研 究
アメリカ合衆国における被害弁償を巡る諸問題
Some Problems regarding Restitution in the United States
隅 田 陽 介
*目 次 は じ め に
一 MVRA の意義と特徴
二 近時における被害弁償命令の運用状況 三 被害弁償と和解
四 被告人の財産に対する差押えの可否 お わ り に
は じ め に
わが国では,「犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事手続に 付随する措置に関する法律」(平成12年法律第75号)によって,犯罪被害 者には刑事被告事件において損害賠償命令の申立てをすることが認められ ている(23条以下)。この制度が導入されたのは2008年であるが,ここ数 年の利用件数は300件前後に留まっている1)。そして,わが国で損害賠償 命令の申立て制度が導入される際に併せて紹介・言及されていたものが,
*
嘱託研究所員・帝塚山大学法学部非常勤講師
1) 法務省法務総合研究所編『平成30年版犯罪白書』昭和情報プロセス株式会社
(2018年)227頁によると,2017年に申立てを受けた事件の終局件数は295件,
2016年が306件,2015年が307件などとなっている。わが国における損害賠償命 令の申立て制度のこれまでの運用状況及び今後の課題に関して,齋藤実「刑事 手続における損害賠償命令制度の現状と課題」『獨協法学』106号(2018年)
351頁以下参照。
アメリカ合衆国における被害弁償(restitution)制度である2)。合衆国の 被害弁償制度は,犯罪によって被害者は一方的に被害を受けることになる が,これは明らかに公平に失しており不公正であるという考えを前提とし ている。その上で,犯罪者に対して,自らが行った違法な行為によって生 じた損害を明確に認識させると同時に,被害者が受けた身体的・精神的・
経済的損害を賠償させることを通して,被害者を,犯罪が発生する前の状 態に完全に戻すことを目的としたもの3)である。合衆国の制度の場合,弁 償命令通りの支払いがなされず,未払い金が増加していることに加え,近 時,いくつか議論されていることがある。例えば,①幼児期に性的な虐待 を受けた被害者が,後日,その様子を撮影した画像をインターネットを通 してダウンロードした者に対して,被害弁償の請求を行うことができるの かどうか4)ということである。この点については,合衆国最高裁判所まで
2) 奥村正雄「犯罪被害者と損害賠償命令制度─刑事手続からのアプローチー」
『刑事法ジャーナル』 ₉ 号(2007年)25頁,同「犯罪被害者等の損害回復と損 害賠償命令制度」『ジュリスト』1338号(2007年)64頁から65頁等参照。
3) House of Representatives Report No. 104─16, Victim Restitution Act of 1995, 1995, pp. 4─5; Senate Report No. 104─179, Victim Restitution Act of 1995, 1995, p.
12; Senate Report No. 97─532, Victim and Witness Protection Act of 1982, 1982, p.
30; Presidentʼs Task Force on Victims of Crime: Final Report, 1982, pp. 78─80;
Doyle, Charles, Restitution in Federal Criminal Cases, Congressional Research Service, RL 34138, 2007, p. 2. なお,Bjorklund, Paul R., “Mandatory Victims Res- titution Act: Theory and Practice,” Journal of Legal Economics, Vol. 23, 2017, p. 56 and pp. 59─60は,被害弁償と民事上の損害賠償との関係について,後者が,不 法行為又は契約違反に基づいて生じた損害に関して原告を元通りにすることを 目的としているのに対して,前者は,被害者が受けた被害を元通りにするだけ ではなく,違法に取得された収益を剝奪するといった目的も込められており,
理論上全く別のものであるとする。
4) この点に関しては,伊比智「アメリカ合衆国における児童ポルノの所持事件 の被害弁償(restitution) について」『被害者学研究』26号(2016年)15頁以 下, 拙稿「インターネット時代における児童ポルノの所持と被害弁償(1)
(2・完)─アメリカ合衆国の近時の状況及び18 U.S.C. §2259の解釈を中心に
─」『東京国際大学論叢 経済学部編』51号(2014年)95頁以下,『東京国際大
争われ,同裁判所は
Paroline v. United States
5)において,こうした画像が 所持されることによって被害を受けた被害者に対しては,制限的な範囲 で,被告人の行為・役割と釣り合いのとれた額の被害弁償が認められるべ きである旨判示している。次に,②「1996年必要的被害者弁償法(Manda-tory Victims Restitution Act of 1996: MVRA)」に従って裁判所が言い渡し
た被害弁償命令に関連して,その弁償金が未払いの状態にある場合に,被 害者と被告人が和解する(settle)ことによって問題を解決することがで きるのかどうか6)ということである。この点については,すでにいくつか の事例において巡回区連邦控訴裁判所の判断が示されており,実務におい学論叢 人間科学・複合領域研究』 ₁ 号(2016年)57頁以下(紙媒体での公刊 はなく,同大学のホームページ上で電子媒体としてのみ閲覧可能)等参照。
5) 134 S.Ct. 1710, 1727 (2014). 本判決に関する邦文文献として,伊比智「アメ リカ刑事法の調査研究(144) Paroline v. United States, 134 S.Ct. 1710; 188 L.
Ed. 2d 714 (2014)」『比較法雑誌』49巻 ₂ 号(2015年)218頁以下, 紙谷雅子
「最近の判例〔競合原因の責任配分〕Paroline v. United States, 134 S.Ct. 1710 (2014)」[2015─₁]アメリカ法(160頁以下)等参照。なお,本判決を受けて,
改正法案が何度か議会に提出されていたところ,2017年11月16日に上院に提出 されていた法案が可決され,2018年12月 ₇ 日にトランプ大統領が署名したこと に よ り,「2018年 Amy 及 び Vicky,Andy 児 童 ポ ル ノ 被 害 者 支 援 法(Amy, Vicky, and Andy Child Pornography Victim Assistance Act of 2018)」が成立して いる。See https://www.congress.gov/bill/115th-congress/senate-bill/2152 (2019 年 ₄ 月16日最終確認。以下,同じ) .
6) Peters, David, “Unsettled: Victim Discretion in the Administration and Enforce- ment of Criminal Restitution Orders,” University of Pennsylvania Law Review, Vol.
166, 2018, p. 1295. ここでいう「和解」の概念について,Ibid. at 1302は,「被告 人による弁償金の一部の支払い(consideration)と引き換えに,被害者が被害 弁償を受ける資格を主張することを,すべて又は一部,控えることを内容とす る,法的に執行可能な合意」とする。なお,民事上の和解が成立したとして も,それが MVRA に基づく刑事上の被害弁償の請求に影響を与えないことに ついては United States v. Masek, 588 F. 3d 1283, 1289─1290 (10th Cir. 2009) 参照。
この点に関して言及された邦文文献として,佐伯仁志『制裁論』有斐閣(2009
年)200頁から201頁等参照。
ては,否定的に解されることが多いようである。また,③裁判所が言い渡 した支払い予定(payment schedule)に従って,被告人が支払いを継続し ている場合に,政府側は,被告人が所有する財産に対する差押えを執行す る(garnish)ことができるのかどうか7)ということも議論されている。こ の点についても,いくつかの巡回区裁判所の判断は示されているが,その 内容は必ずしも一致していない。さらには,④近時の事例においては,必 要的被害弁償命令の範囲には将来におけるセラピー費用も含まれると解釈 されることが増えている8)。しかし,被害者が置かれた状況を考えると,
将来におけるセラピー費用というのは推測に基づく(speculative)もので しかないにも拘らず,このような内容の被害弁償命令が許されるのか9)と 指摘されている。
被害弁償というのは,2004年に制定された「犯罪被害者権利法(Crime
Victimsʼ Rights Act: CVRA)」においても,これを受けることができるとい
うことが被害者の基本的な権利として保障されており(§3771(a)(6)),そ7) Peng, G. Ian, “Canʼt Touch This: Payment Schedules That Prevent Obtaining
Defendantsʼ Assets for Restitution,” United States Attorneysʼ Bulletin, Vol. 66, Janu- ary, 2018, p. 93.
8) 近時の事例として,United States v. Osman, 853 F. 3d 1184, 1185─1192 (11th
Cir. 2017) では,被告人は, ₁ 歳の娘に性的虐待を加え,その際の画像を他人
に送付するなどしていたとして,娘の画像を含む児童ポルノの製造及び交換等 に関して訴追された。地方裁判所は,精神医療の専門家の証言に依拠しつつ,
将来のセラピー費用を含めて ₁ 万6,250ドルの被害弁償を言い渡したのである が,被告人は,娘の年齢を考えると,算出の仕方は推測に基づく部分が大きい と主張して上訴していた。これに対して,第11巡回区裁判所は,この被害弁償 額の算出は推測に基づくものではないとして,地方裁判所が将来のセラピー費 用を含めて被害弁償を言い渡したことを適切であると判断している。なお,本 件では,直接的には,MVRA ではなく,同様に必要的な被害弁償を認めてい る18 U.S.C. §2259(以下では,本文を含めて,18 U.S.C. を省略していること があるが,特に明記していない限り,18 U.S.C. である)が争点となっている。
9) Mahfoud, Mary Theresa, “United States v. Osman: Including Future Therapy
Costs in Mandatory Restitution Awards Is the Growing Trend among Circuits,
But Is It Wise?,” Mercer Law Review, Vol. 69, 2018, pp. 969─970.
の適切な運用は刑事司法制度にとって重要な意味を持っていると考えられ る。そこで,本稿では,上記に示した問題のうち,②及び③について取り 上げてみようと思う。まず最初に,一及び二において,MVRAの意義や 運用状況等について簡単に触れた後,三及び四において,これら二つの問 題に関連する判例等を交えつつ,若干の検討をしてみたいと思う。
一 MVRAの意義と特徴
MVRAというのは,それまで,「1982年被害者及び証人保護法(Victim
and Witness Protection Act of 1982: VWPA)」や「1994年女性に対する暴力
防止法(Violence Against Women Act of 1994)」等複数の異なった連邦法 の下で運用・発出されていた被害弁償命令を統一的に運用するための手続 法として制定されたものである10)。そして,VWPAとは異なり,次のよ うな,被害者志向の視点に立ったいくつかの特徴がある11)と指摘されてい る。例えば,裁判所が被害弁償命令を発出する際の裁量権が大きく制限さ れていることである。すなわち,VWPAでは,裁判所は,被害弁償を命 ずるかどうかを判断するに当たっては,被告人の収入源や経済状態等を考 慮しなければならないとされていた(§3663(a)(1)(B))。端的に言えば,量刑裁判官には,被告人の支払い能力を超えた弁償命令が発出されないよ うにするために,広汎な裁量権が認められていたということである。これ に対して,MVRAでは,こうした裁判官に認められていた広汎な裁量権 によって生ずる被害者側の不満を和らげるために,被害弁償を確実に実現 するための規定が盛り込まれているのである。例えば,「裁判所は,被告
10) DeLong, Michelle Nichols, A Closer Look at the Mandatory Victims Restitution Act and Whether the Costs of a Corporationʼs Independent Internal Investigation Should Be Included in a Criminal Defendantʼs Mandatory Restitution Order, www.
turnpikelaw.com/a_closer_look_at_mvra(同) , p. 6; Senate Report No. 104─179, supra note 3, at 12─14; Peters, supra note 6, at 1298.
11) Ibid.; Mahfoud, supra note 9, at 973─974.
人に対して,当該犯罪の被害者……に被害弁償を行うことを命じなければ ならない」 とする§3663A(a)(1)の他,「裁判所は, 各被害者に対して,
裁判所によって当該被害者が受けたと判断されたすべての損害に関する被 害弁償を認めなければならない」とする§3664(f)(1)(A)である12)。 MVRAは1996年の制定後,数度の改正を経て,現在では連邦の被害弁 償制度の基本的な根拠法になっている13)。その一方で,被告人に対して発 出される被害弁償命令が増えるに連れて,実際に被害者に支払われる弁償 金は減少し,未払い金が増加しているというような問題も生じている14)。 この点については,次に,二において,簡単に触れておくことにしたい。
二 近時における被害弁償命令の運用状況
裁判所によって被害弁償命令が発出されると,司法省(Department of
Justice) が弁償金の回収に関する責任を負うことになるが,実際の活動
12) 他に,対象となる被害者の定義が,VWPA では「犯罪の被害者」と表記さ れていた(それまでの§3663(a)(2) 参照) ものが,MVRA では「被害弁償が 命じられる対象となっている犯罪が遂行された結果として,直接かつ近接して 被害を受けた者」と規定され(§3663A(a)(2)),その範囲が広げられているこ とも被害者志向の視点に立った特徴といえよう(なお,§3663(a)(2) も MVRA の 制 定 に 合 わ せ て,§3663A(a)(2) と 同 様 の 表 記 に 改 正 さ れ て い る )。See Goodwin, Catharine M., “Looking at the Law: The Imposition of Restitution in Federal Criminal Cases,” Federal Probation, Vol. 62, No. 2, 1998, p. 96. なお,州 の場合においては,インディアナ州のように,一定の場合(Ind. Code §§35─
48─ 4 ─17(a) and 35─50─ 5 ─3(k) 等参照)を除いて,被害弁償命令を発出するこ とが必要的なものとしては位置づけられていないところもある。See Kelley v.
State, 11 N.E. 3d 973, 976 (Ind. Ct. App. 2014); David, Steven H. and Cale J. Brad- ford, “Crime Does Not Pay: Understanding Criminal Debt,” Indiana Law Review, Vol. 50, 2017, p. 1075.
13) Peters, supra note 6, at 1299.
14) 例えば,Dickman, Matthew, “Should Crime Pay?: A Critical Assessment of the
Mandatory Victims Restitution Act of 1996,” California Law Review, Vol. 97, 2009,
pp. 1691─1692参照。
は, 全米に94設置されている各連邦検察局(United States Attorneyʼs Of-
fice: USAO)内の財務訴訟室(Financial Litigation Units: FLU)に委任され
ている。そして,FLUが,犯罪者を監督している連邦保護観察官と協働 しながら,当該犯罪者が被害弁償金を支払うことができるかどうかについ て精査する15)ことになっている。合衆国会計検査院(United States Government Accountability Office)の 分析によると,2014会計年度から2016同までの間に21万4,578人が連邦犯 罪によって判決を下され,その内の15%に該当する ₃ 万3,158人に対して 被害弁償命令が発出されている。この ₃ 会計年度の間に裁判所によって言 い渡された被害弁償の総額は340億ドルに上っている。2016同のみでは ₆ 万7,742人に判決が下され,そのうち被害弁償命令が発出されているのは
₁ 万375人,金額にして91億ドルである16)。
また,この ₃ 会計年度の間に被害弁償を命じられた犯罪者を罪種別に見 ると,横領や強盗の場合には,有罪を認められた犯罪者の80%以上に弁償 が命じられている。逆に,移民や薬物の取り締まりに関連する法令によっ
15) United States Government Accountability Office, Federal Criminal Restitution:
Most Debt Is Outstanding and Oversight of Collections Could Be Improved, GAO-18- 203 [hereinafter GAO Report I], 2018, p. 2 and Ibid. & note 5; Peng, supra note 7, at 93. 被害弁償命令の発出に関する手続については,GAO Report I, supra, at 8─
9 and 10─14の 他,United States Government Accountability Office, Federal Criminal Restitution: Factors to Consider for a Potential Expansion of Federal Courtsʼ Authority to Order Restitution, GAO─18─115 [hereinafter GAO Report II], 2017, pp. 8─13や Tobolowsky, Peggy M., Douglas E. Beloof, Mario T. Gaboury, Arrick L. Jackson, and Ashley G. Blackburn, Crime Victim Rights and Remedies, 3rd ed., North Carolina: Carolina Academic Press, LLC., 2016, pp. 170─171, Doyle, supra note 3, at 17─22等参照。また,中川かおり「人身取引の被害者へ の補償」『論究ジュリスト』24号(2018年)209頁参照。
16) GAO Report I, supra note 15, at 16 and 43─44 & Appendix I. 1996年以降,被害 弁償命令を発出される犯罪者の割合は,約20%から徐々に減少した後,ここ数 年は15%前後で推移している。See GAO Report II, supra note 15, at 13 and 33 &
Appendix II.
て有罪を認められる犯罪者は多いが,被害弁償を言い渡されることは少な くなっている17)。
次に,弁償金の回収状況については,2014同からの ₃ 会計年度の間に約 29億5,000万ドルが被害弁償金として回収されているが,USAOによって 差があり, ₈ 億4,800万ドルを回収しているところもあれば,120万ドルの 回収に留まっているところもある。平均すると各
USAO
で1,070万ドルが 回収されている。巨額の脱税事件が発生するとそれに伴って発出される弁 償命令も巨額のものになり,結果的に回収額が大きくなっているようであ る18)。未払いの弁償金は年々増加しており,2016同末時点では1,100億ドルが 未払いの状態にあり,そのうち1,000億ドルは主に犯罪者に支払い能力が ないために回収不能であると判断されている。犯罪者に支払い能力がない ために回収不能と判断されている額は2014同末時点で890億ドル,2015同 末時点で960億ドルであり,大半が回収不能であると判断されている状況 は ₃ 会計年度において大きく変化はしていないが,回収不能と判断される 額は徐々に増加している19)。
三 被害弁償と和解
㈠ 和解が被害者にとって選択肢となり得る理由
被害者が,裁判所によって言い渡された被害弁償命令に関して被告人と
17) 具体的には,横領の場合,997人に有罪が認められ,そのうち862人(86%)
に対して,強盗の場合,有罪が認められた2,223人のうち1,787人(80%)に対 して,それぞれ被害弁償が命じられている。一方,移民や薬物の取り締まりに 関連して有罪を認められた犯罪者は13万1,088人であるが,被害弁償を命じら れたのは ₁ %にも満たない999人に留まる。See GAO Report I, supra note 15, at 17, 18 & Table 2 and 43─44 & Appendix I. ま た,Tobolowsky, et al., supra note 15, at 182─183参照。
18) GAO Report I, supra note 15, at 22 and Ibid. & note 57.
19) Ibid. at 25 and Ibid. & Figure 2.
和解すると,金銭による弁償を受ける権利を喪失することになるが,それ でも,被害者には和解を選択する,あるいは,せざるを得ない理由がいく つか存在する20)。
まず,MVRAは,裁判所に対して,すべての被害者が例外なく損害に 関して完全な弁償を受けられるように弁償命令を発出することを求めてい る。しかし,弁償命令が発出されたからといって,被害者が必ずしも利益 を受けることにはならない場合もあり得ると考えられるからである。例え ば,被害者と被告人との間に家族関係がある,あるいは,共同で事業を展 開するなど共同経営の関係にあって,双方で財産・資産を共有している場 合21)等が指摘されている。
次に,被害弁償に係る理想と現実の問題である。具体的には,被害者が 被害弁償として受け取ることが法的に認められる弁償金の額と被害者が実 際に受け取ることができると予想される額との間に差が生じる場合があ る22)ということである。二でも触れたように,被害弁償に関しては,巨額 の未払い金が発生している。その理由としては,例えば,被告人の85%は 逮捕時に被害弁償に充てられるような財産を所有していないとされるが,
そのため,被害弁償命令が発出されても弁償金を支払うことができない上 に,判決確定後に収監されてしまうと,被害弁償に充てるための収入を得 ることができなくなってしまったり,あるいは,収入を得る手段が限られ てしまうということである。社会に復帰したとしても新たな職を得ること は難しく,弁償に充てる収入を得ることはやはり困難なのである。また,
MVRA
の基本的な仕組みに基づいて,現実的に支払いが可能な額を超え た弁償命令が発出されると,被告人としては弁償金を支払おうと努力する 動機づけにならない23)とされる。そのために実際に被害者が十分な弁償金 を受け取ることができるかどうかは尚更疑わしくなるのである。20) Peters, supra note 6, at 1311.
21) Ibid. at 1311─1312 and 1312 & note 106.
22) Ibid. at 1312─1313.
23) Dickman, supra note 14, at 1696.
このような被害弁償命令の現実に直面してしまうと,被害者が被告人と 和解する道を選択してしまうとしても無理はないと考えられる。弁償金が 実際に支払われないのであれば, 被害者の間では「誤った望み(false
hope)」が生ずるとされるが,そうした場合,弁償命令の効果に落胆した
被害者は,簡易な手段として,手続を和解で終了させることによってけじ めをつけ,事件を早期に終結させようとする24)ということである。また,多くの場合,実際に被害弁償として認められる額はそれほど高額 ではない25)とされる。そこで,支払いが滞ったり遅延したりするよりは,
被告人と和解することによって,一部であっても確実に弁償金を獲得する ことを選択する被害者が登場してくる26)のである。他にも,被告人が弁償 しなければならない被害者が複数存在しているが,それに対応できる被告 人の支払い能力が限られている場合には,同様に,自分に対する弁償金を 確実に確保するために和解を選択する被害者が出てくるであろうことは想 像に難くない27)。
もちろん,これらのことだけが和解が選択される理由になるのではな く,被害者が和解を選択するかどうかは,個々の被害者の考え方や置かれ た状況,弁償の対象となる被害者の総数,弁償金の総額,被告人の資産状 況等諸々の条件が関係してくる28)ことになる。
24) Peters, supra note 6, at 1313. また,弁償金が全く支払われないのであれば,
当然,経済的な損害が賠償されることにはならないが,それだけではなく,被 害者は精神的な面での回復が遅れることもあり得るし,最終的には刑事司法制 度に対する信頼や満足度も低下することが考えられる。これらの点について は,Tobolowsky, et al., supra note 15, at 188─191参照。
25) 被害弁償として認められる額は5,000ドル前後であることが多いようである。
See Dickman, supra note 14, at 1708.
26) Peters, supra note 6, at 1314. また,Dickman, supra note 14, at 1708─1709も参 照。
27) Peters, supra note 6, at 1314.
28) Ibid.
㈡ 和解に関して争われた事例
被害弁償に関する当事者による和解の効力が争われた事例としては,例 えば,第 ₉ 巡回区裁判所による
United States v. Hankins
29)がある。本件は,銀行に対する詐欺の罪に問われた被告人に関するものであるが,同裁判所 は,被害弁償命令というのは,刑事手続において宣告された判決であり,
最終的なものである,そして,その執行が当事者の手に大きく委ねられて いる民事の判断とは異なっているため,判決に基づく被告人の支払い義務 を当事者である被害者が自らの手によって私的に和解で解決することはで きないと判示した。また,第 ₈ 巡回区裁判所も,電子的通信詐欺の罪に問 われた被告人に関する
United States v. Boal
30)において,弁償金を支払わ なければならないという被告人の義務を被害者の方で放棄したり,免除す ることは認められないとした地方裁判所の判断を肯定している。こうした 判断の背景には,もし被害者と被告人が和解することで未払いの弁償金に 関する問題を解決することを認めてしまうと,それは公共の政策(publicpolicy)に反することになるという考え方がある
31)と推測される。そもそも被害者は,裁判所が言い渡した被害弁償命令に関して,当事者同士で和 解したり,免除するなどして,裁判所の判断内容を修正する権限は有して いない32)ということである。このようにして,これらの裁判所では,被害 弁償の性質に基づいて,被害者による和解の可能性は否定されている33)。 しかし,被害者が弁償命令に関して被告人と和解することができるかど うかという問題は,必ずしも弁償命令が刑事的なものかどうかということ とは関係しておらず,むしろ,議会では被害弁償や
MVRA
の規定・仕組29) 858 F. 3d 1273, 1276─1278 (9th Cir. 2017).
30) 534 F. 3d 965, 967─968 (8th Cir. 2008).
31) Ibid. at 967; Peters, supra note 6, at 1301.
32) Hankins, 858 F. 3d at 1277.
33) 他に,第 ₅ 巡回区裁判所による United States v. Ridgeway, 489 F. 3d 732, 738 (5th Cir. 2007) や第 ₂ 巡回区裁判所による United States v. Johnson, 378 F. 3d 230, 244─245 (2d Cir. 2004),第 ₆ 巡回区裁判所による United States v. Bearden, 274 F.
3d 1031, 1041 (6th Cir. 2001) 等参照。
みについてどのように考えられていたのかということの方が重要である34)
という指摘もある。この立場は,被害者が弁償金の支払いに関する問題を 和解で解決することができるかどうかという問題は,被害弁償の執行や運 用に関する手続に参加する権利と関係しているとし,これらの権利をどの ように理解するかといった観点から検討しようとするものであると思われ る。確かに,合衆国の被害弁償法制というのは,1970年代から80年代にか けて盛んになった被害者の権利運動の後押しを受けて,以降,徐々に整備 されてきた35)といった側面がある。このような被害者の権利運動から被害 弁償法制が発展してきたというこれまでの経緯に鑑みると,この問題に関 して,被害者の手続への参加といった観点から考えてみることには意義が あると思われる。そして,次に述べるように,実際に現行法制度の中に は,被害者に和解を認めるために必要な法的仕組みになり得ると考えられ るものが存在しているのである。
㈢ 被害者が被害弁償命令に関して被告人と和解するために必要な要 件・法的仕組み
被害者が弁償命令に関して被告人と有効に和解するためには,次のよう な二つの要件が必要である36)とされる。まず,①和解を有効に成立させる 裁量権を被害者に認めること,敷衍すれば,被告人との間で和解に関する
34) Peters, supra note 6, at 1301.
35) Duffy-Gideon, Roisin, “Pay It Backward: Buy-Money Repayment as a Condition of Supervised Release,” The University of Chicago Law Review, Vol. 84, 2017, p.
1940; Lollar, Cortney E., “What Is Criminal Restitution?,” Iowa Law Review, Vol.
100, 2014, pp. 96─97; Acker, Jr., William M., “The Mandatory Victims Restitution Act Is Unconstitutional. Will the Courts Say So after Southern Union v. United States?,” Alabama Law Review, Vol. 64, 2013, p. 810; Kleinhaus, Brian, “Serving Two Masters: Evaluating the Criminal or Civil Nature of the VWPA and MVRA through the Lens of the Ex Post Facto Clause, the Abatement Doctrine, and the Sixth Amendment,” Fordham Law Review, Vol. 73, 2005, pp. 2719─2720.
36) Peters, supra note 6, at 1302 and 1309.
合意を有効なものとして成立させる裁量権を行使する機会を被害者に認め るための法的な仕組みが存在すること,次に,②そうした裁量権によっ て,弁償命令に係る被告人の義務が消滅するということ,すなわち,被害 者がその裁量権を行使することによって,被告人は弁償金を支払う義務か ら,一部又は完全に,免除されることである。
まず第一の点に関してであるが,被害弁償に係る手続について規定して いる§3664によれば,被害者には被害弁償命令の運用や支払い計画の執 行の各過程・段階に参加することが権利として認められているとされる
(なお,後述 ₂ も参照)。その一方で,同
(g)(1)
によれば,被害者は,弁 償命令の執行過程のいかなる段階にも参加することは求められていない。このように,同条によって,被害者は被害弁償命令の執行過程に参加する 権利は認められているが,参加することを義務として求められているわけ ではない。このような解釈によれば,第一の要件は満たされ,被害者には 被害弁償に関連して生ずる問題を和解で解決することも認められる37)とさ れる。命令の執行過程に参加することができる権利の中には,その権利を 行使するかどうかの裁量権が内在していると考えられるからである。そし
て,§
3664が,被告人の支払いに関する問題を解決するような方向で裁量
権を行使することを認めているというのであれば,被害者が未払い金の問 題に関して被告人と和解することを選択することも許されるはずであ る38)。ただし,弁償命令が発出されているかどうか,すなわち,命令発出 の前か後かという時間的な前後関係は結論に相違をもたらすと考えられ る。そこで,以下では,命令の発出前と発出後に分けて検討してみる。
₁ 弁償命令の発出前
まず,被害弁償命令が発出される前であれば,被害者が被告人と和解で 解決することは認められない39)と考えられる。§3663A(a)(1)によれば,
裁判所は,被告人に対して,当該犯罪の被害者に被害弁償を行うことを命
37) See Ibid. at 1302 and Ibid. & note 61.
38) See Ibid. at 1302─1303.
39) Ibid. at 1303.
じなければならないとされている。このように,MVRAは,被害弁償命 令の発出に当たっては裁判所の司法上の裁量権を否定していることから,
同時に,被害者が裁量権を行使することも否定していると考えられるとい うのである。実際に,United States v. Gallant40)では,被害者と被告人と の間で,一定額の支払いと引き換えにして,「(被告人を)それ以上の支払 い義務から免除する」という合意が成立しているとしても,MVRAの下 では, 裁判所は被害弁償命令を発出することが求められているとされ た41)。当事者である私人間で,被害弁償命令が発出される前に和解が成立 していたとしても,裁判所が被害者のために弁償命令を発出する権限を剝 奪されることにはならない42)ということである。
₂ 弁償命令の発出後
これに対して,弁償命令が発出された後であれば,結論は異なってくる と考えられる。まず,§3663A(d)では,「被害弁償命令は§3664に従って 発出され, 執行されなければならない」 と規定されている。 そして,
§3664は,次に述べるように,命令が発出された後,これを執行するに当 たって,被害者に対してより積極的な参加を認めるなどの形で広汎な裁量 権を認めている43)のである。
ここで検討すべき§3664の規定は三つある。まず,同
(f)(3)(A)
である。同項によれば,裁判所は,被害弁償命令では,被告人に対して一括でまと めて支払うか,定期的に分割で支払う,同種の物による現物給付の形で
(in-kind)支払うなどの指示を出す旨が規定されている。そして,「現物給 付の形で支払う」場合,「被害者が同意していれば」,こうした形での支払 いを被害者等に対する役務の提供という形に変更することが許されている
(同
(f)(4)(C))。このように,同項による場合には,弁償命令の発出過程
40) 537 F. 3d 1202, 1249─1250 (10th Cir. 2008).
41) 他に,United States v. Elson, 577 F. 3d 713, 732─735 (6th Cir. 2009) や Bearden, 274 F. 3d at 1041等参照。
42) See Gallant, 537 F. 3d at 1250.
43) Peters, supra note 6, at 1303.
において被害者の同意や意思決定が存在していることが法的な仕組みとし て予定されている44)。そこで,被害者は,同項に基づいて,裁判所に対し て,現物給付の形での支払いというような内容で弁償命令を発出すること を求めることができると考えられる。最終的には,金銭による支払いが役 務の提供等による現物給付の形での支払いに姿を変えることによって,弁 償金の未払いによる被告人の義務は消滅する可能性が生ずる45)のである。
次に,同
(g)
である。同(g)(1)
では,「被害者は,被害弁償命令に関す る手続のいかなる段階にも参加することを要求されない」と規定されてい る。これは,被害者に対して弁償命令に関する広汎な裁量権を付与してい るものと考えられる。そこで,この規定によれば,被害者には弁償金の支 払いを受け入れることを控えるという選択肢が認められることになり,換 言すれば,被害弁償を受ける権利を放棄することも許されるというように 考えることができる46)のである。もっとも同
(g)(2)
では,「被害者はいつでも被害弁償の支払いに関する 請求権を犯罪被害者基金(Crime Victims Fund)に譲渡することができる」と規定されている。その関連で,被害者が支払いに関する請求権を放棄し ている場合には,裁判所が職権で自ら(sua sponte)未払いの弁償金を基 金へ納入するよう変更することができるのかどうかという問題が生じ,こ の点で巡回区裁判所の判断が分かれている47)。もし,同項を,裁判所は基 金への納入を命じなければならないというように解釈するのであれば,被 害者が被告人の未払い金に関する債務を免除することは許されなくなり,
したがって,同項は和解を認めるための規定にはならないということにな
44) See Ibid. at 1304.
45) See Ibid. at 1305. もっとも,そのような場合であっても,裁判所が金銭によ る支払いに替えて,現物給付の形での支払いを認めるかどうか不明であるとい った問題点はある。See Ibid.
46) See Ibid. Johnson, 378 F. 3d at 245も,同項は,被害者は必ず被害弁償を受け 入れなければならないということを示すものではない旨判示している。
47) Doyle, supra note 3, at 20; Peters, supra note 6, at 1306.
る。そのため,裁判所が同項をどのように解釈するかということは重要な 意味を持っている48)といえる。
この点に関する巡回区裁判所の判断のうち,少数派に属する立場は,裁 判所の職権による変更は
MVRA
の趣旨に合致しないというように考えて いる。例えば,第10巡回区裁判所は,United States v. Speakman49)におい て,同項に関して,これは,被害者が請求権を基金に譲渡した場合にの み,裁判所は賠償金を基金に納入するよう求めることが許されていると解 釈している。したがって,被害者が被害弁償命令を放棄した場合,裁判所 は職権で,被害者が放棄した請求権を基金に譲渡することは許されなくな り, その放棄によって, 被告人は支払いを免除されるということにな る50)。このように,被害者が請求権を譲渡しているかどうかということは 結論に大きな影響を与えることになる。そして,Speakmanの考え方によ れば,被害者は,自らに認められた裁量権をこのような形で行使すること によって,被告人の未払い金に関する義務を免除することができるのであり,同
(g)(1)
は和解を認めるための根拠条文の一つになり得る51)ということになる。
これに対して,Johnson52)に代表される多数派の立場は,①§3663Aが 裁判所に対して必要的被害弁償命令の発出を義務として命じていることか ら,§3664(g)(1)も同
(2)
もともに,§3663Aによる必要的被害弁償の例 外を導き出すための根拠になるというように解釈することはできない,② これらの規定は,被害者は必ず被害弁償を受け入れなければならないとい うことを示しているのではなく,被害弁償に関する請求権を基金の方に譲 渡することもできるということを規定しているだけであると判示してい48) Ibid.
49) 594 F. 3d 1165, 1175 (10th Cir. 2010).
50) Peters, supra note 6, at 1306.
51) See Ibid. at 1307. 他に,United States v. Pawlinski, 374 F. 3d 536, 539─541 (7th Cir. 2004) 参照。
52) 378 F. 3d at 244─245.
る。そこで,§3664(g)(2)は,被害者が請求権を譲渡することを認めてい るが,そのことによっても,被害者が請求権を放棄している場合に,裁判 所が職権で基金へ支払い金を納入するよう命じることが排除されているわ けではない53)ということになる。このような考え方に立つ場合には,被害 者が被告人と和解することを認める法的な根拠として同
(g)(1)
を持ち出 すことは許されないということになろう54)。同
(g)
の解釈に関して,このように裁判所の判断が統一されていない現 状においては,同項が和解を導くための法的根拠となるかどうかは,被害 者がどの巡回区裁判所の管轄内に居住しているかに左右される55)というこ とになる。第三として,§3664(m)では,弁償命令の執行に関連して二つの弁償金 回収手段が規定されているが,同項では被害者の広汎な裁量権が認められ ている。そして,その中でも特に,執行に関する手続を規定した同
(1)(B)
は被害者が被告人と和解を行うに当たっての有効な根拠規定になる56)と考 えられる。すなわち,同項では,被害者の要求があれば,裁判所の書記官53) See Ibid. at 245. 他に,United States v. Ziskind, 471 F. 3d 266, 269─271 (1st Cir.
2006) 参照。
54) Peters, supra note 6, at 1307. もっとも,§3663A が裁判所に対して被害弁償 命令を発出することを必要的なものとしているのは,その発出の是非に関して のみであって,命令が発出された後で,執行の仕方等に関して変更を行うこと までが禁止されているわけではないとも考えられる。つまり,Johnson は,弁 償命令の発出に関して裁量権が認められていないことは,命令の執行に関して も裁量権を行使することが許されないことを意味すると考えているが,そうし た考え方は必ずしも絶対的なものではないということである。このように解釈 するのであれば,必ず裁判所は職権で請求権を基金に譲渡しなければならない というのではなく,被害者の意思がどうであるかによって,請求権を譲渡する こともしないこともできると考えられよう。See Ibid. at 1308 & note 86.
55) Ibid. at 1307─1308.
56) Ibid. at 1308. なお,同項に関しては,Schreiber, Jerry, “For the Trafficking
Victim, Winning Is Collecting,” Intercultural Human Rights Law Review, Vol. 11,
2016, pp. 235─240も参照。
は判決要旨(abstract of judgment)を交付しなければならず,被害者が所 定の手続に従って,この判決要旨を登記したり(registering),裁判所の 事件記録表に記載する(docketing)こと等によって,当該判決要旨が,
合衆国内に存在する被告人の財産に対する「判決に基づく先取特権(lien)」
として機能することになる旨規定されている。つまり,同項は,被害者に 対して被害弁償命令をいつ,どのようにして執行するかについて広汎な裁 量権を付与しているものと考えられるのである。そして,被害者は自らの 裁量に基づいて,この先取特権を被告人に譲渡し,被告人の未払い金に関 する債務を免除することができる。つまり,この譲渡によって,弁償金に 関する支払い債務とそれを目的とする先取特権とが同一の者(被告人)に 帰属することになるため,債権及び債務の混同によって(merge),先取 特権は消滅するということである。このように,同
(m)
を活用すれば,被害者は,一定額の弁償金の支払いと引き換えに,先取特権を被告人に譲 渡し,そうすれば,混同によって当該先取特権は消滅し,被告人の未払い 債務も消滅することになる57)のである。
以上のように,§3664によれば,被害者には被害弁償命令の執行手続に 参加できる機会が付与されており,ここで規定されている仕組みによっ て,被害者は,未払いの弁償金に関して被告人を免除する裁量権を行使す ることができると考えられる。端的に言えば,現行の
MVRA
の枠組みの 中でも,被害者は弁償命令の内容を修正して,未払いの弁償金に関して和 解を成立させるための裁量権を行使することができる58)ということであ る。㈣ 和解が適切に行われるよう検討しておくべき注意事項
被害者が被害弁償に関して被告人と和解するというのは被害者自身にと ってはプラスになることもある方策であるが,これが適切になされなけれ
57) See Peters, supra note 6, at 1309.
58) Ibid.
ばならないことはいうまでもない。この点,場合によっては,適切とはい えないような和解になってしまう可能性があることにも留意しておく必要 がある。
まず,被告人の方から被害者に対して嫌がらせや強制が行われる可能性 がある59)ということである。被告人の利益は,被害者が和解の道を選択す るかどうかにかかっており,このことは被告人にとっては大きな意味を持 っている。被害者との間で和解が成立しないために,弁償金が未払いの状 態が続けば,被告人には,裁判所による保護観察の取り消しや財産の売却 が命じられることがある(§3613A(a)(1))60)からである。そこで,追い詰 められた被告人が被害者に対して何らかの圧力をかけざるを得なくなり,
それが嫌がらせ等の形で現れることは当然に予想されることである。な お,CVRAでは,こうした場合に,被害者が被告人と望まない接触をする ような事態が発生しないようにするために,被害者には合理的に保護され る権利が保障されている(§3771(a)(1))。また,§3664(f)(3)等に基づい て被告人と和解することを選択した場合,当該被害者は,和解を有効に成 立させるために,その旨を裁判所に報告し,精査を受けることになる61)。 こうした措置が存在していることによって,被告人が被害者に対する嫌が らせ等を行うことを控えることにつながるということは考えられるのであ り,不適切な和解が成立することを防止する機能の一翼を担うことが期待 される。
次の問題は,被告人の財産が限られているということを前提として,複 数の被害者が各自に対する賠償を確実なものにしようとして,逸早く被告 人と和解を成立させ,こうした者が早い者勝ちになる62)というような事態
59) Hankins, 858 F. 3d at 1277; Peters, supra note 6, at 1314.
60) な お,Stefan, Greg D., “Collection of Criminal Restitution and the Automatic Stay,” United States Attorneysʼ Bulletin, Vol. 66, March, 2018, pp. 15─16参照。
61) Peters, supra note 6, at 1315 and 1317 & note 137.
62) See Ibid. at 1316.
が発生し得るということである。 実際に, 例えば,United States v. Per-
ry
63)では,裁判所への駆け込み(race to the courthouse)が問題となって いる。本件では,証券詐欺で有罪を認められた被告人が複数の被害者に対 して総額71万5,000ドルの被害弁償を命じられていた。そこで,被告人が,連邦地方裁判所の命令に従って弁償金を支払うために自らの財産を換金処 分しようとしたものの,91歳の被害者が§3664(m)(1)(B)を利用して,す でに州の裁判所から被告人の財産に対する判決先取特権(judgment lien)
を認められていたために,換金処分ができなかった。そこで,連邦地方裁 判所が判決先取特権に関する処分を取り消し,財産の処分を認めたとこ ろ,前述の被害者が異議を申し立てたというのである。
この事案においては,別の被害者たちが,地方裁判所の処分がなけれ ば,早い者勝ちを求めて裁判所への駆け込みが続々と発生してしまうので あり,同裁判所の判断・処分は適切であると主張していたのであるが,第
₆ 巡回区裁判所は,「早い者勝ちを求めた裁判所への駆け込み」というの はこじつけに近い懸念(far-fetched concern)である,地方裁判所は種々 の命令の発出に関して幅広い裁量権を有しているが,本件のような事案の 場合には,州の裁判所で争われるべきであり,連邦の地方裁判所は判決先 取特権を取り消す権限は有していないなどとして,上記のような主張につ いては消極に解し,地方裁判所の取り消し処分を破棄している64)。第 ₆ 巡 回区裁判所の考え方によれば,被害者は州の裁判所において,各自の主張 を行い,その判断を待つしかないということになろう。
さらに, 被害者と被告人との間で和解へ向けた通謀が行われる(col-
lude)可能性がある
65)ということである。すなわち,被害者が,通常では考えられないような条件の下で,被害弁償を受ける資格を放棄することが 考えられる66)。そして,裁判所がこうした通謀に基づく和解の交渉が行わ
63) 360 F. 3d 519, 521─522 (6th Cir. 2004).
64) Ibid. at 538.
65) Hankins, 858 F. 3d at 1277; Peters, supra note 6, at 1314.
66) Ibid. at 1317.
れないように監視したり,これを防止するというのは難しいことである。
特に,§3664(m)(1)(B)では,裁判所が想定していないような形でも弁償 命令に関する和解が行われる仕組みが規定されているため,通謀的な和解 が行われることを事前に防止することは現実的には困難である67)とされ る。もっとも,こうした通謀的な和解が行われる可能性というのは,被害 者に裁量権を認めることで被害者志向の考え方をより強く反映させようと する
MVRA
の基本的な価値観が悪い方向で現実のものとなった結果であ る68)。このようなことを考えると,通謀的な和解が行われる可能性を完全 に排除するのは難しいとも思われる。㈤ 被害者が被告人と和解することに関連して検討しておくべき今後の 課題
以上のように,現行の
MVRA
の規定によっても,被害者は未払いの弁 償金に関して被告人と和解を行うための裁量権を認められていると考える ことができるのであるが,いくつかの課題がある。まず,被害者には和解 に関する情報及び手続という面での障壁が存在している69)ということであ る。すなわち,被害者が弁償命令に関して被告人と和解することに関心を 持っていても,そのために必要な手続の詳細が被害者には分からない,あ るいは,そうした仕組みを利用する際の法的な知識が不足している70)ので ある。このようなことに鑑みるならば,まずは弁償金に関する和解の可能 性について積極的に情報を発信したり,被害者に対して十分に周知するこ とが望まれよう。67) Ibid. ただし,すでに述べたように,同 (f)(3) 等に基づいて和解を行うこと を選択した被害者は,その旨を裁判所に報告し,裁判所の精査を受けなければ ならないとされているため,事後に精査が行われ,これによって通謀的な和解 が発覚する可能性はあると考えられる。See Ibid. & note 137.
68) Ibid. at 1318.
69) Ibid.
70) Ibid.
また,被害者が有効に和解を成立させるためには,種々の手続を踏まな ければならないということも課題として残っている。その中でも,和解に 向けた手続を開始するのは被告人ではなく,何よりも被害者でなければな らない71)ということは重要である。また,こうした手順を踏んだとして も,裁判所が
MVRA
に基づいた和解の可能性を認識していない場合やそ うした手法を認めない場合も考えられる。この点で,裁判所を含めて様々 な角度から,被害弁償に関する和解についての議論を深めていく必要があ ろう72)。㈥ 和解に関して議会及び裁判官に望まれること
被害者が被告人との間で被害弁償に関して和解することを考えている場 合,そうした被害者に対しては,今後どのような法的環境を整備していく ことが望まれるのか。まず,議会に対しては,未払いの弁償金に関して,
被害者が被告人と和解することができるということを権利として明確にす るために,§3664を改正することが望まれる。具体的には,弁償命令の執 行に関する権限には和解に関する権限も含まれるということを明らかにす るために,同
(m)(1)(B)
を「被害者は,被害弁償命令を,民事訴訟におけ る判決の場合と同様の方法によって,執行又は処理することができる」と いうような内容に改正することが求められる。このような内容にしておく ことによって,裁判官にも被害者にも,弁償命令に関しては和解すること が可能であるということが認識され,㈤で触れたような情報に関する障壁 が取り除かれる73)のである。71) Ibid. at 1319 & note 141.
72) Ibid. at 1318─1319は,裁判官ですら,MVRA に基づいて被害者が被告人と和 解することができるのかどうかについて正確に理解しているかは定かではな い,また,そもそも MVRA には和解に関して直接的に明確に規定した条文が 存在しない上に,被害弁償と和解に関連した実際の事例は少なく,学問的な研 究も必ずしも深まってはいないとする。
73) Ibid. at 1321.
また,裁判官には次のようなことが望まれる。まず,被害者が,弁償命 令に関して被告人と和解するために利用できる手続を認識しているかどう かは不明である。一方,現在の同
(d)(2)
によれば,保護観察官は,①被 害弁償命令に関する情報を被害者に教示すること,さらには,②同(m)(1) (B)
によって,被害者が自らの利益のために先取特権の制度を利用するこ とができることを教示することも求められている。そこで,裁判官は,保 護観察官に対して,これらの他に,同項によって被害者は被告人と和解す ることができるという選択肢があることを被害者に伝えるよう指示するこ とが求められる。こうした対応によっても,和解についての情報に関する 障壁は取り除かれることになる74)と考えられる。㈦ 小 括
被告人が支払いをしていない弁償金に関して,被害者自身が和解する方 が適切であると考えて,これを希望している場合には,MVRAの執行に 関する規定に基づいて和解することも許されると考えることができる。す なわち,MVRAが課している裁判所の裁量権に関する制限は,被害者が 望むような形で被害弁償命令に関連する問題を解決する権限までを制限し ているわけではない75)ということである。
このように,被害弁償命令に関して被害者が被告人と和解することを認 めることには二つの観点から重要な意味があると考えられる。すなわち,
このことによって,被害者の権利運動において重要な意味を持っていた,
被害者が刑事司法手続に参加する権利がより充足されるようになるという こと,次に,すべての被害者に当てはまることではないかもしれないが,
被害者の側に立ってみれば,被害弁償に関する満足度が高まることにつな がる76)ということである。
近年の刑事司法においては,いかにして刑事司法手続への被害者の参加
74) Ibid. at 1322.
75) Ibid. at 1295─1296.
76) Ibid. at 1296.
を保障し,促進するかということに関心が集まっており,これが被害者の 権利運動の中心的課題となっていた77)。そこで,被害弁償命令の執行・運 用過程にも被害者が参加する機会を付与して,被害弁償に関して被害者が 被告人と和解することを認める,そのような選択肢を被害者に認めること にすれば,刑事司法手続への参加の度合いはより高まることになる。そし て,このことは被害者の権利運動の目的とも一致するところがあり,被害 者の権利を擁護しようという目的の下に
MVRA
を制定した議会の意図と も合致する78)と考えることができる。仮に,議会の意図は被害者に被害弁 償を必要的に認めることにあったということを強調するとしても,弁償金 に関して被告人と和解することを,被害者が自ら選択する問題解決の一手 段として位置づけておくことは不適切なことではなく,議会の意図を踏み 躙ることにはならないと考えられる。四 被告人の財産に対する差押えの可否
次に,冒頭でも述べたように,裁判所が言い渡した支払い予定に従っ て,被告人が支払いを継続している場合であっても,政府側は,被告人が 所有する財産に対する差押えを執行することができるのかどうかという問 題がある。これは,裁判所が言い渡した支払い予定に基づく支払い額を,
政府側が回収できる最大限の額と解するのか,そうではなく,被告人に支 払いが要求される最小限の額であると解するのか79)ということに起因す る。後者のように,最小限の額と解するのであれば,政府側はその額まで しか回収できないというのではなく,被告人がそれ以上の資産を有してい る場合には,支払い予定に基づいて支払期日が到来している額以上であっ
77) See Beloof, Douglas E., Paul G. Cassell, and Steven J. Twist, Victims in Crimi- nal Procedure, 3rd ed., North Carolina: Carolina Academic Press, 2010, p. 5.
78) House of Representatives Report No. 104─16, supra note 3, at 4; Peters, supra note 6, at 1310─1311.
79) See Peng, supra note 7, at 93.
ても回収することは可能であるということになる。ただし,この点に関す る裁判所の判断は,以下に述べるように,必ずしも一致しているとはいえ ない。
㈠ 多数派の裁判所の考え方
第 ₃ 及び第 ₅ ,第 ₆ ,第 ₇ ,第 ₈ 各巡回区裁判所は,政府側は支払い予 定に基づいた額以上の弁償金を回収することができるという立場に立って いる。
この問題に関して最初に判断したのは第 ₇ 巡回区裁判所の
United States
v. Fariduddin
80)である。本件において被告人は,地方裁判所が,一方では,自らが刑務所から釈放された後の弁償金の支払い予定を作成しておきなが ら,他方では,弁償金は釈放前に即座に全額が支払われるべきであるとす るのは矛盾していると主張していた。これに対して,第 ₇ 巡回区裁判所 は,そもそも本件では弁償金は全額が即座に支払われることは可能であ り,ただ,被告人が支払わないことがあり得るということを考慮して,地 方裁判所の裁判官は,監視付き釈放(supervised release)の条件として 最小限の分割支払い金額を設定したのであるとし,本件の場合の毎月の支 払金額150ドルというのは最高額(a ceiling)ではなく,最低額(a floor)
であると判示した。
第 ₇ 巡回区裁判所は, その後,United States v. Wykoff81)においても,
Fariduddin
の考え方を再確認している。すなわち,量刑裁判官が弁償金の支払いは即座に開始されるべきであるとしたことを連邦法の条文との関 係からも肯定した上で,同裁判官が,監視付き釈放の期間に支払いが求め られる均等分割額(balance)は被告人の毎月の実収入の10%を超えない 範囲で設定されるべきであると特別の指示(special instruction)を付記し ていることに関して,これは,必ずしも,弁償金の上限を設定したもので
80) 469 F. 3d 1111, 1113 (7th Cir. 2006); Peng, supra note 7, at 94.
81) 839 F. 3d 581, 582 (7th Cir. 2016).
はなく,10%というのは最小限の額を明示したものに過ぎないと判示した のである。
第 ₅ 巡回区裁判所も,United States v. Ekong82)において,被告人が,被 害弁償に関する判決では弁償金を分割によって支払うことが認められてい るのであるから,即座に全額を支払うよう要請することを正当化する根拠 は存在しないと主張していたことに対して,MVRAの下では,政府側は 罰金を回収する場合と同様の手段によって被害弁償命令を執行することが できるのはもとより,民事上の判決の場合と同様の運用及び手続によっ て,弁償金を回収することができる旨を判示している。したがって,この 判決の考え方によれば,裁判所によって支払い予定が作成されているから といって,政府側が被告人の資産に対して差押えを執行することができな くなるということではなく,政府側はむしろ攻撃的に(aggressively)弁 償命令を執行するよう要請されている83)ということになる。
第 ₃ 巡回区裁判所の
United States v. Shusterman
84)においても,被告人 は,同様に,弁償金の支払い予定が作成されているにも拘らず,差押え命 令を発出した地方裁判所は誤った判断をした旨主張していたのであるが,第 ₃ 巡回区裁判所は,①政府側は,関連する規定に基づいて,差押えを通 して弁償命令を執行することができる,②被害弁償に関する判決は,弁償 金については直ちに支払い期日が到来することになるとしているのであっ て,ただ,監視付き釈放の期間が始まる前に完全に弁償が行われなかった 場合に,被告人に対して,分割払いによる支払いを命じているのであると 判断している85)。
82) 518 F. 3d 285, 286 (5th Cir. 2007).
83) Ibid.; Peng, supra note 7, at 95.
84) 331 Fed. Appx. 994, 996─997 (3d Cir. 2009).
85) なお,本件では,弁償に関する判決の中で,弁償金については直ちに支払い
期日が到来することになるとされていないのであれば,差押えが不適切なもの
になる可能性があることも示唆されている。See Ibid. at 997 & note 2; Peng, su-
pra note 7, at 95─96.
他に,第 ₆ 巡回区裁判所も,United States v. Schwartz86)において,被告 人は,判決に従って定期的に支払いを行っていたのであるから,弁償金の 全額に関して支払い期日が到来したことにはならないと主張していたので あるが,同裁判所は,弁償金の支払い予定は,判決が登録されること(en-
try of judgment)によって,被害弁償は即座に行われるべきものになると
いうことの妨げになるものではない旨判示している。第 ₈ 巡回区裁判所も,United States v. Behrens87)において,①被害弁償 に関する判決は,被害弁償が直ちに完全に行われるべきであることを明確 にしており,支払い予定の作成が差押えの執行を排除することにはならな い,②弁償に関する判決は分割払いによる支払いを義務づけているが,こ れは,政府側が民事上の手続に基づいて賠償金を回収することを制約して いるわけではない旨判示している。
㈡ 少数派の裁判所の考え方
以上のような裁判所に対して, 第10巡回区裁判所は
United States v.
Martinez
88)において,被告人が支払い予定に従って支払いを行っているのであれば,政府側は,その支払い予定の下で,当該時点で支払期日が到 来している額を超えて,被告人の資産に対して差押えを執行することはで きないとした。本件では,政府側は,被告人が支払い予定に従って毎月分 の支払いを行っていたにも拘らず(この点に関しては,政府側も異議を唱 えていない),被告人の二つの退職金口座(retirement accounts)に対す る差押え状を送達したのである。これに対して,同裁判所は,地方裁判所 は分割金の支払い予定に従って毎月の分割金の支払いを求めているだけで あり,被告人が支払い予定に従って支払いを行っている限り,即座に全額 の支払いを行う義務はない,したがって,地方裁判所は即座に完全な支払
86) 503 Fed. Appx. 443, 445─446 (6th Cir. 2012).
87) 656 Fed. Appx. 789, 790 (8th Cir. 2016).
88) 812 F. 3d 1200, 1201─1202 (10th Cir. 2015).
いを命ずることはできない89)と判示したのである90)。
続けて,第10巡回区裁判所は,分割払いを基礎とした弁償命令が発出さ れたことから,被告人には弁償金全額の支払い義務が生じている,したが って,全額に対する支払い債務が即座に執行可能になるというように考え ることはできない91)とも判示している。これは,§3572(d)(1)において,
「裁判所が分割での支払い等を提示していないのであれば,被害弁償の支 払いを宣告された者は,即座に支払いを行わなければならない」旨が規定 されていることを受けたもので,同裁判所は,この規定を,即座に全額を 支払うか,分割で支払うかという ₂ 者択一の選択を課している,換言すれ ば,地方裁判所が分割払いを提示しなかった場合にのみ,弁償金全額に関 する支払い期日が即座に到来するというように解釈している92)ものと考え られる。さらに,§3664(f)(2)では,政府側ではなく,裁判所が「§3572 に従って,被告人の経済的な収入源や資産状況等を考慮した上で,被告人 はどのような方法で,いつ支払わなければならないのかを決定しなければ