であった。外から山を見た時と、実際に山に足を踏み入れて内から見た時では抱く印象が全く 異なっていることを私は興味深く感じた。そこで、「山」にテーマを決め、入山の治山事業につ いて調査を行おうとしたのだが、入山での治山事業は、市が管理している以外でほとんど行わ れていないことがわかったため、その後、「獣害」という新たなテーマに変更をし、調査を行っ た。これまで獣害と聞くと、動物たちに育てた農作物を食べられてしまうというような、農家 に限定された問題だと考えていた。しかし、調査を進めていくなかで、実際は動物たちが農家 の畑を荒らしに人里まで降りてくるようになったことにこそ獣害問題の本質があるのではない か、と考え、本テーマを設定した。2 入山の獣害被害 本節では、今調査時点に入山で発生していた獣害の概要を示す。農家や農協の職員によると、 かつて入山では獣害被害はほとんどなかったのだが、約15 年前から徐々に増加しだし、10 年 前にはかなりの数にまで増加したという。出没する主な動物はイノシシ、アライグマ、ハクビ シンなどがあげられ、特にアライグマの増加が著しい。どの種の動物も柑橘類や野菜の収穫間 際を狙って人里まで降りてくる。夜行性のイノシシなどは夜間に畑に侵入することが多かった のだが、近年では動物が人間に慣れる傾向にあり、日中にも出没するようになることで被害が 増加傾向にある。たとえば、動物が人間に慣れた結果人間の姿を見ても微動だにせず、石を投 げても全く反応がなかったので、手をたたくと一斉に逃げ去った、という話を聞けた。話を聞 いた農家によると、手をたたいたことにより逃げたのは、音が発砲音に似ていたからではない か、ということだった。この例からわかることは、動物たちが自分たちにとって何が危険で、 何が安全かを理解しているということだ。年々数と賢さを増していく動物たちと農作物を守ろ うとする人間の争いはいたちごっこの状態になりつつある。そのため、ほかの要因に加えて、 農作物の生産量と獣害の被害にあう量が均衡しだし、割に合わないことが多くなったため、入 山の農家は減少してしまった。 3 獣害への対策 3.1 農家の対策 この節では、入山の人びとがとっている獣害対策についてまとめていく。入山ではかつてミ カン栽培が盛んに行われていたため、農家を生業とする人びとが多数いたが、時代の流れとと もにその数は徐々に減少していった。しかし、高齢化や後継者問題、獣害問題を抱えながらも、 現在まで農家を続けている人びともいる。農家の人びとは獣害が原因で農作物の栽培に大きな 打撃を受けつつも、畑に罠を設置したり猟友会や農協に駆除を依頼したりすることで対策を講 じている。 獣害対策をするにあたって、今回話を聞くことができた農家や畑で自家栽培を行っている人 びとのほとんどが農協からの援助を受けていた。援助の内容は、申請があった畑を農協職員が 実際に訪れて測量をし、見積もりを出した金額を、農協が原則5 割負担するというものだ。さ らに近隣の畑を所有する人と2 人以上で申請をすると、9 割負担をしてくれる。また、このよ うな金銭的な援助のみでなく、柵やネットなどの対策グッズの販売やそれらの設置方法のアド バイスなども行っている。私が農家や畑で自家栽培を行っている人びとに話を聞きながら入山 を歩いて畑を見まわった結果、山に近ければ近いほど電気柵やトタン板、ネットなどの厳重な 対策を講じている印象を抱いた。しかし、電気柵やトタン板を設置するだけではすべての動物 に対しての獣害対策は完全であるとはいえず、被害を抑えきることは難しい。よって各動物に 合わせた対策を講じることが必要になってくる。 たとえば、電気柵はイノシシやアライグマに有効であるものの、彼らは運動能力が高く賢い ため、電気柵を飛び越えたり、地面を掘ったりして侵入してくる。また、穴を掘ることが得意 なアナグマは、人間の手のような形の手を駆使して地面に掘った穴から侵入してくる。これに 対し、畑の周りにトタン板やネットを設置することで、イノシシやアライグマ、アナグマの侵 入を限りなく防ぐことができる。しかし、このような対策を講じても、周辺に木がある場合は、 木を登ることができるハクビシンに侵入されることがある。この対策としては、畑周辺の木を 剪定し、ハクビシンの侵入経路を絶たなければならない。ほかには空から農作物を狙ってくる
カラスには「テグス」と呼ばれる細い糸を張り巡らせるなどをして対策をとっている。このよ うに農家の人びとは、農協から金銭的な援助や農業を円滑に進めていくための助言などをもら い、それを実践することによって、動物たちから農作物を守ろうとしている。 3.2 猟友会の活動 3.2.1 猟友会の概要 ここまで農作物を守るための対策として、電気柵やトタン板などをあげてきた。こうした対 策をとるだけでも獣害被害を減らすことは確かにできるのだが、被害を減らすために畑に侵入 させないようにするだけでは、増え続ける動物たちに対する根本的な問題解決には至らない。 そこで、本節では由比地区を主な活動の場としている猟友会の存在について触れていきたい。 由比地区で活動している猟友会は総勢12 名で構成されていて、入山からは 2 名が所属して いる。猟友会に所属しているこの2 名の猟師は、どちらも猟師を生業にしているわけではなく 本業の仕事を別に持っていて、休日に猟師としての仕事を行っている。 かつて入山周辺の山で行われていた猟は、野兎や野鳥を対象としたものが主であったが、イ ノシシが増え始めるにつれて、徐々に猟の対象もイノシシ中心へと移り変わっていった。農協 職員や農家の人びとと同様に、2 名の猟師からもイノシシの出没と獣害被害が増えたのは最近 のことだという話が聞けた。また、いつでも猟をしていいというわけではなく、猟期は11 月 1 日から3 月 15 日までと定められている。 3.2.2 猟をめぐる問題 猟の方法としては、一般的に、猟には銃を使ったものと罠を使ったものの二種類がある。ま ず駆除活動を行うための前提として銃、罠ともに免許を取得する必要があり、そのうえで重ね て有害鳥獣の駆除活動を行うためには農林事務所に、そして実際に猟に出る際には各県に申請 しなければならない。さらに銃は公安委員会に許可申請もしなければならない。これらの過程 を経てようやく獣害対策で銃を用いた猟が可能になる。 通常、銃を用いた猟をする場合、何人かのグループに分かれて猟に出る。通常は親方と呼ば れる中心となって指揮を執る人物がいて、その指示に従って猟をすることになっているのだが、 由比の猟友会には銃の扱いに長けた人がおらず、銃を用いて猟をすることはほとんどないとい う。 由比地区において銃を扱える人があまりいない原因については、猟師の高齢化問題があげら れる。高齢者が増加したことで、銃の技術以前に免許取得のための筆記試験に合格することが 非常に難しくなっている。あまりにも合格が困難なものになったので合格基準が下げられたの だが、それでも試験に落ちる人が後を絶たない。また、上述のように、銃を用いて猟に出るた めには銃自体の免許以外にも免許や申請が多数必要になってくる。そのため、免許取得や申請 には複雑なプロセスを伴うため高齢者がついていけなくなったり、猟を続けていくことが億劫 になったりして猟を諦めた人もいるようだ。 また銃を用いた猟が抱えている問題もある。それは警察と農林事務所の間の政策の不一致だ。 安全面を考慮して、銃の使用だけでなく一般人の銃の所有数をも減らそうとしている警察側と、 山林を保護していくためには人間の介入が不可欠なものであり、動物を減らして適切な環境を つくりあげていくために銃を扱える人を増やそうとしている農林事務所側の間で大きく意見が 割れてしまっている。結果的に市民の安全を守っていくための対策が、回り回って獣害という 形で、山間に住む人びとの生活を侵害する可能性がありうるのだ。この二者間のジレンマが山
林間環境を維持していく上で大きな問題となっている。 このように銃を扱える人が減少し続けている傾向もあって、現在では罠を仕掛けることが多 くなり、入山周辺の山では罠を用いた猟のみが行われている。しかし、動物たちが罠に慣れて いき、大人のイノシシなどは非常に賢いため徐々に罠にかからなくなってきている。また、危 機察知能力が低い動物たちが罠で捕獲され淘汰されていくことによって、危機察知能力が高い 動物が残り、能力の優秀な遺伝子が次世代へと受け継がれていっている。このため猟友会によ る活動は入山の獣害問題を解決できていないのが現状である。 すでに前節で述べた農家の獣害対策に加えて、猟友会による駆除活動を行っても獣害問題は 解決する見通しが立っていない。現状において、これらの活動は獣害問題を根本的に解決する ことはできておらず、別の角度から獣害問題の本質を考察する必要がある。次節では、これま での事例をもとに、獣害問題が抱える本質的な問題点について考察する。 4 人と動物の境界 4.1 獣害が抱える問題の本質 本節では、これまで獣害問題を人間と動物のみに着目してきたのとは異なった視点から例を 提示しながら獣害問題を考察することで、問題解決の本質はどこにあるのかを明らかにしてい く。 猟友会に参加している猟師や入山の農家の何人かは、かつてはほとんどなかった動物による 農作物被害が増加した原因は、新東名高速道路の建設が大きな要因の一つではないかと考えて いた。つまり動物たちが居住区としていた山林を人間が破壊してしまったことが、彼らの生活 環境の変化につながり、動物の暮らす山と人里の境界があいまいなものになってしまったとい うことだ。この考えを参考にすると、入山が抱えている獣害の問題の本質は、山林における環 境の変化、特に人間の居住区動物の生息する地域との境界の変化にあると考えられる。以下の 節では、ほかの獣害の例と入山の事例を比較しながら、人間と動物の間にある境界に着目して、 問題解決方法を明らかにしていく。 4.2 ほかの地域の獣害問題の事例 4.2.1 アフリカの獣害問題 この節では、西崎伸子の提示している論点を参考に、アフリカの獣害問題の被害状況と対策 について具体例を例示し、課題を明らかにしていく。 1990 年時点で、アフリカでは耕作地域の拡大や国立公園などの保護地域の増加によって野生 動物による農作物や人身に対する被害が多発していた。人間の居住する地域と野生動物の生息 する地域を完全に分離することができるのならば、保護地域が拡大しても本来は、被害は減少 傾向をとるはずである。しかし、アフリカの土地は広大であり、入山の畑のように柵で畑の周 りすべてを囲むことは現実的ではないため、獣害被害が頻繁に発生している。 現在とは異なり、アフリカで獣害対策があたりまえの習慣として考えられてきた時代におい ては、被害を受けた人びとが対処法を生み出し、対策に多くの時間と労力を費やし、金銭的な 負担をもしていた。西崎はこの行動を「被害への寛容さ」と表現している。この「被害への寛 容さ」とは、農作物などが荒らされる獣害を代表としてあげられる野生動物から人間への干渉 のみではなく、人間が狩猟や採取などを行う際にも、野生動物の生息する地域に干渉すること も含まれるとしている。西崎は加えて、この人間と動物の双方向の干渉のことを「越境」と表
現している。西崎の論を参考にするのならば、「越境」とは人間と動物のどちらもが行いうる行 為であると考えられることができる。そして、この「被害への寛容さ」と「越境」を踏まえた 事例として、エチオピアのアリ族の獣害対策があげられる。 4.2.2 エチオピアのアリ族の獣害対策 アリ族による獣害対策には二種類ある。一つは罠の設置、見張り、追い払いを世帯で行う直 接的対処、もう一つは村が共同でゴドミと呼ばれる宗教職能者による儀礼を行う間接的対処だ。 ゴドミは決められた役職ごとに儀礼を行う。たとえば、雨を降らせたり止めたりする力がある ゴドミ、狩猟の成功と獣害被害の軽減を祈願するヤシ動物のゴドミ、鳥害被害の軽減を祈願す るゴドミがそれぞれ分担して儀礼を行うことになる。この儀礼は、アリ族の人びとにとって予 防的な儀礼の一つであり、世帯ごとが抱える獣害について助言を与えてくれる。しかし、野生 動物による農作物被害を抑制するためにこのような獣害対策がとられている一方で、野生動物 が村に出没した場合はで仕留めることで、次に行う猟の吉兆を占う良い機会ともなる。この野 生動物に対する相反する 2 つの行動が成立しているのは、西崎が「地域に根差した獣害対策」 と表現した、昔からの伝統的な方法を用いることで、獣害問題に対して比較的寛容な行動をと ってきたからだとされている。先に述べた2 つの行動のどちらも選択可能な、人と動物が直接 的に交渉可能な空間があることが、寛容な行動をとることを可能にしている。 4.3 入山との比較 この節では、前節で取り扱ったアフリカ、エチオピアのアリ族の獣害対策と、入山における 事例とを、前節で取り扱った「被害への寛容さ」、「越境」、「地域に根差した獣害対策」という キーワードを中心に比較をしていく。 この三つが可能になるためには、人と動物が直接的に交渉可能な空間があることが条件にな るが、調査を経て入山の山と人間の居住区との間には、そういった空間の存在があるような事 実は見受けられなかった。入山の人びとは、アリ族の事例と同様に農作物を荒らす野生動物た ちを追い払いたいという考えはもっているのだが、その一方で、村で罠にかかった野生動物で 狩猟の吉兆を占うような、動物から人間への施しがあるとは考えていないようだった。入山に おいて、人間の居住区に下りてくる動物が歓迎されることはまずない。むしろ有害駆除という 言葉にも顕著に表れているが、忌避される対象として扱われている。このことから、アフリカ の人びとは、「被害への寛容さ」を持ち、人間と動物双方向の「越境」を可能にすることで、「地 域に根差した獣害対策」を行っていたのだが、入山の人びとにおいては、動物が人里に「越境」 してくることを侵入と捉えているため、当然「被害への寛容さ」を持つことができず、結果と してアリ族のような「地域に根差した獣害対策」を行うことができていないことがわかる。 西崎の見解を用いて入山の獣害問題を解決するとすれば、「被害への寛容さ」を持って「地域 に根差した獣害対策」をとる必要があると考えられるが、では実際にはどのような考えと対策 をとっていくことが入山では必要とされているのだろうか。 4.4 動物から山林への影響 ここまでは、良くも悪くも影響を与えている人間の山林への介入をあげてきたが、忘れては ならないのは、これは人間のみに可能な行動ではなく、そもそも動物たちにも山林を維持して いく力は備わっている。入山周辺の山林でも出没するという鹿も、木の幹を食べて山林の破壊 を破壊するという話も聞けたが、その一方で山林の環境を維持していくためにも一役買ってい る。『獣たちの森』のなかで大井徹は、人間による自然への大きなかく乱がなかった時代には、
ニホンジカは適度な採食により樹木の実生を被陰するササを減らし、糞尿による施肥効果でも って森林の更新をうながすこともあったのではないか、という考えを述べている(大井 2004)。 鹿が木の幹を食べ、木をからしている行為は、本来であるならば人間が行う間伐と同じような 効果を持ち、山林の生態系を維持する役割を担っている。しかし、動物が本来行ってきた行為 が、人間の理不尽な介入によって環境に変化を引きおこされた結果、人間の視点から勝手に獣 害と呼ばれ、最初から被害者と加害者が決まっているかのような事態がおこってしまっている。 聞き取り調査のなかでも、私も含めて人間側が絶対的な被害者であるという考えを抱いている 人びとが圧倒的に多い印象だった。そのなかで私が早急に必要だと感じたことは、山林の生態 系の維持または回復を図るために、人と動物が同じ生態系に属している生物だと認識し、どの ような境界を作り上げていくかという人間側の意識だ。獣害問題を根本的に解決するには、動 物側をも巻き込んだ対策をとらなければならない。 4.5 境界からみる獣害問題 西崎は、アフリカの事例が示すように、国立公園を設立することで人間の生活空間と野生動 物たちの生息している地域のすみわけ手法との分断を図るようなすみわけ手法には限界があり、 人間社会に野生動物が出没することは不可避である、と述べている。つまり、獣害対策が人と 動物のすみわけを図るものである限り、獣害問題を完全に解決をすることがほとんど不可能に 近いということだ。 現在、入山で行われている獣害対策は、動物の数を減らし、山から動物がほとんど下りてこ なかった「人と動物のすみわけがなされていた時代」に少しでも近づけようとするものである。 しかし、先に述べたように、動物の人間への慣れや爆発的な個体数の増加により、かつてとは 異なった状況にあるため、過去と同じ状態にまで戻そうとすることは、非常に困難であると考 えられる。 そこで必要になってくるのは、被害の絶対量を減少させることだけではなく、入山の獣害問 題に対する被害者の許容範囲を広げることだ。つまり積極的な妥協をすることが求められてい るのだ。アフリカの事例では「越境」は人間と動物のどちらにでも許される行為であったよう に、動物が人里に「越境」してくることの、許容の基準をあげていく必要があると考えられる。 5 日本の山林の現状 ここまではエチオピアなどの事例をもとに人間と動物との関係を述べてきたが、本節では小 林茂の論を参考に、日本の山林の現状について触れていく。日本の林業の衰退原因として、主 に安価な外材の輸入と高度経済成長期の燃料革命があげられる。現在ではこれらの原因で林業 が衰退したため、管理が行き届かなくなってしまった山林を保護しようとする活動もある。こ の日本の山林保護に関する問題点を小林は述べている。人びとは山林が問題を抱え始めた時期 を高度経済成長期前に設定している場合が多いが、問題がおこった原因と現在における解決策 は完全にはつながりを持たないのだ。山林を取り巻く環境や山林それ自体は日々変化をしてい くもので、過去の森林とは同じものであるとは言い切ることができない。つまり、先にあげた 高度経済成長時の二つの原因を解決すること自体が、現代においての山林が抱える問題を解決 するとは必ずしも言えないのだ。山林が抱えている問題は、時代に合わせた解決方法を用いて、 さらに人間と動物の共存していけるような長期的な目標を設定することが重要になってくる。
6 入山のとるべき対策 本節では、今後入山がとっていくべき対策について提言したい。入山の獣害問題は、ほか の問題が目に見える形で現れたものに過ぎないため、農家や猟友会の手によって行われている 駆除活動が獣害問題を完全に解決する手段として十分であるとはいえないことがわかった。も ちろん、駆除活動も必要な手段であるには違いないのだが、それとともに、かつては人里にま で下りてくることは少なかった動物たちが、ここまで農作物を荒らしに来るようになった原因 を知ることが獣害を減らすことへとつながっていくのではないだろうか。このことから私は、 今後入山がとっていくべき方針は2 つあると考える。 一つ目は、現在行われている対策をより強化し、動物の被害による絶対量を減少させていく というものだ。この方針をとることのメリットは、一定の効果があらわれるのが比較的早いこ とだ。たとえば、畑での対策を例にあげると、電気柵やトタン板などを適切に設置すれば、設 置後すぐにある程度の効果を発揮することができる。また、銃や罠を用いた対策は畑で行われ るものよりは効果を得るための過程が少々複雑ではあるのだが、猟でとらえた分だけ数を減ら せるし、動物にあの地域は危険だと思わせることもできる。しかし、一方でデメリットもある。 それは目に見えている被害にのみに着目して、被害が増加した原因の本質がなおざりにされて しまっていることにある。やはり、動物が人里にまで活動範囲を広げた原因を、動物たちの視 点から考えなければならないだろう。動物による被害の量を減少させるために銃や罠を用いて 捕獲するのは、人間の視点からの発想であると言っていい。人間と動物両方の視点から獣害問 題を見る目線こそがもう一つの方針につながってくる。 二つ目は、入山周辺の荒れた山林に人の手をくわえることによって、管理された山林を作り 上げ、人の居住区と動物の生息地との境界をはっきりさせていくものだ。この方法は4 章で述 べた内容と矛盾が生じているのだが、それについては後に説明をする。新東名高速道路の建設 が山に住む動物への影響を与えたという話は、人が山林に対して介入しすぎた例だったが、逆 に、人が山林に対して植林や間伐などを通して介入せず、放置することも山林の崩壊へとつな がり、動物たちへの影響を与えていたと考えられる。先に述べた管理された山林とはこのどち らにも当てはまることはなく、理想で言えば、人と動物のパワーバランスの均衡がとれた状態 の山林のことだ。この定義と照らし合わせると、入山の山林は管理された山林とは言えないだ ろう。そして人と動物の境界があいまいな原因として、人が介入しすぎた事例と人が介入しな さすぎた事例のどちらも持ちあわせている。介入しすぎた事例は、新東名高速道路の建設とい う国家事業であり、元の環境に戻すという解決手段は現実的ではない。そこで変えていく余地 があるとすれば、介入しなさすぎた事例であげた間伐や植林などだ。間伐や植林などの山林へ の介入を積極的に行うことで、人と動物の両者にとって利益のある環境がつくりあげられ、長 い目でみれば獣害問題解決もみえてくるだろう。 今後、入山の人びとは、もう一度人と動物の境界を人間の手で、または動物の手をかりなが ら、管理された山林をつくりあげていく必要がある。人間の手で管理された山林をつくりあげ ることで人間と動物の生活区域の境界を明確化するべきなのだ。しかし、先にアフリカの国立 公園を事例に出して述べたように、境界を明確化しても完全に分離させることは不可能だとさ れている。そこで現在、本当に必要とされているのは、本来矛盾が生じるはずの、人間と動物 の生活区域を明確化しようとする排他的な考えと、境界を分断させることは不可能であるため、 ある程度干渉されることには寛容的な対応をとり、動物との共存を受け入れていこうとする融 和的な考えの歩み寄りだろう。この2 つの考えは全く逆方向の異なるものであると考えること ができ、それぞれの考えが交差する地点が、その地域における最善策といえるのではないだろ
うか。二つの異なる考え方の交差点である最善の地点まで持っていくには、それぞれの考えを 達成するための行動をとらなければならない。 まず双方に排他的な施策の共存を実現するためには、上述のように害獣の駆除と治山を通し た境界の明確化という2 種類の行動をとらなければならない。この 2 種の行動をとることで、 まずは人間と動物の境界を明確に引くことにつながるだろう。次に融和的な考えについてだが、 動物の生態調査を行い、資料を読むことで、動物が生きていくための知識を手に入れることで 理解を深めることが必要であるだろう。森林を保護する治山行為に関しては動物の生活空間を 守ることにもつながるので、両者にとってプラスになる行為といえるだろう。 排他的な考えと融和的な考えの歩み寄りによって生まれる最善の地点は、その地域を取り巻 く環境によって異なるため、ほかの地域の事例を完全に模倣してもよい結果が得られるとは言 い難い。そのため、地域に応じた状況を勘案しつつ実際に行動に移しながら、人と動物の共存 にとっての最善の地点を模索していく必要があるのだ。 7 おわりに 私は山にテーマを決めて調査を進めたが、当初予想していた山林が抱えている問題とは異な った視点から、調査に取り組むことができた。その結果として、獣害という目に見える形であ らわれる山林の生態系の変化は、人の居住区と野生動物の生息地を分離するのが困難であると いう理由から、完全に解決を図ることはほぼ不可能であることがわかった。そのため人間は、 動物を駆除するという形で被害を減らしていくとともに、動物に対して寛容的な態度をとるこ と、つまりどこかで妥協することが必要とされている。また、山林という人と動物の境界は、 人が介入しすぎても、介入しなさすぎても悪い結果を招くため、動物からの介入とのバランス をうまくとる必要があることも同様にわかった。入山でもかつてはこのバランスが人びとの 日々の生活のなかでの営みと動物たちの営みとの間で自然にとられていて、管理の行き届いた 良い山林環境が維持されていた、と船場に住む人が語っていた。このことを単に過去のことと 流してしまうのではなく、今後の大きな目標として頭のなかに入れておくことが重要になって くるだろう。 また日本語で獣の害と書く、獣害という言葉の意味を推測すると、被害者は人間だと決めつ けられがちだが、新東名高速道路の例を何度もあげたように、元を辿れば実は人間が発端とな っている可能性も多々ある。地域に根差した獣害対策を行っている前章で述べたエチオピアの アリ族では、日本人が獣害と呼んでいる言葉は存在していないらしい。日本人も過剰に被害意 識を持つのでなく、彼らのように動物との相互的な関係を、山林を通して作り上げていく必要 がある。そして、長期的に見れば、こうした視点や関係性の確保こそが入山が抱えている獣害 問題を解決することへとつながっていくのであろう。 私が当初考えていた調査結果とは異なるものとなったが、入山の人びと、動物、そして山林 という三者の関係性を知ることで、獣害問題が抱えている問題の本質に目を向けることができ た。入山では高齢化などにより、すぐに対策をとることが困難ではあるのだが、山林を管理す るということは獣害問題を解決することのみならず、土砂災害などを防ぐことにもつながるた め、農家や自家栽培をする人びと、猟友会の人びとに限らず、地区の住民で取り組まなければ ならない問題の一つである感じた。
謝辞 今回の調査にご協力いただき本当にありがとうございました。入山の方をはじめ様々な方々 に温かく受け入れていただいたおかげで円滑に調査を行うことができました。 参考文献 大井徹 2004 『日本の森林/多様性の生物学シリーズ ③ 獣たちの森』東海大学出版会。 小田切徳美 2010 『農村再生の実践』 小林茂 2009 「環境史からみた日本の森林―森林言説を検証する」池谷和信編『地球環境史からの 問い ヒトと自然の共生とは何か』岩波書店:154-189。 西崎伸子 2012 「隔離された越境性の再検討 エチオピアの獣害対策におけるローカルな境界認識を 手がかりにして」 奥野克巳編『人と動物の人類学シリーズ 第Ⅳ部 来るべき人類学5』春 風出版:265-290。