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特集 ロシアの地域と都市への視角 年の張鼓峰事件の舞台となった ロシア 中国 北朝鮮の3ヵ国国境が食い込んだ部分のロ中国境にある標高 150mの丘陵 張鼓峰をめぐって 日本軍とソ連軍が1938 年 7 月 29 日から8 月 11 日にかけて 激しい戦闘が繰り広げ 双方に多数の死者を出した ロシアで

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特 集 ロシアの地域と都市への視角

ロシアNIS経済研究所 研究員

齋藤 大輔

はじめに

2009年3月末、ロシア、中国、北朝鮮の3 ヵ国国境を5年ぶりに視察した。国境を流れ る豆満江(図們江)の氷は半分くらい溶け、 芽吹く前の木々が最後の寒さに耐えていた。 今回は中国側から視察した。3ヵ国のコント ラストが印象的であった。そこで、3ヵ国国 境付近の様子をロシアから中国への国境通過 や国境の街・琿春、中朝国境の様子も交え報 告する。

ロシアから中国へ

スラヴャンカからクラスキノへ 国境を通過し ながら、ロシアの中国に対する警戒の強さを 思う。両国国境をバスで通過した。 いくつかある中国との国境通過ポイントの うち、北朝鮮に近い沿海地方南部から中国に 入った。クラスキノから吉林省の琿春に抜け るルートで、国際定期バスがハサン地区の中 心地・スラヴャンカから1日3本出ている。 スラヴャンカまでは、ウラジオストクから定 期汽船かバスで行く。早朝発の便に乗れば、 午後発のバスに間に合い、その日のうちに中 国に入れる。 バスは、国同士の取り決めにもとづくもの なので、ロ中双方が同じ本数ずつ運行してい る。乗車した月曜午後の便は中国側のバスだ った。バスは定刻より約1時間遅れの14時30 分に出発した。運賃は1,200ルーブル(約4,000 円)。乗客はわずか6人で、私以外は全員中国 人だった。 バスはハサンまで通じる舗装道路を一直線 に進み、出発して1時間ほどで、次の停留所・ クラスキノに到着する。 クラスキノという街 クラスキノはハサン地 区南部の中心地で、スラヴャンカから陸路75 ㎞、ウラジオストクから250㎞のところに位置 する。人口は約3,800人。住民の多くは国境警 備や税関などの国家機関で働く。村はテキエ フ沿海地方議会副議長の地元だ。彼はここで、 ホテルから貿易、運送業まで、中国との国境 の近さを利用したビジネスを展開する。 歴史をひも解けば、クラスキノ周辺は1938

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年の張鼓峰事件の舞台となった。ロシア、中 国、北朝鮮の3ヵ国国境が食い込んだ部分の ロ中国境にある標高150mの丘陵、張鼓峰をめ ぐって、日本軍とソ連軍が1938年7月29日か ら8月11日にかけて、激しい戦闘が繰り広げ、 双方に多数の死者を出した。 ロシアでは「ハサン湖事件」(События у озера Хасан)と呼ばれる。スラヴャンカやク ラスキノには、「1938」「ハサン湖事件」と記 した記念碑や横断幕が数多くある。事件を忘 れないという思いは今なお、人々の心に強く 刻まれている。村の名称は、事件で戦死した ソ連兵クラスキン(ミハイル・ヴァシリエヴ ィチ)の姓に由来する。 これ以外にも、ハサン地区には事件で活 躍・戦死した人の姓に由来する地名や駅名が 多くある。スラヴャンカのブリュヘル鉄道駅 は戦闘を指揮した元帥の姓(ヴァシリー・コ ンスタンチノヴィチ)、クラスキノからウスリ ースク方面のポシェト港との分岐駅・グヴォ ズデヴォ駅は事件で戦死した軍政治委員の姓 にそれぞれ由来する。 クラスキノは1945年8月のソ連軍の対日侵 攻の拠点ともなった。村の中心部にある公園 には「日本の侵略者からの解放 1945年8月 9日~9月2日」と記された記念碑がある。 バスは、ロ中合弁のユ・トゥン・ホテル(宇 通大酒店)前に停まる。いつ見ても周囲とは 不釣合いな、その真赤な3階建ての建物と金 色で書かれた漢字の看板は、そこだけがロシ アの公権力の及ばない一種の特別区のような 雰囲気を醸し出す。宿泊者の大半は中国人だ。 彼らは国内で禁止されているカジノを楽しみ にやってくる。琿春から1時間で来られるホ テルは、一攫千金を狙う中国人の格好の娯楽 スポットとなっていた。ところが、ロシアも 7月1日より、国が認める4ヵ所以外でのカ ジノを全面禁止した。おそらく今頃は閑古鳥 が鳴いていることであろう。 ここで道路はハサン方面と琿春方面に分岐 する。国境まではあと約28㎞だ。 クラスキノから中国へ 乗降を終えると、バス は、ブレーキをかけることなく、国境に向か って一直線に突っ走る。走り出してすぐに商 店はおろか、人家さえない。枯れ木と草だけ の荒涼とした台地の中に入った。そのとき、 有刺鉄線が現れた。最初の検問だ。国境警備 の兵士が鉄扉を開ける。バスはゆっくりと進 入して停車する。すると、兵士が乗り込んで きて、乗員・乗客全員のパスポートのチェッ クを始めた。周囲に設けられた有刺鉄線をみ ると、ここが国境と勘違いしそうだが、国境 はもう少し先だ。 携帯電話の表示盤をみると、ロシアだとい うのに「CHN-CUGSM」という文字が現れた。 すると「Welcom to China and use China Unicom's Network,… Enjoy Your Journey in China」とのメ ッセージ(SMS)が送られてきた。クラスキ ノでは、ロシア最大手の携帯電話会社「MTS」 の電波が届いていたが、基地局が設置されて ないのか、国境付近では中国の電波を拾って しまうらしい。ということは、先ほどの兵士 は中国の電波で電話をしているのか。「中国の 電波侵攻」とは考えすぎであろうか。 ここから10㎞ほど走ると、国境通過ポイン トの入口に到着する。到着すると、すぐに国 境使用料として300ルーブル(約1,000円)を支 払う。支払ったからといって、ゲートを開け てくれるわけでない。その先のパスポート検 査や荷物検査を行う出入国管理事務所の混雑 次第である。そのため、ポイント前に到着し ているにもかかわらず、時には数十分以上待 たせられることも覚悟しなければならない。 ちなみに、中国を出国する時の使用料は10元 (約130円)だ。

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3ヵ国国境を行く

Reportage

ロシア側の国境通過ポイント (2009年3月筆者撮影、以下同じ) 中国側の国境通過ポイント 図1 ロ中朝3ヵ国国境地域 表1 沿海地方と吉林省の基礎データ 沿海地方 吉林省 面積(1,000 km2 164.7 187.4 人口(1,000人) 1,995.8 27,300 人口密度 12.1 145.7 首都 ウラジオストク 長春 主要産業 漁 業 ・ 水 産 加 工、木材、運輸 自動車生産 GDP成長率 4.1% 16.1% 貿易 総額:58.6 輸出:16.1 輸入:42.5 総額:103.0 輸出:38.6 輸入:64.4 日本との時差 冬+1時間 夏+2時間 -1時間 (注)2008年1月1日時点。人口密度は人/km2 GDP成長率は沿海地方が2006年、吉林省は 2007年。貿易は億ドル、2007年。 (出所)ロシア連邦統計局『2008年版ロシアの地域』、 同沿海地方支部『沿海地方 都市地区と自 治体の基本活動指標』(2008)、環日本海経 済研究所『北東アジア経済データブック 2008』。

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対照的な国境通過 ロシア側の出入国管理 事務所は、外国人を迎える玄関口とは到底思 えない粗末なプレハブ倉庫のような建物だ。 室内は薄暗く寒い。加えて、壊れたトイレの 扉を開けたままにしておくと、異臭が建物内 に充満する。手続きはパスポート検査、移民 局検査、税関の荷物検査の順で進む。混雑し ていなければ15分ほどで終わる。 バスも検査する。室内から車底まで徹底的 に行う。バスの検査だけで30、40分かかるこ ともある。中国側だと、出入国検査が終わる と、事務所外のエリア内を自由に行き来でき るが、ロシアはそれができない。トイレ近く の出口付近で検査が終了するのを待たなけれ ばならない。その徹底ぶりには驚いたが、裏 を返せば、中国人が何かを不正に持ち出そう としていると、最初から疑ってかかっている 証拠。中国への不信感の強さを見た。 そこから百数十メートルほど走ると、ロシ ア側の最後の検問所がある。そこが本当の国 境である。さらに数十メートル先には中国側 のゲートがあり、晴れて中国入国となる。 クラスキノ・琿春間は車で30分程度の至近 距離に位置しているが、国境通過に要する時 間は通常1~2時間程度と長く、混雑時には 3~4時間要することさえある。それもこれ も国境通過までに、ロシア側に何重もの検問 があるためだ。一方、中国は、その時の混雑 状況にもよるが、混雑してなければ30分程度、 混雑していても1時間程ですむ。 ロ中の場合、5人以上の観光客グループで あれば、最大15日、ヴィザなしで相手国に入 国することができる。定期バス以外にも、ウ スリースクやスラヴャンカからは琿春への買 い物ツアーのバスが毎日出発しており、国境 通過の際にも、それらしきバスを数台見かけ た。 国境を歩いて渡ることはできない。中国と の間に欧州諸国と結んでいるような協定がな く、徒歩での往来を認めていないからだ。定 期バスに乗るか、事前に通行許可書の交付を 受けて車で渡るしかない。 プレハブ倉庫のロシア側に対し、中国側の 国境検問所が近代的なものに整備されていた のが対照的であった。建物内には土産物店も あった。建物を出れば、商店や田畑が広がり、 人々が普通に生活していた。

ロ中朝3ヵ国国境

静けさのロシアと北朝鮮 ロシア、中国、北 朝鮮の3ヵ国国境を中国側の防川から見た。 ロシアと北朝鮮の国境に中国が食い込むよう に位置する。中朝の国境河川として流れてき た豆満江(中国名:図們江)はここで、今度 はロシアと北朝鮮を隔てる河川として、日本 海に注ぐ。 北朝鮮の豆満江周辺を見ると、国境警備す る兵士や散歩する住民らの姿が見えた。工場 らしき建物が点在しているものの、操業して いる様子はなかった。山や木々は痩せこけ、 街全体が「灰色」に覆われていた。まるでゴ ーストタウンのようだった。 ロシアの国境付近も、監視塔の兵士以外に 人影は全く見えない。北朝鮮側と同様、静寂 が支配していた。監視塔のロシア兵士たちは こちらを常に監視している。彼らの険しい眼 がこちらに注がれると、国境地帯の緊張感が 否応なく増してくる。 ロ朝国境は豆満江沿いに画定しており、豆 満江に架かる鉄道橋、通称「友好の橋」がロ 朝唯一の連絡路となっている。ロシアは国境 付近の入域を厳しく制限している。そのため、 国境の村・ハサンに入る場合は、ロシア当局 から事前に入域許可を得る必要がある。5年 前、ロシア側から国境を見たが、許可を得る ために苦労した。

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3ヵ国国境を行く

Reportage

3ヵ国国境が交差するロシア側地点には、 「ロシア」「北朝鮮」「中国」とそれぞれの言 語で書かれた記念碑がある。1999年に設置さ れたもので、展望台からもその記念碑が確認 できた。 ロシア側の護岸補強工事は6年の長い年月 をかけて、2009年2月にようやく完了した。 雨季の増水時には水位が5~7m上昇し、ロ シア側の砂の河床を侵食していた。この10年 だけでもロシア領が50~200m後退したとい う。ロシア側は「今後1mmたりとも後退する ことはない」(沿海地方道路局)と工事の成果 に自信を見せる。 観光客で賑わう中国 一方、対照的なのが中 国だ。望楼を備えた3階建ての展望台は、記 念撮影をする多数の観光客でにぎわう。中央 や他の地方からやってくる役人たちの観光コ ースになっているらしく、駐車場には公用車 が停まっていた。中国はこの3ヵ国国境を観 光名所として開発していく計画で、国境警備 のために使用していた展望台を観光用に開放 するとともに、琿春からの道路も整備した。 1人20元(約260円)を支払えば、国境地帯を 自由に撮影できる。警備する兵士も、会話や 記念撮影に気軽に応じてくれるなど、国境の 緊張感は全くない。 3ヵ国国境付近にはロ中間の連絡路はなく、 ロ中間を往き来するためにはクラスキノから 琿春を経由する必要がある。 中朝国境に目を転じると、国境線は豆満江 の中間地点を通っており、豆満江の堤防下に 沿って鉄条網が設置されていた。 中朝間の連絡路は、琿春から展望台に行く 途中にある。琿春と北朝鮮の間に2つある連 絡路のうちの1つで、「圏河口岸」と呼ばれる。 琿春から約40km、羅津から約50㎞離れており、 羅津や先鋒と直接通じる唯一の連絡路である。 もう1つの口岸(沙坨子口岸)の方が市中心 部に近いが、人やモノの往来は主に圏河口岸 を通じて行われている。 進まない国境開発 ソ連解体後、3ヵ国国境 を流れる豆満江流域付近の地域を多国間協力 により開発しようとする構想が国連開発計画 (UNDP)主導で進められた。当初は、北朝鮮 側が関税や税制上の優遇措置を設定し、企業 誘致に努めたこともあり、日中韓の企業が進 出した。しかし、不安定な北朝鮮情勢から次 第に敬遠されるようになり、ホテルやカジノ が建設されたのみで、インフラ整備は進んで いない。 図2 写真解説 中国側からみた3ヵ国国境

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国境を訪れた時はちょうど、ロ朝国境にか かる鉄道橋を旅客列車が通過する時だった。 客車1両に機関車1両の列車が橋を徒歩並み のスピードで渡って行った。旅客列車はロシ アのハサンと北朝鮮の豆満江との間を週2往 復運行している。列車は橋を渡ると右に曲が り、終点の豆満江駅に到着した。乗降口が反 対側だったのか、展望台から乗客の姿は確認 できなかった。 ロシアと北朝鮮は昨年10月、北朝鮮の鉄道 とシベリア鉄道の連結を目指して、ハサンと 羅津の間に敷かれた長さ55㎞の老朽化した鉄 道を改修する事業に着手したが、国境から見 る限りでは、工事が行われている様子はなか った。今年秋に完了することを予定していた が、6月、北朝鮮政府の許可が下りず、作業 がほとんど進んでいないことが明らかになっ た(2009年6月9日 『ザラトイログ』紙)。

国境の街・琿春

発展が続く琿春 琿春は図們江(朝鮮名:豆 満江)下流域で、中国、北朝鮮、ロシア3ヵ 国の国境が交錯する吉林省延辺朝鮮族自治州 の東端に位置する。日本海に至る最短ルート の地で、南で図們江を隔てて北朝鮮の豆満江 地区と、東でロシアの沿海地方と国境を接し ている。沿海地方のクラスキノまで約30㎞、 スラヴャンカまで約110㎞、北朝鮮の羅津まで 約100㎞の距離にある。 人口は約25万人。州名のとおり、朝鮮族が 多く住んでいる。現地の人によると、その比 率はおおよそ漢族50%、朝鮮族40%、満州族 などの少数民族10%である。 市内には高層ビルが建ち並び、建設中のビ ルも目立つ。夜になると、商店や飲食店のき らびやかなネオンで一段と華やかさを増す。 世界経済を牽引するまでになった中国経済の 発展ぶりを、辺境の地、琿春でも感じること ができる。 琿春では、やたらとハングル文字が目につ く。ハングル文字と漢字の併記することが法 律で義務づけられているためだ。横の場合は 上がハングル文字、下が漢字、縦の場合は左 がハングル文字、右が漢字と表記の順番も決 められている。それに今、ロシア文字が加わ ろうとしている。ロシア人観光客の増加を受 けて、ロシア文字も表記する店が増えている。 道路標識の一部もロシア文字を加えた新しい ものに変わっていた。 国境間での通貨の流れも徐々に太くなって きている。以前は見かけなかったルーブルと 元の両替を受け付けたり、ルーブルで買い物 できたりする店が数軒あった。 交通の要衝 国境通過ポイント(連絡路) はロシアとの間に1ヵ所(自動車と鉄道の連 絡路を別々にカウントすると2ヵ所)、北朝鮮 との間に2ヵ所の計3ヵ所(4ヵ所)ある。 ロシアとの連絡路は、沿海地方との間に5ヵ 所ある連絡路の1つで、中国名で「長嶺子」 と呼ばれる。 市中心部にあるバスターミナルからは、ロ シア行きが1日4往復(ウスリースク1、ス ラヴャンカ2、クラスキノ1)、羅津行きが1 日2往復出ている。 琿春周辺には、ロシアのウラジオストク港、 トロイツァ港(旧ザルビノ港)、ポシェト港、 羅津港、清津港(北朝鮮)など多くの良港が ある。琿春を通る国際輸送回廊としては、琿 春~トロイツァ~束草(韓国)、延吉~羅津~ 釜山の2航路が開通しており、2009年6月に は、琿春(延吉)~トロイツァ~新潟~束草 を結ぶ国際定期貨客船が就航した(2009年12 月現在、休航中)。 琿春駅は旅客、貨物とも閑散としていた。 北京や長春方面への旅客列車は、隣の図們駅

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3ヵ国国境を行く

Reportage

から出ている。2003年に開通したロシアとの 間の鉄道(カムショーイヴァヤ・琿春間)も 1日1往復程度しか運行されていない。 ロシアと中国の間ではレールの幅(ロシア =広軌:1,520㎜、中国=標準軌:1,435㎜)が 異なるため、双方の列車が相手国内に乗り入 れすることはできない。国境駅で積み替え作 業を行う必要があり、カムショーイヴァヤ・ 琿春間(約23㎞)には広軌と標準軌の両方の レールが敷かれている。 構内の空き地には、原木が積まれていた。 そこで作業していた初老の女性によると、原 木はロシア産で、北朝鮮が労働対価として受 け取ったものを、安く仕入れてきたものだと いう。 中国商務省の統計によると、2008年の中朝 貿易総額は前年比41%増の27億ドルで過去最 高となった。北朝鮮にとって、中国は最大の 貿易相手国である。貿易収支は、ここ数年は 北朝鮮の輸入超過となっている。北朝鮮は対 中貿易赤字を埋め合わせるために、ロシアか ら受け取った木材までも中国に切り売りして いる。 北朝鮮はソ連時代から、労働者をシベリア 各地に派遣して木材伐採に従事させ、その対 価として、伐採した木材の一部を受け取ると いう取引を行っている。派遣されている労働 者の数は1万人とも2万人ともいわれている。 ソ連解体後には、過酷な労働条件から伐採現 場から脱出する労働者が続出。ロシア領にも かかわらず、北朝鮮の治安機関が伐採現場を 管理していたことも明らかとなり、国際的に 非難を浴びた。両国は労働条件を見直した新 協定を結び直して、現在も取引を続けている。 貿易都市 琿春市の輸出加工区には韓国企 業を中心に数十社が進出する。2000年に中国 国務院の承認によって全国15ヵ所に設置され た輸出加工モデル区の1つ。総面積は2.44km2 労働集約型および資源集約型の加工区として、 産業縫製、木材加工、食品加工、電子などの 産業が集まる。進出企業は、付加価値税、利 益税、関税等の優遇措置を受けられる。 日本からは高級婦人服の委託生産加工大手 の小島衣料が2006年に進出した。工場では女 工600人が働く。日本から輸入した生地でオー ダーメイドの服を製造している。商品はすべ て日本向けである。 日本からの原料輸入と日本への完成品輸出 は、琿春から1,300㎞離れた大連港を経由して 行われている。その大連港では近年、中国東 北部の経済発展と貿易の増加とともに貨物取 扱量が急増。港湾の処理能力が限界に達する のではないかという懸念が生じている。こう した輸送上のボトルネックをリスクヘッジす るため、ロシア極東の沿海地方南部の港を利 用して、増加の著しい中国発着貨物を沿海地 方南部経由で輸送し、ロ中の新たな国際輸送 回廊として確立しようという構想がある。確 立されれば、北東アジア全体が大きく発展す る可能性があるとともに、同回廊を利用した ヒトとモノの流れを生み出すことができると 期待される。 沿海地方のトロイツァ港までは60㎞と大連 港と比較できないほど近く、実現すれば、輸 送日数を大幅に短縮できる。現在の主要な対 日輸出ルート・琿春(トラックもしくは鉄道) ~大連(船舶)~日本の輸送日数が5日程度 であるのに対し、トロイツァ港経由のロシ ア・ルートだと2日程度ですむ。小島衣料も ロシア・ルートの開通を見込んで琿春に進出 した。しかし、ロシア側の対応の悪さや費用 負担の増加、寄港船舶の少なさ、関係機関の 連絡の悪さなどがネックとなり、モノの流れ は限定的なものにとどまっている。小島衣料 も含め多くの企業は大連港を利用している。

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琿春市内 3ヵ国語表記のインターネットカフェ 2009年3月末に2回目の試験航海がトロイツ ァ港から新潟港間で行われたが、船会社が提 示してきた新潟までのコンテナの料金は1,200 ドル(約12万円)と大連港経由とほぼ変わら ないものだったという。 道路や鉄道のインフラ整備が急ピッチに進 む。長春・図們を結ぶ高速道路の琿春への延 伸工事(約65㎞)は、橋脚の大部分がすでに 完成していた。開通すると、琿春から延吉ま での所要時間は、一般道と高速道路を合わせ た現在の2時間から1時間に短縮される。延 吉・図們間の高速道路に乗車してみたが、表 示は日本と同じ緑に白の文字、しかもETC専 用レーンもあり、日本の高速道路を走ってい るのと何ら変わりはなかった。料金は乗用車 で片道10元(約130円)だ。 未開通区間を連結して、牡丹江(黒竜江省)、 通化(吉林省)、図們などの沿岸部都市を結ぶ 東辺鉄道(総延長1,389㎞)は2010年の完全開 通を目指している。開通すると、内陸部を迂 回しないで、貨物を大連港まで運べるように なり、輸送時間やコストも削減でき、大連港 の利用がより便利になる。 表2 琿春から各都市への距離 都市 距離(㎞) ウスリースク 295 スラヴャンカ 110 クラスキノ 35 羅津(北朝鮮) 100 図們(吉林省) 65 防川(〃) 78 延吉(〃) 110 長春(〃) 504 牡丹江(黒竜江省) 292 綏芬河(〃) 298 ハルピン(〃) 630 (出所)琿春バスターミナルにて調査。 表3 琿春からロ朝への国際定期バス 行き先 出発時刻 運賃(元) ウスリースク 9:30 325.0 スラヴャンカ 7:30、13:00 285.0 クラスキノ 13:30 265.0 羅津(北朝鮮) 8:10、14:10 51.0 (注)中国時間(ウラジオストク時間より冬- 2時間、夏-3時間)。1元=約13円。 (出所)琿春バスターミナルにて調査。

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3ヵ国国境を行く

Reportage

中朝国境

図們から見た北朝鮮 図們口岸越しには、の んびりとした調子で家畜を飼育する住民や農 作業を行う住民らが見えた。河原で走り回る 子供の姿もあった。川岸沿いの築40年以上は 経過しているであろうアパート群の壁は剥げ 落ち、無残な姿をさらしていた。 図們口岸には車と徒歩の「図們大橋」と鉄 道橋の2つの連絡路がある。鉄道橋は周辺を 軍が厳重に警備しているのに対し、市中心部 から横道に入ったところにある図們大橋の周 辺には土産店やアパート群が建ち並び、国境 の緊張感はない。 図們大橋は観光スポットとしても有名だ。 20元(約260円)を支払えば、兵士の案内で国 境線まで行くことができる。橋桁の赤い部分 までが中国領で、その先の青い部分が北朝鮮 領である。なぜか境界線は豆満江の中間地点 ではなく、中国よりの河原の上にある。橋の 上は、国境線で記念写真を撮る中国の団体客 らでにぎわう。中国人にとっても、北朝鮮は 興味深いようだ。展望台からは、検問所入口 に掲げられた金日成前国家主席の巨大な写真 と周囲を警備する兵士の姿が見えた。 図們大橋を1人の老女が渡って来た。対岸 にいる親類を訪問した帰りなのだろうか、両 手に大きな荷物を抱えていた。図們市の人口 は約13.7万人。うち56%が朝鮮族で、北朝鮮側 に住む親類を持つ住民も多い。国境の往来を 見る限り、交流はそれほど盛んではないよう だ。 この付近は川幅が狭く水量も多くない。そ のため、脱北者が不法越境しやすい場所とし て知られている。米国人女性記者2人が3月 に中朝国境地帯を取材中、北朝鮮当局に身柄 拘束され、数ヵ月後に解放される事件が起き たが、彼らが拘束された場所もこの付近だ。 2009年5月4日付「朝日新聞」は、「中国吉 林省図們市と隣接する北朝鮮咸鏡北道旅行局 などが今月下旬から、中朝間で初めてとなる 観光列車を運行させる取り決めに調印した」 と報じた。その約2週間前には、ロシア鉄道 100%の貨物子会社「第1貨物会社」が中朝の 輸送会社と共同で、ハサン~豆満江~図們間 に新たな輸送回廊を年内に開設すると発表し た。ロシアは、この輸送回廊を通じて、中国 に石炭、木材、重油、木材、鉄鋼、機械を、 逆に中国からセメント、消費物資等を輸送す る。回廊の輸送能力は1日あたり50両程度と されるが、実際の運行本数は、ハサン~豆満 江のロ朝国境にかかる鉄道橋で、1、2本/ 日しかない。そのため、北朝鮮区間120㎞を改 修し、現在の9倍以上、1日あたり500~700 両に輸送能力を増強する計画だという。 丹東市(遼寧省)では4月末から中国国内 の身分証だけで参加できる北朝鮮側への日帰 りツアーも始まった(5月4日付「朝日新聞」)。 国境地帯の経済交流が慌しくなっている。 無残な姿の穏城大橋 琿春から図們方面へ 中朝国境沿いに進むと、「穏城大橋」という橋 が見えてくる。橋の半分は破壊され、橋脚だ けが無残な姿をさらす。橋は1937年5月に旧 日本軍によって建設された。欄干には「昭和 12年5月竣功」との文字がある。1945年8月、 攻め込んできたソ連軍の追撃を恐れた日本軍 は、撤退時に橋の半分を爆破した。すべてが 破壊され跡形もない北朝鮮側に対し、中国側 は64年経った今もなお、爆破当時の姿をとど める。破壊されなかった部分へは自由に入れ る。中国当局は、橋周辺を観光地として開発 する計画で、周辺には整備されたばかりの公 園と休憩施設があった。

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川を渡ると北朝鮮=図們口岸

図們の鉄道国境ポイント

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3ヵ国国境を行く

Reportage

■琿春と延吉で聞いた中朝国境ビジネス■ 琿春と延吉で、北朝鮮とビジネスを行っている中 国人から「北朝鮮」話を聞いた。その一部を紹介す る。 「北朝鮮人には常識が通じないので、商売で非常 に苦労する」。北朝鮮から水産物を輸入する琿春の 水産会社社長は嘆く。「彼らは冷凍倉庫の温度を設 定温度に達すると節約と称して切ってしまい、商品 を何度もダメさせられた」、「品質保持のために倉庫 の温度を一定に保つという認識がない」とこぼす。 中国東北部の貨物を北朝鮮ルート(琿春~羅津~ 日本海)で運ぶ構想もうまくいっていない。ロシア 極東の沿海地方南部の港を経由して輸送するロシ ア・ルートに対抗して、2005年秋に中朝共同経営 物流会社「朝鮮羅先国際物流合営公司」が設立され たが、活動を停止してしまった。資金不足と羅津ま での道路整備を戦車の通行優先を理由に軍が認め なかったことが、その原因だという。北朝鮮へ出入 りする道路・港湾・地域の一体的建設を促進し、域 外の協力プロジェクトを推進する計画だったが、何 事も軍を優先する「先軍政治」前に頓挫した。 羅津と釜山を結ぶコンテナ航路も、北朝鮮の「わ がまま」に悩まされている。同航路は、延吉の海運 会社が地元で生産された商品を韓国に運ぶために 始めた。物量はそれほど多くないが、主に現地に進 出した韓国企業が利用していた。そこに北朝鮮が 「団結峰号」を投入して参入してきた。北朝鮮は自 分の港の利を活かして、できるだけ多くのコンテナ を積もうとするため、少ないパイの争いとなり、中 国側の航路が維持できるか難しくなっている。 延吉では、こんな話も聞いた。北朝鮮人は日本製 品が大好きである。国家機関は安く簡単に手に入る 中国製よりも日本製を購入する。そこには理由があ る。中国製品を購入して故障すれば上司から叱られ、 左遷させられるが、日本製を購入して故障しても、 「日本製でも故障することがあるのか」と、叱られ ることも咎められることもないのだという。 ■

最後に

格差も広がる。近代的な高層な建物が立ち 並ぶ中国に対し、川を渡った数十メートル先 には、戦後直後の日本のような光景が広がる。 色に例えると、煌びやかなカラーの中国に対 し、北朝鮮はどんよりとしたモノトーンの世 界といった感じだ。 数年前まで小さな村であった琿春は国境貿 易開始を契機に大きく発展を遂げる一方、ロ シア側は国家の画一的な政策のため、貿易の 恩恵を得ることができず、野原と鉄条網が広 がるだけで、インフラ整備に苦慮する。企業 への優遇措置や加工区設置など地域の実情に 合わせた柔軟な国家政策と、地元にある程度 の裁量権を与える中国に対し、中央集権的な 管理と画一的な規制から抜け出せないロシア 極東。国家政策が地域経済の命運を左右する という端的な事例だ。 中朝国境沿いに延びる高速道路の上をベン ツやBMWといった高級車が猛スピードで駆 け抜けていく。ふと対岸に目をやると、今に も壊れそうなトラックがノロノロと走る。川 1本を隔てただけで、半世紀前の光景が飛び 込んでくる。このコントラストはショックだ った。 国境に対する考え方もまるで正反対だ。国 境防衛を重視するロシアと北朝鮮に、観光開 発を優先する中国。3ヵ国国境の共同開発の 難しさを実感した。 それにしても、琿春の発展ぶりには驚いた。 5年前も活況を感じたが、今回は前回以上に 発展のスピードが増していた。経済危機後の

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世界経済成長のほとんどを稼ぎ出していると される中国。その躍動を辺境の地で実感した。 2009年11月、中国政府は延辺朝鮮族自治州と 吉林市、長春市を含む地域を「開発開放先導 区」として、重点開発するプロジェクトを承 認した。どうやら中国は国境地域の開発を加 速させていくつもりのようだ。 ロシアはただ指をくわえて見ているしかな いのか。地元は、中央が中国のような優遇措 置を導入して、国境開発に本腰を入れてくれ ることに期待を寄せるが、荒涼した国境地帯 をみると、自分たちではどうにもならない悲 哀が伝わってくる。 5年前と変わらず、国境に吹く風は冷たか った。

参照

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