通常選挙における選挙民の投票態度からみた参議院 問題
その他のタイトル Problems of the System of the House of
Councilors in terms of the Voting Behaviors of Senri New Town Inhabitants
著者 中道 実, 滝本 佳史
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 9
号 2
ページ 63‑97
発行年 1978‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/00022917
通常選挙における選挙民の投票態度からみた参議院間題
中 道 実 ・ 滝 本 佳 史
は じ め に
参議院制度発足以来30年,最近では改選期を迎えるたびに,参議院は発足当時の精神を失なっ て衆議院のカーボン・コピー化したとか,小型衆議院化したとか批難され,果ては参議院無用論 が説かれるまでに至っている。しかし,それらはいつも選挙戦の興奮の中でいつしか立ち消えに なってしまう。参議院,従って両院制は本当に必要なのだろうか。
わが国の現行憲法は二院制度を採用しているが,これについての議論を大まかに整理すると次 の 2つにしぼられる。ひとつは「両院制をとるか,一院制にすべきか」を根本から問うものであ り,他は両院制は必要であるが,現今の参議院はその使命を果たしていないので「参議院の存在 と機能について,その性格にふさわしい構成にすべき」 との参院改革論であるJ)。前者について は,憲法学者やジャーナリストの中に純粋に理論的な立場から一院制の方に軍配をあげる人もい るが玖 歴史的にみても現代の世論においても両院制論は未だ有力であり支配的であるので,わ が国では現実に一院制の強い主張は一般的でなく,それについての論争は活澄ではない。これに 対して,一院制に勝る機能を両院制に期待し,現今の参議院がその期待に応えていないとの立場 からそれを改革し実質化することが当面の最も検討を要する問題であるとする論議は活澄である。
わが国の現行憲法が二院制を採用しているのには,マッカーサー司令部がはじめ一院制を企図 したのに対し,日本側が強く二院制を主張した結果,司令部が両院とも「民選」を条件に同意し たという経緯があった3)。 そのさい,国会が政策選択・決定機能を有する以上,立法機関の一翼 を担う参議院も国民代表によって構成されるべきであり,その意義は決定における慎重性を確保 することにあるとされ,それをもって衆議院に対する参議院の独自性とされたのである。また,
それを制度的に保証する措置として,地域代表と職能代表的な考え方を加味したような選挙区構 成をとることになった。地域代表的な考え方は衆議院議員選出の考え方と類似するが,その場合
1) 小林直樹著『日本国憲法の問題状況』岩波書店,昭和50年, 362頁。 2) 一般的な考え方として次の意見をあげることができるだろう。
「議会が国民の意志を代表する機関であるならば,それは国民によって選ばれた議員から組織された一 つの議院によりなるべきであり,二つの議院を並置することは論理的に一貫していない。それは確かに むだな重複であるというほかはないであろう。」
酒井吉栄「参議院制度」ジュリスト, 1964年1月号,第289号, 206頁。
3) はじめ, 日本政府に提示された憲法のマッカーサー草案は議会について一院制を採っていたが, 日本/'
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でも後者より広い選挙区制を採ることによって全県的視野に立つ代表を選出できるような工夫が されている。しかし,衆議院に対する参議院固有の構成上の特徴は全国区制採用にある。それは
「地域代表的な考え方を全然考慮に入れず,専ら学識・経験ともにすぐれた全国的な有名有為な 人材を選出することを主眼とし,戦能的知識や経験を有するものが選挙される可能性をつくり,
そこから職能代表制の長所をとり入れようとしたのであり,農工商,学者,医師,弁護士,政党 等全国的な人物が選出されることを期待した」ためであった。これら以外にも,議員の任期制を 採用することによって「参議院の継続性と安定性を確保し,時代の変化を考慮しつつも,なお時 の流れに左右されない国民の良識を確保する」などの配慮がなされている代
一般に,第二院の機能は「第一院とは違った角度から事物を考察し,あるいは第一院の過誤を 指摘批判し,あるいは専横と軽率を節制し調整し,または専門的な知識・経験を基礎として国家 全体の立場から妥当な判断をする」5)にあるとされている。いわゆる「数の支配」を基本とする第 一院に対した「理の支配」を基本とする第二院の要請であり,議会制度の基軸である多数決原理 の欠点を補うものとしての「良識の府」の主張なのである。
I 有 権 者 の 側 か ら み た 参 議 院 問 題
【1】参議院における政党化と制度的改革論
参議院がその存在理由を疑われるようになった最大の理由として「政党化による硬寵」があげ られている。今日の政党は「厳格な規律をもって所属の議員の言動を拘束し党の決定に従がわし める」ので,参議院における政党化が進行して議員のほとんどが政党の系列にくみこまれている 状況では, (1)その勢力分野が衆議院とほぼ同じ状態にある場合には,参議院における審議が衆議 院におけるそれのくり返しにすぎなくなり, 「良識の府」としての役割を果たせない, (2)また,
もし野党勢力の配置が衆議院と異なった場合には,衆議院での多数党を与党とする内閣がその政 策を責任をもって実現することが難しくなり,議院内閣制の原則を生かせない, というものであ
\側が「不当な多数の圧制に対する抑制と行き過ぎに対する一時的のへんいに対する制止」の必要から二 院制を主張し,接衝の結果,総司令部も「両院とも,全国民を代表する選挙された議員によって組織す る」ことで二院制を認めたのである。日本政府が要望した参議院構成案が,はじめ地域代表,職能代表,
任命制の議員より成るとしていたことからも推察されるように,それは「衆院での社会・共産両党の進 出に対応する唯一の防衛策」としての保守的保塁を築こうとしたものであることは明らかであり,それ に加えてかつての貴族院に対する郷愁があったことは否定できない。しかし,新憲法の基本を国民主権 主義におき,国会を国権の最高機関として位置づけることを企図した総司令部にあっては,旧憲法下の ような政府提案の承認と政府決定への了承の誘導と説得のための機関としての「協賛的性格」を主軸と する帝国議会の機能は容認しうぺくもなかった。ことに,天皇の政府の防塞としての役割を果たしてい た貴族院的性格の存続は厳に拒否されたのである。
「参議院うらおもて」朝日新聞 1971年, 6月2日。
吉村 正著『新版日本政治の診断』東海大学出版会, 1973年, 96 7頁。
渋谷 武「参議院選挙の史的状況」(柚正夫編『国政選挙と政党政治』所収)政治公報センクー, 1977
年, 177~8頁。•
4) 渋谷武,前掲論文, 179頁。 5) 酒井吉栄,前掲論文, 206頁。
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通常選挙における選挙民の投票態度からみた参議院問題(中道・滝本)
る6)。フランス革命時代の思想家, アペ・シェースの「第二院はもし第一院と一致するなら無用 であり,それに反するなら有害である」という言葉がよく引き合いに出され,参院無用論がかき たてられている所以である。
参議院の政党化問題と関連して参院改革論議の焦点となってきたものに全国区制がある。これ は元来,参議院に衆議院の議会活動を補充し,抑制する機能をもたせようとの意図から,院の構 成に関して衆議院とは異質性をもたせるために設けられたもので,全国的視野から学識・経験に すぐれた人材や職能的利益を国民に反映させる職能代表的人物が選ばれることをねらいとした選 出方法である。しかし,この企図が果たされ得たのは「緑風会」という文化人・学識経験者を中 心とした無党派集団がつくられて政党活動をチェックした初期だけであった。緑風会は「良識の 府」としての参議院の使命を果たすことを目的に, (1)衆議院や地方議会に議席を求めない, (2)是 々非々主義を貫く, (3)会員の自由意思を尊重する,を基本方針として第1回参院選後の1947年に 結成された。一時は参院における最大の会派を形成することもあったが, 1955年に社会党統一,
保守合同が成って後,参院が自・社二大政党によって分断されるという状況の中で急速にその勢 力は減退し,第5回参院選の結果11名にまで落ち込み第7回参院選で消減してしまった。二院制 本来の趣旨を体現するために,自らを自・社両党間の中間勢力として位置づけ無党派を志向した 緑風会の衰退の歴史は,参院に進行する激烈な政党化の歴史でもあった。
現在,参院全国区に当選するための基盤として「御三家」と称されるものがある。官庁組織や 労働組合といった巨大組織,それに「クレントの顔」である。それは,全国区という巨大な選挙 区で戦うには,特定の大組織を有する者や組織を有しなくてもマス・コミにのった著名人が有利 であることを表わしている 。事実, 両者の属性を備えた議員の議会への進出は,それぞれ労働 諸団体の結成・連合や官庁機構の整備・拡充,テレビの全国的な普及と機を一にして著増してき た。議席数を争う政党にとってこの特性を有する人々の集票力の卓抜性は魅力であり,彼らの候 補者起用は避けられなかった。このような状況が進行するなかで,参院発足当時の主眼であった 学識・経験共に優れた全国的な有名・有為な人材を選出する効果に対する疑問が生まれてきたの である。確かに,巨大組織を擁する議員の輩出を当初の目標であった職能代表的効果が達成され ているものだとする見方もあるが, これは明らかに過剰代表であり,国民の職域構成からみて適 正な配分を反映していない。加えて, 「総評なくして社会党なく,同盟なくして民社党なく,経 済団体・官僚機構なくして自民党なし」と評言されるように,これらの巨大組織は政党と一体化 し,あるいは政党の代行的役割を果たしており,自己を供給選出母体ないし支持連結母体とする 議員に職能代表というよりも利益代表的性格を濃化せしめている。必然,利益の対立は深刻化し,
それを調整すべき中立的な学識経験者の議員中に占める構成比率が減少化してきたこととも相ま 6) 吉村正著,前掲書, 104頁。
7) 読売新聞社世論調査室編『選挙を徹底分析する一'70年代の選挙と政治』昭和50年,読売新聞社, 171 245頁。
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って,参院全国区の再検討論,更には無用論を活澄化させることになったのである。
政党化による硬直化が国政上で果たすべき参議院の機能遂行を阻害し,それの独自性を失なわ せているとすれば,参議院の改革はすぐれてそこにおける政党化阻止方策を探るべきだというこ とになる。事実,この観点からこれまで様々な改革案が提示されてきた。要約すれば,それらは 任命制,推薦制,間接選挙制,複選挙制およびこれらの適宜の組み合わせ,あるいはこれらと直 接公選制との混合を提案するものである。しかし,任命や推薦によって議員を選出する方式を導 入するには現行憲法を改正する必要があり,改憲条項の制約からいって,現状での実現は事実上 不可能といわなければならない。また,公選された衆議院議員や都道府県会議員が参議院議員を 選挙する複選挙制案,公選された選挙人が参議院議員を選挙する間接選挙制案によって,政党化 を阻止できる保証は何もない。任命・推薦によって議員を選出する方法は,いずれも参議院を職 能代表化し,あるいはそれを学識経験者で構成することによって,それに期待される使命遂行を 可能にすべく考慮されているものであるが, 「参議院を諮問機関化するならともかく,最も重要 な立法作用および行政監督作用をも国会の一院とする」以上,民主主義の原理からいって問題が ある8)。職能代表や学識経験者を間接選挙によって選出する方式も,基本的に「国民に信をおか ないことに基づいている」方式であるという点で議会制民主主義の理念上,問題を含んでいるし,
また政党色を排除できるかどうかにも疑問が残る丸
(2】参議院の運営改革論
議会制民主主義は,主権者である国民がみずから選出した代表を通じて間接的に政策決定に参 与することを理念としている。従って,国民のレペルに存在する多様な利害・主張を組織して議 会へ反映させる機能,およびそれらを普遍的な政策の選択へ変換させる機能を遂行する政党の存 在は議会制度にとって不可欠である。とすれば,寵接選挙によって選ばれた代表から構成される 参議院が政党化することは必然の結果といえるのであり,直接公選制を採用する限り,参議院の 非政党化を期待することは望み得がたいということになるだろう。この現実を捉えて,当面我々 が検討すべきことは参議院の政党化を不可避のものと認容した上で,なお参議院本来の役割を遂 行しうる方策を模索できないかという問題である。この意味で1971年の第9回参院選後に起った 河野謙三参院議長誕生劇の経緯10)は教訓的であった。事件は選挙が59.2%という低投票率をもっ て終った後,参院議員河野謙三氏が「選挙を終って」と題する書筒を全参院議員に送り,その中 で「失なわれつつある参議院への信頼を取戻し,参議院本来の使命を果たす」ために,私見とし て(1)議長を第1党から副議長は第2党から選び党籍から離脱する, (2)国務大臣,政務次官は参議 院から出さないように自粛する, (3)国会審議では党のワクにしばられず,議員の責任で自由な討
8) 大西芝雄「国会」法律時報, 1963年11月号。
9) 吉村正著,前掲書, 106 7頁。
10) 河野健三著『マラソソ人生』日本経済新聞社, 1975年, 153 163頁。
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通常選挙における選挙民の投票態度からみた参議院問題(中道・滝本)
論を行ない,各党間に共通点をみいだすように努力する,の三項目を提案したことから始まる。
当時,参議院では,参院自民党の過半数を擁する派閥「清風クラプ」を率いた重宗雄三氏が 9年 間に及ぶ長い議長時代を通じて権勢ならびなき位置にあり,参院からの閣僚・政務次官推薦権を 一手に掌握していた。この「重宗体制」を批判し,人心一新によって参院の自主性・独自性を回 復する改革に着手すべく,議長選に立候補した河野氏は自民党の抵抗はあったものの,結局,参 院の復権という大義名分の下に結束した 4野党連合と自民党の一部の支持によって議長に就任し た。まもなく,議長の私的諮問機関として,学識経験者から成る「参議院問題懇談会」が設置さ れ, 9月に意見書が議長に答申された。その中では,公正中立を持し,超党派に院の立場を守る ための議長・副議長の党籍離脱,議員個々の良識による判断を可能にし,参議院の自主性を確保 するための無記名投票制度の採用,政府・与党による参院支配強化の温床となっていた閣僚割り 当ての自粛,院運営の円滑化と効率的な充実せる論議確保のための各派幹部会議の常設,審議期 間の確保,先議案件の増加,小会派の発言の保証,公聴会・参考人制度の活用等,参議院設立の 趣旨を生かすための具体的な提案がなされている11)0
この意見書に対する各党の反応は自民党が反対するなど様々であるが, これは憲法的・制度的 改革案ではなく,政党や議員自身が決意しさえすれば実現可能な運営的改革案であり,また,政 党化を抑えながら,なおそこに参院から失なわれた「衆院に対する抑制と補充」の機能をよみが えらせることを企図したものであるという点で,注目されてよい。事実,その後今日に至るまで の間に,議長・副議長の党籍離脱が行なわれるなど,徐々にではあるが,実を結びつつある。
【3】参議院の史的状況
参議院の歴史は大まかに四つに時代区分して概観されうる。第1期は参院発足と同時に結成さ れ,参院第1の勢力を誇った緑風会が活躍した時代である12)。新しい参議院の使命・機能などに ついての具体的認識が現実化されておらず,従って参議院の運営についての模索と戸惑いの域を 出ないこの時期は,それだけに衆議院との異質性を確保し,衆議院に対する独自性を獲得するこ とによって,参議院の存立意義を確立していこうとの空気が支配的であった。この空気を受けて,
当時院構成の半数を占めた無所属議員を中心に結成されたのが緑風会である。そしてそれは「政 党色のない純粋公正な人材たるべきこと,会の決定で会員の行動を拘束せず,自由意思を尊重す ること,国会審議にあたっては一定のイデオロギーを前提とせず是々非々の態度でのぞむこと」
等を基本方針とし,参議院独自の会派として参議院を冷静な判断と公明な批判の場とするべく活 躍した。事実,参院第一の会派であった緑風会は結成の趣旨をよく体現し, 「年齢のとなえ方に
11) 朝日新聞,社説, 1971年7月15日, 1971年9月27日。 毎日新聞社説, 1971年7月13日, 1971年9月27日。 12) 緑風会の歴史については主として下記の書物を参照した。
緑風会史編纂委員会編『緑風会18年史』 1971年。 渋 谷 武 前 掲 論 文 。
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関する法律」や「文化財保護法」等の議員立法を成立させたり,衆議院を通過した多くの法案を 修正したり廃案にしたりする上での原動力となったのである。それは両院制の意義である抑制・
均衡の原理を適切に機能させるものであったといえる。しかし,参院発足時に最大勢力を擁した 緑風会も衆議院や地方議会に根をもたなかったこと,とくに全国区選挙が組織戦化するに伴ない,
会派の主力を構成していた組織的資源をもたない文化人や学識経験者の当選が困難になったこと 等の理由で,その議席を急減させていった。反面,参院の政党化は急速に進み第一期多党制時代 に入っていった。この第2時期は緑風会が参院審議でのキャスティング・ヴォートを掌握してい た時代であり,その意義は参院での「モークーボート競走法案」や「ドッグレース法案」の否決 等随所にあらわれていたが,破壊活動防止法案や指揮権発動問題といった与野党対決審議が相次 ぐなかで,自由・社会両党からの緑風会抱き込み策が猛烈となり中正公明な緑風会精神は次第に 失なわれていった。閣僚や政務次官のイス,選挙資金の魅力に抗しきれない退会者が続出したの もこの時期であり,第4回参院選後の議席数は29にまで落ち込んでいた。第3期は1955年の左右 両社会党の統一,民主・自由両党の保守合同によって,いわゆる「 2大政党の対立と妥協の上に 政治的問題が処理された」!3)55年体制期にあたる。参院での2大政党対立時代は第4回参院選で 自民党が現状維持にとどまったのに対し,社会党が大幅に躍進し,緑風会が凋落した時から始ま るといわれているが,この時期は衆院で単独過半数を占めていた自民党も参院では単独過半数を 占めることができず,法案審議の動向は緑風会の帰趨に依っていた。実質的な意味での55年体制 が参院で確立されたのは第5回参院選で社会党が微増して85議席に達し,新たに創価学会役員が 3名登場したにもかかわらず,緑風会が11議席に半減する等の事もあって,自民党が安定過半数 の 132議席を占めた時からである。 1½政党時代とも特徴づけられるこの時期は第10回参院選で保 革議席差7となり,自民党の安定過半数が保持されなくなるまで続く。参議院は自・社両党を軸 にした激しい政党対立の場と化し, しばしば対決法案の審議をめぐって乱闘がくり返され警官を 導入する事態を招いたりしている。 「良識の府」としての参議院の姿は失なわれ,衆議院での討 議と同じことを再びくり返すに過ぎない「第二衆議院」「小型衆議院」との世の批難を浴びて,ニ 院制の意義を根本的に問う「参議院無用論」が叫ばれ始めていた。この間,創価学会系の議員に よって結成された公明会(後の公明党),社会党から分離した議員によって結成された民主社会党,
および共産党が第9回参院選までに相次いで議席数10を越える院内交渉有資格団体となって,参 院における多党化現象が生起している。それに伴ない, 「良識の府」の代名詞のように評価され ていた緑風会は, 「参院の激烈な政党化の中で参院中立の趣旨は最早貫けなくなった」との代表 者の言葉を最後に参院から姿を消した。第二期多党制時代が文字通り確立したのは保革伯仲時代 の幕明けとなった第10回参院選後である。我々のいう第4期にあたる。この選挙で,自民党は単 独過半数を獲得できず,保守系無所属議員を含めて漸く議席差7に持ち込めたにすぎない。前回 参院選後に戦後政治の潮流を変えたとまで評言される「河野造反議長」の誕生劇に典型的に現わ
13) 渋 谷 武 前 掲 論 文 , 180頁。
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通常選挙における選挙民の投票態度からみた参議院問題(中道・流本)
れているように,動揺しつつあった55年体制はここへきて完全に崩壊したのである。与野党伯仲 から与野党逆転への成否が最大の焦点となり, 「議席数による議席数のための選挙」戦が展開さ れた第11回参院選でも与野党逆転こそ実現しなかったが,伯仲状態は解消されなかった。最早,
政府・自民党にとって衆院での議決を参院においてトコロテン式に成立させてしまうという従来 の方式を転換せざるを得ない状況にあり,法案処理にあたっての多数派形成の腐心が急務とされ,
他党への協力要請が必須の条件と化したのである。また,野党にとっても国政の混乱や停滞を避 けるために,自制と協調が強く要求されることになった。 「理の政治」を存在理由とする参院に とってこの自制と協調に富む姿は最も望まれるものといえよう。しかし,与野党伯仲状態とはい ぇ,議員の大部分が政党の系列に組み込まれ,党議党則に強く拘束されて,その姿勢が硬直化し ている現状では,参院が理の府たる要件を備えているとはいいがたい。ことに,第34回総選挙後,
衆議院でも与野党伯仲が実現し,両院の政党構成がほぼ類似したところから,両院に全く同じパ クーンの与野党および諸野党間のかけ引きや取り引きによる主導権争いが出現してきている。政 党対立による議会運営が形式的に正常化したとしても,それだけでは参議院での審議は衆議院で のそれの二番せんじになり,参院無用論を沈黙させることはできないであろう。第11回参院選が 与野党逆転ではなく,伯仲の継続で終った時,マス・コミはこぞって国民は不安定の中にも安定 を求めたのであり「緊張した対立関係を続けることで与野党に自制と強調とさらに熟慮した上で の行動を要請」することによって「良識の府」としての参院の存在意義の証しを政党や議員に迫 ったものであると評価した。国民の審判はいわば「あるべき参議院」の形式上の必要条件を与え たともいえるのである。十分条件の提供は政党や議員自身の責にある。直接選挙による限り参議 院の政党化が避けられず,また参院議員に政党所属を禁止することが憲法上問題があるからとい って,いたずらに非政党化を企図して復古的な非公選制を導入し参院を諮問機関化したり,非民 主化・地位低下を策することは議会制民主主義の理念に反する。とすれば,国民が「理の府」の 代表者たちに期待できるのは,政党および議員が「政党エゴイズム,地元利益,選出母体の利益 などを離れて国民的利益に立って法案を審議するよう努力する」といった,代表制度の原点であ る国民代表理念に立ち帰り,それを体現することだということになる。 「河野提案」や「参院問 題懇談会の意見書」に盛り込まれた提言を全参院議員が真剣に検討し,それの実現を期すことは,
それへの礎石となるものである。それはまた参議院の権威高揚にもつながるはずである。
r
r 分 析 視 角 と 研 究 の 方 法
【1】 分 析 視 角
参議院議員を選出するのは主権者たる国民である。とすれば「期待される参議院の理想像は最 終的には国民によって実現される」14)ということになる。日本世論調査会の調査によれば,参議院 が本来の機能を発揮していると思う人は1割に満たず,逆に発揮していないという人が4割もい
14) 富田信男「第9回参議院議員通常選挙の分析け」明治大学政経論叢,第39号, 131132頁。
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る。また,西日本新聞の調査によれば,国民が参議院議員の経歴として望ましいと思っているの は,学識経験者,国会議員経験者,労組出身者の三つに,業界と企業の代表者等であり,現参院 議員の社会的構成と一致していない15)。このような国会の希望と現実の乖離は国民が意識と行動 を合致させるだけの政治的信念を保持していないからなのだろうか。確かに,今日の与野党議席 の伯仲状態は「良識の府」としての参院の本来の姿を取り戻すに絶好の機会である。しかし,そ の状態が,一方で「現在の政治に期待できないとか,物価高は困るとか,自民党は企業に結びつ いているとかのネガティヴな理由」で革新票が増大し,他方で野党の統治能力に対する不信から
「自民党に多少の不満があっても自民党に一票を投じてしまう」現象によって,結果されたもの であるとすれば18>, 「あるべき参議院」の形式上の必要条件が整ったとはいえても,実質的な必 要条件が充足されているとはいえないであろう。参議院問題の解決条件の一つは,豊かな政治的 知識と政治に対する高い有効性感覚をもち,政治的情熱を発現させる有権者の存在である。
近年の選挙の特徴を約言すれば,保・革勢力の後退と中道勢力の伸長ということになる。これ は,国民の間に中間層意識が増大してきたことと密接に結びついている。中間層意識の一般化は,
従来の「労働者階級=貧困階級=被支配階級という三重写しの図式」の現実適合性を稀薄化させ,
「階級闘争としての政党政治という図式」の説得力を喪失させた")。中間層といっても,それは 統一された独自な集団を形成しているわけではない。単に労働者階級と資本家階級との中間的な 存在であるというにすぎず,その内に多様な価値と利害を混在させている社会的集合である。し かし,彼らは労働者階級や資本家階級とは異なった意識と行動様式を共有している点で共通性を 保持している。今日,特に肥大化した新中間層部分は政党の消長を左右する強大な数的潜在力を もち,しかも利害と価値の内部分化の故に特定政党への忠誠心をもたない。必然,政権獲得をめ ざす政党にとって,あるいは議会内において多数派を形成すべく連合を策する政党にとって,こ の新中間層の支持を獲得することが共通の目標になり,従って諸政党間の政策・主張が接近し,
境界線が交叉してくることになる18)。与党が数の威力を失ない過去20年間に及ぶ一党支配体制の 枠組をぐらつかせて,与野党間の一定の協力関係の樹立が不可欠になった現在,野党にも統治能 力が要求され政治に対する責任を負わされている。換言すれば, 「政党は自己の集団の利益と同 時に他の諸集団の利益を体現しうるような政治情勢」下にあるということであり, 「単一の階級 的利益のみならず,複数の階級の利益との結合」を要請されているということである19)。そのこ とによって,労・資階級の周辺勢力を結集することが可能になるのであり,従って政党に「階級 政党性」や「利益代表性」を越えた「国民性・公党性」が付加されることになるのである。この
15) 富田信男,前掲論文, 130 133頁。
16) 志水速雄「与野党伯中時代の政治の条件」(『日本の政治』所収)現代のエスプリ, No. 119, 1977年 6月号, 22 23頁。
17) 飽戸 弘「政党支持の心情と論理」(『選挙』所収)現代のエスプリ, No.94, 1975年5月号, 186頁。 18) 吉村正著,前掲書, 91頁。
19) 岡本,佐々木,小沼,木下著『現代社会と政治』,法律文化社, 1975年, 73頁っ
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通常選挙における選挙民の投票態度からみた参議院問題(中道・滝本)
意味で従来ややもすれば,政治的知識をもちながら政治的有効性惑覚や政治的情熱をもたず,政 治から逃避していた新中間層の政治に対する積極的な関与こそ,今後のわが国の政治の動向を左 右し,ひいては参議院の在り方を変える原動力になると思われる。
【2】 研 究 の 方 法
本稿は有権者の政治意識と投票行動から上述の問題関心に則して,参院問題の現状と性格を探 ることを目的としている。このための資料として用いるのは,第11回参院選後の1977年9月に,
千里ニュークウンの吹田市域に居住する有権者を母集団として行なわれた「千里ニュータウン政 治・社会意識調査」のデークである20)。この調査は(1)千里ニュークウン住民の政治意識構造の解 明と投票行動を規定する要因の分析, (2)千里ニュータウン住民の政治意識と投票行動の変化の分 析21りを目的とするものであり,直接参議院問題を焦点にしたものではないが,我々の問題意識 に間接的に応えうるデークを含んでいるので, ここで採用した。勿論, これらのデータは一地域 社会住民の政治意識や投票行動に限定されたものであり,これらをもって直接的に国民全体の政 治意識や投票行動に代置させ,普遍化・一般化を試みるような愚は厳に戒められるべきであるが,
千里ニュークウンは我々が参院問題にアプローチするさいに焦点的対象としての位置を与える新 中間層が集中している, 日本に一般的な大都市近郊団地であるところから,ここに居住する人々 の意識や行動の特性は, 日本における新中間層の意識や行動の特性と類似し,従って一定の留保 条件付でならばそれを代表しうるものと考えてよいだろう。我々が分析焦点として設定したのは,
(1)地方区と全国区に対する態度と投票の差異ないし一貫性の解明と(2)政治的有効性感覚の高低と 投票決定の「政党本位一人物本位」度である。
参議院は衆議院と同じく直接平等選挙の原則を堅持しながら,なお参院の独自性を確保するた めに,地方選出議員と全国選出議員から構成され,衆議院の構成とは異質なものになっている。
それは地域代表主義だけでは衆議院と構成上の差異がなくなるところから,日本国憲法が明らか にしている「参議院議員は全国民を代表する選挙された議員であること,即ち国民代表であるこ と」の基本的事項を生かすためにも,社会各部門,各職域の知識経験ある全国的人物が選出され,
20) 調査の実施関係の記録は次の通りである。
母集団大阪府吹田市千里ニュークウンに居住する男女有権者 標本抽出法確率比例抽出法
抽出標本数 805
調査完了数 634 (抽出標本に対して 78.8%) 調査方法質問紙を用いた留置調査
調 査 時 期 1977年9月1日 9月14日の間 調査員関西大学社会学部学生他。
21) 千里ニュークウンにおける政治,社会意識の調査が関西大学経済・政治研究所の昭和41•42年度政治
・社会意識研究班(研究班主幹山川雄已法学部教授)によって実施され,その報告書が昭和43年3月に
『千里ニュークウソにおける政治・社会意識の実態』と題して,同研究所から刊行されている。我々の 調査の目的の一つは,それの結果との比較によって千里ニュークウン住民の政治意識と投票行動の変容
を解明することにおかれた。
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第1表有権者の類型
有効性感覚 政党本位 人物本位 高
I : : :~I
低
計 I 9 2 1 1 0 4 1
(中間的クイプを除く)
第1図 有 効 性 惑 覚 高い
(議員の) (政党の)
計 116
82 198 n.s. 地方的利益ではなく全国的な利益を代表する,
職能代表主義をも加味することを企図したも のである。とすれば,現今の有力な制度的改 革論の一つになっている全国区制の地方プロ ック制への変更は,地域代表的な地方区制と の現実的な差異をなくし,全国区制併用の設 置理念を無視することになる。我々は全国区 制の改廃を制度的に問う前にそれが有権者の 投票行動にどのように生かされているかをま ず問うことから始めようと思う。そのさい地 方区制と全国区制の理念の差異という観点か ら有権者の地方区に対する反応と全国区に対 する反応とが独自のものでありうるし,それ の一貫性はむしろ参議院設立の趣旨に合致し
国民代表性信頼型 公 党 性 信 頼 型
人物本位 政党本位
(議員の) (政党の)
国民代表性不信型 公 党 性 不 信 型 低い
ていないということになるだろう。これが我々の第1の分析焦点の意義である。
我々は国会が議会制下における政党の存在を認容し,それらの間の基本的政策における全国民 的利益に立ったコンセンサスを期待すると共に,政治に対する統制者意識=主権者意識を,従っ て政治に対する情熱と有効性感覚をもって行動することが,議会政治を良化させ,参院の在り方 を改革しうる根本的な基盤だと考える。この観点から我々は投票決定の「人物本位ー政党本位」
度と有効性感覚を尺度とする有権者の類型化を試み,その中で特に典型的な類型に注目し,それ ぞれの特性究明を分析する作業を通して有権者の意識・行動と政治,従って参院の態様との関連 を問うていく。第1表で分かるように,類型設定の基準とした, 「人物本位ー政党本位」度と有 効性感覚の高低とは関連が認められず,両者は独立した質的に異なるものである22)。このことは
22) 政治的有効性感覚の指標は次の問から構成した。
「あなたは次の意見に対して賛成ですか。それとも反対ですか。それぞれお答え下さい。」
a. 政治のことはむずかしすぎてとても理解できない。
b. 政治でさわぐより,自分自身の仕事に精を出した方がよい。
C• 政治のことは政治家にまかしておけばよい。
d. われわれが少々さわいだところで政治はよくなるものではない。
e. どの政党が政権をとったところで大したかわりはない。
£. 政治について国民一般の発言力をもっと強めるぺきだ。
項目分析の結果, 6問とも同質のものであることが判明したので6問全部の得点を合計して尺度値とし た。その分布状況は次のとおりである。
: : , I : :I・:., I ::. I I .:.:, I
平均得点 7.544 標準偏差 2.983
7 I 6 I 5 I 4 I 3 I 2 I 1 I計 9.31 10.0 I 8.o I 9.8 I 4.6 I 4.6 I 0.81閾
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/'
通常選挙における選挙民の投票態度からみた参議院問題(中道・施本)
両尺度によって有権者を類型化する我々の試みが統計論的に是認されうることを物語っている。
我々は有権者の4つの類型を仮りに第1図のように名づけることにした。 「国民代表性信頼型」
は政治を統制しているのは我々だという意識をもった有権者が国民各層の個別的利益の代弁者と してよりは,それらを越えた国民的利益集約ないし国民的目標達成役割遂行者として自分たちの 代表を選出するクイプである。これに対して「国民代表性不信型」とは「政治を一種の自然現象 とみなすのではなく,人間の統制下にあることは承知しながら」も政治を統制するのは 我々 ではなく 彼ら という意識に根ざす23)有権者たちが, 自己に特定的な個別利益の表出ー集約 過程に議員を介在させようとする型である。同じことを「人物本位ー政党本位」の軸に関連づけ たのが「公党性信頼型」と「公党性不信型」である。前2者と後2者を分けるものは国民的利益 あるいは特定利益の集約期待を特定の議員個人に託するか,あるいは議員を媒介にした特定の政 党に託するかの違いとして理解することができる。このうち,参院改革という観点から論議され るべき有権者の類型は, 「国民代表性信頼型」と「公党性信頼型」であるが,参議院確立のため に意欲を燃やし,設立の趣旨を生かすべく無党派を志向した議員が多数派を形成した発足時なら ともかく,現今のように政党化が不可避とされている状況下において, 「国民代表性信頼型」の 有権者の期待が十全的に生かされうる実現可能性は極めて小さい。保革伯仲時代にあって,国民 の期待しうるそして最も実現可能で実効性があるのは「国民代表」としての利益受託の役割を認 識した議員から構成される「国民性的・公党性的」政党の出現であり,それは議員と政党に対す る評価を基盤とした「公党性信頼型」有権者の存在であるはずである。我々が4つの有権者類型 を設定し,それぞれの構造内特性を明らかにすることを分析目的に確定するのは,その作業を通 じて政治や参議院の態様とその動向を有権者の特定の集団形態と関連づけてみようと意図するか らである。従って,ここでの我々の関心は有権者類型と政治的態様との分析的連関構成を推見す ることにあり,類型別有権者の現実構成の経験的確認やそれに規定される政治的現実の評価には ない。以上が第2の分析焦点の意義である。
\有権者の典型的なクイプの意識・態度,行動の特性を解明するという我々の分析目的に適合するように,
分布を上位四分の一層 (10点以上),下位四分の一層 (5点以下),その他中間位層の三層に分け,上下 二層だけを分析に用いた。
「政党本位一人物本位」度の指標は次の問に依った。
「普通,あなたは,選挙のさい,候補者の所属政党を重視して投票されますか。または人物本位で投票 されますか。」
a. 参議院議員選挙の場合
1. 政党本位 2. 人物本位 3. しいていえば政党本位 4. しいていえば人物本位 分布状況は次の通りである。
政党化度1 政 党 本 位 I人 物 本 位
比 率I 22.9 28.8 羞芦沿嘔
I欠しば冷届INAl 計
I 23.5 I 21.3 I 3.5 I t6o~ 悶
有効性感覚指標の場合と同じ理由から,我々が分析に用いたのは,
1. 政党本位 2. 人物本位 のどちらかに回答した人たちだけである。
23) 丸山真男「政治的無関心」(『政治学事典』)平凡社。
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III 投 票 行 動 か ら み た 参 議 院 問 題 [1]両選挙区に対する投累態度の差異ないし一貫性
調査概要とサンプル特性については,後日別稿で詳細に紹介する予定であるが,ここでは我々 の論議に基本的な点に限定し,注目すべきサンプル特性のいくつかを挙げておく(第2表)。第1 に居住者の大多数がホワイト・カラーであり24>, しかも高学歴者の比重が高いこと,第2に所得 水準が月収20万円から60万円未満の層に集中していること,第3に年齢的に20歳台, 30歳台の若 い層が半数を占めること,第4に中間階層・階級意識を持った者が圧倒的に多いこと等が特徴的 である。彼らはわが国で肥大化しつつある新中間層に典型的な特性を有するものであり,既述の 事由から彼らの政治意識や政治行動を探ることによって,わが国における政治構造の動向を予測 する有効な手がかりを得ることになるだろう。それでは千里ニュークウンの住民達は参議院全国 区選挙,地方区選挙にいかなる期待を抱いて投票行動をしているのであろうか。全国区選挙,地 方区選挙に対する態度と投票の差異ないし一貫性を明らかにすることとする。調査地域である千 里ニュータウンは大阪府を単位とする地方選挙区に属すが,大阪地方区は6政党及び社会市民連 合,日本女性党各1名,諸派,無所属各2名の計12名による,全政党の候補者が全国有数の激戦 を強いられた選挙区であり政党の政治勢力をかけた選挙戦が実施された。それだけに政党レペル の全国区との比較に耐えうる好適な選挙区であるともいえるわけである。
千里ニュークウンの吹田市域に関する選挙結果の公式統計は存在しないが,参考までに,この 調査における投票分布と,吹田市全体を単位とする公式選挙結果との比較を第3表に掲載する25)。
この種の調査に一般につきものの棄権率の公式結果との差異が我々の調査にもみうけられる。こ の調査では各党とも投票者の割合が公式結果より大きくなる傾向にあるが,公明党投票者のみ公 式結果より下まわり吹田市全体からみればサンプルの代表性過少とみえるかもしれない。しかし,
これはこの地域固有の偏よりとみるべきであろう。
さて,従来の調査デークで確認されている投票行動に対する政党支持の影響力の強さは26>, 我 々の参議院全国区選挙,地方区選挙における投票方向と政党支持方向とのクロス表(第4表)に も認められる。どちらの選挙においても支持政党の候補者に対する投票率は高い。但し,政党支 持の投票方向に対する規定力の大きさは一律ではなく政党間に差がみられる。また,全国区選挙 と地方区選挙の問にも差がみられる。自民党・社会党支持者では全国区の方が地方区よりも自己 の政党支持の規定力が強い。これに対し民社党・共産党・新自由クラプ支持者では地方区の方が
24) 世帯主でない女性サンプル (N=295)の世帯主の職業構成は専門職 13.6%・,管理職29.2%,事務職 29.8%, エ員・店員等 8.1%,自営業 14.2%,その他の職業 2.0%,無職 3.1%であり,男性サンプ ルの分布に近い。
25) 吹田市選挙管理委員会『昭和52年7月10日執行参議院大阪府全国選出議員選挙結果調ぺ』より算出。
26) 三宅一郎「全国選挙と地方選挙ー京都市における交差投票ー」(『選挙』所収)現代のエスプリ, No. 94, 1975年5月号, 200頁。
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