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研究カテゴリー :Action Research 博士論文 2019 年度 オタク文化の専門研究機関の発足とその効果 ~ 世界オタク研究所の活動から ~ 慶應義塾大学大学院 メディアデザイン研究科 亀山泰夫

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研究カテゴリー:Action Research

博士論文 2019年度

オタク文化の専門研究機関の発足とその効果

~世界オタク研究所の活動から~

慶應義塾大学大学院

メディアデザイン研究科

亀山泰夫

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本論文は慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に 博士(メディアデザイン学)授与の要件として提出した博士論文である。 亀山泰夫 研究指導コミッティ: 中村伊知哉教授(主指導教員) 杉浦一徳教授(副指導教員) 加藤朗教授(副指導教員) 論文審査委員会: 杉浦一徳教授(主査) 加藤朗教授(副査) 石戸奈々子教授(副査) 中村仁准教授(副査 跡見学園女子大学)

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博士論文

2019 年度

オタク文化の専門研究機関の発足とその効果

~世界オタク研究所の活動から~

論文要旨

本研究の目的は、オタク文化の専門研究機関の活動が、アニメ産業関係者と関 連分野の研究者等に及ぼす効果を確認し、考察を加えることである。 アニメーションは、世界中で幅広く使われている映像表現手法だが、アニメは 特に日本産のアニメーションを指した呼称である。日本において、アニメは独特 な形で進化し、産業として、文化として世界から注目されるようになった。アニ メへの注目の高まりとともに、アニメ研究は国内外で盛んに行われるようにな った。また、アニメの人気とともに拡大したオタクの活動は、アニメをはじめと したコンテンツに強い影響力を持つようになった。しかし、これら研究者やオタ クの知見がアニメ産業関係者と共有される機会は少ない。こうした状況の中、本 研究においては、世界のオタクイベントと産学官にわたるユニークなネットワ ークを持つ「世界オタク研究所」(World Otaku Institute、以下「WOI」)を発 足し、産業界、研究者、オタクの知見共有を中心とした一連のアクションを実施 し、その効果を確認し、考察を加えた。 本研究のアクションの対象は、アニメ産業界とその周辺で、プロデュースや関 連事業に係る関係者とその予備軍、アニメ産業を支援する関係官庁、アニメに題 材とする研究者とした。この対象に向けて、国内外でのシンポジウム、講演会イ ベントを中心とするアクションを実施した。そして、これらのアクションにより 対象によるコミュニティ形成、オタクの知見の政策への反映といった効果を 確認できた。 また、WOI が持つ特性による効果の確認や研究者ネットワークの形成といっ た副次的効果も得ることができ、さらにWOI の今後の課題と活動の方向を導き 出した。

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キーワード:オタク文化、アニメ産業、オタクイベント

慶應義塾大学大学院

メディアデザイン研究科

亀山泰夫

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Abstract of Doctor’s Thesis of Academic Year 2019

Effect of Constructing a Specialized Study Organization

of Otaku Culture

-From the Activity of World Otaku Institute-

Summary

The purpose of this study is confirmation and consideration of the effect of the activity of the specialized study organization of the Otaku culture.

Animation is picture expression technique used widely all over the world, but Anime is the name that pointed to the animation of Japan particularly.

Anime evolves in a unique style and attract attention as industry and culture from the world. With a surge of the attention to animation, various Anime studies are carried out at home and abroad. In addition, with popular expansion of Anime, the activity of Otaku spread. The activity of Otaku has strong influence in contents including Anime now. However, there is few opportunity for researchers and Otaku share knowledge with Anime industry.

In such situation, this study envisioned and started World Otaku Institute (WOI). WOI is a specialized study organization of the Otaku culture having an unique network for international Otaku events and the industries, study organizations and government. And this study carried out a series of actions of WOI and summarized the effect in this thesis.

The object of the action of this study is produce company people of Anime and an associated company people of Anime business, and the government people who supports Anime industry, and researchers of Anime study.

This study carried out the actions mainly on the lecture event and symposium for this object in Japan and foreign countries. And confirmed the effects such as community formation by the object, reflection to a policy of the knowledge of Otaku by these actions.

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In addition, this study got a spin-off such as the confirmation of the effect of a unique network which WOI had and the formation of the researcher network. Furthermore, this study arrived at the direction of the future problem and activity of WOI.

Keywords:

Otaku culture, Anime Industry, Anime Convention,

Graduate School of Media Design, Keio University Yasuo Kameyama

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第 1 章 序論 1 1.1 本研究の概要と目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1.1.1 本研究の目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 1.1.2 コンテンツ分野における産学の知見共有への注目・・・・1 1.2 WOIの特徴と体制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3 1.2.1 既存の研究機関と異なるネットワーク・・・・・・・・・3 1.2.2 CiP協議会とIOEAとの連携・・・・・・・・・・・3 1.2.3 オタク文化の専門研究機関・・・・・・・・・・・・・・4 1.2.4 WOIの目的・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 1.2.5 WOIの体制・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 1.3 本研究の対象と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 1.3.1 本研究の対象・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 1.3.2 本研究の方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 1.4 本研究の意義・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・9 第2章 アニメとオタク文化の関係性 11 2.1 日本のアニメの特徴・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 2.1.1 制作手法の特徴と世界への浸透・・・・・・・・・・・11 2.1.2 日本のアニメの影響力・・・・・・・・・・・・・・・12 2.1.3 日本のアニメの多様性・・・・・・・・・・・・・・・13 2.1.4 日本のアニメの特異な環境・・・・・・・・・・・・・16 2.2 オタク文化とアニメの関係性・・・・・・・・・・・・・・・・16 2.2.1 アニメやマンガを楽しむ大人たち・・・・・・・・・・16 2.2.2 オタク第一世代とメディアとの関係・・・・・・・・・18 2.2.3 映像複製技術の進化とオタク誕生の背景・・・・・・・22 2.2.4 「新世紀エヴァンゲリオン」、「電車男」とオタクの一般化 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・23 2.3 オタク文化の研究対象としての重要性・・・・・・・・・・・・24 2.3.1 変化し続けるオタクの定義・・・・・・・・・・・・・24 2.3.2 オタク文化研究の意義・・・・・・・・・・・・・・・26

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2.4 アニメ産業が直面する問題・・・・・・・・・・・・・・・・・30 2.4.1 アニメ産業が直面する問題・・・・・・・・・・・・・30 2.4.2 課題解決と本研究、WOIとの関係・・・・・・・・・32 第3章 関連研究 34 3.1 国内外の研究機関の先行事例・・・・・・・・・・・・・・・・34 3.2 オタクあるいはオタク文化に関する研究・・・・・・・・・・・37 3.3 国、地域ごとのアニメやマンガの受容・・・・・・・・・・・・39 3.4 アニメを題材とした様々な分野での研究・・・・・・・・・・・40 第4章 WOIが向かう方向と本研究の方向 42 4.1 WOIが向かう方向・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・42 4.2 アクションリサーチの目的・・・・・・・・・・・・・・・・・43 4.3 アクションA,B,Cの内容、目的、効果・・・・・・・・・・・43 4.3.1 アクションAの実施内容、目的、成果・・・・・・・・44 4.3.2 アクションBの実施内容、目的、成果・・・・・・・・44 4.3.3 アクションCの実施内容、目的、成果・・・・・・・・45 第5章 アクションA 46 5.1 アクションAの実施概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・46 5.2 オーガナイザー向け調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・47 5.2.1 オーガナイザー向け調査の実施内容・・・・・・・・・47 5.2.2 オーガナイザー向け調査の回答状況・・・・・・・・・48 5.2.3 オーガナイザー向け調査の回答内容・・・・・・・・・50 5.2.4 オーガナイザー向け調査のまとめ・・・・・・・・・・60 5.3 イベント参加者向け調査・・・・・・・・・・・・・・・・・・62 5.3.1 イベント参加者向け調査の実施内容と回答・・・・・・62 5.3.2 イベント参加者向け調査のまとめ・・・・・・・・・・66 5.4 産学関係者によるシンポジウム・・・・・・・・・・・・・・・67 5.4.1 シンポジウムの概要・・・・・・・・・・・・・・・・68 5.4.2 講演とディスカッションの内容(サマリー)・・・・・・69 5.5 シンポジウム来場者アンケート分析・・・・・・・・・・・・・70 5.6 アクションAの効果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・73 5.6.1 オタクイベントネットワークとの連携による効果の確認 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・73

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5.6.2 産学の知見共有の場を作ることで得られる効果の確認 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・74 5.6.3 WOIの活動に対する対象の反応・・・・・・・・・・75 5.6.4 アクションBに向けて・・・・・・・・・・・・・・・76 5.7 アクションAの事後活動・・・・・・・・・・・・・・・・・・76 第6章 アクションB 78 6.1 アクションBの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・78 6.1.1 WOI発足~世界オタク研究所スタートイベント~・・78 6.1.2 コミケと同時開催~世界オタク研究所講演会#1~・・84 6.1.3 アニメ産業界からの知見共有1 ~YouGoEXアニメカンファレンス1~・・・・ 89 6.1.4 アニメ産業界からの知見共有2 ~YouGoEXアニメカンファレンス2~・・・・・93 6.1.5 参加者からの持ち込み企画 ~世界オタク研究所講演会#2~・・・・・・・・・・98 6.2 参加者アンケートの分析(アクションB総合)・・・・・・・・102 6.3 アクションBの効果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・・105 6.3.1 産学の知見交換の場を作ることの効果の確認 ・・・・105 6.3.2 コミュニティ形成の可能性・・・・・・・・・・・・ 106 6.3.3 アクションCに向けて ・・・・・・・・・・・・・・107 第7章 アクションC 108 7.1 アクションCの概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・108 7.2 ボローニャ「Nip Pop」への参加と成果・・・・・・・ 108 7.2.1 Nip Pop・・・・・・・・・・・・・・・・・ 108 7.2.2 Nip Popでの講演会イベント概要・・・・・・ 109 7.2.3 Nip Popでの講演会イベントの効果・・・・・ 109 7.3 ロサンゼルス「Anime Expo 2019」への参加と成果・110 7.3.1 つづきみ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・110 7.3.2 「AX2019」で開催したイベントの概要・・・・・・111 7.3.3 イベントの効果・・・・・・・・・・・・・・・・・111

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7.4 国内イベントでの活動報告・・・・・・・・・・・・・・・・113 7.4.1 海外活動の報告を兼ねた講演会イベントの開催・・・113 7.4.2 参加者アンケート分析結果・・・・・・・・・・・・114 7.5 バルセロナ「Manga Barcelona」 への参加と成果・・・・・117 7.5.1 国内外研究者による意見交換の場の形成・・・・・ 117 7.5.2 バルセロナ アカデミックセッションの内容と効果・ 117 7.6 アクションCの効果と考察・・・・・・・・・・・・・・・・118 7.6.1 WOIが持つネットワークの効果・・・・・・・・・118 7.6.2 国内外の研究者の知見交換が対象にもたらす効果・・119 7.6.3 対象によるコミュニティ形成の可能性(他)・・・・ 119 第8章 本研究の効果の確認と考察 121 8-1 WOIの活動が対象に与えた効果・・・・・・・・・・・・・121 8.1.1 対象を中心としたコミュニティの形成と活性化・・・ 121 8.1.2 対象による研究機関の活用の可能性・・・・・・・・ 122 8.1.3 産学の有識者のネットワーク形成・・・・・・・・・ 122 8-2 WOIのネットワークの効果・・・・・・・・・・・・・・・123 8.2.1 オタクイベントネットワークの効果・・・・・・・・・123 8.2.2 海外大型オタクイベント活用の可能性・・・・・・・・124 8.2.3 産官との協力関係拡大の可能性・・・・・・・・・・・124 8-3 WOIの課題と本研究後の活動・・・・・・・・・・・・・・ 124 8.3.1 問題意識・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 124 8.3.2 ネットワークの強化と拡大・・・・・・・・・・・・・125 8.3.3 アニメ研究、オタク研究の学問分野としての確立・・・126 8.3.4 他団体との連携・・・・・・・・・・・・・・・・・・126 第9章 総括 129 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 133 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 135

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1-1 IOEAの理事イベント・・・・・・・・・・・・・・・・・・4 2-1 2019 年 10 月に放送を開始したテレビアニメ・・・・・・・・14 2-2 第一次アニメブームに放送を開始した主なテレビアニメシリーズ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20 5-1 オーガナイザー向け調査:回答を寄せたイベント(国別)・・ 48 5-2 オーガナイザー向け調査:回答を寄せたイベント名・・・・・48 5-3 日本コンテンツの楽しみ方・・・・・・・・・・・・・・・・51 5-4 日本コンテンツが人気を拡大した時期・・・・・・・・・・・53 5-5 日本コンテンツの人気上昇のきっかけとなった作品・・・・・54 5-6 男児向けの人気作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・55 5-7 女児向けの人気作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56 5-8 成年男性の人気作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・57 5-9 成年女性の人気作品・・・・・・・・・・・・・・・・・・・58 5-10 各カテゴリーで海外作品が占める比率・・・・・・・・・・・58 5-11 子供向け人気作品としてタイトルが上がった主な海外作品・・59 5-12 世界各地のイベントユーザー調査 回答者の地域別内訳・・・63 5-13 日本コンテンツの視聴方法・・・・・・・・・・・・・・・・66 6-1 アクションB1~5回答者のプロフィール・・・・・ ・・ 102 6-2 アクションB1~5WOIへの期待・・・・・・・・・・・103 6-3 アクションB1~5取り組みを期待するテーマ・・・・・・104 7-1 アクションB、C参加者調査:回答・・・・・・・・・・・114 7-2 WOIへの期待・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・115 7-3 イベント等で取り上げてほしいテーマ・・・・・・・・・・115

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1-1 自分にはオタクっぽいところがあると思う」の経年変化・・・・・5 1-2 テレビアニメの消費構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 2-1 日本好きな外国人が日本に興味を持ったきっかけ(欧州)・・・ 13 2-2 日本好きな外国人が日本に興味を持ったきっかけ(アジア)・・ 13 2-3 テレビアニメの消費構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・27 2-4 全日帯(キッズ、ファミリー向け)アニメと 深夜帯(大人向け)アニメの制作分数推移・・・・・・27 2-5 アニメ産業市場の推移・・・・・・・・・・・・・・・・・・・30 2-6 アニメ産業市場の国内と海外・・・・・・・・・・・・・・・・31 2-7 日本のアニメ産業の海外市場規模・・・・・・・・・・・・・・32 5-1 アクションAシンポジウム参加者が興味を持ったテーマ・・・・71 5-2 アクションAシンポジウム参加者の海外調査への関心・・・・・72 5-3 アクションAシンポジウム参加者が国際的研究機関に期待する機能 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・72 6-1 アクションB1回答者の職業・・・・・・・・・・・・・・・・81 6-2 アクションB1WOIに期待する機能・・・・・・・・・・・・82 6-3 アクションB1イベント等で取り上げてほしいテーマ・・・・・82 6-4 アクションB2回答者の職業・・・・・・・・・・・・・・・・86 6-5 アクションB2WOIに期待する機能・・・・・・・・・・・・87 6-6 アクションB2イベント等で取り上げほしいテーマ・・・・・・87 6-7 アクションB3回答者の職業・・・・・・・・・・・・・・・・92 6-8 アクションB3WOIに期待する機能・・・・・・・・・・・・92 6-9 アクションB3イベント等で取り上げほしいテーマ・・・・・・93 6-10 アクションB4回答者の職業・・・・・・・・・・・・・・・95 6-11 アクションB4WOIに期待する機能・・・・・・・・・・・96 6-12 アクションB4イベント等で取り上げほしいテーマ・・・・・97 6-13 アクションB5回答者の職業・・・・・・・・・・・・・・100 6-14 アクションB5WOIに期待する機能・・・・・・・・・・101 6-15 アクションB5イベント等で取り上げほしいテーマ・・・・101

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1 章

序 論

1.1. 本研究の概要と目的

1.1.1 本研究の目的

本研究の目的は、オタク文化の専門研究機関の活動が、アニメ産業関係者と関 連分野の研究者等に及ぼす効果を確認し、考察を加えることである。 本研究においては、本稿1-3 において詳述するコミュニティに対し、産学の知 見共有を中心とする一連のアクションを実施し、コミュニティの変化と、活動に 付随して発生した様々な効果を確認し、考察を加えた。 筆者は2014 年より、アニメビジネスの課題とその解決をテーマに研究を開始 した。そして、研究活動の中でアニメ、マンガ、デジタルゲーム等のコンテンツ 分野における産学の知見共有に注目し、世界のオタクイベントと産学官にわた るユニークなネットワークを持つオタク文化の専門研究機関である「世界オタ ク研究所」(World Otaku Institute、以下「WOI」)をもって、アニメ産業界関 係者と研究者、国内と国外の研究者、分野の異なる研究者の知見共有の促進を中 心とする活動を開始した。 本研究においては、WOI の発足に向け、2016 年 11 月から 2019 年 11 月の期 間に段階的に実施した準備活動、発足後の初期活動を、その実施時期、活動内容 から 3 つに分類し、活動の効果をアクションリサーチの手法をもって確認し、 考察を加えた。なお、本研究においては、様々なコンテンツ分野の中から、アニ メ分野を中心的に扱ったが、この分野を選択した理由については本稿第 2 章に おいて詳述する。

1.1.2 コンテンツ分野における産学の知見共有への注目

アニメ、マンガやデジタルゲーム等が日本独自に進化をとげたコンテンツ分 野として国内外から注目されるようになって久しい。任天堂のファミリーコン ピューターが海外展開を開始した 1980 年代後半から、「ポケットモンスター」 が世界的な成功を収めた1990 年代後半までのほぼ 10 年間に、アニメ、マンガ

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やデジタルゲームは文化として、産業として国内外から注目され、政府が推進す るクールジャパン政策の柱として位置づけられるようになり、海外展開支援等 様々な施策が行われている。 しかし、現在、テレビから映像配信へ、紙から電子へというような、デジタル 化の進展によるメディアの大きな変化とこれに伴う日本から世界へという市場 の拡大は、コンテンツ産業に事業の転換を迫っている。デジタルゲームの分野は 1980 年代から世界展開をスタートし、既に世界を市場とした展開が定着した感 があるが、アニメ、マンガはメディア、市場の転換に直面している。筆者はこう した産業界の課題の解決に資するとともに、学術研究の振興に資する施策とし て、この分野での産学の知見共有に注目した。 日本のコンテンツに対する世界からの注目を背景に、国内外の様々な分野の 研究者がこれらを題材あるいは対象とした研究を行うようになった。しかし、こ れらの研究を産業界が活用する機会は少ない。産学の連携は、他の産業分野では 盛んに行われ、また、コンテンツ産業の中でもデジタルゲームの分野では盛んに 行われているが、アニメの分野に関しては、制作技術を除いてほとんど行われて いない。例えばメディア全体の変化を俯瞰した分析や、海外の事例を集めた将来 予測のような他の業界で当たり前に行われていることがこの業界ではほとんど 行われていない。 また、産学の間だけでなく、産学それぞれの内部においても知見交換の場は少 ない。アニメを題材とした研究は国内外で盛んに行われるようになったが、アニ メ学のような専門分野が確立されているわけでなく、個々の研究者はそれぞれ の専門分野からアニメを題材に研究している。結果として、分野の異なる研究者 同士が意見交換する場が少ない。さらに、国内の研究者と海外の研究者が意見交 換する場も少なく、両者の研究に隔たりがあることも指摘されている(三原 2010.a1、辻・岡部20142 筆者は、筆者が所属する一般社団法人CiP 協議会(以下、「CiP 協議会」)が、 IOEA と連携したオタク文化研究機関を、主担当として立ち上げるにあたり、 産学、国内外の研究者、分野の異なる研究者を結び付け、両者の知見共有の場を 創出する活動を行うことで、産業と学術双方の発展振興に貢献する研究機関が 構築できるものと考えた。 1 三原龍太郎(2010)「ウロボロスの環、あるいはアニメオリエンタリズム試論」76~81 頁 2 辻泉・岡部大介(2014)「今こそ、オタクを語るべき時である」19 頁

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1.2. WOI の特徴と体制

1.2.1 既存の研究機関と異なるネットワーク

WOI3は、既存の研究機関とは異なる2 つの特徴を持つ研究機関である。ひと つは、産学官に幅広いネットワークを持つ CiP 協議会と、世界中に広がるオタ クイベントのネットワークを持つ IOEA が連携することで生まれるユニークな ネットワークである。 CiP 協議会は、東京都港区竹芝地区に「デジタル×コンテンツ」の産業拠点を 構築することを目的に、同地域の開発、運用を東京都から受託した株式会社アル ベログランデ(東急不動産株式会社と鹿島建設株式会社が竹芝地域開発を目的 に設立した合弁企業)と慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(以下、 「KMD」)が中心となって 2015 年に設立された。CiP は Contents Innovation Forum の略で、同協議会には、通信、放送、広告、音楽、アニメ等多様な分野 の 50 以上の企業、団体が会員として加入し、「研究開発」、「人材育成」、「起業 支援」、「ビジネスマッチング」の 4 分野を中心に多様なプロジェクトを進めて いる4

1.2.2 CiP 協議会と IOEA との連携

IOEA は、オタク文化の世界的な発展を目的に結成された団体である。日本に 事務局を置き、表1-1 に示した 8 つの理事イベントを中心に世界 50 の国と地域 の138 イベント(2019 年 12 月末日現在)が加盟している5。IOEA に加盟する イベントの多くは日本のアニメ、マンガ、ゲームの愛好者を対象としたもので、 それらの参加者はアニメの愛好者が圧倒的に多い。 アニメは1960~70 年代から北米、西欧の一部(主にフランス、イタリア、ス ペイン)、東南アジア(台湾、韓国、香港、インドネシア等)で放送され、人気 を得ていたが、2000 年代から主にインターネットを介した違法な視聴、2010 年 前後からは正規許諾を受けたインターネット配信が広がり世界中で視聴される ようになった。視聴者の拡大を受けてアニメファンは急速に増大し、世界各地で アニメコンベンションやコスプレイベント等のオタクイベントが開催され、 多くの参加者を集めるようになった。 IOEA は、このようなオタクイベントの主催者(オーガナイザー)が加盟する 3 世界オタク研究所 https://w-o-i.org 4 CiP 協議会 https://takeshiba.org/ 5 国際オタクイベント協会(IOEA)https://ioea.info/i-o-e-a-top/

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団体である。個々のイベントの出自はそれぞれだが、大学のアニメクラブの活動 を母体として拡大したものも多く、中核メンバーとして参加する研究者や、研究 者にコネクションを持つオーガナイザーも多く、IOEA を通した多様なネット ワーク形成が期待できる。 IOEA は本研究を計画した 2016 年時点において、対外活動の方向性を模索し ており、オタク文化の専門研究機関という発想に共感を得て、CiP 協議会との連 携関係を結んだ。産学官に幅広いネットワークを持つ CiP 協議会と、世界中に 広がるオタクイベントのネットワークを持つ IOEA の連携は、産学の知見とこ れを支援する官とのパイプ、そして世界に広がるファンの視点を合わせ持つ、既 存の研究機関にない広がりを生み出すものである。 表1-1. IOEA の理事イベント 地域 イベントタイトル 開催都市 設立年 北米 Otakon=オタコン Sakuracon=サクラコン ワシントン シアトル 1994 年 1998 年 中南米 Animedreams=アニメドリームス サンパウロ 2004 年 欧州 Romics=ロミックス(ローマ/イタリア) *Manga Barselona=マンガ・バルセロナ ローマ バルセロナ 2001 年 1995 年 アジア Ani-Com & Games Hong Kong=アニコム香港 香港 1999 年 日本 コミックマーケット ニコニコ超会議 東京 千葉 1975 年 2012 年 *2019 年より「Salon del Manga de Barcelona/サロン・デル・マンガ」を改称

IOEA の会員リストをもとに作成

1.2.3 オタク文化の専門研究機関

WOI のもうひとつの特徴は、オタク文化の専門研究機関という方向設定だ。 アニメ、マンガ等のコンテンツは、日本独自の形で進化してきたが、「オタク」 の出現とともに相互関係が生まれ、その進化を加速した。 「おたく」という言葉が現在に近い意味で使われだした頃、「おたく」は「い い年をしてアニメやマンガに夢中になって、たくさんのお金や時間を費やして いる人」として差別され、「性格が暗い」、「ファッションがダサい」と攻撃され た。しかしこの後、本稿第2 章で詳述する「おたく」自体の変化や、アニメ、マ ンガ、さらに「おたく」の出現以後に台頭したデジタルゲームの幅広い年代への

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浸透等により、社会に受容され、また、こうした変化の中で「おたく」の表記も 片仮名の「オタク」に変化していった。 辻・岡部(2014)は、オタクの存在の割合に関して、1990 年に宮台真司らが 首都圏に住む若者を対象に行った調査6と、20 年後の 2009 年に松山大学が行っ た同様の調査7を比較して、20 年の間にオタクが激増したことを指摘し(図 1-1)、さらに女性の増加と一般が持つイメージのネガティブからポジティブへの 変化を「オタク・ノーマライゼーション」として、オタクが一般化したとしてい る。 辻・岡部(2014)に掲載された図をもとに作成 図1-1.「自分にはオタクっぽいところがあると思う」の経年変化 オタクの愛好の対象は拡大し、現在では電車やクルマ、カメラや家電、さらに はファッションやスポーツといった当初のおたくのイメージとは対極にある対 象にも「〇〇オタク」という言葉が使われるようになった。しかし、当初からオ タクの愛好の対象だったアニメやマンガはオタクとの相互作用の中で発展、拡 大の歴史をたどっており、オタク文化との関係性が極めて深い。 図1-2 は、テレビアニメの消費を概念図化したものである。テレビアニメを核 とした消費の形態をメディア、商品化、ライブエンタテイメント、周辺文化の4 つに分類してまとめた。テレビアニメのビジネスは作品がこれらの分野で幅広 く消費されることで成り立っており、アニメ制作会社の売上の総和からなるア 6 宮台真司、佐藤俊樹、坂本佳鶴恵、山本泰(1992)「高度技術社会における若者の対人 関係の変容」 7 松山大学人文学部(2010)「若者の生活と文化―愛媛県松山市、東京都杉並区 2 地点比較 調査」 15.80% 0.80% 70% 13.40% 0.00% 10.00% 20.00% 30.00% 40.00% 50.00% 60.00% 70.00% 80.00% 言葉の意味がわからない 無回答 あてはまらない・あまりあてはまらない あてはまる・まああてはまる 90年調査(n=1538) 41% 59.40% 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% あてはまらない・あまりあてはまらない あてはまる・まああてはまる 09年調査(n=308)

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ニメ業界市場に対し、約10 倍のサイズのアニメ産業市場を支えている。そして、 これら周辺産業さらには周辺文化の担い手の中心となるのが、「アニメオタク」 であり、極論すれば、図1-2 の概念図全体が巨大なオタク文化に包含される。 図1-2.テレビアニメの消費構造 勿論、こうした構造を持っているのはアニメ産業だけではない。上記したのは 「オタク文化」の一部に過ぎない。例えば、マンガはアニメの原作となることが 多く、図1-2 のテレビアニメとマンガの位置を入れ替えても違和感がない。 また、現在の日本の音楽産業を支えるアイドルも「アイドルオタク」との密接な 関係に支えられており、これらの分野においてオタクは今後コンテンツとの相 互関係をさらに強め、影響力を拡大すると思われる。 他の研究機関とは異なるネットワークを持つWOI が、このオタク文化の専門 研究機関として活動していくことは、アニメのみならずこれ以外のコンテンツ 分野を対象とした研究活動を行う上でも、大きな特性となる。

1.2.4 WOIの目的

WOI は、産業界と学術研究そして、コンテンツを受容し、様々な方法で拡大 するオタクたちを通して得た知見を蓄積し、広く共有する。専門研究機関として こうした活動を継続的に行うことで、この分野に関する議論を活性化し、現状は 様々な分野からの研究の題材にとどまっているアニメ研究やオタク研究を学の

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分野に押し上げていく。産学のプレーヤーを巻き込んで活動を活発化させ、産業 界との共同研究や産官からの支援を呼び込み、産学双方の発展振興に貢献する。 これがWOI の活動の目的である。 本研究においては、このWOI 発足に向けた準備活動、発足後の初期活動の効 果を確認し、考察する中で、この目的に向かった本研究以後の活動方向を検討 する。

1.2.5 WOI の体制

本研究の活動にあたって、CiP 協議会のプロジェクトとしてオタク文化の専 門研究機関「世界オタク研究所」(WOI)を発足した。プロジェクトとしての 準備活動開始は2016 年 7 月、「世界オタク研究所」(WOI)の名称を対外的に使 用した活動は2018 年 7 月に開始した。 WOI の体制は、CiP 協議会内部の主担当である筆者が外部の組織、個人を巻 き込んで行ういわばプロデューサーシステムである。活動にあたっては、筆者が 外部の研究者等と企画し、イベント等を実施する際の人的リソースについては CiP 協議会が協力、同協議会が費用を負担しつつ、一部の活動に対しては官庁等 の公的資金の支援を得た。 なお、本研究において実施した一連のアクションは、CiP 協議会、IOEA 両団 体の連携のもと、筆者が企画、運営、調査、分析を行ったものである。 筆者は、1986 年から 2012 年まで広告代理店やプロデュース専業会社におい て、アニメを中心としたコンテンツの企画プロデューサーとして、テレビアニ メ、アニメや特撮映画に関する出版物、アニメをテーマとしたアート展等の企画 制作を行ってきた。そして、こうした仕事を行う中でアニメが大きな注目を受け ている一方で、アニメ産業界と異業種、あるいは産学の情報共有が不足している 点に問題意識を持ち、KMD に入学、2014 年に、1960 年代から今日に至る日本 のアニメビジネスの発展の過程を概観し今後の課題を考察した論文8を執筆し、 修士の学位を取得した。現在は、CiP 協議会の事務局メンバーとして活動しなが ら、官庁や民間企業からの調査受託、日本動画協会が発行する「アニメ産業レポ ート」の執筆(共同執筆)等のアニメを中心としたコンテンツビジネスの調査、 研究を行っている。本研究においては、CiP 協議会、IOEA のネットワークに加 え、こうした活動の中で獲得した知見やネットワークを活用した。 8 亀山泰夫(2014)「アニメビジネスの特性分析と課題解決に向けた一提案」

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1.3. 本研究の対象と方法

本研究は、WOI の発足準備活動及び発足後の初期活動を通して CiP 協議会 がIOEA と連携することで生まれる国内外ネットワークの効果、この分野にお ける産学の知見交換の効果、初期活動である本研究以後もWOI が活動を継続 するために参加者や研究者がWOI を取り巻くコミュニティを形成する可能性 について、以下に述べる対象に向けて実施したアクションの効果をもとに考察 したものである。

1.3.1 本研究の対象

本研究の活動の対象としたのは、アニメ産業に係る関係者(以下「アニメ産 業関係者」)と、アニメやオタク文化を題材とした研究を行う研究者である。 アニメ産業関係者とは、監督やアニメーターや脚本家といったクリエイティ ブに係る関係者ではなく、プロデュースと事業展開に係る業務を行う関係者を 指す。「プロデュース」は狭義にも広義にも使われる言葉だが、本来の業務範 囲は広く、アニメの場合は、企画、資金調達、契約、スタッフィング、プロモ ーション、メディア展開、制作管理、関連事業の管理といった分野に及ぶ。ま た事業展開とは、国内外での商品化、放送権や配信権の販売、舞台や展示会等 のライブエンタテイメント展開等を指し、アニメの場合はこれらの業務に様々 な企業が取り組むことで、作品を中心に置いた事業を進める。また、アニメ産 業に対する支援等の施策を行う政府や関係団体等もアニメ産業関係者に含める ものとした。

1.3.2 本研究の方法

本研究においては、WOI のオタクイベントネットワークを使った海外調査 や海外での活動を行うとともに、国内においてはこれらアニメ産業関係者とそ の予備軍(新規参入を検討する異業種企業)、関連研究を行う研究者等を対象 に、研究者や産業界有識者が登壇し、シンポジウムや講演会イベントを実施 し、それらの成果をもとに、WOI の活動の効果、今後の方向性を考察した。 実施した活動は、実施時期、内容によって下記のアクションA、B、C の 3 つに分類される。 1.アクションA(2016 年 11 月~2017 年 3 月に、発足準備活動として実施) 海外アニメコンベンションのオーガナイザー、参加者への調査。

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日本コンテンツの海外展開をテーマとしたシンポジウムの開催。 2.アクションB(2018 年 7 月~11 月に、WOI の初期活動として実施) 国内外研究者、アニメ産業関係者等有識者による講演会イベント5 回の 開催。 3.アクションC(2019 年 5 月~11 月に、WOI の初期活動として実施) 海外イベント(米国、イタリア、スペイン)内での講演会イベント、上映会 イベント、アカデミックセッションの企画と開催。 国内講演会イベント1 回の開催。 それぞれの実施の狙い、内容、成果については本稿第 5~7 章で詳述するが、 これらのアクションを通じて、主にWOI が持つネットワークの効果、産学の知 見の交換が対象にもたらす効果、対象によるコミュニティ形成の可能性につい て確認し、WOI の活動の効果、本研究以後の活動の方向性を考察した。 A、B、C の活動に際しては、それぞれのイベントが対象にとって有用な知 見の交換、提供の場となるよう、研究者等の協力のもとに精査した企画を実施 した。また、A~C のアクションの中で開催した計7回のシンポジウム、講演 会イベント(アクションA=1回、アクション B=5 回、アクション C= 1回)の中では、参加者への自記式アンケートを実施し、反応を収集した。

1.4. 本研究の意義

2016 年のリオデジャネイロ・オリンピックの閉会式で行われた次期開催都市 の紹介パフォーマンスでは、安倍総理大臣がスーパーマリオに扮し、キャプテン 翼、ドラえもん、ハローキティ、パックマンが登場し、日本がこれらのキャラク ターを生み出したコンテンツの母国であることを改めて世界に印象付けた。ま た、これらのキャラクターの登場シーンだけでなく、パフォーマンス全体の演出 の中でも、テクノロジーを下支えにしたオリエンタルな特性を強調した。 戦後、日本が産業を復興し、高度成長を遂げていく中で目指したのは、例え ば自動車や繊維、家庭用電気製品といった産業分野での世界の席巻であり、そ の到達点が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた経済の成長だった。 しかし、今世紀に入った直後から進められるクールジャパン政策は、日本のユ

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ニークな文化を世界に知らせ、海外で稼ぎ、世界の人を日本に呼び込むことを 目指している9。言わば日本のユニークで、ニッチな特性を活かしたブランディ ングであり、リオ五輪の閉会式はこれを端的に表現したものだと言える。 アニメやマンガ等のコンテンツそしてこれらのコンテンツと相互関係にある オタク文化は日本のユニークでニッチな特性の一部を形成しており、本研究が この分野の研究に光をあて、実際の活動を進めつつそれらを産業界と実際に共 有しその効果を確かめることは、これらの研究と産業界の今後の発展の可能性 を拡大する。 また、本研究において扱うアニメ産業に注目してみると、数年来大きな変化の 渦中にあるにも関わらず、業界の中で事例を紹介する試みは行われているが、全 体を俯瞰した分析や、海外の事例を集めた将来予測といった他の業界で当たり 前に行われていることがほとんど行われていない。日本コンテンツのファンで あり、インフルエンサーとしての影響力を持つオーガナイザーの組織と連携し たWOI は、単に情報収集だけでなく、現地での活動拡大の助けとなる。そして、 この分野において、研究者と産業界の知見共有を行いつつ、知見を蓄積する組織 はこれまでにない存在として、産学両方の分野に貢献する。 さらに、WOI の活動を推進し、活発化していくことで、産業界との共同研究 や産官からの支援を呼び込むとともに、アニメやオタクを題材とした研究をア ニメ学、オタク学として学の一分野に押し上げていくことも期待できる。 以下、アニメとオタク文化の関係性とともに、この分野の研究の重要性につ いて詳述し、さらに先行する研究機関とこの分野の研究について簡単なマッピ ングを試みた後に、本研究において実施したアクションの効果を確認し、考察 を行い、本研究後のWOI の活動方向を検討する。 9 経済産業省 商務・サービスグループ クールジャパン政策課「クールジャパン政策につ いて」(平成30 年 11 月)3 頁

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第2章

ア ニ メ と オ タ ク 文 化

の 関 係 性

日本の商業用アニメーション=アニメは産業との密接な関係の中で進化を続 け、現在に見られるような多様な作品群を生み出している。しかし、テレビ番 組のスポンサーや出資者のバックアップだけではこの多様な作品群は生まれて こなかった。その先に作品に愛情を注ぐ存在がいたことが大きく影響したもの と筆者は考えている。クリエーターと産業界、作品に愛情を注ぐオタクを中心 とする消費者との相互作用が現在の多様な作品群を形成したということだ。 以下、本章においては、本研究の対象分野とする日本のアニメの文化、産業 としての特徴とオタク文化との関係性について述べる。

2.1 日本のアニメの特徴

2.1.1 制作手法の特徴と世界への浸透

アニメーションという表現技法は世界に浸透しているが、この中で日本の商 業用アニメーションは“アニメ”と呼ばれ、特異な位置を占めている。国内で “アニメ”という呼び名はごく一般的だが、海外では“アニメ”というと日本 産の商業用アニメーションのことを指す。アニメの特徴は、主に動きを簡略化 し、セル画の枚数を減らすことで制作を省力化するために米国で考案されたリ ミテッド・アニメーションという手法を独自に発展させた制作手法であり、静 止画面を多用して動きを抑えることで経済性を、動きの代わりにストーリーを 重視することで幼児から壮年に至る幅広い年代の視聴者を獲得、産業として発 展した(津堅 2007、2014)10 日本のアニメは、テレビ放送用のアニメーション番組を低予算で制作する手 法を開発したこともあり、海外のアニメーション番組に比較すると安い金額で 海外放送権販売が行われた。日本のアニメは、安価な子供向けの番組素材は各 国の放送局に歓迎され、自国産の作品保護等による規制を受けるまで世界を席 10 津堅信之(2007)「アニメーション作家としての手塚治虫 その軌跡と本質」、同(2014)「日本 のアニメは何がすごいのか」

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巻していた。また一方で、少ない動きをカバーするための様々な制作技法が開 発され、ストーリーが重視されたことで、子供向けに制作されたアニメでも大 人が夢中になるような奥深い設定とストーリーを持った作品が登場し、さらに 本章において詳述する特殊な環境の中で、他国ではあまり例を見ない成年向け アニメの一群を生み出すに至った。

2.1.2 日本のアニメの影響力

コンテンツ産業の影響力は市場規模のサイズでは測れない。一般社団法人日 本動画協会(以下、「日本動画協会」)によれば、2017 年の日本のアニメ産業市 場の総額は2 兆 1,527 億円である11。公益社団法人全国出版協会が発表した同年 のコミック市場規模は紙版と電子版を合わせて4,330 億円である12。一方でトヨ タ自動車の年間売上は30 兆円以上であり、コンテンツ産業分野で世界を席巻す るウォルト・ディズニー・カンパニーの2019 年の年間売上は 695.7 憶ドル(日 本円換算:7 兆 6.527 憶円)である13。世界的な巨大市場となって各国の企業が 激しい競争を行うデジタルゲームを別として、アニメ、マンガは世界的に見れば ニッチな存在だと言わざるをえない。しかし、これら日本のコンテンツの影響力 はその市場規模よりはるかに大きい。 図2-1、2-2 は、内閣府知的財産戦略推進事務局が特定非営利活動法人日本映 像産業振興機構(以下、「VIPO」)に委託して行った日本に好意を持つ外国人 を対象に行った調査14からの抜粋である。日本への関心のきっかけを、回答者 の国籍別に整理した。これを見ると、欧州、アジアにおいてアニメ、マンガ、 ゲームといったコンテンツをきっかけとしたという回答が圧倒的に多いことが わかる。コンテンツへの嗜好と訪日の因果関係については別途詳細な調査を要 するが、アニメ、マンガ、ゲーム等のコンテンツは日本に関心を持つ大きなき っかけとなっている。中でもアニメは放送や配信を通じて全世界の広い年代の 人たちに見られており、日本語の学習や、日本への留学のきっかけとしても機 能する等、産業それ自体のサイズよりはるかに大きな影響力を持つ。 11 日本動画協会「アニメ産業レポート 2018」8 頁 12 公益社団法人全国出版協会 https://www.ajpea.or.jp/information/20180226/index.html

13 The Walt Disney Company Reports Fourth Quarter and Full Year Earnings for Fiscal

2019

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単位=%(複数回答可) VIPO「クールジャパンの再生産のための外国人意識調査(平成 30 年 1 月発表)」をもとに作成。 図2-1 日本好きな外国人が日本に興味を持ったきっかけ(欧州) 単位=%(複数回答可) VIPO「クールジャパンの再生産のための外国人意識調査(平成 30 年 1 月発表)」をもとに作成。 図2-2 日本好きな外国人が日本に興味を持ったきっかけ(アジア)

2.1.3 日本のアニメの多様性

日本のアニメのひとつの特徴は、作品のテーマの多様性である。海外のアニメ ーションの主要な対象が幼児あるいは10 歳以下の子供たちだったのに対し、日 本のアニメは子供向けの作品から出発し、オタクを中心とする成年層の愛好者 の増加に合わせて、成年に向けたテーマ、内容の作品が数多く制作されるように 0 10 20 30 40 50 60 70 80 日本製品 自然風景 伝統文化 歴史 日本食 ファッション、美容 映画・テレビ番組 俳優・芸能人・アイドル 音楽 アニメ・マンガ・ゲーム 0 10 20 30 40 50 60 日本製品 自然風景 伝統文化 歴史 日本食 ファッション、美容 映画、テレビ番組 俳優、芸能人、アイドル 音楽 アニメ、マンガ、ゲーム

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なり、現在も深夜枠のテレビ放送、劇場用映画、OVA(オリジナル・ビデオ・ア ニメ=ビデオグラムでの販売を中心に展開されるアニメ)等の形で年間 200 タ イトル以上の新作シリーズが制作されている。 表2-1 は、本稿執筆時の 2019 年 10 月に放送を開始した 30 分のテレビアニ メシリーズ43 作品の原作出自と作品ジャンルをまとめたものである。 作品の出自は、かつてはマンガ原作が多数を占めていたが、現在では、マンガ の他に小説投稿サイトが初出のライトノベルやボーカロイドの楽曲、フランス のバンド・デ・シネ、TCG(トレーディングカードゲーム)、スマートフォン用 ゲーム等、多岐にわたっている。作品が扱うテーマも、王道の冒険ファンタジー やラブコメからスポーツ、クライムサスペンス、料理、テーブルゲーム(アナロ グのゲーム)等、多岐にわたっている。さらに例えばスポーツをテーマとした作 品を見ると、扱うスポーツはバスケットボール、ソフトテニス、ビームライフル、 番組オリジナルの水上スポーツとさらに細分化される。 海外でもユニークなテーマの作品が劇場用映画や配信プラットフォームのオ リジナル作品として制作されることは例がないわけではないが、こうした多様 性を作品群として提示できるのは日本のアニメだけだ。 表2-1. 2019 年 10 月に放送を開始したテレビアニメ タイトル 原作 ジャンル あひるの空 講談社「週刊少年マガジン」 スポーツ(バスケット) ラディアン(2 期) バンド・デ・シネ(フランス) 冒険/ファンタジー 旗揚!けものみち KADOKAWA「月刊少年エース」 異世界/コメディ 慎重勇者 ~この勇者が俺TUEEE くせに慎重すぎる KADOKAWA「カクヨム」 ファンタジー 俺が好きなのはお前だけかよ KADOKAWA「電撃文庫」 学園/ラブコメ 本好きの下克上 TO ブックス「小説家になろう」 異世界/ファンタジー 放課後さいころ倶楽部 小学館「ゲッサン」 学園/テーブルゲーム 超人高校生たちは異世界でも余裕で 生き抜くようです! SB クリエイティブ「SB 文庫」 異世界/ファンタジー アズールレーン スマホ用ゲーム(中国) 艦船擬人化/アクション ゾイドワイルドZERO 玩具(タカラトミー) 冒険/ロボット 厨病激発ボーイ ボーカロイド用楽曲 学園

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GRANBLUE FANTASY The Animation(2 期 スマホ向けゲーム(Cygames) 冒険/ファンタジー アイカツオンパレード! トレカアーケードゲーム(バンダイ) アイドル 魔入りました入間くん 秋田書店「週刊少年チャンピオン」 学園/ファンタジー 戦×恋 スクウェアエニックス「週刊少年ガンガン」 ラブコメ Fate/Grand Order/絶対魔獣戦線バビロニア スマホ向けゲーム(アニプレックス) ファンタジー ぼくたちは勉強ができない!(2 期) 集英社「週刊少年ジャンプ」 学園/ラブコメ この音とまれ! 集英社「ジャンプスクエア」 学園/音楽(筝) 警視庁 特務部 特殊凶悪犯対策室 第七課 -トクナナ- (オリジナル) アクション ACTORS-Songs Connection- 音楽CD(エグジット・チューンズ) 学園/ボーカロイド Fairy Gone フェアリーゴーン (オリジナル) アクション/ファンタジー スタンドマイヒーローズ スマホ向けゲーム(coly) サスペンス 私、能力は平均値でって言ったよね! 「小説家になろう」 異世界/ファンタジー ファンタシースターオンライン2 オンラインゲーム(セガゲームズ) サイエンス/ファンタジー バビロン 講談社「講談社タイガ」 サスペンス Z/X Code reunion トレカゲーム(ブロッコリー) 学園/TCG 神田川ジェットガールズ (オリジナル) スポーツ(水上オートバイ 七つの大罪-神々の逆襲- 講談社「週刊少年マガジン」 冒険/ファンタジー BEASTERS 秋田書店「週刊少年チャンピオン」 動物/学園青春 アサシンズプライド KADOKAWA 富士見ファンタジア文庫 アクション/ファンタジー ノー・ガンズ・ライフ 集英社「ウルトラジャンプ」 SF/ハードボイルド 星合の空 (オリジナル) スポーツ(ソフトテニス) 食戟のソーマ-神の皿-(4 期) 集英社「週刊少年ジャンプ」 料理 歌舞伎町シャーロック (オリジナル)) ミステリー 真・中華一番 講談社「週刊少年マガジン」 料理 僕のヒーローアカデミア(4 期) 集英社「週刊少年ジャンプ」 学園/アクション ソードアート・オンライン アリシゼーション -War of Underworld- KADOKAWA「電撃文庫」 アクション/ファンタジー 天華百剣~めいじ館へようこそ!~ (オリジナル) 日本刀/アクション ライフ・イズ・ビューティフル 集英社「となりのヤングジャンプ」 スポーツ(ビームライフル ちはやふる3(3 期) 講談社「BE LOVE」 競技かるた PSYCHO-PASS サイコパス 3(3 期) (オリジナル)) SF/アクション

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ハイスコアガールⅡ(2 期) スクウェアエニックス「月刊ビッグガンガン」 ラブコメ//ビデオゲーム ポケットモンスター(2019 年版) 家庭用ゲーム(任天堂) ファンタジー *30 分枠で放送のテレビアニメのみが対象。ミニ番組、劇場用映画等を含まない。 では、日本のアニメは現在に至る独自の進化の道をどのように切り開いたの か?それは先にあげた制作手法等だけでなく、日本の特異な環境に由来する。

2.1.4 日本のアニメの特異な環境

アニメ、マンガと並んで海外から評価が高いビデオゲームは、早くから海外を 主戦場としてきた。任天堂がファミリーコンピューターを北米で発売したのは、 国内発売から2 年後の 1985 年である。その後、1986 年にヨーロッパ、アジア (台湾、香港)、1987 年にオーストラリアで発売され、最終的な出荷台数約 6,291 万台のうち、日本国外が約4.356 万台を占めた。これに対し、アニメは 1963 年 に北米での放送開始以後、放送の範囲こそ世界に広げていたが、ビジネスの主体 は常に国内で、海外売上が国内売上を上回ったことは一度もなかった。 アニメ産業の国内市場への依存は日本の特異な環境に由来する。日本はアニ メやマンガから卒業しないたくさんの大人が住む国である。現在では CG によ る表現技術が進んだことで、ハリウッド映画にもアニメやコミックを実写化し た作品が増え、これらを見る大人は世界的に増加しているが、日本は成年向けア ニメに関する圧倒的な先進国である。この環境が世界から評価される日本のア ニメを支えている。日本には、大人の視聴者や読者がいて、大人のためにアニメ を制作できる環境が極めて速い時期から作られた。 勿論、こうした視聴者や読者の全てがオタクというわけではない。視聴者、読 者の集団は重層的であり、最深部で最も愛情、時間、金銭のいずれかあるいは全 てを捧げている“深い”アニメオタクから、周縁部のオタク的な趣味を好む一般 層までが存在する。ではこうした環境はどのように生まれたのだろう?

2.2.オタク文化とアニメの関係性

2.2.1 アニメやマンガを楽しむ大人たち

平仮名の「おたく」という言葉が現在に近い意味で登場したのは 1983 年の 「漫画ブリッコ」という雑誌に掲載された中森明夫の「おたくの研究」が最初と 言われている。

(29)

「考えてみれば、マンガファンとかコミケに限らずいるよね。アニメ映画の公 開前日に並んで待つ奴、ブルートレインをご自慢のカメラに収めようと線路で 轢き殺されそうになる奴、本棚にビシーッとSF マガジンのバックナンバーと早 川の金背銀背のSF シリーズが並んでる奴とか、マイコンショップでたむろって る牛乳ビン底メガネの理系少年、アイドルタレントのサイン会に朝早くから行 って場所を確保してる奴…」 「それでまぁチョイわけあって我々は彼らを『おたく』と命名し、以後そう呼び 伝えることにしたのだ」(中森1983)15 上記は「おたく」という言葉を現在に近い意味で使い始めたといわれる中森 (1983)からの引用である。中森は当時、サブカルチャーへの注目が高まる中で、 新人類と呼ばれる人々とこれについていけない人々を区別する目的で、彼らが 二人称に多く用いていた言葉から「おたく」という集団を特定したと言われる。 中森(1983)は、おたくの愛好の対象として、アニメやマンガの他に鉄道や SF、アイドル等をあげている。しかし、鉄道の愛好者は、例えば慶應義塾大学 の鉄道研究会が 1930 年代から活動を開始していたことに見られるように相当 以前から存在していた。SF もまた同様で、最初の日本 SF 大会が開かれたのは 1960 年代前半のことである。アイドルを追いかけるファンは国内でアイドルと いう言葉が一般的になるはるか前から存在していた。1960 年代の「御三家」や 「三人娘」あるいは江戸時代の歌舞伎役者や花魁の人気にそのルーツを見いだ す論もある。勿論、オタクがそれ以外の人々と区別される所以はその行動であっ て、大塚(1987)16や東(2001)17らが指摘するように、高度成長や学生運動と いった“大きな物語”が終わった時代に、趣味の愛好の対象が持つ世界観やキャ ラクターを消費する一団が現れたという指摘も認識している。しかし、この時代 に一般に対して「おたく」の存在が際立ったのは1970 年代後半に始まった第二 次アニメブーム(第一次アニメブームは最初のテレビアニメシリーズ放送直後 の1960 年代なかば)をきっかけに増大した「アニメおたく」たちの存在による ものと筆者は考えている。この現象は世界で最初に日本で起こった。では、なぜ この時代にアニメおたくが生まれたのだろう? 「おたく」を二人称として用いる習慣は、中森が指摘する前からSF 愛好者や 15 中森明夫(1983)「おたくの研究」 16 大塚英志(1987)「物語消費論」 17 東浩紀(2001)「動物化するポストモダン」

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アニメやマンガの愛好者の間で定着していた。例えば、1982 年に放送を開始し たテレビアニメシリーズ「超時空要塞マクロス」では、主人公の青年が二人称の おたくを使いながら相手の女性と平然と会話をする場面を頻繁に見ることがで きる。大澤(1996)は、「1983 年におたくが発見されたということは、おたく はそれより少し前、つまり1970 年代末期から 1980 年代のごく初頭を起源とし ていると考えるのが妥当であろう」としている18。大澤が指摘する時代に成年期 を迎えていた世代、1960 年前後に生まれたオタクたちはオタク第一世代と言わ れている。この世代は「大人になってもアニメやマンガから卒業しないで、むし ろ熱中している人たち」の集団を生み出した世代である。オタクの象徴的な存在 として語られることが多かったアニメおたくは彼らの中から生まれた。彼らは なぜ、卒業しなかったのか?

2.2.2 オタク第一世代とメディアとの関係

オタク第一世代が生まれた背景には、まずテレビ放送の全国ネットワークの 完成というメディアの変化があった。 1960 年前後生まれは、物心ついた時からテレビ放送が行われていた最初の世 代である。“テレビっ子”と言われ、テレビの影響を抜きにしてこの世代を語るこ とはできない。この世代が物心つく1960 年代前半に、現在の多チャンネル化し た視聴環境には遠く及ばないものの、ほぼ日本全国で NHK と民放の番組を視 聴する環境が整った。 NHK がテレビ放送を開始したのは 1953 年 1 月で、同年 8 月には民放最初の 放送局である日本テレビが開局しテレビ放送を開始している。さらに1950 年代 のうちにKR テレビ(現在の TBS)、日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)、フ ジテレビといった在京の民放キー局や、大阪、名古屋、福岡、北海道、広島、仙 台、静岡といった大都市圏の放送局が開局し、1960 年代初頭には国内の大部分 の地域でテレビ放送視聴の環境が整った。また、この時期、テレビの普及台数は 急速に上昇しており、1963 年には全国で 1,600 万台が普及していた(一般社団 法人家庭電器分科会)19 この環境をバックに始まったのが「第一次アニメブーム」だった。現在とは比 べものにならないとはいえ、民放地上波ネットワークの基盤が整った視聴環境 のもと、最初の国産テレビアニメーションシリーズとして知られる「鉄腕アト 18 大澤真幸(1996)「オタクという謎」26 頁 19 一般社団法人家庭電気文化会「家電の昭和史 テレビ」 http://www.kdb.or.jp/syouwasiterebi.html

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ム」が、キー局のフジテレビをはじめ30 以上の放送局を通して全国放送を開始、 最高視聴率40.3%(関東地区、1964 年 3 月 14 日放送分、ビデオリサーチ調べ) を記録する大ヒット番組となった。また、メインスポンサーとして番組を提供す る明治製菓がアトムシールをオマケにつけて販売したマーブルチョコレート等、 関連商品の大ヒットとともに社会現象的ブームを引き起こした。 当時、30 分のテレビアニメシリーズの毎週放送は、制作費、スケジュールの 問題があり、日本では不可能とされていた。しかし、「鉄腕アトム」の原作者で、 番組を制作した虫プロダクションの社長でもあった手塚治虫は、米国のハンナ・ バーベラ・プロダクション等が採用していたリミテッド・アニメーションの手法 を用い、さらにスケジュール、予算、人員といった国内の制作環境に対応するた めに、リミテッド・アニメーションの手法を使っても30 分に対し 1 万枚を超え ていた動画枚数を 2 千枚に抑え、撮影、演出等においてさまざまな手法を編み 出すことで、これを洗練させた。制作費は、これらの手法を採用してもまだ大幅 に不足していたが、不足分をマーチャンダイジングによる収益と手塚自身がマ ンガから得る原稿料で補填することにして、番組をスタートさせた。結果的にこ の目論見は大成功し、番組の関連商品は爆発的な人気を呼んだ。制作会社である 虫プロダクションが放送期間中に得たマーチャンダイジング収入は 5 億円(当 時)にのぼったという(増田2006)20 この成功を見て、多くのテレビアニメが同じ手法を採って放送を開始したこ とで、「第一次アニメブーム」が生まれ、同時にテレビアニメと産業界の関係が 確立された(表 2-2)。それは、制作費を放送権料と関連商品のマーチャンダイ ジング収入によりリクープするビジネスモデルで、「鉄腕アトム」の放送開始か ら50 年以上が経過した現在も継続している。現在の成年向けアニメも、製作方 式が当初の広告代理店が企画して製作の主体となる方式から製作委員会方式に 変わったとはいえ、ビデオグラムや CD という商品の販売を目的としてアニメ を製作するという点では変わりがないと筆者は考えている。この産業界との強 い結びつきが生まれることで、日本のアニメは国内を主要な市場として成長し、 海外に対しては安価で放送権を許諾したことで、世界の子供向け番組市場を席 巻した。 20 増田弘道(2006)「アニメビジネスがわかる」121 頁

(32)

表2-2. 第一次アニメブーム(1963~1965 年) に放送を開始した主なテレビアニメシリーズ 番組タイトル ジャンル 放送開始日 放送局 提供スポンサー 鉄腕アトム SF/冒険 1963 年 1 月 フジテレビ(33) 明治製菓 鉄人28号 SF/冒険 1963 年 10 月 フジテレビ(19) 江崎グリコ エイトマン SF/冒険 1963 年 11 月 TBS(29) 丸美屋食品工業 狼少年ケン 冒険/動物 1963 年 11 月 NET(17) 森永製菓 0戦はやと 戦記 1964 年 1 月 フジテレビ 明治キンケイカレー 少年忍者 風のフジ丸 忍者/アクション 1964 年 7 月 NET(13) 藤沢薬品 ビッグX SF/冒険 1964 年 8 月 TBS 花王石鹸 スーパージェッタ― SF/冒険 1965 年 1 月 TBS 丸美屋食品工業 宇宙パトロールホッパ SF/冒険 1965 年 2 月 NET 大丸デパート 宇宙少年ソラン SF/冒険 1965 年 5 月 TBS(31) 森永製菓 宇宙エース SF/冒険 1965 年 5 月 フジテレビ(28) カネボウ NET は現在のテレビ朝日(EX)。推測可能な番組に関しては( )内にネット局数を記載 日本でテレビ放送されたアニメーション番組は、「鉄腕アトム」が初めてでは ない。「ポパイ」や「ミッキーマウス」のような米国製のアニメーションは「鉄 腕アトム」以前から放送されていた。また、悪者を倒すヒーローを主人公にした テレビ番組も「鉄腕アトム」が初めてではない。例えば、特撮番組の「月光仮面」 は、1958 年~1959 年に KR テレビで放送され、平均視聴率 40%の人気番組と なった。「月光仮面」のような特撮番組は「鉄腕アトム」以前にブーム化してお り、1957~1960 年に放送された「鉄腕アトム」の実写版も含め、多くの番組が 放送された。さらに人気マンガの番組化によるマーチャンダイジングのヒット はラジオの時代にも遡れる。スタインバーグ(2012)は「鉄腕アトム」以前に、 人気マンガからラジオドラマ化された「赤胴鈴之助」の大ヒットを指摘している 21。1954 年に「少年画報」で連載を開始した「赤胴鈴之助」は、1957 年にラジ オ東京(現在のTBS ラジオ)がラジオドラマ化することで、人気が爆発し、高 徳玩具発売の主人公が使う赤鞘の刀の玩具は大人気商品となった。 しかし、「鉄腕アトム」が起こした社会現象の大きさは他を圧するもので、「第 21 マーク・スタインバーグ(2012)「日本はなぜメディアミックスする国なのか」 107~110 頁

表 目 次 1-1  IOEAの理事イベント・・・・・・・・・・・・・・・・・・4  2-1   2019 年 10 月に放送を開始したテレビアニメ・・・・・・・・14  2-2   第一次アニメブームに放送を開始した主なテレビアニメシリーズ  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20  5-1   オーガナイザー向け調査:回答を寄せたイベント(国別)・・ 48  5-2   オーガナイザー向け調査:回答を寄せたイベント名・・・・・48  5-3   日本コンテンツの楽しみ方・・・・・・
図 目 次 1-1 自分にはオタクっぽいところがあると思う」の経年変化・・・・・5  1-2 テレビアニメの消費構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6  2-1 日本好きな外国人が日本に興味を持ったきっかけ(欧州) ・・・ 13  2-2 日本好きな外国人が日本に興味を持ったきっかけ(アジア)・・ 13    2-3 テレビアニメの消費構造・・・・・・・・・・・・・・・・・・27  2-4 全日帯(キッズ、ファミリー向け)アニメと  深夜帯(大人向け)アニメの制作分数推移・・・・・・27  2-5 ア
表 2-2.  第一次アニメブーム(1963~1965 年)  に放送を開始した主なテレビアニメシリーズ  番組タイトル  ジャンル  放送開始日  放送局  提供スポンサー  鉄腕アトム  SF/冒険  1963 年  1 月  フジテレビ(33)  明治製菓  鉄人28号  SF/冒険  1963 年 10 月  フジテレビ(19)  江崎グリコ  エイトマン  SF/冒険  1963 年 11 月  TBS(29)  丸美屋食品工業  狼少年ケン  冒険/動物  1963 年 11 月  NET(17
図 2-3.テレビアニメの消費構造 (図 1-4 と同じ)  主に深夜の時間帯に放送される成年向けテレビアニメは、 DVD や BD 等ビデ オグラムの販売を中心においたビジネスモデルのもとに製作されてきたが、こ れらの主要な購入者はオタクである。図 2-4 のように、日本の成年向けアニメの 制作分数は 2000 年時点で、キッズ・ファミリー向けの 66,480 分に対し、 8,120 分に過ぎなかったが、その後急激に増加し、2015 年以後キッズ・ファミリー向 けアニメの制作分数を上回っている。  単位=
+6

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