バイエルン国立民族博物館所蔵源氏蒔絵螺鈿化粧箱
[修理報告]
著者 山下 好彦
図書名 在外日本古美術品保存修復協力事業 : 修理報告書
: 絵画/工芸品[平成15年度実施事業] : The Cooperative Program for the Conservation of Japanese Art Objects Overseas
開始ページ 189
終了ページ 212
出版年月日 2005‑03‑31
URL http://id.nii.ac.jp/1440/00005485/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
1 6 0
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~
源氏蒔絵螺釧化粧箱
平成15年度修復事業
111111
名:
源氏蒔絵螺釧化粧箱所JI淑:バィエルン 1:i~,立民族 t即}物館所)1巌
1 9 0
ノゞィエルン
IT.I
立民放1曹物節所蔵
源氏蒔絵螺釧化粧箱
1 .
資料名称等,
' 1 1 ' ,
名:
源氏 d、'1!絵螺釧化粧箱 (lxl
67 、 68)所)l泌
:
ノゞィエ)レンIr.I,·r民放t1.1l物 fif•,所)1泌 ドイツ i'1111質朴't辿 :木製、[月漆冷り、 d、'{絵、 螺釧、 平又 所)l湖番り· :2 6 . N . 1 2 8
法:
, l : : 4 0 . 7 X 4 3 . 7 X 5 0 . 6
(令具含む) II、ドイ(: J
630 イI
'・・イし2 •
損傷状態漆芸修復家 山下好彦
炒墳料は仝休の印象では1呆{{状態が良如(.に兄られたが、 」見介までに数
1111
にわにって修復の rが加えれ、 その後
111.-修埋がか
えってオ リ ジナルの命)]炉や1/、V絵を1切めでしまったものと も:えられる。 後I1 1 :
修Jip_にはヨ
ー
ロ ッパの修似材料と漆の修復材料の両)jが各所
に兄
られ、1
9111
.-紀に
ト イレ ッ トポッ クスから化利
箱に附
部を改裟した時
、点で金具を外す
など人々的
な修Jill_がhわれたものと
息われる。
はヨーロ ッパの修複材料の 卜から被ってお り、 h;i 費料が戦後
II
本から輸出さ i しにドイツ
1 叶内
でII
本人の手によって1jわれた11]能'I'生が強 く 、 そんなに」支しヽ歳)l
は経ってしヽなしヽように見け れZ
図67 修似酌 凶 68 修復後
B e f o r e r e s t o r a t i o n A f t e r r e s t o r a t i o n
源氏蒔絵螺釧化粧省'j
1 9 1
図 69 錠令具ぶ'ill分修闊iii
Mc L a l l oc k bd o r c r e s l o r a l i o n
図
7 0 錠令
具部分
(1多 1以後/ l c L a l l o c k a r L c r r c s l o r a l i o n
四 r:の修似材料は
11
麟\11),','国に緑色
の喰料が洲< 付 ,i"t- 、 これは、内部
を改装した II、'i= の
ビロード
の桜石 索材
と名:
えらi し
る。II
緑部のd炸
絵判俗部分には金色の喰料を喰り込んでい
た。 錠金具(図 69 、 70) 、 4足
げ金具、 1外翡金具などはすべて い
ったん取り外
して修j・用が行
われたものと名:えら
れ、 釘を緑色のワ
ックスで1 り扱イ,'j'- し、 銅釘の欠廿 1 部分は真録釘を祈たに祈袖してしヽた。 盗の錠令具は1111がつて付けられ、 新袖の
釘は硲災で打ち
1111
げら i していた。打
ち1111
げるのにハンマーを川いたものとヽりえられ、希裏の本地が
へ'ん
でしヽた 。 II/翡令具
は釘
で止めるだけでなく令具· 1
·1 体
を修 Jlj!_材料
で1幻't- 、盗ii
:_1
(1iれの1偶金具は、金具
の)j
向が本米の力.j11]から1札 l追って付き、本体からすれてしヽた。 提げ令具には、1 且い祢料が付豹していた。 鋲の 涵 r、..の判附:了h1 り「は1几i~r●: t食料が冷り込ま几、右側I
( j 1
I
.キ部の'ぷは四 if喰利で祈たにオj',!jかれていた。 底裂 T(ijに は1ik蔵番'ル
を ばき込んだ[
から透明
な冷料
を喰り込
み、その材料が)i(1
(1i↑休に付省していた
。1 9 2
7
図 71 平文俵lj翡m部分修復前
D e t a c h e d h yo m o n b e f o r e r e s t o r a t i o n
図72 乎文依I]腐11,,·『11 分修復後
D c l a c h e c l h yo m o n a f l c r r c s l o r , 1 ! 1 0 1 1
漆を修似材料として使)II している部分は令I
( 1
iに及び、相り漆が各)所にむらに付イ''[していた。
牛炉にii:_1 ( i 1
の錠令具の間IJi=lには漆が}'/<
1留り、錠令具のふ(1 jも漆がむらに付イ,'j"·していた。
各I( 1
iのカ ト ゥー
シェ 内の!
!』
漆部分には水節りが流れたおkな伯かがあった。 また、盗のII I
板では1·j祖部
分が、I.'.\ 漆
で冷 り なおさi しておリ、 'j翡祭の似んだ部分よりも広い
1
(1 j柏に冷ら i し、 、1 且漆部分令体にむらを作っていた。 品豆どの朱漆唸)I~
糾 硲·rn 分は弁杯i漆が冷られ、 )底1(1i J i ' ‑ ; J I J 1=1
の仝てをリ,し漆で徐りつぶしてしヽた。 l しの依lj腐北部分は'..',し漆
で1 りれ幻"i: 、
幻比·rn分は具を祈袖しており、 具の本米の色合いとは沢なってしま つていた。 加灼絵や梨地の1蒻んだ部 分も漆とdぷ絵粉を使川
して修狸を1i
キ っていたが、オリ ジナルのdH 絵
と合わないだけでなく 、修 J'I甘怜j 所のd、\i
絵をかえって傷めていた。 銀平文の判落 i洲所は鋲のd、V
絵を施 し、銀が鋳化した色に合わせていた。修 Jli!.,;·{;'j 所以外の保イ(状態は、校や朽れが狡料仝I (1jに術く被っていた。 紫外線や経年変化によ
っ
て漆の劣化が進行し、漆命)l災には釧かい段文が人っていた。 梨地の部分の冷)
l災
はやせて変色 し、金粉が露出
していた (lxl71 、 72)。 糸地の亀裂が蛉板裏側の側板との扱合部および盗板と)氏板に数条人り、 危険な状 態であった。 錠金具の土秤II には剥落があり、
ー ト地が國'I',
していた。 また、蝶番の釘の)闊辺に亀裂と泉lj腐H があり、提げ金具の)i ' ; ‑ J I川では
一部で焦漆筋膜が俵I]洛していた。 具が索地
の収縮によ って各所で泉lj腐m 、具
は一部で割れ、表面iから突出していた。 具の剥腐m は縦のボーダーに集中
していた。 背1
(1jの平文が光仝に 糾淵:し、危険な状態であった。全体に打損が各所にある他、鉛裂朱漆部分に水が流れたよ うな『亦がり、部で朱漆が変色していた。
I
源氏蒔絵螺釧化粧箱
1 9 3
3 • 修理仕様
修理は国内で行われている指巫文化財の保イ[修JI
I!_
とj,
i)1菜にわえ、11
本の伝統的修似材料を川いて」兄状
維持を基本に行い、以,J,j
に qiなわれた後I 1 1 :
修 Jlj!_部分の •部をいったん除 l、•し、I lj.
J文似)じした。 1幻じ箇)i J 1
キ は蓋甲板の黒漆によ る後Ill:修
」:'I噂II 分
と側血や背血
の梨地の後Ill:修 JII憎II 分
を中
心にh い、 その他の螺釧 平文の後枇修理部分や欠廿廿:府所は似)じせず、 保イf修 J・用に術めた。 1外J!1
金具や従げ傘具の欠失 した釘は真.鉢 で復元し、錠令具や1偶
金具はいったん取り外した後、本米の位i 性に」収り付け11'1:
した。
喰)l災の欠損腐げ)「口縁部の金乎1/、'1!絵欠祖部は形状のみ似几し、 ) NJI川に色を合わせた。 本 fl清]内部の化枡容岱を糾lめる部分 は修復対負玖外とした。
修則材料は螺釧には)l蓼、 その他の部分は漆を使川 し、補助材として合成樹)指を川いた
。
修J用にあた り デジタル X 綜透辿 'lj真廿炒診 (J:xl
73-77) と並光 X 線分析を行い、構造、加飾や漆1
·.技法の各1(1i
から泄;j介を行った
。
修J州後に本究料に合わせて糾の油りt と桐箱を
制作し、 i籠外での湿度の変化に対応するため、桐箱の内側 I·.部に60% の成,l湿材2 ケ一スを設
j;り
した。修Jtl!.1U贔を
f-
rJ,jに定め、その内容の変史については、修複者と束京文化財研究所のtll・ヽ1,,
府が協議し 決定するものと した。 作業は東京文化財1in 究所の第 1 ア トリ工で2002.ij'.から 2004-1-1'-の 2 ヵ 介かけて行t
~~
oX ‑ r ay r a d i og r a ph
図
74
テジタルX 線透過撮影X ‑ r a y r ad i og r ap h y
1 9 4
4 •
修理工程図
75 テジ タル X 線透 過廿妙診
X ‑ r ay r a d i og r a ph y X r a y
raclio 如tphv図
77
テジタル X 線 透辿柚妙診 X‑ r ay r a c l i o g r ; 1 p h y
(
I
) 修 J:り囁調杏および与真オ蔽彩修即
州
のよ地、下 地
、iiか絵、後 111.修岬
ぐ}の状態を確認し、記録に切めた。 また、修」111.li\i
の'lj'.真1蔽彩を し、修埋後と比餃 出
米るようにした。デジタル X線透過与真撮彩を束京文
化財研究所の
三iil1定俊氏が釘い、来地
の村り姑
や後111.·
修 J用の現状を 確認、した。 幽光 X線分析は東京文化財研究所の平川泰1Jム氏が行い、 ii、}絵技払や材料の乱.',']杏を1j・った。現 査料の下地
、 塗り、
螺釦、蒔絵をそれぞれ技法の上から晶l査し、現在の協みの現状を把握した
。 また、
後111.·修叫の状況を判断するため、紫外線ランプによる発光与真を1蔽影した(図 78 、 79)
。その結果にもとに糸HIかな修理工程を決定した。 蒔絵の復元資料にするため、蒔絵の 5
1咋から 10倍の拡大
写真を撮影しt
しー~
0源氏
IIが絵螺 釧化粧箱 1 9 5
X線透過写真 から原
資料の素地
は柏の指物イII り で、 1りを廿
めで合わせ、11
緑部を中心
に布
豹せが忍め られた。下地は荒い褐色の地の粉と砥粉の漆1,·
地で211,j
から 31 j
II
}j他し、 ィiHいだ後に、[月色顧料を合んだ漆を 薄<塗り込み、その
上か ら)厚さ0.2‑ 0 .
25 りの飽の湘具を)j蓼で貼
り こむ。 具
の段),図を砥粉介りで東各え、,
Iキ. 体の貝と下地を平滑に wrいだ後に礼りい,,
,:文をボーターに貼り込む。 漆唸 りは,'且色漆をJj 1 1 j i ー l l f .
<冷 り込み、 その上から深い褐色の透き漆を数j11j
唸 り国ねて)仔いてイ LI
け沼)。 )氏には1ヽ・地
のI
·ーの、開色漆は兄 られな しヽ。中塗り面にオi111iき ;;.-;: きII
で文オ姐を漆で札\き、 令粉を1/、I{ <。 ii.Ii絵は研ぎ畠
しii、1,;絵、松l合いィi) 「ぎ畠 しilY 絵、平蒔絵、高 1/ぷ絵をiJ!―:Jll
する。 ii、',i
絵には廿'j
き'iilJり、,JI っ
掻き、付
け札\
き、 り)り令、 iぷいなどの技法が観察され、純度
の児なる金のiiぷ
絵粉が効米的に川
い られている。 木地
の各所
にオリ
ジナルの釘が刺さっ
たままになっているのがX綜透辿 'tj'. 真
から分かった。慶
疇
-魯
麟
r
ヽ
~ 一 J
ぷ1
l ' l ‑ 1 7 9
f炎Ill・・イI各J叶!.
fil>クr1 t ) t : ' 1 I J~ . イI参伐fo1j
V ph o t og raph
o「 Lhcpa r l
o「 ap as l r c s L o r a L i o n , bd o r c r c s L o r a L 1 0 1 1
1 9 6
図
80
錠金具の
取り外しl < e m ov i n g t h e m e t a l l oc k
似181 II令絵表面のク リーニング
' l e an i n g t h e r na l t i e s u r f a c e
図 82 蒔絵
の
漆固めo n s o l i d a t i n g t h e mak i e
(2)
金具の取り外し(
図 80)燕
に付く
錠金具をいったん取り外し、本体とは
別に保怜した。 ‘り初、 金具の取り外しは最低限に するとの修理仕梯であったが、正側面の錠金具や Iり翡金具の)むJI川に修岬材料が)'/く 付着していたこと から、 側而
), : れ
の似
令具
以外の金具を全て取り外
した。 釘の取り外しには釘の形状や大きさに合わ せて 2 柾類の追具を新たに製作し、 プラスチヅク シー ト を併川 して令具に偽をつけないように慎重 に取り外した。 取り外した金具は削後)
I :
れが分か らなくならないように発泡スチロール製の ヽ'()j 休
に取り付け似
祁,ゞした。
(
3) クリ
ーニングと ,_jffI 1 : ‑ ( I :
敲181)査料州 (1iを設っている校や巧れのク リ ーニング は、 ℃枠を使って校を払い、 水を洸いさらしの綿
布
に含ませ l狩;:に収り 除し、に。
111翡令具が」[又り付
け てあった) 1『l IJHには1几ii'(の喰料が付イ''j°- してお り、無水エ
タノ ールやアセ ト ンを川いて除 L した。た
、
11緑部1村側
に付
,i\してし、た桜芥·索材の除 l~ も 同様にアセ ト ンやT1 1
r「などのイi機溶剤を1史川 し た。 '1,,初
、 シェラック内の1JLjjf喰料が仝I(1j
を玖I
に 毅っていると、以われたが、-の材料は後111.-修JIii_の 漆でほとんどの蕗はクリ
ーニ ングが出米なか た。唸
股、
螺釦や
., : ,
文の地I] が約
の危険のある箇所に 小)
'[に切
った)(ff改紙
を牛裂沐別で貼 り、作
業中での 糾落を f 防 した。( 4 )
1黍li'il ダ)
(I火 1 82
)劣化した唸膜の釧かな段文を補強するため、 漆 囚めを利った
。
漆1 川めは透き漆と 11本)壻の11・:
漆を 混合した漆をク リ ーン‘ノルGで41 { : , '
に希釈し、 断 文に合ませた後にふ(1 j
の漆を‘ノじ令に拭
き」[又
った。また、 J:紺絵粉の周訓の硲股を強化するため、玲膜
に使)ll した漆にさらに梨地漆を枇合し、 1討絵部分 に漆閻めを
同様
の)は
で行
った。 釦)ヽj側
の朱漆部 分も蒔絵とIi
i]オ設
の漆を使川して漆詞めを行
った。 打損等によ って下地が露出 した部分には リ グロインで薄く希釈した麦漆を合浸し、 崩れかけた下地 を補強した。
(5) 亀裂部の補強と接着 (図
83)
蓋と底板には素地に亀裂が辿行
してお
り、凡険な状態にあった。特に、盗災には
甲
板に亀裂が 2 条あるが、菟表にはまだ
亀裂が
でていないことカ ら、螺釦などの剥落止めよ り も先に俊先して索地を接
着した
。 亀裂悩YJiJ「に リ グロイ ンで希釈した支 漆を含浸
した。余分な漆は溶剤で元仝に拭き取り、十分乾媒
させた。 )氏板の亀裂腐j Jifiは内側
にビロード
がJ[青られていることから、 漆が附側に回ら ないように
-, •
分汁瓜した。 亀裂の祉i 強は 2度行っ た。
—I·分に乾煤後、窄隙のあった)氏板
の亀裂部分 にやわかい刻';'; を
如炭し索地を完全に桜豹した。 (6)菟
内裕
)l岱の糾洛止め内側の朱漆祢膜は錠金具の裏
側
や蝶番の) i d I i i : !
で剥離し
ていた。リ
グロイ ンで希釈した文漆を地I]淵f: 部分に合浸し
、ふ (1iの余分な漆を収り L
り クラン プやヒゴを
川いて糾落 ii·.めをした
。(7) 螺釧の剥浴止め(図 84 、 85)
はじめに、螺釦糾詞H部分の
) ,~
着作業をするた め、化粧箱に合わせた木枠を作製した。 各1 川
の木枠には
移動可能な伐を設け、修J'IIj;-(ij 所に対店でるような梢辿
にテザ
イ ンした。 依lj 腐If:した
具は衣 1(1i
から突什\
し、部分的
に割lれている部分があり、修 理で平滑
にすることは出
米ないことから、皐鼎誰し た貝が今後糾洛しないようにするにWfめた。 ;J~lj)J.\[t した具に似'.1\(した
16~20%粕膠水浴液に少:代の工タノールを
加
え合汝し、余分な膠は拭
き」収り、竹
ヒゴや木製枠を川
いて
)1
五•'iした
。 )l蓼が合汝しに<
い部
分はポI 廿i
に工タノールを合ませ合汝しやす<した
。)王オ\·
には具のI
·.にサランラッフ゜とフ゜ラス ックシート
を凶き、具を1蒻めないようにした
。 (8) 平文の)̲ I :
オt-銀平文の船JI
. t H f ¥
f笥所は背1(1iの
一・
f/;'j 所だけで、 'V·.
.・"が反り返っていた。 はじめに
)又
り返り を直
すため 籠甲箆で形を修11
:.した
。 次に、地lj]訛した•1i..文部分 に調整した炎漆
を箆で凶き、本枠とヒゴを川
いて ゅっ くりイljlはすように)I :
イ'『した。 アクリ
ル板と洲f.いプラ
スチック シー ト を使って、 F文を出
米うる1似
り平滑にした。源氏蒔絵螺鉗1化粧箱
1 9 7
図 83 内亀裂の接着
Adhering t h e cracks on t h e l i d
l mpr cg n a l i n g a nim a l g l u e i n t o p a r t s o f d e t a c h e d rad e 1 1
1 9 8
図
86
錠令具のクリーニング' l ea n i n g L h e me t a l l ock
l { ca l l a c h i n g c l c l a c h c c l u r u s h i coa l i n g f i l m
(11) 後
111
_修Jlj!_ の 除・1、・ (i:;<1
88 、 89)(9) 金具の クリーニング(阪1
86)金具はすべて銅製の金緩金で、フランス
・
ペルサイユ怜;殿の トリ アノン ',,;
,,· にある類品から隅金具 の一•予1ill に糾がさされていたと名:えられる。 しかし、すでにその衣'I',
り
は失われていた。
修復のはじめに 収り外したII闊
金具の公側
には1几iif
の裕料か付着、 一
部で緑占鈷がふいていた。
また、令具をとめて いた釘先には緑色のワックスか付附· していた。 こ の節料とワックスは後Ill :
修J州
で令具を収り外し、印幻取り 付
けるときに1叫令具
が外 1 しないようにした処凶と名:
えらi しる。喰料
と緑け鉛、ワ ッ クスを 糾囁にアセト ンやTII
ドを含ませ」収り除いた 。 1外翡
令具-~1(1i
の巧
れもl, iJ 小晶
の浴剤
で軽 く拭
さ」収った。 錠令具には叫しの他
に表皿に漆が各所
に付着· して おり、 その漆をさ らに除 Lしようとした :J」翡亦があ た。
4、'i' に俗の錠令具は強く 屈きなおされてお り、ふ (iiの令鍍令が紺 〈って人る祁分かあっ
た。 令具の漆は出
米うる限リ竹箆で」[又り L リ、I外り
令具ク
リ
ーニングと11 i]~ :
贔の浴剤
で軽く 」式き取
った。 (I
O) 、1 且漆命)炭
の菜lj
落Ii
·.め (j'.xj87)
:且漆喰膜の地鼎.雅はポ
ー
ダーの
具のいJIJi:I とI I
緑部 分、蝶番),'i'J辺に集,,,
していた。 箪IJ
r各止めには リ グ ィ ンで希釈した文漆を使川
しにが、具
の佑JIJH
の 漆冷)j岱の地lj 淵i忙rn
分は具
の色合い
を芳え、具
の1~· に
漆がI
III
らないよ うにI ·
分注ぷした。 11
緑部分や蝶 番間
辺も11 i]~ :
焔に調格 した玄漆を合汝し、II
緑;1ill 分 は糾爵ff: 箇所
にシナ合板とゴムを附
き、クランプで) I :
オ?、蝶番 J,';·J
辺は本枠と
ヒゴを)ll
しヽて皐lj
炉各什
..めしt '
'‑0似几箇所は後
Ill修岬い
ったん取り外し、卜地
を内各えた。 側血
の各1(1i
にある後Ill_修 J州
の梨 r 地爵I) 分は、
・ ト
にオリ
ジナルの蘭絵がある可能甘かあることから1良軍に除 l、
した。
除 Lにはクし~!i',lを切
れなくした彫刻) . r '
ヽ・りを川
い金)萬粉を除 l~し漆はクリスタル#2000を使っ
て除 l、•した。 梨地の後1 廿
修JII'. は 打担部分
を糾 ったもので、・ ト地
が露出
した部分を中心
に行ったものと名:えられ、, i : . 1 ( 1 i / ,~
の似元悩Y 所以外では卜`の 1/対絵
はなくなり、),',:j 訓の曲絵もすでに失われていた(図 88)。 蛉l ド
椒打損の後111
.-修 JJ' I .
部分は何
炭も漆が塗り]ねられ、仝休に摺漆が被っており、はじめに斑に被った摺り漆を除去するところから始めた。 蒔絵部 分の保設のためパラロイド B72 の無水エタノール 9対純水 1 の 20% 浴液を鉛でWi' 絵の」..に直核 +i'11iき乾燥さ せた。 摺り漆の除去には糾lかくつぶした砥石粉と水を含ませた)此皮を使って丁卯に取り去った。 何度も 祢り匝ねだ漆部分はク
リ
スタル#2000 、 #3000 を使って慎重に研いで除去した。JUI
んだ打損 I中の漆も全て取り除しヽた
。̲ ̲ ̲ J
・源氏翡絵螺鉗I 化粧箱
1 9 9
f o r e r e s t o r a t i o n
(12)
蒔絵の似)じ (l:xl
90)後世修埋除l、:/\II 分や 卜地が面出 していた箇所l 周圃に合わせて俊元した
。 l
紺絵粉は梨地 m1 分の
'凪 光 X線分析帖呆を元に95% 令と 5%銀の
配合で
介 金した少々行みのある令粉 を金
沢に l.'i:
il
:_し、)瓜賓
料の
梨地粉に形状を合わせた 7 'ル
か ら 3Iり
粉を 作
った。梨地の似元は、)瓜賽料に直按金粉を
d、\i
く紗 元方法ではなく、d、Iii
絵フィノレムを別 に 作り貼
リこむ方法
をと った。 この力
払の利、,_',,、 は査 料 I ·. での
作業が最低阪に減らす
'ドか出
米る
、,,',(で、 費料に
fl 担や1蒻を つける 11r
ti侶性が低滅
さ几る。
また、数I' ,·
年経
った漆は透けが辿み、劣化
によ って艶が,· ,
然 に消えている
'ドから
色や表伯を
合わせること
が難 しい。 別に作っ
たd、'ii 絵フィ
ルムを II
光に‘りて劣
化 と漆の透けを辿行さ
せ、 1幻じ r;-:;'j 所の
間 IJJ:Iと
表村i が 的)II染んだタイミン
グで貼 り こむことが出
米る 。
似 元にあたっては、 ' j ; , . I i j j に 1/、'ii 絵了椒 を 竹
製した。d、'ii
絵フィルムはスラ イド
ガラスに1
L11i絵を行い、表j(ti
を仕土げた後に水に付け込みスラ イド
ガラス力 剥
がした。 1幻じ,::ぐiI i J 1
キ に似
賓料と l 叫記
こ,かみの強し
、 弁柄漆を、,,',,:状
に付
けド
準価をした。 フィ ルムは似 元箇所に合わせて 切り収り
透き漆で貼り こんだ。
(1
3) 黙漆釦l羹 の似)し
(図
91)篤
甲
椒のオ r1且部分はオ リジ
ナルに近い色の1、地
をするため山 科の 地
の粉と砥粉1サ也 を 中心
に使
っ て 21111
漆 卜地を1j・っ
た。
次にリ
,[色顧料を少い.:紬り肝迅 疇念噂鬱璽雪
径
`
~
t
~
ヽ
後
Ill:修 JIJ!. ifll
分の似)じ
l u c i n g p a r l s o f a pa s t r e s t o r a t i o n
曲
4 ア
F
`
置
5 }
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面設
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呟士麟茄如奇し賃 J 認罹図 89 後世修理部分修復後
P a r t w h e r e t r a c e s o f a p a s t r e s t o r a t i o n wa s f o und , a f l c ,
r e s t o r a t i on
2 0 0
込んだ漆を薄< 塗り込み、 黒味の強い透き漆を 3 回塗り込んだ
。上塗
りはクリ
スタル#2000 、#30
00を使 い表而を研ぎ
、摺漆 2 回
、胴摺り、摺漆 2 回、磨き
1 回して仕上げた。復元部周囲の黒漆部分も指に少 屈の窮き粉を付け軽く撫ぜて斑をと った。(14) 欠廿1 部の成形
脳板の亀
裂
允 i炭箇所に錆下
地を
施した。 「I緑部分の咆膜と平蒔絵欠損箇所を成形する
ため刻苧と下地をした 。 黒漆部分は黒錆を
し、金の平蒔絵部分は令色 錆を
施し、 それぞれ呂瀬漆と透漆で固めた。(15) 際鈷
舟
糸I]
浴防I . l
のため塗膜の際に極<少量の
細かい錆下
地を
付け、触指による1—り象I]
落を予防した。際錆は 周I川
の色を名胞して
内部は本朱錆、外部は黒錆を使用した。
(16) 釘の復元と金具の取り付け
欠失した釘を具録下製作した
。釘は頭の
丸い既成の釘を
オリジ
ナルの艮さに切り、
打っ て作っ
た形状 に合わせた。 俊元した釘の数
は1偶 金具
4 本、提げ金具の 2 本
で盟錠金具の後Ill修 £1
11.1
1、'i= に新祉]した釘は 5木とも仝て作り
直
した。1偶金具の釘穴にはオ
リジナルの釘がし っ かり残り、抜くことが 出 米ない事から
リ ュータ一を使
っ て釘を
必要最小限削った。 釘穴は刻苧で適度に充取し、 しつかり 1偶 令
具が
詞巫する
よに調節した
。1偶 金
具の
歪みは手で形
状を微調整してから取り付けた
。1偶
金具は一枚の鋼版を折り1l
t1げ て製作しており、継ぎ目が側面に向 く
ように
付けられていたと考える。
.11
:_『1i, 1 ,_卜
の1外翡金
具が児なっ た方
向に 向
き少々ずれて付いていたことから、本米の位洒に直して取り
付けた
。(17) 与真撮影および記録
修理前に撮影した写真に合わせて修理後の}蔽影を行