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中小企業のイノベーション

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はじめに

東北大震災によって東北3県の沿岸部に立地する企業の経営基盤が奪われ, 政府や各自 治体は, それぞれの地域で雇用を守り, 人口の流出を防ごうと必死の努力を続けている。

長年の努力によって積み上げられてきた産業基盤 (工場設備, 道路, 関連産業, 技術・技 能をもった労働力など) が一挙に流出した今, 新たに復旧するとして以前と同じものを再 建するのか, それとも思い切って新しい環境に適応できる設備を導入するのか, 費用の点 もあるので難しい判断を迫られているといえよう。

特に地域で重要なのは人の問題と企業間関係である。 熟練の技術, 技能を持った労働力 が震災後に完全に戻ることを期待するのは難しいであろう。 そうなると, 企業の中枢を担 う基幹労働力や, 自社との補完関係にあって分業を行っていた他社が再建して仕事を始め てくれるのかどうかによって, 会社の事業を存続させられるかどうかが分かれてくるので ある。

今回の未曾有の大震災によって明らかにされたのは, このような地域における産業, 企 業, 人材の結びつきがまさに地域の人々の暮らしを支えてきたということであり, その関 係がいったん切れると, その地域の産業 (企業) はその存立も含めて大きく影響を受ける ということになるのである。

福島第1原子力発電所の事故の影響もあって, 被災3県では人口の流失が続いていると いわれている。 インフラの復旧や企業の再建と人口の流出との間で最終的にどのようなバ ランスに落ち着くのか。 地域経済の復興を考える上で重要な問題になっている。

被災地におけるこうした状況を見ても明らかなように, 地域とそこに立地する産業との 関係は, 人と企業との動きが基盤になって長い歴史の中で積み上げられてきている。 地域 産業の研究においては, 地方活性化の要請もあって全国各地 (特に製造業が活発な地域) の研究が盛んであった。 一方, 古い歴史を持っている一大集積地域である東京や大阪, 名 古屋に関しても, 一定の研究が行われているが, 最近の動きについてはそれほど多いとは 言えない状況である。

筆者は東京都信用金庫協会が1987年から行っている 「会員企業表彰制度」 で表彰された 企業 (約2300社) を調査し, その結果を2つの論文にまとめた。 最初に書いたのが 「信用 金庫の優良取引先企業に関する研究」 千葉商大論叢 第48巻第2号 (2011年3月) であ り, 次に書いたのが 「東京の古い産業集積地域におけるイノベーション」 千葉商大論叢 第49巻第1号 (2011年9月) である。 便宜上前者をA論文, 後者をB論文と呼ぶことにす る。

A, B2つの論文において, 城東地域の機械金属関係企業を中心に, 中小企業において

中小企業のイノベーション

鈴 木 孝 男

(2)

職人的生産が行われ, そこにイノベーションが発生していることを明らかにした。 またこ れらのイノベーションを実現した中小企業が問題解決型中小企業と高感度・高機能製品型 中小企業に分化しながら進化しているということも確認できた。

そこで, 本稿ではこうした分析を踏まえて, 信用金庫が表彰した中小企業約2300社余り のうちでデータが利用可能な2002社の事業内容を 優良企業表彰制度表彰企業の概要 各 年版ですべて個別に点検し, イノベーションを行っている企業を抽出して整理し直すこと にした。 さらに選び出された企業を分析して, これらの企業がどのような形でイノベーショ ンを実現したのか, そのイノベーションにはどのような特徴があるのか, といった点につ いて分析を行った。 抽出した企業は基本的には製造業が中心であるが, サービス業や流通 業などもあり, 多様であった。

中小企業のイノベーション

筆者はA, B二つの論文において, イノベーションについて以下のように定義を行った。

イノベーションについてはシュンペーターの新結合に関する5つの例示と, ドラッカーの

「消費者が資源から得るところの価値や満足を変えるもの」 という定義を用いた。 ここで 再度イノベーションについて定義し直してみると, 「新しい技術や販売先の開拓などを通 じて, これまでにない製品やサービスを作り出して顧客を獲得すること」 ということがで きよう。

すでに多くの指摘があるように, イノベーション (innovation) はインベンション (invention, 発明・発見) とは異なり, 市場で買い手を見出して実績 (成果) をあげてい るものを指していることが多い。 ここでもそのような意味で用いている。

この論文ではこうした定義を踏まえて, 東京の中小企業におけるイノベーションの姿に ついて明らかにすることにしたい。 中小企業におけるイノベーションは大企業が作り出し ているイノベーションとどのように違うのだろうか?

中小企業は大企業と比較して, イノベーションを発生させることが難しいとされてい る(1)。 その理由は, 資金不足, 人材不足, 情報不足といった大企業と比較しての格差の存 在が影響しているということである。 一般論としては確かにイノべーションを発生させる 力に格差があることは言えるであろう。 しかし筆者が行った調査 (B論文参照) で明らか なように, 中小企業は実に様々な形でイノベーションを実現させている。 中にはかなり大 きな成果をあげたものも存在する。 また, 大企業が発生させたといわれるイノベーション も, 当該企業が中小規模の時に成功させ, それによって規模を拡大した, というものもあ る。 その意味では, イノベーションは中小規模でも大規模でも規模に関係なく発生すると 見て良いであろう。

日本の事例をみても, 松下幸之助の二股ソケット, ソニーのトランジスタラジオなど, その後の企業の発展に大きく貢献したイノベーションは, 中小規模の時に起きたものであ る。 大企業が多額の研究開発費を投入して発見した新技術 (新製品) 等は, それなりに成 果をあげている。 その一方で, 中小企業が少ない開発費だけで経営者や従業員の創意工夫 でユニークな新製品を開発して成果をあげているものが存在することも事実である。

岡室博之 (2009) 27〜29ページ。

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B論文で紹介した NY 製網のハッピーベースや KY 発條のエキスパンダーはその例で ある(2)。 むしろ後に示すように, 中小企業のほうがイノベーションを発生させやすいと見 ることもできるのである。

中小企業のイノベーションについて, 高橋美樹 (2007) は次のように指摘している。 イ ノベーションが発生するまでの過程には4つのタイプ (技術プッシュモデル, 需要プルモ デル, 連鎖モデル, コンカレントエンジニアリングモデル) があり, このうち中小企業に とって望ましいモデルは連鎖モデルである(3)。 それはイノベーションを発生させる条件に おいて中小企業は大企業に比べて設備, 試作機能, マーケティング力などで劣っており, 1回の失敗が命取りになりかねないから, ということである。

連鎖モデルとは, 顧客や取引先が抱える問題を解決するプロセスとして描かれ, ニーズ の発掘から製品開発, 商品の販売に至る各段階において, 知識や技術のストックとの連携 (大学や研究機関など) が見られるという(4)

この問題解決過程 (ソリューションプロセス) にイノベーションが存在するという観点 は, 筆者のB論文で指摘した職人型中小企業の発展形としての問題解決型中小企業という 認識と共通するところがある。 ただ, 筆者のいう問題解決型中小企業においては, 現場に おける経営者や従業員が過去の蓄積をもとに実践的に問題解決を行っているのであり, 大 学や研究機関と連携して科学・技術のこれまでの蓄積を活用する例は多くはない。

また高橋 (2011) によれば, 中小企業はその存立条件がニッチ市場に特化して大企業と の競合を避けるという特性を持っている。 この条件の中で, 経営者の意向が反映されやす く, かつ厳しい競争下で 「一発必中」 を求めて革新的イノベーションに取り組む。 これに 対して大企業では日常の業務活動 (ルーティン) の影響が大きく, かつ既存の取り組みを 破壊するような革新的イノベーションについては内部の抵抗が強い。 その結果, 大企業の イノベーションは低リスクの改良型が多くなる, と述べている(5)

岡室 (2009) は中小企業の研究開発への取り組みについて, ビューロー・ヴァン・ダイ ク社のデータベース (JADA) を用いて製造業未上場で従業者数300人以下の企業 (9888 社) について分析を行った(6)。 彼の分析結果をまとめると下表のようになる。

鈴木孝男 (2011b) 107ページ 高橋美樹 (2007) 142ページ 同書 141ページ

高橋美樹 (2011) 13ページ 岡室博之 前掲書 32ページ

表1 企業の属性による研究開発への姿勢の違い

大 ← R&D → 小

企 業 規 模 大 小

内 部 資 金 大 小

社 長 学 歴 高 低

技術占有性 高 低

(4)

一見してわかるように, 企業規模や経営者の属性等によって, 研究開発に対する姿勢に 違いが生じている。 単純にいえば中小企業の中でも規模が大きいほど研究開発に積極的に 取り組んでいる, ということになろう。 ただこの分析は, 研究開発活動の取り組み状況を 見ており, 企業の具体的な活動内容を踏まえたものではない。 筆者が知る中小企業におい ては, 「日常業務化」 された研究開発を行っている企業は少数派である。 むしろ日々の業 務の合間に新製品や新技術の開発を行っているというタイプがほとんどであった。

このデータでは実際にイノベーションが発生しているかどうかは不明であるが, 多くの 企業が結果を出しているものと推測される。 また岡室 (2009) は, 中小企業のイノベーショ ンの特徴について, 中小企業白書等を利用しながら, 経営者のリーダーシップ, 経営者や 従業員が日常業務の延長線上で取り組んでいる, 機動性と柔軟性がある, 発明者のアイデ アが実現しやすい, などをあげている(7)

高橋, 岡室の分析について今回の調査により検証してみると, 高橋のいう連鎖モデルに よる中小企業のイノベーションはいくつか見受けられるが, 一発必中をめざした革新的な イノベーションについては確認できなかった。 むしろ逆のタイプが多く見受けられる。 す なわち, 後で述べるように中小企業のイノベーションは限られた相手を対象にした限定的 かつ改良的なものが多いのである。

岡室の指摘については, 表彰企業に関して与えられた情報量が少ないので今回は十分に は確認できなかった。 この点について筆者は, 表彰企業のうち企業の利益 (表彰時の直前 の3年間), 経営者の学歴, 世代 (創業者か2代目以降か), 金庫との関係 (メインか否か) に関するデータが得られる資料 (2006年〜2009年の221社) について集計を行った。 この 中でイノべーションが発生していると確認できた企業 (72社) のうち, 経営者の学歴では 大卒が46 社 (63.9%), 高卒が19社 (26.4%) と高学歴が多かった (表2参照)。 また, 学 歴別に売上高経常利益率 (表彰直前の3年間の平均) を見たところ, 大卒が3.2%, 高卒 が5.5%と高卒のほうが利益率が高かった。 この点からみると, 高学歴企業が好パフォー マンスをあげると判定することは難しいという印象である。

この資料に関する分析については, 改めてまとめることにしたいと考えている。

岡室が用いたデータベースは筆者が調査した企業 (平均売上高14億6千万円, 平均従業 者数54人) と比較すると規模が大きいような印象を受ける。 その点で単純に比較すること はできない。 また, 岡室の場合はイノベーションが発生しているかどうかではなく, 研究

表2 イノベーションを発生させている企業 (72社) の概要

経営者の学歴 利益率

大学卒 46社 (63.9%) 3.17% 大学には短大, 専門学校を含む。

高校卒 19社 (26.4%) 4.57% 高校には旧制中学を含む。

その他 7社 ( 9.7%) 7.3% その他は小学校, 中学校 (新制) と不明企業。

(2006年〜2009年までの表彰企業のうち, イノベーションを行ったと認定した企業)

同書 35〜36ページ

(5)

開発に取り組んでいるかどうかが中心になってるが, 筆者の場合は何らかの形でイノベー ションを実現させている企業をひろっているので, その点でも単純な比較をすることは困 難である。

ただ, 岡室が指摘した中小企業のイノベーションの中で, 日常業務の延長線上で取り組 んでいるという特徴があることは, 筆者が指摘する観点と一致するものである。 また, 中 小企業のほうが研究開発の成果をあげやすいという点についても, 低リスクイノベーショ ンに取り組むことの多いという筆者の分析からみても妥当な判断だと思われる。

中小企業が高いリスクと高いインセンティブに基づいてイノベーションに取り組む, と いう従来からある説を支持している点については, ベンチャー企業を中心に分析すればそ のような帰結になろうかと思われる。 しかし既存の中小企業におけるイノベーションに関 しては, 低リスクイノベーションが多いという現実を踏まえる必要があるだろう(8)

信用金庫の優良取引先に見るイノベーション

既に述べたように, 筆者はこれまでに, 東京都信用金庫協会が行っている 「会員企業表 象制度」 で表彰された企業について分析を行ってきた。 これまでに公表した2本の論文に おいては, それらはデータの集計と城東地域の機械金属産業に限定した分析であった。 そ こで示したのは, 江戸時代からの歴史的積み上げの中で, 職人的生産を行っている企業が 残っており, それらが時代の変化と共に発展して, 問題解決型と高感度・高品質型の2つ のタイプに進化している, ということである。

しかし, 表彰された企業は2300社余りあり, 住所や業種などの情報が確認できる企業に 限定しても2002社あるので, これらの企業について個別に調べてみることにした。 調査の 方法としては, 各企業の概要を一通り閲覧し, それらの企業の中でイノベーションを行っ ている企業を抽出してさらに分析するという方法である。

企業を選定する際の基準としては, それまでにない新しい試みを行って成果を上げてい る企業, というものを設定した。 この場合製造業に限定するのでなく, 販売・サービス等 すべての業種を対象として検討した。 例えば新しいビジネスモデルや新市場の開拓などで ある。

抽出した企業については, 地域別・業種別に整理してそれぞれ特徴を考察した。 またイ ノベーションがなぜ発生したのかについても可能な限り分析を行った。

イノベーションの発生状況

A論文で指摘したように, この表彰制度では製造業が選出されやすくなっており, 実際 表彰企業の54%が製造業であった。 東京都の事業所数を産業別に見た場合, 製造業の比率 は9%であるので, 表彰企業がかなり製造業に偏っていることがわかる。 対象となる企業 は信用金庫の優良な取引先企業なので, それぞれイノベーションを発生させて成果をあげ, その結果表彰に結びついた事例が多いと見ることができる。

イノベーションがあるかどうかの判定基準については, 前述のように 「新しい技術や販 売先の開拓などを通じて, これまでにない製品やサービスを作り出して顧客を獲得してい

同書 36ページ

(6)

ること」 とした。 自社設備を開発して利用している事例についていもイノベーションがあっ たとして選別した。 その結果, 447社についてイノベーションを発生させていると認定す ることができた。

2002社のうち重複して受賞した企業が4社あるので, その分を除いた1998社を分母とし, 抽出した企業数447社を分子として計算すると, 表彰企業全体の22.4%がイノベーション を発生させたと判定された企業である。

これらの企業を地域的に集計すると, 下表のようになる。

A論文で示したように, 表彰企業の地域的分布は城東地域に偏っており, 上記の表にお いてもこの傾向は変わっていない。 荒川区・葛飾区が上位を占めていることについては, B論文で示した荒川区・葛飾区の機械金属産業のパフォーマンスの良さからみて理解でき るところである。

また, 板橋区の光学機器, 墨田区の袋物, 台東区の皮革製品用金具については, それぞ れの地域に集積を形成している産業との関連が現れている。 ネジやバネ関係の企業は荒川 区・足立区・葛飾区, メッキは荒川区・板橋区・文京区・調布市にそれぞれ立地していた。

半導体製造関係では, 青梅市や羽村市など多摩地域に見られる。

一方, 高品質・高感度商品を製造する企業は, 中央区銀座・日本橋, 台東区浅草のよう な古くから商業が発達している地域や渋谷区・世田谷区・新宿区など繁華街のある地域に 立地している。 文末に参考までに足立区のイノベーション発生企業25社を示したので, 参 照願いたい。

サンプル数が少ないので, 業種と地域にどの程度関連性があるかについての正確な分析 は困難である。 しかし, これまでの研究で述べられてきた各地域の産業的特徴については, ある程度関連性があると指摘できるであろう。 すなわち, 過去に特色のある産業集積 (地

表3 地域別イノベーション発生企業数

区名 企業数 主要業種

足 立 区 30 産業機械, 金属製品 荒 川 区 27 産業機械, 金属製品 葛 飾 区 24 産業機械, 金属製品

板 橋 区 24 印刷, 光学機器, 産業用機械, 金属製品 江戸川区 21 金属製品, 産業機械

墨 田 区 21 繊維製品, 袋物

台 東 区 19 高感度商品, 印刷機械, 皮革製品用金具 大 田 区 16 金属製品, 産業機械

千代田区 13 ホビー, 計測器 中 央 区 12 高感度商品

(表彰企業の中でイノベーションを発生した企業。 筆者の集計による)

(7)

場産業と呼ばれることもある) が見られた地域において, その業種に関連したイノベーショ ンが発生しているのである。

イノベーションの特徴

それでは各企業においてはどのようなイノベーションを発生させているのだろうか。 抽 出した447社の事例について整理してみた結果, その特徴として以下の5点に集約するこ とができた。

① 分業構造が細分化された中で発生

② 特定顧客または対象を絞った商品開発において発生

③ 文化的な成熟を背景として発生

④ 自社が必要とする生産設備を自ら開発

⑤ アイデア商品の開発

次にそれぞれ具体的な事例を紹介する。 なお, 以下に事例として取り上げる企業のデー タ (表彰年, 従業者数, 年商) はいずれも表彰時点でのものである。 また内容は東京都信 用金庫協会他編 優良企業表彰制度 表彰企業の概要 各年版を基本としながら, 各社の ホームページも参照して記述したものである。

分業構造が細分化された分野での発生

長年にわたり積み上げられてきた東京の産業集積においては, 様々な産業が存在し, そ れらが細かい工程における分業構造を形成している。 特に印刷・製本業は東京の地場産業 ともいうべきもので, 文京区・北区・荒川区などを中心に集積が見られた。 今回事例で取 り上げた企業も, 事例1, 2, 13の3例がある。 印刷に限っても, 活版, オフセット, シ ルクスクリーン, シールなど多様な印刷方法が存在し, そこに様々なイノベーションが見 られる。

[事例1]

JNS 社 (台東区, 2008年, 34人, 8億8千万円)

同社は東京の代表的産業の一つといわれる印刷業に関連する企業である。 すぐ乾く昇華 インクを利用して布地に直接印刷する布地用プリンターの開発に成功し, 染色を不要とす ることで大幅な時間短縮とコスト削減を実現している。 同社の製品により, 広告宣伝用の のぼり, イベント用の幕や旗がすぐに作れるようになっている。 このシステムを含めて同 社では様々な新製品を開発し, 特許を取得している。

[事例2]

NBL 社 (荒川区, 2001年, 30人, 5億6千万円)

同社の事業は光沢紙の加工であり, 化粧品の箱や本などの表面に光沢加工を施している が, 光沢紙の表面にエンボス加工 (表面に凹凸をつける加工) を施す技術を開発したので ある。 この技術は同社の現社長が若手の同業者と共に, 東レと共同で開発した。 同社では 開発した新技術を東京都光沢加工組合の会員企業に公開し, 高度技術を共有して業界のレ ベルアップに努めている。 光沢加工業界は印刷業の下請け的な取引になりやすく, 業界と しての地位が低かったので, 同組合の理事長を務めている同社の会長が, こうした新技術 の共有により業界の取引上の地位向上を目指してこのような行動をしているのである。

(8)

特定顧客に対象を絞った商品開発での発生

中小企業の存立条件の一つとして, 狭い市場で大企業が参入しにくい分野 (ニッチ市場) ということがよく指摘される。 こうした市場においては商品開発の目的も範囲も絞られる ので, 難しい側面もあるが新技術の開発に結びつきやすいこともある。 この場合イノベー ションは B‑B (対企業向け) 事業において発生し, かなり絞られた特定の顧客向けであ ることが多い。 これは内容にもよるが, 開発したあと製品として販売できる可能性が高い ことが見込まれる。 すなわち開発リスクが低いということがいえる。 この点は中小企業に とってかなり有利な条件である。

[事例3]

TKS 社 (新宿区, 2008年, 8人, 1億8400万円)

聴覚障害者用の通信機器の製造を行っている企業である。 同社の社長は小学校の時に聴 覚を失い, それ以来聴覚障害者の情報伝達装置に関心を持っていた。 彼は定年後に69歳で 起業し, 大手企業が開発を試みながらあきらめた腕時計型での情報伝達機器の開発に成功 したのである。 この製品 (製品名:シルウォッチ) は, 例えばドアチャイムとの連動によ り, 聴覚障害者に来客があったことを伝えることができる。 腕時計型にするために, 長時 間連続して使用できる電池の開発と, 狭いスペースの中で電波を確実に捉える受信感度を 持った回路設計が課題であったが, 社長が8年の歳月をかけてそれを解決したのである。

この製品は通常は腕時計として機能しているが, 来客など外部からの信号があった場合, それを文字表示と振動で伝える, という方法をとっている。 また, この製品の用途として, 聴覚障害者だけでなく, 工場や大学図書館など健常者の場合でも使われており, 使用範囲 が広がっている。 他に障害者向けの情報機器というニッチな分野において, 独自の商品開 発を行って成果をあげている。 同社では社長が2009年に 「平成21年度バリアフリー・ユニ バーサルデザイン推進功労者表彰」 で内閣総理大臣賞を受賞するなど社会的評価の高い企 業である。

[事例4]

TYK 社 (足立区。 2007年, 210人, 44億円)

医薬品の製造企業である。 これまで経皮吸収型鎮痛消炎剤の製造を中心に事業を行って きた。 現在インドメタシン製剤を主要製薬会社のブランドで製造しているほか, 貼付剤を 中心に薬品の製造・販売を行っている。 その一方で同社では急性前骨髄球性白血病 (APL) の治療薬開発に取り組み, 2005年から製造販売 (薬品名:タミバロテン) を行っ ている。 この病気は血液のがんと呼ばれており治療が難しく, しかも患者数が少ない (日 本全体で500〜700人) ため大手製薬会社がなかなか取り組もうとしない分野であった。

1984年に東大薬学部の首藤教授によりこの病気の再発に有効に作用する 「新規レチノイド」

という物質が創成されたが, 新薬開発に着手する企業が出なかった。 同社では1999年に新 薬として製造・販売することを決めて実験や臨床試験などに入り, 2005年から販売が認め られた。

この薬は対象となる患者数が少なく, 企業としての採算面から見ると手をつけにくいも のである。 しかし, 患者にとっては生死を分ける重要な薬品であり, その開発が期待され ていた。 その意味で TYK 社の果たした役割は社会的にたいへん大きいものがある。 同社 のこうした社会貢献に対して, 日本薬学会創薬化学賞 (2006年), 独立行政法人科学技術 振興機構井上春成賞受賞 (2006年) など多くの賞を受賞している。

(9)

[事例5]

RYK エンジニアリング社 (港区, 2008年, 72人, 22億円)

トンネル工事や工場のような閉所空間での集塵装置を製造・レンタルしている企業であ る。 全国のトンネル工事の75%のシェアを持っている。 流体技術とフィルター技術を柱に 独自製品を開発し, 保有する特許件数が60件を越えるというイノベーティブな企業である。

同社では装置をレンタルしているため, 顧客は利用するごとに最新型の設備を使用するこ とが可能となる。 利用する企業側との間で使用方法の指導や技術情報の提供などで密接な 情報共有が行われているため, 高いシェアを保つことができるのである。 装置がレンタル で利用されるため, 開発・製造に関するリスクは低い。

[事例6]

YMD マシンツール社 (台東区, 2008年, 50人, 12億4千万円)

刻印機の我が国トップ企業である。 刻印機は製品番号などを機械本体に刻印する装置で ある。 同社では創業当初は刻印機のヘッドを販売していたが, 1968年から刻印機械を自社 で独自に開発し, 製造販売している。 同社の刻印機が持つ 「堅い焼き入れ鋼を凸型に加工 する技術」 は国内的に希だそうで, 特許も4件保有している。 技術は長年の技術改良によ りもたらされたもので, 顧客からの信頼関係があるなかで開発されたものであり, 製品開 発のリスクは低かった。 国内主要自動車企業への納入実績があり, 中には100%同社製品 を使用している企業もある。

[事例7]

STP 社 (港区, 2000年, 281人, 3億9千万円)

包装機械・資材の製造・販売を行っている企業である。 同社はかつては包装資材の販売 を行っていたが, 現社長が入社してから作業の機械化に取り組み, 低廉な包装機械を開発 した。 その後包装機械のみでなく, 包装作業の自動化装置も開発するようになる。 同社で は積極的に海外への輸出にも取り組んでおり, 世界市場でのシェアが15%とかなりの知名 度を持っていて, この海外での高い評価が国内での競争において有利に作用するというこ とである。

同社の製品開発は, 最初から簡易さと低価格を追求したところに特徴がある。 開発当時 の包装機械は輸入機械が多く, 高額・重厚なものだったようで, あえてその対極にある製 品を開発したことが成功のポイントとなったようである。

文化的な成熟を背景として発生

東京は1590年に徳川家康が江戸城に入城してから通算すると420年以上の歴史がある。

また徳川幕府による政治の中心地として諸国から物や人が集まるようになり, さらに明治 維新以降は経済の面でも大きな役割を果たすようになっている。 こうした積み重ねの中で, 表彰企業の中には古い歴史を持つ企業がいくつか存在する。 これらの企業は江戸時代以来 の度重なる大火や洪水, 明治維新, 関東大震災や第2次世界大戦時の空襲などで大きな影 響を受けながら生き残ってきたもので, それだけで価値があるといって良いが, 現代に生 きる企業として様々なイノベーションを行っている。

[事例8]

IBSN 社 (中央区, 2009年, 10人, 2億7千万円)

徳川家康の江戸入りに従って浜松からやってきた企業で, 現在まで420年以上の歴史を 持っている。 同社のこれまでの事業を見てみると, 当初は三河産の紙や竹を売っていたが, 後に団扇の販売をするようになった。 この団扇に貼り付けた色彩あふれる絵が後に浮世絵 として絵だけで販売されるようになり, 同社は浮世絵の版元として名を残すようになる。

(10)

浮世絵が廃れた明治以降は, 団扇・扇子・暦などを販売するようになり, 現在に至って いる。 同社では2005年からスペインの扇子製造器業と提携して協同で製品を開発したり, 世絵の図柄を用いた文具やレターセットなどを開発し販売するなど, 日本文化を基本に置 いた高感度の商品開発で基礎を固めている。

[事例9]

KBF 社 (渋谷区, 1999年, 22人, 7億6千万円)

消防用防火服の製造を行っている企業で, 創業は1867年の老舗である。 これまで時代の 変化に合わせて常に新しい素材を用いて消防士の生命を守る防火服の開発・製造に当たっ てきた。 最近では難燃性の繊維にアルミ蒸着技術を用いた同社独自の防火服や, 滑りにく い靴底を開発して特許を取得するなど, 常に最新の技術を用いた防火服作りを行っている。

また社長は防火服の国際基準 (ISO) に同社の技術が生かされるように働きかけるなど, 国際的にも活躍している。

[事例10]

TNA (千代田区, 2004年, 316人, 81億5千万円)

マンガの同人誌やアニメのキャラクター関連グッズ等の販売を行う企業である。 同社の 創業は1994年で, 当初は秋葉原の雑居ビル3階にある小さな古書店からスタートした。 創 業当初からマンガの同人誌の古本を扱っていたが, そもそも流通が限られている一方で顧 客が増加し, 店が次第に表通りの1階という目立つ場所に移り, さらには全国主要都市に 支店を出すまでに広がった。 社長は秋葉原で現在盛んになっているアニメ・コミック文化 を築くきっかけを作った人物の一人である。

秋葉原はかつては電気街として家電製品だけでなくオーディオ, 無線通信などの自作向 けの部品を売っており, マニアが集まる町としても知られていた。 そこにマンガやアニメ, ゲームのファンが集まるようになって, 今では両方の性格を持つ町に変化している。

かつてオーディオや無線通信の自作マニアは若い男性が中心であった。 現在のアニメ・

マンガ, ゲームのマニアは一方ではパソコンのユーザーとしての性格も持っている。 そこ に秋葉原との接点があったのであろう。 現在ではいわゆる 「オタク文化」 の中心として, 世界中に名が知られ, 観光客も多数来街する町に変化している。 こうした 「オタク文化」

の発信地の基礎を作り, 自らもその波に乗って事業を発展させているのが同社なのである。

自社が必要とする生産設備を自ら開発

中小製造企業の場合, 顧客が求めるものを製造する際に, 自社でその生産装置を内製し ているケースがよく見られる。 部品生産用の専用機や組み立てに用いる装置などである。

独自の工具を作ったり, あるいは外部の企業に生産を委託することもある。 機械に用いる 潤滑油も独自の品質を指定して生産企業に求めることがある。

[事例11]

AK 特殊螺子 (足立区, 1995年, 11人, 2億5千万円)

自動車用ネジを中心に特殊専用ネジを製造する企業である。 自動車産業では品質管理が 厳しく, 不良品の納入が許されなくなった。 そのため同社ではネジの検査装置を自社で開 発し, 不良品を納品前に排除することで品質を高めて顧客からの信頼を得ている。 またネ ジの製造においても, 切削に加えて転造や圧造といったプレスによる製造方法を開発し, コスト引き下げにも成功している。

[事例12]

SM 製作所 (江戸川区, 1999年, 11人, 1億9千万円)

ブラインドの金具を製造している。 大手ブラインドメーカーT社の発展に大きく貢献し

(11)

た企業である。 同社ではブラインドの巻き上げ機構を包み込んだヘッドボックスを開発し たほか, 横式ブラインドのネジ送り棒を製造する専用機を開発し (特許取得), ブライン ド量産におけるコスト削減に貢献している。

[事例13]

ASM 社 (北区, 2005年, 15人, 1億6千万円)

製本業であるが, 自ら製本機械を開発し, 自社での製本業務に使用している。 同社では 1990年頃に小型本の製本を頼まれたが, 一般の製本機では製本することができず, 対応で きなかった。 この経験を踏まえて同社では, 従来の機械より40%も小さいサイズの本まで 製本できる機械を開発したのである。 これにより CD の歌詞やゲームの取り扱い説明書な どに用いて新たな分野を切り開くことができて成果を上げている。

アイデア商品の開発

イノベーションにはそれまでの事業に関連した分野で発生するものが多いが, 全く関係 ない分野で新製品を開発して話題を集める企業もある。 この場合, その新製品開発が新た な分野への進出につながることもあるし, 単発的な開発でその後につながらなかった事例 もある。

[事例14]

TRN 社 (墨田区, 2002年, 従業者数7人, 7億2300万円)

鉄道車両の模型を製造する企業である。 規模は小さいがモデル数を80タイプ以上製造す ることで他社の参入を防ぎ, 存立基盤を確立してきた。 この会社が2004年に 「ひざまくら」

という製品を発売し, 話題を集めた。 この製品は正座した女性の下半身で枕として使うこ とができるが, 寂しい時に癒しを求める男性の気持ちに答えた 「面白グッズ」 である。 価 格が1万円近くと高額であるにもかかわらずマスコミに取り上げられたこともあって一時 期かなり売れたようであるが, ブームが去った今では話題にもならず, 同社でも生産は打 ち切ったようである。

このような製品の場合, 一過性のブームで終わると在庫が残って企業経営に大きなマイ ナスになる場合がある。 同社の場合は作っただけ売って, 後は深追いをしなかったことで, 経営には支障がなかったようであるが, その後の本業への効果はほとんどなかったといっ てよく, 総合的に見ると手間暇をかけた分だけ損失があったと見る方がよいのではないか と思われる。

[事例15]

OHS 社 (荒川区, 1997年, 63人, 11億4千万円)

トイレ用品の製造企業である。 「エチケットーン」 というトイレ用消音器を開発製造し て話題を集めた。 この装置は水洗トイレの水が流れる音だけを発生するもので, 元々は簡 易水洗トイレの 「おまけ」 として開発されたが, 女性用トイレに設置されるようになって 広く普及するようになった。 日本では女性がトイレで用を足す際に 「その音」 を消すため に水を流すことが多く, 水道の使用量が馬鹿にならないという問題があることから使用さ れるようになった製品である。

この製品はテレビ番組や新聞の4コマ漫画に取り上げられてから知名度が上がり, 販売 が一気に増えた。 それがきっかけで同社の事業規模は拡大し, この画期的製品が同社の発 展にとって大いに結びついたのである。 現在では大手の参入や需要の一巡等によりこの製 品の売上げは落ちており, 同社では 「マホータイ」 という漏水補修材を開発してそれを中 心に事業を行っている。

(12)

両社の例でわかるように, 一時的に話題になって売上が急増した商品の場合, 供給体制 を整えるのに時間と費用がかかり, しかも需要が長続きする保証がないので, 増産体制に 入るにはリスクが高い。 中小企業の場合は経営に与える影響を考えると難しい判断を迫ら れることになる。

イノベーション発生の要因

表彰企業の分析を通じて, 様々なイノベーションがあることが浮かび上がってきた。 こ れらのイノベーションの多くは狭い範囲で活用されるもので, 社会的に見てもそれほど大 きな影響を与えているとは言えない。 しかし, 細かいところで有効に機能しており, 経済 において一定の役割を果たしているといえよう。

これらのイノベーションはほとんどの場合, 企業の現場で発生したものであり, 大学や 研究機関との連携によって生まれたものは少ない。 研究開発を専門的に行う部署を持って いる企業も少なく, 豊富な資金と優秀なスタッフを集めて作り上げたものでもない。 この 点は大企業と大きな違いがある。 ほとんどの場合まさに現場生まれのイノベーションなの である。 その際, B論文で示したように, 東京では職人型から進化した問題解決型中小企 業が存在していることが重要な意味を持っているのである。

中小企業において厳しい経営環境にもかかわらずこのようにイノベーションが発生する 要因は何か。 今回抽出した企業の事例から言えるイノベーションの発生条件は以下の3点 である。 ①分業の細分化, ②リスクが低い, ③東京という立地条件。 以下でこれらの要因 について分析する。

分業の細分化

第1に分業の細分化であるが, 3の

で見たように, 高度に細分化された分業構造が形 成されている中でイノベーションが発生している。 発注企業側からの厳しいコスト引き下 げ要求や, 技術進歩による高度技術の導入などにより様々な問題が発生し, それらの問題 を解決することが中小企業に求められている。 ここでは問題解決型企業が大きな役割を果 たすことになるのである。 こうして, 細分化された分業構造の中でイノベーションが発生 することになる。

リスクが低い

次に低リスクがイノベーションを発生させる要素として指摘できる。 一般的には研究開 発は企業にとっては成功するかどうか市場に出してみなければわからない, 不確実でリス クの高い行為である。 中小企業にとっては, 高いリスクを負いながらイノベーションを進 めることは, 自社の経営を危険にさらすことになるのでインセンティブが働きにくい。

しかし, 取引先が固定されていたり限られた数である場合, このリスクをかなり低く押 さえることができる。 また需要が限られている場合は, 大手企業はあまり参入してこない。

この点で中小企業がイノベーションに取り組むインセンティブが働きやすい。 さらに, 中 小企業の場合, 経営者が直接イノベーションに関わっている場合が多いことも, イノベー ションを進める上では有利に働くと言えよう。 経営の最終責任者が自らの意志で行うこと であれば, 得られる結果も含めて経営者が自分で意志決定するので, 社内的な抵抗はかな

(13)

り低く押さえることができる。

東京という立地条件

企業が東京に立地していることがイノベーションを引き起こす要因として存在してる。

巨大市場であり, 情報が得やすく, かつ多様な産業が集積していることがら, 問題解決を 可能にするようなブレイクスルーが発生しやすいのである。 また, 高度に洗練された消費 者と接触することができることから, 高感度・高品質な製品開発をするインセンティブが 働きやすいことも重要な要素である。 ファッション関係はもとより, 印刷・食品・家具・

店舗装飾などで洗練された商品やサービスが開発されやすい環境が作られているのである。

以上の3つの要素以外に注意しておくべき要素がある。 それは経営者の意識である。 表 彰企業から抽出したイノベーションには, かなり細かい部分における創意工夫が多く見ら れる。 こうした創意工夫をする動機として, イノベーションを担う中小企業経営者の 「あ る意識」 が働いているように思われる。

それはものづくりや経営に対する一種のプライドだと見ることができる。 職人的生産の 伝統を引き継ぎながら, 創造的生産に発展させてきている中で, 彼らが持ち続けているの が自分たちの仕事に対するプライドであり, 自信・自慢・粋・心意気・江戸っ子気質のよ うな気風であるといえよう。 イノベーションを担う人々の出身地は多様であるが, 東京と いう環境の元で事業活動を行っている中で自然に身についてくる考え方や価値観 (気風) が影響しているのである。 これらの気風は東京という地域に埋め込まれた一種の文化であ り, そこで働く人々に引き継がれている伝統である。

また, 細部での創意工夫から生じるイノベーションにおいては, 思いもよらない発想か ら問題解決を見いだす柔軟で豊かな創意工夫の精神が見られる。 これらの創意工夫には, 課題に迫られて悩み抜いた末に出てきた土壇場の底力といえるような考え方もある。

イノベーションを引き起こす力とは, こうした人々の意識と, それを作り出す地域の環 境の両方があるものと思われる。 東京の集積と, 北関東の工業団地が集まっている地域 (例えば栃木県宇都宮市周辺) と比較してみればわかることであるが, 前者にあって後者 にみられないのがこうした地域特性だといってよいであろう。

地域と中小企業のイノベーション

今回, 東京都信用金庫協会の会員企業表彰制度による表彰企業を元にして, この論文を 含めて3本の論文を執筆した。 最後にこれらの論説から得られる知見をまとめておく。

地域産業集積におけるイノベーションについては, シリコンバレーやイタリーの産地を 中心に様々な研究がなされてきている。 しかし, 東京についてそれを産業集積として捉え, そこにおけるイノベーションを扱った研究は最近では残念ながらあまり見かけない(9)。 か つては東京に関しても, 竹内淳彦 (1973年), 佐藤芳雄 (1981年), 渡辺幸男 (1997年) ら が東京の中小零細企業の集積に関する論文を書いていた。 しかし, 工場の移転や企業の廃

山本俊一郎 (2008) この論文については筆者のB論文で引用しているが, 台東区の皮革産業について取り上 げ, 地域の競争優位を確立するためには地域資源を融合させる 「融合環境」 の創出が不可欠だ (148ページ) といった示唆に富んだ指摘をしている。

(14)

業等によりそうした集積が縮小している中で, そこにおける中小企業のイノベーションを 見出すことはそれ自体難しくなっている, というのが実情であろう。

しかし, 東信協が1988年から毎年行っている企業表彰によって, イノベーションを行っ ている中小企業が存在していることが確認できたことはたいへん重要な意義があるものと 思われる。 表彰制度は現在でも続けられており, これまでの表彰企業の累計数は2400社に 近くなっているが, 毎年の表彰企業数は最近では予算の制約によって50社前後と少なくなっ ている。 最初の頃に表彰を受けた企業は, その時点から20年以上が経過しているので, 最 近表彰された企業とはイノベーションといってもそこには 「時差」 があることを踏まえる 必要がある。 イノベーションを発生させながら倒産した企業も存在する。 しかし, イノベー ションが行われていたという事実は消し去ることはできない。

東京が持つ産業集積としての機能は徐々に失われつつあることは, 様々なデータで明ら かである。 しかし残っている企業においては, 古い集積が残した影響力により, イノベー ションを引き起こす力を持っていると見るべきであろう。 その場合の地域の影響力とは何 か。 B論文で明らかにしたのは, 城東地域中小企業に見られる以下のような変化である。

「職人的生産から創造的生産への進化」

「中小企業の問題解決型, 高品質・高付加価値型への分化」

本論文においては, 東京地域の表彰企業から見られるイノベーションの発生要因として, 分業の細分化, リスクの低減, 東京の立地条件の有利さの3点と経営者の意識を指摘した。

これまでに取り上げた事例をもとにイノベーションと企業規模・需要の大きさとの関係に ついてまとめてみると, 以下のような表になる。

この表により明らかなことは, A〜Dの象限のうち中小企業に有利な条件となるのはB であり, Dも場合によってはチャンスがある, ということであろう。 AやBはイノベーショ ンにより開発した新製品が大ヒットして販売が急激に伸びる可能性があり, 中小企業にとっ ては大きなリスクになることが考えられる。 今回調査した表彰企業の中でも, インベーダー

表4 企業規模とイノベーションとの関係 市場規模

大 小

A 大企業が得意な分野

たまごっち*

↑ ← マンガ

中小企業が得意な分野 B

シルウォッチ タミバロテン 同人誌

強 需

エチケットーン

C 大企業が得意な分野

ひざまくら

成功が難しい分野 D

*たまごっちはウィズ (表彰企業) がバンダイからの委託を受けて開発したものである。

(15)

ゲームやチョロキューなどの人気商品を開発した企業が数年後に倒産した事例がある。

中小企業のイノベーションを考える場合, 成功することは重要だが, 成功しすぎて大ヒッ トすることによるリスクを事前に想定しておく必要がある。 その意味では小さな市場での 強いニーズ・ウォンツを受けての製品開発が望ましいということになるであろう。

3本の論文により中小企業においてイノベーションが発生するプロセスを考察したが, 地域との関わりがかなり重要な意味を持つことが確認できた。 地域が与える影響とは, 古 くからの産業集積の積み重ねによって分業体制が広く行われ, 事業を営む上で有効な制度 が発生し, 人々の考え方の中に企業社会に適応しやすい考え方が浸透していることなどが あげられる。

さらに検討すべきは企業表彰を続けてきた信用金庫とこれら中小企業との関わりである。

信用金庫がどのような姿勢でこれら企業と関わってきたのか。 その点を明らかにすること が残された課題である。

資料 足立区の中小企業に見られるイノベーション

企業 従業者数 所在地 イノベーションの内容 66 足立区綾瀬 チョロキュー, 2010年に倒産 6 足立区綾瀬 無人時間貸し駐輪場システム開発 15 足立区西綾瀬 手植えブラシ開発 高品質

70 足立区千住東 連続ビス打ち機, 半導体レーザー墨出し器など開発・製造 15 足立区千住橋戸町 射出成形機用金網を自社で開発・製造

15 足立区千住元町 交通安全・防犯機器製造:トラック仮眠用電気毛布 58 足立区佐野 地盤改良工事 独自工法 (CSL 工法) の開発

30 足立区辰沼 耐火性建築材料の製造・販売:自社開発による製造装置の使用 10 足立区花畑 真空ポンプの潤滑油浄化装置開発・製造

48 足立区保木間 半導体保護用ヒューズの開発・製造

280 足立区保木間 クリーニング業:イークロゼット (ネット+宅配便でクリーニ ングを行う)

33 足立区竹の塚 バルーン製造:日本の大型バルーン製造の元祖 26 足立区入谷 小型溶接機開発製造

15 足立区入谷 スポーツ器具製造:丸形ゴールポストなど 50 足立区梅田 おでんの新製品開発, おでんの輸出 高感度 11 足立区本木南 ねじ製品自動検査機製造

19 足立区本木西町 包装資材印刷:自社開発ソフトにより受注から生産までの一元化 18 足立区谷在家 紙器加工用の自動機開発・製造

20 足立区鹿浜 製缶用機械製造 (自社開発製品)

(16)

参考文献

岡室博之 (2009) 技術連携の経済分析 同友館

鈴木孝男 (2011a) 「信用金庫の優良取引先企業に関する研究」 千葉商大論叢 第48巻第 2号

鈴木孝男 (2011b) 「東京の古い産業集積地域におけるイノベーション」 千葉商大論叢 第49巻第1号

高橋美樹 (2007) 「イノベーションと中小・ベンチャー企業」 三田商学研究 第50巻3号 高橋美樹 (2011) 「イノベーション, 中小企業と事業継続力と存立条件」 日本中小企業学

会第31回全国大会報告資料

山本俊一郎 (2008) 大都市産地の地域優位性 ナカニシヤ出版 24 足立区鹿浜 コンタクトプローブ製造

23 足立区新田 水処理施設におけるゴミ除去装置:ラバースライダー開発・製造 13 足立区椿 中古車オークションの機械化推進

40 足立区江北 光学機器用金型製造:カメラ用金型, 日本でトップ 219 足立区新田 医薬品開発・製造, 白血病 (APL) 治療薬の開発 89 足立区江北 家具製造業:カラマツの間伐材の利用技術を開発

(17)

これまで筆者は, 東京都信用金庫協会が1987年から行っている 「会員企業表彰制度」 で 表彰された企業 (約2300社) を調査し, その結果を2つの論文にまとめた。 最初に書いた のが 「信用金庫の優良取引先企業に関する研究」 千葉商大論叢 第48巻第2号 (2011年 3月) であり, 次に書いたのが 「東京の古い産業集積地域におけるイノベーション」 千 葉商大論叢 第49巻第1号 (2011年9月) である。

二つの論文において城東地域の機械金属関係企業を中心に, 中小企業において職人的生 産が行われ, そこにイノベーションが発生していることを明らかにした。 またこれらのイ ノベーションを実現した中小企業が問題解決型中小企業と高感度・高機能製品型中小企業 に分化しながら進化しているということも確認できた。

そこで, 本稿ではこうした分析を踏まえて, 信用金庫が表彰した中小企業約2300社余り のうちでデータが利用可能な2002社の事業内容をすべて個別に点検し, イノベーションを 行っている企業を抽出して整理し直すことにした。 さらに選び出された企業を分析して, これらの企業がどのような形でイノベーションを実現したのか, そのイノベーションには どのような特徴があるのか, といった点について分析を行った。 抽出した企業は基本的に は製造業が中心であるが, サービス業や流通業などもあり, 多様であった。

各企業においてはどのようなイノベーションを発生させているのだろうか。 抽出した 447社の事例について整理してみた結果, その特徴として以下の5点に集約することがで きた。

①分業構造が細分化された中で発生している

②特定顧客または対象を絞った商品開発において発生

③文化的な成熟を背景として発生

④自社が必要とする生産設備を自ら開発

⑤アイデア商品の開発

中小企業においてこのようにイノベーションが発生する要因は何か。 今回抽出した企業 の事例から言えることは以下の3点である。

①分業の細分化

②リスクが低い

③東京という立地条件

これまで中小企業のイノベーションはリスクが高く高いインセンティブが期待できるも のを手がける傾向がある, という見方が一般的であったが, 今回の調査・分析によって低 リスクのイノベーションを積極的に行っていることが確認できた。

参照

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