中国の市場経済化と
「工会」改革をめぐる議論
小嶋華津子
Ⅰ 問題の所在
1.ƷలईểᚏكǷకΉȡȐǟȚᦹऴǽংك 1992 年より始まる市場経済化は、中国の労働組合(中国ではこれを「工会」と呼ぶ。本稿で は以下、工会と表記する)に新たな問題を突きつけた。 まず第一に、組織率の低下という問題である。全国の企業事業機関単位(都市部お よび農村部の国有単位、集団所有単位、株式合作単位、共同経営単位、有限責任公司、株式有限公司、 私営企業、香港マカオ台湾投資単位、外資単位、郷鎮企業)の総従業者数(外資企業の外国 人従業員、私営企業の経営者も含む)に占める工会会員の比率は、1980 年時点では 45.5% で あったが、その後漸減し、1997 年には 31.0% にまで落ち込んだ(中華人民共和国国家統計局、 2005 より算出)。 特に、中国経済の牽引者として発展著しい非公有制企業において、工会組織の設置が停 滞した。非公有制企業における工会の設置義務に関しては、「中華人民共和国中外合資経 営企業法」、「中華人民共和国外資企業法」、「中華人民共和国中外合作経営企業法」、「中華 人民共和国私営企業暫行条例」に明文化されたものの、利潤拡大を最優先する非公有制企 業経営者の工会設置への意欲は概して低い。欧陽駿(中国工運学院)1)は、2000 年 4 月の論 稿で、外資企業私営企業郷鎮企業における工会の組織率が、依然として 7.3% にとど まっていると指摘した(欧、2000: 21)。また、全国人民代表大会(以下、全人代と略記)の調 査によると、2003 年末時点で非公有制企業従業者の工会加入率は 32.7% であった(『工人日 報』、2004 年 12 月 21 日)。 加えて、市場競争力の向上を図るべく進められた国有企業の再編および経営形態の転換 を受け、既存の公有制企業の工会組織も、党組織などとの合併や撤廃の危機に晒された。 例えば、『工人日報』(2004 年 12 月 21 日)によると、一連の企業改革により、化学業界、医 薬業界においては、それぞれ 50%、90% の基層工会が合併された。また、黒龍江省におい ては、経営形態の転換を行った 3,619 国有企業のうち 560 企業、2,294 集団所有制企業のう ち 957 企業が工会の設置を見送った。 第二に、労使間矛盾の先鋭化という問題である。非公有制単位(郷鎮企業を含む)の従業 者数は、1992 年末の 1 億 1,134 万名から 2003 年末には 2 億 2,214 万名となり、全従業者数(個人業従事者を除く)の 74% 占めるまでに増加した(中華人民共和国国家統計局、2005 より算出)。 そして、「全従業員が均しく労働者階級に属し、企業の主人公である」との社会主義の建 前が通用しないこれらの企業においては、雇用者と被雇用者の間に、実質的な「労資関係」 が成立し、労働市場における圧倒的な供給過剰状況の中で、労働者は常に弱者の立場に立 たされることになった。 同時に、国有企業改革により、公有制企業においても、経営自主権を拡大し国有資産を 牛耳る経営管理者、労働契約に基づき雇用される一般労働者、さらにはリストラされた下 崗労働者(一時帰休者)失業者との間に、実質的な立場の相違が顕在化した。 労使間の摩擦は年々激化し、社会の不安定要因となりつつある。全国各級の労働争議仲 裁委員会の受理した労働紛争件数は、1992 年時点の 8,150 件から 2004 年には 26 万 471 件 へと激増の趨勢にある(中華人民共和国国家統計局、2005)。また、李強(ニューヨークに本拠 を持つ非営利組織 China Labor Watch 創設者)によれば、賃金年金の不支給、リストラなど様々 な理由で、2004 年には全国各地で 7 万 4,000 件もの労働紛争労働争議が起こったという (http://seattlepi.nwsource.com/opinion/239170_huvisitop.html)。 以上のように、社会主義という国是の下でタブー視されてきた「労働者階級」内部の格 差と利害対立がもはや無視しえない社会の不安定要因として認識されるに至り、ようやく それを「階層分化」として直視しようとする試みが始まった。陸学芸(中国社会科学院社会 学研究所)らによる研究報告は、従来「労働者階級」として括られてきた中国の人々を 10 の階層に区分し、各階層間に拡がる格差の現実を浮き彫りにした画期的研究として衆目を 集めた(陸、2002)。そして、同様の問題関心から、学界ばかりでなく工会関係者の眼も、 近年、「労働者階級」内部の利益分化に注がれるようになった。例えば、周玉清(中華全国 総工会副主席書記處書記)は、2001 年の論稿の中で、「労働者階級」が現状において①企 業経営管理者集団(工場長、経理、董事長など各種所有制企業の上級管理者)、②ホワイトカ ラー集団(ハイテク分野の技術者、金融保険証券業界および外資や香港マカオ台湾投資企 業に招請された高級職員など)、③機関公務員集団(公務員およびそれに準ずる収入源を有する事 業単位職員)、④一般労働者集団(各種所有制企業において労働資本のみに依拠し収入を得る労働 者、一般技術者および中下級管理者)、⑤貧困労働者集団(不採算企業および破産企業において基 本的生活保障を得られない労働者、下崗労働者、失業者など)、⑥出稼ぎ労働者集団に区分され ていると論じた(周、2001)。 しかし、上記の潮流とは裏腹に、共産党は、いわゆる「三つの代表」思想の下、私営企 業家の入党容認をつうじて党の支持基盤の強化を図るとともに、彼らをも「労働者階級」 の中に位置づけることにより、国是である社会主義との理論的整合性を図ろうとしてい る。例えば、「三つの代表」の起草者とされる鄭必堅(中央党校副校長)は 2001 年 3 月、次 のように述べた。今日、先進生産力の発展の要求に適合できない産業は徐々に淘汰され、 一部の労働者は一時的な貧困や下崗、転職などに直面しているが、こうした現象は、「三 つの代表」が労働者階級を顧みず、労働者階級がもはや中国共産党の階級基礎でなくなっ
たことを意味するのではない。知識分子、技術者、経営管理者は既に、社会主義現代化建 設の条件の下においては労働者階級の一部となっている。彼らによって、中国の労働者階 級の全体的素質と全体的優勢はより一層高まりつつあるのだ、と(『工人日報』、2001 年 4 月 4 日)。 社会主義という国是の下、あらゆる人々を包摂する「労働者階級」概念を維持しなけれ ばならない理論的要請と、格差が深刻化する現実の乖離に如何に向き合うべきか。「労働 者」の大衆組織である工会は、こうした未解決の国家的議題の下で揺れている。 2.Ʒᑤᬖႜ⚘ᑿǽഁكǺ۹ǠǮకΉǽۄșẻȎ 「労働者階級」内部の格差の拡大、労働紛争の多発といった市場経済化後の新しい環境 の中で、工会にとっての最大の課題は、組織率を向上させるとともに、「労働者」の権益 を効果的に擁護し、内外から名実共に「労働者」の利益代表として認知されることであっ た。そして 90 年代をつうじ、「労働者」の権益擁護者としての工会の機能強化が政策方針 として打ち出され、法制化された。例えば、1994 年 7 月に採択された「中華人民共和国労 働法」(以下、「労働法」と略記)は、第 7 条に「工会は、労働者の合法的権益を代表擁護し、 法の下、独立自主に活動を展開する」と規定した。また、1992 年 4 月に制定された「中華 人民共和国工会法」(以下、「工会法」と略記)が工会の機能として、従業員に対する教育、 国家や企業による政治キャンペーンへの協力、生産促進活動への従業員の動員を列記して いたのに対し、2001 年 10 月に改正された新「工会法」は、第 6 条で「従業員の合法的権 益を擁護することが工会の基本的職責である」と明記した。 このような法制化の動きと連動し、工会内部でも、1994 年 12 月の中華全国総工会(以下、 全総と略記)第 12 期執行委員会第二回会議以降、権益擁護を最も重要な機能とする方針を 鮮明にうち出した。そして 2003 年 1 月、全総は内外のマスメディアに対し、中国語と 英語で「2002 年中国工会による職員労働者の合法的権益擁護青書」(以下、「青書」と略記) を公布した。これは全総として初めて、工会による「労働者」の合法的権益擁護の取り組 みとその成果を宣伝するものであった(『工人日報』、2003 年 1 月 24 日)。「青書」には、①平 等協議と労働協約の締結、②職員労働者代表大会制度「職工董事」「職工監事」制度を 通じた企業経営への参画、③労働紛争の調停仲裁、④三者協議メカニズム、⑤法律法 規政策の策定過程への参加など、各種チャネルを通じた権益擁護の成果が記載された が、本稿では割愛する。 3.ƷǃҘDŽǽᑤᬖႜ⚘ǷǦǵǽకΉǽ⭈ᨕ しかし、上記の取り組みとは裏腹に、一般労働者の間に、工会を自らの利益代表とする 認識はきわめて薄いと言わざるをえない。江蘇省准陰市総工会が 1998 年 8 月にまとめた 調査によれば、「工会は従業員の合法的権益を擁護できるか」との問いに対し、106 企業 1,500 名の従業員のうち、693 名(46.2%)が「擁護できない」と回答し、「擁護できる」と
の回答(427 名、28.5%)を大きく上回った(劉伯喜劉順吉、1998: 18)。また、2003 年 6 月に 公表された広東省の三企業(広鋼株式有限公司、広州市柴油機廠、広州広重企業集団公司)につ いての調査でも、株式会社化後、工会による権益擁護機能が「弱まった」との回答が「強 まった」を上回った。同調査の過程では、回答者から「工会が行うのは、労働競争、計画 生育、貧困救済、従業員の葬儀埋葬ぐらいであり、賃金福利面の交渉、労働紛争の調停 などの面ではほとんど役割を果たしていない」、「従業員と企業経営管理側の間で衝突が起 こっても、工会は従業員を後押ししてくれない」との不満がぶつけられたという(劉元文 高紅霞、2003: 18–19)。 工会と一般労働者の乖離は、急増する労働紛争や労働争議の多くがもはや工会を当てに せず、別途擁立された指導者によって起こされている事実によっても如実に示されてい る。「工会法」は、第 27 条で「ストライキやサボタージュが発生したとき、工会は従業員 を代表し、企業事業単位もしくは関係方面と協議し、従業員の意見や要求を反映させる とともに解決のための意見を提起しなければならない。従業員の合理的な要求に対し、企 業事業単位はこれを解決しなければならず、工会は企業事業単位と協力して問題解決 に努力し、できるだけ早く生産の回復と仕事の秩序回復に努めなければならない」と規定 し、争議行為そのものの合法性や工会の間接的なストライキへの関与を認めたが、工会を その当事者として位置づけることはなかった。そして、多くの工会幹部も、今や虚言と化 した「全従業員が均しく労働者階級に属し、企業の主人公である」という社会主義の建前 と、共産党のノーメンクラトゥーラに組み入れられることにより享受している一幹部とし ての既得権益を前に、経営管理者と対抗関係に立つことには一貫して消極的である。 こうした中で、一般労働者は工会に対する不満を募らせ、2002 年 7 月には、北京市の中 国科学院半導体研究所の研究員により、工会が職責不履行で訴えられる初めての訴訟事件 も起こされた(董、2004)。また、2005 年 1 月にも、重慶市長安汽車株式有限公司の 83 名 の出稼ぎ労働者が、市第一中級法院に対し、市総工会を職責不履行で訴える集団訴訟を申 請したことがメディアで報じられた(『南方都市報』、2005 年 1 月 7 日)。 上記の状況について、工会はどのように対応しようとしているのだろうか。市場経済下 の工会が一般労働者の利益代表として再生する可能性はあるのだろうか。同問題をめぐ り、学界では、既に 90 年代半ばより議論が展開されてきた。例えば姜凱文(姜凱文、1996) は、工会の将来的な変化の可能性に比較的前向きな見解を示した。姜は、1980 年代の工会 改革についての分析から、工会内部には一貫して党政府に対する不満が潜在しており、 工会の党政府からの分離と利益集団化の方向は今後ますます強まるであろうと結論付け たのであった。しかし、工会の利益集団化については、より慎重な見解が主流のようであ る。多くの研究者が、利益集団化という社会的要請と抜本的改革に踏み切れない工会の現 実との乖離を指摘する。例えば、外資系企業を対象に工会の活動状況を調査したチャン (Chan, 1998)やハウエル(Howell, 1998)は、既存の工会がそこで新たな役割を担う可能性に ついては、極めて慎重な結論にとどめた。ホンとワーナーによる共同研究も(Hong and
Warner, 1998)も、現在の工会指導部が、パワーエリートに組み込まれすぎているがため に、改革に向けた新たな発想を持つことができない現状に言及し、工会の活動領域におけ るいっそうの分権化、多元化の必要を主張した。また、チェン(Chen, 2003)は、労働紛争 の調停仲裁に関する研究の中で、工会が多くのケースにおいて労働者の利益代表として の役割を果たせていないことを検証し、工会の行動は依然として国家コーポラティズム体 制内の一機構として縛られていると結論づけた。 そして、既存の工会が果たしている利益集約表出機能の限界を指摘した上で、チャン (Chan, 1993)は、工会および中国の政治体制の将来につき、次のような見解を示した。工 会は、かつて国家コーポラティズムが正常に機能した状況下では、大規模国有企業におけ る社会的緊張の緩和に寄与してきた。しかし、市場経済化の進展とともに従来型国家コー ポラティズムの限界も顕になりつつある、と。その上でチャンは、今後 10 年間により民 主的な国家コーポラティズムが形成されないなら社会的混乱が引き起こされるだろうとの 警告を行うと同時に、政権が大胆な方針転換を行えば、その先に、政府組織半官半民組 織自発的諸集団の並存を前提とする一種の社会コーポラティズム(ネオコーポラティズ ム)への移行が実現する可能性をも示唆したのであった。また、チェン(Chen, 2003)も同 様に、労働者が暴力的な直接行動に走ったり、独自に別組織を形成したりする事態を避け るためには、現在の国家コーポラティズム体制を何らかの中央集権的社会コーポラティズ ムへと変革し、工会の自立化を図るよりほかは無い、と結論付けた。これに対し、ホワイ トらによる研究成果(White et al., 1996)は、同じく国家コーポラティズムから社会コーポラ ティズムへの移行を念頭に置くものの、工会改革の成否の鍵を党政府の動向ではなく、 むしろ工会自身の意識変革に求めた。すなわち、今後、国家的要素の強い従来型コーポラ ティズムは社会コーポラティズムへと向かってゆくだろうが、工会をはじめとする公的大 衆組織や社会団体が従来どおりの党国家との関係に固執した場合には、新たな不法組織 との矛盾が拡大し社会不安につながる可能性もあるだろう2)、と。 以上に紹介した研究成果は、いずれもフィールドワークに基づく緻密な事例研究に立 脚し、市場経済下の工会の状況を効果的に説明している。しかし、中長期的な工会改革の 方向を考えるに不可欠な工会内部の改革論議自体を整理分析したものは皆無に近い。本 稿の目的は、近年の工会改革論議のうち、特に社会主義体制の存続に関わる工会の人事 財務についての議論を整理し、改革に向けた方向を浮き彫りにするところにある。
Ⅱ 工会の構成員をめぐる議論
既述のように、本来社会主義体制下において公有制企業で働く従業員は、経営管理者を も含めて均しく「労働者階級」に属しており、工会の会員資格についても制限を設ける必 要が無いというのが建前である。しかし、市場経済化にともなう企業形態の多様化と労働者内部の階層分化の現実を受け、90 年代末ごろより会員資格の無限の開放性に対し、異論 が呈されるようになった。 1.ƷᲃߙͽᏡૐǽӱΉ✇ȡȐǟȚ⚑☟ まず議論の焦点となったのは、私営企業家に工会への入会資格を認めるか否かという点 であった。後述のように、私営企業家の中には、工会の設置義務に関する諸規定に応ずる 一方で、そこが労使対立の舞台と化す事態を回避するため、自らが工会に入会し、工会主 席として工会を意のままに操ろうとする者も多かった。このような事態を前に、まず私営 企業家の入会資格の有無が問題となったのであった。私営企業家の共産党入党が容認さ れ、2002 年 11 月の中国共産党第 16 回全国代表大会で「三つの代表」が党規約に盛り込ま れた状況を受け、工会指導者の間にはこの問題をめぐり認識の混乱が見られた。 例えば、呉申耀(上海市総工会副主席)は、以下の見解を明らかにした。すなわち、私営 企業家は労働者農民と同様に社会主義建設の担い手なのであるから、工会としても「搾 取する者を搾取する」が如き旧来のやり方で対処してはならない。企業におけるブルー カラー層の権益擁護は、道義上必要な職責であるが、かといって工会は、彼らのみを活動 の重点対象とすべきではなく、私営企業家の利益にも配慮しなければならない(谷王、 2003: 60–63)。 これに対し、大方の工会関係者は、私営企業家の入会に否定的である。すなわち、私営 企業家は、公有制企業の経営管理者とは異なり、生産資本の占有者であるため、「工会法」 第 3 条に規定した入会資格―「賃金収入を主たる生活財源とする体力労働者および頭脳 労働者」―を満たさない。彼らの入会を認めるなら、工会の組織率は上がるかもしれな いが、当該企業における労使関係は曖昧となり、工会組織の役割が減退する恐れが生ずる、 と(朱立新、2001: 16)。 2.ƷӸሱ֝ͽᏡểߙᶩᥴǽӱΉ✇ȡȐǟȚ⚑☟ 次に論点となったのは、公有制企業の経営管理者の入会資格の有無であった。工会の権 益擁護の重点対象を、経営管理者層ではなく、ブルーカラー層に置くべしとする点では、 大方の同意があるようであるが、こと経営管理者の入会資格の有無にまで論点が及ぶと、 社会主義体制の根本に関わるため、関係者の間にも意見の相違が見て取れる。例えば、周 玉清は、今後は、直接有形産品の生産に従事しない経営管理者や技術者の労働も、全て価 値を創造する生産労働として認める方向で社会主義社会における労働価値理論を見直すと もに、党の階級基盤を拡充すべく彼らを最大限工会の中に組織するよう主張した(周、 2001: 4–5)。また、劉穎(南京市総工会副主席)も同様に、工会の権益擁護の対象には、管理 技術に従事するホワイトカラー層を含むべきだとの見解を示した(谷王、2003: 188)。 これに対し、呉亜平(中国工運学院工会学系副教授)、黄躍民(中共上海市委員会研究室)、董 保華(華東政法大学院副教授)、章迪誠(貴州省総工会副主席)など、経営管理者の入会に否定
的な議論の論旨は以下のとおりである。従来の理論に拠れば、公有制企業の工場長総経 理、公有制主体公司の董事長は、生産資本の占有者でないため、「労働者階級」に属し、 工会への入会資格を有する。しかし、彼らは労働法律関係においてはあくまで雇用者側の 代表なのであり、彼らの入会は、「労働法」、「工会法」の履行において矛盾と混乱をきたす。 特に労働協約の締結や労働紛争の調停に際し、工会は一般労働者の利益ばかりでなく、同 様に会員である経営管理者の利益にも配慮せざるをえなくなり、相矛盾する両者の間で機 能不全に陥る。したがって、非公有制企業であれ公有制企業であれ、財産権を代表する者 は、労働法学上、「労働者」の範疇に入れるべきではなく、工会への入会資格も有さない (呉、1999: 44–46; 黄躍民、2002: 12–13; 董、2002: 52; 谷王、2003: 128–129)。 さらに呉亜平は、上記の問題の解決策として、日本のやり方を採用するよう提案した。 すなわち、既に企業家協会、工商業連合会などの管理者組織に加入した公有制主体企業の 法定代表者および労働協約において経営管理側に立つ生産主管の副工場長、労資處長、総 会計師、総工程師などに対しては、在任期間中の工会加入を認めないという原則の下、具 体的にどの職位まで工会会員資格を認めるかについては、それぞれの企業において、工会 と企業との協議をつうじ決定するよう主張したのであった(呉、1999: 44–46)。 3.ƷΉݲǷⰞΉݲǽఞǺ⬄ǨȚ⚑☟ 工会の構成員をめぐる議論として、今ひとつ挙げるべきは、会員と非会員の差別に関す る議論である。会員であるか否かを問わず、一律同様に対応する従来の基層工会の活動方 式に対し、近年疑問が呈されている。例えば、『上海工運』2002 年 3 月号は、工会加入率 の向上を図るためにも、会員に対するサービスを優先させるべきであるとの基層工会関係 者の声を紹介した。また実際に、遼寧省撫順市総工会は 2003 年 9 月、「工会会員優恵待遇 に関する撫順市総工会の暫行規定」を発し、無料法律相談、職業紹介技能訓練、工会所 属文教施設の無料使用、指定病院での手続き料の免除、中国人民保険公司における諸保険 申請の 5% 割引、罕王商場での買い物の 2–5% 割引など 21 の会員優待の実施を始めた(楊、 2001: 29; 『工人日報』、2003 年 9 月 12 日)。
Ⅲ 工会の幹部人事をめぐる議論
1.ƷⰞӸሱ֝ͽᏡểߙǙȗȂ⡨╕ǺȗȚకΉ⤴ͷȡȐǟȚ⚑☟ 「工会法」第 9 条には、「企業の主たる責任者の近親者は本企業基層工会委員会の成員の 人選にはなりえない」との規定がある。しかし実際には、非公有制企業における工会の組 織率を高めるためにも、経営者および近親者による工会幹部任職を黙認するケースが多 い。事実、2001 年 3 月から 4 月にかけ全人代内務司法委員会が河南省の一部の県(市区) で実施した調査によると、私営企業家およびその親族が工会主席を担当しているケースが全体の 50% を占めていた(張丁華、2001: 3)。しかし、非公有制企業経営者の工会主席任職 については、工会が経営者の御用組織と化し、一般労働者の権益擁護に支障をきたした多 数の事例が報告されていることから、否定的見解が主流である(朱立新、2001: 16; 羅正漢、 2002: 36; 『工人日報』、2004 年 10 月 14 日)。 2⾽Ӹሱ֝ͽᏡểߙᶩᥴǺȗȚకΉ⤴ͷȡȐǟȚ⚑☟ 「工会法」第 13 条および「中国工会章程」(以下、「工会章程」と略記)第 25 条は、従 業員数 200 人以上の企業事業には専従の工会主席を置く旨規定している。しかし、実際 には公有制企業においても経営管理者が基層工会主席を兼任するケースが多い3)。 公有制企業経営管理者による基層工会主席の兼任については、現状に鑑みて受け入れざ るを得ないとする意見が多い。例えば、陳伊平(吉林省工会幹校)、邱麗敏(吉林大学マルク スレーニン主義教研室)は 2002 年の論稿において次のように論じた。企業の党行政副職 担当者による工会主席兼任は、大衆化、民主化、法治化に向けた工会改革の方向とも、「党 の統一的領導の下、独立自主の原則で活動させる」との党の工会に対する指導方針とも矛 盾するが、依然として改革が道半ばであり、工会が力不足故に労働者により自らの利益代 表と認知されていない現状においては、工会工作にとって有利に働く。すなわち、党行 政副職担当者が工会主席を兼任することにより、工会は党政府の威信を借りて効果的に 活動を展開し、徐々に労働者の利益代表としてのイメージを確立し、組織力影響力を高 めることができるのだ、と(陳邱、2002: 47–48)。また、劉衛新(上海市総工会組織部副部長) も、会議への参加、文書の閲読など、あらゆる面で幹部級別による制限が課される現状で は、党行政副職ポスト無しに、工会主席が権益擁護機能を発揮することなどできないと 論じた(劉衛新、2001: 26)。 しかし、これについては否定的な見解も多い。まず第一に、多くの職務を兼任すればす るほど工会活動に割く時間がとれなくなるのは必然である。例えば、雷志勇(四川省珙県 芙蓉鉱務局工会)は、工会主席が党委員会副書記、規律検査委員会書記、職工生活面担当副 工場長の職務に加え、住宅分配領導小組副組長、賃金調整領導小組副組長、法律普及領導 小組副組長、計画生育領導小組副組長等の役職を兼務しているがために、工会本来の活動 に時間を割けなくなっている事例を否定的に論じた(雷、1993: 34)。第二に、経営管理者、 一般労働者の相異なる利益を一人の人間に代表させることにより、職責上の論理矛盾が生 じ、結果として弱者である一般労働者の権益が無視されることとなる(許、2002: 44; 『工人 日報』、2003 年 4 月 2 日など)。 3.Ʒ࣠୧కΉ⤴ɥɁɐȡહǺẻȎӱțȚǢǷȡȐǟȚ⚑☟ さらに議論は、そもそも基層工会幹部ポストを官職に組み込むべきなのか否かに及ん だ。基層工会専従幹部の賃金ボーナス福利待遇は、「工会法」第 41 条に基づき、所属 単位により支払われる。また、その待遇は、同単位党行政の副職担当者と同等とするこ
とが政策方針となっている。これは、基層工会幹部ポストが組織編制上官職と見做されて いることの証左とも受け取れるが、この点について異議を唱える声は少ない。無錫市の工 会関係者は、次のように主張する。すなわち、基層工会主席に「官」としての立場および 党行政副職担当者と同等の待遇が保障されないなら、経営管理側と対等な立場で交渉を 進めることなどできない、と(張経済、2001: 37)。また、各地の工会も、基層工会幹部の積 極性を引き出すべく、彼らの待遇面での地位向上を訴えている。例えば、山東省⢶州市総 工会は、2001 年の論稿の中で、会員の直接選挙により選出された基層工会主席に十分な政 治的経済的待遇が与えられていない問題を指摘し、就任前の職位の高低にかかわらず、 彼らを幹部管理の対象に組み入れるべきとの主張を展開した(張炳旭、2001: 40–41)。上記 の動きは、工会の大衆化自律化を指向しつつも、旧来の幹部管理枠に留まることにより 既得権益を最大限維持せんとする工会関係者の保身意識、さらには工会の再生のためには 旧来の幹部管理制度の枠組みを利用するしかないのだという彼らの状況認識を示すものと 言えよう。 しかし、ここで興味深いのは、そうした認識に対し、若干ながら異論が発せられ始めた ことである。福建省永安軸承有限公司工会主席によれば、基層工会主席が党行政副職担 当者と同等の巨額の年俸や経済待遇を享受していることが、多くの一般労働者の目には、 工会主席が企業経営管理者と利益共同体を形成しているかのように映り、不満を高めた労 働者による直訴やデモが生じているという。そして彼は、工会主席の年俸について、同単 位の従業員の平均収入の 2–3 倍が適当ではないかと提起する(黄文煥、2002: 44–45)。 4.Ʒ࣠୧కΉ⤴̗͆ΧṾǽ⅋ൕكǺ۹ǠǮ▿Ȏ そして注目すべきは、既に各地で、基層工会幹部人事体系の自律化に向け、下記に示さ れた様々な試みが実施されつつあることである。 ⾷1⾸࣠୧కΉ˩⣹࿇ 基層工会主席選挙に関しては、「工会法」第 9 条に「各級工会委員会は会員大会あるい は会員代表大会の民主選挙で選出される」と規定され、現在、「基層工会主席直接選挙条 例」の起草が進められている。 規範化に向けた動きと連動するかたちで、いわば形骸化していた基層工会主席選挙を実 体化する試みも 90 年代末より各地で行われた。中でも、吉林省四平市梨樹県の試みは、 広く会員から自薦他薦により候補者を募り、原則として予備選挙の得票数順に正式候補 者を絞るという点で、民意を反映したものと評価された。さらに画期的であったのは、同 県総工会が、基層工会幹部の審査選抜任免異動研修档案管理などに関する権限 を自らの手で行使する旨、県党委員会およびその組織人事部門に申し出を行い、了承を得 たことであった。これにより、民主選挙により選出された基層工会主席の審査批准およ び管理について、県総工会は、所在地党委員会に比して、より中心的役割を担うことと なった(梨樹県総工会、1998: 21)。同県の試みは、全総によりモデルケースとされ、1998
年 7 月に吉林省四平市にて開催された「梨樹工会工作経験理論実践シンポジウム」には、 全国各省自治区直轄市総工会および一部の県(市区)工会の責任者が出席した(岩、 1998: 15)。また近年には、浙江省杭州市余杭区の試みが大々的に宣伝された。同区は非公 有制企業の発展著しい区であるが、1999 年より基層工会主席直接選挙を試行し始め、2003 年 9 月時点で、既に区内 900 の基層工会のうち 341 で選挙が実施された(http://14da.acftu.org/ fi le.jsp?wzbh=2229)。 無論、上記のような試みは依然として一部で成功しているに過ぎず、多くの地方では選 挙が形骸化し、党や行政による「委任派遣」が横行しているのが実態である。しかし、基 層工会幹部直接選挙が今後着実に普及へと向かえば、それは、基層工会幹部の人事体系の 自律化をもたらす一歩となろう。 ⾷2⾸ࢄᅀకΉǺȗȚⰞӸሱ֝ͽᏡȇǽకΉ⤴ǽᘐ⣤ 地方工会による非公有制企業への工会幹部の派遣も、工会人事の自律化を促す動きとし て捉えられる。例えば、山東省青島市は早くも 1995 年、「外商独資企業に工会幹部を選出 派遣することに関する意見」を公布し、わずか一年間に市内の外商独資企業に対し計 187 名の工会幹部を派遣した。その過程では韓国独資企業との間に衝突も生じたが、所在地の 区総工会が、郷鎮党委員会書記を通じ、諸々の便宜供与の停止を盾に圧力をかけ、最終的 には区総工会の選出した工会幹部の就任を認めさせたという(青島市総政研室、1996: 26)。 近年では、河北省、江西省、山西省などの一部の市県でも、同様の工会幹部人材バンク 建設が試みられている。人材バンクには、年齢学歴、工会工作に関する知識情熱など、 審査に合格した者が登録され、企業の要請を受けて派遣される。派遣後は一定の仮任職期 間の後、会員の選挙を経て正式に着任する(『工人日報』、2002 年 3 月 29 日、2002 年 8 月 13 日、 2002 年 8 月 14 日、2004 年 12 月 7 日)。また、注目すべき動きとして、江西省寧都県総工会や 山西招待太原市総工会では、派遣される基層工会主席の賃金福利待遇を県区総工会が統 一的に負担する方針が示された。基層工会主席の賃金福利を負担することは、財政の逼 迫した多くの地方総工会にとっては依然として現実的でないが、財政状況さえ許せば、地 方総工会が基層工会専従職員の賃金福利待遇を統一的に支給すべきたとの声も強まりつ つある(『工人日報』、2004 年 11 月 12 日)。 ⾷3⾸ǃ᰷ٚDŽకΉǽೈ▚ 「社区」(コミュニティの中国語訳)工会の建設は、中小の非公有制企業について、企業毎 の工会組織ではなく、新たに「社区」毎に工会連合会を組織することにより、統一的に労 働者の権益を擁護しようという試みである。例えば労働協約の締結に際しても、「社区」 工会が企業間の壁を越えて横断的に所轄区内の従業員を代表し、経営管理側の統合組織 (商会、個体企業主協会、私営企業主協会など)との間で協議を進めたほうが、個々の企業内で 労使間協議を行うよりも効果的に影響力を行使できるだろう、というのがその基本的発想 である。上海市では、2000 年より街道(都市部の末端行政単位)郷鎮および小区での「社区」 工会建設が進められ、2003 年 3 月時点で、市内全ての街道郷鎮が工会を、1,066 の小区、
1,718 の村経済組織が工会連合会を組織した。それにより、同市非公有制企業の工会組織 率は 1998 年の 3.56% から 96.94% にまで増加したという(『工人日報』、2002 年 7 月 31 日; 2003 年 6 月 10 日)。 「社区」工会専従幹部についても、その人事や賃金福利の拠出方法は一様でない。例 えば北京市海淀区の場合、「社区」工会にあたる街道工会工作委員会幹部は全て街道党工 作委員会の統括する幹部編制に組み入れられ、その賃金は地方財政より拠出されるが、 2000 年以降、100 以上の新設企業、1,000 名以上の会員を擁する街道は、区工会の補助(一 人あたり 500 元/月)を受けて、新たに専従職員 1 名を雇用できるようになった(羅秀前、 2001: 16–17)。また、遼寧省遼陽市総工会は、14 の「社区」に専従の工会幹部計 15 名を雇 用するにあたり、彼らの賃金(340 元/月)を政府財政と工会で折半することで妥結した (『工人日報』、2004 年 10 月 27 日)。「社区」工会専従幹部の賃金福利待遇については、地方 財政ではなく工会経費から拠出するべしとの意見も強い4)。 ⾷4⾸కΉ⤴ǽᑤᬖЄ⭿ 自律的な工会幹部の人事体系を確立するに不可欠なのが、工会幹部の権利を法的に保護 する諸策である。基層工会幹部の権利に関しては、「工会法」第 18 条に、労働契約が任期 満了まで自動的に延長されること、任期中の異動が必要な場合には、企業経営者が同級お よび一級上の工会の同意を取り付けなければならないことを明記しているが、こうした規 定に関わらず、1990 年代半ばより、基層工会主席が会員の権益を擁護すべく経営者側と対 立した結果、迫害されたり不当に解雇されたりする事件が後を絶たない。 その対策として各地で実施されているのが、工会幹部の権益保障基金の設置である。例 えば、遼寧省丹東市経済合作区総工会は、市以上の労働模範による賞金一部寄付、市総工 会に納付する経費の還付金、企業工会幹部および社会一般からの寄付を財源とする「工 会主席専用基金」を設置し、生活苦に陥った基層工会主席への経済支援を開始した(『工人 日報』、2003 年 2 月 25 日)。また、上海市浦東新区では、工会幹部保険の実施が検討されて いる。計画によれば、同区総工会に属する各級工会幹部は全て、所在局開発公司「社 区」鎮工会開発区工会連合会業種別工会統一組織をつうじて同保険に加入する。保 険金の財源は、同区総工会の権益擁護基金、総工会財務奨励基金および保険加入者の納付 する保険料により構成されるが、加入者個人の保険料は年額わずか 100–300 元であり、所 属単位の工会経費残額の中から支出してもよい。これにより加入者は、保障期間内におい て、工会の職責を履行したがために解雇された場合、病気により入院する場合などに規定 額の一時金を受領できるほか、年 300 元を超える診察費治療費についても 50% の控除が 受けられる(『工人日報』、2003 年 6 月 13 日)。 5.Ʒ⤸ɿ⪐ẝͨˀǽకΉ⤴̗͆ȡȐǟȚ⚑☟ 郷鎮級以上の各級総工会幹部に関しては、党政府の副職担当者による兼務に対し、 異論は見られない。むしろ、各級工会主席ポストへの党政府副職担当者の配備と、工会
幹部に対する党政府副職ポストと同等の待遇の保障が政策として目指されている。2003 年 9 月時点で、既に 31 の省自治区直轄市総工会のうち 24 で副省級指導幹部が工会主 席に任じている。また遼寧省、河南省、四川省では市級総工会主席の多くが副市級指導者 によって担われている(『工人日報』、2003 年 9 月 18 日)。党政府副職担当者が工会主席を 兼任する利点として強調されるのは、公有制企業における企業経営管理者の工会主席兼任 の場合と同様に、党政府指導幹部の職権を利用することにより、工会の政治参加が強化 されるという点である。 しかし、具体的な工会幹部人事については、工会内に不満が鬱積している。 まず、政府機構改革の煽りを受け、工会幹部の編制が削減されたり、工会幹部の兼職化 が進められたりすることへの不満である(朱超、2000: 5–6; 李成、2000: 14–16)。また、幹 部編制の縮小に加え、それにより早期退職した幹部に支払う手当ての負担が引き続き工会 に押し付けられていることへの不満もある。河北省石家庄市総工会経費審査弁公室によれ ば、同市の県(区)でも 2002 年の大規模な政府機構改革の結果、工会幹部編制が縮小され、 一部の幹部が早期退職したが、本来地方財政で賄われるはずの彼らの賃金が依然として県 工会の負担とされ、県工会の財政を圧迫していると言う(石家庄市総工会経費審査弁公室、 2002: 40)。加えて、工会活動に関する知識や経験の無い幹部や年配の幹部が、編制枠を超 えて多数配属されることに対する不満もある。1997 年に広東省が 126 の県(区)総工会に ついて実施した調査からは、県(区)総工会の編制 6.12 名(平均)に対し、実際には 11.6 名(平均)の幹部が配属され、しかもうち 8.12 名(平均)が他の部門を定年退職した年配 の幹部であり、彼らに支払う諸手当て(賃金については地方財政で賄われる)により多くの県 工会の財政が逼迫している状況が明らかとなった(孔、1999: 21–23)。 上記のような諸問題が指摘される中、工会関係者の間には、「党が幹部を管理する」と いう大原則に抵触しない範囲で、具体的な工会幹部の人選においては、党委員会の決定に 従うばかりでなく、工会自身が主体性、自律性を発揮すべきだという声が高まりつつある。 例えば、湖南省総工会は、1998 年の調査に基づき、県級以上の工会幹部の異動や任免に 関し、地方党委員会の独断を改め、上級工会の主体的関わりを強めるべきとの見解を明ら かにした。また新人採用に関しても、公募による選抜を実施するなど、抜本的な改革を行 うよう主張した(湖南省総工会調査組、1999: 14–15)。 公募による地方工会幹部の採用を求める声は強く、既に一部の地域で実施が始まった。 例えば、2002 年 6 月、浙江省衢州市柯城区党委員会および党組織部門は、区総工会の要望 を受け、双港開発区および経済発展の著しい 2–3 の郷(鎮街)の専従工会主任ポストに ついて公開採用試験を実施した。任期中には副科級幹部待遇が賦与されるとあって、大学 (専門学校)卒業以上の学歴と一定の職歴を応募資格とする同試験には、8 ポストに対し、 計 88 名が臨んだという(『工人日報』、2002 年 6 月 25 日)。 いま一つ、地方工会幹部の人事制度改革に関する動きとして挙げるべきは、「連合制 代表制」を求める主張である。「連合制代表制」とは、1988 年 10 月の中国工会第 11 回
全国代表大会で提起された改革構想であり、各級工会幹部を同級産業工会および一級下の 地方工会(あるいは基層工会)幹部の中から選挙によって選出するシステムである。「工会 章程」第 12 条に、「全国産業工会、各級地方産業工会、郷鎮工会および都市街道工会の委 員会については、連合制代表制の原則に基づき、一級下の工会組織が民主選挙によって 選出した主たる責任者および適切な比率の各方面の代表によって構成される」と規定され たように、同システムは既に産業工会および郷鎮級以下の工会で実施段階に入っている が、県級以上の地方工会では未だ実施には程遠い状況である。しかし、工会の大衆化民 主化を図るという観点から、同システムを積極的に評価する声もある(李成、2000: 17)。 同システムが今後より幅広く運用されるなら、工会の代表性は基層から各級地方工会にま で貫徹し、その利益代表としての性格は必然的に強まるであろう。
Ⅳ 工会の財務制度をめぐる議論
1.ƷͽᏡǺȗȚకΉể⛻⛤ྒǽᆔⰞȡȐǟȚ⚑☟ 「工会法」第 42 条は、工会経費の財源の一つに、所属する単位により支払われる全従業 員賃金総額の 2% に相当する経費を挙げ、企業による工会経費の負担義務を定めている。 しかし近年、工会の自律性強化という観点から、これに疑問が投げかけられるようになっ た。例えば、孫徳強(中国労働関係学院)は 2003 年 6 月の論稿で、以下の理由から企業によ る工会経費の負担に異論を呈した。第一に、企業が工会経費を負担することにより、企業 と工会の間には自ずと扶養者対被扶養者という心理状態が形成され、工会が企業と対等の 立場に立てなくなる恐れが生ずる。第二に、企業からの経費拠出に依存することにより、 工会は実質上、独立した法人としての性質を失い、企業の付属物に成り下がる危険性が生 ずる。第三に、本来会員の義務である会費の納付に企業を介在させることにより、会員と 工会の経済的結びつきが弱まる。したがって、企業の負担と定められた従業員賃金総額の 2% 相当分の工会経費についても、まずは賃金に加算して各従業員に支払い、従業員が工 会に直接納付するやり方に改めるべきだというのが孫の主張である(孫、2003: 29–30)。 2.ƷͽᏡǽకΉể⛻ẐଓᵾȡȐǟȚ⚑☟ 現在、企業による工会経費の滞納が深刻な問題となっている。経営転換にともなう企業 内部の混乱、経営不振による納付能力の欠如、納付義務に対する企業経営者の意識の低さ など、滞納の原因は様々である。全人代内務司法委員会が 2001 年 3–4 月に河南省で実施 した調査によると、私営企業のうち、工会経費を納付していた企業は、既に工会を組織し た企業のうちわずか 1–2% であった(張丁華、2001: 3)。黒龍江省では、非公有制企業の 90% が工会経費を納めていなかった(『工人日報』、2004 年 12 月 21 日)。「工会法」第 43 条は、「企業事業単位が正当な理由無く工会経費の納付を遅延させた り拒否したりした場合、基層工会上級工会は当地人民法院に支払命令を申請することが できる。支払命令の執行を拒んだものについては、工会が法の下、人民法院に強制執行を 申請することができる」と明記した。また、「民事裁判工作において『中華人民共和国工 会法』を適用する若干の問題に関する最高人民法院の解釈」(2003 年 1 月 9 日)にも、工会 による工会経費支払命令の申請および訴訟について、申請者所在地の基層人民法院が管轄 し、受理せねばならぬ旨明記された(『工人日報』、2003 年 7 月 9 日)。 しかし、工会経費の納付を法制化し、義務違反行為を人民法院の管轄下に置くことにつ いては既定路線となっているものの、滞納防止の諸策については議論がある。 その一つが、工会経費の徴収を税務部門に委託することの是非をめぐる議論である。近 年、一部の地域では、当地税務部門に工会経費を代理徴収させることにより、徴収率の向 上を図る試みがなされている。例えば、浙江省金華市総工会は 2002 年より浦江県、東陽 市で税務部門による工会経費の代理徴収を試行した(『工人日報』、2003 年 11 月 7 日)。また、 2003 年 6 月の報道によれば、山西省呂梁地区工会および呂梁行署地税局は連合で「全区企 業事業単位工会経費を地税部門が代理徴収することに関する通知」を公布し、呂梁地区 13 県(市)の工会を有する全ての企業事業単位に対し、地区税部門による工会経費の代理 徴収の実施を決めた(『工人日報』、2003 年 6 月 13 日)。更に画期的な意見も提起された。例 えば 2001 年 11 月刊行の工会関係誌には、工会経費を「職工権益擁護税」に改めるべしと の河南省工会会計学会関係者の提案が掲載された。同税の導入は工会経費の徴収を容易に すると同時に、工会を設置しているか否かに関わらず税負担を課すことにより、工会の組 織率を高めるというのがその理由である(郭、2001: 38–39)。 しかし、上記のやり方については、異論も存在する。その多くが、工会経費の徴収を税 務部門に委託すれば、あたかもそれが財政拠出であるかのようなイメージが形成され、工 会の財産独立という原則が損なわれるとの懸念に因るものである(『工人日報』、2002 年 9 月 19 日、2003 年 11 月 7 日)。ある関係者は、こうした懸念を回避すべく、たとえ徴収を税務部 門に委託したとしても、徴収の主体があくまで各級総工会であること、各級総工会と税務 部門の間に厳格な委託と被委託の関係があることを工会内外に宣伝し、工会自身が引き続 き費用徴収の主導権を握るべきだと述べる(『工人日報』、2002 年 9 月 19 日)。 3.ƷͽᏡǺȗȚకΉể⛻ᘓ᧸ଓᵾǺ⬄ǨȚ⚑☟ 「工会法」には、「工会は経費独立の原則に基づき、予算決算および経費審査監督制度 を打ち立てる」(第 44 条)、「工会の財産経費および国家が工会の使用のために与えた不 動産については、如何なる組織や個人も侵犯したり、流用したり、勝手に分配したりして はならない」(第 46 条)、「工会に所属する職工サービスのための企業事業単位について、 その隷属関係は勝手に変えてはならない」(第 47 条)との規定がある。しかし実際には、 各地で、工会の財産権が侵害される事例が報告されている。例えば、南京市総財務部通連
組による 1999 年 1 月の論稿には、企業の財務科長が工会財務帳簿を管理している、企業 の財務科会計職員が工会財務の会計を兼任している、工会財務費目が企業財務の帳簿上に 組み入れられ工会の独立した帳簿が無いなどの実態が指摘された(聶、1999: 18)。また、 工会の財務が所在企業により管理される状況の下、企業経営管理者が企業経営上の諸経費 を工会口座から引き落としたり、甚だしきには酒タバコ代まで工会経費から清算したり し、工会が企業の「小金庫」(隠し金庫)と化しているケースも報告された(『工人日報』、 2001 年 6 月 5 日)。 工会経費の流用対策との関係で生じているのが、基層工会の社団法人格取得の手続きに 関する議論である。経費の流用を防止するための方策として、基層工会に対する社団法人 格の賦与が必要であることは、多くの論者の主張するところである(傅、2001: 36; 高、 2002: 4–8; 『工人日報』、2003 年 7 月 16 日)。しかし、河南省鄭州市総工会政研室によると、 2001 年 8 月現在、市内の基層工会のうち、社団法人証書取得の手続きをした比率は 3 分の 1 に満たなかった(傅、2001: 36)。 基層工会の法人格取得が進まない一因は、その手続きをめぐる意見の不一致にある。こ の点については、「工会法」の条文自体が曖昧である。同法は第 14 条に、「中華全国総工会、 地方総工会、産業工会は社会団体法人資格を有する。基層工会組織は、民法通則の規定す る法人条件を備えているものについては、法により社会団体法人格を取得する」と定めて いるものの、具体的な取得手続きについては明記していない。 これについては、基層工会は、上級工会の審査批准登記証書発行を受けさえすれ ば、別途手続きをする必要なく社団法人格を取得できる、とするのが大方の意見である。 最高人民法院も、1997 年 5 月、「産業工会、基層工会が社団法人資格を有するか、および 工会経費集中口座を振り替え凍結できるかという問題に関する意見」(法復[1997]6 号)の 中で、同様の解釈を示している。しかし、一部の関係者は依然として、政府部門による審 査批准登記を基層工会による社団法人格取得の要件とすべきだとの主張を崩していな い(姜穎、1999: 47–48)。
Ⅴ 結 語
以上に論じたように、工会組織率の低下、労使間対立の激化といった市場経済下の新た な問題を前に、工会関係者の間では、様々な改革論議が繰り広げられている。そして、本 稿が浮き彫りにしたのは、人事財務の両面で依然として党政府の一組織一幹部とし ての地位に固執する消極的改革論と、党政府から人事財務の面で切り離された利益集 団としての再生にのみ工会組織存続の可能性を見出す抜本的改革論の狭間で揺れ動く工会 改革の実情であった。 消極的改革論者にとって、工会改革の目的は、いわば党政府の一部門としての強化にある。したがって、工会の構成員に関しても、従来の無限の開放性を維持しようとする。 具体的に言えば、公有制企業の経営管理者は無論のこと、今や労働者農民と同様に社会 主義建設の担い手として共産党入党が認められた私営企業家に対しても、工会への入会資 格を認めるべきだという立場をとるのである。そして、工会が、あたかも公益サービスを 提供する行政機関の如く、会員非会員を問わず、弱者救済のために活動することを良し とする。また、工会の幹部人事に関しても、基層工会および地方工会の幹部の地位向上を 図るべく、公有制企業の経営管理者、同級党政府副職担当者による工会主席の兼任を現 時点での過渡的措置として奨励するとともに、財政拠出を通じて、工会主席に対し同級副 職担当者と同等の幹部待遇を保障すべきだと主張する。さらに、工会の財務についても、 企業による工会経費の滞納という現実に対し、税務部門への徴収の委託、ひいては工会経 費の「職工権益擁護税」化により対応しようとするのである。 これに対し、抜本的改革論者にとって、工会改革の目的は、あくまで工会の自律化、利 益集団化にある。したがって、工会の構成員に関しても、ブルーカラー層の権益擁護者 としての工会の立場を明確にすべく、私営企業家は無論のこと、公有制企業の経営管理者 の入会資格をも認めるべきでないとする。さらに、工会が活動を行うにあたっては、会員 に対するサービスを優先させることにより、会員の加入意欲や帰属意識を高めるべきであ ると主張する。そして、同様の理由から、彼らは、非公有制企業の経営者およびその近親 者のみならず、公有制企業の経営管理者による基層工会幹部の兼任にも否定的である。そ して、条件さえ許せば、企業や政府ではなく、会費を中心とする工会独自の財源から、基 層工会や「社区」工会の専従幹部の賃金ボーナス福利待遇をまかなうことにより、工 会の自由度を獲得すべしとの立場をとる。近年各地で行われている基層工会主席選挙、地 方工会による基層工会幹部の派遣、工会負担による「社区」工会幹部の設置、郷鎮レベル を中心とした公募による地方工会幹部の採用などは、基層工会から地方工会へと、工会幹 部人事に関する権限を徐々に党から工会自身の手に取り戻そうとする抜本的改革の試みと して注目されよう。さらに、このような立場に立てば、工会の財務制度についても、企業 が工会経費を負担する従来のやり方を改め、その分を会員が会費として直接工会に納付す るよう改めるべしとの主張がなされることになる。ましてや、工会財務を政府財政と一緒 くたにするが如き税務部門による工会経費の代理徴収には、懐疑的にならざるを得ない。 そして、政府部門の審査批准を経ずとも基層工会は自ずと社団法人格を有する独立した 主体として意識される。 無論、工会改革論議の全てが上記二つの立場に二分されるわけではない。特に、後者の 立場はともすれば「13 億人総プロレタリアート」を志向する中国的社会主義の国是に抵触 する危険を孕んでいるため、改革論者は慎重にならざるを得ない。その結果、具体的な改 革への動きは、消極的改革論と抜本的改革論の狭間であまりにも遅々として前進していな いように見受けられる。しかし、一つ一つの改革論議に着目した時、我々はその中に、体 制の変容をも示唆する大きなダイナミズムを感じとることができるのである。
(注) 1) 中国工運学院は、2003 年 5 月より中国労働関係学院と改称した。 2) なお、ホワイトは別の論稿(White, 1995)においても、工会幹部が伝統的な党との結びつきや国家幹 部としての地位に固執するあまり、改革に消極的になる問題を指摘している。 3) 例えば、経営形態の転換を実施した吉林省の 1 万 228 企業のうち、専従の工会主席を有するものは 25% に過ぎない(『工人日報』、2004 年 12 月 21 日)。 4) 例えば、広州市東山国有資産経営有限公司関係者はこの点に関し、「西側諸国のやり方に倣い、工会が 自らの経費の中から拠出すべきだ」と主張している(許、2002: 45–46)。 (参考文献) ⇠◭
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