<総説>
次世代の健康に配慮した妊婦の脂質栄養管理
山本周美
武庫川女子大学短期大学部食生活学科 応用栄養学研究室
〒663-8558 兵庫県西宮市池開町6-46
Tel & Fax: 0798-45-9787, e-mail: [email protected]
キーワード:母子栄養、脂質栄養、低出生体重児、トランス脂肪酸、胎盤
Management of lipid nutrition for pregnant women:
Effects on health in the next generation
Shumi YAMAMOTO
Mukogawa Women’s University Junior College Division, Department of Dietary Life and
Food Sciences, 6-46, Ikebiraki-cho, Nishinomiya, Hyogo 663-8558
Tel & Fax: +81-798-45-9787, E-mail: [email protected]
Summary
The theory that prenatal and infant undernutrition and fetal growth retardation can be risk factors for lifestyle diseases in adulthood—called the developmental origins of health and disease—has been accepted worldwide. Nutritional status during pregnancy has a profound effect on infants’ health and disease later in life. Since the birth weight declines are notable in Japan recently, it is important to take in enough calories and nutrients for both fetuses and mothers. However, there is little evidence concerning lipid nutritional management during pregnancy that considers the infants’ future health. Our studies on cholesterol and trans fatty acids have been conducted so far and the results suggested that maternal dietary fat intake influences the development of fetuses. There seems to be insufficient evidence to determine the quality and quantity of dietary fats in pregnancy. Further investigations are needed to define appropriate dietary fat intakes during
Key words: maternal and child nutrition, lipid nutrition, low birth weight, trans fatty acids, placenta 1. はじめに 日本では 1970 年代半ばから年々出生体重の平均値が低下しており、低出生体重児の出生率も増 加傾向にある 1)。低出生体重児は成人後、肥満や糖・脂質代謝異常、高血圧などの生活習慣病のリ スクが高いことが問題視されている 2)。低出生体重児が増加している一因として、妊娠中の栄養摂取 が挙げられる。Figure 1 は年代別に児の平均出生体重と母体のエネルギー摂取量を示した図であ るが、両者の変化は明らかに 相関している3)。このことから、 妊娠中の栄養摂取量は児体 重に影響し、ひいては児の将 来の疾病リスクに影響すると推 察される。従って、妊娠期の栄 養管理は児の生涯にわたって の健康を確保する上で極めて 重要であるといえる。しかしな がら、児の将来の疾病リスクを も考慮した妊娠期の栄養につ いてはエビデンスが少なく、脂 質栄養についても同様である。エビデンスの確立に資するためこれまでに行ってきた 2 つの研究内 容を以下に述べる。 2. 妊娠マウスにおける母体由来コレステロールの胚および胎仔への移行 コレステロールは個体発生に必須の分子であるが4-6)、妊娠中に母体由来のコレステロールが胚ま たは胎児へ移行するのかについては未だ不明確である。これを解決するため、妊娠マウスに安定同 位体標識コレステロールを投与し、胚および胎仔への移行を検証した7)。具体的には、0.05 %(w/w) コレステロールを含む標準飼料で 1 週間以上飼育した ICR マウス♀を交配させ、[3,4-13C]-コレステ ロール 1 mg を、プロトコール 1 では妊娠 1 日目から胎盤形成前の 8 日目まで、プロトコール 2 では 胎盤形成後の妊娠 10 日目から 17 日目までの期間中に毎日尾静脈より投与した。いずれの場合も、
最終の投与を行った 24 時間後に安楽死させ、プロトコール 1 では母体血漿と胚組織、プロトコール 2 では母体および胎仔血漿および各臓器を採取し、脂質抽出後、GC-MS にて13C2-コレステロールを測 定した。 プロトコール 1 の結果を Figure 2 に示す。天然のコレステロール由来の分子イオンである m/z 368 のピーク面積に対 する、13C2-コレステロ ール由来の m/z 370 の ピ ー ク 面 積 の 比 を Isotopic Ratio (IR)と した。投与なしのコント ロール群に比べて 13C2 -コレステロール投与 群の胚組織では IR が 有意に上昇したことか ら、母体由来のコレステ ロールは胚へ移行するこ とが明らかとなった。ま た、卵黄嚢でも IR が上 昇したことから、移行に 卵黄嚢が関与しているこ とが示唆された。プロト コール 2 の結果では、コ ントロール群に比べて 投与群の胎仔血漿は IR が有意に増加したことか ら、胎盤形成後におい ても母体由来のコレステ ロールは胎仔へ移行す ることが明らかとなった(Figure 3)。
Figure 2. Isotopic ratios for protocol 1
ヒトでは血中コレステロール濃度は妊娠初期に母子間で正に相関し、さらに胎児の脂肪斑の面積 とも正に相関することが報告されている 8,9)。このデータは、器官形成に重要な発生初期の母体の高 コレステロール血症が児の健康リスクに影響する可能性を示唆するものであり、妊娠期の脂質栄養マ ネジメントの重要性を裏付けている。 3. 妊娠期のトランス脂肪酸摂取が胎児発育に及ぼす影響 トランス脂肪酸(TFA)は、その健康影響から摂取規制を設ける国々もあり10)、2013 年には FDA が心 疾患予防の観点から一部の菓子類やマーガリンなどに含まれる TFA の使用を段階的に禁止すると発 表した。一方、児への健康影響の点では、臍帯血球中 TFA と児の出生体重が負の相関関係にあるこ とが報告されており11)、同様の関係が新生児の血漿中 TFA でも確認されている12)。他に、妊娠中の TFA 摂取により在胎週数が短縮されることや、長鎖多価不飽和脂肪酸の産生を阻害する可能性も示 唆されている13)。これらの児への影響に関する報告は、TFA 摂取量が多い欧米が中心となっており、 摂取量が比較的少ないとされる日本では報告がない。 そこで、日本人妊婦を対象に、胎児の発育に及ぼす TFA の影響について検討した。対象は大阪府 立母子保健総合医療センターで出産した正期産の母児 16 組と、原因が明確でない早産の母児 32 組の計 48 組である(多胎、母体合併症、先天奇形児は除外)。同意を得て絨毛膜板付近の胎盤組織 を採取し、脂質抽出後、GC-MS にて 9t-18:1(エライジン酸)、対照として 9c-18:1(オレイン酸)を定量 し、それらの存在比率を t/c 比として算出した。また、母親には TFA を含む食品の摂取頻度を問う質 問票による食事調査を実施した。 胎盤組織中の TFA 量および t/c 比と発育指標との単相関分析の結果を Table 1 に、偏相関分析 (制御変数:妊娠時の喫煙、胎盤重量、非妊時 BMI)の結果を Table 2 に示す。発育指標には、出生 体重 SD スコア、出生時身長 SD スコアおよび出生時頭囲 SD スコアを用いた。これらは、出生体重、出 生時身長、出生時頭囲のそれぞれの実測値から基準値14)を引いた値を標準偏差で除して求めた。 単相関では、正期産児の出生時身長 SD および頭囲 SD と胎盤組織中 TFA 量に有意な負の相関が認 められたが、偏相関では関連は消失した。早産群では、単相関・偏相関ともに出生体重 SD と t/c 比 において有意な負の相関を示した。これらの結果から、胎盤組織中の TFA 量が増加すると胎児発育 に影響する可能性が示唆された。 さらに、対象妊婦に実施した食事調査の結果では、胎盤中トランス脂肪酸量が多い場合にトランス 脂肪酸含有食品の摂取頻度が高くなる傾向が認められた(data not shown)。具体的には、菓子パン
Table 1. Simple correlation between placental fatty acids and SD score for birth weight (BW), height (BH) and head circumference (BHC). The r values indicate Pearson’s correlation coefficients.
Mature (n=16) Premature (n=32)
SD Score r p value r p value
9t-18:1 x BW BH BHC -0.41 -0.58 -0.52 0.12 0.02* 0.04* 0.13 0.23 0.26 0.48 0.20 0.15 9c -18:1 x BW BH BHC -0.41 -0.58 -0.52 0.12 0.02* 0.04* 0.45 0.51 0.43 0.01* 0.01* 0.02* t/c x BW BH BHC -0.38 -0.48 -0.49 0.14 0.06 0.05* -0.41 -0.27 -0.20 0.02* 0.14 0.26 * : p<0.05
Table 2. Partial correlation between placental fatty acids and SD score for birth weight (BW), height (BH) and head circumference (BHC). The r values indicate Pearson’s correlation coefficients.
Mature (n=16) Premature (n=32)
SD score r p value r p value
9t-18:1 x BW BH BHC -0.19 -0.50 -0.44 0.54 0.08 0.13 0.17 0.25 0.23 0.42 0.24 0.29 9c -18:1 x BW BH BHC -0.03 -0.35 -0.24 0.92 0.24 0.43 0.59 0.58 0.46 0.01* 0.01* 0.02* t/c x BW BH BHC -0.23 -0.42 -0.43 0.46 0.15 0.14 -0.54 -0.35 -0.230 0.01* 0.09 0.15 Control variables; smoking during pregnancy, placental weight, non-pregnant BMI, * : p<0.05
や洋菓子、スナック菓子、インスタント麺の摂取頻度が高く、マーガリンの使用量が多い傾向が認めら れた。これらの結果から、妊娠期のトランス脂肪酸摂取が児の胎内発育に影響する可能性が示され た。しかし、n 数が少ないことから、今後は対象数を増やし、他の脂肪酸の影響や交絡因子なども考
4.おわりに 妊娠期に摂取する脂質の量および質が少なからず児の健康に影響することを示した。低出生体重 児の出生率が高い日本において、どのような脂質をどれだけ取るべきなのか栄養管理法を早急に確 立させ、妊婦だけでなく妊娠を希望する若年女性、出来るなら思春期から適正な栄養摂取について 啓蒙することは、次世代の健康を確保する上で極めて重要であるといえる。現在、「日本人の食事摂 取基準(2010 年版)」では、「非妊娠時に BMI 18.5~25.0 kg/m2の普通体型の妊婦が正常体重(約 3 kg)の単胎正期産児を出産するのに必要なエネルギーや栄養素の摂取を想定」し、エネルギーおよ び各栄養素の摂取量の基準値を示している 15)。児の将来の健康まで視野に入れた基準を示すには 科学的根拠が不足している状況である。次世代の健康を見据えた妊婦の脂質栄養管理に資するデ ータの収集・蓄積、エビデンスの確立が期待される。 参考文献 1. 中村 敬, 長坂典子. 低出生体重児出生率増加の背景要因に関する検討. 平成 15 年度児童環 境づくり等総合調査研究事業報告書, 2003.
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14. 小川雄之亮,岩村透,栗谷典量ら. 日本新生児学会雑誌, 34: 624-632, 1998 15. 日本人の食事摂取基準-厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会報告書 <2010 年版>