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(1)

「丁寧」の意味変化 : コミュニケーション行動評 価概念の異文化間比較のために

著者 西嶋 義憲

雑誌名 金沢大学経済学部論集

巻 27

号 2

ページ 67‑80

発行年 2007‑03‑30

URL http://hdl.handle.net/2297/6266

(2)

「 丁寧」 の意味変化*

‑ コ ミュニ ケ ー シ ョン行 動 評 価 概 念 の異 文 化 間比較 の た め に‑

西 嶋 義

目 次

0 . は じめ に

1.ポライ トネスと 「

丁寧」

1.1.

コ ミュニ ケー シ ョン行動評価概 念

1.2.

「 丁寧」の語源

2.

100

年前の 「 丁寧」の意味

3.

現代の 「 丁寧」の意味

4.

「 丁寧」 と 「 礼儀正 しい」

4.1.

「 丁寧」の意味変化と日本の社会変化

4.2.

近代国家成立後の日本の社会変化

5.

結語

注 文献

0 . は じめに

日本語 では一般 に 「 丁寧 さ」 とい う用語 で言及 され る, コ ミュニケー シ ョ ンにおける配慮行動 に関す る研究 は,従来, その普遍 的側面が強調 され るこ とが多か った

(Bro

w

〟Levinson

, 1 9 8 7 ) 。 た しか に, コ ミュニケー シ ョンにお ける配慮行動 は, どの言語社会 にあ って も認 め られ る

その意味で,普遍的 と言 っていい。 しか しなが ら,具体的な配慮行動 を観察す ると,言語文化 ご とに類似点だけでな く,相違点 もあることに気づ く

(Eelen

, 2 0 01 ) 。 む しろ, 実際の コ ミュニケー ションにおいては類似点 よ りも違 いのほうが重要である。

違 いを無視す るとコ ミュニケー シ ョン参与著 聞の関係維持 に悪影響 を及 ぼす 可能性があるか らである

‑67‑

(3)

金沢大学経済学部論集 第

27

巻第

2

2007.3

コ ミュニケー シ ョン行動 における配慮行動の個別文化的規定性 は,研究 の 初期段 階ですでに

Reinelteta

l . ( 1 9 8 7 ) が,ある場面 における ドイツ語 の適 切 な相互行為 と日本語 のそれ との比較 を通 じて指摘 している。上記のような 配慮行動 は,英語 および ドイツ語 ではそれぞれ

「politeness」

「H6nichkeit」

という概念で包括 される

Watts

( 1 9 9 2 ) は,英語 圏の

「politeness」概念の歴史

的な変遷 の経緯 を論 じ,その個別文化的性格を指摘 している。Ehl

ich

( 1 9 9 1 ) および

Reinelt

( 1 9 9 5 ) は, ドイ ツ語 の

「H6flichkeit」

の歴史 とコ ミュニケー シ ョン形態 の歴史 的変 化 を論 じて い る。 それは,制度 と しての

「HofJ

( 宮 廷) とそ こでの慣習 にかかわ り,個別言語文化的な要 因に依存 していること を強調 して いる。

Ma仙ieta

l . ( 1 9 9 6 ) は, この分野 での比較 的新 しい研究 であ り, コ ミュニケー ションにおける配慮行動に関す るさまざまな側面をテー マ化 している。

Nishijima

( 2 0 0 0 ) は ドイ ツ語 の

「H6flichkeit」

「Freundlichkeit」

の使 用 範囲について調査 し, ドイツ人のコミュニケーション行動 において

「H6flichkeit」

は必 ず しも代表 的な概念 で はな い ことを指摘 して い る。 同様 に,Ya

mashita

( 2 0 0 2 ) は ドイツ人 が コ ミュニ ケー シ ョンの際考慮す る概念 を調査 し,重要 なの は

「h6flich」

で はな く,

「fTreundlich」

「ehrlich」

であ ることを明 らか に した。Kuhl

mam

( 2 0 0 5 ) は, 日本語 と ドイツ語 の基本 的な コ ミュニケー シ ョン行 動 評 価 概 念 を比較 し, そ の違 いを論 じて い る。 また,

Nishijima

( 2 0 0 6 ) は, コミュニケーション行動評価概念の獲得 には社会化

(socialization)

の過程 で使用 され る, しつ け言葉 な どの慣用表現 がかかわ っているとい う仮 説 に基づ き, 日独両言語 の慣用表現 を比較 している。

本稿 は,本来,上記共 同研 究

Mamieta

l . ( 1 9 9 6 ) の枠組 で実施 された調 査 に基づ いて いる。 本研究 は, 「丁寧」 という語 の意味の歴史的変化 を扱 っ ている。 この 「 丁寧」 とい う語 は,すでにふれたように,英語 の

「politeness」

や ドイツ語 の

「H6flichkeit」

に対応 し,個別言語 的 に言語 的 ・非言語 的振 る 舞 いをメタコ ミュニ ケー シ ョン的 に表示す る機能 を もつ。本研究では,過去 1 0 0 年 間 にお けるこの語 の歴史 的な意 味変化を, 1 9 0 0 年前後 に発行 された実 用 国語辞典の辞書記述 と 2 0 0 0 年前後 のそれ とを詳細 に比較す ることによって 明 らかにす る。意味変化 の説 明のために,近代 日本が成立 した際の社会構造

‑68‑

(4)

「 丁寧」の意味変化 ( 西嶋)

変化を引き合いに出す。 それに基

いて, 日本 における社会変化が 「 丁寧」

の語義変化 に影響 を与 えたと論 じる。 このよ うに して,「 丁寧 さ」 に関わ る 現象は,個 々の社会 によって歴史的に条件付 け られ;そのため個別言語的な 問題であると主張す る。

1 .ポライ トネスと 「 丁寧」

1.1

. コミュニケー ション行動評価概念

「ポライ トネス

(politeness)」

とは, コ ミュニケー シ ョン行動 における配慮 行動 の ことである

(Ide

, 1 9 8 8 ) 。 この概念 の もとに研究 されて きた現象 は, 主 につきの三つの側面か らなる

(Mamieta

1 . , 1 9 9 6 ) :

第一 レベル :言語および非言語手段

第二 レベル :ス トラテジー としての相互行為マネー ジメン ト 第三 レベル :コ ミュニケー シ ョン行動を評価す る日常的概念

第一 レベルに属す るのは,敬語表現な どの言語手段やお辞儀 な どの非言語 手段である。第二 レベルは,第‑ レベル と第三 レベルを結 び付 ける媒介管理 部門 と言える。 ある状況 において表 出された第一 レベルの表現 を第三 レベル の概念 と照 らし合わせ評価 した り, あるいは, ある特定の概念を実現 させ る ような表現を第一 レベルにおいて選択す る役割をにな う。第三 レベルは,特 定の社会や文化で歴史的に成立 した基本概念で,社会的相互行為をメタ レベ ルか ら評価す るものである。それにはた とえば,「 丁寧」 や 「 親切」,「 生意 気 」 「出 しゃば り」 な どの 日常的な概念が含 まれ る。 これ らの個 々の概念 は, 従来のポライ トネスに関す る研究 において しば しば英語 では

「politeness

」,

ドイツ語 では 「 H

6flichkeit

」, 日本語 では 「丁寧」 とい う上位概念 で包括 さ れてきた。問題は,た とえば 「 丁寧」が個別の評価概念の一つであ りなが ら, そのような個 々の概念を包括す る理論的上位概念 で もあるということだ。本 稿では, この 「 丁寧」 という概念 に焦点をあてる。 なぜな ら, この語 は個別 の 日常的評価概念を表わ しているだけでな く,評価概念全体の代表 となる理

‑69‑

(5)

金沢大学経済学部論集 第

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巻第 2 号

2007.

3

論的概念で もあ り,日本社会で重要視 されてきた と言え るか らである。

1.2.

「丁寧」の語源

『日本国語大辞典』 によると,「 丁寧」 とは,「 昔, 中国の軍 中で,警戒の 知 らせや注意のために用 い られた楽器」 と説明 されている

(p.

5 7 4 ) 。 そ こ か ら,「注意深 さ」 ない し 「 念入 り」 とい った意味が引き出されたわけであ る

今 日では, この語 は, さ らに社会的な相互行為を評価するために使用 さ れ るよ うにな っている

そのため,「 丁寧」 はた とえば,つぎの二つの発話 で使用できるわけだ :

a)

そのプ レゼ ン トはず いぶん と丁寧 に包んだね。

b)

ご丁寧 に もお返事 を くださり, どうもあ りが とう

a)

の 「 丁寧」 の意味 は,包み方 とい う作業への注意深 さと念入 りと規定 できる。

b)は,返答が相互行為 として礼儀にかな っているとの評価 と理解

できる。以下では, もっぱ ら後者の意味の獲得 に焦点をあてる。

2. 約 1 0 0 年前の 「丁寧」 の意味

上で見たように,「 丁寧」 は今 日では,基本的に二つの異なる意味を もつ。

しか し,かつて この語 は,「注意深 さ」 ない し 「 念入 り」 と関係 していた。

どのように して この語 は,相互行為の行為様式を評価す る新 しい意味を獲得 したのだろうか。 これを明 らかにす るために,今か ら約 1 0 0 年前 に公刊 され た, 3 冊の実用国語辞典の辞書記述 を調査 してみた :

「 丁寧」

1)『日本辞書 言海 』 ( 大槻, 1 8 9 1 )

善 ク善 ク心 ヲツケテ,ネ ンゴロこ,心切ニ

(p.

6 8 5 ) 2) 『 帝国大辞典 』 ( 三省堂, 1 8 9 6 )

ねん ごろ,探切,鄭重 な どいふにおな じ

(p.

1 41 4 )

‑70‑

(6)

「 丁寧」の意味変化 ( 西嶋)

3) 『日本大辞典 ことばの泉』 ( 大倉書店, 1 9 0 1 )

ねんごろなること。てあつきこと。志んせつ。鄭重,懸敷

(p.

9 1 6 )

この

3

冊の辞書 は,共通 して,「 丁寧」 を 「ねん ごろ」 と 「しんせつ ( 心 切,深切,志んせつ)」 という二つの語 によって説明 している。 2 冊 に共通 す る説明語 は,「 鄭重」である。

「ていねい」 と他の説明語句 との関係を明 らかにす るために,「ていねい」

の説明に使用 され る語 を同 じ辞書で調べてみ ることに しよう1

):

1' ) 『日本辞書 言海』 ( 1 8 9 1 )

「ねん ごろに 」 ( 「ね もごろに」か ら派生):

真心 ヲモテ。手厚 ク。心切こ。

「ね もごろに 」:

探切こ。怨敵こ。丁寧こ。 ネ ンゴロ二。

「 探切 に 」:

志ノ探クシテ切ナルコト。心安二事 ヲナスコト。懇ニモノスルコト。

2' ) 『 帝国大辞典 』( 1 8 9 6 )

「ねん ごろ 」:

親切,又 は懸憩 に,などいふに同 じ。

「 親切 」:

ねん ごろ, まめやか,心の深 さこと,な どいふ におな じ。

「 鄭重 」:

J 寧,ねん ごろ, な どいふにおな じ。

3' ) 『ことばの泉 』( 1 9 0 1 )

「ねん ごろ,ね もごろに

」:

深切 に,ていねいに,懸憩に。

「てあ つ い 」:

鄭重な り,ねん ごろな り。

「 志んせつ 」:

懇にいたわること。 まめやか。 しんせつ。

‑71‑

(7)

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3

「 鄭重 」:

ねん ごろ。 てあつきこと。丁寧。

「 懸敷 」 :ていねいに。ねん ごろに。鄭重 に。

説明語句の中には,相互 に参照 し合 うもの もある し, また,他の語 を引き 合 いに出す もの もある。 しか し,「いんぎん」 と 「しんせつ」 との間には直 接の規定関係 はない。 「ていねい」 の説 明語句 として,基本的につ ぎの 5 つ の語が頻 出す る :「いん ぎん 」 「ねん ごろ 」 「しんせつ 」 「ていち ょう 」 「てあ つい」。 これ らの語群 は,大雑把 に言えば,「ねん ごろ」や 「ていち ょう」 に 属 しているが, これ らは 「関係 における丁重 さ」 とい った形でまとめること ができそ うだ。 この ことは,説明語句の相互参照ネ ッ トワーク

2)

としてつ ぎ のように図示できるだろ う

3) :

【 矢印の説明 A

「て いね い」

1 よ くよ こころ を く つ けて

く 絹

1 ち I

的 ヽ い m l

K

r iiiii l }つ よ ∩=

「しんせ つ」 B:A

は B を指示】

こ ころ ざ しのふか くして

せつ な る こ と しん じつ に こ

とをなす こと ねん ごろに

ものす ること ねん ごろにいあたわ るこ と

まめやか こころの

ふ か きこと

図 1 1 9 世紀末前後の 「ていねい」関連語塵の構造

「ね

ん ご

」 まも

て ごころ を この図か らわか るよ うに,「ていねい」 関連

語嚢 は個人的な態度や性 向が 関わ っているとい うことである

「まごころを

もて」 や 「よ くよ くこころを

つけて」 な どがそれを端的に明示 している。

(8)

「 丁寧」の意味変化 ( 西鴫)

3. 現代の 「 丁寧」 の意味

時間の流れ とともに,社会 システム も変化す る。 あ る社会 の システムが変 化すれば, コ ミュニケー シ ョン行動評価概念 の役割 もその新 しい社会 の中で 変更 を余儀 な くされ る。 その場合, この評価概念 を表示 す る語嚢 の意味 も同 様 に変化す ることにな る。 この変化 を検証す るため に, 本節 で は, 「て いね い」 の語義 を現代 の実用 国語辞典 を参照す ることによ って調 べてみ よ う。

「ていねい 」 ( 下線 による強調 は筆者)

4) 『日本国語大辞典』 ( 小学館, 2 0 0 1 ‑2 0 0 2 )

手厚 く親切な こと。 ねん ごろで礼儀正 しい こと。 また,その さま。

懇切。

(p.

5 7 4 )

5) 『日本語大辞典

( 講談社, 1 9 8 9 )

きちん と していて礼儀正 しい さま。pol

iteness。(p.

1 3 2 2 ) 6)

『広辞苑

』 ( 岩波書店, 1 9 9 8 )

注意 深 く心 が行 き届 くこ と, て あつ く礼儀 正 しい こ と。

(p.

1 8 1 8 )

三冊 の国語辞典 を調 べてみて 目に付 くことは, 「て いね い」 の定義すべ て に,「 礼儀正 しい」 ( 下線 で強調 してあ る) とい う説 明が含 まれて いるとい う ことだ。対人行動 レベルでの 「 丁寧」 の共通す る定義 は, したが って,つ ぎ の よ うになろう :

ねん ごろで きちん としていて 手厚 く

礼儀正 し

い ‑こと ‑さ ま

2 20

世紀末前後の 「ていねい」の相互行為関連の意

(9)

金沢大学経済学部論集 第

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このように,現代の 「ていねい」の共通する基本的な意味は 「 礼儀正 しい」

と規定す ることができる

すなわち, ある社会で期待 される行動の形式 と関 連づけられていることがわかる

「 礼儀正 しい」 という言い換え表現 は,「 礼 儀 」 と 「 正 しい」 の複合表現 である。 その意味は,「礼儀 に したが った」 と 言 い換えできる。 「 礼儀」 は,本来,儒教 の規範 とその行動原理の一つを表 わす ものだ った。 その限 りで,「ていね い」の基本的意味は,相互行為関連 では,「 礼儀正 しい」 と定義でき, したが って,「 儒教規範 とその行動原則 に の っとって」 といった意味 になる。 しか しなが ら, これは,今 日において妥 当す るとはいえない。 なぜな ら,今 日で は通常,「 礼儀」の 日常的な使用 に おいて 「 礼儀」 にはどのような ものが属 しているのかは, もはやわか らない か らである。む しろ,「 礼儀正 しい」は何 らかの規範的な行動形式 に したが っ た という意味 において理解可能である, と言 ったほうがよ り正確か もしれな い。

4. 「 丁寧」 と 「 礼儀正 しい」

4.1. 「丁寧」の意味変化 と日本の社会変化

「 丁寧」 の語義説 明を,現代 の実用国語辞典 と約 1 0 0 年前 のそれ とで比較 す ると, その 1 0 0 年間で語義 に顕著な変化があった ことがわか る。興味深 い のは,「 丁寧」 の語義説 明に現代の国語辞典では共通 して出現す る 「 礼儀正 しい」が,古 い辞書の定義の中にはそれに相当す る語句が見当た らないこと である。 このような辞書記述 に基づ くと,「 丁寧」 という語 は,約 1 0 0 年前 に は 「礼儀正 しい」 と直接関係 していなか ったことがわか る。「 丁寧」関連 の 語嚢 グループと 「 礼儀正 しい」関連の語費 グループは,約 1 0 0 年前 には,まっ た く別の次元の もの と認識 され,別 々に記述 されていたのであろう。属す る 語場が異な っていた と言 って もいい。事実, 1 0 0 年前の辞書 には,「 礼儀正 し い」 という複合表現 は見 出 し語 として も他の語句の説明表現 として も記載 さ れていない。 ここか ら類推す るに,「 礼儀」は当時,「 儒教の規範 と行動原則」

しか意味 していなか ったのだろう。 したが って,「 丁寧」 の新 旧の意味 は, 異なる社会的次元 にあるといえ る

‑74‑

(10)

「 丁寧」の意味変化 ( 西鴫)

「 丁寧」 の今 日の意味 は,「規範的な形式性」 に基づ いて いるが, 1 0 0 年前 の 「 丁寧」 はその基本 的意味 と して, 「ねん ごろ」 と 「 丁 重」 が含 まれて い た。 つ ま り, これ は個人的な態度 や性 向 と しての評価 であ る

ここで推論 で きるの は, 「 丁寧」 の古 い意 味 にお け る個人 的要素 が, 時 間 の経過 とと もに 何 らかのかたちで,規範的な形式性 によって置 き換 え られた とい うことだ

4

)0

しか し, それはいつの ことで, どの よ うに して生 じたので あろ うか。 この点 は,Ma

nlieta

l . ( 1 9 9 6 ) で は十分 に扱 うことがで きなか った問題 で あ る

そ こで,本稿ではその点 を今少 し詳 しく分析 したい。

4.2. 近代国家成立後の 日本 の社会変化

語義変化 の理 由を説 明す るためには, 日本 の近代化 の歴史 を考慮す る必 要 があ る。 なぜな ら,価値概念 の意 味変化 は,通常, あ る社会 の社会 システム の重要 な部分, た とえば人間関係 を規定す る社会 的構造 な どの変化 に関係 し てい るか らである。

1 9 世紀後半 において中央集権 国家 と しての近代 日本 が成立 したの に伴 い, 人 と人 との関係の形式が顕著 に変化 した。 この変化 は,一般 に,ゲマイ ンシャ フ トか らゲゼル シャフ トへの移行 もしくは,共 同体 内の 自立性 か ら相互依存 関係への変化 と特徴づ けることがで きよ う。 この依存 関係 は,平等意識 の広 ま りに基づ くものである

5)

0

1 9 世紀 までの 日本 は,封建社会 であ ったため閉鎖 された社会 であ り,移動 の 自由は制 限 されていた。 そのため, 自分 の関わ る社会以外 の他者 と個人 間 の関係 を新 たに自由につ くる機会 はほ とん どなか った。 ところが, 明治維新 後 の近代化 の結果,移動 が 日常化 し, 自分 が住 む社会 において異 な る社会 的 背景 を持つ他者 と出会 い,かかわ りあいにな る機会 がふえた。 その際,個人 間の関係 を規定す る要因 に も変化 が年 じた。 これが,必然 的 に,相互行為 の 行動様式 に変化を引 き起 こしたのであ ろ う。 そ して,個人 間の行動様式 の変 化が, コ ミュニケー シ ョン行動評価概念 の役割 に対 して何 らかの影響 を及 ぼ した と推測 され る。 それ に したが って, コ ミュニケー シ ョン行動評価概念 を 表示す る語嚢 ( た とえば,「て いね い」)の意味が変化 した と考 え られ る。

ー75‑

(11)

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*

上記の説明 に基づ くと,「ていねい」 の語義変化 はつぎのように説 明でき る。明治以来,移動 の自由が可能な動的な社会の実現 によって必要にな った, 新 しい人間関係 の形成 は,その新 しい社会 に適合す る新たな行動形式 と規範 を要求す ることにな った。 日本 におけるこの行動形式 を説 明す るために,

「 礼儀」の意味の変化 を考慮す る必要がある。

儒教 に由来す る 「 礼儀」 は,かつて,武家社会の厳格な規範 として重要な 役割 をにな っていた。 ところが,武家社会 の没落 にともない,「 礼儀」 の重 要性が失われただ けでな く,「 礼儀」 の前提 とな る社会 自体が存在 しな くな り, その関連がな くな った。 これによって,「礼儀」 の意味の空虚化が生 じ た

6)

。そのような規範のあいまい化 した 日本 において統一を成 し遂 げるため に, まず標準語 と しての国語が策定 され,公教育 によって国語が教授 された。

その際,敬語だけでな く,規範 に したが った言語的 ・非言語的行動様式 もあ わせて教え られた

7

)。 こうい った振 る舞 い方は,「 礼儀」 ない し 「 礼儀正 し い」 とみな され るよ うにな った。標準語 の広ま りとそれ と同時に伝授 された 規範的な行動様式 のおかげで,相互行為 の際の個人的な要素 ( た とえば,

「ねん ごろ」)は規範的付 き合 い形式 ( すなわち,「 礼儀正 しい」)に置 き換え られ ることにな った。今 日では,「礼儀正 しい」 は 「ていねい」 の語義の一 要素 と見な され る

他方,仕事 な どにおける注意深 さや念入 りを意味す る要 素 は現代で もまだ残 されている。

このような社会変化 と 「ていねい」 の語義変化 は,近代化前後で図式化 し て表わす と次の表 1 のようになる。

‑76‑

(12)

「 丁寧」 の意味変化 ( 西鴫)

近代化前 近代化後

身分社会内の共同体 平等社会の相互依

存性 相互行為

の側面 閉 じられた

開いた

固定 した/静的な 移動

自由な/動的な

知 られた/慣れた 匿名の/見知 らぬ

親密な

表面的な 言語的側面

「 礼儀」 「ていねい」 「

礼儀 ( 正 しい

)」

「ていねい」

理想的行動 としての 念入 り ねんごろ

何 らかの行動形式 ( ねん ごろ)

8)

儒教的規範 ( 意味の空虚化

) 礼儀正 しい 念入 り

規範的 個人

的 形式的

表 1 「ていねい」の意味の変遷

5. 結語

「ていねい

」 の語義変化を日本社会 の歴史的変化 ( 近代化) とそれにとも な う相互行為

様式の変化に関連付 けて説明を試みた。 この作業を通 じて, い わゆる 「 丁寧

さ」 に関わる現象 は個 々の社会 によって歴史的に条件づけられ ていることが

示 されたはずである。 しか しなが ら,本稿 の主張の安 当性 は, コ ミュニケー

ション行動評価概念を表わす他の語嚢 を分析 し同様の結果が得 られて初めて確認できる。そのためには,本稿 と同 じ時間的な枠 内で

同様 の

(13)

金 沢大学経済学部論集 第

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* 本稿 は,拙論 (

"UberdenBedeutungswandeldesWortes"teine

i "‑

Zurintemationalen vergleichderKonzeptekommunikativenTugenden‑".In:

『好村富士彦教授 退官記念 論 文集 』,

1995

,

207‑220.

) の改訂 日本語 版 で あ る。 今 回 の改訂 にあた り現 代 の辞書 類 は,基本 的 に,最新版 に依拠す るよ うに した。

1)「に」 は,名詞 か ら副詞 を派生 させ る接尾辞 であ り,「こと」 は,名詞化接尾辞 で あ る。 本稿 で は, しか し,品詞 の区別 は考 慮 しない ことにす る。

2)

類語辞 典 『日本語類語大辞典』

(1909

年 公刊。講談社 リプ リン ト版

(1980)

を利 用) で は,「て いね い」 は 「 『ねん ごろ』 を看 よ」 と指示 している

(p.997)

。一方,

「ねん ごろ」 を検索語 と して調べ る と, 「大事 にす ること。手 あつ き こと, しんせつ な る こ と」 と定義 され る

(p.1158)0

「ね ん ごろに」 とい う派生語 は, 「しんせつ に, いん ぎん に」 と説 明 され る (同所

)。「しんせつ」 と 「いん ぎん」 は, 「ていね

い」 と同様 に 「ねん ごろ」 を参照 させ て い る。 この よ うな語群 で は, 「ね ん ごろ」

がその 中心 に位置付 け られてい ることが分 か る。

『日葡辞 書』 には

16・17

世紀 の 日本語 の語 費 が集録 され てい るが, それ によると

「ネ ンゴロ」 は 「親切,情愛, な ど」 と説 明 されている。 「ネ ンゴ ロナ」 は 「 非常 に 手厚 く扱 った り, かわ いが った りす る ( 人 ), または, 愛情 の こ もった親 切 な (こ と) 」

(p.458)

と記 されてい る。 個人 の態度 にかかわ る意味であ ることがわか る。

3)二 回以上説 明語 と して出現 した語 だ けを考 慮す ることにす る。 なお,辞 書 の表記

が統一 されて いないので,語句 を ひ らがなで表わす ことにす る。

4)

コ ミュニ ケー シ ョン行動評価概念 の ドイ ツ語や英語 にお ける同様 の歴史 的変化 に 関 して,「

H6flichkeit」につ いて はEhlich(1991)

および

Reinelt(1995)

杏,「

polite ness

につ いて は

Watts(1992)

を,

freundlich」

につ いて は

Hermanns(1993)

を 参照。

5)

社会構造 の変化 に伴 う個人間 の協調 関係 の変化 につ いて は,丸井

(2006)

N.

エ リアスの社会理論 を使 って詳細 に説 明 しているので, そち らを参照 の こと。

6)Herm anns(1993)

で は,「

freundlich」

はその頻繁 な使 用 によるイ ンフ レー シ ョン で意 味 の空虚化 と形式化が生 じた と説 明 して いる。

7)

標準語 と しての 「国語」 の成立 につ いて は,真 田

(1987)

およびイ

(1996)

を, 国語 の拡大 に と もな う諸 問題 につ いて は田中

(1989)

を参照。

8)

「ねん ごろ」 の意 味が,「礼儀正 しい」 に取 って代わ られたのであ る。 しか し, そ の意 味 は,「 事物 に対す るねん ごろ」 と しての意味をた もっている。

参考文献

‑Brown

,

P./P.Levinson:PolitenessISomeUniversalst'nLanguageUsage.Cambridge: CambridgeU

P,

1987.

‑Eelen

,

G.:A Crt'tL'queofPolitenessTheorL'es.Manchester:S

t

・Jerome

,

200

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ー78‑

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参照

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