第
6
章 角運動量
6.1
軌道角運動量
定義 軌道角運動量の演算子 L は,位置の演算子 r と運動量の演算子 p のベクトル積で定義さ れる: ¯ hL = r× p (6.1) 便宜上,ベクトルの直角座標成分を,数字の添字 1, 2, 3で表すことにする: r = ( x, y, z ) = ( r1, r2, r3), p = ( px, py, pz) = ( p1, p2, p3) (6.2) このとき,軌道角運動量演算子の成分は ¯ hLi = jk ijkrjpk (6.3)と表せる.ここで, ijk はLevi Civitaの記号で,隣合う添字の交換に対して反対称であり,
また, 123 = 1 とする.反対称性より,3つの添字の中に等しい値がある場合,値は 0に なる. r× pの次元は, ( 長さ)·(質量)·(長さ) (時間)= ( 質量)(長さ)· 2 ( 時間)2 (時間)· =(エネルギー)(時間)· (6.4) より,Planck定数 ¯hと同じ次元である.よって,演算子Lは無次元である. 位置と運動量の交換関係 座標表示で,運動量の演算子は微分演算子で表される: p = ¯h i ∇ = ¯ h i ∂ ∂r1, ¯h i ∂ ∂r2, ¯h i ∂ ∂r3 (6.5) これより,位置と運動量の演算子の交換関係を計算することができる.座標の関数 f (r)に 作用することを念頭において, [ ri, pj] f = ri ¯h i ∂f ∂rj − ¯ h i ∂ ∂rj (rif ) = ri ¯h i ∂f ∂rj − δij ¯h i − ri ¯ h i ∂f ∂rj (6.6) 105
より,基本となる交換関係 [ ri, pj] = δiji¯h (6.7) が得られる. 角運動量演算子の交換関係 軌道角運動量演算子の交換関係は,位置と運動量の交換関係 (6.7)から導くことができる. まず,軌道角運動量を (6.3)によって位置と運動量の演算子で表し,交換関係 (6.7)を代入 する: [ Li, Lj] = 1 ¯h2 kmn ik jmn[ rkp, rmpn] = 1 ¯h2 kmn ik jmn(rm[ rk, pn] p+ rk[ p, rm] pn) = i¯h ¯h2 km ik jmkrmp− kn ik jnrkpn (6.8) ここで,Levi Civitaの記号に関する関係式 k ijk mk = δiδjm− δimδj (6.9) を用いると [ Li, Lj] = i ¯h −δijr· p + ripj+ δijr· p − rjpi = i ¯ h ripj− rjpi (6.10) となり,軌道角運動量演算子の交換関係が得られる: [ Li, Lj] = k i ijkLk (6.11) 成分では [ Lx, Ly] = iLz, [ Ly, Lz] = iLx, [ Lz, Lx] = iLy (6.12) と書ける. L2 とL の成分との交換関係は,(6.11)を用いて [ L2, Li] = j [ LjLj, Li] = j Lj[ Lj, Li] + [ Lj, Li] Lj = jk i jikLjLk+ jk i jikLkLj (6.13) と書ける.ここで,最右辺の第2項で,和をとる2つの添字 j と kを交換すると, jik の 反対称性から [ L2, Li] = 0 ( i = 1, 2, 3 ) (6.14) が得られる.すなわち,L2と Lの1つの成分が同時に対角になる表現(同時固有状態)を とることができる.通常,L2 と Lz の同時固有状態を用いる.
6.1 軌道角運動量 107 極座標表示 デカルト座標(x, y, z)で表されている軌道角運動量を極座標(r, θ, φ)で表すには次の関 係式を用いる: x = r sin θ cos φ y = r sin θ sin φ z = r cos θ (6.15) 角運動量演算子が含んでいる微分は ∂ ∂x = ∂r ∂x ∂ ∂r + ∂θ ∂x ∂ ∂θ + ∂φ ∂x ∂ ∂φ = sin θ cos φ ∂ ∂r + cos θ cos φ r ∂ ∂θ − sin φ r sin θ ∂ ∂φ ∂ ∂y = ∂r ∂y ∂ ∂r + ∂θ ∂y ∂ ∂θ + ∂φ ∂y ∂ ∂φ = sin θ sin φ ∂ ∂r + cos θ sin φ r ∂ ∂θ + cos φ r sin θ ∂ ∂φ ∂ ∂z = ∂r ∂z ∂ ∂r + ∂θ ∂z ∂ ∂θ + ∂φ ∂z ∂ ∂φ = cos θ ∂ ∂r − sin θ r ∂ ∂θ (6.16) であるから,軌道角運動量演算子Lx, Ly, Lz は極座標で Lx = i sin φ ∂ ∂θ + cos θ cos φ sin θ ∂ ∂φ Ly = −i cos φ ∂ ∂θ − cos θ sin φ sin θ ∂ ∂φ Lz = −i ∂ ∂φ (6.17) と表される.3つの成分とも,2つの角θとφに関する微分演算子で表され,動径rは含 まない.3成分を用いて,L2 は極座標表示で L2=− 1 sin θ ∂ ∂θ sin θ ∂ ∂θ + 1 sin2θ ∂2 ∂φ2 (6.18) と表される. 固有値と固有関数 L2 の固有関数をY (θ, φ),固有値を λとする: L2Y (θ, φ) = λ Y (θ, φ) (6.19) ここで, Y (θ, φ) = Θ(θ) Φ(φ) (6.20)
とおいて変数分離すると, −sin2θ Θ 1 sin θ d dθ sin θdΘ dθ − λ sin2θ = −1 Φ d2Φ dφ2 = µ 2 (6.21) すなわち,Φは微分方程式 d2Φ dφ2 + µ 2Φ = 0 (6.22) を満たし,規格化因子を別にすれば,解はcos µφとsin µφである.周期境界条件Φ(φ+2π) = Φ(φ)を課すとµは整数でなければならない.一方,Θに関しては,z = cos θとおくと,微 分方程式 (1− z2)d 2Θ dz2 − 2z dΘ dz + λ− µ 2 1− z2 Θ = 0 (6.23) を満たす.この方程式の解の中で,z =±1(θ = 0, π)で有界であるという条件から,解は 第1種のLegendreの陪関数が選ばれる: Pµ(cos θ) ( µ, は0 または正の整数, µ≤ ) (6.24) このとき,λ = ( + 1)である.求めるY (θ, φ)は,0または正の整数 に対して,
P(cos θ), Pµ(cos θ) cos µφ, P µ
(cos θ) sin µφ ( µ = 1, 2, · · · , ) (6.25)
の(2 + 1) 個の球面関数になる.ここで,cos µφと sin µφの線形結合をつくり,
cos µφ± i sin µφ = e±iµφ µ = 1, 2,· · · , (6.26)
µの代わりにm を用いると,(2 + 1)個の関数 (6.25)は次の形にまとめられる: Ym(θ, φ) = (−1) m+|m| 2 2 + 1 2 (− |m|)! ( +|m|)! 1/2 P|m|(cos θ) 1 (2π)1/2e imφ (6.27) この球面調和関数は L2 だけでなく,同時に Lz の固有関数になっている: L2Ym(θ, φ) = ( + 1) Ym(θ, φ) LzYm(θ, φ) = m Ym(θ, φ) = 0, 1, 2, · · · m =−, −( − 1), · · · , − 1, (6.28) また,規格化され,互いに直交している: 2π 0 dφ π 0 sin θ dθ Ym(θ, φ)∗Ym(θ, φ) = δδmm (6.29) なお,(6.27)で定義された球面調和関数は,複素共役に対して Ym(θ, φ)∗ = (−1)mY−m(θ, φ) (6.30) と変換するように位相因子が選ばれている.
6.2 座標軸の回転と広義の角運動量 109
6.2
座標軸の回転と広義の角運動量
波動関数の変換 座標原点を通る直線のまわりの座標軸の回転を考える.回転は,回転軸の向きを表す単位ベ クトル nと回転角θで指定できる.座標軸の回転によって波動関数は変換されるが,それ を演算子 R(n, θ)を用いて次のように書けるとする: ψ −→ ψ = R(n, θ) ψ (6.31) この変換は波動関数のノルムを変えないので,R(n, θ)はunitary変換であり [R(n, θ)]† R(n, θ) = 1 (6.32) また,回転角が θ → 0のとき恒等変換 R(n, θ) → 1になるので,Hermite演算子S(n, θ) を用いて R(n, θ) = exp [−i S(n, θ) ] (6.33) と表せる. 演算子 J の導入 回転角が小さいときの変換を考える.微小な回転角を δθとし,(6.33)を展開して1次の項 までとる.このとき,波動関数の変換は ψ −→ ψ = R(n, δθ) ψ = [ 1 − i S(n, δθ) ] ψ (6.34) と書ける.特に k 軸のまわりの回転はn = ek として ψ −→ ψ = R(ek, δθ) ψ = [ 1− i S(ek, δθ) ] ψ (6.35) となる.このとき,微小角δθの1次までとると,右辺のHermite演算子S(ek, δθ)は微小 角 δθに比例すると考えられる.そこで,演算子Jkを導入して次のように書けるとする: S(ek, δθ) = δθ Jk (6.36) すなわち,Jkは k軸のまわりの無限小回転を生成する演算子である.これを任意の方向n のまわりの微小回転に拡張すると,Jx, Jy, Jz を成分とするベクトル J が考えられる: S(n, δθ) = (n· J) δθ (6.37) これにより 広義の角運動量 = ¯hJ と定義する.角運動量演算子は Hermite である.演算子Jk の性質は回転の変換の性質か ら定まる.微小角の回転に対する波動関数の変換(6.34)は ψ −→ ψ = R(n, δθ) ψ = [ 1 − i (n · J) δθ ] ψ (6.38)と書ける.これより,一般の回転に対する演算子は R(n, θ) ψ = exp [−i (n · J) θ)] ψ (6.39) と,広義の角運動量演算子を用いて表すことができる. 広義の角運動量演算子 J の交換関係 演算子 J の交換関係は座標軸の無限小回転から導くことができる.まず,x 軸と y 軸のま わりの2つの無限小回転を考える: Rx = exp (−i δθxJx) = 1− i δθxJx Ry = exp (−i δθyJy) = 1− i δθyJy (6.40) この2つの変換の順序を入れ換えると, RxRy− RyRx = (1− i δθxJx) (1− i δθyJy)− (1 − i δθyJy) (1− i δθxJx) = − δθxδθy (JxJy − JyJx) (6.41) となる.一方,これは,図6.1に示すように,z 軸のまわりの角 δθxδθyの回転に等しい: y z x x’ 1 δθy y z x x’ x’’ 1 δθy δθxδθy 図6.1: 座標軸の微小角回転.左:RyRx,右:RxRy
RxRy − RyRx = exp (−i δθxδθyJz)− 1 = −i δθxδθyJz (6.42)
上の2つの式を比較して,交換関係 [ Jx, Jy] = i Jz (6.43) が得られる.他の成分についても同様である.すなわち,広義の角運動量の交換関係は [ Ji, Jj] = k i ijkJk (6.44)
6.2 座標軸の回転と広義の角運動量 111
と表される.また,軌道角運動量の場合と同様に,交換関係
[ J2, Jx] = [ J2, Jy] = [ J2, Jz] = 0 (6.45)
が容易に導ける.
補足:群論の言葉で言うと( 1)
• 座標軸の回転を表す unitary演算子の集合 { exp (−i n · J) }は群をなす.すなわち,
(1) 任意の2つの元の積は,集合の元である. (2) 単位元が存在する(恒等変換:θ = 0). ( 3) 逆元が存在する(θに対して −θ の回転). ( 4) 3つの元に対して結合則が成り立つ. • Jx, Jy. Jz を群の生成子 という.3つの生成子からなるunitary群を SU(2)という. また,{ Jx, JyJz}を SU(2)の Lie代数 という. • 生成子の交換関係は,生成子の線形結合で表される: [ Ji, Jj] = k i ijkJk ijk を 構造定数 と呼ぶ.構造定数は生成子の交換関係を規定している. 軌道角運動量を生成子としてもつ群は,実3次元空間の回転群O(3)である.O(3)と広 義の角運動量を生成子とするSU(2)は同じ交換関係を満たす.しかし,下で見るように,固 有値として許される値は異なる.単位元近傍の微小角回転は同じであるが,有限な回転に対 しては差異が生じる.広義の角運動量を定義した座標軸の回転では,軌道角運動量だけでな く,粒子がもつスピン角運動量(たとえば,Fermi 粒子は大きさが 1/2のスピン角運動量 をもつ)も関与するからである.
6.3
角運動量演算子の固有値
角運動量演算子の3つの成分は互いに可換ではないが,J2 とは可換であるので,J2 と Jz の同時固有状態を作ることができる.固有値は,交換関係(6.44)から導くことができる. 昇降演算子 固有値を求める準備として,昇降演算子 J± を定義する: J± = Jx± i Jy (6.46) 昇降演算子は,Jx と Jy とで構成されるので,J2 と可換である.昇降演算子に関する交換 関係は (6.44)から容易に導ける: [ Jz, J±] = ±J±, [ J−, J+] = −2Jz (6.47) Jx とJy が Hermiteであるので,Hermite共役の関係式 (J±)† = J∓ (6.48) が成り立つ. J−J+ = J2− Jz(Jz+ 1), J+J− = J2− Jz(Jz− 1), (6.49) も同様にして導ける. 固有値 J2 の固有値を λj,Jz の固有値を m とする.固有関数をψjm で表す(規格直交化されて いるとする): J2ψjm = λjψjm Jzψjm = m ψjm (6.50) λj を決めたとき,mには上限と下限がある.これは次のように示すことができる.J2− Jz2 = Jx2− Jy2 を固有関数 ψj に作用させると,左辺は(6.50)を用いて書き換えられる: ( λj− m2) ψjm = ( Jx2+ Jy2) ψjm (6.51) 左から ψjm∗ をかけて行列要素をとると,固有関数の直交性を用いて λj− m2 = jm | ( Jx2+ Jy2)| jm ≥ 0 (6.52) となる.不等号は角運動量演算子が Hermiteであることから導かれる: jm | J 2 x | jm = jm jm | Jx| jm jm| Jx| jm = jm | jm| Jx| jm |2 ≥ 0 (6.53)6.3 角運動量演算子の固有値 113 従って,Jz の固有値m には上下限 −λj ≤ m ≤ λj (6.54) があることがわかる. Jz の固有値 m の可能な値は1つおき(隣合う値の差は1)である.すなわち,Jz と昇 降演算子の交換関係 (6.47)を固有関数 ψjmに作用させると JzJ±ψjm = ( J±Jz± J±) ψjm = (m± 1) J±ψjm (6.55) が得られる.J±ψjm は ψj m±1 に比例し,Jz の固有値 m の可能な値は一つおき(隣合う 値の差は 1)である.ここで,昇降演算子が J2と可換であるので,J± は J2の固有値 λj について対角であることを用いた. J2 の固有値 λj と,Jz の固有値 mがとり得る値は,昇降演算子を用いて次のようにし て求められる.mの上限値を m1,下限値を m2 とする(m1≥ m2).すなわち, J+ψjm1 = 0, J−ψjm2 = 0 (6.56) が成り立つ.左の式にJ−を作用させ,右の式には J+ を作用させる.ここで (6.49)を用 いると, [ λj− m1(m1+ 1) ]ψjm1 = 0, [ λj − m2(m2− 1) ]ψjm2 = 0 (6.57) が得られる.両辺からλj を消去して (m1+ m2) (m1− m2+ 1) = 0 (6.58) となる.m1≥ m2 であるから,唯一の解は第1因子が 0のときである: m2 =−m1 (6.59) 2つの関係式,すなわち,(1) m の隣合う値の差は 1 であり,(2) m の下限と上限には m2=−m1 の関係が成り立つことから,mの上限値と下限値の差は 0または正整数である ことがわかる: m1− m2 = 2j j = 0, 12, 1, 32, 2,· · · (6.60) これを (6.57)に代入すると,J2 の固有値が求まる: λj = j(j + 1) (6.61) また,このとき,mの取り得る値は m = −j, −(j − 1), · · · , j − 1, j (6.62) の (2j + 1)個であることがわかる.
固有関数の変換 角運動量j を決めたとき,mが取り得る値は (2J + 1)個ある.すなわち,(2j + 1) 個の状 態がある: { | jm } m = −j, −(j − 1), · · · , j − 1, j 座標軸を回転したとき,| jm は R(n, θ) | jm に変換されるが,変換後の状態は (2j + 1) 個の固有状態 { | jm }の線形結合で表される.角運動量の値が j とは異なる状態は生成さ れない.この(2j + 1)個の状態を既約表現 という. 補足:群論の言葉で言うと(2) • 3つの生成子で構成され,全ての生成子と可換な演算子を Casimir演算子 という. J2 は SU(2)のCasimir演算子である. • 同時に対角化できる生成子の集合を Cartan代数 といい,同時対角化できる生成子 の個数を群のランク という.角運動量演算子の3成分は互いに可換ではない(対角 にできるのは1つだけ)ので,SU(2) のランクは1である. • J2 の固有値が j(j + 1) である,(2j + 1)個の状態を (2j + 1)表現 という.これは SU(2)の既約表現である. • 1つの既約表現に属する状態は,Cartan代数の固有値で区別される.この固有値を重 み という.重みの中で最大なものを最高重みという. 角運動量の SU(2)の場合,Cartan代数は1つの生成子 Jz からなり,固有値mが重 みである.最高重みは m = jである. • Cartan代数に属さない生成子は,線形結合により,重みの値を変える昇降演算子にな る.最高重み以外の状態は,最高重みの状態から降演算子によって生成できる.
6.4 角運動量演算子の行列表現 115
6.4
角運動量演算子の行列表現
表現を決めると,演算子は行列で表すことができる.たとえば,角運動量が j であると き,既約表現は (2j + 1)表現であり(2j + 1) 個の状態からなる.それを列ベクトル | j −j | j −j+1 .. . | j j−1 | j j として,常にこの順序をとると約束すれば,この列ベクトルを基底として演算子は行列の形 で表せる.行列の大きさは表現に応じて変わる. 昇降演算子の行列要素 角運動量演算子の関係式 J2 = J+J−+ Jz2− Jz を固有関数 ψjm に作用させ,左から ψjm∗ をかけると j(j + 1) = jm | J+| j m−1 j m−1 | J−| jm + m2− m (6.63) が得られる.ここで,Hermite共役の関係式 (6.48)の行列要素による表現 j m−1 | J−| jm = jm | J+| j m−1 ∗ (6.64) を用いると jm | J+| j m−1 j m−1 | J−| jm = | jm | J+| j m−1 |2 = j(j + 1)− m2+ m (6.65) である.よって,昇演算子の行列要素は jm | J+| j m−1 = eiδ j(j + 1)− m2+ m (6.66) と書ける.ここに現れる位相因子は決まらない.eiδ = 1と約束する(位相の約束-1).J+ と J− は互いに Hermite共役の関係 (6.64)にあるので,J+ の行列要素の位相因子を決め ると,それに応じて J− の行列要素の位相因子は決まってしまう( 新たな自由度はない). この位相因子の約束によると,昇降演算子の行列要素は j m±1 | J±| jm = (j∓m) (j±m + 1) (6.67) 言い換えると J±ψjm = (j∓m) (j±m + 1) ψj m±1 (6.68) となる((6.55 に示したように,J±ψjmは ψjm±1 に比例する).Jx と Jy は昇降演算子で表せる: Jx = 1 2(J++ J−) Jy = 1 2i(J+− J−) (6.69) 従って,昇降演算子の行列要素から,Jx, Jy の行列要素は求められる. j = 1/2 の場合 j = 1/2のとき,m = −12 と m = +12 が可能である.すなわち,2 表現である.このとき, 角運動量の代わりに Pauli行列 J = 1 2σ (6.70) を用いることが多い.Pauli行列の3つの成分は(σz が対角である表現で)次のように表さ れる: σx = 0 1 1 0 σy = 0 −i i 0 σz = 1 0 0 −1 (6.71) それぞれの Pauli行列の2乗は単位行列になる: σx2 = σy2 = σz2 = 1 0 0 1 (6.72) y 軸のまわりの角 θの回転を表す演算子は,この関係を用いて,
R(ey, θ) = exp (−iθJy) = exp −iθ 2σy = cosθ 2 − i sin θ 2σy (6.73) と書ける.特に,θ = 2nπ(nは整数)のときは R(ey, 2nπ) = cos nπ = (−1)n (6.74) となる.回転角が 2π の偶数倍のときは1 であるが,2πの奇数倍のときは −1になる. j = 1 の場合 j = 1のとき,m =−1,m = 0,m = +1の3つの値が可能である.すなわち,3表現で ある.このとき,角運動量演算子の3つの成分は Jx = 1 √ 2 0 1 0 1 0 1 0 1 0 Jy = 1 √ 2 0 −i 0 i 0 −i 0 i 0 Jz = 1 0 0 0 0 0 0 0 −1 (6.75) と書ける. 既約表現の次元によらず,また,Jz を対角にする表現であるか否かによらず,角運動量 演算子の表現行列は,角運動量演算子と同じ交換関係を満たす.
6.5 角運動量の合成とClebsch-Gordan係数 117
6.5
角運動量の合成と
Clebsch-Gordan
係数
2つの可換な角運動量のベクト ル和 2つの角運動量の結合 J = J1+ J2 (6.76) を考える.それぞれの角運動量演算子は交換関係を満たすが,2つの角運動量は互いに可換 であるとする: [ J1i, J1j] = k i ijkJ1k [ J2i, J2j] = k i ijkJ2k [ J1i, J2j] = 0 (6.77) すなわち,J1 と J2 は異なる空間に作用する場合を考える.たとえば,軌道角運動量とス ピン角運動量の結合,2つの粒子の軌道角運動量の結合などである. 2つの部分の波動関数をψj1m1,ψj2m2,結合した状態の波動関数を ψjm とする: J12ψj1m1 = j1(j1+ 1) ψj1m1 J1zψj1m1 = m1ψj1m1 J22ψj2m2 = j2(j2+ 1) ψj2m2 J2zψj2m2 = m2ψj2m2 J2ψjm = j(j + 1) ψjm Jzψjm = m ψjm (6.78) このとき,J2 と可換な演算子は, [ J2, Jz] = [ J2, J12] = [ J2, J22] = 0 (6.79) であるから,j1 と j2 はj 及び mと同時固有状態をもつ.しかし,J1z と J2z は J2 と可 換ではない [ J2, J1z] = 0 [ J2, J2z] = 0 (6.80) ので,その固有値であるm1と m2 は良い量子数ではない.言い換えると,J を良い量子数 として持つ状態をつくるには,m1 と m2 を混合させなければならない. Clebsch-Gordan係数 2つの部分の波動関数 ψj1m1 とψj2m2 の積波動関数ψj1m1ψj2m2 は合成した角運動量j を 良い量子数としてもたない.J2 の固有状態は,積波動関数の線形結合で表される: ψjm = m1m2 j1m1j2m2| jm ψj1m1ψj2m2 (6.81) この変換は,ψjmが規格直交化された状態であることから,unitary変換である.変換係数 j1m1j2m2| jm を Clebsch-Gordan 係数という.合成された角運動量 j が取る値は,最 小値 | j1− j2|から最大値 j1+ j2 までで,隣合う値の差は1である: j = | j1− j2|, | j1− j2| + 1, · · · , j1+ j2− 1, j1+ j2 (6.82)(6.81)が unitary変換であることから,直交関係 m1m2 j1m1j2m2| jm j1m1j2m2| jm = δjjδmm jm j1m1j2m2| jm j1m1j2m2| jm = δm1m1δm2m2 (6.83) が成り立つ.この直交関係を利用すると,(6.81)の逆変換 ψj1m1ψj2m2 = jm j1m1j2m2| jm ψjm (6.84) が得られる(mについての和があるが,下に示すように,m = m1+ m2 以外は係数が 0で ある). 補足:群論の言葉で言うと(3) • Clebsch-Gordan係数を用いた逆変換の式 ψj1m1ψj2m2 = jm j1m1j2m2| jm ψjm は,SU(2)の2つの既約表現 { ψj1m1} m1 = −j1,−j1+ 1, · · · , j1− 1, j1 { ψj2m2} m2 = −j2,−j2+ 1, · · · , j2− 1, j2 すなわち,(2j1+ 1)表現と (2j2+ 1)表現の直積が,既約表現((2j + 1)表現) { ψjm} m = −j, −j + 1, · · · , j − 1, j の直和で表されることを意味する.直積と直和の記号として,⊗と ⊕が用いられる. • 例:j1 = 1(3表現)とj2 = 5/2(6表現)の直積は,jとして取り得る値がj = 3/2, 5/2, 7/2であり,3つの既約表現の直和 3⊗ 6 = 4 ⊕ 6 ⊕ 8 で表される. m = m1 + m2 角運動量のz 軸への射影は保存する.すなわち, j1m1j2m2| jm = 0 m1+ m2 = m (6.85) が成り立つ.この関係式は,(6.76)から直ちに導かれる.なぜならば,(6.76)は J = J1·12+ 11·J2 (6.86)
6.5 角運動量の合成とClebsch-Gordan係数 119 を意味するからである.ここで,1 は演算子で,それが作用する波動関数を全く変えない. 従って,(6.86)の z 成分を積波動関数に作用させれば, Jzψj1m1ψj2m2 = (J1zψj1m1) (1 ψj2m2) + (1 ψj1m1) (J2zψj2m2) = m1ψj1m1ψj2m2 + m2ψj1m1ψj2m2 = (m1+ m2) ψj1m1ψj2m2 (6.87) となるので,積波動関数の角運動量の z成分は m1+ m2 であることがわかる. Clebsch-Gordan係数の値 Clebsch-Gordan係数の値は,関与する状態がどのように作られるかによって定められる. まず,j = j1+ j2 の状態を考える.中でもm = jの状態を作れるのは,m1 = j1, m2= j2 の場合だけである.すなわち, ψjj = j1j1j2j2| jj ψj1j1ψj2j2 ( j = j1+ j2) (6.88) Clebsch-Gordan係数のunitary性から,このClebsch-Gordan係数の2乗は1である.通常,
j1j1j2j2| jj = 1 ( j = j1+ j2) (6.89) とする(位相の約束-2).すなわち, ψjj = ψj1j1ψj2j2 ( j = j1+ j2) (6.90) と書ける.次に,降演算子を用いて m = j− 1の状態を作る.降演算子は,1番目と2番 目の状態に作用する演算子を陽に書くと J− = J1−·12+ 11·J2− (6.91) である.左辺の演算子を(6.90)の左辺に作用させ,一方,右辺の演算子を(6.90)の右辺に 作用させる.降演算子の行列要素 (6.68)を用いると, 2j ψjj−1 = 2j1ψj1j1−1ψj2j2+ 2j2ψj1j1ψj2j2−1 (6.92) すなわち, ψjj−1 = j1 j ψj1j1−1ψj2j2+ j2 j ψj1j1ψj2j2−1 (6.93) が得られる.これより,直ちに次の2つのClebsch-Gordan係数の値が決まる: j1j1− 1 j2j2| jj − 1 = j1 j j1j1j2j2− 1 | jj − 1 = j2 j ( j = j1+ j2) (6.94)
降演算子の行列要素の位相の約束により,ここでの位相の任意性はなく,値は一意的に定ま る.この過程を繰り返すと,合成した角運動量が j = j1+ j2 である状態が一意的に決まり, 従って,それに対応する Clebsch-Gordan係数も一意的に決まる. 次は角運動量の大きさが j− 1 = j1+ j2− 1 の状態である.その中でz 成分が最大の状 態は m = j− 1 = j1+ j2− 1である.この状態は (6.93)の状態と直交した状態である: ψj−1j−1 = j2 j ψj1j1−1ψj2j2 − j1 j ψj1j1ψj2j2−1 (6.95) ただし,右辺に負号をかけた状態でも直交性は保証される.ここで新たな位相の自由度があ る.しかし,この符号を決めてしまえば(位相の約束-3),角運動量 j をもつ状態と同様 にして,降演算子を用いて,m の小さい状態を順次,(符号まで含めて)一意的に作ること ができる. 以下,同様にして,角運動量が1つ小さい状態を作るごとに,新たな符号の自由度があり, それを除けば状態は一意的に作られる.状態を作ると同時に,対応したClebsch-Gordan係 数の値も定まる.一般の Clebsch-Gordan係数は閉じた形で与えられる: aαbβ | cγ = δα+β,γ × (c + a− b)!(c − a + b)!(a + b − c)!(c + γ)!(c − γ)!(2c + 1) (c + a + b + 1)!(a− α)!(a + α)!(b − β)!(b + β)! 1/2 × k (−1)k+b+β(c + b + α− k)!(a − α + k)! (c− a + b − k)!(c + γ − k)!k!(k + a − b + γ)! (6.96) ここで,kについての和は分母が 0にならない範囲で整数値をとる. 対称性 Clebsch-Gordan係数には次の対称性がある: j1m1j2m2| jm = (−1)j1+j2−j j1−m1j2−m2| j −m = (−1)j1+j2−j j 2m2j1m1| j −m = (−1)j1−m1 2j + 1 2j2+ 1 j 1m1j−m | j2−m2 (6.97) この3つの関係式から,他の対称性も導ける.
6.6 既約テンソル演算子と Wigner-Eckartの定理 121
6.6
既約テンソル演算子と
Wigner-Eckart
の定理
既約テンソル演算子 既約テンソル演算子は,座標軸の回転に対する変換性によって定義される.既約テンソルは, 球テンソルと呼ばれることもある. 例として,ベクトル演算子を考える.ベクトル Aは,テンソルの言葉で言えば1階のテ ンソルである.ベクトルAはデカルト座標系において3つの成分Ax, Ay, Az をもつが,角 運動量を扱うときにはデカルト座標の成分は不便である.それは,波動関数が,角運動量 j とともに,その z 軸への射影 m を良い量子数としてもつ状態として表されるからである. そこで,デカルト座標における3つの成分の線形結合 A±1 = ∓√1 2(Ax± i Ay), A0 = Az (6.98) をつくると,このように書いたAµの添字µは角運動量の z軸への射影に対応している. 角運動量の演算子J もベクトル演算子であるから,上と同様にして,1階の既約テンソ ル演算子としての3つの成分 Jµは J±1 = ∓√1 2(Jx± i Jy), J0 = Jz (6.99) で与えられる.ベクトルである座標の演算子,運動量の演算子も全く同様である. 既約テンソル演算子の定義(Racahの定義) 1組の演算子 { TLM} M = −L, −L + 1, · · · , L − 1, L (6.100) があり,角運動量の演算子と交換関係 [ J±1, TLM] = ∓ (L∓ M)(L ± M + 1) 2 TL M±1 [ J0, TLM] = M TLM (6.101) を満たすとき,上の演算子の集合は L階の既約テンソル演算子を構成する.ただし,ここ に現れている角運動量の演算子の成分は,(6.99)で定義された成分Jµである. 既約テンソル演算子の別の例として,位置演算子の積で定義される四重極遷移演算子が ある: Q2µ = r2Y2µ(θ, φ) µ = −2, −1, 0, 1, 2 (6.102) これら5つの成分は,位置演算子のデカルト座標成分 x, y, zで表すと Q2±2 = 15 32π(x± iy) 2 Q2±1 = ∓ 15 8π(x± iy) z Q20 = 5 16π[ 2z 2− x2− y2] (6.103)となる. Wigner-Eckartの定理 この定理は,既約テンソル演算子の行列要素を扱う上で大変重要であるが,詳細は省いて, その意味するところを述べるに留める. J2 と Jz の固有状態(既約表現)に対して,既約テンソル演算子の行列要素は次のよう に書ける: j1m1| TLM| j2m2 = 1 √ 2j1+ 1 j2m2LM| j1m1 j1 TL j2 (6.104) 右辺の行列要素の2本の縦棒は角運動量について reduceしたことを表し,この行列要素を
換算行列要素(reduced matrix element)とよぶ.
Wigner-Eckartの定理により,行列要素の物理的因子と幾何学的因子が分離される.既約 テンソル演算子の物理的性質,始状態・終状態の物理的性質は全て換算行列要素の中に含ま れる.Jz の固有値に依存する部分(幾何学的因子)はClebsch-Gordan係数に含まれる.こ の結果,(2j1+ 1) 表現と 2j2+ 1 表現の状態に対する,L 階の既約テンソル演算子の行列 要素は全部で (2j1+ 1)× (2j2+ 1)× (2L + 1) 個 あるが,幾何学的因子を除いた,物理的性質に依存する因子は唯一つしかない.個々の行列 要素のあいだの関係は Clebsch-Gordan係数によって決定される.