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この書は︑中川以良民が去寛︑わぁくしが世界小過の旅から  

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Academic year: 2021

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(1)

中川以良民著﹁開発の鍵を求めて﹂  

兇 玉 洋 一  

この書は︑中川以良民が去寛︑わぁくしが世界小過の旅から  

帰って二週間程して︑四国の産米開発視察団長として︑六月八  

日から八月二四日までの七八日間︑長駆四皮目の海外視察をさ  

れた見聞の成果である︒民はしみじみと﹁世界は狭くなった﹂  

というだけに︑初回の常山次世界大戦彼のベルリン農科大学学  

生時代︑二回目の昭和二六年九月吉田首相に随行し︑講和会議  

の国会代表としての渡米︑三回目の三一年英国上下院議長の招  

請による渡英︑今度の ﹁地域開発の鍵を求めて﹂ の世界探訪  

と︑なかなかに欧米文化に対する知識は豊富である︒どうし  

て︑わたくしがこの事に興味をひかれ︑いま短評を試みょうと  

するかについては︑そのこたえは至極簡単である︒われわれ経  

済史専攻のものからいって︑人類と開発の諸問題は︑つねにその  

脳襲に明滅する金字塔であり︑学者はみなその真理の屏をたゝ  

いて︑開く鍵を求めるべく彷こうし︑永遠に遍歴の旅を続ける  

からであり︑所詮経済史は開発と直結していると思うからであ  

る︒  

惑Y  

中川以良民著﹁開発の鍵を求めて﹂    書 評   古来又は人なりというが︑公私を峻別し︑折目の正しい氏の   人柄がこの苔の随処紅あふれている︒いまの財界人には珍し   く︑﹁学問尊意﹂の高邁な識見がいたる処にあらわれ︑例えば産   学協同の実態をつかむぺく︑多くの人がフロンティーアの精神   発蕗をアメリカの西漸運動た求めるに反し︑ピューリタンの厳   しいニューイングランド地区に求めて︑この地区の産業人がみ   なことごとく旺盛な科学の探求者であるといいきるあたり︑氏   はたんなる通りすがりの旅行者ではなさそうである︒わたくし   ほMiTを見たとき︑まさに応用科学の秀いでているここのレ   ーダー研究に日本海軍が宿命の大敗戦を喫したと直感したが︑   氏は若し米ソ戦い第三次世界大戦おこらば︑真先に爆撃される   のは此処の研究所であろうという︒今日基礎科学研究の面で世   界の諸大学紅一頭地を披いているのは︑恐らくハーバードの研   究陣であろう︒ノトヘル蟄クラスの教授も可成りいるし︑学生の   猛勉強ぶりも見あげたものである︒アメリカの学生がデイトほ   かりして遊んでいると思うのは大間違いで︑此の点中川氏もよ   くハーバードの学生気質を見ぬいているようである︒氏がヨー   ロッパに廻っで︑学都ハイデルベルクを訪れたとき︑占−テン   オクセソの酒場で久しぶり紅学生時代にかえって痛飲し︑思わ   ず予定時間をこえたらしいが︑今の学生にはカルツアー︵罰   室︶に入れられる程飲んだり︑鶏をつかまえて食う程の猛者も   いなくなった由︑氏の紀行文に■ほ茶目ぶりを発揮した往時と今   を対比せる回顧録があらわれる︒かと思えば︑仝筍随処に真面目  

︵七五︶ 七五   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(2)

こうした氏はアメリカ過というより︑ドイツ過といえよう   か︒﹁町を歩いていると︑東ベルリンの住民はすぐわかる︒気  

力あふれた西ベルり/ン住民と全く対照的といってもよい︒みす   ぼらしい服装牲︑サンダル式の粗末な靴を引っかけて︑笑いを   忘れたような顔をして︑元気なく歩いている﹂のが東独の人達   であるという︒ドイツの田舎町を旅行しても︑日本人に対する感   じのよさは︑ひとり中川氏の場合だけではなかろう︒昨春︑ハ   イデルベルクの衛で︑わたしは通りすがりの老紳士に城へ登る   道をたずねたら︑ここが近道だとて中腹まで汗だくだくで案内   され︑サッサともと来た坂道をおりてゆかれた後姿に︑わたし   は思わず感激して襟を正した︒民が﹁留学手記﹂に四十年前の   下宿の質素な老夫人の親切をはこらしげに述懐している︒いま   のドイツ人も菅紅劣らず親切といえよう︒﹁復興西独の種々相﹂   のなかでの西独の現状分析は︑まこと監田けい紅当り︑ベルリ   ンの繁栄は﹁不死鳥の如くに﹂と讃えている︒たしかに︑テンペ   ルホッフ飛行場におりたつと︑リムジーンで都心へ近接する必   要もなく︑臼で﹁ほつらつ﹂とした繁華衝の驚異的繁栄ぶり   を瞥見することが出来る︒過ぐる大戦のベルリンの惨状ほもの   すごく︑かつての住宅・商店・工場・教会・学校・博物館・病   院はことごとく破壊され︑残された瓦礫の量は︑五千百万立方  

メートル︑ゆう紅エジプト最大のケオプス王のビラ︑\\ッド五十   箇分の鼠であったという︒これらの廃墟も︑実に堂々の復興ぶ   第三十五巻 第町号  

な変要ぶりも発揮されて︑ははえましい限りである︒   ︵七六︶ 七六  

り︑誰しも軍ヘルリンの遅々とした復興︑みじめな住民と較べて  

讃歎の声を発するのである︒こうした氏の描写は華﹂とに写実  

的である︒西独経済復興紅最も大きく寄与したものほ︑外なら  

ぬアメリカの三十六億ドルにのばる援助と︑その巧みな運用で  

あろうが︑それと仙九四九年の通貨の安定︑企業家の工夫と創  

意・労使間の協力︑国民の努力がこれを促進したものといえる︒  

大学関係者から見て︑氏の西独予算書の分析・検討はまことに精  

密当を得ており︑持た歳出面に於ける大学及び科学研究費予算  

の昨年度大幅増額紅注目せられるあり︑氏はただの実業人では  

なく︑裏に教育に理解ある具眼の士といえよう︒ベルり/ンで  

は︑よくわたくしも宿舎ヒルトンホテルから東ベルリンヘバス  

で這入ったり︑爆撃の残骸を記念するかのよう忙残ったカイザ  

ークイルヘルム教会のあたりを散歩したが︑町ゆく人の顔にほ  

生気が充満し︑不屈とまで見える眉間の精魂は︑ドイツ紅くる  

前アイルヲンドを旅行中︑車中のイギリス婦人がわたしに︑﹁ド  

イツ人ほ野心家そうに見える﹂と微笑をたゝえながら評した言  

葉を思いださせる︒赤い海の孤島ベルリンの様相は本書によっ  

て退憾なく叙述されている︒また氏が﹁英国所見﹂のなかに︑﹁私  

は今度久しぶりで英国をみて︑つくづく感じたことは︑英国の  

政治︑経済︑文化︑教育︑社会の各面が︑宗教と密接な関係を  

持っていることで︑英国民ほ絶えず新しいものな求めようと努  

力しでいるが︑反面︑古い伝統を守り続けている︒これはイギ  

リスのすぐれている点だと思う︒ところが︑いまの日本をみる   

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

(3)

と︑孟きを捨てて新しいものだけを求めでいる︒ことに困っ  

たことには︑アメリカ人自身が欠点だとしているところまで︑  

喜んで無批判にまねている﹂という︒まさに同感で︑アメリ  

・カ映画の惑いところだけが︑日本に輸入されている9主体億を  

もった文化国家のあり方がそれでよいのだろうか︒本書ほまこ  

とに警世の番でもあり︑巷間世界旅行のいかがわしい俗畜の多  

いなかに︑経済文化の錬を求めて︑巡礼されたピューリタンに  

も似て︑得がたくも︑気品たかき好著である︒民の側近渡辺茂  

雄氏の言をかりれば︑平素中川氏は﹁人生ほ努力と精進以外︑  

事を成し遂げる通はない﹂と説くという︒氏の如き高遇な識   ′  

見をもつ実業家によって︑此の良書がこのような装偵で世匿お  

くられたことをわたくしは裏心から歓びたく思うのである︒  

− 州九六二︑四︑山九 −  

中川以良民著﹁開発の鍵を求めて﹂  

羅 山 石 坪 森 植 丸   玉   津 井   村 田   崎  怜  香川大学経済学部助教授  

英 昭   福 永   雄 彦 冥 七 作  

執 筆 者 紹 介  

︵七七︶ 七七    香川大学経済学部教授   香川大学経済学部長   香川大学経済学部教授   香川大学経済学部助教授   香川大学経済学部助手   香川大学経済学部助教授  

OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

参照

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