松本民芸家具に見られる工芸の産業化
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.27-1 No.101. 2.手仕事の定義 2.1. 池田三四郎、柳宗悦、水尾比呂志をめぐって 以上の疑問から本稿は手仕事の実際の姿に目を向けたい。池田三四郎 (1909-1999)は柳宗悦に薫陶を受けた一人だったが、個人作家としてではな く、 「松本民芸家具」の経営者として民芸運動に関わった。したがって、量 産するための工業的体制の確立と維持は不可欠であり、手仕事と機械加工の 関係は身近な課題だったと考えられる。この点について池田三四郎は次のよ うに記している。 集団としての彼ら(松本民芸家具の職人たち)の能率を向上させるための 機械についても考えなければならない。 (略)手でやっても機械でやって も同じなら機械が使われることは当然であるが、ここでは機械にいたる以 前の訓練が問題であろう。実際にみてやはり手工芸的技術を有するものほ ど、個々の機械を十分に活用する能力を持つからである[注4]。 (( ) :筆者加筆) ここでは池田三四郎も作業の効率のために機械の使用を認めている。しか し、 「手でやっても機械でやっても同じなら機械が使われることは当然であ る」というように機械は初期の加工に留まらない。また、 「機械を十分に活 用する能力を持つ」という論述からは、機械をいかに使いこなすかという意 欲さえうかがえる。池田三四郎の論述は柳宗悦の民芸論を踏襲しているもの の、手仕事と機械加工の間の緊張感は幾分弱まっていると言える。また、こ の考えにおいては、手仕事との相補的な関係性によって機械加工の価値が引 き上げられている(図1、(b))。. 図1 柳宗悦と池田三四郎の手仕事と機械加工の違い. ただし、ここでは柳宗悦と池田三四郎には機械を使用する場面に違いがあ ることに注意したい。柳宗悦の場合、 「下ごしらへ」として想定される機械 は初期の工程に限られる。木工ならば、木取りや初期の木地加工に機械が使 われ、その後の加工や仕上げは手仕事が行うという流れである。柳宗悦は機 械を「とかく機械が美を傷(そこな)ふのは、自然の力を殺ぐからである。 あの複雑な機械も、手工に比べては如何ばかり簡単であろう。」(( ):筆者 加筆)[注5]と評し、機械の動作の単純さに失望を吐露している。実際、 『工芸の道』が執筆された1928年ごろの機械を振り返ると、丸鋸盤やボール 盤といった単純な木工機械が主流であった[注6]。 4)池田三四郎:松本民芸家具,東峰書房,59,1966 5)前掲2,48 6)日野永一:木工具の歴史,日本の技術7,第一法規出 版,118-125, 1989. 一方、池田三四郎の場合、製造工程は柳宗悦の方針に従っているところも あれば、そうではないところもある。例えば、ロッキング・チェアの座面の 製造工程に注目すると、脚や背もたれを組むための穴はボール盤による機械. 31.
(3) 32. 特集:家具のデザインと技術. の加工である。それから部材を曲面に仕上げるために手仕事が行われる。両 手で包むようにカンナを持って座面を削る。このときの規則的な音、等間隔 に削られる表面、手と連動する上半身などに我々は熟練の技を見ることがで きる。ここで我々は柳宗悦が主張した手仕事と機械加工の関係の実現をみる ことができる。すなわち、手仕事は仕上げであり、機械加工は「下ごしら へ」である。しかし、工場内では電動ドリルドライバー[注7]や電動サン ダー[注8]が伝統的な工具とともに使われている様子も見られる(図2)。. 図2 松本民芸家具で使用されている工具類. これらは機械といっても大型の木工機械ではなく、片手で持てるほど小型 化し、軽量化した電動工具だ。これが日本で普及し始めた時期は1950年代で ある。例えば、テーブルの甲板と脚を接合する場合、松本民芸家具ではコマ ドメという技術を用いる。これはコマとなるL字型の金具をネジで甲板に固 定するもので、木の収縮を考えた伝統的な技術だ。金具も昔から使われてき たものだが、ネジを締めるときにドリルドライバーが使用される。また、釘 の下穴[注9]をあけるとき、キリを使うのではなく、ドリルドライバーを 使うこともある。電動工具は伝統的な技術や工具と軽妙に組み合わされ、効 率的に作業が行われているのである。 さらに機械加工に着目すると次のように論述できる。松本民芸家具で使用 される機械について、池田三四郎の孫の池田素民は手の延長になり得る工具 は使っても、機械に使われるようなことがあっては本末転倒であると指摘す る[注10] 。実際、松本民芸家具はNC加工[注11]といった技術を導入し てこなかった。機械加工の中でも許容されるものと、そうでないものがある のである。これと同様の事柄について、先の水尾比呂志は手仕事の延長にあ る機械を「道具」と分類することで、高度に自動化された機械とは区別して いる(図3、(c))。. 7)電動ドリルドライバーは充電式の電動工具のひとつ で、片手で持ち、主に穴をあけたり、ネジをしめたり するために使用する。 8)電動サンダーは研磨するための電動工具で、いくつか のタイプがある。四角形の紙やすりが振動し、材料を 研磨するものが多いが、やすりの部分が円盤状になっ ていたりロール状になっていたりするものもある。 9)釘やビスを打つとき、木材の割れを防ぐためにあらか じめ穴をあけることがある。. 図3 柳宗悦と池田三四郎の手仕事と機械加工の違い. 10)筆者が2010年8月26日に行った池田素民氏へのインタ ビューによる 11)NC加工(numerical control machining)は自動で木材. この感覚は図面に対する考えにも現れている。現在、図面の作画はCAD. などを切削加工する機械である。ドリルの動きをあら. が用いられるようになったが、松本民芸家具では現在も手描きのままであ. かじめコンピュータに数値入力してから加工するた め、正確な加工ができる。. る。池田素民によると、手で描く線がCADのような数値化された方法では.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.27-1 No.101. 表現できないからだという[注12]。この点から考えられることは、手仕事 の概念が数値による加工と対峙していることである。松本民芸家具の図面に は詳細図がないが、職人が細部の作り方を覚えており、図面を描く必要がそ もそもない。言い換えれば、細部の設計は職人の記憶によって管理されてい るのである。この点について、池田三四郎は安川慶一(木工家、1902-1979) との対談で次のように述べている。 今の職人では図面がなければ仕事ができない。また、図面などにしばられ て、自由を失い、むしろ折角の材料をころしてしまって、結果としてつま らない仕事になってしまう[注13]。 先ほど池田三四郎が機械に柔軟な眼差しを向けていたこととは違い、ここ では職人が図面に頼ることに批判的である。手仕事は、柳宗悦のように製作 工程を区分して合理的に守られるのではなく、職人の判断に委ねることで自 主的に守るべきものであるという考えがうかがえる。いわば池田三四郎は職 人の自覚を鋭く指摘したのである。これは、職人と苦楽を共にしていた池田 三四郎ならではの視点と言えるだろう。池田素民氏の先の発言からうかがえ るように、CADやNC加工が普及した現在においてこの指摘は手仕事の意 味を問う概念的な基盤になっているのではないだろうか。. 2.2. 手仕事の経験 松本民芸家具では手仕事で日々の作業が行われているが、それは単に同じ 作業をくり返しているわけでない。池田三四郎は説く。 一般的にいって個人的創作にはどうしてもあくの強さというものがあっ て、それが仕事の中で調和した安定性を持つためには何回ものくり返しの 上でこなさなければならない[注14]。 池田素民によると、 「あくの強さ」とは家具を良く見せようとして意図的 に作られた部分を指し、克服すべきものである。 「くり返し」はそれを実現 するための手段だという。ただし、池田三四郎が考える「くり返し」と柳宗 悦のそれは異なる。柳宗悦は個人作家の創意が多数の工人に伝えられ、彼ら によってくり返されることで作家の意図的な創意が「無心の美」に変化する と考えた。まるで工人が作家の創意をろ過するようなイメージである。一 方、池田三四郎の「くり返し」は、職人が自らの中に存在する「あくの強 さ」を正しいかたちに直すような自己研鑽のイメージだと言える。先の指摘 からもうかがえるが、池田三四郎は「第一に現在の職人は造形力を失ってい るのである。(略)ここではいたずらに彼らの技術的良心を全面的に信じる ことはできないのである」 [注15]とし、現代の職人はかつてのような工人 に遠く及ばないものと考えていたのである。 「くり返し」による造形感覚の上達は経験的、時間的に進捗するものなの で、松本民芸家具の職人は同じものを何年も作り続けるということは厳密に はあり得ない。細部において職人のそれぞれが研究し、調整しているのであ 12)前掲10. る。例えば、椅子の座り心地を改善するために座面の窪みを後方に移動させ. 13)前掲4,177. るといった変化がそれに該当するのではないだろうか。このような造形感覚. 14)前掲4,50 15)前掲4,57. が「あくの強さ」を正した成果として注目されるのである。. 33.
(5) 34. 特集:家具のデザインと技術. 2.3. 手仕事による探求 ただし、現代における手仕事の創造性を、まるで職人の創意を細部に限定 するかのように矮小化する必要はない。池田三四郎が手仕事に期待するもの はあくまで自由さであり、過去の民芸が持っていたような豊潤な造形の広が りであったはずである。そこで、ここでは松本民芸家具の職人が家具の細部 をどのように探求しているのかという点に迫りたい。 設立当初の松本民芸家具[注16]では、職人は家具の修理などを請け負っ て家具の木工技術や設計を学んでいた。このとき、多くの複製が作られた。 複製はイギリスのウィンザーチェア(図4)から始まったが、先述したよう に、その複製は単なる模倣ではなく、それを目的にしたものでもなかった。 池田三四郎は複製を「正確な複製による研究」と位置付け、さらに、その 「研究と訓練の結果」が積もりつもって独特の造形、すなわち新作が誕生す るという構想を持っていたのである。. 図4 ウィンザーチェア. 図5 割楔. 池田三四郎の著書『松本民芸家具』からは職人ならではの技術的な思考が 読み取れる。例えば、18世紀のイギリスで作られた椅子について「乾燥度の 違う二つの木材をつなぎ合わせて、䈂穴(ほぞあな)のある一方の未乾燥部 分が、䈂を漸次しめつけていく」[注17]と指摘している。ここからは、家 具を部品の結合というシステムとして捉えており、「正確な複製による研究」 をうかがうことができる。また、池田三四郎は『民芸の家具』の巻末で18世 紀から19世紀の家具を解説しているが、歴史的にはイギリスを発祥とする ウィンザーチェアについて、割楔(わりくさび、図5)の使用からアメリカ やカナダでも原初的な設計があったことを指摘している。さらに、18世紀の スペインで作られた板張りの長椅子に17世紀のイギリスで作られた枠板組の 構造を見たり、18世紀のスペインで作られた低い作業机に東洋的なものを感 じ、李朝期の卓とともに紹介したりしている[注18]。すなわち、池田三四 郎にとって細部への注目は決して限定的な見方ではない。むしろ地域や時代 をこえて家具を関係させるための共通項のような存在になっている。 池田三四郎が割楔や枠板組の構造といった技術に注目していることは、家 具を分解し、その部品を研究してきた職人からの視点だが、それによって家 具の様式や時代区分をのり超えてしまうという態度は、歴史的な知識が活か されている部分である。現代の手仕事とは、単に技術の研鑽によって到達さ れるものではなく、歴史的な教養が組み合ったところで定義されるものなの である。先述したように、池田三四郎の手仕事は「くり返し」によって過去 16)設立当初の名称は「中央構材工業株式会社」だった。. の工人に近づこうとするものだが、懐古的に工人を目指しているわけではな. 17)前掲4,46. く、現在に沿った新たな工人像に向かっていると考えた方がよい。それは、. 18)池田三四郎:民芸の家具,東峰書房,125,132,145, 1973. 過去の家具を研究し、歴史を学ぶ知識人としての工人像である。現在におけ.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.27-1 No.101. る職人のあり方、手仕事のあり方があるという考えは、柳宗悦よりもラディ カルだったのではないだろうか。もはや、手仕事は近代的な技術として定義 されるものであり、職人は教養ある知識人である。. 2.4. 手仕事による思考 以上のような想定において、松本民芸家具の新作は単に過去の技術を継承 したものとはならない。 例えば、松本民芸家具の椅子はウィンザーチェアを基本にしている。その デザインに注意すると、細い挽きものを並べた背もたれは挽きものを固定す る枠の形の違いによってコム・バック(櫛型の背)とボウ・バック(弓形の 背)に分かれている。これらのデザインはイギリスの伝統的なものだが、挽 きものの細さや間隔には椅子のタイプによっていくつかの種類がある。ま た、脚は木製の座面に割楔によって固定され、脚同士を固定する貫がH型で ある点はウィンザーチェアに典型的なデザインである。そして、その太さや 長さは椅子のタイプによって異なっている。アームを支える部分についても ストレートの挽きものもあれば、座ったときに腿の辺りに余裕ができるよう に曲げてデザインされたものもある。これらの細部が「正確な複製による研 究」の成果であることは確かだが、ここで気づくことは、多様な部品を寸分 違わぬほどに精緻に加工し、組み上げる技術とそれを詳細図なしに作ること ができる知識を職人が持っている点である。 1956年に全国民芸大会賞を受賞したガマ草編椅子のシリーズは、アメリカ の植民地時代に見られるラダーバックチェア[注19]のガマ草編みを応用し たものである。その編みは三四郎の妻のキクエによって再現されたもので、 海からの潮風によって塩分を多く含む浜名湖のガマ草を使用することによ り、弾力性を活かした加工が行われている[注20]。また、柳宗悦が監修し たスツール(図6)にも使用され、木製が主流だった椅子の座面に新たなバ リエーションを加えた。. 図6 ガマ草編みのスツール(柳宗悦監修). これによってアメリカのラダーバックチェアは挽物の脚とペーパーコード のような綿密なガマ草編みという二つの造形に刷新されている。ウィンザー チェアのような複雑な造形を研究してきたことに対し、その新作のデザイン は簡素だが、ここで見るべきは、過去の家具の要素をいったん分解し、現在 に活用するという思考である。先述したように、椅子の細部を研究すること は、座面、背もたれ、肘掛け、脚といった部品を分解し、分析することに よって行われ、複製はその再構成である。この分解(分析)と再構成を「く り返し」によって身につけると、職人は部品と部品を記号的に組み合わせる 19)前掲18,27 20)柳宗悦:柳宗悦全集著作篇第8巻(工芸の道) ,筑摩 書房,50,1980. ように発想できるようになる。これにより、地域や時代をこえたデザインを 思いつくようになるという知的な操作を、池田三四郎は現代の手仕事、現代. 35.
(7) 36. 特集:家具のデザインと技術. の職人の「自由」と呼んだのではないだろうか(図7)。この推察に従えば、 池田三四郎が図面(特に詳細図)を描くことを否定的に見ていたことは自然 である。というのも、それは部品の組み合わせを固定し、そのことで自由な 発想を阻むからである。. 図7 現代の手仕事における「自由」とは、複製における分析と新作にお ける再構成を指すと考えられる。複製と新作は一続きであり、過去 の椅子(a)はいったん背もたれ(a)などに分析され、そのあとに 座面(b)といった部品レベルでの変更を経て、椅子(b)に再構成 されるという流れである。. 2.5. 手仕事の. 藤. 以上のような手仕事のイメージは複製と新作の連続性を説明することがで きるものの、考察の余地が残されている。それは柳宗悦が想定した職人像 (工人)との乖離である。本稿が指摘してきた手仕事の姿は機械に意欲的で あり、職人を教養ある知識人としたものである。しかし、池田三四郎は次の ように指摘する。 人間のための修行とは自ら進んで自己を強制して、その戒律のなかに身を 置いてこそ意味がある。これは自己の内的なものの打開につながり、新し い自己の展開ともなる。肉体と心の闘いの中に別の自己を開発する修行そ のものは単に知的なものとは言い難い[注21]。 冒頭にある「修行」という概念は柳宗悦の民芸論によって定義されたもの である。それは彼の『工藝の協團に関する一提案』 (1927)によって説かれ た「無心の美」を実現し得る職人養成の三段階、すなわち、(1)修行=自 力道、(2)帰依=他力道、(3)協団=相愛道のうちの一番目に相当する。 柳宗悦は近代人がこの原則に従ってようやく「無心の美」を創造できる能力 を持つと考えた。その内容は次のようなものである。 修行というものは「我れ」の訓練である。 (略)私達は知恵を否定して進 むべきではない。認識の時代であるから、此認識力を活かす道をとらねば ならぬ。(略)理解と自覚、之が吾々の第一歩である[注22]。 柳宗悦は(1) 「修行」とは創造への明確な理解と自覚として位置づけて いる。しかも、この知的な経験はそれに続く自然への(2)「帰依」 (自己の 放棄)、および、それを習知した(3) 「協団」(相互補助の生活)を通じて 改めることが計画されている(図8、(a))。このような経験によって近代人 21)池田三四郎:民芸の家具,東峰書房,27,1973 22)柳宗悦:柳宗悦全集著作篇第8巻(工芸の道) ,筑摩 書房,50,1980. は「無心の美」を実現することができるとされた。.
(8) デザイン学研究特集号 Vol.27-1 No.101. 図8 (a):柳宗悦の『工藝の協團に関する一提案』 (1927)によって 説かれた「無心の美」を実現する三段階、 (b) :池田三四郎に よって指摘された中間層(本稿はこの場面を論じたに過ぎない). ここで先の池田三四郎の指摘を振り返りたい。池田三四郎は(1)「修行」 において自己の打開や肉体と心の闘いといった精神的な. 藤を認めていた。. しかし、本来、それは柳宗悦によって(2) 「帰依」の段階で経験されると 予想されたものである。すなわち、ここには「修行」と「帰依」が重なった 状態が暗示されているのである。池田三四郎は(1) 「修行」の段階におい て、必ずしも知的とは言えない. 藤が存在することに経験的に気づいたので. はないだろうか。柳宗悦の三段階に従うと、このような二重性が成立する場 面は(1)「修行」を経験してきた者が(2)「帰依」に向けて一歩を踏み出 したとき、つまり、(1)「修行」の終わりであると同時に(2)「帰依」の 始まりでもあるという一時期だと考えられる(図8、 (b))。このとき、相反 する二つの段階は同時に経験されるのではないだろうか。先の「単に知的な ものとは言い難い」という池田三四郎の論述はこの場面を描写したものだと 言える。. 3.おわりに 民芸論の手仕事は機械加工と概念的に対立しているように見える。しか し、本稿が概観しただけでも、その解釈は実は一様ではなかった。松本民芸 家具の制作現場において、職人は手仕事を「経験」し、それによって「探 求」し、「思考」し、「. 藤」してきたのである。職人は木目を読んで手をと. めることがある。また、仕口や継手は少しずつ合わせながら作る。また、時 としてデザインを模索することもあるが、そこには松本民芸家具の手仕事が もたらした思考がある。手仕事によって作業工程は人の判断が常に介入でき る状態であり、しかも、その判断は池田三四郎の思想と連携していたのであ る。この手仕事とは、大量生産において職人の知を組織的に連携するための 産業の姿なのである。 本稿を通じて気づいたことを最後に記したい。それはモノのデザインはコ トのデザインと表裏一体であるという点である。私は本稿を執筆しているう ちに、柳宗悦の真意が実は手仕事と機械加工の問題ではなく、手仕事が生み 出す知の体系に向けられていたように思えてきた。手仕事を大切にし、モノ のデザインを考えることは、実は職人たちの組織的で知的な活動を期待する ものだったのではないだろうか。 【参考文献】 池田三四郎『松本民芸家具』東峰書房、1966 池田三四郎:民芸の家具,東峰書房,1973 近藤京嗣:柳宗悦宗悦と有縁の人々(14)松本民芸家具の創始者 池田三四郎, 『陶説』,日本陶磁 協会、通号611,2004. 37.
(9) 38. 特集:家具のデザインと技術. 日野永一:木工具の歴史,日本の技術7,第一法規出版,1989 水尾比呂志:現代民芸論手仕事のゆくえ,新潮社,1968 柳宗悦:柳宗悦選集第1巻(工芸の道新版),春秋社,1955 柳宗悦:柳宗悦全集著作篇第8巻(工芸の道),筑摩書房,1980.
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