24(386) BIO Clinica 25(5),2010 1. 経鼻ワクチンとは 現在国内で使われているインフルエンザワ クチンは不活化したウイルス抗原を皮下に注 射してウイルス抗原に対する免疫を誘導する ものであるが,経鼻インフルエンザワクチン はワクチンを注射ではなく鼻に噴霧して接種 するワクチンである。ワクチンの注射により 誘導される抗体は血液中に存在するものであ りウイルスがヒトに感染した後に働く。抗体 にはいくつかの種類があり粘膜上に分泌され る抗体も存在する。しかし粘膜上に分泌され る抗体はワクチンの注射によっては誘導され ない。感染の場となる呼吸器の粘膜上に感染 を阻止する抗体がワクチンにより準備されれ ば感染自身を抑える事となり効果の高いワク チンとなる。経鼻インフルエンザウイルスは ワクチンを注射ではなく鼻に噴霧する事によ って粘膜上へインフルエンザウイルスに対す る抗体を誘導するワクチンである。 2. 経鼻ワクチンのメカニズム インフルエンザウイルスは主にA型及びB型 がヒトに感染し上気道炎を中心とする急性呼 吸器症状及び小児における脳症を引起す。ウ イルスの表面の抗原性を変化させる事により
Development of intranasal influenza vaccine :
Hideki Hasegawa, Influenza Virus Research Center, National Institute of Infectious Diseases
経鼻インフルエンザ
ワクチンの開発
■長谷川
は せ が わ秀樹
ひ で き国立感染症研究所
インフルエンザウイルス研究センター
Key words : influenza virus, nasal vaccine, mucosal immunology, IgA
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Abstract 2009年4月にメキシコを発端とする新しい抗原 性を持つインフルエンザウイルスH1N1pdmが 瞬く間に世界中に広がり大流行を起こした。 一方で東南アジアを中心に高病原性鳥インフ ルエンザウイルス(H5N1)の家禽からヒトへ の感染が報告されその高い致死率(60%以上) と全身感染を呈する病態から注目され更にヒ トへの感染機会が増えているH5N1株由来のヒ ト新型インフルエンザの発生と大流行が危惧 されている。インフルエンザのように感染力 の高い感染症の流行予防には効果の高いワク チンが不可欠である。しかし流行株の予測が 不可能な新型インフルエンザに対しては流行 株予測に基づく現行の季節性インフルエンザ ワクチンと同じ接種方法ではその効果に限界 がありより効果の高いワクチンの開発が望ま れている。インフルエンザのような上気道の 粘膜から感染する急性感染症の場合、粘膜か らの感染によって誘導される粘膜免疫、特に 分泌型のIgA抗体の働きが重要な意味を持つ。 本稿では粘膜免疫誘導による高病原性H5N1イ ンフルエンザウイルス感染防御を目指す経鼻 粘膜投与型ワクチンの開発について概説する。 長谷川 秀樹 1993年北海道大学医学部卒業。1993年北 海道大学大学院医学研究科入学。1995年 〜1996年米国ロックフェラー大学博士研 究員,1996年〜1997年アイルランド,ダ ブリン大学博士研究員,1997年北海道大 学大学院医学研究科博士課程修了(病理 学・医学博士),1997年国立感染症研究所 感染病理部研究員,2002年同主任研究官, 2003年同第2室室長,2009年国立感染症研 究所インフルエンザウイルス研究センタ ー第6室室長。横浜市立大学医学部微生物 学教室客員教授,早稲田大学理工学院非 常勤講師,慈恵医科大学微生物学教室非 常勤講師,東京大学大学院薬学研究科非 常勤講師。毎年冬に流行が起こる。 インフルエンザに対するワクチンは例年次 の年の流行を予測しワクチンに用いる株を決 定し準備される。インフルエンザウイルスは 抗原性が変化しやすく流行予測が正しい場合 には重症化予防の効果が見られるが流行予測 が外れた場合にはその効果は低くなる。それ は注射により誘導される血中の中和抗体であ るIgG抗体がウイルスの株特異的に働く為で ある。またワクチンの注射による免疫は感染 を防ぐものではない。これらの問題点を克服 する方法として経鼻粘膜投与型のワクチンが あげられる。インフルエンザウイルスが上気 道の粘膜に感染した時には血中の中和抗体だ けでなく,粘膜上に分泌されるタイプの抗体 であるIgA抗体が誘導される。このIgA抗体は 粘膜経由で感作された抗原に対して変異が加 わった抗原に対しても反応性があるという特 徴(交叉反応性)がある。 また,抗体が粘膜上に分泌され粘液の中に 存在する為,ウイルスの感染前に抗体が結合 し感染自体を抑える事ができる。このウイル スの感染時に起きる粘膜での免疫応答をワク チンにより引き起こすのが粘膜ワクチンであ る。ワクチンにより粘膜上での免疫を誘導す る方法の一つはウイルスの自然感染と同じ方 法を取る生ワクチンである。ウイルスを弱毒 化して生きたまま鼻から感染させる方法であ る 。 米 国 で は 既 に 認 可 さ れ フ ル ー ミ ス ト (FluMist)の名で使用されているワクチンで ある。これは低温に馴化させた弱毒のインフ ルエンザウイルスを使用するワクチンで自然 感染時と同様の免疫が誘導される。生きたウ イルスを使用する為,適応年齢が2歳〜49歳 の健康な人に限られておりインフルエンザに おける最も高リスクのグループが適応年齢か ら外れている。 そこで国内では現在,より安全な生きたウ イルスを使わない方法として不活化ワクチン を用いた経鼻インフルエンザワクチンの開発 が行われている。自然感染と同様に粘膜での IgA抗体を誘導するためにはインフルエンザ 感染を模倣する必要がある。そのためには防 御を必要とする部位への免疫が必要でそれに より最も効果的な免疫誘導を行う事ができ る。インフルエンザウイルスの最初の感染部 位は上気道である。そこで鼻腔粘膜にワクチ ン接種をすることにより粘膜へのインフルエ ンザ特異的分泌型IgA抗体の誘導の試みが行 われてきた。不活化ウイルス抗原よりなるワ クチンを経鼻接種することにより粘膜免疫を 誘導するものであるが,抗原のみを接種して も免疫応答はほとんど見られない。抗原と共 に抗原提示細胞を刺激し免疫を誘導する物質 であるアジュバントを投与する事が必要であ る。実験的にはアジュバントとしてコレラ毒 素のBサブユニット(CTB)を用いることによ り,粘膜表面へのインフルエンザウイルス特 異的分泌型IgAの誘導に成功し,さらにその IgA抗体がサブタイプの違うインフルエンザ ウイルスに対する交叉防御に非常に有効で有 ることが示されてきた1)。しかしスイスのワ クチンメーカーが行った大腸菌易熱性毒素 (LT)をアジュバントとして用いた経鼻イン フルエンザワクチンの臨床治験においてワク チン接種後に顔面神経麻痺(ベル麻痺)の発 生が見られ関係が否定できない事2)から細菌 毒素系のアジュバントは臨床応用されていな い。粘膜投与型ワクチンの開発にはより安全 で効果的な粘膜アジュバントの開発が不可欠 となっている。
て有効なレベルのA/PR8 HA特異的IgA抗体応 答がみられた。しかし,単独では有効な抗体 応答を誘導できないPoly(I:C) 1あるいは5μg と,Zymosan 10μgを組み合わせた場合には, A/PR8 HA特異的な鼻腔洗浄液中IgA抗体およ び血清中IgG抗体応答は,相乗的に増強される ことが明らかになった。この時,血清中にお ける中和抗体価およびHI抗体価も相乗的に増 強されることが明らかとなった(図1)。致死 的肺炎モデルにおいては,この併用群におい ては体重減少も見られず100%の生存がみられ た4)(図2)。 4. ヒトでの応用に向けて ヒトで使える経鼻ワクチン開発の為にはヒ トでの使用に安全なアジュバントが必要にな る。ヒトで安全性が確認されている二本鎖 RNA製剤にAmpligen (polyI:polyC12U)があり高
病原性鳥インフルエンザH5N1に対する経鼻ワ クチンのアジュバントとして現在実験的に使 われておりヒトでの臨床応用を目指している。 本製剤をアジュバントとして用いた経鼻イン フルエンザワクチンではワクチン株と同じ株 のウイルスに対しては完全な感染防御を示し た5)6)。さらに抗原性の異なるウイルス株に対 しても高い交叉防御能を示した。皮下接種で はこのような交叉防御効果は認められなかっ た。粘膜免疫を誘導する経鼻ワクチンのメリ ットはなんと言っても感染自身を防御する能 力と抗原性の一致しないウイルス株に対して も一定の効果がある事が上げられる。高病原 性鳥インフルエンザの経鼻ワクチンの実験に よりワクチンの皮下接種誘導する事のできな い粘膜上の免疫が誘導され,粘膜免疫の感染 防御における有利な点を引きだされた。更に, 26(388) BIO Clinica 25(5),2010 3. 粘膜アジュバント開発の基礎研究 獲得免疫を得るためには抗原と共に自然免疫 (Innate immunity)の刺激が必要であり粘膜での 自然免疫の刺激がアジュバント作用を生み出 す。ウイルス感染を模倣すれば感染時と同様 に有効な獲得免疫が誘導される事が期待され る。そこで我々はウイルスが増殖するときに 産生する二本鎖RNA(dsRNA)に注目した。 マウスを用いた実験では合成dsRNAである poly(I:C)をインフルエンザワクチンと共に経 鼻接種を行い最終免疫から2週間後の鼻腔洗浄 液を調べるとHA特異的分泌型IgA抗体が誘導 され,更に血清中には特異的IgG抗体が誘導さ れた。さらにワクチンとpoly(I:C)で経鼻免疫 されたマウスは致死量のウイルス攻撃感染に 対して抵抗性をしめし100%生存し,感染の兆 候も全く見られなかった。誘導されたIgA抗体 には亜型の異なるウイルス株に対し交叉防御 能が見られ高い交叉反応性が示された5)。この ようにトール様レセプター3(TLR3)のリガ ンドであるdsRNAをワクチンと共に経鼻接種 することにより,ワクチンのみでは誘導でき なかった獲得免疫である粘膜免疫応答を誘導 できTLR3の刺激がウイルス感染時の鼻咽頭関 連リンパ装置(NALT)での免疫応答スイッ チであることが証明された3)。更に粘膜アジュ バント効果を高めるため,自然免疫細胞の活 性化レセプターの一つであるC型レクチン Dectin-1に対するリガンドの添加によるアジュ バント活性について検討した。粘膜アジュバ ントとしてPoly(I:C)単独での利用の場合は, 10μgの利用で感染防御には十分な抗体応答を 誘導することが示されている。これに対し Zymosan単独では,50μgを粘膜アジュバント として利用した場合に,鼻腔洗浄液中におい
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はじめに
2009年にブタを起源としてヒトからヒトへ感 染する能力を持った新型インフルエンザウイル ス(S-OIV: swine-origin influenza A (H1N1) virus) が出現し,地球規模で感染が拡大した。この背 景には,現行の季節性インフルエンザに対する ワクチンが新型インフルエンザウイルスの感染 予防に奏功しない,という問題がある。 現行のインフルエンザワクチンはインフルエ ンザウイルス表面のHA抗原(hemagglutinin,ヘ ムアグルチニン)に対する抗体の産生を誘導し, ウイルスが宿主の細胞に吸着するのを阻止する ことを目的としている。一方で,インフルエン ザウイルスには表面抗原の異なる複数の亜型 (あ が た ) が 存 在 し , HA( 16種 類 ), NA (neuraminidase,ノイラミニダーゼ,9種類)の 組み合わせにより,理論的には(16 x 9=)144 通りのウイルス亜型が想定される。これらのう ち,現在までのところ,ヒト-ヒト感染の能力 を有するインフルエンザウイルス亜型はH1N1, H2N2,H3N2の3種類である。抗原と抗体とは いわゆる「鍵と鍵穴」の関係にあるため,ひと つのウイルス亜型に結合する抗体は他のウイル ス亜型には結合しない。また,仮にウイルス亜 型が一致していても,HAのタンパク構造の一 部が遺伝子変異を起こすことにより抗体が結合 出来ない場合もある。現在問題になっている新 型インフルエンザウイルスがウイルス亜型とし ては季節性インフルエンザと同じH1N1型であ るにもかかわらず,現行の季節性インフルエン ザワクチンが奏功しないのはこのためである。
A CTL-based liposomal vaccine capable of inducing protection against heterosubtypic influenza viruses:
Tetsuya Uchida; Department of Safety Research on Blood and Biological Products, National Institute of Infectious Diseases
細胞性免疫誘導型
インフルエンザワクチン
■ 内田
う ち だ哲也
て つ や国立感染症研究所
Key words : CTL,influenza,vaccine,liposome
Abstract 現行のインフルエンザワクチンはインフルエ ンザウイルス表面のHA蛋白に結合する抗体の 産出を誘導し,ウイルスが宿主の細胞に感染 するのを阻止することを目的としている。こ のため,ワクチン株と異なる分子構造のHA蛋 白を持った変異株には奏功しない。我々はイ ンフルエンザウイルスに共通に含まれるウイ ルス内部の蛋白を標的とし,宿主のウイルス 感染細胞を破壊・除去する細胞性免疫(CTL) を誘導するワクチンを開発した。このワクチ ンは季節性,新型を含むインフルエンザウイ ルスの変異株に対して幅広く奏功することが 期待される。 内田哲也 1979年東京大学医学部卒業。1981年ハー バード大学医学部留学,1985年東京大学 大学院医学系研究課博士課程修了。1985 年国立予防衛生研究所(現国立感染症研 究所)入所。
30(392) BIO Clinica 25(5),2010 1. インフルエンザウイルスの変異 インフルエンザウイルスは2通りの方法で変 異する。ひとつは,ウイルスに感染した宿主 の体内でHA,NAのセロタイプの組み替え(遺 伝子再集合)が行われて新しい亜型が出現す る,いわゆる “antigenic shift” と呼ばれるもの で,もうひとつは,同一の亜型の中で遺伝子 変異がおこり,変異体が生じる,いわゆる “antigenic drift” と呼ばれるものである。2009 年の新型インフルエンザウイルスは季節性イ ンフルエンザウイルスと同じH1N1亜型に属す るが,新型インフルエンザウイルスのHAには 季節性インフルエンザウイルスのHAと比較し て約20から24パーセントの遺伝子変異部分があ ることが知られている。2種類の異なるセロタ イプ,H1およびH2の間におけるHAの遺伝子変 異が約40から46パーセントであることからする と,新型インフルエンザにおけるHAの遺伝子 変異は同一のセロタイプ(H1)内における遺 伝子変異としては比較的広汎なものであると 言うことが出来る。米国CDCによる調査の結 果,季節性インフルエンザワクチンによって 誘導される抗体は新型インフルエンザウイル スに作用しないことが確かめられているが, これは上述の,同一のHAセロタイプにおける 遺伝子変異が原因であり,季節性インフルエ ンザウイルスのHAに対する抗体が新型インフ ルエンザウイルスのHAには結合しにくいこと によると考えられる。このように,現行のイ ンフルエンザワクチンは異なるセロタイプに 対してだけでなく,同一のセロタイプ内でも HAに遺伝子変異がおきたものに対しては十分 に奏功しない場合が少なくないため,新型イ ンフルエンザウイルスが出現するたびに新し くワクチンを製造する必要が生じる。 2. 「液性免疫」と「細胞性免疫」 上述のように,現行のインフルエンザワク チンはウイルスの表面に存在する抗原に対す る抗体の産生,いわゆる「液性免疫」を誘導 するが,生体にはこの他に,ウイルスに感染 した細胞を攻撃・除去することによりウイル スの複製を阻止する,いわゆる「細胞性免疫」 と呼ばれる機能も備わっており,ウイルスが 宿主に自然感染した際には液性免疫と細胞性 免疫の双方が作用して感染防御を行っている と考えられている。液性免疫がウイルスの表 面抗原を標的とするのに対して,細胞性免疫 はウイルスの内部構造を含む全タンパク抗原 を標的とすることができる(表1)。また,イ ンフルエンザウイルスにおいてウイルス表面 のタンパク抗原が頻繁に変異するのに対し, ウイルス内部を構成するタンパクは変異が少 なく安定しており,ウイルス亜型間で相同性 が高いことが知られている(表2)。そこで 我々は,インフルエンザウイルスに共通に含 まれている,ウイルス内部のタンパクに由来 するペプチド(アミノ酸9個が連なったもの) を標的とした細胞性免疫を誘導し,ウイルス 表1 液性免疫と細胞性免疫
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はじめに ワクチンはヒトなどの動物に接種して感染症 を予防する医薬品のことであり,病原体の弱毒 株あるいは病原体に含まれる感染防御抗原を投 与することで体内に免疫を誘導し,以後感染症 に罹りにくくする。Edward JennerやLouis Pasteur により始まったワクチン開発を発端に,これま でに様々な感染症に対するワクチンが創製され, それらを大別すると生ワクチン,不活化ワクチ ン,遺伝子ワクチンの3つに分類される (表1)。 生ワクチンは,毒性を弱めた病原体を用いた ワクチンであり弱毒生ワクチンとも呼ばれ,一 般にワクチン効果が早期に出現し,長期間有効 である。また体液性免疫のみならず細胞性免疫 をも誘導できる。しかし,生きている病原体を 使用しているためにワクチン株の感染による副 反応が出現する可能性もある。 一方,不活化ワクチンは死ワクチンとも呼ば れ,化学処理などで免疫原性を保持したまま, 感染性を失わせた病原体を使用する。また,病 原体の抗原部分のみを用いるコンポーネントワ クチン (サブユニットワクチンやペプチドワク チン),あるいは病原体の外毒素をホルマリンな どで処理して毒性を消失させたトキソイドをも 含めて不活化ワクチンと称される。不活化ワク チンは,生ワクチンより副反応が少ないという 利点を有しているが,体液性免疫しか獲得でき ず免疫持続期間が短いために複数回接種を必要 とするものが多い。 近年では,病原体抗原をコードしたDNAを接 種する遺伝子ワクチンが,細胞性免疫の誘導に 優れるとして盛んに研究開発が進められてはいDevelopment of transcutaneous vaccination system using novel vaccine devices : Kazuhiko Matsuo1), Quan Ying-Shu2)
Naoki Okada1), Shinsaku Nakagawa1) , 1) Department of Biotechnology and Therapeutics, Graduate School of
Pharmaceutical Sciences, Osaka University, 2) COSMED Pharmaceuticals. Co. Ltd.
新規経皮ワクチン
デバイスを用いた
「貼るワクチン」の開発
■松尾
ま つ お一彦
かずひこ1)・権
Quan英淑
Ying-Shu2)岡田
お か だ直貴
な お き1)・中川
なかがわ晋作
しんさく1) 1)大阪大学大学院薬学研究科薬剤学分野 2)コスメディ製薬株式会社 Key words : 経皮ワクチン,親水性ゲルパッチ,生分解 性マイクロンドル,破傷風,ジフテリア Abstract 感染症対策において唯一の根本的予防手段であ るワクチンへの関心が高まるなか,ワクチン抗 原の安定的生産技術の確立やワクチン普及に貢 献する新たな投与方法の開発に期待が寄せられ ている。筆者らは簡便かつ低侵襲なワクチン手 法として,皮膚の免疫機能を利用した経皮ワク チン「貼るワクチン」の開発を推進している。 本稿では,ワクチン開発における薬剤学・製剤 学研究の果たせる役割について,筆者らが独自 に開発した親水性ゲルパッチならびに生分解性 マイクロニードルを用いた「貼るワクチン」の 研究成果を例に紹介する。 松尾一彦 2006年大阪大学薬学部卒,2008年大阪大 学大学院薬学研究科修士課程修了,2010 年4月現在大阪大学大学院薬学研究科博士 後期課程3年。研究テーマはDDS基盤技術 を応用した新規経皮ワクチン製剤の開発。 趣味はサッカー。40(402) BIO Clinica 25(5),2010 表 1 ワクチンの種類 るが,本法は臨床研究において安全性を精査し ている段階であり実用化には至っていない。 このように,ワクチン抗原の製造技術の進展 により,様々な感染症に対する有望なワクチン 抗原が開発され,これまでに多大なる成果を人 類にもたらしてきた。しかしながら,現在のワ クチン接種方法は注射による投与 (皮下注射, 筋肉注射) がほとんどであり,接種に医療技術 者を必要とする,輸送・保管に一貫した冷蔵管 理システムが必要となりコストがかかる,など の理由から,開発途上国などのワクチンを最も 必要としている地域へ普及できていないのが現 状である。したがって,ワクチンを全世界へと 普及するための,簡便性・経済性に優れるワク チン接種手法の開発が強く求められている。 本観点から筆者らは,注射に代わる簡便かつ 安価,ならびに低侵襲なワクチン手法として, 皮膚をターゲットとした経皮ワクチンすなわ ち,「貼るワクチン」の開発を行っている。 1. 免疫組織としての皮膚 経皮ワクチンのターゲットとなる皮膚は,高 度に免疫系が発達した組織であり,解剖学的に みれば,外側から角質層,生きた表皮,真皮の 大きく3層に分けられる(図1)。生きた表皮を 構成する細胞の約90%以上を占めるケラチノサ イトは,異物の侵入を感知してサイトカイン・ ケモカインなどの炎症メディエーターを産生す ることで自然免疫の誘導に関わる1)。またケラ チノサイトの細胞間隙には,ランゲルハンス細 胞(LC) と呼ばれる強力な抗原提示細胞が存在 しており,生きた表皮にて異物を認識・捕食し たLCは所属リンパ節へと遊走し,T細胞を抗原 特異的に活性化する2)。すなわち,ワクチン抗 原を生きた表皮に存在するLCへと送達すること さえできれば,それに続く一連の免疫メカニズ ムにより抗原特異的なワクチン効果が期待でき る。しかし皮膚の最外層を構成する角質層は分 子量500以上の物質を透過させない物理的バリア として機能しており,ワクチン抗原のようなペ プチドや蛋白質を単に皮膚に塗布するだけでは LCの存在する生きた表皮へと送達することは困 難である3)。 このような背景の下,筆者らはワクチン抗原 の角質層透過を促進するデバイスとして親水性
はじめに 人生にはいくつかの分かれ目とも言うべき地点 が存在するように思われる。そのポイントではそ れからの未来に向かって憧れや夢だけが存在して いて,多くの場合は,特に若いときにはそのため の知識も技術もないということではないだろうか。 しかしそのときにすばらしい人に出会うというこ とがどれほど大事かということをいまさらながら 感じます。このすばらしい人への出会いはどのよ うにして起こるのだろうか。単なる偶然ではなく, ふとこれがその人の人生の実力なのではないかと, 多くの偉大なる人々の足跡をみて思うことがある。 その意味するところは知らずに研究 という世界を見せていただいたとき 動脈硬化ということに興味を持つ場合,それぞ れの人にいろいろな動機があると思われる。たと えば身内に心筋梗塞や脳梗塞の方がおられて,た またまその場に居合わせいても何も出来ず,その 治療に難渋したことを契機にその原因である動脈 硬化を明らかにしたい,あるいは大切な人をその 病気で失って何とか予防ができるように,治療が できるようにしたいと思って,そのような研究に 取り組もうとした。よく入学試験の面接のときに “なぜ医学部を受験しようとしたのですか”という 質問の答えに似ている。 小生の場合,少なくともこのような動機には入 らない。また,動脈硬化の大家が身近におられて その姿,あるいはある人にはその講義に魅せられ てこの道を選んだという場合もあるかも知れない。 これも小生には当てはまらない。 大学を卒業した昭和43年は,大学紛争の真っ只 中(当時の人間はこれを大学闘争という)で,そ の頃に学生であった私にはその時代の科学の先端
■ 齋藤
さいとう やすし康
千葉大学長 齋藤 康 1968年新潟大学医学部卒業, 同年新潟大学医学部附属病院 及び関連病院にて内科臨床研 修,71年新潟大学医学部第一 内科,72年徳島大学酵素研究 施設酵素生理部門,80年千葉 大学助手医学部内科学第二講 座,84年千葉大学講師医学部 内科学第二講座,93年山形大 学教授医学部臨床検査医学講 座,95千葉大学教授医学部内 科学第二講座,2001年大学院 の機構変更のため千葉大学教 授大学院医学研究院細胞治療 学,05年千葉大学医学部附属 病院長(細胞治療学教授兼任), 07年年千葉大学理事・副学長, 08年千葉大学長,現在に至る。 Key words :動脈硬化,酵素,大学紛争,臨 床研修,脂肪細胞My research life of Arteriosclerosis Part 1 :Yasushi Saito, President, Chiba university
88(450) BIO Clinica 25(5),2010 を知るということは,自分の不勉強はさておき, ままならないときでもあったと思います。少々, 言い訳になりますが,自らの将来について考えず にはおれない状況ではありましたが,“どのような 医師として生きていくのか,自ら語ることなくし て生きる意味はない”などと大学入学して初めて 経験しているまじめな議論をマージャンをしなが ら,酒を飲みながら,遊びながらやっているとい う状態を楽しんでいるという学生でしたので,学 問そのものの面白さを知るという機会に遭遇する ことはありませんでした。 しかし,そんな話し合いの中で,妙に研究の大 切さとか研究の面白さというのもあるんだろうな という意見を言う仲間もいて,それは一体どうい うことなのだろうと思ったものでした。 そのころアメリカの留学から帰られた教官(現 在新潟大学脳神経病理生田房弘名誉教授)の帰朝 セミナーのようなものがありました。実験的脳腫 瘍の形成機序についての話であったと思いますが, 電子顕微鏡の写真がたくさん出てきて,いろいろ な粒子や粒つぶがそれぞれどんな意味があるのか ということを大変熱っぽくそして楽しそうに話さ れるのが印象的でした。最後のスライドに腫瘍を 起こすウイルスが細胞に進入するメカニズムとし て膜上でそれは短くなるという現象に気づいたこ と,それは精子が受精卵に取り込まれていく現象 に近似するということを示され,あたかもひとつ の物語を語るように研究の成果の意味を話されて, その話に大変感動したことを覚えています。 その意味することはほとんど理解していないと 思われますが,ひとつの現象が,ひとつの機序が 生体の複数の場所で起こるということが大変不思 議に思えましたし,研究ということはひょっとし たらこういうことなのかもしれないな,あるいは 極めて普遍的な法則発見へのチャレンジなのか, と正確に表現できないながらもかすかに研究に憧 れを持ったことも事実でした。 そのように考えると生体はいくつかの基本的な 法則を利用して,いろいろなことをやるのではな いかなどと妄想を抱いて,この法則こそが大切な のではないかなどといって,帰朝報告をされた先 生のところにいって話をしたのを覚えています。 先生は劣等学生の遊びながらの妄想をじっと聞 いてくれて,ひとこと“齋藤君分からないことが 多いね。人間は自らを偉そうに思っているけど, 同じことは動物でもいとも簡単にやっているんだ ものね”ということをおっしゃられたように思い ます。そして“生体に起こるいろいろな現象を素 直に見ていくことが大切だね”といわれたことを 思い出します。 このように学生に接していただいたこの先生に はそれ以来,研究の難しさにぶつかったときに, あるときはふと何かを思い出した時,あるときは お手紙をし,あるときはお会いして,自分の姿勢 を問い直してきたように思います。研究にはきっ かけとともに,その研究を支える姿勢の大切さが 必要と思います。 あるとき先生は,“アメリカに留学しているとき にね,本当に困難にぶつかったとき,どうしよう もなくなったとき,日本にいる恩師にお手紙をし てその心情を訴えたら,俳人でもあったその先生 は(新潟大学脳外科教授であった故中田瑞穂先生) “時これを解決するや春を待つ”という俳句を下さ ったんですよ“と感慨深かげにいわれました。生 命に対する畏敬の念が生まれるのを感じたといっ ておられました。すばらしい師弟愛と思いました。 そんな出来事がありなんとなく研究をするとい うことに憧れを持ちながら,研究の世界とは“そ のようなものなのかもしれない“と,自らが描く 世界が持てるようになったと思うようになりまし た。勉学にはお世辞にも熱心ではなかったのです が,こんなことがあり“何とか脳細胞の電子顕微 鏡写真を撮影してみてみたい”と先生に申し上げ ましたら“それはいい。その標本つくりの名人が うちにはいるから教えてもらいながらやってみな さい”といってくださり,御世話になりました。 マウスを屠殺して,脳を取り出して,標本をつく るという作業(?)を一つ一つ丁寧に教えてくだ さいました。 そのときに生田先生は実験室に来られて“実験