株式会社による学校経営・再考
名 島 利 喜
目 次
Ⅰ はじめに
Ⅱ 社会的実験としての構造改革特区 1 実験の準備
2実験の目的 3 実験の方法 4 実験の結果
Ⅲ 会社法学からのアプローチ 1 伝統的な通説の考え方 2現行の法人制度の大枠 3 会社法の提起した問題 4 営利性に関する見解の相違
Ⅳ 私見
Ⅰ はじめに
かつて私は,株式会社による学校経営
――会社の営利性という問題と題する 小論を書いたことがある(1)。規制緩和政策の 一環として,構造改革特区において株式会社 が学校を設置することが認められた時期で あった。営利を目的とする株式会社が学校経 営のような公益に関する事業を行なうことは 許されるのかどうか,という問題について検 討を加えた。そして,むすびに代えてにお いて,私は次のように述べた。株式会社に よる学校経営という問題は,会社の営利性と いう観点からは,伝統的通説に対する重大な 挑戦を含んでいる。この問題の基礎には,株
式会社をどう理解するかという根本問題があ る。営利法人と公益法人との両者を隔てる根 本的な問題も潜んでいる。規制緩和政策とは 一線を画して,このような問題をさらに詰め ていくことが,残された今後の検討課題であ ると(2)。
その後,一方で,構造改革特区における株 式会社立学校に対する政府の対応方針が昨年 夏にようやく示され,他方で,会社法におけ る会社の営利性に関する議論の展開も見られ るところである。こうした動きは,株式会社 による学校経営という問題を再考する機会を 与えるものだろう。
そこで,本稿では,そうした動きを踏まえ つつ,その問題について改めて考え直してみ
たい。以下においては,まず,構造改革特区 で特例措置として認められている株式会社の 学校設立という社会的実験を冷静に振り 返ってみる。その上で,株式会社による学 校経営の当否について,会社法学の観点から 若干の考察を加えてみることにしたいと思う
。そして,最後に,多少の私見を述べて本 稿を閉じる。
Ⅱ 社会的実験としての構造改革特区 学校経営への株式会社の参入問題について は,賛否両論が展開された(3)。推進と慎重の 両論に揺れながら,結局は,規制緩和の潮流 に乗って,参入が認められることとなった。
ただし,それは一種の社会的実験としてで あった。まずは,その貴重な試みを振り返っ てみよう。
1 実験の準備
小泉内閣時代には郵政改革をはじめとして 様々な改革が進められたが,構造改革特区(以 下,単に特区という)も改革の目玉のひ とつであった(4)。2001(平成 13)年,総合規 制改革会議が内閣府に設置され,同会議は翌 年の 2002(平成 14)年7月に規制改革特区構 想を含む中間とりまとめを公表した。こ れを受けて,構造改革推進のための構造改 革特別区域法(以下,特区法と略称)が 2002(平成 14 年)12 月に制定された(2003
(平成 15)年4月から実施)。
教育分野における株式会社の参入は,以上 のようにして準備された。
2 実験の目的
特区法においては,その目的として地方 公共団体の自発性を最大限に尊重した構造改 革特別区域を設定し,当該地域の特性に応じ た規制の特例措置の適用を受けて地方公共団 体が特定の事業を実施し又はその実施を促進 することにより,教育,物流,研究開発,農 業,社会福祉その他の分野における経済社会 の構造改革を推進するとともに地域の活性化 を図り,もって国民生活の向上及び国民経済 の発展に寄与すること(同法1条)が掲げら れている。
特区の生みの親ともいわれる八代尚宏 氏は,この目的規定のポイントとして,①地 域特性の重視,②制度の社会的実験の 思想,③地方分権の実験,④国からの 財政上の優遇措置の排除の4点を挙げてい る(5)。そして,同氏によれば,特区法の主た る目的は,特定の地域における規制改革につ いての社会的実験を行い,そのコスト・
ベネフィットを示すことで,全国的な規制改 革に速やかに波及させることであって,そ のためには,規制の特例措置の社会的効果 についての評価が必要であり,評価の基準 としては,個々の規制改革措置の効果よ りも弊害に重点をおいており,弊害が実 証されなければ全国展開という考え方を とっているという(6)。
このように,株式会社(学校設置会社)に よる学校設置は,特定の地域における社会 的実験を目的としていた。
3 実験の方法
株式会社による学校設置は,2003(平成 15)
年の特区法の改正により,学校教育法の特
例措置として認められた(学校設置会社に よる学校設置事業(特例措置番号 816))。そ れはこういうことである。
教育基本法6条1項は,法律に定める学 校は,公の性質を有するものであって,国,
地方公共団体及び法律に定める法人のみが,
これを設置することができると規定してい るが,学校教育法2条1項はこれを受けて,
学校は,国,地方公共団体及び私立学校法 第3条に規定する学校法人のみが,これを設 置することができると規定している(7)。
その特例措置として,地方公共団体が,そ の設定する特区において,地域の特性を生か した教育の実施・地域産業を担う人材の育成 の必要性等に応ずるための教育または研究を 株式会社の設置する学校が行なうことが適切 かつ効果的であると認めて,内閣総理大臣に 申請して認定を受けることにより,学校を設 置することが認められることになった(特区 法 12 条1項)。
そうして,株式会社の学校設立を認めた特 区は,2006(平成 18)年9月の時点で,東京 都千代田区や大阪市などに 31 カ所となり,
大学7校,小中高 13 校が実際に開校した(8)。
4 実験の結果
前述したように,特定の地域における規制 改革についての社会的実験を行ない,その成 果を評価し,弊害が実証されなければ,全国 的な規制改革に結びつけることが,特区の主 たる目的であった。そのために,基本的には,
民間人からなる特区評価委員会で,規制の特 例措置の社会的効果についての評価を1年以 内に実施することになっていた(9)。弊害な しと評価されて,特区が全国展開されたな
らば,一応,実験は成功したことになるだろ う。
ところが,その評価は何度も何度も先送り にされた。その理由としては,評価の手法の 検討が必要(10),学校の種類の違いも含めての 検討が必要(11),弊害の発生の有無を判断する のに必要な情報を引き続き収集しつつ,学校 段階別の特例措置の実施状況を踏まえた検討 が必要(12),認識されている諸課題についての 更なる分析が必要(13),といったことが挙げら れた。
最終的な評価は,2012(平成 24)年6月に 至ってようやく示された。それによると,調 査の結果,学校経営面,教育活動面,認定地 方公共団体における関係事務の実施状況等に ついて,問題点が認識される一方で,地域の 特色ある教育機会を提供する場として教育の 多様化が図られた例や,生徒の地域行事への 参加や世代間交流による地域活性化などの効 用が確認されたとされている。そして,以 上を踏まえれば,全国展開は適切ではなく,
是正(規制の特例措置の手続を見直すことで 弊害の予防等の措置が確保され,是正された 予防等の措置について特区における検証を要 するもの)とし,以下の通り本特例措置の運 用を見直すとされ,規制所管省庁は,学校 法人化を希望する学校に対し,情報の提供や 個別の相談にきめ細かく応じるなど学校から 寄せられた懸念の解決に努め,学校法人化を 支援する等の見直し案が提示された(14)。
そして,同年8月に構造改革特別区域推進 本部は,上記の評価意見をほぼそのまま受け 入れて,今後の政府の対応方針として決定し た(15)。どうやら,実験は失敗に終わった,と 言ってもよさそうである。自然科学と違っ
て,社会科学は実験ができないというのが,
従来の学問論のイロハだろう(16)。特区で認め られた株式会社による学校経営は,その従来 は不可能とされていた社会的実験を8年にわ たってやってくれたのである。実に得がたい 経験として,受け止められるべきだろう。
Ⅲ 会社法学からのアプローチ
株式会社による学校経営の当否という問題 には,規制緩和政策をひとまず離れて,会社 法学の観点からもアプローチする必要があ る。この問題は,会社の営利性概念につなが る問題を含んでいるからである。そこで,本 章では,営利性概念に焦点を当てて,検討を 加える。
1 伝統的な通説の考え方
株式会社による学校経営について,伝統的 な通説の考え方は次のようなものであった。
2005(平成 17)年改正前の商法 52 条1項 は,会社とは商行為をなすを業とする目的を もって設立した社団をいうと規定し,同条2 項は,営利を目的とする社団で商法会社編の 規定によって設立したものは,商行為をなす ことを業としないものであっても会社とみな すと規定していた。1項の商事会社について は,2項の民事会社の場合と違って,営利を 目的とすることが明示されていたわけではな いが,商事会社についても,営利の目的を要 しない趣旨ではなく,商行為をなすことを目 的とするという要件の中に,営利目的が当然 に前提とされているものとして理解されてい た(17)。
そして,そこでの営利性とは,伝統的な通
説によれば,会社がその対外的な活動によっ て利益を得て,その利益を出資者である構成 員に分配することをいうと理解されてい た(18)。構成員は,会社が対外的な活動によっ て獲得した利益の分配にあずかることを目的 として会社に出資するからである(19)。構成員 への利益の分配は,定期的な利益配当の方法 でも,残余財産の分配の方法でも差し支えな い(20)。また,上記のような意味での営利性を 欠くものは会社であるとはいえず,営利性は 会社にとって不可欠の要素であるとされてい た(21)。
そのように,会社は営利を目的とするもの であり,会社が営利目的を追求できることは 疑いようがなかった。では,会社が営利目的 と同時にそれ以外の目的を追求したり,営利 目的以外の目的を追求することはどうか。古 くは,営利会社は営利を唯一の目的としなけ ればならず,営利の目的のほかに公益を目的 とすることはできないとする見解もあっ た(22)。しかし,会社は営利行為をなすことを 必ずしも唯一の目的とする必要はなく,同時 にそれ以外の公益的事業を兼営しても差し支 えないというのが,一般的な見解であったと 思われる(23)。そして,現に,学校の経営に ついても明示的に言及がなされていた(24)。
だから,伝統的な通説は,株式会社による 学校経営がいっさい許されないとは考えてい なかった。ただし,学校の経営を唯一の目的 として,学校経営によって得た利益の全額を 株主に分配しないで学校の経営に充てること は,株式会社の営利性に反するものとして許 されない,という結論が導かれる。
2 現行の法人制度の大枠
2005(平成 17)年には会社法,2006(平成 18)年には一般法人法(一般社団法人及び一 般財団法人に関する法律)がそれぞれ制定さ れた。こうして,わが国の法人法制の整備が 図られた。会社法は営利を目的とする法人
(営利法人)について規律するのに対して,
一般法人法は営利を目的としない法人(非営 利法人)について規律するものである。した がって,法人を大きく分けると,営利法人と 非営利法人とに二分することができる(25)。
営利法人と非営利法人とは,営利目的を有 しているか否かで区別される。そして,営利 目的の有無は,剰余金の分配を目的とするか 否かによって判断される。この点に関して,
会社法 105 条2項は,株主に剰余金の配当を 受ける権利および残余財産の分配を受ける権 利の全部を与えない旨の定款の定めは無効と 規定し,これと対照的に,一般法人法 11 条2
項は,社員に剰余金又は残余財産の分配を
受ける権利を与える旨の定款の定めは無効 と規定している。
立案担当者の解説によると,このような 定めは,剰余金の分配を目的としない法人で あるという一般社団法人の基本的性格に反す るものであるし,また,定款の定めによって も社員が法人の資産に対する持分を有する仕 組みを採用することができない点を明らかに し,営利法人との区別を明確にするためであ る(会社法 105 条2項参照)とされている(26)。
以上のように,剰余金の構成員への分配に よって法人を営利法人・非営利法人でまず区 別するというのが,現行の法人制度の大枠と なっている。また,そこでは,営利性に関し て,伝統的な通説の考え方が採用されている
わけである(27)。
ところで,従来の営利法人・公益法人とい う区別では,その中間に営利でもなく公益で もない中間法人が生じてしまい,分類と して適切ではなかった。しかし,現行の法人 制度の下では,公益法人は非営利法人のうち 公益性の認定を受けたものという位置づけに なったので,分類の穴が埋められた(28)。しか も,株式会社であれ一般社団法人であれ,準 則主義で容易に設立できるようになった(会 社 26 条1項,30 条1項,一般法人 10 条1項,
13 条)。
そして,一般社団法人は,公益認定を受け ないと公益法人に対する税制上の優遇措置を 受けることができないが,公益認定を受けて いないとしても公益を目的とする事業を自由 に行なうことができるのである(29)。なお,私 立学校法による学校法人を,公益を目的とす る法人であるとすることにおそらく異論はな い。
思うに,以上のような認識は,法人をめぐ る今後の議論の出発点になったと言わなけれ ばならないだろう。
3 会社法の提起した問題
ところが,会社法においては,会社の営利 性を定めていた 2005(平成 17)年改正前の商 法 52 条の規定が削除された。そのため,会 社法上の会社であることの要件として営利性 が必要とされるかが問題とされている(30)。も しも,会社の営利性の要件が不要だとすれば,
営利を目的としない株式会社の設立も認めら れることになるだろう。
また,会社法においても,従来と同じよう に会社の営利性の要件が必要だとしても,営
利性の意味内容が大きく変わったのではない かということが問題とならざるを得ない。そ れはこういうことである。会社法 105 条2項 は,株主に剰余金の配当を受ける権利および 残余財産の分配を受ける権利の全部を与えな い旨の定款の定めは効力を有しないと定め る。この規定からは,その反対解釈として,
剰余金配当請求権あるいは残余財産分配請求 権のいずれか一方を与えない定款の定めは有 効であるという解釈を導くことができるわけ である。とすると,株主に対して残余財産分 配請求権を否定しない限りは,剰余金配当請 求権を与えないとすることも許されるだろ う(31)。
4 営利性に関する見解の相違
以上のような問題の存在を念頭に置きつ つ,まず,会社法の立案担当者の見解から見 てみよう。立案担当者の解説によると,会社 の定義として,営利を目的とする社団で あることを定めていないのは,会社法上,会 社の株主・社員には,利益配当請求権・残余 財産分配請求権が認められていることは明ら かであり,会社が対外的活動を通じて上げた 利益を社員に分配することを意味する営利 を目的とするという用語を用いて会社の性 格づけをする必要がないという理由によるも のであるとされている(32)。この見解は,前 述の伝統的な通説に沿っていると見られる。
会社の営利性の要件を不要とする意図を含ん ではいない。
だが,別の立案担当者は,これと全く違う 見解を示している。それによれば,特区法に 基づいて会社による農業参入や学校の設置が 可能となり会社の活動範囲が大幅に拡大され
たが,会社法自体がその障壁になってしまわ ぬように,旧商法 52 条を廃止して会社の目 的に営利性を要求せず,公益事業(病院や学 校法人の経営等)も株式会社の目的とするこ とができるようにしたというのである(33)。
立案担当者たちの間には,明らかに見解の 相違がある。前者の見解では,学校経営に よって得た利益の全額を株主に分配しないで 学校の経営に充てることは,株式会社の営利 性に反するので許されないという結論になる はずである。だがしかし,後者の見解によれ ば,株式会社を学校経営のような公益事業に 活用しても,それは営利性の観点からは何の 問題もないということになる。
次に,学説の見解を見よう。学説では,会 社法の下でも,伝統的な通説に従って,対外 的な事業活動によって利益を得て,その利益 を構成員に分配するという意味での営利性の 要件は維持されているというのが通説的な見 解となっている(34)。このような通説的見解に 従えば,従来と同じように,学校の経営を唯 一の目的として,学校経営によって得た利益 の全額を株主に分配しないで学校の経営に充 てることは,株式会社の営利性に反するもの として許されないという結論になると思われ る。
けれども,会社法においては,105 条2項 が置かれたことによって,対外的企業活動で 得た利益(剰余金)を所定の非営利団体に寄 附するといった定めを定款に置くことも,残 余財産分配請求権を否定しない限りで適法で あるという解釈を示唆する見解が説かれてい る(35)。また,その見解を支持しながら,会社 が営むすべての事業を非営利事業とすること は許されないが,非営利事業を主たる目的と
して,株主は最低限のリターンを甘んじて受 けるようなことを会社法は許容しているとす る見解もある(36)。これらの見解は,定款に記 載される会社の目的を営利事業に限定してき た従来の登記実務の見直しを求めているの
で(37),学校の経営を主たる目的として定款
に記載し,いわば正面切って株式会社による 学校経営を認めようとするものだと思われ る。
このほか,会社法の下では,会社の営利性 とは社員の会社財産に対する経済的な持分 が個人的な利益と結びついて存在しているこ とだとする立場から,持分の経済的な価値 が,社員にとって不意打ち的に奪取されない 限りにおいては,定款設定・変更における手 続保障を行ったうえで,幅広く定款自治によ る事業利益の処分をなし得るものとして,従 来,公益的といわれていた分野について,積 極的に会社組織の利用を促進すべきものと思 われると主張する見解も見られる(38)。この 見解は株式会社による学校経営も念頭に置い ている(39)。
さらには,少なくとも全株式譲渡制限会 社についてはという限定をするならば,そ うした会社は一般社団法人と同等であるとの 見方も可能であるという考え方に立って,一 般社団法人においては事業目的にとくに制限 はなく,株式会社においても営利性の概念を 広く解することができるし,そもそも主たる 事業目的に非営利事業を掲げることすらそれ を禁止すべき決定的な根拠は乏しいように思 えるため,非営利事業を定款記載の事業目的 とすることで,会社制度と一般社団法人制度 とが完全に重複・競合する事業領域が相当程 度拡大しているといえようと主張する見解
も現われている(40)。この見解も,おそらく株 式会社による学校経営を念頭に置いているだ ろう(41)。
Ⅳ 私見
以上に見てきたように,会社法における営 利性概念をどう理解すべきかについては,見 解の相違がある。そして,この点についての 見解の相違が,株式会社による学校経営の当 否について,見解の対立を招いている。では,
どう考えるべきか。以下に私見を述べてみた い。
結論から述べれば,会社法における営利性 概念に関しては通説的見解が妥当であり,し たがって,株式会社による学校経営は適当で はないと考える。その理由は次のとおりであ る。
第1に,法人を剰余金の構成員への分配に よって営利法人と非営利法人でまず区別する という現行の法人制度の大枠を取り払い,
せっかくの両者の区別を無きが如きものとす るのは望ましくない。なぜなら,現行の法人 制度の下では,準則主義に基づいて,剰余金 の分配を目的としたくないならば一般社団法 人を,目的としたいのであれば株式会社を設 立することができるからである。それなの に,剰余金の分配を目的としない株式会社を 認めなければならないような社会的必要性が あるとは思えないのである。
第2に,現在の通説的な見解も,株式会社 による学校経営がいっさい許されないとまで 考えているわけではない。伝統的な通説と同 様に,株式会社は営利行為をなすことを必ず しも唯一の目的とする必要はなく,同時にそ
れ以外の公益的事業として学校経営を目的と しても差し支えないと考えるのである。ただ し,通説的見解に立てば,学校の経営を唯一 の目的として,学校経営によって得た利益の 全額を株主に分配せずに学校経営に充てるこ とは,株式会社の営利性に反するから許され ない,と考えるべきである。確かに,会社法 は,会社の営利性に関する伝統的な理解に対 して疑問を提起する。しかし,それは,会社 の営利性を定めていた規定を削除し,かつ,
株主に残余財産分配請求権しか与えない株式 会社を正面から認めるような会社法 105 条2 項の規定を設けた会社法の立法のあり方が問 題だというべきだろう(42)。
第3に,学校経営への株式会社の参入を認 めるかどうかという問題は,政策的な判断に ほかならないとしても(43),これを認めること は政策的に望ましくない。特区における社会 的実験の結果が,まさにその例証である。も し,学校法人並みに公的支援(私学助成や税 制優遇)が行なわれていれば,違う結果になっ たという反論があるかも知れない(44)。しか し,営利法人である株式会社が,公的支援の 下に,学校の経営を行なうことによって得た 剰余金を株主に分配することには,どうして も疑問ないし違和感を禁じえない。
注
⑴ 法経論叢 26 巻1号(2008 年)1頁以下。
⑵ 前出注⑴9頁。
⑶ この問題に関する賛否両論については,中央 教育審議会大学分科会株式会社等による学校 経営への参入について(検討メモ)(平成 15 年 11 月 26 日)に整理されている。この検討メモは 文部科学省の HP で見ることができる。
⑷ 以下は,八代尚宏健全な市場社会への戦
略(東洋経済新報社,2007 年)275 頁以下によ る。本書の書評(日本経済新聞 2007 年3月4日 付朝刊)によれば,八代氏は,ミスター構造改 革の異名を取り,規制改革・民間開放推進会 議の委員を長年務め,2006 年秋の安倍政権発足 にともない経済財政諮問会議議員に転じ,構 造改革特区や官業を民間開放するための市場化 テスト法の生みの親であ〔る〕と紹介されてい る。
⑸ 八代・前出注⑷277 頁以下。
⑹ 八代・前出注⑷284 頁。
⑺ そこでいう学校とは,学校教育法1条の規 定する幼稚園,小学校,中学校,高等学校,中 等教育学校,特別支援学校,大学及び高等専門学 校の8種類である。専修学校や各種学校は含 まれない(鈴木勲編著逐条学校教育法〔第7次 改訂版〕(学陽書房,2009 年)22 頁)。そして,
学校法人のみが私立学校を設置できるのは,公 教育を担う学校教育法に基づく学校の設置主体 に,内部組織の強化と学校経営に必要な資産の 保有,解散時の手続(所轄庁の認可等)を求める とともに,財産目録等の備付け及び閲覧を義務 づけ,公共的で,安定的,継続的な学校運営を担 保する趣旨であると説明されている(同書 29 頁)。
⑻ 日本経済新聞 2006 年 10 月5日付朝刊。
⑼ 八代・前出注⑷284 頁。なお,同規制改革で 何が変わるのか(ちくま新書,2013 年)174 頁 も参照。
⑽ 構造改革特別区域推進本部特区において講 じられた規制の特例措置の評価及び今後の政府 の対応方針(平成 17 年2月9日)(首相官邸の HP に掲載)。
⑾ 構造改革特別区域推進本部特区において講 じられた規制の特例措置の評価及び今後の政府 の対応方針(平成 18 年2月 15 日)(首相官邸の HP に掲載)。翌年の同特区において講じられ た規制の特例措置の評価及び今後の政府の対応 方針(平成 19 年3月 30 日)(首相官邸の HP に 掲載)も,ほぼ同じ表現を繰り返した。ちなみに,
特区を利用した初の株式会社立大学として 2004
(平成 16)年に開校した LEC 東京リーガルマイ ンド大学は,2007(平成 19)年1月 25 日,文部 科学省から勤務実態がない専任教員を抱えて いることなどが大学設置基準に違反するとして,
学校教育法に基づく初の改善勧告を受けた(日 本経済新聞 2007 年1月 26 日付朝刊)。
⑿ 構造改革特別区域推進本部特区において講 じられた規制の特例措置の評価及び未実現の提 案に係る評価・調査委員会の意見に関する今後 の政府の対応方針(平成 21 年2月 27 日)(首相 官邸の HP に掲載)。
⒀ 構造改革特別区域推進本部構造改革特別区 域において講じられた規制の特例措置の評価に 係る評価・調査委員会の意見に関する今後の政 府の対応方針(平成 22 年3月 25 日)(首相官邸 の HP に掲載)。ちなみに,同資料によると,文 部科学省は評価・調査委員会に対して,本特例 措置の実施状況については,学校経営面,教育研 究面,認定地方公共団体の責務等で,多くの問題 点が認識されている。しかし,学校段階別には,
⑴義務教育段階については,小学校・中学校とも 各1校しか事例がないこと,⑵高等学校段階に ついては,23 校の事例があるが,赤字が約4割 を占め,教育面についても課題が多く見られる こと,⑶大学については,6校中5校が赤字で あって,学校事業からの撤退や,14 キャンパス の学部すべての閉鎖を,それぞれ決定した事例,
設置形態を学校法人へ転換した事例もあること などから,弊害の有無の検証については,いずれ の学校種についても検討材料を欠き,また,約3 分の1の学校が学校法人化を視野に入れている などといった状況にあるため弊害の更なる検 証に必要な情報の収集に努めるべきとの報告 を行なっている。
⒁ 構造改革特別区域推進本部(評価・調査委員会)
構造改革特別区域において講じられた規制の 特例措置のあり方に係る評価意見 平成 24 年度 上半期(平成 24 年6月 29 日)(首相官邸の HP に掲載)。
⒂ 構造改革特別区域推進本部構造改革特別区 域において講じられた規制の特例措置のあり方
に係る評価・調査委員会の評価意見に関する今 後の政府の対応方針(平成 24 年8月 21 日)(首 相官邸の HP に掲載)。
⒃ 社会科学に関する古典的な入門書は,次のよ うに説いている。自然科学者は実験室のなか で,自分の研究しようとする研究対象を純粋な 形で抽出し,それを目のまえにおいて研究に没 頭することができる。ところが社会科学者には 実験室というものは存在しない。もし存在する とすれば社会そのものが一大実験室なのである。
しかしこれは本当は実験室ではなくて生きた社 会生活そのものである。現実そのものである。
実験室なら仮にやってみるということもできる。
やり損えばまたやり直しということも可能であ る。ところが生きた社会生活においては実験が 直ちに現実であり,やり損いもまた一つの現実 であって,これを白紙に返してはじめからやり 直すということはできない。これは社会科学に おいては研究室のなかでの実験が不可能だとい うことなのである(高島善哉社会科学入門
――新しい国民の見方考え方――(岩波新書,
1964 年)13 頁)。
⒄ たとえば,石井照久編著註解株式会社法(第 1巻設立)(勁草書房,1953 年)65 頁以下,上柳 克郎ほか編集代表新版注釈会社法(1)(有斐閣,
1985 年)38 頁以下〔谷川久〕などを参照。
⒅ 文献は文字どおり枚挙に暇がない。さしあた り代表的な体系書として,松本烝治日本会社法 論(巖松堂書店,1929 年)63 頁,田中耕太郎会 社法概論〔再訂増補〕(岩波書店,1933 年)45 頁 以下,西原寛一会社法(商法講義Ⅱ)〔第2版〕
(岩波書店,1969 年)11 頁以下,大隅健一郎=
今井宏会社法論(上巻)〔第3版〕(有斐閣,
1991 年)18 頁,田中誠二会社法詳論(上巻)
〔3全訂〕(勁草書房,1993 年)59 頁以下,鈴木 竹雄=竹内昭夫会社法〔第3版〕(有斐閣,
1994 年)15 頁以下,江頭憲治郎株式会社・有限 会社法〔第4版〕(有斐閣,2005 年)15 頁以下を 挙げるにとどめる。
⒆ もう少し補足すると,会社なる団体を育成し たり団体の得た利益を公益などに使用させるた
めではない(北沢正啓会社法(青林書院新 社,1979 年)11 頁)。
⒇ 石井編・前出注⒄66 頁,上柳ほか編集代表・
前出注⒄39 頁〔谷川〕などを参照。
石井編・前出注⒄66 頁,上柳ほか編集代表・
前出注⒄39 頁〔谷川〕39 頁などを参照。
このような見解を示していたのは,松波仁一 郎新日本商法(松波私論)(有斐閣書房,1920 年)187 頁である。
このことをはっきりと述べているのは,松本・
前出注⒅63 頁,田中(耕)・前出注⒅49 頁,実方 正雄会社法学Ⅰ(資本と会社企業)(有斐閣,
1949 年)11 頁,清水新会社法〔改訂〕(中央書 房,1973 年)6頁,今井宏ほか著注釈株式会社 法(上巻)(有斐閣,1984 年)4頁〔今井宏〕,
大隅=今井・前出注⒅19 頁など。
実方・前出注11 頁,今井ほか著・前出注 4頁〔今井〕,大隅=今井・前出注⒅19 頁。
! この点を強調するものとして,後藤元伸一般 社団・財団法人法および会社法の成立と団体法 体系の変容法律時報 80 巻4号(2008 年)130 頁以下,同非営利法人制度内田貴=大村敦志 編民法の争点(有斐閣,2007 年)56 頁以下を 参照。なお,この点に関して,落合教授は営利 性を満たす団体とそうでない団体とでは,団体 に結集する構成員各自の行動目的に大きな違い があり,その目的の相違が団体の利害関係者,特 にその構成員の行動パターンにも大きな影響を 与えるから,団体を規律する実定法ルールの策 定においては,そうした相違に応じたそれぞれ 別個の実定法ルールを用意するのが適当と考え るからであると説く(落合誠一会社の営利性 について江頭還暦企業法の理論(上巻)(商 事法務,2007 年)25 頁)。また,神作教授も法 人を非営利法人と営利法人に類型化するのは,
法人の目的が営利性の有無に応じて,対外関係,
対内関係および組織に関するあるべき規律およ び望ましい規律が異なるであろうという前提に 立つものと考えられるとして同旨を説く(神作 裕之非営利法人と営利法人内田貴=大村敦志 編民法の争点(有斐閣,2007 年)59 頁)。この
ような考え方に,私は深い共感を覚える。
" 新公益法人制度研究会編著一問一答公益法 人関連三法(商事法務,2006 年)31 頁。それを 踏まえて,ここでは株式会社と一般社団法人と に的を絞って記述する。
# この点については,神作裕之一般社団法人と 会社――営利性と非営利性ジュリスト 1328 号
(2007 年)40 頁,落合・前出注!17 頁,稲庭恒 一会社の営利性について―再考―永井和之ほ か編会社法学の省察(中央経済社,2012 年)
35 頁以下などで指摘されている。営利性に関す る伝統的な通説の考え方に対しては,古くから 反対説も主張されているが(たとえば,倉沢康一 郎営利社団法人の意義法学研究 44 巻3号
(1971 年)207 頁以下を参照),現在では伝統的 な通説を前提とした立法がなされるに至ってい ると言うべきだろう。それでも,反対説は根強 く受け継がれている(最近の見解として,杉田貴 洋会社の営利性と商人性山本爲三郎編企業 法の法理(慶應義塾大学出版会,2012 年)297 頁以下を参照)。なお,加藤修株式会社の参入 拡大と遵法・統治・説明責任の実践法学研究 84 巻 12 号(2011 年)321 頁以下は,反対説に立脚 しながら,学校経営も含めて伝統的に株式会社 の参入が認められてこなかった分野への参入拡 大を提唱する。
$ 簡単には,内田貴民法Ⅰ(総則・物権総論)
〔第4版〕(東京大学出版会,2008 年)210 頁を 参照。より詳しくは,佐久間毅民法の基礎1総 則〔第3版〕(有斐閣,2008 年)334 頁以下を参 照。
% 四宮和夫=能見善久民法総則〔第8版〕(弘 文堂,2010 年)86 頁以下。
& この問題に関する最近の議論状況については,
稲庭・前出注#38 頁以下を参照。
' 問題の所在を示しつつ詳しく検討するものと して,前田重行株式会社法における営利性の機 能前田喜寿企業法の変遷(有斐閣,2009 年)
418 頁以下を参照。
( 相澤哲編著一問一答新・会社法〔改訂版〕
(商事法務,2009 年)23 頁。
) 葉玉匡美会社の目的江頭憲治郎=門口正人 編集代表会社法体系1(青林書院,2008 年)
111 頁。
* この見解は多くの体系書・概説書において述 べられているので,ここでは,代表的なものとし て,江頭憲治郎株式会社法〔第4版〕(有斐閣,
2011 年)19 頁と神田秀樹会社法〔第 14 版〕
(弘文堂,2012 年)6頁を挙げておく。ただ,実 定法上の根拠については様々な見方が提示され ている(この点については,さしあたり,杉田・
前出注#298 頁の整理を参照)。最近になって,
会社という組織の全体像から,会社の営利法 人性を肯定することになろうという見方も示 されている(稲葉威雄会社法の解明(中央経 済社,2010 年)135 頁)。
+ 神作裕之会社法総則・擬似外国会社ジュリ スト 1295 号(2005 年)139 頁以下。
, 江頭憲治郎編会社法コンメンタール1―総 則・設立(1)(商事法務,2008 年)283 頁以下〔森 淳二朗〕,酒巻俊雄=龍田節編集代表逐条解説 会社法第2巻(中央経済社,2008 年)33 頁以下
〔森淳二朗〕。なお,この見解に共感を示すもの として,仮屋広郷株主の権利と定款によるその 制限浜田道代=岩原紳作編会社法の争点(有 斐閣,2009 年)27 頁がある。
- 神作・前出注+141 頁,江頭編・前出注,284 頁〔森〕,酒巻=龍田編集代表・前出注,34 頁
〔森〕。しかしながら,従来の登記実務に対する 誤解はないだろうか。この点に関しては,拙稿 会社における目的の営利性に関する一考察
――商業登記実務との関連において――法経 論叢 30 巻2号(2013 年)69 頁以下を参照。
. 松井英樹新・会社法における会社の営利性
中央学院大学法学論叢 21 巻1号(2007 年)44 頁。
/ というのは,教育について松井・前出注.
28 頁,35 頁で触れているからである。
0 内田千秋会社法としての一般社団(財団)法 人法藤岡康宏編民法理論と企業法制(日本 評論社,2009 年)77 頁。
1 内田・前出注079 頁の注において,学校の会 社という言葉に触れている。なお,山下友信編 会社法コンメンタール3―株式(1)(商事法 務,2013 年)29 頁以下〔上村達男〕も参照。
2 稲葉・前出注*125 頁,135 頁以下。
3 江頭憲治郎編会社法コンメンタール1―総 則・設立(1)(商事法務,2008 年)86 頁〔江頭憲 治郎〕は,公益的分野への会社の参入を認める か否かは政策的判断の問題であり,会社制度の 本質に由来するものではないとしている。確 かにそうではあるけれど,会社が営利性を本質 的要素とする法人であるとすれば,会社の活動 範囲には限界があるのではないか。
4 日本初の株式会社立中学校を開設したものの,
経営不振に陥ってその後に学校法人化したとい う経験を持つ鳥海氏は,公的支援なしに株式会 社が全日制・通学制の中学・高校を運営するのは 無理と断言している(日本経済新聞 2011 年 10 月3日付朝刊)。なお,福井秀夫官の詭弁学
――誰が規制を変えたくないのか(日本経済新 聞社,2004 年)257 頁以下は,学校法人への助 成など,政府が現に行う実務を仮に合憲とする ならば,それを前提とする以上,これまでの学 説・判例から帰納して,株式会社学校への公的助 成を違憲とする解釈論的根拠はないと断じて いるが,本当にそうなのか,疑問もある。